やって後悔したときの方が辛い。
「おいコラ! 待て!」
「っはぁ、っはぁ……っ!」
神妙な雰囲気の夜。退廃的時代の風潮として残ったビルに向かって息を切らして走る。別にそこに何かあるわけじゃない。狭い視界が偶然そこを見つけた、ただそれだけ。
諸事情により、多少のことに構っていられる状況じゃなかった。俺は廃ビルへの行く手を阻む「安全第一」と書かれた腰ほどのバリケードを思いっきり蹴飛ばし、中に侵入する。
外観から大概だったが、廃墟と化したビルは塗装が剥がれ、今にも崩れそうにしていた。
見捨てられてから相当の時間経ったのだろう。静かな世界にコンクリートを突く音は、まるで波紋のように反響して――ネオン街じゃ感じることのない空気感の中、俺は大きく息を零した。
「っはぁー……焦った~」
俺はレジ袋に包まれた缶ビールを眺めながら安堵に浸る。
ツーアウトと言った所か……いや、普通に犯罪なんだよな。
子供の頃、万引きなんてやる人間は、貧乏でクズな人だけだと思っていた。まぁ実際そうだけど、やってる人の中にはそれ以上の代え難いあの感覚を目当てにやってる人も多いんじゃないかって思えた。それは全身に溜まった腐敗物が一気に流れていくような爽快感――生きた心地だ。なぜこんな感覚に陥ってしまったのか、初めて物を取ったあの日を思い出してもよく分からない。
俺の溜息はここまで来てしまった後悔故なのか、それとも逃げ切れた事による爽快感故なのか――どっちにしたって俺が終わってる事には変わらないけど。
……どっちにしたってって……何やってんだろ……。
ペンローズの階段のような哲学的、天文的に無限に続く階段。廃ビルに聳えるそれを見て、俺は衝動的に足を掛けていた。
ただ、その衝動性は生まれながらのものじゃない。この一ヶ月を通して身についた衝動性だ。それは時に狂気的と思うし、時にクールとも思う。ただ今回は、自分に落胆したのが一番の原因だ。
代わり映えのない景色。それでも、瓦礫の木漏れ日から見える月は、階段を上るごとに確実に大きくなっている。
俺は壁に手を擦りつけながら上り――ほどなくして上る足を止め、ひたすら続く廃ビルの天井を眺めては、悦に浸り、鬱に侵される。
「……なんでこんな目にあってんだっけ……」
「……こんな目って何だっけ?」
「……永久の輪廻からの解脱?」
これはきっと一人で尚かつ深夜のせいだ。「ぶつぶつ」と一人事を呟きながらも階段を上り、上った挙句、俺は屋上にたどり着いていた。
屋上の景色は汚かった。
……別に期待してたわけじゃないけど……。
夏祭りの終わりのような風は寂しさを運び、ビニール袋を「くしゃくしゃ」と鳴らす。
俺は思い出したように袋からビールを取り出し、躊躇なく口に運んだ。
味覚を刺激する苦味に、吟味する間も無く速攻でビールを吐いてしまう。口に残る苦味と床に垂れるビールだった泥水。もう酔ってしまったか、途方も無く自分が情けなくなる。
中学のある日、一言の誉め言葉を妄信した。これは俺が悪いのか、世界が悪いのか。それでも、高校に入って現実を知った。皆否定から入るような、現実主義者だった。その気もないのに、俺はその輪に溶け込んで――。
たった一言褒められただけ、なのに。俺にとってこれは呪いのようだった。
昔、今なお引きずっている俺を見て、聞いてアイツはどう思っていたのだろう――。
……声優になりたかったな……。
馬鹿にされると危惧して隠し続けた夢だった。そんな夢を忘れ、燻ぶれ、腐敗した思いだけが、この一ヶ月を暴走している――そんな自分が夢を隠す以上に恥ずかしく思えた。
「普通に馬鹿じゃん……」
もう、自分にこれ以上いい訳もしたくなくて――俺は屋上から飛び降りた。
「ってぇ……」
カーテンを開けっぱなしで寝ていたせいで太陽の光で俺は目を覚ます。体を起き上がらせ、眠い目を擦り、そして俺は手元に転がったスマホを付けた。
七月一日午前十一時……また戻ったか。
静寂の中、ズキズキと犇めく頭を抑えながら俺は昨日の事を思い出す。これは深い眠り故か神経がまだあのときの痛覚を引きずっているからなのか――。
……そうだ、俺飛び降りたんだっけ……。
……学校行くか。
執筆の狙い
展開として最初から「?」が多く、だいぶ雰囲気に重点を置いているのですが、これでいいのか、かなり不安です。アドバイス願います。
これでもけっこう削ったのですが、「これ余計かも」というのがあれば教えてください。