作家でごはん!鍛練場
ケンタウロス

『客船ナポロポリタン号 天使の私は生前霊』作 孤島

修正165『客船ナポロポリタン号 天使の私は生前霊』作者古藤京大      {プロローグ}
1.世界中の国や地域には色々と奇妙な植物や不思議な動物がいるらしいのだ。その世界では機械文明も発展していて、人間にとってはそれは目新しく、そういった文明により生誕した乗り物もカッコいいと聞く。けれど機械だけでなく肉体の爽やかさにも成通しているものも多くいて、格闘技やスポーツにも挑戦できるんだ。人間って勝負に本気だからカッコいい。一見普通だけれど、おかしくて笑えるような話や、背筋が凍るような奇妙な話。それらの情報、それらからの知識がこの世界にはある。だけれどこれからの時代は、心の世界に皆が注目し始める不思議な時代に入ってきているという話しをネットのニュースで観た。それを担っているのが何を隠そう【心の企業】と言われているゲーム業界なのである。





2.私が思う平和な国は落ち着いていて、大人しく思う事が好ましく思えると、多くの人がその国でそれが大事と思えるのかなと思う。それぐらい落ち着きとは平和と関連していて安心する事なのである。それが気持ちとして一人でも長く続く、そう思えるのは、平和な国の中にいるからだと思う。人それぞれ脳で何かを感じたり考え思うと、世界はそこからまた、その人の中に心のようなものが生じ始める。そうなってくると、そこに新しい面白さを生み出すよりも、人間の素朴な気持ちの変化に機敏に反応できる心の穏やかさ、それがあれば良い。そんな気持ちを正常な気持ちとして感じられる日常生活。それはそれぞれがその国の様式で生きていける事の素晴らしさ。國々にそれに挑戦するものも多くいて、その試行錯誤も始り易いその國での精神文化があれば良い。それも多くのメディアといった文化から発信されていて、それは地域毎に発展し続けている。アイディアとは破壊と再生であるだろうから、それはその時代の楽しいアイディアに引けを取らない常識を持ち、その感度が追いつくように時代が進めば良いと思う。






3.風変わりなものを生み出す知恵としてもアイディアはとても大事だけれど、今までなら常識というものがアイディアに追い越されていたのだ。
 そのアイディアで常識をくつがえす事を大事にして生きていた人類は、そう言ったアイディアの下に、常識を持った者達を小馬鹿にもしていたのだ。
 その自然の社会常識の音と映像記憶を保有していける様な脳。それは常識に則った心の成長の様でありその進化を、いつまでも生じさせるバランスの悪い雑念、それが常識に則ったその心と社会が作り出した欲により、それを統括する役目の神のようなものとの導き手が必要になってくるだろう。だけれど、自分に刺激を与え続けていけるのは、本当に素朴な人間性が基盤にあってこそなのである。その多くの個人個人には、主体性や「我」がそこにはあり、それらは集約すると、天国の物語になりそうな知恵や知識からの情報の厚みを重ねながら、何十層にもその常識が活かされている。それを一時期の人間は、『何かの世界が作れそうだぞ、ゲームかな。ならば設定資料集などと呼んで、図書館の資料として納品しておくとしよう』









4.――それは神々はさげすまされた時代の話である。神々の時代が滅びていった次元の話である。
 神々は大勢いると謳われていた時代。金銭がありさえすれば天国だって変えられた時期があるのだ。模造品だがね……。
 この過去の幽霊船のひとつでもある客船ナポロポリタン号には図書室がある。
 客船の内部でのその小さな図書室には、この世界の歴史を彩った国のとても『大きな図書館』があり、そこから寄与された多くの本は、この『小さな私の図書室』にとって、誰かと会話するといった魅力が削ぎ落とされた私の世界をつくっていた。
 その世界には甘えられる情報が多くあり、それらの本に私は一旦、自分の世界を救われていたのだ。それは苦労をかねがね隠し通して生きていた私の世界だった。手づくりの小さな図書室だったけれど、それは古びた戸棚のあるそれ程大きくはない普通の部屋としてとしか感じられない。それは多くの人達にとって普通の部屋なのだろう。







5.この船内の普通の部屋をいつかはこの客船の多くの人の図書室として。私としては多くの資材の書物をもとあった場所に戻してほしいと思っている。
 だけれど私の今いる時代は現実からも天国からも干されていた。
 それは【塔魔導の大地】という世界。
 その領域の住人達は星の外からの書物の侵入を許さなかった。その土地のものたちは宇宙からの感性と思考を徹底的に排除した領域に潜む。
 そのような時代が確かにこの国を中心にあったらしいのだ。
 そう思われる文明の産業革命は、神の所在がわからないのに今も続いている。










6.この惑星の人間の知識にはないものなのかもしれないが、その新たにできる本格的天国は、そこにその國の国民性としてのお国柄が出ていて死んだ後の生命が満足して生活できるか? 現実と言った世界の中で、1つでも【本当に本物のような天国】というものがつくられたという話しは、神である私も聴いた事がない。
 遥か昔に地球から宇宙へ住居を変えたこの世界の頭取達でさえ、そういった話は聴いた事がないと仰っていた。それは、どこの国にもとても天国といったものは貴重であるからであり、そういった土地は、人間の想像力を刺激してやまないのだけれど、その天地創造からの古来からの創造された天国。そういった思想は貴重なのであるから、世界中のどこでももし『新しい天国が製造可能なのであれば慎重に事を運びたい』という考え方も、巷の天使の間ではよく聞く話なのである。




7.だから黄泉の世界のようなそういった亡くなった後の話はよく水入りになり易い話題ではあるのだ。改めて世界が平和になった時天国はどうなるのか。天国を造らなくてもその設計図になりそうなそういった物語は、以前から童話や寓話などのおとぎ話の世界として、今現在も、元々あるわけである。
 それを基として蓄えられた資料は日本にもあり、それらはライトノベルや大衆文学の小説として日本には定着しているのだ。この国日本では昔ながら天国とは想像ではもう形にできないのかな、と少なからず噂になっている。
 独特な喋り方をするアニメの世界。その『喋り方』。それを模倣した世界を天国の足かせとして使えたなら、それは言葉で言うところの慣用句、そのイメージを基本のルールとしておけるのかもしれない。








 それは『2つ以上のものが合わさることで、そこに世界が浮かび上がってくる』。
 繊細な、だけれど昔ながらの一見、鶏に食わせるようなエサの慣用句は、結構身近な世界観として冒険になるのだ。それは言葉として風化と進化を繰り返す事で、自分が言葉の中で生きていることに気付く。怒りから始まる言葉は、穏やかさを通過し、それら自らの世界が言葉の持つ意味で奏でられること。その言葉が成立する事で、多くの人々が、心の統一された空間として独特さを醸し出す。それに気付き始めると自然と相手のいることが分かり言葉を選び始める。







 だけれどそれは、柔軟さを欠いている。言葉が発言された事で、しょっぱいけれどそこに世界の功がある。下手したら自由が利く世界よりも面白い空気を奏でている。そこに今は人間様は官僚に対する見方に、キレのある賢き者と同じようで全く違う世界感があることがとても重要だと気づかされるのである。実に本能に忠実に生きる自分の心の世界に閉じこもっている、おとなしい愚か者からの旅路。それらの多くいる国などがあり、その存在を分析しないことで助かった、孤島にいる自分達。
 その神よりも頭脳明晰であるそれら官僚がいる国がある。そのものらは人々の弱点をあえて攻撃する事で、人間というものが脆弱であることを認めさせる立場、そうであるのかと思ってしまえるニュースが絶え間なく流れる世界。そこでみんなは考えた。





 世界にはそれらのニュースは物事を広く持つ視野だけでなく、情報により強くて繊細な心を持ち始める人種が、平和の世界で赤ちゃんと共に学習し始める。親は赤ちゃんの寝息を聞き、安心してクスクス笑い始める。
 それは私たちの世界が出来始めた証拠である。世界に衰老病死の観念を生じさせたと言えるのは、そんな生活のステータスを、人類が生じさせた働く政府であり、その世界に融け込むように生活している私たちであり、それを越えたところには日常を俯瞰の目で見ることに慣れてきた頃、いつしか生き写しの人種に家族を求めて、それが他の価値を受け入れない価値を持ち、その偏屈と言われても頑なに脆弱さに肩入れをする。戦争後の平和な世界の話しだと思っているのは手柄以上の薄い生き方に官僚の功労者のいる私だけなのだろうか。

『その別世界のあるルールの次元の話しでは、天国を認めるものがとても多くなる話じゃあないと、絶対に行けない世界もある。それは『現実』である。ひとつの惑星のとある時代、人類は高みを望んだ。その頂は、その区域の惑星の街人にゆだねられているという頭取達の噂、それは頭取達が一時休眠する為の作り話だった。それはその国のルールは何故、食事だけでは無い、その国のマナーが重要なのか? まだ、この国のものは勘で気づいているのみで詳しくは知らない。』



頭取達は仰っていた。

『食のマナーによりこの国の人々の優しさは天国の精神文化を担う、ゆえに試されたのがこの惑星の上品さである事にも気付かされる。植民地と勘違いされる考え方の甘さが風習に勝ってしまう事をこの国日本は体験している。日本という国の食のマナー。この国の風習の価値が注目されている。そこは伝統を問わずとも、国内外からのタフな甘さにおどけない心の風習も必要だと言う話だ。それはまずまずの合格点だろうとこの国の王は言っている。』

第一章 プリンセスのトリガーの猫






1. ママに『何でこの仕事を始めたの?』 って聞いたら、『お客さんに愛される女優になりたいのだけれど、今でもそのお客さんを惹きつけるふりをしちゃうんだ。けれどね、それって、私って、最近はそれでいいのかなって思ってるのよ。いろいろなまだビックリすることが起きそうで、このままでもいいのかなって、そうして中途半端な立場でいることで、自分と相手って何なんだろう? て思うから、そのままで良いと思ったの』と応えていた。
 私はオペラ座の女優であるママの子供でもある。幽霊船の中で小さい頃は暮らしていたので、はたから見れば、本物の幽霊のようにそこで育ったような存在の子供だったらしい。そういったものにも見えていた船の中でのひきこもった生活。けれど実は私は『天使』なんだ、今そう呼ばれている。





2. 人の惑星の世界をつくることに貢献した大きな海岸のある国で、そこには古めかしいその幽霊船が、日々ゆっくりと運航している。

 大きな港。その船や海岸に棲むと思われている者たち。そこには幽霊が居て、その幽霊のご主人の方たちは、国内外問わず、この街に住んで一般人としてとけ込んでいる【人間に近い生命体】たちなのだ。この港の人の領域に棲む幽霊のご主人様たちは、元々、『人の大事な何かを壊してしまった』『客観的にその時代のルールやマナーから見た常識の無さ』『次元を超える為の噂の罪』未来で軽犯罪として捕まる為の条件ランキング。それを犯している者たちで、『老後に語りべの街』をつくる目的を持った人々であるのだ。













3. 現在の天使の先輩たちは天国を創設し、今の宇宙が始まると同時に一枚の快文書のルールによって、一段と明るい精神文化が惑星を覆った。以前の世界、その土地では『ドリームメーカー』と呼ばれる機械があって、そのものを操作するモノ達は、天国を世界に産み出す事ができたらしい。天国は生命に善意を保たせる条件で新しい宇宙が生誕した。その快文書のルールにより暗い宇宙空間に惑星ができ青い空ができた。怪しい整理整頓されない物質は精神を生じさせ意識と共に生命の頭脳として物理の力で結界が張られた。その生前霊たちは死ぬ者を失笑した人々に罰を与える『生前霊』といったものである。この世界へのガイド役として、その惑星の精霊として存在しているのだ。







4. それらを、人類は21世紀頃まで、世界の生物図鑑に載せることを拒んでいた。そういった存在である。だけれど、その生物たちとの共存を目的として、その土地に天使は居ることもあるのだ。その生前霊である私達の先輩は、この土地では生物に憑依するのではなく、そのお守り役である「神の世界の終わりを不安に思う人間」その人間に「死んでしまう事を不安に思わなくなった守護霊の教育係」の役目として未熟だったものに対して、心の軌道修正の為、その助想係として憑依するので、『産みの妖精射【守護霊】+海の要請者【生前霊】=童子の神【地球の生命体】』とか呼ばれている。






5. その旅行中の人間に何処かで先輩も私達も、同じ様に人間の【冷めた心】に憑依し、街の明るい雰囲気に港へ続く街路地より、湾からいつの間にか別の国へ先輩と、私達の二人三脚で人類を移動させる修行旅行。船は出港する。そういった旅行は、人間の観光旅行者と私達は天国や現世の界隈から、『旅のお守りは存在』として、自分の移動できる領域を拡げていく。この国の船の闇。その闇の倉で私は眠っている所をある僧侶に助けられた。その倉は太平洋の大海にある闇の奴隷取引の国であり、社会的に見れば光の島でも、島の人の心は病んでいる。人身売買の闇の島は、この街にとって船の倉庫で行われる。国として改善案が必要な領域らしい。








6. その奴隷売買の天国をつくってしまった街の世界。この銀河の中には惑星外からの天使や生前霊に憑依されたその惑星の旅行者達がいて、私達がいる事で、天国が何処にあるのか? そのような気持ちがふと脳裡にかすめてしまう事も、この銀河の太陽系にはよくあるらしいのだ。







7. そういった事は天界の住人の話では、人間にとって『【闇の中から出てくる意識の伝達手段。空海魚。】から生まれた宇宙の領域』としてなら、不快な疑問になる事も人によってはあることだし、私達がその惑星に行く事を断る理由にそれを持ち出すのも都合が良過ぎるし、それは問題として自らが応じるべき安心だけれども、だけれど怖い気持ちの素は自分達や先駆者の先輩でもあるので戸惑う事ではあるのだ。そのお守りさんがいる事で、天国に対する疑問は必然的に恐れになってしまう。その恐れとは新しい心を大事にすると自然と出てくる感動や動揺なので、健全に不安のない気持ちに変化させる為には、私達は直接の原因ではないけれど、起因でもあるのだから、そうであるのだから、私達自身が解決の手助けに介入しなくてはいけないようなのだ。







8. 『それは新たな惑星に新たな天国に似た街を創る。それら天国を彷彿とさせる街づくり。それを生じさせるために私達はいるのであるし、現世が別世界の惑星の神様によって、その世界を新たにはじめるため』でもあるそうだ。私達は別世界の生命体の多くの目的の最後の方であり、それを生じさせる目的をさりげなく人類にバトンタッチする為にいる。他の惑星にも呼ばれる私達なのだけれど、その目的を人類に分かってもらうことが私達の仕事なので、私達の先駆者の生前霊は目的意識が高いとわかっているのだから、静かな生命感の心の源でいられるのだ。それは他の惑星にその心意気と意志を継ぐ私達天使の大きな役目なのだそうだ。私のママは豪華客船ナポロポリタン号のオペラ劇場で演技をする舞台女優。







9. 私はママに憧れているけれど、普段人を喜ばせる事はおろか、怖がらせる事もろくにできないでいる存在の薄い幽霊乗客員だ。この船の中ではそのお仕事の合間のママと悩みごと相談も開き、その悩みごとについて、お客さんからいつもとは別の顔をされたり、夜な夜な劇場のお客さんには見せない顔をしたり、だから今のご時世では家族になりたいんだと言われたりする事もある。と言えど、私もママには他人には見せない顔をしているし、それは面白いことなのだ。いつも舞台裏で仲むつまじいとはいかない悩みも仲が良いだけにいくつも出てくる。だから1人部屋に戻り布団に入るとまた薄っすらと笑みが出るくらい部屋が落ち着くし『もうそろそろ落ち着いてアフィリエイトで生計立てようかな』とも思うのだ。



10. ママはたまに『この仕事ホネだけどね』と相談所では言い辛い話を私には話す。皆んなと打ち解けていないママと私だけれど、それが人見知りである私にとってはとても嬉しい事だし、人と話すのが上手い事がなんでそんなにとっても大事なのか? それが私にはわからなかったりする。けれど、そんなこんなでも、楽しかったり、しょうもない相談だったり、いつもいろいろと泣いてばかりママはいるのだ。『日常のそんな事で?』と私をこの土地に使いに出した神様は、ママをたまにたしなめてはいると、知り合いの堕天使からは聞いたりするけれど……。

 しかしこのご時世では、そのか弱い印象はあまりママを知らない人達には、心の優しい女優と思われる事も普段から多いと聞いた。
















11. 客船内部のフロアーにある保育園では、その雰囲気のママのイメージは、女性として長所にもなっているようで、最近では小さくこぢんまりとした保育園の一角で人生相談所。その副業を始めたんだ。私は私で人間の心に棲む天使だけれど、人の気持ちの繊細なところまでは神様みたいに感じ取る事はまだできない……けれど、それでもいいと思っている。それはまだ私が半人前だからそういうものを怖いと思ってしまう事もあるけれど、今の時代はそういう天使が多いと聞くから。











12.心が感じられるそのテレパシーと言った通信手段の『道具』、そういったものは、この船の中では許可が降りていないんだ。私はそのテレパシーを生み出す道具である、少年の尾を持つケパミンイルパのように。そう見えない美しい心を持つこの船の王様のように。その心の繋がれる夢のようなこの世界の住人は、テレパシーの道具を私には貸してくれない。ママの相談所での性格の多くは分からない。













13.だけど、そういう事について、それは見方を変えれば、私の性格の長所として見えてくることもあるのだろうか? 私は内気だけれど、ママだって私と同じ内気だとは思っているし、だからママがその物事に落ち込む事、それってどうにか人生相談所を通して、落ち着いた魅力として頑張ってはいけないかな。ここは私の知っている世界だから。ここはママの嫌いを嫌いのままでいられるところで良いのに、と思うんだ。













14.私はそういうところ、自分の気持ちに背伸びをしない事、だけれどどこかで背伸びしても誰もみてないのだから良いと思う。そこがママの頑張り方の下手なところだなと思っている。少しだけ周りの目には背伸びしても良いから、それに変わらないかなって思っている。そんな気がするんだ。『いつかそのママの雰囲気を醸し出していると思われるようになってよ』と、お客さんには言われるけれど、私はなりたく無いと今のところは思っている。 私の知りたいところは別のところで、それを知る為には理性といったものが必要だから。ナポロポリタン客船乗務員の私のパパは、か弱いママと落ちこぼれ天使の私の事を心配している!


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15.人間の心の中に居る社会性の乏しい私。非常識な人間と思われたりする天使の私。例えば食のマナーを1つとってもそうだし、それぞれにある国々の料理別のマナーが未だ身に付いていない。

 だからそれらの食のマナーを尊重しない行動は、食という本能を満たす為だけの行為にみられても仕方がなかったかもしれない。














16.外食でいえばそれまでのママのお財布事情や、お店の選び方、そこに行く服装、はては同伴者はいるのか? そういった料理店に行き着くまでの日常の出来事に関して、その食の時代の進歩と共に食のマナーの変貌があったことだろう。だけれどそれと日常の生活をあわせてみれば実際には、食事制限を続ける事で普段から大事にすることとしてなら『きれいに食べるとか、作ってくれた人の事を思い遣る』とか。それが、それ相応の食事の基本的なマナーであると思うし、そこにあった気持ちは心にとどまり易いとも思っている。













 私とパパは会話を始めた。

「私、食物の元になるものの存在を考えられない、考えたくない。だって生き物を食すこと、それって恐ろしい事だと思っている時期が長いことあったし。……でも最近はね、そんな事ばかりで暗くなっていたとしたら、もしかして変わり映えのない気持ちも、落ち着きの中で少しずつ、少しずつ、増えていくのだろうなって思えているんだよ。だけれど……それは、上手くは言えないけれど、昨日はその事でまた、余計に考えてしまい落ち込んでいたんだけれどね。その大事な弱さと言ったものを知らせてくれる。私の記憶が私に知らせてくれるんだよ。子供の頃いつかどこかで見た妖精は、どこかといった私であって、その心を昔の自分や先祖様が、どこかで負担してくれているんだと思う事もあるんだ」









「そう願う事って、そこにどういった感じ方をすれば良いのか俺は分からないなぁ……」

「私も。だから祈る立場って不思議だなって思うし、また純粋ではなくなっているのは自分なのかなって思うんだ」







「お前は自分自身の落ち着ける気持ちが分からなくなっていた事もあるのだろうけれど。それを神様は知っていても、私達に直接は知らせないのだな……」

「世界中には生命がいて、自分ら以外の生命を感じられた私達は、それらがいる事を今も感じられていたこと。それを感じられた私はそこに優しさを感じてくれる神様がいると思える時もあった。だけれどそういう事を感じられる心って、私はいつまでも謎にしておきたいし、また子供の頃のように、食物の死を納得しなきゃと思える。だからいつもいつも食事で不安に負けないこと。そうだったらもっと楽しくご飯を食べれる。それを今でも感じるんだと思ったんだ。もっともっと色々な怖いこと、不安なこと、食事があること、食事を提供してもらったこと。そして私がここに生まれたこと。そこに充実感を感じていることは、私が人間であることを神様が理解してくれている気持ちなんだろうな、と今までの過去を振り返って思えているんだ」










「お前の表情を見ていると寂しさの中の安堵感も感じるけれどね……。こういった船での旅行は、お前とお父さんだけでなく、乗員されているみんなが、とても大きな日常を忘れるように省みて、宝物のようなものを心に気付けるんだよ。旅行と行ったものが増え始めたことで、多くの人に外出する開放感と家での安堵感が増えたなと俺は思うんだ。お前は子供の頃言ってたよなぁ……。食事にされる動物の解体業を近くの屠畜場で見てしまったことで、その食事に対する過度な反応があるんだもんな。子供の頃には大きな出来事だったよな。大人になってもそういうものは嫌なものだよな……」


「あの当時は、動物っていつ起きたのか、朝の何時に起きたのか、とか思えなくて、それは寝ていた事を忘れたけれど、ゆっくりと意識がハッキリとしてきて、それが朝の早い時間に起きて、草や肉の食し終えたあと、その頃に分からなくなり、また寝てしまったのだろうかとか。牛や豚って、そんな生活なのかなって思っていた。私としては、さっきまでは何も考えずに家族で食べる食事は、和気あいあいとした、幸せで楽しいひと時であることもあるけれど。昨日私は牛のステーキの夕食というものを美味しく食べていたんだ。……と今は思っているけれどね。だけど、あの子供の頃はそう言った事を考える時は、いつも気持ちが不安定なようで、私の住むエリアの養豚場の家畜は何事にも心の動く気持ちが要らないし、体も動かなくていいし、頑張っても力が入らないようになってしまってたんじゃないかと思ってたんだ」









「それは今では何も知ることがないとファミレスにも行けないよな……」








「私はその時のこと、妙にあの時は豚って安定していたように思えていたんだよね。私は生き物ってなんなのかな? 子供の頃はそれをよく感じていたから、そういった事って大事だとは思ってたけれど考えたくはなかった。とても命の価値をどう認めて良いのかわからない。そんな気持ちも含む事も疲れて、今は日常いろんな楽しいことがあるということは分かってきたし。その食事などの良いこととかってわかってて、美味しいものって美味しいから良いんだって思える気持ちじゃないかって。食事でも悪いこととかの善悪のかしこさって、何事にも大事な基準としてあるのだろうけれど。食事のような命の見方は、その人にゆだねられている気もする」






「よく考えているなぁ……お前は。それは、この世界での栄養を管理している、俺の【生命魅了管理栄養士。】その仕事の話にも繋がるよな。けれど、同じ生命の取り扱いにしても、食はその国の心のあり方を表しているし、別々の領域の食文化は特殊だからそれを固定させる意味にもなっている。そこにみられている行為や心を尺で測ることの心の無情さ。そういう立場での機械的にもならざるおえない作業の辛さ、それを一緒に味わうことのない平和な生活の中で、その精神と肉体を解体することの意味。それは、それだけ心が冷たくなる事もあるけれどな……。それを一般の職業として評価し過ぎない、魔法にかかったような食の時代にその食事の心地良さは、みんなが、その職業を意識しなくても納得してしまうものであった。その多くの人々と味の共有の出来る事で、日常の世界が潤う幸せと言った感覚。その食からの幸せの飽和状態こそが生きる意味の大きな幸せであったんだぞ。だから俺はこの【生命魅了管理栄養士】といった仕事に就いたんだ。俺の言いたいことは、残酷な仕事であっても、誰かがその仕事をもっとより良く改善してくれると思い、それを信じて全うして生きること。小さなモノとの勝負でもなく、大きなモノとの勝負でもなく。自分が戦っているのは自身であり、それを自分のありふれた心の大ごととして、忘れがたく自然に感じられるか? その心が食だけでなく、時代を理解する心になるんだ。それが社会の常識を知る事になるんだぞ。それに気付く事との闘いなんだよ。俺が言いたいのはそう言うことなんだぞ」



「大事なことは、私一人がいなくなってもその空間で自分の穴が空くことに、皆が色々な考えを持ち始めるし共有している。現実ではよくあることなんだよね。それって私は独りぼっちっていうのかな。私は工場のロボットじゃないのに……だからそこから飛び出したのに」



「この国は時代背景の彩り鮮やかな食文化が進む事で、国内外問わず、他国には理解し辛い影の精神文化がある。それを見る目に昨今はふたを閉めた。多くの人は、そういった事情を強調したくないから、ただアニメや漫画やゲームの見た目や綺麗事ばかりに興味を持ち、人との距離を感じてしまうんだ。そういった人と人との距離感を生み出したのは、そのメディアのみでは、それを悪い方向につなげる発想は出にくい。だけれどイジメに美しさを求め始めたメディアの結果がそうなってしまったんだ。相手の気持ちに目が行き過ぎ、自分の世界を見失ってしまう。自分を見失うと、人の目ばかり気にするようにもなる。それは欲が飽和状態になっている今だから、正論となる感情に人間が飽きてきて、それにより、多くのものの心の距離感を判断できる人々が減りその目が節穴になってきている。それって世界中の人々が、死生観の時間間隔の距離を忘れてしまった結果なんだ。今の時代、その人が感情深くても、ロボットと言われてしまうのは、イジメの理由を正当化することにその奥深いところに美しさや志があると思い込んでしまったことにある」


「笑いあえるのみではいけない、それを世界中の人々とも共有できる、それを持ち始めていることの、食事の尊さの大事さの中にある危うさ。大事なのは生きている生活感だけでは無く、食事と快楽の距離感が短絡的に苦を忘れ始めていることの大きさと危うさ。食事はいつまでもあるかもしれない。それは頭の良くなることが全てではない。そんな世の中が現実のいい形になってきている。そういった意味では、とても私も喜べる時代になりそうで嬉しいんだ。だけれど裏を返してしまうなら、価値観の多様性の様に緩み始めた。そんな納得のできない感覚を皆が持ち始めているのかと私は思うんだ。それに気付かなかった以前の私もいた」


「笑いのように緩むことって大事な事。その当時はイジメを助長するような今までのテレビなどのメディアの事だって、余り考えずに受け止められていた。社会での緩むことへの非常識。そんな緩むことに着目した常識の時期ではあったのだと思う。だから今怖いことをよく考えてしまう事は、私にとっては納得のいく気持ちなんだ。多くの心地良さでみんなはお笑いのトークの快楽の事ばかりに注目している。お笑いを一番に尊重した開き直り主義の今のテレビは好きだけれど危険だなとも思うし。だから私は好きなTVも極力避け、時代に取り残されても自分の世界を大事にしたい。夢の中で生きていたいけれど、その夢を現実に浮上させる為には何が出来るのか? 今は現実はアニメや漫画に良いリズムの世界があり、その心地良さの波により、本当に天国があるかのように思えるけれど、本当にあるべきなのは天国に限らずだけれど、その行動を起こす実行力だと思っているんだ」


「お前は小さな頃から変な事を考えているよな。その話には落ちがあるのか? 話が尽きることがないなら、落ちをつけることに拘るお笑い中心の楽しいテレビよりも……って考えなら分かる。もしお前が天国を求めているな、天国の話を巷に浮上させる為にってなら、なおいっそ分かる。まず何をしなくてはならないのか? それは生きることを楽しいといった感覚の矛先を今までとは変えた場合、死ぬ事をどう思えるかだけでは足りなくなる事、それを覚悟しなくてはならないんだぞ。それらの表現をどういった形で、現実に自然と溶け込ませるか? そこでもし死ぬ者が犯罪者の場合、その心がもし期限のある中で立ち直れるなら。考えがどういった形で、欠けた心を取り戻せるのか。キッカケは警察の一人一人に天国の見当たらない覚悟として、犯罪者が犯罪に手を染めた日常のはじめの一歩。そこにその本人が日常を知ったり理解できる機会はあったのか? その日々に警察は何故、犯罪者の死ぬ事が過信の正義だと思えなかったのか。犯罪者は犯罪に手を染める前に、沼地の様な精神世界で生きていたのか、その今までに身に付いてしまったその冷徹さなどが、新しい刑罰の中の拘置所で楽と愛にどう適応できるか? その苦のある生活の先に自分から心を入れ替える中で、その人生の考え方、その思想に軌道修正をいれて、健康な思想に自ら心の力をいれられなかったのか? それを局所的に意識して創られたのが、超能力を排他した拘置所の中での物語という作品なんだよ。物語。それは心の浄化であるし、その見る読む側の心がマヒしない為にそれを製作する罰があるんだ」


「私としては天国作りなどのその事業は、医療やIT産業の伸びることで上手く行く手順を踏む場合もある。だが、そのままだと多くの者が腑抜けになってしまう。その腑抜けを教育する為に、物事の本質が楽しい事だけでは求められない時代を創る、それには西洋哲学・東洋哲学を元に生きる事のみを追求した『ゲームの中のキャラクターとしての生き様のように呆気なくも死んでしまい。それをまた生き返るだろうと思ってしまう現代の社会システム。それには溢れるような不条理があると思わないか? そこに命の尊さのシステムを皆のアイデアによって搭載できないか?』いろいろな業界の方にその感性は委ねられているから、私も天使としてこの世界に降り立った訳であるし、そのいろいろな生物の頭に現れては、アニメや漫画を眠って見ている人々の心にイタズラを繰り返し、天国や未来がある事の神秘性を想像の副産物として啓示していたんだ」


「その夢にイタズラしたお前は、人間の好奇心を刺激したのだろう? そのお前が考えた天国思想などは、神秘性の本質を見極める気持ちの人間の追求心に答えられるのか? それを人間に抱かせたんだな。その人間達は天国がある訳がないという、哲学者の命がけの情熱のこもった追求心から……逃れられるのか? お前は持っているのか? その神秘性に応えられる答を。そう言った心をいつまでも持ち続けられる事の好奇心が夜も眠れない一大事である事の重大さ。それが多くの人の答えだというのか? その天使の心により、天国を製作することが一歩退いた精神構造であり、その先に恐怖がある事を認めるならお前はどうする? 『今は死はどうなったのか? その事に応えられるテーマの存在と世界が必要だ』それを先導できる事の任せられる大元の感性が今のところはゲーム業界一歩後退しながらも、先見性では当たってると思うんだ」


「それは楽しい事を追求し続けた結果だと私は思うけれど。テレビ業界よりも、先手で人生の本質が見えてきたのがゲーム業界の気がする。私にはそうゲームの業界が見えているんだ。そのゲーム業界は昔から楽しいばかりでは無い本当の事を見せてやる、といった気概を、心の原石としていた気がする。世界は創られている、けれどそこに常識といった観念を生じさせて、作ったもののいない世界として見えている。どこかでやった事のあるゲーム世界はちょっと逸話だけれど、だけれど忘れている。その世界は創られた事がウソであると思えるほどの究極的な世界であり、食事という象徴的な感覚にまつわる日常に、設置された裁決の風習。それにより、全ての存在が弱さに負ける世界。それは究極的な人類の住むリアリティーメーカーの設置された世界。そう、そして私の今日がまた始まる。この現実の世界は呪われているのかも知れない。けれどこの現実の風の音、空の青さ、太陽の暖かさ、夜の静けさ、そして夜のそれらが残る朝日の時間を通り越して今日という時間がまた始まるんだ。その世界のリアリティーが、自分の生きている感覚が、スーパーリアリティーの前の常態で停止させられた、このリアリティーゾーンの世界。そこは生きている感覚が行き過ぎない為に、人間の優しさは、弱さと紙一重につくられたのかも知れないとも思っているよ。その生命というものを本当だと思っていた事がまだ浅かった。でも私はそれで納得よ。その事の象徴として凝縮した心が、その世界を知る事の出来た宗教の敷居の低さで、現実の世界の中にその敷居の低いけれど的確な天国の世界をつくる。その天国を賢者達の模擬試験としてつくるんだ。攻撃する事よりも、護る事に重きを置いた心の世界で現実での着工を工夫する。心を世界で炙り出し納得のできる土地へ行ってもらう。その事のできる多くのものにて醸し出された星は、宇宙人が創ったのかもしれないと思っている。今はその辺の考えでいいのかなって思っているんだよね」


「お前なぁ……なんだその、お前には同じ様で違うような世界が見えていたんだな。それを理解できる脳といったものはみんなに用意されていたんだ。お前はその夢の中の脳内ゲームばかりやってたんじゃないのか? そう思うお前の中のゲームとしての時期がいつか誰かの記憶のできる心とすり替わり、そこに声をかけてもらうんだよきっと。それは、お疲れ様という外の世界からの言葉の感覚と共に、この世界の中では、全ての心がゲームから終わるものだと思っているのだよ、お前は。またそこから世界の人類史をお前は改めて歩むんだよきっと。怖がることではないと思うよ。それは限りなく、不安の多い人と共に、この世界を超えたところに自分は行く事ができるんだと、たった一人の心の牢獄の世界から、また生まれた本当の地球の歴史がある世界に。自分がそこに生存する事実に戻る為に」


「そうなのかな……だけど今は、そんなゲームは自分には関係ないし、この世界で生きている。だから私としてはテレビ業界はまだウソつきで未熟でそれを意識的に遠ざけてしまうんだよね。そのうちテレビ無くても良いやと思えたし。それはいけないと思っていてもね。テレビでニュース観てちゃんと考えなきゃ、と思っていても……それがなんなんだろうな、と思えていてもね」



「そうなのか……? 皆そんなもんだよ。普通、人間は考えたくても、つい考えなくなってしまうといった一見、自分の弱さともとれる考え方をする時期が、老若男女問わず誰にでもよくあるんだ。それは世間的にウソが多い社会だから、自分の周りだけでも誠実でいこうね、といった心の安定を無意識に選んでいる。テレビなどのメディアの革新的な時期を乗り越えてきた人類の心は、メディアを通して生物の誠実さや人間の誠実さと不誠実さ、その変化を学ぶ。それは人間を信用する事から成り立つテレビ業界が、くさわけではあるんだけれどね。つまりテレビと言ったものは人々の心の中を映像として出したもので、今までも、これからも半人前だけれど大事にするべきものなんだよ」


「……そうなのかな、ホントかな? それって大事だとは私は簡単には思いたくない。だってテレビって世間的によくわからない世界だから、自分の周りだけでも安心する事で囲まれていたい、ってテレビ人達も視聴者の人々も、そこに常識の壁を作ったり、その壁を作っても非常識としてクレームがどこからかきたら、それを壊したりしているでしょ? 今それが普通だし、双方に探り合っているのも普通なんでしょ? それをみんながいろいろと想い、毎日毎日楽しく観ていたんだよ。きっと、その気持に応えようと芸能人といった立場が生じたり、テレビの世界の人や視聴者さん達が、自分の世界との色々な共通項を、テレビに見い出していたんだ。それは笑いや涙や悲しみや欲、それを大事にしていたテレビの時代であり、欲の横行でバランスを期待していた視聴の時期は過ぎ去ろうとしている、そうだよね?……だから私は自分なりに考えて答えを出したいんだ。いろいろとメディアはあるけれど、私はそこから、テレビのみではテレビの世界の人達が活きれない世界、それは、殺人等の被害者や加害者になってしまった人々の心に出来てしまった、プラスチックな感情に対抗する為、そして生死観に援助の手を差し伸べる為には、感情のある世界と感情のない世界、それをいったん否定しなくてはならないんだ。それは世の中には絶対といった価値は無いから必要なんだ。私は天使だから分かっているけれど、神々は人間の心に、素質的ステータスといった分類に属する遺伝子とはまた違うそれら以外の脳波の分散を人類などに自発的に生じさせて、それを実行する為に、『幻聴』といった重い思念が必要だった。それはテレビのある世界から、テレビの無い世界といった、全世界の価値観の産出の過渡期を迎えなくてはならない。その為には一人一人が一番大きいメディアを否定して、そこに、その時代から、世界や神は人々に心の自由度を渡せればいいと天使の奥元の宇宙の頭取達は思っていたんだ。それはいったん地球の人類は神の世界を追放される、鏡の中の世界のような【百色幻々界】といった世界に到着する。色々なメディアの中から『新しい物差しで自分の世界を選ぶ事』それを一人一人が神や科学から与えられた事を、いったん1に戻す事だとスーパーコンピュータは答えをはじき出すかもしれない。それは自分の価値といったものはどこかで見付けられる機会が出てきたけれど、それにより地に足をつけて生きれるようになりそうな低空飛行している今の時代だから、その心の根底からテコ入れしなくてはならないと思えるんだ。本当に生きている自分は世界への恩返しにはならないんだと思う。そこから目的を持ち、それが社会にとってどういった意味を持つのか、その思想は自分の人生を大事にして活きた事で社会とに何の接点を持てるか、それは考える時間を持てた事の証、それになるんだと、私は思っているんだ」


「そうだね。みんなテレビ、テレビ言って過度にテレビを信用していた時代が今も長く続いているんだよ。それを大事だなと思う時期があったから、今もみんなテレビを捨てきれないでいる。お前の考えから繋げて助言できるのなら、だったらそこにいったん印籠を渡せばいい、そういった気持ちが大事なんだよね」


「う~ん、相手の終わらせなきゃいけない気持ちってあるのかな……。それって自分でも決めたい事多そうだからね。そういった気持ちってどう接していったら良いものなのかなぁ、そういうものなのかな?」


「そうだなぁ……、そう言った気持ちって大事だけれど、その立場に立ったものは、傲慢や自惚れが必ず起きるから、それらを人間の心の成熟として考えすぎない、そう感じられる気持ち、それを、大人になっても維持しているのが、今の現代の社会人だと思うけれどね。自分の気持に根詰めすぎずに、自分の領域の心、それをわかってくれる仲間を作り、その知れたグループとの距離感を大切にして、だけれど結局絶対ってものは無いものだから、大事な感覚を自分の心の中から取り出して信じる事はとても大事だけれど、それだけじゃない事を認めて生きる事、それが社会で生きるといった事なんだ」


「やっぱりそうだよねー。……この国の人って皆旅行をすることもあるから、ある意味、そう言った気持ちは、何処にでも命がある事の意味を自分で本当の世界を少しだけ覗いてみる気持ちが大事だと思うよ。現実の世界の真実があるとあまり思いすぎない事、それが一生といった、命の大切さを知るきっかけになるし、

その事を考えずにその出先の旅行に行ったとしてもそこで食事として出される生き物に1回気持ちを置いてその生命の大切さに心を落ち着かせて浸る。楽しむとか、美味しいだけではいけない事を旅行を通して思える事、そう言った感じ取り方、そういう心がけが大事なのかなと、私は改めて思う時も今ではあるんだ」


「この船の旅以外では、お前は、それが最近では良い意味で続いている気がするけどね」


「私はある日、いっその事そういったことは考えないのが楽だなと、今までの旅の中でハッと気付いた時があったんだよー。そう考えると食事になるもの達って結局、死ぬんだし、パパママもいつかはそうだし、それで良いのかなと思えるように今回の旅でなったんだよ」


「そうだね。そういった気持ちが当たり前すぎる社会は極自然な社会だと思うよ。だから、そういった考え方を、納得できない社会は、未成熟にも感じられるってことも、この國の状況を分かっていないのかなと、私は思ってしまうんだよ」


「……」


「さっきの食に関して言うと、食事の心構えによって世界は変わってしまうってような事だったよね? 若い人も年老いた人も同じものを食べるのならばそれで良いのかな? と思うかな?」



「うん、どういう意味?!」



「大人として納得の食事のマナーとは、赤ちゃんからの食べる意味に始まり、老人になって食べない事に終わるといった形になるだろ? それは生きる上での長所と短所が見え隠れする事であるんだ。だから、食事のマナーとは生命を食する事で欲を満たし、その生命の成長を食さない事で自分を律する。すなわち、長所と短所が表裏一体の不思議で、ちょっとかわいそうな現実にこの世はなっている」



「日常の生活での食物連鎖をかわいそうとして生きる事は考えすぎだと今は思うよ? この時代は精神的な文明開化の峠ではあるけれど、肉体的には欲の限りを迎えた明るくもおぼつかない兆しも見え始めているし、そんな欲の安定しないご時世にあるのが私達なんでしょ?」と天使の私は少しばかりお調子にのって言ってみた。



パパは私に言ってくれた。



「うん。それは生命の肉体であったり、心であったり、その欲であったり。歴史上、そういった事象を認めると、人間らしい安心した日常がおくれるのであろうし、人類は非凡な成長としてそれを捉えられる事が出来れば、人として仲良くなれる距離を置く事ができるようになると想っているよ」


「人との距離感て、小さな幸せを大事にできる心があると、見えてくるよね」


「今の時代ではそういった事は言われてもおかしくない事だね。それは他の動物では成しえなかった欲の抑制を、ある程度出きるものが増えてくれれば、それが新しさの中の平和な社会でもある。欲のあり方が問われる時代でもあるのが今なんだ。心に収まる懐疑的問題点として認められる気持ちだからと維持できること。それが僕の居た別のドームの世界では『見ざる·言わざる·聞かざる』と言われているよ」

「現在の私達の領域で、それは『我慢』とか『取り入れない価値』と呼ばれているわ」

「一部の人はそういったことを『勿体無い』と対照的ではあるが、その価値はどちらも大事なものとして『少しずつ大事な価値』、そうとも今は呼ばれているんだ」



船はもうそろそろ次の街へ着く。

『客船ナポロポリタン号 天使の私は生前霊』作 孤島

執筆の狙い

作者 ケンタウロス
M106072173098.v4.enabler.ne.jp

先日の作品『眠都の宇宙物語』世界のお話です。
その作品の、幽霊船の領域をクローズアップした作品であります。(後付けですがw)
他に同じ世界での作品がいくつかあります。

狙いはいくつかの同じ世界を複数の場面としてあまり関連付けずに、どんな世界感を想像させられるか? です。

コメント

偏差値45
KD059132071020.au-net.ne.jp

「ああ、ダメなパターンだな」と直観として分かる。
世界観の説明文となっている。前回同様の結果。進歩なし。
登場人物、主人公の活躍を見たいのであって、世界観はその後付けでいいんです。
小説の魅力は主人公にあるのだから、直ぐにストーリー展開をした方がいいです。
ショートショート(短いもの)で読者の反応を確かめてみたらいかがでしょうか。
長文を書けても読まれなければ意味がないです。

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>ケンタウロスさん

少しだけ読ませていただきました。
まず気になったのが、

>1.世界中の国や……
>2.私が思う平和な国は落ち着いていて、……

この数字は何なのでしょうか?
箇条書きみたいで、何かの説明を読まされているような感じがして、小説の世界に入っていけないです。

あと、この物語、誰が語っているのでしょうか?

>そういった文明により生誕した乗り物もカッコいいと聞く。

誰が聞いてるのですか?
誰がカッコいいと言っているのですか?
語り手のポジションが明確になっていないため、世界観に入れません。

>奇妙な植物や不思議な動物がいるらしい

こう書くくらいなら、具体的に奇妙な動植物を描写したほうが早いと思います。
奇妙な、では何のことか、イメージできないです。
そもそも、奇妙という言葉を使うからには、普通ではない、ということですよね?
何と比べて「奇妙」なのですか?
この物語の世界を説明していそうで、何も説明できていません。

>機械文明も発展していて、

これも、どのくらい発展しているのか、まったく分かりません。
現代と同じくらいですか?
つまりは、パソコンとかが普及している感じでしょうか?
それとも、産業革命の頃のような機械文明でしょうか?
はたまた、現代世界よりもさらに進んだ文明なのでしょうか?
実際にどんな「機械」が使われているのか、実際に登場させれば
この世界での文明水準が読者に伝わってきますし、
そういうことは物語の冒頭で行わないと、
読者は読んでいても場面が頭に浮かんでこないので
読むのをやめてしまいます。

>それを担っているのが何を隠そう【心の企業】と言われているゲーム業界なのである。

ゲームと言ってもいろいろあります。
オセロや将棋もゲームですし、ファミコンみたいなのもゲームです。
あるいは、近未来的なゲームでしょうか?
読んでいて、どんなゲーム業界なのか、まったく分かりませんでした。

>2.私が思う平和な国は落ち着いていて、大人しく思う事が好ましく思えると、多くの人がその国でそれが大事と思えるのかなと思う。

言っている意味はだいたい分かるのですが、なんというかその、文章が下手なんですよね。

>大人しく思う事が好ましく思える

思う が2回登場していますが、それぞれの主語は違うんですよね?
それが主語無しで連続して出てきているので、文章として洗練されておらず、下手な文になってしまっています。

>多くの人がその国でそれが大事と思えるのかなと思う。

その それ などの指示語ばかりで、おそらくは書き手は意味がわかっていると思うのですが、読み手は指示語が連続すると、読み取りにくくなります。

その それ は直前の単語を指す言葉ですが、2つ連続するのは避けたほうがよいです。せめて一文に一つですね。

>そうなってくると、そこに新しい面白さを生み出すよりも、人間の素朴な気持ちの変化に機敏に反応できる心の穏やかさ、それがあれば良い。

誰にとって「良い」なのですか?
語り手にとって、ということだと思いますが、読者にはまだ、その語り手についての情報がありません。
つまり、どこのどんなやつが、どんな状況で良い悪い言っているのか、まったく分からないんですよね。
>良いと思う
どこかの知らないやつの一人語りを読んでいてもしようがないと思うのですが。

世界への感想を言う前に、その感想を言っている語り手は何者なのか。
それを先に説明するべきでは?

ということで、私はここで読むのをやめました。

ケンタウロス
M106072173098.v4.enabler.ne.jp

偏差値45さん

ご意見ありがとうございました、🫠

ケンタウロス
M106072173098.v4.enabler.ne.jp

神楽堂さん

抽象的すぎますよね。

すいませんでした😇

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