作家でごはん!鍛練場
浅野浩二

消費税10%増税物語

令和元年10月1日(火)消費税が10%に増税された。
ある町のラーメン屋(幸楽園)のことである。
店主であるM氏はもう自分のラーメン屋(幸楽園)の経営は無理だとあきらめた。
なぜなら他のラーメン屋のチェーン店(バーミヤンなど)では10%の消費税を課されてもそれをそのまま加算した料金としてしまうと客足が遠のいてしまうからそれを恐れて今までの値段でラーメンを売ろうと決めたからである。
ラーメン屋のチェーン店でも10%の消費税はもちろんかかるがそれはコストとしてとらえコストが上がることによって店の利益は下がるけれど採算はとれるのでラーメン屋の経営は出来るのである。
しかし幸楽園では今まで何とか経営できていたがチェーン店(バーミヤン)に客を奪われてどんどん経営が苦しくなりとうとう損益分岐点となりさらには操業停止点を下回ってしまった。
そこにさらに消費税の10%の増税である。
M氏には美しい妻(サチ子)と美しい娘(洋子)がいた。
M氏にはB氏という東証一部上場の一流企業の取締役である従兄弟がいた。
B氏は昔若い時М氏がサチ子と結婚する前の時内心サチ子を愛していた。
サチ子も内心B氏を愛していた。
二人は互いに相手を心の中で恋していたがM氏は気が小さくサチ子に愛を告白することが出来なかった。
М氏は(もしサチ子さんに愛を告白して断られたら)と思うと恥ずかしくて生きていけないと思っていたのである。
サチ子はそのためM氏と結婚した。
結婚して翌年には娘の洋子が生まれました。
洋子はすくすくと成長して美しい女子高生になった。

令和元年10月25日のことである。
M氏は従兄弟のB氏とほとんど話したことがなかった。
M氏が今の妻サチ子と結婚した18年前にB氏が二人を祝福するために結婚式に出席したのが二人が会った最後の日だった。
しかし結婚した翌年娘の洋子が生まれすくすくと育ち中学生になったある日妻サチ子は夫に自分の思いを正直に言った。
もう結婚して14年も経っていることだし娘も父親も母親も好きでまた父親も母親も娘を目の中に入れても痛くないほどに愛していて幸せな家庭を築いてしまっているので夫に自分の心を正直に話しておこうと思ったからである。
「あなた。今だから正直に言うけれど・・・。私はあなたが好きだわ。でも本心ではあなたの従兄弟のBさんも好きだったの。愛する度合いはあなたとBさんでほとんど同じだったわ」
と妻サチ子は言った。
「そうだったのか。僕もそうではないかとうすうす思っていたんだ」
と夫は言った。
「でもBさんは私に何も言わないでしょう。だから私に愛を告白したあなたと結婚することにしたの」
と妻が言った。
「そうだったのか。でもまあ今となっては昔のことだからね。別に何とも思っていないよ」
と夫が言った。
それから3年が経った。
昭和天皇が退位し皇太子が天皇となって「令和」の時代になった。
娘はすくすくと美しく育ち高校生になったがM氏の経営するラーメン屋(幸楽園)は大手のラーメンチェーン店に圧され経営はどんどん悪くなっていった。

ある日のことである。
М氏は従兄弟のB氏に電話をかけた。
「やあ。B君。久しぶり。久しぶりに会わないか?」
とМ氏。
「やあ。М君。久しぶりだね。会ってもいいが何の用かね?」
とB氏。
「それは会ってから話すよ」
とМ氏。
「わかった。会おう。ところでいつどこで会う?」
とB氏。
「今日君の仕事は何時に終わる?」
とМ氏。
「今日は午後5時に仕事は終わりだ」
とB氏。
「じゃあ今日の午後5時に君の会社のビルに行くよ。僕は1階のロビーで待っているよ」
とМ氏。
「わかった」
とB氏。
М氏は午後3時に家を出た。
そして電車に乗ってB氏の会社のビルの1階のロビーでB氏を待った。
時刻は午後4時30分である。
午後5時になると従兄弟のB氏が1階のロビーに手を振りながらやって来た。
「やあ。久しぶり」
とB氏が言った。
「君と会うのは18年ぶりだね」
とM氏が言った。
「そうだね。君の結婚式に出た時以来だね」
とB氏が言った。
「ちょっと喫茶店に入って話さないか?」
とM氏が誘った。
「ああ」
とB氏も同意した。
二人は近くの喫茶店ルノアールに入った。
二人は窓際のテーブルについた。
そしてサンドイッチとアイスティーを注文した。
「久しぶりだね」
とM氏。
「ああ。君の結婚式以来だね」
とB氏。
「君の会社の経営はどうかね?」
とM氏が聞いた。
「まあ。順調だね。安倍政権は大企業を優遇してくれているからね。内部留保はたっぷりあるし大企業の法人税の税率は低いからね」
とB氏が言った。
「じゃあ10月からの消費税10%の増税もこたえないんだね?」
とM氏が聞いた。
「そうだね。ほんの多少は厳しいがそれで会社が潰れることはまず考えられないね」
とB氏は言った。
「そうか」
とM氏は納得したような顔で言った。
「ところで君のラーメン屋はどうなんだね。消費税10%の増税はこたえるんじゃないのか?」
とB氏が聞いた。
「いや。大丈夫さ」
とM氏は本当は大丈夫ではないのにウソを言った。
「そうか。それはよかった」
とB氏は嬉しそうな顔で言った。
「ところで君は僕の妻サチ子のことをどう思っているかね?」
とM氏。
「どうって一体何をどう思うことなのかね?」
とB氏は顔を真っ赤にして言った。
(彼は今でもサチ子を愛している)
とM氏はB氏の赤面した顔から確信した。
「実はね。5年ほど前にサチ子が僕に言ったんだ。(私は僕と君を同程度に愛していた。そして君が自分に何も言わないから僕と結婚することに決めた)とね」
とM氏は言った。
「そそれは本当か?」
B氏は身を乗り出して目を白黒させて言った。
(彼は今でもサチ子を愛している)
とM氏はB氏のあわてた様子からそう確信した。
「ああ。本当さ」
とM氏は言った。
「そうだったのか」
とB氏はガックリと肩を落とすような後悔の念に悔やんでいるような口調で言った。
(彼は今でもサチ子を愛している)
とM氏はB氏のがっかりした様子からそう確信した。
「君は僕の妻のことをどう思っているのかね?」
とM氏。
「今だから言うが・・・。実は・・・僕はサチ子さんを好きで好きでしょうがなかったんだ。しかし恥ずかしくてサチ子さんには告白できなかったんだ」
とB氏。
「今はどうなんだね?」
とM氏が聞いた。
「今でも好きさ」
とB氏は心のわだかまりがとれたようにはっきりと言った。
「実を言うと今でも僕が独身をつらぬいているのはサチ子さんが好きだからなんだ。僕は本当に好きでもない女性と結婚する気にはなれないからね。社会人になって世間的な立ち場上結婚した方がいいと両親に強く言われてC子さんと見合い結婚したけれど結局は続かなかったね。1年で離婚してしまったよ。それは僕がC子さんを愛していなかったからさ。僕が本当に好きなのはサチ子さんだけなんだ」
とB氏は言った。
「そうか。それを聞いて安心したよ」
とM氏。
「安心したというはどういう事なのかね?」
とB氏は眉を寄せて聞いた。
「もしもの話だよ。もしも僕が交通事故にあって死んだらその時はサチ子と結婚してくれないかね?」
とM氏。
「物騒なことを言わないでくれ。君は健康で仕事も順調なんだろう?」
とB氏。
「ああ。順調さ。でも何が起こるかわからない世の中だ。毎年どこかで豪雨災害が起こっている日本だ。首都直下地震だって明日起こるかもしれない日本だ。いつどこで高齢者ドライバーが突っ込んてくるかわからない日本だ。万一のことを考えておいても悪くはないだろう?」
とM氏。
「それは確かにそうだがね」
とB氏。
「ではもし僕の身に何かあったら僕の妻サチ子の面倒をみてくれないかね?」
とM氏。
「ああ。いいとも。喜んで面倒みさせてもらうよ」
とB氏。
「それを聞いて安心したよ。約束は守ってくれよ」
とM氏。
「ああ。必ず守るとも」
とB氏。
「そろそろ出ようか?」
「ああ」
そう言って二人は喫茶店ルノアールを出た。

家に帰ると妻のサチ子が掃除していた。
「あなた。お帰りなさい。どこへ行っていたの?」
妻は掃除機を止めて夫を見た。
しかし夫は黙っている。
夫は黙って食卓の椅子に座った。
妻のサチ子も食卓の椅子に座った。
「まあちょっと散歩だ」
と夫。
「今年の10月から消費税が10%増税されたわね。あなた。うちは大丈夫なの?」
と妻。
夫は妻に心配をかけないよう店の経営のことは隠していた。
「いや。今だから言うがもう(幸楽園)はやっていけそうもないんだ。もう店じまいして何か他の仕事を探さなくてはならないな」
と夫。
「そうだったの。そんなこととは知らなかったわ」
と妻。
「オレはラーメン中華料理一筋に生きてきたからな。どこかの中華料理屋で働こうと思う」
と夫。
「そう。(幸楽園)がなくなってしまうのは残念ね」
と妻。
「まあ仕方がないさ」
と夫。
「ところでお前は今でもオレの従兄弟のBを好きかね?」
と夫が聞いた。
「何を突然言い出すの?」
と妻。
「まあいいじゃないか。Bを好きなのかどうか答えてくれ」
と夫。
「えええ。好きよ」
と赤面した妻。
「オレよりか?」
と夫。
「いえそんなことはないわ」
と妻。
「じゃオレより下か?」
と夫。
「そうでもないわ」
と妻。
「じゃあお前の気持ちはどうなんだ?本当のことを教えてくれ」
と夫。
「そうね。映画(シェーン)でジョン・スターレットの妻のマリアンが夫のジョン・スターレットとシェーンの両方を好きになってしまうでしょ。あれと同じよ。甲乙つけがたいわ。あるいは竜虎相譲らずというか不倶戴天の二人というか両横綱というか両雄並び立たずというか武田信玄と上杉謙信というかどんぐりの背比べというか・・・・そんな感じで決められないわ」
と妻。
「そうか」
と夫。
「ねえ。ママ。ママにはパパ以外にも好きな人がいるの?」
と娘の洋子が入ってきた。
「あら。洋子ちゃん。聞いていたの?」
「うん」
と娘。
「ねえ。ママ。ママにはパパ以外にも好きな人がいるの?」
「そそれは・・・」
妻は答えられなかった。
「洋子」
「なあに?パパ」
「お前は私の従兄弟のBおじさんが好きか?」
父親が娘に聞いた。
「ああ。Bおじさんのことだったのね。ママが好きな人って」
勘のいい娘はすぐに察知した。
「お前はBおじさんが好きか?」
再度父親が娘に聞いた。
「好きよ。私。前一度Bおじさんの家に行ったことがあるわ。Bおじさんの息子の純君も優しくて好きだわ。あの時純君は勉強をわかりやすく教えてくれたわ。そしてその後ボーリング場にも連れていってくれたわ。とても楽しかったわ」
と娘。
「ああ。そうね。数年前にあなたはBおじさんの家に行ったことがあったわね」
と妻。
「そうか。それならよかった」
と夫。
「でもどうしてそんな事聞くの?」
と娘。
「・・・・」
父親は黙ってそれには答えなかった。

父親のM氏は中華料理店のコックの募集を探した。
幸い陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地でコックの募集をM氏は見つけた。
以前からその募集をМ氏は知っていた。
なのでB氏はその募集に応募した。
採用するかどうかの面接が行われた。
M氏はそこで自慢のラーメンを作ってみせた。
もちろんM氏の(幸楽園)は中華料理店なのでラーメン以外でもチャーハンや餃子五目焼きそばチャーシュー麺麻婆豆腐ホイコーローなども作っていたのでそれらをも作ってみせた。
試食した採用担当の係りの人達は「美味い。美味い」と言いながら言って食べM氏を即採用とした。
こうしてМ氏は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地でコックとして働くようになった。
防衛省市ヶ谷庁舎の自衛隊員達にもM氏の作る中華料理は大人気となった。
ある時。
昼食の後1等陸佐がМ氏の所にやって来た。
「Мさん。総監が私もMさんの作るラーメンをぜひ食べてみたいと言っているのです作って頂けないでしょうか?」
と厨房のM氏に依頼に来た。
「どうかね総監のためにラーメンを作ってくれないかね?」
と1等陸佐がM氏に言った。
「わかりました。それでは腕に寄りをかけてお作り致しましょう。しかし今日はもう昼食の時間は終わってしまいましたから明日でもよろしいでしょうか?」
とМ氏は聞いた。
「ええ。構いません」
と1等陸佐は言った。
「わかりました」
とМ氏は言ってその日は5時に仕事を終えて家に帰った。

その翌日である。
その日は令和元年11月25日だった。
「では行ってくる。サチ子。もし万一交通事故とか不慮の事故でオレが死ぬようなことがあってもその時はB氏と再婚してくれないか?」
と夫。
「あなた。何をあらたまって言うの?」
と訝しそうな表情で言う妻。
「お父さん。行ってらっしゃい」
と嬉しそうな無邪気な娘。
「洋子。体にはくれぐれも気をつけてくれ」
と夫。
「うん」
と娘。
父親は娘の洋子をギュッと抱きしめた。
「では行ってくる」

М氏は陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地に行き厨房に入り昼食のための中華料理を作り出した。
そして昼食の時間になった。
自衛隊員達は「旨い。旨い」と言いながらМ氏の中華料理を食べた。
昨日の1等陸佐がМ氏の所にやって来た。
「Мさん。総監用のラーメンを一つ頂けないでしょうか?」
1等陸佐が聞いた。
「ええ。用意は出来ていますよ。あとは麺をゆで上げるだけです」
とМ氏は言った。
「ぜひお願い致します」
と1等陸佐。
「わかりました」
とМ氏。
М氏は麺をゆで上げスープの中に入れた。
そしてチャーシュー煮卵のりを乗せた。
「はい。出来ました」
とМ氏。
出来上がったラーメンを1等陸佐が
「どうもありがとうございます。総監室に持って行きます」
と言って受け取ろうとした所をM氏は止めた。
「いえ。私が総監室にお届け致しましょう。総監が私のラーメンを食べてどんな感想を言うかぜひ聞いてみたいのです」
とM氏。
「そうですか。それではちょっとそのことを総監に聞いてみましょう」
と1等陸佐が言って内ポケットから携帯電話を取り出してピッピッピッと操作した。
「もしもし。総監。Mさんがぜひ自分が直々に総監にお届けしたいと言っているのですが・・・いかがでしょうか」
と1等陸佐が言った。
すぐに1等陸佐は
「はい。わかりました」
と言って携帯電話を切った。
そしてM氏を見た。
「総監はぜひあなたに会いたいと言っておられます。ラーメンをすぐ持って行って下さい」
と1等陸佐。
「わかりました。ではすぐに総監にラーメンをお届け致します」
M氏は出前用の倹飩箱にラーメンを入れるとすぐに総監室に倹飩箱を持って走って行った。

トントン。
「誰かね?」
総監室の中から声がした。
「Mです。ラーメンを持ってきました」
するとすぐに総監室の戸が開いた。
「ああ。Mさん。どうぞどうぞ。お入り下さい」
「失礼します」
そう言ってМ氏は総監室に入った。
「あなたの中華料理は自衛隊の隊員達の間で大人気ですよ」
と総監。
「総監。そんなことよりラーメンを早く食べて下さい。ラーメンがのびてしまいますよ。お話はその後でお願い致します」
とM氏。
「ああ。確かにそうですな」
М氏は倹飩箱からラーメンを取り出して総監に差し出した。
「どうぞ」
総監は
「では頂きます」
と言ってラーメンを食べ始めた。
総監は「旨い。旨い」と言いながらハフハフ熱いラーメンを食べた。
ラーメンを食べ終わると総監は
「はー。食った。食った。美味かった。久しぶりに美味いラーメンを食った」
とポンポンと腹を叩いた。
「そうですか。そう言ってもらえると私も作り甲斐がありますよ」
とM氏は言った。
「Мさん。このラーメンのダシは何なのですか?」
と総監がにこやかな顔つきで聞いた。
しかしМ氏はその質問には答えなかった。
М氏はサッと急いで出前用の倹飩箱を開けた。
倹飩箱の中には縄と調理用の出刃包丁が入っていた。
М氏はすぐさま縄と出刃包丁を取り出して油断している総監を後ろ手に捩じり上げて手首を縛りそして総監の体を椅子に縛りつけた。
「М(三島)さん。一体これは何のまねだ?何の冗談だ?ふざけているのか?」
М氏は三島という名前だった。
総監の言葉を無視して三島は総監室にある椅子や机本棚などを総監室の戸の前に置き人が入って来れないようバリケードを作った。
まさか総監室でそんな出来事が起きているとは思いも寄らなかったので自衛隊の隊員達はそれに気づかなかった。
「三島さん。一体これは何のまねだ?何の冗談だ?人質ごっこか?ふざけているのか?」
と総監。
「本気だ」
と三島。
「気が狂ったのか?」
と総監。
「正気だ」
と三島。
三島がバリケードを作り上げた時ようやく総監室で大きな物音がするのに気づいて数人の自衛官達が総監室の前にやって来た。
自衛官の一人が総監室の窓ガラスを叩き割った。
総監室の中で総監が縛られているのを見て自衛官は驚いた。
「三島さん。これは一体何のマネだ?」
自衛官の一人が聞いた。
「総監を人質にとった。これはクーデターだ」
と三島は血相を変えて言った。
「本気なのか?」
と自衛官。
「正気だ」
と三島。
「これに書いてある事をのめば総監の命は助けてやる」
と三島は要求書の紙を自衛官に渡した。
それにはこう書かれてあった。
(一)11時30分までに全市ヶ谷駐屯地の自衛官を本館前に集合せしめること。
(二)私(三島)の演説を清聴すること。
(三)11時30分より13時10分にいたる2時間の間一切の攻撃妨害を行わざること。一切の攻撃妨害が行われざる限り当方よりは一切攻撃せず。
(四)この条件が完全に遵守せられて2時間を経過したときは総監の身柄は安全に引渡す。
(五)この条件が守られずあるいは守られざる惧れあるときは私(三島)は直ちに総監を殺害して自決する。
と五つの要求が書かれてあった。
ここに至って自衛隊員たちは三島が本気であることを悟った。
「わかった。条件を呑もう。その代わり総監には危害を加えるな」
と自衛官の一人が言った。
自衛官達はすぐに自衛隊の上層部にそれを伝えるため急いで走り去った。
11時40分。市ヶ谷駐屯地の部隊内に
「業務に支障がない者は本館玄関前に集合して下さい」
というマイク放送がなされその後も放送が繰り返された。
部隊内放送を聞いた自衛官約1000名が続々と駆け足で総監室の前のバルコニーの前にに集まった。
ジリジリジリー。
正午を告げるサイレンが市ヶ谷駐屯地の上空に鳴り響いた。
太陽の光を浴びて輝く調理用の出刃包丁を右手に持った三島がバルコニーに立った。
三島の頭には「七生報国」と書かれた日の丸の鉢巻が巻かれていた。
「何だあれは」
「ここの食堂のコックだ」
「ばかやろう」
などと口々に声が上がる中三島はバルコニーを縁どっている少し高くなっている囲いの段上に立った。
三島は集合した自衛官たちに向かい白い手袋の拳を振り上げて絶叫しながら演説を始めた。
「自衛隊の諸君。オレは悲しみと憤りを持ってここへ来た。今の日本で自衛隊だけが武士の魂を持っているとオレは信じていた」
と三島は叫んだ。
「お前は誰だ?」
と自衛隊員。
「オレは一介のラーメン屋だ」
と三島。
「降りろー」
と自衛隊員。
しかし三島は演説を続けた。
「おまえら聞けぇ! 静かにせい静かにせい! 話を聞け! 男一匹が命をかけて諸君に訴えているんだぞ。今日本人がだここでもって立ち上がらねば自衛隊が立ち上がらなければ諸君は永久にだねただアメリカの軍隊になってしまうんだぞ。それがわかるかー。2015年(平成27年)9月19日集団的自衛権を認める安保法制が与党である自民党公明党の強行採決によって可決された。あの時のことは諸君も知っているだろう。自民党推薦の弁護士達でさえ集団的自衛権は憲法違反だと言ったんだぞ。オレはあの時から自衛隊が怒るのを待っていた。集団的自衛権を認めるとはどういうことか。それは。日本を攻めてこない日本にとって何の恨みもない国に対しても同盟国のために同盟国の利益のために戦争をしてもいいということだ。こんなことは憲法違反であることは明らかだ。どうしてそれに気づいてくれなかったんだ。それにだ。イラク戦争南スーダンの自衛隊の活動の日報はちゃんとあるのに政府はそれは無いとウソをつき続けた。これはシビリアンコントロールの無視以外の何だと言うのだ。2015年(平成27年)9月19日からオレは俺は自衛隊が怒るのを待ってた。4年待った。しかし諸君は立ち上がらない。自衛隊にとって建軍の本義とはなんだ。それは日本を守ることだ。日本を守るとはなんだ。日本を守るとは天皇を中心とする歴史と文化の伝統を守ることだ。戦後日本は驚異的な経済繁栄をしGDPで世界第2位の経済大国になった。しかし日本は経済的繁栄にうつつを抜かしてついには精神的にカラッポになった。そして1986年12月から1991年(平成3年)3月までのバブル景気でも経済的繁栄にうつつを抜かしそしてとうとう1991年(平成3年)3月にはバブルが崩壊し地価も株価も暴落して経済的にもカラッポになった。それからは現在に至るまで失われた30年だ。銀行は不良債権をかかえ貸し渋りし零細企業はどんどん倒産していった。デフレ不況はバブル崩壊から癒えることなく現在まで続いている。国債の発行残高は897兆円だ。もはや日本は国債を発行し続けなければやっていけない国にまでなってしまった。2012年12月26日第2次安倍内閣が発足した。景気を回復させると豪語して異次元の量的緩和を行った。しかしその本当の目的は何か。それは見せかけの株価を上げるためだ。そして大企業のみを優遇し政府が企業と癒着して自民党を長期政権に維持させることが本当の目的だ。現政権の腐敗を諸君は何とも思わないのか。内閣人事局で自分の意のままに出来る官僚をつくり国民の税金を私物化し平気でウソをつき公文書の改ざんまで行っている。司法も内閣人事局によって政府が牛耳って政府の意のままにしている。もはやこれは民主主義国家ではない。独裁国家だ。そこにさらに消費税10%の増税だ。政府はそれを社会保障の財源に充てるなどとまことしやかな事を言っている。しかしそれはウソだ。消費税増税の本当の目的はイージス・アショアだのステルス戦闘機だのアメリカの言いなりになるための軍事費増強のためだ。そして大企業官僚そしてあらゆる役人の既得権益を守るためだ。そこでだ。オレは自衛隊が政府に対して怒るのを待っていた。2.26事件の将校達のように自衛隊が腐った独裁政権を倒すクーデターを起こす日をオレは待っていた。オレは4年待ったんだよ。オレは4年待ったんだ。自衛隊が立ちあがる日を。しかしいつまでたっても諸君は立ち上がらない。諸君は武士だろう。武士ならばだ。違憲である集団的自衛権をどうして守るんだ。どうしてアメリカの手先になってアメリカの戦争に協力しようとするんだ。どうして正義を求めず悪を容認して権力者にペコペコするんだ。これがある限り諸君は永久に救われんのだぞ。諸君の中に一人でもオレと一緒に立つ奴はいないのか。一人もいないんだな」
三島はそう演説した。
しかし三島が演説している間自衛隊の隊員たちは
「降りろー」
「てめえ。それでも男かー」
「たかがラーメン屋のおやじが偉そうなことを言うなー」
と野次を飛ばすだけだった。
「諸君の中に一人でもオレと一緒に立つ奴はいないのか。一人もいないんだな。諸君が立ちあがらないということに見極めがついた。これでオレの自衛隊に対する夢はなくなったんだ。それではここで俺は天皇陛下万歳を叫ぶ」
そう言って三島はバルコニーを縁どっている少し高くなっている囲いの段上から降りてバルコニーの中に立った。
三島は皇居の方向に体を向けた。
そして。
「天皇陛下万歳!」
「天皇陛下万歳!」
「天皇陛下万歳!」
と両手を高く上げて天皇陛下を讃える万歳を三唱した。
そして総監室にもどった。
総監室には総監が後ろ手に縛られ椅子にしばりつけられていた。
三島は総監をチラッと見た。
「三島さん。やめろ。こんなことをして何になるんだ?あんたの作るラーメンは美味いと評判なんだぞ」
と総監が言った。
「こうするしか仕方がなかったんです」
と三島は言った。
そして三島は皇居の方角に向かって正座した。
そして上着を脱いだ。
三島はボディービルをしていたので見事に引き締まった肉体だった。
そして三島は出刃包丁を自分の腹に当てた。
「三島さん。やめろ。やめるんだ」
総監は叫んだ。
「三島さん。やめろ。あんたのラーメン屋の経営が苦しいというのなら官邸に頼んで1億円でも補助金を出してもらうように頼んでやる」
と総監は言った。
しかし総監は後ろ手に縛られ椅子にしばりつけられているためどうすることも出来なかった。
「いえ。結構です。こうするしか仕方がなかったんです」
と三島は淡々と答えた。
「よく見ておけ。これが武士の死にざまだ」
三島は総監に向かって言った。
「うおおおおおおー」
三島は出刃包丁を腹に突き刺した。
腹からピューと血が噴き出した。
三島は苦痛をこらえながら腹を真横に真一文字にかき切った。
腹からドクドクと血が溢れ出した。
そして腹を切った後三島は震える手で出刃包丁を腹から抜いて自分の首に当てた。
「うおおおおおおー」
大声で叫びながら三島は最後の力を振り絞って思い切り自分の首の右を出刃包丁で切った。
頸動脈が切れ首からピューと血が噴き出した。
大量出血のため意識が朦朧としてきて三島はガックリと倒れ伏した。
意識を失う前のほんの一瞬日輪が三島の瞼の裏に赫奕と昇った。
三島が前のめりに倒れ伏したのを見て総監室の前で控えていた自衛隊の隊員達がどっと入ってきた。
「総監。大丈夫ですか?」
と隊員の一人が聞いた。
「私は大丈夫だ。それより三島さんの方を至急診てくれ」
と総監は言った。
言われるまでもなくバルコニーの前にいた警察官や医師が入ってきた。
医師は三島の脈を測った。
「まだ脈は止まっていません。急いで近くの病院に連れて行かなくてはなりません。救急車がバルコニー前に控えてあります。すぐに近くの病院に運び込まなければなりません」
と医師は言った。
すぐに担架が運び込まれ三島は担架に乗せられて自衛隊員らによって総監室から運び出された。
腹と右の頸動脈から血が流れ続けている。
「あなた。死なないで」
テレビ放送されてそれを見てタクシーで駆けつけた妻のサチ子が駆け寄って来た。
「三島くん。死んではダメだ」
テレビ放送されてそれを見てタクシーで駆けつけた従兄弟のB氏が駆け寄って来た。
しかし三島は目をつぶって動かない。
だがまだかろうじて呼吸はあった。
三島は救急車に乗せられた。
「私も連れて行って下さい」
妻のサチ子が言った。
「私も連れて行って下さい」
従兄弟のB氏が言った。
「あなたがたはこの人とどういう関係なのですか?」
救急隊員が聞いた。
「私はこの人の妻です。この方は夫の従兄弟です」
と妻のサチ子が言った。
「わかりました。どうぞお乗り下さい」
救急隊員に言われて妻のサチ子と従兄弟のB氏は救急車に乗り込んだ。
ピーポーピーポー。
救急車が走り出した。
「救急車が通ります。車を道路の端に車を寄せてください」
医師は切られた頸動脈の下を結紮して出血を食い止めようとした。
そしてすぐにヴィーンDの急速輸液がなされた。
その時である。
三島の口がわずかに動いた。
「さ・・・さ・・・サチ子。す・・・す・・・すまない。び・・・び・・・Bくん。さ・・・・さ・・・サチ子を頼む」
それは死にゆく者が力の限りを振り絞って出した言葉であった。
近くの××大学医学部付属病院に着いて三島はすぐにICUに運びこまれた。
「奥さん。ご主人の血液型は何型ですか?」
救急の医師が聞いた。
「夫の血液型はA型です」
サチ子が答えた。
「よし。A型の輸血をしろ」
医師達は三島にA型の輸血を始めた。
そして医師達は心電図のモニターをつけた。
しかし心電図のモニターはツーといつまで経っても平坦なままで動き出すことはなかった。
血圧も無かった。
医師達は三島の睫毛反射対光反射の消失心音呼吸音の消失橈骨動脈で脈拍の消失を確認した。
医師達は後ろに控えている妻と従兄弟のB氏に向かって
「ご臨終です」
と厳かな口調で言った。
「ああなたー」
サチ子は泣きじゃくりながら夫の手を握りしめた。
B氏も泣いていた。
「申し訳ありませんが司法解剖しますので二人ともICUから出て下さい」
救急医が言った。
「ははい」
サチ子と従兄弟のB氏はICUから出た。
「奥さん。三島さんのことだからきっと自宅に遺書があるはずだ」
B氏が言った。
「そうね。遺書があるかもしれないわね」
と妻サチ子も言った。
二人はタクシーで三島の家に行った。
三島の部屋には机の上に「天人五衰」と書かれた封筒があった。
「きっとこれが遺書だわ。私直観でわかるの。あの人老いることを嫌っていたから」
とサチ子が言った。
「開けてみましょう」
B氏が言った。
「そうね」
サチ子も同意した。
二人は「天人五衰」と書かれた封筒を開けてみた。
それにはこう書かれてあった。
「愛する妻サチ子よ。私は今日死ななくてはならない。今の日本の腐敗があまりにもひどいからだ。私が諌死することで日本が良くなってくれることを祈る。私の暴挙を許してくれ。サチ子よ。私が死んだら従兄弟のB君と再婚してくれ。それと。きっとこの遺書はB君も読むだろう。B君。どうか妻の面倒をみてくれ。それと娘の面倒も。あつかましいお願いだがよろしく頼む。法的に定められている100日後になったら出来るだけ早く結局してくれたまえ」
二人は顔を見合わせた。
そして二人とも赤面した。
まず最初にB氏が口火を切った。
「奥さん。実は一カ月ほど前に三島さんが(久しぶりに会わないか)と電話してきて喫茶店で会った事があるんです。その時三島さんが私に今でもあなたを愛しているかとさかんに聞いてきたんです。そして三島さんは自分が死んだらあなたの面倒を見てくれと言ったんです。その時はなぜそんな突拍子もないことを聞くのかわからなかったんですが今日やっとわかりました。こういう事だったんですね」
とB氏が言った。
「Bさん。実は私もそうなんです。一カ月ほど前に夫が今でもBさんを好きかとさかんに聞いてきたんです。その時はなぜそんなことを聞くのか疑問でした。私は正直に(今でもBさんを好きです)と言いました。その時は何のためにそんなことを聞くのか不思議でした。がこういう事のためだったのですね」
とサチ子が言った。
「奥さん。いやサチ子さん。私と結婚してもらえないでしょうか?」
とB氏。
「ええ。私の方こそお願いします。私はあなたを愛していますしあなたと結婚することが夫の願望ですもの」
とサチ子が言った。
「ありがとう」
B氏はサチ子の手を握りしめた。
「でもBさん。主人は100日を過ぎたらすぐ結婚してくれと言っていますが主人を弔うため一年間は喪に服して一周忌までは待っていただけないでしょうか?」
サチ子が聞いた。
「ええ。構いませんとも。私もそうすべきだと思っています」
とB氏は言った。

三島の訴えは自衛隊には聞こえなかったが国民には届いた。
日本国民全員が立ち上がった。
「三島さんの死を無駄にするな」
と国民は叫んだ。
連日国会前首相官邸前そして全国津々浦々で1000万人を越す人が集まった。そして
「安倍やめろ」
とコールした。
安倍晋三は焦った。
安倍晋三の自民党総裁としての任期は2021年9月末日まであるが党内では4期目の続投を主張する声もあった。
ともかく2021年までは解散総選挙がないのだからあと2年は確実にやれるはずだった。
しかし連日の国会前での1000万人規模のデモである。
香港のように国民と警察との衝突まで起こり出した。
自民党は焦り出した。
自民党から離党者が出始めその数はどんどん増えていった。
石破茂と水月会のメンバーも自民党を離党し立憲民主党に入党した。
連立政権だった公明党も自民党についていては旗色悪しと判断して与党から離脱した。
自民党は焦り出した。
このままでは2021年の解散総選挙で議席を大きく減らしてしまう可能性が高い。
野党である立憲民主党。国民民主党。日本共産党。社民党。れいわ新撰組。N国は今まで以上にガッチリとスクラムを組んで野党共闘で安倍政権への批判を強めた。
そして衆議院に内閣不信任決議案を提出した。
公明党の与党からの離脱と自民党議員の離党そして野党への入党によってもはや衆議院では自民党は議員定数の過半数を大きく下回っていた。
なので内閣不信任決議が可決された。
内閣不信任決議が可決された時は内閣総辞職による自民党の延命という手もあったが権力にしがみつきたい安倍晋三は解散総選挙に打って出た。
しかしその結果はみじめな自民党の惨敗だった。
安倍晋三は選挙区である山口4区でも立憲民主党の立候補者に大差で敗れた。
比例での復活当選もなかった。
こうして立憲民主党。国民民主党。日本共産党。社民党。れいわ新撰組。N国が連立与党となり立憲民主党の枝野幸男が第99代内閣総理大臣となった。
公明党も日和見党と党名を変え連立与党となった。
そして組閣が行われた。
その内訳は。
首相。枝野幸男
官房長官。小川彩佳。
財務相。金子勝。
総務相。山本太郎。
法相。鈴木宗男。
厚生労働相。小池晃。
農相。穀田恵二。
経済産業相。玉木雄一郎
国土交通相。大塚耕平。
環境相。復興相。武田邦彦。
文部科学相。関口美奈。
外相。福島みずほ。
防衛相。志位和夫。
国家公安委員長。鈴木奈穂子。
沖縄北方相。背山真理子。
経済再生相。蓮舫。
五輪相。杉浦友紀。
一億総活躍相。長妻昭。
防災相。石破茂。
不倫ガソリン相。山尾志桜里。

組閣にあたっては財務大臣は民間から慶応大学経済学部名誉教授で立教大学大学院特任教授の金子勝氏が選ばれ環境大臣は中部大学総合工学研究所特任教授の武田邦彦氏が選ばれた。
そして国会が開かれ安倍政権の時に強行採決で決められた安保法共謀罪(テロ等準備罪)特定秘密保護法などの悪法がどんどん廃止されていった。
消費税10%の増税も廃止され辺野古の基地建設は廃止され普天間基地は取り払われ原発は廃止されどアホのミクスは廃止され北方領土は択捉島国後島色丹島歯舞群島の4島全部が日本に返還された。
そして森友学園問題の土地取引で安倍晋三の御意向を忖度した佐川宣寿ら財務省の官僚たちと安倍晋三元首相とその妻安倍昭恵夫人そして加計学園問題での加計孝太郎の証人喚問が行われた。
もちろんかれらは「知らぬ。存ぜぬ。記憶に無い。データは消去した。刑事訴追のおそれがあるので答弁は控える」と言って何も答えなかった。
しかし東京地検特捜部が彼らを起訴して彼らは全員有罪判決となった。
こうして日本は世界で一番平和で経済的にも豊かな国となった。



令和元年10月12日(土)擱筆

消費税10%増税物語

執筆の狙い

作者 浅野浩二
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