お花見&ポッキーゲーム
「お花見しましょう! あんずさん!」
バンッという音とともに人の部屋に入ってくるなり、開口一番こちらの事情を鑑みないで宣うのは一体どこの二階堂美雨だ?せめてノックくらいはしろ。
私は読んでた本のページを視界の下に移動させ、唐突にやってきた騒がしい来訪者の方をじろりと見た。
「美雨さん。なんなんですか。一体」
「だ・か・ら、お花見しましょう!」
頭が痛くなる。この子はなぜこうも独りよがりなのだろうか。
私が花粉症だと知らないわけではないだろう。長い付き合いなのだから。それだというのにこの子ときたら。
「美雨さん。私、花粉症なんですよ」
「はい!」
「今の時期って外出ると花粉とんでるじゃないですか」
「はい!」
「私出来れば外出たくないんですよ」
「はい!」
「それなのに、ましてや花の下にいろなんて」
「はい!」
「殺す気ですか?」
「はい!」
はい、じゃないが。
「いきましょうよー! 絶対おいしいですよ-! お花見!」
だめだこいつ、完全に花より団子だ。やっぱりそういう魂胆だったか。
花見でその感想が出る時点でダメだろ。説得下手か。そもそもご飯が食べたいだけならべつに家の中でもいいだろ。
「お腹すいてるだけなら私が今から作ってあげますから、待っててください」
「わーい! ハッ! だめです! 外でお花を見ながら食べなきゃ意味ないんです!」
ちっ、懐柔できなかったか。なんで外じゃなきゃいけないのだろうか。
外で食べるとなったら砂埃にだって、気をつけなければならないというのに。
彼女はまさか無風の状態を想定しているのか、あいにく今日は四月の春風でお外は荒んでいるぞ。
「どうして、お花見にこだわるんですか?」
実際、さっきの台詞からもわかるとおり風流を嗜む柄でもないでしょ、貴女。
だいたい花粉症の辛さを知らないからそんなことが毎年気安く言えるんだ、そんなに見に行きたいのであれば一人で見に行けばいいだろう。
彼女は視線を落とし自らの大きな胸の前で人差し指同士の腹で押し合っては伸ばしてを繰り返す様を見てる。なんだ? バスト自慢か?(違う)
「だって、この季節のカップルはお花見デートをするんでしょう・・・・・・?」
頬を染めながら、上目遣いで遠慮がちに呟かれた言葉は最後尾に行くにつれ気恥ずかしそうな、か細い声として私の鼓膜に届いた。
・・・・・・い、い、い。
「色気より食い気でしょうが貴女はぁぁぁぁ!!!」
「わわ、急に何!?」
読んでた本を乱雑に閉じ、思わず私は胸をぎゅっと抑えて叫んだ。
***
「わあー! 人いっぱいですね!」
そうですね。いっぱいですね。花粉も。帰りたい。
何が悲しくてせっかくの休日をこんな拷問に費やさないといけないのか、しかも人混みがすごいとまできた。おごご。
隣の彼女を見るとものすごくはしゃいでいる。どこからそんな元気があるのか、花粉症を持たざるものの余裕か。
ああ、視界が滲んできた。
「あ、あんずさん?」
「なんですか?」
「泣くほど感動してるんですか?」
馬鹿がよぉ。死ぬほど苦しんでるんだこっちは。おい、やめろ。口元を両手で押さえてそんなに喜んでくれるなんてって顔するな。的外れだから、それ。
「ささ、あんずさん。涙で前が見えないようですから、私がリードしてあげますね」
そういうと彼女は私の腕を手繰り寄せて自分の腕に絡めた。右腕を私にはない柔らかな双峰で包まれる。
視界がさらに霞む。なんか本当に情けなくなって泣けてきた。ちくしょう・・・・・・。
彼女に誘導され桜のよく見える位置に到着する。
この量の人だかりだから場所がとれないかと思ったが、運良く絶好の場所を確保できた。
いや、わたしにとっては確保できない方がよかったのだが。
彼女は意気揚々と持ってきたレジャーシートを広げ、荷物を置くと隣をポンポンと叩いた。
「あんずさんも立ってないで私の隣で桜を見ましょう! 間近で見たほうがもっと感動できますよ!」
靴を脱ぎ彼女の隣に邪魔をする。間近にくるということは、余計に被害を受けることになるから出来れば遠慮したかったんだけどな。
それでも彼女の隣という言葉は私にとっては甘美に響いて、否が応にも従わざる負えない甘さがあった。
「桜綺麗ですね。あんずさん」
花が咲き誇るように春の日差しにも似た暖かな笑みを私に向ける彼女。
「来年もまた来ましょうね」
来年こそは来てやるもんかと一人心の中で誓うが、このちっぽけな宣誓は次回も彼女のこんな顔を見たいがために、儚く崩れ去るんだろうな。これも惚れた弱みか。
心地よい日だまりの中で生まれた新しい風が桜吹雪となって優しく私たちの肩を凪いだ。
四月と言ってもまだ少し寒いから、冷えないようにと私たちはお互いの手を温め合った。
このときのために用意した重箱は十箱分、全部空になりました。
***
「ポッキー買いに行きましょう! あんずさん!」
バンッという音とともに人の部屋に入ってきて第一声とち狂ったことを宣いやがったのは、一体どこの二階堂美雨だ。毎度ノックを忘れるな。
私は重い瞼をなんとか開けてどんよりとした意識ごと身体をベッドから起こした。
「美雨さん。騒々しいですよ」
「ポッキーゲーム! レッツポッキー!」
頭が痛い。なんだこのデジャブ。春頃にもあったぞ。私が今なんで寝込んでるのか知ってて言ってるのか。付き合いうんぬんより一目瞭然だろ。
「ゴホッ、美雨さん。私、今風邪引いてるんですよ」
「はい!」
「身体だってだるいし、熱だってあるんです」
「はい!」
「私出来ればじゃなくても外出たくないんですよ」
「はい!」
「それなのに、病人の私に一緒にポッキー買いに行こうなんて」
「はい!」
「殺す気ですか?」
「はい!」
はい、じゃないだろそこは。
「いきましょうよー! 絶対おいしいですよー! ポッキー!」
だめだこの子、完全に私よりポッキーだ。いやなんで私の容態とポッキー、天秤に掛けてポッキーが勝つんだよ。この子の中で少しの葛藤も無かったのか。ポッキーに負ける私。悲しいぞ普通に。そもそも一人で買いに行けば良いだろ。なんで買いに行くとこまで付き合わせるんだ。買ってきてから一緒にやろうよ。いや、しないけど。
「トッポならハロウィンの時のあまりがありますから」
「えっ! あの時お菓子全部食べたと思ったのに! やったー! ……ハッ! だめです! あんずさんと一緒に選んだポッキーじゃなきゃ意味ないんです!」
いや、そんなことないでしょ。なにがそこまで彼女を必死にさせるのか。同じスティック状ならトッポもポッキーも変わらないだろうに。
「どうして私と一緒に選んだポッキーにこだわるんですか?」
どうせ美雨さんのことですからポッキーとトッポの区別もついてないでしょ。あれ内側か外側でチョコが入ってるかで結構食感とか変わるんですよ。
だいだい、私、風邪。
彼女は視線を落として自らの大きな胸の前で人差し指同士合わせては離してを繰り返す様を見てる。なんだ? 春以来の宣戦布告と受け取るぞ?(違う)
「だって、好きな人が選んでくれたチョコの方が美味しいに決まってるし・・・・・・」
上目遣いで放った情緒をめちゃくちゃにする具合の言葉は朧気な私の意識を沸騰させるには十二分なわけで。
「ど・・・・・・」
「ど?」
「どうして貴女はそういうのばっっか、変なとこで食い気より色気が勝つんですかぁぁぁぁ!!」
「わわ、急にどうしたの!?」
ごほ、ごほっ、胸苦しい。
***
「あんずさんとデート♪ デート♪」
そうですね。デートかもしれないですね。身体が重い・・・・・・。帰りたい。
何が悲しくて容態を悪化させる可能性を引っ張ってまで、こんな愚行に及んでるのか。目指すは魔王城。私は勇者なのかもしれない。勇気と無謀をはき違えてないだろうか。おごご(腐った死体の鳴き声)
隣の彼女を見るとものすごくはしゃいでる。どこからそんな元気が・・・・・・、健康体の余裕か。
ああ、意識がぼんやりする。
「あ、あんずさん?」
「なんですか?」
「体調大丈夫ですか?」
なんでだよ。どうしてそこで変な優しさ見せるんだよ。おい、やめろ。今更後に引けないんだからそんな申し訳なさそうな顔するな。私が選んだことだから。
「あんずさん、やっぱり帰り・・・・・・」
「美雨さん、支えてくれませんか? 私一人じゃ倒れそうなんで」
私がそう言うと美雨さんは心配そうな顔をしつつも腕を絡める。
必然と右腕は私が到底持ち得ない双丘に布越しに触れるわけで・・・・・・あっ、これデジャブ。
「あんずさん泣くほど辛いならやっぱり帰った方が・・・・・・」
「お気にせず」
「でも」
「お構いなく」
お願いだからこれ以上私の蛮勇を無碍にしないで・・・・・・
頭痛に耐えながらも何とか無事お目当てのポッキー(スタンダードなチョコ味)を買って家に帰宅する。
すると早速彼女は待ちきれなかったのか、玄関で靴を脱ぐ前にポッキーの入った包装をあけて一本取り出すと先端をくわえて腕を広げた。
「ふぁ! やりまひょう!」
さっきまで心配してくれてたのは嘘だったんじゃないかってくらいの豹変ぶり。どれだけ期待してるんだ。見えないはずのしっぽがぶんぶん振ってるように見えるのは、私の幻視ではないのでは?
「美雨さん、まず靴脱いで、場所と雰囲気も考えて」
「やりまひょう!」
こうなったら彼女は歯止めが効かない。それは今までのことから学習済みな訳で。
しょうがない。適当にギリギリまで食べて直前になったら顔を離すか。
「あー・・・・・・」
幸い彼女は目を閉じて待ちの体勢に入ってるためか食べ進める様子はない。あと少し・・・・・・。美雨さんの顔が間近に迫る。そのうちお互いの鼻息が分かる距離まできたので身を引こうとして。
「んむっ!?」
距離がゼロになる。視界の大部分を彼女の端正な顔が占める。目を閉じてるから長い睫の一本一本のきめ細やかさがいやでもわかって唇は血の通った体温で温められる。
ほんの二、三秒。のはずが凝縮された濃厚さは私の脳をぐらぐらと揺らしては脳裏に忘れられない甘さを刻んだ。
「ごちそうさまです♪」
「あのねぇ・・・・・・」
喉まできた言葉を飲み下して彼女をみつめる。説教の言葉はきっと天真爛漫な彼女の前では無意味なのだろう。
「風邪がうつったらどうするんですか」
そう言って風邪を理由に小言に逃げても。
「うつしてください。あんずさんのなら大歓迎です」
って笑顔で返す物だから。もうほんと彼女には勝てない。
その言葉に身体が熱くなったのはきっと熱に浮かされたせいだ。
執筆の狙い
短編二作です。繋がってるお話をひとつにしました。前編は4月に書いたもので、後編は11月に書いたものです。お読み頂けたら幸いです。