武器屋の短い午後
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秋葉原でトイガン・ショップを経営する吾郎ちゃンと顔馴染みとなったきっかけを。何年前だったかしらン、あたしが飼ってるミリタリおたくの情報屋が、規模は小さいが世界各國の軍隊払い下げのミリメシ豊富な店がアキバにある、隠れた名店よ、そう聞き行きました。秋葉原、よりも御徒町でしたが。闇の改造銃あきンど商店は何人何軒か知っておりましたが、その時の目的はミリメシでしたから。
店の名前は『ザ・ビッグ・レッド・ワン』。オタクですなあ。映画監督マーチン・スコセツシも崇拝する、かのサミユエル・フラーが監督した、カネはかかっちゃいねえけど傑作な戦争映画のタイトルです。主役を張るは名俳優リー・マーヴインで邦題は『最前線物語』。クリント・イーストウツド監督兼主演の『ハートブレイク・リッジ』と同じくマーヴインの階級は軍曹です。昔から戦争映画のヒーローは軍曹と決まっておりますからなあ。吹き替え版のVHSテープはあたしのお宝です。ナンせマーヴインを小林清志、イーストウツドを今は亡き山田康雄がアテておる一品ですから。
「どうも、ご免なすって」あたしはドアを開け店内に入りました。
吾郎ちゃンは頭を下げました。「いらっしゃいませ」
軍モノ専門店店長のくせに吾郎ちゃんは長髪、後ろに束ねておりました。キサマ、軍人のくせに何たる姿ぞ!根性を注入してやる、両手を後ろにぃ、歯を喰いしばれ!と云いたき所を我慢して店内を見渡しました。
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フム。ブルーイング、ちゅうンですか、強化とは云えプラスチツク製のトイ・ガンを鉄製に見えるよう、しょう面処理した鉄砲がシヨー・ケイスに陳列されており戦闘服も総てヨレヨレでモノホンの匂ひが漂っておりました。あたし目当てのミリメシは聞きしに勝る豊富さよ。カモ肉のなンちゃらスープ煮フガフガ添えと云うのもある戦場でもやっぱしグルメなおフランス軍、紅茶もあるキザなエゲレス軍、ワインにデザートもコルレオーネ・フアミリー発祥の地の分際でついておるイタリー軍、パツケージを見ると7,000キロカロリー以上のノルウエー軍、キムチもある韓國軍、やっぱし食の野蛮人たる味やしん目より調理再現技術に重点をおいたメリケン軍のモノなど、第二次関東大震災が起きたらまっつぁきに略奪されそうなシロモノばかしでした。そのうえしン弱でした、吾郎ちゃンの躰つきは。もっともその時は名前ナンざ知りませンし知ろうともしませンでした。
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あたしは手当たり次第、各國軍隊のミリメシをカゴに放り込み、カウンターに置きました。そこで『店長 広岡吾郎』と記されたカウンターのプレートを見てこの軍事マニヤと平和の使徒は嘘だった、このチヤールズ・マンスン一味残党の名前を知ったのです。
「いやはや、すンごい品ぞろえですなあ、しろ岡店長」毎度のことながら、あたしはテメエじゃ不敵なつもりですがどう見ても〈へのへのもへじ〉にしか見えねえ笑みを浮かべました。「アメ公の兵隊どもがここにくりゃ、PX、そう勘違いするに決まってまさあ」
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「お誉めのお言葉として受け取りますよ。ちょっとしたコネがありましてね」吾郎ちゃンはミリメシに貼られたバー・コードをリーダーに当てながらウンチクを語りました。「行軍時における食の確保。それは紀元前から戦闘よりも重要な課題だったと云えるでしょう。ヨーロッパではキリスト教徒が十字軍として現地調達、つまり攻め入った土地で乱暴狼藉三昧だったそうです。ジーザス・クライストの名において。恐ろしいですねえ。それではその土地を支配しても民衆から反感を買うだけでしょう。そこで実戦よりも軍食、コンバット・レーションですね、それに着目したと云うか重要視したのがかの英雄ナポレオン・ボナパルトです。保存のきく食料を、と要請しました。名前は忘れましたが、とある商人が瓶詰め食料の開発に成功しました。しかしガラス瓶、行軍中に割れます。そして缶詰、それならば行軍中はむろン、戦闘中でも大丈夫でしょう。そして現代です。第三次世界大戦は勃発しないでしょうが、紛争地域は多数あり、平和ボケした土地と戦場では天國と地獄の差があります。そこで兵士に少しでも苦痛を与えず食事の時くらいは気が大いに休まる様、各國軍部はコンバット・レーションに様々な工夫をしているンです。アメリカ軍は別の様ですが」
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「なるへそフムフム」あたしは三食ナポリターンでも平気の平左ですがねえ。大好物ですから。「しかししろ岡店長、うンにゃ、ここまで教授してくれたンだから吾郎ちゃン、と呼ンでも構わないすか。あたしは傲慢な性格ですがね、知らない事を教えてくれたしとに親しみをもっちゃうンですよ、はい」
「構いませんよ」吾郎ちゃンは妙に勝ち誇ったような笑みを浮かべました。「お客さんは僕のオタク話を退屈もせず聞いてくれましたから」
ホントは眠くてたまりませンでしたがね。
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「幼稚園児が使うクレヨンのメイカーからバアさまが履かせられる紙オムツのメイカー、程度は知っとかねばおまンまの喰い上げなモノで、あたしの稼業は」
「ははは。まあ冗談はさておいて」吾郎ちゃンはあたしが買うミリメシをポリ袋に入れました。「お会計は税込で一万三千円、なんですが、僕も久しぶりにウンチク述べられて楽しかったので大負けし、一万ジャストにしておきましょう。良かったらまたいらして下さい」
「そうしまさあ」あたしは諭吉さん一枚を吾郎ちゃンに渡しました。「あたしの政治スタンスを云うと、平和万歳、戦争賛成、派兵反対、違法性阻却事由で自衛の殺人は可です。つまりですな、あの半島の北は気狂い連中、一部ですがね、攻めて来たら直ちに手段を選ばずブチ殺す。ソンな意味です、はい」
「はあ」吾郎ちゃンのしょう情はミーア・キヤツトが直立し辺りを見廻すモノでした。
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会計を済ませ店を出ようとした時、アイロン・パーマのリーゼントで長身、しン相な躰つきの若造ふたりが店に入って来ました。どっちもここ秋葉原じゃ恥ずかしい特攻服姿です。イヤ風態総てか。あたしには関係の無い事なので、早々に店を出る事にしました、と云いたい所ナンですが、カネの匂いひが僅かながら。そこで店内の軍隊ジヤケツトを物色しながらヤローどもの動きに眼を離しませンでしたよ。
「ごりゃあ、広岡!何度も慣れねえメール送っだのによ、無視がよおめ!」しと眼で安物と分かるサングラスをかけたアイロン・パーマ一号が怒鳴りました。「客を何だと思ってンだっぺよ!」
「そうだっぺ!俺っちら『水戸スパイダー』の特攻隊長と親衛隊長がデン車でアキバくンだりまで来る羽目になっぢまっだんだど!いじやげたっぺ!」二号がメンチを切りました。
ダミだこりゃ、神田までの交通費にもならンわ、やっぱし出よ、とした所、暗黒色の脳細胞がフル稼働しました。ここ『ザ・ビッグ・レッド・ワン』の商品、鉄砲はトイ・ガンですが、情報屋が云った様に腕は良さそうです。あの〈日本橋の大師匠〉が造るのは〈実銃〉ですが、吾郎ちゃンは仕上げや工夫に一家言持っとるでしょう。それを大師匠に教え、えい、しち面倒臭え、直接紹介したらモノホンを造ってる事はお口にチヤツクしつつも、あンのコニヤツクじじいはさぞや喜び、あたしの株は造船会社のモノからSNSサイト運営会社なみに上がるウシヤシヤシヤシヤ、とこの場を収め吾郎ちゃンに恩を着せ服従させる事にしました。あ、関係ないけど大師匠はあたしらを呼びつけた際、好物であるコニヤツクの銘品〈レミー・マルタン〉を呑みながら謀議を語るのです。ああた、それがニツポンに名を轟かす大重工業、古田鉄工所のボスですかい?マ、酔ってるのは見たこたないし、石原のボスもそンな塩梅だったと聞いておりますから大眼に見てやりましょ。
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「あーあー、本日は晴天なれど波高し。どうなすったンで、お二人のイキで屈強な國道六号線のロード・ウオーリヤーズ君たち」
「おう、おっさン。こごの店長にメールさンざ送っでも無視すっがらよ、直接来だンだっぺ。ついでにシメぢまおう思っでよ」
「シメに来た?穏やかじゃ無いわね。良かったらこのデブチンに話してくれない?こンなに肥えちまったから今じゃ単車に乗れないけど、若い頃はカワサキ・ゼツツーに跨り京浜すっ飛ばしてヴイヴイ云わせてたンだから」
「ほんどがよ、いえほんどっすが、先輩!」水戸納豆一号がサングラスを外し、胸ポツケにしまい背筋を伸ばしました。ヤンキーは上下関係にキビシイですから。
「そンなに固くならないでよ。もうあたしはロートルだから、ああたたち若き野獣死すべし、には敵わなわないわ」あたしはカウンター上にあるアメスピのパツケージを勝手に取り、一本抜きました。「しかし、ゼツツーの排気音は忘れられないわねえ。思い出すたンび、イチモツが固くなっちゃう」
「そうなンすよ、先輩」水戸納豆二号はあたしが咥えたアメスピにしを点けたしゃく円ライターを差し伸べました。「総長、いやヘッドの家は水戸の大地主で大金持ちなンすが、最近オースドリア、いやオースドレリアに行っでフルメンデされたゼツツー買っで来でバリバリっすよ。日本円で三百万しだ、って云っでましだがね。ヘッドは気さぐなお人だがら、俺らもケヅに乗せでぐれるんすが気分は『マッド・マックス』ビンビンっすよ」
「あらン、その若さであのメル・ギブスンの出世作を知ってるとは、気に入ったわ。マ、正確に云やグースが乗るはゼツト・センだけども。話次第ではあたしが吾郎ちゃンを説得するわよ。ああた方荒ぶる若トンビらの要求、それを聞かせてちょンまげ」
「あざあす!実は」水戸納豆二パツクは深く腰をおり、背筋をぴんしゃんと伸ばすと話し始めました、咳止めシロツプ臭え息を吐きながら。コレから所々にあたしの解説と妄想が入りますが許してたもれ。
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ガラスのシヨー・ケイス上には某メーカーさん製の短機関銃つまりサブ・マシンガン、イングラムMac10とPPSH41が置かれておりました。ソースは今主流の電池では無くフロン・ガスです。イングラムはともかく、ペペシヤーはサム・ペキンパーが監督した傑作戦争映画『戦争のはらわた』においてジエイムズ・コバーンがバリバリバリと撃ちまくって強烈な印象を残した、ロスケのみならずアーリア人も愛用した銃、って、やっぱしあたしも立派な鉄砲マニヤじゃないのさ!マア大師匠のクントウを受けておりますから。
話を戻しますと、水戸納豆二パツクが属する族『水戸スパイダー』は月末、敵対関係にある『笠間血羅野沙卯流酢』発音すらばカサマチラノサウルス、まさに暴走族、そこといくさをやって負けた方は解散か吸収されるかと云う、欠伸が出るお遊戯をするとの事でした。木刀やチエーンじゃ古いし、ドスやヤツパだと相手を殺しかねず、鑑別所に少年院、刑務所はゴメンだっぺよ、ちゅう事で、スマート、って云うンですかねえ、トイ・ガンをこの水戸納豆二パツクは地元のおもちゃ屋で買ったそうです。しかし〈気合いチユーニユー〉と互いに弾を浴びせて見た所、痛いけれども俺っちらのコンジヨーはハンパねえっぺよ、奴らも茨城県民だから気合い入ってっから効かなっぺやあ、と、そこで普段はエロ・サイトしか見ねえ水戸納豆二パツクは三日徹夜、おまンまは『マルちゃん』の〈赤いきつね〉に納豆をかけたモノ、っちゅうゲテモノを喰いながら、あ〈東洋水産〉サマに水戸の方々ごめんなさいね、ともかくこほン、〈いかにトイ・ガンの威力を強化させるか〉を水戸納豆二号の部屋にてネツトでテツテ的に調べたそうです。おっかさンが「おぎなンしょ!ガッコ行くっぺさ!」とわめいても「うっちゃしなあ!」と理由なき反抗です。が、そこで見つけたのが〈ヴアージヨン・アツプ〉の存在でした。
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ヴアージヨン・アツプ。つまりですな、ガス・ガンは樹脂製のBB弾をフロン・ガスの圧力で発射、ちゅう事はご存知ですわな。その代わりにベアリングを発射出来る様改造する事です。小さいけどベアリングは鉄球、フロン・ガスじゃあ飛びませンから。ソースはCO2、二酸化炭素、つまり炭酸ガスです。フロンと炭酸ガスの圧力差ナンざ高校中退のあたしが分かる訳ねえでしょうが!ともかくそれで発射可能となり、ベニヤ板をもめり込ませるか、ぶち破るくらい朝飯前夕飯後となるのです。しかしですな、フロン・ガスを用いたトイ・ガンの構造、ちゅうか内部部品は炭酸ガス用には設計されておりませン。それで強化した部品に替える事により発射可能となるのです。モロチン違法、バレたら生活安全課だったかしらン、そこのデカにワツパをかけられまさあ。
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水戸納豆二パツクは喜び勇ンで、景気づけに咳止めシロツプ三本かっ喰らって得物を買ったおもちゃ屋へ向かい「ヴ、ヴァージョン・アップちゅうんだべか?しで欲しいずら、店長。カネはカツアゲして集めで来っがらよ、しでくンちょ!」と頼みました。
ところがそこの店長さんは関東の二大勢力が錦寿興業のもと金バツヂ、上級幹部でした。モウ一方はご存知、武蔵尽誠会です。結構長くクサイ飯喰って極道社会に嫌気がさして足を洗い、嫁さンの郷里、茨城は水戸でおもちゃ屋を開業した〈静かなる男〉。モロチン、水戸納豆二パツクはソンナ事つゆ知らず、でした。
もと極道店長は激怒します。「ここ、小僧ども!おれをまたムショにぶち込みてえのか!おれは六年府中で麦飯喰らい続けて健康になったが、労務作業で手にマメつくるのと看守どもにヘーコラするのは二度とご免なンだよ!今度は網走かも知れねえンだぞコラァ!」
「ひい!」水戸納豆二パツクは逃げました。
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咳止めシロツプはたしなみますがマツタクの下戸な水戸納豆二パツクは帰る道すがら、ノン・アルコール・ビールを『ヤマザキ・デイリー・ストア』で買い、駐車場であおりました。モロチン、うンこ座りで。
「きしょめ!あっこの店長がもとヤー公だって知っでたが、ミノル?」
「知らなかっだど。そもそもケンタ、おめ工業コーコーだから機械には詳しいっぺ。ああよ?」
「知らねえっぺや。なんせ、俺っち殆ど出席しでねっがらよ」
「ガッコは行がねえとあンめえよ。退学しだけンど、俺っちは通信でやり直してンだ」
「へえ、偉えなあミノルは」
「ミユキを腹ボデにしぢまったがらよ。んでさ、向ごのおどっづぁンが『そもそもおめは気に喰わね。しかしごうなった以上、責任取っでもらうべや。けんど、コーソツじゃねえどウヂは許さねえだ』っで云うがらよ」
「何だがンだ云っでニッポンは学歴社会だがらなあ。悲しいっぺよ、いづもこじゃっぺ、こっだンねえあづがいがよ」
「そうだど。俺っちは籍入れだら地道に働いて日産のフーガ買ってシャゴダン仕様、内装はピンクの絨毯にしで土禁はあだり前、ミユキとオドメ乗ぜで六号流すのが夢なンだあ。まだ産まれでねえけどよ、オドメの名前はミユキと相談しで、ムズメだっだら〈麗羅〉、ボンズだっだら〈永吉〉にするど決めだンだ」
「いづまでもヅッパっでられねっがらなあ」
「そうだっぺ。だがら月末の『血羅野沙卯流酢』どのガヂンゴは最後のカーニバルだなっち」
「ゲジメづけなきゃよう。笠間のオガムシヤローどもに負げでられっがよ!」
「きゃづら、まンごとかだしだらあ!」
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そこで東京から銀行員たるおとっつぁン仕事の都合で水戸の進学校に転校して来た、ってつくばエキスプレスがあるので都内自宅から十分通勤通学可能ナンですが、おとっつぁンと受付嬢とのインモラルな関係で飛ばされました。浅作寛治君が水戸納豆二パツクにとっては運良く通りかかりました。寛治君にとっては最悪の事態でした。寛治君の志望校は東北大、云うまでもねえ國立です。何度もミノルとケンタの水戸納豆コンビに『水戸スパイダー』の〈会費〉名目でカツ上げされとります。ちなみに他校の女子生徒からも人気がある、しン弱ですがプリチー・ボーイであります。
「おいミノル、あっごさ寛治の青トウミギ野郎じゃねえが」
「思い出しだっペ。アイヅ確かケンスイをあがむじゅうでもよ、一回も出来ねえくぜに戦争ごっこが趣味だっだっぺや」
「寛治なら出来るがもな」
「早速こむっぺ」水戸納豆パツク一号ことミノルは立ち上がりました。
ミノルは『ヤマザキ・デイリー・ストア』に、おまえ二宮尊徳かよと突っ込みたくなる姿で〈赤本〉を読みながら入ろうとする寛治君の肩を掴みました。「おう、寛治」
「ひ、ひゃあ!み、ミノル君!ぼ、僕今日おカネはー」寛治君は赤本を落としました。
「いいがらこっぢさ来ねえ!」水戸納豆パツク二号ことケンタは手招きしました。
寛治君は小便を数滴チビらせつつ、ミノルに連れられケンタの方へ向かいました。
「本とガバンさ預かっでおっがらよ、ごれでメーガーはどこでも構わねがら、ノンアル・ビール四本どおめの好ぎなごじはン買ってごいや」ケンタは寛治君の赤本を取り上げ、しで世さん二枚を寛治君に握らせました。「足りながったらおめが出しどげ。逃げだらげンのごすやっがらな。どっかくおっぱなざねえ」
「わ、分かりました!」寛治君は店内へ猛ダツシユ、と云いたいとこなンですがヨロヨロと向かいました。
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「今日はおめから〈会費〉どるづもりじゃねえっぺよ」ミノルはノン・アルコール・ビールを半分呑み干しました。「今まで、おめがいじくりこンにゃぐされだど思うのも無理ながっぺ。だがよ俺っちら、おめのコンジョーさ鍛えるだめコゴロ鬼にしでやっでたんど。けいちょの教育だっぺさ。何せおめは國立大学さ狙っでるだろ、國立っでばよ、全國からかンぶりええ連中が集まっで来る事ぐらい知っでるっぺさ。そごでおめが『俺っちはこれでも水戸じゃあ族のかっだ斬り隊長だったンだぜ』っで云っだらよ、廻りはおめの事イチ目さニ目さおぐにちげえねえべさ。そうだっぺな、ケンタ?」
「んだ。寛治、おめは『メーヨかっだ斬り隊長』だっぺよ『水戸スパイダー』の」ノン・アルコールでもケンタには酔いが廻っておりました。「何せ〈会費〉払っでるし、スデッガー何枚がは忘れだけンどよ、いっぺえ買っでけれだっぺさ。茨城県民として、舐められだらげぇぶン悪りぃからよ。天下どり、しなぐなンねど」
寛治君は無言で頷くばかしでした。内心は〈僕は東京都民だ、い、田舎者どもめ!〉との怨念がメラメラ。別に驕ることじゃねえンですが。ちなみに寛治君が持つはベビースター・ラーメンしと袋。
「そごでよ寛治、おめを〈オドゴの中のオドゴ〉と見込ンでおさあで欲しい事があるっぺさ」ミノルは半白眼を寛治君に向けました。
寛治君が口をしらきました。「な、何でしょう?」
「おめ、ガス・ガンさヴ、ヴァージョン・アップ、出来るべが?」
「ヴ、ヴァージョン・アップ!」寛治君はとうとう失禁してしまいました。「で、出来る訳無いでしょうが!そもそも違法、警察に捕まりますよ!」
ケンタは缶をぐしゃりと握りつぶしました。「違法だあ?舐めでンのがおめ!マッポがごわぐで族やっでられっがよ!」
「ンだ!出来ねえンなら、やれるどごさ教えるっぺよ!でねえどボコるっぺさ!」
「わわわ、分かりました!」寛治君はブレザーの内ポケットから通販で買った〈金運を呼ぶ〉との触れ込みの、合革製の財布を抜き出すとしらきました。そして〈名刺〉を取り出しました。「こ、ここなら出来るかも知れないです!ぼ、僕が良く行く店で」
ミノルは名刺を引ったくりました。「アキバがあ。AKBのコンサードでいっぺン行っだっぺさ、単車で。あン時は利根川わだる前にパグられだなあ。単車はヤベえなあ」
「しゃあンめ、デン車で云っでみっが」
寛治君はおずおずと挙手しました。「そ、その前にメールして確認した方が良いンじゃないですか?名刺にアドレスがあります。め、メールを使えたらの話ですが」
「舐めでンのが、おめ!」ケンタは二本目の缶をアスフアルトに叩きつけました。「俺っちだっでパソゴンと携帯電話ぐれえ使えっぺ!せやけらあ、つっぷすど!」
「ひゃあ!す、すいませんでした失言でした許して下さい!」寛治君は脳しンとうを起こしかねぬ程、頭を幾度も下げては起こしました。
「とごろでよ寛治」再びミノルは寛治君を三白眼でにらみました。
寛治君は躰を垂直にしました。「な、何でしょうか?」
「こんだ、スデッガー五十枚刷ったがらよ、サバキまだ頼むど。けえれ!しンちめ!」
「さ、さよなら!」
そうして浅作寛治君は脱兎がごとく逃げ去り、ミノルとケンタの水戸納豆二パツクは『ザ・ビッグ・レッド・ワン』の存在を知り、やっぱしおぼつかない手でガラパゴス携帯のボタンを押し、メールしたのでありました。何通も。ちなみに浅作寛治君、東北大には落ちましたが筑波大学には見事合格し、広大なキヤンパスで学業そっちのけ、サヴアゲー三昧のしびを送っとるそうです。親不孝モンですねえ。
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『ザ・ビッグ・レッド・ワン』に戻ります。
「無視したのは謝りますよ。しかし」吾郎ちゃンもアメスピの煙を吐きました。「そう云う〈釣り〉メールを送っては返信させ、ヴァージョン・アップをしてようがしていまいが独自の〈ブラック・リスト〉を作成している警察署、生活安全課があるんですよ。僕の知り合いの店、もちろん違法業務は行っていないンですが、数軒ブラック・リストに載せられてしょっちゅうガサ入れ喰らってるンですから。僕の店は表面カスタマイズの受注、合法トイ・ガンとコンバット・レーションに戦闘服販売が主だから、厄介ごとには」
「つっげえしずンな!」ミノルが怒鳴りました。「俺っちらは水戸から来だンだど!」
「マアマア」あたしはミノルをなだめました。「ミノルちゃんにケンタ君、ああたたちの気持ちは良く分かるわよ。あたしもかつては〈ハマのハヤブサ〉と呼ばれてたし。若気の至りはのちのスイート・エンド・サワーな想い出。暴れるときは大暴れ、早いうちに身をしく、古今東西ニンゲンはそう生きてきたンだから」
ちなみにあたしは前述しましたがサキタマ出身です。忘れたいンですけど消すに消せねえ烙印です。ナンせ〈県愛率〉全國ワースト・ワンですから、云っちゃっても構わねえでしょ。他の都道府県民にはありませンが、かの県出身者は暴言を吐き憎む権利資格があるのです。
「そうっずよね、先輩」ミノルとケンタは頷きました。
「でもね、運命ってのは分からないモノよ」あたしは麻背広のポツケから〈手帳〉を取り出し水戸黄門における格さんのポーズをとりました。「今のあたしの稼業はこれナノよ」
「ゲゲゲ!そ、それは桜の代紋!おめ、いえ先輩はマッポだったんだべか!」
モロチン、精巧に偽造されたシロモノなのは云うまでも有吉佐和子。
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「いやはや、あたしはし番の身。それにああたたち〈水戸の粘っこい巨神兵〉には好感持っちゃったから見逃したげる」あたしは灰皿にアメスピを押しつけました。
ミノルとケンタの水戸納豆コンビは互いの顔を見て、腰を九十度に折りました。「あざあす、先輩!」
「よ、良いのですか警察官どの。もちろん、僕の店は違法な行為を」
あたしはしだり手のしと差し指を振りました。「モロチン分かってるわよ吾郎ちゃン。それよりもミノルちゃんにケンタ君」
「何すか先輩」
「パクらない条件。それはあたしと吾郎ちゃンの店の事を、誰にも云わない事。守れるかしらン?」あたしは三白眼で水戸納豆コンビをにらみました。
「ししししゃべりませン!前歯折られても口を裂かれようとも云わないっぺさ!」
「フム、よろしい。信じたげる」あたしは〈偽造手帳〉を内ポツケにしまいました。「デモさ、ああたたちは『笠間血羅野沙卯流酢』とのいくさにラスト・セイシユンを燃やし尽くそうとしてンでシヨ?」
「その通りだっぺさ!」
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「では手ぶらで返すのも忍びないから」あたしは財布を取り出し〈店〉の名刺を三枚抜き取り、水戸納豆コンビに渡しました。「これはナイシヨ、他言厳禁よ。名刺にある店はヴアージヨン・アツプどころか改造銃も売ってくれるンだから。まず、西日暮里にある『クルセイダーズ』。そこのオヤジは毎週〈英霊が眠る〉聖なる場所へ行っとるほどのナントヤラだから、ザケた態度を取ったら殺られるかも知れないから注意してね。けど腕はグンバツ、ベアリングを腿に撃ち込まれた『血羅野沙卯流酢』のクレイジー・ライダーズは血を吹き出しては単車を捨てて逃げる事しつ定。そン次はしがし新宿にある『ハンバーガー・ヒル』。あすこの店長さンは東京工業大学出身だけど、就職活動にことごとく失敗しテメエを受け入れなかったこのニツポン・ソサエチーに恨み持っとるからヴアージヨン・アツプとああたたちのいくさが話をしたらば俄然やる気になって改造してくれるわよ。テメエも参戦させよって云うかも知れないけど。迷惑よねえ。で、最後は大本命、上野はアメ横センタービル近くのボロ・ビル地下にあるモツ煮屋『一寸』。名前で判断しちゃ行けませンよ、その実『カルロス』。ここは合言葉があって、店奥のドアを叩いても返事は帰ってきませン。で〈ザ・デイ・オブ・ザ・ジヤツカル〉って云うとドア向こうから〈標的は?〉と訊かれます。そこですかさず〈シヤルル・ド・ゴール〉と云やドアが開けられ、お客として認められるのですわ、はい。デモ正直、ここはお勧めできねえなあ。ああたたちのツツパリはハンパじゃねえから職人は気にいるだろうし、そうなりゃパチンコ玉も撃てる密造銃を格安で提供するかも知れない。まあソコは自己責任、ちゅう事で」
水戸納豆コンビはメモをし、終えると直立、頭を下げました。「あざあす、先輩!」
「で、繰り返すけど今日の事は忘れる事。ここまで教えたンだからさ『笠間血羅野沙卯流酢』の連中を必ずせン滅する事。その後は自衛隊に入隊すべし。オケイ?」
「あっだり前でさあ、モウこうなりゃ懲役実刑も覚悟だっぺさ!では俺っちとケンタは先輩が教えでくんだ店にこれから直行しますんで失礼をば!」水戸納豆コンビは去ろうとしました。
「あ、待ってミノルちゃン」あたしはミノルを呼び止めました。
ミノルは振り返りました。「ナンすか先輩?」
「ああたはおさな妻と相談し、娘なら〈レイラ〉坊主なら〈エイキチ〉にするって聞いたけど、あたしならおなごだったら南に椎、発音〈ナンシー〉、オトコなら志に土、発音〈シド〉にしたいなあ。いちおう考えて見てちょンまげ」
「それもいいっすねえ。わっがりましだ!先輩のメンツは潰さないっすよ!ではごれで!」
ケンタとミノルは去りました。
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「いやはや、助かりましたよ警察官どの」吾郎ちゃンは頭を下げました。「三年に一度くらいはああいう輩が怒鳴り込ンでくるモノで、はい」
「はははは、モノホンのミリメシに軍服と、モノホンに限りなく近い鉄砲を扱っても警察グツズを見る眼はないわね、吾郎ちゃン?」
「と、と云う事は、それは偽造ですか?」吾郎ちゃンの口はブラツクバス状態でした。
「その通り」あたしは懐からエコーのパツケージを取り出しました。「商売柄、こンなパチモンでも役にたつのよ。もっとも、ポリちゃンどもに調べられたら即ブタ箱送りだけども」
「実物でも偽造でもともかく」吾郎ちゃンはレジを開けました。「助けてもらったお礼です。今日のお買い上げはタダ、と云う事で」
「あらン、気にしなくてもいいのに。ってあたしはポリちゃンじゃないからお礼は受け取るわ。大した事しとらンから一葉さンしとり、と云う事で」
「ではどうぞ」吾郎ちゃンは一葉さンを差し出しました。
あたしは受け取り、内ポツケにしまいました。
「このお店、気に入ったわ。あたしはミリメシの補給でしょっちゅう来るけど、吾郎ちゃンがしっくり返るオオモノをいづれ連れて来るから。ンであたしの正体は神田の『細川探偵事務所』で調査員をやっとる通り名〈神田の狂犬〉、本名はナイシヨだけど偽名はハヤシダヘイハチ。ではアヂオス・ゴロー・ヒロオカ!」あたしは店から去りました。
執筆の狙い
旧作です。まあ文章がくどいのでお気に召さらない方も多いでしょう。