秋の夜、遅いドライブ
娘家族が柿狩りをした帰り、柿を届けてくれた。小学生になった孫は
「じいじとばあばに柿をあげたい」
と言ってきかなかったそうだ。私は孫にお小遣いをあげた。孫はすぐにポケットにしまい込んだが、娘が取り上げた。
「お父さんやめてよ」と、私は娘に怒られた。
そのあと孫は、私が昔使っていたテレビゲーム機でシューティングゲームをプレイし、音量を上げ
「ぜんぜん面白くない」
と言いながら寝転びながら遊び、娘に「寝ながらゲームするんじゃない。音もでかい」と注意され、テレビの音量を下げられていた。私は私の使い古した座椅子を貸した。
窓から夕日が差し込むころに娘家族は赤い軽自動車に乗って帰った。帰りは自動運転でゆったりアニメを観ると言っていた。話は理解できたが、想像ができなかった。
テレビの音量を上げる。
妻は腰を上げ、テーブルの上にある紙袋に入った柿を持ち、
「食べる?」
と言いながら台所に歩き出した。私は
「あぁ」
と答えた。
絨毯に転がった孫の忘れたペットボトルを拾う。『シュワシュワっしゅ』と書かれた、カラフルなラベルのジュースだった。
いったいどんな味がするのだろう。そう思いながら、自分のお茶を一口飲んだ。
切った柿を妻が持ってきた。お皿を持つ指に柿の汁が付いていた。
先程までは囲まれていたテーブルに妻と二人でL字型になり、フォークが刺さった熟れた柿を口に運ぶ。
柿は甘く美味しかった。もぎ取る孫の指が頭に浮かんだ。
「美味しいね」妻が言う。
「うん」私は答えた。
ゲーム機と伸びるコントローラーが無造作に床にある。木から散った葉だろう、窓をパチっと叩く音がし、またテレビの音だけとなった。
今ごろ娘家族は車の中でアニメを観ているのだろうか?
次はいつ孫たちが来るのだろうか?
「夜ご飯用意しますか」
独り言を言いながら妻は台所へ行った。そのいつも通りのうしろ姿は、今日は違う印象を受けた。言われて初めて分かることがある。
「旅行とか観光行ってきたら? ママ、ずっと家で何もしないでつまらなそうじゃん。パパもなんかしてあげたら?」
娘から一枚の紙を渡された。
A4サイズのプリントには、日本の名所の写真が載っていた。寺社巡り、街の駅、紅葉巡りなど。日頃時間を持て余している自分にとってはどれも大変興味のあるものではあったが、反面、自身の体力と気力が追いつかないのではという『疲れ』が先に立つ。車の免許は返納したし、旅行や観光もいざとなると面倒くさい。
「バーチャルでいいならあるから」
その後娘から説明を受けたが、余計なお世話だと思った。
「ママのことも考えてあげなよ。パパは自分ばっかなんだよ」
娘に言われたが、よく分からなかった。でも。
「出かけるか?」
私は、台所から戻ってくる妻に言った。
「え? どこに?」
『デート』という言葉はとても言えなかった。
「座って」
私が促した私の座椅子に妻を座らせる。
私はスマホを取り出した。娘から渡されたプリントのQRコードを読み取る。画面には各項目があり、私は
『ドライブ』を検索した。そして妻の手を久々に握った。夕飯の支度で手が半乾きの、それでいて温かい手だった。
妻はされるままであとは何も聞かず言わず、黙って座っていた。
『ドライブ』をタップする。
私の手がハンドルを掴んでいる。フロントガラスから見える景色は夕方の高速道路だった。私が選んだ場所だった。左右を森と田畑が過ぎてゆく。
「え」
助手席から馴染みにある声が聞こえた。馴染みのある若い声だった。一瞬だけ横を見てまた前方を見る。その一瞬の妻の顔に、分かっていながら驚いた。
「ここはどこ? あ、あなた! え、何?」
分かっていないようだった。そりゃあそうだ。私も驚いているんだから。
「たまにはドライブもどうかなって」
自身で素直に言えなったろう言葉がすっと出てくる。
「今までも家のことばっかりさせてさ、今まで二人でドライブも一回も行けなかったから」
聞こえていないのか、すぐさま妻が言う。
「二人とも若いね。あなたスリムだし、頭の毛もフサフサだし」
私は、(お前もかわいいね)と言いたかった。何を今更だけど、緊張した。言えなかった。
すぐにサービスエリアがあり立ち寄った。ジェラートは売ってなかった。
「食べたかったなあ。まあいいや、ソフトクリームにする」
妻は残念そうな顔だった。
「ソフトクリームのチョコ味にするか」僕が言うと
「いや、ストロベリー」といたずらっぽく笑った。
受け取った細長い指に溶けたアイスが垂れた。
ご当地の熊のキーホルダーを買った。夕日が沈みかけてきた。
私たちは再び車に乗って高速道路を走った。妻は助手席で歌を口ずさんでいた。当時妻が好きだった歌手の歌だ。
それを私も聴いて好きになった。
良かった。ログインする前に設定してあった。フロントボックスに入ってあるはずだ。
「フロントボックス開けてみ」
「え」
妻がフロントボックスを開けると、中にCDケースが入っていた。妻の好きな曲が入っているCDだ。
私は運転に集中していたので、妻にCDのセッティングをお願いする。
外は黄昏。ゆったり夜になるだろう。
CDからは妻の好きな曲が流れている。首都高から下道に入る。
若い時妻は「ドライブしたいね」とよく言っていた。若い時車は持っていなかったし、すぐに娘もできた。
妻と二人っきりで『ドライブ』はしたことがなかった。
「ドライブ行くのが遅くなってごめん」
妻は何も言わなかった。
街並みが変わる。建物が多くなる。車の数も多くなり、すっかり夜の中、ビルの明かり、テールランプ、そして信号機。
「ピピピ。残り時間5分です」
アナウンスが流れる。
渋滞の中、隣の妻を見る。あの頃の姿の妻はあの頃の私を見ている。
「また、このツールで旅行しよっか?」
笑顔で問いかけてみた。
「ありがと。これじゃなく実際に旅行しようよ」
若い顔の妻が、現実の言葉で、そして笑顔で言った。私も妻も同じ思いだった。同じ思いで良かった。
時間が来た。ピピピ。
『ご利用ありがとうございました。買い物商品はお持ち帰れません。』
居間はそのままでゲーム機やコントローラーが散乱し、テレビの明かりで部屋は保たれていた、すぐさま部屋の電気をつける。
チラと妻の顔を見る。妻は私を見ていた。すぐに視線をずらし
「熊のキーホルダー、買いにに行きましょうね」
と、台所へ行った。
執筆の狙い
今後の『今と昔』の中で、残すものと変化するものの日常をと。変わらないものもあり。
現在もそうだと思いますが、年代であるのかのと。