勇者に殺される同人エロゲの悪役に転生した俺、序盤に鍛えすぎた
「ここはどこだ……?」
目が覚めると、俺は知らない部屋にいた。
やけに大きくで柔らかいベッドの上。
うん。かなりフカフカだが……
「オウガ様……朝食の準備がで、できました……」
メイドの恰好をした女性が、やって来た。
すげえきれいなお姉さんだ。
うやうやしく俺に、頭を下げる。
(オウガ様……?)
聞いたことがある名前だ。
窓を見ると、デブった7歳くらいのブサイクな少年が映っていた。
……この顔は、どこかで見たことあるような。
まさか。
同人エロゲ『ダークネス・ファンタジー』の悪役、オウガ・デューク・ブライラントか?
『ダークネス・ファンタジー』は、同人エロゲの世界で「問題作」としてかなり話題になった。
ストーリーは勇者の主人公が魔王を倒すダークファンタジーだ。
悪徳領主の令息であるオウガは、奴隷やメイドや庶民といった自分より弱い立場の美少女たちを凌辱しまくる。
商業エロゲでは実現できないような、過激な内容が売り。
「マジヤバいわ……」
「グロすぎw」
「最後までプレイできない」
これが『ダークネス・ファンタジー』のネットでの評判。
怖いもの見たさで俺は、プレイしてみたわけだが……
美少女を犯しまくるオウガに、ヘイトが溜まりまくって思わずPCの画面を殴ってしまった。
貴族の立場を利用して、美少女を無理やり嵌めていくオウガは、「死ねばいい」としか思えないほど好感度0のキャラだ。
最期には、勇者の主人公と民衆が蜂起して、ブライラント公爵家は破滅する。
同人エロゲらしく設定はめっちゃくちゃで、どのヒロインのルートでも、オウガは確実に死ぬという結末だ。
――そんなキャラに、俺は転生したのか?
「ねえ、キミ。俺は、オウガ・デューク・ブライラント……なのか?」
俺は起こしに来てくれたオウガの専属メイド――アンジェリカに聞いてみる。
「…………!」
アンジェリカは恐怖で身体が震えまくっている。
額から尋常じゃない汗が流れて、顔は青ざめている。
(なるほどな……)
おそらくアンジェリカは、主人のオウガの問いを「深読み」しているのだろう。
つまり、意味のよくわからない問いかけをして、答えが自分の気に入らなければ、オウガに虐待されると思っているのだ。
オウガはかなり性格の悪いキャラだから、どんな意地の悪い嫌がらせをしてくるかわからない。
「大丈夫だよ。怖がらなくていい。何もしないから」
「ほ、本当ですか……?」
「ああ。約束する」
俺はなるべく優しくメイドさんに微笑んだ。
「……はい。オウガ様のフルネームは、オウガ・デューク・ブライラント様です」
(やっぱりか……)
これで俺は、同人エロゲ『ダークネス・ファンタジー』の最低の悪役、オウガに転生したことが確定した。
ほとんど諦めていたが、改めて自分が最低な悪役に転生したことを自覚するとガッカリしてしまう。
「オ、オウガ様、あたしは、いったい……?」
まるで冷たい水を浴びせられたかのように、アンジェリカは身体をガタガタ震わせている。
間違った「答え」を言ってしまったのかと、不安になっているようだ。
(ここは主人として、使用人を安心させないといけないな……)
俺の前世はブラック企業の社畜だった。
いつもパワハラ上司の顔色を伺っていた。
それで無駄に疲弊していたわけだ。
(上司は部下に働きやすい環境を用意してやらないと……!)
「いつもありがとう。アンジェリカのおかげで助かっているよ」
「……えっ?!」
「これからも俺の世話を頼む」
「……は、はい! オウガ様!」
部下の苦労をきちんと言葉にして労う――ブラック企業のパワハラ上司になかったものだ。
上司の何気ない一言で、部下は救われたり絶望したりする。
だから部下に話しかける時は慎重にいかないとな……
「今日はもういいから、下がっていいよ。アンジェリカもゆっくり休んでくれ」
俺はアンジェリカの背中を優しく摩った。
「あ、ありがとうございます……! オ、オウガ様!」
最後まで怯えた顔で、アンジェリカは部屋から出て行った。
(うーん……嫌われてるな。俺)
★
「さて、これからどうするか……?」
俺は鏡に映った自分の醜い姿を見て、今後のことを考える。
このまま行けば、破滅の未来を避けられない。
原作の設定では、オウガは15歳になる日に受けたスキル付与の儀式で、『鑑定』というゴミスキルを得てしまう。
ブライラント公爵家は、代々『剣聖』のスキルを付与されていた家柄だ。
もともとSランク冒険者の家系で、剣の腕で身を立てた貴族。
『鑑定』というゴミスキルのせいで、オウガはブライラント公爵家を追放される。
家族から追放されたオウガはもともと悪かった性格がさらに歪んでしまい、女の子を凌辱しまくるようになる。
『鑑定』というゴミスキルを付与される運命は……たぶん避けられない。
スキルはキャラごとに振り分けられているから、オウガは確実にゴミスキル『鑑定』を付与されてしまう。
「でも……オウガならスキルがゴミでも大丈夫か」
『ダークネス・ファンタジー』は、エロゲだが戦闘がある。
オウガはゴミスキル持ちだが、ステータスが異常に高い。
ご先祖様がSランク冒険者だから、攻撃、防御、体力、魔力、俊敏、幸運――全ステータスがSランクなのだ。
しかし、オウガは傲慢で怠惰な悪徳領主。
当然、全然努力しない。
だから魔法はひとつも覚えていないし、剣術もダメ。
戦闘ではポテンシャルと拳だけで勝っていく。
「もしも、そんなオウガが努力したらどうなるか……」
今、オウガくんは7歳だ。
スキル付与の儀式まであと8年ある。
(よし……今から努力すればきっとオウガは――)
戦闘面では最強になれる……かも。
しかし、もっと大きな問題がある。
それは――
★
「ぎゃあああ!」
ブライラント公爵家の夕食。
使用人の手に、フォークが刺さっていた。
「貴様……ワインをこぼすとはどういうことだ?」
髭を生やした、いかにも傲慢そうな顔をしたオッサンが、手にフォークが刺さった使用人を見下している。
そう。オウガの抱える問題は、実は父親のブライラント公爵だ。
傲慢で怠惰で民衆から搾取する最悪な領主。
使用人にも横暴で、暴力も振るう。
平民と貴族の間には、絶対に超えられない壁がある。平民が貴族に逆らうことはできないのだ。
それをいいことに、ブライラント公爵は好き放題している。
オウガのクズな性格は、父親から受け継がれたものだ。
太った身体とブサイクな顔はオウガそっくり。
生まれは貴族だが、親ガチャはFランクと言っていい。
「オウガよ。粗相した使用人はこうやってわからせてやるのだ。はははっ!」
息子の俺に、使用人の扱いを説く父親。
手から血を流してうずくまる使用人を無視して、笑いながら俺に話しかけてくる。
(ヤバいな……こいつ)
ゲームをプレイ中も「毒親」だと思っていたが、いざ対峙してみると10倍はキモい。
こんな親に育てられたら、オウガがクズ野郎になるのも無理ないだろう。
「父上、今すぐ手当しましょう」
「なぜだ? 我が息子よ、痛がる姿を見るのは愉悦ではないか?」
「早く治療すれば、またフォークで刺すことができます」
「なるほど。さすが我が息子だ!」
イカレたヤツを説得する方法は、イカレたヤツの考えに合わせることだ。
前世のブラック企業でパワハラ上司を相手にしてきた俺は、ヤバい奴と上手くやる術を心得ていた。
どうせ常識はこの親父に通用しないしな。
「よし。このクズを治療してやれ」
他の使用人の肩を借りて、フォークの刺さった使用人は部屋を出て行った。
(まじでクズだな……)
早くこの父親を追放しないとヤバい。
こいつのせいで息子の俺も領地の民衆からヘイトを買いまくっている。
このまま放置すれば破滅する。
だが、まだオウガは子どもだ。
クズでも貴族の父親だから利用できるところは利用しよう。
「父上……俺に家庭教師をつけてください」
「ほう……家庭教師だと?」
「はい。将来に備えて、剣と魔法の修行をしようと思いまして……」
原作だと、怠惰なオウガは何の修行もしなかった。
せっかく金持ちの悪徳領主の家に転生したのだから、優秀な家庭教師をつけてもらおう。
今はとにかく力を貯める時期だ。
「いいだろう。最高の家庭教師をつけてやる」
「ありがとうございます。父上」
(よし! これからどんどん強くなるぞ……っ!)
★
「ふう……今日も頑張ったな」
魔法の授業を終えた俺は、ブライラント公爵家の図書室へ向かう。
午前中は元王国騎士団長に剣を習い、午後からA級魔術師から魔法を習う。
あの父親が言った通り「最高の家庭教師」をつけてもらった。
家庭教師の授業が終わった後、夜はブライラント公爵家の蔵書を読み漁る。
ブライラント公爵家の蔵書はかなり豊富だ。希少な本をたくさん買って、知識を独占しているのだ。
設定ガバガバな同人エロゲだと思っていたが、意外と世界観が詰められているみたいだ。
街や土地の名前は無駄に細かいし、ちゃんと世界の歴史も設定されている。
俺の領地、ブライラント公爵領は、アルトリア王国の東部に位置していた。
隣国のレオリア王国と接しており、東部防衛の要所でもあるのだ。
そのおかげで、ブライラント公爵家はアルトリア王国の中で地位が高い。
(まあその地位を盾にして、領地で好き放題やっているわけだが……)
将来の追放に備えて、この世界の歴史、地理、政治、経済――とにかくいろんな知識を詰め込んでいく。
どんな状況でも生きていけるようにするためだ。
「オウガ様……お夜食ができました」
ニコニコしながらアンジェリカが、机に夜食を出してくれる。
原作のキャラ設定だと、オウガはアンジェリカから嫌われているはずだが、なぜか最近は毎日のように夜食を持ってきてくれる。
ブライラント公爵家の図書室は離れにある。屋敷のキッチンからかなり離れているから、毎日夜食を作って俺のところまで持ってくるのは大変なことだ。
「ありがとう、アンジェリカ」
「オウガ様、毎日お勉強されてすごいです。昼間は剣と魔法の授業を受けられて、それから夜に図書室で本をたくさん読むなんて」
ロウソクの薄明りの中で、ぽよんとたわわな胸が揺れる。
うん。PC画面で見た時よりも実物のほうが大きく見える。
原作だとこのおっぱいをオウガが乱暴に揉みまくるんだよな……
だからどうしても目が吸い寄せられてしまう。
「……? どうされましたか? オウガ様?」
アンジェリカは俺の顔を不思議にそうに覗き込んできた。
「いや、何でもない」
「お熱でもあるのでしょうか……?」
俺の額に手を当てた。
「うーんと……お熱はないみたいですね」
胸が上から覗けてしまう。別の意味で熱が出そうだ。
「心配してくれてありがとう。大丈夫だよ」
「……! オウガ様のためならあたしは何でもいたしますっ!」
「そ、そうか……何かあれば呼ぶよ」
この調子だと、アンジェリカは夜通し俺の側にいるからな……
「そうですか……あたしはいつでも、オウガ様のために身を捧げるつもりですから」
今、サラッとすごいこと言われたような気がしたが、とりあえずスルーしておこう。
「では……用事があればお呼びください。本当に、本当に、どんなことでもあたしをすぐに呼んでくださいねっ!!」
名残惜しそうに、アンジェリカは下がった。
(ふう……やっとこれで集中できるな)
最近、やたらと使用人たちに構われるようになった。
オウガがまだ子どもだからか、一緒に遊ぼうとしてくれる。
だが、今の俺はとにかく強くならないといけない。
そして時間もない。
スキル付与の儀式まで、あと8年だ。
この8年間でできるだけ身体を鍛え、魔法を習得し、知識を蓄える。
「追放されても生きていけるようにしないとな……」
【アンジェリカ視点】
「オウガ様は変わりました……」
まるで別人になってしまったようです。
怠惰で毎日ゴロゴロダラダラしていたのに、急に剣も魔法も努力し始めて、しかも夜は本で熱心に勉強しています。
それに――
あたしに、「ありがとう」と言ってくれる。
アルトリア王国では、平民は貴族に絶対服従です。
貴族が平民に感謝の言葉をかけるなんてあり得ません。
しかも気配りもできて、あたしが疲れている時は早く休むように言ってくれます。
お父様のブライラント公爵とは大違いです。
「オウガ様のためなら……どんなことでも」
他の使用人たちも、オウガ様を慕っています。
もちろん……あたしもオウガ様を慕っています。激しく。
(やっと一生仕えるべき主人を見つけられました……)
「オウガ様が領地を継げば、ブライラント公爵家はさらに発展するでしょう」
オウガ様ならきっと、スキル付与の儀式で「剣聖」を与えられるはずです。
だってオウガ様は「聖人」のようなお方ですから。
まだ子どもですけど、将来はとても立派な人――もしかしたら「勇者」になるかもしれません。
「ずっと、ずっとお側にいさせてください……」
あたしはオウガ様に、密かに忠誠を誓うのでした。
執筆の狙い
書きたいことを書きたいように書きました。
よろしくお願いします。