作家でごはん!鍛練場
西山鷹志

超能力者

 日陰暗子(ひかげくらこ)なんと言う暗く貧しい名前だろうか。
 しかしその暗子には特殊な能力が備わっていた。そしてこれが、予知能力が目覚めた最初だった。八歳年下の妹を連れお使いに行く途中での出来事だった。
「京子、なんか嫌な予感がする。ここで少し休んで行きましょう」
「なんで? お姉ちゃんもうすぐなのに」
「でもこの先で何かが起きる、だから待っていて」
それから数分後、前方で何故か道路が陥没する事故が起き、数台の車が陥没した穴に落ちる被害にあった。妹の京子は驚き姉を見た。

 ここに対照的な二人が遭遇する所から物語は始まる。
 日陰暗子は生まれた時から貧乏だった。
  名前の通り、日陰家は代々貧乏から抜け出せなくて日陰のように生きて来た。誰が悪い訳でもないが。そんな家に生まれた運命には逆らえない。
  だから暗子は小学生の時から家事の手伝いをして家計を助けて来た。
だが、そんな暗子には宝物があった。ある日のことだ。
「お母さん、今からお仕事に行くんでしょう。だけど今日は別の道を通って」
「えっ? また何かを感じたの。分かった。そうするよ」
母が仕事に出掛けまもなく、いつも通る道でマンホールの蓋が天高く飛び跳ねた。溜まったガスが引火し爆発、数人の怪我人が出た。暗子の予知能力でまたも救われた。貧乏でも暖かい家族、何故か暗子にはちょっと先の出来事が分かるのだ。つまり予知能力が備わっていた。貧乏でも慎ましく生きて来た暗子へ神様の褒美なのだろうか。
 その予知能力が暗子の宝物だが、ただ実感としてそれが予知能力だという認識を暗子は持っていない。ただの偶然の出来事と思い込んでいる。だから家族にも誰にもそんな事は話をした事もない。だが家族は薄々と感じていたようだ。

 そんな世の中に貧乏な人がいるかと思えば、生まれた時から恵まれた環境で育った人もいる。一方こちらの富田(とみた)幸男(さちお)は貧乏とは、どう言うものかも知らないし裕福が幸福とも感じていない。今の生活が当たり前だと思って生きている。先祖代々から豪商の家系で育ち、現在は日本でも有数の富豪であり英才教育を受け将来は親の後を継ぐ身分である。幼い頃から側には執事を筆頭に、廻りの世話をしてくれるお手伝い達がいる。高級車で送り迎えは当然の事で、出かける時も帰宅する時もメイド達、数人が玄関前に勢ぞろいし、「いってらいしゃませ」「お帰りなさいませ」の生活だ。幼稚園から大学まで有名私立校で高校生の頃から経営学を学び、父の後を継ぐ準備は出来ていた。
 勿論ほしい物はなんでも手に入るし、友達だって上流社会の人間ばかりだ。
 幸男の宝物と言われても何が宝物かは、裕福過ぎて分からないし考えた事もない。スポーツは万能で面構えも悪くない。特に人に対して気取る事もなく上から目線で話をしないから人を惹きつける魅力を兼ね備えていた。
 そんな対照的な二人、日陰暗子と富田幸男が偶然にもコンサート会場で出会ってしまったのだ。共に二十五歳だが、そのコンサートのチケットを暗子はカップラーメンの懸賞で偶然にも当たったものだ。
 一方の幸男は今日コンサートを開くイベント会社は、富田グループの子会社にあたる。だからチケットは好きなだけ自由に手に入れる事が出来る。交際範囲も広く、数人の友人たちとコンサートを見に来たのだ。二人は対照的なチケットの入手方法だった。上流社会で生きる人間と、その日、食べる物にも苦労する人間、なんの接点もないそんな二人を暗子の持つ宝物が引き寄せたのだろうか。二人の出会いを前に、ここで日掛暗子の生い立ちを少し語らなければならない。

 暗子には幼い三つ子の妹弟がいた。随分と年下の妹弟だが、八年数ぶりに授かった子供に母は喜び、暗子も妹弟が出来て喜んだのだが、それも束の間、父の表情は曇った。一人っ子の暗子を養うだけでも大変だったのに、いっぺんに三人も増えては養う自信を無くした父は、母と暗子と三つ子を捨てて家を出て行方知れずとなった。
 家族を捨てたのも許せないが、父は暗子が産まれた時に酔った勢いで、蔵子で届けるつもりが暗子の名前で提出、ふざけ半分で暗子として出生届けを出した事だ。そのふざけた名前のせいで暗子は友達に笑われた。しかし簡単に名前を変更出来ず辛い思いをして来た。その父が家出して母はそのショックからか病にふけ、母に代わり生活を支えて来たのは暗子一人となった。暗子は現在家族を養う為に近くの食品工場で働いている。母も同じ職場だったが、病気がちで正社員しては無理がありパートとして週に二日ほどしか働けない。暗子の家は東京板橋区にある。その板橋は東京と埼玉の間を流れる荒川がある。その荒川土手の近くにバラック建ての家が日陰家である。平屋で敷地は二十坪程度しかない。
 貧乏過ぎて暗子は高校など行けるゆとりもなく、中学を卒業してすぐ工場で働きながら定時制高校を出た。やはり日陰家は常に貧乏とは縁が切れなかったようだ。それから十年が過ぎて三つ子達も小学生になると家事を手伝ってくれようになった。母も体調を見ながらパートに出て家計を支えて来た。それは暗子が十五歳の時から始まり二十五歳の今日に至る。

 そんな苦労をして来た暗子に、神様は褒美のチケットを当ててくれたのだろうか。暗子には夢のようなコンサートのチケットが手に入ったのだ。
 バラック建ての小さい家を、暗子はジーパンに上はジャケットを羽織って出かけた。靴だって安物のスニーカーを洗って小奇麗にしただけだ。
 とても二十五才の若い娘がコンサートに出かけるような服装ではないが、それでも今日のコンサートを楽しみに暗子はウキウキして家を出たのだ。
 暗子だって年頃の娘だ。恋もしたいし青春も楽しみたい。ちょっとはお洒落もしたいし、綺麗な洋服だって欲しい。しかし幼い妹弟たちだってヨレヨレの洋服を着ている。母だって辛い思いをして病を押して働いている。
 どうして贅沢な事が出来ようか、でも今回はタダで入ったチケットだ。
 母や妹弟たちに遠慮しないで楽しんでらっしゃいと言われ、後ろ髪をひかれながら行く事にした。

 暗子は生まれて初めての贅沢な日になるだろう。この年まで殆んど化粧もした事がない暗子は百円ショップで買った口紅を付け、それで十分と言い聞かせている。お洒落もしたい、だけど鏡を見ると辛くなるから余り見ない事にしている。一体自分が綺麗なのかどうか判断する前に、着飾るような洋服も持っていないせいかも知れない。本当は友人と行けたら楽しいのに、友人と付き合うにも金が要るため職場の同僚たちとの付き合いも控えて淋しい毎日を送って来た。暗子は電車を乗り継いで代々木に着いた。もう沢山の人が来ている。
 テレビで見たあの女性シンガーが見られる。まるで夢のようだ。
 チケットを入り口で渡し会場の中に入った。そして間もなくライブが始まる。
まだ開演前だというのにファンは待ちきれず周りの人が立ち上がって一緒に唄っている。暗子もつられて一緒に唄った。
 いまここには貧乏も金持ちもない。気持ちは高ぶり今だけは全てを忘れて楽しんだ。女性シンガーが登場した瞬間、会場は興奮の頂点に達した。
コンサートホールはテレビでよく見る有名な女性シンガーが目の前で観客に手を振る。日本ではトップクラスの人気を誇るだけに会場は大いに盛り上がった。ホールは一体化して、赤の他人同士がみんな友達のような雰囲気で声援を送った。暗子はこれまで感じた事がない感動に酔いしれ、時間はあっと言う間に過ぎ去っていった。そして最後の曲を歌い終わり幕は閉じた。暗子は夢のような気分で、その時間を過ごした。

コンサートが終りホールを出た所で、暗子の予知能力が危険を察知した。
なんでこのタイミングで予知能力が目覚めたのか暗子にも分からない。
偶然、前を歩いている富田幸男を見た時に暗子が叫んだ。
 「あ! 貴方、貴方はこれから車に乗って帰るのでしょう。危ないわ。事故が起きる予感がする。行っては駄目よ! もう少し時間を置いてからにした方が」
 「え? なんだって」
 後ろから叫ぶように言った声の主を振り返る。
普段、温厚な幸男も突然、妙な事を言われて、つい言ってしまった。
 「なんて言ったの?……あんた何を言っている。少し頭が可笑しいじゃないのか。事故が起きるって? 何故わかるのだ。馬鹿な事を言うなよ」

  それはそうだ。誰もそんな話を信じてはくれない。そう思われても仕方がない事だ。でも暗子には神様が与えてくれた、ささやかな贈り物がある。この先の出来事が脳裏に浮かぶのだ。つまり予知能力だ。それが暗子の宝物。ただ自分自身にさえ自覚のない宝物。その予知能力がいつもある訳ではないが、時々そんな事があった。だが富田幸男が間もなく驚きの事態を迎えてしまうとは思いもよらなかっただろう。しかし今は信じろという方が無理な話しだ。
 幸男の眼から見た日陰暗子は、いかにも貧しさが滲み出た容姿をしていた。
 ど近眼のメガネに、いつ美容院に行ったのか服装も使い古したような姿だった。どうせ親切に媚でも売って自分に、あやかろうとしたのだと思われても仕方がない。金持ちならではの発想の仕方だ。だが暗子には見える。幸男がこれから起ころうとする事が脳裏に浮かんで来るのだった。
 「分かっているわ。見ず知らずの私が貴方に訳の分からない事を言っているのだもの。でも騙されたと思って信じて……車に乗るのを十五分くらい遅らせて。お願い信じて」

 暗子と違って幸男はカジュアルなファッションだが、英国製の生地を使ったオーダーメイドの物で時計は勿論ロレックスだ。身に着けている物は全て超一流品だ。そんな幸男が待たせて置いた、お抱え運転手と眼を合わせ呆れた顔した。運転手は路上に車を停車させ幸男を迎えに来た所だった。
「幸男様、いかが致しましょうか」
「いいんですよ。運転手さん気にせず、いま乗りますから」
それでも暗子はこれから起きる事故を無視できず声を掛けた。
「お願いです。私を信じて大変な事が起こるの」
暗子は悲痛の表情を浮かべ引き留める。
 幸男は数人の友人と待たせてある車に乗り込む寸前の所で再び暗子に声を掛けられたのだ。
 「あんたね、そんな馬鹿な事を言って何も起きなかったらどうするつもりだ。からかうのもいい加減にして欲しいな」
 「いいわ、十数分後に分かる事だから。その無駄になった十数分間なんでも貴方の言う事を聞くわ。それならいいでしょう」
 幸男と一緒にコンサートに来ていた仲間の一人が笑いながら暗子に言った。

 「ほう、それは面白い。もし何も起きらなかったらストリップでもしてくれるのかい。それが嫌なら御免なさいと言って帰りなさい。悪い事は言わないから」
 それと同時に幸男の仲間が腹を抱えて大笑いした。
 幸男は仕方なく車に乗り込むのを止め時間潰しに友人と談笑し始めた。
「幸男様、仕方ありませんね。長く路上駐車出来ないので私、その辺を一周して戻って参ります」
「ああ、悪いね。そうして下さい」
運転手も笑いながら停めてある車に戻った。やがて幸男は暗子の顔を覗き笑いながら言う。
 「よし決まった。余裕をみて、じゃあ二十分にしょう。いまさら逃げないでよ」
 「ちょっと待って! 運転手さんは何処へ行ったの? 運転手さんが危ないわ」
 「おいおい、今度は運転手の心配してくれるのかい。ハッハハ彼はA級ライセンスを持っているんだ。事故なんて百%考えられんよ」
 「技術の問題じゃないの、もう遅いわ。私にはどうする事も出来ないの……」

  暗子は、そう言いながら震えていた。
幸男と仲間達は暗子を見て気味が悪がって仲間内で囁いた。
 「幸男、とんでもない女に引っ掛かったんじゃないのか」
 そう言いながらも、その仲間たちから笑顔が消えて冷めた眼で暗子を見た。
  それでも幸男は暗子に最後の忠告を告げた。
 「ねぇ君、悪い事を言わないから早く帰りなさい。みんなに笑われるだけだよ」
 「貴方達は何も分かっていない……信じろと言っても無理もないけどね。もう遅いわ。私が危険を察知しても誰も信じてくれない。もうどうする事も出来ないもの」 
  もう幸男も仲間も首を振るしかなかった。すると暗子は耳を塞いで悲鳴をあげた。
 「嗚呼!! 爆発する。逃げて! 逃げて」
 数秒後、表通りの方から凄い爆発音と地響きの振動が伝わりビルの上まで炎が燃え上がるのが見えた。
 「なっなんだ!? 何が起きたんだ」
 幸男と仲間達は表通りと暗子を見比べた。
 「だから信じてと言ったのに……私は危険が予知出来るの、でも止める事は出来ない」
 呆然と立ち尽くし幸男と仲間達。彼女は予知能力者なのか?
 それから数分後の事。表の通りからサイレンの音がけたたましく鳴り響いた。
 沢山の消防車や救急車からサイレンの音が街中に響き渡る。
 
「まさかぁ?……おい! 誰か表通りの方を見て来てくれよ」
 幸男は仲間に告げた。暗子は近くのベンチに腰を掛けたまま相変わらず震えている。数分後、幸男の仲間が息を切らしながら戻って来た。その顔は真っ青だ。
 「た! 大変だ。タンクローリーが横転して幸男とこの車がその下敷きになって運転手が……更にタンクローリーから油が洩れ引火し周りは火の海だよ」
 「な、なに!! それは本当か?」
 今度は仲間と幸男が真っ青になり、ガタガタと震い始めるのだった。慌てて幸男達は表通りに走った。やがて目の前にした事故現場の惨状は凄まじいものだった。タンクローリーの前輪タイヤが外れバランスを失ったタンクローリーが対向車線にはみだし数台の車と正面衝突した。現場は戦場さながらの大惨事になった。流石にA級ライセンスの腕前でも、突発的な事故は防ぎようがなかったようだ。衝突の反動でタンクローリーから油が漏れ出し引火し火柱をあげ更に十数台の乗用車も燃え上がった。時間は夜の十時三十分を回っていたが、大都会東京の夜は戦場そのものだった。片側三車線の広い通りは火の海となった。
 幸男は運転手が心配で飛び出したが、現場を警備している警官に止められた。
 集まった野次馬も凄まじく燃え上がる炎に逃げ回りパニックになった。

 その事故現場を目の前にし、幸男と仲間達それに暗子は呆然と立ち尽くしている。幸いにも、お抱え運転手とタンクローリーの運転手は重症だが生きているらしい社会復帰が出来るかどうかは不明だと言う。幸男と仲間は改めて暗子を見た。先程までの威勢は何処へやら、幸男が蒼ざめた顔で暗子に言った。
 「さっきは疑ってゴメン。君は俺たちの命の恩人だよ。なんと言って感謝して良いか、もしも、あの車に乗っていたら僕等は多分死んでいたと思う。本当にありがとう。でもどうして、そんな事が分かったの?」
 「いいえ、信じないのは当たり前です。けど私の心には見えたのです。しかし運転手さんが重症を負ってしまった事は残念だわ」
 「さっき家に電話して係りの者を病院に向かわせたよ。彼を今は祈るしかないけど、でもどうして?……本当に予知能力があるとでも」
 「私にも良く分かりません……時々ですが、先の事が見えるのです。私も最初は夢を見ているような幻想に襲われて、ここ数年前からなのですが病気なのかも」
 「病気じゃないよ。それは君の宝物だよ。その宝物が僕たちを救ってくれたんだよ。でないと僕は多分いや間違いなく死んでいたかも知れない。今頃は車の中で火達磨になっていただろう。想像しただけで恐ろしくなるよ。本当にありがとう」

 それから一週間後、幸男からお礼がしたいと連絡があった。命の恩人に幸男の両親がぜひ会いたいと言われた。礼なんか要らないと何度も断ったのだが。何度も誘われては礼に欠くと仕方なく誘いに応じたのだった。
 幸男は今、父が経営する本社に勤めている。一応役職は主任だが、いずれは社長を継ぐ身だ。
 幸男も親も忙しい身だ。時を改め二週間後に来て欲しいと暗子に伝えた。
 一方の暗子は招待を受けたのは良いが、富田グループと言ったら大会社だ。そんな大富豪の家に招かれても貧乏な暗子は、どんな格好で行けば良いのか悩んだ末、事の次第を母に相談した。
 「そんな事があったのかい。でも無事で本当に良かった。母さん安心したよ。命の恩人って言われたのかい? おまえが危険を感じて、その人を引き止めたんだね」
 「え? 母さんどうしてそんな事を知っているの」
 「だっておまえの母親だよ。お前に予知能力がある事は薄々知っていたよ。弟の徹の時もそうだった。確かあの時、遊びに行くのを引き止めた事があったね。その後やはり交通事故があって洋子が通る道だった。それ以前にも似たような事があったし、今回の事で確信したよ。もしかしたら貴女にはそれ以上の、能力があるかも知れないわ」

 「自分でも良く分からないの。予知能力が自分にあるなんて……。なに? それ以上の能力って?  私、病気なの怖いよ」
 「う~ん超能力かな。決して病気じゃないよ」
 「まさかぁ、ドラマじゃあるまいし」
 「ううん、暗子は生まれた時から不思議な力があった。確信はないけど悪い事じゃないし。でもそんな人間は実際に居るのよ。有名なのはユリ・ゲラー。エドガー・ケイシーとか日本でも千里眼と言われた御船千鶴子なんて沢山いるのよ」
 「不思議な力ねぇ……今回の事も確かに危険を予知したし……まぁいいわ。人の為になるのなら」
  他人が聞いたらエスパーとか超能力とか言っている二人は笑われるかも知れない話だった。話題は招待された話に戻った。
 「でも招待されても、洋服もないし社交場のマナーなんて知らないし……」
 「それは心配ない。昔ね、母さん結婚式場に勤めていた事を知っているでしょ。だからある程度のマナーなら教えられるよ。まかせなさい」
 「そっかぁ、そうだったね。母さん見直した」
 そう言って暗子は笑った。時間は二週間ある。暗子の社交マナーの特訓が始まった。挨拶の仕方、言葉使い、食事のマナー、歩き方など母は知っている限りの事を教えた。
  母は招待日の一週間前に昔勤めていた結婚式場を訪ねた。遠い昔だが社長は知っている。そのよしみで貸衣装を安く貸してくれると云う。暗子を連れて衣装合わせをした。
 「母さん、勿体無いよ。それにこんなの着馴れていないし」
 「何を遠慮しているのよ。こんな日の為に少しは貯金しているのよ。心配しないで」
 暗子は身長一六八センチある。女性としては大きい方だ。ほっそりしているから大柄には見えない。普段はジーパンにスニーカーだから、着替えたらまるで別人のようだった。そんな姿を見て母は涙が零れて来た。本当はこんな綺麗な娘なのに、貧乏から抜け出せなくて年頃の娘なのにと。

 母はその帰りメガネ店に誘った。近眼のメガネではなくコンタクトにした。
 そして招待日の早朝、母が予約してくれた美容院に生まれて初めて行った。
 貸衣装を身に付け、美容院に行きメガネからコンタクトに代えた。馴れないコントクとも数時間したら目に違和感もなくなった。母はまた涙した。
 「暗子……綺麗だよ。本当に綺麗だよ。こんな綺麗な娘だったと母でも気が付かなかったよ」
 「母さん誉めすぎだよ。娘にお世辞を言う親なんて聞いた事がないわ」
 「お世辞なものか、鏡を見てごらん。本当に綺麗なんだから」
 暗子は余り見ようとしない鏡を恐る恐る見た。これが私? 自分でも驚いていた。そして苦労をかけた暗子へのささやかな、母からの贈り物だと微笑んで送り出してくれた。

当日、普段この辺では見かけない高級車がバラック建ての家の前に停まった。富田家が差し向けてくれた車に乗って暗子は緊張していた。まるで自分じゃない衣装に包まれた人形だ。
「あのう……運転手さん。前の運転手の方はどうなさっていますか」
「ええ幸い、命は助かりましたが復帰は難しいそうで。でも幸男様が生涯に渡って面倒みて下さるそうで、本当に優しい方ですよ。貴女が幸男様を救われたとか伺っておりますが」
「私はとくに何もしていません。生涯に渡って面倒みるなんて今時、そんな会社はありませんよね。優しい方なのですね」
 暗子は幸男って思ったより良い人なのだと思った。お礼のつもりの招待だろうが慣れない場所への招待は一苦労する。母からマナーは教わったが本当にキチンと出来るだろうかと気持ちが落ち着かない。
 車は青山通りに差し掛かった交差点、その時だった。またもや予知能力が察知した。信号を無視して飛び出して来た大型トラックに暗子は危険を感じていた。今回も予知能力は働いたが遅すぎた。マナーの事で心が乱れたからか? だが想像出来ない事が起こった。
 暗子が乗った車の脇に大型トラックが目の前に迫った。運転手は衝突されると目を瞑った瞬間だった。暗子は窓越しから、その車に手で遮るような仕草をした。
 すると何故か時間が止まったように、大型トラックはブレーキを掛けた訳でもなく静止した。いや動く物の全てが静止した。いやそう感じたのかは定かではないが時間が止まったような気がする。
 運転手は車が潰されると思いハンドルを握ったまま、眼を閉じて覚悟を決めていた。だが何事も起きなかった。暗子もまさか自分の不思議な力を働いた事を暫く認識出来なかった。

 だが交差点周辺に居た人達の数人はそれを目撃した。確かに歩く人も他の車も衝突しそうになったトラックも動く物の全てが止まったような気がしたと、後でそんな証言があった。
 「運転手さん大丈夫? 急がないと信号が変わるわよ」
 と、暗子が運転手に声を掛けた。運転手は我に返った。何も起きてない事に呆然としていたが再びアクセルを踏んで車は動き出した。だが心臓の鼓動は激しく冷や汗がドッと出ていた。
 運転手は暗子の超能力だとは知らなかったが、不思議な能力の持ち主だと聞いていた。当の暗子もこの時点では自分の力と思っていない。今回は予知能力と超能力の組み合わせだ。明らかに暗子の超能力はパワーを増している。そして何事もなく車は富田家に到着した。しかし事の次第を運転手は主に告げなかった。心配もするだろうし誰がその奇跡を信じるだろうか。ただ幸男様にだけは伝えなければならない。現に事故が起きたニュースは報じられず、出くわした人々も記憶から消えていたが富田家が差し向けた運転手だけは脳裏から離れない。

幸男は彼女の超能力に救われたと運転手は密かに聞かされていた。
その力をまざまざと見せつけられたのだ。今はお礼よりも無事に送り届けるのが自分の役目と心得、いずれお礼を述べなくてはならないが。
 暗子は富田家の広い中庭に降り立った。すると左右に十人のメイドと執事が深々と頭を下げて出迎え、その向こうに幸男の両親と幸男本人が軽く会釈して微笑んでいた。
 中庭だけでも五百坪はあろうか、まるで公園を思わせる広さだ。その近くには池があり噴水があった。真夏の太陽が燦燦と降り注ぐ昼時だが、緑の芝生と噴水のせいか暑くは感じなかった。暗子は母が特訓してくれた礼儀作法に従い、メイド達以上に深々と頭を下げお辞儀をした。

処が両親も幸男も不思議な表情を浮かべている。母が幸男に小声で囁く。
「ねぇ幸男、命の恩人といった方はあの人なの。あんな美人だとは聞いてなかったけど」
「うん別人かと思った。信じられない。あの人があの暗子さん……あの時は暗がりで良く見えなかったし確か眼鏡を掛けていたけど」
しかし目の前の彼女は、このように語った。
 「本日は私のような者を、お招き戴きありがとう御座いました」
戸惑った幸男の母は笑顔を取り戻し応えた。本人に間違いないようだ。
 「いいえ、こちらこそ無理なお誘い致しました。どうぞお入り下さい」
 幸男は容姿のまったく違う暗子に驚き、しばし唖然としていた。
 あのド近眼のメガネはなく髪が綺麗に整えられ、まるで別人のようだ。最も暗子が貧しい家で育った事は知らなかったが、目の前に居る暗子は上流社会のお嬢様のようだった。
 女性ってこうも化けられるものなのか? 最初見たと時は仮の姿でこっちが本物なのか。初対面の時はどう見ても垢抜けしない娘に見えたのだが、しかし歩く姿も堂々としていてファンションモデルのようだった。

 幸男の父も息子から聞いていた印象と余りに違う様子に驚きを隠せず、幸男に小声で囁いた。
 「おい、幸男。おまえが言っていた女性は本当にこの人なのか」
 そう囁いた。垢抜けしていなくて貧しそうな娘だと聞いていた。
 それがモデルとまでは行かないが、とても綺麗で美しく輝いて見えた。
 だが当の暗子は、そんな自分の美貌に気づいていなかった。髪型と眼鏡からコンタクトに変えて、ちょっと綺麗な洋服にしただけなのに。
 それも金の力で化けただけでも、多少は綺麗に見えるかと思った程度だった。
 一夜だけのシンデレラ嬢と思っている。
 また明日からジーパンに、いつものジャケット姿に戻るのだからと。
 やがて広い応接間に通され幸男の両親が正面に二人並び、暗子と幸男がその前に座った。早速、執事が会釈してメイド達に目配りすると、豪華な飲み物や料理がテーブルに並べられた。

 「では改めて、ようこそいらっしゃいました。この度は幸男が命を助けて戴きまして本当にありがとう御座いました」
 「とんでもないです。たまたま惨状が頭に浮かんだだけです。お礼を言われる程の事ではないのですから」
 暗子は母から学んだ礼儀作法も言葉遣いも、ドキドキだが今のところ旨くいっていると思った。だが富田家の人からは落ち着いた態度に言葉使い、さり気ない気遣いも好感を持たれたようだ。
 その後、家族と一緒に食事になったのだが、慣れない暗子には美味しさよりも極度の緊張で、ご馳走も喉を通らなかったが、それが逆に謙虚に映ったようだ。この日は無事に化けの皮が剥がれる事もなく終った。
いやこれで全て終る予定だった。こんな人達と住む世界が違うし、もう幸男とも二度と会う事はないだろうと思っていた。

 だが幸男は一目惚れしたようだ。暗子の魔法に取りつかれたかのように。帰り際に幸男が暗子に言った。幸男はなんとしても、お礼をさせてくれと、それも自尊心を傷つけないように気遣ってくれたのだが、お金では失礼と宝石と高級乗用車を受け取ってくれと言うのだ。
 こんな豪華なお礼なんて聞いた事もない。大金持ちは、まるで金銭感覚が庶民とは桁外れで、まったく分かっていないようだ。それにお礼なら今日招かれた事で済んでいるのに。
 それでも気遣ったつもりのようだが例え高級な車を貰ったとしても維持費が大変だし車の免許も持っていない。でも、その気持ちだけは受け取らなくてはならない。暗子はお礼を述べながら丁重に断ったのだ。困った幸男は両親に相談した。どうすれば気持ちが伝わるのかと。
 両親は幸男の困った表情を見て、惚れたなと苦笑をしていた。
 しかし相手の幸男は尚も喰い下がる。それならと暗子に幸男が提案を出した。
 今度その予知能力の予兆があった時に、すぐ会ってくれと暗子に伝えた。
 それも予兆が現れたらすぐに電話をくれと。暗子は言っている意味が分からなかった。まあそれならば、と暗子はOKをしたのだ。

 暗子は正直困っていた。幸男は優しいしとても魅力がある男性だ。しかし身分というか住む世界が余りにも違う。第一、暗子は定時制高校しか出ていない。その日に生活して行くのもやっとの状態だ。万が一にも恋愛関係に発展しても結末は見えている。幸男は大会社の跡を継ぐ御曹司だ。
 両親は跡継ぎには家柄、学歴そして容姿端麗な女性を望むだろう。だが幸男は何かにつけ口実を見つけて暗子を誘い出す。その度に母は新しい洋服を買ってくれたが、もう金銭的に限界だった。この際、幸男にハッキリ断ろうと考えていた。
それから一ヶ月後、その兆候が現れたと暗子は嘘をついた。暗子の予知能力は危険を感じた時にしか起こらない。約束通り幸男に連絡をした。ただ予知能力が芽生えたとして、いったい私に何をさせようと言うのか? すると幸男が、お抱え運転手抜きで、執事を従えて自ら車を飛ばして暗子の前にやってきた。
 「暗子さん、これを見て下さい。そして貴女が浮かんだ数字を三つ当てて下さい」
 「え! ……なんの数字ですか? 二・三・七の様な数字を感じがしますが、でも今回はハッキリしないのです。それでも良いのですか」
 それはそうだ。何も予知能力の予兆がないのだから。だから適当に言ったまでだ。幸男は暗子の問いに応えず聞いた数字を執事に伝えた。執事は競馬場で待っていた使用人に電話で伝え馬券を頼んだ。

 「二と三と七だ。それに一千万で一点買いだ。間に合うか」
 「ハイ分かりました。取り敢えず買います。一千万で宜しいですね」
 なんと幸男は競馬のオッズの予想紙を暗子に見せたのだった。勿論競馬を知らない暗子は予想と大きく違った数字を出していた。それから一時間後、暗子を連れて競馬場に行った。その競馬場の特別室に案内し、そこで暗子に大きな旅行カバンのような物を渡した。
 「さあこれは貴女が当てた数字で買ったものです。見事に的中です」
 「え! 的中ってなんですか、これは?」
 「貴女が当てたのですよ。さっきの数字は競馬の予想だったのです。一千万で十二倍の配当金でした。つまり配当金が一億二千万円です。その内の一千万は立替えた私が貰います。残りは貴女に一億一千万円は貴女のものです。私は一円も損しない事になりますから遠慮なく受け取ってください」
競馬に詳しい人なら一発で外れているのが分かるが、暗子には何がなんだか分からない。
 「そ! そんなぁ……受け取れる訳がないでしょう」
 暗子は声も出なかった。なんかとんでもない冗談でも言っているように聞こえた。幸男は最初から現金を用意していたのだ。当りだろうが外れようが最初から企てた事だ。
 「それと……私からのお願いです。結婚してくれませんか」
 「え!  いきなり何を言うのですか、じょ冗談はやめて下さい」
 「いいえ真剣です。暗子さんに惚れました。両親も貴女ならきっと喜んでくれます」
 「無理です! 私は幸男さんの行為に甘えて、つい食事などに何度も行きましたが貴方にはもっと相応しい方がいる筈です。私なんか貧乏で何の取り柄もない女なのです。冗談と思っても不思議じゃないと思います。それに御両親が私なんか認める訳がありませんよ」
 「そんな事ありません。確かに僕達は不思議なめぐり合わせをしました。でも貴方の美しさや予知能力に惚れたのでもなく、何度も食事をして語り合っていて、貴方の謙虚な気持ちと物事の分別を臆せず指摘してくれるし、それも相手に嫌な感じを受けさせず、やんわりと過ちを述べてくれて、それがとても温かく感じてくる不思議な魅力があります。失礼ながらお名前と正反対に、いつも明るく振舞う貴女が好きです。それに将来、僕が父の後を継いだ時、きっと貴女なら僕の力になってくれる。そう思っています。だから冗談でもなく本気なのです」

 だが暗子は知っていた。あれは予知能力なんかじゃない。適当に言った数字が当たる訳がないのだ。最初からそう仕掛けた作戦だと見抜いた。それ程までにして私を必要とするのか。
 幸男が本当に好きになってくれたのは分かった。だが幸男の両親は絶対に反対するだろう。それも分かりきっている。暗子の気持ちは幸男に少しずつ好意を抱くようにはなっていたが結婚は全体無理だと諦めていた。変な希望を抱き、その夢が破れた時のショックは計り知れないのだ。

 その時だった。今度は本当に予知能力が目覚めた。どうやら危険を感じた時だけ目覚めるようだ。
「幸男さん大変! 貴方のお父さんが襲われる。場所はお父さんの本社ビルの前よ。早く、早く行って相手は二人。それもナイフを持っているわ。止めないと」
なんと暗子の予知能力は超能力へと進化していた。こんなに具体的に分かるのか? 暗子自身不思議だった。
「なんだって、ほっ本当ですか! じゃ今すぐ電話してみます」
幸男は慌ててスマホを取り父の執事に電話をした電話した。だが応答がない、続いて父に電話した、こちらも繋がらない。何か出られない事情があるのか、客の前で遠慮しているかは定かではない。もはや待っては居られない。ここから会社の本社までそう遠くはない。
 「駄目です電話に出ません。仕方がない、急ぎましょう。じゃ早く車に乗って」
 幸男は執事と使用人と暗子を乗せて猛スピードで本社の前に急いだ。だが執事はなんの事だか分からない。幸男と数人だけが暗子の超能力の持ち主である事を知っていた。やがて猛スピードで本社ビル前に着いた。丁度、幸男の父が車に乗ろうとして、運転手が車のドアを開ける所だった。
 すると、どう見てもヤクザ風の男二人が走りより、幸男の父の背中を目掛けてナイフで刺そうとしていた。
 幸男と執事は父が刺されると悲鳴をあげる。もう間に合わない。血まみれの光景が過ぎる。その時、暗子はあの時と同じように刺そうとしている男に無意識に手を向けた。その指先が熱くなり周りの空気が圧縮されて行く、そして空気が裂け波動となって放たれた。
 すると二人の男がナイフもろとも数メートも吹っ飛び、コンクリートの上に叩きつけられた。その間、時間が止まったような一瞬誰も動かなかった。犯人だけが吹っ飛び呻き声をあげた。

 ほんの数秒だが確かに静止した。半分失神状態の犯人二人を社長の秘書たちが取り押さえた。幸男と執事は暗子を見た。暗子の手は相手の男達に向かって拳銃でも撃つような仕草をして凄い形相で立っていた。あの手から不思議なパワーが放出され犯人を吹き飛ばしたのだろう。そうに違いない。
 暗子の能力は予知能力だけじゃなかった。まるでエスパーだ。その力は無意識に働いたのだ。幸男の父は呆然と立ち尽くしている。確かに暴漢刺される寸前だった。それが何故か吹き飛ばされていた。
「なにが起きたのだ?」
「社長! 大丈夫ですか、良かった怪我はないようですね」
すると幸男が慌てて父の元に駆け寄った。
「お父さん怪我はありませんか」
「驚いた。殺されるかと思ったよ。それにしても何故暴漢が急に飛ばされ倒れたのだ」
「多分、暗子さんが超能力を使ったのでしょう」
「えっ暗子さんが……信じられない」
当の暗子さんはホットしたのか立ち尽くしていた。
 「暗子さん? 大丈夫ですか貴女が何かしたのですか」
 暗子はそう言われ我に返った。だが自分の体が硬直して思うようには動かない。そして深呼吸するとやっと元に戻った。

 「私……私……自分が怖いわ。私は普通じゃない! 助けて」
 暗子は自分の不思議な能力が怖くなって震い始めた。
 あの交差点での出来事も自分の力が止めたのだ。
 そうして今回も、もう自分は化け物じゃないかと思った。このまま超能力が進化して自分の気にいらない人々を吹き飛ばす怪物になって行くのか?
 幸い幸男の父は無事だった。執事が駆け寄り呆然としている主に事態を説明した。

大会社の社長ゆえ狙われたのだろう。知らぬ間に誰かに恨まれたのか定かではない。幸男は父が襲われたのにも驚いたが、犯人が急に吹っ飛んだのにも驚いた。執事から事の次第を聞かされた幸男の父は、まさかあの子がなんと云う不思議な力だ。息子が助けられたのもこれかと思ったようだ。
 幸男に続き父親も助けられた。これ以上の恩人が居るのだろうか。
彼女が居なかったら親子二人この世に居なかったかも知れない。
もはや社長と後を継ぐ息子が亡くなって居たら会社の存続も危うい。
 幸男の両親は暗子を好きな事は知っていた。だが結婚は別だ。富豪となれば家柄が大事だ。これは幸男に何度も言い聞かせてきた事だ。だが幸男は暗子に夢中になり納得しなかった。しかしもう家柄や学歴なんてどうでも良い。社交的なマナーも備えているし、それに美貌も申し分ない。富田家の嫁として何が不満であろうか。命があってこそ人生ではないか。
そしてあの超能力は私達家族をこれからも救ってくれるだろう。
 
それから幸男とは三ヶ月の間に何度か食事したりして、暗子も本気になりかけ好きなっていった。だが貧乏人の自分とでは身分が違いすぎると、自分に言い聞かせていたのだったのだ。暗子は心にブレーキを掛けている。これは夢なのだ、夢から覚めた時の落胆ぶりが怖い、怖くて堪らない。でも幸男は真剣だ。今度は本当に両親も賛成してくれて居ると説得した。それから押しの一手で、ついに幸男の熱意を暗子は素直に受け止めたのだった。
 だが金持ちのする事は分からない。あの日の(競馬)お金は受け取らなかったが金銭感覚が余りに違う。富田家はお礼と結納金として二億円を日陰家に渡したのだ。
最初はそんな高額な結納金なんて聞いた事もないと断った。だが富田家は社長と息子の命を救ったのだから二億円じゃなく十億でも足りないくらいだと言う。余りにも高額な結納金だが、受け取らなければ嫁入り道具も揃わないし、バラック建ての家から嫁いでは富田家も立場ないだろう。有難く受け取った。
 滞りなく結納を済ませ、結婚式は半年後という事になった。暗子の母は七十坪の土地を買い、家を新築して暗子の弟妹たちを世間に出しても恥ずかしくない礼儀作法の特訓をした。母は暗子にも弟妹にも、肩身の狭い思いはさせたくなかった。

 これも富田家のお蔭で、もう貧しい生活をしなくて済む。財閥の親戚に相応しい生活をしなくては……そして暗子も財閥に嫁ぐ嫁として恥ずかしくない教養を身に付けようと英語教室やパソコン教室、茶道に習字の練習に自動車学校にも通った。暗子はやはり優れた能力を持っていた。人の数倍の速さで習い事をマスターしてしまった。
 母や弟妹たちも綺麗な洋服を着て、財閥の親戚として笑われないように教養を身につけようと一生懸命だった。半年前には想像もつかない日陰家であった。
 暗子は晴れて幸男と結婚式を迎えた。
 暗子は母や三つ子の妹弟たちには残りの金をそっくり置いて、暗子は式に臨んだ。披露宴は盛大なものだった。政財界を始め芸能人、友人など出席者は八百人を軽く超えた。驚いたのは幸男と暗子が出会うきっかけとなった、あの有名女性シンガーソングライターがゲストとして招かれ二人の門出の為に唄ってくれた。そして直接二人の前に来て祝福の言葉まで貰った。
暗子にとってこれ以上のサプライズはない。幸男の気配りに感謝した。
そんな華やかな宴に日陰家からは二十人そこそこだったが、しかし母は堂々としていた。どんな有名人だろうがセレブだろうが、臆する事なく母としての役目を果たした。暗子は思った。母は役者の素質があったのではないかと、そんな母の姿に暗子は心より喜んだ。そんな披露宴の中で招待された人々は綺麗だ。気品がある流石は富田家の嫁になるに相応しい人を選んだものだと褒め称えた。

 だが不思議な事に暗子が、幸せを掴んでから超能力は影を潜めていた。
 幸せと引き換えに、その超能力は消えてしまったのか。やはり神の仕業だろうか。しかし危険を察知したらまた現れるかも知れない。
 愛する幸男の為、富田家と日陰家の為に使う時が、いつか来るかも知れない。
 その時はきっと超能力の威力は更に進化して、弾丸さえ止めてしまうかも知れない。そして幸男は、またまた提案を出した。
 戸籍を移しのだから、ついでに改名してはどうかと言った。
 日陰暗子は今日から、富田福子なり二人合わせて幸男の幸と福子の福で幸福となった。 
 「私の宝物……それは今日から幸男さんの愛が私の宝物よ」
 福子は満面の笑みを浮かべて幸男に言った。

  了

超能力者

執筆の狙い

作者 西山鷹志
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現代のシンデレラ物語。但しこちらはガラスの靴ではなく超能力の持ち主であった。
予知能力から始まり最後は害を及ぼし者は念力で吹き飛ばす。
ドン底の生活でも慎ましく生きる女性、相手は日本でも有数の富豪の息子。
二人の出会いはコンサートが終わったあと、危険を予知して富豪の息子に告げるが笑われてしまう。

コメント

えんがわ
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シンデレラって童話だと思うのですが、こうやって読むと意外と漫画チックなんだなと思いました。
物語の山がはっきりしていて、読んでいて楽しかったです。

今回は絵に描いたようなハッピーエンドでして、なかなかこういうストレートなハッピーを描くのって照れたりするし、出来るもんじゃないです。

ただ、お金で夢をつかむという話の一方で、お金が全てなのか的な寂しさみたいなものも個人的に勝手に受け取ってしまったです。
幸男が意外と最初に嫌な人として登場してきて、それで徐々に明かされる魅力的な部分が「お金という財産」というものに頼りきったものなので、お金以外でなにかしらの魅力があってもいいんじゃないかなって。
シンデレラなら、ガラスの靴から灰かぶりの少女を探し出すみたいな、諦めない情熱みたいなのが王子様の魅力にあると思うのですが、そこがちょっと弱いような。

確かこれは前にも読んだ覚えがあるのですが、かなりの加筆が加わっているような印象があって、飽きずに読めました。

しかし、西山さんは投稿ペースが凄いですね。よくぞここまで継続してこの安定感でハイペースで書けるものだと、うらやましいです。

中小路昌宏
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 読みました。

 なかなか面白かったです。

 しかし本当に、次から次と休まず作品を発表出来るのも、一種の超能力じゃぁないですか¡¡ ¿¿
 私はそちらの方にびっくりしています。

西山鷹志
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えんがわ様

お読みいただきありがとうございます。

>シンデレラって童話だと思うのですが、こうやって読むと意外と漫画チックなんだなと思いました。


そうですね、現代のシンデレラ物語そのものです。
御曹司がいくら助けられても、恋に溺れて行くのは漫画的ですね。
早い話、作者と同じで単純な発想です(笑)

しかし、西山さんは投稿ペースが凄いですね。よくぞここまで継続してこの安定感でハイペースで書けるものだと、うらやましいです。

いやそろそろストック切れです。
途中まで作ってほったらかしの作品を編集してみようかと思います。
ありがとうございました。

西山鷹志
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中小路さん

お読みいただきありがとうございます。

しかし本当に、次から次と休まず作品を発表出来るのも、一種の超能力じゃぁないですか¡¡ ¿¿

別に打ち出の小槌じゃありません
まもなくネタ切れですよ。
多分これまで作家でごはんに掲載した作品は140作前後。
そのうち修正再投稿た作品は8作くらい含まれています。
作家でごはんに最初の投稿したのが2008年10月8日でした。
でもこの頃は月に一回くらいでした。もう15年経ちました(笑)

ありがとうございました。

神楽堂
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>西山鷹志さん

読ませていただきました。
読みやすかったです。
いい話だとは思うのですが、すべてが予定調和な感じがして、もうちょっとひねりが欲しかったとも思いました。

シンデレラでは、ガラスの靴がキーアイテムとなりますので、それを本作でも取り入れて欲しかったです。
つまりは、彼はなかなか主人公を見つけることができないが、主人公が何かの能力を使ったことで正体が彼にバレて、あのときの! となって再会するとか。

あと、結末ですが、王道的なハッピーエンドはステキだと思いますし、
この作品はこれでいいとも思うのですが、
私だったらこんなストーリーにする、というのを考えてみました。

いざ、結婚! となったときに危険を予知して、結局は破談となる。

主人公には夢があり、結婚するとその夢を果たせなくなってしまう。
それで、結婚は危険であると予知したのだった。
大富豪の彼とは別れ、主人公は切磋琢磨を続け、ついには夢を果たす。

大成功の祝賀パーティーに、あのときの彼を招待して再会する。
お互い、少し歳を取っていたが、独身同士だった。
彼は再びプロポーズをする。
もう、危険の予知はなかった。

こんなストーリーが頭に思い浮かびました。
というのも、今どきの女性は結婚して終わり、という価値観ではなく、
自己実現の欲求ももっているので、そちらも満たしたほうが
より「幸せ」というものが表現できそうかな、なんて思ったもので。

作品を読ませていただきありがとうございました。

西山鷹志
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神楽堂さま

いつもお読みいただきありがとうございます。

>いい話だとは思うのですが、すべてが予定調和な感じがして、もうちょっとひねりが欲しかったとも思いました。

ひねりですね。善男善女では盛り上がりに欠けますね。
もう少し幸男が天狗になっているので、その鼻をへし折ってやるとか。
はたまた幸男も超能力者で二人で対決になるとか(笑)
ハピーエンドも良いけど、アメリカ映画など終わったと思ったら
悪人が死んでいなくて主人公を脅かしとかありますね。
今度、考えて見ます。
ありがとうございました。

渡辺沙羅
114-134-212-157.fnnr.j-cnet.jp

西山さんお遍路さん以来ですね。

シンデレラにガラスの靴がない物語ですね。
よく考えるとガラスの靴は本人確認のツールなわけで、
本作の欠点の一つです。

それと、二人の名前と境遇を最初に出すとああ、この二人結婚するな。
と見えてしまいます。

欠点は他にも色々あって、、特に大きいのはその予知内容を人に言うことです。
テロリストの一味と思われるか特に加害者と思われます。

でも面白いですし、久しぶりに小説を読みましたが分かっていても娯楽としてはあり得ます。
ドリさんの人情路線は不滅です。
今度は読者をあっと思わせてください。
偉そうですいません。ドリさんって司馬遼太郎を読みました?

西山鷹志
softbank126077101161.bbtec.net

サラさん
お読みいただきありがとうございます。

今回は超能力に恋愛小説をくっつけてしまいしまた。
その為、ギクシャクしたかも知れませんね。
超能力と言えば自作に宇宙人二世マリあというのがありますて
これは宇宙人から受け継いだ能力と言うものです。

申し遅れましたが、この度、自主出版致しました。
7月15日文芸社からです。
発売前に30冊一足早く私の所へ届きました。
家内が宣伝してくれたせいか20冊が既に売れました(笑)
題名は(警察官、他9編の短編集)です。
なんと本職の警察官の方が買ってくれました。
警察関係の方の目にとまれば、もっと売れるかも知れませんね。

サラさんの作風変わりましたね。
チラッと読んだのですが、いい感じです。
あとで感想書きますね。

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