作家でごはん!鍛練場
ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ

あのときのお母さんへ

読者のみなさん「ごめんなさい」。
わたしは、謝らなければなりません。
なぜなら、この文は、わたしを産んでくれた母親に、送る言葉だからです。
(ここからは、わたしに馴染深いお母さんと呼びます)

現在、60歳を迎えたお母さんは、わたしのことを息子と認識しない日々が続いています。
つまり、軽度の認知症です。

認知症が身近にいる人なら分かるでしょうが、介護というのは、忍耐強さがいるものです。
忘却していきながら最後は、エゴだけが残っていきます。
お母さんの場合は、認知症前から癇癪持ちでした。
そのため体調がよくない日は、すぐに怒りだします。

わたしは、その日のお母さんの体調を確認するために、ある決まった挨拶を起きてすぐにします。
それは「お母さん、今日の体調はどう?」という簡単な言葉です。
これで、お母さんの体調が分かるのです。

例えば、一昨日のことです。
「お母さん、今日の体調はどう?」
「見ず知らずのあなたに、迷惑をかけて、すまないね」
どうやら、わたしを息子と認識せず、だれかに懺悔しているようです。
罪悪感のある日は、お母さんの体調が良い日です。

体調が芳しくない10日前は、
「お母さん、今日の体調はどう?」
「あなたなんて知らない。どっかへ行って、いますぐこの家を出てって」
と怒ってきます。
そんな日は、四六時中こんなことをぶちまけています。
「あれがない。これは可笑しい。あなた、どうしてくれるの」
と、忘れることを恐れ、それに対してまた怒り出し、また恐れ、怒りだし、心配し……
この繰り返しです。
無限ループに入ってしまうとどうしようもできません。
認知症になるまえのお母さんの言い分はこうでした。
「我慢をすると壊れてしまうのよ。あんたにはわからないのよ」
と、母にとっては同情してくれない人は、敵であり、強調性のない人と決めつけるのです。
いまのわたしなら、分からないなりにそれに答えることができます。
愚痴は、短期的なアク抜きになりますが、長期的には本人がそれを一番聞いていて、その愚痴の暗示にかかるのです。
言霊は、自分の発したことが暗示となる作用です。
そこに善も悪もなく、原因があって結果があるのです。
お母さんの場合は、自分を否定されることを極度に嫌う傾向にありますから、それが、大きな地雷なのです。
言葉は、第二の習慣と言う通り、言葉の大切さを知る反面教師にお母さんはなってくれたのです。
「偉そうな子供だ」「親の気持ち、子知らず」
という意見も少なからずあるでしょう。
このような常識の枠をもっている人は、わたしを受け付けないかもしれません。
忘れることを恐れ、それに対してまた怒り出し、また恐れ、怒りだし、心配し……
あなたも、このループに入っている可能性が高いでしょう。
ただ、わたしは現象を現象として述べたいのです。
もちろん、俯瞰しすぎている欠点がわたしにもあります。
そして、あなたに共感はできますが、同情はしません。
これも、わたしの欠点です。
認知症の分析をした結果、お母さんの周期も分かってきました。
いまのところは3週間くらいで良い日と良くない日を繰り返しています。
しかし、体調の周期は徐々に、徐々に、短くなっています。
つまり、機嫌のいい日が少なくなってきているのです。
恐れと、怒り、そして心配。
それを、わたしがニッコリと見守っている日々です。
ふと、思い出すと、小さい頃からわたしは何も変わっていません。
なにか、問題が有るとニッコリとしてやり過ごす。
ある意味、典型的な日本人なのかもしれません。
もちろん、このエゴを自分が克服できているかといえば、目の前のお母さんがいるので、わたしのなかで克服できていないのでしょう。
本当にエゴがなければ、現象も現象として起きるはずがないのです。
つまり、この問題も、ラクダのように忍耐強さのいる修行を与えられているのです。
誰もが、年を取れば、肉体的な老いはあります。
健康を恐れ、死ぬことを恐れ、お金のことを恐れ、何かをすることを恐れます。
ただ、その恐れこそ生きることの意味が詰まっている「有る事」なのかもしれません。
本当は、「有る事は難しい」のですが、そのことをわたしは忘却していました。

そんなお母さんをもう少し観察すると、人間の生存本能は強く残ります。
料理をし、食べることはかかしません。
しかし、ご飯を食べたことを忘れるため、12時、15時、18時と3時間おきに、ご飯を食べるときがあります。
無事に料理ができればいいのですが、火傷をして母を病院に連れて行くこともありました。

わたしとしては、火傷しない電気コンロに変えたいのですが、
「火じゃないと美味しいご飯ができないわ」
と、お母さんが怒り出してしまうために、いまだに我が家は、ガスコンロを使用しています。

このような日が続いていますが、別段、わたしはお母さんを恨んでいるわけでも、憎んでいるわけでもありません。
幼子が泣き止むのを見守るように、そっとお母さんを忍耐強く観察しています。
それに、いつかは、嵐は過ぎるものですから、その嵐に「予め」備えてしまえばいいのです。
さらに言うなら、お母さんも、わたしをそうやって育ててくれたのです。
いつかは自分の番がやってくるものです。
このように考えれば、わたしの心は平穏でいられます。
目に見えないもので満たされていれば、生みの親なのですから、感謝できます。

しかし、たまに介護をしていると、意識がはっきりしているうちに
「伝えたいことを言っておけばよかった」
と後悔することがあります。
なので、認知症になる前のお母さんに、しっかりとここで綴りたいのです。
その綴りたいことは、たったこれだけです。
「わたしをここまで育ててくれて感謝しています。そして、産んでくれてありがとう。お母さんの子で良かったよ。お母さんのやりたかったことを引き継ぎやっているからね」
また、わたしのように後悔したくない人は、いますぐに両親に「感謝を伝えてほしい」のです。
かつての自分のように、我を張り言えない人もいるかもしれません。
「恥ずかしい気持ち」や「普段やらないこと」というだけで、「感謝」を蔑ろにしがちですが、事が起きてからでは手遅れなのです。
また、親子関係が疎遠になっている人も、産んでくれた親がいるはずです。
「感謝」をし、それをなにかしらの形でプレゼントすることはできるはずです。
だから、「伝わっているか、わからない」お母さんになる前に、感謝を伝えてほしいのです。
たった一言でもかまいません。
「ありがとう」
この小さな言動で、なにかが変わることもあるのです。

どんな仕事よりも優先して行うべき大切な仕事です。
会社や国の規定よりも、重要で学校の先生も蔑ろにしている規則です。

わけあって、この世界に生まれ、縁あって、親と子の関係がある。
それが、ちょっとしたつまらないことで、わたしは親と訴訟をしました。
後ほど、そのことについては詳しくお話しますが、いまここで伝えたいことは「感謝」です。

いまこうやって、振り返るとわたしは認知症ではないにもかかわらず、大切なことを忘却していたのです。
これは、病名はつかないかもしれませんが、わたしはある種の認知症だったのかもしれません。
認知症も、明日は我が身なのです。

また、ふと、こうも思います。
お母さんが認知症になって、その忘却していたことを想起する機会だったのかもしれません。
一度は、誰もが聞いたことがある「體は資本」。
とはいうものの、その意味を本当に理解し、行動に移せる者はごくわずかです。
それに、體もいつかは還すものです。
朽ちて、土と成り、燃やせば大気となり、永遠の循環の一区切りです。

その「アタリマエ」のことを、わたしは忘却し、明日も有るが事く生きていました。
明日の保証は、どこにもないのです。
「保険会社が、明日を保証してくれるのでしょうか?」
「いいえ、してくれません。」
保証会社は、病院に通うだけのお金を保証するだけです。
むしろ、保険会社に勤める人を養うお金まで、保証して自分がお金を払っています。
閑話休題。

つまり、お金で心は買えないのです。
わたしはお金で、自分の安心感を買えるという、とんでもない勘違いもしていました。
それも、忘却していた「一」つです。
繰り返しになりますが、もし、その忘却を想起したいのであれば、いますぐに、つべこべ言わず、お母さんに、親に、こうやって伝えましょう。
「わたしを育ててくれて感謝しているよ。また、産んでくれてありがとう。お母さんの子で良かったよ」
と。

お母さんへ わたしより 2024/05/19

両親からの引き継ぎ
ここから、先述した通り「親との訴訟」について、少しばかりお話します。
それは、わたしが会社員を辞め「ライター業をし、自営でやっていこう」と決意したことにありました。
親に相談せず、会社を退職しました。
会社員に居続けることで、死ぬ前に後悔するとはっきりと分かったのです。
もちろん、親の気持ちも分からなくはないです。
「高い大学費を払って就職したにも関わらず、それを辞めてどうやって飯をくっていくんだ。ブランド力のある安心した企業が一番だ」
と、強く思う傾向にあります。
さきほども述べた通り、わたしは、善悪の弁証論で親を責めるつもりもありません。
しかし、親の言う通り現代の世の中は、お金をベースに生活を余儀なくされているのも事実です。
わたしは、そのことを学びたかったのでしょう。
お金を考えず、退職したために貯金はみるみるなくなっていき、底をついてしまいました。
まともな文章を書いたことがない初心者が、だれかに読んでくれる文章をいきなり綴れるわけがありません。
つまり、ライター業で飯を食うためにも、ある程度の時間をかけ、持続する必要があったのです。ラクダのように行動する忍耐力が必要だったのです。
そして、わたしはライター業だけでなく自給自足をし、ライター業でお金のベースを廻そうと企てていました。
それは、いまも変わっていません。
YouTubeやブログの広告収入、自給自足で余った野菜や米などをベースに生計を立てているのですが、0からのスタートで3年間は無収入の日々でした。
3年目でようやく広告収入が入るようになりましたが、生活費を稼げるまでにはいきませんでした。
仕方がないので、両親に頭を下げ借金をしました。
これが、おおきな問題になっていきます。
普通の考えでしたら両親に頼らず「働きながらやればいい」と、言われるでしょうが……
しかし、「それは必要がないことだ」と自分のなかの「私」が語りかけてくるのです。
それに、體の使える時間は限られているのです。人生は長いようで短いのです。
一分たりとも労働をする時間はないのです。大切な仕事ができる機会を無駄にできないのです。
さらに、わたしがしようとしていることは「親からの引き継ぎ」でもあります。
親の本当の生きる目的……仕事は……
それはなにかと聞かれれば、答えてあげるが世の情け。
(ムサシ・こじろうという、ポケモンの冗談をいれてみました)
閑話休題。

まずは、父の生きる目的です。
父とは、じっくりと話すことが増え、付随する生きる目的が分かってきました。
おそらくそれは「自営業をして工作物を創ること」でしょう。
残念ながら、それが達成されることはありませんでした。
しかし、全てが達成されていないわけではなく、工作物はしています。いまは、農作物ですが……
時代の流れで、安牌をとり、高校を卒業して、企業に勤めるようになり、いまでは父の勤めている会社は大手企業です。
時代も時代で、大量生産大量消費社会です。そのために、機械的な人間が必要だったのでしょう。
大手企業の恩恵をうけ、わたしは小さい頃からお金に不自由なく生活ができています。
これも、感謝しかありません。
個人でやっていたら、どうなっていたかはわかりませんが、少なからずの波はいま以上にあったでしょう。
だから、わたしが引き継いで自営業をし、工作物ではありませんが、農作物をしています。
その農作物も、なるべく體に善いもの。
自然のものを心がけていますが、世間はいまも少数派を許容する機会はすくないです。
つまり、農薬や除草剤で雑草の処理を余儀なくされるために、畑や田んぼに雑草が生えていては「NG」なのです。
印象というものは、「一」つの結晶でしょう。
分解されて、結合し、また新たな「一」となる。そんな日がくることでしょう。
少数派のわたしは、その世間の許容のギリギリのラインを知り、自然のものを心がけるようになりました。
つまり、印象で「NG」ではなく「OK」の合格ラインを知ればいいのです。
それには、行動が必要です。
言葉でいくら言っても、人は現象の結果でその人を決めつけるのです。
目に見えないものを大切にする人にとっては、くだらないことです。
が、それが味わえるのも人生の仕事の「一」つでしょう。
もちろん、このやり方ですと、大量に収穫できません。
そのうえ、見た目や美味しさでは大衆の大手企業に遠く及びません。
しかし、それでいいのです。
自分が食べる分と出会った個人に渡せば、事は足りるのです。
これが、おそらく大きな「鍵」になることを、わたしは知っているのです。
ただ、農作物もいきなりやってできるわけがなく、ラクダのようにゆっくりと歩み続けることが必要だったのです。
その「鍵」が、わたしに抜けていました。
そのため、金銭的に追い込まれてしまったのです。
そのときに親と訴訟を起こし「借金が返せないなら、絶縁だ」と言われました。
わたしは、頭を下げ謝っても一度言い出したことは、どうしようもできません。
父よりも、癇癪持ちのお母さんのほうが、その社会一般の「ブランド力=善」という傾向が強くあります。
母は、わたしを失敗者のように冷たい目で、不敵な笑みを浮かべます。
人を蔑むことで、自分を保っていられる一面がずっとあるのです。
希望を失った人の現象はいつも同じです。
その現象は「誰かのせい」にするのです。
「誰かのせいにしない」と我を保てないのです。
そんなお母さんの生きる目的は、おそらく「作家」でしょう。
作家になるために「暗記力があれば、大学に入っていれば」と思い込み、小さい頃から、音読の練習をわたしに毎日課していたことを思い出します。
そんなお母さん自身も英語の資格をとり、流行りのミステリーの本を読んでいました。
努力をし、作家になりたかったはずの行動目的が「資格や本を読むこと」のツールとなり、それが目的となってしまったのです。
その結果「あの作家は、ここがダメなのよ。あなたは、ここがダメなのよ。わたしの教育がダメだったのよ。ここの文章がおかしいのよ」となりふりかまわず全てを批評し、人を蔑むことで、自分の生きる目的から目を離し、絶たれてしまったのです。
その結果、消極的なニヒリズムがお母さんに取り憑いているのです。
その報いは、自分で受けています。
苦しみとして、認知症になり、エゴに取り憑かれ、朽ちていき、不眠症になり、土と成り、いつか訪れるそのチャンスの機会を待つしかないのかもしれません。
つまり、わたしよりも苦しんでいるのは、お母さん自身なのです。
ラクダよりも、忍耐力のいる区切りとなるでしょう。

さて、哲学的な重たい話になってしまいましたが、いまも朝が来ました。
「お母さん、今日の体調はどう?」
「交通事故で、あの人が悪いのよ。大変。事故に気をつけなきゃ。これが危ないわ」
と、いまでは、本を手から離したお母さんは、テレビと一体になる時間が増えています。
わたしから見ると、3年前のニュースと、いまのニュースの違いがわかりません。
3年前のドラマと、いまのドラマの違いもわかりません。
ふと、振り返ると、この箱と一体になっている具合が、認知症の度合いを測るバロメーターなのかもしれません。
かつての父も、日曜日はずっと家でテレビを見ていた記憶がありますが、百姓をやるようになって、テレビと一体になる頻度が減ってから、父は機嫌がいいです。
わたしの身近の百姓も手を動かすおかげで、90歳になっても畑仕事をします。
これはテレビだけでなく、スマホやパソコンに移行しているのかもしません。
そんなことを考えていると、いまもお母さんがボソリと呟きました。
「何時には、あれを見て、何時の録画の再放送を見て、やることがいっぱいなのよ。ああ、今日も忙しいわ」
これが、口癖のひとつです。
「忙しい」は心を亡くす言葉。
そして「あんたはいいわね。若くて、幸せそうで」と、何度も繰り返し呟いています。
お母さんのなかに、嫉妬も混じっているようです。
誰もが、いま以上に若いときはないにも関わらず、年をとって誰かのせいにして朽ちていくのです。
いまのお母さんが、わたしを息子と認識しているかは不明ですが、それでも産んでくれたお母さんです。
わたしは、お母さんの出来なかった「作家活動」もして、父の出来なかった「百姓で自営業」もし、両親のできなかったことを引き継いでやっていきます。
たった、5年。人生の内のたった5年です。
ラクダのように忍耐強く生きる時間が必要だったのです。
ふと庭に出ると、甘い蜂蜜の匂いが庭を賑わし、ポットにハーブの芽がたくさん顔を出しています。
カモミールに、チャイブに、バジルに、ボリジに、ラベンダーに、お母さんの日に鉢植えして、この文章とともに贈ろうと思います。

「わたしをここまで育ててくれて感謝しています。そして、産んでくれてありがとう。お母さんの子で良かったよ」

お母さんへ わたしより 2024/05/25



あとがき
この物語はフィクションです。
すこしばかり、わたしの実体験と照らし合わせながら、親子関係を記しました。
しかし、嘘があります。
実際のところ、母は認知症になっていません。
農作物は、父も応援してくれるようになり、お母さんも元気でいまのところいます。
バカ息子の散文であり、お金に追い込まれ、親離れできていない自分もいるのでしょう。
つまり、自分を綺麗にみせている散文でもあるわけです。
いまは、それでいい。
その自覚は、少なからずありますが、一歩一歩と神を殺せばいいのです。
わたしは作物を栽培して、文章を綴る。
そして、両親の體に善いものを贈ります。
そうすれば、テレビと一体にならない未来もあるはずです。
それに、翻訳家や作家になる仕事を達成する可能性も、まだ、お母さん自身に残っています。
端的に「ぱっ」とみると、お母さんは、わたしを悪魔に取り憑かれた異端者に思い「バカ息子」と思うかもしれません。
が、ときに苦渋を与え、神を殺す必要もあるのです。
だれもが、人といるときは怒っている姿より笑っている姿がいいですよね。
そんな簡単なことを忘却してしまうのです。
そのために、ときに孤独の「一」となることで、想起できるのです。
ただ、両親をみている限り、ワクチンの免疫不全は目に見える形で現れだしているのも事実です。
身近な人になればなるほど、喉の痛みをはじめ体調不良をみると、なんともやるせない気持ちになります。
淡い両親の中の免疫に期待をし、ハーブと文章をプレゼントします。
実は、後悔も無いのですが、いまは「予め」こう記しておきましょう。
「わたしをここまで育ててくれて感謝しています。そして、産んでくれてありがとう。お母さんとお父さんの子で良かったよ。両親のやりたかったことを引き継いで元気にやっているからね。いつまでも元気でね。」

お母さんへ わたしより 2024/05/30

読者のみなさん「ごめんなさい」
両親へのギフトをお見せすることになりました。

あのときのお母さんへ

執筆の狙い

作者 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
ai158181.dynamic.ppp.asahi-net.or.jp

「15日と30日は、このサイトで投稿とする」と、決めてから早くも「3ヶ月(くらいかな?)」が立ちました。問題作を数多く上げて来ましたが、こんかいはものすごく身近な人「両親」に書いてみました。もう少し完成度を上げ「両親」にギフトしたいために、添削いただければ幸いです。

コメント

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタさん

読ませていただきました。
この作品、冒頭で読者に向かって語っていて、
小説の書き方として、こういう読者との対話型作品という書き方は、
あるにはあるのですが、やや難しい面もあります。
というのも、この作品は、読者に向かって語る作品かと思いきや、
この文章は母に贈るとのことですね。(✕送る ◯贈る)
この段階で、作品を語る方向が二方向になってしまっています。

ラストも同様です。
読者に向かって語る部分と、母に向かって語る部分と、両方あるので、
それはそれでいいとは思うのですが、作品の方向性が曖昧になっている印象がありました。

さて、母に贈る言葉ということで、どういう内容なのかな、
と思って読み進めてみると……
母についての紹介が延々と続き、母に贈ると言っておきながら、
読者に向かって説明する内容になっています。
例えば、

>どうやら、わたしを息子と認識せず、だれかに懺悔しているようです。
>罪悪感のある日は、お母さんの体調が良い日です。

これは、母に贈る言葉ではないですよね。
読者に対して母を説明していますよね。

ということは、第三者に向かって母について、介護の苦労について
説明している文章を母に贈りたい、ということなのでしょうか?

で、さらに読み進めていくと、

>認知症になる前のお母さんに、しっかりとここで綴りたいのです。

ここでやっと、母への贈る言葉の場面になります。
であれば、この文章は、読者に向かって母を説明するパートと、
認知症になる前の母に向かって言いたいことを言うパートとに分かれていることになりますので、その点を明確にすると、なおよかったように思います。

>その綴りたいことは、たったこれだけです。
>「わたしをここまで育ててくれて感謝しています。そして、産んでくれてありがとう。お母さんの子で良かったよ。お母さんのやりたかったことを引き継ぎやっているからね」
>また、わたしのように後悔したくない人は、いますぐに両親に「感謝を伝えてほしい」のです。

すぐに、読者に向けての文章に戻っていますね。
となると、やはりこの文章は母に贈るというよりは読者に向けての文章という感じが強い気がします。

>お母さんへ わたしより 2024/05/19

これは、どこからどこまでなのでしょうか?
大半が読者に向けての文章になっていますが、それを含んでの「お母さんへ」なのか、
それとも、「」の中に入っている

>「わたしを育ててくれて感謝しているよ。また、産んでくれてありがとう。お母さんの子で良かったよ」

この文章のみを指したものでしょうか?


後半部分ですが、

>そのときに親と訴訟を起こし「借金が返せないなら、絶縁だ」と言われました。

親と ではなくて、
親が訴訟を起こし
ですよね?

>いまも朝が来ました。

今日も朝が来ました。
の方がいいかな。

>お母さんへ わたしより 2024/05/25

ここで贈った文章は、直前の、

>「わたしをここまで育ててくれて感謝しています。そして、産んでくれてありがとう。お母さんの子で良かったよ」

の文章にプラスして、庭の花ということでよいですか?

あと、気になったのが、

>あとがき

の中に、

>「わたしをここまで育ててくれて感謝しています。そして、産んでくれてありがとう。お母さんとお父さんの子で良かったよ。両親のやりたかったことを引き継いで元気にやっているからね。いつまでも元気でね。」
>お母さんへ わたしより 2024/05/30

が入っているのですが、あとがきなのに、作品の一部分のような感じになっていて、あまりあとがきという感じがしませんでした。

あとがきのあとに、

>読者のみなさん「ごめんなさい」
>両親へのギフトをお見せすることになりました。

がありますが、あとがきのあとがき、みたいになっています。
あと、なぜ読者に謝っているのか、よくわかりません。
謝るとしたら、母へ、ではないですか?
あとがきですので、ここは、
両親へのギフトといった私信に近い作品を読んでくれたことへのお礼でよいように思います。

では、ここで執筆の狙いに戻ってみたいと思います。

>もう少し完成度を上げ「両親」にギフトしたいために

ということは、冒頭やラストの、読者に向けての文章は削除してから贈る、ということでしょうか?

作品として贈るとなると、この作品に書いてあることがどこまで事実なのか私にはわからないのですが、認知症ではないお母さんが、認知症になった設定の物語をギフトする、ということでしょうか?
う~ん……
私の感覚としては、この作品は親へのギフトという感じはしません。
あるいは、「」の中の言葉だけを贈るのでしょうか?
それなら、ギフトとして大いにアリだと思いますが。

ということで、作品全体の方向性がよくわからなかったので、このようなコメントになってしまいましたが、
作品を読ませていただき、ありがとうございました。

fj168.net112140023.thn.ne.jp

拝読しました。

>この物語はフィクションです。
>実際のところ、母は認知症になっていません。

でしょうね。

認知症の家族を持つ「リアルな感情」が語られていませんでしたから、それを聞いて安心しました。

ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
115-179-108-37.aichi.fdn.vectant.ne.jp

神楽堂さま

読んでいただきありがとうございます。

<作品の方向性が曖昧になっている印象がありました。
→はっとしました。
いま読み返してみると、読者と母親への問いかけが、自分のなかで混ざりあっていますね。
母親と読者への迷いがあることが分かりました。
そのために、方向性が定まらない優柔不断な作品になっているようです。
これは、すべて書き直したほうが手っ取り早そうですね。
A:読者向けの母
B:母親へ送った手紙
この2つに分けて進めていくことで可能性が生まれる作品ですね。

ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
115-179-108-37.aichi.fdn.vectant.ne.jp

凪さま

読んでいただきありがとうございます。
<認知症の家族を持つ「リアルな感情」が語られていませんでしたから、それを聞いて安心しました。
→祖母が認知症で、母も最近ボケだしたので綴っておきたかったのです。
また、周りにも親子関係で喧嘩や訴訟をする人がいるために、「なにか出来ないものか」と、綴ったのですが、読者と母親の境界がなく、曖昧模糊になってしまいました。

A:読者向けの母
B:母親へ送った手紙

この2つを軸にもう一度、再構成してみます。

fj168.net112140023.thn.ne.jp

再構築するのであれば、認知症について更に勉強すると良いでしょう。

>現在、60歳を迎えたお母さんは、わたしのことを息子と認識しない日々が続いています。
つまり、軽度の認知症です。

この場合、お母さんは「若年性の認知症」になります。しかも、既に息子のことを忘れているので「軽度」ではありません。
若年性認知症の家族を介護する場合、厄介なのは若いだけに身体が元気だということです。また、認知症の種類にもよりますが、この内容ですと進行が早いように伺えます。……etc

と、いうことで執筆頑張って下さい。

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