作家でごはん!鍛練場
飼い猫ちゃりりん

清き大罪

 序章

 今思えば、あの日が人生の分岐点だったのだ。
 午前5時30分。駐車場はまだ冷気に包まれていた。私たち捜査員は、当直員にさえ気づかれないよう、ひっそりと署を出発した。密告を警戒する癖が染みついているのだ。
 私が捜査用車を運転し、助手席に先輩の巡査部長、後部座席に係長(警部補)と、もう一人の巡査部長が乗り込んだ。
 湾岸道路から望む景色は美しかった。空は透き通り、海が朝日に輝いていた。
 しかし、私の心はどんよりと曇っていた。この任務は正義に反しないかという疑念が渦巻いていたからだ。
 バックミラーに映る係長の顔を見たら、ついに我慢しきれなくなった。
「係長、どう考えても変ですよ。この程度の選挙違反で逮捕なんて」
「余計なことを考えるな。運転に集中しろ」
「でも」
「いい加減にしろ! 命令なんだから仕方ないだろ!」
 助手席の先輩は咳払いをすると、腕を組んで窓の外を眺めた。「抑えろ」と言っているのだ。
 それは、どこにでもある些細な選挙違反だった。しかし捜査本部では、どんな微罪でも立件する方針が決まっていた。
 キャリアの偉いさんが、天下り先の意向を忖度し、オヤジ(署長)に指示をしたからだ。その天下り先の会長の息子を当選させるため、対立候補を弱体化させることが逮捕の目的だった。
 私は刑事ドラマに憧れて警察官になり、初任科を卒業後、四年の交番勤務を経て刑事課に配属された。
 しかし、刑事という仕事はドラマとは違った。刑事でやっていくには、ときに良心に背かなければならなかった。

 被疑者の家は閑静な住宅街にあった。
 私は捜査用車を塀の横にとめると、駐車禁止除外車証をダッシュボードに置いた。
 係長が「行くぞ」と言うと全員が車から降り立ち、革靴の音を響かせながら玄関に向かった。
 呼び鈴を鳴らしても応答がない。だが係長がドアを強く叩くと、「どなたですか?」と女の子の声が聞こえた。
「警察です。お父さんはいますか?」
 しばらくするとドアが開き、パジャマ姿の被疑者が顔を出した。
「なんの御用ですか?」
「あなたを逮捕します」
「私が何をしたと言うのですか!」
 係長は逮捕令状を突きつけた。
 彼に罪の意識はなかった。当たり前だ。たかがティッシュを配ったり、ポスターの位置がずれていただけで、誰が罪だなんて思うだろうか。
 被疑者の娘が私の脚にすがりついて泣きじゃくった。
「パパを連れて行かないで!」
 茫然自失となった妻は玄関にしゃがみ込み、その様子を近所の住民が窓越しに見ていた。
 脚にすがりつく娘に、「パパはすぐ戻るから」と言うと、彼女は「本当に?」と言って私の目を見つめた。私がうなずくと、彼女は涙をふいて脚を離してくれた。
「なにやってんだ! 早く車に乗せろ!」と係長に怒鳴られた私は、被疑者を先輩に預けて運転席に乗り込んだ。

 その年の冬、その先輩と署で当直をした。
 古びた石油ストーブがヤカンを沸騰させていた。私たちはカップラーメンを食べながら愚痴をこぼしていたのだ。
 先輩は残り汁を飲むと、ふうと息を吐き、私に言った。
「イブに当直なんてついてないぜ。どうせ若い奴らは、彼女と晩飯でも食ってんだろ。こっちはカップラーメンだってのによ」
「自分は彼女いないから、へっちゃらですよ」
「お前、何歳になったんだ?」
「二十八ですけど、なんでですか?」
「結婚する気あんのか?」
「ありますよ! でも彼女できなくて」
「まあ、結婚すりゃ幸せになるってわけでもないけどな」
「そうですか?」
「ところで、知っているか? あの綺麗な奥さん、睡眠薬を飲んで搬送されたそうだ。命に別状はなかったそうだけどな」
「綺麗な奥さん?」
「選挙違反の被疑者の奥さんだよ」
「本当ですか!」
「あんな屁みたいな選挙違反で実刑だぜ。俺たちがカスみたいな余罪をかき集めたからな。俺もあの逮捕には抵抗があった。でも上に逆らえば昇任も無くなるしな。あの女の子、今どうしてるのかな……」

 当直明けの朝、私は被疑者の家を訪ねた。
 塀に『犯罪者』とスプレーで落書きがあり、呼び鈴を押しても反応はなかった。新聞受けはチラシや請求書であふれ、その中には住宅金融公庫からの督促状も見えた。
 刑事を続ける気が失せた私は、新年早々、交番への配置換えを希望した。普通は春の定期異動で配置換えなのに、私は即日交番勤務を命ぜられた。

 第二章

 交番へ配置換えとなった年の秋のことである。私は当番勤務を終えると、その足でとある渓谷に向かった。森林の香りが心を癒してくれるから、非番日はよく訪れていた。
 そこは紅葉の中を走るトロッコ電車が有名で、土日は大勢の親子連れでにぎわった。
 私は老朽化した無人駅でトロッコ電車を待っていた。
 五十年前のダム建設の名残である無人駅は、改修工事の真っ最中だったが、その日は休日なので作業はしていなかった。
 レールはまだ古いままで、高く積まれた新品のレールが、工事現場の隅で輝いていた。
 駅のホームから渓谷を見渡すと、紅葉が艶やかで、澄んだ空気が心を癒してくれた。
 しかし、幸せな家庭を破壊した罪の意識は、心の隅に暗い影を落としていた。
 そのとき、子供の笑い声が響き渡った。ホームを見渡すと、笑顔で駆けまわる娘を、母親が「危ないわよ!」と叱っていた。なんとも幸せな光景だった。

 そのとき、ガタンゴトンという音が微かに聞こえた。
 休日だから親子連れで満員だろうと思いながら遠くを眺めていたが、振り返ると、先ほどの親子の姿が忽然と消えていてた。
 すると「助けてください!」と叫び声が聞こえた。
 ホームの下をのぞき込むと、先ほどの娘が、顔面蒼白で線路の真ん中にしゃがみ込んでおり、母親が必死に彼女を抱き上げようとしていた。
「どうしたんですか!」と叫ぶと、母親は「脚が抜けないんです!」と叫んだ。
 娘の脚が工事中の凹にハマり込み、太ももまで埋まっていた。だが電車の音が刻々と近づいていた。
「もう時間がない……」
 ホームから飛び降り、凹の隙間から奥を覗き込むと、ブロックから突き出た針金が、娘のふくらはぎを貫いていた。
「やばい! もう電車が見える!」
 ホームの端に非常停止ボタンがあった。駆け寄って押してみたが反応がない。
「いい加減な工事するな馬鹿野郎!」
 少し離れた場所に赤く錆びついた機械が見えた。ダルマ転轍機と呼ばれる旧式の線路の分岐器が、まだ撤去されていなかったのだ。
 慌てて駆けより、レバーに手を掛けたが南京錠で固定されていた。でも、その錠前に軽く触れると、それはポトリと地面に落ちた。
 しかし、再びレバーに手を掛けて気づいたのだ。
 線路は分岐点から少し行ったところで途切れ、そこから深い峡谷になっていることに。
 トロッコ電車はもう間近に迫り、何度も警笛を鳴らした。娘は意識を失っていた。私はもう彼女は助からないと判断し、母親に叫んだ。
「避難してください! お願いです! 逃げてください!」
 すると母親と視線が重なった。
 彼女は泣きながら私に首を振ると、娘を抱きしめて、その場にうずくまったのだ。

 これは悪夢だ。俺はもう何もできない。この場から逃げ去りたい……

 次の瞬間、私の右腕がレバーを引いた。分岐器は滑らかに駆動し、線路がカシャンと音をたてて切り替わった。
 列車は急制動を掛けたが距離が短すぎた。車輪が火花をあげたが速度は落ちず、列車が次々と落下していった。
「ドーン!」という大きな音が響き渡った。崖の縁から下をのぞくと、列車が大蛇のように横たわっていた。
 木の根につかまって崖を下り、谷底に降り立つと、列車は紙箱のようにひしゃげていた。
「誰か! 返事をしてください!」
 静寂に包まれた渓谷に、私の声が虚しく響き渡った。
「なんてことをしてしまったんだ……」
 私はがっくりと地面に崩れ落ちた。
 すると、「お母さん……」と少年の声が聞こえた。振り向くと、ゆがんだ窓枠から細い腕が出ていた。
 つぶれた車両によじ登ってその腕をつかみ、少年を引っ張り上げた。だが、まだその下に大人の男性と小さな男の子が倒れていた。しかし、息をしているようには見えなかった。
 私は少年に呼びかけた。
「おい! しっかりしろ!」
「お母さん……」
 少年は息絶えた。
「頼む! 死なないでくれ!」
 私は少年の亡骸を抱きしめ、狂ったように泣き叫んだ。
 しばらくして、鳴り響くプロペラの音に気づいた。見上げると赤いヘリが頭上を旋回していた。

 最終章

 【刑法第37条・緊急避難】
 やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が、避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り罰しない。

 法廷は異様な空気に包まれ、私は遺族の視線を背中に感じていた。
 冒頭陳述が終わると検察官が立ち上がり、私への質問を始めた。
「あなたは警察官であり、刑事の経験がありますね?」
「はい」
「あなたは一人の警官として、いや一人の人間として、命の重さについて、普段どのように考えてますか?」
「人命は何よりも尊いものです。それを忘れたことはありません」
「あなたは精神疾患を持っていますか?」
「職務に疑問を感じ、悩んでいました」
「精神疾患を聞いている!」
「ありません」
「では、2と166では、どちらが大きいですか?」
「166です」
「そうですね。では、2人の命と166人の命では、どちらが重いですか?」
 私は言葉が出なかった。
「答えて下さい!」
「166人です」
「そうです。列車には無辜の166人が乗っていました。あなたは多くの乗客が乗っていることを予見できましたか?」
「はい。休日なので」
「状況を理解しているのに、なぜ列車の進路を変えたのですか?」
「親子を助けたくて」
「あなたは緊急避難の意味を知っていますか?」
「はい。知っています」
「そうですね。刑事経験があるのに、知らないはずがない。つまり、あなたは、被害を最小にするべきだった。なのに被害を最大にした。それも故意に」
 法廷に遺族の怒号が響き渡り、検察官は語気を強めた。
「被告人は、沢山の家族が乗っていることを知っていた。なのに無責任な判断で、166人もの命を奪ったのです!」
 検察官は、どうだと言わんばかりに法廷を見渡した。
「情状酌量の余地はあるでしょう。救助隊のヘリが到着したとき、彼は少年の遺体を抱きしめて泣いていた。しかし、美しく見えるその行為も、他の被害者の救助を怠ったのだから、冷酷な所業と言うしかない。よって、被告人に厳罰を科すは当然のことなのです」
 すると弁護人が声を上げた。
「異議あり! 被告人はパニック状態にあり、正常な判断は不可能だった!」

 検察官は証人への質問を要求し、裁判長が許可すると、若い警察官が証言台に立った。
 検察官は彼に質問をした。
「あなたは被告人と一緒に勤務していましたね?」
「はい」
 私は不可解でならなかった。確かに彼とは一緒に勤務をしていたが、彼は他の係の新米刑事で、ほとんど喋ったこともなかった。本来なら、私と同じ係の者が、証言台に立つべきだろう。
 検察官はその若者に質問を続けた。
「被告人の勤務態度について聞かせてください」
「はい。被告人は自分の意見を優先するあまり、チームワークを乱すことがよくありました」
 私は取調べの経験から分かるのだ。それは言わされている喋り方だった。
 検察官は続けた。
「彼の証言を裏付ける資料がここにあります」
 検察官はA4の冊子を高く掲げた。
「これは被告人の人事記録です。ここには、被告人は自分勝手な正義感を優先するあまり、組織に迷惑を掛けることが度々あったと記載されています。つまり被告人は、常習的に自分勝手な正義感に酔い、全体の利益を踏みにじっていたのです」
 また法廷に怒号が響いた。
「あの子を返して!」
「妻と娘を返せ!」
「人殺し!」
 裁判長が「静粛に!」とそれを制すると、女性のすすり泣く声が聞こえた。
 振り返ると、私が助けた親子が席に座っていた。母が娘を抱きしめて泣いていたのだ。あのときのように。
 すると、ある思いが頭をよぎった。
「もし、あの瞬間に戻れるとしたら、俺はあの親子を、見捨てることができるだろうか?」

 遺族の代表である女性が証言台に立ち、意見陳述を始めた。彼女の悲しみは計り知れず、私はその全てを受け止めねばならなかった。
「私の家族は、あの男に殺されました。彼は二人の命のためと言ってますが、私の二人の息子と夫の命は、あの親子の命より軽いと言うのですか? 私と同じように苦しんでいる人が大勢います。みんな、あの男のせいです。裁判官並びに裁判員の方々に申し上げます。私たち遺族は、厳罰を強く望んでいます」

 その意見陳述が終わると、法廷の空気が一変した。
 次に呼ばれたのは、私が助けた母親だった。彼女が重い足取りで証言台に向かうと、静まり返った法廷に、足音が小さく響いた。
 彼女はしばらく言葉を失っていた。しかし、目を閉じて深い息を繰り返すと、震える声で話し始めた。
「私の娘のために、多くの命を犠牲にして良いとは思いません。でも私は、娘に生きていて欲しかった。娘がまだ私のお腹にいるとき、夫を交通事故で亡くしました。だから娘には、人生を全うして欲しいと、いつも思っていました。被告人が私に避難を呼びかけると、私は娘を抱きしめたまま、彼に目で訴えました。娘を助けて欲しいと。この悲しい出来事は、すべて私のせいです。処罰は私が受けるべきなのです」
 彼女はその場で泣き崩れた。

 裁判長が「被告人は何か述べることがありますか?」と言うと、また法廷に怒号が響いた。
「遺族に謝罪しろ!」
「こっちを向け!」
「頭を下げろ!」
 私は後ろを向き、遺族たちに深々と頭を下げた。そして向き直ると、裁判長に言った。
「裁判長。私は……」
「どうぞ、続けてください」
「私は、もしあの瞬間に戻れたとしても、またあの親子を救います」
 法廷が静まり返った。
「被告人。自分が何を言っているか分かっていますか?」
 すると弁護人が声を上げた。
「裁判長! 彼は正常な精神状態ではありません!」
 裁判長は私に問うた。
「被告人は、二度とあのような事件を起こさないと約束できますか?」
「………」
「被告人。答えてください」
 私は裁判長の目をまっすぐに見つめた。
「私は、もしあの瞬間に戻れたとしても、またあの親子を救います。いくら反省しても、この思いが変わることはありません」

 懲役六年の実刑が下された。
 そして今日が、刑務所で迎える最後のクリスマス。午後一時から教誨師の説教が始まり、それが終わると、多くの囚人が家族と面会をする。私にも面会者が訪れる予定だ。
 彼女たちは、ずっと前から面会を増やしたいと言っていたが、生命犯は面会が少なく制限されている。
 私は手紙で十分だからと言っていたが、彼女たちは、クリスマスは必ず会いに行くと言って聞かなかった。

「865番。面会の時間だ」
「はい」
 面会室に入ると、アクリル板の向こうに二人がいた。
「二人とも元気そうだね」
「ええ。あなたも体に気をつけてください。風邪が流行ってますから」
「おじさん。あと少しだから頑張ってね。ここを出たら、三人で暮らそうね」
「お母さんたち婚約してるんだから、もう、お父さんでいいのよ」
「本当に自分でいいの?」
「きっと、あの人も天国で喜んでいるわ」
「おじさんなら、お父さんも絶対にいいって言うから」
「この子ったら、またおじさんなんて言って」
 三人で声を出して笑った。
「865番。そろそろ時間だ」
 アクリル板越しに、二人と手を合わせた。幸せだった。

 終わり

清き大罪

執筆の狙い

作者 飼い猫ちゃりりん
sp1-75-246-146.msb.spmode.ne.jp

6300字の推敲作品です。よろしくお願いします。

※以前、改稿前の作品「分岐点」を投稿したとき、「トロッコ問題」の盗作だと非難されました。
飼い猫は、「猿の惑星」が相対性理論を盗作しているとは思えないので、この作品も盗作に当たらないと思っていました。
でも念のため、自称「専門家」の方にネット上で作品を読んでもらい、聞いて見ました。
結論から言うと、盗作には当たらないということでした。
彼によると、「トロッコ問題」はあまりにも有名で、すでに公共的領域にあるため、盗作には当たらないとのことでした。
ただ「あまりにも有名」でも、実際は知らない人もいる。だから一言言ったほうが良いという考え方もあると思います。
ご承知の通り、「トロッコ問題」は1967年に提唱された倫理的思考実験です。
マイケル・サンデル先生の授業がYouTubeで見れます。あんな講義を、ハーバード大の学生が真剣に聞いているんですね。

コメント

神楽堂
p3339011-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

>飼い猫ちゃりりんさん

読ませていただきました。
「トロッコ問題」は、私も昔、関心があっていろいろ調べたことがあります。
トロッコ問題そのままに近いようなお話になっていますので、その件について読者からの批判を低減するためには、主人公に、

(例)
まさか、あの「トロッコ問題」が本当に目の前で起こるなんて……学生の時は「トロッコ問題」は机上の空論として考えていたが、今や私は「トロッコ問題」の当事者となってしまったとは……。

みたいにつぶやかせてみるのもよいように思います。

中身の感想

>懲役六年の実刑が下された。

とのことですが、なんという罪で処罰されているのでしょうか?
有罪の候補として考えられるのが、
【殺人罪】
【保護責任者遺棄罪】
無罪の候補となるのが、
【緊急避難】
となるでしょう。

この物語での裁判では、【緊急避難】は適用されず、
(あるいは情状酌量されたのかもしれませんが本文中に記載はないですね)
実刑での有罪判決となっています。
罪名が知りたいです。

弁護側は、刑法39条に基づいて
>正常な判断は不可能だった!
と発言していますが、弁護側が「責任能力なし」を主張する記述が他にないですし、
そもそもこの点を主張するのであれば、精神科医の診断書等を証拠として提出しているはずです。
が、そのような流れでもないですね。

で、ですね、「責任能力」の有無で無罪や減刑を求めるのは、実際のところ難しいんですよね。それを立証しないといけないので。
なので、この裁判での弁護の方針としては「情状酌量」を求めていくのが普通かな、と思いました。
つまりは、殺人罪だけど、被告人は親子の命を救う意思があったのだから罪を軽減してください、と弁護するのが普通かなと。
しかし、この作品では弁護の方針が明確ではないんですよね。
その点が惜しいと思いました。


次に検察側の方針ですが、
【保護責任者遺棄罪】これでの立件は難しいですよね。
なぜって、被告人は線路の管理者ではないのですから。
となると、
【殺人罪】の適用を検察側が求める、というのが普通の流れかなと。

検察側の主張
>あなたは、被害を最小にするべきだった。なのに被害を最大にした。それも故意に

>被害を最小にするべき

これは弁護側に突っ込まれますよ。
被告人はトロッコの管理者ではないのですから。
被告人には被害を最小にする責任は「ない」です。
論点はそこじゃないんですよね。

管理者ではないにも関わらず、レバーを操作した。
これには「違法性」があります。
また、操作すれば人が死ぬということが予めわかっていたので、
「故意」ということになります。

トロッコ問題では、レバーを操作しなかった場合に「不作為」による犯罪、つまり、「何もしなかったという罪」が適応されるかどうかが論点になりがちです。
一方、この物語では、被告人は自分でレバーを操作してしまっていますので、「不作為」うんぬんの議論にはなりません。


さてさて、【犯罪】として認められるには、次の三つの要件を満たす必要があります。
1:構成要件該当性
2:違法性
3:有責性

1から見ていきましょう。
殺人罪の「構成要件」は次の4つです。
①実行行為(人を死亡させる現実的危険のある行為)
②結果(人の死亡)
③因果関係(実行行為と結果との間の原因・結果の関係)
④構成要件的故意

このお話の例では、4つすべて該当しています。
つまり、殺人罪の構成要件を満たしています。

次に違法性ですが、
【刑法199条】人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

人を殺す行為は違法なので、該当します。

最後、有責性ですが、
レバーを直接操作していますので、前述の通り「故意」となり、有責性はあります。

検察側はこういった点を中心に有罪を主張すべきですし、
裁判官の判決も、懲役6年の実刑判決とのことですから
このような理由で有罪とし、このような酌量の余地があった、と判決文で述べるシーンを作品に入れてほしかったな、というのが私の正直な感想です。
親子を救うという目的で他の乗客を殺していますので、ただ単に殺したのとは違います。
ですから、検察側の求刑の場面も入れつつ、判決での情状酌量がどの程度なのか、つまりは、この親子を救った価値はどの程度だったのかを、ぜひ作品中に書いてほしかったなと思いました。
作品中の「懲役6年」は、情状酌量されて6年、ということでよろしいのですか?
それとも、情状酌量の余地なく、6年なのですか。
酌量の余地なし、なんてことはないとは思いますが、情状酌量については本文に書いて欲しかったです。


と、いろいろ書いてしまいましたが、
「トロッコ問題」は私もとても関心がありますし、
裁判にも関心がありますので、興味深い作品でした。

読ませていただきありがとうございました。

飼い猫ちゃりりん
sp1-75-247-52.msb.spmode.ne.jp

神楽堂様
お読みいただき嬉しく思います。
法律論については、正直そこまで精査して書いていません。しかし、長編の法廷ドラマにするなら、もっと法律論を精査する必要があります。いや、本来は、短編でも法律的リアリティーを追求するべきですね。

「学生のころ読んだ『トロッコ問題』が現実になるなんて……」
これは良いアイディアだと思います。
法律的に盗作にならなくても、読者が盗作だと思ってしまえば、その読者にとっては盗作です。
盗作とオマージュの違いも微妙で、元の作品に敬意を示す意味で、オマージュする事はよくあることです。でも、センスの悪いオマージュは、元の作者から盗作と思われる危険もあります。
作品中に明確に「トロッコ問題」と言う言葉を挿入すれば、誤解を生まないし、オマージュとも言えるでしょう。

西山鷹志
softbank126077101161.bbtec.net

拝読いたしました。

難しい問題ですね。
目の前の人間を助けるか、それによって他の大勢の人が危険を伴う
この時点で後先を考える余裕があったのか?
しかし自分が行動をしないと目の前の人間は死ぬ。
警官として見過ごし事はできない、その心理もわかります。
勿論、罪は受けなければならない。それを覚悟の行動。
もう一つの問題として非常停止ボタンの故障。
これはトロッコ会社も責任があります。
6年の刑をトロッコ会社の責任を差し引き刑4年の短縮で手を打ちましょう(笑)
お疲れ様でした

飼い猫ちゃりりん
118-106-65-206.dz.commufa.jp

西山鷹志さま
お読みいただき嬉しく思います。
まぁ、いわゆるトロッコ問題ですが、実際に直面したとき、人はどう行動できるのか、わかりませんね?
現実にそのような危機的な場面に直面したら、おそらく大学の講義なんて何の役にも立たないでしょう。
ありがとうございました。

雛詩
KD106133052175.au-net.ne.jp

 わたし如きが意見を述べるなど大変失礼であると存じ上げています。お見苦しければお返事は結構ですので、どうかご一読ください。
 改稿前の「分岐点」は未読なのですが、「トロッコ問題じゃないか」というご指摘を受けた、と。
 なるほど。

 わたしから言わせれば、これを盗作だと非難するのは言語道断です。実在する小説ならいざ知らず、思考実験に盗作もクソもないでしょうに。

 シュレディンガーの猫。世界五分前仮説。モンティ・ホール問題。ゼノンのパラドックス。シミュレーテッドリアリティ。テセウスの船。
 ざっと有名どころを列挙するとこんな物でしょうか。世の中の創作物にはこれらをモチーフ、またはテーマにした作品など腐るほど存在します。

 続いて、感想の方に。こちらの作品、大変面白かったです。トロッコ問題を主軸にした作品など、上記でも仰ったように探せばキリがないほど出てくるでしょう。

 では世に出回っているものと本作の違いとは何か。まず一つは、主人公の歪んだ正義。自分の信じたことは絶対に曲げない——くらいに一筋であればよかったものの、良くも悪くも彼は『人間』であった。
 もしも自身の正義を疑わない熱血マンであったのならば、政治家を排除するという理由だけで逮捕する命令が下された際、否が応でも反対したでしょう。

 しかし本作の彼はどうか。逮捕した上で冬を迎え、奥さんの噂話を耳にし、その上で逮捕者の家に向かって罪悪感に苛まれている。
 そこで退職でもすればまだ正義人としての格は保てたでしょうに。自身の生活を考えてか、彼は『配置換えの希望』で済ませている。

 いやぁ、素晴らしい。人間臭すぎる。確かに、警察や裁判の描写のリアリティには欠けるかもしれない。しかし、それらの描写を完璧にできる者など、それこそ本職の人か、長い時間と手間をかけて取材した人くらいでしょう。
 故に、作家を志すだけの者ならばこの描写に欠陥があって当然。これらのリアリティに欠けるという指摘は野暮というものです。

 では、欠けてはいけないものとは何か。それは人間の描写にあります。無論、それらはテーマによりましょう。しかし、本作の主題は『命の選択』です。主人公の人間性が何よりも必要だとわたしは思います。
 その上で言わせてもらうと、本作の主人公はあまりにも人間すぎる。この点にわたしは惹かれました。

 そして山場である、トロッコ問題のシーン。なぜ主人公はレバーを切り替えたのか? 答えは簡単です。
 見えている命と、そうでない命。序章から推察できる主人公の性格を考えれば、列車の中にいる『見えない命』よりも、目の前で間近に感じる、死に直面した『怯える命』とでは、後者を選択することなど明らかです。
 だが列車が墜落し、彼の中では『その他』でしかなかった命を、目の前で感じてしまった。この時の絶望は、正直なところ、想像したくもありません。この瞬間になって初めて、彼はその他大勢の命を犠牲にしたという罪を自覚したのだと思われます。

 そして最終章。裁判のシーン。裁判のリアリティは上記でも語ったように省略させていただきます。
 まず冒頭に、被害者遺族の声。次に自問自答。同じ選択をするかどうか——勿論答えは簡単です。正常な判断が行えていれば、百六十六人を救うべきだ。
 そして最後。自身が助けた、母親の言葉。
 推測するに、彼はまたしても逃げたのではないでしょうか。冒頭で既に『退職』という選択を取らず、あくまでも警察という職を確保しながら、その上で贖罪の形をとるべく、異動のみで済ませた描写はされています。彼の人間らしさ。それ故の心の弱さは示されている。
 本作では、その他大勢の声→自身が助けた命の声、という順番で記されている。即ち、逃げるための口実が丁寧にも最後に用意されているというわけです。
 百六十六人を自身のエゴで殺したとなれば、普通の人間ならばまともな精神状態を保てない。そして例に漏れず、彼も狂ったのでしょう。
 自身の正しさを示すための防衛本能。百六十六人を見殺しにしたという『失敗』を上書きするための『成功』を彼は欲した。
 自身のせいにしてくれと懇願する未亡人。いやぁ、泣かせるじゃありませんか。こんな女性を前にして心打たれない男などいるのでしょうか。
 彼女と、そして彼女が愛する娘を救えた。それでいいじゃないか。と、彼の中では自己完結されたのではないでしょうか? そして自身の行いが間違いではなく、『正しい』ものなのだと暗示した。
 罪から逃げるために。百六十六人の命から、目を逸らすために。
 これが彼の持つ、歪んだ正義の結果なのだとわたしは思います。だからこそ彼は、同じ選択を取ると断言した。

 その流れでエピローグ。助けた未亡人と婚約しているようですね。女性の目線に立てば納得です。
 娘を産む前に夫には先立たれ。そのまま父を知らない子供を女手一つで育て、そんな中で訪れた死神の悪戯から助けてくれた英雄。惚れるなという方が無理でしょう。更に百六十六人の命と引き換えに、罪を犯してまで助けてくれたとなれば尚更。
 対して、主人公の方はどうでしょうか。
裁判での、女性の言葉に心打たれた? 違うのではないか。と、私は否定します。
 これもおそらくは、彼の中にある防衛本能の一種なのでしょう。
 彼女を愛することで、『助けた』という行いに意味を持たせた。百六十六人を『見殺しにした』という罪に理由を付けた。
 一度目の失敗——序章での不当逮捕では、夫(政治家)は前科持ち。妻は自殺未遂(おそらく)。その娘の描写はありませんが、意図してのものだと予想します。
 常識的に考えれば、この家庭の娘が幸せに暮らしているわけがない。同じ予測を主人公もしたのではないでしょうか?
 序章の主人公の視点では、誰一人として幸せにはなっていないのです。だからこそ、彼はこの罪を背負い続けることになる。
 では、二章の場合は? 彼は百六十六人を間接的に殺したことになる。
 だが結果として、罪のない二人の親子を救ったという事実は変わりません。これが作中の主人公が、唯一報われている点ではないでしょうか。
 当直の翌日と面会日が同じクリスマス。序章と対になる構成、見事です。

 と、長々と失礼しました。解釈——基、妄想の垂れ流しになってしまいました。
 作者様の意図と合っているのか。はたまた、わたしの考えすぎなのか。答えは教えていただかなくても結構です。

 僭越ながら、このままご指摘に移させていただきます。
 文字数を極力減らしたいなどの理由がないのであれば、落ちた列車で亡くなる子供と「死なないで」と訴えかける主人公のシーン。
 それと、最終章での自問自答。女性が私の罪だと懺悔するシーン。
 この三つの描写が本作のクオリティに大きく関係すると思います故、もう少し盛りたいところです。
 わたし的にはエピローグでの面会シーンも盛りに盛りまくりたいのですが、これくらいあっさりしているのも、それはそれで好みだったりします。

飼い猫ちゃりりん
118-106-65-206.dz.commufa.jp

雛詩様
お読み頂き嬉しく思います。
いやー、嬉しい感想ですね。主人公の人間性について、深く考えていただき。そう人間的、弱く、卑怯で、優しい正義漢。
『清き大罪』という題名じゃなくて、『白痴』にしようかと思っていました。それじゃ、それこそドストエフスキーの盗作だ!って怒られちゃうからやめましたけど。
主人公は正直に「またあの親子を助ける」なんて言わなくてもいいのに。「裁判長。二度とあの様なことはしません! ううう」と言って泣いて見せれば、懲役2年くらいで済んだかもしれないのに。主人公はアホなのか。笑
ありがとうございました。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内