闇の児童相談所 〜光の章〜
【第一話】
「オギャー・・・オギャー・・・」
(どこかで赤ちゃんの泣き声が聞こえる・・・)
何の変哲もない、どこにでもあるアパートの一室。
そこから聞こえるテレビからの音・・・
「現在、我が国の幼児虐待件数は年々右肩上がりに増え続けています。しかもこの件数ですら氷山の一角であり、実際にはその倍いや三倍はあると思われます」
「しかし、今まで虐待された子供の一時的な保護は出来ても、その子供を虐待をした親から完全に守るということは、完全には出来ていたとは言えない状態でした」
「それは、今までの児童相談所のルールでは、最終的に実親に親権を放棄させると言うことがとても困難であり、そしてこの親権の問題が起因して、虐待をしていた実親の下に結局戻すということになり、結果その虐待が原因で亡くなってしまう子供が出てしまっていました」
「この幼児虐待問題について、都として専門の機関を設置し、この問題の解決に尽力していくことが決定されました。詳細等についてはこれから色々と決めていくことになります。以上です」
最近就任した新しい女性の都知事が、ニュースでそう語っていた。
― その数ヶ月後 都内某区役所 ―
「えっ⁉︎ 私が新しく新設される児童施設の職員に選ばれたってどういうことですか⁉︎」
一人の女性が上司に詰め寄っていた。
彼女の名前は一之瀬純。この区役所で今年新卒で働き出した二十歳の女性である。
「そんなこと言われてもこれは都知事直々の内示だからね。区としては断れんよ。まー給料も今までよりも出る話しみたいだし、君まだ若いし独身だから職場変わっても問題ないでしょ。ってことで決まりね。はい、これその施設の住所だから」
純は上司から軽く諭されてしまった。純は何も納得はしていなかったが、内示である以上純には従うしか方法もなかった。そして、
(まー給料上がるならいっかー)
純自身もそう思うことにすることにして、無理矢理納得することにした。
「わかりました」。純は上司にそう告げた。
「おーわかってくれたか」。上司はその言葉に安堵の表情を浮かべた。そして、
「じゃーこれそこの住所だから」。そう言いながら上司は純にその施設の住所が書かれた紙を渡した。純はその紙を受け取るとすぐに自分のスマホで検索を開始した。その場所は山の中を指していた。
(何でこんな場所にあるの・・・!? 交通の便めっちゃ悪そうじゃんか・・・)
純は心の中でそう思った。
翌日。純は仕事が休みだったので、自分の車を運転して、その施設に向かうことにした。まだ内示に書いていた移動日にはなっていなかったが、純はこの施設を自分の眼でどうしても確認しておきたかったからだ。
都内某所。その施設は都心から外れた山の中にポツンとあった。
(間違いなくここね・・・)
純は駐車場らしきところに車を停めた。その駐車場らしきところは山の中にも関わらずとても整備されており、既に車が何台も停まってたので、すぐにそこが駐車場であると純は理解した。だが、その施設の風景は純が思っていたものとは大きく違っていた。
高さはぱっと見は四階建てで、横側は見える範囲だと、巨大なショッピングモールぐらいのサイズであるにも関わらず、窓もドアも一切なく、中の様子が全く見えない造りとなっていた。その異様な光景は、良く言えば一個の屋内型大型レジャー施設であり、悪く言えば隔離された収容所だった。
とにかくそれ程異様な光景が、純の目の前には広がっていた。
(な・・・なにここ・・・!?何でこんな大型の施設がこんな山奥に!?いやそれよりも・・・これ・・・入口はどこなの・・・?)
そう純がその光景に圧倒されながら心の中で色々思っていると、ふとその施設の一階の壁の中からドアの様なものが開き、その中から一人の年配の男が出てきた。
「どちら様でしょうか?」その年配の男は、純にそう話しかけてきた。
「あっ、すみません。私、来週からこの施設で働くことになりました一之瀬純って言います」。純はいきなり壁から出てきた男に戸惑いながらも、そう頭を下げて挨拶をした。
「あー君かね。来週から新しく入る新人さんは。ようこそナイトフォレストへ。私はこの施設の管理人を任されている朽木真也と申します。以後よろしくお願いしますね」
朽木は純にそう挨拶を返した。そして、
「さて、それで今日ここに来たのは下見が目的かな?ここに新しく入る人はみんなまずこの施設を下見に来る。そして必ずこの施設の異様さに驚いているよ。かく言うこのワシもその中の一人じゃがな。ホッホッホ」、と朽木は純の方を向いて言った。
「えっ⁉︎ 何で私が驚いていたの知っているんですか!?」
純は素直に自分の疑問を、朽木にぶつけた。
「そんなの簡単じゃ。監視カメラで見てたからのー」
朽木はあっけらかんとした顔で、そう純に告げた。
「監視カメラ!?そんなのどこにあるんですか!?」
純は当たり前の質問を朽木にぶつけた。
「それは言えない・・・と言うかワシも知らない・・・何せその設置場所は機密情報らしいからのー」、と朽木は急に真顔になって純に話した。
(ヤバい!ヤバすぎるよ!ここ!何⁉︎ここ!怖すぎるよ!)
純は更にこの施設が異様なことがわかり、心の中でそう呟いた。
「さて、まー立ち話も何じゃし、とりあえず施設の中にお入り。施設の中の案内をしてあげるから」
朽木はそう言いながら入ってきたドアを開けて、純を施設の中に招き入れようとした。
純はとても怖くて逃げ出したかったが、来週にはここで働くことが決まっているので、
(今、ここで帰ったらこの人の機嫌損ねるよなー・・・それに意外と中は普通の施設だったりするかもしれないし・・・)
そう心の中で思い込むことにして、意を決してその施設の中に入ることにした。
施設の中は不思議な作りだった。
朽木が開けたそのドアの内側は、管理室の様な小さな部屋がある以外、見た目には行き止まりの様に見えた。
(これ・・・どうやってここから進むの・・・?)
純がそう心の中で呟き戸惑っていると、何もない壁に向かって朽木は手をかざした。
【指紋認証しました】
どこからともなくそんな声がしたと思うと、急に目の前の壁が横に動き出した。
そして朽木と純の前にあった壁はすっかり無くなり、目の前にはどこまで続くかわからない真っ暗な通路が現れた。
「えっ?えっ?えっ?」
純が今眼の前で起こった出来事に理解出来ずに戸惑っていると、朽木が後ろを振り返り、
「やっぱり最初はびっくりするよね。これ指紋認証の壁なんじゃ。凄いじゃろ。」
と自慢気に純に話した。
(いや・・・機能そのものもめっちゃ驚いたけどそもそもただの施設に何でこんな指紋認証付いてんの!?そっちの方が驚きなんだけど・・・)
純は心の中でそう呟いた。純の中で、この施設に対してどんどん不気味さが増していっていることは、まず間違いなかった。
そんな純の気持ちを置いてけぼりにして、朽木はその通路の中に歩いて行った。純はそれに付いていくことしか出来なかった。
その通路は思っていた以上には長くはなかった。そして、その通路の行き止まりには普通のドアがあった。朽木はそのドアを開けた。
純はその目の前の光景に今まで以上に驚いた。
そのドアの向こうはとにかく明るかった。今までの道が本当に暗闇に近いぐらい薄暗かったせいもあるかもしれないが、純にはそのドアの世界が異常な程眩しく感じれた。
純はその理由にすぐ気付いた。眩しさの原因はドアから真っ直ぐ伸びる通路の両サイドにあった一面ガラス張りの部屋だったからだ。そしてその部屋が何部屋もあった為、それぞれの部屋の光が乱反射を起こし、それが急に目の前に飛び込んできたからだ。
そしてその通路を歩くとそれぞれのガラス張りの部屋には紛れもなく生後間もない赤子からおそらく十二歳ぐらいの男女の子供がいる部屋があった。おそらく年齢毎か何かで区切っているかはよくわからないが、とにかく子供がいる部屋が何部屋もあった。そしてそれぞれの部屋もとても広く感じた。おそらくその一部屋だけで一つの施設としても成り立つぐらい。それぐらい広かった。
だが、やはりそこは異質な空間だった。
まずそのドアを開けた瞬間に色々な子供の声や赤ちゃんの泣き声がした。これだけを聞けば特に何てことはないことかもしれない。だが、その声が聞こえたのはそのドアを開けてからだった。つまりこの部屋に入るまでその声は一切聞こえていなかったことになる。それはつまりこの部屋が完全防音されていたという証明となった。
そしてもう一つ、どの部屋にも大人がいないのである。それぞれの部屋の子供達は教室と思われるところで思い思い過ごしている。だがそこには先生はいない。よく見ると何人かの子供はタブレットを開いて勉強しているかの様に見えた。
それは赤子のいる部屋でも同じである。赤子の部屋にはベビーベッドが何台もある。特に問題はない。大きい乳児園といった感じだ。いや病院に近いかもしれない。
だが、そこで赤ちゃんの世話をしているのがどう見ても大人ではない。見たところ十二歳から十四歳の少年少女にしか見えない。そしてその少年少女がヘッドフォンで指示を受けながら世話をしている様に見えた。
そんな色々異質な部屋がその通路の両サイドに広がっていた。
純はその異様な光景を見て思わず朽木に、
「あのー・・・ここって大人の人はいないんですか?先生とか施設だから職員とか・・・とにかく子供を見る人とか・・・」そう尋ねた。
「大人ねー・・・ここにはおらんかのー・・・まーそれは後々わかることじゃよ」
朽木は淡々と純の問いにそう答えた。
純の頭の中には疑問マークしかなかった。なぜ?何で?どうして?ということしか頭の中には出てこなくなった。
そうこうしている内にしその通路の突き当たりまで二人は辿り着いた。
その突き当たりにはエレベーターがあった。
「この上が君が働く職場じゃよ」
朽木はそう言いながら純をエレベーターの中まで誘導して二階のボタンを押した。
二階は一階とはまた違う作りだった。
エレベーターから出ると右側にはおそらく職員室の様な部屋が見えた。だが、ここも全部ガラス張りとなっていた。そして何人かの職員が机に座っていた。
左側にはおそらく施設には絶対ない監視ルームみたいなものが見えた。ここも全部ガラス張りになっていたので中の様子はよく見えた。ただそこで働いていたのはまだ成人していないと思われる少年少女だった。多分十五歳から十七歳だろう。そしてその後ろに一人大人の女性が立っていて少年少女に指示を出している様に見えた。
ただ、そのエレベーター横にすぐにある二つの部屋を除きそれ以外の部屋はガラス張りにはなっておらず見た目ワンルームマンションのような部屋が大体二十部屋ぐらい連なっているのが見えた。そして時折その部屋からは監視ルームで働いている少年少女と同じくらいの少年少女が出入りしているのが見えた。その姿は丸で本当にここに住んでいる様な光景に思えた。
そんな純を余所に朽木は純を職員室と思われるところに案内した。
「はい。じゃーとりあえず今いる人だけ紹介するね」
朽木はそう言いながらそこで働いている職員の紹介を始めた。
「えっとーそこに座っているのが生後間もない子から三歳までの総責任者の渡辺唯さんです」。朽木はそう言って純にその女性を紹介した。
「渡辺唯です。よろしくね」。その女性は純に笑顔を浮かべてそう挨拶した。
その女性は見た目は大体二十代後半の今時の保育士風に見えた。その姿と雰囲気で純は瞬間的に少しの安心感を感じる事が出来た。
(こんな人が働いているんなら職場としては良さそうね。何よりこの人とは仲良くなれそう)純は心の中でそう呟いた。
「一之瀬純です。こちらこそよろしくお願いします」
純はその女性に向かってそう丁寧に挨拶した。
「で、えっとーそちらに座っているのが四歳から六歳の総責任者の城島舞さんです」
そう言って朽木は今度は別の女性を紹介した。
「・・・城島です・・・」その女性は少し無愛想にそう返事した。
その女性の見た目は大体三十代前半で茶髪のヤンママみたいな感じだった。
(この人は私ちょっと苦手かも・・・ってかーむしろ施設に預ける側の人ではないのかなー・・・・)純はそう心の中で呟いた。
「えっとーそれでそちらに座っているのが七歳から十二歳の総責任者の根本緑さんです」
朽木はそう言いながら純にその女性を紹介した。
「・・・根本・・・です・・・」その女性は机に座りながら小声で純にそう話した。
その女性の見た目は三十代前半で眼鏡をかけた根暗な感じに見えた。
(この人とは上手くやっていける自信ないな・・・ってかーそもそもこの人子供の面倒見れるの?)純は心の中でそう呟いた。
「えっとーそれであっちのオペレータールームで指示出しているのが十三歳以上の総責任者のマリア塁さんです」。そう言って朽木はオペレータールームを指差した。
その女性は見たところ二十代後半の金髪のハーフ美女という感じだった。そして、印象としては凛とした大人の女性という様に純には見えた。
(うっわー・・・めっちゃ美人じゃん・・・・)
その見た目に純も思わず心を奪われる程だった。
「とりあえず今のところはこれで全員かのー」朽木がそう言うと、
「朽木さん、蔵馬さん忘れてますよ」と唯が朽木に伝えてきた。
「あーそうでしたね。えっとー蔵馬さんはどこに行ったのかのー」
朽木はそう言いながら周りを見渡した。だがそこには他には誰もいなかった。
「朽木さん、蔵馬さんはいつものところです」。今度は舞が朽木にそう伝えてきた。
「またあそこかー・・・全く・・・困ったものです・・・」
朽木は頭を掻きながら渋い顔をしてそう言った。そして、
「一之瀬さん。ちょっとこっちに来て下さい」
そう言いながら純を職員室の外に誘導した。そして朽木はエレベーターに乗り込んだ。
純も付いていくことにした。朽木は五階のボタンを押した。二人を乗せたエレベーターは
五階に到着した。
五階にはこの施設には珍しくガラス張りの部屋が無かった。と言うよりかはそこは屋上だった。そして、目の前には休憩室と書かれた部屋がただ目の前にあった。
朽木はその部屋のドアを開けた。
部屋の中は見たところ本棚があったり、大型のテレビがあったり、キッチンやテーブルがあったりと普通の大きめの部屋だった。ただ、仕切りが全くなくベッドが五個置かれているだけのちょっと無機質な部屋だった。そしてそのベッドの一番端に誰かが寝ていた。
朽木はその広い部屋をベッドの方まで歩いて行き、その人物に呼びかけた。
「蔵馬さん。蔵馬さん。起きて下さい」
朽木がそう呼びかけると眠たそうな眼を擦りながらその人物が起き上がった。
その人物は髪がボサボサでとても目つきの悪い四十代ぐらいに見える男だった。
「朽木さ〜ん・・・まだ昼間でしょ〜?俺の活動時間ではないですよね〜」
その男は物凄く眠たそうな声で朽木にそう話しかけた。
「蔵馬さん、あなたの部屋はここではないでしょ。寝るなら自分の部屋で寝て下さい」
朽木はその男に対して諭す様に話しかけた。だがその男はその朽木の言葉を無視してまた布団の中に潜っていった。
「はぁ・・・やっぱり起きませんね・・・仕方ありませんね」
朽木が項垂れながら純の方に向いて話し出した。
「彼はこの施設の施設長の蔵馬健人さんです。彼の仕事は後々わかるのでここでは説明しません」。朽木がそう純に説明した。
(何なんだこの人は・・・昼間っから寝て・・・なのに施設長?)
純の頭の中には疑問しか浮かばなかった。
「さて蔵馬さんも起きそうにないし、とりあえず職員室に戻りますか」
朽木はそう言うと今にも叩き起こしかねない純を連れてこの部屋を出ることにした。そしてまたエレベーターに乗り込み二階のボタンを押した。二階に降りると、
「ちょっと一之瀬さん来て下さい」
そう言いながら朽木は職員室まで純を誘導した。そして、純に対して一枚の紙を渡した。
「さて、色々疑問なことあると思うけどまー施設のこと詳しくはここにマニュアルがあるからとりあえず読んどいて下さい」
その紙には次の内容が書かれていた。
ーナイトフォレスト従業員マニュアルー
一、重要事項
この施設のことをはこの施設関係者以外の誰にも話してはいけない
もし、この施設のことを他の誰かに漏らした場合その者は即刻解雇とする
尚、これは東京都知事直々の重要事項の為、一切の反論は出来ないものとする
二、職員について
職員は年齢関係無く全てさん付けで呼ぶ(役職で呼ぶのは可)
三、子供の担当について
生後間もない子供から三歳までの担当は小学校四年生から可能とする
オペレーターの担当は中学生から可能とする
尚、いずれの担当にしても、その担当の先輩と三ヶ月一緒に業務を行い、それが終わった後に先輩から認められた者のみ以降の業務を一人で担当をすることを許可する
四、教育について
教育は押し付けることは絶対にしない
学びたい人が聞きたい人に色々聞くことを基本とする
また、教育に必要な教材及び必要な道具については各部屋のタブレットから各自
自由に購入してもよいものとする
但し、不要だと判断されるものについてはオペレーターより審査が入る
その際にはオペレーターを納得させれない限り購入はできない
また購入品が不要となった際には必ず各部屋のリサイクルボックスに入れること
五、総責任者の役割
総責任者はその受け持つ児童全てのデータを管理し、児童のケア方法について各
担当と打ち合わせを行い、心のケアを常に怠らない
また、各担当に問題がある時はその年齢の責任者に相談をし、担当の変更も考えることとする
六、児童の呼び方について
児童を呼ぶ時は必ず名札に書いている名前を呼んで下さい
そして絶対に本名を聞くことだけはしないで下さい
七、夜間業務について
施設長に一任します
(何なの?・・・これがマニュアル?・・・施設のこと話しただけで解雇⁉︎ 普通に有り得なくない⁉︎ そして夜間業務って何? 夜も働かされるってこと?)
そのマニュアルの異常な内容が純には到底理解出来なかった。それ程このマニュアルは他の児童施設とは内容がかけ離れていた。
「まーマニュアルなんてこんなもんだよどこも。ホッホッホ」
朽木が笑いながらそう話した。
「はぁ・・・」純はただ朽木に向かって愛想笑いをするのが精一杯だった。
(やっぱり・・・ここおかしい・・・こんなとこで働くのなんか無理だよ・・・ってかーそもそも私ここで何をするの?事務?でも事務員いる感じもしないし・・・そもそも役所仕事とはここの仕事かけ離れ過ぎていない?こういうとこで働くんならせめてそういう児童施設の経験が必要じゃないの?なのに何で私が選ばれたの?)
純はその施設の異様さも感じながらそれ以上に自分が選ばれたことに疑問を感じていた。
純が来てから時刻は夕刻に差し掛かろうとしていた。純は自身の腕時計を見ながら
(まー今日は下見がてらで来ただけだし暗くなる前に帰ろうかな)
そう思い、朽木にさよならの挨拶をしようとした。その時だった、
「ジリリリリリリ〜〜!!!」
急にフロア内に目覚ましの音の様な警報の音の様なものが響き渡った。
その音の大きさに純は咄嗟に耳を手で塞いだ。
「何よーこの音はーーー!」純は思わず声を出してしまっていた。
そんな純を余所に職員室にいた女性達が慣れた様子で一斉に立ち上がった。
「さて、仕事始めますか」
さっきまで笑顔で仕事をしていた唯が急に真面目で凛々しい顔つきになってそう喋り出した。
「さて、今日はどんな案件かな」
さっきまで無愛想で怠そうに仕事していた舞が急にやる気を出し、ストレッチを始めた。
「皆さん!気合入れていきましょー!」
さっきまで眼鏡をかけていて小声だった緑が眼鏡を外し、まるでキャラが変わった様に明るく皆を鼓舞した。
その三人の変貌ぶりに純はただ戸惑っていた。
「よしっ!じゃー始めるぞ!」純の後ろで急に声がした。
純がその声のした方を振り返ると、そこには見たことがある様な見たことが無い様な男が立っていた。
そう蔵馬である。たださっき見た蔵馬とは全くの別人。髪はセットされていてスーツ姿の身長の高いちょっとイケおじ風な男がそこには立っていた。
そしてその蔵馬の姿を見るや否や唯と舞と緑は蔵馬に一礼をした。
そして、そのまま四人はエレベーターに乗り込み下に降りていった。
(えっ?えっ?えっ?)
純は今目の前で起こったことが全く理解出来ずにいた。
そんな純を見て朽木がそっと話しかけた。
「ホッホッホ。ついでだから見にいくか?ナイトフォレストの本当の仕事を」
そう言いながら朽木は呆気に取られている純を連れてエレベーターに乗り込み、蔵馬達の後を追う様に外に停めていた自分の車まで誘導した。
純は何もわからないままただ朽木に連れられるがままに朽木の車に乗り込んだ。
「とりあえずシートベルトを締めなされ」
純は心ここにあらずな状態でとりあえず朽木に言われるがままシートベルトだけ締めた。
そして、朽木の車は施設を出て暗闇の中を走り出した。その道中、
(本当に何なの⁉︎ こんなの聞いたことない! 本当の仕事って何?)
そう心の中で思っていた純だったが、不意に数日前に職場で聞いたある噂話を思い出した。
― 回想 ―
「ねー知ってる?最近児童相談所からの通知で、もし闇の児童相談所ってとこから連絡があったらすぐに連絡してだって」。同僚が純にそう話しかけてきた。
「えっ?何それ?」
「私も何かよくわかんないけど何かそう言うところに子供浚われたとか騒いでる親が児童相談所にクレーム入れているみたいだよ。手口がとにかく非人道的なんだって」
「そうなんだ・・・わかった・・・でもそんな人達なら警察に相談したらすぐに解決するんじゃないの?」
「何かそうなんだけどさ、なぜかどの親も警察にだけは連絡していないんだって。不思議だよね。もしかしたらだけど、浚われたんじゃなくて自分達が虐待していた子供達を奪われたんじゃないかな?」
「ま、まさかー・・・」
「ねーそんなこと有り得ないよね。大体国の機関でもない人達がそんなことしても何の得もないもん。」
「確かに・・・そうだよね・・・」
そんなことを思い出している内に純を乗せた朽木の車はとあるアパートに辿り着いた。そこには既に蔵馬達の車も到着していた。
純達が到着する数分前に蔵馬達はそのアパートに着いていた。そのアパートは郊外にあり辺りには目ぼしい建物もなく木造建でとても年期が入っているアパートだった。そして外の表札には八木ゼクスと書いてあった。
「さて、行くか」。そう言って蔵馬達は車を降りて目標の二〇一号室を目指した。
その部屋からはとても賑やかな話し声が聞こえていた。
その部屋に着くなり蔵馬はそのドアを蹴り上げた。ドア自体が脆かったこともあり、大きな音共にそのドアは地面に倒れた。
その部屋は1DKぐらいの広さで窓はカーテンで締め切られていて部屋の明かりは薄暗かった。そして、部屋中アルコールの臭いが充満していた。
その中に机を囲んで酒盛りをしている夫婦らしい男女がいた。
その男女は急に起こった状況に困惑していた。
「な、なんだ君達は!警察呼ぶぞ警察を!」
中の住人の男はそう言いながら蔵馬達を威嚇した。
「へー・・・警察ねー・・・呼ばれて困るのはあんた達の方ではないのかなー?」
蔵馬は不敵な笑みを浮かべながらそう住人の男に話しかけた。
「な・・・何のことだ⁉︎」
住人の男はさっきまでの調子がどこにいったのかわからないぐらい急に小声になった。
続け様に蔵馬が切り出した。
「あんた達、自分の子供を虐待してんだろ?こっちはもう全部調査済なんだよ!」
蔵馬がそう言うとその部屋の住人の男女はとても戸惑った表情を浮かべた。
そんな二人を見ながら蔵馬が続け様に切り出した。
「俺達は闇の児童相談所だ。でも保護しに来た訳ではなく、交渉しに来たんだ。あんた達、金欲しいんだろ?夫婦揃って生活保護で生活してるもんな。喜べ!子供一人につき百万で買ってやる!その代わり子供に会う権利も親権も失うがどうする?」
その部屋の男女は蔵馬の訳の分からない話を聞いてキョトンとしていた。
その夫婦を見ながら蔵馬は自身の懐に手を入れた。
そこにドアが壊された音を聞いて車から飛び降りて駆けつけた純が現れた。
「な、何してんですか!あなた!」
純はその異様な光景をドアの外から見るや否やそのドアのところに立っていた唯と舞と緑の間をくぐり抜けて蔵馬に詰め寄った。
「何って仕事だよ!仕事!邪魔するな!」蔵馬はそう純に詰め寄り返した。そして、
「朽木!こんな奴何で連れて来た!仕事の邪魔だ!連れ出せ!」
そう言いながら遅れて部屋に入って来た朽木に指示を出した。
朽木は軽く頷くと蔵馬に言われるがまま興奮気味の純を外に連れ出した。
「ちょ、ちょっとー!まだはなし終わってないわよー!離せー!」
そう言いながら抵抗する純を朽木は部屋の外まで連れ出した。そして、
「ちょっとの間だからゴメンね。仕事の邪魔だけはしちゃいけないから」
そう言いながら朽木はポケットの中に入れてあった手錠を取り出して、外にあった柵にその手錠を付けるとその手錠を純の手首にはめた。
「ちょ、ちょっとー・・・」純は手錠のせいでそこから動けなくなった。
「ゴメンね。でも少しの間じっとしてて」
朽木は優しくでもちょっと恐怖を感じる様な声で純に話しかけた。
純はこれ以上暴れるのは良くないと察して大人しくなった。
「はーこれでようやく仕事が出来る。さて仕切り直しといこうか」
そう言いながらもう一度懐に手を入れた。蔵馬の懐からは札束が出てきた。
そしてその札束をその男女の目の前に投げ入れた。
「ほら、本物だぞ!これ!欲しくないのか?」
その部屋の男女は急に目の前に現れた札束に驚いた。そして男の方がその札束を手に取って確認を始めた。
「ヒャ・・・百万・・・嘘じゃない!本物の百万だ!」
その男は大喜びしていた。だが女の方は複雑な表情を浮かべている。そして、
「馬鹿にしてるんですか?子供の値段にしては安すぎます!それに人の子供を何だと思っているんですか!子供は物じゃありません!それに買い取って何をしようとしているんですか?そんな訳の分からない人達に子供を売るつもりはありません!お引き取り下さい!」
その部屋にいた女の方が蔵馬に食いかかってきた。
するとその状況にたまらなくなった唯が、怒りの感情を抑えながら静かに、
「ふーん・・・じゃーあんたは今自分の子供に対してそれ相応の愛情を持って接していると言うんだね・・・ましてや虐待なんか一切していないと・・・それで間違い無いよね?」
そう部屋にいた女に対して問い掛けた。
「もちろん!大切な子供にそんなことするはずがないでしょ!私は自分の子供を愛しています!」
その部屋にいた女が唯に対して毅然とした態度で言い返した。
「へーっ・・・じゃーこれはどう説明するのかな?」
そう言いながら唯は服のポケットの中から何枚かの写真を取り出した。
その写真にはまだ幼い五歳くらいの子供の身体らしきものが写っていた。
ただ、その身体にはあちこちに痣があり、更にその身体は信じれないくらい痩せ細っていた。
そして腕にはタバコを押し付けられた跡すらあった。
「!!!」
その写真を見た途端、その部屋の女は絶句してその場にしゃがみ込んだ。
「こ・・・これは・・・違う・・・これは違うの・・・」
その部屋の女は泣きながら話し出した。
「し・・・仕方なかったの・・・」その女はそう言いながら号泣しだした。
そして次に何か言い訳を述べようとしたその口を遮るように、唯が吐き捨てる様にその部屋の女に向かって言った。
「どうせ旦那に言われたか脅されたとか言うんだろ!そんなことはどうでもいいんだよ!大事なのはそんなあんたが子供を愛しているとか語るなってことだ!」
唯は普段見せない厳しい口調でその女に言葉を吐きかけた。
「決まりだな。これだけの虐待をしておいてよくまーそこまで言えたもんだ。本来は児童相談所に連絡し、保護対象として子供を引取。そしてその後日両親と面談ってところだろうな。しかし俺達の目的は保護ではなく買取だ。だから面倒な手続きはこちらで済ませるから貴方達は何もしなくて結構。それでは」
蔵馬はそう部屋にいた二人に言い放ち、どんどん部屋の奥に入っていった。
そして蔵馬に続くように唯も舞も緑も部屋に入っていった。
その奥には部屋があった。だがそこに子供の姿は見えない。
その部屋はおそらく二人の寝室だと思われた。
布団は置いていなかったが布団を引くスペースと押し入れがその部屋にはあった。
そして蔵馬は徐にその部屋にあった押し入れの襖を開けた。
蔵馬は絶句した。そこには子供がいた。
そこには恐らくホームセンターで購入したであろう金属製の楔が床に対して打ち付けられており、そこに鎖が繋がれていた。そしてその楔は錆びている様に見えた。恐らく子供の血が付着して数時間経過しているからだろう。
そしてその鎖の先には手錠を付けられた身体中痣だらけの子供が確かにいたからだ。
その子供は見るからに痩せ細っていた。
そしてその子供がいた場所にはその楔と子供の他にはただ水と空のプラスチックの容器だけがあった。
恐らくその空の容器には殺さない様にするだけに置かれた最低限の食事が入っていたのだろう。
その余りにも酷い光景に唯も舞も緑も絶句した。
「丁度いい機会だ。あの女も連れて来い」
蔵馬は純を見張っていた朽木にそう指示を出した。
その言葉を聞いた朽木は純の手錠を外した。
(何?何なの?全くもう!)
純は不貞腐れながら部屋に入った。部屋にいた男女は気のせいかさっきよりも項垂れている。そんな男女を横目に純は蔵馬に指示されるがままその部屋に入った。そして押し入れを覗き込んだ。
「えっ・・・な・・・なんで?・・・なんでこんなとこに子供がいるの?そして何でこんな状態でいるの?・・・そ・・・そうだ・・・児相・・・児相に連絡しないと!いや警察!そう警察!いやその前に救急車!やっぱり救急車よ!まず呼ばないといけないのは!」
純は慌てふためきながら自分のスマホを取り出し救急車を呼ぼうとした。
そのスマホを取り出そうとする手を舞が止めた。
「余計なことはしないの。その為に私達が来たんだから」
その舞の今まで聞いたことのない優しい声に純はすっかり脱力してしまい、その場に座り込んでしまった。
そんな純をよそに唯がその子供を抱き締めた。
「今まで・・・本当に・・・辛かったね・・・でも・・・もう大丈夫だから。ここから・・・今この瞬間から・・・この人生から抜け出そうね」
唯は泣きながらその子供を抱き締め、か細くでも力強い声でその子供に語りかけた。
その間に舞は子供を拘束していた楔を手で外し、楔を床に叩きつけた。
その子供は状況をよく理解出来ていなかったのか、意識が朦朧としていたのか分からないが、唯に抱き締められたままそこにいた蔵馬、舞、緑、そして純を一人一人ゆっくりと見てただ一言、
「あ・・・り・・・が・・・と・・・う・・・」とだけ言うとすぐに意識を無くした。
恐らく長い間拘束され過ぎていたこともあり、色々な意味で限界だったのであろう。
唯は意識を無くしたその子供をおんぶした。そして蔵馬達はその部屋を出て二人の男女のことは無視してそのままドアへと向かった。
その時だった。急にそれまで項垂れていたその部屋の女が発狂して部屋の台所にあった包丁を取り出して来た。
「嫌!嫌だ!返して!」
そう言いながら蔵馬に襲い掛かろうとした。すると、危険を察知した舞が蔵馬の前に立ち、その部屋の女が今まさに蔵馬を刺そうとしたその腕を取って、その腕をその女の背中に回して腕を拘束し、そのまま床に倒した。
「い、痛い!離して!」
その女は急に腕を極められ、身動き出来なくなった。そしてその腕の痛みから、握っていた包丁を離した。
「このままこの腕を折ってもいいんだぞ!こっちは!」舞は興奮してその女にそう言った。
「そこまでにしとけ」。蔵馬が舞にそう言うと舞はその女の腕を離した。
「全く・・・目的を忘れるなよ!」。蔵馬はそう言って舞を嗜めた。
その後で、ドアのところで蔵馬はその部屋にいた男女に対して、
「別にあんた達が不正に生活保護受けていようが、それが原因で前の旦那に愛想つかされようが、その寂しさから行きずりの男と一緒に生活しようがそんなことはどうでもいい。あんた達がどうなろうが俺には全く興味がない」
「ただそんなあんた達の犠牲に子供がなるのが俺には許せない!それだけだ!じゃあな!」
その言葉を言い残してその部屋を出た。
唯と舞も一緒にその部屋を出た。遅れて純も色々戸惑いながら蔵馬を追う様にその部屋を出た。その純を追う様に朽木も外に出た。
その後、そこまで特にこれといった行動をしていなかった緑がドアのところで最後に小声で二人に言った。
「貴方達のしていることは全て知っています。だから私達を訴えようとは思わない方がいいですよ。今の生活を守りたかったらね。それに訴えたところで無駄ですから。こちらにはこの私という優秀な弁護士がいますので」
緑は小声ではあったが少し脅し口調でその部屋の男女にそう諭した。
その部屋の男女はもう何も言えなくなっていた。そして緑は最後に、
「あっ!ドアの方はきちんと修理業者呼んで直しておきますので大丈夫ですから。それでは今まで通りの生活を楽しんで下さい」
それだけ言い残し、緑もそのドアから外に出た。
外では蔵馬と純が言い争っていた。
「あんたどういうつもり?こんなことして許されると思っているの?」
純が蔵馬に噛み付いていた。
「はー?そもそも何でお前にそんなこと言われなきゃいけない?お前俺の部下だろ?首にするぞ!働く前に!」
「上等だよ!首にしろや!こんなところで働ける訳ないだろ!私はただの公務員なんだよ!」
二人はお互い一歩も引くつもりはない。
「大体・・・さっきあの二人に話し掛けていた言葉は何?何であんたがその言葉を知ってるの?あんたもあの日あの場所のいいたの?だってあの言葉って・・・・私の・・・」純は何かを言いかけそうになった。
(ワシはのー・・・何かの犠牲に子供達がなるのが許せないだけなんじゃ・・・その一心だけで今までやって来たんじゃ・・・それだけじゃ・・・)
純は蔵馬がさっき言った言葉を、昔別の人から聞いたことがあったのだった。
「ちょっと待て!今なんて言った!」蔵馬は純を問いただそうとした。その時だった、
「はいはい近所迷惑近所迷惑。警察呼ぶわよ貴方達」
急に暗い夜の中から声がした。その声の主を見た瞬間、純は驚愕した。
「えーーーーーーっ! さ・・・冴島都知事ーーー⁉︎」
その人物は若くして都知事まで上り詰めた才色兼備の女性である冴島涼子都知事その人だった。その凛々しくも完璧な大人の女性の姿に純は身体が硬直してしまった。そして、
「な・・・なんで・・・冴島知事がこんなところにいるのでしょうか?」
純は当然の疑問を冴島にぶつけた。
「なんでって言われてもねー・・・ねっ健人」
そう言って蔵馬の方を見た。蔵馬は少しバツが悪そうな顔を浮かべている。
「涼子姉ちゃん・・・ちょっと今は来ないでよ・・・立て込んでるところなんだから・・・」
「そんなこと言ったってねー・・・ちゃんとあんたの仕事を見届けるのが私の仕事だから」
涼子はそう言って呆気らかんとした口調で蔵馬に答えた。するとその後ろから声がした。
「そうだぞ健人。俺達はあくまで仕事で来てるんだからな。別にお前のお守りで来てる訳ではないからな」
純がそこに目をやると暗がりの向こうから男が歩いて来た。その男は見た目にちょっと陰がありそうだが顔は端正でありシュッとしていた。そして蔵馬よりも見た感じに真面目で紳士的な姿をしていた。
(だ、誰このちょっと陰はあるけど守ってあげたくなる様な格好良い人は)
純はまるでアニメに出てくる執事の様なその男の見た目に、ちょっとした恋心を抱いた。するとそんな純にその男は気付いた。
「あっ。申し遅れました。私は影山誠と申します。健人とは仕事仲間の様な腐れ縁の様なそんな感じです」
その丁寧な挨拶と少し不慣れな笑顔に純は更にドギマギした。
「あっ!純・・・純です・・・一之瀬純です・・・一応来週から同じ仕事仲間になります!」
純はそう言って、影山に見惚れて固くなった体を無理矢理直角に曲げて挨拶した。
「・・・なんか俺の時とはお前態度違うなー・・・」
その不自然に緊張して上がっている純を見て蔵馬がボソリと純に言った。
「う・・・うるさいなー」純は顔を伏せて照れながら小声でそう言った。
「大体そもそも俺はまだお前をここで働かせるなんて言った覚えは一度もないからな!俺が許可しなかったらお前なんかここで働けないんだからな!」
蔵馬は小さい子をイジメる様なそんな喋り方で純にそう言った。
「あら?健人・・・私が推薦したのにそんなこと言うんだ・・・ふーん・・・いいのかなー・・・私に逆らって・・・」
涼子は不敵な笑みを浮かべながら蔵馬にそう言った。その言葉に蔵馬は驚いて声が出なくなった。そして、
「えっ!?えーーーーーーーーーーーーっ!」
「な・・・なんでこんな奴を⁉︎涼子姉ちゃん!どうして⁉︎」
蔵馬は明らかに狼狽えていた。その様子を見て涼子が話し出した。
「うふふふふ。まー色々理由はあるけど決め手はこの子が斉藤先生最後の教え子だからかなー・・・」
涼子はそう蔵馬に言った。その言葉を聞いて蔵馬は急にキョトンとした顔になった。
「涼子姉ちゃん・・・それはないよ・・・絶対ない!・・・だってこの女どう考えても俺よりも全然若いじゃん。俺達が【希望の郷】を去ってもう三十年以上経っているんだよ?」
蔵馬は涼子にそう返した。
「まー健人が驚くのも無理はないよね・・・もうあれから二十数年か・・・長いよね・・・」
涼子は感慨深くそう話し出した。
「そう、【希望の郷】が無くなって・・・いやあの事件があって斉藤先生が私達の元を去ってもう三十数年・・・私はずっと斉藤先生を探していた・・・そして数年前に斉藤先生が副都心近くの不良少女の溜まり場にいることを突き止めたのよ」
涼子は淡々とでも力強く健人にそう話した。
「えっ⁉︎今・・・なんて・・・だって・・・斉藤先生は・・・捕まったはずじゃ・・・」
蔵馬はとても驚嘆してか細い蚊の鳴くような声を絞り出してそう答えた。
「そっかー・・・健人はあの時何も聞かされてないもんね・・・別に斉藤先生はそんな重い罪で捕まった訳ではないから・・・確か刑期は三年?くらいだったと思うけど・・・」
涼子は更に淡々と話し始めた。
「でも・・・それなら・・・何で⁉︎・・・何で失踪なんかしてるんだよ。何でここに戻って来ないんだよ!」
蔵馬は急に大きな声を出して涼子にそう問い詰めた。
「理由は私も知らない・・・多分その辺りは彼女の方が詳しいのかもね」
涼子はそう言って純の方を向いた。
「そ・・・そう言えばお前さっき何か言ってたよな?俺の言葉を聞いたことがあるって。どこだ!どこで誰から聞いた!」蔵馬はそう言って今度は純を問い詰めた。
「どこも何も私はその場所に昔いた少女で、その時運命的に出会った一人のお爺さんから聞いたのよ!」
純はそう蔵馬に答えた。そしてその人物との出会いを語り出した。
「忘れもしないわ・・・あれは私が十八歳の時・・・私は色々あって実は施設育ちで・・・それで当時荒れてて・・・よく悪い男と連んでた時期があって・・・そんな時、その当時の彼氏から援交の仕事を持ち掛けられてて、よくそこのキッズ達に混じって若い子好きな男から身体の代わりに金を受け取っていたわ・・・」純がゆっくりと自分の過去を語り始めた。
「そんな生活をしていたある日、急に一人の初老がその東横に現れたの。最初はまた新しいカモが来たかと思ったわ。でもその初老はそこにいた少年少女に対して急に怒り出したの。」
「『君達はこんなところで何をしてるんだ!』ってね。」
「急に大声出すから周りのみんなもビックリしてね。そしたらその当時そこのシマにいた怖い兄ちゃん達も出て来てさ」
「『なんじゃ!お前は!殺されてえのか!』って」
「そしたらその初老がさ『貴様達の様な若造にやられる程まだ腕は落ちてはいない!』って言ってその人達と喧嘩始めたの」
「そこまで言うからめっちゃ強いかと思ったらそこまで強くはなくて、殴ったり殴られたりのやり合いで、でも殴られながらもその眼は死んでなくてそうこうしている間に騒ぎを聞いた警察が来て、そしたらみんな一斉に逃げて、で偶然私が逃げたその方向にその初老も逃げて来たのよ」
「それで私は聞いたのよ。何でこんな馬鹿なことしたの?って。そしたらその初老がさ」
「『許せなかったんじゃ・・・何でも出来る若さもあるのにそんな貴重な時間を無駄にダラダラ過ごす子供も・・・それを怒りもせずむしろ利用する大人もな・・・』」
「『ワシはの・・・この世界には理不尽な環境に巻き込まれた子供が大勢いることを知っているんじゃ・・・昔わしはその子達の為に色々としてきたつもりじゃった・・・じゃがの汚い大人達にその場所を奪われてしまった・・・別にワシはどうなっても構わない・・・じゃがの・・・その子達には辛い思いをさせてしまった・・・この事実だけは紛れもない真実なんじゃ・・・それにワシはもう以前の様には出来なくなってしまった・・・だからの・・・せめてこの眼に映った子供達だけは絶対守りたいと思ったんじゃ・・・ワシはのー・・・もう何かの犠牲に子供達がなるのが許せないだけなんじゃ!その一心だけで今までやって来たんじゃ!それだけじゃ・・・』」
純は蔵馬にその人物との出会いとその後の会話を話した。
「まー・・・なんて言うか・・・初めて?ここまでの熱い人に出会ってね・・・それで急に自分の事恥ずかしくなって・・・なんて言うか・・・もっと真時目に生きなきゃって思って・・・で、公務員になろうと思って、公務員試験受けて、で今に至る?みたいな・・・だからあの出会いがなけりゃ私は公務員にはなっていなかっただろうし、もしかしたらクズの様な人生を歩んでいたかもね・・・」
純は自分の事を話すことに少し照れながらも、その後の自分の心境の変化について話し出した。するとその話しを聞いた直後に蔵馬は膝から崩れ落ちて急に泣き出した。
「せ・・・先生・・・まだ・・・心折れてなかったんですね・・・あんなことがあったのに・・・でも・・・自分が許せなくて・・・それで・・・だから・・・でも・・・」
蔵馬は泣きながら声にならない声でゆっくりと話し出した。
その急な感情の変化を見て純は戸惑った。
「えっ・・・えっと〜・・・あの〜・・・もしもし・・・?」
そんな二人を見るに見かねて緑が声を掛けた。
「はいはい。しんみりしてもしょうがないですよ。むしろ良かったじゃないですか専門室長。恩師が生きてることがわかって。じゃーこれからも恩師の意志を受け継いで仕事頑張らなきゃですね」、緑が明るい口調でそう蔵馬に話した。
「あー・・・そうだな・・・何か今まで以上にやる気出てきた」
蔵馬はそう言って涙を拭って強い口調で語り出した。
「さーまだまだ買い取らないといけない子供達がいるはずだ!これからもバシバシ買い取りに励むぞ!」蔵馬は元気になって意気揚々と叫んだ。
「だから〜ちょっと待ってよ!何でこんなことしてるのかまだ私何も聞いてないから」
そう純が蔵馬にまた突っかかった。その時急に今まで静かだった影山が話し出した。
「八割・・・これが何の数字かわかりますか?児相が今まで保護して戻した児童の割合です。児相は保護までしか出来ない・・・もちろん無能過ぎる親であればその状況で戻すことが出来ない状態だと判断し、そのまま親権放棄も可能。だが実際は、親権放棄までになるケースは一割あるかないか。でも保護出来ず死ぬケースは三割以上だ。それでもこの国は何もしようとはしない!なぜならこの国では親が絶対的正義であり、子供はその正義にただ守られる存在でしかないという考えの人間がほとんどだからだ。だが実際には親が必ず親の責務を果たすということは必ずしも絶対ではない!そしてその正義ではない者達が子供を不幸にしている!ならばどうすればいい?そうそんな親からは子供を奪ってしまえばいいんだ!そして完全に安全な施設を親代わりとして子供を育てる。これこそが本来児童相談所が行うべき姿なんだ!」
影山はさっきまでの素敵な笑顔とは全然違う、怒りの表情で純にそう静かに語り掛けた。
「えっ・・・影山さん・・・⁉︎」
純は今までとは別人の様な顔をした影山を見て驚いた。そこには本当に同一人物かと思うぐらい静かに、でも確かに鬼の形相で怒っているのがわかる影山がいたからだ。
その様子を見て涼子が話し出した。
「そう・・・国は何もしない・・・何かをすると・・・必ずその反発を喰らうから・・・だから何もしない・・・でもそれはもしかしたら都も同じなのかもしれないわね・・・」
「だから私達は作ったの・・・全く新しい・・・でも国も都も関係ない機関を・・・それが闇の児童相談所。健人が率いるナイトフォレスト。そして誠が率いるナイトケージ。そしてそこに都の力を持った私の三つの機関で構成された全く新しい機関。それが闇の児童相談所なの」。涼子は淡々と純にそう説明した。
純は涼子のその言葉から力強い意志を感じ取っていた。そしてもうこれ以上何を言っても意見が変わることもなければ何かが変わることもないと純は悟った。
「はいはーいじゃー皆さん帰りますよー」
そんな重たい空気を察したのか、緑がとびっきりの明るい声で、そこにいた全員に呼び掛けた。
「そうだな。仕事も終わったし帰るとするか。じゃーな誠」
そう言って蔵馬は緑と一緒に車に乗り込み闇の中に消えて行った。そんな蔵馬を見て、
「じゃー僕ももう帰るね。じゃーね一之瀬さん。この仕事大変だけどやり甲斐だけは本当にあるから。じゃーまた次の仕事場でね」
さっきまでの怒りの表情が嘘の様に穏やかな表情で影山は純にそう言って闇の中に消えて行った。
純はその場に残されてしまった。辺りを見渡したがもうそこには純と涼子しか残っていない。気付いた時には朽木も姿を消していた。
「あら。取り残されたわね私達。じゃー乗っていく?どうせ車ないんでしょ?」
そう言って涼子は純を自分の車に誘導して車を発進させた。
純は涼子が運転する車の中で今日あったことを頭の中で整理しようとしていた。
(もうーーーーー本当に色々訳わからないよ!一体何なの?闇の児童相談所って⁉︎そして私にここで一体何をしろって言うの⁉︎)
純は今日の出来事一つ一つが衝撃過ぎて、頭の整理が全く出来ずにパニックになっていた。
そんな純を横目で見ながら涼子が語り出した。
「私と健人と誠の三人は、あなたが出会った斉藤先生が数十年前に運営していた児童養護施設【希望の郷】で出会ったの。その施設は親に恵まれなかった子で溢れていたわ。そして私達は年齢が近いこともあり、兄弟の様にそこで一緒に育ったわ。今思えばあの頃が一番楽しかったかもしれないわね。健人は昔からちょっと悪ガキでいつも斉藤先生に怒られていたわ。誠は当時から優秀で頭もよかったのに、なぜかそんな健人とよく連んで一緒に怒られていたっけなー。で私が二人より年上だったこともあり、御目付役?みたいな感じで。何かよくわからないけどいつも三人で一緒にいたのを覚えているわ・・・」
純は所々笑顔で昔のことを語る涼子の話に耳を傾けた。
「そしてそんな生活が永遠に続くと思った時、あの事件が起こった。忘れもしない。私が十二歳の時・・・斉藤先生が逮捕されたの。幼児虐待の罪でね。もちろん斉藤先生はたまに手を出すことはあったけど、それは私達の事を思ってだってことはみんなわかっていたし、だから信じれなかった。でも世間は斉藤先生の事を知らないから・・・だから当時マスコミも記者も相当騒いでいたわ。毎日記者が施設にも来てたのを覚えているから・・・」
そう語り出した涼子にはもうさっきまでの笑顔はない。むしろ少し怒りの感情を持ちながらでもその感情を抑えながら力強く純に更に語り出した。
「その事件のせいで結局施設は封鎖。そしてそこにいた子供達は皆それぞれ別の施設へと引き取られていった。私達も当然それぞれバラバラになったわ」
涼子は今度は少し寂しそうな表情を浮かべながら、そう純に語り出した。
そして、更に話を続けた。
「その後、幸か不幸か私は次の施設でいい里親に巡り会うことが出来て、それで大学も行かせてもらって、私はそんな環境で必死で勉強して官僚になることが出来たの。その頃の私は少し昔のことは忘れかけていたわ」
「そんなある日、街中で急に声を掛けられたの。そこにいたのは大人になった健人だった。そして懐かしい話もそこそこに急に言われたのよ」
「『涼子姉ちゃん。斉藤先生を逮捕した原因を作った奴に俺は復讐をしたい。だから涼子姉ちゃんにはこの国のトップになって欲しい』ってね」
「本当訳わかんないよね。私も最初何を言ってんだって思ったわよ。だから私も言ったわ」
「『そんなこと言ってももう今更何も出来ないよ。あれからもう十年以上経過してんだよ?大体証拠はあるの?誰に復讐しようとしてるの?』ってね」
「そしたら健人。『証拠は無い。でも手掛かりはある。そしてその手掛かりを手にする為にはまた施設を復活させないといけない』ってね。本当意味不明だよね」
涼子は昔話に懐かしくなって少し熱を上げて語り出した。そして更に話を続けた。
「だから私言ったのよ。『何馬鹿なこと言ってるの!いい加減目を覚ましなさい!本当にそんなことしようとしているんならとその覚悟見せて!』ってね」
「そしたら健人が『分かった。じゃー今から十年後の今日、【希望の郷】の跡地で集合な。そこで俺の覚悟見せる』ってね。で結局その日はそれで別れたのよ」
純は現実離れし過ぎているその涼子と蔵馬のやりとりにただ驚くばかりだった。
「そして約束の日・・・私は目を疑った・・・【希望の郷】の跡地に見たこともない大きな施設があったから・・・そして私がその異様な光景に驚いていると中から健人と誠が出てきたのよ」
「そして、『涼子姉ちゃん。これが俺の覚悟だ。この施設ナイトフォレストをまずは拠点として虐待された子供を回収していく。その先に必ず手掛かりがあるから』ってね」
「本当驚いたわよ。そしてそこに誠がいて、その手助けを誠も行うって聞いた時に、私も覚悟を決めることにしたわ。今まで以上に必死で頑張って絶対に総理大臣になろうってね。って言いながら結局私は都知事が精一杯だったんだけどね」
涼子は淡々とでも色々な感情を出しながらその時の事を話した。
純はもう驚き疲れていた。これが本当に現実の会話かと疑う程だった。
「健人は昔から言い出したことは曲げない子だったわ。そしてどんな無茶でも実際にやり遂げてきた。だからこそ私にはわかるの。あの子には必ず暴走し過ぎる時が来るって。だからその制御役をあなたにお願いしたいの」。涼子はそう言いながら純の方を軽く見た。
純は涼子からの突然のお願いにとても驚いた。
「えっ⁉︎無理無理!無理ですよ!知事の頼みでも私には出来ません。あの人止めることなんか絶対出来ません」
純は首を物凄く横に振りながら涼子からの突然のお願いに対して拒否の姿勢を見せた。
「そんなことないわよ。だってあなたは最後の斉藤先生の教え子だもん。頼りにしているわよ」
そう言って涼子はウインクをしながら軽く純に返事をした。
「それにいざとなったら私が止めるから。でも私も毎日毎日公務で忙しいからさ。だから御目付役でいいからさ。お願い。ラインも教えるからさ。何かあったら連絡してきていいからさ。お願いよ」。涼子は再度純に頼み込んだ。
「・・・わ・・・わかりました・・・本当見るだけ・・・見るだけなら私でも出来ると思うので・・・それで良ければやります・・・」
純は涼子のその必死にお願いしてくる姿に、遂に折れることにした。
「ありがとう。本当何か暴走し掛けたら私の名前すぐに出せばいいからね。そしたら大体のことは聞いてくれるからさ」。そう言って涼子は純に感謝の言葉を述べた。
気付いたら涼子の運転する車はナイトフォレストに到着していた。純は涼子に頭を下げて車を降りた。
「じゃーまたね」。涼子はそう言うと車を走らせて闇の中に消えて行った。涼子の車を見送った後、純も自分の車に乗り込んで自分の家に帰って行った。家に帰った純は心身共に疲れ果ててそのまま眠ってしまった。
数日後いよいよ異動日を向かえることとなった純は、指定された時間にナイトフォレストへと向かった。
そして以前と同様に朽木に招かれてナイトフォレストの中に入って職員室まで入った。
「今日から一緒に働くことになりました一之瀬純です。よろしくお願い致します」
純がそう丁寧に挨拶をすると、
「じゃー改めてよろしくね」と唯が明るい声で言い、
「・・・よろしこ・・・」と舞が無愛想な声で言い、
「・・・よろしくです・・・」と緑が、か細い声で言った。
そんな軽い挨拶を済ませた後、朽木が急に
「じゃー一之瀬さんの部屋は唯さんの隣の四○五号室ね」
と純に言った。
「・・・はい?・・・朽木さん?・・・今なんて言いました・・・?」
と純が言うと朽木はあっさりとした口調で、
「あれ?・・・あっ!言ってませんでしたっけ・・・これは失礼致しました。えっとですね・・・ここは施設であると共に職員の寮なんです。ってことで皆さんと同様に一之瀬さんにもここで一緒に暮らしてもらいます」と純に言った。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
純は驚き過ぎてその場に座り込んでしまった。
こうして純のナイトフォレストでの生活は始まりを迎えた。
【第二話】
「ピピピッ!ピピピッ!」純のスマホのアラームが鳴っている。
純はその音と共に目を覚ました。
だがそこは今までの自分の家ではない。昨日から泊まり出したよくわからない施設だった。
純は昨日の事を思い出そうとしていた。
(えっとー・・・確かこの部屋に泊まる事になって・・・それから・・・何か書類にしたよな・・・その後施設の説明をされたんだっけ・・・)
純は昨日朽木からまず部屋に案内された。その部屋は四階にあった。純が扉を開けるとそこは想像以上に凄い部屋だった。まずその広さは一人で住むには充分過ぎる十畳サイズの1LDKだった。そしてその部屋は無機質ではあったが全ての家具や家電が揃っていた。そして電気ガス水道も全て最初から使えて風呂とトイレまでもが部屋にあった。そしてベッドまで置いてあった。まるでその部屋は一人暮らしの人がよく住むマンスリーマンションの様であった。ただ違いは部屋の壁の厚みと特殊加工された壁の違い。そして置いている家具や家電の質が断然違っていた。
「この部屋は防音になっているから多少騒いでも大丈夫なんじゃよ」
その部屋の作りに驚いていた純に朽木がそう話した。
「それと蔵馬さんの拘りでね壁に特殊加工がされているんじゃよ」
そう言って朽木はマグネットを取り出して壁に向けた。するとマグネットは壁に引っ付いた。その様子を純に見せて朽木が得意気に話し出した。
「ホッホッホ。これ凄いじゃろ。この壁ならピンを刺すこともないし、ノリも使わないでいいから壁が汚れることもないし、でも何でも壁に貼れるし、おそらく理想的な壁と言えるじゃろな」
純はただただ驚くばかりだった。その作りは確かに今まで見たことがない。特殊な作りだった。でもとても便利で部屋のデコレーションがしやすいということは純もすぐ理解した。
「それとこの部屋には自動ロボットがいるから掃除もしなくてもいいからね。」
朽木はそう言ってそのロボットを見せた。ただ、そのロボットは見た目が掃除ロボットには見えなかった。いやむしろロボットそのものだった。
「えっ⁉︎これって普通のロボットなんじゃ・・・・本物⁉︎」
純は当然の様に驚いた。そこには純の想像していた掃除ロボットではなく本物のロボットがいたからだ。
「ホッホッホ。これはまだある企業で試作開発途中のメイドロボットじゃよ。そして蔵馬さんの付き合いのある会社からの提供品なんじゃ。でも結構優秀じゃよ。声で全部操作出来るからの〜」そう言って朽木はその動きを純に見せようとした。
「部屋の掃除お願いします」。そう朽木がロボットの耳らしいところに向かって言うと
「カシコマリマシタ」
という電子音の様な声と共にロボットは掃除を開始した。動作はとても簡単で足の裏が掃除機の吸引口になっていてそこからゴミを吸っているという感じだった。
「ホッホッホ。便利じゃろ。言い方一つ変えるだけで水拭きも出来るし細かく指示出せばその通りの作業も出来る。そして指示したい時はロボットの耳元で話すだけ。普段の会話や声やテレビの音は一切拾わない。それでいてきちんと教えれば何でも出来る。更に」
そう言って朽木はロボットの頭らしいところにあったタブレットを取り出した。
「このタブレットに細かい指示。やって欲しい事の時間や作業工程もしくはやって欲しい動画の動き諸々を打ち込むだけでその通りの行動をその時間にやらせることも出来る。そしてそれを決まった時間決まった曜日に行わせることも可能。正に最強のメイドロボットなんじゃ」と朽木はとても得意気に純に説明した。
「は〜」。あまりの高性能さに純は言葉を失っていた。そして
(って言うか・・・なんでこんな施設のこんな部屋にここまでの高性能ロボットがいるの⁉︎)
純は当然の困惑した思いを抱いていた。
「後はそうじゃの。まーこれは当たり前の能力じゃがこのロボットは自家発電だから電池切れも無いぐらいかのー」。朽木は当たり前な事を話す口調で最後に純にそう言った。
(いや。それ全然当たり前の機能じゃないから!)純は心の中で朽木にツッコんだ。
「まーロボットの説明はこれくらいで。後はこれにサインと欲しい物書いて」
そう言って朽木は自分が持っていたタブレットを純に渡した。
「まずは誓約書?じゃな。まーこれは契約書みたいなもんじゃ。内容もこの間のマニュアルで見せたものとほぼ同じじゃからまーちゃちゃっとサインしてくれればいいから」
そう言って朽木は純にタブレットでのサインを要求した。純は戸惑いながらもサインをした。朽木はその純のサインを確認した後で次の画面を純に見せた。
「じゃー次はこれじゃな。今までの自分の部屋にあった物で持って来たいものあればここにその内容を細かく書いてくれ」
そう言って純に指示を出した。純は戸惑いながらもそこに元々の部屋にあった自分の小物や化粧品等の物から部屋に貼っていた好きなアーティストの写真まで、諸々欲しいものを記載した。そしてその記載したタブレットを朽木に渡した。
「よしよし。これでオッケーと」。そう言って朽木は何か操作をした。そして、
「はい。じゃーこれが君のタブレットね。初期設定までは終わっているから」
そう言って純にそのタブレットを渡した。
「エッ⁉︎どう言うことですか?」
そう当然の疑問を朽木に問いかけた。すると朽木はほ飄々とした顔で、
「ホッホッホ。さっきのサインは契約書であると共にこのタブレットの所有者を認識させる為の暗号じゃったんじゃよ。これでこのタブレットは君しか使えないオリジナルの物になった。これはな、まだ世には出回っていない筆跡認識技術で認識するタブレットなのじゃよ。じゃから今度からログインする時は自分の名前を自分で書けばログイン出来るから便利じゃよ」。そう純に話した。
(何⁉︎その技術⁉︎聞いたこともないんだけど!)
純は困惑しか出来なかった。そして当然の疑問を朽木にぶつけた。
「あのーそれでこのタブレットでは何が出来るんですか?」
その純の問いに対して朽木が答えた。
「あーこのタブレットでこの施設の中の動きが全部見えるんじゃよ。ほれこれで」
そう言って朽木は一つのアプリを開いた。すると全部屋の監視カメラ映像が出て来た。
「えっ⁉︎」純は当然の様に驚いた。
「ホッホッホ。凄いじゃろ」。朽木はまた得意気に純に話した。
「いや・・・凄いって言うか・・・これ・・・盗撮じゃないですか!」
純はその犯罪にも等しい行為に声を荒らげた。すると朽木は淡々と続けた。
「だって何かあった時に誰も見てないよりは大勢で見ていた方が連携も対処も取れるからのーそれにうちが使っているカメラはちょっと違くての」
そう言うと朽木は、純を背中にして純の部屋にある監視カメラに向かって、急に上半身に着ていた服を脱ぎ出して半裸になろうとした。
「な・・・何してるんですか⁉︎」当然の様に困惑する純に対して朽木がすかさず言った。
「ほれ。自身の監視カメラの映像を拡大して見てごらん」
朽木は淡々とそう言った。純は見るのも嫌だったがその監視カメラを拡大した。するとそこには純以外何も写っていなかった。まるでそこにいた朽木がそこから急にいなくなったかの様に。そんな困惑した純に対して朽木が話し出した。
「これがこの施設が誇る最大級の監視システム。自らにAIを搭載しており表現として不適切なものをその監視カメラから削除する。これが盗撮自主回避システムなのじゃよ」
そう言って得意気に話した朽木が服を着るとまたその監視カメラの映像に朽木が現れた。
「もちろん見えないだけで声は聞こえる。だから異常がある時はすぐにわかるし、何かそれを使って悪いことをしようとしてもそう簡単には出来ない。でも盗撮も出来ない。それでいて常に監視は出来る。これぞ未来の監視システムと呼ぶに相応しいじゃろな」
朽木はとても得意気に話した。純はその異次元のシステムにただただ驚くばかりだった。
「まーそれにこの監視カメラは人感センサーに反応するから人が通るその人に注目させる。そしてズームする。人が一杯いるところだと全体的に広くも写す。手動切り替えはコントロールセンターでしか出来ないがまーこれだけタブレットで見れたら十分じゃろ」
そう言ってこのアプリの説明を朽木は終えた。純はもう困惑しかしていない。
「後はこのアプリで何でも欲しいものが買えるから。もちろん実際には何でもではなく審査があってそれにクリアして始めて買えるんじゃがの」
そう言って今度は注文のアプリを見せた。そこはどこかで見た様な注文サイトそのものだった。ただ本当に細かい物から買えることと値段が書いていない点は普通の注文サイトとは異なっていた。
「まーこのアプリはそこまで説明いらんかのーネットショッピングの様なものと同じと思って貰えばいいから。違いはノンジャンルでどんなメーカーでも何でも買えるというとこぐらいかのー」
そう淡々と朽木は話し出した。純はそのアプリの有能さはすぐにわかった。それは本当に鉛筆一本から色んな洋服、そして家電、子供の玩具等。本当に何でも買えるサイトだったからだ。
「まー個人的には使うのはこんなもんぐらいかのー。後は業務で使うものだったり会議で使うもんだったり。まーそれはその時が来たらわかるじゃろ。基本全体的な業務で使う機能はログイン一切不要で起動する様になっておるからのー」
朽木はそう淡々と純に話した。純はアプリに集中し過ぎていて空返事の様な答えだけを朽木に返した。
「後はまー部屋の使い方はそんな難しくはないから。普通の家だと思ってまー寛いでくれていいからね。冷蔵庫もキッチンもあるし自炊してもいいし。しなくてもいいし。まーそこはこれから施設の中の案内をしながら教えるとするかのー・・・」
そう言って朽木は部屋の外に出て純を手招きで外まで呼んだ。
「あっそうそう・・・」
そう言って朽木は純の腕を取り掌をそのドアに押し付けた。
「な・・・何するんですか⁉︎」
そう言い切るか言い切らないかでドアが反応した。
【ドアロックします】
ドアからそんな声がしてその部屋は施錠された。
「これでこの部屋はもう君しか、いや君がいない時は誰も部屋には入れない状態となったわけじゃ。まーもちろんメインセキュリティーをいじれば解除は出来るがの。ほれ。試しに掌をワシがドアに付けてももう反応しない。でも君がもう一度ドアに手を触れると」
【ロック解除します】
「ほれ。な。もうこのドアは君の掌でしか開かないんじゃよ」。そう淡々と話した。
(な・・・な・・・何・・・⁉︎ まさかの指紋認証ロック⁉︎ 一体どういう仕組みなの⁉︎)
もはや困惑し疲れていた純は言われるがままもう一度掌をドアに付けた。
【ドアロックします】
そして二人は部屋を後にした。
施設の中はそこまで複雑な作りではなかった。ただそれでも普通の施設とは違っていた。
まずは一階。ここは以前見た通りおそらく産まれ立てから十二歳までの子供が中心といった感じだった。部屋割りも大体以前見てイメージした通りだった。生後間もない赤ちゃんがいるベビールーム。そこから成長してはいはいから立って歩いたりする子供がいる乳児ルーム。おそらく幼稚園を模した作りで年少から年長が一緒にいる様な幼児ルーム。学校の様な雰囲気だがそこには小学一年から小学三年までが一緒に過ごしている低学年ルーム。そして小学四年五年六年の数人がいる、高学年ルーム。ただここは出入りがとても多い。それまでの部屋に何人かそれぐらいの年齢の子供達がいることから考えると、おそらくここの部屋にいる子供達が、小さな子供達の世話をしているのだろう。そして何もしていない時は下宿みたいにこの部屋で過ごしているのだろう。後は図書室を模した部屋。それととても大きな給食センターみたいな給仕場。でも給仕場にも何人か子供の様な姿も見れる。ただ前回は気づかなかったが給仕場には大人はいた。大人というか料理長みたいな人。給食のおばさんみたいな人。保育士みたいな人。それぞれが別々の厨房で作業をしている。そんな感じだった。
次に二階。ここも前回見た通りコントロールセンターと呼ばれる場所には数人の少年と一人の金髪美女。そして向かい側では職員が仕事をする職員室。でもそこを抜けると純の部屋よりやや小さい八畳の部屋が約三十部屋並んでた。朽木の話しだと中はメイドロボットがいない以外は全く同じ作りということらしい。そしてそこは中学生の部屋だということだった。
次に三階それと四階。ここ二つは全く同じ作りだった。どちらも部屋が三十部屋近くあり一番端にコンビニの様なものがあった。ただそこでは金銭的なやり取りはしていない。というか店員がいない。どうもこの施設で金銭的なやり取りは御法度らしい。そして酒もタバコも売ってはいない。イメージとしては何でも買えるタブレットはあるがそこで買ったものはすぐには入手出来ない為、急ぎ必要なものだけを常に置いているという感じだった。おそらく先程朽木が言っていた作らなくてもいいと言っていた理由は、このコンビニの様なところがあるから特に食い物には困らないということなんだろう。そしておそらく一階の給仕場で作った残り物等で出たもので作った弁当の様なものがそこには置いてあった。その利用方法は食材を再利用しているとも解釈は出来そうであった。そして手作りのおにぎりも何個かあり、朽木はこの手作りのおにぎりが好きらしくよく買いに?来るのだそうだ。他にもお腹が空いた学生の為の急ぎ食べたい時のカップラーメンが何個か陳列していた。ジュースやお茶も常備してあり、何故か手製のデザートもある。手作り感は若干強めだがそこのシステムは紛れもなくコンビニと遜色は無かった。
そして五階。いや屋上。ここは前回見た通りだだっ広い休憩室と呼ばれる部屋だけがあった。本来は職員がちょっとした休憩で使ったり、病人が出た時に利用するところなのだが蔵馬がここを気に入ったが為に、今はほとんど蔵馬の部屋と化している。
これがこの施設の全容だった。そして一通り施設を回った後で朽木が、
「今日はもう遅いから部屋で休んでいていいからね。初日だし仕事は明日からにしましょう」
そう言って朽木は純を部屋の前まで送っていった。純は自分の部屋に先程教わった掌認証の方法で入った。
純はさっき一通り見た施設の全容をタブレットを見て確認した後、部屋にあったテレビを点けた。当たり前だがテレビは普通に起動した。そして当然の様にHDD内蔵だった。純は見たいテレビの録画をとりあえず全部設定して、その後部屋を出てコンビニに向かい、弁当とお茶を取って来て部屋で夕食を済ませた。弁当は普通に美味しかった。そうしてテレビをしばらく見た後で純はお風呂に入った。そしてお風呂から出てお酒がないことに気づいた純はタブレットで酒を注文した。まさか最初の注文がお酒になるなんて。と純も思ったがそういうもんかと思い自分を納得させて眠りにつくことにした。
その翌日となり純は目を覚ましたところだった。
純は朝の支度を一通りした後でコンビニでパンと野菜ジュースを持って来て部屋でそれを食べた。部屋を開けた時に部屋の外にあった段ボール箱はその時中に入れた。純はその段ボール箱を開けた。中には純が昨日頼んだお酒と家から持って来て欲しいと依頼したものが全て届いていた。
(さすがに・・・届くの早過ぎないかしら・・・どういう方法使ったんだろ?)
そう困惑しながらも純はその段ボールの中身を使って部屋を飾り出した。一通り飾り終わった時には無機質な部屋は二十代前半女性らしい可愛らしい部屋に変わっていた。
(よしっ!)
純は少し自分が住んでいた家に近くなった部屋を見て気合が入った。そしてばっちりとメイクもしてスーツに着替えて部屋を出た。時刻は十時になろうとしていた。
(そういえば今日何時出勤かも何の仕事をするかも何も聞かされて無かったのよね・・・朽木さん・・・そこ一番大事じゃないの⁉︎)
そんなこと思いながら部屋の扉を開けて職員室に向かった。
純は職員室に着いて驚いていた。そこには誰もいなかったからだ。
(ど・・・どういうこと⁉︎)
そんな驚いている純の背後から声が聞こえた。
「Hi! New girl ようこそnight forestへ!」
純はびっくりしてその明るい声がした方に振り返ると、そこには満面の笑みをしている金髪女性がいた。
「Nice to meet you 私はマリア累と言います。宜しくデス」
そう言いながらその女性は純にいきなり飛びつきハグをしてきた。
純は昨日とは全く雰囲気の違うその女性に驚いた。
「えっ!えーーーっ!あっ・・・私一之瀬純って言います。よ・・・宜しくです。えっとー・・・ナ・・・ナイストゥミーチュー・・・」
急に飛び付かれて純はドギマギしながらマリアに答えた。そんな純を見つめながら、少し微笑んだ後で、
「ほんまけったいなところ急に来てびっくりしてるやろ?私も最初そうやったからよーわかるんよ」
急に妙な関西弁でマリアは話し出した。そして続け様に、
「あっ!昨日はゴメンなー何か感じ悪かったやろ?無理もないねん。あの部屋に入った時は凛とした姿でいるって決めてんねん。そうしないとほんま私すぐ調子乗るやん。せやから自分で凛とした姿するって決めてん。ほんまはなめっちゃ話し好きやしもっと学生とワイワイやりながらやりたいねん。けどなーそれやってたらいざって時に動かれへんねん。そやからしょうがないねん」
そして更に続け様にマリアが話し出す。
「純ちゃんどっから来たん?何歳?前職は?蔵馬さんとはどういう知り合い方したん?」
そう矢継ぎ早に純に質問して来た。
「えっ!えっとーーーー・・・」
と純が戸惑っていると、オペレータールームから学生の声がした。
「マリアさん!トラブル発生です!」
そう言われるとマリアは下を向いて軽く溜め息をついた後で、以前見た様な凛とした顔に戻り、
「今行きます」と言ってオペレータールームに戻っていった。
(な・・・何だったんんだ・・・)
そう純が困惑していると、急に後ろから声がした。
「おや?一之瀬さん早起きですね。」
その声にびっくりした純がその声の方を向くと、そこには朽木が立っていた。
「あのー早起き・・・なんですか?・・・もうすぐ十一時ですが・・・」
そう純は当然の疑問を朽木にぶつけた。
「あーーー言い忘れてましたねそう言えばスケジュールのアプリのこと」
そう言って朽木は純に自分のタブレットを起動してもらいそのアプリのことを説明した。
「このアプリに全ての業務の日程が書いてます。緊急出動以外は主にこれを見て下さい」
そう言ってアプリの使い方を純に説明した。純はそのスケジュールのアプリを見て驚いた。
「えっ⁉︎これ・・・どういうことですか・・・?」
スケジュールには会議が十二時からある以外何も記載が無かったからだ。
「あーーうちはそのメイン業務は職員はほとんどしてなくてな。管理かもしくは夜の仕事がメインなんじゃよ。じゃから出勤も昼からなんじゃよ・・・まー状況によっては夜通し仕事とかもあるから翌日はもっと遅い出勤もあるからのー・・・それに業務全体決めてるのは蔵馬さんだから・・・あの人朝働かないんじゃ・・・」
そう淡々と朽木は話し出した。
「はい???」
純の頭にはハテナマークしか出てこなかった。そんな純をよそに朽木が話し出した。
「まーせっかくじゃしちょっと子供でも見に行くか?」
そう純に提案してきた。純は今更部屋戻ってのんびりするのも何か違うと思い朽木の提案に乗ることにした。
二人は一階に降りてきた。そして廊下を歩きながら純に朽木が話しかけた。
「さてこの施設のことは話したわけじゃが。不思議には思わんかったか?なぜ生後間もない赤ちゃんまでもがここにいるのか」
色々驚きすぎていた純だったが、その疑問は出てはいなかった。と言うよりもそれ以上に気になることが多すぎて頭にその疑問が出て来れなくなっていた。だが朽木が改めてその疑問を投げかけてきたことで、純はその疑問を初めて持った。そんな純に朽木が話し出した。
「この世の中には望まれない妊娠も数多くあり、その多くが堕胎をしたり子供を捨てたりする。ワシらはそういう命も守りたいと考え、色んな産婦人科とも提携してそういう妊婦がいたら相談してもらうことにしているんじゃ。そしてその妊婦に事情を説明し、そのまま産んでもらい子供だけを貰い受ける。そういう活動もしているんじゃよ」
朽木は凄くいいことのような、でも犯罪スレスレの様なそんな話をしてきた。そして更に、
「ワシらの考えはの物凄くシンプルなんじゃ。命あるもの全て守りたい。それだけなんじゃ。そこには親も子も関係ない。いやむしろその関係性が邪魔になることもある。だからその関係性を無くすことで命を守る。ワシらの活動はそんな活動なんじゃ」
朽木は生後間もないベビールームの前で純にそんな話をした。その横には本当に何も知らない赤ちゃんが乗ったベビーベッドが並んで陳列していた。そしてそこにいた赤ちゃんは笑ったり泣いたりしていた。
「命が無いと泣くことも笑うことも出来ない。じゃからその権利をワシらが守らないといけない」
そんな赤ちゃんを見ながら力強く朽木は純に話した。その朽木のあまりにも神に近い考え方にただただ純は驚いた。だが、その信念の強さには少し共感を覚えた。
「さて、そろそろ時間ですね。職員室に戻りましょうか」
朽木はそう言った。二人は職員室に戻ることにした。
職員室に戻るとそこには出勤してきた唯と舞と緑がいた。そして蔵馬もいた。ただ蔵馬はまだ寝起きの様な感じで髪もボサボサだった。そして純を見るなりいきなり、
「なんだ!本当に来たんだなお前!」そう怪訝そうな声で言った。
「なんですか?私は都知事から言われてあなたを見張る為に来たんです!」
そう強く純は蔵馬に言い返した。
「チッ!涼子姉・・・余計なことを・・・」
そうブツクサと蔵馬は小言で独り言みたいに言った。
「まーいい!来たならしっかり働いてもらうからな!」
そう純に向かって言った。そして、
「よし!じゃー全員ミーティングルームに集合!」
そう蔵馬が声を出すとそれを号令にするかの様に三人が立ち上がった。そして奥の部屋に向かい出した。純も戸惑いながらも彼女達に付いていき職員室のその奥にあったミーティングルームと呼ばれる部屋に向かった。
その部屋は真っ白な部屋だった。会議室というよりは隔離された施設のような。そんな雰囲気だった。そして当然の様に防音だった。
蔵馬、唯、舞、緑、朽木はそれぞれそこにあった丸い会議用の机を囲む様にそれぞれ椅子に座った。その様子を見て純も慌ててそこに余っていた椅子に座った。
その後で蔵馬が切り出した。
「さて。今夜のターゲットはこいつだ。」
そう言ってその白い空間に映像を映し出した。
「夫、伊藤雄介四十三歳。妻、伊藤穂波四十歳。そして救い出すのは長女十六歳と長男三歳。夫は普通の会社に勤める営業マン。妻は専業主婦。そして家族仲も悪くなく近所の評判もいい。当然金銭の問題もない。見たところ普通の幸せな家族。当然そして虐待は行われていない。虐待はな。」
そう何か口に含んだ言い方をした後で蔵馬が少し語気を強めて言った。
「このクソ夫はあろうことか実の娘に性暴力を行なっているらしいと誠から報告が上がって来たんだ。」
その報告にそこにいた全員が眉を顰めた。続け様に蔵馬が話し出した。
「実はこの夫婦は再婚で長女は穂波の連れ子だったんだ。そして悲劇の始まりは長男が産まれてから始まる。実は長男には産まれつき精神的な障害があり、穂波はその後長男に付きっきりになり、長女の面倒を全て雄介に託すことになった。住んでいた家が二階建ての一軒家ってこともあり、夫婦はそれぞれ別の階でそれぞれの子供の面倒を見ることになったんだ。そんなある日。長女が十四歳の時に、雄介は徐々に長女に言い寄る様になる。実は雄介は地元では有名な女ったらしで、若い女の子が好きだったんだ。でも穂波と出会い結婚したことで、誰もがもう大人しくなったと思っていたらしい。でも実は最初から雄介の狙いは長女だったんだ。そして自分にとって都合のいい状況になり、抑えられなくなった思いを爆発させたんだ。そして十四歳の長女に対して性暴力を開始する。それも毎日毎日。そんな日々が嫌になった長女は部屋に引きこもる様になった。元々気も弱かったこともあり、誰にも言えず、一人長女は塞ぎ込んでしまった。そしてそんな長女を雄介は蹂躙し続けた。声も漏れない様に細工もして。結果長女は中学も休む様になり、そのまま卒業。そして高校にも行かず、ずっと引き篭もっているらしい。そんな異変を察知した穂波が度々児相に相談してたんだが、誰が呼び掛けても長女が部屋から出てくることは無かった。そしてどんなに穂波がその状況に対して怒っても、何も変わらなかった。でもそれは当然だ。だってずっと穂波は、自分の長女が自分が愛している人に、今何をされているか何も知らないから。だからその思いが伝わることは絶対にないんだよ。」
その凄惨な内容に全員が怒りを抑えるのが難しくなっていた。
「さて聞くまでもないが当然これは買取対象だ。よって今夜決行する。そしてその作戦をこれから決めていく」
そう蔵馬が切り出すと同時に、今回の作戦の概要を話し出した。
「今回は家への侵入は何も難しくはない。問題はシラを切ると想像出来る雄介と、何も知らない穂波をどう攻略するかだが」
「証拠でっちあげるとかはどうですか?」
緑がそう提案して来た。そして緑が驚愕のシナリオを思い付く。
「今帰ったぞー」雄介は普段通り自分の家に帰って来た。
「お帰りなさいあなた」
穂波が家から出て来て雄介を迎える。何も変わらない一日の光景。
「大輔の調子はどうだ?」
「今の所落ち着いてるわ」
そんな他愛の無い夫婦の会話そして夫婦の時間。何も変わらない。どこにでもある普通の家族。穂波だけはそう感じていた。だが雄介は違う。雄介にとって今の時間はどこか偽りの
時間。そう雄介の楽しみは夜しかないのだ。そんなことを穂波は知らない。そして雄介はいつもの自分のルーティンを送りその時が来るのを二階で待っていた。そう穂波が寝る時間をただ待っていたのだった。
そしてその時間が来てから雄介は本性を現し、長女優香の部屋に向かってゆっくり歩き出した。優香の部屋は鍵が掛かっていたが雄介はその合鍵を内緒で作りいつも犯罪を犯していたのだった。そしていつもの様に鍵を開けて長女優香の部屋に侵入を開始した。
部屋は暗くとても汚れていた。そしてその中に若い少女の身体が布団にくるまって横たわっていた。雄介は長年の行為でそれが優香だとわかっていた。
「優香。今日も来たよ。さー一緒に楽しもう」
そう言って布団の中に入った時突然部屋の明かりが点いた。
「予想通りのクズだなお前」
雄介が振り向くとそこには暗がりの中に一人の男性と三人の女性がいた。蔵馬と純と舞と緑だった。雄介は当然困惑して言い返した。
「な・・・・なんだ!お前達は!警察!警察呼ぶぞ!」
そう声を荒らげた雄介に対して、蔵馬達の後ろから声が聞こえた。
「け・・・警察行くのは・・・パパの方だよ・・・」
その声に雄介はとても驚いた。そこには布団にいるはずの長女がいたからだ。
「えっ⁉︎じゃーこの布団の中にいるのは誰だ⁉︎」
その困惑している雄介に向かって、
「本当最低だよね・・・自分の妻のことすらわからないなんて」
雄介は驚愕した。そこには一階にいるはずの自分の妻がいたからだ。
―数時間前―
「証拠でっちあげるとかどうですか?」緑がそう蔵馬に提案した。
「どういうことだ?」当然の疑問を蔵馬は緑に返した。
「だから現行犯で妻にその姿を見せれば何も問題ないんじゃないんですか?」
そうあっけらかんと緑は返した。確かにそれが出来れば何も問題はない。でも夫を信じている妻がそう簡単には信じないだろうことは誰もがわかることだった。でもそれでも緑は続ける。
「まず私が穂波に全てを話します。私は弁護士なので説得力には自信あります。でもそれでも信じないだろうから実際に体験してもらいます。被害者として娘との入れ替わりをそこで提案します。後の問題は長女の方ですが、こっちは唯さん説得お願いします。唯さんならその長女の心に寄り添えるはずです」
そう力強く全員に話した。この緑の提案に最初は皆んな驚いていたが
「私が長女優香さんの心を開きます。蔵馬さんそしたらこの作戦成功しますよね?」
そう唯が蔵馬に質問した。
「うん・・・確かに・・・いけるかもな・・・よし!じゃー細かい立案は緑!お前に任せた。」
「わかりました」緑は力強く答えてすぐにシナリオを作り出した。
驚く程そのシナリオ通り事は運んだ。
まず緑は自身の本職である弁護士で穂波に近づき、ある人の頼みで長女を守って欲しいと言われたと言って穂波に全てのことを話す。最初は半信半疑で聞いていた穂波だったが、夫が性犯罪を娘にしているという疑念が払拭しきれずに、穂波の提案に乗ることになる。
そしてその穂波と一緒に、保育士である唯が、長女優香の心を開きにかかる。最初は何も反応しなかった優香も、唯のその姿勢と穂波からの説得もあり、今回の作戦に乗ることになる。
そしてこの作戦の肝となる入れ替わり作戦を実行する。この後の作戦自体はとてもシンプルだった。雄介も馬鹿ではないから妻が寝る動作をわかっている。ただわかっていなかったのはその妻がどこで入れ替わったかだ。決まった行動しかしない男には絶対にわかるわけがない。なぜなら妻は雄介が風呂に入っていた時に、既に長女の布団に入っていた。そして鍵を掛けていたのだ。そしてその間に妻役の唯が長男を寝かせる。唯にとって子供を寝かしつけることなど何よりも容易だったのだ。そうして穂波がいつも寝ていた時間に電気を消せば入れ替わりは完成する。蔵馬達は二階にある暗闇の一室にずっとスタンバイしていて部屋の鍵の音と共にその部屋に雪崩れ込んだ。これが今回の入れ替わり作戦の全容だった。
「ほ・・・穂波⁉︎ な・・・何でここに⁉︎」
雄介はとても驚いて長女の布団に入っている自分の妻の方を見た。そんないつも見慣れている自分の妻に驚いた雄介を見ながら穂波は号泣し出した。
「し・・・信じてた・・・ずっと・・・信じてたのに!弁護士さんに言われても・・・そんなこと有り得ない!有り得る訳がない!って・・・なのに・・・どういうこと!あなた!」
穂波は声にもならない声で泣きじゃくりながら雄介にそう言葉を投げかけた。
「ち・・・違う!違うんだよ!これには理由があって・・・そう・・・理由が・・・」
雄介は狼狽えながら穂波にそう弁論を述べようとした。
「じゃーどんな理由なの⁉︎どんな理由があれば実の娘を襲えるの⁉︎ねー!答えてよ!」
穂波は号泣しながらも力強く雄介にそう問いただした。
「そ・・・それは・・・」
雄介はもうしどろもどろし過ぎて言葉が出なくなっていた。そんな様子を見て蔵馬が話し出した。
「はー・・・夫婦喧嘩は後にしてくれませんかねー。ってかそもそも奥さんあんたそこまで旦那責めれるの?実の旦那が娘蹂躙している時あんた何してたの?娘のSOS何も気付かなかったの?それもどうかと俺は思うけどね」
そう号泣している穂波に対して吐き掛ける様に投げ掛けた。
「ちょ・・・ちょっと!あんた!悪いのはこのクソ男で奥さんは何も関係ないじゃん!」
その様子を見兼ねて純が蔵馬に噛み付いた。
「はーっ⁉︎ お前何言ってんの?俺からしたらこの女も同罪だぞ!だって娘見捨ててたのは事実だからな!それも何年も!それに対して何も罪が無いとかそんなことあり得ないだろ!こいつが早めに気付いていたらこの子はここまで傷つかずに済んだんだぞ!」
蔵馬はあまりにも解らず屋の純に対して自分の主張をぶつけた。そんない言い争っている二人の間から
「もうやめて!」急に声がした。
それは長女優香の声だった。優香ははそして話を続けた。
「私が・・・私が悪いの・・・最初はママに相手してもらえなくなって・・・それで寂しくてパパに抱き付いたの・・・でもそれは娘としてだったのに・・・パパは私を女として見てて・・・そこで勘違いさせて・・・ママにも何もないと嘘を付いて・・・ママを心配させたくはないから・・・でも・・・私の心は次第に壊れていく・・・もうやめてと言ってもパパはやめてくれない・・・そしてどんどん壊れていったの・・・」
優香は号泣しながらそう話し出した。実は誠の報告は少し違っていたのだった。長女の言葉でその事を知った一同は言葉を失っていた。そしてその真実を聞いた穂波は
「ゴメン・・・ゴメンね・・・許してくれとは言わない・・・でも謝ることぐらいはさせて頂戴・・・」
そう優香に向かって土下座して号泣しながら涙声で話した。
「優香ちゃん。決めるのはあなただよ。ママと今後どうしたい?」
緑が穂波の訴えを聞いて更に号泣している優香を抱き締めながら優香に語りかけた。
「私・・・私は・・・私はママと住みたい!ママとは離れたくない!」
優香は号泣しながらそう緑に答えた。
「決まりね」。緑はそう言った。
「ん?ん?ん?緑?どういうことだ?」
蔵馬はまるでドッキリにでも掛かったような顔で緑に聞いた。
「ゴメンね。蔵馬さん。実は一つ言ってなかったことあって・・・」
緑が舌をペロって出して蔵馬に話し出した。そして蔵馬に穂波と約束した事を話し出した。
「もし、もしも今回真相を知ってそれで娘がもしも貴方と暮らしたいって言ったらどうしますか?もちろんその場合は旦那とは別れてもらいますが・・・」
「もし・・・・本当に旦那がそんな酷いことをしていて・・・でもそれに気付かなかった娘が・・・もしもまだ私と暮らしたいって言ってくれたら・・・私は離婚して娘と息子と一緒に暮らします!」
「な・・・何だとー・・・⁉︎ 何でそんな勝手な約束したんだよ!緑!」
そう蔵馬は緑を叱咤した。その後ろから舞が話し出す。
「すみません。蔵馬さん。私です。私がお願いしたんです。どうしても・・・自分と同じに思えて・・・状況は違うんだけど・・・でも救いたいと思ったんです!」
そう舞が真相を打ち明けた。
「お前達―――!何を揃いも揃って勝手な事をーー!」
蔵馬は怒っていた。そんな時、階段の下の方から声がした。
「蔵馬さん。私からもお願いします。ここの息子は精神障害児で施設で見るのも少し難しいです。でもこの奥さんはそんな息子の事を第一に考え・・・いや考え過ぎたからこそ今回の事件が起こったんだと思います。だから・・・奥さんのこと許してもらえませんか?」
階段の下で唯がそう小声で懇願した。
「お前達!そんな勝手が許されると!」蔵馬は更に怒っている。そんな事態を見て純が、
「ねーあんたさ。あんたのやり方だとこの後大金をこの男にくれてやるんだろ?でもさこんな男金くれてやる価値もないわよ。それでもあんたが考え変えないならこの事知事に報告するけどそれでもいい?」
蔵馬にそう言い切った。その言葉の後で緑がゆっくり蔵馬の耳元まで近づき、
「まー今回の件は警察案件だからこの男逮捕されちゃうかもね・・・」
そう囁いた。そんな色々な声を聞いて蔵馬は頭を掻きながら、
「・・・わ・・・わかったよ・・・認めればいいんだろ?」
と言いながら、渋々全員の提案を飲むことにした。
「やったね!」純が飛び上がって喜んだ。
「よかった本当によかった」。舞は泣きながらそう歓喜の声を挙げた。
「ありがとう蔵馬さん」。緑は蔵馬に頭を下げて感謝を述べた。
「本当に良かった」。唯は階段下で静かに喜んだ。
そんな様子を見て穂波と優香は号泣しながら
「あ・・・ありがとうございます・・・」
と深々と蔵馬に頭を下げた後で二人は向かい合いお互いが抱き締め合った。
「ごめんね・・・本当にごめん・・・」「ううん・・ママ・・・もういいの・・・」
穂波はいつまでも優香に謝り続けた。優香はそれに対して何度も許し続けた。
「さて、というわけで色々あったけど子供とそれとあんたの奥さんは俺達が頂いていくから。あんたは早いとこ警察に出頭する準備しときな。娘に被害届出される前にな。それが親としてあんたが最後に出来る努めだ。じゃーな」
蔵馬は雄介にそう吐き捨てる様に言葉を投げ付けた。雄介はそれに対して項垂れながらも軽く頭を下げた。
「さて帰るとするか」
蔵馬がそう言うと二階にいた雄介以外全員が蔵馬に付いていく様に外に出た。その様子を見て唯は部屋に戻り寝ていた大輔をそっと抱えた。そして子供達と自分自身の身分証や保険証等の最低限の用意だけをする様に穂波に指示をして、それが終わるとそのまま大輔を抱いたまま外に出た。穂波もその後を付いていく様に外に出た。
「バタン」
その音と共に入口のドアの扉は閉まった。もうその家には男しかいない。今更全てを後悔している男しか。
外に出た蔵馬達を見て、
「健人。今日もお疲れ様」、と待ち伏せていたかの様に涼子が声を掛けた。
「お・・・おう・・・」
蔵馬はちょっとバツが悪そうな顔をしながら涼子にそう返した。蔵馬はさっきのやりとりの事を純がバラさないかと内心ヒヤヒヤしていた。そんな蔵馬を知ってか知らずか、
「健人。今日はなんかいっぱい回収したな」、と影山が声を掛けて来た。そんな影山を見て、
「そうだ!元はと言えばお前が間違った情報渡すから・・・」
そう言い掛けて涼子の方をチラッと見てこれ以上言うのを蔵馬はやめた。これ以上言うとさっきのやり取りがバレるからだ。
「なーに?何かあったってことなの?」
そんな蔵馬の様子を見て、涼子は蔵馬の顔を覗き込みながらそう聞いてきた。
「い・・・いや・・・何でもないよ・・・」
蔵馬は絶対バレたくないのか涼子に対して顔を背けながらそう答えた。
そんなやり取りを見ていた影山が、優香をそっと抱きしめて外に出てきた穂波を見ながら、
「健人。今回のは俺でも見抜けなかった。さすがに親を気遣う子供の気持ちのその真意は、誰にも解らないよ。それがわかればおそらくもっと児相は多くの子供を救えただろうから」
そう寂しそうに小声でポツリと呟く様に言った。その様子を見て蔵馬と涼子は影山にそっと寄り添った。そんな三人を見ながら
「本当に・・・ありがとうございました・・・」
穂波と優香は深く頭を下げた。そして唯が乗ってきた車に乗り込んだ。そして唯は車を走らせて夜の闇へと消えていった。気付いたら舞と緑ももういなくなっていた。
またも取り残された純に涼子がそっと声を掛ける。
「また置いてけぼりくらったね。じゃー乗って行く?」
純はその誘いに頷き、涼子の車に乗った。
「じゃーこの子送ってくるからね」
そう何かを話している蔵馬と影山に話した後で涼子は車を走らせた。
その運転の最中、涼子が純に尋ねた。
「どう?この仕事の意味少しはわかった?」その問いに対して純は、
「まだ・・・解らないです・・・これが本当に正しい事とは・・・まだ思えません・・・でも・・・絶対駄目とももう言えません・・・だって・・・実際に救わないといけない子供はこの世の中にいるってことが嫌って程わかりましたから・・・」
今自分が感じている思いを涼子にぶつけた。
「・・・そう・・・確かに正しいことをしているとは私も思ってないわ。でも・・・誰かがやらないといけない・・・これはおそらくそういう仕事なんだと・・・私もそうやって自分を毎回納得させているの・・・そうしないとおそらく悩んでしまうから・・・」
涼子も今の自分の気持ちを純にぶつけた。二人はその後お互い何も言えなくなり、ナイトフォレストに着くまで、お互い沈黙していた。そしてナイトフォレストに到着して、車を降りた純に対して涼子は、
「多分・・・貴方のその考え・・・それがおそらく・・・答えだから。とりあえずその気持ちで頑張ってみて。それじゃーね」
そう少し明るく、でも少し寂しく、純に話した後で車に乗り込み、夜の闇に消えていった。
純は一人になってそのままナイトフォレストの中に入った。
純が部屋に入ろうとした時にふと舞が声を掛けてきた。
「今日は・・・ありがとね・・・」そう無愛想ながら純に感謝の言葉を掛けてきた。
「こ・・・こちらこそ・・・対してお役に立ててませんが・・・今度もよろしくお願いします」
そう言って純は急に声を掛けてきた舞に対して焦りながら頭を下げて返した。その様子を見ながら舞が
「でも穂波さん・・・本当に良かった・・・」そう遠くを見つめながら言った。
「確かにそうですね」。純はそんな舞に相槌を返した。
「あっそう言えば一之瀬さん。知事とはどんな関係なの?何か今日も一緒に帰って来たみたいだけど・・・」舞はふと思い出したように純に尋ねた。
「な・・・何って程の関係でもないんですけど・・・ほら私まだ一人前ではないから一人で現場に行けなくて・・・前回は朽木さん、今回は唯さんに乗せて来てもらってたんですけど・・・何か気付いたらいなくて・・・いつも・・・」
そう舞に答えた。すると途端に舞は、
「アッハッハ・・・なるほどねー・・・」
そう言いながら大笑いすると長い髪を掻き上げながら、
「まー朽木さんはいつもは来ないし、唯はいつも誰か乗せてるからねー。あっそうだ!今度からはうちが送ってやるよ」、と純に提案してきた。
「ぜ・・・ぜひ・・・お願いします」。そう言って純は頭を下げて舞にお願いした。
「じゃー決まりね!じゃーまた明日ね」。舞は純にそう言うと自分の部屋に戻っていった。
(なんか最初は無愛想な感じだったけど・・・本当はいい人なんだな・・・)
そう純は舞の評価を心の中で見直す事にした。そんな純の背後から、
「ホッホッホ。上手くやっている様じゃの」
と急に朽木が声を掛けて来た。純は驚きながらも朽木に対して、
「はい・・・本当に・・・何とか頑張ってます」
そう答えた。その様子を見て朽木が、
「ホッホッホ。それは何よりじゃ。さーもう部屋に戻りなさい」
そう言いながら純に部屋に入る様に促した。そしてその後で、
「そういえば言ってなかったけど。別に毎晩警報音鳴る訳ではないからの。本来はあれが鳴る前に私達は仕事を行なっておる。ただ稀に緊急事態ということは起こりうる。その為の警報なんじゃよあれは。だからいつもは今日みたいな感じじゃからの。一応それだけ伝えとくからの。それじゃーおやすみ」
そう言い残し去っていった。
(はーーーーーーっ⁉︎ じゃー私が来たタイミングってレアケースだったのーーー⁉︎ )
純は何とも言えない気持ちになって布団に潜り込んだ。
【第三話】
「ピピピッ!ピピピッ!」
純のスマホのアラームが鳴っている。純はその音と共に目を覚ました。
(んと・・・今日の予定は・・・っと)
純はそう言いながらタブレットを開いてスケジュールを確認した。今日も十二時から会議があるだけとしか書いていない。
(私ここに来て仕事らしい仕事してない・・・って言うかそもそも日中何の仕事も渡されていない・・・こんなんで働いているって言えるのかな〜・・・)
純は当たり前の疑問を頭に浮かべていた。そのせいか、それとも今までの生活のせいかは解らないが、純は今でも朝早くに起きている。そして家で過ごしていた時と同じ様に今日から生活しようと思い、初日に色々頼んでいたものを使って、朝食を作り出した。今朝はトーストと目玉焼きとサラダだ。それらを一通り食べてからシャワーを浴びて着替える。それでも昼までは全然時間がある。純には朝を過ごす習慣が無いので、ここからの時間の潰し方がわからない。なので結局昨日と同じ様に、十時頃に部屋を出た。
職員室にはまだ誰もいなかった。
(ハハハ・・・昨日と同じだ・・・今度舞さんに朝何してるか聞いてみよ)
そう思っていた純の後ろからまた明るい声が聞こえてきた。
「Good morning 純さん」。昨日と同じく声を掛けて来たのはマリアだった。
「えっとー・・・おはようございますマリアさん」。そう純が言い返すとマリアは、
「ノンノン。カタイねん。もっとリラックスしていこか」
そう言って挨拶をしてきた純の肩を持つと純を後ろ向きにして肩のマッサージを始めた。
「な・・・なにしてるんですか⁉︎」
純がマリアの急な行動にとても驚き恥ずかしがりながら声を上げた。
「マッサージや。モミモミすると緊張解れるで」
そう言ってマリアは純の肩のマッサージを始めた。そしてマッサージしながら純の耳元で囁く様に、
「もうここには慣れましたか?早く慣れて欲しいデス」
と言った。さっきまでの関西弁と違うその何とも言えない色っぽい声に純は顔を赤らめた。
「は・・・はい・・・な・・・何とか・・・です・・・」
純は最早マリアの言いなりと化していた。なぜかはわからないがマリアには不思議な魅力があり、気付いたら何も出来なくなる自分がいることを純は身体で理解していた。
「ウフフ・・・純さんは可愛いですね・・・もっと虐めたくなってしまいそうです・・・」
マリアは天使の様な小悪魔の様な微笑みを浮かべて純にそう囁いた。そして、
「ここの大人の人、私と朽木さん以外皆んな朝起きて来ないです。だから私寂しいです。なので純さんとこうやって朝から戯れて私は幸せデス」
そう耳元で囁いた後で、純の眼を見て軽く微笑んだ後で、純の眼を見つめた。純はそのマリアの色気溢れる大きな眼で見つめられて、ただ照れるしか出来なかった。そんな純を無視して後ろで学生の声がした。
「マリアさん!トラブル発生です!」
そう言われると、マリアは下を向いて軽く溜め息をついた後で、以前見た様な凛とした顔に戻り、
「今行きます」、と言ってまたオペレータールームに戻っていった。
(な・・・何だったんだ・・・それに・・・マリアさんって二重人格者⁉︎)
そう困惑している純の後ろから声がした。
「おや?一之瀬さん早起きですね」
また背後から声がしたことにびっくりしてその声の方に純が振り向くと、そこには朽木が立っていた。
「お・・・おはようございます」
そう言って純は朽木に対して朝の挨拶をした。そして朽木に昨日から疑問に思っていることを伝えた。
「あの〜私って、昼の仕事は何も無いんですか?」
そう問い掛けた純に対して朽木が答えた。
「ふむ。うーん。確かに何もしないというのも違いますか。でもまだここの子供と触れ合っても無いからの〜。ふむ。まだ会議まで時間もあるし・・・まずは触れ合ってみますか・・・」
そう言って朽木は純を一階に連れて行った。
一階はいつもと変わらず賑やかだった。そしてふと純に話しかける。
「時に一之瀬さん。子供は好きかね?」その急な問いに対して、
「んと〜・・・嫌いではないかな・・・ぐらいです・・・」そう答えた純に対して、
「・・・よろしい・・・ではちょっと中に入ってみますか。とりあえず最初は小学校低学年から行きましょう・・・」
と朽木が答えた。純には今まで一つこの階で疑問があった。給仕場を除き、幾つかある子供部屋のどこにも扉が見当たらなかったからだ。そんな純を連れて、朽木は小学校低学年の部屋に辿り着いた。そしておもむろにその透明な壁に手を触れた。すると、
【ガチャ】
その音と共にその透明な壁が奥側に開いた。
(⁉︎⁉︎⁉︎ 何―――⁉︎)
純は目の前で起こったことが全然理解出来なかった。確かにそこは壁だった。それは純にもわかる。でもその壁がドアの様に開いたのだ。ノブも認証する機械もないのに。そんな困惑している純を見て朽木が、
「何を驚いているのじゃ?この施設のドアは大体全部こんな仕組みじゃよ。ほれ一之瀬さんの部屋のドアもそうじゃろ?」
と呆気らかんとした顔で答えた。確かに朽木の言う通り、この施設の扉で純が見たところは概ね掌認証だった。いや、そもそもその認証システム自体が、純が今まで見たことのない近未来のシステムだった。そして今、純の目の前で起こった出来事もそのシステムの一つでしかないと言うことを、朽木は純に話したかったのだ。
そしてそんな純をよそに、扉を開けた朽木が純を部屋に手招いた。
その扉の中は廊下から見た通り小学校の様に見えた。ただ大きく違うのは、そこには先生がいないということだ。そしてそこにある机には何人かの子供が椅子に座ってタブレットをずっと見ている。
(タブレットで勉強⁉︎それは聞いたことあるけど・・・)
そう思って子供達のタブレットを覗き込んだ純はその映像に違和感を覚えた。
(あれ?これって?どういうこと?)
そのタブレットはまるで教科書の様だった。そのタブレットには先生が授業している映像も何も無い。塾講師が何かを教えているといった映像を流している訳でもない。ただの教科書そのものだった。おそらく国語だろう。昔教科書で読んだことがある様な物語がそこには載っていた。そしてそのタブレットの下をスライドするとそこには問題集の様なものが出て来た。おそらくその物語に対してのことに関する問題なんだろう。そしてそれぞれの子供が持っていたタブレットそれぞれのアプリの構成がそうなっていた。違うのはそこにいた子供がおそらく小学一年生〜三年生であった為、その学部毎で見ていた画面が違うという点だ。つまり子供達は個々別別に見えて実際は同じ時間に同じ教科を解いているということになる。これはつまり学校と同じ集団行動を伴う教育であると言えるだろう。
「この勉強方法って・・・学校と同じですよね・・・でも何で個々でタブレットでやっているのですか?そもそもこの仕組みなら先生さえいればタブレットもいらないんじゃないんですか?」
純は普通に思っている疑問を朽木に投げかけた。すると朽木は、
「先生・・・ですか・・・昔ならそういう言葉には何の疑問も持たなかったのでしょうね・・・でも昨今の先生は最早教師と呼ぶには相応しくない人が多数います・・・」
そう純に話すと、遠くを見つめながら語り出した。
「その昔・・・先生という職業はとても崇高高いものでした。それこそ子供と先生の関係というのは一種の主従関係。絶対的存在とまで言えるかもしれません。もちろんそのせいで一部行き過ぎた暴力をしている様な方もいましたが、それも全て子供のことを想っての行動の一つでした。それが最近は子供に遠慮したり、子供を子供として見なかったり、そもそも大人にも成り切れてなかったり・・・かつて憧れの存在として存在していた先生というものは最早この世の中には存在していません。なのでこの施設では先生は作らない事にしました。ただ、学校というシステムはそれ自体は集団的行動の基本にもなり、かつ仲間と共に成長する喜びを見つけることも出来、それでいて時間に対する行動も身につくことから、低学年の間はあえて学習というスタンスではなく、学校教育というスタンスを生活習慣として組み込む事にしております。ただ高学年からはまたこのスタンスではなく、違うスタンスで生活習慣を組んでいるのですが、それはまた今度にしましょう」
その話を聞いた純は、自分の子供の頃のことを少し思い出していた。自分が施設育ちだったこともあり、自分自身はそういう経験は確かになかったが、その当時様々な問題が他の学校で起こっていたことを純は思い出していた。そうして純が色々と考えていた時だった。
【キンコーンカーンコーン】
子供達が持っていたタブレットからその音が流れて来た。純はその音で我に帰った。
そしてその音をきっかけに、その部屋にいた小学生がタブレットを机の上に置いた。おそらく休憩時間になったのだろう。子供達は思い思いに動き出した。そして不意に一人の子供が純に声を掛けて来た。服のところの名札には⦅マサト⦆って書いている。
「ねーねーお姉さんはどこから来たの?」その問いに純は、
「お姉さんはね、区役所からお願いされて、ここに来たんだよ〜」と純が答えるとマサトは、「ふーん・・・それでここに来て何してるの〜?」と聞いてきた。
そう聞かれてしまった純は、
「えっ⁉︎ えっとー・・・そのー・・・」
その不意に聞いて来た純粋な質問に答えれなくて、朽木の方に目をやった。すると朽木は、
「このお姉さんはねまだここに来たばかりだからね仕事するのはこれからなんじゃ」
そう純に助け舟を出した。
「ふーん。そうなんだ」。マサトは不思議そうな顔をしながらそう言った。
そしてそのまま、同じ学年の子が遊んでいるエリアに向かって走って行った。
その様子を見て朽木は純に語り出した。
「あの子、マサトさんはね、親を知らないんじゃ。あの子は赤子の頃からここにいるからの〜。まーそれが良かったのか、ここでは擦れてはおらず真っ直ぐに育っておる。ただ本当ならここの生活も知らない方が幸せだったのかもしれんの。じゃがこればっかりは比較のしようもない事なんじゃ」。そう遠くを見つめながら純に言った。そしてそれから一呼吸置いた後で純に向かって、
「さて、軽く子供達を紹介でもして行こうかの〜・・・えっとー向こうでマサトさんと一緒に遊んでいる男の子がユウキさんじゃ。彼は育児放棄されて施設に入っていた子での、別の施設から来た子なんじゃ。まーじゃからかは知らんが少しまだ心を開けてはおらんかもしれん。そしてその向こうで一人で遊んでいる男の子がケンジさんじゃ。彼は虐待されていたところを保護した子供での。やっぱりそういう子は中々心を開かない。いつもああして一人でいるかの。そしてその向こうにいる女の子がミウさんとエリさんじゃ。この二人は実は境遇が似ておる。どちらも親から捨てられた子供なんじゃ。まーよくある子供を置いて出ていくパターンじゃな。同じ境遇で歳も同じってこともあって、いつも二人で遊んでおるんじゃ。一年生は今のところこんな感じかの。次は二年生じゃが、向こうで三人固まって遊んでいるのがダイキさんとシンジさんとアカリさんじゃ。三人共実はここでは幼児からの仲なんじゃ。ただそれぞれ境遇が違い、ダイキさんが親が自殺、コウジさんが育児放棄、アカリさんが親が交通事故で死亡で、ここに来たんじゃっけのう。そしてあっちにおる男の子二人が三年生じゃ。ショウさんが虐待で保護、ヒロさんが親に借金の方になりそうなのを保護したんじゃ。そしてあそこでお人形遊びをしているのが三年生のミナミさんとマリさんじゃな。ミナミさんの方が確か親が犯罪を犯して身寄りないところを保護して、マリさんの方が確か育児放棄じゃったかな。やはりここの施設での生活が長くなると不思議とドンドン明るくなっていく。一年生に比べて三年生の方が若干明るく見えるのも、おそらくそのせいじゃろな」
そう淡々と遊び場で思い思いに遊んでいる子供達を見ながら、朽木は純にそれぞれの子供達の生い立ちを話した。純は驚いた。ここにいる子供だけでも様々な境遇があったからだ。そして何よりもその様々な境遇の子供達が、同じ教室である種の同じ時間を過ごしているこの環境に驚愕した。そして今その子供達は、様々な思いを抱えながらも、この同じ部屋で同じ教室同じ遊び場所で過ごしていることに、少し感動すらしていた。
その部屋は本当に学校の様であり、施設のそれでもある作りであった。部屋には仕切りこそは無いが区切られている様に見え、勉強するエリアがあるかと思えば遊び場の様に玩具が置かれているエリアがある。そしてその奥にはおそらくフリースペースと思われるだだっ広い場所がある。この子供達はここで寝食を共にしているんだと純は感じ取った。そんな子供達と一緒に過ごしていると、
「おや。そろそろ時間ですな。では上に戻りましょうか」
そう朽木は純に言った。その言葉で純は一緒に上に戻ることにした。
ただ純は、もう少しここにいてこの子達に寄り添っていたいと思っていた。
二階に戻った二人の前に蔵馬が現れた。相変わらずのボサボサ頭である。そして、
「こら!どこに行ってんだお前は!会議もう始まるだろうが!」
そういきなり純に怒鳴ってきた。
「どこって・・・一階よ!一階の低学年の部屋よ」
そう蔵馬に言い返した。そうすると蔵馬は、
「ふん。どうせそこの子供達を見て同情とかしてたんだろうがな。あいつらにとって同情が一番されたくないことだからな。寄り添うのと同情は大きく意味が違うからな。まーお前にそんなこと言っても言っている意味はわからんか」
と純に吐き捨てるように言った。純はそんな蔵馬に対して、
「あんたにはそれがわかるって言うの?誰に対しても高圧的なのに⁉︎子供には優しいって言うの?今まで子供に優しく接してるとこなんか見たことないけど!」
と言い返した。そんな様子を見ていた朽木が二人の間に入って、
「はい。そこまでです。もう皆さんミーティングルームで待ってますよ」
と言った。二人はまだお互い言い足りないことがあるのか、身体に熱を残したまま、とりあえずその場は言い合いをやめた。
そしてもう唯や舞や緑が集まっているミーティングルームに向かって歩き始めた。
「少々時間を押してしまったがそれではこれからミーティングを開始する」
蔵馬は少し憮然とした態度を出しながらも、全員にそう告げた。
「さて、今日のターゲットはこの女性だ。村上真由子。暴行歴は一切無し。というよりはネグレクトと考えていいだろう。調査の結果、この女性は一日ゲームばっかりしているゲーム廃人だということがわかっている。そして小学校三年生の長女である渚に四歳の弟、康二の面倒を押し付けている。また自身は家事を一切やらずにこれも渚に押し付けている。真由子が唯一やるのは保育園の送迎のみ。だから保育園から見たら良き母親に見えたのだろうな。そして学校に娘がきちんと行っていることからも、パッと見ではまさかネグレクトには見えないだろうな。表と裏の顔をきちんと使い分ける。今回は少し厄介な相手かもしれない」
「そして更に厄介な問題としてこういう家庭なのに金に困っていない。経緯としては元々真由子はそもそもちゃんとした母親だったんだ。そしてその頃には元旦那と一緒に育児や家事を分けてきちんと行うどちらかと言えばしっかりした母親だったんだ。でもその元旦那が愛人と一緒に家を出たことがきっかけで、真由子は一切の家事と育児の放棄を開始した。その理由は実はよくわかっていない。まー理由なんかはどうでもいいが。とにかくそういう元々のきちんとした母親だったこと、そして真由子は仕事はしていないが離婚の時に手に入れた多額の慰謝料と、そして毎月の養育費があるから世間から見てもむしろ裕福な生活をしている様に見える。おまけに何をどう仕込んだのかは知らないが、長女渚はその事実を一切誰にも喋っていない。なぜか進んで家事育児を行っている。これが一番不可解。本来であれば、こういう親に対しては不満が爆発したりして、どこかで話してしまいそうなのにそれが一切ない。だから尻尾が掴みにくい。とにかく今回は難しい案件になると思う」
そう蔵馬は厳しい面持ちで話した。そして更に話を続けた。
「もう一つ厄介事がある。住んでいる場所だ。多額のお金を有していることもあり、現在はオートロック付きの高級マンションに住んでいる。つまり家への侵入はとても困難であると言えるだろう。もちろん出来なくはないが・・・」
そう言うと口を摘むんだ。その様子を見て唯が切り出した。
「あの〜蔵馬さん。そもそも子供達はどうなんですか?今の生活に満足しているんですか?そこは影山さんからどう聞いてますか?」
その問いに蔵馬が答えた。
「誠もそこが実はよくわかっていない。実際誠も今回のケースが果たしてナイトフォレスト案件として正しいのかはよくわかっていない。今回は命の危険があるわけでも子供の人権を無視しているわけでもないから」
蔵馬はとても難しい顔をしながら唯の問いにそう答えた。今度は舞が切り出す。
「そもそも子供達の気持ちなり何なりをまずは確認した方がいいのではないでしょうか?ちょっと今回の件は特殊過ぎます。確かにこの母親には愛情は全く感じられません。でも子供達は母親とは離れたがっているようには思えません」
その舞の意見を聞いた蔵馬は、腕を組んで下を向き黙り込んでしまった。蔵馬も今回のケースに対してはまだ動くべきか自信が持てないでいるのであった。
そんな様子を見て今度は緑が切り出した。
「今回のケースは不明瞭が多過ぎます。そもそもなぜ母親はネグレクトになってしまったのでしょうか?そして旦那はなぜ愛人を作ってしまったのでしょうか?聞いている感じだととてもいい父親だった様に思えます。そして母親の方も良き母親だったと思います。そして今も養育費を払っていることからも、元旦那は子供達を今も愛しているのは間違いありません。なのに親権は放棄している。このケースだと現在の母親の様子を元旦那にバラして、元旦那に子供を引き取ってもらう様に事を進めるという方法の方が良いように思います」
その緑の意見を聞いて、蔵馬は頷きながら、そして考え事をしながら、そこにいた皆に話を切り出した。
「実は、影山の報告で一つ気になる文章があってな。まだ離婚する前に一度真由子は警察に厄介になっていることがある。その原因がどうやら育児とかではなく、元旦那の浮気を疑って真由子が包丁を持ち出して元旦那を刺そうとしたことらしいんだが、どうもその通報の時の状況が妙だったらしい。警察が見た様子だと旦那が酷く怯えていたと・・・もちろん包丁持っている相手に対して怯えることはあるかもだけど・・・警察が到着して真由子から包丁を取り上げてもまだ怯えていたと・・・もしそこに別の理由があるとしたら・・・今回のケース一筋縄では行かないかもしれない・・・」
その言葉にそこにいた純以外全員が口をつぐんだ。もしネグレクトの原因がその理由にあるんだとしたら、下手に動くことは子供達の危険になりかねない。そこにいた純以外全員がその可能性を考えたのだ。そして蔵馬が切り出す。
「今回はまず確認が先だ。緑、お前は元旦那に話を聞きに行ってくれ。但し、今の真由子の現状は話さずにな。特に何で離婚に至ったか。おそらくそこに答えがあると思う」
「そして舞、お前は康二の保育園で待機していてくれ。場合によっては以前の職権使ってもいい」
「そして唯、お前は渚が通っている小学校だ。こっちも状況によっては動くことになる」
「そして純、ちょっと不安だけどお前には場合によっては一番難しい役目を担ってもらうからな。とりあえずここで待機だ。以上」
そう全員に蔵馬は指示を出して、会議は終了した。
真由子はいつもと変わらない日常を過ごしている。ずっとテレビの前でゲームをする生活。
そして時間になると康二を迎えに行く生活。そう、これが真由子の普段の日常だった。
そしていつもの様に康二を迎える為に外に出た。時刻は十七時だった。
真由子は保育園に着いていつもの様に康二を呼んだ。しかし康二はそこにはいない。
何か異変を感じた真由子は保育士さんに尋ねた。
「あの〜康二がいないんですけど、どこに行ったか知りませんか?」
その問いにそこにいた保育士が答える。
「あれ?真由子さん⁉︎何でここに⁉︎先程警察の方が来て康二君連れて行きましたよ。ママが事件を起こして大変だから迎えに来たって」
真由子にはその言葉の意味がわからなかった。
(誰かが警察のふりをして康二を?何の為に?・・・ま・・・まさか・・・⁉︎)
一瞬真由子の頭に一抹の不安がよぎった。そして保育士に頭を下げると今度は渚の携帯に電話した。だが渚は電話に出ない。
(ま・・・まさか・・・⁉︎)
真由子がそう思っている刹那、急に真由子の携帯が鳴り出した。
真由子が慌てながらその電話に出ると、
「息子と娘は預かった。返して欲しくば指定された場所まで来い。もし警察に話したらあんたが今まで隠してきたことについてあんたの関係者全員にバラすからな」
と、その声の主はそれだけ言って電話を切って、真由子の携帯にメールで住所を送ってきた。
声の主はボイスチェンジャーを使っていて、声の特定は出来なかった。
真由子は不気味で仕方なかったが、言われた通りその場所まで行くことにした。
(大丈夫・・・絶対バレてるわけない・・・)
そう真由子は信じていた。
その場所は真由子がよく知る場所だった。昔、渚と康二を連れてよく来ていた公園だったからだ。その公園の暗闇の中から声がした。
「全く。大した奴だよあんたは。児相も誰も彼も皆完全に騙されたんだからな」
そう言いながら男が現れた。蔵馬だった。
「な・・・何のこと⁉︎・・・そ・・・そんなことより・・・私の渚と康二を返して!」
真由子はそう蔵馬に怒りながら返事した。その答えに対して蔵馬が切り出した。
「私の・・・ね・・・確かにな・・・巧妙で狡猾なあんたならそう言うんだろな。子供を完全に操っていたんだからな。薬と話術だけで。言葉通りアンタのものにして、アンタの言いなりになる様にしてな!」
そう蔵馬が言い返した。その言葉に真由子が激しく動揺しているのは誰が見てもよくわかった。
「な・・・何のこと⁉︎何の証拠があってそんなこと言うの⁉︎」
真由子は動揺しながら蔵馬にそう言い返した。
「証拠ね〜・・・緑!」
そう蔵馬が言うと、闇の中からもう一人女性が現れた。緑だ。
「はい。実はあなたの元旦那から色々話し聞いて来たのよ。そしたら興味深い話聞けたわ。元旦那はあんたの洗脳が解けて、色々怖くなったから離婚を決めたってね。最初から愛人なんかいなかった・・・そうそのシナリオはあんたが作った嘘だってね。そして元旦那はアンタが怖過ぎて逃げたけど、それでも子供達のことがずっと心配で、だから今もお金を送り続けてるってね。凄いよね。これで何で親権放棄してたかよくわかった。子供だったんだね。アンタにもう追われない様にする条件として、元旦那が提案して来たのって。アンタもそうだけど、アンタの元旦那も随分自分勝手だと思いますよ」
そう緑が吐き捨てる様に言った。その言葉に真由子が怒りを露わにした。
「何馬鹿なこと言ってんの!アンタはあの人に騙されてるんだよ!そうあの人こそ嘘つきよ!自分のことしか考えてない!だから他に女作って出て行ったのよ!騙されてるのは私!そうこの私なの!」
そう言って緑に突っかかった。その様子を見て蔵馬が切り出す。
「アイドル育成ゲーム・・・最初はそれがきっかけだったんだってな・・・ゲーム廃人の。二次元の世界にはアンタの理想があった。理想の男もいた。そういう生活を続ける内にいつしか現実に物足りなさを感じたんだろうな。だからアンタは作ろうとした。その生活を続ける為にはどうすればいいか。そのゲームをする時間を確保するためだけに、育児や家事の時間を減らそうとしたんだ。アンタはそれに反対する元旦那の意見も聞かずに」
「いつしかそれを障害と感じ出したアンタは、ネットの知識を元に見様見真似で旦那を洗脳しようとした。元薬剤師だったこともあり、薬の知識にも長けていたアンタは、そうして旦那を思い通りにすることに成功したんだ。もちろんその時は自分の気持ちをセーブしていたからゲームばっかりすることもなく、心の中にはモヤモヤしたものを抱えながらも、家事や育児をしていた。洗脳された元旦那も、アンタの言う通りに動いた」
「だが、旦那を支えたり助言をする女性が、おそらくその時偶然出来たんだろうな。アンタは旦那の洗脳が少し弱くなっていることで、それに気づき演技をしたんだ。元旦那が浮気をしているから刺そうとしたってな。まー思い通りかどうかはわからんが、結果アンタは通報されて、その構図がまんまと出来上がったわけだ」
そう言って蔵馬は事の真相を話し出した。真由子はさっきまでの怒りが嘘の様にそこに座り込み項垂れている。その姿はまるで犯行を暴かれている犯人そのものだった。そんな真由子に対して更に蔵馬が話を続けた。
「この事件がきっかけで、元旦那は更にアンタの言う通りに動く様になり、アンタは更にゲームにのめり込む事が出来る様になったが、ここで誤算が生まれる。何かのきっかけで旦那の洗脳が完全に解けてしまったんだ。そして元旦那はアンタの元を離れることを決意したんだ。アンタは相当焦ったんだろな。だから元旦那に言ったんだろ。これからの私の生活を保証しなければ息子も娘も殺すってね」
「アンタがどういう人間か知っていた元旦那はそのことに応じることにした。そしてアンタは今度はあろうことか娘の洗脳を始めたんだ。娘はアンタの言葉を信じ切った。そしてアンタの為の人形と化した。気を良くしたアンタは今度は息子に洗脳を始めた。まるで娘が実の母親であるかの様にな。おかしいと思ったんだよ。娘も息子も何も不満を言わないのは。そこで気づいたんだ。不満言わなかったんじゃなくて、言えなかったんじゃないのか。でも暴力ではないなら、洗脳しかないってな。これがアンタが作り出したシナリオだ。そうしてアンタは自分にとって都合の良い生活を手に入れたわけだ。子供も元旦那も犠牲にしてな!」
そう語気を強めて真由子に向かって言い放った。真由子はもう動けなくなっている。そんな真由子に対して、暗闇から子供の声がした。
「ママ・・・本当・・・なの・・・?今このオジさんが言ったこと・・・嘘・・だよね・・・私に早くママになって欲しいから・・・だからあえて私に全部お願いしてたんだよね?・・・だって家事や育児は毎日やらないと身につかない・・・って・・・そう・・・毎日言ってたよね?・・・渚なら出来るから・・・渚は出来る子だから・・・渚は我慢も出来るとてもいい子だから・・・だから・・・だから・・・だから・・・」
そこには泣いている子供がいた。渚だ。渚は舞に連れられてここに来ていたのだった。その渚の姿を見て真由子は絶句した。
「洗脳を解く一番の方法。それは真実を教えること。それもその本人の前で。真実だけには抗えない。誰もね。アンタは今まさに自分のその無様な姿を晒け出してしまったことで、この子の洗脳を解いてしまったんだよ」。舞がそう真由子に言い放った。
「全く。本当になかなかの酷いママだよね」
暗闇からまた声がした。唯だ。唯は康二を連れている。康二はまだ洗脳の最中にいる。
「ママ・・・ママはどこにいるの・・・?」
そう康二は寝ぼけながら言った。その様子を見て蔵馬が真由子に切り出した。
「アンタに一つチャンスをやろう。なーに簡単なことだ。実の息子が本当のママを当てればいいだけだ。もし俺が言っていることがまるっきり嘘なら、まさか息子はママを間違ったりしないもんな」
そう吐き捨てる様に真由子に向かって言った。そして唯に指示を出して康二に話しかける。
「唯。手を離していいぞ。」「康二君。ママは君の目の前にいるぞ。自分の足でママのところまで行くんだ。出来るよね?」
そう二人に言った。渚は康二とは離れた距離にいた。真由子は康二の真ん前にいた。誰がどう見ても真由子のところに寄って行くと思われた。真由子もその自信があったので、項垂れた身体をゆっくりと起こし、
「ママはあなたの目の前にいるよ」と康二に声を掛けて手を広げた。
「なんだ。ママはそこにいたんだ。ママ〜」
そう言って康二は駆け寄った。真由子の横を通り過ぎて渚のところに。
「アーハッハッハッハッハ!凄いな!アンタ。いっそ洗脳で喰ってったらどうだ?中々ないぞ?実のママを間違える息子なんてな!」
そう蔵馬は真由子に向かって言葉を吐き捨てた。真由子は茫然自失していた。
「ママ・・・嘘だよ・・・嘘だよ・・・こんなのって・・・」
渚は康二を抱き締めながら、号泣していた。そんな渚を抱き締めながら舞が切り出す。
「今まで・・・辛いのに辛いとも思えず・・・小学生らしいこともほとんど出来ず・・・それを悲しいこととも思えず・・・思えない事がこんなに辛いってようやく気付いたんだね。でももう大丈夫。これからはもう自由だよ。私達と一緒に行こう。あなた達が本当に子供として生活出来るところへ」
その言葉に更に渚は号泣した。今まで泣けなかった事が、辛いと思えなかったことが嘘の様に。今、渚の心の中は実のママに裏切られた悲しみで一杯だった。
「ママ・・・何で・・・泣いてるの?」
康二は渚が何で泣いているか理解出来ないでいた。まだ康二は洗脳の最中にいた。その様子に耐えられなくなったのか、真由子が急に、
「アッハッハッハッハッハ!」急にそう笑い出したかと思うと、康二の方に向かって、
「私がお前の本当のママだーーーーー!」と大声で言った。すると奇跡が起こったかの様に、
「マ・・・マ・・・えっ・・・?あれ?ボク何でここにいるの?あれ?渚お姉ちゃんどうしたの?あれ?」
康二は急にそう言い出した。康二の洗脳は今解けたのだった。その様子を見て、
「今解けても遅いのにね・・・ハ〜・・・でも最後ぐらいはママに戻りたかった・・・」
そう真由子は言った。そして蔵馬に対して、
「ほとんどアンタの言った通りだよ。私はゲームを取ったんだ。子供よりも旦那よりもね。そんな私にもう母親の資格なんか無いのはわかってるよ。元々邪魔だったんだ。早く連れて行ってくれ」
そう言うと真由子は立ち上がって、渚と康二を背にして歩き出した。その様子を見て蔵馬が、
「・・・最後の最後に・・・母親に戻ったな・・・でももう・・・遅すぎたんだよ・・・」
そう小声で呟きながら真由子に向かって言った。そして全員で真由子を見送った。
真由子は部屋に戻った。いつもと変わらない生活。いつもと少しだけ違う生活。その部屋には真由子しかいなくなった。真由子はいつもの様にゲームに向き合った。でもその顔には涙が溢れていた。
真由子は今まで自分がして来たことを後悔していた。もう遅い後悔だった。
号泣する渚ときょとんとしている康二を連れて、唯は公園を後にした。
「ちょ・・・ちょっと待てーーーー!」
そんな唯とは逆の方向から走って来た女性がいた。純だ。そして純は息も切れ切れの状態のまま蔵馬に対して、
「今回のやり方って犯罪だよね?だって誘拐してんじゃん!」と突っかかった。そして、
「なのに私には何の説明もなくボイスチェンジャーと紙だけ渡して母親にメールさせて。で私を施設に置いていくってどういうつもりなの⁉︎」
そう蔵馬に問いただした。すると蔵馬は、
「だってお前うるさいんだよ。何で?何で?何で?って仕事なんだから言われた通りにやるのは当然だろ!」と純に答えた。
「こんな仕事聞いた事ないわよ!私もしかして犯罪の片棒担がされたの⁉︎ちょっとー!責任取ってよね!私こんなので捕まりたくないわよ!」
そう騒ぎ続ける純に対して舞が切り出した。
「一之瀬さん。大丈夫よ。元々全ての責任はいつも蔵馬さんが取っているから。ね。それにあの女性は絶対に警察に通報は出来ないのはわかってたから」
そう純に対して諭す様に言った。
「どういうことですか?」純は当然の疑問を舞にぶつけた。すると舞は、
「今回の様なケース。実はそこまで珍しくないのよ。悲しいけどね。人って言うことを聞かす時には二種類の方法を取るの。一つは力。もう一つは言葉なのよ。そして力の最も凶悪なのが虐待なら、言葉の最も凶悪な方法が洗脳なのよ。特に子供は純粋だから洗脳しやすくてね。そして厄介なことに虐待よりも洗脳の方が対応が難しいのよ。虐待は引き剥がすだけで済むけど、洗脳の場合は普通に引き剥がすと子供の心が壊れてしまう。当然よね。引き剥がされる理由も何もわからないんだから。だからまずは先に子供に真実を見せて、一回洗脳を解く必要があるの。でもこれが中々難しくてね・・・」
そう言って純に丁寧に説明した。その言葉を聞いて純は、
「で・・・でも・・・だからと言って誘拐は・・・ダメなんじゃ・・・」
そう純が言うと舞は笑いながら、
「ウフフフフ。本当に誘拐はしてないわよ。今回のは一種の狂言誘拐ね」、と言った。
(どういうこと?)
純は当然の様な疑問を頭に浮かべた。そんな純を見て舞が話し出した。
「まず私は長男の保育園に警察の格好で行ったのよ。そして『康二君はいますか?』って聞いたのよ。向こうは私が警察の格好をしているもんだから慌ててね。何の疑いもなく康二君を渡して来たわけ。それで保育士には一言、『康二君のお母さんが事件に巻き込まれたんで康二君連れて行きます』って言ったのよ。向こうは二つ返事で康二君を渡してくれたわ。だから誘拐ではないのよ。そんで唯さんの方はもっと単純よ。学校帰りの長女に対してただ一言、『私はママの友達なんだけどママから頼まれてね。今日は遅く渚ちゃんに帰ってきて欲しいから公園でも行って来て欲しいって言われたのよ』ってね。後はさっきの公園でただ遊んでいる内にそのうち向こうが来たってだけよ。だから誘拐ではないわよ」
とあっけらかんとした顔で純に向かって言った。純はその話に少し頷いたが、
(ん?でも待って・・・何か引っ掛かる様な・・・)
純にはその違和感が良くわからなかった。そうこうしている内に舞が、
「さてじゃー私達も帰りますか」と言った。純は納得していない顔で舞に付いていった。
舞の車の中で、今日のことを純は整理し始めた。
(えっと〜・・・舞さんがまず警察の格好で・・・ん?)
そこで一つ気になることがわかった。その疑問について、純は舞に尋ねることにした。
「あの〜。舞さんってコスプレして行ったんですか?でも警察手帳って偽造したら犯罪なんじゃないですか?」そう聞いてきた純に対して舞は、
「あれ?駄目だっけ?まーでも私元警察官だし・・・ギリ大丈夫だと思うけどな〜」
そうあっけらかんとして答えた。
「えっ⁉︎元警察官なんですか⁉︎じゃーコスプレじゃなくてガチ制服?」
そう聞いた純に対して舞は、
「面白い言い方するね一之瀬さん。ん〜・・・まーたまに仕事で使ってるのはガチ制服でガチ手帳かな・・・ちょっと私も訳ありでね・・・その話はまた今度ね〜」
そう言ってこの話しを終わりにした。そして、
「そう言えば一之瀬さん今日はお手柄だったね。一之瀬さんの芝居が無かったら、今回は成功してないわよ」。そうはぐらかす様に純に話しかけた。
「お手柄って・・・まだ犯罪の片棒担がされた気分ですよ・・・何か無理矢理やらされたし・・・本当今回は今まで以上に無茶し過ぎって言うか・・・蔵馬さんって前からこんな感じ・・・こんな強引な感じなんですか?」純は舞からの話しにそう答えた。その問いに舞は、
「強引か・・・確かに私もそう思ったことは何度もあったかな・・・それこそ今の一之瀬さんみたいに突っかかったことも何度かあったわ。でもこの仕事していると思うのよ。ほら毒を持って毒を制すみたいな言葉あるじゃない?この仕事ってそういうもんなんだと思うのよ。それこそ今回なんて児相でも警察でも見抜くことは出来なかったと思うわ。でもこんな案件って恐らく特殊じゃなくて今の世の中だと一杯あると思うのよ」
そう力強く言い切った。そして舞は更に話を続けた。
「例えば洗脳って言い方をしていないだけで、子供に何か無理矢理やらせようとした時、もしくは言うことを聞かそうとした時、大抵の大人はその声にドスを効かせたり、怒りを加えたり、そういう子供がビビって言うこと聞く様に仕向けるでしょ?あれも一種の洗脳と言えばそうなのよ。でもこれも言い方を変えると躾という言い方になる。この言葉になると何かそれも仕方ないって思えるわよね。でもそれって言葉がただ違うだけなの。大事なのはその言葉の言い方ではなくて、その言葉をどういう気持ちで大人が言っているかだと思うのよ。恐らく真由子も最初はただの躾として、子供達には言ってたんじゃないかな。そしてその時にはそこには愛情があったはずなの。でも一人で家事と育児を抱え込み過ぎて、そこで気晴らしに始めた育成ゲームにハマって・・・多分きっかけはそんなとこなんだと思う・・・だから、どんな親でも一歩間違えたら、そっち側になるってことを、私達も自覚しないといけないんだと思うのよ」
そう運転しながら舞は純に言い切った。純には良くわかる様なわからない様な話しだった。純には子供がいないからなのかもしれないが、舞の話はどこか卓越した考えの様に思えた。
そんな話しをしている間に車は施設に到着した。
「今日も一日ありがとうございました。」
そう純は自分の部屋の前で舞に挨拶をした。そんな純に舞が話を切り出した。
「この施設で働いている人は皆何かしら事情があってここにいる・・・私も含めてね・・・」
そう言った後で急に、純の耳元に近づき、
「特にマリアさん・・・彼女は私が知る限り・・・元犯罪者のはずよ・・・私、昔手配書で見たことあるから・・・だから・・・気をつけた方がいいかもしれないわよ・・・」
そう小声で純に告げた後で、
「じゃーおやすみーまた明日ね」。そう言って舞は自分の部屋に戻って行った。
純はその場所でしばらく呆然としていた。
まだ舞が言った言葉について、頭の中が追いついていなかったからだ。
(えっ⁉︎どういうこと?元犯罪者が何でここで働いているの?そもそもあの蔵馬とはどこで知り合ったの?舞さんの言うことが本当なら・・・マリアさんの目的って何?)
そんな考えが純の頭の中を支配していっていた。ただ一つ、マリアが持っている怪しい魅力がもしそうだとしたなら。純はそのことだけ少し納得して布団の中に入っていった。
【第四話】
「ピピピッ!ピピピッ!」
純のスマホのアラームが鳴っている。純はその音と共に目を覚ました。
(んと今日の予定はっと)
純はタブレットを開いてスケジュールを確認した。今日のスケジュールは昨日とは違っていた。十二時からの会議の前に新たな項目が追加されていたのだ。
(ん?この十時から一階で幼児と触れ合いってなんだ?朽木さんが何か仕事を見つけてくれたのかな?)
純はそう思いながら、ここでの三日目の朝を迎えていた。流石に三日目になるともう慣れたもので、純はいつもの自分で決めたルーティンを淡々とこなしていった。
そしてスケジュールに載っている時間までに、準備を終えて部屋を出た。
純が一階に降りると、その廊下にはすでに唯がいた。唯は純を見かけると、
「おっはよ〜一之瀬さん。今日も早起きだね」
そう言って満面の笑顔で唯に挨拶した。それに対して純も、
「おはようございます渡辺さん。そんな早起きでもないですよ〜」と少し謙遜して返した。そんな純に対して唯は、
「さて、今日は私と一緒に幼児と触れ合ってもらうからね!」
意気揚々として純にそう告げた。その後で、慣れた手付きで幼児がいるところのガラス張りの壁の部分にそっと手を触れた。すると昨日と同じく、壁が横にスライドしてドアが開いた。
そしてその中に入ると、元気一杯の幼児が二人を出迎えてくれた。
「あーわたなべしゃんだ〜。わたなべしゃんおはようごじゃります」
胸にリキヤって名札に書いている男の子が唯にそうあいさつしてきた。そして
「わたなべさんおはようです」
今度は胸にノゾミって名札に書いている女の子があいさつした。更に、
「えっ?なになにきょうはわたなべさんくる日だったんだ。わーーーい」
その二人の子供の後ろから、顔のそっくりな双子の子供が、唯の顔を見て喜んでいる。その胸の名札にはユリとエリと書かれていた。
「はいはいみんな〜〜〜今日はね〜〜〜・・・じゃ〜〜んあたらしいみんなのナカマになったいちのせさん連れてきたよ〜〜〜みんな〜〜〜なかよくしてね〜〜〜」
唯は慣れた感じで手を何度か叩くと、集まった四人の児童に対して純を紹介した。
「えっとー・・・は、はじめまして〜〜〜いちのせで〜す。みんな〜〜なかよくしてね〜〜」
ちょっと不慣れな感じで、純も児童に挨拶した。そんな純に向かって、
「ハーーーーーーーーイ」四人の児童は元気良くあいさつした。そして、
「ねーーーねーーーあっちで遊ぼうよーーーー」そう言いながら純と結衣の周りに集まって手を引っ張った。
この部屋は子供の部屋といった感じだった。机が何個かはあるがタブレットはない。その代わりに絵本が置いている子供用の本棚があっただけだった。おそらく勉強を重視していないのであろう。その証拠に、ここの子供部屋にはいわゆる知育玩具と呼ばれる玩具が多数あった。更に子供が大好きなボールプールだったり、アスレチックスだったりとしたエリアが、だだっ広いフリースペースとは別にあった。そのアスレチックスのエリアは、ちょっとしたショッピングモールにある子供の遊び場そのものだった。
「ねーーーー早く早くーーーーよーーーしおにごっこだーーー」
五人はそう言って純と唯を半ば強引に鬼ごっこに誘った。
「よーーーしいちのせさんがおにだーーーみんなーーー逃げろーーーー」
「ワーーーーーキャーーーーーーーー」
こうして六人は楽しくおにごっこを始めた。
しばらくおにごっこをやった後で、はしゃぎ疲れた五人の子供達はおにごっこをおしまいにして、それぞれ思い思いに散り散りに散っていった。
「ハアーーッ・・・ハアーーーッ・・・ハアーーッ・・・」
純はヘトヘトだった。最近運動していないツケが一気に回って、息も切れ切れになってその場に倒れ込んだ。そんな純を見て唯が声を掛ける。
「フフフ子供って本当に元気だよね」
唯も少し疲れてはいたが、子供と遊ぶのに慣れているのか、純の様にへばってはいなかった。
そして唯が話を切り出した。
「あの子たちあんなに元気なのにそれぞれ訳ありなんだよ。やっぱこういう子供の姿見てると私達がやってきたことが報われる気持ちになれる・・・私はね・・・たまに今の仕事に疑問抱いたりするんだ・・・だから一週間に最低一回はこうやって子供達と触れ合う様にしてるの。そして思うんだ。あーー今この子供達が元気でいるのは、私達の仕事のおかげなんだってね」
唯は遠くを見つめながらそう言った。唯もまた純と同じく、この仕事に疑問を持ちながら続けていたのだった。その話しを聞いて純は少し気持ちが楽になる感じがした。そして唯は更に話を続けた。
「ちなみにさっき一緒に遊んだ子達いたでしょ?一人ずつ言っていくとリキヤさんが両親が蒸発。ノゾミさんが赤ちゃんポストね。そして双子のユリさんとエリさん。あの二人は母親が産後死亡して父親もまだ二人が小さい時に病死してるの」
そう少し辛い表情を浮かべながら、唯は純に子供達の生い立ちについて話し出した。そしてその後で、
「昨日小学生の部屋見たでしょ?実は幼児から小学校低学年までに受けた育児での出来事って、最もその子供の心に色濃く刻まれてしまうの。そしてここで受けた傷が原因で、心が壊れる子供ももちろんいるのよ。でももっと前、そう幼児になる前に受けた育児での傷って実はそこまで残らないものなのよ。おそらく、まだ何が起こっているか何も理解も出来ていない状態で受けているから、幸か不幸か心に深く刻み込まれないだけだからだと思うけど・・・だから比較的この部屋の子供達は明るいし元気なの。もちろん例外もいるけど・・・」
唯はそう言った後で、奥に一人ふさぎ込んでいる子供の方を見ると、
「あの女の子がそうね・・・シズカさん・・・親に完全に親権放棄されて、捨てられた子供なんだけど・・・なかなか心開かないわ・・・」そう言った。そしてその後で純を見て、
「実は今日一之瀬さんをここに連れて来たのは、あの子の心を取り戻して欲しいからなの。どうやらあの子は私には心開いてくれないみたいだからさ・・・お願い!」
そう言って唯は純にお願いをしてきた。
「エーーーー⁉︎ 無理無理無理無理ですよ〜〜〜・・・私は保育士でも何でもないんですから〜〜〜」
純は首も手も横に激しく振って、唯のお願いを断ろうとした。
「まーーこれも仕事だと思って。ね。ダメ元で。ね」
そう激しく断ってきた純に対して、唯は更にお願いをしてきた。
「・・・ま〜〜・・・ダメ元で・・・いいなら・・・」
そう言って純は、渋々唯の頼みを聞いた。そして一人ふさぎこんでいるシズカの元に寄って、
「えっとーーーシズカさん・・・ワタシとあそばない?」
そう純はシズカに声を掛けた。だがシズカは微動だにせず、塞ぎこんだままだった。純は諦めずに何度か色々呼び掛けてみたが、それでもシズカは動かない。純はもうお手上げ状態だった。そんな純に対して、
「お・・・姉ちゃん・・・?」
後ろからそう純を呼ぶ声が聞こえた。純が振り返るとそこには見たことがあるが別人の様な姿となった男の子がいた。純はその子を見るなり涙を流した。
「・・・う・・・うそ・・・あ・・・あの時の・・・男の子・・・こ・・・こんなに・・・元気になって・・・本当に・・・よかった・・・よかったよーーー」
その子のことを純は忘れたことが無かった。純にとって初めての仕事・・・いや人生で初めて遭遇した凄惨な映像として心に刻まれていた出来事。鎖に繋がれた少年・・・その少年が今、純の目の前にいたのだった。純はその子を見るやいなや飛びついてその子を抱き締めた。
「もう・・・ダメかと・・・思ってた・・・本当に・・・生きてて良かったね・・・」
そう言いながら、純はその少年を強く強く抱き締めた。
「お姉ちゃん痛いよもう」。少年は余りにも強く抱き締められて少し嫌がった。
「ゴ・・・ゴメン・・・」。純は泣きじゃくった顔の涙を拭いながら抱き締めてた手を離した。
「こら!お姉ちゃんじゃなくて一之瀬さんでしょ」
奥で声がした。純がその声のした方を振り向くと、そこには名札にカエデと書いている高学年ぐらいの女の子が立っている。
「ゴメーーン。まだボクなれてなくて」
そう言って少年は舌を出しながらカエデに軽く頭を下げた。
「カエデさんも来てたんだね。どうショウタさんの様子は?」
唯がそう言ってカエデに聞くと、
「大丈夫です渡辺さん。来た時は流石にどうなるかと思いましたが、食事を何日間か取ったらこの通り元気になりました。余程前の生活が辛かったんでしょうね。それが良かったのか何なのかはわかりませんが、驚く程この生活に馴染んでますよ」
そう言ってカエデが唯に答えた。そして少し話しをした後で純に、
「あっ!紹介するね彼女はカエデさん。六年生だからたまにここで幼児の相手してもらってるの」
「カエデです。ここと後は赤ちゃんなんかも見たりしてます。よろしくお願いします」
そう言って唯が純にカエデを紹介すると、カエデは深々と頭を下げて純に挨拶した。
「あっ・・・一之瀬です。こちらこそ宜しくです」
純は余りにも堂々とした大人の様な挨拶をするカエデに、少しだけ萎縮した。
(この子本当に小学生?ちょっとしっかりし過ぎじゃない?ここで育つだけでここまでになるもんなの?)
純はそんな軽い疑問を抱いた。そんな純の気持ちを知っているのか知っていないのかわからないショウタが、
「ねーーーいちのせさん。ここって本当にすごいんだよ。こんなにおもちゃいっぱーーーいあってそんでねいっぱーーーいはしりまわれるとこもあってそんでそんでね・・・」
ショウタの止まらない話しを遮るように純が切り出す。
「ちょ・・・ちょっとだけ待っててね・・・今このシズカさんとおはなししてるからね・・・」
そう申し訳なさそうに純が言うとショウタは、
「エーーーーだってその子ズーーーットそのままだよ?ボクが来てる時からもそうだもん・・・ヒナさんももはやあきらめてたよ」と言った。それに対してカエデが反応した。
「ヒナさん・・・アンタなに子供に言ってんのよーーー」
そう言って更に奥の方にいた少女を睨んだ。その少女はカエデと同じく高学年に見えて名札のところにヒナと書いていた。ヒナはその視線に気付き少しバツが悪そうに他の子供達と遊んでる。その様子を見て唯がカエデを嗜めるように、
「まーーまー・・・ほら、ヒナさんも別に悪気があって言ったんじゃないから・・・」
とカエデの肩を叩きながら言った。そんな一連のやり取りを見ていたショウタがシズカの顔を覗き込んで、
「ねーーーきみはなんでなにも言わないの?ここたのしくないの?」
そう無邪気な顔で言った。するとシズカは顔を上げて、
「う・・・うるさい・・・うるさーーーい!」と大声を荒げた。そして更に、
「あんたなんか・・・あんたなんかにワタシのキモチわかるわけない!パパとママにすてられたワタシのことなんか・・・」と言った。大人はそれに対してなにも言えないでいた。
だけど、そのシズカの言葉に対してショウタは、
「わからないよ・・・でもキミもボクのこと知らないよね・・・ボクしにかけたんだよ・・・それでたすけてもらってここにいるんだ。だからボクはここでみんなとすごすことにしたんだ・・・キミはどうなの?・・・」
そうシズカに投げかけた。シズカはまた顔を伏せている。その様子に堪らなくなった純がシズカをいきなり抱き締めた。そして戸惑うシズカに、
「今まで・・・辛かったもんね・・・私にはあなたの辛さ全て理解は出来ないけど・・・でもそれでも・・・ここで塞ぎ込んでるのは絶対違うよ・・・もっと前を見て。だってこんな素敵なお友達と一緒に生活出来るところは他にはないよ・・・もう・・・過去には戻れない・・・楽しかった過去にも辛かった過去にも・・・だからみんな前向くしか出来ないの・・・シズカさんも・・・もう前向こうよ・・・」
そう言いながら大粒の涙を流してシズカに呼びかけた。その純の声が遂にシズカに届いたのか、シズカの頬から一筋の涙がポツリと落ちた。
そして、その後シズカは無言のまま立ち上がりショウタの手を握って、
「ワタシと・・・あそんでくれる?」とか細い涙声でショウタに言った。ショウタは、
「うん。いっしょにあそぼ」と言いながらシズカの手を握り、奥にあるアスレチックスの方に手を繋いで歩いて行った。
そこにはもう塞ぎ込んでいたシズカはいなかった。
ショウタと一緒に楽しそうに遊ぶシズカがそこにはいた。
「よ・・・よかった・・・よかったね・・・」
純はまたも号泣した。そんな純を見て唯は肩を抱き締めて、
「凄いじゃん一之瀬さん。あのシズカさんの心開くなんて。凄い凄い」
と喜んで、純にジャンプしながら言った。そして、
「そっかー・・・私いつの間にか仕事してたから・・・だから開けなかったんだな・・・こんなんじゃ保育士失格だな・・・」とボソリと言った。
「保育士?」と純がその唯の小声に反応すると、
「ううん。何でもない」と唯が言った。そして、
「さーーーてそろそろ会議の時間かな・・・一之瀬さん戻りましょ」
そう言い、純に二階に戻ることを促した。
そして二人は子供達にさよならを言うと二階に戻って行った。
二階ではボサボサ頭の蔵馬が鬼の形相で待っていた。そして、
「遅い!全く何やってんだ!唯!お前が付いていながら何してんだ!」
そう言って、二人を怒鳴りつけた。
「申し訳ございません」と唯が平謝りしていると、
「何よ!あんただって髪ボサボサのまま仕事に来るんじゃないわよ!」
その横でいつもの様に純は蔵馬に反発している。
「何だとーーーー!!!」「何よーーーー!!!」
正に一触即発ムードの中で緑が間に割って入り、
「はいはい。蔵馬さん時間の無駄です。もう二人の言い争い見飽きました。会議始めましょ」
と言い二人を嗜めた。二人はお互い怒り収まらないまま会議室に向かうのだった。
その様子を見て少し笑いながら唯と舞と緑も会議室に入っていった。
「さてでは会議を始める。今回のターゲットはこいつだ!」
ターゲットがいつもの様にスクリーンに写し出された。そのターゲットを見た瞬間、唯の
顔色が強張った。どことなく怒りを抑えているように見えた。そのいつもと違う唯の様子に蔵馬が、
「唯?どうした?まさか知り合いなのか?」と尋ねると、
「いえ・・・何でも・・・ありません・・・続けて下さい」と唯が言った。
(間違いない・・・あの女だ・・・私を・・・地獄に落とした・・・女)
蔵馬は少し唯の態度を疑問に思いながらも話を進めた。
「近藤美奈代翔吾夫妻だ。この二人には弘大という年長の長男がいる。今回も少し厄介かもしれない。周りからは閑静な住宅街の一軒家に住む普通の夫婦と思われている。過去虐待も通報もない。ってよりかは子供に関心がそもそもない。そして今回影山のところに相談に来たのは付近の住民ではなく、なんと保育士さんだそうだ。それも珍しいことだな」
蔵馬の話しを聞きながら更に唯は怒りが込み上げているのが見てわかった。明らかに身体が震えていたからだ。更に蔵馬が話を進める。
「影山の話によると母親の方がいわゆるモンスターペアレントらしく何かあると決まって保育園に来て怒鳴り散らすらしい。それでその相談に来た保育士もとばっちりを喰らって園を追い出されたらしい。まー母親の父親がそこの有力者らしく、園長先生も逆らえないとのことだ。ただその関係で世間体だけは大事にしてるらしく、保育園では相当やっかまれているが地元住民とはとても仲がいい為、侵入するということは少しリスクを伴うかもしれないな。さてどうするか」
蔵馬はそう言いながら腕を組んで悩み出した。そして唯に、
「そう言えば唯。元保育士としてどうだ?何か気になることはあるか?」
と問いかけた。すると唯は急に立ち上がり、
「この母親は・・・正真正銘のクズです・・・こいつは・・・」
そう怒りを露わにして大きな声で罵った。そして、
「私はこの母親のことならよく知ってます・・・むしろこの機会を待ってたぐらいです」
唯は力強く、でも少し喜んでいる様な表情を浮かべてそう言った。そして蔵馬の顔を強く睨みつけて、
「蔵馬さん。この女です。私が保育士を辞めるきっかけを作ったのは・・・」
そう言って怒りに震えながら唯は自らの過去を語り出した。
― 唯の過去 回想 ―
忘れもしない・・・私が都内の保育園で保育士としての生活を送っていた三年目に、この母親の子供として弘大くんが入園してきました。私が勤めていた保育園は、年少と年中と年長でクラスがしっかりと分かれていて、特に違う年齢の子供は同じ部屋にいないという少し幼稚園に似た作りのところでした。私はその時、その子と同学年の子供達数人の面倒を見ていました。
そんなある日、弘大くんが同じ歳の子供を叩く事件がありました。しかもよくよく園児達の話しを聞くと、弘大くんがその時玩具で遊んでいた子供から玩具を取り上げて、その子が怒ってきたから叩いたっていうことだったんです。私は弘大くんを叱りました。そしてその時母親に電話したけど繋がらなくて父親に電話したんです。そしたら父親が迎えに来て、その時弘大くんを叱ってました。そしてその後でお詫びってことで食事に誘われたんです。私はやっぱり相手が保護者ってこともあって、食事の方は断らせてもらいました。」
その日はそれで事なきを得たんですが、翌朝その母親から話があると言われて、相談室に案内した直後に私は急にその母親に頬を叩かれたんです。そして、
「アンタ、一体どういうつもり?うちの子に勝手に説教なんかして!うちは何をしても怒らないで今までノビノビと育ててきたの!それを全て台無しにするつもりなの!」
そう激しい剣幕で怒って来たので、私は昨日のことを丁寧に説明しました。でも母親は何も聞く耳持たずに、
「アンタみたいなのが勝手に決めていいことじゃないの!アンタじゃ話にならないわ!園長先生呼んで頂戴」
って言い出したんです。私は渋々園長先生を呼んで来ました。そしたら園長先生は開口一番、
「近藤様此度は申し訳ありませんでした」
って土下座しながら言い出しました。私は最初意味がわかりませんでした。もちろん保護者に対してはまずは謝る姿勢を見せるのが園長先生の務めであることはわかっていましたが、その土下座はそういう意味では全くありませんでした。ただ有力者に対しての土下座。そういう感じでした。そしてその母親は紙とペンを持ち出すと、
「今度勝手にウチの子に説教なんかしたらアンタここ辞めてもらうから!だから一筆書きなさい。これは誓約書よ!」
と言って私に念書を書かせようとしました。私がそれを拒むと園長先生が、
「いいから書きなさい!」と私に怒りながら言って来ました。
私は渋々『今後弘大くんには説教はしません。もし破ったら保育士を辞めます』と書いて母印を押しました。ようやく納得したのか、その母親はその紙を持って帰って行きました。
それからの私のクラスは荒れに荒れました。弘大くんがワガママし放題だったからです。それで他の園児達も真似したりして・・・でも私はもう誰にも注意出来なくなっていました。
そんな私の変貌ぶりに他の保護者も驚いていました。私はそれまではよく然りもするけどでもきちんと園児に寄り添うそういう保育士だったからです。でもその一件で私はもう誰も叱れなくなってしまいました。弘大くんを叱れないで他の子供だけを叱るのは私のポリシーに反していたからです。そんな様子を見兼ねて、園長先生は私のクラスと当時年中クラスを受け持っていた先生の配置換えを提案してきました。その時、年中のクラスを受け持っていた保育士は若い男の先生でした。私はその先生と入れ替えで、年中のクラスになりました。私はやっと解放された嬉しさで一杯でした。そして今度は年中のクラスで、心機一転して以前の様に頑張っていくことにしました。そして私は以前の様に再び保育士として生き返ったんです。」
そんなある日でした。私はふと現在の状況が気になったので年少のクラスの方を見に行きました。同僚に私がやめた直後のことは少し聞いていて、その話によると少し年少クラスが落ち着いて来たという話しを聞いていたからです。私はそのことに半信半疑だったのですが、自分の精神もボロボロだったこともあり、その話しを聞いてからすぐにはその事を確認しに行けませんでした。その為、その話しを聞いてから数日後に、私は年少クラスを訪れました。
でもそこで私が目にした光景は想像を超えていました。若い保育士の先生が、その弘大くんの奴隷の様なことをしていたのです。そして他の子を必要以上に怒っていました。いや他の子には怒ることしかしていませんでした。弘大くんとは身分が違うことを示すかの様に。その光景は弘大くんを王としてそれ以外の子供はただの平民の様な。同じクラスなのに身分がまるで違う扱いを行っていました。そしてそれを保育園が容認していたのです。
私は、自分が見たその光景が、最初信じられませんでした。そして気付いたらその保育士に向かって、
「何やってるんですか!」って大きな声を出していました。
するとその若い男の保育士は振り返って私に向かって、
「お前こそ何なんだ!弘大様の前でそんな態度取って!それにこれは園長も認めてることなんだぞ!一介の保育士が口を挟んでいいことではないんだ!」
そう怒りながら言い返してきました。その保育士の眼は、今まで私が知っていた時の眼とは明らかに違っていました。以前は、穏やかな顔をしていて、優しい表情をしていたその保育士は、明らかに疲れ果てた顔をしていて、目の下には隈があり、身体もやつれ切っている感じでした。その変貌ぶりに私は驚きました。そして、
「ど・・・どうしたの?その顔・・・あなたとても疲れ切った顔しているよ・・・一体何があったの?」
私は恐る恐るその彼に聞きました。すると彼は、
「・・・何もかも・・・お前のせいだ・・・お前のせいで・・・」
そう私に向かって言ったのかと思ったら、急に弘大くんの頬を思いっきり殴ったのです。
その衝撃で弘大くんは吹っ飛びました。そしてボソリと、
「これで・・・何もかもから・・・解放される・・・何もかもから・・・」
その彼はそう不敵な笑みを浮かべて、呆然とそこに立ち尽くしていました。そしてその後、弘大くんは救急車で運ばれることになり、例の母親が保育園に怒鳴り込んで来ました。
そしてその保育士と園長先生と私とその母親での四人は相談室に入りました。でもその母親はなぜかその殴った保育士は責めずにまさかの一言を放ったのです。
「息子のことは息子のことで責めないといけないけど、あなたのことは責める気には慣れないわ。今まで色々してくれたもの。私の為に。だからこれでサヨナラは出来ないわ」
彼はその言葉を聞いて下を向いて震えていました。
そしてその様子を横目で見ながらその母親は、園長先生に向かって、
「園長先生。今回は誰が悪かったんでしょうか?私は最初に彼に向かって怒った人が原因と考えます。なので渡辺先生をクビにして下さい」って言ってきました。
私は最初耳を疑いました。そして、当然園長先生も今回は流石にそれは違うと言ってくれると思ってました。ところが園長先生は、
「わかりました」って言ってあっさり私をクビにしました。
私は最初全く意味がわかりませんでした。
でも正直この保育園には辟易していたので特に反論はしませんでした。
そうして私はその保育園を辞めました。私が受け持った子供達は泣いていました。
それからすぐに私は別の保育園で働き始めました。そこは一歳から年長さんまで部屋は違うけど一緒に集まって遊ぶという様な作りの所でした。私はそこで他の保育士さんと混じって一から頑張っていました。そうしてしばらく過ごしたある日のことでした。
近くの保育園で、若い男が刃物を持って暴れているという事件をテレビで見たんです。
その容疑者はすぐ逮捕されたのですが、私はその容疑者をテレビで見て驚きました。
その男こそ、あの日私の目の前で弘大くんを殴った保育士だったからです。
私は、なんでそんな事件を彼が起こしたのか、理解できませんでした。
だから、彼が収容されている刑務所まで面会に行きました。
彼はあの時よりもやつれていて眼もうつろでした。でも私を見るなり急に眼を見開き、
「お前・・・お前・・・お前のせいで・・・」と言いながら泣き出しました。
私は意味がわからなかったので彼に、
「一体・・・何があったの?・・・私のせいってどういうこと?」
そう尋ねました。すると彼は今まで何があったかその全てを話してくれました。
まずそもそも私があの母親から目を付けられたのは、実はあの父親との誘いを断ったことが原因でした。あそこの夫婦は二人共とてもプライドが高い為、お互いがお互い誘いを断る相手を許さないタイプでした。そして私が父親の誘いを断ったことが、あの母親のプライドを傷つけたのです。それであの母親は私を追い出す為にあろうことか弘大くんに、
「あの保育園では何をしても許されるから自由に遊んでおいで」って言っていたのです。
もちろん私がそんなことを許さないのはわかっていたのでしょう。
そうして私は罠に嵌められました。でも母親がしたことはそれだけではないのです。
あの母親は、今度は年少のクラスになったばかりの彼に言い寄りました。
でも彼は結婚したばかりだったのです。でもそれでもあの母親は、
「あの女みたいになりたいのかしら?私の誘いを断るってことはそういうことなんだけどな」、と言って半ば強引に関係を持たせたのです。
それもほとんど毎日の様に。当然、彼の奥様は夜な夜な帰って来るのが遅いことに浮気を疑い出して彼を問い詰めました。彼はこれで助かるならと思い、その母親との関係を自分の奥様に全て話しました。その話を聞いた彼の奥様は、後日その母親を呼び出して彼との関係を切る様に詰め寄りました。ところがその母親はその奥様に対して、
「で、いくら欲しいの?いくら渡せば認めてくれるのかしら?」って言って来たのです。
その奥様は耳を疑ったそうです。でもその母親はポンと一千万の束を目の前に置きました。そして、「これで別れて下さらないかしら」と言って来たのです。そして、
「そもそもあなた子供もいないんでしょ?なんでこの人に固執してるの?浮気されているのに」
そう言って二人の夜の関係の写真を見せて来たのです。そして、
「彼もまんざらでもなかったわよ。それに裁判しても今の司法で強制とはいえ男に罪が無かったなんてこと証明出来るかしら?仮に証明出来たとして、あなたにその裁判でそこまで頑張れる気力があるのかしら?そもそもあなた浮気した彼のこと許せるのかしら?」
そう言って来たんです。その奥様は何も言えなくなり、そこにあった一千万を手にするとそのまま店を出ました。そしてしばらくして彼と離婚しました。
彼にとってはそれがとてもショックだったのです。でも自分が犯したことだから仕方無いと思い働いていたのですが、そんな時に私に言われたことで思い出したのです。
『あーそう言えばクラスが変わらなければこんなことにならなかったんだ』って。
そしてあの日、自分の感情が爆発してしまい、あの事件を起こしたそうです。
ただ驚くことに、あの事件後も何もなかったかの様に、あの母親は関係を継続する様に要求して来たんだそうです。
彼は、むしろ罪悪感が生まれてしまったことで、もう断ることは出来なくなっていました。
それで彼はもう全て終わりにしたいって思って、他の保育園を襲うことにしたのだそうです。自分の保育園ではもう何をやっても許されてしまうと思って。
全てを話し終わった後、その彼の顔はとても清々しい顔でした。
私は彼から全てを聞いた後、その母親に対して、怒りを抑えることが出来ませんでした。
そして気づくと、私は自分をクビにした保育園の前に立っていました。保育園には多くの報道陣がいました。私はその報道陣達を無視して保育園の中に入りました。
保育園は閉園していましたが、そこには園長先生だけがいました。そして、
「終わりじゃ・・・もう終わりじゃ・・・」とずっと繰り返していました。
私はその狼狽している園長の肩をガッと掴み、
「園長先生。私です。以前世話になっていた保育士の唯です」
そう言って彼から聞いた話を全て園長先生に話しました。でも園長先生は、
「その話が全て本当じゃったとしても・・・もう遅い・・・この園はもう閉園する・・・元はと言えばワシも加害者だったのじゃ・・・だからもう・・・仕方無いのじゃ・・・」
そう言って涙を流しながらそこに座り込んでいました。
私はその憔悴し切った園長先生の姿を見て、茫然自失してしまいました。そして自分が保育士で無かったら、あそこに勤めていなかったら、そうずっと考える様になってしまったのです。そして自分を強く責める様になり、気付いたら私はもう保育士として働く気力を失ってしまい、自分が勤めていた保育園を辞めました。
その後、私は酒に溺れる日々を送っていました。
そんなある日、とあるバーで蔵馬さんに会ったんです。蔵馬さんは私を見て一言、
「あんたは何でそんなに酒に溺れているんだ?まだ若いだろ?やり直し聞くだろ?」
って声を掛けて来たんです。私は最初新手のナンパかと思い、
「アンタなんかに何がわかると言うんですか!」って言い返しました。
そうすると蔵馬さんは、
「あーー何もわからねえな。だから話してくれねえか?何があったか?」
そう言って来たんです。どうせこの男なんかに私のこと話しても何もわかるわけないって思いました。でも私も誰かに話したい気分だったので今までのこと全て話してしまいました。すると蔵馬さんが、
「そっか・・・それは可哀想だな・・・」って言って来たんです。
あー結局この男も同情して私とどうかなりたいだけなんだなって思いました。
ところが蔵馬さんはその後で、
「いやアンタじゃねえよ可哀想なのは。子供だよ。アンタが見て来た子供もそうだけどその母親の子供もな。それら全てお前は見捨てたんだよ。保育士なのによ。アンタ何やってんだ?」って言われました。私はもうその言葉にブチ切れて、
「アンタなんかに何がわかるのよ!」って言いました。すると蔵馬さんが、
「あーー何もわかんねえ。結局子供見捨てた保育士のことなんかよ。でもよアンタが優秀だったってのは聞いていてわかった。アンタは一人で立ち向かおうとしたんだよな。だってアンタには味方が誰もいなかったから。だから勝てなかった。もし、その時に他に味方がいたら・・・アンタはその母親に勝てたかもしれないな」、って私に向かって言いました。
私はその言葉に号泣して膝から崩れ落ちました。その様子を見ながら、蔵馬さんは私に向かって、
「俺と一緒にもう一度保育士として頑張ってみないか?丁度優秀な保育士を誠に頼んで探してたんだがいいのがいなくてさ。アンタなら俺が理想としている施設の保育士長として任せれそうだ」、って言ってくれました。
私は最初キョトンとしましたが、その時の蔵馬さんの熱心な眼を見て、もう一度保育士として再起することを誓いました。
そしてこのナイトフォレストで働くことにしました。
唯が自分の過去を話し終わると蔵馬が、
「そうか。あの時言っていた母親がこの女なんだ。良かったな」。と言った後で、
「でもこれは復讐ではなくて仕事だからな。私情の持ち込みは禁止だからな。そのことだけは忘れるなよ。大事なのは子供だからな」、と唯に向かって言った。すると唯は、
「もちろんわかっています。私はここの一員ですから。やることをただやるだけです」
そう力強く言い返した。その直後、緑が不意に切り出した。
「でも・・・渡辺さんの過去を聞いてわかったことがあります。この夫婦は恐らくどちらも保育士を狙う夫婦なんではないでしょうか?だからそこを起点に仕掛けたらいいと思います」。と言った後で更に、
「それと気になったのですが、好きな男が自分の息子を殴ったとして、果たして本当に許せるものでしょうか?母親は許せても、父親は許せないと思います。そのことからもこの夫婦は互いに無干渉で、更に子供にも無干渉だとは思うのですが、だとしても納得はいかないところがあります。何かそこに理由があるのではないでしょうか?例えば本当の子供ではないとか?」と言い出した。その緑からの問い掛けに対して蔵馬は、
「でも誠の報告書には、里親制度を使った子供とは書いてないぞ。どう言う意味だ?ただ確かに弘大くんへの二人の接し方は異常かもしれない。調査書によると一度も怒ったことがないそうだ。そんなこと普通はありえない。そして更にありえないのがそんな子供なのに、夜ご飯に好きなお菓子しか与えていないらしい。子供をのびのび育てる養育方法ってのは確かにあるが、その中でもこれは異常だと思う」、と言った。その後、純が切り出した。
「あのー・・・ちょっと私も気になったんですけど・・・なんて言うか弘大くんって今幸せなんでしょうか?私にはちょっとそうは思えなくて・・・もちろん自由に何でも出来ることって聞いている感じだととても羨ましい感じですが、でも自由ってことは誰も向き合ってないってことですよね?それって誰も弘大くんに本当の気持ちを話していないってことで・・・なんて言うか・・・それって幸せとは違うと思うんです・・・」
純のその言葉を聞いてしばらく皆黙り込んだ。するとその沈黙の中、蔵馬が切り出した。
「・・・もしかすると今お前が言った言葉が全てかもしれないぞ・・・」
そう純に向かって言った後で、
「みんな!恐らく今回の鍵は弘大くんだ。まずは弘大くんの確保をするぞ。そして弘大くんの出生を探る。もし思っている通りだとしたら、今回は父親母親子供三人揃ったところで事実を公表しよう。もしかするとお互い知っている様で知らないことがあるかもしれない。とりあえず各自別途指示出すまで待機していてくれ。今回は影山軍団を動かす」
と全員に力強く言った。その言葉の後で純以外の全員が、
「はい!」と言って会議は終了を迎えた。その後、みんなが思い思い散り散りになった。
(ん?・・・影山軍団・・・⁉︎)
純はその蔵馬の最後の聞き慣れない言葉に違和感を感じた。そしてそっと舞に小声で、
「あの〜・・・影山軍団って?」と聞いてみた。すると舞は、
「実は私もよく知らなくて・・・でも凄い軍団らしくて出来ないことは何もないってことらしいわよ」・。と純に小声で返した。
美奈代は、いつもの様に濃い化粧で高級バッグを手に高級車に乗り込み、弘大くんを保育園に迎えに行った。ただそれは、美奈代にとっては年下の若い浮気相手に会う為の、逢瀬の時間でもあった。
そんな浮かれ気分で保育園に辿り着いた美奈代は、その保育園の異変にすぐ気付いた。
時間は十八時前だというのに保育園の中が暗い。まるで閉園しているかの様だった。
美奈代は疑問に思いながらも、門が開いていたのでその門を開けて中に入った。
保育園の中も暗かった。いつもなら何人もの園児や保育士がそこにいるはずである。
それが誰一人としてそこにいなかったのだ。そして当然実の子供である弘大もいなかった。
美奈代はあまりのその異変に気付き、父親である翔吾に電話を掛けた。
でも電話には誰も出なかった。そんな暗がりの中で足音が聞こえる。
【コツコツコツ】
その声のする方向に美奈代は振り返った。そこには男が立っていた。蔵馬だ。
「ようやくわかったよ。あんたの行動の全ての意味が」
蔵馬は美奈代に対してそう言い放った。その言葉に美奈代が反応する。
「アンタ誰よ!私にこんなことしてタダで済むと思ってんの!」
そう逆上している美奈代に対して、蔵馬は一枚の紙を美奈代の前に落とした。
そして美奈代に対して、
「これはDNA鑑定の結果報告書だ。弘大くんと父親のな。アンタが今まで隠してきた真実の紙でもあるかな」。と言い放った。
美奈代はその紙を拾い上げると、その紙をくしゃくしゃにして、
「何よ!これ!アンタこれどっから⁉︎」と、とても怒りながら蔵馬に言い放った。
すると蔵馬は美奈代に向かって、
「どっからとかは関係ない。言えるのはこれが本当の証明書であり、あんたが昔作った偽物とは違うって真実だけだ」
そう言い放った。美奈代は何か言い返そうとしたが、その間に割って暗闇から声がした。
「どういうことだ?美奈代」
美奈代がその暗闇の方に目を向けると、そこには旦那である翔吾が立っていた。
美奈代は翔吾を見るやいなや、
「ち・・・違うのよ・・・これは・・・何かの間違いで・・・」
そう言う美奈代から翔吾はその紙を取り上げた。そしてその紙に書いていたことを黙読すると、その後怒りに震えた声で、
「これはどう言うことだ!説明しろ!」と美奈代に説明を求めて来た。
美奈代は黙り込んでいる。その紙にはこう書いていた。
【父親翔吾と長男弘大は親子関係にはありません】
父親はその事実にとても驚愕していた。するとその状況の中、暗闇の中から声がした。
「凄いですね。DNA鑑定書の偽造。中々出来ませんよ。どんな手口を使ったのか聞きたいぐらいです。もちろんこれは公文書偽造に当たりますので、依頼者は罪に問われることになりますが」。そう言いながら女が現れた。緑だ。そして緑が話を続ける。
「美奈代さん話しづらいなら私から話しましょうか?」
そう言って翔吾に真実を語り出した。
「翔吾さん。あなたはいつも遅くまで働いているビジネスマンです。年齢も若くなく五十代ですよね?美奈代さんとは確か街コンで出会ったんでしたっけ?そんな人を実は美奈代さんは探していたんですよ。家事もそこまでしなくてもいい、育児にも干渉しなそうな男を。自分のその時の不倫相手の隠れ相手として!」緑はそう言い放った後で、更に話を続けた。
「その当時、美奈代さんには本命の彼氏がいました。美奈代さんは彼との子供を作ろうと考えていました。ところがその彼はどう見ても育児をするタイプではなく、まだまだ遊び足りない二十代の若造という感じでした。恐らくこの彼に妊娠したと言っても、信じてもらえないどころか、堕胎しろとか、もう関係を終わりにするとか言われてしまう。でも彼は避妊具は付ける気はない。困ったあなたはここで究極の案を思い付きました。それが代理父親です。これなら彼にはバレない内に子供を作って、しかも後でこれをネタに関係の継続を迫れる。そう考えたあなたは街コンに出向き、とにかく家庭を顧みないけど結婚したい男を探していました。そうして出会ったのが翔吾さん。あなたです」
緑は、美奈代のとてつもない計画の暴露を始めた。そして更に、
「こうして、美奈代さんは本命彼氏との関係を継続しながら、あなたとの結婚生活を送るという不倫生活に入りました。そして子供を授かったのです。それが弘大くんです。美奈代さんは計画通りその子供を産みました。でもあなたはそのタイミングに違和感を感じたはずです。そこでDNA鑑定をしたと思いますが、実はそこまでは美奈代さんも想定していたのです。美奈代さんは、知り合いの医師に頼んで、貴方の血縁関係から採取していた物と、貴方のDNAを比較させたのです。もちろんその結果なら血縁関係になりますよね。そうやって貴方は翔吾さんの疑いを晴らしました。ところがその後で誤算が起こります。急にその当時の彼氏がいなくなったのです。貴方は焦ったと思います。急に連絡が取れなくなったのでは計画が台無しになるから。でも貴方がどう探しても彼氏は見つかりませんでした。理由は簡単です。死んだんです。事故で。貴方はこうして大好きだった人を失いました。恐らくその後ずっと浮気を繰り返していたのは、その寂しさからなのでしょう?」
緑は、美奈代の過去を全員にバラした。すると美奈代は急に怒りながら緑に向かって、
「アンタ・・・何でそこまで知ってるの⁉︎一体誰から聞いたの⁉︎」と言ってきた。
すると緑は、
「あー守秘義務があるんでそれは言えません」、とあっけらかんとした態度で答えた。
するとその緑の態度を見て、美奈代は急に笑い出した。そして、
「そうよ・・・全部アンタが言った通り・・・弘大はその時の彼氏の子供よ!」
と言い切った。そして更に話を続けた。
「アンタみたいな小娘になんかわからないわよね。大好きだった人の子供・・・でももう二度と会えないその人の子供・・・それを育てる事の苦悩が!似てくるのよ!少しずつ!でも違う!それにそもそもそういう目的で作った子供ではない!でもだからといって愛せるかどうかというと愛せるわけがない!そして私は家柄上酷いことも出来なければ世間から疑われるようなことは出来ない!・・・そんな私が行き着いた答えが、放任主義での育児なのよ。旦那にはこうやって育てるって言って納得してもらってたわ。って言うかそもそもこの人は育児自体に興味が無かったしね。だから好き勝手やらしてもらってたわ。だってこの人も私を浮気相手の隠れ蓑として使っていたからね」
そう言って最後に衝撃の事実を美奈代はそこにいた全員に告げた。
「・・・お・・・お前・・・何・・・何を・・・言ってんだ・・・?」
その美奈代の言葉に翔吾が慌て出した。
「あら?知らないと思ったの?あなたの浮気なんかすぐわかったわよ。でも黙ってた。だってそんなこと何も関係なかったから。私もこの生活をしないといけない理由があったからね。だから黙認してたわ」
美奈代は翔吾にそう言い切った。翔吾はその言葉に対して何も言い返せなくなってた。
「なるほどね・・・貴方達夫婦は仮面夫婦だったわけだ。それでお互いの利益の為だけに一緒にいたと・・・凄いね・・・子供の気持ちガン無視か・・・」
暗闇の中からまた女の声がした。舞だ。そして舞は更に話を切り出す。
「アンタ達は育児をしているようで育児をしていない・・・そんなアンタ達を見て弘大くんは育ってしまった・・・一番可哀想なのは弘大くんだと私は思うけどね」
そう吐き捨てる様に言い切った。そして更に、
「そしてそんなアンタ達のせいで苦しんだ人がいたのにアンタ達はそれにも知らん顔で過ごして来たわけだ・・・唯・・・こいつらホントにクズだな」
そう言うと今度は唯が暗闇から現れた。
「・・・本当・・・悲しくて・・・泣きたくなるよね・・・こんな人達のせいで・・・」
唯は、悲しみにも怒りにも似た声でそう呟いた。そして、
「でも・・・一番の被害者は弘大くんです。それを貴方達は理解しないといけない」
唯がそう言うと、暗闇から目の前の出来事に戸惑っている弘大くんが、純の手を握りながら現れた。美奈代はその弘大くんの顔を睨みながら、
「弘大・・・アンタいつからそこに?まさか・・・全部聞いていたの・・・⁉︎」
そう弘大くんにボソリと言った。弘大くんは今まで見たことがないママの姿に驚いている。蔵馬はそんな弘大くんの前に立って、
「弘大くん。君に聞きたいことがある」と言った。そして、
「君は今まで自由に振る舞ってきた。さぞ気持ち良かっただろう。でもその生活は君が自分で掴んだものではない。そしてその生活をしている限り、君にはいつまでも本当の友達は出来ない。それどころか、ずっと同じ歳の子供にも、大人にさえも本心をぶつけられない。もちろん本心を言われることが、必ずしもいいとは限らない。それが色々面倒で嫌だと思うことも当然起こる。でも、本心で話せない相手には、少なくとも自分も本心を話すことは出来ない。つまり君の心はいつまでも誰にも理解されないままだ」
「さて、じゃー君はどっちがいい?今のままずっと誰にも本心を言わない王様でいるのと、本心でぶつかり、いろいろ面倒で嫌だと思うことも感じながら、対等に生きる平民。もし、君が王様を選べば、今までと何も変わらない。しかし平民を選ぶと、君はパパとママとお別れをしないといけない。さてどうする?」
そう弘大くんに問い掛けた。また何てことを子供に聞いているんだと、純が言おうとした時に弘大くんが口を開いた。
「ボク・・・ボクは・・・今までおこられたこともたたかれたこともおうちではなかった・・・あの時・・・はじめてしかられた時・・・なんかうれしかった・・・そしてわけもわからずパンチされた時も・・・いたいけど・・・なんかうれしかった・・・おおさまの時は・・・そんな気持ちいちどもなかった・・・なんか・・・つらかった・・・おこってほしかった・・・」
その弘大くんの告白を聞いて、唯は思わず涙した。
自分がしたこと、保育士の彼がしたことは、全く無意味ではなかった。ちゃんと弘大くんの胸には響いていたんだと。この小さな身体で、この子はそういうことを考えていたんだと。その気持ちに涙が止まらなくなった。
そしてその弘大くんの告白に、別の意味で涙が止まらなくなったのが美奈代だった。
「弘大!アンタも私を捨てるの⁉︎」
美奈代が怒りに震えた涙で弘大くんにそう言った。すると弘大くんは、
「ボク・・・ママから愛されてないんでしょ?・・・ママはぼくがもうジャマだったんでしょ・・・パパなんか・・・ボクのパパでもないし・・・あそこはボクの家ではないってことよくわかったから・・・だからもう・・・みんなで自由になろうよ!」
弘大くんは実の母親にそこまで言い切った。そんな弘大くんに、
「偉いぞ!弘大くん!良く言った!」
そう言って蔵馬は弘大くんを抱き抱えた。そして、
「アンタ達は自由を履き違えたんだ。弘大くんは最後の最後でそれに気付いた。この子はとても偉い。アンタ達には勿体無い。こっから先はうちで面倒見させてもらう。もちろんタダでとは言わない」
そう言って目の前にいつもの様に百万円の札束を美奈代の前に落とした。すると美奈代が、
「こんなはした金なんかいらない!そしてそんな私の言うこと聞かない子もいらない!どこでも持っていって!」
そう怒りながら蔵馬に言い放ち、札束を蔵馬に投げつけ返した。蔵馬は少し戸惑ったが、
「そ・・・そうか・・・わかればいいんだ・・・それじゃーな・・・」
そう言って俯いたままの翔吾と美奈代の横から弘大くんを抱き抱えながら出て行った。
「バイバイ・・・パパ・・・ママ・・・」
最後に弘大くんがそう二人に告げた。美奈代と翔吾は無言で俯いていたが、その眼からは一筋の涙が流れていた。
外に出た蔵馬達を影山が出迎えた。
「お疲れ。健人」。影山が少しはにかんだ顔で蔵馬に話しかけた。
「おう。今回はありがとな。しかし相変わらず凄いなお前のところの軍団は」
そう言いながら蔵馬は影山の頭を撫で回した。
「やめろよ健人。それに軍団じゃなくて仲間達だから」
そう言って影山は嬉しそうな迷惑そうな顔で蔵馬に答えた。そこに割って純が会話に入ってきた。
「あの〜影山さん?私には全く意味がわからないんですけど・・・一体どんな魔法を使って全ての幼児と保育士と園長先生を移動したんですか?そもそもみんな今どこにいるんですか?」
そう言って自らの疑問を影山にぶつけた。すると影山は、
「そこまでのことはしてないですよ。まずあの保育園の電波をジャックして、近隣の保育園で不審者が出たって嘘の情報を流す。そして、同じ情報を一斉にその保護者のネットワークだけに流す。後はそこに刑事を使って避難を呼びかける。後はバスをチャーターして一時的にうちの仲間の施設に全員運べば、誰もいない保育園は簡単に完成します。それとDNA鑑定書の方ももうその偽造をした人間はわかってましたから、そいつを刑事を使って問い詰めればあっさり白状してくれましたよ」
影山は物凄くあっけらかんとして話してくれた。純は普通に意味がわからなかった。どう考えてもそんな簡単なことではないことを、影山がいとも簡単にやってのけたからだ。なのにそれを簡単なことの様に話す影山に、純は少し畏怖の念を抱いていた。そして、
「あの〜影山さん・・・貴方は一体何者なんですか?」
と恐る恐る尋ねた。そうすると影山は、
「私はただの健人の友達で児相の一職員ですよ」
と、これまた少しはにかんだ顔であっさりと答えた。その様子を見ていた蔵馬が、
「はい!終わり終わり!俺も詳しく聞いたことがないことをお前なんかに答えるわけがないだろ!お前はもう仕事終わったんだから帰った帰った!」
と純を追い出す様に言い放った。純は言い返そうと思ったが、何をどう言えばいいか言葉が見つからなかった。そんな純を見て舞が、
「一之瀬さん。ほらもう帰るよ」、と言った。するとそばにいた唯が、
「舞さん。今日は私に一之瀬さん送らせてもらえませんか?」と舞に言ってきた。舞は、
「まーいいけど・・・」と言って一人で車に乗って帰って行った。
「じゃー帰りましょうか」
そう言って、唯は純を自分の車まで誘導して、車に純を乗せた後、ゆっくりと車を発進させた。
純は少し戸惑っていた。それまでの唯は子供が大好きで面倒見のいい、女性から見ても可愛い感じの少し年上のお姉さんといった感じだったが、今日唯の口から壮絶な過去を聞いたことで、少した接し方に戸惑っていた。そんな純の様子を察したのか唯が口を開いた。
「今日はびっくりしたでしょ。ゴメンね。でもそんなに気楽に語れる過去でも無くてさ。今まで蔵馬さん以外には話したことなかったんだけど・・・ちょっと感情爆発しちゃってね・・・」
そう話し出した後で、
「でももしかしたら一之瀬さんが来たことで・・・気持ちが楽になったのかも・・・やっぱり舞さんも緑さんも色々背負ってるみたいでね・・・私の辛い過去・・・気楽に話せなくてさ・・・でも一之瀬さんにはなぜか話してもいっかなーって気持ちになってね」
そう少し照れながら純に話した。そして、
「もしかしたら一之瀬さんが来たことは必然だったのかもしれないわね。貴方が来たことでそれまでどこかよそよそしかったうちの空気が一変したわ。だって蔵馬さんにあそこまで言えるのは一之瀬さんしかいないもん。私もうそれがおかしくっておかしくって」
そう笑いながら純に話した。
「そんな〜・・・私なんか渡辺さんに比べたら全然です。何もわかってないただのひよっこです。蔵馬さんに強く出れるのは・・・その〜・・・なんて言うか・・・」
純は照れながら、身体をモジモジして、唯にそう答えた。
「ふふふ。本当不思議な子だね。でもありがと。会議の時、一之瀬さんは弘大くんについて考えてくれたでしょ?私にはそれが出来なかった・・・多分言葉でどう言っても、結局私は弘大くんのことは何も考えてなかった・・・むしろ加害者だと思ってた・・・でも一之瀬さんの言葉でハッとさせられたわ・・・私は自分でも気付かない内に、弘大くんに対して寄り添うことが出来なくなってたんだってね・・・でも、一之瀬さんの言葉を聞いたことで、そのことに気づけた。本当ありがとね。これでまた私保育士として更に頑張れそう。これからもよろしくね」
そう言って唯は自分の気持ちを赤裸々に語った後で、純に感謝の言葉を言った。
純は照れくさそうにしていた。そうこうしている内に車は施設に到着した。
そして車から降りた純に対して、唯が駆け寄って来て、
「あっ!それと今度から二人の時は私のことは唯って呼んで。私も純って呼ぶから。じゃー改めて純。これからもよろしくね」
そう言って唯は、純に握手を求めてきた。純も照れながらその求めてきた手を握り、
「こ・・・こちらこそ改めてよろしくです・・・えっと・・・唯・・・さん」、と言った。そんな純を見て、唯は少し笑っていた。その唯を見て純も笑い出した。
そして二人はお互い笑いながら施設の中に入っていった。
美代子と翔吾は自分達の家に帰って来ていた。そして美代子が切り出す。
「離婚しよう・・・」
翔吾は首を縦に振った。もう二人が一緒にいる理由は何もない。
その理由自体が無くなったのだから。
蔵馬と影山の元に涼子が現れた。
「健人。誠。お疲れ様」。そう言って二人を労った後で、
「しかし健人。よく我慢したわね。偉いよ。少し成長したんだね。うん。ここで何か問題起こしてたら私達の目的には辿り着けないものね」、と蔵馬に言った。
蔵馬は涼子の言葉の意味が全くわからなかったので、
「・・・涼子姉ちゃん・・・一体何のこと言ってんの?」と蔵馬が聞き返した。
すると涼子は、
「あれ?気付いてなかったの?今回のターゲットはあの藤原幹事長の三女だったんだけど・・・」とあっけらかんとして言った。
涼子が蔵馬にその話をしてしまったことに対して、影山は天を仰いだ。
そんな影山を見て、怒りを露わにした蔵馬が影山の胸ぐらを掴んで、
「どう言うことだ!誠!」と影山に怒鳴った。影山は少し溜息をついた後で涼子に、
「・・・涼子姉ちゃん・・・なんで言うかな〜・・・こうなるのわかってたんじゃんか・・・」
と嘆きの様な言葉を言った。その様子に蔵馬は、
「お前・・・知ってて黙ってやがったな!どう言うつもりだ!」
と更に影山に向かって怒鳴った。その蔵馬に対して影山は、
「健人。お前それ知ってたら今回の様な対応したか?してないよな?忘れるなよ。俺と涼子姉ちゃんは別にお前みたいに復讐だけが目的ではないってこと。俺達はあくまでお互いの目的の為に、全員で危ない橋を渡り続けていることを!」そう言い放った。
影山のその言葉を聞いて、蔵馬は少し冷静さを取り戻し、胸ぐらを掴んでいた手を離し、
「・・・わかってるよ・・・全ての子供の幸せ・・・だろ・・・忘れてねえよ・・・」
そう小声で影山に言った後で、影山に対して背を向けた。そんな二人を見ながら涼子が、
「しかしいずれにしてもこれで間違いなく藤原副総理にはここの存在バレるわね。これからはちょっと私も、健人も、誠も、今までみたいに会うことは避けた方がいいかもしれないわね」。そう神妙な面持ちで二人に言った。二人もそれに頷いた。
「弘大がいなくなった・・・美代子どういうことだ?」
美代子は誰かに電話をして今日のことを話している。そして、
「なるほど・・・そういうことか・・・わかった・・・後のことは任せておきなさい・・・」
そして電話の相手は電話を切った。
(何者かは知らないが・・・この私に逆らう者がいるということは確かだな・・・愚かなネズミ共め・・・いずれ全員まとめて退治してやろう・・・)
【第五話】
「ピピピッ!ピピピッ!」
純のスマホのアラームが鳴っている。純はその音と共に目を覚ました。
(んと今日の予定はっと)
純はそう言いながらタブレットを開いてスケジュールを確認した。今日のスケジュールは昨日とはまた違っていた。十二時からの会議の前に新たな項目が追加されていたのだ。
(んと・・・十時に一階・・・あれ?唯さん今日も行くのかな?)
少し頭を傾げながら、純はいつものルーティンを終わらせて部屋を出ると、一階に降りて行った。
一階に降りた純を待っていたのは、唯ではなくて舞だった。
「おはよう一之瀬さん。今日は私に付き合ってもらうわよ」
そう言った舞の表情は、いつもよりも張り切っている様に見えた。そして舞は、純を今まで行った場所とは違うところに案内した。そしていつもの様に透明の壁に手を当ててその部屋の扉を開けた。
その部屋は少し変わっていた。見た感じは、小学生低学年の部屋ととても似ていた。ただ違いは、部屋に机と椅子はあるが、その席には全員は座っていない。そしてタブレットを使ってはいるが、全員がバラバラの教科書の映像を見ている。問題の解く流れ等は、小学低学年のそれと似ているが、この部屋には机がある部屋の他には、フリースペースしかない。その少し見た事がある景色の、少し見たことのない、異様な光景に純は驚いてしまった。
そんな純に舞は、このエリアの説明を始めた。
「ここは小学校高学年エリア。以前低学年エリアは見たと思うけど、あれは実は三年生までのカリキュラムなの。この施設では、小学校四年生から自主性が認められるの。そして何でもここに持ち込んでもいいの。つまり勉強に励むのもよし。身体作りに励むのもよし。目一杯遊ぶのもよし。そして特にテストも無い」
舞はそう言って、このクラスの特徴を純に話した。そして更に話を続けた。
「何より、高学年からは低学年の面倒や子供や赤ちゃんの面倒を見ることが可能となるの。でもそこにもきちんとした理由があるのよ」
「まず第一に、ここに来た子供は様々な境遇を抱えているから、自分よりも小さい子供と接したことのない子供も多数いるの。ましてや、赤ちゃんなんて見たこと無いなんて子もいるわね。そういう子供に、自分よりも小さい存在を見せることで、命の大事さや大切さを感じさせる事が出来るの。そしてそういうことをこの時期から経験してもらうことで、母性の目覚めや育児への関心にも繋がるのよ」
「だから、とにかくこの時期に多くの経験をすることは、この時期に勉強をすることよりも大事だってのが、この施設の方針なのよ。もちろん強制はしない。まだ心を閉ざしている子供もいるからね。でもここの子供達は、比較的積極的にその経験を積もうとしてくれている。それはおそらく、自分が辛い境遇に合ってたからこその行動なのかもしれないわね。おそらく真っ当に生きてきた子供よりも、ここの施設にいる子供は、そういう小さい子供に寄り添いたい気持ちは強いのかもしれない。皮肉だけどね」
舞からの説明を純はただ静かに聞いていた。そして説明が終わった後、透明な壁のドアが開き、二人の女の子が中に入ってきた。
純はその内の一人を見て驚いた。その子は一昨日出会った女の子だった。名札に書いている名前はマユコ。ただその女の子は、一昨日まで母親から洗脳されていた渚だった。
ただ、渚はここではマユコと名前が変わっていた。なぜ母親の名前を名乗ることにしたのかはわからないし、そこは触れてはいけない。純は直感でそう感じていた。
そんな純の様子を知ってか知らずか、急に舞がマユコと一緒に入ってきた女の子に話し掛ける。
「カレンさんどこ行ってたの?」するとその女の子は、
「新しく入ったマユコさんを色々案内してたの」、と答えた。
そんな一連のやりとりの後、マユコと名札に書いていた女の子が、
「あっ。一之瀬さんに城島さん。お久しぶりです。あの時はありがとうございました」
そう言って純と舞に一礼した。その堂々とした姿に純はとても驚いて、
「えっと〜・・・マユコ・・・さん・・・? もう・・・大丈夫なの?」
とマユコと名前を変えた女の子に尋ねた。するとその女の子は、
「大丈夫かどうかと言われると、それはよくわからないって感じです。ただ一つ言えるのは、もう私は自由だけど、その代わりこれからは色々と自分で決めないといけないんだってことですね。良くも悪くも、今までは何も考えないで生きて来てたので。これからどう生きるか。楽しみだけど不安でもある。今はそんな感じです」
そう答えた。そして更に
「私・・・ここに来るまでは自分がこの世の中で一番不幸だと思ってました・・・でもこの施設に来て・・・色々な子達の話しを聞いて・・・正直・・・私はまだマシだったんだと思ったんです・・・だから、もうくよくよしないでここで生きていこうって思ったんです!」
そう力強く純に言った。そこにはもう洗脳されていた渚の面影は、どこにもなかった。
「そっかー!うん!何にせよ元気になって良かった!それにもう友達も出来たみたいだし。良かったじゃん」
純は、マユコのその決意表明の様な言葉にそう返した。
「はい。カレンさんはここに来た私に初めて声を掛けてくれて、自分の話をしてくれた最初の同級生で最初の友達です。ねっカレン。本当ママに似て、とてもいい子です」
そう楽しそうにマユコは純に話した。
「・・・ん?ママって・・・?」純はその言葉に引っ掛かって、マユコに聞き直した。
すると、
「あ〜・・・カレンは私の子供なんだ」。と横にいた舞が、少し照れながら純に告白した。
「えっ・・・城島さん⁉︎どういうことですか?」純は当然の様な疑問を舞にぶつけた。
すると舞は、
「あれ?言ってなかったっけ?」と言いながら、カレンの肩を抱き、
「私、実はシングルマザーなんだよ。私もちょっと訳ありでね。蔵馬さんに無理言って子供と一緒に施設に入れてもらってんの。だからまー蔵馬さんには頭上がらないわけなのよ」
と呆気らかんとした顔で嬉しそうに純に告白した。
「えっ⁉︎ え〜〜〜」。純はとても驚いた。そして、
「な・・・何があったんですか?」と舞に聞いたすると舞は、
「んー・・・長くなるからその話はまた今度ね」
そう言って純の質問をはぐらかした。そしてその後で、
「さて、じゃー一之瀬さん。今日何するかはまだ何も言ってなかったわよね?今日はここの高学年の子達と一緒に、色々な子供達の面倒を見てもらいます。まー実習みたいなもんね。じゃーヒナさん、カエデさん。宜しくね。私はここでカレンと一緒にいるから」
そう言ってそこに座っていた、ヒナとカエデに声を掛けた。その舞に対して、
「はい。わかりました」、とカエデが元気よく返事した。
「はーーーーい。任せて下さーーい」、とヒナも元気よく返事した。
この二人のことは純もよく覚えていた。低学年クラスに行った時にいた子達だったからだ。
そしてヒナとカエデは、純を連れて高学年クラスから外の廊下に出た。
「それじゃーまずはベビークラスから行きましょう」
そうカエデが純に声を掛けて、ベビールームの前の透明な壁のドアを開けた。
中に入ると、そこには何人もの赤ちゃんが、ベビーベッドの上で、起きてたり寝てたり泣いたりしていた。純は初めて見た生の赤ちゃんに興奮していた。そんな純を見て、
「えっとーじゃーまずは生後間もないこの赤ちゃんを抱いてもらえますか?」
と言いながら、カエデが一つのベビーベッドを指差した。そこには産まれて間もないぐらいの赤ちゃんが、ベビーベッドに横たわって眠ってた。
(ち・・・ちっちゃーーい・・・)
純はその無垢で可愛らしい姿に、すっかり癒されていた。
そんな赤ちゃんを徐ろにカエデは抱き上げた。そして、
「えっとーご存知かもしれませんが、産まれて間もない赤ちゃんは首がまだ座ってませんので、抱っこする時は必ずこうやって首を必ず支えて下さいね」
そう言って、カエデは抱っこの実演をしながら、純に抱き方を説明した。そしてその後で、
「では一之瀬さん。抱っこしてみて下さい」
そう言って、純にその産まれて間もない赤ちゃんを渡そうとした。
純は、とても焦りながらも、言われた通りに赤ちゃんを受け取ると、首を支えながら抱っこをした。純は産まれて初めて赤ちゃんを抱っこしたのだった。
「か・・・かわいすぎる〜〜〜」
純は、初めて抱いたその赤ちゃんのことが、とても愛おしくなってしまった。そうして抱っこしていると、スヤスヤと寝ていた赤ちゃんが突然目を覚ました。そして、
「オンギャー・・・・オンギャー・・・」と泣き出してしまった。
「えっ?えっ?な、なんで、なんで、なんで急に泣き出しちゃったの〜ど・・・どうしたら泣き止むの・・・えっ?えっ?それともこのままの方がいいの?えっ?えっ?」
純は急に赤ちゃんが泣き出したことで、パニックになってしまった。
そんな純を見て、カエデがそっと純に寄り添って、その赤ちゃんに対して一言囁く様に、
「大丈夫・・・大丈夫だからね・・・ゆっくりおやすみ」
そう言いながら、胸の辺りを優しくトントンとし始めた。
すると純が抱いていた赤ちゃんは、途端に泣き止み、またスヤスヤと眠り出した。
(凄っ・・・この子・・・本当に小学六年生なの?どうやったらこの年齢でここまで落ち着いて赤ちゃんをあやせるの?)
純は、カエデのその凄すぎる姿に、言葉を失っていた。そんな純を見て、
「赤ちゃんは、ちょっとの変化でもすぐ感じ取って、その変化に対して、防衛本能を働かせます。赤ちゃんにとっての泣きの動作は、そう言った一連の防衛本能であったり、それに伴う行動欲求だったりします。今回の場合は、急に寝ているところを抱っこされた為に、その眠りを邪魔されたことに対する、一種の防衛本能だったんでしょう。なのでこっちもそんな気は無いってことを伝えれば、そう造作も無いことです」
そう淡々とカエデは答えた。そして更に、
「ただでもそれはあくまで理論上の話です。実際はそうではなくて、何やっても泣き止まないなんてこともあります。でも大事なのは、その状況をどう考えるかの親の方の心理なのです。つまり育児とは気持ちなのです。それを苦に考えるか、楽に考えるか。おそらくそこがその先の虐待するかしないかの差なのかもしれません。なんてこれもあくまで理論の話しですが」。そう淡々と答えた。そして、
「私は、ここではちょっと恵まれた環境で育ってます。両親に愛情もたっぷり注いでもらいました。でも両親共事故で亡くなってしまって。私一人だけ生き残ってしまい。色々たらい回しされてここに来ました。私はそれまで、自分が望まれた環境で生きているという自覚は全くありませんでした。でもここに来て、ヒナさんや色々な子供と話している内に、自分はとても恵まれた環境で育ってんだなということに気付けました。なので私は、ここではもう自分の暗い過去を忘れて、今を生きている子供達の為に、精一杯出来ることをやって行こうと思ってます」
そう言いながら、自分の過去やこれからの信念について、純に話した。
そのカエデの眼は、純にはとても力強く見えた。そして人知れずに、純は今までの自分の人生を恥じるのだった。するとその話しを聞いていたヒナが、
「私は、カエデさんにだいぶ救われたよ。私は完全なる育児放棄の末に、ここに来たわけだけど、その私に最初に声掛けてくれたのは、カエデさんだからね。そして色んなこと教えてくれた。私とカエデさんは育った環境も性格も全然違うけど、ここに来れてなかったらこんな素敵なお姉ちゃんには出会えてなかったし、そう考えれるようになったから、私も色々前向ける様になったわけだし、本当人生ってわかんないよね。でもそれもこれも、全て生きていなかったら有り得なかったことだから。そう考えたらまだ私も恵まれてた方なのかもね。なんてこともここに来なかったら一生感じれなかったかもね」
そう言いながら、カエデの肩を抱き寄せた。
「あら?そんなこと思ってたの?嬉しいわ」。そうカエデが返すと、
「そうだよ。だからもっとやさしくしてよ。お姉ちゃん」。とヒナが返した。
そして二人は互いに小さく笑い合った。
純は、素直にその光景を羨ましく思った。これを運命と呼ぶのは違うのかもしれないが、少なくともこの二人は、お互いが過酷な環境になかったら、一生出会うことはなかったのだと。いや、むしろ本来出会わなかった存在に、そこまでの気を許せるお互いのことを、純は素直に羨ましく思ってしまった。
「さて、話の方が長くなってしまいました。それでは、ここからはミルクのあげ方やオムツの替え方等の、基本的な赤ちゃんに対して行うことを教えていきます」
そう言って、カエデとヒナは、純に優しく赤ちゃんへの接し方のイロハを教えていった。
そうしている内に、どんどん時間は過ぎてしまい。会議まで数分となってしまった。
「おっ。やってるね。でも一之瀬さん。そろそろ時間だよ」
舞がベビールームを訪れて来た。純を迎えに来たのだ。
「わかりました」。純は赤ちゃんの世話をしながら、舞に向かってそう返した後で、
「じゃーヒナさんカエデさん。後はお願いします」
そう言って、二人にお辞儀をして、ベビールームを後にした。
二階では、また蔵馬が二人を待っていた。
「今日も遅いじゃないか!何やってたんだ?」そう急に純に詰め寄ってきた。
「何って・・・っていうかアンタ責任者なのに従業員のスケジュールも知らないの?」
と純は蔵馬に言い返した。
「はーーーー⁉︎ 何でこの俺がそこまでしないといけないんだ!」
今度は蔵馬が、純にそう言い返した。その様子を見るに見兼ねて舞が、
「蔵馬さん!一之瀬さんはもう教育期間中ですよ。それに今日は時間間に合ってますんで」
そう静かに、ちょっとだけ怒りながら、蔵馬に対して言った。蔵馬は何も言えなくなり、
「・・・まーいいや・・・会議始めるぞ!」
そう言いながらミーティングルームに消えていった。
舞は、憮然としている純の肩をポンポンと叩いて、ミーティングルームに連れて行った。
「さて、今回のターゲットはこいつだ。杉崎美代。子供は小学四年生の長男大勢だ。こいつは実の息子を虐待している。でもそれを絶対認めない。そして、今回影山に相談して来たのもこの美代自身なんだ。その美代自身の話によると、一年前に元旦那を事故で無くして以来、ずっと精神疾患を患っていて、メンタルクリニックにも通っているそうなんだ。それで、精神が躁状態の時は特に問題は無いんだが、鬱状態になると何も出来なくなるらしい。だから美代自身は虐待してしまっていると言っているが、おそらくネグレクトだな。今回は事案としてはとても簡単だな。家も普通のアパートの二階だし。最近の案件の中だと簡単に片付くだろうな。ってことで解散」
蔵馬がそう言うと会議は終わった。おそらく開始から終了まで何の議論もなく終わったのは、ここ最近だと初めてかもしれない。
唯も緑もそういう意味では、少し安堵の表情を浮かべていた。でも舞だけは、何故かどこか哀しげな顔をしていた。純にはその意味が全くわからなかった。
美代は、大勢といつもの様に夕食を食べていた。いつもと何も変わらない生活。
そんな時にインターホンが鳴った。美代が外に出るとそこには男が一人と、女が四人立っていた。そしてその男が徐ろに切り出した。
「杉崎美代だな。闇の児童相談所だ。喜べ。子供一人につき百万で買ってやる。その代わり二度と子供に会う権利は失うがどうする?」
その男は、言い慣れたそのセリフの様な言葉を美代にぶつけた。美代は困惑している。
「な・・・何なんですか!? 貴方達は警察呼びますよ!」
美代は突然の不審者達の訪問に驚いて、そうその男に向けて言った。
「しらばくれてもらったら困るな。アンタ実の子供を虐待してるんだろ?」
そうその男が美代に問うと、美代は少し黙った。そして、
「そうですか・・・そう言うことなら少し話しをした方がいいですね・・・どうぞ上がって下さい。ここだと近所迷惑にしかならないので」
そう言ってその男達を室内に案内した。
その男達はいつもと少し状況が違うその対応に、少し困惑していた。
美代はその男達を部屋に案内した。部屋は驚く程綺麗に片付けられていた。そしてその子供も普通に夕飯を食べていた。そんな中、美代がその不審者達に話を切り出した。
「おそらくナイトケージの使いの者なのですね?私の話しを聞いて、それで子供を施設に入れさせようと・・・そうなのですね?」
美代は、その不審者達にそう問いかけた。不審者達は、男以外何もピンと来ていない。そんな不審者達をよそに、美代が話を切り出した。
「確かに私はいわゆるネグレクトをしてしまいました。でももう今はそれを後悔もしています。そしてもうしないように色々気をつけようともしています。でも私の精神の弱さのせいで・・・わかってます・・・何もかも・・・わかってます・・・でも・・・」
美代子はそう言うと泣き出してしまった。その様子を見て不審者の男が、
「別にアンタの病気なんか知ったこっちゃない!でもその犠牲にその子がなるのだけは俺は許せない!」と怒りながら言った。その言葉に対して美代は、
「わかってます・・・わかってます・・・わかってます・・・」
そう頭を深く下げて泣きながら答えた。その美代の下から、
「ママをイジメるな!」
という声がしたかと思うと、その声の主はその男のスネを思いっきり蹴った。
その声の主は、長男の大勢だった。その不審者の男は少し悶絶し、
「た・・・大勢君・・・ちょっとあっち言ってて・・・今ママと大事な話ししているから・・・」
そう言う不審者の男に対して、大勢は美代の前に立ち手を広げて、
「うるさい!僕とママの二人の生活をジャマするな」。そう言ってその不審者の男を追い払おうとした。その不審者の男はもうお手上げ状態だった。
その大勢に対して、今度は不審者の女が前に立つ。大勢はまた警戒した態勢を取ったが、すぐにその警戒を解いた。その女が涙を流していたからだ。
「何で・・・お姉ちゃん泣いているの?」
大勢はその女に対してそう言った。するとその女は、
「大勢くん・・・君は本当に強い子なんだね・・・ママを守ろうとして・・・その姿見てたらちょっと思い出しちゃって・・・」
そう言いながら、大勢の頭を少し撫でた後で、美代に抱きついた。そして、
「貴方の気持ち・・・多分ここにいる誰よりも私がわかってる・・・私も同じだったから」
そう言うと、その女は自分の過去を話し出した。
― 舞の過去 回想 ―
私は昔、交番勤務の婦警だったの。そしてその当時、私には素敵な旦那様がいたの。
昔からの幼馴染でなんでも話せる人。そしてその人との間に、私は子供を授かって仲良く三人で幸せに暮らしてたの。
でも今から二年前、私はとある夜に店で喧嘩が起こっているという知らせを聞いて、その現場に向かい、ある不良少年を連行したの。そいつは未成年で過去にも暴力事件を起こしていた少年だった。でも何故か少年院に行ったことは無かったの。後でわかったんだけど、誰かがそいつの過去の事件をもみ消していたんだって。でもそんなことよくあることだって、私もわかっていたし、それに対して逆らうなんてことも、私はしようとも思わなかった。
でもそんなある日のことだった。私の旦那が通り魔に殺されたの。犯人はすぐ捕まったわ。だって犯人は、その場から一切逃げることなく、更に無抵抗だったから。
そして現行犯で逮捕されたその犯人こそ、その不良少年だったのよ。
その少年が言うには誰でも良かったんだけど、どうせなら一回捕まえられた人間の身内を殺したかったんだって。笑っちゃうよね。私の旦那は私と結婚してしまったが為に、その少年に殺されたんだって思ったらさ。もうそんな少年許せないよね。
だから私はその少年を殺そうとしたの。留置所にいる間に。事故を装って。
でも出来なかった。途中で別の警察に気付かれて止められて、私は謹慎処分を喰らった。
その時点で私の仕事に対する誇りは失われたわ。そうして復讐も出来ないことになってしまった私の精神は崩壊してしまい、何も出来なくなってしまった。今でもあの時のことはカレンに申し訳なかったって思ってる。
本当、毎日何も出来ない日々が続いたわ。ただただ無気力に過ごす日々。
そんな時だった。蔵馬さんと出会ったのは。蔵馬さんは私に言ったわ。
「喜べ!子供一人につき百万で買ってやる。その代わり二度と子供には会う権利は失うがどうする?」ってね。
私は自分のことわかってたし、もう自分が立ち直れないって思ってたからその申し出を受けようと思ってたの。でもそしたら、
「こら!ママをイジメるな!」ってカレンが私の前に立って蔵馬さんに抵抗してくれたの。私は何日も育児を放棄してたのに、カレンはそんな私のことをママだとまだ認めてくれてた。まだ見離さないでいてくれたんだって。
私は嬉しいと同時に自分がして来たことが恥ずかしくなって、思わず大号泣してしまったわ。でも蔵馬さんはそんな私に、
「誰がどうなろうが俺には興味がない。ただお前の犠牲にその子がなるのは許せない」
って言ったの。だから私はその言葉にこう答えたわ。
「私にとって、この子が生き甲斐の様に、この子にとってのママは私しかいない!それでもどうしても連れて行くと言うなら、私を倒してからにして頂戴!」
ってね。そしたら蔵馬さんは、
「・・・面白い女性だな・・・気に入った。丁度一人従業員欲しかったんだ。アンタ、元はいいママだったみたいだし、俺の理想の為に働くならお前も一緒に来ていいぞ。どうせアンタもここにいつまでもいるのは辛いだろうし。どうする?」
私は、蔵馬さんのその急な申し出に戸惑っていたわ。そして聞いたの、
「貴方の理想って何?」そう私が聞くと、蔵馬さんはこう答えたわ。
「今現在、全ての不幸な思いをしている子供が幸せになる施設の運営。そして非行をする少年少女が出ない社会の実現」ってね。私はその言葉に対して、更にこう聞いたの、
「その貴方の理想の世界だともう不幸な人は出ない?」その問いに対して蔵馬さんは、
「それはわからない。でも一つだけ言えることは、非行をする少年少女にもそれなりの理由があって、それがもし今の親によるものなら、その親から引き剥がすことで、そいつの幸せは保証される。そうすればアンタの旦那が亡くなった事件なんてものは起きなくなる。」
と言ったの。その余りにも堂々とした答えに、私はその言葉を信じることにしたの。
そして、私は自分がこれから先、前だけを向いて歩ける様に、愛していたあの人との思い出の品を全て処分して、長年住んでいたその家を出ることにしたの。
「そして今、私はアナタの目の前にいる!だから聞かせて!貴方にはその覚悟がある?辛い思いを全て捨てて前を向く覚悟は!」
舞はそう言って、美代に力強く問いかけた。美代はその舞の言葉に対して泣きながら、
「ます・・・あります・・・あります!」と力強く言い返した。
「・・・その言葉信じていいのね?・・・もし裏切ったら、次こそ本当に大勢くんを回収しに来るからね」
舞がそう言うと、美代は泣きながら力強く頷いた。その姿を見た後で、今度は舞は蔵馬に向かって土下座をして、
「蔵馬さん。差し出がましいとは思ってますが、今回だけは見逃してもらえませんでしょうか?責任は私が取ります。宜しくお願い致します」
そう蔵馬に嘆願した。蔵馬はその姿に少し困惑した表情を浮かべている。
すると、舞の過去の話を聞いて、泣いてしまった純が、舞の横にいき、同じ様に土下座をすると、
「私からもお願い・・・します・・・まだこの二人は・・・引き裂かないのが正しい判断です・・・」
言い慣れていない丁寧語で蔵馬に向けて嘆願を始めた。
蔵馬はその普段とは違う、純の態度に動揺を隠せなかった。
「蔵馬さん。今回はお願い聞いた方がいいかもですね」
そんな純を見て、唯も蔵馬に進言した。
「皆さん同じ意見の様ですし、蔵馬さん。まーまだ被害という被害もないですし。今回は警告という判断でもいいのではないでしょうか?」
周りの空気を見て、緑が蔵馬にそう提案した。
蔵馬は全員の意見と、その場の空気を察しながら、少し渋い顔をして、
「・・・わかった・・・わかったよ!今回は警告な!」
そう言って、全員の提案を飲むことにした。
「ありが・・・ありがとう・・・ございます・・・」
美代はそう言って、蔵馬に土下座をして深々と頭を下げた。
「う・・・うん・・・でも警告は警告だからな!次はないからな!」
蔵馬は最後に捨て台詞の様な言葉を言った後、
「それと俺は出した金は引っ込めることはしない!だからこの百万は大勢にやる!好きに使ってもいいが無駄遣いはするなよ!」
というちょっと訳のわからないことを言うと、その部屋を後にした。
そしてその蔵馬の姿を見て、残りの女性達もその後に付いて部屋を出て行った。
美代はさっき起こったことを心に留めた。
そして決意を新たにすると、大勢を抱き締めて一言呟く。
「もう絶対離さない。もう絶対放棄しない。ごめんなさい貴方・・・私強くなる」
そう決意した。その決意の言葉からは、さっきまでの弱さはもう無かった。
アパートの下では影山が待っていた。その影山に蔵馬が駆け寄って、
「こら!誠!中途半端なのよこすんじゃないぞ!」と怒鳴りつけた。
その言葉に対して影山は、
「あれ?そんな感じ? あら・・・おかしいなー・・・何ならもう育児放棄したいみたいなこと言ってたのに・・・」と呆気らかんとした顔で答えた。
「ふん、こんな事案そもそもお前のとこだけでいけるだろ。それとも・・・誠!お前!まさか・・・!?」と蔵馬が核心を突くようなことを言おうとしたら影山は、
「ハハハ・・・まー・・・ここまで上手くいくとは思わなかったけど・・・さすがだね・・・健人んとこのメンバーは」。そうはぐらかしながらおだてながら、蔵馬に答えた。
「ふん。当たり前だっつうの。うちんとこはお前のとこみたいに優秀ではないかもだけど、こういう事案はお手のものだからな」。そう得意気に答えた。その様子を見て影山が、
「しかし・・・それでも最近特に変わったよな。お前含めて皆んな。昔は個々の能力の高い集団って感じだったけど。なんか最近そこにまとまりが出てきてる。やっぱり一之瀬さんの影響かな?」と蔵馬に聞いた。
「ふん、あんな小娘一人でそんな変わる訳ないだろ。そもそも能力はあいつが一番低いし」
と憮然とした態度で影山に答えた。そんな蔵馬に影山が、
「とか言いながら実はお前が一番気付いてんじゃないのか?あの子の持つ天性の感受性に。あの子はとても共感力が高いよ。だから誰もが心開きやすいんじゃないかな?そしてそんな子だからこそ、皆んなも助けようとか子供までもが話したいって思えるんじゃないかな?意外とあの子この仕事合ってると思うよ。それにあの子ならお前に何かあった時でも力になってくれると思うぜ」、と言った。そんな話しをしていると純が間から現れて、
「何、何?私の話ししてなかった?」と二人に聞いた。二人は同時に、
「別に」と言ってその場を離れた。純はその二人を見て不思議そうな顔を浮かべている。
そんな純に唯が声を掛けて来た。「純ちゃーん。一緒に帰ろ?」
そう言って、唯が純を車に誘って来た。すると舞が割って入ってきて、
「渡辺さん。今日は私に一之瀬さん送らせて下さい。この間譲ったんだからいいですよね?」
って言って来た。唯はその舞の申し出に少しがっかりした顔をしながら頷くと、一人で車に乗り込んだ。そして車を走らせて夜の闇に消えていった。
「じゃー一之瀬さん。車に乗って」。そう言って舞は純を車に誘い車を走らせた。
車の中で舞が純に話を切り出した。
「さっきはなんかゴメンね。急に自分の過去話し出しちゃって」
そう言いながら舞は少し照れていた。そして、
「なんか気付いたら感情溢れ出しちゃってた。こんなこと今まで無かったのにね」
そう言った後で、
「もしかしたら一之瀬さんが来た事で、色々私達の気持ちの変化が出て来てるのかもね」
純を見ながらそう話した。
「そんな〜・・・私・・・何もしてませんよ・・・」
純はとても困惑しながら舞にそう答えた。そんな純に対して、
「ウフフ・・・なんて言うか私達のチームって今まで蔵馬さんが絶対的君主って事で誰も逆らったりなんかしなかったのよ・・・蔵馬さんの言う事が絶対だってね。でも一之瀬さんが蔵馬さんに色々言ったりしているの見て、皆んな少なからず影響は受けてるわよ。だから今日みたいな事も最近多くなってるし。良くも悪くもいいチームになって来たって、私も思ってるわよ」と舞は褒めちぎった。純はその舞の言葉に、ただ照れた。
「それに、今まではどこか皆んなお互いに一線引いていた気がするの。でもこの間、渡辺さんが自分の過去話した事もそうだし、私が今日過去話した事もそうだけど、ここ最近はその線が無くなって来てる気がするのよ。まーそう感じてるのは私だけかもしれないけどね」
そう少しはにかみながら、舞が純に話し掛けた。そして更に、
「そうそう。もう私のことは舞でいいからね」。とウインクしながら舞は純に言った。
「はい・・・えっと〜・・・舞・・・さん」
純は少し照れながら、舞にそう言った。舞は少し笑いながら軽く「はい」と言った。
そうこうしている内に、車はナイトフォレストに着いた。
【第六話】
「ピピピッ!ピピピッ!」
純のスマホのアラームが鳴っている。純はその音と共に目を覚ました。
(んと今日の予定はっと)
純はそう言いながらタブレットを開いて、スケジュールを確認した。今日のスケジュールは昨日とはまた違っていた。十二時からの会議の前に新たな項目が追加されていたのだ。
(んと・・・十時に二階・・・二階?どういうこと?)
少し頭を傾げながら、純はいつものルーティンを終わらせて部屋を出ると二階に降りて行った。
二階に降りた純を待っていたのは緑だった。緑は純を見かけると、
「おはよう。一之瀬さん。さて今日は私が色々教えます」
そう言いながら純に挨拶をした。緑はいつもと少し違ってた。眼鏡を外した夜のスタイルになっていたのだ。その姿に驚いた純が切り出す。
「あのー・・・根本さん・・・今日は何でその感じなんですか?」そう言うと緑は、
「ん?何か最近の職場の雰囲気見てると・・・もうこの感じで毎日過ごしてもいいかなーって思ってさ。実はこっちが私の本性で。あの姿は仮の姿だったからさ。私も過去色々あってね・・・でももうそこまで気張るのはやめることにしたんだ」
そう呆気らかんとした顔で純に答えた。その答えに対して純は、
「はい。こっちの方がなんて言うか素敵ですし可愛いです」、と言った。緑は少し笑って、
「フフフ・・・これでも昔はモテたのよ・・・」と答えた。そして、
「さて、では今日は中学生以上の活動を教えていこうと思っているんだけど、実は中学生以上になるともうクラスは存在しないのよ。それで皆んな個別に将来の目標立てたり、子供達の面倒を見たりしているんだけど、一番のメインとしてオペレータールームでの活動があるの。だからまずはそこに行きましょう」
そう言って緑は純をオペレータールームに連れて行った。
(そういえばオペレータールームの中に正式に入るのは初めてかも・・・)
純は、今まで謎に包まれていたオペレータールームへの正式な案内に対して、妙な高揚感を抑え切れないでいた。
その部屋は、辺り一面監視モニターで囲まれていた。そして、学生何人かでそれぞれの映像を見たり、インカムで何か指示を出したりしていた。学生の手元にはタブレットを設置する場所と、その周りに色々なボタンがある。そしてよくはわからないが、おそらくタブレットの画面をモニターに映し出して、それを何人かで見ながら連絡を取り合っている。そんな感じなんだろう。そして、いつもの様にマリアがそれを見ながら、色々な指示を出している。
そんな様子を見ながら緑が、
「ここで色々な指示を出したりしているんだけど・・・」
と言いながら純に説明し出すと、そこにマリアが割って入って来た。
「あら根本さん。珍しいデスね。普段はここまで来ないのに」
マリアがそう言うと緑は、
「あらマリアさん。いつもお疲れ様。今日は一之瀬さんにここを見せる為に来ただけですよ」
そう笑顔で返した。けどその目の奥は笑ってはいない。
「あら?そうでしたか。でもそれなら私の方でやっても良かったんデスけど」
とマリアも笑顔で返した。けどその目の奥は笑ってはいない。
「いえいえマリアさん毎日お忙しいですし、それくらいは私の方でやりますよ」
「お気遣いアリガトウデス。でも大丈夫デスヨ」
お互い一歩も譲らない笑顔の挨拶の応酬だが、純はすぐに気付いた。
(この二人・・・絶対仲悪い・・・)
そう察知した純は、ずっと苦笑いを浮かべていた。そして同じ様に戸惑っている学生に気付き、
「えっとー・・・マリアさん。とりあえずここにいる皆さんを紹介してもらってもいいですか?皆さん戸惑っていることですし・・・」と純が切り出した。その言葉を聞いてマリアが、
「あっゴメンナサイ。ソウデスネ。それでは」
そう言って、そこにいた学生の紹介を開始し始めた。そこには四人の学生がいた。
「まずは高校二年生のレイさんデス。ここでは一番長くいる学生さんにナリマス」
そう言って、真ん前で座っていたレイを紹介した。レイは椅子から立ちあがって振り向き、
「レイです。よろしくお願いします」と簡単な挨拶をした。レイの紹介の後で今度は、
「それでそこに座っているのが、中学二年生のカナデさんとホナミさんデス。この二人には少し純さん会ったことあると思いマスヨ。今はここのメインアシスタントデス」
そう言って二人共振り返り、「カナデです」「ホナミです」と軽く挨拶をした。
純は確かにその二人の顔を覚えていた。マリアと話していた時にカットインしてきた二人だったからだ。そして更にマリアは、
「それでそこにいるのが、最近オペレータールームデビューしたばっかのジュンペイさんデス」
そう言って、そのカナデとホナミの後ろで色々聞いている男性を紹介した。
その男性は純に向かって軽く会釈をして。、再び前を向いた。
「今のところはこんな感じデスね。何か質問ありますか?」
とマリアが純に聞いてきた。純はその質問に対して、
「あの〜・・・ちょっと疑問なんですが・・・皆さんシフト制?なんですか?そうしないと回らないというかなんというか・・・」と聞いたその質問に対して緑が割って入って、
「シフト制・・・なのかしら・・・ちょっと違うかもしれないわね・・・」
そう答えた。その緑の言葉にマリアは少しムッとしながら、純に向かって、
「純さん。何か勘違いしてませんか?彼等は強制とか仕事とかでここに来てるのではありまセンヨ。これも一種の教育なんデス」
そう説明した。純は更に意味がわからなくなっていた。
「教育・・・なん・・・ですか・・・?」
マリアの言った意味がわからなかった純はそうマリアに返した。その答えに対してマリアは、
「はい。教育デス。それもかなり高度なね。これは一回やってみたらわかるかもしれません。ワタシが直々にアシスタントしますので、ちょっとやってみましょうか」
と言って、マリアは純の手を取りレイに指示を出した。レイは椅子から立って、その様子を見ている。その様子を緑も仕方なく眺めている。
「いいデスか?純さん?指示を出すということはその情報を全て知っているか、もしくはすぐに調べれないといけません。同時に誰に指示を出すかも決めないといけません。そしてそれらの操作は全てタブレットで行います。つまりタブレットも使いこなせないといけません。それではちょっと実践的にやってみまショウ」
そう言って、ある監視カメラのモニターの画面を開いた。そこはベビールームだった。
「さて、今この部屋の備蓄が足りているかどうか判断してクダサイ」
そうマリアが言ってきた。でもその画面には赤ちゃんの映像以外映っていない。純が困っているとマリアが、
「まずこの画面では何もワカリマセン。なのでこの画面をまずは変えないといけないデス。つまりこの視点を変える操作方法を知っておく必要がアリマス」
そう言って、タブレットを操作しカメラの視点を切り替え始めた。そうして備蓄があるところにフォーカスした。すると今度は、
「ここに備蓄量というものが書かれていマス。これはつまり何をどれだけ最低必要かということを示してイマス。これよりも少ないと備蓄が足りていないということにナリマス」
そう言って純に説明した。そして、
「つまりこの表と今の実際の備蓄量を確認すると、現状オムツが足りていないということがわかるというわけデス」。そう言って状況を説明した。そして、
「つまりこれを発注しないといけないとなるのデスが、ここで注意することとして、この発注が今行われているかどうかという事の確認が必要になります。今回の場合、発注画面に切り替えて状況を確認すると、この備蓄は既に発注済ということになり、特にまだ追加発注は必要はないということになりマス」と説明した。そして、
「この様に色々なものを組み立てたり、色々調べたりして、タブレットに慣れることが出来マス。そして、カメラの操作方法も必然的に身に付きマス。そして何より、何かをする為に何かを行う、その工程を実際に立案する力を養うことが、容易になりマス。実はこの力というのが、社会に出てとても重要になりマス。何かをしようとした時に、それをどう行えばいいかわからないと、それを実現することはデキマセン。でもここでその力を身に付けておけば、後は使うものが違うだけなので何でも出来るとそういうことなのデス」
と言って純に説明した。純はその深い教育内容に感心した。緑はうんうんと頷いてはいるが、少し機嫌は悪いままだった。
「もちろん、ここでの実際の経験だけで就職したりとかした人も実際にいマス。これから先の社会におけるオペレーター業務は引く手数多の産業となるので、ここで見に付けた力は実際に役に立つんデス」
そう言って自信満々にマリアは話を締めた。純は普通に拍手をしていた。そしてレイに席を変わった。その後でマリアが、
「もちろん教育も兼ねてますが、ここは実際に必要な機構でもありマス。なので人がいない時はオートメーションにしたりもしてマス。特に夜中は基本オートメーションデス。私も夜はオヤスミしてマス」
と言った。つまりここは元々オートメーションで出来る機能はあるが、教育として普段は学生に開放して、それぞれの力にしてもらっているんだと純は理解した。つまり純は最初ここで行っていることを仕事として考えていたが、ここは仕事場ではなく、教育の場所なんだということを、純は理解した。そしてそれを理解した後で、純は自分の質問が的外れだったことに気付き、途端に恥ずかしくなった。
「何か・・・ゴメンナサイ・・・全然わかってませんでした・・・」
純はそうマリアに言うと、
「フフフ・・・純さんは本当にカワイイデス」
そうからかって来た。その様子を見るに見兼ねた緑が、
「さて一之瀬さん。もうここの仕組みもわかったことだし。ここから出ましょうか」
と言って純の手を握った。するとマリアが、
「純さんはもう少しゆっくりしたいと思いマス」
と言って純の逆側の手を握った。緑もマリアも譲る雰囲気はお互いに感じれない。
(えーーーーーっ!? 完全な板挟みじゃん・・・)
純は心の中でそう叫んだ。そして少し考えて、
「えっと〜・・・マリアさん説明ありがとうございます。ほら、学生さんに指示とか出さないと行けないですよね?なので私達はそろそろお暇させて頂きます。また今度来ます」
とマリアに言った。マリアは少し悲しい顔をした後で、手を離した。
純はマリアに軽く会釈をした後、緑と共にオペレータールームから急いで出た。
(ふ〜・・・やっと・・・解放された!)
純は心の中で安堵の叫びを出した。
ようやく純は、妙な緊張感の中から脱出することが出来たのだ。そんな純を見て緑が、
「・・・なんか・・・ごめんなさいね・・・昔ちょっとあって・・・マリアさんとはちょっとね・・・」
と今更な謝罪をしてきたが、純はもうこれ以上何も言う気になれなかったので、苦笑いだけを返した。すると緑が、
「うーん・・・でもどうしましょう・・・時間少し余ってしまいましたね・・・私は定期の仕事があるので別に構わないのですが・・・」
そう純に言って来た。純は今まで少し気にしてたけど、一度も言えなかったことを緑に聞いた。
「あの〜・・・緑さん・・・私ちょっと会いたい女の子いるんですけど・・・その子高校生なんですよね確か・・・部屋に会いに行っても大丈夫なもんなんですか?」
この純の突然の問い掛けに、緑は少し悩んだ。そして、
「・・・原則として・・・子供の部屋に職員が尋ねるということは、余程の事情を除き、しないことにはなってるんだけど・・・でもまールールとしては決まってはないから・・・別にいいんじゃない?でも部屋わかるの?」と言って純に逆に質問して来た。
「えっとー・・・はい・・・そういえば部屋分かりませんでした・・・」
そう純は残念そうな声で答えた。その答えに緑は、
「ウフフ。そっかー。なら無理かなー・・・なんてね。タブレットあるでしょ?顔さえ知ってればそれで探せば部屋番号ぐらいすぐにわかるわよ」
そう少し笑いながら言って、純に部屋の探し方を教えた。
「あっ・・・ありがとうございます」
純はそう言って、緑に深々とお辞儀をしてその場を後にした。
「えっとー・・・三○七号室と・・・あった・・・ここね・・・」
純はその部屋の前に着いた。ただ純はここで一つ思い出した。この施設のドアは、そこの部屋の住人以外誰も開けれないということを。純はしまったーという顔を浮かべて、その部屋の前で立ち往生していた。するとそんな純に、
「あら?確か・・・一之瀬さん?でしたっけ?」
そう声を掛けて来た人物がいた。その人物のことを、純は覚えていた。
その人物は以前息子の面倒に追われていて、娘のことを見ていなかったその母親だった。
「伊藤さん。お久しぶりです」
純はその声に振り返り、その母親にそう挨拶した。するとその母親は、
「今日はどうしたんですか?」と聞いてきた。純はその問いに対して、
「いえ・・・優香ちゃんと大輔君がその後どうなったか気になって・・・」
そう返した。するとその母親は、
「あー心配して来て下さったんですね。ありがとうございます。今、部屋開けますね」
そう言って、ドアに手をかざしてドアを開けた。
部屋の中は、少し飾られており生活している感じはするが、壁にはポスターも貼られていて女性の部屋という感じだった。
「優香。大輔。一之瀬さんが来たわよ」
そう母親が言うと、机に座って勉強していた女の子が振り返って、
「あっ一之瀬さん。おはようございます」
そう挨拶した。その女の子は、以前の様な引きこもりの感じではなく、とても可愛い服を身に纏い、その表情もとても明るくなっていた。あの時見た女の子とは違うその姿に、純は安堵の表情を浮かべ、
「優香ちゃん。元気そうで良かった。ずっと心配してたんだよー・・・」
と言ってその女の子に抱きついた。その女の子は、
「その節はありがとうございました。あれからここに来て、環境も大きく変わったことが良かったのか、すっかり元気になりました」。そう明るい表情で話した。そして、
「私、中学校も途中から行けてなくて、それで高校の勉強なんて出来るわけもなくて、だから今は部屋にこもって、中学生の勉強からやり直しているところです。そんで将来的には大検受験して、大学に行こうと思っています」
そう話した。その決意表明にも似た告白を聞いて、純は素直に喜んだ。その決意表明を表すかの様に、机の上には色んな教科の参考書や問題集が散らばっていた。
「あっこれは・・・やっぱり中々タブレットでの勉強には慣れなくて・・・それで参考書や問題集買って、ここの机で勉強してます。タブレットは遊びに使ったりの方が多いかもです」
そう言って照れながら純に話して来た。純はもうすっかりこの生活に馴染んだその姿に、また安堵の表情を浮かべた。するとそんな純の足元から声が聞こえた。
「おねえちゃん?だれ?」そこには小さい男の子がいた。大輔だ。純は大輔を抱き抱えると、
「あっごめんね大輔君。ちょっとお姉ちゃんに会いたくてね。私ここの職員なんだ。宜しくね」。そうその小さい男の子に言った。すると母親が、
「大輔もここに来て少し成長が早くなったみたいで。やはり閉じ込め過ぎるのも良くなかったのかなって今頃思ってます。」
そう話して来た。そうして純は優香や大輔やその母親と数時間談笑した。時刻は十二時になろうとしていた。
「ヤバい!もうこんな時間じゃん!またアイツに嫌味言われる〜・・・」
純はそこにいた皆んなに軽く挨拶をした後、その部屋を飛び出して駆け足で二階に降りて行った。
二階ではいつもの様に蔵馬が立って待っていた。
「だからお前は遅いんだって!何してんだよ!」
蔵馬はいつもの様に、純に怒りの言葉を投げ付けた。
「うっさいわねー!だから間に合ってんでしょうが!」
純もいつもの様に言い返した。周りももうこのやりとりに慣れたのか何も言わなくなった。
「ふん。じゃー会議始めるぞ」
蔵馬がいつもの様にそう言うと、全員蔵馬に付いてミーティングルームの中に入って行った。
「今回のターゲットはこいつらだ。葛西亮一と心美夫妻だ。そして一人息子の小学校六年生の孝宏。実は孝宏はこの夫妻の子供ではない。里親制度で見つけて来ただけの子供だ。最初亮一は、孝宏に優しく接していたんだが、ある程度の時期が経過した後で、この父親は豹変した。元々この父親は、自分の跡取りを見つける為に里親制度を使って、孝宏を自分の養子にしただけだった。だからそこに当然愛情はない。常に罵声を浴びせさせられ、学校から帰ると外にも出してもらえずに、帝王学の勉強をひたすらさせられる。そして母親の方は母親で、一日遊び呆けている。元々セブンネットワークというネットゲーム会社の社長である亮一と、その当時キャバ嬢として人気ナンバーワンだった心美が出会って結婚した夫婦であり、もう夫婦生活は破綻している。加えて亮一も遊び人だから、まーよくいるクズ夫婦だな」
そう言って蔵馬が今回のターゲットの説明を行った。そして、
「まー幸いにも、この夫が金持ちだったこともあり、ここの家で雇われているメイドによって、食事は与えられているから生活自体は問題はないんだが、夫婦共に子供に愛情も無いのに、子供を自らの欲望の為だけに利用している。そういうクズ達だ。これは早急に救い出す必要があるが、家はまた金持ち仕様でセキュリティーが万全と来てる。つまり家から攻めることは出来ないわけなんだが・・・」
そこまで蔵馬が話した後で、普段温厚な緑が、
「許せない・・・自分勝手な理由で子供を引き取ったのに・・・その子供に罵声を浴びせるなんて・・・」そう静かに、でも確実に怒りながら言葉を発した。そして、
「セブンネットワーク・・・聞いたことあります・・・結構悪どい課金システムとかやっている会社です確か。そしてこの亮一って男はワンマン社長で、気に入らない部下にも罵声を浴びせているって聞いたことあります」。そこまで話した後で、
「蔵馬さん・・・この会社・・・潰しませんか?・・・蔵馬さんの力なら容易いはずです」
そう提案して来た。その普段とは違う話し方や、言葉遣いに蔵馬以外は全員戸惑っていた。そして蔵馬が口を開く、
「緑。お前の気持ちもわからなくもはないが・・・これは仕事だ・・・私情を持ち込むな!」
そう緑に一喝した。緑は申し訳なさそうな表情を浮かべている。そして蔵馬が全員の方に向かって話し出した。
「ただ作戦としては悪くは無いかもしれない。確かにこんな奴に金を持たせること。それ自体がこういう悲劇を生む原因なのかもしれない」
そう全員に向かって話した後で、緑に向かって、
「緑。潰すとは言ったがどうする?一日で会社を潰すのは現実的には無理だぞ。敵対的TOB仕掛けるとしても準備期間も足らない。さてどうする?」そう問いかけた。その問いに緑は、
「確かに・・・普通なら無理です・・・でもこの男はどこでも自己中にやっているので、おそらくそこからなら何か作戦の糸口があると思います」と答えた。蔵馬は少し考えた後で、
「糸口か・・・もしこいつが過去に何か起こしていたんだとしたら・・・もしくは誰かに恨まれていたのだとしたら・・・そこから切り崩せるか・・・よしっ!影山軍団に少し探ってもらうか。そしてその間に俺は俺のやれることをやっておくとしよう・・・」
そう言った後で全員に対して、
「今回は少しバクチになるかもしれない・・・場合によっては翌日に持ち越すかもしれない・・・でも・・・それでもこいつは潰す・・・こいつは潰さないといけない男だ」
そう言った後で、
「とりあえず指示があるまで皆待機していてくれ。今回は久しぶりに俺も日中から色々動くとする。それでは解散!」。そう言って会議を終わらせた。
蔵馬はそれ以上は何も言わずに、その部屋を出た。今回は純だけではなく唯も舞も蚊帳の外のような感じとなった。
そして三人は顔を見合わせて、頭に疑問符を浮かべた後で、とりあえずその部屋を出た。
辺りはすっかり暗くなっていた。
だがそのオフィスではまだ作業をしている男がいた。
いや。その男がしているのは作業ではない。対応と言った方が正しいのかもしれない。
そしてその男は仕切りに呟く。
(一体・・・何がどうなっているんだ・・・?)
そうして男は鳴り止まない電話の対応に追われていた。
その男はセブンネットワークの社長だった。
そして数分前にその会社は崩壊した。従業員全員が辞表を出したのだ。そしてそれと同時刻に、自社の株が大暴落を起こした。
そして今、男の会社は倒産間近となった。株の大暴落により借金が返せなくなった為、破産するしかなくなったからだ。
男は焦っていた。たった一日で、全てが男の手元から消えてしまったことに戸惑いながらも、必死に一人で対応していた。そこに一人の男が現れた。
「まったく・・・ここまで上手くいくとは正直思わなかったよ。いやー凄いなアンタ。嫌われ者にも程があるぞ」
その男はその社長に言い放った。その言葉に怒りを露わにした社長が、
「誰だお前!俺を誰だと思ってる!時代を作ったセブンネットワークの社長だぞ!」
そう声を荒げて反応した。その反応に対してその男は、
「元・・・だろ?」と言い放ち、
「お前の会社はもう破産する。いや正確には倒産か。それもこれもお前が招いた種だがな」
と言い放った。その言葉に対して社長は、
「俺が招いた種?どういうことだ?」
そう言った。社長はその男の言葉に何もピンと来ていなかった。その様子を見て男が切り出す。
「アンタは何もかもに対して自己中だった。ユーザーにも女性にも従業員にもそして子供にも。だから俺はただそれらに火をつけて燃やしただけだ」
そう言い放った。その言葉に激怒した社長が胸ぐらを掴んで、
「まさか・・・全部お前の仕業か!一体何をした!」
そう激怒しながら叫んだ。するとその男は、その社長が掴んだ胸ぐらにあった手を冷静に握り潰した。
「イタタタタタ」その社長が呻き声を上げた。
「痛いか。でもこの痛みなんか比にならないぐらいの事を、お前は今まで色んな人にしてきた。今お前が受けているのはそれら全ての報いだと思え!」
その男はそう言い放ち、握っていたその社長の手を引き離した。
そしてその後でその男は語り出した。一体何をしたのかを。
数時間前・・・
「これが影山からの報告だ」。蔵馬はそう言って、ミーティングルームに緊急で集めた全員に、影山から集めたデータを見せた。そこには色々な悪事の数々が書かれていた。
まずセブンネットワークについて。悪質なガチャのその実態。そしてその手口。噂通り、いや噂以上に、この会社はユーザーを課金中毒にさせて、金を巻き上げていたことが良く分かった。
そして更に社長の方について、まず何人もの浮気相手に対する暴行の数々。それら全てを金で解決してきた事実。この社長は気に食わないことがあると、女性に暴行を繰り返していた。そして女性の方も、社長のお金で生活しており、言う通りにしか出来なかった。
そしてもう一つ、この社長はギャンブル好きで多額の借金があり、会社の金もそのギャンブルに注ぎ込んでいた。おそらく会社の収入で、それを補填していたのだろう。
更に従業員についても、時間外残業は当たり前で、忙しくても人員を増やすことはせずに五人の従業員で全てを回していた。そして、全員に対して怒り散らし、社員からは恐れられていた。社員の方もそんな生活に慣れてしまったこともあり、また給料はそこまで悪くなかったので、今の生活を変える勇気も無く、仕方なく働いているというそんな感じだった。
「・・・これは酷いです・・・」唯がまず口を開いた。
「・・・クズ中のクズですね・・・」舞が次いで口を開く。
「・・・こんな男本当にいるんだ・・・」純はその報告に絶句した。
「・・・想像以上です・・・」緑は思っていた以上のその社長のクズぶりに、声を失った。
「決まりだな。これだけの材料があればもう今日潰せる。今晩決行するぞ」
蔵馬がそう全員に声を掛けた。そして、
「よし、今回はそれぞれ別行動で行くぞ。時間も無い。みんなすぐに動いてくれ」
そう言って、それぞれに指示を出した。
蔵馬はその報告をする数時間前から既に一人で動いていた。
まず蔵馬は、独自のネットワークを使って投資家達に呼びかけた。
セブンネットワークを潰したいから、もし投資している人がいたら、今すぐその金を回収して欲しいと。蔵馬がそう呼び掛けると、その投資家達は一斉に売りに動いた。これが株暴落のカラクリだ。
そしてその後で、関係のある大手ゲーム会社の社長に呼び掛ける。
セブンネットワークを買収して欲しいと。そしてその際に、従業員は全て雇用して欲しいと。
普通はこんな無理難題通るはずがないが、その会社の社長は蔵馬と懇意の関係の為、蔵馬の為ならと協力を惜しまない。
そうして崩壊の地盤を作った頃に、影山から先程の調査結果が届いたので、仕上げにかかる。
まず最初に悪質ガチャの実態について、SNS上に全て晒した。するとこの情報を見たユーザーが一斉に拡散を始める。そしてその情報を見たユーザー達は、次々とセブンネットワーク関連のゲームから退会を始めた。
次に浮気女性のところに舞を向かわせた。そしてその事実を動画として流した。これでこの社長の社会的信用は失墜する。
その後で、更にギャンブルの証拠を持って、緑を銀行に向かわせた。
そしてこの会社が、今現在借金をしていることを銀行に暴露した。
銀行は突然の報告に戸惑ったが、緑の肩書きもあり、これが事実だと確信し、即座に融資の回収の手続きを開始した。
その間に、買収の話しをSNSで拡散する。従業員全て雇用するという条件と、今以上の待遇の保証という内容と共に。
その結果・・・セブンネットワークは一日にして混沌に陥る。
銀行からの融資回収の電話。ユーザーからのクレームの電話。動画を見た人間からの罵詈雑言の電話。
もう仕事どころではない。そうしてる間も社長はずっと横柄に振る舞っている。いや、急なその展開にパニックになって、いつも以上に荒れている。
そんな辟易している従業員の元に買収の話しが届く。従業員は全員同じ行動を取る。そう、この会社を見捨てるという行動を。
そして全員部屋から出て行く。そして今に至る。
「そ・・・そんな・・・馬鹿な・・・お前は・・一体・・・何者なんだ⁉︎」
全てがこの目の前の男の所業であると悟った社長は、恐れ慄きながらそう蔵馬に言った。
すると蔵馬は呆気らかんとした顔で、「なあにただの一施設長だよ」
蔵馬はそう言い残して、その部屋を去っていった。
社長はもう鳴り止まない電話の対応を諦めた。そして一人床にへたり込んで声にならない呻き声を上げ続けた。
全ては自分で蒔いた種。どこか一つでも自分勝手にやらずに、自身の自己中の考えを捨てていれば、この崩壊は起こらなかったかもしれない。
でもそれも・・・もう後の祭り・・・
その社長は後悔するのが遅すぎたのだ。
「こっちは終わったぞ。そっちはどうなってる?」
蔵馬はその社長の自宅の方にいる唯に連絡をした。すると唯は、
「蔵馬さん。ちょっとこっちは問題が発生しました」
そう蔵馬に答えた。蔵馬は少し困惑しながら、
「どういうことだ?何が起こった?」と唯に説明を求めた。すると唯は、
「実は・・・」とここまでに起こった話しを始めた。
蔵馬がその社長のところに行っている間・・・
純と唯は、その社長の家にいた。
蔵馬からの作戦は、社長の破滅が決まり次第、百万をメイドに渡して、子供を買い取って来いというものだった。
そうしてその準備の為に、その家の門のインターホンを鳴らす。すると、
「どちら様ですか?」
という声がした。おそらくこの家のメイドだと二人は考えた。そこで、
「夜分遅くにすいません。私達、闇の児童相談所の者なのですが」
そこまで言うとそのメイドは全てを察して、
「そうですか・・・遂にこの日が来ましたか・・・」
と言って門を開けた。そして二人は、その豪邸の門から中に入りその家のドアを開けた。
中ではメイドが二人を出迎えた。そしてそのメイドは二人に話を始めた。
「そうですか・・・本当に・・・ようやく孝宏坊ちゃんは解放されるのですね。どうぞ・・・こちらです」。そう言って部屋に案内した。
とても大きな勉強部屋。そこに孝宏はいた。孝宏は必死で勉強していた。その姿を見てそのメイドが優しく声を掛けた。
「坊ちゃん・・・もういいのです・・・もう・・・」
そう言いながら勉強をしている孝宏を、後ろから抱き締めた。
孝宏は勉強していた手を止めた。そして静かに涙を流した。そして無言のまましばらくの時間動かなくなった。そうした時間がしばらく続いた後で唯が切り出す。
「あの〜・・・それで児相の職員から聞いていると思うのですが。その〜・・・孝宏さんうちで買い取らせてもらっていいですか?」
唯は、おそらく初めて言うであろう、そのあまり言い慣れていない言葉を、そのメイドに言い放った。するとそのメイドは唯の方を見て、
「はい。私ももう今日でこの家を出ます。奥様はどうせ夜中まで帰りません。そして旦那様はもう今それどころではないのでしょう。いずれにしても私には拒否権はありません」
そう言い切った後で、今度は孝宏に向かって、
「坊ちゃん。ここでお別れです。この人達に付いていけば坊ちゃんは必ず幸せになれます。私は坊ちゃんの幸せだけを遠くよりお祈りしております」
そう言った後で部屋を出ようとした。すると突然、今まで一度も動かなかった孝宏が急に立ち上がって、そのメイドの後を追いかけて行き、そのメイドの後ろから抱きついた。そして、
「嫌だ!嫌だ!僕は五月さんと一緒にいたい!五月さんだけが今まで僕の支えだった。誰も助けてくれなかったけど、五月さんだけはいつも僕をかばってくれたり、寄り添ってくれたりしてくれた。そんな五月さんと離れるなんて僕には出来ない!」
そう言って五月にしがみついた。そして五月から離れなくなってしまった。
五月にはその言葉が嬉し過ぎたのか、それとも別れることが悲しいのかはわからないが、自然と目から雫が溢れていた。そして、
「ダメです・・・坊ちゃん・・・その言葉はとても嬉しいですが・・・私は坊ちゃんのただのメイドです・・・私は坊ちゃんとは一緒に暮らせません」
そう言って涙を流している力の入らないその手で、孝宏の手を振り解こうとした。
「嫌だ!嫌だ!嫌だ!」
孝宏はその解こうとする力に反発するように、更により強い力で五月を抱き締めた。
そして今に至る・・・
「まーそういうわけなんです・・・どうしますか?」
その様子に困り果てた唯が、蔵馬にそう切り出した。すると蔵馬は、
「どうもこうもあるか!仕事しろ!仕事!」と電話越しに唯に怒った。
唯はこういうケースをとても苦手としていた。子供の気持ちにより深く寄り添う性格故に、孝宏の行動を止めることが出来ないのだ。その様子を見ていた唯が、その電話を取り上げて、
「ねえ蔵馬さん。孝宏くんは五月さんと一緒に居たいんだって。じゃー一緒になってもらったらいいんじゃない?別に母親じゃなくても大丈夫でしょ?ナイトフォレストの中なら」
と仰天の提案を蔵馬にして来た。蔵馬はその提案に対して、
「はーーーーーーー!?またお前は勝手に何を言い出してんだ!」
と電話越しで大声で怒鳴った。すると純は、
「いいじゃんかよー!ケチンボ!涼子さんに言いつけるわよ!」
と言い返した。蔵馬は涼子の名前を出されたのが聞いたのか、
「・・・クソ・・・わかったよ・・・まー元メイドなら何でも出来るからいいけどよ・・・」
と言って渋々了解した。そのやりとりを不思議な顔で見ていた五月が、
「あの〜・・・どう言うことでしょうか?・・・」と純に聞いてきた。すると純は、
「五月さん。五月さんの意思どうこうではなく、孝宏くんはあなたを慕っています。母親じゃなきゃいけないとか・・・そんなの関係なく無いですか?・・・一番大事なのはその慕っている気持ちだと思います。少なくとも孝宏くんが今慕っているのは五月さん。あなたです」
と五月に向かって言い放った。その言葉に五月は孝宏を振り解こうとした手を離して
「わたし・・・でいいのですか?・・・孝宏くんの母親は・・・」と純に尋ねて来た。
「・・・五月さん・・・その言葉を聞く人を間違えてますよ」
純はそう言って、孝宏の方を見た。孝宏は今まで五月を拘束していた手を離して、五月の前に回り込むと、
「うん。五月さん。僕のお母さんになって。そしてずっと一緒にいて欲しい」
そう五月の目を見ながら言った。五月はその言葉が嬉し過ぎて、号泣しながら孝宏を抱き締めて、
「こ・・・こんな・・・わたし・・・で・・・よかったら・・・お願い・・・します」
と泣きながら声にならないような声で、孝宏の想いに応えた。
その姿に純も唯も涙が止まらなくなった。
そしてしばらく全員で泣いた後で、その家を後にした。
唯は車を回してくると、孝宏と五月を乗せて、先に車を走らせた。
純は一人ぼっちとなってしまったので、舞に連絡しようとした。するとそこに緑が車で現れた。そして純に向かって、
「ヘヘヘ。一之瀬さん。今日は私と一緒に帰ろ。城島さんにはもうそう連絡したからさ」
と言って来た。純は少しだけ困惑した顔をして、車に乗ることにした。
車を走らせながら、緑が純に対して話しかけた。
「しっかし今日は本当に色々あって疲れたねー。もうクタクタだよ」。緑のその言葉に純も、
「本当そう。なんか久々に一日動いたって気がします。早く帰ってお風呂に入りたいですね」
と答えた。そういう他愛の無い会話を少しした後で緑が話を切り出す。
「しかし今日はゴメンね。何か昔のこと不意に思い出しちゃって」。その言葉に対して純は、
「でも結果オーライになったからいいじゃないですか」と言った後で、
「ところで昔一体何があったんですか?」と緑に聞いてみた。
すると緑は、自分の過去を話し出した。
「そうね。まだ私が駆け出しの弁護士の頃の話しなんだけどね。私は当時自分よりもお金持ちで代表も勤めていた、同じ弁護士と付き合っていたの。その彼が何て言うか、本当に今回のターゲットにそっくりでね。二人の時はしょっちゅう暴力振るわれていたわ。そして罵声も浴びせられててね。それでも当時の私は我慢してたの。彼は私のこと好きだったのは本当だし、私も自分よりもステータスも能力も負けてるって負い目もあったし、実際色々買ってもらってはいたからね」
「でもそんなある日、あの日は彼とても機嫌悪かった。ちょっといつもと暴力の程度が違っていたわ。それで私、あまりにも殴られ過ぎたのもあって、気を失いかけて、動かなくなったの。そしたら動かなくなった私を見て、その彼はビビってそこから逃げ出したわ。私はもうこのまま死ぬのかなって思いながら、意識が遠のいていくのを感じていたわ」
「そして次に目覚めた時、そこは病院のベッドだった。最初は彼が逃げる前に、最後に救急車を呼んだのかと思ったわ。でも実は救急車を呼んだのは、その時の私の雇い主の蔵馬さんだった。たまたま相談したい案件があって、その夜にずっと電話したけど全然出なくて、気になってその彼に電話したんだって、その彼も偶然蔵馬さんの知り合いだったからね、そしたらその彼がなんかよくわからないこと言ってたから問い詰めたら、私がホテルで意識不明だってことを聞いてね。すぐ救急車呼んでその場所にも駆けつけたんだって」
「そして意識を取り戻した私に対して蔵馬さんは、『あいつも悪いことしたって反省はしている。でも許せないなら潰してもいい。決めるのはお前だ』って言って来たのよ。最初は言ってる意味がよくわからなかった。だってその時その彼は、蔵馬さんのお得意先の顧問弁護士だったのよ。それを潰すということは、お得意先を無くすということと同じで、そことの関係をぶっつり切るということなのよ。だから私は、『そこまではしなくてもいいです・・・』って答えたわ。すると蔵馬さんは急に笑い出して、『アッハッハッハ・・・これだけされてもまだ好きなのか?』って言って来たわ。そして、」
「『お前は何かずっと勘違いをしている。人の恋愛に口を挟む気は無いが、お前の考えは余りにも酷い。なぜそこまでされなければいけない?好きだから?好きなら殺されても本望なのかお前は?それともお前よりも能力も高く、金もあって自分と比べたら不釣り合いだから何されても仕方ないからか?』」
「『笑わせるな!どんな奴だろうと理由も無く殴っていい道理なんかあるわけないだろ!権力があるから?奢られてるから?そんなのは理由でも何でもない!殴る奴のただの言い訳だ!』」
「『本当に好きなら、本当に愛してるなら、その相手のことを愛おしく思うのが当然だ。そして愛おしく思うということは相手を思いやるということだ。理由もなく殴る奴のどこにお前を思いやる気持ちがあるんだ?いい加減目を覚ませ!』」
「って大説教食らったわ。こっちは意識戻ったばっかりの大病人なのに(笑)。でもとてもその言葉が沁みたわ。今思えばあれはおそらく蔵馬さんの育児に対する考え方だっただけなのかもだけどね。でそこまで言われたから、私もつい彼を潰してってお願いしたわ(笑)」
「で、私が退院した頃には、彼そこの顧問弁護士クビになってたわ。それどころか弁護士会から追放されたって後で風の噂で聞いたわ。でも蔵馬さんはそのことについて何をどうしてそういう風に持っていったとかの詳しい話を、私には一切何も言わなかった。ただ一言、『俺は依頼されたことをただ遂行しただけだ』って。その時に決めたの。この人に付いていこうってね」
「まーそんなこんなで私は今も蔵馬さんと一緒にいるってことなの。顧問弁護士も辞めてね。ただ蔵馬さんの夢に協力したい一心でこの施設に付いてきた。そして今に至るってね」
そう言って緑は、自分の過去を全て純に話した。
純は緑のその過去に衝撃を受けたが、それ以上に蔵馬という男のその過去について気になった。そして緑に尋ねた。
「ずっと・・・疑問だったんです・・・蔵馬さんって・・・何者なんですか?」
すると緑は、
「・・・明日朝十時に私の部屋を尋ねて来て・・・そこで私が知っている限りのこと教えるわ」。と言った。そうこうしているうちに車は施設に着いた。
「じゃーね・・・また明日・・・」
緑はそういうと、純を施設の前に降ろし、車を片付けに駐車場に向かった。
「ガチャ」「うーーーい帰ったぞーーーー」
何も知らない呑気な酔っ払ったママが豪邸に帰って来た。
そしてそのままベッドにダイブした。
でもそこにはもう息子もいない。メイドもいない。誰もいない。
そして明日更に残酷な事実を知ることになる。
せめて今だけ・・・いやこのまま夢の世界で・・・醒めない夢を・・・
酔いが覚める前に・・・
【第七話】
純はその部屋の前に立ち、壁から声を掛けた。
「一之瀬です。開けて下さい」。その声と共にその部屋のドアは開いた。
ドアを開けたのは緑だった。そして緑は純を部屋に招き入れて、飲み物を用意した。
そして話を始めた。
「えっと〜・・・私が蔵馬さんと出会ったのは今から約七年前。彼はその当時大手投資ファンドKKファンドのCEOだったの。純ちゃんも聞いたことないかな?十年前に話題になった投資の天才の話。彼は投資家からこう呼ばれていたわ【未来から来た投資家】ってね。それぐらい彼は、当時投資に関しては右に出る者がいないぐらいの眼力を持っていたわ。そしてその投資で莫大な金を稼いでいたわ。彼に投資していた投資家達は、彼を神様の様に崇拝していた人もいたぐらいだったし」
純はその告白にとても驚いた。確かに十年前にとても話題になった投資家がいた。その人物は投資の世界に入ってたった五年で、アメリカで莫大な成功を収めていた日本人として紹介されていた。でもまさかその人物が蔵馬だとは思ってもいなかった。
そんな純に、緑は話を続けた。
「私が蔵馬さんと出会ったのは、本当に偶然だった。その当時KKファンドを辞めた顧問弁護士が丁度いたの。そしてその弁護士は、私が当時働いていた弁護士事務所の先輩だったのよ。私の事務所は、当時その弁護士よりも経験の多いベテランの弁護士を新たに紹介しようとしていたわ。でも蔵馬さんが、『経験浅くてもいいから若い女性の弁護士をお願いしたい。それと日本人で。もう英語聞き飽きたから』って言ったの。そこで白羽の矢が立ったのが、当時アメリカで弁護士になって数年だった私だったのよ。蔵馬さんは私を見るなり『まーいいかこれで』ってね。本当失礼なのは前から変わらなかったわね(笑)」
緑は蔵馬との馴れ初めを笑いながら話した。
そして飲み物を一口飲んだ後で更に話を続けた。
「まー出会いはそんな感じで最悪だったんだけど、一緒にいて仕事をしている間に実は凄い頑張り屋できちんとしていることはわかったから、色々あったけど支えようと思ったわ。でもその当時の関係は、ただのクライアントと顧問弁護士の関係だったわね。そんな日々が数年続いた後で私の事件が起こったのよ。そこからはパートナーって感じになってったわ。そしてその事件の後でしばらくして、蔵馬さんから話があるって言われて呼び出されたわ。そこで言われたのよ」
「『実は俺はある目的の為だけに、今はただ金儲けをしている。このKKファンド自体その目的の為に設立したに過ぎない。でももうその資金も貯まってきた。だからもう少ししたらCEOを辞任して日本に戻る』」
「ってね。私はもう言っている意味がわからなかったわ。だから聞いたのよ」
「『日本に戻ってどうするんですか?』ってね。そしたら」」
「『俺はある目的の為に施設を作る。そしてそこで虐待された子供達を育てる。実は今もうその施設の施工には入っている。これから俺はその為の準備やら何やらをこれからしないといけない。だからCEOを辞任して日本に戻る』」
「ってね。私は更に意味がわからなくなったわ。でもその眼は本気だった。だから私は、
「私もそこで手助けしたいです。って言ったの。そしたら」
「『もちろん最初からそのつもりで雇っている。でもまだ早い。まだ何も出来ていない。だからお前はここで待ってろ。全ての準備が整ったらまた迎えに来るから』」
「ってね。この時、私は蔵馬さんがそこまで考えて、最初から私を指名したんだって始めて気づいたわ。その時はちょっと複雑な気持ちになったけど。とにかく私はその言葉を聞いて待つことにしたの。そして本当に蔵馬さんはその数日後にCEOを辞任したわ。もう会社の株価は落ちるし投資家も離れるし、一時期本当に大変だった。でも蔵馬さんが指名した新しいCEOと二人三脚で頑張って、何とか持ち直したわ。そしてKKファンドは普通の大手投資ファンドとして有名になってったわ」
「そんな日々を過ごしていたある日、蔵馬さんから連絡が来たの」
「『全ての準備が整った。色々整理したら日本に戻って来い』」
「ってね。それが確か今から三年前だったかな。その言葉の通りに、私はその時所属していた弁護士事務所も辞めて日本に戻って来た。そして蔵馬さんに電話したの。そしたら」
「『今から迎えに行くから待ってろ』」
「って連絡が来た後で、蔵馬さんが車で迎えに来たわ。そして私を連れて来たの。このナイトフォレストまでね。最初の反応は多分純ちゃんと同じよ(笑)」
「そして中まで案内されたわ。まだ出来て間もなかったこともあって、子供は一人もいなかったわ。いたのは金髪の女性だけ。マリアさんだけだった。そして蔵馬さんが話し出したの」
「『これから色々子供も探してくるし、従業員も増やしていくが、まずはこの三人で回していく。よろしくな』」
「それだけ言った後で、そこからは特に指示もなく。マリアさんはマリアさんで何かオペレータールームで色々確認している風だったし。最初は不安しかなかったわ。でも部屋はあったし、今と少し違うけど配送システムもあったから生活に困ることはなかった。特にお金もかからなかったし(笑)」
「それからしばらくして、朽木さんをどこかでスカウトしてきて、その後で渡辺さんがうちに来て、そこからちょっとずつ子供が増えて来たかな。どこから来たのかその時はわからなかったけど。そしてそれからしばらくして、城島さんがうちに子供を連れて来たの。その頃かな蔵馬さんが私と渡辺さんと城島さんに」
「『これからは俺が今まで秘密裏にして来た活動を、お前達にもしてもらう』」
「って言い出して、そこで始めて蔵馬さんの活動を見せてもらったの。それが今行っている子供買収だったのよ。最初はもう戸惑いしかなかったわ。私弁護士だしこれが合法かどうかばっかり考えちゃったり、渡辺さんは蔵馬さんの活動に賛成したりしなかったり、城島さんは最初は戸惑っていたかな。でも蔵馬さんは絶対自分の意見を曲げることは無かったわ。そうこうしている内に今のシステムが完成して、それぐらいから赤ちゃんポストからも赤ちゃんを持って来たりして。で今に至るのかな」
緑はそう言って、施設開始から今までの全てを話してくれた。そして、
「それで純ちゃんがうちに来たのが丁度全てが終わった後で、活動も本格的に行うことを決めたタイミングだったのよ。おそらく冴島知事が色々考えて蔵馬さんに意見を言える人物を一人この施設に置こうって画策した結果なのかもね。純ちゃんがうちにいるのわね」
そう言って緑は話すのを終えた。
「つまり・・・私が来る前は・・・こんなに毎日夜の活動はしていなかったってことですか?」
純は緑の話を聞いて、疑問に思ったことを緑に尋ねた。すると緑は、
「うん。そうだね。純ちゃんが来るまでは夜の活動は最初は月一だったかな?そして私達が慣れて来てから週一?になったかな?で毎日になったのは本当純ちゃんが来る数日前ぐらいだったと思うわ」
そう答えた。純はその事実に驚愕した。と同時に今まで感じていた疑問の答えが見つかった。この施設は大きさの割に子供が圧倒的に少ないのだ。その理由が今はっきりとわかった。闇の児童相談所としての活動が本格的になったのが、そもそもここ数日のことだったからだ。
そしてその活動が本格的になるのと同時に、自分が知事にスカウトされた事実を今はっきりと純は感じていた。
「私・・・そんなタイミングでここに来たんですね・・・全然知りませんでした」
純は困惑しながらそう呟いた。
「うん・・・そうだね・・・でも純ちゃんが来てくれて本当に良かったって思ってるよ。だってあの蔵馬さんにあそこまで言うんだもん。私達はそれぞれ恩義があるから中々言えなくてさ・・・本当に助かってるよ。これからもよろしくね。純ちゃん」
そう言って純の背中を軽く叩いた。
「あの〜ところで気になってたんですが・・・純ちゃんって?」
純は今までスルーしていたことに突っ込んでみた。
「アハハハハ。言うの遅いわよ」。緑は笑いながら、
「だって渡辺さんと城島さんとは二人きりの時は名前で呼び合ってるんでしょ?私だけのけものなのは何か嫌だもん。だから二人の時は純ちゃんって呼ぶようにしたんだよ。ね、純ちゃん」
そう純に抱きつきながら話した。純はその行動に少し照れながらも、
「は・・・はい・・・宜しくお願いします・・・緑さん」、と緑に対して返した。
「ウフフ。でも本当に純ちゃんが来てからうちの中変わったと思うわ。実は最近私達も名前で呼び合うようにしたのよ。もちろん蔵馬さんのいないところだけだけどね。それだけ打ち解けた関係になれたのは純ちゃんのおかげよ。本当に感謝してるからね」
緑は純をそう褒めちぎった。純は照れて赤い顔をしている。
「さて、そろそろ準備して行かないとね。会議始まっちゃうし。そろそろ蔵馬さんと純ちゃんの一悶着もネタつきそうだしね(笑)」
緑はそう言って飲み物を片付け出して、支度を始めた。
「あっ・・・はい・・・ありがとうございます」
純はその緑の支度を待って、一緒にその部屋を出た。
「今日は間に合ったみたいだな」
蔵馬がそう二人に話した。緑はわからない様に純に向かって小さくピースをした。
「よし、じゃー会議始めるぞ」
そう言うと蔵馬はミーティングルームに入って行った。
その蔵馬の後を追う様に、その場にいた唯と舞もミーティングルームに向かって行った。
そしてその後ろを緑と純が付いていった。
ミーティングルームに着いた全員に対して蔵馬が話を始め出した。
「今回のターゲットは・・・」
そう言うと蔵馬はなぜかその先を言うのを一度やめた。モニターにも何も映していない。
そのいつもと様子の違う蔵馬に、そこにいた全員がざわつき始めた。その様子を見て蔵馬が話を切り出した。
「今回はいつもと違う。でもこういう事例にも我々は対応していくことを今回を通して知って欲しい」
そう神妙な面持ちで全員に話をした後でモニターにターゲットを映して話を始めた。
「今回のターゲットはこいつだ。瀬戸雄也。そしてこの男には三人の娘がいる。中一の莉乃、中二の麻衣、中三の敦子だ。そして虐待は一度もない。むしろ幸せな家庭だった。数ヶ月前まではな。そして今回影山に相談に来たのは、実は父親の雄也だ」
そこまで言って、一度話すのをやめた。そこにいた全員がここまで聞いた情報のどこにもこれがうちの案件になぜなるのか、理解が出来なかった。そして辛い顔を見せながら蔵馬が話を続ける。
「その父親が言うには、数ヶ月前友達に騙されて多額の借金を負わせられた。妻も私もその借金返済の為にとにかく働いていたのだが、妻が過労で倒れて亡くなってしまいました。私は悲痛に打ちひしがられながらも必死で借金返済の為に働き続けました。でも借金は一向に減りませんでした。そんなある日、家に来た借金取りに言われたんです。『金が返せないならお前のとこの三姉妹を借金返済の為に働かせろ』って。私は当然それだけは出来ませんって言ったんです。でも借金取りは聞く耳持たずに娘に対して、『姉ちゃん達はどうしたい?うちも強引な手段は使いたくないから自主的に働いてくれると助かるんだが。もちろん年齢もあるしうちも捕まりたくはないからそこまでの酷いところには預けないつもりだが』って聞いたんです。そしたら長女の敦子が『そこに行けばもううちに取り立てには来ないですか?』ってその借金取りに言ったんです。そしたらその借金取りは『三人共きちんと逃げないで稼いでくれるんならいいよ。働くのも学校終わってからと学校休みの日だけでいいし。うちはそこまでアコギなシノギはしてないからさ』って言って来たんです。その回答に対して敦子が『わかりました』って。その敦子の姿を見て麻衣と莉乃も頷きました。」
「私は本当に駄目な父親です。娘達に対してその時絶対駄目だと言えませんでした。今も娘達は何食わぬ顔で接してくれています。でも私のせいで、彼女達は今も望まない仕事をさせられています。私はどうなっても構わないので、この環境から娘達を助け出して下さい」
「ってな。どう考えても案件としては警察案件な気もしなくもないのだが、その父親が警察にだけは知らせないで欲しいって。それをすると娘のこともバレてしまうからって。健気だよな。でもうちに相談に来た以上はうちは仕事をするだけだ」
蔵馬は今回の内容を一通り話した後で、そう締め括った。そこにいた全員が何も喋れなかった。そして今回の案件が今までと全く違うことを、全員が心で感じ取っていた。
そしてしばらく沈黙の時間が流れた。その重たい空気の中で蔵馬が切り出した。
「みんな。目を覚ませ。同情を父親にするな。事情はどうであれ、この男は娘を不幸にした張本人だ。だから俺達はこの子達をこの父親の下から救い出さないといけない」
そう全員に対して檄を飛ばした。その言葉に対して純が、
「・・・どうして・・・ねえ・・・どうして・・・他に方法はないの?ねえ。蔵馬さんがお金肩代わりしたら解決するんじゃないの?それはダメなの?」
と泣きながら蔵馬にお願いした。蔵馬は少し黙った後で、
「・・・それは・・・駄目だ・・・そういう問題ではない・・・この父親は道を誤った・・・だからその罰は受けなければならない・・・子供を成長させると言うことはそれだけ重い責任感を担う作業だから」
神妙な面持ちでそう純に言った。その言葉に対して純は反論出来なくて、悔し涙を流した。
そんな中で唯が話を切り出した。
「蔵馬さん。それで今回はどういう作戦を立てるのですか?」
唯はそう蔵馬に問いただした。その表情には吹っ切れた様な決意が見えた。
「そうだな。今回は・・・」。蔵馬がそう話し出したタイミングで緑が、
「蔵馬さん。今回は私に作戦を一任して下さい」
そう蔵馬に提案した。蔵馬も首を縦に振った。そして緑は作戦を全員に話し出した。
そしてその作戦に従い、唯と舞と純は、それぞれの娘が働いている店に向かった。
その夜、雄也の下に一本の電話が非通知で掛かって来た。雄也がその電話に出ると、
「私は今回の借金の件の全てを知っている者だ。話しがあるから今からお前が借金した会社に来い」
その電話の主はボイスチェンジャーで声を変えていてそれだけ言うと電話を切った。
雄也はよくわからなかったが、言われた通りに自身が借金している会社に向かった。
その会社のビルの入口で、雄也は見知らぬ女性から声を掛けられた。
「お待ちしていました。さあ今から貴方の借金を帳消しにしに行きましょう」
それだけ言うとその女性は、先頭を切ってどんどんそのビルの中に進んで行った。
雄也は訳がわからなかったが、その女性に付いていくことにした。
そして二人は借金取りの会社のドアを開けた。
その部屋の中には如何にもという風貌の人間が、何人かいた。
雄也はその光景にビビっていた。だがその女性は何も気にしない顔で、中をドンドン進んで行く。そしてそこの責任者と思う人物の目の前まで歩いて行った。
「これはこれは雄也さん。今日はこんな素敵な方を連れて来て一体どうしました?」
その目の前の責任者と思われる人物は、とても和かな顔で、雄也とその女性に声を掛けてきた。するとその女性は凛とした顔のまま、
「申し遅れました。私こう言う者です」
そう言って、自分の名刺をその責任者に渡した。その名刺は弁護士の名刺だった。
そしてよく見ると、その女性の胸元には弁護士バッジが付いていた。
その瞬間全てを理解した責任者の態度が一変した。
「雄也さん。それはないですよ。弁護士連れて乗り込んで来るなんて、良い根性してるよね」
そう言ったその責任者は和かな表情を崩さずに、でもその手には怒りで力が入っているのがよくわかった。そんなことは気にせずにその女性が話を進める。
「貴方のところの悪事は全てわかっています。それについては後で話しするとして、まずは雄也さんの借金についてお話しさせて下さい」。そう言って、その女性は話を進め出した。
「まずそもそもこの借金はこの方のではないですよね?なぜその人から取り立てないのでしょうか?通常保証人はその人物から取り立てれない事情がある時のみ取り立てるとなっていると思いますが」。その女性はその責任者にそう問い質した。
「だから弁護士先生。金を借りた人間が行方不明何だから仕方ないだろ?これは法律でも決まっていることだぞ。そもそも保証人の印なんか押すこいつがいけないんだよ」
その責任者はそうその女に話した。するとその女は、
「それはおかしいですね。この写真を見てもらえますか?」
と言いながら、数枚の写真を取り出した。雄也はその写真を見て驚愕した。
その写真には、その借金をした張本人である人物が写っていた。そしてその写真の場所は何とこのビルの入口だったのだ。更にその横には、その責任者が笑顔で一緒に写っていた。
「さて、これはどういうことでしょうか?なぜ貴方は債務者と一緒に写っているのですか?」
そうその女が問い質すと、今まで和かだったその責任者の表情が一変した。そして、
「姉ちゃん・・・この写真どこから手に入れた?」
と先程とは違う暗いドスの聞いた声で、その女に問い質した。するとその女は毅然とした態度で、
「そんなこと聞いてどうするつもりですか?そんなことよりもこちらの質問に答えて下さい」。そう言い切った。その言葉に、完全にその責任者は切れて急に立ち上がり、
「おいコラ。調子乗るなよ姉ちゃん!」
そう言って部下に指示を出した。その指示を受けると周りの部下は刃物を抜いた。
その瞬間だった。
【バーーーン】
その事務所のドアが蹴破られた。そして刑事と、スリムな女性と、もう一人変わった風貌の男が現れた。
「そこまでだ」刑事がそう言うと、
「何だおめえらは?おい!やっちめえ」と部下に責任者は指示を出した。その指示を受けて部下達が一斉にその三人に襲いかかった。
だが、その刑事とそのスリムな女性はその襲い掛かって来た部下達を一瞬の内に返り討ちにした。そしてその後で、その変わった風貌の男が話を切り出す。
「さーて。じゃーそろそろ出て来てもらおうかな」
と言うと、その三人はその部屋を隈なく探し出した。そしてそのスリムな女性がその部屋のソファーをどけると、そこには通路があった。そしてその通路の先に部屋があり、その中で写真に写っていた本当の債務者が、そこで何食わぬ顔で生活をしていた。スリムな女性は、そこにいた男の腕を掴んで、その部屋から引き摺り出した。部屋から出された男は、大部屋に何人もの倒れている人間の姿を見て、観念した。そして、
「あーあ。作戦失敗か」と言った。その姿に怒り心頭した雄也がその男の胸ぐらを掴み、
「お前!どう言うつもりだ!消息不明だったんじゃないのか!」
と問い質した。するとその男はその雄也に対して、
「全部演技だよ。この俺のな」
そう開き直って言った。その言葉にブチ切れた雄也はその男を思いっきり殴りつけた。
その男は吹っ飛んだ。その様子を見ていた風貌の変わった男が、
「わかったか?アンタはずっとその男に騙されていたんだ。最初からこの男とこの男はグルだったんだ」
その債務者と責任者を指差しながらそう言った。
その状況に観念した責任者が話を切り出す。
「これはこいつから持ちかけて来たんだからな。俺もそういう意味では被害者なんだからな」と開き直り話を続けた。
「この男はなうちの債務者でな、うちに一千万近く借金してたんだ。そんでいよいよクビが回らなくなってきた時に、急に提案して来たんだ。『借用書を書いて欲しい。保証人の欄を空白にして。そして俺がその借用書に保証人の印を押して持って来たら、その後で俺を秘密裏にこの部屋に隠して欲しい。そうしたら俺は誰かにこの借金を擦り付けれる。いいアイデアだと思わないか?』ってな。この男は俺達筋者よりもよっぽどタチが悪いぜ。俺達は金さえ手に入ればいいと思ったから、この作戦に乗っただけだ」
そう言って全ての顛末を話し出した。
雄也はその告白に愕然とした。そしてその保証人にされた経緯を話し出した。
「あの夜・・・お前がうちに来て・・・そして酒飲んでたら意識が朦朧として気付いた時にはお前はいなかった。そしてその数日後、うちに借金取りが見覚えのない借用書を持ってうちに来たんだ。俺は何度も俺じゃないと言ったがそこには俺のサインと印鑑が押されていた。まさか・・・全てお前が・・・なぜだ⁉︎」
そう言ってまた再度その債務者の胸ぐらを掴んで問いかけた。するとその債務者は、
「一番お前が金ありそうだったし、裕福そうだった。ただそれだけだ」
そう言い切った。その言葉に再度激怒した雄也が、
「き・・・貴様――!」
と言って、更に思いっきりその男をぶん殴った。するとその男は気絶してしまった。怒りを抑えれなくなった雄也は、更に落ちていた刃物を拾ってその男を刺そうとした。
その時だった。スリムな女性がその手を思いっきり叩いて、その刃物を手から落とさせて一言、
「もうよしな。もう終わったことだ」
と言った。その言葉に雄也は膝から崩れ落ちて号泣した。
その一悶着の後で、その風貌の悪い男が責任者に、
「とりあえずこれでもうこの借金はチャラだよな。お前が取り立てる相手はこの男なんだからな」
そう言ってその債務者を引き摺って、その責任者の下まで投げつけた。責任者は小さく頷いた。そしてその後で弁護士の女が、
「借金の方はこれで全て解決したとして、貴方はこれから裁かれないといけません。貴方は他にも未成年を成年と偽って自分の店で働かせてますね?しかもそれら全て借金のカタと言う名目で。もちろんこれは違法です」
そこまでその女が言い切った後で、後ろからその風貌の悪い男が、
「あーちなみにアンタの店、全部今ガサ入れ行われているから。ってもう終わった頃かもだから手遅れかもな。直にここにも警察が大量に流れ込んで来るだろう。もうアンタは終わりだ」
そうその責任者に言い切った後で、テレビの電源を付けた。そのテレビでは、速報でその責任者の店のガサ入れの様子が流れていた。その責任者はその画面を見て黙って項垂れた。そして一言、
「ア・・・アンタ達は何者だ?」とその風貌の悪い男に対して言った。するとその男は、
「ただの一施設長だよ」
と言い、その場から立ち去った。その様子を見て、弁護士とそのスリムな女性と刑事はへたり込んでいる雄也を抱き抱えてその部屋を後にした。
それからしばらくした後、その部屋に警察が雪崩れ込んだ。
雄也は、その弁護士とその風貌の悪い男と共に家に帰って来た。雄也が帰る途中で気付いたのだが、さっきまでいた刑事とスリムな女性だけは、雲の様にいつの間にか消えていたのだった。
そしてその家に娘達が続々と見知らぬ女性に連れ添われた状態で帰って来た。
娘達はみんな借金が無くなったことを、それぞれの連れられて来た女性達から聞いていた。
そして全員が揃った後で、その風貌の悪い男が雄也に向かって話し出した。
「さて、これでお前は晴れて借金から逃れることが出来たわけだが・・・だからと言ってお前がしたことが無くなったわけではないからな。お前は娘達を売ったんだ。その事実だけは曲げようもない事実だ」
そう言い放った。雄也は何も言えず口をただ噤んだ。そんな雄也に、更に風貌の悪い男が話を続ける。
「そして俺達は善意でお前達を助けたわけではない。これは商売だ。俺はアンタの娘を一人に対して百万で買う。もちろん買った後はもう一切会うことは出来なくなる。さーどうする?」
そう雄也に言い放った。雄也は、その風貌の悪い男の言葉に困惑しながらも、
「もし・・・私が娘を売ったとして・・・娘達は幸せになれますか?」
とその風貌の悪い男に言った。するとその男は、
「・・・なれるよ・・・少なくとも・・・今以上な・・・」
そうあまり柄にもない言葉で雄也に答えた。雄也はその答えを聞いた後で、少し黙った。そしてその後で、娘達に話を切り出した。
「莉乃、麻衣、敦子。お前達はどうしたい?三人共もう中学生だ。もうパパがいなくてもどこででもやっていけると思う。もちろんこのまま皆んなで過ごすことも出来るかもしれない。だけど俺がお前達を傷つけた事実は拭えない。そして今の生活をしている以上、お前達が受けた苦しみはずっとお前達に付きまとう。それならばここから離れて別のところで生活することも、パパは選択肢としてありだと思う」
そう三人の娘に問いかけた。その問いかけに三女の莉乃が泣きながら口を開いた。
「私・・・今でもパパのこと大好きだよ・・・そしてこの気持ちは多分これからも変わらないと思う。だけど同時にパパのこと許せない自分もいる。そしてもうここにいたくないと思っている自分もいる。もし・・・私が大人になって・・・パパのこと許せたらこの家に帰って来る・・・だから今この時だけは・・・私はパパの元を離れようかと思ってる。離れた方がいいんじゃないかと思ってる」。そう自分の今の気持ちを話し出した。
その莉乃の言葉に、そこにいた大人の女性達は涙を流し出した。
そしてその後で今度は麻衣が口を開く。
「確かに今は一緒にいない方がいいのかも・・・だって私達だけじゃなくてパパも辛いと思う・・・お互い辛い思いしたままで・・・一緒に生活して・・・今まで通りってことにはもうならないと思う・・・だから私も離れれるなら・・・今は離れた方がいいのかなと思う」
そう言って、今の自分の気持ちを言葉にした。
その二人の言葉を聞いて、最後に敦子が口を開いた。
「パパ。莉乃も麻衣もこう言ってる。長女の私だけ自分のワガママは言えないよ。それに私ももう今は元通りの関係に戻れるとは思えない。私も麻衣も莉乃も深い傷を負ってしまった。多分しばらくこの傷は癒えないと思う。でもだからと言ってパパのことが決して嫌いになったわけじゃない。それだけは信じて。そして待ってて。私達は皆んなこの家に必ず帰って来る。大人になって、全て許せるぐらいになれたら。だからそれまで・・・バイバイパパ」
そう言いながら、莉乃と麻衣の肩を抱き寄せた。もう三人共号泣している。
その姿を見て雄也は一言、
「そっかー・・・」と呟く様に言った後で、その風貌の悪い男に対して、
「私は・・・娘達の意思を尊重する・・・だから娘達を宜しくお願い致します」
と土下座をしながら頼み込んだ。その姿にその風貌の悪い男は、一度天を見上げた。涙が溢れそうになったからだ。そしてその後で一言、
「わかった」とだけ言った。その言葉を合図にして、弁護士の女とそこにいた大人の女性達は、それぞれの娘の肩を抱きながらその部屋を出て行った。
その様子を見た後でその男が一言、
「アンタの育児は途中までは間違ってなかった。アンタの娘は皆んな素敵な女性だ。だから俺達はここからはアンタの育児を引き受ける。そして、大人になったら戻してやるから。それまで俺達を信じて待っていてくれ」
そんな珍しい言葉を、その立派な父親に掛けた後で一礼してその部屋から出た。
その後でその男は一人自分の家に帰った。
もうその家にはその男一人だけしかいない。
亡くなった妻の位牌を見ながら、娘達の帰りをただ待つだけの立派な父親しか。
娘達は既に唯の車に乗って、もう施設に走り出していた。
舞も今回は余程辛かったのか、先に一人で帰ってしまっていた。
そしてそんな中、外に出た蔵馬達を影山が出迎えた。
「今回は本当にお疲れ様。こういう案件は本当に辛いよね。でもこれも僕達の仕事だから」
そう言って緑と純と蔵馬に労いの言葉を掛けた。
「誠。ありがとな。そして今回も手伝ってくれてありがとな」
蔵馬はそう言って、影山に感謝の言葉を述べた。事務所に殴り込んで来た刑事と、元スパイの女性は、何を隠そう影山軍団の一員だったのだ。
「いやうちは影の存在だから。だから健人が困っている時はいつでも協力するから」
影山は少しだけ笑顔を浮かべながら、そう言った。
「そういえば最近涼子姉ちゃんは仕事忙しいのか?ここ最近見てないけど・・・」
不意に蔵馬は影山にそう尋ねた。すると影山は、
「それが俺もよくわからないんだけど。この間電話があって、その時に一言だけ言われたんだ。しばらくは会うのを避ける様にしてるから宜しくね。って。どういう意味だろ?」
そう言って蔵馬の質問に答えた。蔵馬もその答えに不思議そうな顔を浮かべてる。
「まーいっか。その内ひょっこり顔出して来るだろ」
そう蔵馬は言って、その場を立ち去った。その後を影山も付いていった。
「じゃー私達も帰りましょうか」
緑がそう純に声を掛けた。純もそれに頷いて緑に付いて行き、車に乗り込んだ。
車は夜の中を走り出した。
その夜、涼子は官邸に呼び出されていた。
涼子を呼び出したのは、現在の与党の民事党の幹事長である藤原辰巳だった。
「君・・・なんか良くない連中と付き合ってるって聞いたんだけど」
藤原がそう幹事長室で涼子に問い掛けた。
「何のことでしょうか?」涼子はすっとぼけた振りをしてそう答えた。
すると藤原は机の上に写真を何枚かばら撒いた。そして、
「こいつらは何者だ?どういう繋がりなんだ?」。そう涼子に尋ねた。
写真には蔵馬と影山と話している涼子の姿が写っていた。
「別にただの友達ですよ。それとも彼等が何か犯罪でもしてる証拠でもありますか?」
そう毅然とした態度で藤原に問い返した。
「そうですか・・・しかし君は知事という立場です。そして我が党の期待のホープでもあります。あまりこういう奴等とつるむのは感心しませんね。もう少しその自覚を持って行動をしてもらいたいです」
藤原は憮然とした態度で涼子にそう言い返した。
「申し訳ありません・・・以後気をつけます」。涼子はそう言って藤原に頭を下げた。
「しかし・・・どうも最近妙な話しを聞きましてね。何でも子供を買収する組織が暗躍していると・・・もし本当にそんな組織がいるのなら、この国としては断固として断罪しないといけないと思いましてね」
藤原はそこまでの話しを涼子に話した後で、急に涼子を睨みつける様に下から見上げて、
「まさか君・・・そんな連中と関わりあったりなんかしないよね?」
と揺さぶりを掛けて来た。涼子は藤原のその問いに対して、
「もちろんです」。と言い切った。藤原はその涼子の眼を見てから少し笑って、
「あ〜失礼失礼。どうもね。この世界に長くいると人を疑うことが当たり前になってしまってね。関わりが無いならいいんだ」と言った後で、急に鋭い目付きになって、
「だから彼等にはその内消えてもらうことにしたから」
と、とても低いドスの聞いた声で涼子に言った。
―同時刻その夜―
「今・・・何て言った・・・?」
珍しく蔵馬が動揺している。そんな蔵馬に唯が告げた。
「だから蔵馬さん。さっき車の中で敦子さんと軽く話してたんだけどね」
「敦子さんの店に以前何か初老の男性がふらっと来て」
『この店で働いている未成年の少年少女を解放しろ!』
「っていきなり店員に詰め寄ったそうです。結局その日はそのまま警察を呼ばれて連れて行かれてそれ以来現れなくなったらしいんですが、その初老の特徴を聞いたら、以前蔵馬さんが話していた斉藤さんに凄く特徴が似てるんです。」
その唯の告白を聞いた蔵馬が一言、
「俺・・・今からその長女が働いていた店行って来る」
そう言って一人夜の闇に車を走らせた。
【第八話】
「ピピピッ!ピピピッ!」
純のスマホのアラームが鳴っている。純はその音と共に目を覚ました。
(んと今日の予定はっと)
純はそう言いながらタブレットを開いてスケジュールを確認した。
だがそこには何の予定も入っていなかった。
(どういうこと⁉︎ こんなこと今まで無かったと思うけど・・・)
純は心に妙な不安を抱えながら、いつもの様に十時頃に部屋を出た。
職員室にはこの時間には珍しく全員揃っていた。
そして気付いたら数日間姿を見ていなかった朽木も、そこにいた。
純はすぐにそのただならない雰囲気に気付き、
「どうしたんですか?」と唯に尋ねた。すると唯は、
「今日朝スケジュールを確認したんだけど・・・会議が入っていなかったのよ・・・それで妙な胸騒ぎがして・・・来てみたら皆んな同じ様に来てたってわけ」と純に答えた。舞も、
「今まで・・・こんなことはなかったからな・・・皆んな何か感じたんだろうよ」
と純に話した。緑も、
「そうねえ・・・確かに蔵馬さんそこだけはいつもきちんとしてるから・・・ねえ朽木さん。何か聞いてない?」と言って朽木に尋ねた。
「そうそう。朽木さん。最近どこ行ってたんですか?何か姿見てなかった様な気がしてたんですが」
そう思い出した様に、純は朽木に尋ねた。
すると朽木はそれが合図だったかの様に、重い口を開いて皆んなに話し出した。
「そろそろ話す時が来たのかもしれませんね・・・実は先刻、蔵馬さんよりある人物の捜索を依頼されていて極秘で捜索をしていたんです。その人物というのが、実は元【希望の郷】の長である斉藤信義さんなのです。私は彼の顔を知る数少ない人物なのでね」
そう言って朽木は、自分が今まで隠していたことを皆んなに話し始めた。
するとその話しを聞いた唯が、
「まさか・・・もしかして・・・蔵馬さん昨日から帰ってないんですか⁉︎」
そう言って、昨日の夜のことを皆んなに話し出した。すると朽木が、
「そうです・・・あの後蔵馬さんから連絡がありまして、もう捜索はいいからしばらく施設の方の管理を頼むって言われまして。それで昨晩私は蔵馬さんと合流して情報だけ渡してこの施設に戻って来たってわけです」
と蔵馬との昨晩の出来事を話し出した。
そうしてみんなが蔵馬のことを気にかけている時に後ろから声がした。
「Hi! Everyone! 何をしているんデスか?」
そこにいたのはマリアだった。マリアはあまりにも職員室がただならない雰囲気なのを察して声を掛けて来たのだった。
「実は・・・」純はマリアに今までのことを全部話した。するとマリアは、
「なんだ。そんなことで集まってたんデスね」と言った後で、
「で・・・アンタらは何してんの?そうやって集まって。そんなことしてたら子供が不安になるやろ?うちらはここの職員でありそれぞれの責任者やろ?ならそんな顔してたらあかんやんか。皆んなシャンとしいや!」
と言って、そこにいた全員の不安を吹き飛ばす様に発破を掛けた。
「そうだね・・・うん・・・あの男のことだからどうせその内帰って来るに決まってます。私達はそれを信じて仕事しながら待ってましょう」
その発破に対して、純が呼応するかの様にそう言った。その言葉に、
「そうだね・・・仕事しよか」。と唯が言った。
「何かアンタに発破かけられるのは嫌だけど。でも言ってることは一理あるからな」
と舞が言った。
「確かにそれですね。そして蔵馬さんはここに帰って来ることしかないのも事実です。ならばここで普段通り仕事しながら待つというのが一番いいのでしょう」
と緑が言った。そして三人は、それぞれ自分の仕事に取り掛かった。
その姿を見たマリアはにっこりと微笑むとオペレータールームに消えていった。
純は皆んなのその姿を見た後で一人下の部屋に降りて行き、それぞれの部屋の手伝いを行い出した。
時刻は十四時を回ろうとしていた。そんな折、朽木から全員に連絡が入った。
「蔵馬さんが帰って来ました」
その知らせを受けて、純は二階の職員室に戻った。
そこにはいつもの様に蔵馬がいた。その姿に純はとりあえず一安心した。
そしてそれはそこにいた皆んな同じだった。そんな皆んなを見て蔵馬が、
「悪かったな・・・ちょっと夜通し人を探してたもんでな・・・ちょっとスケジュールの更新を忘れてた」。そう少し悪びれがら皆んなに謝った。そして、
「でも手ぶらでは帰ってないからな。影山のところにも寄って最優先で対応しないといけない案件をもらって来た。と言う訳で今から緊急ミーティングだ」
蔵馬はいつもの口調で全員にそう言った。
全員その蔵馬に従いミーティングルームに入っていった。
純はその緊急ミーティングに変な胸騒ぎがした。
「今回のターゲットは・・・」
蔵馬はそこまで言った後で、急に声高らかに笑い出した。
みんながその姿に騒然としていると蔵馬は、
「遂に・・・遂に・・・捕らえた・・・三十年待っていたターゲットだ。俺と影山が探していたターゲットだ」
と喜びに打ちひしがれながらそう言った。そのあまりの異様さに純が切り出した。
「あの〜蔵馬さん?よくわからないんで説明してもらえませんか?」
そう純が言うと蔵馬は、
「ん?ああ・・・そっかー・・・お前にはちゃんと話してなかったんだっけな・・・丁度いい機会だから話しておくか」
そう言って蔵馬は自分の過去を話し出した。
「実はこの場所・・・まー正確に言えば少し違うが・・・ここには以前、児相から保護された子供達が暮らす施設があったんだ。その施設の名前は【希望の郷】。そしてそこの長こそが俺が三十年探している人物である斉藤先生だ。」
更に蔵馬は話しを続けた。
「斎藤先生は本当の父親や母親の様に、俺達に接してくれた。俺も実は実の親からネグレクトを受けて保護された施設育ちなんだ。そして誠も涼子姉ちゃんもな。そんな俺達に斉藤先生は本当の親の様に、時に厳しく叱り、時に優しく抱き締めてくれて。だから俺は斎藤先生のことを本当の親の様に慕ってたんだ」
蔵馬は遠くを見つめながら、そして時に少し昔を懐かしみながら、皆んなに話した。
「でも、そんな日々はある日急に無くなった・・・斎藤先生が逮捕されたんだ。それも児童虐待っていうあり得ない罪で」。蔵馬は急に言葉を荒げながら、そう皆んなに話した。
「俺達は当時施設を訪れていた警察に話したよ。斎藤先生に限ってそんなことはないって。だけど警察は、一切俺達の言葉には耳を傾けてくれなかった。それどころか『怒られた時に手を出されたことは本当にないのか?』って尋問みたいに聞いてきた。俺達はその異様さに何かを察して咄嗟に嘘をついた。でもそれが良くなかったのか、どこからか真実がバレて結果斎藤先生は逮捕された。そして【希望の郷】も閉園に追い込まれてしまった」
蔵馬は、昔の辛い記憶を思い出しながら皆んなに話した。
「俺は当時自分の無力さを嘆いたよ。そして誓ったんだ。大きくなったら斎藤先生を誘って、あの頃と同じ様に児童虐待を受けている子供達が安心して暮らせる施設を一緒に作ろうと。【希望の郷】を超える施設を一緒に作ろうと。だけど斎藤先生はその後一度も俺の前に現れることはなかった・・・だから俺は先に施設を作ることを二十歳で決めたんだ」
蔵馬はそう言って、自分の昔の決意を皆んなに話した。
そこにいた純以外の皆んなはそれぞれ少しその話しを聞いてはいたが、改めて蔵馬の過去を聞いたことで少し戸惑いを見せていた。そして純が話しを切り出す。
「その蔵馬さんの過去と今回のターゲットに何の繋がりがあるのよ?」すると蔵馬は、
「ん?ああ。実はこの逮捕には裏があってな・・・実はこの逮捕はある人物によって最初から仕組まれていたんだ。その人物はどうしてもそこに預けられていた自分の隠し子を自分の元に戻したくてな・・・それでその人物が、自分のコネを使って警察を動かして、斎藤先生を逮捕させて、その園を潰すことで、隠し子を自分の元に戻そうとしたってわけだ。もちろんそこに愛なんかはない。ただ変な記者に狙われる前に、自分の手元に置いておきたいっていう身勝手な理由で・・・そんな身勝手な理由だけで・・・俺達の【希望の郷】は潰されたんだ!」
そこまで言うと怒りを抑えきれなくなったのか、机を一度強く叩いた。
そんな蔵馬の姿に戸惑いながらも純は、
「そんな・・・そんなことって・・・そんなこと普通出来るわけないじゃない!だって・・・」
そう言って次の言葉を言おうとしたところで、蔵馬がその言葉を遮って、
「出来たんだよ・・・それが出来る奴がいるんだよ・・・そういう力を持っていて、更に自分の為だけにその力を使うことに対して一切躊躇することもない本物のクズが!」
そう純に向かって言い切った。
「一体誰なんですか?そんなこと出来る人物って」
純のその当たり前の質問に対して蔵馬が答えた。
「その当時、若くして厚生労働大臣になった男さ・・・今は確か民事党幹事長だったかな」
そこまで蔵馬が言った後で純は、
「ま・・・まさか・・・その人物って・・・」。その言葉に蔵馬が答えた。
「ああ・・・藤原辰巳だ。厚生労働の重鎮として、ありとあらゆる所に顔がきいて、その圧倒的な力でいくつもの施設を全国に作ってきた。表向きの異名は確かゴッドファーザーだったかな。だが奴の裏の顔はヤバい連中と手を組んで、施設で育った男の子を裏稼業や鉄砲玉に回す手解きをしたり、施設後の面倒も見るとか言って、そこの施設で育った女の子を愛人として斡旋したりする指示を出したり、とにかく施設育ちの子供を自分の利益にする正真正銘の悪党だ。そして厄介なことに新聞社にも脅しがきくから、誰も本当の顔を暴いたことは一度もない。もしかしたら暴く前に消されたりしてるかもな。とにかくそんなヤバい人物だ」
蔵馬がそこまで言い切った後で全員沈黙した。ここまでの話しを聞いたのは皆んな初めてだったことに加えて、蔵馬が相手にしようとしている相手がとても強大だった為、誰も何も言えなくなっていた。そんな皆んなの気持ちをよそに蔵馬は話を続けた。
「俺がこの施設を立ち上げた目的は大きく分けて二つある。一つは【希望の郷】みたいな世界一の施設を作って、虐待を受けた子供達をそこで育てていこうという目的。そしてもう一つは、藤原辰巳の血縁や隠し子を見つけ出し、そこから子供を奪い取って、藤原を俺の前に引きずり出してやるという目的だ!」
蔵馬は語気を強めて皆んなにそう言った。皆んなは唖然としていた。おそらく一つ目の目的しか皆んな知らなかったんだろう。そこにいた蔵馬以外の全員が、戸惑いの表情を隠せなかった。でも蔵馬はそんなことお構いなしに話を続けた。
「そして・・・今日・・・その努力が遂に実る・・・今回のターゲットがその藤原辰巳の長男である龍平だからだ」
そこまで話を進めた後で、改めて蔵馬は今回のターゲットの説明を始めた。
「では改めて説明するぞ。今回のターゲットは藤原龍平美桜夫妻。そして子供は龍弥三歳。影山からの報告によると、夫妻は共に子供に対して愛情が無く、龍弥はただ跡取りとして育てられているという現状らしい。そして毎日、龍平から龍弥は虐待を受けており、身体にも痣があるという報告もある。もう決定的だなこれは。よってこの夫妻からターゲットを回収する。ただ住まいが今回は都内にあるとあるタワーマンションの最上階だそうだ。だから普通に考えたら侵入は不可能なんだが、今回はなんとその申告に来てくれた人物が隣の部屋の住人らしくて、そこまで案内してくれるという好条件が付いている。よって何の問題もなく今夜決行する。以上」
そう言って蔵馬は説明を終えた。純は妙な違和感を覚えて蔵馬に尋ねた。
「あの〜蔵馬さん。何か今回出来すぎてませんか?そもそも申告に来た人物が隣の部屋の住人って怪しく無いですか?」そんな純に蔵馬が、
「そんなに変か?隣に住んでいるんだからこそ思うこともあるだろ?だって隣の部屋の住人が虐待しているんだぞ?そんなの見過ごせるか?」そう返答した。その答えに対して純は、
「一番気になるのはそこなんです。そもそも何でその隣の部屋の住人は虐待に気付いたんでしょうか?少なくとも今回のターゲットがその幹事長の息子なら普通はそんなあからさまな虐待を本当にするんでしょうか?そこがどうも引っ掛かります」
そう言って自分の疑問を、蔵馬に再度ぶつけた。
その言葉に呼応するかの様に、唯が話を切り出した。
「私も・・・ちょっと今回の件は一度様子見した方がいいと思います。だって今まで私達に協力してくれた人っていなかったはずです。それでも私達は知恵を使って何とかしてきました。なので今回も何か他に手があるはずです。それがでも今見つからないなら今回は延期することも視野に入れるべきだと思います」
するとその言葉に更に呼応して、舞が話を切り出した。
「蔵馬さん。私も今回は何か危険な匂いがします。警察時代の勘みたいなもんかもしれないですが、何かこの件については関わらない方がいい気がします」
するとその言葉を聞いて、今度は緑が話を切り出した。
「私も今回は賛成出来ません。法律を知る者から言わせて貰えば、私達はある種違法に近いことをしています。それに協力する者はそれ相応の危険を伴います。なのにそんな簡単に協力するという人間はいないと思います。蔵馬さん。冷静になってもう少し考えてから結論出しませんか?」
この唯と舞と緑の嘆願にも近い反論に対して蔵馬は、
「言いたいことはわかる・・・確かに今まで俺達みたいな者に協力したいなんて言う奴はいなかった・・・それは当然だ・・・」
そこまで低いトーンで言った後で、
「だが!このターゲットは俺がずっと待っていたターゲットなんだ!だから譲る気は毛頭無い!騙し上等!罠上等!それでもやり遂げる!そこに虐待された子供がいるなら助け出さなけりゃいけない!それが俺達の仕事だ!違うか?」
そう怒りにも近い熱量で、熱く皆んなに語りかけた。
その言葉に皆んな沈黙した。その様子を見て蔵馬が、
「・・・わかった・・・もういい・・・今回は俺一人で行く・・・」
そう言った後で一人ミーティングルームを後にした。
その夜、蔵馬は一人で指定された場所に行った。
そして協力者と思われる人物と合流し、その高層マンションの最上階に向かった。
そしてその部屋の扉を開けた。その部屋は電気が全く点いていなかった。
蔵馬はその状況に少し不思議に思ったが、その部屋をどんどん進んでいった。
そして奥の部屋に辿り着くと、そこに灯りを見つけた。
その奥の部屋は電気が点いていた。蔵馬はその奥の部屋の扉を開けた。
その奥の部屋には一人の男がいた。そして一人でソファーに座っていた。
その異様な光景に蔵馬は戸惑いながらも、その男に対して、
「おい!子供はどこに隠した?全てもう分かってんだぞ!」と言った。
するとそこにいた男は蔵馬に対して、
「ん?ああ君が噂の子供攫いなんだな。しかし本当にいるんだなこんな奴」
そう飄々とした口調で、蔵馬に対してその男は話し出した。そして、
「ちなみに俺は龍平なんて名前ではない。ただ雇われただけのしがない男でしかないから」
そう蔵馬に話した。その驚愕の事実に蔵馬はただ驚いた。
そして何かを察した蔵馬に対してその男は話を続けた。
「あっそうそう。これ見せる様に言われてたんだっけ」
そう言いながら、その男はその部屋にあったプロジェクターの映像を映した。そこには藤原辰巳が映っていた。そしてそのプロジェクターの中の藤原辰巳が話を切り出した。
「初めまして。この映像を見ているということは君は私の仕掛けた罠にまんまとハマったというわけだね。全く・・・どこの何者かは知らないが・・・このクソネズミが!調子乗っているからこうなるんだ!」
「・・・まーいい君はもう終わりだ。間も無くその部屋には警察が流れ込んでくる。そしたら君は住居不法侵入で逮捕だ。せいぜい檻の中でこの私に盾ついたことを後悔するんだな」
そう言って、プロジェクターの映像の中の藤原辰巳は、大笑いをした。
そしてその映像が終わった頃に、マンションの下から警察のサイレンが聞こえた。
蔵馬が窓から下の様子を見ると、既にマンション中を警察が取り囲んでいるのが見えた。
蔵馬は今自分がとんでもない罠に掛けられていたことを、ようやく理解した。
そして肩を落としてその場に座り込んだ。
流石の蔵馬も、現在のもうどうしようも出来ない状況を理解して、観念した様に見えた。
その時だった。急に入口のドアが開いた。そして何人かの足音が聞こえるのが蔵馬にもよく分かった。蔵馬はその足音を聞いて、警察が流れ込んで来たと思った。そしてその足音が蔵馬の今いる部屋で止まってその部屋の扉が開いた。
「蔵馬さん。ここから逃げますよ。さあ立って下さい」
蔵馬はその声の主に驚いた。その声の主は純だったからだ。
そして更にそこにいたのは純だけではなく、唯と舞と緑がその横にいたからだ。
「お前達・・・どうして・・・?」
蔵馬は絶対にここには来ないだろうと思っていたその三人の姿に、ただただ驚くばかりだった。
「もうすぐここに本物の警察が来ます。影山軍団にも足止めとフォローをお願いしたので少し時間は稼げますが、でも時間はありません。さあ行きますよ」
唯がそう言って、蔵馬の片方の肩を担いで蔵馬を起こそうとした。
「流石に責任者が逮捕になったら施設の運営も出来ませんし、何より蔵馬さん、貴方はここで捕まってはいけない人です」
そう言いながら、緑は蔵馬のもう片方の肩を担いで、蔵馬を起こそうとした。
その様子を見たその部屋の住人が少し慌てた様子で、
「お・・・おい・・・姉ちゃん達⁉︎何してんだ?俺はこいつをここに留める様に指示受けてんだぞ」
そう言って蔵馬に殴りかかろうとした。その前に舞が立ち塞がり、華麗にその腕を掴んでその男を投げ飛ばし、更にみぞおちに一撃を入れた。その男は気絶した。
「蔵馬さん、あんた私達に言ったよな。その言い出しっぺがこんなとこで捕まってどうすんだ?さあ逃げるぞ!」
舞がそう言って、蔵馬に檄を飛ばした。その声で、そこにへたり込んでいて二人に肩を担がれていた蔵馬が、その手を振り解いて、自分の力で立ち上がった。そして、
「それでどうすんだ?お前達?流石に正面からは行けないぞ」
そうそこにいた四人に話した。すると、
「蔵馬さん、ここって裏側が河川なんです。そしてまさか敵も私達が逃げるなんてことは想定してないはずです。そもそも住居不法侵入程度ではそこまで警察は注ぎ込めません。そこを狙います」
そう緑が蔵馬に説明した。蔵馬はその言っている意味がよく分かっておらず、
「どういうことだ?」と聞き直した。その言葉に対して純が、
「だから〜この部屋のベランダから外に出るって言ってんのよ」
と蔵馬に再度説明した。蔵馬は益々意味がわからなくなった。そこに唯が、
「二人共慌て過ぎて大事なところ抜けてるわよ。蔵馬さん、屋上にとにかく行きます。屋上に今ヘリが止まっています。それでまずはこの場所を離れます。では行きましょう」
そう言って、とにかく戸惑う蔵馬を連れて、四人はベランダまで出た。そのベランダには既に、屋上に向かう梯子みたいなものが掛けられていた。そして上の方から、
「さあ早く!こっちはもういつでも出る準備出来てます」。という声が聞こえてきた。
しかし、もう入口付近では数人の足音が聞こえていた。
ただその音に混じって、何か妙な声も聞こえてきた。
「き・・・貴様達何者だ?邪魔すると公務執行妨害で逮捕するぞ!」
そんな警察官と思われる人物の声に対して、
「やってみろや!公僕風情が!ある人の名を受け、ここはしばらく通すなと言われてるんでね。少なくとも数分は足止めさせてもらうぜ!怪我したくなかったら大人しくしてるんだな!」
「・・・右に同じく・・・」
その声の主の一人は以前聞いた影山軍団の女性の声だった。そこにいた全員が影山軍団が時間を稼いでくれていることを察した。
「さあ行きましょう」
舞はみんなを先導する様に、その梯子に手を掛けて屋上に登り始めた。その様子を見て怖がりながらも緑が、戸惑いながらも純が、そして舞に上から声を掛けてもらいながら、唯が登った。その後で蔵馬も梯子を登り始めた。
そして全員がその屋上に辿り着いた。その屋上のヘリポートには陸軍御用達の大型のヘリが止まっていた。全員がその光景に驚いていると、さっきの声の主が、
「早く全員乗って下さい!出発しますよ!」
そう言って全員に声を掛けた。全員戸惑いながらもそのヘリに乗り込んだ。
するとそのヘリはエンジンを掛け始めてゆっくり浮上を始めた。
その屋上の異様な光景に警察も気付き、
「お・・・屋上だ!奴等・・・ヘリで逃げるぞ!」
そう言って、さっきまでその部屋に入ろうとした警察は屋上に向かったり、一階に降りたりしてその部屋の前から散った。
その様子を見て、その部屋の前で侵入を阻止していた二人もその場から移動を始めた。
「それでこれからどうするんだ?」
蔵馬がヘリの中からその場にいた全員に声を掛けた。
「とりあえずナイトフォレストに戻りましょう」。舞がそう言った。
「でもこのままこのヘリで戻ったら流石に場所特定されないかしら?警察もバカじゃないだろうし・・・」緑が心配事を口にした。すると蔵馬が携帯に電話を掛け出した。
「マリア、状況はわかっているな?」
蔵馬はマリアに電話を掛けていた。すると電話を受けたマリアは、
「はい、蔵馬さん。あれ使う時ですね」。と答えた。すると蔵馬が、
「ああ・・・緊急包囲網用ホログラムを起動してくれ」
そう言って何かの指示を出した。その指示に対してマリアは、
「イエッサー!」と言って電話を切った。
「これで大丈夫・・・さあ施設に向かってくれ」。そう言ってヘリの操縦士に声を掛けた。
ヘリは施設がある山奥まで辿り着いた。上から見るとそこは本当に山奥でしかなかった。
そしてその上空から見た全員がその光景に驚いた。そこには霧がかかっていて山林が朧げにしか見えない景色が広がっていた。すると蔵馬は携帯を見ながら操縦士に、
「もう少し右・・・うんそこぐらいかな・・・よし降下してくれ」
という意味不明な指示を出した。その真下にはどう見ても施設は見えなかった。
そこには山林しか見え無くて、このまま降りたら大事故しかしない様にしか見えなかった。
でもその操縦士も何も疑問を感じずに、そのままその位置から降下を始めた。
ヘリは霧の中に消えていった。
ただ不思議なことに、そこにあるはずの山林が一切ヘリには当たらなかった、そして気付いたら施設屋上のヘリポートにそのヘリは止まった。蔵馬以外の全員がキョトンとした顔をしていた。そんな皆んなに対して、
「ん?皆んなどうした?着いたぞ?」
蔵馬は何事も無かったかのように話して一人降りて行った。
純と唯と舞と緑は、今起きた出来事が理解できなかった。
そしてただ茫然としたままヘリを降りた三人の前にマリアが現れた。
「皆さん、無事で何よりデス。しかし本当に無茶しますね」。と声を掛けてきた。
「えっと・・・マリアさん⁉︎これはどういうことですか?」
純は素直な疑問をマリアにぶつけた。するとマリアは、
「フフフ驚いたでしょ。実はこんなこともあろうかと何人かの人間と相談してカモフラージュ装置を先に作ってたんデス」。そう鼻高々に話した。そして更に、
「仕組みはとても簡単デス。まず濃霧発生装置を起動します。これでまずこの施設自体が上空から見えなくなります。そして実はこの装置は常に起動しています。これで上空からもこの施設は全く見えなくなりマス。でもこの装置だけだと何かの弾みで発見されてしまう恐れがありマス。そこで更にホログラムを起動しました。このホログラムは本当によく出来ていてあたかもそこに山林が生えている様に見せることが出来ます。これをこの施設の壁全体に写すことでそこには山林しか無いように完全に見せることが出来るというわけデス。スゴイでしょう」
そう自信満々に話した。純も唯も舞も緑もその説明を聞いて少し納得した後で、
(だから何でそんな装置がこんな一施設で出来るんだよ)
と心に思ったが、言葉には出さずにただ少し微笑んだ。
そしてマリアと共に施設の中に入っていった。
施設の中に入った唯と舞と緑は、疲れ切ったのかそれぞれ自分の部屋に戻った。
純も部屋に戻ろうとしていたが、そこをマリアに呼び止められた。そして、
「あっ純さん。実はさっき言っていなかったのデスが・・・このホログラムシステムはここに来る道にも付けられていたんデスよ。気付いてましたか?」
そう謎な一言を掛けてきた。純はその問いに対して、
「えっ?でも私ここに迷わず来れたんですが・・・どういうことですか?確かに一本道でしたよ」。そう答えた。するとマリアは少し笑いながら、
「フフフ・・・それは住所を書いた地図を書いたのが私だからデス。私はアナタが来ることを実は知っていて、だからホログラムを外したんデスよ」
とサラッととても怖いことをマリアは言った。純はその言葉に少し恐怖を感じた。
「えっ?えっ?えっ? ど・・・どういうことですか⁉︎」
純は当たり前の疑問をマリアにぶつけた。するとマリアはまた少し笑って
「フフフ・・・その話しはまた今度にしましょう。それじゃーグッナイ純ちゃん」
そう言って、マリアは純を少し煙に巻いてその場を去った。
純は疑問と恐怖に怯えながら、部屋に戻った。
その夜。藤原の元に一本の電話が入る。
「も・・・申し訳ありません・・・賊に逃げられてしまいました・・・」
その言葉に対して藤原はキレた。
「何をわけわからんこと言ってんのだ!最上階だぞ!どうやってそこから逃げると言うのだ⁉︎」その言葉に対して電話の相手は、
「そ・・・それが・・・奴等・・・ヘリを用意してまして・・・」
その言葉に更に藤原がキレた。
「だったらそのヘリが降りた地点を探せばいいだろ!今の警察はそんなことも出来ないのか!」その藤原の言葉に対して、
「そ・・・それが・・・奴等その近くで忽然と消えまして・・・空と地上で引き続き警察官を配置して探しているのですが・・・どこにもその施設らしい施設が見当たらなくて・・・本当忽然と姿を消したというか何と言いますか・・・」
その電話の主の言葉に、更に藤原がキレる。
「施設が見当たらないだー⁉︎もういい!奴等を見つけるまでもう連絡して来るな!その付近に絶対いるのは間違い無いんだからな!」と言って電話を切った。
翌朝。急に蔵馬から呼び出しの号令が掛かった。
「全員今すぐ準備をしてミーティングルームに来い!大事な話がある」
それは今まで純がここに来て一度も無かったことだった。何より蔵馬が朝から起きることがありえないことだった。
純は昨日色々あったこともあってよく眠れなかったこともあり、寝ぼけた顔のまま、とりあえず早々に準備をしてミーティングルームに向かった。
「相変わらずお前は遅いな」
職員室の前でいつもの様に蔵馬が待ち構えていた。だが時間を考えると蔵馬がそこにいることはあり得なかった。そして蔵馬が一言、
「・・・懐かしい人が来てるぞ・・・」
と小声で言った。純はその蔵馬の言葉に首を傾げながら、ミーティングルームに入った。
そこにはいつもの様に唯と舞と緑が席に座っていた。ただいつもと違うのはそこに朽木もいて、更に見慣れない老人が背を向けて立っていた。
そのいつもと少し違う風景に戸惑いながらミーティングルームに入った純に対してその見慣れない老人が振り向いて声を掛けた。
「久しぶりだね・・・あの時出会った少女がここまで立派になってくれてワシは嬉しいよ」
と話した。純はその姿を見るなり涙が止まらなくなった。
そこにいたのは、あの日純をあの場所から救い出して、純に生きる道を示してくれた人物だったからだ。そんな純を見て蔵馬が、
「この人だ・・・この人こそが俺が三十年探していた元【希望の郷】の里長である斉藤信義先生だ」と言った。
【第九話】
純は涙を流していた。純にとっての恩師がその目の前にいたからだ。
「本当・・・お久しぶりです・・・でも・・・どうして⁉︎」
純は当然の疑問を斉藤にぶつけた。すると斉藤は、
「なあに・・・教え子が本当のピンチになったら助けるのが先生の役目だから」
そうにっこり笑いながら、純に答えた。そんな純に蔵馬が、
「実は俺もさっき詳しく聞いたばっかりなんだ・・・これまでの経緯と何で今ここに現れたのかを」。そう純に話した。話はこの一時間前のことだった。
早朝、朽木はいつもの様に管理人として仕事をしていた。そんな時に一台の車が施設の前に止まるのが見えた。朽木にはその状況が理解出来なかった。なぜなら、今はマリアの起動した装置によって、ここの施設に辿り着く道は完全に遮断されていたからだ。
そして更に、その人物の顔を監視カメラで見て、朽木は驚いた。その人物こそ、朽木が蔵馬からの名を受けてずっと一時期探していた人物だったからだ。そしてそんな朽木のタブレットにマリアからのメールが届いた。
【その人をこの施設内に案内して私のところまで連れて来て下さい】
朽木は少し疑問に思いながらも、施設の外に出てその人物を施設に招き入れた。
その人物も、その施設の中の設備に最初は驚いていたが、施設内まで入ると少し涙を浮かべながら一言、
「本当・・・凄いものを作ったね・・・健人くん・・・」
と呟いた。そしてそのまま朽木に連れられて、マリアがいるオペレータールームにその人物を連れて行った。
「マリアさん。お連れしましたよ」
朽木がそう言った後で、マリアは朽木に一言感謝を述べると、
「ご無沙汰してます。斉藤さん」
そう頭を下げてその人物に挨拶をした。朽木は最初意味がわからなかった。そんな朽木をよそに斉藤は、
「マリアちゃんも随分立派になったね・・・一時期は犯罪者だったのに・・・健人くんと巡り会えたことがよかったんだね」。そうその人物はマリアに言った。するとマリアは、
「いえ・・・全て斉藤さんのおかげです・・・でも良かったんですか?ここに来て・・・今まで会わない様にしていたはずですが・・・」そうその人物に言うとその人物は一言、
「教え子の本当のピンチに来なかったらワシはもう先生を二度と名乗れないよ」
と言いそして、
「それじゃーマリアちゃん。寝ぼすけをワシは起こして来るとするよ。どうせいつものとこにいるんじゃろ?」そうマリアに尋ねるとマリアは頷いた。するとその人物は朽木に対して、
「それじゃー行きましょうか・・・屋上に・・・」
とだけ言って朽木に蔵馬のところまでの案内をお願いした。朽木は色々疑問に思いながらもその人物を蔵馬の下まで連れて行くことを決めて屋上にその人物を案内した。
その部屋には予想通り蔵馬が眠っていた。するとその人物は寝ている蔵馬に対していきなり、
「コラ!健人!起きんかい!」
と怒鳴った。蔵馬はその声に飛び起きた。そしてその人物を寝ぼけた目で見た。そして戸惑いの表情を浮かべた。
「せ・・・先生・・・⁉︎ 斉藤・・・先生・・・⁉︎」
そう寝ぼけた声で、その人物を見ながら蔵馬は言った。その言葉に対してその人物は、
「全く・・・お前と言う奴は・・・昔からそうじゃの・・・こうと決めたら人の意見なんか全然聞かずに・・・で結局友達を巻き添えにして・・・それでワシに何回怒られたか忘れたんか!冷静に考えたらあれが敵の罠なくらい誰にでもわかるじゃろ!」
そう言ってまだ少し寝ぼけている蔵馬に対して説教を始めた。蔵馬は戸惑うことしか出来なかった。でもその懐かしい声に、なぜか怒られながらも涙が出てきた。そして少し冷静になると、
「そ・・・そうだ!斉藤先生。そもそも何でここに来れたんですか?そもそも何でそのこと知ってるんですか?」と言った。すると斉藤は呆れた様子で、
「何じゃ何も知らんのか・・・本当にお前は昔から女性に弱いというか何と言うか・・・肝心なところで鈍感と言うか何と言うか・・・」そこまで話した後で、
「マリアちゃんじゃよ・・・実はマリアちゃんから全て聞いていたんじゃ。だからお前の動きも全てわかっておったし、お前が今何をしているかも知っておったんじゃ」
そう淡々ととんでもないことを話した。その言葉に側にいた朽木は全てを悟った。
「だ・・・だから見つからなかったんですね・・・今まで・・・まさかこちらの情報が筒抜けだったとは・・・お恥ずかしい限りです」。そう言って何とも言えない表情を浮かべた。
(まったく・・・マリアめ・・・さすが元一流詐欺師だな・・・まさかこの俺まで騙していたとは・・・)
蔵馬はそう思いながら、何とも言えない表情を浮かべた。そして、
「で・・・でもどうやってここまで来れたんですか?施設までの道はマリアが導いたとしても・・・この場所ってその【希望の郷】の位置とは少し変えているのですが・・・」
そう言って蔵馬は自分が思っていた最後の疑問を、斉藤にぶつけた。すると斉藤は、
「・・・三十年経過しようがワシはこの場所は忘れないよ・・・この場所じゃもんな・・・よくお前達が遊んでいた施設の裏山は・・・ただ広いだけ・・・そして危険な崖もある・・・それでもお前達の遊び場じゃったなここは・・・姿など見えなくても・・・道などわからなくても・・・教え子の遊び場はワシは忘れたことは一度もないよ・・・そしてお前が建てたのなら、絶対元の場所ではなくてここだってことは、ワシにはわかっていたよ。どこか用心深かったお前のことだ・・・正規な道で来れる【希望の郷】の跡地ではなく、そことは違う道でないと来れない裏山側に・・・この一見何も無いところに建てることは容易にわかったよ」。そう少し微笑みながら、斉藤は蔵馬に答えた。
蔵馬はその言葉にまた涙を流した。斉藤は三十年以上経過しても、教え子のことを熟知していたのだった。その素晴らしい恩師の言葉に、ただ涙を流すことしか蔵馬には出来なかった。
そんな蔵馬を見て、
「まったく・・・そこまで用心してるのに君は・・・本当肝心なところがダメだね・・・本当仲間達にもっと感謝した方がいいよ・・・君を助け出したのは他ならない君の仲間達なんだから」
そう言って、斉藤は泣いている蔵馬にマリアから聞いた昨日のことを話し出した。
時は更に遡り、昨日の昼間に戻る。
蔵馬が後にしたミーティングルームで純と唯と舞と緑はまだいた。
そして純が皆んなに話を切り出した。
「ねえ・・・私やっぱり今回はやめた方がいいと思う・・・でもあの人言って聞く人じゃないし・・・どうしたらいいのかな・・・」少し涙目に話す純に緑が、
「純ちゃん・・・多分説得は無理だよ・・・でも・・・もしこれが罠だとしたら・・・助け出すことは出来るかもしれない・・・私達が力を合わせれば」
そう言って全員に協力を仰いだ。すると唯が、
「でも、どうやって?」と緑に質問した。すると緑は、
「まず、事の真偽を確かめないといけないわね。それは私と舞さんの方で影山さんに詳しく聞いて来ます。唯ちゃんと純ちゃんはその間ちょっと施設の方をお願い。それと純ちゃんはマリアさんにもこの事話しといて。恐らく彼女の力が必要になるはずだから」
そう言って、そこにいた全員に指示を出した。
純は緑に言われた通りに、状況をマリアに説明しに行った。マリアはその純の話しに少し頷いた。そしてその間に舞と緑は影山の元に、その時の状況の確認をしに行った。
影山の元から緑と舞が戻って来た。そして何と今回は影山も一緒に施設に来た。
そしてそのタイミングで純と唯も呼び出され、ミーティングルームに全員が集まった。
そして影山が話を切り出した。
「状況は二人から説明聞いてわかりました・・・ありえないかもしれませんが、最悪のケースを想定して私の仲間にも声を掛けておきました。一応いつでもそれぞれ出動出来る様にはしてます」。そう言って全員に今の状況を話した。そして、
「仮に、もし全てが罠だったとした場合、健人を助けに行くと、もしかしたら皆さん警察に追われる立場になるかもしれません。そして、最悪逮捕されるかもしれません。・・・それでも助けに行きますか?・・・それ程の男ですか?健人は」
そう言って全員に意思確認を行なった。すると唯がまず話し出した。
「私は、一度保育士を諦めた人間です。でも、蔵馬さんに出会って、また保育士をやらせてもらえるようになりました。これが恩返しになるとまでは言わないですが、たまには蔵馬さんを助ける役目を自分もしてみたいです」
するとその言葉を聞いて、今度は舞が話し出した。
「私は、元警察官だった。だから、犯罪者になるって聞くと何か変な感じがする。でも、それでも恩人を見捨てることはしたくない。たとえ自分が逮捕されても。それにこの施設にいれば子供達は安心だし、何より私は子供に困ってる人には手を差し伸べなさいといつも言っている。そんな私が、蔵馬さんを見捨てることはしたくない」
するとその言葉を聞いて、今度は緑が話し出した。
「私は、弁護士です。だから法に触れることをすると、下手したら弁護士資格を失うかもしれません。でも、今までも違法に近いことに手を染めて来ました。それもこれも全て、あの日蔵馬さんの為に生きると決めたからです。だからたとえどうなっても、私は後悔はしません」
最後に、唯と舞と緑の話しを聞いた純が、話し出した。
「私は、皆さんに比べたら何の取り柄もないただの一公務員に過ぎません。そして正直皆さん程の熱い気持ちも蔵馬さんには全くありません。だけどあの人がこの施設にとって、そしてこの施設にいる全員にとって、そして今虐待を受けている子供達にとって、とても大事な人だってことはわかってます。だからあの人は絶対に逮捕させちゃいけない。最悪、私が身代わりになっても。あの人は私が、私達が守ります」
その全員の意思を影山は確認した後で、
「・・・まったく・・・本当に健人が羨ましいよ・・・こんなにも思ってくれている仲間と一緒に仕事が出来て・・・」そこまで言った後で、
「今回の件は我々にも責任があります。そして、健人は絶対俺の話しも聞こうとはしないことも、古い付き合いだからよくわかっている。だから俺も、全力で健人を守りに動く。微力かもしれないけど、我々も皆んなの力になります」
そう言った後で、どこかに連絡をしたかと思うと、影山はミーティングルームを後にした。
しばらくしてから、影山から全員に作戦の指示が伝えられた。
そして現在。
「まずは皆んなに謝らないといけないな。皆んな昨日は本当にごめん。俺が間違っていた」
斉藤から昨日のことを全て聞いた蔵馬が、全員に頭を下げて謝罪した。
「顔を上げて下さい蔵馬さん。私達はある種間違いを犯している人間でしょ?その責任者が蔵馬さんです。だから私達には蔵馬さんを全力で守る義務があります。その義務に従っただけです」。緑がクールにそう蔵馬に言った。その後で舞が、
「蔵馬さん。アンタにそういう姿は似合わないよ。もっといつもみたいに堂々とした姿を見せて私達を導いて下さいよ」。そう熱く蔵馬に言った。その後で唯が、
「子供でも間違いを起こします。大人が間違いを起こさないと誰が言えますでしょうか?大事なのはそこからどうするか。それだけです」
そう優しいような厳しいような言葉を蔵馬に掛けた。最後に純が、
「別にアンタのこと助けたなんて思ってないから。こっちはこの施設に必要な人物を助けただけだから。アンタはここの責任者なんだし。助けるのが当然でしょ」
そう少しお茶らけた様ないつもの蔵馬に対する言い方で、蔵馬にそう答えた。
そんな全員からの叱咤激励を受けて、蔵馬は一筋の涙を流して、
「皆んな・・・本当に・・・ごめん・・・」と言った。その姿に斉藤が、
「ホッホッホ・・・健人くんも大人になりましたね。ちゃんと謝れる人間になってたんですね。先生はとても嬉しいです」。と言って蔵馬のことを褒めた。そして、
「さて、過去のことや思い出話はこれぐらいにして、本題に入りましょうか。もうそろそろあの子達も来ることでしょうし」
と話し出した。するとさっきまで頭を下げていた蔵馬が頭を上げて、
「あの子達?・・・先生・・・それって・・・まさか・・・」
蔵馬がそこまで言った後で、ミーティングルームの扉が開いた。そしてそこには影山と涼子がいた。二人共マリアに呼び出されてここに来たのだった。マリアは二人にも現状について話していたのだった。そして斉藤先生を見た二人は、
「本当に・・・斉藤先生だ・・・ご無沙汰してます・・・」と影山が頭を下げて挨拶をし、
「斉藤先生・・・お久しぶりです」と涼子も頭を下げて挨拶した。
二人共眼には涙を浮かべていた。二人共マリアから受けた連絡に対して半信半疑だったこともあり、目の前に本当に恩師が現れたことで、思わず涙を流したのだった。
「誠くんも涼子ちゃんも本当に立派になって。先生はとても嬉しいです」
斉藤はそう言って二人に言葉を掛けた。そんな様子を見てた蔵馬が、
「涼子姉ちゃん。そういえば大丈夫なのかよ?今藤原に目付けられてんじゃないのか?よくここに来れたな」。と涼子に声を掛けた。すると涼子は、
「それは・・・ね・・・優秀な影山軍団のフォローでね・・・しかし本当凄いね誠の軍団は。私にもたまに貸して欲しいぐらいだわ」。そう蔵馬に答えた。すると影山は、
「軍団・・・じゃなくて仲間だから・・・それと貸し出しはしてないから・・・」
と少し無粋な顔で涼子にそう答えた。涼子はそんな影山の言葉に、舌をペロっと出して、
「そうなんだー・・・ザンネン・・・」
と言った。そんなやり取りの後で斉藤が話しを切り出した。
「さて。全員揃ったところで、まずは今回何があったのか話そうかのー。そもそも今回敵は児相のスキとも言えるところを突いて来たのじゃ・・・通報者の身元の確認をしないというな・・・それもそのはずじゃ。本来は児相は通報を受けると、まずはその通報先を訪問してその様子を確認するのが原則であり、通報者が誰かなどとは調べもせん。藤原はその仕組みを使って巧みに虐待の情報を操り、誠くんに接触をしてきた。もちろん向こうもまさかその人間が直接の指示をそこに与えている人物等とは知らない。それは誠くんが作ったシステムによるものだが。藤原はそこではなくその情報で罠を仕掛けて来た。そして偽の虐待案件を作り出し、誘い出して一網打尽にしようとしたのじゃ。だがそこを健人くんの仲間達が気付き、向こうの作戦は失敗に終わったわけじゃが・・・」そこまで話した後で斉藤は、
「さて・・・じゃーなんでそこまでのことを藤原が今仕掛けて来たのかのー?何でそこまでして健人くん達を捕まえたかったのか・・・なぜじゃと思う?」
そう言って蔵馬に質問した。その質問に対して蔵馬は、
「そりゃー・・・俺達のことが気に入らないからじゃないのか?」と答えた。すると斉藤は、
「やれやれ・・・・君は相変わらず物事の本質を見抜くのが下手な子じゃのー」
と蔵馬に言った。そんな様子を見ていた純が、
「もしかして・・・私達が邪魔だった?」と斉藤に言った。すると斉藤は、
「おお、君は中々鋭いのー。でもそれだと半分正解までじゃ」。と純に言った後で、
「実は藤原は三十年前のことを一度も公表していないのじゃ。そしてそれだけではない。その子のことをどこにも載せていないのじゃ。つまり、まだあの時の子供は藤原の手元にいるのじゃ」、と斉藤が皆んなに話した。すると影山が、
「それって・・・ま・・・まさか・・・藤原がまだその子供を手籠にしてるってことですか?」
と斉藤に問いただした。すると斉藤は、
「あー・・・そうじゃ・・・じゃがそれだけでも非道なのじゃがこいつはその上を更にいっておる。そもそもなぜこいつは全国に施設を作り出した?もちろん裏の顔である裏稼業の人への人物斡旋もあるが、それなら特定の場所で集中に作ればいいだけじゃ。なぜ全国で作った?」そこまで斉藤が話すと今度は涼子が、
「もしかして・・・カモフラージュ?実の隠し子の?・・・いや・・・隠し子の隠し子の⁉︎」
そう斉藤に尋ねた。すると斉藤は、
「さすがじゃな涼子ちゃん。その通りじゃ。藤原は全国各地に作った施設の中で育った子の中で愛人ネットワークを作り上げ、そして愛人を色んな権力者に斡旋するという仕事も行なっておったのじゃ。じゃが、当然そんなことをしていると、その愛人とその関係を持った男の間で様々な問題が起こってしまう。当然藤原はその問題の解決も行なっておる。そして、その問題の中で最も厄介な問題が妊娠なんじゃ。大抵の愛人を持つものは家庭を持っておる。そういう者達にとって妊娠されるということは、とても困る問題でしかないのじゃ。じゃがこの問題に対して堕胎を選択する愛人はそんなにいない。なぜなら彼女達は家庭を持ちたいと思っている子が多いからじゃ。そしてそういう子は大抵こう言う【認知だけして欲しい】【一人で育てるから援助だけして欲しい】と。じゃがそんなことをするといずれ何か問題があった時に、その隠し子は必ずバレてしまう。そこでこの問題に対して藤原は解決方法として、子供をわざと産ませた後でその子を回収して、その子供を施設に捨て子として渡す方法を編み出したのじゃ」
「そうして子供が出来た愛人に対しては、子供を違和感なく産ませた後で、その斡旋した愛人に選択を迫ると言われておる。その選択が、関係の継続か終幕かだそうじゃ。もし、ここで関係の継続を望んだ場合、今まで通りの関係の邪魔になる存在として、子供を取り上げるんじゃ、そしてここで終幕を選択した場合は、その場で手切れ金を渡して子供を奪い取るんじゃそうじゃ。もちろんそれに抵抗する女性も中にはいるじゃろ。じゃがそういう女性に対しては藤原は一言こう言うそうじゃ、
『お前の存在程度ならいくらでも罪をでっち上げて刑務所送りにすることも私には可能だ。本当に子供のことを考えるならお前は何もせず今まで通りの生活をすることだな。もっとも、この国の編集長クラスは全て私の言葉一つで動くから、お前のような存在に耳を貸すことなどあり得ないがな』。そうやって、その女性の心を折ると言われておる。こうして女性問題で一番厄介な揉め事を力と金で全て押さえ込んで来て、その功績で幹事長まで登り詰めたのが藤原辰巳という男なんじゃ」。そう言って斉藤は藤原の悪行を全員にバラした。
斉藤のその話にそこにいた全員が絶句した。藤原は、今まで蔵馬達が対峙してきた悪人の更にその上をいくクズだということをそこにいた全員が肌で感じていた。
そして更に斉藤が話を続けた。
「そしてもう一つ、藤原は自分の当時の愛人に対してもそれを行おうとしていた。まだその頃はそこまでの力も無く、全国にも施設を作る力も無かったが為に、誰の目も届かないところにその子供を連れて行くことにした。そこは山の上にある施設じゃった」
そこまで聞いて蔵馬は驚愕した表情になり、
「ま・・・まさか・・・そこって・・・」と言った。すると斉藤はその問いに答えるように、
「そう・・・それのターゲットにされたのが【希望の郷】じゃ。藤原はここを拠点として、その愛人ネットワークの基礎を作ろうとしていたのじゃった。そしてワシはそのことに気付いてしまったのじゃ。なぜならその子供こそが、健人くん達もよく知っている芽衣ちゃんじゃからじゃ」
と答えた。その名前に蔵馬と影山と涼子はただただ驚いた。薄々は三人共あの日気付いていた。その芽衣ちゃんが来た後で、斉藤が捕まったから芽衣ちゃんが何か知っていると。だから蔵馬も影山も涼子もお互い何も言わなかったが、その少女を個々で探していた。髪が金色でハーフのその少女のことを。その少女は、なぜ自分がここに連れて来られたのかわかっていなかった。そして蔵馬や影山や涼子が声を掛けても無視をする子供だった。ただ一言、口癖の様に『ママが必ず迎えに来る』とだけよく言っていて、大きな熊のぬいぐるみを手放そうとはしない六歳ぐらいの女の子だった。蔵馬はよくその子を泣かしていて、斉藤先生に怒られていたからよく覚えていた。
「まさかあの芽衣ちゃんが・・・斉藤の子供・・・⁉︎」
蔵馬は三十年越しのその斉藤の告白にただただ驚いて腰を抜かした。影山と涼子は声が出せないくらい絶句していた。そんな蔵馬達に斉藤は更に話を続けた。
「ワシは聞いてしまったのじゃ。ある日芽衣ちゃんから直接の。『急に家に変な男達が来て芽衣を攫っていったんだ』っての。そして聞いたのじゃ、その芽衣ちゃんの家に来ていた男のことをな。ワシはその名前を聞いてただ驚いたよ。ママが言っていたパパの名前がタツミって言って何かギインさんみたいな人って芽衣ちゃんが言ってたから。それに該当するのは藤原辰巳しかいなかったからの。ワシは事の真偽を確認する為に、芽衣ちゃんを連れて来たその児相の職員に電話したよ。そしたらそんな人物はいませんと児相から言われたんじゃ」
「その数日後じゃったかな。厚生労働大臣になったばかりの藤原辰巳が【希望の郷】に現れたのは、そして開口一番、『余計な詮索はしない方が身の為ですよ』って言って来たのじゃ。
そしてこの施設を安泰した施設にしたいとか言いながら、愛人ネットワークに協力する様要請して来たのじゃ。ワシはその言葉に激怒して藤原辰巳に殴りかかろうとした。残念ながらその取り巻きに阻止されてしまったがの。そして辰巳は最後に一言、『私に楯突いた事、後悔しますからね』と言い残して帰っていった。そしてその翌日じゃった。ワシが逮捕されたのは。ワシはその逮捕が藤原が仕組んだ事だとすぐに理解したよ」
そして更に斉藤は話しを続けた。
「そうして逮捕されて戻った時には、【希望の郷】は取り壊されてしまった後じゃった。ワシは全てを失ってしまい、しばらくは生きる希望を失っておった。じゃが、君達が色んなところに引き取られてからそれぞれ元気に成長している姿を人づてに聞いて、ワシはもう一度生きる希望を見出したのじゃ。じゃが、今のワシにはそんなお前達に会う資格などは無い。じゃからワシは、それからただ一人で放浪しながら、非行に走った少年少女を見つけては声を掛ける、そういうことをしておったのじゃ。マリアもその時ワシと出会った人物の一人じゃよ。そして、そんな生活を長年送っていた時に、マリアから連絡を受けたのじゃ」
「『蔵馬さんって、確か以前郷長していた施設の話しをしていた時に話していた人ですよね?縁あって今一緒に働いています。これから施設立ち上げるそうですが、この施設に来ませんか?蔵馬さんも斉藤先生のこと待っていると思います』」
「じゃがワシはその申し出を断った。今のワシが行っても何の力にもならないと思ったからじゃ。そしてマリアから藤原への復讐のことも考えていると聞いて、ワシは将来少しでも健人くんの力になれたらいいと思い、普段の生活を送りながら少しずつ藤原の身辺を調査していたのじゃ。そしてそんな時に、君達が藤原から追い詰められているとマリアから聞いて、急いでこの施設に来たというわけじゃ」
斉藤はそう言って、自分が逮捕されてからこれまでのことを全て蔵馬達に話した。
それだけ話した後で、斉藤が全員に尋ねた。
「少し思い出話で話が逸れてしまったが・・・さて・・・そこまで聞いた上であえて聞こうか・・・これから先どうしたい?いずれにしても警察が動き回っている間は当面活動は出来ないと思うが・・・」その問いに対して蔵馬が、
「・・・決まっている・・・藤原を・・・潰す!・・・これは別に復讐とかそういうんじゃなくて・・・こいつが関わった人物全てから子供を奪い取る。そして藤原の悪行を白日の元に晒してやる!そうしないと・・・この子供達が可哀想過ぎる・・・この子達の親も・・・いや関係継続を選んだクソ女はどうでもいいが・・・一緒に過ごすことを望んだのにそれが許されなかったママになろうとしていた女性は、あまりにも可愛そすぎる・・・俺はこいつだけは絶対許せない!」
と言い切った。その言葉に斉藤が少し何か言い掛けたが、そこに間髪入れずに唯が、
「この子達はまだ自分が誰の親かも知らない・・・それが幸せなのかもしれない・・・でもそれはこの子達が決めることで、わけの分からない大人が決めることではないです。だから私はこの子達の親を他ならないこの子達に教えたい。その上で言いたい。あなたはこうして産まれて来た。貴方はそんな親と一緒に暮らしたいですか?って」
そう言った。その言葉を聞いて舞が、
「つまり、子供と一緒にいたいのにそれが叶わなかった親がいるってことだよな?そんなことが許せる世の中に私はしたくない。だからそんなことを平気でする奴は捕まえないといけない。そして法の下で裁かれないといけない。だからこの男の罪は暴かないといけない」
と言った。その後で今度は緑が、
「おそらくここまでの悪行が罷り通っている以上、警察だけではなく他にも色々協力者はいると思います。それだけのことをこの男はしています。でもだからと言って見過ごすことはしたくありません。法に関わるものとして、この男は法の下で裁かれないといけません。その為にはとにかく多くの証人が必要です。だから一人でも多くの協力者を探し出す必要があります。たとえそれが犯罪行為になろうとも、私は一人でも多く助け出したいです」
と言った。その後で純が、
「私達はそこまで力があるわけでもないし、私なんて何の力も無い人間です。でもだからと言って誰も助けないってのは違うと思います。そこに救いを求める声があるのであれば、子供と一緒に暮らしたいと願う親がいるのであれば、私はその手助けをしたいです」
と言った。そして、それぞれの言葉を聞いて影山が、
「私達闇の児童相談所の役割は、虐待された子供をその親から助け出すことです。一緒に暮らしたいと願う親に対して、ましてや虐待もしていない親から子供を取り上げる様なことを今までしたことは一度もありません。よって私達はこの男のした行為を許すことは出来ません。なので今回の件は最重要対応案件として、健人達に協力したいと考えています」
と言って自身の決意を述べた。その後で涼子が、
「私は都知事の立場上表立って動くことは出来ない。でも気持ちは皆んなと同じ。藤原は許せない。だから陰ながら応援するし協力もするわ」
と言った。その全員の言葉を聞いて斉藤は、
「健人くん、誠くん、涼子ちゃん。本当に大人になったね。そして健人くんの仲間の皆さん。皆さんの気持ちはよくわかりました。それではこれを渡します」
そう言って斉藤はUSBメモリーを蔵馬に渡した。そして話を続けた。
「この中には、私が今まで調べた藤原が設立した施設にいる子供達のデータが全て入っています。それを元に調べれば、その親が誰で今どこにいるかわかるはずです。後は皆さんに託します。私は年齢的にももうそこまで動けないので」。そこまで話した後で更に一言、
「それとこれはワシの直感なんじゃが、芽衣ちゃんは多分まだどこかにいると思う・・・いや・・・おそらく芽衣ちゃんの子供がどこかの施設にいると思う・・・そして芽衣ちゃんの母親もどこかにいるはずじゃ。そしてこの三人を見つける事が必ず藤原を捕まえる為に必要になると思っておる」。それだけ付け加えて斉藤は話を終えた。そして、
「それでは私はこれで帰ります。朽木さんまた案内をお願いします」
と言ってその場から立ち去ろうとした。そこで少し立ち止まって、
「最後に一言。健人くん、動くなら今ではなくて一週間後にして下さい。そしてその間に作戦を練って下さい。藤原がどんなに力があっても、一週間何も無ければ警察としてはもう動けません。そもそもたかだか住居不法侵入では、そこまで警察も動けませんよ。警察も暇では無いですから。だからそこが狙い目です。では頼みましたよ」
と言い残して、その場を去っていった。そこにいた全員が立ち上がって斉藤の方を向いて、無言のまま頭を下げた。その後で、
「じゃー私はそろそろ帰るわね。長いこといたらそれこそ藤原に突かれてしまうもの」
と涼子が言った。そして、
「俺も涼子姉ちゃんと一緒に戻る。そして俺達の方でも作戦を練って来る。健人、今こそ俺達全員の力を結集する時だぞ。決して先走るなよ」
と、影山が蔵馬に釘を刺すように言った。その言葉に蔵馬は少し無粋な顔をしながら頷いた。
そして涼子と影山もミーティングルームから出て行った。
残った全員に対して蔵馬が、
「・・・聞いての通りだ・・・現状考えても・・・今は動かない方がいい・・・今動くことは相手の思うツボだ・・・だから・・・当面の間夜の活動は停止する。異論はないな?」
と言った。その言葉に少し全員キョトンとした。そして、
「蔵馬さん冷静になりましたね」、と唯が言い、
「元々そのつもりです」、と舞が言い
「異論なんか一切ありません」、と緑が言った。そして最後に純が、
「うん。蔵馬さん。私もそうしたい」、と言った。その全員の言葉を聞いて蔵馬が一言、
「決まりだな・・・ただミーティングはそれまでいつもの様に毎日行うからな。そして一週間後、俺達は根こそぎ回収する。大変な作業になるかもしれない。皆んな覚悟してくれ」
そう全員に締めの一言を言った。その言葉に対して全員が、
「はい!」と言った。
そして蔵馬達は、普段の施設での生活を送りながら、日々作戦を練っていった。
この蔵馬達の作戦は当たった。警察は全く動きが無くなったことで、捜索自体を諦め出した。
そして気づけば一台また一台と、その施設の山から警察はいなくなっていった。
そして一週間が経過した。
その日、午後のニュースで速報が流れた。
「今日午後二時頃、民事党幹事長藤原辰巳の家に、何者かが侵入しました。現在警察が捜査をしていますが、特に金品が取られた等の情報は何も入って来ていません・・・」
【第十話】
藤原の家には連日連夜報道陣が押し掛けていた。それもそのはずだった、白昼堂々と空き巣に入られたのだった。まるで何者かに導かれるように。
藤原の家は一軒家の豪邸であり、監視カメラも何台もあり、敷地内には犬も放し飼いにしている。家の中もセキュリティーが厳重に張られており、そもそも家の扉はオートロックで家の者でもない限りは簡単には開けられない。そんな作りになってた。
しかもそうして入った家なのに荒らした形跡も何も無い。世間ではその目的に対する考察が止まらなかった。
この為、この空き巣騒動は連日連夜ニュースの一面を飾った。
藤原辰巳はその環境にうんざりして、一人官邸に立て篭もった。
「全く・・・一体どこのバカが・・・まさか・・・奴等か・・・?でも何で・・・?」
藤原はそんな疑問をずっと抱えていた。そしてある人物に指示を出していた。
「何としても家に忍び込んだ奴を捕まえろ!捕まえないならお前はもう終わりだからな!」
と言って電話を切った。
その数日後、空き巣は簡単に捕まった。
警察に出頭してきたからだ。藤原はその情報を部下から聞くと、すぐにその男の間抜け面を拝みたいと思い、その警察署に向かった。その男はそこの留置所にいた。
そして藤原はその男に向かって言った。
「どこの誰だか知らないが無様だな・・・お前は必ず刑務所に送ってやるからな!覚悟しておけ!」と言った。するとその牢の中にいた男は急に笑い出した。
「クックック・・・やっと会えたな〜・・・藤原辰巳・・・お前がここに来たってことは・・・もう俺達の勝ちが決まったってことだ・・・」
その不気味な笑い方に藤原は困惑した。そうこうしている内に、その警察署を報道陣が取り囲んだ。そして記者達は次々に質問する。
「幹事長。貴方とこの男の関係は何ですか?貴方はこの男のことを知っていたのですか?」
藤原は困惑していた。
「君達は・・・さっきから何を言っているんだ?私の家に入った空き巣だぞ・・・それだけの男だぞこの男は⁉︎」藤原はそう記者に言った。するとその記者は、
「幹事長。本当にこの男のこと知らないのですか?今ネットで騒がれていますけどご存知無いんですか?」
藤原は何のこと言っているのか分からなかった。藤原はネットを見ない人物だったからだ。
そんな困惑している藤原にその牢の男は話し掛けた。
「幹事長さんよ。あんたもう少し世論とかそういうの気にした方がいいぜ。アンタがちょっとでもそういうの気にしていたら俺達はアンタに潰されていたかもしれない・・・だがアンタは自分の力を過信し過ぎていた。自分の罪を暴ける者などこの世の中には存在しないと。だから俺達はその隙を突かせてもらったんだ」
その牢の男の不気味な告白に、藤原は寒気を感じた。
そして、記者からタブレットを取り上げて、そこで流れている映像を見た。
そこにはある施設が映っていた。ナイトフォレストだった。そしてその中に冴島知事の姿が映っていた。そして冴島知事は次の告白を始めた。
「都民の皆様。まずは民事党を代表して一言お詫び致します。私は今まで我が党の人物が政治活動の裏で作り上げた強大な愛人ネットワークなるものを探していました。そしてそこで行われていた様々な悪事について調査を続けていました。そしてその調査を任命した人物がこちらの人物です」
そう言って冴島知事は、スクリーンにある写真を映し出した。その人物を見て藤原は驚愕した。その写真の人物こそ今目の前にいる牢の男だったからだ。更に冴島知事は話を続ける。
「その人物から以下の調査結果が届いています。まず北海道につくられた施設の中にどこで捨てられたのかわからない子供があり確認したところ、その母親が見つかりました。その母親の告白がこちらです」
冴島知事がそう言うとふたたび画面が変わり、目線を隠された女性の姿が映し出された。
「私は・・・五年前・・・その時の施設の指示で、ある議員の愛人にならされました・・・それ自体も辛かったのですが、それよりも辛かったのが、子供だけは欲しいと言っていた私に対してその議員は一度承諾したにも関わらず、藤原辰巳の力を使って、産まれたばかりの子供を奪いに来ました。そして私にはこんな金だけ置いて」
そう言うその女性の手には、大金が入った茶封筒が見えた。そしてその女性は話を続ける。
「更にその議員は私に対して『施設上がりの女なんかどこも雇ってくれないぞ。それでも関係を切るのか?』って言いました。私はその言葉がとても悔しくて、その議員との関係はすっぱり切りました。そして私は貧しいながらも生きることを決めました。いつか・・・その時の子供に会えると信じて・・・そんな折、こちらの施設から連絡が来ました」
『貴方の子供が見つかりました。今私達のところで預かっています。ここで一緒に暮らしませんか?』。私は、半信半疑ながらその申し出を受けて案内された施設に行くことにしました。そしたら本当にそこの施設にいたんです。私の子供が。私は涙を抑えきれませんでした・・・生まれてから一度も会ってなくても、不思議とその子が自分の子供だとわかりました・・・そして気付いたら私はその子を抱き締めていました。子供の方はキョトンとしていましたが・・・そしてその施設の方から言われたんです。ここで一緒に生活したいのであればここのルールを守ることと・・・私達と戦って下さいって。私にはその申し出を断る理由はありませんでした」。そこまでその女性は話した後で更に、
「私はDNA鑑定に応じました。私とその子供は親子関係であると認知されました」
「厚生労働大臣。次は貴方の番です。私のことが嘘だと言うのであればDNA鑑定に応じて下さい。応じれないのであれば貴方は全てを認めたことになります」
その動画はそこで終わった。
「な・・・なんだ⁉︎ この動画は・・・一体・・・どうなってる・・・⁉︎」
藤原は、ただただ困惑することしか出来なかった。そんな藤原に対して更に記者が続ける。
「この関連動画が今何十個もあって、今世界中がパニックですよ⁉︎本当に何も知らなかったんですか⁉︎」
藤原はそのことに困惑していた。確かに誰からもそんな情報が入って来なかったからだ。
そんな藤原に対して、その牢の男が話し掛けた。
「クックック・・・そりゃそうだろうな・・・この動画を見れるのは、極一部の限られた人物だけだったからな・・・今日までは・・・そんな小さい世論じゃお偉いさんは誰も騒がないさ・・・だがなその世論が大きくなるきっかけがあったらどうだ?例えば幹事長宅に入った空き巣がその人物だったなら?そしてその男の上司が知事ならどうだ?小さい世論が気付けば爆発するってそういう仕組みだ。おそらく今頃お前のお仲間はどこもかしこも大騒動だろうな」
そう言ってその男は高笑いした。藤原は唇を噛み締めて、その記者のタブレットを床に叩きつけた。そして、
「デ・・・デタラメだ・・・こんな動画・・・そもそも証拠もないだろ!」
藤原は動揺を少し見せてそう言った。そんな藤原に対してその牢の男は、
「やれやれ・・・記者さん・・・あの動画見せてやってよ・・・」
と言って記者に何か指示を出した。するとその記者は、何かを察知して別の動画を見せた。
そこにはとある施設が映っていた。そしてそこに黒い服を来た男達が映っていた。
その男達は一言、
「藤原幹事長の指示で来ました。この子は別の施設に移動して下さいとのことです」
そう言って、そこの施設長に写真を見せた。するとその施設長は小さく頷きすぐに保育士に指示を出してその子の荷物をまとめ出した。そしてその子を黒ずくめの男達に渡した。
そういう動画だった。
「この動画だと幹事長の指示でってこの男達は言ってますが・・・これは一体どなたなんですか?」記者がそう幹事長に問い詰めた。すると幹事長は、
「誰だ?この男達は?知らんぞこんな奴等!」と言った。するとその牢の男は、
「クックック・・・そりゃアンタは知らないだろうな。だってこれ俺の友達だもん」
と言った。その言葉に藤原は絶句していた。そして、
「じゃー何で俺の友達なんかにここの施設長はすぐに言うこと聞いたんだろな?ロクに確認もしないでさ。しかもアンタ何も関係ないのに何で幹事長って言葉だけで動いたんだろうな?」そこまでその牢の男が言った後で更に、
「それは過去何度もこういうことがあったってことだよな!」
と言葉を強めて言った。その言葉だけで記者も全てを理解した。大事なのは誰が子供を攫ったのではなく、どうしてその言葉で施設長が子供を差し出したのかということだった。
「か・・・幹事長・・・確かに・・・本当に関係なくてこんなことあり得ませんよ!幹事長!幹事長!一言お願いします」
そう言って、また記者達は幹事長を囃し立てた。幹事長はうんざりした顔をしながら一言、
「だからなんだと言うのだ!確かに私が作った施設で何人かの人間が何か悪いことをしているのかもしれないが、私は全く何も知らない!」
そう言って開き直った。そんな藤原の様子を見てその牢の男が一言、
「確かに・・・俺達もこの程度だなと思っていたよ・・・」とボソリと言った後で、
「三島由希子。アンタこの名前知ってるよな」
と言った。その名前を聞いた瞬間、藤原の顔は一気に青ざめた。そして一言、
「な・・・なぜ・・・お前が・・・その名前を知ってるんだ・・・⁉︎」
驚きながらその牢の男に言った。するとその牢の男は話を続けた。
「四十年以上前・・・アンタはある女性と恋愛関係になった・・・まだアンタは議員成り立てだったんだろうな。若気の至りだったのかもしれない・・・そしてその人とアンタは結婚した。そして子供を授かった。だがそれから十年後思いもよらない話がアンタに訪れる。その時の権力者の娘との政略結婚を持ち掛けられたんだ。アンタは悩んだ。その女性とどうしても別れたくなかったから。そこでアンタは重婚という道を選択したんだ。だがそんな生活は上手くはいくはずがなかった。だからアンタはその女性に離婚を持ち掛けた。だがその女性のことを諦められなかったアンタはこともあろうに愛人関係をその人に持ち掛けたんだ。その女性は激怒したんだろうな。で、色々あってアンタはその時の娘である芽衣ちゃんを隠し子にすることに決めた。おそらくその頃閃いたんだろうな・・・愛人ネットワークの仕組みを」。そこまでの話を聞いた後で藤原はその牢の男に対して、
「デ・・・デタラメだ!それこそ根も歯もないただの妄想だ!」
と声を荒げて言った。その藤原に対してその牢の男は、
「デタラメかどうかはもう少ししたらわかる・・・そろそろ次の動画がアップされる頃だ・・・」
そう言った。すると記者のタブレットのサイトに新着動画が到着した。そこには別の女性が映っていた。年齢にして四十代ぐらいの女性に見えた。そして目線と声を加工されたその女性が自己紹介を始めた。
「初めまして。藤原芽衣です。私は藤原辰巳と三島由希子の子供です」
その画像を見た藤原が膝から崩れ落ちた。
「芽衣・・・何で⁉︎ いやそもそもどうやって芽衣に辿り着いた⁉︎あの場所は私以外誰も知らないはず・・・」
そう藤原が呻いた。その言葉をその牢の男は聞き逃さなかった。
「藤原辰巳・・・遂に認めたな・・・俺達の・・・勝ちだ・・・」
そう牢の男は声を振り絞りながらそう藤原に言った。
藤原は何の意味もわかっていなかった。その藤原に牢の男が告げる。
「皆んな。ありがとう。もういいぜ」
その牢の男がそう言うと、そこにいた無数の記者達はその言葉を合図に藤原の元を離れだした。藤原はただ困惑してそこに崩れ落ちたままだった。その藤原に向かって牢の男が話し出した。
「まだわからないんだな・・・やはり思った通りのクズだったわけだなお前は。誰が誰かなんかどうでもいい。その時の状況で瞬時に判断し、そしてその時の一番いい言葉を選択する。その行為は一見すると万人に響くどうでもいい言葉になり、そして最も妥当な言葉となる。ただ、もしそこに偽りの行為が入っている場合、それは自白になるんだよ!」
そう語気を強めてその牢の男は藤原に言った。
その言葉に我に返った藤原は立ち上がり、その牢の男が入っている牢まで向かって走り出した。そしてその牢を強く手で握りながら、
「まさか・・・全て・・・嘘だと・・・⁉︎ そう言うのか!」
そう牢の中の男に向かって問い質した。するとその牢の男は
「嘘・・・とはちょっと違うな・・・全て真実だ・・・ただ証拠が何も無かった・・・そして芽衣ちゃんの場所だけは本当にわからなかった・・・だから俺達は一芝居打っただけだ。架空の芽衣ちゃんを作ってな!」。そう藤原に言い切った。すると藤原は、
「バカな・・・あれは芽衣だった・・・私が自分の娘を間違えるわけない!あの雰囲気は・・・」
と言い切った藤原に対して牢の男は、
「おっと。それ以上は言わない方がいいぜ。それ以上は実の娘の侮辱に繋がるからな」
と次の藤原が言うであろう言葉を遮って、その牢の男は藤原にそう言った。
その言葉に藤原は青ざめた。そして、
「ま・・・まさか・・・そ・・・そんな・・・それこそあり得ん!私の娘がお前の様な者に協力するなど・・・」
そう言って藤原は自分でも有り得ないと思っている可能性を、その牢の男に問い質した。
その牢の男がその質問に答えようとした時に、突然藤原の携帯が鳴り出した。
藤原はその電話に出ると、電話の向こうから、
「もしもし・・・パパ・・・本当にわからなかったんだね・・・最初は半信半疑で協力してたけど・・・私達のことなんか最初からちゃんと見てなかったんだね・・・私達は目線と声を加工していてもパパは絶対気付くって信じていたのに・・・」
その言葉に藤原は絶句した。その電話を掛けてきたのは三女の美奈代だった。
「まさか・・・美奈代⁉︎ お前が⁉︎ でも何で・・・何でお前から子供を奪ったこんな奴等に協力なんかしたんだ⁉︎」
藤原は当然の疑問を美奈代にぶつけた。美奈代はその言葉に対して、
「協力・・・じゃないよ・・・賭けをしただけ・・・そして・・・私は負けたんだ・・・パパが認めたから・・・」そう声を振り絞りながら藤原に言った。
「ど・・・どういうことだ・・・⁉︎」
藤原は当然の疑問を美奈代に問い掛けた。その言葉に対してその牢の男は少し笑いながら、
「クックック・・・ここまで上手くいくなんてな・・・本当アイツには感謝しないとな・・・俺には考えもつかなかった・・・最悪どんな凶悪な犯罪者になっても、全ての場所から奪い尽くして芽衣も意地でも見つけ出して全て攫うつもりだったんだがな・・・」
その牢の男はそう優しく語り出した。話しはここから数日前に遡る。
― 数日前 ―
「さて、斎藤先生のおかげで全ての母親の場所と、その子供の位置の特定が出来たわけだが、これからどうする?」
ミーティングルームで、蔵馬が純と唯と舞と緑と今回の計画について話し合っていた。
「・・・想像以上に広範囲ですね・・・本当に全国にこれだけの施設を作ったってことは感謝しないといけないのかもしれません。その点だけは本当に」
唯がそう言って、今回ターゲットとしている施設の数とその範囲の広さに驚愕し、不本意だけど藤原のその功績だけは認めた。
「・・・本当・・・何箇所あるんだ?これ?全部で二十以上⁉︎ 流石にこれだけあると一気に動かすのは難しいし、けどどこかでバレたらもう全て終わりになるし・・・難しいな・・・」
舞はその施設の数の多さと、今回のミッションの難しさを痛感していた。
「・・・法に触れない様に・・・でも迅速に・・・そしてばれない様に・・・ですか・・・ちょっと難しいですね・・・これだともういくつか絞るしかないのかもしれません・・・」
緑は想像以上のミッションの難しさに、数箇所だけを襲撃する案を考えていた。
「ダメだ!今回のミッションは完全なる取り戻しが第一だ。そうしないと残された子供達も親達も可哀想過ぎる。もしかしたら俺達が原因で何か今後酷い目に合うかもしれない。それだけは避けなきゃいけない。だから一斉でなくても何とかして全部から取り戻す方法を考えなきゃいけない!」
蔵馬がそう語気を強めて皆んなに言った。その言葉にその場が更に重くなって皆んな言葉が発せなくなった。そんな中、純がある提案を始めた。
「蔵馬さん。そもそも・・・それが第一ではないですよね?一番大事なのは子供や母親を奪うことではなくて、藤原の罪を暴いて全てを白日の元に晒すことではないんですか?そうすれば、後はそれぞれ望んでいる母親の元にその子供を返すだけで話は済むと思いませんか?」その提案に対して蔵馬が頭を掻きながら、
「あのな〜・・・それが出来ないから攫って来るしかないんじゃないか?そしてその人達に協力してもらって、そういう動画を取って、それを全世界に配信するしかないんじゃないのか?」
そう純に言った。そんな蔵馬と純のやり取りを見てた緑が、
「純ちゃん・・・もしかして・・・フェイク動画を作ろうって言ってる?でもそんな動画作ってもそれじゃー世間は納得しないと思うわよ」そう純に言った。そんな緑に対して純は、
「納得させる必要はないと思います。例えばそれを使って、そのフェイクを信じ込ませたら・・・例えばそれで私達の行動を真実だと思わせれば・・・後はただ私達は手紙を出すだけで大丈夫です。そうしたらそれぞれの母親が恐らく動くと思います」
そう言って自分の考えを緑にぶつけた。するとその様子を見ていた舞が、
「でも・・・もしかしたらありかもよ・・・少なくとも私達だけだと全ての母親の元に子供を戻すことなんか、どんな手段を使っても難しい。けど、それぞれの母親がその子供のことを思い、迎えに行くのであれば、それは違法でも何でもない当たり前なことだ」
そう言って純の考えに賛同した。すると今度は唯が、
「子供のことを思うなら・・・母親の元に戻すことが一番・・・か・・・当たり前だけど・・・何か私達の活動否定されているようで考えもつかなかったけど・・・でも・・・それが本来の正しい家族の形だもんね・・・うん・・・私も純ちゃんの考えに賛同するよ」
と言って唯も純の考えに賛同した。するとその様子を見て蔵馬が、
「・・・わかったよ。じゃーその考えを基本線とするとして。どうやってそれを信じ込ませる?・・・相手はあの藤原だぞ。」
そう言った。だがその後で蔵馬は斉藤の言葉を思い出していた。
【芽衣ちゃんとその母親とその子供を見つけることが藤原の逮捕に繋がる・・・】
そして蔵馬はもう一度斉藤が作成したデータを見直してみた。
そこには十歳の当時の写真と、その時の性格等が載っているデータがあった。
ただ、そのデータの中に今の芽衣に繋がるデータは一切無かった。
この日の話し合いはここで終わった。
その翌日。蔵馬は純と唯と舞と緑をミーティングルームに呼び出した。
そして皆んなに向かって話を切り出した。
「昨日あれから誠に連絡して、より深く藤原の過去と芽衣ちゃんについて調べてもらった」
そう言って、スクリーンにその調査結果を映し出した。
そこにはどうやって調べたかわからないくらいの、詳細なデータが書き込んであった。
だがそのデータを見て蔵馬が一言、
「残念だが、藤原の過去を調べても、出て来たのは母親と思われる藤原が若手議員時代に付き合っていた女性の名前とその関係性、それと藤原が過去重婚していた事実だけだった」
そう残念そうに皆んなに言った。そして更に話しを続けた。
「更に芽衣ちゃんについても藤原の娘と思われる情報は出て来たが、今現在どこにいるのか、子供はいるのか、それと母親はどこにいるのかという情報は全く出て来なかった。それどころか母親に関しては芽衣ちゃんが十歳以降のデータがどこにも無かった」
そう言って悔しがった。そのデータを見て純が一言呟いた。
「もしかして・・・母親は亡くなっている⁉︎ でもそれを藤原は隠している⁉︎」
その言葉に一斉に唯と舞と緑が純の方を向いた。だが蔵馬は、
「・・・その可能性は俺も考えた・・・だが仮にそうだとしても・・・それは最後のトドメには有効かもしれないが・・・そもそも母親と藤原の関係が証明出来なければ・・・そのトドメも使えない・・・」
そう落胆しながら皆んなに話し掛けた。その言葉にまた全員黙り込んだ。
今日もこのまま何の方法も見つからなく会議が終わると思ったその時、純が話を切り出した。
「でも・・・ここまでわかっているなら・・・現在の芽衣ちゃん再現出来ないかな?」
そう言う純に対して蔵馬は、
「バカかお前は!仮に色々加工して再現したとしてもだ、絶対にバレるぞ!少なくとも肉親でもない限り、雰囲気か何かで絶対バレるだろ!」
と怒りながら言った。その言葉に緑が反応する。
「肉親・・・そういえばいたわね・・・」そう言う緑に唯が、
「緑さん・・・何考えてるの?・・・絶対嫌よ!私!」
その言葉を強く拒絶する様に言った。その言葉に対して舞が、
「・・・確かにそれなら・・・でも・・・協力するかな・・・あの人が・・・」
と緑の考えを察知して話し出した。そんな舞を見て唯が、
「舞さんまで・・・わかってるの⁉︎私達はあの人の元から子供を奪ったんだよ⁉︎私達のこと憎んでるに決まっているでしょ!何考えてるの⁉︎」
そう怒りながら言った。そんな唯を見て純が、
「唯さん・・・私達は唯さんの過去も・・・私達があの人にした事も忘れていません。でもあの人は藤原の娘です。娘である以上、全ての藤原の悪事を知る必要はあります。もちろん一緒に説得して欲しいなんて言いません。唯さんはここで待ってて下さい。私と舞さんと緑さんで説得して来ます」
そう言って唯を説得した。唯はその純の言葉で、少し落ち着きを取り戻して静かに頷いた。
そして純は蔵馬に対して、
「蔵馬さん。今回の作戦は言うなれば賭けです。それならばこの賭けに藤原の娘達を関わらせてもいいと思います。もし彼女達を説得出来れば、藤原の家の中に入って藤原の毛髪なり何なりを取ることも可能になります。そうすれば最後のトドメとして使えるのは間違いありません。ここは私達に任せてもらえませんか?」
そう強く宣言する様に言った。蔵馬はその純に向かって、
「・・・今回の作戦の基本線は元々お前の案だ。ダメ元で行って来い!」
そう言った。その言葉に純は頷き、緑と舞と一緒にミーティングルームを出た。
その場に残った唯は蔵馬に、
「私はこの作戦だけは賛成は出来ません。でも純ちゃんがそこまで言ったんだからその言葉を信じて次に動ける様に色々準備をします」
そう言って頭を軽く下げるとミーティングルームを出て行った。
美奈代は藤原の家に戻っていた。何不自由の無い生活。何もしない生活。美奈代は一日中家でダラダラしていた。そんな夜、美奈代の携帯電話が急に鳴り出した。美奈代は電話に出た。
「アナタノチチオヤノアクジヲ、ワタシタチハシッテイル。ハナシガキキタカッタラシテイシタバショマデコイ」
そう言って変声機で声を変えた者からの電話は切れた。その送られて来た指定場所を見るなり、美奈代は指定された場所まで急いで向かった。
「・・・やっぱりあなた達だったのね・・・それで今更私に何の用があるのかしら?」
美奈代は、全てに気付いていてその場所まで向かっていたのだった。指定された場所がその昔唯が勤めていたあの閉園した保育園だったからだ。
そして見慣れたその暗闇の保育園の中に美奈代は呼び出されていた。
「美奈代さん。単刀直入に言います。私達と賭けをしませんか?もし美奈代さんが勝ったら美奈代さんの言う事何でも聞きます。その代わり、私達が勝ったら藤原の罪の告白に協力して下さい」。暗がりの中で、純が美奈代にそう話し出した。
「賭け?ふん!ふざけているの?こっちは今すぐ警察に通報してもいいんだけど」
そう美奈代は強気でその女性に対して言った。
「待てよ!自分の父親がどんな酷い事しているのかアンタは本当に知っているのか?」
そう言って、今度は舞が美奈代に対して言った。その言葉に美奈代が反応した。
「酷い事?何よそれ?パパは立派な政治家だし悪事なんか何もしてないわよ。デタラメ言わないでよ!そりゃー私達を守る為にたまに酷いこともしているかもだけど、それ以外で酷いことなんかしてないわよ!」。そう言って舞の言葉に対して、強く反対した。
「それが藤原の愛だとするのなら・・・それは偽りの愛ということになるのかもしれませんね・・・あなたの知らないところで藤原は多くの女性を泣かして来ました。それは別にあなた達の為ではなく自分自身の為です。あなた達はそんな男の娘なんです」
そう言って、今度は緑が逆に美奈代を糾弾した。その言葉に対して美奈代は少し黙った後で、
「・・・話しだけ・・・聞くわ・・・その話し次第で考えさせてもらうから」
そう小声で呟きながら言った。その美奈代に対して、暗がりの中でスクリーンに写して三人は藤原の悪事を説明して、賭けの内容を伝えた。
「・・・つまり・・・うちの家に入りたいと?そして藤原の毛髪なりを欲しいと。更に私にこの芽衣ちゃんを演じてそれを動画で撮らせて欲しいと・・・そんでその動画を見て私だと見抜けるかどうかの賭けがしたいと・・・」美奈代はそこまで言うと急に大笑いしながら、
「アッハッハッハ・・・面白いねアンタ達。いいよ。乗るわよこの賭け。私としてもまさか実の娘のこと見抜けないとなんか思わないし。それにアンタ達の言っていることが本当なら私も元母親としては許せないから。それに今もそんなパパに騙されているママのことも気の毒でしかないしね」。そう言った後で、
「でも賭けは賭けだからね・・・それじゃー明日うちの家に来な。それじゃーな」
美奈代はそれだけ言い残してその園を後にした。
― そして 現在 ―
「こ・・・この映像は何⁉︎」
ナイトフォレスト内の職員室で、純は急に流れて来た動画で今の現状を理解した。
その日は珍しく昼から蔵馬が施設にいなかった。ただ純はいつもの様に休憩室にいるもんだと思っていた。そんな時に急にネット動画が回って来たのだった。
「やられたわね・・・」純と一緒に職員室にいた唯がその動画を見て言った。
「全く・・・蔵馬さん・・・」同じく職員室にいた舞もそう言った。
「まんまと騙されたわね・・・」同じく職員室にいた緑もそう言った。
全員、今回の蔵馬のことは聞かされていなかった。それもそのはずだった。
当初の予定だと空き巣ではなく堂々と家に入り、しかもそこで動画を撮って、それを後日ネットニュースで流すことになってたからだ。
そしてそのことを空き巣が侵入としたとして、後日美奈代に通報してもらい、藤原を官邸に足止めさせるというのが今回の作戦だった。そして、その後で全ての藤原の悪事を晒していき、そこに世間の目を向けることで、徐々に空き巣の事件を風化させていくと言うのが本来の作戦の最後だった。
つまり、純も唯も舞も緑も、今の状況については蔵馬からは何も聞かされていなかった。
この日行われていた逮捕劇は、全て蔵馬の独断だったのだ。
「やれやれ・・・蔵馬さんらしいと言うか何というか・・・やはり皆さんには何も言わずに行ったんですね」。そんな四人の元に朽木が急に現れて一言そう言った。
「どう言うことですか⁉︎ 朽木さん!」四人は朽木のところまで走って行って、そう言って朽木に問い質した。そんな四人に対して朽木は、
「私も・・・詳しくは聞かされていません・・・ただ昨夜呼び出されまして・・・」
そう言って、朽木は昨日の蔵馬とのやりとりを語り出した。
「朽木よ・・・今のこのメンバーどう思う?」
そう言って蔵馬は朽木に問いかけた。そんな蔵馬に対して朽木は、
「素晴らしい方々だと思いますよ・・・皆さん個性的ですが、全員この施設に必要な方々です」。そう蔵馬に答えた。その言葉を聞いて蔵馬は、
「そうか・・・だったらやっぱり皆んなには危ない橋は渡らせれないな・・・」
そう朽木に言った後で一言、
「今回の作戦・・・失敗したら・・・藤原はこの施設を全力で潰しに来る・・・この施設の為、そしてアイツらの為・・・最善な方法を俺は取らないとな・・・」
そう言うと、朽木と離れてどこかに電話をしだした。
「誠。そういうことだから協力してくれないか?」
「・・・それこそ賭けだぞ・・・いいのか?」
「ああ・・・それでいい・・・」
「涼子姉ちゃん・・・一生のお願いだ・・・頼む・・・」
「全く・・・私までアンタの賭けに乗れと・・・まあいいわよ・・・元々知事ってポストも今回の為に取ったものかもしれないもんね・・・でも・・アンタはいいの?確実に捕まるわよ?」
「ああ大丈夫だ・・・もう後任も出来たしな・・・まだ若いけど。それに斉藤先生もいるし」
「バカな・・・まさか・・・こんなことが・・・」
藤原は、美奈代が協力したことにただただ信じれない様子だった。
そんな藤原にその牢の男が話し掛ける。
「クックック・・・もうアンタは終わりだ・・・今のアンタの様子は生で動画配信されている。もうじき本当の記者もここに駆け込んで来るだろう。そしてアンタの全ての悪事は全て晒される。アンタが過去にしたこと全てな!」
そう語気を強めて言った。もう藤原はその牢の男の前から動けなくなっていた。
そこに藤原の秘書みたいな人物が何人も駆け込んで来た。
「幹事長!立って下さい!色々とにかく大変なんです!今すぐ官邸に戻って下さい!」
その男達に連れられて、藤原は少し正気を取り戻した。そして最後に藤原は、
「貴様・・・一体・・・何者だ・・・?」その牢の男にそう言った。するとその牢の男は、
「ただの一施設長だよ」
そう一言だけ言った。そして藤原は、複数の男達に連れられて官邸に戻って行った。
「あれ?もう終わりました?」
その警察署に間抜けな警官が戻って来た。その警官に対してその牢の男は、
「ああ席外してくれてありがとう」。そう言うと警察官は、
「誠さんの指示ですから。気にしないで下さい」。そう言った後で、
「ただ。仕事は仕事ですので、脱走の手助けとかは出来ませんがそれはいいですか?」
と言った。その言葉に牢の男は、
「・・・構わないよ・・・それで・・・」
そう言った。するとその声が聞こえたのか遠くの方で女の声がした。
「構うわけないだろ!このバカ野郎!」
その牢の男が声の方を見るとそこには純と唯と舞と緑がいた。更に純が続ける。
「バカ!本当にアンタはバカだ!アンタ無しでどうやって活動続けるんだよ!アンタがいなきゃ・・・夜の活動なんか出来るわけないだろ!」
そう言って、純は号泣しながらその牢の男の元に駆け寄った。それに続く様に唯が、
「蔵馬さん・・・私達はあなたによってここに導かれたんです。そんなあなたがいなくなるのは困ります・・・一日も早く出て来て・・・私達をまた導いて下さい!」
と眼に涙を溜めながらそう牢の男に言った。それに続く様に舞が、
「確かに蔵馬さんいなくても施設は何とかやっていけるのかもしれない。けどな、夜の活動だけはダメだ!まだ救わないといけない子供がいっぱいいるんだろ?こんなとこにいる場合かよ!早く出て来てまた救いに行こうぜ蔵馬さん!」
一筋の涙を流しながらそう言った。その様子を見て緑が、
「ここに超一流の弁護士がいるの忘れてませんか?私の力で蔵馬さんを一日でも早く出所させますからね」。そう涙を流さない様に気丈に振る舞いながら言った。
蔵馬はそんな四人を見て一言、
「・・・すまん・・・しばらく施設を頼んだ・・・」
とだけ言った。そしてその眼から一滴の雫が零れ落ちた。
その日のニュースから数日間は、藤原幹事長関連のニュースが独占していた。
愛人ネットワークのこと。隠し子のこと。そして娘からの様々な告白。
その日の内に民事党は幹事長の交代を報道した。
そして、藤原辰巳自身も議員の辞職をすることとなり、これもまた大きな報道となった。
また、愛人ネットワークを利用した政治家及び有力者が、一斉に世の中に晒される事態となり、政治的にも社会的にも数日大混乱を引き起こした。
そしてその後で、全国の元愛人達の元に一斉に手紙が届いた。手紙には自分が産んだ子供達の今いる施設がそれぞれ書いていた。
そこに向かう者、向かわない者対応は様々だったが、とにかく皆、自分の子供の所在がわかり安心はしていた。そして向かった者の内、何人かが自主的に告発を行い始めた。そうして更に世の中は混迷を極めることになった。
「ここまでのことになるなんて・・・」
その世の中のあまりにも大きな混迷に純はそう呟いた。
「まーそれだけのことを藤原がしていたってことなんだろね・・・でもこれで何人もの母親達が子供に会えたんだし・・・いいんじゃない?施設長代理」
そう唯はあっけらかんとした感じで、純に対して言った。
「しっかしおかげでこっちの事件は皆んな忘れてくれたし、施設としては問題なく運営出来ているし。まー結果オーライじゃない?施設長代理」
そう言って舞も純にそう言った。
「うん・・・そうだよね・・・って言うか施設長代理って呼ばないでよ〜何か恥ずかしい」
そう言って照れながら、純は二人にそう答えた。
「いいじゃん施設長代理」。唯はそう言って笑った。
「そうだよ施設長代理」。舞もそう言って笑った。
「もう!絶対からかってるでしょ・・・」純は少し不貞腐れながら、そう二人に言った。
「全くもう!ちゃんと仕事して下さい。施設長代理」そう言って緑が純に叱咤した。
「緑さんまでそう言う・・・」純は更に不貞腐れながら、そう言った。
「良いですか?純ちゃんの役職はとても大事なんですよ。施設長代理」
緑はそう言って純を鼓舞した。その言葉で少し純は不貞腐れを抑えた。
「まったく・・・では私はこれから蔵馬さんの弁護に行って来ます。まー私が弁護すれば一年も経たずに一ヶ月程度で釈放させれると思いますんで」
そう言って、緑は自信満々にその場から出て行った。その緑の言葉に三人は、
「行ってらっしゃーい」と行って見送った。その後で朽木が純に対して、
「さて施設長代理。今日も色々覚えてもらいますからね。斉藤さんからも色々言われてますのできっちり指導していきます」。と言った。
あの日、警察署から施設に戻って来ると、斉藤がまた施設にいた。そして数日だけ施設にいて、朽木と純を軽く指導した後、また数日後に置き手紙だけ置いて急にいなくなっていた。
その手紙には、
【一之瀬さん。アナタはいずれここの施設長として、健人くんを支える存在になれます。健人くんのことよろしく頼みました。朽木さん、健人くんは大変な子で手も焼くかもしれませんが、よろしくお願いします。それと一之瀬さんの教育の方もこれからよろしくお願いします】
その手紙に従って、朽木は純の指導を始めたのだった。
「ふわ〜〜〜い・・・」純は気の抜けた返事をして朽木に付いて行った。
―数ヶ月後―
民事党は大幅な改革を断行していた。
その先鋒として、藤原の告発をした冴島知事が選ばれていた。
ニュースで冴島知事の演説が聞こえる。
「我が党は、大きな過ちを犯しました。いえ過ちなんて言葉では片付けれない重大犯罪です。我々は女性をそしてその子供を、一部の人間の身勝手な欲望だけで、その人権を踏み躙って来ました。まずそのことについて党を代表して謝ります。誠に申し訳ありませんでした」
「我々は、この過ちを二度と犯さない為に、全国の施設に対して勧告を出すと共に、どんな権力にも屈さないところが必要と考え、その心の拠り所を設置することを決定しました」
「また今まで同様、育児に悩める母親の為の相談所と、その母親や子供を保護する施設の運営に対しても、党としてどんな協力も惜しまないことをここに宣言すると共に、誰の人権も侵害されない、社会の設立を目指していきます」
この演説の後、そこにいた大多数の人々からの鳴り止まない拍手が、冴島知事に向けて送られた。
都内某所あるアパートの一室。
「アンタなんか産まれなきゃ良かったんだよ!」
そう大声で言いながら、一人の女性が五歳ぐらいの男の子を殴っている。
その家のドアが急に乱暴に開けられた。その女性が、その音に驚いてそのドアの方に目を向けると、そこには一人の男と、四人の女性が立っていた。
「まったく・・・産んだんだからそんなこと言うなよな」
「そこまで殴ったらもう犯罪ですね。アナタは母親じゃなくて犯罪者です」
そこに立っていた二人の女性がそう言っている間に、一人の女性がその母親から女性を奪って抱き締めて一言、
「もう・・・大丈夫だからね・・・私達が助けに来たからね」
そう言った。その言葉の後でそのドアに立っていた一番若い女性が、
「アンタみたいな母親を私達は母親とは認めない!だから・・・」
そう言うその女性の言葉をその男が遮り一言、
「喜べ。アンタのその子供を百万で買ってやる。その代わり二度ともう子供には会えなくなるが、さあどうする?」とその母親に言った。
執筆の狙い
私は自身も子供を持つ親でした。
でも色々あって子供を手離すことになってしまいました。
そこで始めて児童相談所というものがどういうものかを考える機会が生まれました。
そして、それから色々な子供の虐待のニュースを見て、
「虐待するぐらいなら子供を育てなきゃいいんじゃないか?」
という考えを強く持つ様になりました。
私はそういう意味では恵まれていたのかもしれません。
自分が虐待する前に子供を手離したのですから。
そういう考えをしている時に、この小説を思い付きました。
ある種その時の願望の様な。
でも実現したら社会がひっくり返る様な。
でもこの国の虐待は減る様な。
そんな思いで書き始めました。
おそらく万人受けはしないだろうし、途中にある余りにも凄惨な内容に、涙で読めなくなる人もいるかもしれません。
ですが、これだけは言えます。
「誰も思い付かなかったものをお見せします」
尚、このお話しの一部は実在したニュースを元に作成しております。
この為、内容に気分を害される方がいるかもしれませんが、その点はご理解下さい。