チョン切る
私のクリニックに最近までいた掃除のおばちゃんが交替し、次に清掃会社から派遣されて来た片岡さんは、小柄な体をこまねずみのように動かして働く。痩せていて、顔には深い皺が沢山あり、おまけに度の強い眼鏡をかけているので、六十才過ぎ位かと思っていたが、実際は五十代の後半だそうだ。滅法陽気で誰とでも良く喋る。廊下で出会うと私にも気軽に声をかける。
その日、モップを持ってトイレの掃除に入ろうとした片岡さんと廊下で出会ったとき、彼女が「先生」と私を呼びとめた。
「なんや、えらい浮かぬ顔しているけど、どっか調子が悪いんか」
片岡さんは、言おうか言わないでおこうか迷う風であったが、とうとう口を開いた。
「先生、前立腺肥大の手術は取ってしまうんですか?」
私はその質問を理解するのにちょっと時間を要した。確かに肥大した前立腺を切除するのだが、これには前立腺を全部切除する方法と、尿道から機械を入れて肥大した部分だけを削り取る経尿道的前立腺切除法とがある。最近は前立腺癌でなければ、経尿道的前立腺切除法が主流になっている。
「チョン切るんでしょ」
チョン切ると言うのはあまり適切な表現とは思えない。厳密にいえば削り取るのだが、片岡さんの質問する意味がわからないまま私は答えた。
「うーん、まあ、そうやろうね」
チョン切るより削るという方が妥当かもしれないが切除には変わりない。
「ああ、やっぱり」
片岡さんは手に持っていたモップを力なく廊下に置いた。
「前立腺がどうかしたの?」
前立腺は男のモノ。独身の女である片岡さんには関係ない筈だ。
「ウチの人の手術、止めさそうかしら」
と片岡さんが呟いた。
片岡さんは旦那と死別して三年になる。子供はもう成人しているので目下一人暮らしである。つまり、独身なのだ。その片岡さんが独り者の板倉という男に見そめられて結婚の申し込みを受けていた。カラオケで知り合って親しくなったそうである。
「どうしたらええもんやろうね」
看護婦に相談した。相談というより、話したくて仕方がないのが本音のようだ。
「一回ここへ連れてきたら? 私らが鑑定してあげるよ」
看護婦が冷やかし半分で言う。
片岡さんはにたりと笑って、翌日本当に板倉さんを私の外来に連れてきた。
「この人、夜中に変な咳をしますのや。一遍よう調べてもらおうと思うて」
「え? 何や。もう夜中に一緒に寝る仲になっているんか?」
と私が言うと、片岡さんはへへへと笑った。
板倉さんは小柄で目がくりくりして、いつもニコニコしている。痩せて、胸は洗濯板だ。まあ、人は良さそうだ。片岡さんには似合いかも知れない。歳は六十代中ごろ、私より年寄りに見えるが実際は三才私より若い。現役時代は銀行に勤めていたそうだから、身元も確かだろう。茶飲み友達として老後を過ごすには良い相手かもしれない。二人ともカラオケが好きであるのは結構なことだ。私もカラオケは好きで、また得意でもある。一緒にカラオケを楽しんでもよいと思った。
診察し、胸部レントゲンを撮った。レントゲンでは異常はないが、呼吸音を聞くと軽い喘鳴がある。夜中に咳をするのは喘息発作らしい。
「喘息があるね」
「若い頃から喘息が時々起っていますねん」
「タバコは吸いますか」
「以前は日に六十本くらいやったけど、この頃は二十本に減らしていますねん」
「二十本、そらあかん。喘息にはタバコは禁物や」
「あんた、喘息やからタバコ吸うたらあきまへんで」
私の診断を聞いて、早速片岡さんは女房気どりで板倉さんに宣告する。
「こんなきつい嫁はんもろうたら難儀やな」
板倉さんは頭を掻きながらテレ笑いをする。
「タバコ止めな、責任もたれへんで」
と私も禁煙を申し渡した。一日六十本のヘビースモーカーである。二十本に減らしていると言っても信用は出来ない。
「本当に止められるんかいな」
私が疑わしそうに言うと、
「この人、やる時はとことんやる人やから……」
片岡さんが板倉さんの援護射撃をする。
「若い頃、ゴルフもとことんやりましたからなあ」
板倉さんは見当違いのことを言った。ゴルフなら私もやっているので、気軽に尋ねてみた。
「ハンディはなんぼ?」
どうせ私と同じくらいの三十前後だろう。
「シングルですわ。ハンディ六」
私は思わず目を見開いて、聞き返した。
「シングル? ドライバーはどれくらい飛びます?」
「若いころは二百六十ヤード。いまはあきませんけどな」
私はしばらく板倉さんの洗濯板を眺めた。この貧弱な体で二百六十ヤードとは。
私は早速その夕方ゴルフの練習場へ出かけた。あの貧弱な板倉さんの体格で二百六十ヤード飛ばせるなら、少しは背が高い私が二百ヤード飛ばせない筈はない。しかし、思い切りドライバーを振り回しても、球は二百ヤードのネットには届かない。
「ほんとに二百六十ヤード飛ぶんかいな」
「今は、二百六十ヤードは無理やけど、二百三十ヤードは飛ぶと思いますな」
「ほんまかいな」
「一ぺん一緒に打ちっ放しに行きましょうか」
私が信じようとしないので、板倉さんはむきになって言った。
夕方、診療が終わったころ板倉さんが車で迎えに来た。いつも私が行く練習場に向かう。
板倉さんの球はネットの中段に突き刺さった。ネットまで二百ヤードはあるから、中段に届くとすればやはり二百三十ヤードは飛んでいることになる。私の球はあいかわらずネットの手前に落ちる。
私も良い体格とは言えないが、少なくとも板倉さんよりは身長があるし、腕の太さはあまり変わらない。若い頃卓球選手だったので運動神経もそんなに鈍いとは思わない。
「何でやろうな」
私が不思議がると、
「先生のスイングは軸がぶれてますがな」
板倉さんの即席コーチが始まる。確かに、板倉さんは力まずに軽くスイングしているように見えるが、軸はぶれていない。身体の軸を中心にクラブが滑らかに回っている。
「僕も若い頃はよう飛んでましたんや。この頃はすぐに息切れしてあきまへんねん」
それでも板倉さんの打球の勢いは私と全く違う。さすがに、若い頃に打ち込んだ効果であろう。
こうして、板倉さんとは患者と医者の関係を超えて親しくなっていた。
「ウチの人なあ」
看護婦や職員をつかまえては、片岡さんはウチの人を連発する。
「彼氏、夜することを、ちゃんとしてくれていますの?」
看護婦が冷やかし半分で聞いた。片岡さんはへへへと笑い、その看護婦の耳元でささやいた。
看護婦が目を剥く。
「なに言ったの?」
片岡さんが去ると、他の看護婦が訊ねる。
「一日おきやて」
「へー」
他の看護婦も驚きの声をあげた。六十代の半ば過ぎで、一日おきとは……。
片岡さんの彼氏が一日おきで登板可能とは驚きである。片岡さんの生き生きした様子を見ていると、女はやはり男がいないといけないのだろうと思う。長い間の一人身からやっと男に巡り会えた喜びが窺われる。
「先生、ウチの人、おしっこが出にくい言うてるんやけど」
ある日、片岡さんが心配そうに言った。
「夜中に何回トイレに行くんや?」
「さあ、三回か四回くらい行っていると思うけど」
「そら、前立腺肥大やろ。泌尿器科で診てもらわなあかんな」
「あの人、泌尿器科に受診するやろか」
「今度来たとき僕が説得する」
次に片岡さんが来院したときに私が宣告した。
「前立腺肥大やろ。泌尿器科に紹介するからな」
「そんなん、嫌ですがな」
「嫌とは言うておられへんで。そのうちおしっこが出なくなる」
板倉さんは片岡さんと顔を見合わせた。
「あんた、オシッコが出んようになったらどうするの。先生に紹介状を書いて貰うてはよう受診せなあかんで」
「先生、何で前立腺肥大になるんですやろ?」
「そら、若い頃使いすぎたからと違うか。いまでも一日置きやそうやな」
板倉さんは目をむいて片岡さんを振り返った。
「お前、そんなことまで言うたんか」
片岡さんは首をすくめてへへへと笑った。
こうして、嫌がる板倉さんを無理やり泌尿器科へ連れていき、そこで手術をするように言われたらしい。
「なんで、前立腺の手術を止めるねん?」
「そやかて、チョン切ったら出来ませんやないか」
なるほど、それをチョン切ったら片岡さんとは出来なくなる。片岡さんは真面目に心配していたのだ。
片岡さんを脅かしたのは患者の田中さんである。田中さんも六十才代中ごろの男性、会社を定年退職し、現在は年金で自適の結構な身分である。息子は成人して外に出ているから奥さんと二人暮らしである。一応、高血圧で通院していることになっているが、実際は暇つぶしに来ているようなものだ。 田中さんは冗談が好きで、いつも人を笑わせて喜んでいる。若い頃は女を何人も泣かせたもんだ、これが田中さんの自慢である。
田中さんが診察室に現れると先ず克明に手帳に記録した血圧のグラフを開陳し、グラフの波形について一講釈がある。
「この日はよく眠れなかってね」
それは二年前であった。田中さんは山なりになったグラフを指さして言った。
「奥さんを可愛がりすぎたんと違う?」
看護婦が冷やかす。
「それやったらええんやけどな。夜通しションベンばっかりで眠れませんのや」
「小便が出にくいことは?」
ひょっとすると思って訊ねた。
「出まへんな。ちょろちょろや」
「そら前立腺肥大やな。ちょっと調べてみるわ」
田中さんをベッドに寝かせた。
「さあ、向こうむきで尻を出して」
田中さんが目を剥いた。
「ションベンが出にくいのに何でケツを見ますのや」
「ケツの穴に指を入れて前立腺を触りますのや」
田中さんはブツブツ言いながら尻を出す。ゴム手袋をはめて肛門に指を突っ込む。
「いてて」
田中さんが呻く。
「わし、オカマと違いまっせ」
指に触れた前立腺は確かに大きい。硬さからガンとは思えないが専門医に紹介する必要がある。
「これは前立腺肥大や。泌尿器科で調べて貰わなあかんな」
「泌尿器科で調べてどうなりますんや」
「尿の出が悪うて、膀胱に尿が沢山残っていると手術が必要やな」
手術と聞いて田中さんが顔色を変えた。
「手術したら、これが出来んようになるんと違いますか」
田中さんは、人差し指と中指の間から親指の頭を覗かせる万国共通のサインをして見せた。
「多分、大丈夫やろう」
「多分じゃあ……」
田中さんはがっくりしたようだが、現実に尿が出なくなった状態には抗しがたいようだった。
そして経尿道的前立腺切除術を受けた。この方法では大切な棹はちゃんと残っている。
「尿の出具合いはどうですか?」
退院した田中さんに訊ねた。
「まあ、出るようにはなりましたけどな」
田中さんが浮かぬ顔をする。
「出るようになったらええやないか」
「いや、それがね」
「これがあかんのか」
私は指のサインをして見せた。
「いや、それはちゃんと出来るんやけど」
田中さんの悩みは、尿線が割れて尿が真横に飛んで便器やズボンを汚すことだという。
「手術の時、先っぽをえらい広げよったからな」
器具を入れるために尿道の先を切開せねばならない。縫合したあとがいびつになって尿線が割れるのである。
「女みたいに大便所でしゃがんでションベンせなあきまへんねん」
「かまへんやないか。しゃがんでしたらええやろ」
「そんな、かっこ悪いですがな」
「前立腺肥大はな。しゃがんでした方がええんや。その方が小便は出易いんや。腹圧がかけ易いやろ」
やっと田中さんが納得した。実際、しゃがんでした方が気持ち良く出るらしい。 このようにして、それ以来、田中さんの小便は必ず大便所でしゃがんでする習慣になった。
その当時、私の診療所の一階のトイレは、ドアを入って右半分は男子の小便用が並んでおり、左はしゃがんでする大便用が並んでいる。だから女性は左で小便をするし男も大便は左を使う。その当時、大便用は便座ではなくしゃがむ便器だった。診療所に来ても田中さんは小便の時も必ず左の大便所に入る。それが便所掃除をしている片岡さんの目に止まった。
「なんで田中さんはそっちで小便しはりますねん?」
大便所から出てきた田中さんに訊ねた。
田中さんがにやりと笑った。
「わしなあ。前立腺の手術をしてチョン切られましたんや」
片岡さんが唖然とする。
「サオをチョン切られたら立ってはションベンでけへんやろ。ほんで、しゃがんでしていますんや。女は棹がないからしゃがむやろ」
びっくりする片岡さんを見て、田中さんがケタケタ笑った。
「田中さんはおしっこでも、いつもしゃがんでしてはりますでえ」
片岡さんが真顔で言う。
「チョン切られたんですやろ?」
心配そうに私を見上げた。
「あれをチョン切るんとは違うんや。尿道から器械を入れて中から前立腺を削り取るだけや」
「ほんなら、あれはちゃんと残りますんやな」
片岡さんが念を押す。
「そや。今までと同じように、竿はちゃんと使えるから心配あらへん」
片岡さんはほっとしたようであった。
廊下に置いたモップを勢いよく拾い上げ、旗竿のように肩にかついでトイレの方に立ち去った。
了
執筆の狙い
これは実話に多少手を加えて守拙風にしました。