作家でごはん!鍛練場
飼い猫ちゃりりん

神様と佳代ちゃんの戦い

 この作品を佐野洋子氏に捧げる。

 雪の降る聖夜のことです。
 ゴキ太は、お母さんと一緒に四人家族のテーブルの下にいました。
 佳代ちゃんのお父さんと、お母さんと、お兄ちゃんと、佳代ちゃんが、苺がのったショートケーキを食べていました。
 ゴキ太は、お母さんに聞きました。
「あの人たち、なにしているの?」
「今日はクリスマスイブだから、ケーキを食べているのよ」
「ケーキ?」
「甘くて美味しい食べ物よ」
「僕も食べたいな」
「そのうちカケラが落ちてくるから待っていなさい」
 すると、お兄ちゃんが「ゴキブリがいる!」と声をあげ、お母さんは「早く殺して!」と叫びました。
 でも佳代ちゃんは目に涙を浮かべて言いました。
「虫さんが可哀想……」
「どこが可哀想なんだよ! 馬鹿じゃね。だからお前はいじめられるんだ」
「佳代子。害虫は殺してもいいんだよ。理科の時間に習っただろ」
「ゴキブリは不潔だから駆除しなきゃいけないの。わかった?」
 三人がゴキ太を追いか回すと、ゴキ太のお母さんが三人の目の前で止まりました。
「あっ! 大っきいゴキブリがいる!」
「よし。そいつから殺しなさい」
「早く叩き殺して!」
 三人は自分のスリッパを持って、ゴキ太のお母さんを追いかけました。
「ゴキ太! 早く外に逃げて!」
「いやだ! お母さんと一緒にいる!」
「お願い! 言うことをきいて!」
 ゴキ太が外に逃げると、家の中から「パン!」と大きな音が響きました。
「お母さん。どうしたの?」
 いつまで待っても、お母さんは家から出てきませんでした。
 しんしんと雪が降っていました。
 やがてゴキ太の体は凍りつき、凍傷になった脚がポキポキと折れました。
「お母さん。助けて……」
 ゴキ太は深い眠りにつきました。
 しばらくすると、誰かが「メリークリスマス!」とゴキ太に声を掛けました。
 ゴキ太が目を覚ますと、サンタクロースが顔をのぞき込んでいました。
「プレゼントは何がいいかな?」
「えっ! 僕がもらえるの?」
「もちろんだ」
「ありがとう! でも、なんで僕がもらえるの?」
「神様に愛されているからだ」
「なら、なぜみんな、僕を殺そうとするの?」
「さあなぁ。わしには分からないが。彼らは、それを神様に答えねばなるまい。さあ、プレゼントは何がいいのだ?」
「僕、なにもいらない。ただ……」
「ただ、なんだ?」
「お母さんのところに行きたい」
「では乗りなさい。つれていってあげよう」
 橇はゴキ太を乗せて、天国に旅立ちました。

 佳代ちゃんは夜中になっても泣いていました。
 降る雪を見つめながら、哀れな虫の親子のことを想い、泣いていました。
 すると誰かが佳代ちゃんに声を掛けたのです。
「プレゼントは何がいいかな?」
「サンタさん!」
「神様は君の優しい心を祝福し、どんな願いも叶えると言った。だから欲しいものを言いなさい」
「なんでもいいのですか?」
「もちろんだ。莫大な財産、女王の権力、永遠の命でも良いと神様は言った」
「どれもいりません」
「なんと。では何を望む?」
「赤い苺がのったケーキをください」

 佳代ちゃんが夢から覚めると、赤い苺がのったショートケーキが枕元に置いてありました。
 佳代ちゃんがそれを持ってお庭に出ると、雪はやんでいて、星がきらきらと輝いていました。
 佳代ちゃんは星の光を頼りに虫を探しました。
 やがて夜空が白みはじめ、朝日が庭を照らすと、一面の銀世界が広がりました。
 黒くて細い虫の脚が、白い雪の上に落ちていました。
 佳代ちゃんは、そのそばにケーキをおくと、ポタポタと涙をこぼしました。
「虫さん。ごめんなさい……」
 佳代ちゃんが震える声で讃美歌を歌うと、神様はその清らかな心を祝福し、絶世の美貌を彼女に与えました。

 絶世の美貌を与えられた佳代ちゃんは、あるとき、大富豪の息子からプロポーズされました。
 彼は佳代ちゃんに、金のネックレスやダイヤの指輪を沢山プレゼントしました。
「欲しい物は何でも買ってあげるからね」
「私は何もいりません」
 あるとき佳代ちゃんは、車に轢かれて死にました。
 佳代ちゃんを轢いたのは、彼の婚約者でした。

 あるとき佳代ちゃんは、中国の踊り子でした。
 ある日、佳代ちゃんは宮廷に招かれ、皇帝の前で踊りました。
 すると皇帝は、佳代ちゃんを、お嫁さんにしたくなりました。
「お前に広大な土地を与えよう」
「私は何もいりません」
 あるとき、佳代ちゃんは兵隊に捕まりました。
 佳代ちゃんは両腕と両脚をちょん切られ、さらしものにされて死にました。
 佳代ちゃんを殺したのは、皇帝の正妻でした。

 あるとき佳代ちゃんは、オリンポスの森に暮らすニンフでした。
 神々の王ゼウスが佳代ちゃんを溺愛すると、黄金の御座に座るヘラが嫉妬しました。
 ヘラは佳代ちゃんに言いました。
「お前に良いものを与えよう。それは、お前を永遠の至福へと導くだろう」
「女神様。私は何もいりません」
 ヘラは佳代ちゃんの姿をゴキブリに変えました。
 ゴキブリになった佳代ちゃんは、百万回も生まれ、百万回も殺されたのです。

 空蟬の世を彷徨う佳代ちゃんは、ある日、スリッパで叩かれて、ゴミ袋の中に捨てられました。
 次の日も、また次の日も、佳代ちゃんはゴミ袋の中で眠り続けました。すると、どこからか陽気な歌声が聞こえてきたのです。

 真っ赤なお鼻の、トナカイさんは〜♪ リスナーの皆さん。路面が滑りやすくなっているので、運転にはくれぐれも御注意を……

 無残に身をくだかれた佳代ちゃんが、最後の力をふりしぼってゴミ袋から抜け出すと、そこは雪の降り積もるゴミ処理場でした。
 冷たい雪が心地よくて、佳代ちゃんは深い眠りにつきました。
 しばらくすると、「メリークリスマス!」と声が聞こえました。
 佳代ちゃんが目を覚ますと、サンタクロースが顔をのぞき込んでいました。
「サンタさん……」
「神様は君という存在を祝福し、どんな願いも叶えると言った。だから望みを言いなさい」
「どんなことでも良いのですか?」
「もちろんだ。莫大な財産、女王の権力、永遠の命でも良いと神様は言った」
「どれもいりません」
「なんと。では何を望む?」
「永遠の死をお与え下さい」
「それだけは無理だ」
「なぜ?」
「さあなぁ。神様の考えは、わしには分からん」
 佳代ちゃんが涙をこぼすと、サンタは言いました。
「でもな、神様が、君が喜ぶことをすると言っていたぞ」
「何をするのですか?」
「さあなぁ。知りたければ、神様に聞いてみればいい」
 サンタは彼女を橇に乗せて、神の御国へ向かいました。

 天国に到着すると、佳代ちゃんは神様に会うことを許されました。
「神様。百万回も殺されたあげく、この世から消えることさえ許されない私が喜ぶ事とは何でしょうか?」
「私は失敗作をすべて焼き捨てることにした」
「と、おっしゃいますと?」
「人間を絶滅させるのだ。奴らは私の最高傑作を殺した。だから奴らを焼き尽くすのだ」
「人間が何を殺したと言うのですか?」
「ゴキブリだ」
「人間はゴキブリを害虫と思っているのです」
「ゴキブリは私が最も愛する生き物だ。彼らは世界中に菌を運び、死者の体を腐敗させて土にかえす。彼らはつらい仕事をする働き者だ。それを人間どもが殺したのだ」
 佳代ちゃんは神様に訴えました。
「神様。無知は罪ではありません」
「お前を百万回も殺した奴らが死ぬのだ。嬉しくないのか?」
「嬉しくなどありません。どうか人間を赦して下さい」
「だめだ。もう決めたのだ」
「以前神様は、どんな願いも叶えるとおっしゃいました」
「苺がのったケーキを与えたではないか」
「それで終わりですか? 神様はケチなんですね」
「神様に向かって、なんということ言うのだ!」
「サンタ! お前は黙っておれ! 娘よ。とにかく人間をゆるすことはできん。それ以外であれば、どんな願いも叶えてやるが」
「本当ですか?」
「もちろんだ」
「神様。私の願いは、あなたが死ぬことです」
 驚いたサンタが佳代ちゃんに駆けよりました。
「なにを言うのだ! 早く神様に赦しを乞うのだ!」
「退がれ! 老いぼれめ! よし娘よ。お前がどんな人間をも憐れむことができるなら、全ての人間をゆるしてやろう」
「わかりました。どんな人間でも憐れむと約束します」
 その言葉を聞いた神様は、もうすぐ処刑されるジル・ド・レの前に佳代ちゃんを降臨させたのです。

 時は西暦1440年。フランス西部セーヌ河畔にある広場で、公開処刑が行われようとしていました。
「奴は悪魔だ!」
「早く焼き殺せ!」
「地獄に落ちろ!」
 民衆の怒号が響くなか、柱に縛られた若きフランス王国元帥ジル・ド・レに向かって、司教(異端審問官)が罪状を読み上げていました。
「被告人は魔女を愛し、降霊術により彼女を蘇らせようとした。よって被告人を、悪魔崇拝ならびに異端の罪により、火あぶりの刑に処する」
「黙れ! 裏切り者め! ジャンヌは魔女なんかじゃない! 悪魔は貴様らの方だ! 貴様らが、彼女を罠にはめて火あぶりにしたのだ!」
 民衆から崇拝されるジャンヌ・ダルクは、教会にとって目障りな存在だったのです。
 司教は刑吏に刑の執行を命じました。
「よし。火をつけろ」
 刑吏がジルの足元に積まれた藁に向かって火矢を引いたそのとき、一人の少女がジルの前に忽然と姿を現しました。
「お前は誰だ?」
「あたしは佳代子といいます」
「なんの用だ?」
「あなたを憐れみたいのです」
「馬鹿なことをするな。殺されたいのか」
「死など怖くありません」
 佳代ちゃんが讃美歌を歌うと、司教が彼女を脅しました。
「それ以上歌えば、その男と一緒に燃やしてしまうぞ」
 佳代ちゃんが歌い続けると、司教は刑吏に命じました。
「あの娘を捕まえろ!」
 佳代ちゃんが柱に縛り付けられると、ジルは彼女の方を向いて問いかけました。
「なぜ私を憐れむのだ?」
「全ての人を憐れむと、神様に誓ったのです」
 すると司教が佳代ちゃんに向かって言いました。
「娘よ。その男は数百人もの児童を殺害した殺人鬼だ。子供を悪魔の生贄にして、ジャンヌ・ダルクを蘇らせようとしたのだ。嘘だと思うなら、その男に聞いてみろ」
 ジルは佳代ちゃんに言いました。
「奴が言ったことは真実だ」
「なぜ、そんなことをしたのですか?」
「敵と密約を交わした坊主どもが、ジャンヌに魔女という汚名を着せて火あぶりにした。彼女は私の目の前で焼き殺されたのだ。私は悪魔の力を借りてでも、彼女を生き返らせたかった。あの手にもう一度、触れたかったのだ」
「可哀想な人……」
 佳代ちゃんの目から涙がこぼれました。
「私は悪魔に魂を売った男だ。犯した罪は途方もなく重い」
「ならば、あたしがその罪を償いましょう」
「なぜだ?」
「それが、あたしの運命なのです」
「お嬢さん。あなたは偉大な人だ」
 司教は刑吏に佳代ちゃんの処刑を命じました。
「よし。娘から焼き殺せ」
 足元に積まれた藁に火が放たれ、佳代ちゃんが炎に包まれると、ジルが絶叫しました。
「おお! ジャンヌ! 俺の恋人よ!」
 ジルの足元に火が放たれると、彼は天に向かって叫びました。
「神よ! 彼女を救いたまえ!」
 すると黒い雲が空を覆い、あたりが急に暗くなりました。
 稲妻が空を切り裂き、落雷が木々をなぎ倒すと、広場に集まっていた人々は地にひれ伏しました。
 木々が燃えあがり、セーヌ河畔が地獄と化したそのとき、佳代ちゃんが天に向かって叫んだのです。
「神様! 人間を殺さないで下さい!」
 しかし落雷は一向におさまらず、人々は炎の中を逃げまどいました。
「神様! あたしが人間の罪を償います! 百万回殺さる運命を、百万回お与えください!」
 すると雨が滝のごとく降り始め、火は瞬く間に消えました。
 雨がやむと青空が広がり、もうもうとした蒸気の中から、ジルの遺体が姿を現しました。
 でも佳代ちゃんの遺体は、どこを探しても見つからなかったのです。

 おわり

神様と佳代ちゃんの戦い

執筆の狙い

作者 飼い猫ちゃりりん
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バッハのマタイ受難曲(フルトヴェングラー指揮)をYouTubeで聴きながら描いた作品です。
よろしくお願いします。

コメント

夜の雨
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「神様と佳代ちゃんの戦い」読みました。


こちらの作品は以前読んだことがあるのですが、後半が変わったのですかね。
前半は童話的な流れだったのですが、「西暦1440年。フランス西部セーヌ河畔にある広場の公開処刑」のエピソードで、内容が重厚になりました。
重厚といっても違和感はなくて、読みやすくてわかりよかったですが。
この転換が作品を深くしていますね。
前半部分のゴキブリと佳代ちゃん、それにサンタ、そこに神が関連してエピソードが展開していく流れも童話的で読ませる内容になっていましたが、大富豪やら皇帝、それに神々の王ゼウスという絡みがすべて相手方の嫉妬から佳代ちゃんは悲劇の主人公になりますが。

>ヘラは佳代ちゃんの姿をゴキブリに変えました。<
このあと、スリッパで叩かれてゴミ箱から雪の降り積もるゴミ処理場、そこで亡くなり再び神の御前というか、100万回の生き死にが描かれているような構成で恐れ入りました。
佳代ちゃんと神とのやり取りが結構深い会話でした。

>民衆の怒号が響くなか、柱に縛られた若きフランス王国元帥ジル・ド・レに向かって、司教(異端審問官)が罪状を読み上げていました。<
エピソード的には処刑の話がラストになりますが、ジャンヌ・ダルクと絡めるところが良いですね。
このジルとジャンヌのエピソードとかをどの程度創っているのかは知りませんが、そこに佳代ちゃんを絡めて、ラストに持っていくのはうまかった。

童話のように見せかけてありますが、後半部分の盛り上げで結構深い作品になっていると思います。

ちなみに「神様と佳代ちゃんの戦い」というタイトルですが、なるほどと思いました。まあ、あまりにもズバリすぎますが。


お疲れさまでした。

飼い猫ちゃりりん
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夜の雨様
以前投稿したものは、物語の後半の最初で、史実を紹介する説明文を入れていたのです。
でも、物語の流れが一旦中断するから、雰囲気を壊すし、流れが悪くなるので、物語と史実を融合させたのです。

実は「執筆のねらい」にジャンヌダルクが活躍したあたりの、つまり100年戦争の時代ですね、そのあたりの歴史を勉強してから読んで頂ければ、より楽しめると思います、と書こうとしたのですが、やめました。
皆さまもネタ集めでそのくらいの知識はあると思うし、史実なんて知らなくも楽しめる作品を書くことが作家の勤めだと思ったからです。
ただ、ジル・ド・レは超有名人なのに、彼に関する文献が非常に少ないため、「ジルドレって誰?」ってならないか心配です。
飼い猫は、ジョルジュ・バタイユの『悪の理論』で勉強したのですが、ちょっと皆様に紹介するには躊躇する内容でした。怖すぎる。

ありがとうございました。

ドリーム
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拝読いたしました。

主人公の佳代ちゃんは虫も(ゴキブリ)さえも殺すのは嫌う優しい人。
ここでは度を超していますが(笑)
そんな優しい女性が悲惨な目に合うとは。

佳代ちゃんは美人だから色んな人からプロボーズを受け
欲しいものはと問われても要らないと言う。
そんな女性が何度も殺されて生き返っての繰り返し。
仕舞いにはジャンヌ・ダルクまで登場、
少しハヤチメチャな部分もありましたが楽しめました。

飼い猫ちゃりりん
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ドリーム様
お読みいただき嬉しく思います。
童話からの………ジャンヌダルク、って展開ですから、はちゃめちゃもいいとこですね。笑
普通のストーリーなら善人は救われる。この物語では純粋で清らかな心を持つヒロインが、徹底的に迫害される。読者はなぜ?と思うでしょう。
でも神って、そーいうもんだと思うのです。
ありがとうございました。

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