千常の乱
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@ 【信濃国、藤原千常の乱を奏す】
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@ 長野県史より 日本紀略・後篇五
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1.決起
藤原氏最後の他氏排斥事件『安和の変』が起こったこの日。安和二年三月二十五日から二十六日にかけて、洛中は将門の乱以来の混乱状態に陥っていた。
内裏(だいり)の諸門は閉ざされ、衛門府の兵達が厳しく警備している。洛中には、何組もの検非違使の群れが走り回っており、怪しい者と見ると片っ端から捕らえて引っ立てて行く。
甲賀三郎からの報せを受け、危ういところで都を脱出した千方主従は、東山道を通って下野(しもつけ)に入り、千常が近頃本拠地としている小山(おやま)に向かった。
心に懸っているのは、長兄・千晴が捕らわれたと、甲賀三郎から聞かされた事である。兄を見捨てたと言う悔いが、千方の心に燻っでいる。一旦下野に戻って準備を整えた上で必ず助けに戻ると固く心に誓う。
朝鳥が迎えに出ていた。毎日そこに出て、いつ現れるとも知れない千方をずっと待っていたものと見える。
「良うご無事でお戻りになりました」
朝鳥は安堵の気持ちを全身で表して、千方を迎えた。休む間も無くひたすら駆けて来た千方一行は、見るからに疲れ果てていた。信濃で馬を替えたが、それ迄は、乗り潰さないぎりぎりの処で馬を操って来たのだ。
「やはり先に戻らせて頂いて良う御座いました。残っていれば、とんだ足手纏いになるところでした」
馬首を並べて、朝鳥が笑いながら言った。政情不安を肌で感じ、千常に文(ふみ)を届けると言う名目を立てて、千方は、朝鳥を坂東に帰していたのだ。
「読んでおったか」
千方もくすっと笑った。
「はい。そんなことより、少しも早くお舘へ。お疲れで御座いましょう」
「兄上はおいでか」
「はい、ご心配なさっておいでです」
朝鳥が答える。
朝鳥と共に舘に向かい、千方は 千常の居室に入った。
「申し訳御座いません。麿ひとり逃れて参りましたが、太郎(千晴)兄上は捕らわれたそうです」
そう言って、千常の前に千方は頭を下げる。千常は腕を組んで眉を寄せ、
「父上が恐れていたことが起きてしまったな」
陰鬱な表情を見せて、そう言った。千晴が京に向けて立つ前に、秀郷がどれほど用心して手を打っていたかを、二人とも良く知っている。大勢の郎等を千晴に付けたのも、高明(たかあきら)の従者としたことも、秀郷が摂関家を警戒した結果打った手なのである。
しかし、その当時は、千晴ばかりでなく、千常もそれほど深くは考えてはいなかった。どこかで、父の思い過ごしと軽く考えていた。それが、秀郷の死後、現実の危機として降り掛かって来たと言うことなのだ。
「我等が甘う御座いました。満仲と摂関家が手を結び、それぞれの敵を一挙に葬ったと言うことです。只、満仲が当初狙っていたのは麿なのです」
千方はそう思い、それに拘っていた。
「そんなことは、言ってみても仕方が無い。問題はこれからだ。太郎兄上をこのままには出来ぬ」
千常が言ったが、もちろん千方も同じ想いである。
「兄上。隠れ郷の者達と太郎兄上の元郎等、合わせて百。麿に預けて頂けませんか。太郎兄上をお助けして参ります」
千常の前に手を着き頭を下げて、千方がそう願い出た。二年前、高明の推す為平親皇の立太子が摂関家によって覆され、高明が力を失った時、千晴は郎等の多くを整理し、残った者達を千常に預かって貰っていたのだ。
「僅か百やそこらで出来る訳が無い。馬鹿なことを言うな。それに、万一出来たとして、高明様のお力を頼れぬ今、摂関家が黙ってはおらん。謀叛とされてしまうだろう」
逸る千方を千常は兄らしく諌める。
「では、指を咥えて見ているのですか。そればかりでは無く、このまま我慢しているようでは、いずれ摂関家の誰かに仕えなければ生きて行けないこととなりましょう」
そう強く千方は主張した。千常もそう思ってはいたのだが、それでどうするのかと言う結論は出せないまま過ごしていた。
「六郎。強かになりおったのう。摂関家に仕えることなど麿に出来ぬことを承知で申しておるな。第二の将門に成るしか無いと言うことか」
「いえ、将門のように滅びは致しません」
大きく首を振って、千方が千常を見据える。
「何か考えでも有ると言うのか」
と千常が聞いた。
「一挙に都を目指すのです。朝廷は直ぐに軍を興すことは出来ません。一挙に攻めればやれます。甲賀三郎殿の協力が得られれば、太郎兄上を救い出すことは出来ると思います。太郎兄上を救い出して、直ぐに取って返しますので、兄上はその間に軍備を整えて下さい」
謀叛まで進む覚悟を千方は見せた。
「祖真紀、六郎の策どう思う」
と、千常は祖真紀の意見を求める。
「郷の者全てを使えば、例え甲賀三郎殿の協力が無くとも、都の殿を救い出すことは出来ると思います。騎馬二百で都になだれ込み、混乱に乗じて牢を破ることは可能かと思います」
祖真紀も覚悟を示し、やり方次第で策が上手く行くと言う見通しを示した。
「ふ~ん」と言って、千常は腕を組み直す。
「どこまで戦えるかだな、その後」
と呟いた。
「策が御座います」
空かさず千方が言った。
「郷の者達は祖真紀に指揮を執って貰うのが一番良いが、こたびは麿が直接指揮を執り、祖真紀にはもっと重要な仕事をして貰います」
祖真紀が千方を注視し、千常が千方に尋ねる。
「それは何か?」
千常に答える前に、千方は祖真紀に策を伝えた。
「陸奥に行って安倍忠頼殿を口説いて貰いたい。日高見国を作る時が来たとな」
そして、千常の方に向いて続ける。
「朝廷の追討軍が道々兵を徴発しながらこちらにに向かっている間に、蝦夷軍が南下を始めたらどうなりましょう。今の朝廷に、もう一度対蝦夷戦争を始める力など無いことは明らかです。奥六郡の蝦夷は既に安倍が統一しております。そして、安倍の本音は、朝廷に支配されない蝦夷の国・日高見国を造ることです」
「しかし、そうこちらの思惑通り動いてくれるかのう、安倍が」
腕組みをした千常は、そう言って首を捻る。
「だからこそ、祖真紀に託したいのです。祖真紀と忠頼殿の間には特別な信頼関係が御座いますゆえ」
組んだ腕を解いた千常は大きく頷き、
「分かった。やってみよう。摂関家の犬などになれぬ。かと言って座して潰されるのを待つつもりも無い。戦うしか無いな。六郎、麿も行くぞ」
千常はやる気満々である。それに対して千方が、
「兄上には、兵を募って頂かねばなりません。下野に残って下さい」
と依頼する。千常は、
「馬鹿を申すな。こんな面白いこと見物などしておられるか。朝鳥、兵はそのほうが募っておけ。取り敢えず、郎等をあと百、都合二百で攻め上る」
徴兵を朝鳥に押し付け、千常は自ら出陣する気である。
「兵を募るのは文脩(ふみなが)様にお命じ下さい」
朝鳥とて、戦いに明け暮れて来た猛者である。留守番など御免だと言わんばかりに、千常に詰め寄った。
「文脩は、まだ元服したばかりじゃ。名目上任せるとしても、やはりそのほうには残ってもらわねばならぬ」
千常も千方同様朝鳥の身を案じているのだ。
「文脩様の守役がおります」
朝鳥は引かない。
「兵を集める事も糧食を集める事も、戦の趨勢を左右する大事な段取りだ。朝鳥。父上の代から何度も戦を経験して、全て分かっているそのほうにしか任せられんのじゃ」
朝鳥を見詰め、千常が熱を込めて説得する。暫く黙っていたが、やがて朝鳥は
「分かり申した」
と渋々承知した。
祖真紀は、一度隠れ郷へ戻り、六十人の郷の者達を引き連れて戻って来た。その中には、祖真紀の嫡男・日高丸の姿も有った。千方は、千常が引き取った元・千晴の郎等達を集め、千晴を救出する為に都に行くこと、命を失う可能性は低く無いことを伝えた上で、それでも行くと言う者は居るかと問うた。全員が行くと答え、それぞれに意気込みを示した。祖真紀は、自身で郷の者達に作戦の概要を伝え、日高丸に覚悟を迫った。
夕刻、千常、千方、祖真紀、朝鳥の四人が酒(ささ)を酌み交わしている。
「下野藤原が滅びるか、生き残るかの正念場だ」
千常が重々しく言った。
「甲賀三郎殿の協力が得られるか、安倍忠頼殿が立ってくれるか、いずれも裏付けの無いこと。申し訳有りません」
千方はそう言って頭を下げる。
「確かな事は何も無いが、突然のこと、やむを得まい。今立たねば、摂関家の門前に馬を繋ぐことになる。それだけは死んでも嫌だからな」
そう言って千常はニヤリと笑った。『五郎兄上は昔と少しも変わっていないな』と千方は思う。
「昔、田沼の舘で父上に聞かれたことが有りました。どう言う話の流れからだったかは覚えておりませんが、『坂東を纏めることが出来たとして、その後はどうする?』と父上は仰せになりました。麿は、安倍が蝦夷を束ねておれば、安倍と連携を取ります、と答えました。坂東を纏めるなど今となっては夢のような話ですが、安倍は奥六郡の蝦夷を纏めることに成功しています。そして、忠頼殿の望が日高見国を造ることにあることを知っています。祖真紀。それに違い無いであろう」
そう祖真紀に確認する。
「はい、確かにその通りで。本来、浮囚(ふしゅう)などと蔑まれ、ただ、従っているだけの男では御座いません」
祖真紀は、忠頼を良く知っている。
「忠頼殿は既に『奥六郡』の統治に自信を持っている。切掛けが有れば立つ。麿はそう見ているのです。そして、忠頼殿を口説けるのは、義兄である祖真紀を置いて他に居りません」
千方は熱を込めて千常に説明する。
「そうか、立ってくれれば鬼に金棒。口説いてみる価値は有るな。祖真紀頼むぞ」
酒を一口グイと飲み干した千常が、祖真紀に言った。
「魂の叫びを以て口説きます」
祖真紀も酒を一口飲み干し、千常に答えた。
「明日、我等は都に向けて、祖真紀は陸奥に向けて立つ。朝鳥、文脩と共に兵を集めてくれ、頼むぞ」
「かしこまりました」
朝鳥は、静かに応じた。
2.信濃騒乱
まだ寒さが残る坂東の野を、千方は千常と共に二百の騎馬隊を率いて西へ進んでいる。頬に当たる風は冷たいが、駆け続けているうちに体が熱を持ち、その冷たさが心地好く感じるようになっている。二十数年前、大軍を率いて坂東の地を駆けた男のことを千方は考えていた。今自分は、将門と同じように、朝廷に対して牙を剥こうとしている。『朝敵』と言う言葉が頭を過る。だが、帝(みかど)に敵対しようなどと言う気持ちは全く無い。自分が憎しみを感じている相手は、摂関家と満仲兄弟である。しかし、摂関家に逆らうことは、今や朝敵となることに等しいのだ。この国の真の主(あるじ)は随分昔から帝では無く藤原であり、今は、その中の摂関家であると思う。
なぜ藤原摂関家は、実質この国最高の権力者である姿を隠し、黒子のように陰から帝を操ろうとするのか。その疑問に対する答のひとつが、摂関家に楯突くことすなわち朝敵と成ってしまうと言うことにある。朝敵と言う名を被せる事により、藤原に対する敵の攻撃を躱し、征伐という大義を掲げて朝廷の名で敵を討つ事が出来る。この構造を簑虫の簑のように使って、摂関家に対する攻撃を朝廷に対する攻撃と巧みにすり替えて来たのだと分かる。新皇と名乗った将門ですら、帝に逆らおうなどとは考えていなかったのではないか。そう思えた。
いずれにしろ、失敗すれば千方の首は、千常と並んで四条河原に曝されることになる。だが、もうやるしか無いと覚悟は決めた。
『勝ち目は有る』そう思った。
事情を知らぬ下野の民達は何事かと思いながらも、この一隊を黙って見送るのみだ。それは、上野に入っても変わらなかったが、上野では国庁に多くの報告が寄せられた。だが、上野の国衙(こくが)が対応を迷っているうちに、千常らは上野を駆け抜けてしまっていた。
平将門。その名は幼い頃の千方に取って、父・秀郷が討った謀叛人、朝敵と言うだけのものでしか無かった。十四の時、下野の隠れ郷に連れて行かれてから、郎等である朝鳥が、将門を単に謀叛人としてだけ見ている訳では無いことに、始めは違和感を覚えた。単純に朝廷こそが正義と思っていた考えに初めて疑問が湧いて来た。朝廷に賞されて出世した筈の父・秀郷自身がそう思っていないことが朝鳥や千常の言動から読み取れたからだ。
秀郷と将門は元々敵対する存在では無く、成り行きで立場が別れただけであり、将門と秀郷の立場が入れ替わっていたとしても何の不思議も無かったのだ。都から派遣されて来る受領(ずりょう)の収奪に対する怨嗟の声が、坂東の民の根底に有る。土豪層の、公卿(くぎょう)達、特に藤原摂関家の者達に対する反発も共通するものが有った。ただ、目指す処の政治の形に違いが有り、将門と秀郷は、互いに相容れなかっただけなのだ。そして今、朝廷そのものとも言える摂関家に対して、千方は将門と同じように、弓を引こうとしている。
東山道は中路である。三十里(約十六キロメートル)ごとに駅馬(はゆま)十匹を備えた駅家(うまや)が置かれていた。
信濃に入り、長倉駅、清水駅を越え進撃する。ところが日理(わたり)駅に係る頃、俄作りの木製の仮柵で、街道が塞がれていた。
「我等が来ることを知っての封鎖で御座いましょうか」
右手を挙げて隊列を止めてから、千方が千常に問うた。
「間違い有るまい。信濃守・平維茂(たいらのこれもち)が出張って来ているのか。面倒だな」
千常はそう言って路の先の方に見える柵の方に視線を送った。
信濃守・平維茂は平貞盛の養子だが、貞盛は多くの養子を取ってきたので十五番目の子ということになり、後に余五将軍と呼ばれるようになる男だ。『余五』とは、拾と余り五、すなわち『十五』を意味する。実の父は貞盛の弟・繁盛である。
貞盛と下野藤原家は良い関係にあったが、実父・繁盛同様、維茂は下野藤原を日頃から良く思っていなかった。
千方らが都から逃走した後、望月貞義の所へ寄って、甲賀から乗って来た馬を替えていたことを掴んでいた。そしてその後、公(おおやけ)の手配では無いが、源満仲から千方捕縛の依頼を密かに受けていた。そこで維茂は、自分に近い土豪達を集める一方、下野に細作(さいさく)を放って様子を探らせていたのだ。千方、千常らの出陣は把握されていた。
千方は、千常の郎等達と元・千晴の郎等達を後ろに下げ、祖真紀配下の者達を前に出した。
「日高丸」
と千方が呼んだ。
「はっ」
日高丸は力強く返事する。
「初陣であろう」
「はいっ」
「良いか。これから、麿と郷の者達であの柵を取っ払う。まず、矢を射掛けて敵が怯んだ処を見計らって突っ込み、下馬して素早く柵を取り除く。良いな。柵に掛かる者は十人で良い。後の者は援護に回れ」
祖真紀一党に対して千方が指示する。
「はいっ」
日高丸が緊張しているのが見て取れた。
「夜叉丸。日高丸にびったり着いて離れるな」
千方が夜叉丸に指示する。
「分かりました」
夜叉丸が答える。千方が、その腕を最も信頼を置いている郎等である。千方も夜叉丸も十五歳の頃に経験した陸奥での戦いを思い起こしていた。
「六郎。ここは任せる。麿は郎等達と様子を見、開いたら一気に駆け抜けるぞ」
千常が逸る馬を制しながら言った。
「はい。そのようにお願いします」
千方は指を挙げ、風を読んだ。幸い追い風である。
「はっ!」と言う掛け声と共に千方と郷の者達の馬が一斉に駆け出す。
「射掛けよ!」
千方の号令と共に騎射が始まり、柵からも応射して来た。祖真紀一党の狙いは恐ろしく正確である。柵を挟んでいるにも関わらず、柵の間をすり抜けて矢は的確に敵を射抜いて行く。暫しの矢合戦の後、敵は崩れ始めた。
「今だ、突っ込め!」
千方は先頭を切って駆け、駆けながら射た。夜叉丸、日高丸、秋天丸、鷹丸、鳶丸らが続き、祖真紀一党が続く。柵の手前で馬を止め大半が騎射を続ける中、十人ほどが飛び下り仮柵を崩しに掛かる。柵が三分の一ほど撤去された処で、
「蹴散らせ!」
と千常が号令を発した。
残り百六十の騎馬隊が突撃を開始する。国府側はたまらず逃走する羽目となった。
「深追いするな! 怪我人の手当てをせよ」
千方が指示する。
「どうする。六郎」
馬を寄せて来て、千常が尋ねた。
「一旦逃走したとは言え、このままでは済みますまい。態勢を立て直してまた襲って来るのは必定。信濃路はまだ長い。ここで時を費やす訳には参りません。望月殿の力を頼み、滋野三家を味方に付け、一挙に駆け抜けるしか御座いますまい」
千方はそう答える。
「六郎。頼もしくなったのう。武蔵から連れて来た頃のひ弱なわっぱとは別人のようだ」
感慨深げな千常に、千方が苦笑いをした。
「兄上のお陰です。こんなことを申し上げると、また殴られましょうか」
と、笑いながら聞く。
「戯け。殴る方も拳が痛いのじゃ。もたもたしている暇は無い。行くと決めたら、直ぐにでも望月の舘に参るぞ。必ず味方してくれるとは限らん。油断するな」
千常はそう言って、鷹丸を先に走らせた。
舘の前まで貞義が迎えに出ていた。
「千常の殿には始めてお目に掛かりますが、千方殿には、その節は大変お世話になりました」
貞義が丁寧に頭を下げた。近江国・甲賀郡の郡司と成って赴任した兼家に代わって、信濃望月家は、弟であり貞義の父である兼貞が継いだ。ところがその兼貞が早世してしまった。そこで、子の貞義が継ぐことになったのだが、それに不満な伯父の兼光が貞義を殺して跡目を奪おうとしたのだ。兼家はその情報を察知していたが、当時、動きが取れなかった。そこで、旧知の秀郷に解決を依頼した。秀郷にこの件の解決を任された千方が策を用いて兼光を捕らえ、騒動を収めていた。
「こちらこそ、下野に戻る際にはお世話になり申した」
挨拶が済むか済まないかの間に、貞義が急に表情を引き締めた。
「実は、急ぎ申し上げなければならないことが御座います。ついさっき、甲賀から早馬にて報せが有りました。申し上げ難いことですが、千晴様は既に隠岐に流されたそうです」
思わず、千方と千常は無言で顔を見合わせた。少しの間、誰も言葉を発しなかった。まずは都を急襲し、素早く千晴を助け出し下野に戻る。その上で改めて軍備を整え、安倍の決起を待つ。その根本方針が崩れてしまったのだ。千晴が流罪になってしまった以上、たった二百騎で都に上ってみても仕方が無い。
「兄上。一旦下野に退くと致しましょうか」
そう言った。
「うん。そうする他あるまいな」
千常も同意する他無い。
「退くにしても、まずは、舘で暫しお休み下さい」
貞義が言った。
「貞義殿。我等は既に信濃守と矢を交えてしまっている。お舘に入れば、命(みこと)にも類が及ぶことになる。一味としてな」
千方の言葉に、
「既に目は付けられております」
と貞義が答える。
「まだ、言い訳は立ちましょう。過日は、事情も知らず、知り合いの誼みで頼まれて馬を貸しただけ、訪ねて来たが断った。そう言えば良い」
「麿は受けた恩を忘れるような人間にはなりとう御座いません。あの折、千方殿の助けが無ければ殺されていた身です」
貞義の気持ちを千方は嬉しく思ったが、
「今の世でそんなことを言っていたら早死にするだけ。お気持ちは嬉しいが、巻き添えには出来ません。それに、今、お舘に入らせて頂いたとしても、状況が変わる訳ではありません。このまま引き揚げます」
と重ねて舘で休息することを辞退した。
「左様ですか。ならば、お気を付けて」
「そうと決まれば、長居は無用。行くぞ」
千常がそう声を掛けた。
「元々貞義を巻き込むつもりでは無かったのか」
駆けながら千常が言った。
「状況が変わりました。引き込むとしても今はその時ではありません。我等が引き揚げた後貞義殿が咎を受ければ、誰に取っても得は有りません。勝つ目処が立ったらまた誘いましょう」
「祖真紀が安倍を口説き落とせるか。全てはそこに掛かって来たな」
そう言ったが、千常は、果たして祖真紀が安倍を口説けるかと言う不安を拭えていない。
「はい」
千方も想いは同じであった。
望月の舘を後にして半時も経たない頃、砂埃を上げて早駆けして来る一頭の馬が有った。気付いた千方が、右手を挙げて隊列を止める。
「何事で御座いましょうか」
と千常に聞く。
「望月に何事か有ったな」
追い付いて来て、馬から飛び降りた郎等風の男。千常の馬の側に跪き、
「手前、望月貞義が郎等・小出昭義と申す者。足をお止めして申し訳御座いません」
と言上する。
「何事か?」
と聞く千常に、
「舘が国府方の兵に取り囲まれております」
と答えた。
「我等が居ると思うてのことであろう。おらぬと言えば済むであろう」
千常がそう答える。
「恐れながら、平維茂は、生易しい男では御座いません。一度疑えば痛め付けてでも吐かそうとするに違いありません」
郎等はそう必死に訴えた。
「見殺しには出来ません。兄上、戻りましょう」
千方が言った。そして、
「やむを得ぬ。皆の者! 引き返すぞ。望月の舘が囲まれておる。助けに参る。祖真紀の一党は前へ」
と命じる。
疾駆して行くと、なるほど舘はしっかりと囲まれていた。
こちらは、信濃守・平維茂。守りを固めて出て来ない貞義に業を煮やして、火矢でも射掛けてやろうかと思っていた。その時、背後に馬蹄の響きを聞いた。
「後ろだ! 敵が後ろから来るぞ。備えよ」
と声を限りに叫んだ。兵達に動揺が走る。先程、正確な騎射で痛い目に遭っている。今度は柵さえ無いのだ。動揺が恐怖心に変わった。
その様子見て取った貞義が、門を開いて撃って出る。挟み撃ちにされた国府側は、たまらず、国衙(こくが)とは反対方向の南に向かって逃走した。
戦わずして勝つことが出来た。
「これで、頼まずとも望月を味方に出来たな」
逃げ去って行く国府軍を遠目で見ながら、千常が千方に言った。
千方、千常、貞義が舘の中で顔を付き合わせている。
「巻き込んでしまったようですな」
千常が貞義に言った。
「いえ、やむを得ない成り行きでした。それよりも、お助け頂き有り難う御座いました」
「信濃も駆け抜けるつもりであったが、思わぬ抵抗を受けた。恐らくは上野から逸早く早馬が跳んだものと見える。直ぐに集められる人数で待ち伏せたのであろう。あんな柵まで用意していたとはな、平維茂、油断のならぬ男じゃな」
「仰せの通り」
と貞義が答える。
「処で」
と千方が口を挟んだ。
「我等を呼びに来た者は、良く抜け出せたものですな」
と、尋ねた。
「囲まれる前、国府方がこちらに向かっているとの報せが入った段階で、直ぐに外に出しました」
との、貞義の答えに納得し、
「なるほど」
と頷く。
「維茂は今頃盛んに兵を集めていることでしょう。次は簡単には参らぬと思います」
そう言って貞義は腕組みをし、眉根を寄せた。
「ご案じ召さるな。我等が率いて来ている祖真紀一党の者達は、例え数倍の敵であっても戦える者達じゃ」
千常は微笑んでそう言った。
「心強うは御座いますが、いつまで持ち堪えられましょうか」
貞義は尚も不安げである。
「六郎。話すしか有るまい」
そう言って千常が千方を見た。
「貞義殿。お覚悟をお願いしたい」
千方がそう切り出す。
「既にご承知のように、我等の私君・源高明様が摂関家の罠に嵌まり失脚し、我が家の長兄・千晴も、隠岐に流されました。摂関家は元々、忠平の時代より我が家を潰そうと虎視眈々と狙っております。父の用心深さと高明様のお力のお陰で今まで逃れて参りましたが、先帝の突然の崩御以降摂関家が息を吹き替えし、高明様共々、兄も罠に嵌まってしまいました。
兄だけでは無く、次には我等も潰しに掛かって来ることでしょう。黙って潰される訳には参りません。摂関家がでっち上げた絵図は、高明様が為平親王様を擁して東国に逃れ、謀叛を企てると言うものです。もちろんそんな企てなど有りません。しかし、こうなったならば、その通りにやってやろうではないか。それが、我等の考えです」
そう言って、千方は貞義の目を見詰めた。
「謀叛を起こそうと言うのですか!」
貞義は驚いて声を上げる。
「摂関家はそう言うでしょう。しかし、我等が目指しているのは、朝堂から摂関家を排除し、高明様を始め兄達を都に戻して、為平親王様を皇太弟として戴くと言うもの。帝や朝廷に楯突くつもりなど毛頭有りません。だが、摂関家を排除する迄は、謀叛人、朝敵と呼ばれることになりますでしょう」
「軍も起こさず、この人数でそれをやろうと言うのですか?」
貞義は『正気の沙汰では無い』とでも言いたげである。
「下野では、千国、千種の兄達も兵を集めているところ。将門も、もっと素早く動けば、承平の乱の結果は変わっていたと思う。朝廷は、討伐軍を整える迄に多くの日を費やさねばならぬ。その暇を与えないことが肝要。将門は、素早く上洛しなかった為に、朝廷が様々な手を打つ時を与えてしまったと言うことです」
そう言って千常が貞義を見詰める。
「我が家も下野藤原家も将門と戦った家柄ではありませんか」
我らは元々朝敵を討った側ではないか、と貞義は言いたいのだ。朝敵と呼ばれることへの拘りが捨て切れない。
「確かにその通りですが、こたびは兵(つわもの)同士が戦うようなことにはしたく無いのです。兵(つわもの)同士が血を流して戦い、公卿共は手も汚さず都でのうのうとしている、そんな戦いは御免だ。財と権力が無ければ、あの者達はひ弱で哀れな存在でしかないのです。その財と権力を振るう暇を与えず、とどめを刺す。それが一番と思いませんか」
貞義の迷いは振り切って置かなければならないと千方は強く思い、熱っぽく迫った。
「言うは易いが、なかなか、そう簡単には」
貞義は溜息を突く。
「甲賀三郎殿のお力をお借り出来れば可能です。都の状況を報せて頂き、死角を突いて潜入します」
甲賀三郎の力を借りる為には、貞義を完全に味方に付ける必要が有る。
「乗るしかありますまいな。その話に。甲賀の伯父には使いを立てましょう」
貞義は改めて覚悟を決めたようだ。
「かたじけない」
千方は明るく礼を言ったが、貞義の表情は暗かった。
「貞義殿。今の話だけでは不安で御座ろう。だが、我等には、別に秘策が御座る。まだ申し上げられませんが、それが上手く行けば、朝廷は震るえ上がることでしょう。麿は上手く行くと思っています」
と告げる。貞義は口元を引き締め、頷いた。
「信じましょう」
「もうひとつお願いが御座います」
千方は、ここぞとばかり話を進める。
「滋野三家の結束ですな」
「はい」
「それはお任せ下さい」
と、貞義はそれも引き受けた。
滋野氏は『滋野』を氏の名とする氏族で、信濃国・小県郡に住んだ一族であり、姓は朝臣である。
承平八年、平将門に追われ東山道を京に脱出しようとした平貞盛が、二月二十九日に追撃してきた将門の軍勢百騎と信濃国分寺付近で戦った。このとき貞盛は、信濃国・海野古城を拠点とする滋野氏の許に立ち寄っており、滋野氏のみならず小県郡司・他田真樹らの信濃国衙の関係者達も貞盛に加勢したが将門軍に破れた。この当時の滋野氏は信濃国内の御牧全体を統括する牧監であった。
信濃守の待ち伏せを受けたことは想定外であり、速攻作戦に支障を来したことは確かだ。平維茂は更に兵を募っていることだろう。しかし、滋野三家を味方に出来れば十分対抗出来る。また、時を費やすことになるが、下野での徴兵や、陸奥の安倍の挙兵を待つ方向に作戦を修正することは出来る。千方はそう考えた。朝廷が討伐軍を起こす為には、更に数倍の日数を要するはずである。
翌日、朝早くから出掛けていた貞義が夕刻近くなって舘に戻った。千常に提供した居室を訪れ、千方も呼ばれた。
「根津、海野の助力を取り付けて参りました。ご安堵下さい」
貞義は吹っ切れたような笑顔を見せた。
3.忠頼の想い
安和二年四月九日は西暦では四月二十八日に当たる。雪解け水が急流となって、川ばかりでは無く澤や街道の溝をも激しく流れ下っている。まだ冷たく頬に張り付く空気の中、柔らかな陽の光を浴びて祖真紀と犬丸は胆沢(いさわ)に向かっている。
祖真紀に取って久し振りの陸奥ではあるが、感傷に浸る余裕は無い。安倍忠頼を口説き落として、決起を促さなければならない。失敗すれば下野藤原家が滅亡することになるだろう。
確かに、忠頼は大和朝廷に支配されることのない蝦夷の国・日高見国を造ることを夢見ている。だが、実質的には既に自治を実現しており、面從腹背で実力を蓄えることに専念しているのだ。いきなり言われて、今、立つだろうか? 立つべき理由、今でなければならない理由をどう説くか、胆沢を目の前にした今も、祖真紀の中でそれがまだ定まっていない。
事が成就すれば、忠頼を陸奥守、若しくは鎮守府将軍に任じて貰うよう千晴を通じて高明に強く働き掛けるつもり、と千方は言った。実質的な自治を確保しているとは言っても、国府や鎮守府の役人達からは、俘囚と呼ばれて蔑まれている。忍耐していることも多い筈だ。国司として公的な管理者の立場に立てるとすれば、蝦夷に取って、権利の面だけでは無く心持ちの上でも魅力的な話ではある筈だ。だが、これは千方の想いであり、高明の約束では無い。事が成就して高明が復権しなければ、ただの空約束でしか無い。どれ程の説得力を持つだろうかと不安が過る。忠頼が千方を信じ、千方に賭けてみようと思ってくれること。それしか無いと祖真紀は思った。
一ノ関を越え、衣川を見渡せる辺りまで来ると、流れが二俣に別れる先に集落が見える。川向こうには手前に田畑が広がり、奥の山沿いに竪穴住居の屋根が連なっている。山々の手前には、三十丈(九十メートル)ほどの小山がひとつ有り、頂上に繁る木々の間から、そこに舘が在るのが見て取れる。衣川安倍舘(現・奥州市衣川区石神)である。
館の有る小山の背後から西に掛けては深い山が連なっている。安倍忠頼が築いた山上の舘だ。衣川が天然の堀の役割を果たし、南からの敵に対しては、あたかも堀に囲まれた後世の山城のような防御の固さを見せている。国府である多賀城から兵を出しても、そう簡単には攻め切れないだろう。だが、蝦夷を管理する為に置かれた胆沢城は安倍舘から見て地続きの北(現・岩手県奥州市水沢区佐倉河字九蔵田)に有る。
延暦二十一年、坂上田村麻呂に寄って胆沢城が造営されると、多賀城から胆沢城へと鎮守府が移された。この移転頃から機構整備も積極的に進められ、その後鎮守府の定員は、将軍一名、軍監(ぐんげん)一名、軍曹二名、医師、弩師(どし)(弩(いしゆみ)の射撃技術にすぐれ、それを兵士に教える者)各一名と定められた。移転後の鎮守府は、多賀城に有る陸奥国府と併存した形でいわば第二の国府のような役割を担い、胆沢の地(現・岩手県南部一帯)を治めていた。
元来、鎮守将軍は、陸奥国と出羽国の両国に駐屯する兵士を指揮し、平時に於ける只一人の将軍として両国の北方に居た蝦夷と対峙し両国の防衛を統括した。管轄地域の一部を同じくする陸奥守や陸奥按察使(あぜち)が鎮守将軍を兼ね、政軍両権を併せることも屡々あった。
この頃の鎮守府の性格は平常時での統治であり、非常時の征討では無くなっている。更にこの後、陸奥鎮守府は一旦実質的に機能しなくなって行くのだ。そんな状況で、北に鎮守府、南に国府・多賀城と朝廷の行政府に挟まれてはいるが、忠頼は窮屈さなど微塵も感じてはいない。むしろ、安倍に多賀城への路を塞がれることを恐れているのは鎮守府の方だった。
この時の鎮守府将軍は、藤原文信(ふじわらの のりあきら)である。蝦夷は安倍が抑えているので、騒動の鎮圧に当たることはほぼ無い。安倍自身が鎮守府に逆らうような素振りが無いか。不満を溜め込んでいる様子は無いかなど観察することが大きな仕事となっている。今の鎮守府の兵力では、安倍が本気で反乱を起こしたりしたら、とても防げない。多賀城から応援が来る前に鎮守府が滅んでしまうと言うような事態さえ考えられるのだ。かと言って蝦夷に対して、下手に出る訳には行かない。朝廷の出先である以上、威厳を持って上から接しなければならない。文信はそう考えていた。
衣川(南股川)の堤に着くと、祖真紀は、馬上から大きく両手を振った。事前に連絡を取っている訳では無い。そちらに渡りたい者だと言う意思表示をしているに過ぎない。
小山の上に安倍舘を建てた頃、忠頼は衣川に浮き橋を作った。小舟を縄でしっかりと繋ぎ、その上に丸太を並べた橋である。敵が現れた時には縄を切って流してしまう。ただ、手前で切り離してしまうと舟が敵方に渡ってしまうので、対岸まで行ってそこを切り離さなければならない。浮き橋は、和歌でも有名な『佐野の浮き橋』の話を千方から聞いた忠頼が、それを元に作ったものである。馬が恐がらないように注意しながら、祖真紀と犬丸は浮き橋を渡った。
「おお、これは、古能代様、いや、今は祖真紀様でしたな。良うおいでなさった」
祖真紀を認めると、顔見知りの安倍の郎等が声を上げた。そして、
「お館様にお知らせして参れ」
と、もうひとりの郎等に向かって指示する。言われた郎等は、馬に飛び乗って走り去って行く。
「義兄上(あにうえ)、良う参られた」
広間で祖真紀らと対した忠頼が、そう言った後二人を見回す。千方と同行してこの舘に滞在した後祖真紀は、下野の郷の若者達数人ずつを連れて数度この館を訪れている。その際、犬丸も同行していた。
下野の隠れ郷は、数代に渡り狭い郷の中での婚姻が繰り返されて来た為、血に悪い影響が出て来ていると考え、祖真紀を継いだ後、他からの血を入れようと、忠頼に頼み込んで若者を預かって貰っているのだ。下野に妻(め)を連れ帰った者も居るし、そのままここに留まって忠頼の郎等の婿に成った者も居る。この試みは、いわば留学のような役割も果たしており、安倍式の兵の鍛練法を体験したり、戦法を学んだりすると言う点でも、下野の郷に利益を齎している。
祖真紀と犬丸の二人だけなのを見て、忠頼は、今回の来訪の目的は何なのかと思った。
「郷の者共がお世話になっており感謝しております。それから、小鷺も子らも健やかに暮らしておりますゆえご安心を」
と、祖真紀が忠頼に挨拶する。
「姉上もご健勝ですか。それは何より。日高も高見も大きくなっているでありましょうな」
和やかな笑顔を見せて、忠頼が応じる。
「日高丸はこの度、六郎様の許で初陣を果たしております」
祖真紀がそう報告した。
「初陣?」
忠頼は少し驚いたようだ。
「はい。どこ迄ご存知かは分かりませんが、この度、朝廷では大きな動きが有りました」
祖真紀が訪問の主旨を言おうとしていると、忠頼は気付いた。
「実頼様が関白に成られたそうですな」
そう振ってみる。
「はい。問題はその後で、下野藤原家の浮沈に関わる事態に発展したのです」
祖真紀がそう話し始めた。
「ふん」
と、忠頼が身を乗り出す。
「六郎様の兄上・千晴様が私君と仰ぐ左大臣・源高明様が、摂関家の罠に嵌まって失脚し、千晴様も濡れ衣を着せられて捕縛されました」
聞いた忠頼の表情が険しくなる。忠頼はそこまでの情報は掴んでいなかった。
「それは、容易ならざる事態で。確か、千方様も都に居らしたと聞いていましたが」
と千方の身を案じる。
「六郎様はご無事です。寸前に都を脱出し、下野に戻られました」
頷いた忠頼は、この場で聞く話では無いと判断した。
「義兄上、この場では何だ。続きは我が居室で伺いましょう」
と立ち上がる。祖真紀も、居並ぶ郎等達の人払いを頼もうと思っていた処だった。
「こたびのご来訪の目的は、大凡察しが付きました」
居室で祖真紀と二人のみ対した忠頼は、そう切り出した。
「下野に戻られた六郎様は、二百ほどの郎等を率い、直ぐさま千晴様の救出の為都に向かわれました。下野では兵を募っており、兵が集まり次第都に向けて進撃する予定です。朝廷、つまりは摂関家ですが、その準備が整う前に事を決しようと言うことです。しかし、摂関家の誘いに乗った者達が敵に回れば、事は難しくなります」
少し乗り出していた身を、忠頼が引いた。
「そこで、我らにも決起して欲しいと言うことですか?」
忠頼はズバリ祖真紀に尋ねた。
「仰せの通りです。突然で無理なお願いとは思いますが、ご支援を得られるかどうかが、下野藤原の存亡を決めると言っても過言ではありません」
忠頼は腕組みをし、目を閉じた。三つ数える間ほどの間を空けた後、目を開けると、
「義兄上もご承知の通り、なるほど、吾の究極の想いは日高見国を作ることにあります。その為に、いつ大和と手切れになっても対応出来る態勢を作り上げようと心掛けて来ました。鎮守府は直ぐにでも占領出来るでしょう。多賀城も攻め落とす自信は有ります。『陸奥のことは、陸奥で処理するように』と言うのが今の朝廷の方針ですから、それは、我等に取っては好都合と言えます。ですが、厄介なのは朝廷のもうひとつの基本方針である『夷を以って夷を征す』と言うものです。今の吾が動かすことが出来るのは、奥六郡、すなわち、胆沢(いさわ)、江刺、和賀(わか)、紫波(しわ)、稗貫(ひえぬき)、岩手の六郡(現・岩手県奥州市から盛岡市に掛けての地域に当たる)の蝦夷のみです。北に付いては徐々に手を広げており、津軽、下北辺り迄、遠からず我等に従うことになるでしょう。だが、問題は西と南に有ります。
出羽で力を持っている清原。この清原が国府方に着けば面倒なことになる。また、蝦夷では無いが、会津には僧兵数千を抱える慧日寺(えにちじ)と言う勢力が有ります。これまた敵に回すと面倒なことになる。だが、朝廷がこれらを取り込むには時が掛かるでしょう。一気に南下してしまえば、突破は出来るだろうが、特に清原に背後を衝かれるのは危険です。だから、清原と折り合いを付けるまでは、迂闊に事を起こせぬと思っています」
祖真紀は深い溜息をついた。
「やはり無理で御座るか」
『魂を以て忠頼を説得する』と千方には約束したが、忠頼の事情を聞けば、無理を言う事も出来ない。祖真紀の表情に苦悩の色が浮かんだ。ここで鎮守府将軍や陸奥守に任じる意向が有るなどと切り出すのは、忠頼を軽く見ていると言う印象を与えるだけで、何の効果も生まないだろうと思った。かと言って、千方が大きな期待を持って任せてくれた策が『駄目でした』と言って帰る訳には行かない。祖真紀は暫く次の言葉を出せなかった。
「義兄上。千方様はどんな条件を出されたのですか? 条件も無しに、ただ説き伏せろと申された訳では御座いますまい」
逆に忠頼に聞かれた。
「確かに」
そう言って祖真紀が頷く。そして、こう続けた。
「……ですが、それで忠頼殿を説得出来るとは正直、思っていなかった。高明様と千晴様を救出し、高明様が左大臣に返り咲き、為平親王様が東宮と成られた暁には、忠頼殿を陸奥守若しくは鎮守府将軍に任じて頂くよう、千晴様を通じて高明様に願い出ると言うものです。全てはタラレバ。回りくどいだけで何の裏付けも無い条件です」
祖真紀が力無く笑う。
「ふふっ」
と忠頼も笑った。
「六郎様のお気持ちに嘘が有るとは思いませんが、まことに雲を掴むような話ですな」
「確かに」
祖真紀は観念したように目を閉じる。
「下野藤原の窮状を知った時は、何としても忠頼殿を説得すると意気込んだ。だが、この地に向かう徒然考えてみたが、忠頼殿の立場を考えれば、こちらの都合を押し付けるような事も出来ぬような気がして来ていたのだ。……かと言って、下野藤原が滅びるのをただ見ている訳にも行かん……。どうしたものか正直分からんのよ」
祖真紀に近寄って、忠頼は肩に手を掛けた。
「軍を起こすことは出来ませんが、かと言って、姉上を悲しませる訳にも参りません」
そう言って、忠頼が覗き込むように祖真紀を見た。
「うん? どう言うことか?」
意味が分からず、祖真紀が聞く。
「六郎様の命(めい)を果たせず、下野藤原が滅ぶ事になると考え、義兄上は自ら命を絶つおつもりでは無いのですか?」
忠頼はそう指摘した。
「死ぬ時は戦って死ぬ。自害などはせぬ」
祖真紀は、忠頼の思い過ごしと即座に否定する。
「義兄上。義兄上の主であり、十五の頃にここに滞在したことの有る六郎様を、吾は見捨てるような真似は致しません。今の朝廷に、昔のように我等蝦夷との全面戦争を戦う余力も気力も有りますまい。また、仮にその気に成ったとしても、五万、十万の軍を送るには五年や六年の時を要す筈です。六郎様はそう読まれた。それは分かります。要は、我等が蜂起すると朝廷に思わせれば良いのではないでしょうか」
忠頼の言葉に
「どうやって?」
と、祖真紀が問い返す。
「我等が蜂起すると言う報せが入れば、朝廷は慌てるでしょう」
「確かに。……しかし、どうやって」
「実際に蜂起せずとも、我らが蜂起すると思わせる事は出来ます。兵を募ったり、糧食を備蓄したり、鎮守府にその情報が漏れるよう、せいぜい派手にやります。鎮守府が多賀城の国府に報せ、国府が慌てて都に早馬を走らせるようにすれば良い訳です。慌てた朝廷が、上手くすれば、下野藤原に和議を持ち掛けて来るのではないでしょうか。朝廷に膝を屈する訳では無く、朝廷の譲歩を引き出しての和議なら、千常の殿も納得されるのではないでしょうか」
瞬時にそれだけの策を立てられる忠頼の凄さを祖真紀は感じた。そして、陸奥に蝦夷の国を造ると言う忠頼の願いは、いつの日にか必ず実現するに違いないと確信した。
「申し訳御座いません。今、我等の出来ることはそれくらいです。ここは忍んで頂き、下野藤原家を残すことに専念して頂けないでしょうか。時はいずれ来ます。それまで忍んで頂きたいと、逆に千方様を説得しては下さらぬか義兄上。然るべき時が来るまで忍んでいるのは、我等も同じです」
一度、目を閉じ、暫くそのままでいたが、やがて祖真紀は黙って頷いた。忠頼としてもそれ以上の答をすることは出来ないだろうと納得した。
しかし、もし千方が摂関家を追い落とす事を本気で考えているとすれば、その期待を見事に裏切る事になってしまう。与えられた役目を果たせず、和議に持ち込む事を勧め、暫くの辛抱を説くことしか出来ない。忠頼の言う通り、それが唯一にして最善の解決法なのだと思った。祖真紀は黙って頷いた。
「ご理解頂き有難う御座います。精々派手に兵を集め、輜重の準備も始めましょう。そして、藤原文信が、慌てて都へ早馬を立てるよう、上手く操って見せます」
忠頼は自信に満ちた顔でそう言った。
4.噂
朝鳥は、徴兵や輜重の手配で忙しく動いており、舘に帰ったのは夕暮れ時であった。都に行くまでの千方は、武蔵の草原(かやはら)に住んでいたのだが、千常は、小山(おやま)に移る時に、千方の舘も朝鳥の住まいも用意してくれていた。それは、千常が猶子である千方を、嫡男・太郎として扱っているからである。
道端にしゃがみ込んでいる三人の男達が居た。小者一人を従えて馬で帰宅する朝鳥を認めると、その男達は立ち上がった。
「お帰りなさいませ」
三人の中の一人、老人が朝鳥に向かって頭を下げ、そう言った。
「誰かと思えば祖真紀、いや、今は長老と呼ばれているのであったな。久しいのう。家の者に言って中で待てば良いものを」
朝鳥は今、上の娘、その婿とその子ら、つまり孫達と同居している。朝鳥が武蔵に居る間も、彼等が留守を守っていたのだ。
「いえ、我等は野に伏せ、ひたすら待つことには慣れておりますので」
長老が道端で待っていた理由を明かす。
「ふん、気を使うより、その方が楽と言うことか。まあ良い。住まいで話そう。付いて参れ」
子や孫達に出迎えられて、長老と二人の郷人を伴った朝鳥は、一旦三人を待たせて着替えを済ませた後、酒などを用意させて対座した。
「こたびのことを案じて参ったか?」
と長老に尋ねる。
「はい。特に古能代のことが」
先代の祖真紀である長老は、今でも当代の祖真紀を古能代と呼ぶ。
「弁の立つ男ではありません。いかに義弟とは言え、忠頼殿の考えを変えさせることなど出来ぬでしょう」
朝鳥が頷く。
「奥六郡を束ねる蝦夷の長(おさ)じゃ。祖真紀でなくとも、考えを変えさせることは難しいであろう。蝦夷の立場を第一に考えるのは当然じゃ」
「今立つことが最善と思ってくれるかどうかですな」
長老が朝鳥の目を見て言った。
「急なこととは言え、六郎様もその辺をどうお考えであるのか……」
朝鳥は軽い溜め息を突く。
「吾同様、案じておるのじゃな」
長老が、また朝鳥を見る。
「近頃では、麿も余り口出しせぬようにしておる」
長老に酒を勧めながら、朝鳥は少し寂しそうにそう言った。
「同様じゃ、吾も、なるべく口出しせぬようにしております。代を譲った以上、いつまで年寄りが口出ししては、郷の者達に対するあ奴の立場も無くなりますでのう」
長老が頷き、朝鳥に同意を示す。
「成りたくも無い年寄りと言う者に、お互い成ってしもうたと言うことよのう」
少し笑顔を見せて。朝鳥が自虐的に言う。
「亡き大殿が居らしたら、どうされましたでしょうかな」
長老の問いに、朝鳥は黙って頷いた。
「恐らく、ここ迄の事態に至る前に手を打っておられたであろう。残念ながら、お子達の中に、大殿の読みの深さと慎重さを受け継いでいる方はおられん。それぞれ、色々と考えてお育てしたつもりじゃが、千常の殿は元々一本気で姑息なことがお嫌いな性格。六郎様は思い込んだら突っ走ってしまう処がお有りになる。生まれ持った性格と言うものは、中々変わらん」
起きてしまったことを愚痴ってみても仕方が無い。要はこれからどうするかだ。そう言う認識で二人は一致しているように見える。
「確かに。吾も口の重い古能代の性格を考えて犬丸を付けたのだが、犬丸ごときが口出し出来る問題でも無いしな」
長老は諦め顔で、そう言った。
「もはや、我等の口出しする時代でさえ無い」
朝鳥もそれに同調する。
「朝鳥殿。どう成るかは分からぬが、命の捨て所かも知れませぬな」
長老が発したその言葉に大きく頷いて、朝鳥は土器(かわらけ)の酒をグイと飲み干した。
「長老。命(みこと)と麿は、又も考えが同じと見える。麿もそう思うておったところじゃ。近頃、殿も六郎様も、麿を危険から遠ざけようとしておられる。お気持ちは有り難いが、兵を集めたら麿も出陣するつもりじゃ。例え帰れと言われても、この度ばかりは殿の命(めい)も六郎様の命(めい)も聞くつもりは無い。長老、命(みこと)はどう死に花を咲かせるつもりじゃ」
長老の土器(かわらけ)に酒を注ぎながら、朝鳥が聞いた。
「はい。都へ潜入して、蝦夷が蜂起すると言う噂を公家共の間に流してやろうかと思っております。もし、実際に安倍が立ったとしても、朝廷がそれを把握する迄には、暫し時が掛かりましょう。今は少しでも早く、朝廷を慌てさせる必要が御座います」
長老はそう言って、朝鳥の反応を見る。
「なるほど。それは面白そうじゃな。互いに悔いを残さぬように思い切りやると致すか。大事な命、犬死と言う訳には行かんからな」
「はい」
覚悟を決めた男の表情を満足そうに見遣りながら、朝鳥が頷いた。
「そうと決まれば、これが今生の別れとなろう。幼き頃の六郎様の話でもして飲み明かそうぞ。灯りの油はけちらぬぞ」
そう言って笑う。この時代、灯りを灯すための胡麻油は貴重品なのだ。
「それは結構なことで」
ふたりの老人は、飲みながら満足げに頷き合って笑っている。
半月後には、長老の姿は都に在った。僧の姿をしている。長老は一人である。供の郷人二人は、別の場所でそれぞれ活動を始めている。
傘を被った僧形の長老は東市の近くで一人の牛飼いを認めた。どこぞの公家の牛車(ぎゅっしゃ)を扱っている者なのだろう。主(あるじ)の命(めい)で使いに出たものとみえる。
牛飼童(うしかいわらわ)は何歳に成っても元服することは無く、着物や髪型は童と同じままなので直ぐに分かる。年の頃は三十前後だろうか。長老は牛飼童の前に立った。
「なんや坊(ぼん)さん。喜捨などせぬぞ。吾は何も持っておらんでな」
いきなり目の前に立った僧に驚いて、牛飼童が言った。
「凶相が出ておる」
長老が重々しく言う。
「はあ? なんのこっちゃ」
牛飼の男は意味が分からない。
「近いうちに汝(なれ)は死ぬ」
不意を突かれた驚きから、男の表情が怒りへと変わった。
「こら、坊主。阿呆なこと言うとると、殴るぞ」
と、肩を揺らしながら長老に近付いた。
「殴りたければ殴るが良い。その代わり吾の話を聞いてくれ。それで人ひとり救えるなら、殴られても良い」
牛飼の圧に退くでも無く、長老は牛飼の目を射抜くように見詰めている。牛飼の足は止まらざるを得ない。
「なんじゃい。言うてみるがいい。聞いて気に要らんかったら、ほんま殴ったるわ」
男は握った拳を長老に見せ付けるようにして、威嚇する。
「吾の言うことを聞けば助かる」
長老に自信たっぷりに言われ、牛飼い童は怯んだ。
「ほんまか?」
と、急に態度を変える。喧嘩腰のハッタリから、本音が透けて見えたと言うことだ。男は少し警戒心を解いたようだ。
「昔、蝦夷との長い戦いが有ったことを存じておるか」
長老は、そう聞いた。
「そのくらい知っとるわ」
と牛飼い童は答える。
「吾は陸奥で修行しておったのじゃが、又、蝦夷が叛く兆候が有る」
そう言う長老に、
「坊(ぼん)さんなぁ。そんな北の蝦夷と吾となんの関わりが有るというんじゃ」
と男は聞いて来た。
「こたびは、その蝦夷が都まで攻め登って来る。その時、汝(なれ)は主と共に殺されることになる」
一旦は話を聞いてみようと思い掛けた牛飼いい童ではあるが、老僧の余りの言葉に再び腹を立てた。
「なんやと! 戯けたことを言い振らす坊主め。殴るくらいでは済まさん。ひっ捕らえて、お上に突き出してくれるわ」
そう言って、牛飼童は長老に掴み掛かった。しかし、掴んだつもりが、長老はその手をするりと抜けている。手が空を切って、一瞬きょとんとした牛飼童だったが、気を取り直してまた掴み掛かる。だが、又しても抜けられてしまった。
「もう許さぬ」
牛飼童は、今度は殴り掛かって来た。それを掻い潜った長老は、拳で牛飼童の胃の腑の辺りを突いた。
「うっ」と言って蹲る牛飼童の耳元に口を寄せた長老は、
「命を大切にせよ。汝(なれ)を助けたいと思う御仏の思し召しじゃ。御仏の遣いを努々(ゆめゆめ)疑うことなかれ」
と囁いた。
顔を上げた牛飼童の前に、もはや老僧の姿は無かった。牛飼童は周りを見回したが、やはり、その姿は無い。東西南北に走って角々で四方を見回して見たが、どこにも僧の姿は無かった。
「なんじや、あの坊主」
忌々しく思ったが、時が経つと、囁かれた言葉が何か気に成って来た。
『ひょっとして、本当に御仏の遣いだったのか』と思うが、『まさか、そんな阿呆な』と思い返す。だが、腕には自信が有るのだ。喧嘩をしても負けたことは無い。それが、あんな老人にあしらわれてしまった。その上、老僧は忽然と消えてしまったのだ。痛さの余り俯いたのは一瞬のこと。あの老僧は走り去ったのか。それとも消えたのか。気に成って、段々落ち着か無くなった。
主も死ぬと老僧は言った。申し上げるべきかと悩んだ。だが、やはり『不埒なことを申しおって』と罰せられるだけだと思い、それはやめた。
だが、牛飼童は、このことを己の胸にだけ納めて置くことは出来無かった。他家に仕える牛飼い仲間や周りの者達に話し、何人もの者達にどう思うかと聞いて回った。
長老達が仕掛けたのは、もちろんこの牛飼童だけでは無い。公家に繋がる男女様々な者に、僧の姿だけでは無く、色々な設定で噂を吹き込んで行く。
口から口へと噂が伝わる中、他からも同じ噂を聞いた者が居ると、噂の信憑性は高まる。
「そや、蝦夷が攻めて来ると言う噂、吾も聞いたわ。ほんまやったんかいな」
そんな会話で噂は広がって行く。数日すると自然と主達の耳にも噂は入って来る。
陸奥から昆布を運んで来た老人に聞いた。祈祷師が蝦夷の反乱を予言した。旅の傀儡師が危険を感じて陸奥から戻って来た。そんな噂が京の街に広まって行った。噂は人の口から口へと伝わり、そもそもの出所もはっきりしなくなって行く。
遂に、そんな噂が実頼の耳にも入った。しかし、多賀城や鎮守府から報告は上がって来ていない。
「怪(け)しからぬ噂を流している者がおるとか。掴んでおるか」
検非違使の別当・藤原朝成を呼んで聞いた。
「蝦夷の反乱の噂でございましょうか」
「そうじゃ。そうで無くとも、先の左大臣・高明の謀叛の計画が露見したことで、民心は不安定と成っている。見過しには出来ぬ。流した者を探し出し処罰致せ」
と命じる。
「既に探索は致しておりますが、噂と言うもの、中々出所を突き止めることは難しゅう御座います」
「出所で無くとも、そのような噂をする者は、見せしめの為、皆牢に入れると布告せよ。それで収まるやも知れぬ。布告で効果が無ければ実際に捕らえれば良い」
「かしこまりました」
と頭を下げて、朝成は下がって行った。
三月六日に大納言と成ったばかりの伊尹(これまさ)が同席している。
「何やら匂いますな、誰がやらせているのか」
と実頼に話し掛ける。
「秀郷の子・藤原千常かも知れぬ。つい先程、信濃から報せが有った。千常が東山道を西に向けて兵を動かしていたので、信濃守が防いでいると言うことじゃ」
「兵力はどれ程でしょうか」
と、伊尹が聞く。
「何、僅か二百騎ほどで雑兵は連れておらぬとのことじゃ。上野から応援が入るので、間も無く制圧出来るとのこと」
「信濃守・平維茂。制圧すれば手柄で御座いますな。二百騎とは言え、そのまま都に走り込まれれば厄介なことになりますから」
「念の為、甲斐にも応援を出すよう下知しようかと思うておる」
伊尹が何かを思い付いたような表情となる。
「これは良い機会かも知れませぬぞ。爺様の時代から目障りであった下野藤原を完全に叩き潰してしまいましょう」
「武蔵、甲斐の国府に命じて留守を襲わせるとするか」
実頼も同じ考えと見える。
二人とも、この時点では信濃の状況に少しも慌ててはいなかった。
だが、その翌日、下野でも兵を募っていると言う報せが入り、五日後には、鎮守府より、安倍に不穏な動きが有るとの報せが入る。
5.関白の密命
伊尹の私邸に兼家が呼ばれている。信濃守・平維茂が苦戦していると言う。思うように土豪達が集まらないばかりか、兵も集まらない上に、上野からの援軍も来ていないと言うのだ。
対する藤原千常は、滋野三家を味方に付けて意気盛んだと言う。千常は下野で兵を募らせてもいると言うから、数千の兵が信濃に雪崩れ込んだら持ち堪えられなくなる。武蔵、甲斐にしても、国府にあるのは、平時の僅かな戦力だけだ。直ぐに下野を襲うことは出来ない。そして、何より気に掛かるのは、都を混乱させる為に意図的に流していると思っていた蝦夷蜂起の噂が、何やら現実味を帯びて来たことである。下手をすると、将門の乱の時の危機に加えて、蝦夷との三十年戦争の再現と言うことにも成り兼ねない。だが、不確かな情報に依って朝廷が慌てふためく訳には行かない。
「兼家、急ぎ満仲を信濃へ送れ。多くの郎等を抱えておるのであろう。こんな時には役に立つ男じゃ。朝廷が派遣するのでは無い。そなたが私的に満仲を動かすのじゃ。良いな」
と弟に詰め寄る。兼家は大きく頷いた。
「満仲は喜んで飛んで参りますでしょう。密告の褒美として従五位上と言う破格の出世に与っているのですから。それに、千常の側には、満中に取っての天敵とも言える千方と言う者がおります」
兼家はしっかりと兄の目を見詰めて答えた。
「千常め、将門の失敗に学んで素早い動きを見せているのであろうが、それはそれで死角が出来る。蛇(くちわな)は頭を潰してしまえば良いのだ。何千の雑兵を集めようが、頭さえ潰してしまえば、後は烏合の衆でしかない。正に将門軍がそうであったようにな。なんとしても千常と千方とやらを殺せ。世相が不安定な折、更なる乱が起こるのではないかと様子見を決め込む土豪が、信濃や上野で増えているのじゃ。だから兵が集まらん。乱としてはならぬ。飽くまで騒動として収める必要が有る」
「かしこまりました。さっそくに満仲に命じます」
胸を張って兼家はそう答えた。
その日の午後。兼家邸である。
「承知しております。ご命令が無くとも、手前からお願いしようと思っていた処で御座います」
満仲はそう答えた。従五位上となった満仲は、もはや庭に膝を突いて兼家を見上げる立場では無い。居室の庇(ひさし)に座って、兼家と向かい合っている。とは言え、下級貴族でしか無いので、居室に入ることは許されず、庇に座しているのだ。
「ならば、早々に出立するが良い。これは、私的な命(めい)じゃ。大事になる前に速やかに片付けよ。要は、千常と千方を亡き者としてしまえば良いのだ。蝦夷が蜂起するなどと言う不埒な噂を流しておる者もおる。根も葉も無い噂じゃ。そんな風評を打ち消す必要が有る」
「恐れながら」
と満仲が険しい表情を浮かべて言った。
「何か?」
と兼家が聞く。
「あながち根も葉も無いこととは言い切れないかと」
と、満仲は言う。
「何!」
と、訝しげに、兼家が満仲を見た。
「千常の弟・千方と言う者とは、手前少々因縁が御座いまして。それで調べてみました処、千方が使っている怪しげな一団が御座いまして。その頭目が、どうやら、安倍の縁者らしいのです。そればかりでは無く千方と言う男、幼き頃所在の分からなかった時期が数年御座います。その時期、陸奥の安倍舘に居たのではないかと言う疑いが御座います」
兼家の目に鋭いものが走る。
「まことか。秀郷が鎮守府将軍だったとは言え、武蔵守、下野守との兼任で、陸奥に赴任してはおらなかったのであろう。陸奥には二男の千国が行っておった。蝦夷とそのような関係を築く余地は無かった筈だ」
思い込みの前提が崩れた訳だ。と言う事は、安倍の蜂起など有り得ぬと決め付けていた根拠が失われたと言う事である。
「詳しいことは分かりませんが、意外に親密だと言う可能性は御座います」
兼家の不安に追い打ちを掛けるように、満仲がそう言った。
「それは、容易ならぬこと」
兼家が眉根を寄せる。
満仲の報告は直ちに兼家から大納言・伊尹に伝えられ、伊尹から関白・実頼に伝えられた。
「どれほど信憑性有る話か」
実頼は、矢張り強引に抑え込もうとすることは危険ではないかと思った。
「分かりません。ですが満仲と言う男、中々抜け目の無い男。いい加減な話に踊らされて申しておるとは思えません」
伊尹はそう答える。
「万一、下野藤原と安倍に強い絆が有り、蝦夷が実際に蜂起するとなると、将門の乱以上の危機となる可能性が有る。いかが致す」
強硬策に出ようとしている伊尹を牽制するように、実頼は質(ただ)した。
「陸奥のことは陸奥で始末せよと言うのが、今の朝廷の方針で御座います。今更、征討軍を送るなど費用の点でも不可能です」
と、伊尹が答える。
「陸奥だけで収められると思うか」
更に実頼が聞く。
「まず、早急に千常を討ち、蝦夷との連衡を絶つことで御座います。既に満仲を出発させました」
伊尹の考えにぶれは無い。飽くまで強硬策を通すつもりと見えた。
伊尹が帰った後、実頼は考えていた。最初は、撹乱の為千常が意図的に噂を流していると思っていた。陸奥から、蝦夷に不穏な動きが有ると言う報せが入ってからも、たまたまのことであろうと思った。
下野藤原と安倍に、それほど強い結び付きが有るとは思えなかった。だが、安倍の動き自体には不安が無くは無かった。結果的に勝ちはしたが、蝦夷との長い戦いがどれほど朝廷を追い詰め、財政破綻寸前にまで追い込んでいたかを、歴史に詳しい実頼は良く知っている。まして、今は御所の修復もままならないほど財政は逼迫している。その上、陸奥のことは陸奥で始末するようにと言う建前は有るが、今の鎮守府は、平和が続いていた為その軍事力は落ち、形骸化してしまっているのだ。安倍が他の蝦夷を抑えているお陰で、陸奥は安定を保っていたようなものだ。その安倍が反乱を起こしたりしたら、鎮守府や国府の力だけで、とても押さえられるものでは無い。蝦夷が都まで攻め上って来ると言うことが、あながち絵空事とばかりは言い切れ無いのではないか。そんな不安が、実頼の中で徐々に膨れ上がって来ていた。
自分が関白の間に都が陥落すると言うことにでもなれば、藤原を滅ぼした男として歴史にその名が刻まれてしまう。せっかく、関白太政大臣にまで登り詰めたのに、そんな終り方は真っ平だ。そう考えていると夜も眠れなくなってしまった。しかし、そんなことを伊尹にでも漏らせば侮られてしまう。そうで無くとも近頃の伊尹は、帝(みかど)と皇太弟の叔父すなわち外戚であることをちらつかせて、己の意見を通してしまうことが多い。一体、誰が最高権力者なのか。そんな不満が徐々に膨れ上がって来ていたのだ。
『麿こそが関白太政大臣である。いちいち伊尹に相談することは無い』そう思うに至った。
実頼は兼通を呼んだ。藤原兼通。伊尹の弟であり兼家の兄である。高明と親しかったこと、長兄・伊尹に可愛がられていた兼家と犬猿の仲だったことが災いし、弟・兼家が中納言に上っているにも関わらず、正四位下・参議に成ったばかりであった。
「そなたを見込んで頼みが有る」
実頼は、兼通の目を見て静かに言った。兼通も何かを感じ取った。
「これは、関白様御自らの命(めい)とは光栄に御座います。なんなりとお命じ下さい」
帝の伯父ではあるが、出世が遅れている兼通は大袈裟に振る舞う。出世の好機になるかも知れないと思ったのだ。
「千常が信濃で争乱を起こし、また、陸奥の蝦夷が不穏な動きを見せていることは存じておろう」
「はい」
「千常を討てば良いと判断し、伊尹が兼家に命じ、源満仲を信濃に向かわせた。だが、麿はこの策に疑問を感じておる。下野では多くの兵を集めており、下野藤原と蝦夷の意外な繋がりも判明した。ひとつ間違えば飛んでもないことになりかねん。関白としては、万が一にも都を危険に晒す訳には行かん。そこで、千常を諭して、穏便な解決を図るのが得策と考えた。伊尹には相談しておらん。弱腰などと言うに違いないからな。若い者は強気なばかりで深読みが出来ぬ」
兼通は実頼が伊尹の出過ぎを不快に思っている事を感じ取った。そして、兄を兄とも思わぬ不快な弟・兼家に一矢報いるまたとない機会と意気込んだ。
「なぜ、太政大臣様が他の者の意向をお気に掛ける必要が御座いましょうか」
ここで実頼に取り入って置くことが己の今後の為に必須と兼通は判断した。
「何なりとご命じ下さい」
と続ける。
「参議たる者には苦労なことじゃが、そのほう自ら信濃に下り、麿の名代として千常を諭し、騒ぎを終息させよ」
「これはまた、身に余る大役。慎んでお受け致します」
兼通は手を付き大仰に身を伏せる。
「どのような交渉に成るか分からぬ。いちいち都に使いを立て、麿の意向を聞いているようでは交渉にならぬ。押さえるべき処を伝えるので、後はそのほうの裁量に任す。押さえるべき処は、既に朝廷の断が下ったことについては一歩も譲れぬ。つまり、千晴、その他の者の赦免はせぬと言うことだ。その代わり、千常、千方の罪は問わぬと言う条件は飲んでも良い。また、安倍を押さえる為に必要なら、千常を次期・鎮守府将軍とすることくらいまでは譲っても良い。千方に付いてもそれなりの待遇を与える」
「罪を不問に付した上に鎮守府将軍にまで任じると言うことで御座いますか」
それは、伊尹で無くとも反対するだろうと兼通は思ったし、自分が伊尹の立場でも反対するだろうと思った。だが、今の自分の立場としては、それ程の裁量権を与えて貰えば有り難いし、鬼に金棒である。
『やり遂げて、兄、弟の鼻を明かしてやる』そう思った。
「但し、このことは出来る限り内々で処理せよ。騒ぎが有ったことまでは隠し切れぬであろうが、交渉に付いては、信濃の国府(こくふ)の記録は元より、上野、下野の国府の記録にも残してはならぬ。それに付いては、麿の方から別途国司達に命(めい)を伝える。良いな。やり遂げたとしても、そのほうの手柄と公には出来ぬ。だが、悪いようにはせぬゆえ励め」
「かしこまって候」
必ずやり遂げて、弟・兼家を追い越し兄・伊尹に迫ってみせる。兼通は強く心に誓った。
6.転機
朝早く、陸奥の安倍忠頼の説得に行っていた祖真紀が戻って来た。夜通し馬で駆けて戻って来たのだろう。急いで足を濯ぐと、貞義の舘の中の千常が使っている居室に通った。千常と千方が居並んだ前に出た祖真紀は、無言で床に座り、手と頭を突いたまま顔を上げない。
「如何した」
千常に促されたが、尚もそのまま無言でいる。
「首尾良く行かなかったか?」
千方がそう尋ねた。
「申し訳御座いません。安倍は出兵出来ぬと申しております」
顔を伏せたまま祖真紀が答える。
「訳は?」と千方。
「強引に南下する事は可能だが、そんな事をしたら、出羽の清原、会津の慧日寺(えにちじ)に背後を突かれる恐れが有るとのこと。又、北の平定も十分では無い為。今の時点での蜂起は難しいと言うことです」
「なるほど。そのような周辺事情が有ったか。元々、互いに話し合って策を積み重ねて来た訳では無い。こちらの勝手な都合での依頼であった。祖真紀、そのほうの責では無い。気に病む必要は無い」
千方は腕を組み、瞑目した。祖真紀が頭を上げる。
「恐れ入ります。ただ、兵を募り、糧食を集めるなどの動きを派手に行い、その報せが都に飛ぶようにすると約束してくれました」
「それは有り難い。しかし、それで国府が慌てるかな」
と千方が祖真紀に聞いた。
「その点に付いては、忠頼殿は自信を持って約束してくれました」
「左様か」
そこに千常が口を挟む。
「六郎。火急の際、あらゆる方策を試みることは間違いでは無かった。だが、可能性を探るのは良いが他を頼ってはならぬ。最後に頼るのは己が力のみ。こう成ったら、いつまで信濃で愚図愚図している訳には行かぬ。下野の勢力のみで、迅速に攻め込むことが肝要。摂関家を排除して為平親王を擁し、その後、兄上と高明様を都にお迎えする。大事なのは、摂関家に策を講じる暇を与えぬことじゃ」
「仰せの通り。さっそく下野に人をやり、どれ程の兵が集まっているか。いつ出陣可能かを問い合わせてみましょう」
千方は、鷹丸を直ぐに下野に向けて出発させた。一方、見張りに付いては、望月から人を出して貰い、街道の上野方面、都方面、それぞれを見張って貰っていたが、夕刻近くになって都方面から五、六十人の武者が現れ、突破されたと言う報告が入った。
「その後、その者達は国衙(こくが)に入ったものと思われます」
報せを受けた貞義がそのことを千常と千方に告げに来た。
「何者であろうか」
千常がそう呟く。
「源満仲と名乗ったそうです」
と貞義。
「何! 満仲。饅頭がしゃしゃり出て来おったか。これは、油断ならぬこととなりました。どんな策を講じるか分からぬ男ですから」
そう言って千方が千常を見た。
「うん。高明様を裏切り摂関家に着いた上、高明様と兄上を侮告し出世した男。生かしては置けぬ。良い機会じゃ。討ち取ってしまおう」
「祖真紀。殺ってくれるか」
千方が祖真紀に問うた。
「必ず」
と祖真紀が応じる。
祖真紀は、郎等長屋に足を運び、郷の者十人ほどを選び出した。
「国衙に忍び入り、源満仲と言う者を殺す。吾に命を預けてくれ」
そう言った。
「統領。今更何を。我等、いつなんどきでも、命は統領にお預けしております」
配下の一人が力強く言い、他の者達も大きく頷いた。
時は戻る。
こちらは、封鎖を突破して国衙に着いた満仲。六十人ほどの武者が国衙に向かっているとの報せを受けた国衙では、千常方の襲撃と思い、臨戦態勢を取っていた。
「これは源満仲と申す者! 大納言・藤原伊尹様の命(めい)により助力の為駆け付けて参った。国守・平維茂(たいらのこれもち)殿にお取り次ぎ願いたい」
大声でそう叫んだ。
「お、お待ちを!」
驚いて一瞬左右を見回した守備の責任者らしき男は、近くの者に「お報せして参れ」と命じた。暫くして、平維茂が走り出て来た。
「皆の者、道を開けよ。満仲殿、ようこそおいで下された。どうぞ通られよ」
広間に落ち着いた満仲は、改めて挨拶し、来訪の主旨を告げる。
「いや、大納言様のお心遣い、有り難く感謝致します。都で高名な兵(つわもの)・満仲殿においで頂けた事はまことに心強き限り。ようこそおいで下された」
維茂がそう挨拶を返した。
「こたびのこと、都では根も葉も無い噂が流布されておる。大事になる前に鎮圧せよと言うのが、大納言様の命(めい)でござる」
満仲がそう伊尹の命(めい)の主旨を伝える。
「恥ずかしながら、思いのほか手間取っております」
維茂が渋い表情を作りながら言った。
「今宵、さっそくに夜襲を掛けましょう。火を掛けて出て来た処で、我が手の者が千方、千常を討ち取ります。急いで、枯れ柴、松明を出来るだけ多く用意して下され。派手に燃やしてしまいましょう」
満仲が奇襲の策を提示し、維茂が頷いた。
子(ね)の刻。図らずしも、枯れ柴を積んだ荷車を引き、火矢を用意して松明を翳した一団が国衙を出たのと、黒装束を身に纏った祖真紀一党が望月の舘を出たのは、ほぼ同じ時刻であった。
覚志(かくし)駅の手前で祖真紀が国府勢の持つ松明の火に気付いた。闇に潜み、じっと待つ。そして、枯れ柴を積んだ荷車が目の前を通り掛かった瞬間、松明を持った兵の一人に数人が襲い掛かり、奪った松明を荷車目掛けて投げ込んだ。
松明の火は荷車を襲い、枯れ柴が大きく燃え上がる。襲われた兵の周辺に居た兵達が、襲った祖真紀の配下の男達に斬り掛かる。祖真紀と他の祖真紀配下の者達が飛び出し、混乱が広がって行く。
いっとき刄を交えた後、祖真紀一党は四方に散って、再び闇に姿を消した。配下を残し警戒に当たらせた祖真紀は、そのまま引き返し、風の如く千常の寝所に通った。
「祖真紀に御座います」
声を掛けると、眠っていた千常が飛び起きる。
「国衙の兵が、この舘を襲うべくこちらに向かっております」
祖真紀が千常の床に近付き、小声で伝えた。
「何? 夜襲とな」
「はい。火を掛けるつもりでこちらに向かっている処に出くわし、混乱させた上で、急ぎ駆け戻りました」
報告を聞いた千常は太刀を取って庇(ひさし)に出た。そして、
「お出会い召され。国府方が間も無く襲って参るぞ。お仕度召され!」
と声を上げた。
間も無く貞義も駆け付けて来た。
「まだ時は有る。落ち着いて仕度するよう命じられよ」
「かしこまって候。落ち着け、時は有る。落ち着いて仕度致せ」
貞義も郎党達に声を掛けて回る。庭では祖真紀が全ての配下を集めていた。そこへ、五人ほど残して来た物見の一人が戻って来た。
「敵は燃え上がった火の始末に手間取っております」
そう報せる。
「良し、改めて総攻撃を掛けるぞ」
祖真紀が皆にそう指示した。
祖真紀は一党を率いて再出発した。そして、燃える荷車の明るさが確認出来る辺りまで来ると、松明を消した。空を赤く染めて燃え上がる、荷車からの火の手前に動く人影目掛けて、一斉に矢が放たれた。国府方は混乱する。
一方、同じ時刻の国府方の動きであるが、闇から急に現れた者達に因って、兵が持っていた松明が枯れ柴を積んだ荷車に放り込まれた。望月舘を焼き討ちする為用意したものだが、読まれていたのかと満仲は驚いた。桶に水を用意している訳でも無く、近くに川が流れている訳でも無い。荷車の上の枯れ柴からは高く炎が上がり、闇を照らし出している。風も有る。火の粉が飛んで山火事とならないとも限らない。平維茂は、刺又(さすまた)などを使って、柴を崩し叩いて消火に務めるよう指示した。
満仲は、作戦を続行すべきかどうか迷っていた。夜討ちを察知していたとなれば、このまま進めば罠に嵌まる可能性が有る。一旦退くしかないか。そう思って、消火作業を見守っていた。
暫くして、満仲は敵の気配を察した。
「敵だ! 備えよ」
満仲が指示した途端、矢の雨が降り注いで来た。
「退け! 一旦、国衙まで退けー!」
平維茂は声を限りに叫んだ。
祖真紀は満仲を探した。暗闇に居るのか、炎に照らし出され襲い掛かって来る者の中に、満仲らしき姿は無い。
「満仲、満仲出て来い。何処だ」
斬り掛かって来る者達を払いながら、祖真紀は満仲を求めた。
敵が自分を討とうとしていることに気付くと、満仲は郎等達に周りを固めさせ国衙に向かって逃げた。何としても満仲を討とうと思っていた祖真紀だが、結局、国衙に逃げ込まれてしまった。
互いに守りを固め、また、膠着状態が続くかと思われた。処が三日目に、望月舘と国衙に前触(さきぶ)れが有り、参議・藤原兼通が仲裁の為に下向し、国衙に入るとのこと。『手出し無きように』との通達があった為、どのようなつもりかと思いながらも、千常方は兼通の一行を手出しせずに通した。
納得行かないのは国府方である。騒乱を起こしている者に対して、仲裁とは何事か。どういうつもりかと平維茂は訝った。満仲は兼通と聞いて、直ぐに高明邸の庭で侮辱された事を思い出した。聞こえよがしに、兼通は満仲を『犬』と呼んだのである。
『何者か?』
兼通に気付いて庭に膝を突き頭を下げた満仲を見て、牛車(ぎゅっしゃ)に乗り込もうとしていた兼通は、そう誰何した。そして、満仲の名乗りを聞くと、
『犬か』と呟いたのである。いや、呟くと言う声の大きさでは無かった。周りに居る誰もが聞き取れる程の声の大きさで、そう言ったのである。
顔も見たく無い相手ではあったが、仕方無く、満仲は維茂と共に参議・兼通の前に出た。
「こたびの騒動を収める為に、自ら下向して参った」
兼通は、まずそう言った。
「我等もそのつもりで、大納言・伊尹様の命(めい)により参っております。千常、千方の両名を討ち取って収めますゆえ、暫しお待ちの程を」
満仲は、そう主張した。自分は大納言の命(めい)に従って来ているのだ。参議如きの命(めい)など聞けるかと言う気持ちである。
「争いはやめ。話し合いに依って麿が収める。従って、以後、手出し無用。良いな」
と、兼通は強く命じて来た。維茂と満仲は、思わず顔を見合わせた。
「恐れながら、これは土豪同士の争いでは御座いません。不埒者を国司が捕らえようとしているもの。話し合うとはどのようなことで御座いましようか」
維茂がそう反論する。
「黙れ。これは関白・太政大臣様の命(めい)である」
兼通はそう言い切った。
「恐れながら、『千常と千方を討て』との大納言様の命(めい)に付いては、関白様もご同意と承っております」
満仲もそう主張する。
「その後、関白様のお考えが変わったのじゃ」
兼通は実頼の命(めい)と言い立てて伊尹の命(めい)を覆そうとする。
「大納言様は何と」
近頃、伊尹の権勢が実頼を凌駕している事を知る満仲は、尚も強気に言い立てる。
「関白・太政大臣様の命(めい)に従えぬと申すか。満仲」
兼通にそう言われてしまうと、流石の満仲も、それ以上逆らう事は出来なかった。
「いえ、そのような訳では」
と言ったが、満仲は爆発しそうな怒りを必死の思いで堪えていた。
7.逡巡
兼通の前を辞した信濃守・平維茂は満仲を居室に呼び、見張りを立てた上、ひそひそ話を始めた。
「いやはや驚きましたな。無法に騒乱を起こした者と話し合いとは、兼通侯は何をお考えであるのか」
「関白様の命(めい)と言われては、何とも」
満仲も渋い顔をしている。
「命(みこと)が大納言様から受けた命(めい)は、関白様もご同意の上であったのであろう。それが一夜にして覆るとは、一体どうしたことであろうのう」
維茂が満仲に言った。
「大きな声では言えぬが、恐らく、蝦夷の蜂起の噂に怯えられたのであろう」
実頼の事である。
「有るか?」
と、維茂が満仲を見詰めて聞く。
「分からぬ」
「それにしても、大納言様にはひと言も無く覆されたのでは、大納言様も怒り心頭なのでは」
維茂は関白・実頼を軽く見ており、伊尹に期待している一人である。
「仮にも関白じゃ。大納言様とて、正面切って潰す訳には行かん」
もちろん満仲も伊尹派なのだが、つまらぬ発言をして、何かの折に言質を取られるようなことは言わない。
「黙って従う他無いと言われるか? しかし、考えても見られよ。関白様の世も先が見えている。遠からず大納言様が取って代わられることは目に見えている。今、大納言様の意を汲んで行動して置くことで、将来が開けるとは思われぬか」
維茂は遠慮無く本音を披露する。満仲にしても、嘗て自分を侮辱した兼通の命(めい)に従うのは腹立たしい。しかし、感情に流されて判断する男では無い。今、関白の意に逆らって千方、千常を討ってしまうことの利害得失を考えてみた。
上手く討ち果たせれば、騒乱を収めることは出来る。収まってしまえば、関白・実頼とて伊尹を責めることは出来ないだろう。ただ、実頼の恨みを避ける為、伊尹が、満仲と維茂に責任を押し付けて、勝手にやったこととして実頼と手打ちに持ち込むことは無いだろうかと思う。
従ってはいても、満仲は公卿と言うものを信用してはいない。己の立場を守る為なら何でもやるのが公卿と言うものだと思っている。ましてや、千常、千方の暗殺に失敗でもすれば、全ての責任を押し付けられるのは目に見えている。降格も、従五位下でとどまれば良いが、やっと得た貴族の地位を失うようなことにでもなれば、二度と貴族に戻ることは出来ないかも知れない。そう思うと、簡単に維茂の言葉に乗る訳には行かない、
「今、関白様の意に逆らって罰を受けるようなこととなったとしても、大納言様の世となれば、必ず賞される。そうは思われぬか?」
維茂が畳み掛ける。維茂の考えの甘さに、満仲は呆れた。単なる希望的観測でしか無い。実頼が意外に長く今の地位にとどまると言う可能性も無くは無いのだ。その間に兼通の地位を引き上げ、伊尹と兼通の立場が逆転してしまうことも有り得る。外戚と言う点に於いては伊尹も兼通も立場は同じなのだから。
例えば、自分が実頼の立場であったならどうするかと満仲は考えた。伊尹、兼家、兼通の三人は九条流であり、いずれも外戚である。対する実頼、師尹(もろただ)、師氏(もろうじ)の小野宮流は外戚では無い。
現在の地位こそ、関白・実頼、左大臣・師尹は大納言・伊尹より上だが、外戚である伊尹が日に日に力を増して来ている。高齢の実頼が職を辞すか薨去するようなことになれば、実権は完全に九条流のものとなり、九条流が摂関家の主流となる。つまり、小野宮流の子孫は傍流となってしまうのだ。
自分が実頼の立場であれば、その現状を傍観することは無いだろうと満仲は思う。狙い目は、兄弟達と仲が悪く冷飯を食わされている兼通である。師尹、師氏の弟達をしっかり抱え込み、兼通を出世させることで恩を売り、伊尹、兼家兄弟と対抗する。伊尹を出し抜いて兼通を最高権力者候補とし、その間に孫娘を入内(じゅだい)させ、男子が生まれれば外戚の地位を獲得出来る。そうであれば、実頼に取って兼通は大事な駒。気に入らない男だからと言って、関白・実頼の命(めい)に今逆らうことは危険が大きい。満仲はそう結論付けた。
「命(めい)が変わったのじゃ。まして関白様直々の命(めい)とあらば、従う他無い。伊尹様の世となればと言うても、何の保障も無いことじゃ。下手をすれば、我等が反逆者とされてしまうぞ」
満仲は維茂をそう諌めた。
「これは都で名高い兵(つわもの)である満仲殿とも思えぬ気の弱いことで御座るな」
維茂は満仲の弱気をなじるように言った。
「我等、朝廷に仕える身で御座ろう。その人臣最高位に有る方の命(めい)じゃ。仕方無いではないか」
満仲にそう言われた維茂は、ここまで腹を割って話してしまった以上、単独で強行することは出来なくなった。
「本意では無いが、命(みこと)がそう言われるのであれば、やむを得ませんな」
そう言って折れた。
何度か使いが往復し、互いの安全を確保する為の約束が交わされた後、警備の人数を決めて、会談は佐久の福王寺で行われることとなった。
仮にも一方は参議。兼通側は最初、千常側を地下(じげ)として配することを主張したが、千常は『裁きを受ける訳では無い。また、そんな距離ではまともに話も出来ない』と飽くまで主張し、結局、左右向かい合うと言う訳には行かないが、双方本堂上に座し、兼通側が上座、千常側が下座と言うことで妥協した。兼通側は、参議・兼通、信濃守・平維茂、そして源満仲の三人。一方の千常側は、千常、千方、望月貞義の三人が出席した。
「藤原千常。武力を以て信濃の地を乱し、国府に逆らったこと、甚だ怪(け)しからんことである。本来ならお上のご威光を以て制すべき処であるが、世情不安の折、説諭に従って速やかに鉾を収めるならば、特別な計らいを以て罪一等を減じ、お構い無しとする。これは関白太政大臣様直々の命(めい)であり、温情である」
兼通は重々しく一同にそう言い渡す。聞いていた千常が、
「お言葉を伺う限り、一方的な申し条、話し合いとは思えません。我等の言い分を聞くおつもりが無ければ、これ迄で御座るな」
と早くも決裂を宣言した。
「待て。申したきこと有れば言うてみよ」
朝廷の権威を背景に、難無く収められると思っていた兼通は少し慌てた。決裂させる訳には行かないのだ。
「前(さきの)左大臣・高明様及び我が兄・千晴並びに、同じく濡れ衣を着せられた方々を都にお戻し頂きたい」
絶対に譲れぬと実頼に釘を刺された問題を、千常はいきなり持ち出して来た。
「濡れ衣とは何か。高明、千晴、その他の者共は、罪が有ったゆえ罰せられたのじゃ。朝廷の正当なお裁きに因り決せられたこと。それが覆ることは無い」
この一点を断固拒否し、且つ和睦を纏めなければならない。兼通はそう覚悟していた。
「やはり、これ迄で御座いますな」
千常は飽くまで強気に言った。
「朝敵となるぞ。それで良いのか」
と兼通は脅しを掛けた。
「帝に逆らうつもりは毛頭御座いませんが、そう看されるのであれば仕方無い」
妥協の余地は無いと、千常は突っ張る。
「飽くまで朝廷のご威光に盾を突くつもりか!」
兼通は顔色を変えた。
「このままでは下野藤原は潰されます。座して死を待つつもりは有りませんので」
千常は、そう詰め寄る。
「潰さぬ。そう約束する」
何としても千常を説得しなければならないと兼通の必死さが読み取れる言葉だ。
「それを信用せよと申されるか?」
千常は、そう言い捨てた。このままでは説得出来そうもない。兼通はそう悟った。
「約束する。そればかりでは無い。近頃、蝦夷に不穏な動きも見えると聞く。そなたの武勇を評して鎮守府将軍に任じても良いと思うておる」
兼通は切り札を切った。千常は苦笑いして、
「己の立身出世の為にしている訳では無い」
と言った。欲得では無く意地だとすれば面倒だ。
「争いが続くことは民の迷惑でもあろう。時を与えよう。考えてみるが良い」
兼通は方向を変えて、そう攻めてみる。
『民のことなど考えたことも無いくせに』と千常は思った。だが、鎮守府将軍を匂わせて来たところを見ると、蝦夷の蜂起を恐れているのだなとは思った。であれば、まだ、譲らせる余地は有るのではないかと踏んだ。
「こちらの申し条は、飽くまで高明様、兄・千晴らの赦免。ご検討頂けるのであれば、今一度話す機会を持つことにやぶさかでは無い」
但し、こちらの条件は変わらないと千常は飽くまで主張する。兼通としても決裂させる訳には行かないのだ。千常が再検討を要求して来たのなら、持ち帰って時を稼ぎ対策を考えるしか無いと思った。
「約束は出来ぬ。だが、そのほうも、今一度、頭を冷やして考えて見るが良い」
と申し渡し、その日の会談は、何の進展も無く終わった。
それぞれ勝手な思惑を以て、無理矢理、再度の話し合いが約束された。高明、千晴らの赦免。一番譲れない処を千常は突いて来ている。このままでは、何度話しても決着は着かないだろう。だが、何としても纏めなければならない。これを纏め上げて実頼の信頼を得なければ、兄弟を出し抜いて出世することは出来ない。先が見えない交渉に、兼通は頭を抱えた。
一方、お手並み拝見とばかりに成り行きを見守っていた満仲と維茂は、これは決裂するなと思った。慌てて反抗しなくて良かったと思う。交渉が行き詰まって決裂すれば、もはや、兼通は口出し出来無くなるばかりでは無く、実頼の信頼をも失うことになる。特に満仲にすれば、『ざまあ見ろ』と言った処だ。
こちらは千常。戦うより他に無いと腹をくくっているものの、やはり、安倍の支援が得られないことは大きい。蝦夷蜂起の噂を敵が恐れているうちに、こちらの言い分を通してしまうことは出来ないだろうかと模索していた。
「兼通が太郎兄上と高明様の赦免に付いて譲る可能性は御座いましょうか」
千方がそう尋ねた。
「一旦決した朝廷の裁きを覆すとなると、参議如きには出来ぬ。関白・実頼、大納言・伊尹、その二人共が蝦夷蜂起の噂に怯えて我を忘れて慌てふためく以外には無かろうな」
交渉では強気に出ていたが、そんな本音を千常は漏らした。
「難しゅう御座いますな」
難しい展開になってしまったと千方も思った。
「六郎。我等が下野藤原を滅ぼすことになったら、あの世で父上にさぞかし叱られるであろうな」
千常が笑いながらそう言った。
「兄上の口から、そんな弱気なお言葉を聞くとは思いませんでした。やるからには勝たねばなりません」
千方はまだ望みを捨ててはいない。
「いや、臆して申している訳では無い。ただ父上であれば、一から十まで考えた上で勝算を導き出したであろうが、我等は行き当たりばったり。まるで、目隠しをして太刀を振り回しているようなものじゃ。麿もそなたも不出来な息子であるなと思ってのう。戦には勝ちも有れば負けも有る。その全てを推し測って決断出来るのが父上であった」
あの強気一辺倒だった千常も老いたのかと千方は思った。
「兄上、父上に伺うことは出来ませんが、朝鳥の意見を聞いてみませんか」
と千方は提案した。
「朝鳥は郎等ではありますが、兄上に取っても麿に取っても師と言えます。そして何より、父上ならどうお考えになるか一番分かっているのも朝鳥ではないでしょうか。下野藤原の浮沈を掛けた決断をするに当たって、朝鳥の助言は貴重と思います」
そう提案してみた。
「うん? 確かに。考えてみれば、朝鳥には近頃寂しい想いをさせているのかも知れぬのう。体は衰えても、あの男、頭は衰えてはおらん。父上のお心を最も知る者には違いない」
千常も同意した。
「鷹丸が戻る頃ではありますが、新たに鳶丸を送り、出兵前に急ぎこちらに来るよう、朝鳥に伝えさせましょう」
「分かった。そう致せ」
そう言って、千常は千方の肩を叩いた。
8.思惑
鷹丸、鳶丸に護衛されて上野を抜け、朝鳥がやって来た。
「只今到着致しました。急なお呼びとは何で御座いましょうか」
気負った様子では無い。普段の飄々とした朝鳥である。
「うん。そのほうの考えも聞いておこうと思ってな」
千常もゆったりとした表情を見せて朝鳥に言った。
「はて、麿は殿と六郎様の命(めい)に従うのみ。それ以外何の考えも御座いません」
相変わらずすっとぼけた事を言う。
「良う申すわ。亡き父上の命(めい)でさえ、平気で無視した男が」
「これは聞き捨てなりませんぞ。この朝鳥、大殿の命(めい)を無視したことなど御座いません」
朝鳥は、しらっとした表情でそう言い放った。
「将門を討った北山の戦いの折、何をした。父上に無断で本陣から抜けて、前線に飛び出して行ったであろうが。陸奥に赴いた際、陸奥守・平貞盛様より、千方も祖真紀もそう聞いておるわ」
「はて、年のせいか、近頃物忘れが激しゅう御座いましてな。本陣から離れるなと命じられてはいなかったと思いますが」
千常と千方は苦笑した。
「こう言う男じゃ。都合の悪いことは忘れおる。朝鳥。真面目な話、そなたの考えを聞きたい。承知の通り、今、我が家は浮沈の縁にある。最終的には戦う他に無いと腹をくくっておるが、父上が御存命であればどうされたかと思ってな。最後まで父上のお側にいた三輪国時も、一昨年身罷った今、最も父上のお考えを推し測ることが出来るのはそのほうじゃ。忌憚の無い意見を聞かせてくれ」
真面目な表情を見せて、千常が言った。
「大殿ならどうされるか? ならば、御無礼を承知で申し上げます。大殿なら、家を滅ぼすようなことはされませんでしょう。将門を討ったのも、下野藤原家を滅ぼさない為ですから」
朝鳥は、そう言って千常を見た。
「今、我等がしようとしていることは、下野藤原を滅ぼすことと申すか。負けると申すのか?」
千常がそう返す。
「戦に勝ったとして、その後どうされるおつもりか。摂関家を排除したとして、その他の公家共をどう操って、高明様、千晴様を都にお迎えするよう持って行かれるおつもりですか。摂関家の者で無くとも、公家などと言う者共は、何れも自尊心が強く狡猾な者達です。脅したとしても、普段、地に侍らせて見下している我等・東夷(あずまえびす)の言うことを素直に帝に奏上し、赦免の手続きを取るとお思いですか。表面的には従うかに見せて、考えられる限りの策を弄して陥れようとして来るでしょう。
仮に数千の兵を以て内裏を占拠したとしても、公家達の裏工作を全て防ぎ切れるものではありますまい。日が経つに連れて餌に釣られた畿内の土豪達が敵に回り、どうにもならなくなるのではないでしょうか」
「戦に勝っても滅びると言うか」
朝鳥の指摘は、千常の思いの外であった。
「大殿なら、少なくともそのくらいはお考えになったであろうと申し上げただけです。そもそも、都から赴任して来る受領(ずりょう)の搾取を無くす為には、坂東の者達自身が治める他に無いとお考えであったのは、大殿も将門と同じでした。しかし、その先を考えると、将門とはこう有るべきと言う坂東の姿が違うのだから、上手く行かないであろう。坂東の為にならないであろうと考えられた為、将門を討つことに腹を決められたのです。将門は興世王に踊らされて、坂東に朝廷を真似たものを作ろうとしましたので、見切ったのです。将門と手を組めば下野藤原も滅びる。夢は一時諦め、朝廷を利用してでも力を付け、いつかは、収奪に依って贅沢三昧の生活を送る公卿達の手から支配権を奪い、兵(つわもの)自身の手で坂東の地を治める日が来ることを願っていらした」
千常が大きく頷く。
「父上のお考えはまさしく、そのほうの申す通りじゃ。だがこたびのこと、戦にいかにして勝つかは考えたが、正直、その先のことまではそれほど深くは考えておらなんだ」
如何にして勝つかしか考えていなかった己を、千常は素直に反省した。
「戦に勝つことだけをお考えであったなら、大殿は、恐らく将門と手を組んでいたでしょう」
朝鳥が更に指摘する。
「だが、摂関家が朝廷を牛耳るようになった今、何もせんでおれば潰されることは目に見えておるぞ」
千常はそう問い返した。
「大殿なら、戦わずして生き残る方策を考え抜かれたで御座いましょうな」
「摂関家に膝を屈せと申すか。白粉(おしろい)公卿共の足の裏を舐めてまで生き残るつもりなど無い」
そう言い切る千常に、朝鳥がにやりとした。
「下野の暴れん坊と言われた頃のお若き日の大殿も、そんな風で御座いました。ですが、その後ご苦労をされて変わられました。自分が潰されることを恐れず戦いを挑むことは確かに男らしいことと思いますし、これぞ坂東の兵(つわもの)と言われるかも知れません。ですが、大殿の父上・村雄様が亡くなられた後、大殿は国府に睨まれて逃げ回らざるを得ませんでした。その際、村雄様に恩を受けた方々が、危険を省ず、大殿を匿って下さったのです。破れかぶれで戦いを挑んで滅びるのは己の勝手としても、嘗て自分を援けてくれた方々をも巻き込むことになると気付かれた。それからの大殿は無謀な戦いはせぬようになられました。戦うからには何としても勝たねばならない。その為にはどうすれば良いかを、考え抜かれました。勝つ目算が無ければ戦わない。それが、後年の大殿のお考えでした。だから、将門が兵を帰して兵力が手薄になった機会を捉えて戦いを挑み、それでも安心出来ず、将門暗殺と言う奥の手をも準備したのです。将門軍の強さは、将門個人の資質に依るものだと言うことを見抜いてのことです」
「暗殺?」
千方が呟いた。千常、朝鳥、千方、この三人の中で、将門を射殺したのは貞盛では無く、実は、当時古能代と名乗っていた祖真紀であったことを、この時点で知らなかったのは、千方のみだった。
「それは、後で話す」
と千常が千方を制した。そして、
「朝鳥。言われて思い出した父上のお言葉が有る。『弱気な将など話にならぬが、強気なだけで考えが浅ければ滅びる。小娘のように怯えてあれこれと案ずることも必要なのだ。だが、その顔を周りの者に決して見せてはならん』何の折であったか、父上にそう言われたことが、確かに有る」
と述懐した。
「実は麿自身もそうで御座いましたが、大殿の勇ましさ、反骨精神のみを記憶しており、見倣おうとしていたのでは御座いませんでしょうか。こたびのことでも、麿は、何としても先陣に加えて頂き、華々しく斬り死にしたいとさえ思っておりました」
「であろうな。その辺のことは読めるわ」
千常がニヤリとする。
「ですが、或る方とお話ししていて考えが変わりました。どなたと思われますか?」
「はて、誰じゃ」
千常には見当も付かなかった。
「文脩様で御座います」
「何? 文脩とな」
千常は首を傾げた。文脩は千常の実子であり、本来嫡男である。長い間男子の出来なかった千常がやっと授かった男子なのだ。今は十五歳になる文脩がまだ幼い頃、千常は千方を猶子(ゆうし)とし、更に嫡男・太郎とした。つまり、実子・文脩を差し置いて千方を跡継ぎとしたのである。今でも身近な者達には六郎と呼ばれているが、千方の正式な名乗りは、今では『太郎・千方』なのである。
千方は、一旦、家督を継ぐようなことになったとしても、なるべく早く隠居して、文脩に譲ろうと考えている。文脩が幼かったことが千方を嫡男とした最大の理由だが、千常は文脩の性格にも不安を感じていた。
荒々しい処、負けず嫌いな処が無い。理屈が多い。それが、千常に取って不満であった。なぜ千方のように鍛え上げることが出来なかったのかと、多少後悔しているのだ。
「今まで文脩様とお話しする機会は殆ど御座いませんでしたが、今回は、何度もお話しすることとなりました。或る時、文脩様が、
『父上は、我が家を滅ぼすおつもりなのか』と仰いました。『何を仰せか。下野藤原家を守る為に戦おうとされているのです』とお答えしました。すると、『勝てるのか』と仰せでしたので『もちろん、そのおつもりです』と申し上げました。すると『つもりで勝てたら世話は無い』と仰るのです。麿は怒りました。父上が命懸けで戦おうとされていると言うのに、そんな言い方は御座いますまいと強く申し上げました」
千常は朝鳥を見据える。
「それで、あ奴は何と言いおった」
「『必ず勝てるのでなければ、やめて置けば良いものを』と仰せでした」
聞いた千常は、不愉快そうに結んだ口を少し動かし、
「年取ってから出来た、ただ一人の男子。麿としたことが甘やかして育ててしまったのかな。腰抜けめが」
と寂しそうに言った。
「殿。麿はそうは思いませなんだ。殿も六郎様も、大殿の勇猛な処を受け継いでおられる。麿は、文脩様は、大殿の思慮深い処を受け継いでおいでなのではないかと思いました」
「汝(なれ)の買い被りじゃ」
千常はそう言い捨てた。千方も敢えて文脩を庇うようなことは言わなかった。
一方、交渉相手の兼通も悩んでいた。このままでは会談が決裂することは目に見えている。だが、決裂すると言うことは、即ち出世の道を絶たれることを意味する。実は兼通。出世の為の切り札とも言うべき秘策を持っているのだが、それも、兼家と摂関の座を競った場合にのみ使える策であって、大幅に水を開けられていては使いようの無い策でしか無い。何としてもしくじる訳には行かない。悩んだ末兼通は、公家らしいひとつの結論に達する。
『それしか有るまいな』
兼通は、そう一人呟いた。
9.陰に生き闇に死す
二回目の会談は、三日後に同じ福王寺で行われた。
兼通は腹案を持って臨んでいたが、千常には迷いが有った。朝鳥の言葉が、微妙に千常の気持ちを揺らしていたのだ。最終的に、千晴、高明《たかあきら》の赦免を勝ち取らなければ意味が無い。だが、それはとてつもなく困難なことなのではないかと思えて来ていた。かと言って、中途半端な妥協などしたくは無い。相手の出方次第で腹を決める他無い。そう覚悟した。
正対して、一応頭を下げる。顔を上げて兼通を見ると、なぜか落ち着いた表情を浮かべている。『さては、戦うと腹を決めたのか』と千常は思った。
「兵を退く腹は決まったか?」
兼通が鷹揚に言った。
「それは、前回も申し上げた通り、そちらのお答え次第です」
千常も動揺を見せぬよう落ち着いた対応を心掛けている。
「条件は譲れぬと申すか」
柔らかい表情の兼通が質(ただ)す。
「仰せの通り」
千常も平然と答える。
「前にも申した通り、朝廷が決めたことは覆せぬ。戦うより他無いか」
「御意」
兼通は黙って頷き、平維茂と源満仲の方を見た。二人とも、さも当然と言う表情で頷く。千方と貞義は硬い表情を崩さず、黙している。
「やむを得ぬな。だが、最後に申し聞かせたき儀が有る。他の者達は席を外せ」
何事かと思ったが、千常は千方と貞義の方を見て頷く。二人は、礼をして席を立った。兼通は、満仲と維茂の方に視線を送った。二人は互いに視線を交わし、間を置いて席を立った。
四人が姿を消すのを待って、兼通が表情を崩した。
「本音を申せば、戦いとうは無い。世が乱れることは望まん。じゃが、麿の立場も考えてみよ。千晴や、まして高明様の赦免など決められる立場では無い。関白様が了承し、詮議に掛けて初めて出来ることじゃ。そうする為には、都に文(ふみ)一通送れば済むと言うことでも無い。直接お願いしなければならぬことだし、一度や二度で済むことでも無い。時が掛かる。そして、もし、関白様のご同意を得られるとしても、何かの理由が無ければならない。例えば、帝のお代替わりの恩赦であるとかな。いずれにしろ、したくても直ぐには出来ぬ。もし、兵を退いてくれるなら、赦免に向けて力を尽くすと言う一冊を与えても良いぞ」
つまり、高明らの赦免に向けて努力すると言う約束を文書にして与えると言うのだ。
「もし、約束をたがえた時は、その文(ふみ)を世に晒せば良いであろう。朝廷の許可も得ず、勝手にそのような約束をしたことが知れれば、当然、麿は罰せられる。だから、麿も、約束を守って赦免の為に力を尽くすしか無い。どうじゃ、ここまで腹を割って話しても聞き入れられぬか」
言い終わると、兼通は千常の目を見据えた。千常は、既に戦ってみても千晴、高明の赦免まで持って行くことが極めて困難であることは自覚している。だが同時に、公家と言うものを信用していない。千常も兼通を見返し、暫し凍てついた沈黙がその場を支配した。
兼通の言う通り、文書(もんじょ)を与えると言うことは、兼通に取っては相当な危険を伴うことである。兼通がそこまで譲歩するなら、他により良い方策が無い限り受けることもやむ無し、と千常は腹を決めるに至った。
「仰せ頷ける部分も御座います。御言葉に偽りが無く、確かな念書を頂けるのであれば、兵を退きましょう」
そう申し出た。
「そうか! 分かってくれたか。結局、それが下野藤原の為でもある。朝敵に成ってはならぬ」
兼通は歓びを露(あらわ)にした。千常は表情を変えない。これで良かったのかと言う想いがどこかに有るのだ。
兼通は、予め用意させておいた筆と紙を取り出し、約定を認めた。
『こたびは朝廷の説諭に従い、騒乱を自ら収めんとせしこと、殊勝である。本来、相応の罰を与えるべき処ではあるが、特別の計らいを以て罪一等を減じ、お構い無しとする。尚、異例ではあるが、千常に付いては、その武勇を朝廷の為に使うよう命じ、近頃騒がしき俘囚の動きを静める為、次期鎮守府将軍として力を尽くすよう計らうこととする。また、千常より願い出されし千晴らの赦免に関しては、力を尽くし、極力意に添えるよう努める』
兼通は、ゆっくりとそれを書き上げ、千常に渡した。末尾には『参議・従四位上 藤原朝臣兼通』と署名した。
ゆっくりと書いたことと署名に、実は兼通の策が潜んでいた。ゆっくり書いたのは、兼通が意識して普段の筆跡とは違う筆跡で書いた為である。また、署名の肩書『従四位上』も嘘である。この時点での兼通の位階は、従四位下である。万一公表された時、この二点を以て偽造と決め付け、知らぬ存ぜぬと押し通すつもりなのだ。公家たる者、やはり、保身に関しては、ずる賢く強かである。
手筋を変えてみても、現代の筆跡鑑定であれば簡単に見破られてしまうだろうが、当時なら、十分に惚けられる。また、兼通の正確な位階や筆跡まで千常辺りが詳しく知っている訳も無いのだ。
兼通が突然表情を崩した。本人としてみれば、身分を超えた親しみを表そうとしたのかも知れないが、千常と言う男、元来公家の白粉(おしろい)顔が大嫌いなので、突然、にやけられたら気持ち悪いと思うだけで、嫌悪感以外に無い。
「麿の本心が分かるか?」
千常が兼通のわざとらしい笑顔に嫌悪感を感じていることなど、兼通は知る由も無い。
「はぁ?」
「存じておるかとは思うが、麿の六男・正光の室は高明様の姫じゃ」
それは、千常も知っていた。当時、高明直属の部下であった兼通は、高明の三の姫が生まれると直ぐ、六男・正光との婚約を願い出、高明の了承を得た。そして、一昨年、婚姻を結んでいたのだ。正光はまだ十三歳なので、形だけの夫婦(めおと)ではある。
しかし、こうしたことが、安和の変に際して高明派と看なされ、兼通を窮地に陥れることとなった。幸い罰せられる迄には至らなかったが、出世に於いて、弟・兼家に追い越されることとなっていたのだ。
千常は兼通を、高明派で有りながら保身に走り、摂関家の中で何とか浮き上がろうともがいている男と見ていた。だが、先程まで呼び付けにしていた高明に『様』を付けていることに気付いていた。
「罪人となった今、他の者の前では呼び捨てにせざるを得ぬが、麿はいつも心の中では『高明様』と呼んでおるのじゃ。千晴も以前より見知っておる。内心、解き放ちは、麿も望んでおるところなのだ。しかし、今の朝廷の中で、そのようなことはおくびにも出せぬ。じゃが、そのほうの要求と言う形であれば願い出ることが出来る。麿を信ぜよ」
表情は不快であったが、千常の心は、兼通の言葉に少し動かされた。
千常から和議を結んだと聞かされた千方は、千常らしく無いと思い、結果に不満であった。だが、朝鳥の進言も思い起こし、敢えて反対の意見は述べなかった。
同じ日の夜、都の伊尹の舘に忍び入る影が有った。長老である。蝦夷の装束を身に着けている。今は、下野の郷では長老自身を含めて、蝦夷の装束を身に着けている者は居ない。大和の農夫と同じ物を着ている。それがこの日、何故か蝦夷の姿をしているのだ。
影は警備の従者達の目を盗み、南庭から母屋へと進む。南庇に素早く上がると伊尹の寝所に忍び入った。宿直(とのい)の者の目を盗み、寝入っている伊尹に近付くと、いきなり枕を蹴上げた。殺すつもりならそんなことはせずに、ただ刺せば良い筈である。枕を蹴られた伊尹は、闇の中でもあるし、一瞬、何が起きたか判断が付かない。じっと目を凝らすと、何となく影を感じた。影はじっと待っている。
「曲者じゃ。出会え!」
伊尹が叫んだ。手に手に灯りを持った従者達が、慌てて駆け付けて来る。猟官の為、無報酬で仕えている地方の土豪の子弟達である。
灯りの中に姿が浮かび上がる。顔こそ布で覆っているが、伊尹、従者達の誰もが蝦夷と認識し、従者達が伊尹を護る為駆け寄ろうとした瞬間、長老は伊尹に襲い掛かった。
蕨手刀(わらびてとう)が伊尹の腹に突き刺さろうとする瞬間、複数の従者が一斉に長老に斬り掛かった。蕨手刀は、わずかに伊尹の腹に食い込み、血が滲んだ。数人の従者が伊尹を退避させる一方、残りの者達は、尚も代わる代わる長老に斬り付ける。それは、長老が倒れてからも続けられ、上から何度も刺し抜かれた。
「なぜ蝦夷が」
浅手を負って北の対屋に避難した伊尹はそう呟いた。
『やはり蝦夷は、本気で都に攻め上ろうとしているのか』そう考えた。
「賊は仕留めました」
従者達から報告を受けた家司(けいし)が報告に来た。
「血の穢れ。母屋は建て替えよ。当分はここで暮らす」
「はっ。お怪我の方は、大事御座いませんか。直ぐに医師が参ります」
「かすり傷じゃ。大事無い」
伊尹の寝所の床は、長老の血に染まっていた。手柄を立てるのは今と、誰も彼もが競って斬り付けた結果だ。
伊尹はこの事件を隠すことにし、厳しく箝口令を敷いた。
「賊はたまたま蝦夷であった。逃げた蝦夷で賊となっている者も多い。だが、このことが表に出れば、
『大納言が蝦夷に襲われた。やはり、蝦夷が都に攻め上って来ると言う噂は本当だったのだ』と言うことになってしまう。
民心を不安にさせ、都を混乱に陥れる。良いか、例え親・兄弟といえども決して漏らしてはならん。万一、漏らす者有らば、厳しく処罰する」
そう通達して圧えたが、伊尹自身の心には『蝦夷が攻め上って来ると言うことは有り得る』と言う観念が植え付けられてしまった。
千常に兵を退かせることに成功した兼通は、帰京して実頼に報告した。与えた文書のことは触れない。条件としては、千常の次期・鎮守府将軍と千方の身分保障、昇進に付いて約束したとだけ伝えた。実頼が事前に了承していた内容とほぼ同一である。
「良うやった、兼通。麿は、兄弟の中でのそなたの立場理解しておる。任せよ。悪いようにはせぬ」
和睦に付いて伊尹から相当な反発が有ることを実頼は覚悟していたが、なぜかそれは無かった。
*拙作『坂東の風』第四章より
https://novel.daysneo.com/sp/works/8960d2e384641ceacd93ea36060d5053.html
執筆の狙い
『信濃国、藤原千常の乱を奏す』
『坂東の風』の主要登場人物の一人である“藤原千常”の名を『長野県史』の中に見付け、作品の流れと辻褄を合わせて『坂東の風』の中のひとつのエピソードとして描き、作品の一部として取り込んだフィクションです。
史実では乱の詳細は不明で、日付も非常に不自然だったので、その辺を辻褄が合うように調整しています。
この時期の信濃守は、実際に平維茂です。
平維茂が戸隠山で鬼女・紅葉を退治したという逸話や源満仲の鬼退治伝説の時代設定は、偶然にもこの時期と一致します。
この時期、満仲が信濃に居た可能性は有るのです。
小説とは所詮嘘なのですが、私の方向性は有り得ない絵空事ではなく『有り得たかもしれない』物語を模索しながら描くことにあります。