孤低のグルメ
コンドーム工場で働いている。バイトだ。バ・イ・ト。38歳にもなってバイトだ。バ・イ・ト。
しかし、誰もが大多数の法則に従って生きていけば良いというわけでもないだろう。一般法則なんかより、雨を愛好する変人という存在が、世の中を豊かにしている、かどうかはわからない。
人と違う生き方をするというのはなかなか不安なものだ。群れから離れた小動物のように不安だ。恐ろしい肉食動物に、噛み砕かれるかもしれない。群れからあえて離れるなら、それくらいのリスクは背負うべきかもしれない、というよりリスクを背負っているということ自体が、その存在を異様に輝かせているのかもしれない。リスク。変人扱い、精神病、孤独、犯罪、立ち小便、スカトロジー、詩人、オナニー愛好、ナイフマニア……。不安を凝視すべきだ。リスクが死ぬほど恐ろしいからこそ、リスクを背負う。精神的な闘争をすべきだ……。と、リスクを恐れてみせるが、本当のことを言えば、多数の法則に従って生きることのほうが遥かに恐ろしい。生きながらに死んでいるうように思えるのだ。
そういった思考だからこそバイトなのだ。それもコンドーム工場で。熱を持ったコンドームを冷却して固めるのが、僕の仕事だ。労働で人生の花が咲くというが一向に咲かない。まるで羊歯植物のように鬱蒼とした重い葉が、地面の上に這うように伸びるまでだ。
花、花とはなにか。僕の生において花とは。花とはコンドームのことか。花は植物の生殖器だから、まんざら遠くもない。花に被せるゴムがコンドームだ。そうだ、コンドームとは繁殖を目的としない性交を、つまりエロティシズムを逍遥するものだ。つまり変態を逍遥するものだ。そう考えると悪くない仕事のようだと思う。
そんなことをグニャグニャと白子の塊のように考えていると、ふと向こうのラインで仕事をしているパートのオバサンのジーンズに包まれた尻がふと見えた。じっと見る。見ているうちに勃起をしてくる。パートのオバサンに欲望するとは、僕も歳をとったものだなと思う。初恋の相手は小学生だった。もちろん僕も小学生だった。小学生の恋愛は、精液も膣液もないサッパリしたものだ。コンドームも要らない。歳をとるにつれて、ドブ臭い恋愛になってくる。精液だ膣液だ妊娠だ堕胎だコンドームだバイアグラだピルだ月経だ不倫だ結婚だ……。何もかも火炎放射器で焼き尽くしたい気分になる。荒れ果てた焦土のほうが幾分かサッパリしている。
そんなことより僕は勃起してしまった。それにいろいろ考えて悶々としている。工場には一回五百円でしゃぶるバイトの女がいる。不美人である。肌は浅黒く、顔のエラは張っていて、目は濁っている、という女だ。僕はその女を工場のすみにつれてきて五百円を渡して、猛りに猛ったペニスを露出した。女はしゃぶった。音をたててしゃぶった。やがて僕は口内に射精をした……。
労働を終えた。工場から出るとすでに陽が傾き、街を朱に染めていた。
僕は腹が減っていたので、行きつけの食堂へ行った。その食堂は変わった食堂で、架空の生き物を食べさせるのだった。こないだはドラゴンの尻肉を食べた。
店名を「魔食亭」といい、外観はひしゃげたような木造の建物だった。木は腐食が進んでいて湿気で黒ずんでぐにゃぐにゃしている。よく倒壊しないものだと感心する。首都直下型地震がくれば間違いなく崩れるだろう。
曇ガラスの引き戸を引き、店内に入ると、眼帯をつけた主人が「いらっしゃい!」と威勢よく言う。店内にはすでに、二、三の客が居る。双頭の客や、象皮病の客などだった。
僕はカウンターに腰掛け、「なんか良いものある?」と聞く。
「ビッグフットの睾丸があるよ!」
「じゃ、それで。あ、あとビール」
ちびちびとビールを飲んでいると、壁にゴキブリが這っているのをみつけた。ゴキブリが這うのをなんとなく眺めながら飲んでいると、やがてビッグフットの睾丸の定食が運ばれてきた。
ビッグフットの睾丸は、雪のように真っ白な球体で、艶があって、店内の蛍光灯をキラキラと反射していた。眩しかった。他に、キャベツの千切りやパスタのサラダや味噌汁や白米などもあった。
割り箸をとって割り、睾丸に入れた。やぶけた睾丸からとろりとした濃厚な液体が流れた。箸で破けた睾丸の皮をつまみ、口のなかに入れるとなんとも上品な甘味が広がった。それをビールで流し込んだ。よく合った。
味噌汁の椀を手にすると、一個の眼球が浮かんでいた。なんの眼球かと店主に聞くと、尻目の眼球だ、と答えた。何でも妖怪の一種らしく、尻に眼球をはさんだ妖怪なのだそうだ。眼球を箸でつまみ、歯で噛み破ると、若干、苦味のある液体が口内を流れた。やはりそれをビールで流し込んだ。
食べ終えて、残ったビールを飲み、ふっと溜め息をつく。
ここに来て、妙なものを頼むと、やはり自分は異端だと思うのだった。それに、ここは異端な自分を、自然に受け入れてくれる場所である。気が晴れて、明日を生きる活力が出るのだった。
僕は支払いを済ませて、帰路についた。夕焼けが悲劇的に街を染めていた。
執筆の狙い
ドラマの「孤独のグルメ」に触発されて書きました。よろしくお願いします。