ヒトコト著作権
ツイッターが買収され、Xになったのも束の間。その独り善がりな政策はユーザーから嫌われ、次いで人口移動、深刻な経営危機に陥った。そこで再びの買収劇からオーナーとなったグーグル社はXを再びツイッター(Twitter)と改め、改革案に乗り出した。その一つが俗にいうググる、グーグル検索にツイート検索を加えたこと。そしてもう一つの大きな目玉が、ヒトコト著作権だった。
会社の帰り道、芝原明美は夕焼けのビル群をスマホに写して、「今日はコンソメスープのような秋空」とツイートする。明美は毎日のどうでもいいことを一言呟きながら生活することに、どこか張り合いを感じている。そのツイートには世間を騒がすニュース性はないけれど。
「今の時代ツイッターは何処にでもつながる深夜の遠距離電報だねー」なんて捻くれた比喩、これも明美がある真夜中にツイートした言葉の一つだ。彼氏とケンカ別れすれば、「あーもう憂鬱」「憂鬱って漢字を一秒で書けるスマホの時代なんだねー」「スマホのような彼氏ください」なんて断続的にツイートした夜もあった。
夕食に何時ものように手抜きの代表格のカレーを作り、「一人暮らしは人をカレーの達人にする」なんてツイートをし、寝る前にその反応を見て、「シチューもな」なんてのに「ハヤシライスも可(ローテーション)」なんて返事をする。そういうのがなんとなく楽しいようだ。
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ツイッターの新機能「ヒトコト著作権」について軽く説明します。過去のものも含めてツイッターで一定数使われたヒトコトを「エナジーヒトコト」とし、それを初めて使った人に著作権を贈与します。その「エナジーヒトコト」をツイッターで使うには使用料を2円払うことになりますが、その著作権の持ち主は対価として使われるたびに1円貰うことができます。また「エナジーヒトコト」にはそのヒトコトへのコミュニティができ、ユーザー同士が交流できます。これにより、更に流行が加速し、「エナジーヒトコト」が爆発的に流行ったら……
つまり「バズる」言葉をツイッターのあなたが見つけたら億万長者? 2円の賽銭のあなたの発言でそれが世の中の流行語になる可能性も?
そんな夢のあるヒトコト著作権なのです!
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会社の後輩が早速「ヒトコト著作権」に飛びついた。
「凄いですねー、わたしもね、ユーチューブがめちゃくちゃ流行ったら対価をもらえるように、ツイッターもそうじゃなきゃって。思ってたんですよ」
「そうかなー。わたしは今まで通りで良いと思うけど」
明美はホットコーヒーをちびちびやりながら、その日もまた夕空を見ていた。やれやれ、今日の夕食とツイートは何にしようか。
ヒトコト著作権が導入されたその日。驚くことが起こった。スマホでツイッターを見ると。「告知」という欄が出て、「あなたのヒトコトがエナジーワードに認定されました」とあり、その下に申し訳なさそうに「にゃん吉大魔王」という単語が置かれていた。
「わっ」と思った。
宝くじに当たるとはこういうことか。幾らになるんだろう。がめつくも、最初に思ったのはそれだった。それから恐る恐る、エナジーワードの「ニャン吉大魔王」のコミュニティを覗いてみた。
「誰も書き込んでない」
そりゃそうか。誰も使わなさそうなマイナーワードだもんな。だからこそ誰も思いつかず、わたしのヒトコトが第一に使用されたのだろうけど。でも、なんで「にゃん吉大魔王」なんだろう。ツイッターの告知には、その時のツイートも引用されていて、それが栄えある初めての1円の収入になるのだが、真っ黒な猫がふてぶてしく歩いている画像が添付されている。それは自分でも忘れていた風景だった。猫ちゃん、ありがとね、元気だったらいいな。心軽やかに仕事を片付け、禿げた上司と世間話をして、今日も仕事が終わる。そして夕焼け空を見てツイートをする。「あー、うれしっ。もう、コンソメ色の空に煮込まれて溶けちゃいたいくらい」ふっとポップアップが出て、「エナジーワードがあります、コンソメ色の空、1円を使って使用しますか?」というメッセージが浮かんだ。少し嫌な気がしたが、空を見てわたしと同じことを思ってた人がいるんだな、と思うと幸せな気持ちでツイートした。
「ニャン吉大魔王」のコミュニティは少し荒れていた。そもそも訳の分からないだろうこの言葉が「エナジーワード」になったのは、「にゃんこ大戦争」というスマホゲームで「にゃんこ大魔王」というキャラが出来て、それに似ていたから使用する人が増えたようだ。
コミュニティでは「にゃんこ大戦争のパクリ」「情弱女が考えそうなネーム」といった誹謗中傷がいくつか、それに対して「このエナジーワードの方がにゃんこ大戦争よりも先輩じゃん」「むしろにゃんこ大戦争がパクリ」といった反論がいくつか。でもその論争の陰で「にゃん吉というところにセンスを感じます」「わたしもこういう日常のささいなヒトコト見つけたーい」みたいな、心ごと踊ってしまうようなメッセージもあった。
それから明美は新しいエナジーワードに試行錯誤した。明美のような人が思いつく楽しいワードは既に登録されていて、かといって誰も思いつかないような新しい言葉を考えても使用者数が少なすぎて直ぐにエナジーワードになる見込みはない。なまじなったとしても著作権料、たかが2円と侮るなかれ、を払ってまで使いたい言葉かどうかは自分でも疑問だ。
「にゃんこ大王」「にゃんこくどう」「ひやしにゃんこそば」辺りは既に登録されていて。「にゃるがりーた」「猫たちの晩餐(四国)」などは確かに新しいが、どうも流行らなそうだ。
それでも明美は、ふと空いた隙間時間に「エナジーワード」を考えるのが日課となった。最初は縁起を担いで猫だけにしていたのが、社会情勢、オタク界隈と広げていって、かえって知識が広がったのが皮肉だ。その知識も、単語を詰め込む中学受験生のような、不毛な知識の広げ方だったのは否めないが。
というのも「にゃん吉大魔王」の著作権収入が月に1000円前後、定期的に入る。更にはそれ以上に何かツイッターをするたびにエナジーワードの著作権料を払う機会がある。どちらも些細なものだが、自分の初めて閃いた言葉が、月に千人以上の人に使われていると思うと、なにか代えがたい喜びが湧き出てくるのだ。コミュニティはひたすらにパクリ論争に終始しているが、それでも五十に一つは、「にゃん吉、愛してる、なんで君が魔王に?」という冗談だったり、「こういう絵、描いてみました」とかイラストまでついてくる。「承認欲求が満たされる」、そんな定型的な言葉に納めたくない満足感、と同時に感じる飢えが明美を襲っていた。
トイレで便秘に悩んだ時。これだ! と思いついた言葉。それをツイートする。
「うんち不動産」
「エナジーワードがあります、うんち不動産、1円を使って使用しますか?」
「わたし、なんて言葉使ってるんだろう。ウンチなんて。不特定多数の前で。それもエナジーワードになってるし」
そんな感じで「ヒトコト著作権」にはまっていった明美が、「ヒトコトメーカー」に出会うのは必然だったのだろう。バズるヒトコト集のサイトを巡っている時、そのサイトに出会った。
そこには
「あなただけのオリジナルのヒトコトをたくさん、たっくさん作ることができます。サイドビジネスにも」
加えて
「I・Hさん 【冷やしたぬきカレーそば】で、月20万」
「Uさん 有名映画ディスティニーの発表前に【がっかりディスティニー】をツイートし、月に100万」
という実績も並んでいた。
「まずは10000のワードを生成するプロトツールから。今なら無料です」
* * *
「明美さん、明美さん、開けてください」
おっさんの警察官がドアをノックしている。五月蠅いな、開けるよ、わたしは忙しいんだから直ぐに帰って。
「だから、騙されてるんですよ」
「騙されてないわよ、ほら収支は月に50万円プラスで、ぜんぜん世間でいうような悪質じゃないところなの」
皺一つないシャツの警察さんが言う。
「あなたのツイートというのが、非社会的なアンモラルなものでも?」
わたしは怒る。そういうどうしようもない偏見が、このビジネスを難しいものにしているのだ。
「そんなことない」
「そんなことある!」
わたしが酷い剣幕で怒ったら、警察はそれ以上の怒鳴り声で怒ってきた。ああ! もう!
「証拠は! あるの!」
「あります」
「見てください、三日前のあなたのツイート、【ひな人形、サーロインでお貸ししまする】、ひな人形、これは売春の隠語です。似たような【ひな人形】を頭に使った「エナジーワード」、あなたの「エナジーワード」から8個見つかりましたよ。どれも著作権料は微々たるものでしょうが、確かに被害者はいるのです」
「だから! 証拠は! あるの!」
「あなたは自分のツイッターも見てないんでしょう。もはや」
「ああ!」
警察官はむしろ憐れむような声で
「あなたの作った、いや作らされたのでしょうが、エナジーワード、そのコミュニティを観てください、目に焼き付けてください」
「ひな人形」やら「十七の月夜」やら売春ワードを混ぜたエナジーワードのコミュニティ。そこにあった、言葉の数々。醜い性欲の塊と、軽い気持ちで身体を売る子、犯罪の行く先、時折混じる被害者の訴え。わたしが、わたしが、作ったんだ。そして、わたしはその金を吸ったんだ。
わたしは声にならない悲鳴のような、ただ、呻きをあげた。
「あなたのしたかったこと、それを思い出してください、少なくともこんなことではなかったはず、でも、もう時間はありません」
警察官はまっすぐにこちらを見つめ続ける。
「直にあなたのツールを作った【ヒトコトメーカー】訴えられますよ。もちろん知らなかったとはいえ、それに加担していたあなたにも罪は及ぶでしょう。そして【ヒトコトメーカー】の会社、ツールのバージョンアップと称して定期的にお金をせしめ、そしてメールアドレスと架空の住所を変えることで、雲隠れし続けているのです。残念ながら逃げ切るでしょう。けっきょくは一番損をするのは末端のあなたのような構成員なのですよ」
少し、少し時間をちょうだい。
「ちょっと、ちょっと待って」
「今日までならいくらでも待ちますよ」
「なにか、なにか」
「今の気持ちでもツイートしますか、案外ヒトコト著作権、もらえるかもしれませんね」
「それ、いいかも、いいかな」
わたしは泣きながら、つぶやいた。何故かそうつぶやいていた。
「冗談のつもりだったんですが……いいですよ」
わたしはツイッターに今の心からの絶望と汚れきった膿をツイートという形でぶちまけた。
「エナジーワードがあります、〇〇〇〇、1円を使って使用しますか?」
* * *
わたしは心の病院に入った。そこはネットがなく、不自由だったけど。人と人が言葉で、会話でつながり、むしろ居心地のいい環境だった。「おはよう」があって「いただきます」があって「ごちそうさま」があるところ。一日に一度、作業療法と称して、カラオケ大会みたいなのがあって楽しかった。女ながらにスピッツの「ロビンソン」をよく歌った。「残酷な天使のテーゼ」が人気だった。
それでもネットは絶てそうもない、と私よりも若そうな青年の主治医に言うと。「あなたは素直ですね」と言われ。それから。
「あなたの心の病はネット空間で人が見えなくなってしまった、所謂ネット依存の影響もありますが。それでも随分前のあなたはネットに囲まれながらも、楽しく社会で生活をし、一人で自立していたのでしょう。要はネットは使い方の問題なのです。程度の問題。月並みですがね。あなたはそれが出来ていた。出来なくなったのは、あなたの少しの不注意と、甘い社会の罠と、どうしようもない現代という時代なのですよ。いわばケーキとラーメンだらけの社会。それに運動不足のオフィス勤めが続いてはね。ずいぶんお痩せになって。こちらの質素な食生活は、だいぶお辛かったでしょう」
「ええ、だいぶ、はは」
泣けてきた。テキストでは伝わらないだろう生の人の声だからこそ響く温かさが、何よりも説得力を増していた。
それからわたしは実家から近くの喫茶店のアルバイトをしながら、今日も楽しく生きている。ネットについて考えることがあって、むしろ前よりもハマってしまっている。今では違法となったツイッターの代わりに。本当に短い2,3行の日記というよりも、時記というよりも、なんだろう、それはメメントメモ(瞬記)と名付けられたのだが。そんなものをネットでアップしユーザー同士で緩くやり取りをする。そんなのにハマっている。まだまだ一時期のツイッターほどの盛り上がりはないが、これはこれで少し寂しくも、仲間内で楽しめてる感じだ。そして今日も夕日に向かって呟くのだ。
「やっと一日が終わるよー。コンソメの空がコーヒー色に変わってく」
執筆の狙い
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