作家でごはん!鍛練場
若竹多留衣

尾田と武智

 青々と晴れた夏の空。雲の少ない澄んだ空に浮かぶ太陽は、地上に燃えるような光を放っている。そんな日の光に照らされた大手喫茶店チェーンの深緑の看板は、車道を行く人々を見下ろすようであった。店内は休日の昼間ということもあってか、客が多く賑やかだ。パソコンを開いて作業する者、連れと話をする者、この店に来る誰もがどこか洒落た雰囲気を持っている。その雰囲気はこの店の良さであり、一部の者に敷居の高さを感じさせる要素でもあった。
 そう言った店の中で、1人周りとは違う雰囲気の客がいた。頭にはバンダナを巻き、大きめの眼鏡をかけ、赤のチェックシャツはジーンズにインしている男。足元には何が入っているのかいないのか、微妙な膨らみを持ったリュックが置いてあった。場違い感のある客の向かいには、女性が座っている。ボブカットの髪、白いトップスにキャメルコート、ヴィンテージ風デニム。こちらは違和感のない装いをしていた。不釣合いなこの2人に、店内の注意が自然に向いていた。この奇妙な組み合わせの客の話を少し盗み聞きし見よう。
「いやぁ、今期は豊作でござるよ〜」
男は嬉しそうに、向かいの女性に話していた。
「アニメも映画もドラマも、次期が不安になるくらいには良作ばかり。いやはや、生きている間にこんなことが起きるとは……」
感慨深そうに頷く男を、女性はまじまじと観察するように見ていた。そして、女性は組んだ手に顎を乗せる。
「ねぇ、尾田くん」
女性の薄い唇から少し弾む声が、発された。
「何でござる? 武智氏」
尾田は次の言葉を発しようとしていた口を閉じると、前屈みに返した。
「あのさ、いつまでそのままでいる気?」
武智は眉間に皺を作ると、首を傾げた。それに対して尾田は、豆鉄砲を食らったような顔した。
「え。いつまでって、何をでござる?」
尾田は自身の身の回りの物を見た。尾田自身は、眉を顰められるような物は持っていないつもりだ。
「いやさ、周りを見てみなよ」
武智は周りを見るように促すと、自身は人差し指をを指して180°動かした。尾田もそれと一緒に周りに視線を向ける。一通り見ると武智は
「ね?」
と肩をすくめた。
「みぃんな、開国してるんだよ? 尾田くんはさ、いつまで攘夷だの尊王だのってやっているつもりなの?」
武智の口調は、どこか間違いを諭す母親のようである。しかし尾田は、イマイチよく分かっていないようで、微妙な顔をした。
「え……いや、武智氏? 何の話でござるか?」
尾田は眉をハの字にして、戸惑いが隠せないようだ。尾田の言葉に、今度は武智が驚いた顔をした。
「えぇ〜。もぅ、ちゃんと聞いててよね。尾田くんの服装とか話し方の話!」
武智は、
「当然でしょ?」
と言わんばかりの眼差しを向ける。尾田は額の汗をペイズリー柄の赤いハンカチで拭った。
「いや、分かってるでござるよ? ござるけれど。そのぉ、本来聞こえてこないはずの単語が聞こえてきたものでござるから少しばかり混乱を……」
武智は尾田の答えに不服そうに、顔を顰めた。尾田は武智の非難の視線を受けながら、放置していたコーヒーに口をつける。
「何よ……。まるで私が訳の分からないことでも言ったみたいじゃない」
「え、いや、言ってたでーー」
反論しようとする尾田のことばを、武智が机を叩く音がかき消した。
「もぅ! 私は欧化政策にならないようにって、尾田くんのことを思って言っているのに!」
武智のよく通る声が店内に響く。何となく見るだけだった視線や、そもそも見ていなかった視線が全て2人に遠慮なく注がれる。
「武智氏。ちょっ、ちっと、落ち着いてでござる」
尾田はなんとか静めようとするが、武智の情緒は一度昂ると中々戻らない。尾田はそれを知ってはいるが、多くの人の目の手前このままと言う訳にも行かない。
「ふん! もう知らない!! 井上馨にでも、なれば良いんだ!」
武智は一通り叫ぶと、カツカツと歩き出した。
「あぁ、武智氏ぃ!」
尾田は大急ぎでリュックを背負うと、机の上のコーヒーを両手に持って後を追った。周りの視線は、2人が店から出るまで向けられた。2人の居なくなった店内を、沈黙が支配した。しかし、それはほんの僅かの時間であった。洒落た雰囲気にそれに馴染む客たち、いつも通りの光景が戻ってきた。その様子は、つい先ほどまでちょっとした騒ぎがあったとは思えない。ただ一つそれが垣間見えるとしたら、お互いそっぽを向いた椅子だけである。しかしその椅子も、すぐに定員により整えられ、客が座った。これにて珍客の気配は全て消えてしまったのであった。

尾田と武智

執筆の狙い

作者 若竹多留衣
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アイデアだけ浮かんでも、形にできないとダメですよねぇ……
個人的には歴史物の方が、書きやすいですね。

コメント

fj168.net112140023.thn.ne.jp

拝読しました。
信長と光秀ですかね?
信長のオタクっぷりが笑えました。
ラストシーンが意味深でした 乙!

fj168.net112140023.thn.ne.jp

再訪です。
あぁ、三つ葉葵ね(笑)

ドリーム
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拝読いたしました。

喫茶店での一場面ですね。
周りに馴染まない服装とその容姿、前の席には一人の女性。
この男は小説家か脚本家でしうか、それにしても侍言葉とは面白い
私も思ったのですが尾田と武智 ちょっ文字れば織田信長と明智光秀を連想させまい。

>尾田は大急ぎでリュックを背負うと、机の上のコーヒーを両手に持って後を追った。

此処は解せませんね。そんな事したら店員に止められますよ(笑)

余談ですが東京都下で人家が少ない地に有名な喫茶店があります。
テレビドラマやCMなどに良く利用されるところです。
つい思い浮かべました。

fj168.net112140023.thn.ne.jp

ドリームさんへ
歌舞伎の世界では、尾田と武智で通ります。

若竹多留衣
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凪さん、ありがとうございます!

>信長と光秀ですかね?

そうです!
と、言うか。名前の由来が、そうです!

>信長のオタクっぷりが笑えました。

笑っていただけたとは、嬉しいですね!
個人的な目的は達成かもしれません。

欲しい反応があると嬉しいですね!
最後に改めまして、ありがとうございました!!

若竹多留衣
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ドリームさん、ありがとうございます!

>此処は解せませんね。そんな事したら店員に止められますよ(笑)

 うぅむ。私のイメージがうまく伝えられてないみたいです。
 個人的にこの喫茶店は、 Starbucksをイメージしました。Starbucksだとドリンクを紙やプラスチックのカップに入れますよね。そして、店内でも飲食ができたと思います。まぁ、このイメージが合っているかはイマイチ分かりませんが……。

もっと細かく書けば良かったですね。
最後に、読んで頂けただけでなくコメントもくださってありがとうございました!

fj168.net112140023.thn.ne.jp

あはっ、Starbucksだったのね。深読みしちゃった(笑)
「大手チェーン、深緑のロゴ」から、「家康、三つ葉葵」を連想しちゃったんだよね。で、天下泰平の時代(違う世界線)にタイムリープしたかのような設定で読んでた。

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