もどきの教室
「争いの絶えない時代がありました。
多くのものが失われ、残された人々は争いを止める方法を考えました。
まず身分の違いが争いを生むのだと考え、全員に平等な権利を与えました。しかし、争いは止みませんでした。
次に思想の違いが争いを生むのだと考え、すべての思想を統一しました。しかし、争いは止みませんでした。
なので能力の違いが争いを生むのだと考え、愚鈍な人を全員排除しました。争いは止みましたが、世界から活気が失われました。
そこで我々は完全な存在となるべく尽力を尽くしましたが、世界はどんどん無機質になっていきました。
いったい何が足りないのでしょうか。長い話し合いの結果、愛情が不足しているという結論が出ました。
そこで我々は、新しいプロジェクトを立てました。ここで子供たちに愛情の注ぎ方を教育し、その後で無作為に定められた家族と愛を育ませるのです。
……というわけで、みんなはここを出たら家族と暮らすんだね。みんなはどんな家族を作りたいかな?」
先生はそう言って、教室全体を見回す。
「04はどう思う?」
机に突っ伏していた、坊主頭が顔を上げる。
「えー、せっかくならカワイイ子と家族になりたい!」
先生が人差し指を立てた。
「こら、人を見た目で判断しちゃいけないよ。不細工な子でも愛さないと。」
「すいませーん!」
坊主頭が勢いよく下がる。先生は頷いて、また教室を見渡した。
「それじゃあ15はどう思う?」
お下げ髪の女の子が震えながら口を開く。
「07とだけはいやだ。」
「こら。07は15のことがこんなに好きなのに。もらった愛は返さないといけないよ。07に謝りなさい。」
「……ごめんなさい。」
07は、にへらと笑ってまた15の太腿をまさぐり始めた。
「02はどう思う?」
ポニーテルが揺れた。
「はい。わたしは、どんな人と家族になっても愛情をたくさん与えます。もっと世界に愛が満ちて、完全になれるように頑張ります!」
「うん、とっても素敵だね。沢山の愛を与えられるように頑張ろうね。」
先生が拍手すると、他の子どもたちもつられて手を叩く。02は満足げだ。
「じゃあ、19はどう思う?」
「……。」
「19は、どう思うかな?」
「……ぼくは、」
「十六時になりました。」
先生はそう言って、姿勢を正して硬直する。
「授業を終了します。お疲れ様でした。」
いつものように教室はざわつき出した。帰っていくクラスメイトたちのなか、一人うつむく19を見て、02は笑いかけた。
「ねえ、まだ帰らないの?」
「……。」
「ならちょっと話そうよ。」
見向きもしない19の横に02が座る。
「わたし達、前はよく一緒に遊んでたけど、最近はあんまり話してなかったよね。時々19がわたしのこと、ちゃんと愛してるか不安になるの。」
19が言葉を象りかけたが、02がそれを遮るように言った。
「さっき言いかけてたけど、19はどんな家族を作りたい?」
「……家族なんか作りたくない。」
02は目を丸くした。
「家族を作らないとたくさん愛すことができないよ。」
「バカだなあ。僕らは愛することなんてできない。」
02の眉間にしわが寄る。
「でもわたし、みんなのことを愛してる!」
19が冷笑を浮かべた。
「そう思い込んでるだけだよ。見返りを求めてることにも気づかない。結局は自分のためなんでしょ。」
「そんなわけないでしょ、ひどい……。19のことだって愛してるのに。」
19はため息を付いた。
「なら、ぼくの何を愛してるの?」
「優しいところ!昔さ、わたしがしょっちゅう転ぶから、いつも19が手当してくれたよね。懐かしい。……うん。やっぱりわたし、あなたを愛してる。」
「君が愛してたのは、ぼく?それとも怪我の手当て?自分に都合のいい存在を求めてるだけじゃないの?そんなの、愛じゃない。」
02は少しの間面食らったが、噛み付くように畳み掛けた。
「それから、面白いところも好き……! 19はちょっと変わってて、話しててとっても楽しいの。これって愛でしょう?」
「それって娯楽として自分を楽しませてくれる存在がほしいだけだよね。愛じゃないよ。」
02は口をパクパクさせてから、うつむいてまた少し考える。
「……でも。」
「でも?」
澄んだ瞳が、19を真っ直ぐに捉える。
「あなたがいなくなったら悲しい。これも愛じゃないの?」
「自分の世界を構成するパーツが欠けて、悲しい気がするだけだよ。時間が経てば悲しさも、ぼくの声も顔も忘れて、また笑ってる。」
とうとう02は黙りこくってしまった。秒針の、カチコチという音がやけに大きく響く。
「……02にだけ教えるね。ぼく、明日死ぬんだ。」
「えっ?」
19は初めて02の目を見た。02は変わらず間抜けな顔をしている。
「ぼく、こんなでしょ。この前の不適合検査に引っかかったんだ。だから廃棄される。」
19の言っていることをうまく咀嚼できない。
「ぼくは人間になれなかった。でも君だって、みんなだってなれない。」
「……なれるはず!だってわたし達は見た目も中身も、こんなに人間に近づいたんだよ。」
カン、と音を立てて02は19の肩を掴む。
「僕らの中で再現された"感情"は偽物で、自分本位だ。他を思いやる気持ちが足りない。だから愛せない。」
02はうつむいた。
「人間は争いながら、どうやって愛していたのかな。」
「さあね。僕らにはわからないよ。」
02の手が19の肩から滑って落ちて、しゃーっと金属がこすれ合う。02は19の目を見る。その目の奥は変わらず温かかった。
「……どうしてわたしにだけ教えてくれたの?廃棄のこと。」
「なんでだろう。」
19は眉を困らせて笑った。
「君にだけは、知っててほしかったんだ。」
「……それって、」
02は一時停止して言葉を飲み込んむ。
「なに?」
「……なんでもない。」
執筆の狙い
ラブと意外な結末が書きたかったんです。あんまり意外じゃないですか?