ANOYO
皆さんは死後の世界を信じるのだろうか。
信じるか信じないかは別として、ANOYO(あの世)の世界を教えてあげよう。
よく言われるのがANOYOには天国と地獄があると言われるがあれは違う、親が良い子に育てようと善い行いをすれば天国に行けるけど悪い事ばかりすれば地獄に行くと言い聞かされて来た。だがANOYOには天国も地獄もないのだ。
それはさて置き、その前に俺の生い立ちを少し紹介した方が、リアルに楽しめるだろう。
その後、ANOYOに入界したい方には、賢い方法を伝授しよう。
人に限らず全ての生物は、いずれいつかはANOYOに行かなくてはなりません。しかし、これは生前どんな人生を送ったかが重要なのです。それによってANOYOでは待遇が違うのです。心して生涯を終えてください。
で、俺の人生だがこのような生き様でした。
若い時は色々やった。良い事も悪い事も、もちろん人並みに恋愛もして結婚した。
生まれた家は貧乏だった。それに最初気付いたのは小学校に入った頃だったかな。
当時は田舎の学校で給食設備はなく、弁当持参だった。
友達の弁当は豪華なのに、俺の弁当の中身といったら梅干だけ、たまに海苔が入っていれば良い方だった。
その弁当を見られるのが恥ずかしくて、俺は隠すように食ったものだ。
そして皆は高校へと進学して行ったが、貧乏な我が家は高校に行ける金がない。親には感謝すれ文句を言える筈もなく、どうせ働くなら都会がいいと俺は東京に出た。なにせ当時中卒は金の卵と持てはやされた時代。どんな仕事にしようか悩む必要もなかった。幼い頃からロクなものを食えなかった俺は食べ物に苦労しない調理師を目指した。定時性高校に通いながら働いたが、やはり貧乏から抜けだせない。それでも学校と仕事を両立させ、なんとか大学を卒業出来た。
ただ転職の連続だった。それは俺の恋愛にあった。貧乏でも俺は一人前に恋をした。
生まれて初めての恋は十九歳と遅咲き。初めてのキス。俺は初めてのキスはどうすれば良いか分からず、唇を合わせたが相手の歯と自分の歯がぶつかりカチカチと鳴った。夜の砂浜での甘いキスのはずが……処が彼女はキスの後こう言った。
「あなた、キスが下手ね」
ガーン! 当たり前だ。初めてのキスだもの。すると何か、お前は経験豊富なのか?
過去の恋愛を自慢する奴はこっちがお断りだ。こうして俺の初恋はもろくも砕け散った。
甘酸っぱい青春だった。それから自棄になり新しい仕事に就いてもすぐ辞めた。その繰り返し一年で六回も職を変えた。恋愛も同じで色んな女性と付き合って来た。そんな免疫が出来て、俺もその恋愛の道では次々と交際をしては別れの繰り返し、少なくても俺は十人以上の女性と交際し、俺の青春は完全に開花し満足なものだった。但し仕事を除いて。何度も転職したが、おかげで世の中の仕組みが分かって来た。貧乏人ではあったが大した苦労もなく、金を稼ぐ方法を見つけた。どうやら世渡りだけは旨かったようだ。
性格のせいか、どうも人から命令されるのが好きになれず、命令を最小限に出来る仕事はないか、行き着いた先はトラックの運転手だった。車に乗っている間は誰にも命令される事も束縛される事もないし、おまけに給料も悪くない。だが此処でも欲が出た。どうせなら自分のトラックを買った方が儲かると聞き、二トントラックを買った。なんとこれが大当たり経費込みで月六十万にもなった。当時の六十万だから大変な金額だ。世の中は面白い、どんなに苦労しても当時はせいぜい十万円くらいしか稼げないのに、俺はこれで自信がついた。やがて結婚してもおかしくない年齢になった。
だが彼女は危険な仕事は嫌、結婚しても時間が不規則ではついて行けないという。俺は月六十万にも仕事を捨て、少し貯まった資金で小さな倉庫を借りて流通業を始めた。これも当たった。成功すると妬むものも居る。脅しを掛けられれば仕返しもした。
俺は部下を連れて相手の事務所に乗り込み脅してやった。今思えばやり過ぎだったかも知れないが、売られた喧嘩は必ず仕返しした。
多少悪い事もした。褒められた人物でもないが、自分から喧嘩を仕掛けた事はない。よって憎まれるほどの人物でもないと思う。
俺は彼女の為に運転手を辞めて今の倉庫業が軌道に乗り約束通り結婚した。商売も成功し優雅な生活を手に入れた。人並み以上の幸せな家庭も作った……つもり。
貧乏人だった俺は、気がつけば豪邸に住んでいるではないか。もちろん苦労して育ててくれた親にも充分な仕送りもしたつもりだ。そんな父母も既にANOYOに住んでいる。妻は優しく本当に感謝している。子供も三人恵まれ、いまや孫が七人にもなった。そうこうして気が付けば俺も老人と呼ばれる年になった。そろそろ先祖たちに逢いに行かなくてはならない年となった。果たして俺は社会どれだけ貢献したのか、人に好かれたか嫌われたか。それは俺には分りはしないが、自分なりに俺の人生は合格だと思う。
そろそろ人生も終末を迎えて、お疲れ様と呼んでいる者がいる。
俺の人生は一体、点数を付けたら何点だったろう。これがANOYOでは重要なのだ。
「お役目ご苦労」そう声を掛けられれば、行かねばならない所がある。
その声の主は(あの世様)だ。選ばれた者しか行けない神聖な場所だ。
俺は幸運にも選ばれる者となった。これは喜んで良いものなのか?
思えば俺の人生色々とあった。俺はいま病院のベッドで、お迎えを待つ身だ。
余命三ヶ月、そう聞かせされた時はもがき苦しんだ。でも俺はここでも勉強をした。
死後の世界はあるのか? 何もなく永久に暗黒の世界……いや違う。そう思ったら冥土に行けなくなる。もちろん肉体は消えるが魂は生き続けるのだと悟った。
ANOYOは夢の世界と似ているが少し違う。こちらは夢と違い醒めることはない。
ANOYOの世界ではそれを夢想と呼ぶ。つまり無の世界にある夢。一度全てを空にして無の世界から開化したのがANOYOだ。
さて、お迎いが来た。妻や子供に孫と友人や親戚も参列していた。俺を忍んで泣いている者も居れば中には、ざまぁ見ろと笑っている奴も居る。あの野郎! 怒っても仕方がない。今の俺にはどうする事も出来ない三途の川を渡った身だ。
しかし時代の流れと共に変わって来た。
今ではあの世もANOYOと改名され、三途の川を渡るには六文銭ではなくマイナンバーカードになったそうだ。皆さんは知っているだろうがマイナンバーカードはANOYOに行くにも重要なものなのだ。
これは全てのデーターが入っているから大事に保管していて欲しい。更にANOYOも時代の流れだろうか。三途の川も聞こえが悪く、今は天の川に切り替える事となったとか。依って天の川を渡るには宇宙船に乗らなければならない。
ANOYOもデジタル化され二千二十年度の七月から、この制度が始まっている。
歌にもある。♪私のお墓の前で泣かないでください. そこに私はいません~~~
そう人間は今や地に眠るのではなく、宇宙にいるのです。つまりANOYOです。
まぁ俺が願うのは、そろそろ火葬は止めて宇宙葬にすればよいと思う。亡くなったら宇宙船で宇宙に放り出せば、腐る事もないから永久にそのままだ。但し宇宙はいくら広くとも死体が何億も彷徨って居たら、気色が悪いだろう。だがそれは心配に及ばない宇宙空間で埋葬された人はここで肉体は消滅されて魂だけが残るのだ。
おっと脱線したが勿論マイナンバーカードも進化して納税や医療、生活環境や犯罪歴インプットされておりANOYOに行った人々は、ランク付けされたマイナンバーカードから新たなカードが渡される。そのカードには、生前の行ないが全てインプットされている。
ANOYOの改札口でカードをかざせば通れるが、中にはエラー出れば帰される。つまり魂がさ迷っている者はANOYOには渡れない。もう一度戻り講習を受け直さなくてはならない。
さて貴方は改札口を通過したので、もうANOYOの住民となれるのです。
安心しなさい。ここでは金持ちとか頭が良いとか悪いとかは関係なく上下の差別もないし腕力も通用しない。総てはカードで処理される。このカードこそANOYOでは総てなのです。
生前関わった人間が自分をどう思っているかによって、ランクが分かれている。
殺人犯及び凶悪犯はランク十位と位置づけられ、カードを使うにも制限が設けられている。最高位はランク一だ。ランク一位なら無制限に使う事が出来る。車や宝石もいくらでも手に入るのだ。豪華な食事も出来るし一流のホテルにも泊まれる。
なに? ANOYOに車やホテルがあるのかって。この世と全く同じで心配ないが、食べ物もちゃんと食感もあるし、スポーツをしても体感を感じる事が出来る。それだけではない前世ではスマホは必需品だったが、これを使うにもランクがある。ランク一位から五位までが使う事が出来るが六位以下なら使わせて貰えない仕組みだ。
ただANOYOの世界で、実際には形が見えるだけの世界なのだが、つまりバーチャルの世界だ。
さあ、たどり着いたぞ。楽園の世界だ。草原には何故かマンジュウシャゲが沢山咲き乱れていた。ANOYOに入界して最初にしなくてはならない決まり事がある。
つまり研修と思ってくれればいい。生前の卒業論文と言ったら分かりやすいかな。
それは生前歩んで来た道を、もう一度おさらいしなくては成らない決まりがある。
自分が、あそこは別な道を歩むべきだったと思えば、努力次第で修正出来るのだ。
罪を犯した者は何故犯したか反省して、もう一度タイムバックした所から始める。
恋愛だって、あそこで何故別れたのかと思ったら、やり直しがいくらでも効く世界だ。
そう、時間は永久にいくらでもあるのだから。何万回、何億回でも修正が効くのだ。
以上のようにキチンとANOYOを勉強すれば、楽しい世界だという事が分かって頂けだと思う。先輩の俺がいうのだから間違いない。 いやあ、来て良かった。さあ皆おいで。ANOYOの世界はまさに極楽だよ。
恋愛も旅行もおしゃれも豪華な食事も好きなだけ出来るのだ。リストラされる事もない飢え死にする事もないし殺される事もない。既に死んでいるのだからANOYOは退屈しないように出来ている。人間と違って寿命はないのだから楽しまなくてはならない。
ちなみに俺のランクは四位だった。もう少し上かと思ったが喧嘩した相手や別れた女達から生前に訴えたらしい。それは逆恨みだと言いたいが、ANOYOは反論が許されないようだ。だが悔いを改め更生すればランクが上げられるそうだ。
ANOYO界も退屈している暇などない。努力してランクを上げようと皆は必死だ。
さあ~おいで。ANOYOは怖くないよ。永久に続く楽園なのだから。
そうです死後の世界は永遠の幸運を掴んだ事になるのです。ですから死んだら悲しまず、おめでとうと言ってあげましょう。
其処の貴方、お待ちしていましたよ。ようこそANOYOへの入界おめでとう。
了
執筆の狙い
四千五百字ほどの掌編です。
今回ほど読者にとっては突っ込みどころの多い作品だと思います。
ANOYOは夢想とか楽園だと馬鹿を言えなどと、それはお怒りが多いことでしょう。
それを承知でシャアシャアと書く私自身笑っていますから。
ただ娯楽小説と考えて頂ければ楽しめると思います。
ではANOYOでお会いしましょう。