ブラッディ・マリ
わたしはM。殺し屋。今廻は『東京パンゲア』と云う半グレどもを皆殺しにするのが与えられた任務だ。
わたしは前もって調べておいた半グレ連中のアジト、東陽町のマンションに着いた。しかし構成員が何名なのかまでは不覚にもわからなかった。しかしわたしは二人の悪党を刺殺しているし、連中が二人のサラリーマンを殺害したとの極秘情報もある。河本・西・富田という外道が仕切っているのも調査済みで、面も分かっている。
『東京パンゲア』の連中が住む部屋。わたしは通行人が周囲にいない事を確認しアパートへ入り、階段で三階へ上がった。部屋の前にたった。物音一つ聞こえない。ドアノブを掴み廻し、引いてみた。鍵はかかっていなかった。わたしはゆっくりと中へ土足で入った。
廊下を進み、フロアとの区切りに立った。三人いた。右顔に斬り傷がある河本。鼻の横に大きな黒子がある西。左眼付近に黒いアザのある富田。こいつらを殺せば、今回の “任務 ”は終了となる。連中は発泡酒を呑みながら、馬鹿笑いをしアダルトDVDを観ていた。これだけやかましくしていても外からは聞こえないので、防音だけはしっかりしているのだろう。三分ほど立っていたが、どいつもわたしに気づく事はなかった。
わたしはバッグから1キロの鉄アレイを取り出し、液晶テレビへ投げつけた。画面は砕けた。三人は唖然とし、廻りを見渡した末、わたしを発見した。
「なんだテメエは!」河本が怒鳴った。
わたしは答えた。「あら、三人だけ?随分と少ないじゃない?」
「ご、五人は葛西へ、四人は門前仲町へ、三人は茅場町へし、シノギの取り立てに行ってらあ!」西が指勘定しながら答えた。
強がりの嘘。わたしは笑った。マスクの下でだが。半グレと謳っていながら五人程度の虫けらの集まりだったのだ。
「ホラ吹いてんじゃないわよ。あんたらはたったの五人、埼玉の暴走族よりもチンケな連中よ。もっとも、友成と田中は二度と戻って来ないけど」
富田が憎々しげに答えた。「奴ら、フケやがったのか!ツラ見せねえと思ってたら!」
「いいえ」わたしは首を振った。「殺したの、わたしが」
「な、何だと!」三人は立ち上がり、部屋の隅に散った。
河本が引きつった強がりの笑みを浮かべた。「そうか、テメエどこぞのグループに雇われたクソアマだな!無事に帰れるとでも思ってたのかよ?」
「無事に帰るわよ」バッグからベレッタを取り出し連中に見せつけた。「あんたらを始末してから」
西はヘラヘラ笑った。「どうせおもちゃだろ?どこで買った?秋葉原か?」
「おもちゃだと思ってるの?じゃああんたに眉間に穴開けてやるわ。その前に」わたしはベレッタをバッグにしまった。
「舐めてんじゃねえぞ!こちとらハジキが怖くてー」
わたしは話の途中で右腕のナイフ・ホルスターに忍ばせておいた国産ナイフの銘品1メダカを素早く抜き、眉間に突き立て西の腹を蹴り飛ばした。眉間に穴が空いて倒れた。ピクリともしなかった。銃弾を撃ち込むと足がつくので使わなかった。
わたしは1メダカを構えながら、連中を値踏みした。こんなろくでなしどもなら、やはり拳銃は必要ない。外国産のアル・マーを左腕のホルスターから抜いた。
残る河本、富田は戦慄の表情を浮かべていた。河本は叫んだ。「な、何が欲しいんだ!やれるものならくれてやる!だからさっさと消えてくれ!」
「じゃあ大瀧志穂という中学生から奪った学生手帳を返しなさい。志穂から聞いたわ。持ってると悪さするでしょうから」
「わ、分かった」河本はデスク抽斗をあさり、手帳を取り出してわたしに投げつけた。
わたしは手帳をバッグに入れ、河本を問いただした。「あんたたちの実態、なぜサラリーマン二人を拉致したのか。教えなさい」
河本は答えた。「結成は三年前だ。最初は羽振りが良かったが、すぐに上手くいかなくなっちまった。振り込め詐欺に引っかかる奴なんて今時いねえし、芸能プロだのクラブだのの経営は無理だ、ケツ持ちは既にいやがるからな。ジリ貧になりゃメンバーもトンズラする。で、考えついたのがワンクリック詐欺よ」
ワンクリック詐欺。アダルト・サイトなどに繋ごうとすると、URLが現れる。何気にクリックすると『ご入会ありがとうございました。年会費は何十万円です。会費は表示されております口座に一週間以内に振り込んで下さい。なお、振込がない場合、法的手段を取らせて頂きますのでご了承下さい』などと云ったメッセージが出る。無視しても問題は全くないのだが、パニックを起こしたユーザーは口座に振り込んでしまう、と云った、噴飯モノの詐欺である。
河本は続けた。「で、昔のダチにプログラム製作会社で働いてる奴がいてな、そいつらに話を持ちかけた。五十万要求された。相場なんて知らねえから払う事にした。ところが奴ら、出来上がったら倍の百万、それにカモ一人につき十パーのマージンを払えと抜かしやがった。頭に来た俺らは奴らをボコって車のトランクに押し込んだ」
「それでサラリーマンたちは?」
「東京湾に沈めた。今頃はハゼの餌になってるだろうよ。話す事はこれくらいだ」
「大変だったのね、あんたたちも。あと欲しいモノが二つだけあるの」
「な、何だよ」河本の顔が痙攣した。
「じゃあもらうわね、河本と富田、あんたらの腐った命を」わたしは腕ををぶらりと下げた。当然、アル・マーは右手に、1メダカは左手にある。
「たかがナイフ二本で俺を殺れると思ってんのか!舐めてんじゃねえぞ!」富田はテーブルの上にあった黒、それも鉄製と思しきヌンチャクを掴んだ。「俺の腕前はブルース・リー仕込みだ。行くぜ、ヒョオオッ!」
こんなクズ野郎にリー師父の御名が語られるとは。全世界の弟子たちに知られたら富田は間違いなくジークンドーであの世行きだ。だが、富田の腕前はハッタリではなかった。
富田のヌンチャクさばきは悔しいが見事で、近寄る事が出来なかった。迫る富田、退くわたし。隙をつこうとしても奴にはない。闇雲にナイフを突き出せば弾かれる。ベレッタを再び使うか。いや、無駄に発砲すれば警察の捜査は大掛かりなモノとなる。久しぶりのピンチだ。手段を考えようにも思いつかない。
「どうだ恐れいったか!ナイフを捨てれば、ソープに売り飛ばすくらいで命だけは助けてやる!さっさと捨て、ぎゃおっ!」富田のヌンチャクの動きが止まり、奴は頭を抱えしゃがみこんだ。
鉄製のヌンチャクが頭に命中したのだ!こ、この大バカ野郎!
「この間抜け!ボケ!ドアホ!ドリフのコント野郎!世界中にいるリー師父の弟子に変わって、わたしが地獄に送ってやる!」わたしはしゃがみこむ富田に突進した。
右手のアル・マーを思い切り富田の脳天へ突き刺し、左手の1メダカを首筋に突き立てた。両ナイフを抜くと同時に富田の胸に蹴りをかました。
富田は脳天から脳漿、首筋から血を吹き出しながら、部屋の隅へ飛んでいった。床に転がった富田は痙攣していたが、やがて動かなくなった。
そして反射的に河本へ眼をやると、携帯電話を握り、パネルのボタンを押そうとしていた。わたしはアル・マーを手放し富田のヌンチャクを拾うと、河本へ投げつけた。ヌンチャクは河本の顔面に命中、奴は倒れた。動かなかったので、失神したらしい。
アル・マーを拾い、1メダカ共にホルスターに納めた。,連中から携帯電話を取り上げ、着信履歴を消去し指紋を拭うとバッグに放り込んだ。西と富田は死に、河本は夢の中。うまい偽装工作が浮かばない。面倒臭いから河本を殺し、ここを去るか。
「相変わらず、鮮やかな仕事をなさりますね」背後から声が聞こえ、わたしはアル・マーを抜いた。仲間がまだいたとは想定外だった。わたしは振り返った。
グレーのキャップを目深にかぶり、薄緑の作業服を着た長身の男が廊下に立っていた。男は黒い革バッグを持っていた。
「Mさん、私ですよ」背の高い男はキャップを脱いだ。短い白毛頭だった。
わたしは唖然とした。「え、Xさん!な、なぜここに!」
「旦那様のご命令でして。Mさんが仕損じる事はまずないでしょうが、旦那様は<後始末はX、お前さんに任せる >と仰ったモノで、はい。驚かせて申し訳ございません」Xは鼻の下を指で擦った。
X。溝呂木会長の運転手を三十年以上勤めている、見た目は温厚な老人、これは失礼だな、壮年の男だ。当然『溝呂木機関』といつの間にかその名が定着した、殺し屋集団の一員だ。殺しの話は聞いた事はないが、証拠隠滅とドライビング・テクの達人だ。
「フム、これならば特に偽装の必要はなさそうですが、念のためです。私にお任せください」Xはデスクへ向かい、全ての抽斗をあけ中身を調べた。
「これは御誂え向きのシロモノですな」Xはナイロン製の鞘に収められた大型のナイフをわたしに見せた。「これなら兇器の判別も難しくなるでしょう」
そのナイフ、いわゆるサヴァイヴァル・ナイフはバカ映画『ランボー』シリーズでシルヴェスター・スタローンが劇中使用していたモノだ。一作目には観るべき所があったが。Xはナイフを抜き、鞘を気絶している河本の方へ投げつけた。そして、西の額に空いた穴、富田を刺した場所に次々とサヴァイヴァル・ナイフを深く刺し込んだ。
「Mさん、しばらくこのナイフを持っていて下さい」Xはサヴァイヴァル・ナイフをわたしに手渡した。わたしは受け取った。
Xはデスクの椅子に座り、ノート・パソコンを起動させた。「あとはこいつのデータですな。どれ。ありゃ、パスワードが。どうしたモノか。ふうむ」
「何なら、外に持ち出して破壊しましょうか?」
「それには及びません。回線があるのにパソコンがない、それでは警察も発見に力を注ぐでしょう」Xは満面の笑みを浮かべた。「ご心配には及びません。このバカども、ディスプレイ横にパスワードを記した付箋を貼り付けております。これで動かせます」
わたしはパソコン音痴なので分からないが、Xは総てのファイルの削除、ハード・ディスクの消去を行い、購入時の設定、に戻した様だった。そして付箋を剥がしポケットに入れるなり、ノート・パソコンを持ち上げ、床に叩き落とし何度も踏みつけた。
「データは総て消去しました。警察はきっとデータ復元を行うでしょうが、時間稼ぎにはなるでしょう。それで最後の仕上げ、と参ります。Mさん、先ほどのナイフを」
サヴァイバル・ナイフを受け取ったXは、河本の手にそれを握らせ、ポケットを探り鍵の束を抜き取った。黒い革バッグから茶革の帯の様なものを取り出した。それから注射器、小瓶、ゴム紐を抜き出すと、河本の左腕に巻き、きつく縛った。小瓶の蓋を開け中の液体を注射器で吸い取り、注射器を河本の左腕に浮き出た血管に差し、ポンプを押し液体を注入した。注射器を抜いた。それが済むと茶革の帯をバッグにしまった。小瓶と注射器はそのままにして。
「これで後始末はほぼ済みました。ではこれにお着替え下さい」Xはわたしに、同様の帽子と薄緑の作業服を渡した。
「分かりました」少しの疑問を感じたが、Xのする事に抜かりはない。わたしはバス・ルームに入り、着ていたモノを総て脱ぐとバッグに押し込み、作業服に着替えバス・ルームを出た。
「フム、足元はサンダルですか。マアこの際、やむを得ませんなあ。ではこの<悪の巣窟 >から退散するとしましょうか」
わたしとXは部屋を出た。Xはドアに鍵をかけ、ポケットにしまった。
Xは背筋を伸ばし、堂々とした姿で歩いた。かつてわたしと殺し屋Fは慎重に辺りを確認しながらマンションを出た、ものだが。
一階で、買い物袋をぶら下げた、肥り気味の中年女性に出くわした。女性は訝しげな眼差しでわたしたちを見つめた。目撃者が現れた。Xは何を考えていたのだろうか。
ところがXは女性に頭を下げた。「どうもこんばんは、奥様。わたくしどもは『東陽ガス』のサービス・マンでございます。ガス・メーターの点検に伺いました」
女性の表情が少し和らいだ。「あら、ガス屋さんね。ご苦労様」
「いえ、仕事ですから。ときに奥様、お部屋のガス機器に何か不都合はございませんか?おありでしたら拝見し、問題がございましたらメンテナンスを行わせて頂きます。もちろんサーヴィス、お代は頂きませんが」Xは始終、笑顔だった。
「そうねえ」女性は首を斜めにした。「最近、給湯器の調子が悪いのよ。取り替えようかしら、そう思ってたの」
「それはいけませんねえ。物騒な事を申し上げ恐縮ですが、近年、給湯器が原因の一酸化炭素中毒が多発しております。とにかく拝見させて頂けないでしょうか。部品はございます」
女性は笑みを浮かべた。「じゃあ、お願いしようかしら。部屋は奥よ」
「かしこまりました。では営業所へ連絡致しますので、お先にお部屋へ」
女性は廊下奥へ向かい、部屋へ入った。
Xはわたしに耳打ちした。「マンションの駐車場に、白い軽のボックス・カーを駐車させております。鍵はかけておりませんので、乗ってお待ちください。ちなみにその軽の車躰右側には、緑色の星が塗装されております」
「わ、分かりました」わたしはマンションを出て、駐車場へ向かった。
軽の助手席に乗ったわたしは作業服を脱ぎ、色あせたGジャン、カーキ色のTシャツ、紺色のカーゴ・パンツに着替えていた。作業服と着ていた服、マスク、眼鏡、靴はキャンヴァス地のバッグに押し込んでおいた。アル・マーと1メダカの腕のホルスターが見えないかどうか確認し、ベレッタからサプレッサーを抜き腰に深く差し込んだ。サプレッサーはカーゴ・パンツの腿ポケットに入れた。
待つ事三十分あまり。ウトウトとしていた時、運転席ドアが開く音を聞いた。とっさに左腕のアル・マーのグリップに手をかけたが、乗り込んで来たのはXだった。
「お待たせしました。おや、もうお着替えですか。では参ります」Xは軽を発車させた。
「もしや、と思いますがXさんあなた、まさかあの女性をー」
Xは苦笑した。「危害を加える様な、浅はかな真似は致しておりません。給湯器に若干の修理を施しただけです。ところが、私と直に連絡が取れる電話番号を教えろ、夕食がまだなら是非一緒に、毎週点検に来て、奥様はいるの、と迫られまして、ほとほと困りました」
こ、この熟女殺し!マダム・キラー!黒沢利雄!藤竜也!
Xは永代通りを茅場町方面へ軽を走らせた。道すがら、わたしはXに質問した。
「Xさん、あなたは河本に何かを注射しましたよね。あれは何だったのですか?仰りたくなければ結構ですが」
「ほう、あの若造は河本、と云う名前でしたか」Xは前を向きながら答えた。「あれは覚せい剤に幻覚剤、興奮剤、その他チョウセンアサガオやベラドンナなどの毒物を少々混ぜた薬物でしてね。あれを注射されれば、薬物が効く頃には眼を覚ましますが錯乱し、暴れまわります。そして息の根は止まります。幾度も使用しておりますので、効果は保証致します。おっと、旦那様は麻薬を憎んでいらっしゃるので、どうかご内密に」
つまりこう云う筋書きだ。河本は麻薬を注射した。だが錯乱を起こし、西と富田を刺殺した挙句、クスリの副作用で絶命した。Xは一見温厚な紳士だが、狡猾で恐ろしい人だ。雑知識も豊富だ。溝呂木会長が三十年以上、彼を信頼している理由が分かる。
Xは永代橋手前で軽を止めた。「申し訳ありませんが、ここで十分程待機し、経過しましたら降りて下さい。永代橋で本日着用なさっていたモノを隅田川へ投げ捨て、お渡りください。向こう側のパーキングにセンチュリーを止めてありますので、お待ちしております。それではお先に」
Xは軽を降りた。
わたしは十分経過後、軽を降りた。永代通りを歩き、永代橋の真ん中でバッグを隅田川へ投げ込んだ。そして橋を渡った。
通り脇のコイン・パーキングにはセンチュリーが止まっており、茶色い背広姿のXが立っていた。
「さあ、お乗り下さい。旦那様がお待ちです」Xは料金の清算を済ませると、運転席に乗った。「それとあの軽ですが、私が途中で盗んだモノです。放っておきましょう」
わたしが助手席に乗り込み、シート・ベルトを締めるとXはセンチュリーを発車させた。センチュリーは永代通りを走った。
わたしはXに質問した。「もうこんな夜中なのに、おじさま、いえ会長はまだ会社にいらっしゃるのですか?」
「はい。Mさんからのご報告を待っていらっしゃいます」Xは前を向きながら答えた。
日本の重工業を代表する企業の会長ともあろう方がこんな遅くまで。
「それと、会長はどちらにお住まいなのですか?一度もお聞きした事がないのですが」
「それは申し上げられません」Xは首を振った。「音楽をかけてもよろしいでしょうか?私もまだ興奮が治っておりませんので、気を落ち着かせねば。古い曲なのですが」
「お気になさらないで下さい」
「そうですか。では、恥ずかしながら」Xはカー・オーディオのスィッチを押した。
古い唄が流れた。とても哀愁漂う唄だった。
七色の虹が 消えてしまったの
シャボン玉のような あたしの涙
あなただけが 生き甲斐なの
忘れられない
ラブユー ラブユー 涙の東京
確かこれは昭和ムード歌謡、黒沢明とロス・プリモスの『ラブユー東京』。父はロック畑の人だったが、お風呂に入っている時は、なぜかいつも、これを唄っていたものだ。
「お耳障りでしたら消しますが」Xはカー・オーディオに手を伸ばした。
「いえ、聴かせて下さい。わたしにも多少、この唄には想い出がありますので」
しばらく昭和ムード歌謡を聴いているうちに、古田鉄工所のビルに到着した。セイコーを見ると、もう午後八時に近かった。地下駐車場から一階へ上がった。警備員がいた。Xは溝呂木工業の社員なので入館証は当然持っているがわたしは持っていない。だが警備員は、わたしが月刊誌で会長が執筆、連載されているエッセイの担当者だと云う事を覚えており、フリー・パスで通してくれた。そしてわたしとXは、エレベーターに乗り会長室へ向かった。
「何じゃと?奴らは自滅したと?」溝呂木会長はデスクの椅子から立ち上がった。
「左様でございます」Xが答えた。「私はMさんより早く到着してしまいました。部屋に入るとマア、修羅場でした。三人とも死んでおり、私は屍を調べました。河本と云うチンピラを調べた所、麻薬を注射しておりまして、錯乱を起こした挙句、カスどもに刃を向けた、そう判断致しました。もちろん河本は絶命しておりました。連中が仕出かした事ですので、証拠隠滅など特にする必要はないと思いながらも、パソコンのデータを全て消去致しました。そこにMさんが。私はMさんをお連れし、マンションを出ました。報告は以上です。では旦那様、お車でお待ちしておりますので。失礼致します」
Xは一礼し、ドアへ向かった。そこで再度、深く頭を下げ、ドアを開け会長室から出て行った。
溝呂木会長は腕を組んだ。「あのボンクラどもに相応しい末路じゃ。だが、あんな連中に麻薬が買える程の銭があるか、それが疑問何じゃが」
「な、何しろへっぽことは云え、連中も半グレを自称するボンクラ。不自然でも、可能性は無きにしも非ず、と云った所でしょうか」
溝呂木会長は鋭い眼差しでわたしを見た。目をそらせてはいけない。
「まあ『東京パンゲア』なるクズ組織は自滅したのじゃし、そう云う事にしておこうかの」溝呂木会長の眼は柔和なものとなった。「では、このケースは解決した、とするとしよう」
わたしの全身から力が抜けた。「では、〈任務〉終了と云う事ですね?」
「そうじゃ。M、君は今週、働きづめじゃ。明日は土日、ゆっくりと休みなさい。それと今夜はタクシーで帰った方がよかろうて。タクシー代じゃ、受け取りなさい」
わたしはデスクにお借りしたサプレッサーとベレッタを置き、遠慮なくタクシー代、それも一万円札を受け取ると、会長室を後にした。
執筆の狙い
暑い暑い。まあ√3。意味がわからないけど√3。四角四面は豆腐屋の娘