朝飯前
朝飯前
ピンポン♪チャイムが鳴ったので受話器を取った。
「開いていますよ。入ってください」約束の時間が近づいていたのでよく顔を見なかった。
ドアが開いて玄関に見慣れない女が入ってくる。
「あれ!だれですか?」
初老の達夫は玄関から四、五メートル奥にある居間から廊下の戸を開け顔だけ出して覗いた。
玄関と廊下は午前中でも暗い。
東向きにある玄関は開けたら日光が入る。しかし、逆光で体つきはわかるが、マスクをしている顔だと目が強調しているだけでいつもの雰囲気と違うようだ。
「校ユウですよね?」
「はい。訪問出張サービス校ユウの新人、トリップス緑です。よろしくお願いします」
「あ、そうか。どうぞ上がってください」
「はい、失礼します」
「靴を脱いだら直ぐの部屋で待ってください」
「この部屋ですね。ドアを開けますよ」
「はい、どうぞ。あ、その前にいつもの人はどうしたのですか?」
「急用ができて休んでいます」
「そういう事か?でもだめでしょ。連絡もしないで」
「連絡は四回くらいしていますよ。携帯、調べてください」
「入っていた。ごめん、ごめん、よく見ていなかった。それに知らない番号だったので、、」
「いつもの人でなければダメですか?」
「そんなことないけどビックリしただけです」
「初対面で驚いたでしょう。すいません」
「いいのですよ。ただ、昨日の夜に眠くて風呂に入らなかった。居間のソファーに座ってぼんやりとテレビを見ていたら寝てしまったようです。覚めたらいつの間にか外が明るくなっていた。朝食のおかずを作り、慌てて風呂に入ったのでまだ服を着ていないのです。食事は校ユウのサービスが終わってからゆっくり食べようと思っていた。服もどれを選んだらよいかわからない。とにかく焦って」
達夫はしどろもどろになりながら言い訳をして説明をした。結局、下着姿を見られたのでどの服装にするのか?緑さんに選んでもらうことにする。
「緑さん。初対面でずうずうしいのですが衣装を選んでくれますか?あ!それと下着のままですけどいいですか?」
「慣れているから大丈夫ですよ。安心してください」
寝室を挟んでの会話で意思が伝わったか不安だった。
居間からは寝台のある部屋の隣の客間で立ちながら待っている緑の姿が見える。三部屋は片側半分の戸を開けると続き部屋のようになっていた。
「失礼します」
緑は達夫の言葉を理解し居間に入ってきた。
達夫はよれよれの白さがぼけている半袖シャツとトランクスパンツの姿だった。
「服を持ち上げて、これとこれ、どちらがいい?」
「どちらか?と聞かれると、青い縞模様と奴隷の文字が入っている服装が好きなのでこれにしてください」
「いいですよ。それを着せてください」
達夫は腕の良いベテランの宮大工だったがある現場で人差し指と中指を切断してしまう。手術で指はかろうじてつながったが動きが悪い。災難は続くものである。屋根から落ちて怪我をした。腸ヘルニア手術もした。高いところを登れないので宮大工はできない。普通の仕事はできるので独り身で食べることにこまらないらしい。
「悪いけど着せてもらえる」
緑は何か考えているようで直ぐに着せてもらえない。下着のままでいるわけにいかないので急かした。
「はい。その前にパンツが下がっているので上げてもいいかい。それと食品を包むラップの筒状の芯あるかな?あったら使っても良いですか?」
緑はその言葉を言いながら不敵な笑みを浮かべている。
「いいよ。好きにして」
と言ったが勘違いして内心、おいおい、まさか居間でパンツを上げたり下げたりする。勘弁して。そしてラップの芯を使う。どう使うのか不安になった。居間はカーテンがなく外から見える。それに隣家の十五歳の登美子が子供のころから毎日来る。見られたら恥ずかしい。
緑はラップの芯を取りに台所へいった。いい匂いがする。
「このお肉、何ですか?おいしそうですね」
「牛肉です。少し焼いて蒸す。最後に桜チップで燻す。朝食のおかずだよ」
「凝っていますね」
「ローフトビーフの手抜きだよ。指のせいで本格的な仕事ができなくなり、食に興味を持ったからね。食べたいと思ったら、なんでも作るよ。時間はたっぷりあるしね。隣の登美子の分を食べていいよ」
「登美子さんに悪いです」
「いいの。本当にいいよ。登美子には、けじめを持ってもらいたいしね。遠慮はいらない。それと、さん、でなく、にゃん、だよ」
「登美子ちゃん。で、したね!」
その時、登美子が匂いにつられてやってきた。
ベランダのテーブルは居間から食べ物を出しやすいように作っていた。窓を開けると手が届く距離だ。登美子はそれに座り、こちらを覗いている。怒っている様子だ。
「緑さん。癖になっているから無視してください」
「それでは始める前に検温、酸素濃度、血圧を測ります。達夫さんの横に座ってもいい」達夫は驚きながらソファーに寄ってくる緑を見つめた。隣で座ったら料金高いだろうなあ。と想像もした。
緑は話に合わせてのりがよく達夫の考えていることを察して「キャバクラだったら数十万とるかも?でも大丈夫、自宅だから。割引をしてあげる。冗談を言いながら、さあ始めましょう」初対面の固い空気が取れて達夫の雰囲気が変わった。
「寝室に行って仰向けに寝て待ってください」
達夫は喜びながら寝台に上がり寝て足を開いていた。
「早く好きなようにして」
そのように達夫が思っていても測定した数値と記録をしているので直ぐにこない。ラップの芯も気になる。きっと糸電話をつくっているのか?そして紙の受話器を渡され、今(いま)、居間(いま)から寝室に行きますよ。お待たせしました。では触ります。こんなこと想像するだけでドキドキした。
緑が達夫の寝ている寝台へはいってくる。達夫は薄目を開けてマスクをしている顔の目を見た。目が鋭い。
「もっと足を開いて。膝を曲げないで」
言ったと同時にラップの芯で膝を叩かれた。
「痛い。痛い。何をするの?やめて」
緑は構わず「シャツを上げてパンツ下げて」
「脱ぐのですか?」
「少しだけさげるだけでいいのよ」
「どうしても、ですか?」
「手術の傷跡を見るためです」
「そうですか」
「便通はどうですか?」
「少し便秘です」
「どれどれ」といいながら聴診器をあてた。
達夫はくすぐったいが緑の手の温もりが心地よかったようだ。うっとりしている。
「便の塊は右腸の付近にある。へそのあたりを通ってここから下の方へ行くと出る」
「出そうになったら手を挙げます」
「出そうになったらじゃなく、出る前に必ず教えてください。それから今日のプレイで何か希望があるか話しなさい」
緑は上からの目線で言った。
「気持ち悪いものはやめて欲しい。痛いだけのもやめて欲しい。できれば痛気持ちいいのを願います」
「それではわくわく特別メニュープレイにしましょう。気持ち悪い。痛い。痛気持ちいい。気持ちいい。と順番に感じます」
緑は達夫の開いている足を閉じて膝を両手で持てと命令した。足は上がったが膝が曲がらない。緑はもっと背中を丸めろというが痛くて吐きそうで気持ち悪く、うまくいかない。
「この足ダメだね」と言いながら達夫の足を腹にあてグイグイ押してきた。背中の筋が背骨に絡んでいるようでボキ、ボキ、ギシと音がした。
「よし、今度は足を延ばして広げてください。もっと開いて」
そういわれても開けない。
緑は達夫の苦悶症状を見ながら口に含んだつばを飲み込み、広げた足の間に身を乗り出して力を入れる。
達夫は「気持ち悪い。痛い」と言いながら肘をマットに立てて耐えている。やがて、痛い。という声も出なくなった。息だけがハア,ハアとしている。
緑はダメ押しで最後の力を入れた。
達夫は声にならない息だけを吐きマットに支えていた肘が弱弱しく倒れた。
緑はそれを確認して力を緩めた。
達夫の足はダランと伸びていた。
「自分で立てる?」
「また立てるのですか?自信がないけどガンバって立ててみます」挑戦したがやはり無理だった。
緑が腰に手をあて、尻を押して寝台の下床に達夫の足を下ろした。
「どうしてできないのだ。お辞儀をしろ。深く、さらに深く」勝ち誇ったように言った。
「いていて」額には汗が滲んでいる。
「今日の、リハはこれでおわり」
二人は居間に戻ってソファーに座った。
「請求書です。来週まで払ってください」
「延滞や払わなかったらどうなるのですか?」
「払うまで、わくわく、が消えて特別拷問コースになります」
「すぐ払います」今度は寒気がした。
緑はプレイに満足して帰っていった。
達夫は朝飯を食べていなかった。台所から食べ物を持ってきてドンブリに盛りソファーに座りながら腹に入れた。やがて疲れのため寝てしまう。目が覚める。今日は痛いと気持ち悪い、の繰り返しじゃないか?
そう呟いて何がわくわくだ。少し腹を立てる。
ベランダにいた登美子が窓から覗き、尻尾をたてながらやっと起きたか。達夫が寝言で気持ち悪い、痛い。痛気持ちいい、気持ちいい、と叫んでいたぞ。達夫の足は伸びたけど鼻の下も伸びている。
「にぁゃんゴロ」登美子は馬鹿にするように鳴いた。
おしまい。
執筆の狙い
よくある勘違いです。小説になっているのか、どうかわからないけど取り敢えず書きました。