彼女は、すべてわかっていたのかな。
「さようなら」それだけかかれた手紙。
嫌な予感がした。僕は屋上へと走った。
息を切らせながら扉を開ける。夕焼けの景色に似合うあの儚げな笑顔で、彼女は立っていた。僕が来るのを知っていたみたいに。
いや。彼女は。
彼女はきっと知っていたのだろう。僕が、寒いなかひとりで学校にきて、記念にと教室を覗いて、手紙を見つけるところまで。何もかもを知っていたのだろう。
彼女のあの、透き通るようなまっすぐな目。なにもかも見透かしているようなまっすぐな目。
あの目で、僕の全てを見透かしていたんだ。
「和樹、」
彼女が、笑った。
僕も笑う。ゆっくりと、彼女に近づいた
僕にできること。僕が彼女のためにできること。それは、ただ隣にいて名前を呼んで、ずっと、ずっと、彼女をみていること。いっしょにいること。それだけで、彼女は満足してくれる。
でも。
それだけじゃあ、僕は満足しない。
たとえ彼女が満足しても、僕は満足できない。
彼女のために尽くすこと。それが、僕の、何もかも諦めてしまっていた僕の、たった一つの生きがいだから。
「悠」
名を呼ぶ。愛おしい彼女の名を。
愛おしい。けれど。皆が言うような愛は、恋人同士の愛は、僕たちの間にはない。
じゃあ、なにがあるんだろう。
悠が、フェンスに手をかける。そして僕を振り返って微笑んだ。
僕もそのつもりだった。なのに、どうして、迷う。
彼女について行く。そう決めた、はずなのに。
行くのが怖い訳じゃない。僕だって覚悟は決めてきていた。
でも、彼女も行くのか。そう思うと、足がふるえる。
もしも行けなかったら。僕だけが、残ってしまったら。彼女との約束は、果たせない。
『どんな時でも、一緒にいようね』
あの約束を破ってまで、ここにきた。破る覚悟で、ここにきた。彼女はここにはいないはずだと思っていた。その、何もかもが間違っていた。
僕が追っていた。でも、きっと彼女も僕を追っていたんだろう。
彼女の方へと静かによった。
僕は彼女の意見を最優先する。
「行きたいの?」
「そうだよ。和樹も、そうでしょう?」
不安げに彼女は僕を見つめた。僕は黙って頷き、また考える。
彼女は、行きたい。僕も、そのつもり。だから行くことは決定。次は。
「約束、絶対に守らなきゃだめかな」
彼女を心配させることはわかっている。出来れば、最後の最後まで心配はさせないであげたい。でも、これは聞いておかなきゃならない。駄目なのなら、僕が考えていることはなかったことにする。
彼女の返事を待つ。彼女は、無表情で何かを考えていた。
「悠?」
声をかけると、顔を上げて、僕をまっすぐに見つめた。
「それは、君がきめていい。君の自由まで奪う権利は私にはないよ。破ってほしくないとか、破ってもいいとか、そういうのは言わない。言ったら、君は従ってしまうでしょ?」
その通りだ。やっぱり彼女はお見通し。でも、一つ、重要なことを見通せていない。
僕は彼女の横を通り、フェンスによじ登る。
彼女との約束を、行けなくて破るのは嫌だ。僕が先に行けば、彼女はついてきてくれる。僕がいけなかったとしたら、彼女は来なければいい。彼女にはそれくらいの判断力はあるはずだ。
僕は彼女に一言、「許して」と言って、フェンスを乗り越えた。瞬間。彼女も乗り越えた。
視界のはしっこに、飛び降りた彼女がちらりと見えた。
「……き!かずき、和樹」
目が覚めた。白い天井がみえる。ここは…、天?いや、母さんの声が聞こえた気がした。じゃあ…、病室、か。それにしては緊張感がない声だったけど、まあ、いつものことか、、
「……ぁ」
あぁ。失敗したんだ。
「おい。一緒にいた女はなんなんだ?」
父親の声にはっとした。そうだ。悠は?
「彼女はどうなった!?」
「は?死んだよ。なんなんだ、おまえ。いっそのことおまえもいっし……」
父親の声は途中から聞こえなかった。僕が病室を飛び出したからだ。
走り出した瞬間、体中に激痛がはしった。でもお構いなしに走りつづける。
「悠……!」
僕はある場所へと、むかった。
執筆の狙い
こんにちは。
和樹はどこに行ったのか、二人の関係性、というところは、ぜひ続きを想像してみてください。