ロックスターの卵(原稿用紙181枚)
んでもって浮遊した太陽の光を全身で浴びてる俺ちゃんは、今まさに全裸で矮小なサイズのチンポコを股間のあいだにぶら下げてる。この強烈な輝きが俺の脳裏に浮かび上がる過去に見た絵画の映像と重ね合わされる。その絵画ってのは、山のてっぺんに太陽が浮いてるっていうもので、俺は一目見たときからその絵から受ける鮮烈な印象を忘れられないでいる。余りにも美しいその絵画をナイフでめちゃくちゃに引き裂いてボロ雑巾のようにしてやりたいと願ってる俺は、脳の回路がイカレてるのかよ。神よ、俺に輝かしい明確な答えを提示してくれないか、というか回答を月から蜜のごとく垂らしてほしい。答えというシロップが俺の脳天に落下し、飛沫を上げて旋毛から頭全体に行きわたる。でもでも、今が朝か夜かその境目か分からない僕ちゃんはちょっとばかし混乱状態。んで月と太陽と衛星をぶち壊したくなった。そしたら太陽は爆発して閃光を発しながら跡形もなく消滅するんだろうか、地球や金星や水星などの惑星をその光のなかに包みこむようにして飲みこむんだろうか。俺は日差しを遮るために千切れ雲の隙間を糸みてぇに縫って地上に降りそそぐ太陽の光と俺の顔のあいだに手を掲げる。空気中で透明な膜にぶち当たりながら反射する光線は、屈折しつつ俺のもとへ舞い降りてくる。そう、天使のように、悪魔のように、神のように俺の眼球の内部に降臨しちゃうんだ。目がイテェよ、マジで、ほんとんとこ、実際のとこ。綺麗な水の内部は鏡面みてぇに光を乱反射させるんだろうが、反射してる方なのか、反射されてる方なのか分かりゃしねぇよ。卵が先かニワトリが先みてぇに、水滴が先か陽光が先かってなわけ。そんなどうでも良い思考を巡らせてる俺は円形のビニールプールの中で水浴びをしてる。水浴びと日光浴を同時にするって贅沢を全身で甘受しちゃってるんだ。んでもって俺は五歳のガキなのに酒を飲んでる。それもアルコール度数四十パーセントの思考がぶっ飛ぶほど美味い美味いウイスキー。強烈な激烈な過激な味のする美味な琥珀色の液体に恍惚とした気分になっちゃう。最高だ、これが俺の両親に飼われてるっていうクソみてぇな人生を少しだけ再生させるための糧になってるハズなんだが、真実はアイスクリームみてぇに溶けてビニールの膜のなかに満たされた水の中に落下して消えてなくなる。その水中を泳ぐようにして真実は魚雷みてぇに突き進んで、ビニールの壁にぶつかる寸前、完全に消失する。つまり水面に落下した時点では水は消滅していなくて、壁に衝突してはじめてその姿を消したんだ。何がなんだか分からなくなってきたよ、脳がまともな思考をさせてくれねぇよ、脳じゃなくて精神で物事を感じ取らなきゃいけねぇよ。俺はまた一口ウイスキーを飲んで、その芳醇なワインみてぇな濃厚な汁を味わった。このウイスキーはちょっとだけワインを思わせる女でも子供でも飲みやすいウイスキーだ。俺は紛れもない幼稚園児だが、ウイスキーもタバコの味も理解できる大人の感性を保持しちゃってるし、もう精神年齢は三十歳に差しかかってる神童だから、どんな文学も読めるし思考も成人男性のそれ。神がかってる俺ちゃんはお勉強なんて大嫌いだけど、国語は好きで、それだけ学んで学んで学びまくってる。だってそうすりゃあらゆる小説を読めるようになるんだもん。それって最高で楽しくて読書ってのは稚気に満ちた作業なのさ。それは俺が精神年齢は大人だが、心は胸躍るような冒険心である純粋さを保ったままでいられるから。これはなかなか本当の大人には出来ねぇだろうって俺ちゃんちょっとだけ自信を持っちゃう。でもでも本当の大人の中にも子供心を失わずに成長してきた人物もいるハズだ、そうに違いねぇんだけど、俺はまだそんな人間に出会った経験はない、皆無だ。まぁそんな奴と相まみえる日が来たら俺は流暢におしゃべりしながら大好きなウイスキーでも飲みかわすかねぇ。んでもってタバコを吸う、銘柄は両切りのショートピース、これが濃厚な風味をその煙の内部に孕んでるから、俺はそれを堪能するために吸いに吸いまくって、煙は機関車の排煙のように口から噴出する。鼻から煙を出すのを香りを楽しめて好きだし、もちろん口から吐き出すのもめちゃくちゃ美味くて、俺ちゃんタバコっていう神がかった嗜好品のとりこになっちゃってる。まだ五歳児だってのにウイスキーやタバコを嗜むなんて他のガキにはとうてい出来ねぇだろう、って俺はちょっと自慢げに鼻を鳴らす。でもママやパパからはなるべく酒とタバコは摂取しないように注意されてるけど、そんなのまったくお構いなしに、脳にニコチンとアルコールを流し込みまくる。ママとパパはよくケンカしてて、それを見てると俺は悲しくなってきて涙を流しちゃうけど、まぁ夫婦だから仕方がないってやつかもね。俺以外のガキの両親は子供の前でケンカをしてるんだろうか、こっそり隠れて口ゲンカをしまくってるんだろうか、姑息にも卑怯にも低俗にも互いの欠点をあげつらい、それを指摘して口論しまくりで、俺ちゃんいい加減にうんざりしちまうよ。こりゃ酒とタバコがないとやってられねぇよ、って中年オヤジみてぇな発想に思考を支配されてる俺ちゃんの人生の歯車は五歳児っていう低年齢にしてさっそく狂い始めてる。俺は大物になりてぇんだ、富と名声と権力が欲しくて女のオマンコにそそり立ったチンポコを出し入れして射精してぇんだ。けど女の裸体を見るのは好きだが、まだチンポコが勃起する気配はねぇ。十代ぐらいになればちゃんと勃起して、初めての射精を経験できるのかなぁ、なんてアルコールとニコチンでぼんやりとした頭で考えてる。俺が寝てる間にパパとママはセックスに興じまくってるのをちゃんと知ってる賢くて偉い僕ちゃん。朝起きるとママは裸で寝そべってるから何で裸なの? って聞いたら暑いから、ってぞんざいな言い訳が返ってくるだけだけど、僕ちゃんは本当は知ってるんだよ、あんたらがやってる秘め事をね。俺も混ぜて3Pすりゃいいのに、でもパパに見られながらママのオマンコを堪能するってのは何だかちょっとばかし恥ずかしいね。でもでもママは美人で身体つきも豊満だけど、実の母親に興奮するほど俺は落ちぶれちゃいない。そう、堕落した天使のように落ちぶれてない俺の思考に美しく輝く点滴を打ってくれないかと願っちゃうのよねん。昆虫みてぇな半透明の羽根みてぇな翼を広げて飛び立たって空をつき抜けて宇宙まで飛翔したいって思ってた頃もあったなぁ、アレは三歳の時だっけか、って思考が色々な方向にぶっ飛びまくってる俺は己の内部に強烈な怒りを宿してる。それは音楽や酒やタバコなどの刺激で紛らわさないと膨張し続けて、そう宇宙が膨張するように増え続けて、とめどなくあふれ出ちゃう感情だ。昆虫に生まれ落ちたら俺はもっと小さな昆虫を食して生きるんだろうか、それは何だか悲し気な生き方に違いねぇ。菜食主義者でも肉食主義者でもない雑食主義者の俺ちゃんは、もっともっともっと様々な食べ物を咀嚼して固形物を柔らかくした後で飲みこんで、貪欲に胃の中に流しこみたい、って強い強い衝動がうずいてる。そう薬切れの麻薬中毒者が新たなヘロイン、コカイン、大麻を求めるみてぇに食べ物を欲しまくってる。だから俺は食べに食べに食べて食べ物に豊富に含まれてる糖分と油分で肥え太ってる俺にはダイエットが必要だとママが裁判官が被告に告げるみてぇに言って、俺ちゃんそれに答えるために運動をしようとした時も一瞬だけあったけど、すぐに挫折。んでもって俺は怠惰な生活で肥満になるのは逆に健康的なんじゃねぇのかなって思っちゃう。最高だぜ、これが俺の、俺だけの生き方なんだぜ、って洋楽を聴きながらそう実感したね。クソみてぇにやせ細った子供にはなりたくねぇのさ、栄養失調で死んじゃうじゃんね。親はどんな食べ物を与えてるんだろうか、ってな感じに考えを巡らせまくる。貧乏人ほど強い快感を求めるってのは本当か? 俺ちゃん両親が共働きで裕福とは言えねぇが、そこそこの生活をしてるっていう自負がある。オモチャも愛情も惜しげもなく与えられて俺は幸福の絶頂期にいるって感じ。この生活がいつまでも続けばいいのに、って願うがそれは脆くも儚い土台の上に成り立ってるものなのかもしれねぇ。俺が大人になって一人立ちするまでこの生活を維持するだけの甲斐性は両親にあるとは思うんだが、どうかね、何時かこの惰性に彩られた日々にも終局が来るんだろうか。そんなの想像しただけで、背筋にムカデが這い上がってくるみてぇな悪寒を感じちまうね。なるべく俺の幸福な日々を持続させてくれよパパママ。だから週休二日で蟻みてぇに働いて働いて働いて金を稼いでこい。俺はそのあいだにまったりとした時間を過ごしながら人生というどこまでも続きそうで終わりのある線路の上をゆっくりと走ってるからさ。俺という汽車はタバコの煙っていう蒸気を排出しながら緩慢とした速度で騒音を周囲にまき散らしながら走るんだ。その速度は年齢とともに徐々に段階的に上がっていくのかもしれねぇけど、今はまったりゆっくり極楽極楽って感じで、遅々とした動作で進んでるのさ。永遠とすら感じられるみてぇに一日が長い。でも嗜好品の摂取の連続でまったく退屈しねぇ俺ちゃんの歯車が軋みながら線路の上をフィギュアスケートの選手みてぇに優雅に滑る。走り続けて摩耗した車輪はいつか汽車から勢いよく外れて空中を舞って空に消えてくだろう。そして数日後、回転しながら落下した車輪がぐるぐるとコマみてぇにそこらを転がるハズなんだ。蜘蛛の糸で出来た網みてぇに複雑に入り組んだ車輪の構成要素である鉄骨が粉々に破壊される場面を思い浮かべてよだれが出そうな僕ちゃんの心臓、心臓、心臓、柔らかくて温かくて生臭くて静かに鼓動する心臓を拳銃っていうイカした凶器で撃ち抜いてくれないか、名も知らぬ殺人者よ。段々プールの水が陽光に熱せられて生暖かくなってきたから、新たな水の膜に張りかえなきゃならねぇけどメンドクセェ。ママとパパはお仕事だから、俺の代わりに空になったビニールプールに水を注いでくれる人間なんていやしねぇ。まだ空にはしてないが本当に本当にもう水を抜いて空気を抜いて庭に放置しようと思っちゃった。ウイスキーの小瓶はまだ半分ほど残ってるのに、俺はもう泥酔状態で視界がぐるぐる回っててちょっと気持ち悪くなってきた。ここいらで引き上げ時かな、って考えてたら一匹の蚊が俺の滑らかな大理石の表面みてぇな剝きだしの腕にとまった。血を吸いに吸って吸いまくるこの虫けらを叩き潰すっていう残酷な真似はせずに、思う存分血をその小さな身体に吸引させてやる。徐々に蚊の身体が薄赤くなってきて、こいつは俺の血をどれだけ吸ってんだよって思ったが、俺の体内に満ちた血液の量からすると大したもんじゃねぇ。吸血鬼が処女の血を吸い取るみてぇに十分に俺の血液を堪能したらしい蚊は、羽音も立てずに羽ばたいて行った。それって俺の視界からいなくなったってわけだけど、また新たな獲物を探しに出かけたんだろうか、あらゆる人々の血を吸った蚊は俺のもとへと帰ってくるんだろうか、だったらあの虫けらに名前を付けて飼うのもいい。そしたら毎日俺の新鮮な血液を吸わせてやるのにな。そんな思考を巡らせてると強烈なかゆみが蚊が口から伸びた針みてぇな管を刺した箇所から全身へと広がっていくみてぇな錯覚が俺を支配した。かゆいかゆいかゆいかゆい、俺は皮膚の皮が剥けそうな勢いで鋭利な先端の爪で肌を搔きまくった。爪切りにくっついてる荒いやすりで良く手入れされた俺の爪はナイフの刀身みてぇに尖ってて我ながらイカシてるぜ、芸術品みてぇな造形美だぜ。俺の爪だけをクローズアップしてデッサンのモデルにして真っ白いキャンバスの中に封じ込めるようにして芸術家に描いて欲しいぜ。皮膚が赤くなるほど掻くと、かゆみは次第に治まってった。あーこんな事になるならあんな虫けらに俺の高潔な血を吸わせえるんじゃなかったな、もっとゴミみてぇな人間か家畜の皮膚に管を刺せよってツバを吐きながら俺はあの蚊を呪い殺すそうと躍起になってた。俺は血がしたたる幼女の清らかな血を吸ってみたいっていう欲望が己の内面に発生するのを瞬時に感じた。幼稚園で仲の良い女の子の手首をナイフで傷つけて滲みでた深紅の液体をすすってみよかなぁ、でもそんな事したら先生に叱られちゃうから今のところは止めとこう、今のところはね、って意味深に脳内でそんなセリフをくり返し、俺は薄く微笑んだ。俺の笑みがプールの鏡みてぇな水面に映りこみ、我ながら薄汚い表情だと思った。思っちゃったんだ。これは聖職者でも善人でもイエスキリストでもなく、悪辣な精神性に満ちた聖人男性の笑みだ。普通の五歳児はこんなに悪意のある表情を顔面にあつらえられる訳ねぇよ、マジでさ。俺は一体大人になったらどんな職業に就くんだろう、政治家かタレントかサラリーマンかとび職かは分からねぇけど、現状の俺をまっさらなお目々で直視したら、先が思いやられるほど薄汚れた心の持ち主だ。この小さな身体が成長した暁には車もバイクも戦闘機だって運転してみてぇ、ってそんな願いが叶えられる日は果たして来るんだろうか。俺は自分が大人になった姿を容易には想像できねぇでいるが、きっとハンサムで長身な男に変貌をとげちゃうに違いねぇハズなんだ、ってそう固く信じてる節が俺にはある。それは歪な形状をしたサナギが羽化して綺麗な模様の入った羽根を持つ蝶々になるように変化しちゃうんだ。結局俺はプールの水を抜くことにした、っていうか空気を抜けば萎んだビニールプールから水は堰を切ったように流れでて、乾いてひび割れた土に染みこんでく。それを眺めながらまたウイスキー、んでもってタバコの摂取、摂取、摂取。そろそろ友達と待ち合わせてる時間だから俺は服を着て街へくり出さなきゃならねぇ。でもでも着替えるのがメンドクセェから水着のままこの絹じみたきめ細かく滑らかな肌を露出させて待ち合わせ場所である公園へ行こうと思った。ビニールプールの残骸は片づけずにそのまま放置プレイ、もしこれが人間の女だったら喜んでオマンコから愛液を分泌させて俺が戻ってくるのを首を長くして待ってるだろう、ってパパの隠し持ったマニアックなエロ本やエロDVDから得た知識でまた一段と賢くなってる僕ちゃんは早く精通するようになって女を抱きたいもんだ。今のところは酒とタバコで欲望を解消させて、ほのかな満足感を味わうだけにとどめておこう。偉い子の僕ちゃんの頭を大きくて温かな手で優しく撫でてくれよ、ママ。僕ちゃんに抱擁してキスの雨を降らせてくれよ、なんてありきたりな比喩を思いついちゃう。おかしいな、結構な量の本を読んだハズなのに、俺の語彙はそれほど逞しく培われちゃいねぇ。でも大人になるまでに何万冊の本を読むつもりだから、そん時にはもっと洗練されてイカした比喩を思いつくだろう、そうじゃなくちゃ読書にいそしんだ甲斐が無いってもんだね。漫画も好みでバトル漫画や恋愛漫画などの面白い物語を摂取しまくって日々を過ごしてる。娯楽がありまくりで退屈っていう苦痛からは解放されちゃってて、生きてるって素晴らしいな、って思うのは俺がまだ苦労知らずの世間知らずの無知のゴミのカスだからだって自覚が多少あるかもねん。ウイスキーを飲みながら読書、タバコを吸いながら読書、食事をしながら読書、ってな感じに俺は四六時中あらゆる書物を読みあさってる。俺の脳細胞が貪欲に活字と絵を吸収して、それが俺の華やかな人生に活かすための栄養分になってる。なっちゃってるんだ。蝶々が綺麗な花の蜜を吸うみてぇに、俺は本を摂取してマジで愉快愉快。こんだけ膨大な数の本があれば俺ちゃんは死ぬまで退屈しねぇだろうし、読んでも読んでも追いつかないほど毎月新刊が出てるからどうしよう時間が追いつかねぇ。俺はこの世にあるすべての本を読んでみてぇっていう純粋な願望があって、死ぬまでにそれが達成できるように切に願っちゃってる。でもそれは儚い蜃気楼のような夢だっていう自覚はあるんだ。だって俺が死んでからも本は出版され続けるわけでしょ? まさかこの世から活字と絵が霧のごとく消失する訳じゃないでしょ? 貪欲貪欲貪欲、俺は獣じみた精神と思考で本をむさぼるように読む。だから国語は得意だし、辞書を引くのも好きだ。国語つっても幼稚園じゃひらがなのお勉強しかしないんだけどねん。それはとても退屈、俺は文豪の書いた密度の高い緻密な文章を読みたいんだ。お家に帰ってからその欲求を解消するために純文学っていうジャンルに分類される本を優先して読む読む読む! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! もう思考が加速しすぎてこの広大な世界の果てまで達して、俺ちゃんオルガズムにも達しそうだ。でもチンポコは水着のなかで萎えたまま、早く勃起するようになれよ俺ちゃんの拳銃を思わせる男性器よ。拳銃とチンポコの形状を脳内で重ね合わせちゃった俺ちゃんは、これは新しい比喩なんじゃねって一瞬だけ錯覚しそうになった。でもでも、その比喩は使い古されて手垢にまみれてすり切れて摩耗した表現だ。俺のピストルは誰にも照準を合わせず、地面に銃口を向けてる。んでもって街を練り歩きながらウイスキーをラッパ飲みして気取っちゃう俺は破滅型の人間なのかもしれねぇな。こんな幼い頃から破滅だなんて考えてる時点で俺の人生はもう終わってる気がする。始まりがあれば終わりがあるように、俺の人生も起点と終着点があるハズなんだが、それは上手く想像できねぇ代物だ。破滅っていや純文学の内容はそういった物語が多い気がするし、素晴らしい曲を生み落とすロックスターもみんな死んじゃってる。残ってるのは老人になりかけのクソみてぇな曲や小説しか作れない残骸ってか形骸ってかほとんど亡骸。最近のお芸術はクソみてぇなものばかりだ、ってうんざりしながら本や音楽を摂取しちゃう時もあるけど、たまに当たりに突き当たる。そん時は嬉しすぎて失禁しそうになりながらウイスキーとタバコを大量に摂取しちゃって僕ちゃん最高に嬉しくて飛んで跳ねて回転して全身で喜びを表したくなっちゃう。んでもってウイスキーをがぶ飲みしてる俺に通行人の視線が集中する。脚光を浴びてる僕ちゃん、目立ってる僕ちゃん、注目の的な僕ちゃんは人々に見せつけるように水着と皮膚のあいだに挟まったタバコとライターを取りだすと、長細い嗜好品の先端に火をつけて一服かます。ソフトドラッグであるアルコールやニコチンは余り身体に害がない気がするのは俺がまだ幼くて、これらの嗜好品を摂取しはじめたばっかりだからだろうか。大人になったら長年の副作用により癌や脳梗塞になって病院に長期入院するんだろうか、でもでも俺はウイスキーもタバコもどっちも止めるつもりはまったくねぇし、ついでにもっと成長したら女っていう新たな嗜好品も加わる。恋がなんだって? 愛がなんだって? そんな感情クソみてぇなものだ、ってこの年齢にして分かってる僕ちゃん。だって両親の夫婦喧嘩を毎日目にしてれば恋や愛なんて下らねぇクソ食らえなもんだって嫌でも理解しちゃうもんね。んで俺は待ち合わせ場所である公園にたどり着いて、辺りを見回し、まだ友達が来てないことを知ると一人でブランコに座った。そして漕ぎに漕ぎまくり、鉄骨と木製のイスを糸のように繋げてる鎖をきしませながら大ジャンプしちゃった。着地は成功、優雅に両手を広げて恍惚とした気分で風圧を全身に浴びた俺ちゃんの着地は百点満点。小学校に通うようになったら恐らく零点を叩きだしまくるだろう、国語以外はね。でも漢字は読めるけど書くのがちょっとばかし苦手で、それが国語に関する唯一の欠点。まぁ今はパソコンやスマホがあるから漢字なんて書けなくても何ら支障はないんだけどね。いやいや、そこは努力だ俺ちゃん、毎日毎日漢字の書き取りをして頭脳を鍛えるんだ、って思ってるんだが何せおっくうでね。楽しめる方向にする努力しか実らねぇようになってるんだよこの世界は、って五歳児にしてもう悟りを得ちゃってる。おっと、ようやく友達がやって来た。十五分も遅れてるぞ、って公園の時計を見ながら憤りにも似た感情を抱いちゃう。まぁでもガキのやる事だから許してやろうっていう寛大さを遺憾なく発揮しなくちゃ立派な成人男性じゃねぇ。成人男性ってのは精神年齢の話で俺は紛れもなく五歳児だ。「よう」「おっす」親しげな短い挨拶を交わすと奴は水鉄砲を俺に渡してきた。今日はこのイカした半透明のプラスティック製のオモチャに水を入れてカウボーイの銃撃戦みてぇに撃ち合って遊ぶってわけね、納得納得。けど俺はもっと刺激的なお遊びがしたいのさ、それは例えば本物の拳銃で撃ち合うっていうとってもスリルのある互いの命を弄ぶお遊戯、でも目の前のガキにはまだまだ命を懸けるってのは早すぎか、そりゃちょっと可哀想だね、僕ちゃんその映像を想像しただけで涙が出ちゃいそうだよ、ってのは冗談で、こいつが生きようが死のうが実際のとこどうでも良い。だから俺は本物の銃を物々交換で手に入れて目の前のガキを撃ちたくなった。こんな幼い時に死んじゃったらこいつの両親は嘆き悲しむんだろうがそんなのお構いなしにこいつの額に銃口を向けて発砲し鮮烈な血しぶきを噴出させてやりてぇ。その新鮮な血液の色彩ときたらとても美しいもので、それを筆につけてキャンバスに絵を描いて欲しいな、高名な画家によってね。ガキの血液と大人の血液には味に違いがあるってのは容易に想像できて、鮮度抜群な子供の血の方がはるかに美味いと思う。俺は蚊に変身して幼女の滑らかな清い肌に管を刺して血液を吸いまくりたい。ああ、甘美な味がするんだろうな、それはウイスキーやタバコに勝るとも劣らねぇ美味なあじわい。でもでも今幼女はいねぇし、俺は蚊じゃねぇし、本物の拳銃も持ってねぇから、仕方なく水鉄砲を友達の額に向けて水を発射させる。その一撃は見事に命中して、奴の額をおびただしい滴で濡らした。その水滴がゆっくりと奴の顔を這って、顎に集まり、そこから地面に落下して土に小さな染みを形づくる。それは土の中で息を潜めながらうねってる薄気味悪い形状をしたミミズの栄養分になるのかもしれねぇ。ああ、目の前のガキを殺してみてぇって欲求が俺の内部で爆発しそうだぜ。そもそも水鉄砲で撃ち合うなんてお遊びじゃ、精神年齢が成人男性である俺の欲望は満足しないのさ。友達は水鉄砲の引き金を引きまくり、俺の大量の水を浴びせた。大量ってのは語弊があるかもしれねぇが、俺の髪の毛を濡らすていどの量がある。でも俺は水浴びをして元々髪が湿っていたため、今さら水をかけられたところで大して変わりはねぇ。ああ、つまんねぇな、退屈してきたな、もっと刺激的な遊びがしてぇな。これだったら家に引きこもってテレビゲームでもやってた方がマシだ。あの赤い帽子をかぶった小太りの髭オヤジが高く飛び上がって敵を踏み殺すっていうゲームにハマってる僕ちゃん、最近はウイスキーを飲んで酔っ払いながらそのゲームばかりやってる。でも全クリはまだ出来てねぇ、いつも難しいステージで残機がなくなってゲームオーバーの連続って感じでイラ立ってコントローラーを噛むかゲーム機に叩きつける時が多い。その悪癖をママに止めるように言われてるけど、そんな事俺の知ったこっちゃないぜ。そこで俺はある遊びを思いついた。ついちゃったんだ。それは目の前のガキと抱き合いながらディープキスをかまして唾液を交換するって面白そうな遊び。それはパパとママのセックスを覗き見たときの思いついたものだ。試しに提案してみようかなと思ったけど、さすがに躊躇う小心者の僕ちゃん。やっぱさ、セックスの真似事をするんだったら麗しい見た目の幼女がいいね、いや豊満な身体つきの二十代の女でもいい。男とディープキスするなんて実際にやってみたら吐き気がして胃からせりあがったゲロがノド元からあふれ出ちゃうかもねん。とにかくもう水鉄砲で遊ぶのには飽きたから俺はそれを放り投げた。水鉄砲は空中で弧を描きながら草むらのなかに落下した。怒り狂って俺につめ寄る友達などお構いなしに、俺は遅々とした動作で一服かまし思考をぼんやりさせる。ああ、タバコは良い、ニコチンは俺に優しい快楽を与えてくれる。んでもってウイスキーを飲もうとしたら瓶が空になってた事実に気づく。これはこれはウイスキーちゃんを俺が求めていても、あっちの方は俺を求めていなかったのかな、って錯覚しちまいそうになり、けど俺とウイスキーは相思相愛なんだって結論に行く着くまでに数秒の時間を要した。マジで目に映る景色がぐるぐる回ってて、俺は泥酔状態なんだそうなんだって思って、こみ上げてくる吐き気にまったく抵抗せず地面にゲロをぶちまけた。吐きに吐きまくりで出るわ出るわ、どんだけウイスキーを飲んだんだよってほど胃液と混ざり合った液体が口から濁流のごとくあふれ出る。友達の様子を気にしてる余裕なんて今の俺にはないが、視線を上げると草むらにしゃがんで水鉄砲を探してるあいつの姿が見えた。水を飲まなきゃならねぇ、水鉄砲の内部でゆれてる水でも良いし、公園の噴水に満ちた水でもいいから口に含みてぇ。胃の内容物をすべて吐き切ると、俺ちゃんの精神状態がシラフに戻ってマジで晴れやかな気分になっちゃった。なっちゃったんだ。今日もパパとママが家に帰ってきたらど派手なケンカをくり広げるんだな、と思うとかなり憂鬱で家に帰りたくなくなった。俺の居場所はあの家じゃねぇ、もっと別の世界にあるんだ、と信じたいけどそれが未だに見つけられずにいる可哀想な僕ちゃんのために神に祈ってくれる少女はいねぇかな。まぁ友達と遊ぶのも飽きたし、しばらくベンチにでも座ってタバコを吹かしてるか。んで俺は青空みてぇな色のペンキが塗りたくられたベンチに腰を下ろした。タバコを口に咥えてライターで火を灯し、肺に煙が到達する前にそれを吐きだす。肺っていう臓器に煙が達するかどうか見極めるのがなかなか難しい、って吸い始めの頃はそう感じてたが、何千本ものタバコを吸いまくった今の俺ちゃんにはその見極めがかなり容易。どうやら友達は怒って帰ってしまったらしく、この広い公園には俺という哀れな子羊しかいねぇ。迷える子羊に栄光があれば良いのにな、でも栄光なんて簡単には俺の頭上に降りそそがねぇんだって事実を知ってる。まっさらな現実をこの自慢のお目々で直視しなきゃ一向に現状は変わらねぇよな。まぁそれでも良いんだ、俺は悪酔いしてない時はめちゃくちゃハッピーだからね、って幸福感という優しくて柔らかな光に全身が包み込まれてるんだ、って実感してる。というよりも膜のような光の感触を敏感な皮膚で感じ取ってる気がする。俺の皮膚感覚ときたらまるで針の先みてぇに先端が尖ってるんだ。もう昼だって時計を見て分かった。腹が鳴り、身体が空腹を訴えかけてくるが、俺ちゃんは今手持ちの金がまったくねぇのよん。水でも飲んでやり過ごすか、家に帰ってラップに包まれた昼食を食べるか、いっそのことそこら辺に生えてる草でも食ってみようか、でも毒があったら腹痛に悩まされるだろから、大人しく帰宅という選択肢を選ぶことにした。湿ってた俺の短い髪は太陽の灼熱によってあるていど乾いてる。お日様は今日も獰猛な光を地上にまき散らして楽しんでるのか、あの惑星に意思があったらその内面をおしはかるのは容易じゃないだろう。んでもって俺は帰宅して施錠すんのを忘れた玄関のドアを開けた。ただいま我が愛すべき巣、ってのは冗談で、この家には嫌な思い出が多すぎる。具体的には夫婦喧嘩、夫婦喧嘩、夫婦喧嘩の連続で嫌になっちまうぜまったく。今の時間はパパもママもいねぇから心置きなく自分の時間を謳歌できる。パパは俺には優しいがママには激烈な感情をぶつける、っていう訳の分からねぇ人間性だ。俺を愛してるんだろうか、ママのことは愛してないんだろうか、愛ってのは複雑に入り組んだ感情で底が見えねぇよ。パパとママが出会ったのは仕事先らしい。つまり社内恋愛ってわけで、触れたら火傷しそうなくらい熱い恋愛感情を互いに抱いてたのかもしれねぇ、当時はね、っていう注釈付き。今はその感情も長時間放置したスープみてぇに冷めきってしまったのだろう、と考えてみる。んー頭も悩ませても明確な答えが出ねぇからメシを食って気分転換しよう。んで冷蔵庫の中から皿に盛られてラップをされた焼きそばを取りだし台所の床の上に置く。ついでに棚からウイスキーも持ってきて、これで俺ちゃんの豪勢な昼食完成って感じで箸を取る。レンジで温めるのを忘れた焼きそばは硬くて大して美味くねぇけど、パパ秘蔵の高級なウイスキーは抜群に美味い。この対比がたまらんね、でもでもウイスキーにはやっぱチーズかナッツ類が合うかもしれねぇ、あとビターチョコレート。おやつにチョコレートが用意されてるからそれを食ってもいいが、それは三時まで取っておきたいっていう計画的な僕ちゃんは将来有望な会計士。まぁ会計士なんてしょぼい職業になんてなりたくねぇけどね。勘違いしては困る、俺の心の中に住んでる神よ、しょぼいってのはただの俺の主観で、厳密には会計士をバカにしてるわけじゃねぇのさ。って一人頭のなかで己の内につくり上げた神と対話しようと試みるが、もちろん返事はない。神のセリフを自分で考えてもいいな、って思いながらラガヴーリンをラッパ飲みして冷めたい焼きそばをノドの奥に流し込む。ウイスキーと焼きそば、最初はどうかと思ったが、これがなかなか相性がいいね。飲み物がないとノドにつまりそうになるのは俺だけだろうか、ってこれは幼稚園の友達に尋ねれば解決する話だね。こんど聞いてみようそうしようそうしよう。ラガヴーリンはホワイトホースの原酒だとパパが自慢げに講釈垂れてた記憶があるね。確かにホワイトホースから甘さを抜いたような味がして、俺の脳天に直撃するような美味なあじわいがしやがる。非常にウメェ、とてもウメェ、めちゃくちゃウメェ。んでもって食事を終えると俺は何だか眠たくなったが、まだ水着のままなので、布団に入るなら着替えなくちゃならねぇ。でもメンドクセェから俺はそのまま台所の床に寝そべって天井をぼんやりと見つめる。照明は点いておらず、陽光が窓ガラスを通って台所を淡く照らしていて、何だかそれが美しいと感じる俺ちゃんの感受性ときたら鋭敏すぎるぜ。この感覚を忘れてしまう鈍い心の大人には絶対になりたくないね、俺は身体が成長しても現在の精神性のままでいてぇのさ。焼きそばとラガヴーリンで満たされた胃袋に、ミルク、ミルクを入れたくなった俺ちゃんは、立ち上がろうとして、身体が気怠い事実に気づく。気づいちゃったんだ。思考遊びで脳は疲弊してるし、ウイスキーの飲み過ぎで身体機能にも支障をきたしてるのかもしれねぇな。将来病気が心配な僕ちゃんはもっと健康的な生活をするべきだ、とちょっとだけ思ったけど、そんな思考はすぐさま空間に霧散して消える。思考が消えるその瞬間を脳裏で感じ取った俺ちゃんの外れたネジをまた頭に差しこんで正常に稼働する頭脳を取りもどさなきゃならねぇけど、そんなの今じゃなくていい。今優先すべきは冷蔵庫を開けて濃厚なミルクを透明なガラスのコップに注ぎ一気飲みするってことだ。でも手足が麻痺して上手く動かせねぇんだよ、どうしようか、足に力をこめて立ち上がるか、それとも腕に力をこめて這いつくばって冷蔵庫まで行くか、なんて考えてる間にも時は滝みてぇに流れまくる。それは絶対に二度と上昇しない流れで、一端わき出たら下降してくだけの時間だ。もしくは右から左に流れて左から右へは流れない、つまりは時間は一方通行だって当たり前のことに頭を巡らせちゃう。んでもって何もせずに俺はそのまま眠りに落ちた。「新介、新介……」んで誰かの声が響いてきて、身体が振動してる事実に気づく。俺が薄目を開けると、曖昧だった二つに分離した映像がふたたび結び合わされるのを視界で捉えた。爆睡してた俺を覗きこんでたのは、他でもないママだった。帰って来たんだ、ようやくお仕事が終わったんだ、嬉しいな、でもパパが帰宅して夫婦喧嘩を始めるのを嫌でも想像するとちょっとばかし憂鬱になってくるよ。「ウイスキー飲み過ぎよ」いきなりそんな注意から始まるママの言葉、彼女は厳しくも優しいっていう二律背反をその内面に隠し持ってるんだ。外ではどう振舞ってるのかは知らねぇが、俺に対しては飴と鞭を巧妙につかって主人が犬を手なずけるみてぇに俺ちゃんの繊細な心をもてあそぶ。もてあそぶってのは俺の主観で、ママは間違いなく無意識にそう振舞ってるんだろうがね。「今から夕ご飯作るからテレビでも観て待っててね」頭をなでなでして欲しかった俺ちゃんは物欲しそうに親指をしゃぶるものの、ママはまったく気づいてくれない。まぁパパと俺のメシを作る邪魔はしゃいけねぇなと思いつつ俺は台所に立つママのエプロンを引っ張ってみたり、足にしがみついてみたりして甘えに甘えまくる。精神年齢が成人男性のそれでも、男はいつまでも母性を求めつづける脆い生き物なんだよ、って説明しても無意味だな。陰毛も生えてない綺麗な股間をしてる俺はママと毎日一緒に風呂に入って実の母親の豊満な果実みてぇに震える尻と胸を鑑賞してる。今日も早く風呂の時間が来ねぇかな、ってまだ腹が減ってない俺は、ママの裸体を妄想してた。そういや昼から夕方まで爆睡こいてたからおやつのチョコレートを食べるのを忘れちゃってたな、てへ。見つかったら叱られるかもだけど、寝る前にこっそり摘まんじゃおうかな。歯磨きの後に菓子を食うと虫歯になるってすげぇ怒られるんだけどね。まぁ寝る前はウイスキーで一杯やるのが俺の日課、んでもって今日はパパ秘蔵のボウモアをしこたま飲んじゃおう。アルコールが全身に回り、酔っぱらいながら寝るとよく悪夢を見るけど、寝酒がやめられねぇっていう悪癖の持ち主である僕ちゃん。悪夢なんて酒を摂取した時の快感に比べたらクソみてぇなもんだ、チリみてぇなもんだ、ゲロみてぇなもんだ。ママに寝酒は止めるように言われてるけど、パパは寛容であらゆる種類のウイスキーを俺に勧めてくる。俺ちゃん悪魔じみたその誘惑に無抵抗、んでもって酒をしこたま飲んで真っ白いシーツに覆われた敷布団に全裸で寝転がっちゃう。俺は寝るときに素っ裸じゃないと眠れない人間なんだ。何て言うかさ、服を着て寝るときと開放感が格段に違うし、凍えるような温度の冷房が俺の全身の皮膚に突き刺さるように触れるのが堪らない快感なのさ。ママのケツに顔をうずめてるとさすがに叱られた。叱られちゃったんだ。ママは怒るときは結構怖くて、いつも顔を鬼みてぇな形相にして、哀れな五歳児である俺を叱り飛ばす。でもでも俺ちゃんはママにちょっかいを出すのを止められねぇ、だってママに甘えるのって麻薬的な中毒性があるんだもん。ママ、ママ、僕のママ、夜はパパのダッチワイフだけど今は僕だけのママ、脳が溶けるくらいもっと僕ちゃんを甘やかしてよ。といってもさすがに料理の邪魔をするのも忍びないから、大人しくテレビの前の座椅子に腰かける。んでもってリモコンを使ってテレビを点けると画面に映ったのは毎週この時間帯にやってるアニメだった。つまらねぇんだよねこのアニメ、深夜アニメなら面白いけどさ、子供向けで幼稚だからハードボイルドな俺ちゃんには合わねぇのさ。もっと血しぶきが噴出しまくってナイフや拳銃っていう小道具が出てサービスシーンがあるアニメが良いのさ。んで俺はチャンネルを変えてニュース番組に照準を合わせ、様々な報道を娯楽として楽しむ。他人の不幸なんて俺にとっちゃ快楽の一つでしかないけど、もし事件の当事者になったら俺はどんな気持ちを抱くんだろうか、なんてどうでも良いこと考えて時間を潰す。そしてパパが帰宅してきた頃になると台所から香ばしい匂いが漂ってきて、料理は佳境に向かっているのだと分かった。「ただいま。夕飯なに?」「ハンバーグ」パパとママの短い会話の中には親しげではあるけど、どこか違和感を覚える雰囲気が含まれてた。その違和感の正体を推し量れないまま、俺はテレビを観ながらタバコを吸ってた。ロングピースのバニラを思わせる甘さの奥に渋みのある味に意識がぶっ飛びそうだね。「新介、良い子にしてたか?」「一日中ウイスキー飲みながらタバコ吸ってた」そう口にするとパパは豪快に笑い俺の頭を撫でた。「新介は天才だからな」その口調にはどこか自慢げな調子が含まれていて、パパが鼻が高いと俺も誇らしげな気持ちになってくるから変なもんだな。んでもってパパと一緒に夕メシが出来るまでタバコを吸いながら待つ。待っちゃうんだ、でも舞っちゃうのはタバコの灰、ってなわけで脳内で韻を踏んで遊ぶ。「出来たわよ」テーブルの上に次々と料理を並べていくママの所作は様になってて、どっかの料亭の若女将って感じ、ってのはちょっと大げさだが、ママの動作は白鳥みてぇに優雅、我が母親ながら惚れ惚れとしてくるよ。んでもってみんなでテレビを観たりおしゃべりをしながら食事を楽しんでる、途中まではね。んでやっぱりお互いの欠点をあげつらって口喧嘩し始めるいつもの二人、俺ちゃんは何だか悲しくなって二人の会話に口を挟まずにテレビを観てるフリをしてたが、もちろん聞き耳を立てる。あの女と会ってたんでしょ、会ってない、お前だって男とホテルに泊まったんだろ、ってな具合に互いの浮気を指摘してるらしい。情熱的な愛情を抱いて結婚したんじゃなかったのかよ、まぁ性欲に支配されてる二人の気持ちはチンポコが勃起しねぇ今の俺ではまるで理解できねぇから、大人には大人の事情があるんだと無理やり自分を納得させようとするがそれが上手く出来ねぇ。もし俺ちゃんが成長したらまず女を食いまくってセックスに飽きたあと心の相性が合う女と結婚するだろう。恋に落ちた勢いで結婚するなんて愚の骨頂だ、と様々な書物を読んだり映画やドラマを観て知ってるんだ。結婚なんて悪い冗談だ、相手を憎みののしり合うなら最初から結婚なんてすんなよって思う。愚か者が、ハエの糞にも劣るクズが、って感じで二人に対する俺の怒りは膨張して破裂しそうだった。破裂した瞬間、俺はいつも泣きだすけど、最近ではそれは無意味だとようやく悟ったんだ。泣いても懇願しても夫婦喧嘩は加速して止まらねぇ。二人の口論はだんだん過激になってきて、暴力すら振るわないものの、相手が深く傷つくような言葉をゲロみてぇに吐く、というよりマシンガンみたく口から連射して互いを穴だらけにしようと躍起になってるように見える。蜂の巣みてぇになった心でどんな事を感じてまた口から罵倒の言葉を発するんだろう。悲しいよ、憂鬱だよ、精神薬を大量に飲んで死にたいよ、って五歳児なのにそんな重苦しい発想をしちゃう俺ちゃん。まぁ生きるってのはさ、辛いこともあるけど楽しいこともあるのさ、ってこの年齢にして仏みてぇに悟っちゃってる。どうでもいいけど早く口喧嘩終わらねぇかな、他の部屋へ行って耳栓して毛布にくるまってケンカをやり過ごすか、外に出てまったりと月でも見上げるか、って選択肢が頭に浮かんだから俺はすぐさま外に出た。夜の涼しい風と黒い空に浮かぶ弱々しく輝く月を見ながらウイスキーを飲んでタバコを吸う。よくアメスピを吸ってた俺だけど、このタバコ飽きるな、ショートホープかラッキーストライクかロングピースかわかばを吸おっかなって脳内でタバコのカタログを広げて思考という透明な指でその映像をなぞる。俺は人生がとても退廃してると思っちゃってる幼稚園児、んでもってもう生きていたくないと強く感じてる。こんな幼少の頃から自殺という観念にとらわれる俺はやっぱり他のガキより精神年齢がはるかに大人だ。パパとママの年齢すら超えちゃってる精神性だからあの二人の口論を許してもいい、と頭では分かっちゃいるんだが感情では納得がいかねぇのよ。ああ、月は今日も美しく輝いていて、俺のすり切れた心を優しく癒してくれるよ。何て言うかさ、月光が俺の精神に触れて化膿した傷をゆっくりと癒していくって感じ。太陽の暴力的な光より、俺は弱々しく発光するお月様の方が断然好きななのさ。ってのは冗談で俺ちゃんは情熱的な太陽のほうが大好き。まぁ両方存在しねぇとセンチメンタルな俺ちゃんの心は満足感を得られねぇ。グレンリヴェットってウイスキーは甘さが強くて飲みやすくてちょっと物足りねぇ。ワイルドターキー八年みてぇな強烈に華やかな無骨な味の方がより強い快感を得られる。ワイルドターキーなんて俺の家にあったけ、って記憶が曖昧な俺ちゃんは子供ながらにしてもう痴呆症なのかよ、若年性アルツハイマーなのかよ。いやいやんな訳ねぇ、俺は自分が読んだ物語を鮮明に記憶してって、無意識に蓄積された膨大な量の登場人物の名前をすぐに取りだせるんだもん。俺の脳はパンドラの箱って感じで開けたら何が飛び出してくるか分かったもんじゃねぇ。混沌が浄化か混乱か理性か、それとも別の何かなのか、一度豪華な装飾のほどこされたでかい鍵を使って無意識と接続してみてぇもんだね。潜在意識と顕在意識の関係はどうなってるんだろうか、互いに愛し合ってる夫婦みてぇに親密な関係なんだろうか、なんてことを考えつつお目々は空に向いたまま。んでもって二度と来ない今日って日を脳裏に焼き付けるためにゆっくりとまぶたを閉じた俺ちゃん。家の中では激烈な口論が繰り広げられてるんだろうけど、外は何て静かなんだ、風の音色が俺の鼓膜をそっと撫でて、聴覚神経から脳に音の情報が伝わる。騒音を耳にした時はとっても不快だけど、風の音はたまらなく心地よくて、ウイスキーとタバコが進む進む。まったりとしたこの時間を大切に、俺の内部という宝箱に仕舞っておきてぇと思った。大人になったら今日を思いだして懐かしさに胸が苦しくなっちゃうんだろうか、そんな感傷的な俺ちゃんも悪くねぇ。鳥の鳴き声も虫の鳴き声も犬の鳴き声も車の音もパパとママが口から発する音も俺の意識からは遮断されて、俺はこの庭という空間に一時的に隔離され、月を友達にして時間に身を任せちゃうんだ。メシは途中で食べるのを止めたままテーブルの上に置かれたままだ。テーブルっていう途方もない距離の境界を挟んであの二人は口論をつづけてるんだろう。その距離を詰めるためにはどちらかが妥協するしかないんだろうが、もはや二人の関係性にはヒビが入り崩壊しかけていて修復不可能。この広大な大地にひとり取り残された健気な俺ちゃんという一つの個体はどうなるんだろうか。想像したくはねぇが、もしパパとママが離婚しちゃったらどっちに引き取られるんだろうか、もしくはどっちも俺を連れてってくれなくて俺は児童養護施設で暮らすことになるんだろうか、そんなのヤダヤダヤダヤダヤダヤダ! 俺はあの二人のもとでずっと永遠に暮らしてぇんだ。でもいつかあの二人が別れてそれぞれの道を歩むってのは誰が見ても明白だ。いつも至近距離であの二人の口喧嘩を聞いてる俺にとって、それは決定事項に近い。近いというかやっぱ確定事項、ってな感じで俺ちゃん泣いちゃいそうだけど、涙を流したていどじゃあいつらの口論は収まらねぇ。そのうち殴り合いのケンカに発展するんじゃねぇだろうか、って心配性の僕ちゃんはそう考えてしまう。そんな自分に嫌悪感を覚えて酔っぱらってもないのに吐き気がしそう。ダメだダメだ、こんな事に頭を巡らせてても事態は好転しねぇよ、じゃあどうしたらいい、どうしたら俺は夜も幸福なれる? 昼間はあれだけこの小さな胸に多幸感を覚えてたのに、今じゃ憂鬱って感情が胸を締めつけてる。昼と夜で雲泥の差だよ、天国と地獄だよ、砂漠とオアシスだよ、ああぴったりの例えが見つからねぇけどとにかく今現在の俺ちゃんは悲しみって感情を抱いちゃってる。どうしたらこの淀んだ感情を振り払えるんだ。透明なシャワーで胸の底に沈殿した負の感情を洗い流して綺麗にしたい。いま戻ったら口喧嘩が激化してるところに出くわしちゃうから仕方なく庭で寝ようと思って芝生の上に横になった。芝生っていう絨毯は布団よりも硬くて寝心地が悪いし、夏っていう季節だからクソ熱くて全身から大量の汗が滲みでやがるし、もう最悪な気分だね。俺が庭で寝るのは初めての経験じゃなくて、過去にあいつらのケンカが激しくなった時はここで眠ってる。もちろん芝生じゃ熟睡は出来ねぇから、夜中に何度も目が覚めて、起きた時には頭が朦朧としてるっていう始末だ。今日は曇りで昼頃には雨が降りそうな天気、んでもってパパとママはもう仕事に行ったらしく、玄関のドアは施錠されちゃってる。俺は仕方なく幼稚園へと向かってゆっくりと歩きだした。子供の足でも徒歩十五分の距離にある俺の通う幼稚園は結構でかくて、庭も広くて様々な遊具が設置されていたり走っても障害物にぶつからないほど広大だ。建物に関してはまぁそこそこの大きさってとこだが、内部は掃除が行き届いててとっても清潔。先生たちはみんな優しくてママみたいにあまり怒らないから大好き、美人もいるから惚れちまうよ、もしチンポコが勃起してたら抱いてたに違いないね。ああ、俺が二十歳くらいの青年だったらトイレで一発かますのに、噴射した精液をその愛くるしいお顔にぶっかけて悦に浸るのに。同年齢の幼女はというとまだ発展途上だが可愛い容姿をした奴もいる。さすがにガキを抱きたいとは思わねぇが、その頬に接吻したことも何度かある。それを親に報告された俺はママを通してとっても叱られちゃったんだ。それからは秘密を守れる相手を選びキスをかましてる。俺は容姿に恵まれてる美男子だから、幼女たちもまんざらではなさそうにする、つまりは照れるってやつじゃん。先生にもとっておきのディープキスをしたいんだけど絶対に怒られるって分かってるから今のところは我慢我慢。でもでも俺が大人になった頃には先生たちはもう結婚して熟女になっちゃってるから恋愛の対象外だ。この幼稚園に既婚者は何人ぐらいいるんだろうか、他の組の先生は独身なのかな、なんて妄想をはかどらせる。どっちにしろ今の俺では女を抱くことは不可能だ。もちろんセックスの真似事、例えば乳房やオマンコを愛撫することは可能だが、肝心の合体が出来ねぇ。つまりそれって小作りってわけで、女を孕ませるってわけで、赤ちゃんが出来ちゃうってわけ。幼稚園に着くと俺はお絵かきを始めた。俺には絵の才能もあって、前衛的だが奥深い趣のある抽象画を描くと先生方に定評があってよく褒められる。将来は高名な画家になるんじゃないかと噂されてるらしいから、俺もその気になってクレヨンで画用紙に絵を描く、描く、描く! んでもって今日はママとパパが口喧嘩してる場面を画用紙に封じこめるようにして描いた。描いちゃったんだ。もちろん前衛芸術だから先生方やお友達には理解されねぇんだろうが、もし何が描いてんのか分かったら怒られちゃうね。もっと明るい絵を描くべきだと分かっちゃいるんだが、俺は青や黒などの暗い色を好んで使う。今の憂鬱な俺の気分にぴったり合ってるのがこの色のクレヨンなんだ。将来的には水彩画や油絵に手を出してみてぇと思ってるけどデッサンとか根本的に面倒くさくてやっぱ俺には画家っていう職業は向いてないのかもしれないと思っちゃう。じゃあ何の職業だったら俺に合ってるんだろう、消防士、オリンピック選手、警察官、政治家、ミュージシャン。今のところロックスターが俺という人間性にフィットしてると思ってる。でもでもあれほど音楽を聴いたり本を読んだりしてるのに、メロディーも歌詞も頭に浮かばねぇのよ。何でいつまで経っても神のごとく閃きが降臨して来ねぇのかな、あれだけ音楽と小説を視覚と聴覚から摂取したってのにまだ足りねぇって言うのか。隣の席に座って画用紙に懸命に何かを描きこんでるガキの絵を見ると、まず自由って言葉が浮かんだ。画用紙をはみ出してかろうじて猫とおぼしき雑な絵を描いてるが、こいつは先生に褒められてなでなでもしてもらっちゃってる。嫉妬の念が炎みてぇに俺の内部で燃え上がるっていうありきたりの比喩を用いちゃうほど俺は隣のガキをねたんでた。俺の方が前衛的で芸術的で繊細かつ豪快な絵を描けるんだよ、って先生に見せつけるために机の上にクレヨンで野太い線を走らせ、それにもとどまらず床にも絵を描いた。もちろん俺ちゃんこっぴどく叱られてオヤツ抜きになるところだった。これって虐待じゃね、ってほど俺の繊細な心は傷ついたよ、俺は打たれ弱いのよ。俺の精神を大きな鐘に見立てて木槌みてぇなもんで突くと軽快な音色が辺りをやわらかく満たすハズなんだ。その一撃で鐘という精神にヒビが入りわずか数秒でぶっ壊れちまう。そのくらい俺の精神は表向きは強固に見えるかもしれねぇけど、内側はゼリーみてぇに脆い代物だ。でもこの感受性を大切にしたまま成長して行きてぇと願う俺は、やっぱり将来大物になるに違いねぇ。んでもって庭で遊ぶ時間になったので、俺ちゃんまっさきに砂場にダイブした。ザラついた砂粒が俺の頬にこびり付いたので、鋭利な爪の先で掻いて取りのぞいた。俺を真似て他のガキも砂場にダイブ、ダイブ、ダイブ。んで俺らはバケツに水を汲んできてそれを砂場にまき散らした。水分を含んだ砂は当然のように泥に変化して、それに頬ずりすると冷ややかな感触が気持ちよくって、眼球が裏返りそうなほどの快感が脳天をつよく叩く。最初は軽快に、次第に力強さを増していき、最後は頭蓋が砕けるほどの快楽が旋毛から高速で伝達してくる。これだこれだこれだ、これが楽しい遊びなんだ、って錯覚する僕ちゃんはまだ五歳児の魂が抜けきれてない。まぁ魂が肉体から剥離されたら俺ちゃん昇天しちゃうんだけどね、でもそのくらい泥遊びは気持ちいいのよ。やっぱ俺もこれしきのお遊戯ではしゃぐなんてまだガキに分類されちゃう生き物なのかもしれねぇな。おかしいな、精神年齢は大人のハズなんだがな、もしくは大人なのに子供の遊びではしゃげちゃう稚気を忘れてねぇだけなのかもしれねぇ。んでもって泥団子をいっぱい作ってそれを投げ合うっていう遊びを発明したのは俺じゃなくて遠い昔の先人だ。ここは先人にならって俺も泥で遊び倒すべきかな、なんて考えつつも身体が自動的に動いてるおちゃめな僕ちゃん。最後には互いの服に泥が染みこんでしまうほど遊びつくしてマジで腹を抱えながら大笑いしちゃいそうな気分だね。心置きなく泥んこになって遊ぶってのは何て楽しいんだろう、毎日このお遊戯に興じたいよ、マジでさ。んで泥だらけのままブランコや滑り台やジャングルジムで遊ぶから遊具が泥まみれになってまた先生に叱られちゃう。今度はこっぴどく徹底的に容赦なく怒られて先生の鬼のような形相をながめながら俺はお説教を聞き流してた。後かたずけはもちろん遊具を汚した俺たちの仕事ではなく先生が雑巾で綺麗にふき取る。雨が降れば泥を弾き飛ばしてくれるから楽だろうにって思った。んでもって俺ちゃんたちは満足して堂々と大股で建物に入ってく。もちろんシャワールームは満員、んで俺の番が来たらシャワーの線をひねって大量の水を浴びて全身にこびり付いた泥を吹き飛ばす。泥遊びをした後にシャワーを浴びるのはなんて気持ちいいんだろう、ここにウイスキーがあったら俺は迷わず一気飲みしてアルコールを脳に注ぎこむだろう。そうすりゃ酔っぱらえてマジで最高の気分になりまくるハズなんだ。でもでも酒とタバコを幼稚園に持ちこむのはもちろん禁止されちゃってる。もし持ちこみOKだったら他の園児にも俺の愛する秘蔵の酒を大盤振る舞いしてるのにな。みんなで酔っぱらって保護者が迎えに来るまで大騒ぎキメて楽しみまくる。乱痴気騒ぎのパーティーのカーニバルを羽目を外して思うぞんぶん楽しんじゃう。その果てには、みんな二日酔いのゲロのカスのミジンコ以下の人間に成り下がるってわけさ。でもウイスキーは愛がある飲み物だと思うんだよ、それも恋愛感情じゃなく博愛って感情、人類を対する深い愛情の念。アルコールが回れば数時間のあいだだけどみんな友達なんだって錯覚に陥るのさ。ガキの友達は蛾の死体に群がる蟻みてぇにたくさんいるから大人のお友達が欲しいのさ。それは女でも男でも老人でも中年でも青年でも構わねぇ、出来れば音楽や文学について論じ合える友達がいっぱい欲しい。んでもってシャンプーを泡立てて髪を洗い、ボディーソープで身体も綺麗にしちゃう。しちゃうんだ。こんなに備品がそろってる幼稚園なんて他にはねぇのかもしれねぇけど、ここしか通ったことねぇから真相は闇のなかって感じ。用意されてた折りたたまれてるジャージを広げ、それを着てく。真っ白いブリーフは俺のウンコとしょんべんで汚れてるが、泥は付着してねぇからそれを穿く。尻がかゆかったので皺の寄った穴の中に指を入れて引きぬくとそれを鼻先に近づけて臭いを嗅ぎちょっと舐める。んー香ばしくて苦くて今日も愛くるしい肛門に付着したクソの味と臭いを堪能しちゃう。尻の穴に指を入れてそのまま臭いを嗅ぐ人間は実は大量にいるだろうが、それを舐める奴はそれほど多くないんじゃねぇだろうか。ケツの穴が痒かったら掻きたくなっちゃうのは人間のDNAに組み込まれた情報、性、欲求、欲望、渇望。んでもってオヤツの時間になるとあの甘い甘いキャラメルがみんなに配られる。俺はそれを口に放り込んで咀嚼して飲みこもうとしたがなかなか飲み込めないキャラメルの野郎に憎悪にも似た念を抱いた。殺してやる、殺してやるクソキャラメル。キャラメルと犬の糞が融合したような食べ物はこの世にないんだろうか、それはどんな味がするんだろうか、きっと苦味と甘味の混濁した奇妙な味に違いねぇ。みんな黙ってキャラメルを噛んでて、居心地の悪い沈黙が室内に満ちてて、俺ちゃんちょっと外に出て一服したくなったけど、もちろんポケットの中にタバコなんてねぇ。でも外に出て喫煙所に行くと園長先生がタバコを吸ってたので、一本ねだった。お優しい園長先生は笑顔で俺にラッキーストライクを一本くれた。もちろんパッケージはボックスじゃなくてソフト、香しい匂いに意識がぶっ飛びそうになる。園長先生に火を点けてもらうって栄誉を賜って俺はラッキーストライクを堪能しちゃった。ニコチンの作用によりセロトニンが脳内から噴出して意識がぼやけて気持ちいいぜ。他の先生には内緒だよ、って俺に釘を刺すのを忘れないちゃっかりした園長先生、愛すべき髭ズラの園長先生、性欲が強そうな禿げてる園長先生。んでもって二人して不良みてぇにウンコ座りしながらタバコを吸いまくる。空は快晴で大気をつき抜けた陽光が俺らを神々しく照らしてるハズだ。このゆったりとした一時をキラめく宝石みてぇに大切にしてぇと思った。ウイスキーは無いか、と園長先生に聞くとビールならあるとの事だったから、彼が車から持ってきた生温かい缶ビールを胃に流しこんだ。たまにはウイスキーじゃなくて他の酒も悪くねぇけど、ワインや缶酎ハイなどの女が飲むようなもんは絶対に口に入れたくねぇって信条も持ってる俺ちゃん。でもでもビールだったら居酒屋で出されるどでかい透明な氷の膜がところどころに張ってるジョッキに注がれた虫歯に染みるほど冷たい生ビールのほうが抜群に美味い。この缶ビールは日中に車内に放置されてたためか、かなりぬるくなっていて大して美味くない。でも夕方にウイスキーを摂取するまでの不足したアルコール分を体内に取り込んでおくための借り物にはなる。んでもってタバコを数本吸ってビールを飲み切ると、俺は園長先生に礼を言ってその場を後にした。親切にされたらちゃんとお礼を言うのよ、ってままに教えこまれた、というか脳に叩きこまれた俺ちゃんはいついかなる時でも礼は忘れねぇ。ウソウソ、結構忘れるときが多いおおざっぱな性格の俺はO型だ。血液型で性格を分類するだなんてバカげてると分かっちゃいるんだが、本を読むとそこそこ当たってたりするから一笑に付せねぇよ。パパとママもO型だから、俺は生粋のO型なんだけど、あの二人はA型みてぇに神経質な側面がある。まぁそんな俺ちゃんも神経質で臆病な部分もあるんだけどねん。密度が足りねぇ、糖度の高いハチミツみてぇな濃厚な液体が不足してて、それを脳が欲してる。脳から発せられたその電気信号が全身につたわり俺の身体を動かそうと躍起になってる。つぅかやけくそ、自暴自棄、破壊、退廃、香気、硝煙、そのどれもが俺に必要な己を構成してる掛けがえのない部品なんだと気づいちゃった。俺の歯車はもう錆びてヒビ割れ車軸から外れかけてる。つまり俺ちゃんってこの歳にしてもう狂人ってわけなのか。でも頭がイカレてない人間なんていねぇよ、周りのガキを見てるとその汚れをしらない清らかな内面の奥に無邪気に蟻を踏み殺す残酷さがかいま見える。かいま見えちゃうんだ。俺は虫を殺すような人間ではないし、もちろん動物も殺さないし、草花には愛を感じるっていう慈愛の念を内奥に隠し持ってる。そんな俺が将来何者かになるのは明白な真理ともいえる事柄だ。ロックスター、ロックスター、ロックスターになりてぇ。作曲能力や作詞能力は後からついてくる、今はギターと歌の練習をするのが先決だ。それに俺はシドバレットやカートコバーンみてぇにイカした容姿に恵まれちゃってる。幼稚園から帰ったらパパのエレキギターを銀色のケーブルでアンプに繋いで爆音をかき鳴らそうって決めちゃったんだ。そう俺がアルコールやニコチンなどのソフトドラッグを脳にキメるみてぇに決心しちゃったんだ。ギターに触れたのは四歳の頃で、俺はその頃から鋭敏な聴覚をもちいて洋楽のギターの音色を耳コピしてる。何て素晴らしい才能なんだ、絵、音楽、文学、そのどれもが俺ちゃんに恩恵を与えてくれる。俺は神に選ばれた人間だって自覚が多少なくもない。まぁどっちかハッキリしろよって聞かれたら俺は神に選ばれたっていうか俺そのものが神に取って代わろうとしてるって答えちゃうね。神を殺し、俺が新たな創造主になり音楽を作り上げる。歌詞は物語性のあるものがいい、曲は古臭い洋楽の焼き増しでもいい、声は唯一無二のものがいい。神よ、俺が選ばれたんじゃない、俺があんたを選んだんだ、って声を大にして言いてぇ。んでもってママが車で迎えに来て俺は無事に帰宅。泥遊びをして幼稚園中の遊具を汚した事実がママにも伝わったらしく、俺ちゃんしこたま怒られちゃった。ママは憤るとなんて恐ろしい化け物に変貌をとげるんだろう、こんな怪物他では滅多にお目に掛かれねぇよ。殴りこそしないものの、機関銃みてぇに口から連射される怒鳴り声は俺の鼓膜をつらぬき脳に痛みを与える。ママに怒られる時間は苦痛の一言、もし俺のチンポコが勃起したらママのオマンコを貫いてやるんだけどな。まぁそのお仕事は今のところパパに任せるしかねぇ。ケンカした後のセックスの方がいつもより燃えるのか、口論が激化した夜のママのあえぎ声はうるせぇし、パパはママにニヤケ面で卑語を言わせようとするしで、正直気持ち悪い。気持ちは分かるけど横で寝てるフリをしてる俺ちゃんの横で獣みてぇ激しい交尾をくり広げるなっての。コンドームを装着してるのか、ピルは飲んでるのか、もしかして俺の弟か妹が出来る日も近いかもしれねぇな、などと壁を見つめながら考えちゃう。俺も早く成長してセックスっていう遊びを心置きなく楽しみたいってもんだ。性交に愛なんて必要ねぇんだって理解してる、むしろ本当の愛情を感じてる相手にたいしては容易に欲情しねぇ傾向が男にはあるって本で読んだ記憶がある。もちろんそれはただの知識で俺が実際に経験したわけじゃないから、実際のとこはどうなのか分からねぇ。まぁ嫌でも俺は大人になって恋心を抱く相手もできて手をつなぎキスをして前戯をしチンポコをオマンコに銃弾のごとくぶちこむんだろうがね。それを想像すると口の端からよだれが出てきて白目を剥きそうになっちゃう。アルコールの刺激にも匹敵するほどセックスの快感ってのは強烈なのかもしれねぇ。じゃあウイスキーを飲みながらセックスしたら、女のなかで果てた後にタバコを吸って脳にニコチンを取りこんだら、どれだけの快楽が全身に駆けめぐるんだろう。想像しただけで意識がぶっ飛びそうだね、だって素晴らしい刺激だってのがパパとママの性交を目撃してて嫌でも分かるんだもん。記憶をリセットして新たな俺ちゃんに生まれ変わらなきゃならねぇ時が来るんだろうか、その時は退廃的な過去を清算してまっとうな人間になるんだろうか、なんてセックスにふけってる男女の横で考えることじゃねぇよな。でもでもイエスキリストが何度も復活したみてぇに俺の精神は何回も何回も再生するハズなんだ。パパとママがケンカして憂鬱になった次の日だってほがらかな気持ちでいられるもんね。口論を聞いて憂鬱、日中はウイスキーとタバコで爽快、ケンカを目にして悲しむ、けど嗜好品で幸せ、ってな感じに永遠にも感じる毎日を過ごしてる僕ちゃん。日中は時間が早く感じるけど、パパとママのやかましい口論を耳にしてる時は何億年にも感じる。何億年ってのは言葉の綾で、まぁそのくらい時間の感覚が長い。俺より不幸な人間はこの世にいねぇと錯覚しそうになるものの、先人の書いた物語から読み取るに、その作者は相当な苦労をしてるんだろうなって推測できちゃう。小説家もロックスターも自殺してる奴が少なからずいるからだ。じゃあもし俺ちゃんがロックスターになるって夢を叶えたら麻薬に手を出して退廃的な生活を送ったあげく拳銃でこめかみを撃って自殺しちゃうんろうか、小説家とロックスターはなぜあれほど苦悩するんだろうか、知識だけはあるが、人生経験の浅い俺ちゃんにはまだ到底理解できねぇ事柄だ。寝返りを打って薄目を開けるとパパがママを持ち上げるというアクロバティックな体位を惜しげもなく披露してるところだった。まるでサーカスの曲芸みてぇじゃねぇか、視覚的に俺を楽しませてくれる二人の獣に少しの愛情を覚える。二人は鞭で叩かれて火の輪をくぐる猛獣に似てる、と二人の性交を見て連想しちゃった俺ちゃんの想像力はとても逞しい。ハードボイルドの映画に登場するような俳優みてぇにウイスキーとタバコが似合う、それほど俺ちゃんは逞しい男の中の男だ。ママは獣の咆哮みてぇな声を分厚い唇発しながら白目を剥きよだれを垂らしちゃってる。あれが俺を叱るときには厳格な母の姿なんだろうか、本当は別の女に入れ代わってパパは今別の雌と交尾してるんじゃねぇだろうか、俺の本当のママは宇宙の果てまでロケットにより飛ばされちゃったんじゃねぇだろうか。パパのチンポコときたら拳銃、ショットガン、大砲、いや核兵器って表現がしっくり来るほど巨大でいびつな形状をしてる。それに比べたら俺ちゃんの可愛らしいチンポコの情けないこと情けないこと、こんな大きさじゃ女を喜ばせられねぇよ。でも俺はパパの血を受け継いでるから身体が成長したらもちろん矮小なチンポコもどでかくなるだろう、って淡い期待を胸に抱いちゃう。そん時は派手な女も地味な女も積極的な女も奥手な女もビッチも処女も食い散らかしてぇよ、マジでマジでマジでさ。そんな強欲な俺ちゃんの性欲が身体の奥底で火種みてぇにくすぶってるんだと実感してる。女なんてもんはさ、男に捕食されるためだけに存在してるのさ、なんて男女平権なんてクソみてぇなもんだって思ってる俺は最低野郎だって自覚がなくもない。けど将来的な話で今の幼い俺はもちろん童貞で清らかなチンポコ、まだ一度も使ってない拳銃、初めて発砲するのはいつになる事やら。パパは何度もママの膣内に射精しまくって射精しまくってその性欲は尽きることを知らねぇ。パパはどんだけ強靭なチンポコの持ち主なんだよ、見習いてぇよ、あんな男になりてぇよ、って筋肉質なパパに憧れにも似た念を抱いちゃう。俺とパパは遺伝という細い糸でつながってるんだが、それは脆くて指先で触れただけで切れてしまう気がする。つまり嫌な予感、離婚、決別、再婚、って最悪な考えに思考を支配されちゃう俺ちゃん。こんな日には聖書でも読んで神に捧げものもする人間の気持ちを体感したい。でもでも俺はキリスト教徒ではない、まったくない、欠片もない、微塵もない。神は信じてるが聖書に登場する神は結構残酷だと思っちゃう俺は罪深い平凡な人間なんだろうか、なんて一瞬だけ思っちゃうが俺はこの年齢にしてあらゆる書物を乱読できる神がかった頭脳の持ち主なんだと思い直す。それにギターもそこそこ上手く弾けて、耳コピって荒業も体得できてるしね。鋭敏な視覚、嗅覚、聴覚、味覚、感覚をかねそなえてる神がかった僕ちゃんに栄光あれ、ってウイスキーで乾杯したくなった。今はメーカーズマークが飲みたくて、半分ほど減ったパパの大好きなその酒をこっそり拝借したくなった。まぁバレたところでパパは決して俺を叱ったりしないんだけどね。ママには怒りをぶつけるけど俺には優しいパパは何を考えてんのか分かんねぇ謎の人物だ。そこが欠点でもあり魅力的でもありあこがれちゃう点でもあるんだ。俺は無意識に股間を布団にこすり付けてた。この年齢にして俺ちゃんってば興奮しちゃってるのかよ、マジかよ早熟すぎるじゃん、将来が楽しみだね、きっと俺の体内にある脂肪が筋肉に変わり強靭なん肉体を手に入れて凄まじいほどの性欲を得るだろう、そうパパみてぇにさ。パパとママは執拗なくらいのセックスで疲れ果てて爆睡しちゃってる。二人のイビキが絡み合ってエレキギターの音色みたいにやかましい音楽になって俺の鼓膜を激しく叩く。そういやギター弾くの忘れてたよ、今からでもヘッドホンを身体の対比的には大きすぎる頭に付けて演奏しよっかな。俺は耳たぶは小さいが目は大きく鼻筋も通ってて唇はほどよく分厚い卵型の顔をしてるハンサムな男だ、って毎日飽きもせず鏡をながめてる俺ちゃんはちょっとばかしナルシスとの気がある。自己陶酔って感じで、俺は自分の顔立ちに酒も飲んでねぇのに酔っぱらっちゃってるのさ。ケーブルを使ってアンプにギターを接続させてヘッドホンを装着、んでもってボリュームを限界まで上げて爆音を聴覚から吸いこむ。コードやアルペジオなどの法則なんて無視してギターをかき鳴らし、かき鳴らし、かき鳴らしまくる。耳がイテェよ、鼓膜が破けそうだよ、耳たぶが腫れあがりそうだよ。鼓膜をつらぬいた電気的な騒音が俺の脳に電撃みてぇに走り絶頂に達しそう。演奏しながらウイスキーを飲み、タバコを咥えてまた演奏、そのくり返し。今日はキングクリムゾンを演奏した、もちろん二十一世紀の精神異常者って曲を何回も何回もくり返し弾いた。俺は令和の精神異常者ってとこ。なんて廃れた人生だろう、でもやっぱり俺は俺自身の人生という道を楽しみながら歩いて行きてぇ。イントロからしてイカレてるし歌詞の内容も混沌としてて泥酔してる俺にはぴったりの曲だ。まるで俺ちゃんの日々を体現してるような曲に恍惚とした気分になっちゃう。俺は夜が明けるまでギターをかき鳴らし続けた。んでもってパパとママが目覚める前に布団に入って狸寝入りキメて二人が着替え終わってから今起きたばかりって演技をする。凄まじく眠いし、二日酔いで頭痛と吐き気がするから、夜中とは打って変わって最悪な気分だね。だから俺ちゃんお腹が痛いって仮病を使って幼稚園を休んだ。もちろんパパとママはお仕事に行ったから俺は一人ぼっちで過ごすことになる。今日は何をしようかな、テレビを点けてゲームを起動させるか、DVDプレイヤーで映画を観るか、それとも漫画でも読むかね。さすがに二日酔いの状態でウイスキーを飲む気にはならねぇからお湯を沸かしてインスタントコーヒーを溶かしタバコを吸いながらそれを飲んだ。やっぱコーヒーはインスタントや缶じゃなくて豆から挽いたやつのが抜群に美味い。けどタバコは頭痛がしてても吐き気がしてても腹が痛くてもウメェ。俺の口から吐きだされた煙がうねりながら天井に向かって行くのを眺めながら昨晩のセックスのことを考える。刺激を貪欲に求めつづけるのが理想的な人生だろう、って悟った気になっちゃう。永遠に続け、俺ちゃんの退廃的な混沌とした腐敗臭のする人生よ。んでもってゲームにも飽きたから徒歩で幼稚園に行くことにした。ママとパパには報告しないで勝手に幼稚園に行く俺ちゃんはちょっと悪い子。もう少ししたらちょうどお昼寝の時間になるから俺の楽しみ、つまり一種の娯楽を味わえる。幼稚園にたどり着き先生に挨拶をして昼寝をする薄暗い部屋に行き布団のなかに入る。いつも俺の真横で寝てる沙織ちゃんは起きてて、どうやら首を長くして俺を待ってたみてぇだ。俺ちゃんが来なかったら彼女が残念がると思ってここまで来た節がある。沙織ちゃんは俺に惚れてて手を繋いできたり乳房を吸わせてくれたりする。今日もお昼寝の時間に彼女とするいつもの遊び、互いの性器を見せあうっていう神聖なお遊戯をする。沙織ちゃんはいちご柄のパンツをめくりまだ産毛すら生えてないオマンコを見せつけてきたから、俺ちゃんも可愛らしいサイズのチンポコを見せびらかしてやった。こんなガキ相手じゃまったく興奮しねぇけど、こんなおままごとに付き合う俺ちゃんはもし会社で働いたとしても同僚や上司との飲み会に積極的に参加する社交的な人物。まぁ会社で働くなんてバカげた真似死んでもしねぇけどね。俺は労働に縛られるってのが性に合ってねぇって幼いながらに分かってるんだ。俺はもっと自由な職業、画家か小説家かロックスターが良い、そんな夢を叶えて金を荒稼ぎして高級車を乗りまわし軽井沢に別荘を建てて高級なウイスキーと大好きなショートホープを摂取しまくるって野望がある。欲望にまみれた俺ちゃん、貪欲な俺ちゃん、ハイエナみてぇな俺ちゃん、快楽を摂取するためだけに生まれ落ちてきた俺ちゃん、そんな自分を誇りに思うよ、まったくね。でもでもドラッグに手を出す気なんてまったくねぇ健全な精神性も胸の奥深くにかね備えてるんだ。やっぱさ、ドラッグってのはさ、ウイスキーやタバコだけで十分なのさ、って思うのは俺がまたヘロインや大麻をやった経験が無いからなのか。もしそんなハードドラッグを摂取した日にゃ破滅へと真っ逆さまに落ちてく自分が目に見えてるから怖くて手が出せねぇのさ。まぁ今の俺の小遣いじゃそんなドラッグなんて買えねぇし、家にも白い粉と注射器は置いてないから、今のところウイスキーとタバコで満足するしかねぇんだけどな。俺の小遣いときたら駄菓子を買えるていどの、つまりはスズメの涙ほどの金しかねぇんだ。もっと大量に小遣いをくれよ、パパママ。月三十万ぐらいあれば今のところ俺ちゃんは満足できる気がする。三十万っていったらパパの給料の三分の一ていどかもしれねぇな。俺ちゃんの親は共働きだからママの収入も入れればもっと高額になるハズなんだがね。んでもって沙織ちゃんのオマンコをじっくり鑑賞した後で、俺は布団のなかにもぐり込んでチンポコをしごこうとしたけど、脳裏に焼きついたオマンコの映像じゃまったく興奮しなかったから、チンポコは不様に萎れたままだ。現状じゃ俺の拳銃は動物も人も物ですらも撃てないって分かってる。早く早く早く早く成長してぇよ、そして女を抱きまくりてぇよ、精液っていう銃弾が装填された拳銃を乱射しまくりてぇよ、沙織ちゃんよりママの毛の密集したオマンコを眺めてたほうが数倍楽しいよ。この歳にして既に成人女性にしか関心を持ってないっていう異常っぷりを遺憾なく発揮しちゃう。女子高生も好みだがやっぱり熟れた果実をぶら下げてる成人した女が好みな俺ちゃん。んでもって俺は幼稚園を勝手に抜けだし酒屋に行ってパパのためだと店員に口にしてウイスキーを買った。買っちゃったんだ。何の注意もされずすんなりと購入できちゃったのは、いつもパパと一緒にウイスキーを買いに来てる行きつけの店だからだ。金はもちろんママのへそくりからくすねた。俺が買ったのはエヴァンウィリアムスっていう安ウイスキーだが、これがなかなか骨太な男らしい味がして美味い。ジムビームやアーリータイムズより好きかもしれねぇな。んでポケットに大人しく収まってたタバコとライターを取りだして一服する。最高だ、これこそが人生ってやつだ、これが俺の俺だけの道だ。そのまま帰宅、んでもって今日はパパもママもいねぇからママのお友達の家に泊まることになってる。あの二人はラブホテルで気兼ねなくセックスにふけるんだろう。どんだけヤレば気が済むんだよ、マジで獣みてぇな、いや昆虫みてぇに野性的な夫婦だな。んでもって俺ちゃん三輪車でママのお友達の家に向かう。酔っぱらってても補助輪が車体を支えてくれてるから軽快に漕げる。建ち並んでる家という景色を眺めながらアスファルトを進む進む進む。アスファルトの裂け目に補助輪が入りこみ、前に進めなくなったから一体漕ぐのを止めて三輪車から降りる。んで小さな車輪を裂け目から手で外し、またサドルにまたがって走り出す。そよ風が心地よくって、こんな日には広い公園のベンチに腰掛けながらウイスキーを飲んで空をぼんやりと眺めていてぇな。でも今の俺にはママの友達の家に行かなければならないって目的があるから、休憩もせずにゆっくりとした速度で三輪車を走らせる。んでもって脳に走るのは三歳の頃に読んだバロウズのおかまって小説。同性愛の切なさを描いた物語だったと記憶してるけど、実際の内容はおぼろげながら覚えてるって程度だから再読してみるのもいいのかもしれねぇ。バロウズはSFを書かせても抜群に面白いけど、生々しい人物描写を書かせても心理に奥行きがあって登場人物に感情移入しちゃう。俺が小説家だったらどんな人物を登場させてどんなストーリー展開を大風呂敷みてぇに広げるんだろうか。それは書いてみねぇと分からねぇが、俺はまだ先細りした鉛筆の先端で物語をつむぎ出した経験はない。小説家よりもロックスターの方がより人間どもの注目を集められるような気がする。文学や絵画なんて今の時代廃れてるのかもしれねぇが、俺はそれらの芸術品を心の底から愛してるんだ。この愛情は自分が飼ってるペットに向けるようなもんじゃなくて、まるで恋人にたいするかのよう、ってペットも恋人もいねぇのに俺はそんな事を思っちゃう。永遠に続くみてぇに錯覚してたアスファルトの道にもゴールがある。つまり俺ちゃんはママの友達の家にたどり着いちゃったってわけ。んで二階建ての家の前に三輪車を停めると俺の眼前にそびえ立つ玄関のドアをノックした。玄関が大きく見えるのは俺がまざ小人みてぇに小せぇからだが、成長したらこのドアもちっぽけな物に思えるんだろうか、そんな日が早く来るといいなぁ。ドアを開けて出てきたのはママの友達のお下品そうな女、髪が波がかってて顔面に厚化粧してる。水商売をしてるってことだけど、キャバクラで金持ち相手に酒を飲んでんのかね。ママは俺が水商売の意味を知らないとでも思ってるんだろうか、でもちゃんと僕ちゃん風俗の知識だってあるんだよ。それは経験じゃなくただの知識だけだけど風俗が何をする場所なのかぐらいは調べりゃ簡単に分かる。俺はママに内緒でパパのエロ本も読みあさってて、パパはそれを知ってるみてぇだけど俺ちゃんに自由にさせてる、ってよりもわざと発見しやすい場所にエロ本やエロDVDを置いてる。そんなパパに感謝。こんな女抱きたくねぇしこいつらの娘も生易しい表現をすりゃブスの部類に入るけど、性格はいいから気兼ねなくお友達として付き合えるし、暇つぶしの材料にはなる。んでもってこの家で豪華なメシを食って風呂に入る。厚化粧の女の娘である姉妹は惜しげもなくその裸体を俺の目の前にさらす。もちろん俺ちゃんの内部には微塵も、蚊に刺された時に覚えるかゆみほどの刺激も発生しない。適当にシャワーで済ませ寝る準備をして妹の方のベッドで寝る。その時に俺ちゃんベッドの端に足を乗せて新体操の選手みてぇに両手を広げてジャンプした。そしたらベッドの一部が折れてそれを目撃した妹ちゃんが泣きだした。俺ちゃんちょっと戸惑って彼女をあやすような言葉をかけて優しくなだめる。女ってのはさ何かあるとすぐに泣きだす、涙を武器にする生き物なのさ、ってママが口喧嘩のとき泣きながらパパに罵声を浴びせてる姿を見て知ってるのさ。っていうか網膜に焼きついて、意識という爪の先でそれを剥がそうとしても剥がせねぇのさ。そんなママの姿と妹ちゃんの姿が重なって何だから俺も悲しくなってきた。ヤベェ、泣いちゃいそう、ってな感じで夜を過ごした。もちろんその次の日、ママにもママの友達にも怒られちゃった。でも僕ちゃんそれくらいじゃへこたれないって強固な精神もこのたるんだ脂肪に隠された胸骨の内側に隠し持ってるんだもん。でも本当はそれは砂粒のようにきめ細やか精神なのかかもしれねぇ。砂丘はちょっと指でつつけば窪みができて、そこを流れる砂粒がまたおおい隠していき、やがて砂の山は小さくなっていく。皮膚が燃えるような暑さの砂漠でそんな遊びをしてぇもんだね、砂漠にはギラついた陽光が砂の絨毯を熱して高温にまで上げてるんだろう。広大なその地をあてもなく彷徨い歩き、安らぎともいえる場所である森林の茂ってる綺麗な湖があるオアシスに行ってみてぇもんだ。そこでノドと舌と唇が乾燥しまくった俺ちゃんは透明な美しい水をがぶ飲みして腹を膨らませてぇ。砂漠で飲むウイスキーはどんな味がするんだろうか、でもでもアルコールには利尿作用があるからすぐ脱水症状になっちゃうよね。砂煙を上げて走る冷房の効いた車の中で洋楽を聴きながらタバコを吸うのもいい。外と中の温度差により窓に水滴が付着するんだろうか、中が温かく外が寒い場合に水滴が発生するのか、中が冷えてて外が暑い場合に水滴が生まれるのか、どっちだったっけな、思いだせねぇ、今度パパの車で実験だ。んでもって俺ちゃんは今日は幼稚園をさぼってちょっと年上のお友達を遊んだ。今日はプラモデルを作るらしいと電話で聞かされてたので俺は一応家からペンチを持って行った。もちろんウイスキーの小瓶とタバコとライターもポケットに忍ばせてる。お友達の部屋でプラモデルを作ってるんだが、俺ちゃんはパーツを間違えロボットの下半身に腕をつけて上半身に足をつけるっていうマヌケっぷりを発揮してお友達に笑われた。イラ立った俺ちゃんは友達の部屋だってのにタバコに火を点けて一服かまし、火をプラモデルに押しつけて消そうとしたらプラスティックの一部が溶けちゃった。友達が怒りだして俺を家から追い出すっていう暴挙に出たから、俺は目をつぶって舌を出すっていう仕草でやり返した。まったく、追い出すなら最初からこの俺様を呼ぶんじゃねぇよ、まぁガキだから俺がどんな性質の人間なのか読む能力に欠けてたんだろう。でもでも俺ちゃんイラ立ってそこら辺に転がってる石ころを思いっきり蹴った。蹴っちゃったんだ。俺の強靭な脚力により大きな石は跳躍して空へと消えてった、ってのは冗談でつま先が痛くなっただけだった。踏んだり蹴ったりってやつ、クソみたいな日、最悪の一時、だから俺は己の内部に沈殿した淀みを排出するみてぇにツバを路上に吐きだした。ノドの奥に痰が絡んでるから俺ちゃんタバコの吸いすぎだ、って自分を戒めようとしたが、失敗して次の瞬間にはショートホープに火を点けてた。ほとんど雑味のない軽やかで美味なタバコ、いくら吸っても大してノドが渇かねぇ愛すべきタバコ、ハードボイルドな俺ちゃんにうってつけの嗜好品。タバコをすってニコチンを脳内に取りこんだらセロトニンが噴水みてぇに放出して気分が良くなってさっき友達にされた所業を許そうと思った。何て優しい僕ちゃんなんだろう、こんなに親切で社交的で繊細な人間はこの地球上に俺ちゃん一人だけに違いねぇってうぬぼれちゃう。んでもって俺ちゃんから剥がれ落ちた一滴の汗がスローモーションで地面にぶつかる瞬間を見た気がした、いや確かに可視できちゃった。その水滴の内部を乱反射する光を美しいと感じる感受性を大切に胸っていう宝石箱にそっと仕舞う。それから架空の鍵を鍵穴に差しこみ、それをひねって施錠完了。この箱はハンマーでも拳銃でも核兵器でも絶対に壊せねぇ、俺が死んでもこの地球上に心だけは残る、って考えると、とっても素晴らしいじゃねぇか。んで家の中ではパパとママがまたもや口喧嘩、もう見飽きたよ、聞き飽きたよ、うんざりしちまうぜまったく。そしてもちろんパパとママは離婚した。「じゃあね」って短くもそっけない言葉がパパが俺にかけてくれた最後の言葉。俺ちゃんとっても寂しくなって泣きたかったけど涙なんて俺の眼球から滲みでてこなかった。ただ胸が締めつけられるような微小な痛みだけが俺というちっぽけな存在を支配してた。パパは最後に俺にウイスキーとタバコをくれたけど、こんなのが餞別代りだとしたら何てケチな男なんだろうって思っちゃう。パパを尊敬、いや崇拝してた俺は幻滅っていう感情を初めて味わった。もう誰かに期待するのはよそう、自分だけを信じて生きよう、そうすりゃ俺は楽園への扉をこのちっぽけな拳で叩き壊せるハズなんだ。下らねぇクソ食らえなママには完全に興味を失っちゃった、こんな女はゴミにも劣る売春婦に過ぎねぇんだよ、って思おうとしたが俺ちゃんママに対する愛情が消えない事実に気づく。何でこんな奴が俺の母親なんだろう、別れんなら最初から結婚すんなよ、って自己暗示をかけるみてぇに毎日毎日唱えてたが、ママに対する愛は一向に消失しない。この感情がチリみてぇになり風に乗ってどっかに飛んで行けばいいのに。そうすりゃ俺はこんなに自分の感情を疑ったりはしねぇのにな。んでもってパパの家をママと一緒に出て行き、ボロアパートに住むことになった。そこでの日々はまぁ大してパパと暮らしてた時より変わらねぇって感じ。けどママの収入だけじゃ心もとなくて、俺ちゃんも働くと口走ったらママが頭をなでなでしてくれて、一生懸命勉強して立派な大人になるのよ、って言われた。俺はなんて矮小な存在なんだろう、ママひとり養っていけるだけの甲斐性がねぇんだ、ってかこの年齢で働いてるのは後進国の子供たちだけだろう。日本は先進国だから、労働に従事するなら大人になるまで待たなくちゃならねぇ。俺が十六歳になった時にはママはもう熟女になってしまってるだろう。俺は今の今現在のママに楽をさせてやりてぇんだ、週休二日って誰もが手に入れられる小さな幸福を与えてぇんだ。と頭を悩ませてたらママが一週間後に一人の男を連れてきた。そいつは眼球が飛びだし気味の端正な顔立ちの男でガタイも良かったが、背が小さかった。最初は俺ちゃんにとっても親切にしてくれて、オモチャを買ってくれた。いま流行りのロボットのプラモデル、五百円くらい、まぁ奴にとってはタバコと同じくらいの値段だったんだろうが、僕ちゃんとっても嬉しかったの。そいつは精巧なバイクのプラモを買って組み立てて悦に浸ってるようだった。俺の鋭い観察力、考察力、この脳にはオマンコみてぇにたくさん襞が密生してるに違いねぇ。花びらみてぇなその襞のひとつひとつの裏側には俺が今まで読んできた本の内容が模様のごとく刻まれてるハズだ。ママが連れてきた男ときたら頑丈そうなだけで、頭は空っぽって感じだった。肉体だけが取り柄で知識がねぇ人間には吐き気がしちまうけど、プラモデルを買ってもらった手前なにも文句を言う資格はないと思った。謙虚な俺ちゃん、素晴らしい優しさを惜しげもなく発揮する俺ちゃん、心の機微に敏感な俺ちゃんを誰か褒めてくれよ。それはイエスキリストでも神でも仏でも偉人でも誰でもいい。俺の頭にそっと手を置いて艶やかな猫の毛を撫でるようにやさしく動かして欲しい。あんまりパパとママから褒められた覚えのない俺は、誰かに賞賛されることに飢えてた。貧困にあえぐ黒人の子供が食べ物を求めるみてぇに脳が飢餓状態だ。んでもって次第に男は俺とママに対しなれなれしくなっていき、すぐに怒鳴り散らすようになった。小心者の僕ちゃんはその怒声を耳にしただけで全身が震えるほど怖かったよ。俺が何かしたらすぐ文句をつけて怒るんだもん。ここから逃げて浮浪者になるか、児童養護施設に行くか、ここにとどまるか、結局俺はおびえながら生活するっていう選択肢を取った。ある日ママとその男がスーパーで買って来たトマトを食べなかったら凄まじい勢いでつめ寄られて、押し入れに閉じ込められた。真っ暗闇のなかで助けて助けてと絶叫するが、男は笑い声を上げるだけだった。俺ちゃんの奇声がさらにボリュームを上げると、男の笑い声もそれにつられて大きさを増す。ママは俺を助けてくれなかった、何もせずにぼにんやりとしてたのか、酒を飲みながらお食事を楽しんでたのかは押し入れの中からはうかがい知れねぇが、この悪魔みてぇな所業を放置、俺ちゃんは実の母親によって放置プレイされる。「トマト食べるから出してよぉ、お願いだよぉ……」って泣きながら弱々しくつぶやくと、男はようやく俺ちゃんを解放した。んで何度も吐きそうになりながらも俺は大嫌いなトマトを完食した。しちゃったんだ。そんな俺の姿を男は心底から楽し気にながめてた。こいつは人間じゃねぇ、悪魔か化け物だ。この赤い球体の魔物は何でこんな気色悪い味がするんだろう、こんなもんを好んで食べてる人間どもの脳を疑っちゃうね。奴の好物だったのか、男は美味そうによだれを垂らしながらトマトを大口を開けてほおばってた。憎しみと怒りの念がこみ上げてくるが、俺はそれを体内に抑え込もうと必死になっていた。つまり己の感情と格闘してたってわけ。だって成人の男にしては背は低いものの、その時は幼稚園年長の俺からしたら壁みてぇにでかく感じたんだもん。男は事あるごとに俺にいちゃもんを付けてその度にトイレや押し入れなどに俺を閉じこめた。暗い室内、狭苦しい個室、俺は宇宙にひとりで漂ってるっていう孤独感みてぇなもんを胸の内に感じちゃった。ママは男の所業を見ても顔色一つ変えなかった。実の息子をかばうのが母たる者の義務、ってか優しさなんじゃねぇのかよ、あんたも同罪だよママ。そしてその男とパパはまもなく結婚した。これが俺の新しい父親かぁ、ため息が出るね、まったく。これから先この男が死ぬまで一緒に暮らさなけりゃならねぇんだろうか、そんなの絶対嫌だから俺ちゃん早くひとり立ち出来るように頑張ろうと思った。でもでもウイスキーを飲んでタバコを吸ってることに関しては何も言われなかったから、俺ちゃんちょっと安堵しちゃった。この嗜好品だけが心のよりどころってわけ、んでもってウイスキーの量とタバコの数は男が俺を責めるごとに増えてった。ママと男からは小遣いはあんまり貰えなかったけど、祖父ちゃんと祖母ちゃんが俺にたんまりと小遣いをくれた。どうやらママの実家は金持ちらしい、っていう事実に何となく気づいてたけど、祖父ちゃんたちの家に行って駐車場に赤いスポーツカーが二台あったのを見てちょっと驚いちまった。家自体も広くて、祖父ちゃんが設計したからなのか、凝った造形をしてる。そこには俺と一歳だけ離れてる従妹とその母親、つまり伯母がいたってわけ。そこでは俺ちゃん結構可愛がられた。まぁこんなに愛くるしい俺に優しくしないって方がおかしいんだけどね。誕生日には一万円ぐらいのオモチャを買い与えられた。従妹は誕生日でもねぇのにオモチャを与えられてたのが納得いかなかった。だって従妹が誕生日の時は俺の分も買ってくれなかったんだもん。まぁ一緒に暮らしてないからそれくらいは仕方ねぇか、と自分を納得させるのにちょっと手間取った。オモチャは俺の大好きなアニメに登場する変形合体できるロボットだった。でも俺ちゃんそれで遊び倒しすぐにぶっ壊した。成人男性の脳を持ってるのに何でオモチャなんかに夢中になるんだろう、って自分でも不思議だったが、俺は稚気に満ちた精神が失われていないんだって気づく。気づいちゃうんだ。新しいオモチャと既に持ってるオモチャを一人で戦わせるって遊びで時間を潰してる時期もあったがすぐに飽きた。こんなガキのお遊戯に夢中になってた自分自身が何だかバカらしくて情けない気持ちになっちゃったんだ。俺はこんなもんじゃ満足できねぇ、刺激刺激刺激を追い求めて生きていきたいのだと悟った。祖父ちゃんがタバコを吸ってる横で、俺もタバコを吸う。祖父ちゃんは両切りのショートピース、んでもって俺ちゃんはショートホープ。貰いタバコをしたけどショートピースも濃厚な香りがして美味いが、舌にタバコの葉がこびり付くのが玉に瑕だった。俺ちゃんと祖父ちゃんはぼんやりと凶暴で獰猛で凶悪そうな太陽のギラついた光を浴びながら汗だくでタバコを吸ってた。どうやら祖父ちゃんは酒は飲まないらしく、祖母ちゃんの方が酒におぼれるっていう破滅的な人生を歩んでるらしい、ってのは軽い冗談でまぁ一日に缶ビールを二つ飲むていどで今は病気もせずにまったくの健康状態。俺が成長した暁には多分酒や女やタバコに溺れて肝臓や肺などの臓器が徐々に蝕まれてって苦しんで死ぬんだろうって容易に予想できる。それってロックスターにふさわしい破滅的な死ぬ方じゃんねって思っちゃう俺の人生はもう既に混沌としてるけどまだまだ病気になっちゃいねぇからウイスキーもタバコも止めるつもりはない。もし癌になったら俺は至高なる嗜好品を手放すんだろうか、って韻を踏んで遊んで楽しくて最高で俺の人生って激烈で退廃的で美しい。この生を手放したくねぇって思うが、もし、もしもだよ、仮に自殺したいと願うような窮地に追い込まれたとしたら俺は拳銃でこめかみを撃って己の内部から生を無理やり引き剝がしてしまうんだろうか、ってそんなの想像もしたくねぇな。血のつながってない新しい父親によるイジメはとどまることを知らねぇけど、まだ生を放棄したいと考えるほどでもねぇ。自分を殺すんじゃなくてあの男を鏡面みてぇに綺麗なナイフの刀身で引き裂いてやりてぇよ。あの男は自分以外の人間をバカにして笑うっていう下等な生き物だから、真面目に相手すんのもバカらしいしね。はいはい分かりましたって命令を聞いてれば何もしねぇ殺人鬼にもなれねぇ下らねぇ人間に違いないんだ。大して働きもしないで酒とタバコを摂取して、よその女を抱いて毎日を過ごしてるって俺ちゃん薄々気づいてる。自分自身を棚に上げてママに働かせて俺が遊んでると勉強をしろって言ってくるが勉強なんて大嫌いだね。ショートピースを吸いきる頃になると祖父ちゃんは立ち上がって縁側からどっかに消えてった。その背中がどこか儚い命を象徴してるんだと思った俺は祖父ちゃんが長生きしてくれることを強く強く願う。どうやら祖母ちゃんの話によると祖父ちゃんはパチンコに行ったということだ。何か月に十万円しか家に入れてくれないとちょっと嘆いてた。そんな祖父ちゃんの一面を知っちゃった俺は男には男の道があるんだって祖母ちゃんに言いたくなった。祖母ちゃんは公務員で結構な額を稼いでるから祖父ちゃんが十万円しかくれなかったとしても特に問題はないらしい。祖父ちゃんの嗜好品はタバコとコーヒーとパチンコ、んでもって俺の嗜好品はウイスキーとタバコと音楽と読書、ママの嗜好品はあの男とのセックス、祖母ちゃんの嗜好品は缶ビールとドライブ、みんなそれぞれに楽しみを見出して苦痛っていう薄暗くてじめついたトンネルの中を手探りで生きてるんだな。祖母ちゃんは無口な祖父ちゃんと違ってよく喋る、ってかよどみなく口からお話を乱射しまくる。俺はハチの巣になった様な錯覚に陥り、太陽からしたたり落ちた透明な光の滴をその穴に吸いこもうとして躍起になってるみてぇな感覚に脳汁に浸された脳が支配されてた。太陽は永遠を持続させようとしてるが、いつかは自分が爆発する運命なのだと知ってるハズだ。でもでも長生きしたから美しく散っても良いって思ってるんじゃねぇだろうか、もし太陽に意思と感情があって何かを考えたり感じ取ったりしてるとしたら奴はその見た目通り膨大な量の怒りをその球体の内部に宿してるんじゃないだろうか。爆発ってのは奴の怒りが破裂した瞬間に起きる現象なんじゃねぇだろうか、何て想像力の豊かな俺ちゃんはさ、ジョンレノンみてぇに夢想家なのさ、笑っちまうだろ? んでもって陽光、陽光、陽光は放射状に発生しその幾つもの光線が絡まり合いながら地上に伸びていくのだと予想してみるが、実際のところは知らねぇ、俺は太陽に関しては無知もいいところだから想像力を駆使して映像を思い浮かべるしかねぇのよ。ウイスキーの瓶の中で陽光が乱反射しまくってて、繊細な光が透明な容器の中で暴れてるのを確かにこの目で可視したんだ。俺の鋭利な視覚の先端で光っていう情報に触れ、まぶしいという感覚を覚えてそっと目をつぶりまぶたの裏に浮かび上がる青白い残像を一生俺という檻の中に閉じこめたいと思った。でもそれは儚い夢、幻、蜃気楼、幻想、脆く崩壊する願望の一種。でも俺と太陽は密接な関係性の中に存在してるハズだと見当をつける。その関係性は弱々しい火の様にゆらめきながら俺ちゃんに何かを訴えかけてくる。太陽ともっと親密になりてぇから、俺はあの燃え上がる惑星にウイスキーをプレゼントしたくなった。もちろん安ウイスキーじゃなくて超高級な一品の酒をキラめく琥珀色の液体を奴に注いでやりてぇのさ。眼球が痛くなるほど太陽を直視すれば、奴の精神性を少しは理解できるんだろうか、俺の眼球に張った膜を陽光は優しげに愛おしそうに撫でてくれるから俺は太陽が大好きなのさ。だから奴の熱を敏感に感じ取れる夏のほうが冬よりもずっと好き。それは俺が夏生まれだからなのかもしれねぇけど、もし冬に生まれてたとしても俺は太陽に愛情を感じてたことだろう。雲が流れ太陽の光をおおい隠し、木の下に奇妙な形の影をつくり出す。これは雲っていう一種の自然現象が芸術的につくり上げた薄く脆弱でそれでも魅力的な影だ。雲のおかげで少しは涼しくなったがまだクソ熱くて俺の皮膚からは大量の汗が流れてる。雨、滝、濁流、どの表現もしっくりくるほどの汗の量に俺は嬉しくなっちまう。だってこれって生きてる証だからさ、自分の身体が正常に機能してる証だからさ、紛れもない太陽と俺のコミュニケーションだからさ。太陽は俺に穏やかな口調で話しかけてきてタバコを勧めてくれるってのが俺の妄想、んでもって俺は愛する太陽ちゃんに向かって投げキッスをしてやった。凄まじい距離をへだててるが、俺の透明な口づけはいつか太陽に届くだろう。空気の膜に接吻したいっていう浮気心のもある俺ちゃんだけど、やっぱり太陽に惚れてるのさ。もしあの惑星と付き合って結婚してセックスして子供をもうけて幸せに暮らせたらなって思っちゃう。太陽は雄が雌のどちらかが分からずにいる俺は軽く混乱中、んでもってあれは男だから恋人じゃなくて友達のままでいてぇって結論付けちゃった。従妹と四コマ漫画を描いて遊ぶ。絵は俺の方がはるかに得意だけど従妹の方が勉強はできるっていうこの対比、感性と理性のどちらかに天秤が傾いてる対照的な俺たちは傍から見たらちょっと面白いかもしれねぇ。んでもって従妹が俺の目に折り紙でできた鶴のくちばしを突き刺した。その軽い刺激に涙が出てきちゃった俺ちゃんは憤って従妹を小さな階段から突き飛ばした。面白いくらい滑稽に彼女は階段から落下して床に身体をぶつけて泣きだした。泣くくらいなら最初からこんな悪戯するんじゃねぇよ、まぁまだ俺より年下だから仕方ねぇのかもしれねぇけどさ、俺ちゃんもちょっとやり過ぎたかなと自分を叱りつけようとして、でもこの俺の眼球の軽薄を馴れ馴れしく刺激した罪は重いんだと思い直した。俺ちゃん泣きわめく従妹を放置してテレビを点けた。今日は休日だからバラエティ番組の再放送がやってて退屈せず時間を過ごせる。アーリータイムズを飲みながらテレビを観てタバコを吸いまくるっていう循環が至福の時なのさ。まぁ以前観たことのある番組だからすぐに飽きもくる、んでもって俺は読書に行動を移した。リュックの中からセリーヌの夜の果てへの旅を取りだすと、それを最初から読む。昔にも読んだことがあるんだが、セリーヌの密度の高い濃厚な憎悪が文章の中に密集してて読んでると途轍もないほどの興奮を味わえる最高の一品だ。読書しながらウイスキー、読書しながらタバコ、何て幸せな時間なんだろう。そういや祖父ちゃんも祖母ちゃんも伯母さんもいねぇな、どこかに出かけてんのかな、従妹のヒキガエルみてぇな泣き声は止んでるな、と小説という物語の内部から現実へと意識が戻り、また俺は物語の中に没入してく。夜の果てへの旅は戦争と医者の話で、現代からは考えられない舞台に想像力がかき立てられ何度再読しても面白いって感じる重宝すべき書物だ。セリーヌの本が少ないのが残念で仕方ない。バロウズみてぇにもっとたくさん書いて書いて書いて歴史に爪痕を刻んで欲しかった。日本でもかなりマイナーな作家だと見受けられるセリーヌの人生は破滅的の一言に尽きる。確か投獄されたんだっけか、ってなしくずしの死の解説で読んだ記憶がある。俺は文字を摂取して摂取して摂取しまくって活字酔いすら楽しんでる五歳児、でももうすぐ六歳になって小学校に通うことになっちゃう。お勉強か、メンドクセェな、小学校にいるあいだはもちろんタバコも酒も摂取できねぇ規則になってるけど、こっそりウイスキーとショートホープを持ちこんじゃおっかなぁ。お友達との会話もクソつまらねぇんだろうな、文学の話なんかできねぇ股間と脇と脛に毛の生えてないしょぼいガキしかいねぇに違いねぇよ。アニメや漫画、戦隊もののヒーローの話しかできねぇ下らねぇ奴らだろうから、文学を理解する頭が最初から無いんじゃねぇのって思っちゃう。お友達を作って群れるなんて俺の性には合ってねぇけど、俺ちゃん孤独には病的に弱いっていう繊細な一面も保持してる。だから結局話がつまらなねぇだろうがお友達を作っちゃんだろうなって予感が胸を占める、っていうか締めつける。孤高のロックスターになるにはまだ早いのかもしれねぇ、それって時期尚早ってやつじゃね。今は文学と音楽を摂取しまくって己の内にある知識と感性を磨いて先端を研ぎ澄まさなきゃならねぇ期間なんだ。それが花開くのはきっと俺が大人になってからだろう。その時には作詞も作曲も出来まくりで、最高の人生を歩めるハズだ。想像するだけで口の端からよだれの泡が噴出し白目を剥いちゃいそうだぜ。客が群がったライブハウスのステージでスポットライトを浴びながらギターを弾き、歌をうたうってのが俺の望み、でもそれはプロにならなくても叶えられるのかもしれねぇ。ヤダヤダ、俺はプロのミュージシャンになって退廃的で混沌としてて破滅的な人生を歩みてぇんだ。その果てにあるのは、その果てにあるのはさ、死っていう恐ろしい底なし沼に全身が沈みこむっていう結末なのかもしれねぇ。長生きなんかしたくねぇ、俺は二十代で死にてぇんだ。それは病気でも事故でも自殺でもいいから、何らかの方法で俺は自分の命をこの地上から空を向こうへと上昇させていきてぇんだ。俺の手は本を開いて眼球は活字を追ってるが、いまいち内容が入ってこねぇ、今は物語を読む集中力がない。それは酒のせいか思考がぶっ飛んでるからなのかは分からねぇけど、いま本を読んでも大して楽しめねぇだろう。だから俺は本を閉じてリュックに仕舞った。もちろん本をあつかう時は大切に、宝石にでも触れるみてぇに繊細な手つきであつかう。大切な大切な物語、人々に赤裸々な生を惜しげもなく差しだす物語、未知の領域に足を踏み入れるような感覚を味合わせてくれる物語、堪らねぇよな小説ってのは、作者の人生を追体験できて自分以外の人間の生を一時的にだがなぞれるんだからさ。俺はフィルターをハチミツで着香したショートピースを吸う気分じゃなかったから、強烈に香ばしい匂いのするラッキーストライクを吸った。ショートピースより雑味はあるが野性的な味がしてこれがなかなか美味い。ショートピースは雑味がなく甘いタバコだから一日中吸ってると三箱を超えてしまうから、たまには別の銘柄のタバコを挟んだほうが喫煙量が減る。んでもって脳細胞が破壊されそうなほどアルコールを思考に取りこんで、全身が浮遊して真っ青な空まで昇っていきそうな感覚になっちゃう。俺の身体は雲をつき抜けてロケットみてぇに大気圏を突破し、宇宙にまで到達し、やがてあの愛する太陽へとたどり着くだろう。それほど気持ちいいってわけで、それくらい心地よく酔っぱらってるってわけで、もう自分自身から金属から錆びた部分がめくれて花びらみてぇなそれが剥がれ落ちるみてぇに意識が剥離されそうだ。そして俺は小学校っていう刑務所じみた場所へと通うようになった、ってかこれって閉じこめられるって感覚に似てるね。そうあの男が俺をトイレや押し入れに閉じこめるみたいに、俺の年齢は小学校っていう檻に俺を封じこめたんだ。小学校でやる事はお勉強、お勉強、お勉強の連続で辟易しちまうよまったく。先生の言葉は俺の右耳から左耳へと通過して、脳に何も訴えかけてこねぇ睡眠導入剤みてぇな代物だ。だから退屈で退屈で俺は隠し持ってた小説を机の下で読むかCDプレイヤーで音楽を聴くかしてた。そうすりゃ一日なんてあっという間に過ぎちゃう。過ぎちゃうんだ。同級生どもは熱心にお先生のお話をお聞きして熱心にお算数やお社会やお理科などのお勉強に励んでる。凄まじい集中力だね、俺はウイスキーとタバコを休み時間に校舎の陰で摂取してるから頭がぼんやりして先生のおしゃべりが頭に入ってこねぇ。酔っぱらってても活字っていう美しい一種の絵は俺の眼球に軽やかに飛びこんでくる。視神経から物語っていう情報を脳に取りこむのはかなり容易だ。それに比べてお勉強ときたら、何てつまらねぇ作業なんだろう。体育と音楽の時間だけは少しは楽しめる俺ちゃんは生粋の天才肌なんだ。勉学で良い成績を収める同級生どもはしょぼい秀才っていう称号を与えよう。正しい答えを導きだすのが凡人、んでもって独自の答えにたどり着くのが天才。同い年のガキはどういつもこいつもつまらねぇ会話ばかりしやがる。男の子は戦隊もののヒーローの話、女の子はちょっとませてるのか恋愛の話をする。けど女子よ、その話は君たちにはまだ早いぜ、このおませちゃん。だって初潮も迎えてねぇ、毛も生えそろってねぇ、処女膜の張ったオマンコで恋愛だなんて笑わせてくれるぜ。少女漫画ばかり読んで恋愛の知識だけは結構豊富みてぇだが、本当の本物の恋愛ってのはもっと淀んでるんだぜ、ってパパとママのやり取りを見ていた俺はやっぱ達観しちゃってる。ただ俺は幼稚園の時と違ってまったくモテなくなってた。他の男子の方がはるかにモテて女子は恥ずかしそうに美男子に声をかけてた。この年頃から異性に色目をつかうなんて先が思いやられるぜまったく。俺ちゃんも美男子のなかの美男子のハズなんだが話しかけてくる女子はまったくいなかったから、まぁ同級生と交流を深めるのも悪くねぇと思って男子の会話に混ざったけど退屈すぎてすぐに一人っきりで過ごすようになった。孤独じゃなくて孤高の僕ちゃんにたやすく触れるものは滅びを与えてやる、って呪いにも似た気持ちを抱いちゃう。俺に近寄るんじゃねぇって気分に、どこかしら孤高という自分に酔っぱらってるみてぇな気分に、自分が神を超えた宇宙意思というものいつのまにかすり替わってたって気分になっちゃう。底の知れない宇宙っていう深淵を一人で漂いながら孤独という武器を振りかざし、誰もいない空間で生きるってのはさ、悪くないもんだね。真っ黒な宇宙に何滴も垂らされた神のキラめく液体が星なのだと仮定してみる。それって面白くて興奮してぶっ飛んでる事柄じゃんね。堪らねぇよ実際のとこ一人っきりでいるってのはさ、下らねぇガキどもは群れたがるがまだ子供なので無理もないかもしれねぇと理解を示しちゃう僕ちゃんはとても可愛くてイカした男の子。でもでも日増しに成人の脳は貪欲に栄光という名の光を求めてる。それは蠅が糞をむさぼるみてぇな渇望に近くて、俺はこの感情の噴出をどうにかしてぇと思った。早く早く早く、速度を上げて成長をうながす栄養分を呼吸でもするみてぇに皮膚から体内に取り込まなくちゃならねぇ。あー俺ちゃんて肺じゃなくて皮膚で呼吸する生き物だったのか、ってちょっと驚いちまう。そして今日もお勉強をする、フリをしてCDプレイヤーと小説で時間を潰しまくる。巣に群がった働き蟻を指先で一匹一匹つぶすみてぇに時間をつぶすんだ。授業時間は苦痛ではねぇ、休み時間にウイスキーとタバコを摂取して心地よくなってるから時間の流れも早く感じるのよ。ウイスキーの小瓶、ホワイトホースかジムビームしか売ってないからちょっと物足りねぇが、まぁ仕方ねぇよな、極上の酒は家に帰ったら水みてぇに飲める。俺にとっての水分はほとんどがウイスキーだ。けどアルコールは利尿作用があるから水を飲まなけりゃ干からびて死んじまうかもしれねぇ、って恐怖心が教室の向こう側からゆっくりと俺のもとへやって来る。それは遅々とした歩みで、でも確実に迫ってくる怪物みてぇな代物なんだ。だから休み時間にチェイサーとして水道水をがぶ飲みするが、体内に取りこむなら錆の味がする水道水じゃなくて雑味のねぇ全身に染みわたるような天然水のほうが良い。一度バーに言って颯爽とカウンターの前にある円形のイスに腰かけて足を組み、指を鳴らしながらバーテンダーにウイスキーを注文してみてぇもんだ。もちろんその時にはラガヴーリンやアードベックなどの高いウイスキーを飲みてぇよ。想像、想像、想像が止まらねぇ、右脳に偏ってる俺の想像力はとどまることを知らねぇのさ。きっと左脳に比べて右脳の方が肥大してるに違いねぇよ。一度お医者さんに見てもらった方がいいかもな。俺は本を読むときは結構乱読するけど、眼球から快楽を強く得られるのはミステリーなどのエンタメよりも重厚な純文学の方が多い。モーム、ゾラ、ホフマンなどの古臭い外国文学を栄養にして俺の右脳は肥えてるんだ。体育の時間は外でサッカーをするって訳だけど、アルコールとニコチンでもう既に体力をいちじるしく消費してるため上手く走れねぇ。すぐに息切れして、んでもってボールを蹴ろうとした俺の足を虚無を捉えちゃってマジで不様。他のガキには笑われるし、女子なんて俺を指さして耳打ちしてる奴もいて殺してやろうかと思ったよ。運動は得意だったハズじゃなかったのかよ俺ちゃん、って自分に言い聞かすが、そういや幼稚園の頃も短距離走でビリの連続だったよなって思いだす。思いだしちゃうんだ。バカでかい校庭で一匹の蛾が燐光をまき散らしながら宙を舞ってるのを視界でとらえる。サッカーそっちのけでその昆虫に忍び足で近づいていき、間近でその羽根の模様を観察してみると、化け物の顔見てぇな絵が毛布みてぇな翼に描かれてた。俺は蛾を捕まえるなんて残酷な真似はせず、愛しげに羽根を撫でようとしたけど、蛾は空中をぐるぐると舞って空高くへと昇って行った。蛾と俺ちゃんの束の間のコミュニケーション、こんな些細なことでも嬉しくなっちまう俺の感受性の鋭さに気づけば大人たちは驚愕するだろう。子供ならではの感性を失わずに成長できてる自分に内心で拍手喝采した。んでもってサッカーに戻ろうとするが、俺ちゃん大して走ってねぇのに全身が気怠くって校舎の陰で休もうと思った。タバコとウイスキーは鞄の中だから俺は何もせずにぼんやりと空をながめる。このゆったりと流れる時間と己の境界が曖昧になり、時間と俺が溶けて同化してしまうような錯覚に襲われた。アルコールの離脱症状による幻覚なのか、ちょっとジムビームを飲みすぎちまったみてぇだな。安ウイスキーならではの分かりやすい味のするジムビームちゃんを抱擁したくなっちゃった。んで俺は土にゲロを吐いて、自分がかなり酔ってた事実に気づく。飲み過ぎなんだよ俺ちゃんはさ、限度ってもんを知らねぇのかよ、ウイスキーの小瓶を三本も空にしてるぜ。これだったら通常のサイズのやつを買ったほうが安く済むよ。今度からは水筒にあの琥珀色の液体を入れて来よう、けど水筒でウイスキーを飲むなんて風情がなくて風味が損なわれたと錯覚しそう。実際の味に変わりはないのにウイスキーの味が落ちるって思っちゃう。やっぱさ、ウイスキーってのはさ、瓶のままラッパ飲みするかグラスに注いでその色彩を楽しみながらノドに流し込むのが抜群に良いんだよ。ダメだ、吐いたばっかだってのに酒のことばかりに思考がぶっ飛んでる、他のことを考えて気を紛らわさなきゃならねぇのよ、俺ちゃんも苦労人だね。でも俺の頭蓋の内側を満たすのは酒、酒、酒、タバコ、タバコ、タバコ。んでもって俺は陽光と混ざり合いながら校舎の裏であぐらをかいてた。何て獰猛な光なんだ、俺の全身を刺し貫こうとしてるのかもしれねぇな。けど太陽は今日も途方もなく美しくて、俺ちゃんという存在を肯定する道しるべみてぇに強烈に輝いてる。その道はどこまでもどこまでも続いてるって信じたいが、人生っていう俺の道は不安定な吊り橋みてぇなもんで、一歩足を踏みだすごとにゆらゆらと揺れてしまうのかもしれねぇ。もっと強固な鉄橋みてぇな道が欲しくて、己の内部にある独自性っていう芯をもっともっともっと強固にしてぇと思ったね。俺ちゃんは他の同級生と違って凄まじく個性的な内面を保持してるんだ、他の人間には到底真似できねぇ生き方をしてるんだ、俺について来れる者なんて一人たりともいやしねぇんだ。スピードを上げ続けたその先に見えるのは綺麗な海、穏やかな波の海、海面に太陽の光を反射してる海。俺は無意識っていう海中のなかに飛びこんで、試しに自我を取り払おうとしてみたが、俺の顕在意識は魂にこびり付いて爪の先で剥がそうとしても全然取れねぇのよ。んでもって体育の時間を終えた俺は教室で着替えて休み時間を満喫する。満喫って言っても十分しかねぇから大して疲労は取れねぇんだけど、全身の気怠さは授業時間に癒そうと思う。次は算数だが、先生が何を言ってんのかまるで分からねぇ、まるでお経を唱えてる坊主みてぇに見えるよ。俺は教科書に風景画を模した落書きをした。何て繊細な筆致なんだ、鉛筆の鋭利な先端でつむぎ出される俺ちゃんの絵ときたらとってもとっても芸術的だ。ちょっと前衛的だけどそれが良い味を出してる気がする。んでもってウイスキーを飲みたくなったので、先生が黒板にチョークで数式を書いてるスキを突いて机の中に忍ばせた本日四本目のジムビームを取りだして飲む、飲む、飲む。ノドを通過する爽快なアルコール度数四十パーセントの刺激に俺ちゃんは目玉が飛び出そうなほどの快感を得ちゃった。んで先生がこっちに背中を向ける瞬間を狙い撃ちしてウイスキーをノドに流しこむって動作をくり返し、俺ちゃんすぐにアルコールの作用により脳からセロトニンが滲みでて多幸感を全身で感じる。感じちゃうんだ。そして酔っぱらいながら絵を描くと、指先が震えてガキの落書きみてぇな絵柄になったが、これは紛れもなくガキの落書きって行為なんだよ。足し算はとっても退屈で、こんなのが将来の役に立つとは到底思えねぇ僕ちゃんに必要なのは快感、強烈な快楽、全身を駆けめぐるような悦楽。狂気を内包してるわけじゃねぇ、俺はまっとうな成人男性の思考を持ちながらも、獣みてぇな感性で生きてる人間と獣の中間の生き物。落書きは濃密さを増して、線が幾重にも重なり、奇怪な絵になってる。色鉛筆を使って鮮やかな色彩を塗布してぇが、今は美術の時間じゃないので色鉛筆なんて机の上に出したら先生に叱られちゃうだろう。だから俺は筆箱の中に幾つかの色鉛筆を入れて、そこからお気に入りの色の鉛筆を取りだして、落書きに色を付けてく。やっぱさ俺は生粋の芸術家肌なのさ、画家になるのも悪くはねぇ、絵を描く才能に満ちてる俺ちゃんの美意識。んでもって先生がひとりひとりのノートを見て回ってる。ヤベェ、どうしよう、落書きがバレたら叱られちゃうし、どっちにしろノートに何も書いてねぇから怒られちゃうのは不可避だ。俺は手を上げてトイレに行きたいって旨を知らせて教室から脱出、んでその時にポケットに忍ばせたジムビームとショートホープを手探りしてそこに存在するのを確かめて顔をほころばせちゃう。俺はトイレの個室の中に入り、便器に腰かけてタバコに火を点けて一服かます。まるで高校生の不良みてぇな自分の振る舞いに自嘲しちまう。尾崎豊の歌詞に出てくる人間みてぇな行動を取るなんて、過去の自分は思ってもみなかったよ。でもでも定期的にニコチンを脳に取りこまねぇと気が狂いそうになっちまうから、タバコは俺にとって必需品。この状況を先生に見つかったらしこたま怒られるんだろうがタバコと酒は止めたくても止められねぇのよ、まぁ止めるつもりなんて欠片もないんだけどね。んで午後の授業をやり過ごし放課後になり自由時間を満喫する僕ちゃん。俺が、俺こそが自由の象徴たる天才児って声を張り上げて言いてぇが、両親や学校の規則に縛られてる時点で俺は不自由を感じてる。教科書やノートはすべて机の中に入れたままだから鞄の中にはウイスキーの空瓶とCDプレイヤーと小説しかねぇ。軽々とそれを背負う僕ちゃんは背中に羽でも生えてるみてぇに空高く跳躍しそうな勢いでスキップしちゃう。今日のCDはお気に入りのビーチボーイズのペットサウンズ、これが繊細なメロディーラインの美しい曲が多く入ってて重宝してる一枚だ。俺が好きなアーティストは多岐に渡り、プログレ、パンク、グランジなど節操なく聴きまくってる。音楽はさ、神がつくり上げた至高の産物なのさ。本当のパパがコレクションしてたクラシックも何枚か聴いて、気に入ったものは当然のように自分の物にした。まぁパパは最近セックスばかりして音楽鑑賞をおろそかにしてたから、俺が何枚かくすねてもまったく気づかなかっただろうがね。俺はCDプレイヤーを手に持ちながら両耳にイヤホンを付けてペットサウンズを聴きながら家に向かった。途中で犬に吠えられてちょっとビックリしたり、すれ違いざまに老婆に投げキッスを送られたり、コンビニで大好きなチョコレートを買い食いしたりした。俺ちゃんまっすぐに家に帰るって当たり前のことが出来ねぇのよ。どいつもこいつも群れて帰りたがるが、孤高の僕ちゃんは一人っきりの時間を楽しみながら帰宅するんだ。ってかババアが子供に色目を使うんじゃねぇよ、って言いたくなったが俺ちゃん彼女を避けるように歩いた。つまりこれって無視ってやつじゃん、俺の行動は正しいじゃん、あのままババアと話し込んだら家に連れ去られてセックスを強要されてたかもしれねぇ。まぁチンポコがおっ起つほど成長してない僕ちゃん相手に性交なんて出来るわけないんだけどね。何だかあの老婆が俺の後をつけてる気がして振り返ると誰の姿もなかった。んでもって気を取り直し前を向くと眼前にババアの皺くちゃの顔があって驚いちまった。「この世界の秘密を知りたくないかい?」胡散臭いの一言に尽きる老婆のセリフだが、俺はこいつにどこか見覚えがあるって事実に気づいちまった。無意識の中を意識っていう透明な手で探るが、なかなか思いだせないでいる。「私の顔に見覚えがあるんだろう、ヒントはテレビ」その言葉で俺は頭に雷が落ちてくるくらいの衝撃を受けちまった。そいつが今あらゆる番組に引っ張りだこの有名な占い師だったからだ。何でこんな観光地でもない街にこんな有名人がいるんだろうって不思議に思ってると尋ねてもいないのに老婆はおしゃべりを始めた。しゃがれ声、酒焼けした声、虫の羽音みてぇな声は俺を不安にさせる。まるで出来の悪い怪談でも聞かされてるような気分になる声音。決して音色っていう表現じゃなくて、そうだな、騒音って言葉がぴったり合いそうな耳障りな声。「あんたは私と同じで、人間豚なんだよ」人間豚? 何だそれ、まったく意味が分からねぇ、って答えるとババアはこう続けた。「この世界にはそういう種類の人間がいるんだよ。生まれ落ちた時から他の人間とは違う生き物なんだよ」確かに俺は他人とは精神的な隔たりがあると思って生きてきた。だったらこの老婆も俺と同じように幼少期から成人の思考を持って生きてたんだろうか、天才っていう種類の人間なんだろうか。「あんたは天才なのか?」「違うね、人間豚は創造性に欠ける。本当の天才っていうのは決して表舞台には現れないんだよ」「じゃあロックスターは、小説家は、画家は、お笑い芸人は?」老婆の説明によると、有名人のすべてまがい物だという。ロックスターもお笑い芸人もあらかじめ録音された歌やセリフを口パクで演じてるだけとのことだ。画家や小説家の作品も容姿の整った人物を選んでさもそいつが創作したと思わせるようにペンネームなどを付けて作品を発表してるらしい。「そんな事して一体どうするんだ」それじゃすべての有名人はただの道化じゃないか、そんなの誰が喜ぶんだよ、もしかして容姿が整ってた方が売れるからあえてそうしてるのか。「そうするとね、人間豚は死にたくなるんだよ」確かに有名人には自殺してる奴も多い。じゃあ人間豚であるハンサムな俺も歴代のロックスターみてぇに口パクで歌うフリをしなきゃならねぇんだろうか。そんなの絶対に絶対に絶対に嫌だ! そんな残酷な境遇に陥るくらいなら有名人になんてなりたくねぇよ。老婆は説明するだけ説明すると満足したのか、笑顔を見せて去って行った。あいつとはまた会う気がする、と衝撃の事実を知ってぼんやりとした頭で考えてた。まだかろうじて思考する能力がある事実に自分で驚いちまう。あの老婆も占い師という肩書があるが、実際に占ってるのは別の奴なんだろうか。今はウイスキーもタバコも音楽もアニメも摂取する気分じゃねぇ。あの老婆が打ち明けた真実が頭蓋の裏側にこびり付いて離れねぇよ。じゃあ俺はこの世に生まれ落ちた瞬間から悲劇的な人生を歩むと約束させられてた様なもんじゃねぇか、神よ、余りにも酷い仕打ちだ。俺ちゃんは歩きながら泣いた、泣きに泣いて、涙腺が枯渇するまで涙を流した。俺の眼球から滲みでるその水滴はアスファルトに点々とした染みを作ってく。まるで俺を追っかけてくるみてぇな涙の痕跡を見ると、俺はまた胸を締めつけられるような気持ちになった。この世界は残酷すぎて、俺ちゃんっていう脆弱な存在じゃ到底生きていけねぇんだと悟ったね。俺は将来の設計図を組み立てなおさなけりゃならなくなったって訳だ。平凡な人生を送るのか、パパやママみてぇに結婚して子供を育てて労働に従事するのか、そんな絵に描いたみてぇな凡人が歩むような人生なんて絶対に嫌だ。でもでも俺は人間豚って種類の生き物だから、もしロックスターを目指すならライブでも口パクで歌うフリをしなけりゃならねぇ。数々の有名人が死にたくなるって気持ちが六歳児ながらに分かる気がする。つまりそれって理解を示すってやつじゃん、って考えながらウイスキーを飲んで気分転換してようと思ったが瓶のなかは空っぽ、んでもってコンビニでウイスキーを買いたくなったが金が残りわずか。仕方なくニコチンの効果で気を紛らわそうとしてタバコに火を点けて煙を吸引する。肺に吸いこめばあれほど幸福感を覚えてたタバコの煙も今はなんの効果も持たない。死ねクソが、こんな非人道的な実験をやるテレビ局って組織に憎しみにも似た感情を抱いちゃう、ってかこれって紛れもない憎悪だって自覚しちゃう。俺が人間豚っていう才能の欠片もない生き物から脱却するにはどうしたら良いんだ。まったく名案が浮かばず途方に暮れる僕ちゃん。家路を急いでた足が遅々とした動作になり、空がオレンジ色に染まっていく。薄汚れた雲のすきまから傾く太陽の光が俺の眼球に突き刺さり、それが微弱な刺激となって視覚と精神が連動するみてぇに切なさが胸に去来する。こんなに鋭敏な感受性を内包してるってのに想像力が無いなんて信じられねぇ。きっと俺は将来数々の名曲を生みだせる天才に変貌するんだ、って淡い期待を抱いちゃう。あのババアが口にしてたセリフ虚言以外の何物でもねぇ、そうに違いねぇ、って自分に言い聞かせるように、呪文を唱えるように虚言虚言ってセリフを口からたれ流しながら歩く。早く帰らなけりゃ夜になっちまうよ、そしたらあの男が先に帰ってて、遅くなった俺を叱り飛ばすだろう、ママは情けなくもうなだれる俺ちゃんを冷めた目で見るんだろう。パパと離婚してから俺に対するママの愛情は水をやってない花が枯れるみてぇに萎れていってるんだと敏感に感じとってる僕ちゃん。んでもってママの愛情はパパと俺からあの男へと方向転換した。船が舵を切るみてぇに感情の方角を変えちゃったんだ。そして帰りが遅くなった俺は当然のようにあの男に怒鳴られた。あの占い師のまがい物は俺ちゃんが才能の欠片もないって言ってた気がするけど、目の前に立ちはだかるこいつの方がゴミカスなんじゃね。下等なミジンコ以下であるこの男と俺の違いは何だって疑問に突き当たり、それは大人と子供の違い、お仕事に従事してるのとしてないのとの違いだって結論に行きかけて、まだそうじゃねぇと無理やり思考を引きもどす。俺は神を超える存在なんだ、って信じて生きてきたけど結局は矮小であわれな一匹の生き物にすぎねぇのか。自分が人間豚って種類に分類されるような人物だとは到底思えねぇよ。現時点ではメロディーも歌詞も思いつかねぇけど、六歳にしては歌も上手いしギターのテクニックもあると自負できる。でもでもそこには確かに他の奴に真似できねぇ輝く個性ってもんが欠けてる気がする。あれほどあらゆる種類の音楽を聴きまくったのに、様々な種類の本を読みあさったのに、俺の脳に閃きは降臨してこねぇ。技術的に上手いギタリストなら腐るほどいる、現状では俺はそいつらと何も変わらない。じゃあ自分自身に神がかった変化を与えるにはどうしたら良いんだ。これ以上音楽鑑賞や読書をしても脳にインプットし過ぎで破裂しちゃいそうだよ。アウトプットも必要だがメロディーや歌詞がまったく浮かばねぇよ、シドバレットもカートコバーンもテレビやライブで口パクで歌ってたって事かよ、俺ちゃんも猿真似みてぇな演技をしなけりゃいけないのかよ。俺は人間豚っていう殻から脱却して大空を滑空する鳥みてぇに自由になりてぇと思った。だが鳥みたいに自由だなんて比喩、今どきの芸術家は使わねぇだろうって気づいて愕然とした。しちゃったんだ。もっとイカした先鋭的な比喩を思いつかなきゃならねぇ俺は軽く頭を叩いてまだ脳に差しこまれたネジが抜けてねぇことを確認しようとした。そもそも俺の思考には歯車を取りつけてあるネジが差さってんのか、それすら疑問なんだ、いやこんなんじゃダメだ、こんな気持ちじゃこんな心意気じゃいつまで経っても繊細なメロディーや映像が浮かぶような歌詞は想像できねぇ。しっかりしろ俺ちゃん、確信を高めるんだ、認識を上昇させろ、腐敗した世界からの脱却を強く強く願うんだ。でもいくら神や仏に願ってみたところで俺ちゃんの内部に何の変化も起きやしねぇ。どういう事だよまったく、チリに等しい脳みそだよ、クソみてぇな精神だよ、脆弱だよ、触れれば瞬時に瓦解するよ、これじゃ本当の凡人だよ。現状の打破を望むには俺はまだ若すぎるのかもしれねぇって言い聞かせて一端落ち着こうとするがやっぱり焦っちゃう。この感情はどうしようもねぇんだ、感情は押させつけると爆発するから感じて消費させるしかねぇんだけど、次から次へと焦りの感情が蛆虫のごとく湧いて出る。あーダメだ、蛆虫のごとくなんて平凡なん比喩を思いついちゃってる時点で俺ちゃんって終わってるんじゃね? 速度だ、加速だ、スピードだ、それを使って無意識の果てにたどり着こうと躍起になる。俺の眼前に立ちはだかってる男の背後に立ちはだかってる壁の向こう側に立ちはだかってる空気の膜を刺しつらぬきてぇよ、マジでさ。俺は初めて男に叩かれるっていう栄誉を賜った。頬がヒリついてマジでイテェぜ。まぁもう夜の八時を過ぎてるもんな、怒るのも当たり前かって理解を示しちゃう僕ちゃんじゃない。男は仕事のストレスで子供に当たり散らすっていう見っともない行動を取ったんだって気づいちまったね。上司に怒鳴られればいいのに、骨折して労災保険が下りればいいのに、過労で死ねばいいのに、って頭んなかを循環する憎悪、憎悪、憎悪の連続。俺はいつかナイフで目の前の男を刺し殺すんじゃねぇのか、ってちょっと危惧してる。まぁ殺す価値もない頭の空っぽな人間だから哀れみの念も感じてるんだけどね。ただ俺に対するママの放置っぷりっときたら無いぜ、実の母親じゃねぇのかよ、そこは男を必死で止めるところじゃねぇのかよ、ってママに対しても怒り、怒り、怒りの連続。僕ちゃんが世界で一番不幸な人間なんだって錯覚しそうになるものの下には下があるって知ってる。それって最下層ってやつじゃん、って思考がそんな結論に行きついちゃった。速度を上げなきゃならねぇ、最果てまで行かなきゃならねぇ、宇宙の誕生する前の状態に存在した真空に手を伸ばさなきゃならねぇ。俺に精神は触手、んでもってうねりながら空間に満ちた粒子にその先端で触れそうになり、粒子は身をかわしてまた飛び回る、そんな映像が可視できそうな僕ちゃんの凄まじい視力、死力をつくす資力って韻を踏んで遊ぶ。本質だ、本質をまっさらな目で直視するんだ。そうすりゃ真実があぶり出されるように見えてくるハズだ。本当に俺は人間豚っていう存在なんだろうか、まずはそこを疑問視しなきゃならなかったね。あの老婆が言ってた事は真実じゃなく、ただの妄言でたまたま俺ちゃんっていう愛くるしい生き物に目をつけて逆ナンしたんじゃねぇのか、奴の口にしてた事は虚構に過ぎねぇんだと結論づけてひとまず安心する。確かにあのババアはテレビによく出演してる、今まさに引っ張りだこの占い師だけど、頭のネジが外れてるんだろう。俺ちゃんみてぇにちゃんと潤滑油を差した六本のネジで思考を留めておかなけりゃならねぇぞクソババア。男に飢えてるのかよ、こんな小学校に入りたてで湯気が立ってる俺ちゃんに目をつけるなんてセンスはあるが犯罪だろ。あのババアの服を裂いて下着をずり下ろし、醜い皺だらけの裸体になった情けない姿を想像してみる。これっぽっちも、ガラスの欠片も、銃弾の破片すらの興奮もわき起こらねぇ。それは俺がまともな精神を己のうちに内包してるからだ。ババアに興奮するなんて異常者の変態のゴミクズだなって決めつける俺ちゃんはちょっと自分でも偏見に満ちてると思った。他人の性的嗜好をとやかく言える立場ではあるのかもしれねぇが、偏見なんて頭の固い大人が保持する性質なんて放棄したくなっちゃった。俺は成長しても童心を忘れずにいたい純粋無垢な人間、んでもって大人になったら俺ちゃんはロックスターになるって夢を諦めきれずにいる。誰にとやかく言われようが俺は音楽っていう武器で凶器で兵器で生きていきてぇんだ。雨粒が窓を叩く軽やかな音色が鼓膜を優しく撫でる。窓から外を見ると夜空から天の恵みである雨が降ってるのを視認した。明日も雨なのかなぁ、じゃあ傘を差して学校まで行かなきゃならねぇじゃん、それってとってもメンドクセェじゃん、ただでさえ登校すんのはおっくうなのにね。雨は静かに土に舞い降りて、その内部にゆっくりと浸透していく。優しい音、ヒーリングミュージック、愛しい音色。俺の鼓膜と雨が奏でる音楽が意識って糸によって縫合され、とろみのある液体みてぇな性質の音が俺の全身に染みわたっていく。ああ、何て癒される音楽なんだろう、これが神が創造した芸術品か、土と雨により演奏される至高の音色。んでもって俺ちゃん男に叩かれて赤くなった頬を優しく撫でて痛みを緩和させようとする。全力で叩いたのか、首が吹っ飛ぶほどの衝撃だったね、普通のガキだったら大泣きしてるけど俺は結構平気。暴力なんて俗悪な行為する男をさげすみ、ついでに俺を慰める気配のねぇママも内心で軽蔑する。ママはパパの妻から男の娼婦へと成り下がったんだ。毎日毎日セックスに明け暮れてるのは当然のように知ってる僕ちゃん。ママはどんどん人生っていう螺旋階段を転落してる気がして、怒りよりも先に同情の念が勝っちゃう。んでもって思考の渦巻き、それで物事を考えながらキャンディーを頬張り、唾液と甘い球体が絡み合って溶けだした頃になるとキャンディーの残骸をかみ砕きベロと歯を駆使して粉々に砕けたキャンディーをノドの奥に流しこむ。ウイスキーのつまみとしては下等、上等なつまみを食しながらワイルドターキー八年を飲みてぇよ。ターキーちゃんは例えるなら力強い肉体の持ち主ながらも繊細な心を持ってる底の知れない人物。ジャックダニエルよりはるかに好みだがダニエルちゃんもチョコレートを連想させる風味がして抜群に美味い。今日はどっちを飲むかで迷ってて、俺の手はワイルドターキーとジャックダニエルの瓶の上空をあてもなく彷徨う。んで結局ターキーちゃんにして他のウイスキーより濃く深みのある色をした液体をグラスに注いで軽くまわす。もちろん天然水で出来た氷は入れず、ストレートのまま飲むっていうハードボイルドっぷりを遺憾なく発揮しちゃう小学校一年生の僕ちゃんの人生は今にも倒壊しそうな廃墟を思わせる。外観はしっかりとしてるが、内部は壁紙が剥がれ落ち床や天井に大きな大きな穴が開いて雨漏りしてて見たことも捕まえったこともない珍しい虫が湧いてる。その廃墟という名の人生の中で俺はこれから先のことを深く深く深海にもぐるみてぇに思索しようとした。奥底の見えねぇブラックホールみてぇな深海のなかを手と足で淀んだ海水を押しのけて進んでく。一筋の光明を探し求める俺ちゃんは更に下部へと泳いでくが、すぐに脳が疲労して思索が妨げられちゃう。つまり思索っていう海から羽でも生えたみてぇに軽々と浮上して行っちゃったってわけ。下を見ても光は無いが、上には小さな点みてぇな灯りが可視できる。あれは太陽だ、俺を待ってるんだ、俺を望んでるんだ、俺を欲してるんだ。親愛なる太陽に向かって海水のなかをドリルみてぇに騒音を立てて回転しながら突き進んでく。でもドリルの稼働音は海水っていう柔らかな膜に吸収されて消失しちゃう。これがこれがこれが本当の思索ってわけか、これが本来の思考を使うって事なのか、これこそが思索の海に沈むって事なのか、それがいまいち分からない僕ちゃんは思考という行為を止めたくなった。徐々に上昇していく俺の意識が深海から抜け出て海面の上に到達する。やっと会えたね愛する太陽ちゃん、お前が俺を欲してたように俺もお前をずっと昔から求めてたんだよ。涙が出るほど美しい放射状の光線が眼球を軽やかに撫でて、俺の意識は現実へと舞いもどって来た。つまり我に返ったって訳だけど、自分が何を考えてたのか忘れちゃってるアホな僕ちゃん。いやいや俺はアホじゃねぇしバカでもねぇしクズでもねぇだろ、俺は天才の鬼才の神の創造主の宇宙そのものだ。俺という宇宙を中心として他人っていう星々が周囲に散りばめられてるんだ。宇宙の中心ってのは一体どこなんだろう、もしかして超新星爆発が起きる前の真空状態が中心部なのか? つまり俺っていう存在は真空そのもだったのかよ、マジでマジでマジで? じゃあ俺は虚無の虚構の無なのかよ? いやそんな事あるわけねぇ、俺は確かに自我を内包してる一人の人間だ。もちろん大多数のちっぽけな人間じゃなくて、唯一無二の存在、んでもって宇宙に浮かんでる惑星は何て美しいんだろうってセンチメンタルな気分になっちゃう。輝く惑星、自転してる惑星、ぐるぐると公転してる惑星、その一部が俺のパパとママなんだ。あの二人は離婚しちまったが、俺は彼らの血を引いてる紛れもない子供。パパが恋しいよ、またいつか会えるかなぁ、もう一度頭を撫でて優しく抱擁して欲しいよ、笑顔を向けてくれないか、一緒にウイスキーを飲もうぜ、って願望が叶えられる日がこの先来ることを切に願う。俺が大人になった暁にはバーのカウンターに並んで座り大好きな大好きなウイスキーを一緒に飲もう。俺はウイスキーとタバコと音楽と同じくらいパパに限りない愛情を抱いてたんだ。もう俺のもとから去ってしまったパパを追うことも出来ずに途方に暮れる俺ちゃんは可哀想な子羊、なんて玉じゃねぇ、俺はオオカミっていうより野生の王であるライオンに近い快感をむさぼって生きるケダモノみてぇな人間だ。ウイスキーっていう麻薬を滑らかな皮膚に注射器で注入して快感を得ちゃう。全身を駆けめぐる快楽に目が回りそうな勢いだ。つまり俺は不貞腐れてウイスキーを泥酔するまで飲んじゃった。ここまで深酒するのはあの老婆と新しい父親のせいだ。まぁ俺は父親だって一ミリたりとも認めてやしねぇんだけどさ。もうママも嫌いになった、あんな奴いなくても俺の人生に何の支障もねぇから俺は精神的に実の母親を切り離した。ロケットから物体が切り離されて宇宙のゴミになるみてぇに、俺という存在から遊離したママはゲロみてぇな代物に成り下がったんだ。男が可愛い可愛い俺ちゃんを執拗にイジメてる場面を見ても冷淡なママに対して嫌悪の念がわき起こった。俺がロックスターになったらあの男ごと殺してやるぞ、もちろんその時にはイカしたデザインの拳銃を使って撃ち殺そうと思う。ハードボイルドの映画に出てくる登場人物みてぇに軽やかに華麗に拳銃を手のなかで回しながら白目を剥く、そんな俺ちゃんの姿が容易に想像できちゃう。そんな場面を想像した俺の眼球は裏返りそうになり、よだれの泡がふき出ちゃう。俺はその夜も泥酔しながらギターの練習に明け暮れた。明け暮れちゃったんだ。んでもって次の日、腹が痛むという仮病を使い学校を休んで家にこもって歌の練習をした。他の歌手の模倣で美声ってわけでもねぇし個性的でもねぇが、これがなかなか技術的だ。まだノド仏が発達してねぇから独自性のある声で歌えねぇんだ、と言い聞かせながら声が枯れるまで絶叫しまくった。ギターケースをマイク代わりにしてキングクリムゾンを熱唱、んでもって俺の可もなく不可もない声音がせまい室内に反響する。俺は嫌な予感がしてた、ってか薄々気づいてた。本当に人間豚って存在してて、既存のロックスターはみんな口パクで歌っててエアギターをしてるんじゃねぇのかって。だって天才児のハズの俺がこんな個性に欠ける歌声をしてるって自覚してるからじゃん。歌えば歌うほど自分の独自性のなさにうんざりしちまう。表現力はある方だと思うから、ステージの上で演技をするのは問題なさそうだが、他人の作った曲を歌うなんてヘドが出ちゃいそうだね。大人になれば、大人になれれば、って僅かな望みにすがっちゃってる時点で俺は終わってるんだろう。本当に俺が人間豚なのか、あの老婆にあって確かめなきゃならねぇ。俺は家を出てババアと出会った街角まで行き、その生命力が希薄そうな姿を探そうとしたら背後から声をかけられた。「来ると思ったよ」振り向くと、売れっ子の占い師であるババアが立っていた。存在感が希薄だから通りかかった人間はこいつに注意を払わねぇだろう。テレビ画面のなかではあれほど華やかな衣装をして、芸能人たちの未来を占ってるってのにね。老婆は微笑みを浮かべながら俺ちゃんを歓迎してるかのような口ぶりで話す。「人間豚が本当に存在するっていう証拠が欲しいんだろう?」「うん!」あえて無邪気そうな顔をこしらえ、普通のガキみてぇにあどけない返事をする俺ちゃんは何て演技派なんだろう。「じゃああるアーティストのライブに連れてってあげるよ。そしてその人と会わせてあげる」マジかロックスターと会えるのか、って喜びの感情が胸に去来するけど、その人が人間豚っていう存在だったらガッカリしちゃうだろう。「着いてきなさい」「分かった」んでもって俺は老婆の後に付き従っていき、駅まで行った。どこにそのアーティストなる者はいるんだろう、やっぱ彼女の知り合いってことになるんだろうか、その人を俺に紹介してくれるってことだろうか。嫌な予感が半分、期待が半分ってとこ、んでもって電車で途方もなく長い線路を進んでいく。「あんたは歌は上手いのかい?」「歌とギターは結構できる」「そうかい」電車の中でした会話、満員電車の中で俺らだけ他の人間どもの中から浮いてる気がする。今の時間帯は制服を着てる学生が多く、その中に私服の男女も混ざってる。もしかしてこの中に無職の人間もいるんだろうか、俺も働いてないから無職ってことになるんだろうが、まだ子供だからね。存在感が透明に近い老婆は芸能人だってのに他の奴に声をかけられねぇし、野次馬も見えねぇし、サインを求めて人が集まってもこねぇ。そりゃそうか、テレビに出演してる時と違って厚化粧もしてないし派手な衣装も着てないから別人と思われても仕方ないだろう。俺ちゃんも彼女のファンでもねぇが、一応サインをねだっとこうかな、高く売れるかもしれねぇしね。でもこんな満員電車の中で色紙を取りだしてサインペンで奇妙なデザインのサインを書くなんて至難の業だろう。そもそも俺ちゃん色紙も持ってないし、老婆もサインペンを持参してるとは思えねぇ。何だか極限まで目立たないような服装と髪形をしてる気がする。俺ちゃん最初にババアに出会った時によく占い師だって気づいたね。何かこいつには謎の親密さを感じちまうんだよ。まさか彼女と俺の両方が人間豚っていう存在で無意識の中で深くつながってるからなのか、なんてバカらしいことを考える。でもでもわざわざアーティストに会わせようとしてるところを見ると、やっぱ人間豚が存在するっていう証明に既になってるんじゃねぇのか。どこくらいの距離、電車は走っただろう、見たことも聞いたこともない駅で停車すると俺らは電車から降りた。老婆と俺のあいだにあったのは親し気な沈黙だ。こいつとは会話をしてなくても一緒にいるだけで落ち着く、そう俺が祖父ちゃんと一緒にタバコを吸ってる時みてぇに気兼ねなく付き合える。俺は老婆に対して親しみの念を抱いてた。これが芸能人の持つ魅力ってものなのか、こいつは数々の若い男を魅力してセックスしまくってたのか、でも確か結婚してたハズだよなって記憶のなかを掘り下げる。でもでもこいつが人間豚だとしたらその中身は完全に形骸化してしまってるじゃん。じゃあ俺の中身にはなにがあるんだろうかって考えた時に、思い浮かぶのは小学校一年生にしてあらゆる小説を読みまくってギターも弾けるってことだけだ。俺の内部が空洞と化してるのか、がらんどうなのか、洞窟みてぇに大きな穴が開いちゃってるのか。それはババアの紹介するアーティストに会ってみねぇと分からねぇ。老婆は駅前でタクシーを拾い、その黒光りした車体のドアを開けて俺と一緒に乗りこむ。「鹿ライブハウスまで」鹿ライブハウスなんて見たことも聞いたこともねぇが、俺の記憶の底を掘り起こせばそれに該当する場所が出現するんだろうか。それって記憶の想起ってやつじゃね、俺ちゃん若年性アルツハイマーじゃねぇよ、一度記憶したことは絶対忘れないってわけじゃねぇし、昨日の昼食も覚えてねぇけど人並みの記憶力はあるつもりだ。見たこともない街の景色をタクシーが進んでいき、窓から映る景色はゆるやかに俺の視覚から過ぎ去ってく。どこまで走るんだろうか、もう十分以上も経ってる気がする。そういや普通ライブハウスって駅から近いんだっけか、ってパパにあるバンドのライブに連れてってもらった思い出が頭に浮かび上がる。あの時は楽しかったな、ウイスキーで泥酔して爆音を奏でるライブメンバーをこの眼球の内部に収めて脳に焼きつけるようにその姿を記憶したっけか。老婆の言ってることが真実だとしたら、俺が過去に行ったライブハウスで演奏してた人々もみんな人間豚だったんだろうか。パパに連れてってもらったのは、チケットが高額な有名なバンドだったハズだが。口パクで歌ってるとはとうてい思わなかった、ってか気づかなかった、ってか人間豚に関して無知だったからそれは仕方ないのかもしれねぇ。まぁこの目で確かめた訳じゃないから人間豚って本当に存在するのかまだ分からねぇけどさ。本当に、本当に人間豚が存在したとしたら、俺はどうするんだろうか、それでもロックスターになって名声と金と女を手に入れたいって夢を諦めきれねぇんだろうか。口パクで演じても名声と金女は手に入るだろうが、それって凄まじくむなしい行為じゃね? 答えは簡単で、自分の力でロックスターっていう栄光を手に入れるって事だ。もし一生メロディーも歌詞も浮かばなかったらそれは残念だけど人間豚でいるよりはマシかもしれねぇ。でもなぁ、名声も金も女も心の奥底から触手みてぇにうねる透明な手が伸びるほど俺ちゃんはそれらを渇望してるんだよな。しばらくアルコールやニコチンを摂取してない時に起きる禁断症状にも似た渇望、俺はそれを抑えつけられる自信が欠片もねぇ脆弱な人間だ。ドラッグなんかに手を出した日にゃ死ぬまでそれを摂取し続けるだろう。もちろん金が尽きようが内臓を売ろうが恋人をソープに沈めようが自分が破滅しようがドラッグを求め続けるだろう。タクシーが急停止しドアが自動的に開き俺たちはライブハウスの前に天使のごとく舞い降りた。あれー俺ちゃんってばもしかして天使の化身だったのぉ、こんなに愛くるしい僕ちゃんが神秘的な妖精みてぇな存在だってのは誰もが納得する事柄だろう。じゃあこのババアの正体は何だ? こいつも天使か悪魔か神か仏か宇宙意思か、いや人間豚だ。まぁそれはそっと脇に置いておいて、ライブハウスに入ろうと思う。老婆は受付でチケットを二枚見せて、俺と一緒に熱気渦巻くライブハウスの内部に入りこんだ。人はまばらだ、有名なアーティストのライブらしいのに、こんなに人数が少ないのはかなり変だ。俺の新しい父親の頭ぐらいおかしい。ライブの始まりを告げるBGMが流れても客は何の反応もしない。ますます変だ、奇声を上げたり、ジャンプしたりしてアーティストが現れる喜びを全身で表現してもいいハズなのに。んでもって俺ちゃんちょっと胸躍る気持ちになってきた。どんなバンドが演奏するんだろうか、どんな音楽がこの箱みてぇなライブハウスに鳴り響くんだろうか、それは俺の心を震わせる音色なんだろうか、そもそも人間豚って本当にいるの? んでアーティストがギターを抱えて颯爽と登場登場。あれは最近急激に売れてるアーティストの横鍋猫矢だ。俺ちゃんの興奮は上昇気流みてぇに胸のなかから発生し、空気を巻き込みながらライブハウスの天井にまで届きそうな勢いだ。あいつの歌声もギターも曲もいいんだよな。密かにファンになりかけてた俺ちゃんは人間豚に関する脳内議論を完全に忘れて横鍋に握手を求めたくなった。んでもって一言奴がマイク越しに口にした言葉はこうだ。「会員のみなさん、今日は来てくれて本当にありがとうございます。これから本当の僕の演奏を聴いてもらいたいと思います」本当の演奏? それってテレビの音楽番組じゃ味わえねぇよぉな、生々しくヒリつく音楽ってことか。その奥歯にものが挟まったような物言いに俺は首を傾げたくなった、っていうか実際に首を少し傾けた。俺の視線はステージ上にいる男に集中してて老婆の存在なんてこの時は完全に忘れ去ってた。久々のライブだ、ウイスキーでも飲みながら楽しむか、いやいやその前にショートホープで一服かますかってポケットのタバコを探そうとしたところで真実があぶり出された。横鍋がギターをかき鳴らし歌いだす。でもそれはCDやテレビで聴くものとまるで違ってた。百八十度異なると評しても差し支えない、などと内心で評論家ぶる余裕のある僕ちゃん。歌声は上手いが平凡、カラオケで上手い上手いともてはやされる技術的には上等だが個性に欠ける声、んでもってギターの方も技術的には及第点だが、他のアーティストの模倣の域を出ない。これが、これが本当にあの横鍋猫矢の歌声とギターなのか、って驚いちまうほど奴の演奏は平凡の一言に尽きる。やっぱりテレビや通常のライブでは口パクで演奏してたんだって確信を抱いちゃった。つまりこれが人間豚が本当に存在してたっていう証拠に他ならねぇ。俺は衝撃を受けて、その後で波みてぇに襲ってくるやるせなさに全身を染められた。脳も骨も皮膚も肉も精神も疲労するようなやりせなさ、んでもって確かに人前で道化を演じてる人間豚が死にたくなるって老婆の言葉にも納得が出来た。俺だったら首を吊って死んでるだろう、あるいは拳銃でこめかみを撃ち抜いてるだろう、もしくはナイフで頸動脈を切ってるだろう。演奏は激しさを増してくが、それが何かを誤魔化すための激烈さ、投げやりとでも表現すれば適切だろうか。横鍋は絶叫し、弦が切れるほど激しくギターをかき鳴らす。でもその轟音の内部がくり抜かれてて、俺にはどうしても空虚な音にしか聴こえなかった。「ねぇ、本当に口パクだっただろう」その言葉に、俺ちゃんは老婆が横に立ってたって事実をようやく思いだす。「人間豚って存在してたんだな」俺ちゃんのマヌケなセリフ、目の前に事実を突きつけられて信じないわけにはいかなくなっちゃった哀れな僕ちゃん。「あんたは作詞や作曲する能力を一生涯手に入れられないんだよ」冷静な、冷酷な、冷淡なババアのセリフに怒りがわき起こるよりも先にとてつもなく虚しくなった。孤独な衛星であるただ地球の周りを回転してるだけのお月様が抱く感情にも似てるんじゃねぇだろうか。もし月に意思と感情が内包されてると仮定しての話ね。でもでもまだ自分の可能性を諦めきれずにいる俺はやっぱ自分で作詞作曲してロックスターになりたいと切に願う。といっても心の奥底ではやっぱりそれは不可能だと警鐘を鳴らしてる。その音がステージ上にいる男の演奏と絡まり合い、ライブハウスの中にゆっくりと充満していき、壁や天井や床に染みこんでいく。この場所は数々の人間豚のつまらねぇクソくらえな演奏を吸収して成長してるんだ、なんてバカげたことを考えちゃう。このライブハウスは人間豚の歌声を栄養分にして膨張してるんだ。タンパク質、糖質、脂質を欲してるこのライブハウスの中に俺は永遠に閉じこめられちゃった様な錯覚に陥った。ああ、でも俺ちゃんも客席が満員などでかい野外ステージで爆音を奏でてぇよ。もちろん口パクでもエアギターでもなくちゃんと演奏するんだ。それは叶わぬ願い、んでもって人間豚の未来を憂いてる僕ちゃんはとても優しい繊細な心を持つ生き物。牛でも豚でも羊でもねぇちゃんとした人間なんだって信じたいけど、老婆が言うには俺も人間豚っていうケダモノの類。演奏は佳境に入り、歌とギターは極限まで激しくなるが、聴けば聴くほど虚しくなる形骸化した演奏だ。俺はライブハウスを出ようとしたが、横鍋がどんなMCをするのか見てみたくて老婆と共にその場に留まってた。結局、最後の曲を歌い終えるまで奴は演奏を中断しなかった。一時間演奏するだけの体力と精神力はあるし、自分が人間豚だって事実を受け入れる強さを持ってる横鍋をちょっと尊敬しちまった俺ちゃんは、何だかその感情に対して悔しい気持ちになっちゃった。そして曲が終わってから奴はポケットから何か黒光りする物体を取りだした。俺は最初それの正体が分からなかったけど、この位置からステージ上の物を正確に視覚に捉えて脳にその情報を伝達するなんて日本人の視力では不可能だ。横鍋はその物体の先端をこめかみに押しつけて数秒のあいだその態勢のまま静止してた、かと思うと映画などで耳にする拳銃の発砲音がして奴のこめかみから血しぶきが噴出した。天井にまで届きそうな赤い液体をちょっとだけ美しいと思っちゃったのは老婆には内緒だ。んで横鍋はステージの上でぶっ倒れた。しばらくライブハウス内に決して重苦しくない親しげな沈黙が満ちる。んで誰かが拍手をし初めて、それにつられて他の人間ども手を叩いて軽快な音を鳴らす。もちろん老婆もステージに向けて拍手してるって始末だ。拍手してないこのライブハウスの中で俺ちゃん一人だけ。手を叩くべきか戸惑ってると老婆が拍手を止めて俺の耳元でこう囁いた。「あれが人間豚の末路だよ」そう、紛れもなく横鍋猫矢というアーティストはファンが見てる前で拳銃自殺したんだ。あらかじめ自殺すると決心してたんだろう、奴が演奏する時に見せる表情は迷いがなく晴れ晴れとすらしてた。俺は呆然とその場に立ち尽くしちゃう。何かの間違いだろうか、横鍋に扮したよく似た男が自殺しただけなんだろうか、それともドッキリ? 少ない観客はひとしきり拍手をするとライブハウスのドアを開けて外に出てった。今ここにいるのは俺と老婆だけ、いや違う横鍋の死体も一人っていう数に一応入れておく。俺は真実を確かめるためにスタッフしか入れないドアの中に入りゆっくりと階段をのぼっていきステージまで行った。何かの冗談か、悪い夢か、そこには確かに男の死体が転がってた。ギターを抱えたままの奴の死に顔はとても安らかだ。頬に触れて顔の造形を確かめると本当にテレビで見たことのある横鍋とまったく同じ顔立ちだった。そっくりさん? 双子? 成形で同じ顔にした? でもそんな大がかりな仕掛けを用いて俺を驚かせるなんてメリットはテレビ局にはねぇハズだ。つまり本当の本当に横鍋は死んじゃったのかよ。マジかよ、笑えねぇぜ、これが人間豚っていう人生を歩んできた代償かよ。だとしたら生まれてから死ぬまでこいつの人生は空虚の一言に尽きるじゃん。でも幸福そうな表情で死んでるから、それほど悪い人生でもなかったのかなぁ。俺だったらこいつの様な生きざまは絶対に嫌だけどな。俺は横鍋の魂が浄化されて生まれ変わり来世ではもっと幸福な人生を送れることを切に願う他なかった。んでもって俺はやり切れない気持ちで死体をそのままにしてステージを去って行った。俺はポケットに手を突っこんでタバコを取りだし、火を点けて一服しちゃう。んでもって大好きなウイスキーを口に含んで強烈なアルコール度数の液体の味をあじわう。「ね、確かに自殺しただろう」「そうだね」ババアはさも嬉しそうな表情をあつらえてそう口にしたから、俺は短く返事をして済ませた。人間豚が本当にいた、人間豚の存在は真実だった、人間豚は道化を演じて自殺した。俺はロックスターになるっていう夢っていうか野望っていうか目標を捨てなきゃらなねぇのか。あいつみたい自殺するなんて御免だからその儚い願いは脳内で破棄しなきゃならない、と理解しつつも心のどこかで微光みてぇなより所にすがっちゃってる。でもなぁ、道化芝居を演じた上で最終的に自殺ってのはとてもじゃないがやり切れねぇだろう。でもでも自殺しないで生きてる人間豚は必死に欺瞞と闘いながら生にかじり付いてかじり付いて人生という不安定なゆらめく橋にしがみついてるんだろう。どっちの生き方もしたくない俺ちゃんはロックスターになるのを諦めるっていう選択肢を取るしかなかった。帰り道、俺ちゃんは老婆の横で終始うなだれてた。あまりにも酷い仕打ちをする神がもしこの宇宙に存在するんだとしたら、この手が薄汚れても殺してやりてぇ、ってか存在を欠片すら残らず抹消してやりてぇと思っちゃう。老婆は俺を慰めるような言葉は一切かけず微笑みを浮かべながら無言をつらぬき通した。ババアと出会った街角で別れるときにこんなセリフをリップクリームも塗ってなさそうな皺だらけの唇のあいだから発した。「あんたは人間豚であることを求めるよ」不吉な予言、んでもって俺はそんなクソくらえな運命に全力で抗うための決意をしなきゃならなかった。つまり普通に勉強して普通に同級生の輪に入って普通に恋人をつくって普通に学校を卒業して普通に就職して普通に貯金して普通に子供を育て普通に老後を過ごす。普通普通普通、そんな人生って心の底からつまらねぇと思いながらも、そんな生き方を受け入れるしかない。本当にそうだろうか、俺はまだ小さな子供だ、恥を捨てれば死ぬまで可能性があるんじゃねぇだろうか。堂々巡りの思考をバズーカでぶち壊してぇよ、実際のとこさぁ。家に帰っていつも通り寝る、んでもって夢も見ない深い眠りの中に意識を没入させ、目覚まし代わりの朝日が優しく俺の眼球を刺激し俺を眠りの世界から起こす。んでいつも通り学校へ行って退屈な授業を受け、帰ってきたらウイスキーを飲みながらタバコを吸う。そうしてる内に夕方になったのでテレビを点けるとニュース番組が放送されてた。横鍋猫矢が自殺したって報道されてたけど、その場面を直に見た俺はまったく驚かなかった。ニュースを報じてるキャスター達も容姿は整ってるが、喋ってるのは別の奴なんだ。こんな事して何になるんだよ、虚しいだけじゃねぇかよ、人間豚の人生は空洞じゃねぇかよ。俺はこの先一体どうしたら良いんだ、アドバイスが必要だ、的確な助言、人間豚になるっていう運命を強いられた俺ちゃんを上手いこと導いてくれる絶対的な助言を欲してるんだ。あの老婆に相談するか、誰か他の人間豚を紹介してもらってそいつに俺の心情を打ち明ければ少しはスッキリするんじゃねぇか。俺が人間豚だって事実をママや先生に告げて恥をかくなんて真似とうてい出来やしねぇよ。やっぱさ同類は同類とつるまなきゃならねぇ。んでもって俺ちゃん今日も学校を休んでババアとよく会う街角に出かけちゃった。強烈な日差しを浴びながら歩くと発汗作用により皮膚から大量の水滴が滲みでる。クソ暑い、でもこの全身に押しよせてくる湿気に満ちた空気が心地いい。冬じゃ味わえぇ夏特有のジメついた空気、それが大好きな俺ちゃんは鼻歌をうたおうとしてすぐに止める。歌に関することを考えると何だかやり切れない気持ちになっちゃうからだ。歌もギターももう止めてぇとわずかに思ってるが、一筋の小さな光明にすがりてぇとも考えてる俺ちゃんはまだ自分が人間豚だってことを受け入れられずにいるんだ。巧妙な光明って韻を踏んで遊びながら歩を進める。アスファルトは熱気を含んで素足だととても熱くて火傷しちゃいそうだ。陽光を全身で感じたくて水着のまま出て来たけど、こんなに熱いならビーチサンダルくらい履いてくれば良かったって後悔気味の僕ちゃん。まぁいいや、皮膚がすり剝けようが、血が滲みでようがそんなのお構いなしに進みに進みまくる。それって紛れもない前進ってやつじゃん、俺ちゃんってば今まさに人類という大きな第一歩に踏みだしちゃってるんだ、なんてバカげた妄想にとりつかれる。んで老婆と出会った街角に立つ電柱に背をあずけてショートホープを吸う。ババアはなかなか現れなくて熱中症になっちゃいそうな僕ちゃん、と思ってたらようやく老婆が幽鬼のごとく出現した。強烈な熱気でゆがんで見える景色のなかで揺らめきながら歩いてくるババア、んでもって俺ちゃんようやく会えたってのに大して嬉しくねぇ。そりゃそうか奴は人間豚なんだもんね、でも親しみの念は少しだけ抱いちゃってるハズなんだけどな。もしくはこの胸の内でくすぶる感情は同族嫌悪か、僕ちゃんには分からない。「また会えたねぇ」老婆は人懐っこい笑みを浮かべて俺と再会できたことを喜んでる。何がそんなに嬉しいんだろう、同族が増えて喜んでんのか、あるいはもっと別の感情を俺に抱いてるのか、それは目の前の老婆に聞いてみてぇと分からねぇ答えだ。他人が何を考えてるのか小説を読みまくってきた俺は容易に推し量れると思ってたけど、人の心ってのはとっても不可思議だ。「相談があるんだけど」前置きなく本題を切り出しちゃう僕ちゃんは人間関係において遠回しな気遣いは不要だと思ってる。人間ってのはシンプル、シンプル、シンプルに他人と接するべきだね。でもそれじゃあ動物と大して違わなくなっちゃうかもしんねぇな。動物みてぇに簡潔に物事を考えてエサを食べて寝るってだけの至極シンプルな生活も悪くはねぇ。でも俺ちゃんれっきとした人間に生まれてきたんだ、この頭脳と精神を駆使して他人の心の機微を敏感に感じ取るのが人間の役目ってもんだろう。俺の感情は段々先細りしてきてナイフみてぇな鋭利な先端になり、その切っ先で他人の感情を刺しつらぬく。刺しつらぬいちゃうんだ。惨めだ、空虚だ、感傷的だ、俺ちゃんってばやっぱり世界で一番不幸じゃねぇの? 「ロックスター以外になる方法で、名声と金と女を手に入れるにはどうしたら良いんだ?」俺の質問に対し、老婆は絶妙な、ある種の苦痛を含んだみてぇな表情になる。沈黙が蒸し暑い空間に流れ、ついでに時間も流れて、さらに雲も流れる。どれくらいのあいだ押し黙ってただろうか、俺ちゃんがウイスキーの小瓶を半分ほど減らした頃になるとババアはゆっくりと口を開いた。「人間豚でいる以外の生き方はないよ。あんたは私たちと同じで普通に働いて生きるのは無理だね」非情な現実を突きつけられて発狂しちゃいそうだよ実際のところ。でも俺は若さゆえかまだまだ諦めきれねぇ、希望という名の未来にすがっちゃう。つまり作詞と作曲の勉強を本格的に始めようと思った。強く強く思った。その思いはいつか実を結ぶだろうって淡い予感が確かに胸の奥に沈殿してるんだって実感できる。社長になるか、政治家になるか、投資家になるかしても良いんだけどやっぱり俺は音楽が大好きなんだ。俺にとっての歌やギターってのはウイスキーやタバコと同じような嗜好品ではなく、生きるために必要不可欠な原動力なんだと気づいちまった。「俺は諦めない。人間豚なんかになるもんか。自分の力だけでのし上がってやる!」決意を込めた俺ちゃんの言葉に老婆は目を丸くしてこの小さな身体を凝視する。才能がないならば後から獲得すればいいだけじゃね、例えゼロパーセントの才能でもその後から積み上げるもんがあったらいつか俺は有名になれるんじゃね、人間豚であることを受け入れるだなんてただの逃げにすぎないんじゃね。俺はお前らとは違う、変わるんだ、絶対に運命を変えてやる。自分の運命を呪う前に努力って行為を試してみても損はしないハズだ。「あんたみたいな人間豚を見るのは初めてだねぇ。もしかしたら本当の意味でのロックスターになれるかもねぇ」どうだ、驚いただろう、意外だっただろう、こんな生き方をする人間は初めて見ただろう。そういや有名人になってない人間豚はどう生きてるんだろうか、平凡でつまらない人生っていう線路の上を苦痛を感じながら歩いてるんだろうか。それは途方もなく長い永遠にも錯覚しそうなほどの道のりじゃねぇだろうか。俺にはロックスターになるっていう明確な目標がある、それだけで他の人間豚よりは幸せなんじゃね。可能性は尽きてない、まだ無限の未来が俺の眼前に広がってるんだ、確かにそれを実感できる僕ちゃんは今日から本腰を入れて作詞と作曲をしようと思った。いや、思うだけじゃない、これは紛れもない固い決心なんだ。俺だけにしかない個性がきっと見つかるハズだ、と信じて生きてくのは何て幸せなことだろう。だって完全に無個性な人間なんてこの世に存在しねぇじゃん、目の前の老婆も俺も同級生たちもパパもママも大なり小なりその内部に個性を孕んでるハズだ。家に帰ると俺はギターをアンプに繋いでヘッドホンを装着して一弦から六弦を弾きまくった。もちろん絶叫みてぇな歌もうたって胸に開いた空洞を埋めるよう頑張った。頑張っちゃったんだ。ギターとアンプを繋ぐケーブルほど太くない、細い糸のようなもんで俺ちゃんと人生はどうにかこうにか結びつけられてるんだけど、それは銀色に輝くハサミを使って容易に切断できる代物なのかもしれねぇ。あの外科医が患者の肉体を切開する時にもちいる念入りに除菌された清潔なハサミと虹色の糸で俺ちゃんの内部に夢をつめ込んでから縫合しようと思った。切なさを紛らわすみてぇに、空虚を誤魔化すみてぇに、風だけが流れる己の空洞を埋めるみてぇに歌いに歌いまくった。歌やギターは今のところ俺に恩恵を与えてくれていないと思う。でもでもこっちから与えないとあっちからは何も返ってこないハズだから、まだ俺ちゃんの才能が開花してないハズだから、将来は本当の意味でロックスターになれるハズだから練習は止めねぇ。ママが帰ってきてうるさいと叱られるまで俺はギターをかき鳴らしながら絶叫した。その日は晴れやかな気分で寝れた、っていうほど俺ちゃんは人間豚っていう存在がいることをふっ切れちゃいない。葛藤、孤独、苦悩、それらがある粘液みてぇに溶けあって一つの光を化学反応で生み出す、だなんてバカげたことを考えちゃう。才能の出現、出産、開花、爆発、それらを心の底から渇望してる俺ちゃんは明日も明後日も明々後日も音楽の練習をしようと考えながら布団の上で目をつぶった。闇だ、視界に満ちる黒だ、奥底の見えない深淵に恐ろしい気持ちになっちゃう俺は豆電球の光がないと寝れないのよ。完全な真っ暗闇は人間に恐怖という一種の拷問を与える。だから俺は小さな光をまぶた越しに感じると安心して寝れちゃう。人間豚として生きるっていうあらかじめ決められたレールの上を走ってくなんて性に合わねぇ。俺は俺だけの個性的な誰にも真似できねぇ独自性を孕んだ破滅的な人生を謳歌してぇんだ。酒、タバコ、女、名声、それらすべてをこの手中に収めてぇ。人間豚として有名になってもそれらは手に入るが、決して決して自分の力で得たものではないから、俺はそれに抗うために架空の俺ちゃんを想像して拳銃で撃ち殺した。撃ち殺しちゃったんだ。銃弾をその身に受けたもう一人の俺は粉々に砕け散って放射状に広がるその欠片が俺ちゃんの未来を暗示してるように強烈に光った。つまり栄光ってこと、本物の本当のロックスターになるってこと。そんな強烈な願いに突き動かされた俺は頭のなかであらゆるメロディーを適当な歌詞を付けて歌った。でも何度も何度も想像してもありきたりな個性に欠ける曲調と詩、でもでも俺ちゃん絶対に諦めないんだもんね。んでもって次の日、路上ライブをしようと人通りの多い駅前に行って適当な道に腰かけギターを抱えてノドの調子をチェックするみてぇに軽くせき込む。そして電池式の小型のアンプにギターを繋いで弦をかき鳴らす。俺ちゃんに注目が集まってるのを実感しちゃう。こんな小さな愛らしい子供がギターを演奏するだなんて周囲の人間どもは驚いてるだろう、と見当をつける。そして俺はカートコバーンみてぇに絶叫しながら骨太のギターの音色を奏でた。まだまだ模倣の域を出ないが、俺ちゃん何かを掴みかけてるように気がする。最初は物珍しそうに俺に注目してた通行人も俺の演奏が凡庸だったのかすぐに興味を失ったみてぇに歩きだして取り残された俺ちゃんの哀れさといったら超弩級。誰も俺に注目してくれない、誰も俺の演奏を聴いてくれない、誰も俺を認めてくれない、そんなのは最初から分かってたんだ。でもでもここで簡単に諦めてしょんぼりと帰宅しちゃうほど俺の精神はやわじゃねぇ。一時間を目途に昨日作曲した曲を演奏しまくっちゃう。時には足を止めて一曲だけ俺の演奏を聴いてくれる奴も現れたけど、その顔には無表情って仮面が張りついてた。拍手もねぇ、賞賛もねぇ、惨めな俺ちゃんの演奏についてこれる奴なんていねぇんだ。すべての曲を演奏し終えた俺はやり切ったっていう感じでアンプとギターを両手に持ち、家に帰って行った。清々しい、まだまだ発展途上で個性に欠ける演奏だと自覚してるけど確かに前進してるって実感がある。通行人はほとんど俺に注目を集めなかったが、奴らもお仕事で忙しいんだろう俺ちゃんの平凡な演奏をじっくりと耳にしてる暇なんてねぇハズだ。もしこれが独自性を孕んだ唯一無二の演奏だったら足を止めて聴き入ってくれる人間もいただろうが、まだまだ俺ちゃんは未熟だ。もっと一生懸命練習して作詞作曲して素晴らしい演奏を出来るようにならなくちゃならねぇ。一仕事終えて家に帰ると、大好きな大好きなウイスキーを飲みながらこれまた愛してるタバコを吸った。もちろん銘柄はアーリータイムズとショートホープ。ショートホープの嫌味のまったくねぇ軽やかな甘味とアーリータイムズのバナナを思わせる熟成された味わいは俺の全身に蓄積した疲労を吹っ飛ばしてくれるんだ。いつか葉巻を吸ってみてぇと思ってる俺はいつもタバコ屋の前で物欲しそうに店内の葉巻を指を咥えながらながめてる。でもこの程度のお小遣いじゃ葉巻に手を出すのはちょっと躊躇われる。タバコや安ウイスキーなら小さな財布に収められてる俺の少ない小遣いでも買える。大人になってロックスターになって稼ぎまくったら毎日毎日高級なウイスキーと葉巻を堪能しよう。そんなささやかな願望が叶えられる日を首を長くして心待ちにしてる僕ちゃんは破滅型のロックスターになりたいと切望してる。男の執拗なイジメに耐えながらも試行錯誤する僕ちゃんは何て立派な人間なんだろう。俺は決して決して人間豚なんかじゃねぇんだと自分に言い聞かせる。栄光は自分の手でつかみ取るものだ、って何かの小説で読んだ気がする。もちろん演奏の練習と並行して貪欲に読書しまくってあらゆる知識を吸収しちゃう。俺を止められる者は誰もいやしねぇんだ、赤信号だろうが踏みきりだろうか壁だろうがブレーキを踏まずに突っこむ。その果てにあるのは、死じゃなくて全身でお日様を浴びるみてぇな喜びに満ちた生。俺ちゃんの人生は決して惰性じゃない、積極的に生きてるって実感がある。快楽、欲望、悦楽、欲求、それらに支配された獣じみた俺は何とか理性をひねり出して日々を送ってる。最高じゃねぇかよ、これが、これこそが本来の人間の生き方ってもんだろう。熱気に満ちた砂漠を彷徨う俺ちゃんに眼前に蜃気楼じみたオアシスが確かに可視できたんだ。それは今にも消そうな儚いものではあるけど、手のひらで捉えようとするとすり抜けて行ってしまうものはあるけど、確かにそこに存在してるんだって確信がある。そのオアシスってのは美麗なメロディーの想像ってこと、んでもってまだまだ繊細な曲調の音楽は作曲できねぇが、俺には可能性ってものがあるから、それを信じて練習しまくる。んで次の日も学校を休んで路上ライブする。しばらく演奏してると人間豚であるあの老婆が通行人のなかに佇んでた。今にも自殺するんじゃねぇのってほど存在感が薄くて、街の風景のなかに溶けこんで消えて無くなりそうな老婆の姿に涙が出ちゃいそう。あのババアは俺の同情してるんだろうか、それとも憧憬を抱いてるのか、それはあいつの表情からは読み取れないけど、俺ちゃんは奴が今まで接してきた人間豚とは明らかに違うと思ってるハズだ。だからこうしてわざわざ俺の演奏を聴きに来たんだろう。俺は絶対に人間豚っていう運命には負けねぇ、俺ちゃんに才能の欠片でもあるんだったら凄まじい努力でそれを伸ばしいけば良いだけじゃん。海面でオモチャの線路を繋いでいくように、永遠にも思えるようなその作業をしていけばいいんだ。途中で嫌になることもあるし、投げ出したくなる時もあるし、自殺したくなる時もあるかもしれねぇ。だけど! だけどさ、俺ちゃんは線路を増やしてくって作業を死ぬまで止めるつもりはねぇんだ。俺が演奏を中断すると、老婆はこっちに近づいてきた。どんな言葉を俺ちゃんにかけるつもりだろう、それとも小銭でもくれんのか、賞賛の言葉を送ってくれんのか。「技術的には上等だけどまだまだ個性に欠ける演奏だね」老婆はそんな分かり切ったセリフを発した。そんなの自分でも嫌ってほど理解してるよクソババア、お前に言われなくても分かってるよ、そんなセリフを俺にぶつけるためにここまでご足労いただき誠に感謝してます、ってのは冗談で俺は老婆を殴り殺したくなった。けどそんな大人げない真似もちろんしねぇ、俺ちゃんってば子供だけどね。狂人だったらこのギターでババアの頭部を滅多打ちにしてるだろう、でもでもギターは演奏に使うものであって人を殴るために作られたものじゃねぇ。俺の内部にゆれ動く透き通った薄い光みてぇなもんが腹の底から噴出してくるのを感じちゃう。これが才能の破片なんだ、きっとそうなんだ、そうに違いねぇ、と信じる気持ちがあればまだまだ俺は自殺せずに生を全身で享受できる。俺は休憩するためにギターを下ろしその場に座ってショートホープを取りだすと先端に火を点けた。煙の向こう側にいる老婆の顔面が霞んで見えるけど、こいつはそもそも存在感が霞んじゃってる。霧が散っていくみてぇに今にも消えそうな儚い命にも思えるそれは俺が触れただけで脆くも崩壊しそうだ。懸命に生きる、惰性で生きる、根性で生きる、流れに身を任せて生きる。生き方は人それぞれだけど、個々によって生の法則は違うのかもしれねぇ。「あんたは自殺しないの?」余りにも無遠慮だと自覚してる疑問を口から放出しちゃう僕ちゃん。ババアは悲しみと苦痛と怒りを同時に内包したかのような絶妙ともいえる表情をした。人間豚に対する質問にしてはちょっと無神経だったかな、でも最早他人とは思えねぇ老婆の将来を憂いてる僕ちゃんはそう聞かざるおえなかった。これって紛れもない知的好奇心って奴かねぇ。いやいや、僅かな興味とそれに付随する哀れみって感情に違いねぇハズだ。俺がタバコを吸い終わるまで老婆は口を開かなかった。その皺だらけの上唇と下唇を引き結び顔面を痙攣させてる。その様子を俺ちゃん無遠慮にじっくりと鑑賞しちゃった。その後で目を反らすなりタバコを勧めるなりすれば良かったのかもしれねぇってちょっと後悔した。ババアはその重苦しい沈黙を処女膜をつらぬくみてぇに言葉で破った。「私は死にたくても生きるよ、自殺なんかするもんか」こいつもこいつなりに葛藤してるんだろう、飄々としてて何を考えてんのかその言動じゃ分からなかったけど今の言葉で彼女の心情の一端がかいま見えた気がした。「俺も生きるよ。生きてロックスターになってやる」そう、俺はロックスターになるんだ、その後のことはその後考えればいい事柄じゃん。あまりにも人生を楽観視しすぎてるのかもしれねぇが、俺ちゃん悲観主義者からは脱却したんだ。人は生きてる限り苦悩しつづけるって幻想取っ払っちゃいてぇ。でもでも俺は今はやる気に満ちてるが、この先また人生っていう長い道のりの途中でつまずいて行動不能に陥るときだって来るだろう。そんな事は本やドラマや歌詞を摂取して知識としては知ってんだよ。苦悩ってのはまだ俺はわずかにしか体験してないつもりだから、自殺したいっていう衝動に駆られる日も来るのかもしれねぇ。でも這ってでも糞を舐めてでも血を流しても俺ちゃんは生きていてぇ。俺と老婆の誓い、それが混ざり合って混濁し胸の底にゆっくりと落ちていく。その曖昧な感覚は確かに体内にわだかまってて、これから懸命に生きてくためのエネルギーへと変換されることだろう。んでもって俺ちゃんはまた演奏を始めるためにギターを抱えて、ショートホープを吸いながら弦をつま弾きだす。コードでもアルペジオでもカッティングない何か新しい弾き方を脳をひねって考案したいんだが、どれもこれも他のアーティストの模倣になってしまう。技術は追いついてる、技術は追いついてるんだ、あとは俺だけの俺こその独自性が羊膜を引き裂いて誕生すればロックスターへの道は確約されたようなもんだ。その日は二時間くらい演奏して、これ以上ないほど体力を消耗した俺はおぼつかない足取りでギターとアンプを抱えて帰って行った。家の中は静まってるから、あの男とママは居酒屋に行ってるんだと分かった。酒をしこたま飲んで来た男は珍しく上機嫌で俺に五百円をくれる時がある。でもでも俺ちゃん分かってるんだよ、それが俺という幼い存在の精神を痛めつけてる罪悪感を緩和させようとする賄賂だってね。俺はもう夜だってのに電灯も点けずにテレビの灯りだけを心のより所にして胡坐をかいて静かに呼吸してた。嫌な思い出の多すぎるこの部屋にこびり付いてる空気を肺のなかに取りこむと恐ろしい映像が頭に思い浮かんできそうな勢いだ。クソが、ゴミが、ゲロが、下らねぇ人生なんて俺の決意っていう拳銃で破壊してやる。俺が自らの意思で選び取った生だけが本物なんだ。他人に言われて行動した結果を呪うだなんて不様な真似したくねぇ俺ちゃんは、自分で決定し自分の意志に従って行動してそのすべてに責任を持ちてぇ、なんて六歳児が考えることじゃねぇなって自嘲しちまう。他のガキは何の悩みもなく遊んでるが、俺ちゃんは今まさに人生の分岐点に立ってるから右へ行くべきか左へ行きべきか熟考しなくちゃならねぇのよ。テレビの音は消してあるから、四角い液晶の中から飛びだす映像だけが俺の視界に流れこんでくる。んでもって俺ちゃんはエヴァンウリアムスってウイスキーをグラスに注いでストレートで飲んだあと、CDプレイヤーにキャプテンビーフハートのセーフアズミルクをセットして再生ボタンを押した。唯一無二の濁声、ポップでキャッチャーなギター水中をかき分けるような骨太のベースに狂ったようなドラム、それらが一体となって津波みてぇに俺の聴覚に押しよせてくる。こんな音楽が作りてぇ、こんな個性的な演奏他のアーティストにもなかなか真似できねぇだろう。だから俺はウイスキーとタバコを愛してるように、ビーフハートの奏でる激しい音楽を愛してるんだ。大好きだよ、キャプテンビーフハート、ピンクフロイド、ダムド、スミス、お前らの音楽は俺に紛れもない喜びを与えてくれたんだ。だから俺はお前らみてぇなバンドと同じように独自性を孕んだ音楽を創造し、人々を歓喜させたい。野外ライブのステージの上で他のバンドメンバーと一緒に爆音を奏でてぇ。作詞作曲が出来るようになったらベーシストとドラマーを探してスリーピースのバンドを結成しよう。んで演奏が終わった後ステージでアンプにギターの先端を突っこんで破壊して不協和音を奏でよう。そんな映像が、ステージ上から見える満杯の客の蠢く映像が、容易に想像できちゃう。もちろん口パクやエアギターじゃねぇ、俺の俺だけの真実の演奏だ。メロディアスなベースラインを奏でる奴と手数の多いちょっと走り気味のドラミングが良いなぁ、って俺ちゃんの妄想もとどまる事を知らないね。でもでもビーフハートも口パクで歌ってるんだろうか、他の作曲家が曲をつくり上げてそれをさもアーティストが歌わせてる様に見せてるんだろうか、すべてのバンドが道化なんだろうか、いや中には本物の本当の生粋のアーティストもいるハズだ。それは数少ないかもしれねぇけど、俺が大好きなバンドたちは自分で演奏してるんだと信じたい。だってこの俺が憧れてるんだぜ、演奏を偽るって道化を演じてるとは思いたくないよ。もしすべてのアーティストがサーカスの道化なんだとしたら、俺ちゃんが初めて自分の能力だけで演奏した人間ってことになる。それも良いかもしんねぇ、ステージドリンクはボウモアってイカしたスコッチウイスキー、んでMCの時にはタバコを吸いまくってご機嫌に喋りまくる。一度妄想を中断させて室内に満ちた静寂に自分を溶けこませようとする。俺の意識と静けさは密接に絡み合ってる男女みてぇな性質を持ってる気がする。んでもって俺ちゃんウイスキーもタバコも摂取せずにテレビの灯りだけを浴びてその場に座ってた。様々な思考や想像が薄れていき、俺は無我の状態になってくのを自覚しちゃう。ぼんやりと窓から見える見慣れた街の景色をながめる。民家の灯りが、星々の灯りに似てるだなんてありきたりな思いつきなんて消えてしまえ。しばらく何もしないでいると俺の内部にある変化が生まれた。何と今まで一度も聴いたことのない旋律が俺の脳に舞い降りてきたんだ。これが閃きってやつか、って俺は全身を震わせて喜んだ。どのアーティストの曲にも無いよな、過去に聴いたメロディーを想起してるわけじゃねぇよな、俺だけの独自性を孕んだ唯一無二のメロディーだよな、って軽く混乱状態。んでその旋律を忘れない内に音楽プレイヤーの録音機能を使って、メロディーをその小さな機械に鼻歌で封じこめた。とうとうヤッタゼ、俺ちゃん本当に作曲できたぜ、これを聴かせたらあの老婆は驚いて腰を抜かすんじゃねぇだろうか。諦めなければ不可能を可能にできるだなんて、戯言だと思ってたけど本当だったよ。俺の、俺だけの宝物じみたメロディーを大切にして行きてぇ。行きてぇ、っていうか生きてぇ。んでもってこれだけのメロディーの断片じゃ曲はできねぇから俺はまた閃きが降臨してくるのを待つことにした。それは長い道のりかもしれねぇけど、俺は確かに真実の一欠けらをこの手中に収めたんだ。これほどの繊細でメロディアスな旋律を創造できるなんてやっぱり俺ちゃんってば天才だったんだ。これが俺の選び取った人生の起点だ。これから俺は様々なメロディーや歌詞を思いついて、それを録音して旋律のひとつひとつを繋ぎ合わせて作曲してバンドを組んでライブハウスっていうどでかいステージの上に立つことになるだろう。そして聴衆を沸かせてやるんだ、俺にはそれが出来る、人々に感動を与える才能が確かに俺ちゃんには存在してたんだ。俺は人間豚じゃねぇ、凡人でもねぇ、ロックスターの卵だ!
執筆の狙い
新人賞に応募するハズだった作品です。自らボツにしました。