花になれば
「あたしね生まれ変わったら花になってこの世に咲きたいわ、絶対に人間になんてなりたくないの」
そう言っていた嫁が末期の癌で死んで気づけば|二月《ふたつき》ほど経っていた。嫁が死んだ翌日に蒔いた種は発芽して成長し、今日の朝見ると蕾から綺麗な桔梗の花が開いていた。嫁が最も愛していた花で、僕はこれを嫁の生まれ変わりだと信じて丁寧に育ててきた。
「やっと咲いたんだね、どうだい、おまえの夢が叶ったじゃないか」
つい話しかけてみたけれど当然何も返ってこない。まだ咲いたばかりの桔梗の花をずっと眺めていると不思議なことに人間だった嫁にうっすらと似ているようにも見えてくる。人間だったときの姿と変わらず|艶《あで》やかで紫の星のような魅力的な容姿をしている。
「だけどどうしておまえは花になりたかったんだい、どうして人間に生まれ変わるのが嫌だったんだい。花になるなんて不便じゃないか、歩けないし、話せないし、おまけに飯も食えない。だのになぜおまえは花になりたかったのか教えてくれないか」
ずっと分からなかった。僕は嫁を本当に愛している。僕の生命が終わっても永遠に愛し続けるだろう。何度生まれ変わってもまた共に過ごしたいと思う。だがこうして桔梗になった嫁に話しかけてもどこか寂しい気がする。嫁が花になってしまったなら僕が人間である限り、永久に悲しい思いをしなければならない。そう考えると僕の中に一つの願望が芽生えた。
「僕もおまえと同じように花に生まれ変わりたい、おまえを本当に愛しているのだから。一輪の花になり、たとえ遠く離れていても花粉を運ぶ胡蝶が僕とおまえをまた繋げてくれるのだ。これほど美しいことはないと思わないか」
そして、そうすれば僕がこのように死んでいった人間にものを言いかけるような悲しいこともしないで済むだろうに。
執筆の狙い
来世は花になりたい、その思いを短い小説にして表現しました。短い小説を書く練習をしています。すぐに読み終わると思うので是非お読みください。