レクイエム
カチカチカチ……
パシン! パシン! パシン!
カチ、カチ、カチ…… パシン!
乾いた金属音が心地よい。
僕はシリンダーを回しながらリボルバーに話しかけた。
「明日は君の晴れ舞台。高らかに死の歌を歌っておくれ」
次は相棒に言ってやった。
「やっと完成させたよ。自分一人で」
「そうか。良かったじゃねーか」
彼の名は上林晃(あきら)。
彼とは同級生だが、登校拒否では彼の方が先輩だった。
晃を試し撃ちに誘うと、彼は面倒くさそうに言った。
「今忙しいんだ」
「また絵日記を読んでんのか」
「悪いか?」
「悪かないけど、一体何回読んだら気が済むんだ?」
「しらねーよ。あと一万回くらいかな」
『ぼくの、おばあちゃん』
もも組 うえばやしあきら
おばあちゃんは、ぼくのたんじょうびに、いちごのケーキをかってきてくれました。おばあちゃんといっしょにたべたら、すごくおいしかった。
つぎのひに、おばあちゃんは、わくちんをうちにいきました。
おかあさんが、おばあちゃんは、あきらにびょうきをうつさないために、うちにいったのよって、おしえてくれました。
おばあちゃんは、よるになっても、かえってきませんでした。
おかあさんに、おばあちゃんは、なんでかえってこないのってきいたら、ちゅうしゃをしたら、ねむっちゃったのよっていいました。
いつおきるのってきいたら、おばあちゃんは、もうおきないのよっていいました。
おわり
その絵日記には、晃が祖母と一緒にケーキを食べている光景が描かれていて、涙のしみまで残っていた。
晃は悲しげに僕を見つめた。
「なあ海。俺が殺したってことだよな?」
「またそれか。違うって言ってんだろ。それは運命ってやつだ」
「運命? ふざけるな! ごまかされねーぞ!」
「そんときの政府が打てって言ったんだから、仕方ないだろ」
「セーフ? けっ、馬鹿らしい」
「だったら、なんだってんだ?」
「そんな奴らはアウトだ! こんな国はクソだ! って言ってんだよ!」
そのとき作業台で寝ていたタマが鳴いた。
「ご飯はもうあげたじゃないか。どうしたんだ?」
するとタマはゴロゴロとのどを鳴らした。
「そうか!」
出入り口にいって扉を開けると、佳代子が立っていた。
「海君。元気?」
「うん。まあね」
「最近、LINEくれないね」
「ちょっと忙しくて」
「いつ学校に来るの?」
「気が向いたらね」
「そっか……。早く来てね」
「今夜、LINEするよ」
「うん。わかった」
僕がまだ真面目に通学していたころ、僕は子猫のタマを校舎の裏で飼っていた。そして佳代子だけがタマを可愛がってくれていた。
実は、彼女はいじめの標的にされていた。
ある日、不良グループのメンバーが彼女を取り囲み、そのリーダーである不良女が彼女を罵っていた。
「お前は汚い猫とお似合いだな」
タマを抱きしめて泣いている佳代子を、カッターナイフを手にした不良女が見すえていた。
「その薄汚い毛玉をよこしな」
佳代子は無言の抵抗を続けた。
「このやろう!」
不良女は佳代子の背中に蹴りを入れた。
そのそばで一人の男子がラップを踊っていた。
彼は通称ラッピー。不良女のパシリだ。
佳代子野良猫、臭いぜ散々~♪
悪臭体臭、誰もが大衆~♪
ちんこでまんこでオシッコ発射!
そう言うと、ラッピーは佳代子に小便をかけた。
僕は校舎の影からその様子を見ていたのだ。
不出来な野菜は処分するしかないが、まだ僕にはその力がなかった。
一年前に父の会社が倒産し、負債を抱えた父は失踪して母もどこかに消えた。だから僕は一階の作業所で道具の製作に専念することができた。
金属を加工する機械はそろっているし、今の時代、「作り方」もネット上にあふれている。火薬の作り方もさほど難しくはなかった。
最高傑作はSMG・MP-5。最強のサブマシンガンだ。
本物と寸分狂わない出来栄えだった。
サバゲーで使いなれている武器だけど、明日の文化祭で使いこなせるかは分からない。
晃が、「彼女、お前のことが好きなんじゃね?」と佳代子のことを言った。
「知らないよ」
「お前、本当は白馬の騎士にでも、なりたいんだろ?」
「白馬の騎士もいいけど、どちらかと言えば大掃除したい気分かな」
「そうか。じゃあ、あの変態に電話しろよ」
久しぶりに学校に電話をした。
「はい。清心中学校です」
「三年B組の赤石です。担任をお願いします」
しばらくすると変態の鼻声が聞こえた。
「なんだ赤石か。どうした?」
「先生、ご無沙汰してます。明日の文化祭に出れますか?」
「なに言ってんだ。お前に役なんてあるわけないだろ」
「役は自分で作ります」
「お前、頭大丈夫か? とにかく役は無いから、家で休んでなさい」
担任はそう言うと電話を切った。
「おい。あの変態なんて言ったんだ?」
「来なくていいって」
「そういうワケにゃいかねえなぁ」
僕と晃で立てた計画はいたってシンプル。
文化祭の真っ最中に爆竹を起爆させてから発煙筒をばらまいて、非常ベルのボタンを押しまくる。それから本当の祭典を楽しむってわけだ。
僕は晃に言った。
「声明文を書いておこう」
「ゴミ処理に理由がいるのか?」
「真面目に考えろよ」
「わかった! わかった! 面倒くさい野郎だな。俺が書いてやるよ」
「なんて?」
「俺たちは正義の味方! 悪人どもを成敗してやる! ってな」
話にならないから、僕は夜中に一人で書くことにした。
『犯行前夜』 赤石 海
よく考えてみれば、晃の言うとおりだ。理由なんていらない。奴らがうざいだけだ。
不出来な野菜は処分される。当たり前だ。
ソクラテスはやっぱ賢い。
「汝自身を知れ」
それを知らなきゃ命取りってことだ。
翌日の正午、僕らはボストンバッグに「掃除道具」を詰め込んで、父の車で学校に向かうことにした。もちろん無免許運転で。
「晃。若葉マークを貼るべきかな?」
「2~3人轢き殺しても大差ないから、別にいいんじゃねーか?」
車に乗り込む前に、車内で聴くBGMのことで晃と口論になった。
僕はヴェルディのレクイエム『怒りの日』がふさわしいと言ったのに、晃は納得しなかった。彼は破茶滅茶な狂酔乱舞がしたかったのだ。
「クラッシックなんて聴いてられっか! それよりあれがいいよ、あれ! アメリカ海軍の歌!」
「『錨を上げて』のこと?」
「そうそう! それそれ!」
彼は軍歌に合わせて車体をバンバンと叩き、すこぶる上機嫌だった。
「奴らの髪の毛を黒板に張りつけてやるぜ!」
駐車場から校舎に向かう途中で佳代子に出くわした。
「早退してってLINEしたよね。それとも何か役についているの?」
彼女がうつむいて震え出すと、僕は彼女のスカートが切り裂かれていることに気づいた。
文化祭の当日まで陰湿なイジメを受けていたのだ。
そのとき、彼女がタマを守ってくれたときの光景がフラッシュバックした。
彼女は不良女に背中を蹴られ、その女のパシリに小便をかけられても、タマを抱きしめて守ってくれたのだ。
「よお。白馬の騎士になってみるか?」と晃が言った。
「そうだな。テンション爆上がりの予感がするよ」
僕は佳代子に言った。
「君のことが心配だから、帰ってくれる」
「うん。でも……」
「どうかしたの?」
「今夜、LINEできる?」
そう言うと、彼女は少し恥ずかしそうな顔をした。
「うん。生きて帰れたら、僕からLINEするよ」
「生きて……帰れたら?」
「冗談だよ」
校舎に入ると、役柄の衣装をまとった女子たちが発声練習をしていた。
彼女たちは僕らに気づくと、「なにその格好? 馬鹿じゃない」と笑った。
僕らはナチス親衛隊の格好を真似していたのだ。
僕は彼女たちに、「これ本物なんだよ」と言い、ボストンバッグの中身を見せてあげた。
「きもーい!」
「もうすぐ始まるけど、心の準備は出来ているの?」
「あんたたち、役も無いのに何しに来たの?」
弾けるように彼女たちが笑うと、晃が僕の耳元でささやいた。
「今やっちまうか?」
「馬鹿言うな」
僕らはクラスメイトの演劇を講堂の片隅から眺めた。
「おいおい。マジかよ。これ……」と晃が絶句した。
なんと主役はラッピーで、ヒロインが不良女だったのだ。
不良女がスポットライトを浴びながら、「罪なき民を助けてください」と言うと、ラッピーが名台詞を吐いた。
「非道を耐え忍ぶのか? それとも苦難に斬りかかり、命を散らせるのか? 生きるか死ぬか、それが問題なのだ」
すると晃が呵々大笑し、彼の大声が暗闇の中に響いた。
「おーい! ラッピー! 今日はラップじゃないんだな!」
あたりが一瞬ざわついたが、演劇はそのまま続けられた。
僕らは講堂に爆竹の起爆装置を仕掛けてから放送室に押し入り、ヴェルディのレクイエム『怒りの日』を爆音で流した。
「どうだ晃。いい曲だろ?」
「おお! すげー! ハルマゲドンだ!」
二人で発煙筒をバラまきながら非常ベルのボタンを押していると、爆竹の音が鳴り響き、講堂から先生と生徒が飛び出してきた。
僕はひとりずつ丁寧に掃射した。
「人参、人参、おっとあれは白菜」
トリガーを引くと白菜は砕けちった。
晃は5メートルほど横でサブマシンガンを撃ちまくっていた。
「真面目にやれよ!」と晃に叫ぶと、彼の機銃がカラカラと音を立てた。
「ちっ。弾切れか。海! マガジン(弾倉)をくれ!」
「あんま無駄遣いするなよ!」
「ケチケチすんな! 祭りがしらけるじゃねーか!」
マガジンを渡すと、晃はそれを装填して校舎に入り、また乱射を始めた。
激しい銃声が廊下に鳴り響き、発煙筒の白煙が桃色に染まった。
僕が二階に上がると、晃はつるつると足を滑らせながら鬼ごっこをしていた。
二階を晃にまかせて三階に上がると、教室の扉から男子の手が出ていた。それは生徒会長の草田の手だった。
彼は人前では良い子ぶっているが、裏では不良女のパシリをやっていると噂されていた。だから影で、「クソダ」と呼ばれていたのだ。
彼は赤い線を廊下に描きながらホフク前進を始めた。
「草田君。どこへ行くの?」
すると一発の銃声が鳴り響き、そのホフク前進が止まった。後ろを向くと晃が笑っていた。
「いつまでクソにつき合ってんだ。さっさとやれよ。次はこいつらの番だからさ」
晃の横には、不良女とラッピーを含むイジメグループのメンバーが顔面蒼白で立っていた。
晃はメンバー全員を黒板の前に立たせるとラッピーに言った。
「なんだ、あの下手くそな演技は」
「どっ、どうすればいい?」
「もう一回やれ」
ラッピーが震える声で台詞を言うと、晃は「命がけでやれ!」とまくし立てた。
「あっ……あぁ分かった」
「おい。『生きるか死ぬか、それが問題だ』って言ってみろ」
「いっ……、生きるか、死ぬか、そっ……それが」
そのとき晃のサブマシンガンが火を噴き、メンバー全員が黒板の前に折り重なって倒れた。
「こりゃ傑作だ! ピカソだぜ!」
「こんなグロいピカソがあるもんか」
「こりゃゲロニカだ! ゲロニカ!」
晃は得意げに黒板を指差して言った。
「どうだ。髪の毛が張りついたぜ」
「これは失敗作だ。絵の具の色が悪い」
「こいつらジャンクフードの食い過ぎなんだ! ん?」
虫の息ではあるが、不良女はまだ生きていた。
晃は仰向けになっている彼女に銃口を向けると言った。
「どうだ。気分は?」
彼女は口から血を流しながら、蚊の鳴くような声で言った。
「はやく、殺してよ……」
「死ぬのが怖くないのか?」
「生きるより、いいじゃん……」
そのとき、窓の外でトランジスタメガホンが鳴り響いた。
「君たちは完全に包囲されている! 武器を捨てて出てきなさい!」
すると晃が吠えた。
「うるせえ! クソ野郎!」
校庭には機動隊の大型バスと沢山のパトカーがとまっていて、SAT(特殊部隊)の隊員たちがこちらに銃口を向けていた。
「赤石君! 上林は救いようのないクズだ! 彼につき合って人生を無駄にしてはいけない!」
次はタマを使って僕に揺さぶりをかけた。
「赤石君! 今警察官が君の猫を保護しに向かっている。しかし、いつまでも警察であずかるわけじゃない。いいのか? 飼い主がいない猫は、処分されるんだぞ!」
「ちくしょう……」
「海。タマのところに行ってやれ」
「でも……」
「いいから行け。俺は派手に散りたいだけなんだから」
そのとき僕の携帯が振動した。
「彼女からLINEが来たぞ」
「一体なんだ?」
晃と一緒に携帯をのぞき込んだ。
『あたしがタマを保護してるから。佳代子』
タマを抱く彼女の自撮りも貼ってあった。
僕らは顔を見合わせた。
「晃! 派手にいくか!」
「おう! 俺たちには地獄がお似合いだぜ!」
銃弾の嵐の中で、少年たちは儚き人生を終えた。
彼らは無縁仏として葬られ、いつしか人々の記憶から消えた。
ただ一人の女性が、毎年二人の命日にその校庭を訪れていた。
猫の爪を入れた御守り袋をたずさえて、彼らの御霊に会いに来ていたのだ。
終わり
執筆の狙い
YouTubeでヴェルディの『怒りの日』を聴きながら殺戮シーンをイメージしました。
殺戮の動機は自然ですか?
5200字です。
よろしくお願いします。