ショートショート2編
エイリアン
四方を白い壁に囲まれた部屋で目覚めた。この部屋には何もない、ということをまず感じた。それからしばらく周りを眺めて、この部屋には入口がないということに気づいた。
ではどこから入ってきたのだろう、ということを考える。天井や床も壁と同じように白い。それから俺は、この部屋には電気のような光源もないことに気づく。壁や天井自体が発光している様子もない。つまり、これは夢を見ているということか。
「夢を見ているのではない」
さっきまでこの部屋に人がいる気配はなかった。しかし、突然に声をかけられた。
声のした方を見ると、白いローブを着た老人が立っていた。髪や髭を無造作に伸ばしており、どちらも真っ白だった。
「わしは神だ。お前は死んで、ここに来た」
俺は様子をうかがうように相手を見つめた。神を名乗る男は無表情で、何を考えているのかは読めなかった。
「どうして?」
俺は神に聞いた。
「どうして、とは」
「俺が死んだのは、まあよしとしよう。なぜ死んだのかも思い出せないが、本当に俺が死んでしまったとして、なぜこの部屋に呼ばれたんだ?」
「わしは人間を作り、ここで様子を見てきた。人間は順調に進歩しておる」
神が言った。質問の答えになっていないと思ったが、話を聞いてみることにする。
「時々、死んだ人間を呼ぶのじゃよ。わしが作った人間という生き物が、どのようなものであるか確認するためにな」
「……何も思い出せない」
「お前は死んで、個人の記憶は失った。今のお前にあるのは、人格と一般的な常識だけじゃ」
「……つまり、こういうことか。俺は死んで神に呼ばれてここに来た。神と名乗る男と話をするために。それで、話をした後はどうなるんだ?」
「お前の処遇は、話をした後に考えてやる。それより、話を聞かせてくれ。どうだ、わしの作った人間は? よくできておるじゃろ?」
「とんでもない。人間は完全な失敗作だ」
はっきりと俺は言った。自分のことは何も思い出せないが、それだけは確信していたようだ。
「どういうことじゃ? 人類に何の不満がある?」
「大ありだ。分かるだろう? ここから見てたなら。人類はしょっちゅう争い、他人を蹴落とし、弱いものをいじめ、独占し、他人を傷つけ、一見よいことをしそうになっても、常に裏では自分のことだけを考えている」
「急に饒舌になったな」
神は少し微笑みながら言った。
「それは失敗なのだな」
「それはそうだろう。見ていて美しいものではない。……ああ、自分がその中で生きてきたと思うと、死んだことに安心する感じだ」
「では、どうすればいい? どうすれば人類は良くなる」
「そうだな……神様には悪いが、もう手遅れだろう。いっそのこと人類はいったん滅ぼして、また新たな人類を一から作り直した方がいい」
「そうか……それで、どのように人類を作り直す?」
「そうだな、俺が作るなら。もっと他人と手を取り合い、一致団結し、思いやりを持ち、能力があるものからないものまで協力して何かをやり遂げる、世界中の人々がそんな思いを共有できる人類を新たに誕生させたい」
「ふむ、まあそれもいいかもしれん。では今の人類は滅ぼしてしまうかの」
「それがいい。俺が死んだから言うわけじゃないが、こうして俺がこの部屋に来たものよいきっかけだ」
「そうか。ならば、お前が滅ぼしてくれんかの。わしが作った人類をわし自身の手で滅ぼすのは忍びない」
「それはかまわないが……どうやって滅ぼせばいい?」
「そうじゃな」
神は顎髭を触りながら、しばし考えた。
「地球にエイリアンが攻めてきて滅びるというのはどうじゃろう」
エイリアン? この神は質の悪いアニメでも見ているのだろうか。
「ふ、まあいいだろう。俺はどうすればいい?」
「人類を滅ぼすのに適したエイリアンをデザインしておくから、お前はそれを操って今の人類を滅ぼしてくれ。お前も自分自身の手で人類を滅ぼすとなると、感慨深いものがあるじゃろ」
その瞬間、部屋の床が透明になり、俺は地球を神とともに見下ろしていた。宇宙空間の一部分が拡大されると、無数のおぞましいエイリアンが地球に向かって進んでいた。
「お前がそのエイリアンを指揮して、地球に攻め入るのじゃ。地球からも抵抗が予想されるが、一定の時間がたつと新たに動員できるエイリアンが増えるようにしておる。人類に負けないように頑張るのじゃぞ」
そうか、この神はずっとゲームをしているのだ。地球で人類を育てるゲームをして、今は俺にそれを滅ぼすゲームをさせている。
俺が操るエイリアンの第一陣が地球に到達する。人類は突然、宇宙からやってきた謎の生物の攻撃に戸惑い、すさまじい勢いでその数を減らしていく。気づけば視界の端に数字が書かれたメーターがあり、それが人類の数なのだろう。今は大きな数字だが、その数を減らしてゼロにできればこちらの勝ちだ。
現実とは違う時間軸で進んでいるのか、戦況は目まぐるしく変化した。人類は当初、順調にその数を減らしていたが、すぐにそのペースは落ちた。今度は逆に、こちらのエイリアンが反撃にあい、その数を減らしていった。これは負けてしまうのではないか、俺はちらりと神の方を見た。神はわかっている、という表情で別の方を目線で指した。俺が神の視線を追うと、別の宇宙空間からエイリアンの第二陣が地球へ向かって進んでいた。
「なるほど、よくできている」
人類とエイリアンの戦いは膠着していった。エイリアンが数で押し切ろうとすると、人類は新たな兵器や技術を開発して対抗した。
その戦いは、宇宙から大きく俯瞰して見ることもできたし、戦う者の表情が分かるくらい接近して見ることもできた。人類は皆、必死にエイリアンと戦っていた。それはとても美しい光景だった。なるほど、実に面白いゲームだ。俺は何のためにこの戦いを始めたのか忘れるくらい熱中していた。
しかし、急に違和感を覚えた。今、自分と戦っている人類がまさに、他人と手を取り合い、一致団結し、思いやりを持ち、能力があるものからないものまで協力してエイリアンと戦い、世界中の人々がその思いを共有していたからだ。
俺は神の方を見た。神は、わしの作った人類もよいものじゃろう、というような表情で俺を見ていた。
僕はロボット
俺は自分の部屋で何をするでもなく、仰向けに寝転がりながら天井を見ていた。
特に悩み事があるわけではない。生きていく中で、単純に自分はこんなものか、という思いを噛みしめていた。
何をしても、感動するような結果は得られない。自分は凡人なのだ。いや、むしろ恵まれているのだろう。今後、自分が生活に困ることになるようなことは想像できない。
ただ、このままの人生が死ぬまで続くのかと思うと、漠然とした恐怖に追い詰められていくような感じがするのだ。
そんなことを考えていると、唐突に部屋のクローゼットが開いて、俺が現れた。
自分が写っている動画を、ふいに見てしまったような嫌悪感を覚えた。いつも鏡で見ている自分が、反転して動いて存在している様は、とても不気味だった。
「やあ、初めまして、と言っていいのかわからないけど」
俺が俺に言った。
「やっぱり無反応だね」
「いや、突然のことに驚いていたんだ。お前は一体なんなんだ」
「僕はロボットだよ。君の代わりになって君を助けるための」
「ロボット? 俺は別に困ってはいない」
「本当に困ってるときは、自分が困っているかどうかも分からないんだよ。君は、糸が切れる寸前さ」
「……それで、俺をどうやって助けるんだ」
「僕が君の代わりに、君の行くべきところへ行って、すべきことをして、帰ってくる。帰ってきたら、僕は今日あった出来事を君に話すよ。君は黙ってそれを聞いたらいい」
「そうすれば俺は良くなるのか?」
「そんなことは考えなくていいんじゃないかな。とにかく僕が君の代わりをやっておくから、君はこの部屋で休んでおくことだよ」
特に断る理由もなかったので、俺はロボットの申し出を受けることにした。
次の日、さっそくロボットは俺の代わりに出かけて行った。俺は何もせずに一日中、家にいた。夜になるとロボットは帰ってきた。
「ただいま」
ロボットはそれから、今日あった出来事をとうとうと語った。俺はただそれを黙って聞いていた。
ロボットは事実しか言わなかった。それについての感想や考察は語らなかった。
ロボットが一日のことを話し、俺がそれを黙って聞く、そんな日が何日も続いた。
ある日の夜のこと、ロボットが話し終えた時、俺は気になったことがあった。そしてそれを、ロボットに聞かずにはいられなかった。
「なあ、お前は毎日、どう感じているんだ? 楽しいのか、それともつまらないのか」
「もちろん、楽しいよ。僕にとっては何もかも新鮮だからね」
それから、俺はロボットと会話をするようになった。ロボットが今日の出来事を語る途中、俺は何度も割って入るようになった。俺はロボットが、その時どんなことを考えていて、どんな気持ちだったのかを尋ねた。俺がロボットに聞きたいことは、ほとんどそのことだった。
しばらく、そんな生活が続いた。そして俺は、再び外に出たいと思うようになっていった。
「なあ、俺はまた、外に出たいと思うようになった。長い間、代わってもらっていたけど、俺がまた出て行ってもいいのだろうか」
「もちろんさ、僕はとてもうれしいよ。じゃあ今度は交代だ。僕が家で待っているから、君は外に出ていく。ぜひ、君に今日あった出来事を語ってほしい」
次の日、俺は外に出た。とても久しぶりのことだったが、不安はなかった。ロボットに毎日、話を聞かせてもらっていたからだ。俺の心は少しずつ、強くなっていたのかもしれない。
何事もなく一日が終わり、僕は家に帰ってきた。部屋の中には、ロボットはいなかった。クローゼットの中を一応、覗いてみたけど、やっぱりロボットはいなかった。
「やはりもう、君には会えないんだね。でも、君はどこかで確実に聞いていると思うんだ。だからこれから、僕は君に向けて今日あった出来事を一方的に話すことにするよ。でもその前に、気づいたことがあるんだ。僕が外で出会う人はみんな、ロボットだったんだね。僕と同じ人間には、一度も出会わなかったよ。君は最初から知っていた。家に帰ったら、まずそのことを君に伝えたいと思ったんだ」
ロボットから特に返事はない。
「でも今は、僕もロボットなのかもしれない。あるいはその中間か」
執筆の狙い
昔ショートショートを書いていて、久しぶりにまた書き始めた者です。
久しぶりなので自信はないのですが、感想などいただけたら幸いです。