カルボナーラの恋
彼との情事後、ブラと下着を身に付け終える。
なめらかな余韻と火照った体を抱き締めながら、ひなみはぼんやりと虚空を見つめていたが、彼の言葉にすぐに現実へと戻された。
「え? 今から?」
「そう。これから、もう出るから」
タバコの煙を吐き出しつつ、スマホを見ながら彼はひなみに呟く。知り合いの人達と麻雀を打つために外出して、その後この自宅で飲み会をすることを伝えた。
「じゃあ、もう私出たほうが良いよね?」
「うーん。……そうだね」
ひなみの顔を見ることなくスマホに向かって呟く。
アッシュブロンドの髪と彼のスマホを横目で見つつ、ひなみは脱ぎ散らかしていた服を手に取る。
それならそう言っといてよ。服を気怠げにゆっくりと着ながらひなみが内心で思う。
いや、言えないけど。
じゃあ、私ただヤりに来ただけじゃん。しょせんは体だけの関係、セフレだって分かってるけど。彼女じゃないんだから彼女面して文句なんて言えないけどさ。
明日は仕事休みだから、今日は朝までずっと一緒にいられるって思って来てさ、一人で舞い上がちゃってバカみたい。
お気に入りの下着着て、彼が好きそうな服来て、ネイルも化粧も服に合わせちゃったりして。一人で楽しみにしててバカみたい。
悶々と苛立ちと虚無感を感じながら、下着姿で壁に寄りかかったままの彼を横目でひなみは見る。変わらずタバコを吸いながら、ひなみには一切の関心も寄せていなかった。
この後は彼が好きなカルボナーラでも作ってあげて、二人で食べるんだろうなって期待してたのに。一緒にいたかったのに……。
沸き上がる憂鬱な気持ちを押さえ込んで、ひなみは着替え終わると同時に微笑んだ。
「おっけー、もう出るね」
一切の嫌な顔を見せず、目を閉じて笑いかける。そのひなみの顔を彼は静かに一瞥した。
玄関で靴を履き、持ってきた荷物を持ちながらドアを開ける。彼のほうに振り返らずにひなみは陽気な声を出した。
「じゃ、また今度ねー。麻雀楽しんでー」
彼と一緒に寝たかった。彼の背中のシャツに鼻を当てて、彼の匂いと薄っすらと感じるタバコの匂いを嗅ぎながら寝たかった。
ぬくもりを感じながら深い眠りに付きたかった。
その想いを圧し殺しながら外へ出た瞬間と同時に、彼に右肘を掴まれてひなみは後ろを振り向かされた。
「今度さ、カルボナーラ作ってよ」
黒いTシャツを着た彼が、驚いた顔のひなみをまっすぐに見つめていた。
ひなみは目を開いて、一言答えるのが精一杯だった。
「うん。……作る」
駅までの帰宅途中、彼の耳にあったピアスが印象的にひなみの中で思い出された。
彼の家でカルボナーラを作る時までに、黄身だけを上手く卵白から取り出せるように練習しとかないと。そんなことをぼんやりと考えながら、ひなみは歩き続けた。
きっと、私は幸せになれないんだろうなという想いも、一緒に抱き締めながら。
(終)
執筆の狙い
カルボナーラ×悲恋。1200字ほどの掌編です。ご意見・ご感想お待ちしております。