作家でごはん!鍛練場
三好景

電子蝗害の夜

 いくつもの声が、さらにいくつもの人々の耳に届く。その伝達のありようを想像してみよう。


 今日は、魚群探知師と呼ばれる人たちについて語ることにします。
 今日は、というか、今日も、と言うべきでしょうか。私の語りはいつも魚介類に関するものばかりですから。なんせ私は魚介類に……首ったけなんです。多くの魚介類に共通する、あのブヨブヨとした手触り、ヌラヌラとした質感に、私は心を奪われてやまないのです。思えば学生のころは魚介類好きが高じて、店内に生け簀を持っている居酒屋でアルバイトをしていたんですよ。北海道のね、札幌の中心部のビルの上の方なんですけど、ビルの上の方なのに、店の中に巨大な、これお客さんの座敷の面積より広いんじゃないかっていう立派な生け簀がありまして。私はそこの管理を、水質を維持したり、注文が入った魚を手早く採取したりする仕事を任されていました。あのころは毎日が楽しかった。……ああ、魚介類好きと言っても、海老や蟹は別なんです。みなさんの魚介類の観念はすでにあれら甲殻類たちのイメージに侵蝕されていることと思いますが、私の口から発せられる魚介類という言葉が意味する領域に甲殻類たちの居場所はないものと心得てほしい。先のバイト中も、私は海老や蟹が入った水槽にはできるかぎり近づかないようにしていました。私は死んだ蟹の匂いがこの世で一番嫌いなんだ。
 さっそく話がそれてしまいました。今日は魚群探知師たちの話です。
 まずは事の起こりから始めましょう。私の知るかぎり、魚群探知師たちの存在が広く認識されはじめたのは今からおよそ一〇年ほど前です。ただでさえ真新しい分野のことですし、実のところ、彼らが具体的にどんな活動をしているのか、みなさんもあまりご存じないのではないかと推察します。また、彼らが主に扱っている群れ言語という概念も、広く知れわたっているとは言いがたいです。そこで今日は、魚群探知師たちの起こりと群れ言語の成立の経緯を、簡単に話します。
 魚群探知師たちが登場する背景を振り返ってみると、そこには当時の海洋資源保護を目指す国際的な運動による圧力と、それに呼応した魚群探知機の急速な性能向上がありました。このころから、海域の漁船同士をネットワークに接続しての洋上・海中からの多動点観測技術、および魚群中に隠蔽された個体の移動予測モデルの発達により、魚群を構成する魚たちの数量や成長度合いまで把握できるようになってきました。その日市場から必要とされている分量だけを正確に漁獲するスタイルに、漁業のトレンドが変わりつつあったんですね。こうした技術の発達によって、魚の一匹一匹の運動を正確に観測・記録することが出来るようになり、それが魚群探知師たちが発生する技術的な土壌となりました。
 最初の魚群探知師は二人組だったとされています。水産学者の寺神戸と、言語学者の三好。この二人です。
 まず寺神戸の方からお話ししましょう。彼は当時、中型魚の自走式捕獲機の実地試験のために、佐賀関沿岸に繰り出していました。当時の論文を確認すると、複数枝分かれした釣り糸の先にそれぞれ捕獲機を接続し、船上から魚群を狙って釣り竿で投入していたようです。捕獲機は一〇センチメートル大で、高精度魚群探知機のデータとリンクしつつ、スクリュー推進力で標的とした個体を追尾します。十分接近したら、リング状構造を射突して標的の尾びれを拘束するという仕組みで、現在の漁業で一般的に使われている捕獲機と大差ないものでした。それまでの漁業で一般的だった網どり漁では、大量の魚を一気に引き上げる際に網や他の魚との摩擦で表面が傷ついたり、強いストレスによって味が落ちたりと、良いことがなかったわけです。寺神戸の研究は、必要最小限の漁獲を最高の品質で実現するという社会要請に応えるもので、現在の漁業手法の基礎となる、きわめて重要な研究でした。
 そして二人目、言語学者三好について話しましょう。群れ言語の発見者であり、群れ言語研究の第一人者とも呼ばれる人物です。彼女は、もともと異星言語学の研究者だったらしいです。らしい、というのは、この時期の三好は公的には一本も論文を発表しておらず、それでなぜ博士研究員になれたのか理解に苦しむのですが、とにかくはっきりとした記録は残されていないんです。異星言語学とは、いわゆる宇宙人の言語を研究する言語学領域でして、よく知られている話としては、地球外生命体の言語も数学や物理学といった全宇宙に共通の定理が基礎になっているだろうとの考えから、かつて遠宇宙探査機に黄金律などの数学定理を刻印した金属板を乗せていたとかのエピソードがありますよね。とはいえ地球外生命体は現在も発見されていませんから、異星言語学は空想上の学問領域ということになるんですが、しかし彼女はこれを主たる研究テーマに据えていたようです。そんな彼女が突然、漁船に乗って魚群探知を始めるようになった。いまでこそ魚群探知師の存在はそれなりに認知されていますが、おそらく当時からすると、なんで言語学者が海に? という感じで、ひどく場違いな存在だったろうことは想像に難くありません。
 こうして結成された不思議な二人組、三好と寺神戸が洋上で行ったのは、魚群、特にアジの魚群をずうっと追いかけながら、自走式捕獲機の試験を行いつつ、群れを構成する各個体の運動を精密に記録することでした。この時点では、群れの構成尾数、空間規模、群れの中の魚の密度、遊泳速度分布などをパラメーターとしていたようです。これは数ヶ月間にわたって行われ、蓄積されたデータは膨大なものになります。
 ところで、魚群というのは周りの状況に合わせて種々の陣形を取りますが、寺神戸は捕獲機を上手に駆使することで、さまざまな陣形を自在に引き出すことができたと言われています。たとえば、捕食者を装って捕獲機を接近させることで、魚群をグッと凝集させて球形群を形成させたり。この球形群はベイト・ボールとも呼ばれていまして、これは魚群を一匹の巨大な生物のように見せて捕食者を撃退する陣形です。捕獲機の接近のさせ方によって、真球に近いもの、楕円に近いもの、はたまたトーラス型のものなど、いろいろな陣形を誘発することができたそうです。こういう風に、ある作用を与えたときの魚群の反応があって、またそれを受けて新たな作用を与えて、といった応酬は、あくまでアナロジーとしてですが、魚群との対話として捉えることができそうではありませんか?
 ソナーを駆使する言語学者、すなわち魚群探知師の起こりは、ここにあります。じっさい、この魚群との対話こそが、三好の研究の趣旨でした。彼女が魚群観測によって明らかにしようとした群れ一般の性質とは、すなわち、

 1)任意の期間・任意の領域における群れの運動が一つの意味をなす。
 2)複数の意味の連続が群れの意識をなす。
 3)群れの意識との対話を成立させる一定の規則(文法)が存在する。

というものでして、これは今日における群れ言語の定義と重なる部分が多いです。この三好による言語学的見地からの魚群研究はきわめて画期的であり、言語学会からそれなりの注目を集——


 ——いいかげん聞いていられないから俺はもう語り始める。
 アイツはいつもこうだ。設定やら能書きばかりをツラツラと、退屈ったらない。物語り方ってのをわかってないんだ。
 あー、君たちにはいま俺が先の語り手の語りをジャックしたように見受けられているかもしれないが、その認識はここで起こっていることの実像を正確に捉えているとは言いがたい。
 ここでは、物語はいつも同時多発的に語られている。このことを、つねに頭の片隅に留めておくべきだ。
 よし、それじゃあ、俺の物語だ。俺は、鳥について語ることにする。
 俺の地元にはむかしから、鳥の群れを使役するおじさんたちがいた。
 ムクドリ? というんだったか。そう、あのスズメよりは大きいがハトよりは小さい、灰色とか茶色っぽい、地味な見た目の鳥だ。とくに珍しくもない鳥で、いつもギャーギャー、ギュルギュル鳴いてる煩わしいやつだ。
 山だろうが都市部だろうがどこにでも棲んでいて、かなり大きな群れをつくる。一つの群れが数百羽とか、多いときは数万羽とかになる。ときおり湖とかの水場に群れがなだれ込んできて、空を覆う黒い雲のようにうなりを上げる。群飛ってやつだ。それはもううるさいったらないさ。当然、都市部では害鳥扱いだ。
 そして、そんなムクドリの群れを使役する、おじさんたちだ。
 おじさんたちは総じて小さかった。みんな一五〇センチメートルもなかったんじゃないか? 俺が当時判別出来ていたのは三、四人くらいだけど、知り合いによると、その時期だけで一〇人くらいのおじさんたちが確認されていたらしい。
 どのおじさんも野球帽を被っていて、すごく無口で、いつもニコニコしていた。
 おじさんたちが湖畔に立って空を眺めているときは、いつも手元でラジコンのコントローラーみたいなのを操作していた。最初はそれがなんなのか不思議に思っていたんだけど、今は知っている。それは遠隔操作可能な人造ムクドリたちを操作するコントローラーだ。群飛のただ中に突入させた人造ムクドリたちを上手い具合に操作することで、おじさんたちはムクドリの大群を使役するんだよ。
 俺が中学生くらいだったころ、大人たちに連れられて湖にバーベキューをしにいったことがあった。家から自転車で行けるくらいの距離さ。すごく綺麗な湖で、たしかその湖には、入り口と出口がなかった。つまり、川が接続していない湖だった。湖底が地下水源とつながっているんだとか聞いたことがある。それで、透明度が抜群によかった。そこら一帯は自然公園に指定されていて、湖の周囲にはコテージやキャンプ地が点在していた。
 大人たちが備長炭に火を付けるのに手間取っているとき、俺は少し歩いた先の湖のほとりに一人の小さなおじさんが立っているのを見つけた。おじさんは赤い野球帽をかぶってて、それはたぶん大リーグのチーム帽だったと思う。手元でコントローラーを操作しながら空を凝視しているおじさんに、俺は興味を惹かれた。
 近づくと、おじさんは俺に笑いかけた。しばらく無言で、二人並んで空を眺めていた。秋口の午前、白い薄雲が日差しを和らげていた。湖はほとんど無音だったが、足元から数メートル先の波打ち際は、風で生じたのか、つねに小さな波が寄せてきて静かに揺れていた。川がつながっていなくても波はおこるんだと不思議に思ったことを覚えてる。
 ふと、湖の端の方から、黒い影が水面を滑るように移動するのが目に入った。その影は、濃くなったり薄くなったり、膨らんだり縮んだり、周期的に蠢きながら湖の上を旋回していた。鳥の群れだと気づくのには少し時間がかかった。そうと気づいて群れの方に耳をすますと、鳥たちのザワザワとした、バサバサとした音が、かすかに聞こえてくるような気がした。
 たった七羽さ、とおじさんは掠れた声で言った。あの鳥は、自分の周りを飛ぶ七羽の仲間と同調する。その隣の鳥も、七羽。そのまた隣も、七羽だ。そうやって群れのすべての鳥が七羽の同調を始めることで、あの千羽の群飛が、おこる。おじさんが何のつもりで話し始めたのか、俺は掴みかねていた。それでも、おじさんが語る鳥の群れのメカニズムや、群れを操る術に関する話に、俺は強く興味を引かれていた。
 群飛下の鳥たちが従うルールは単純だ、とおじさんは言った。周りの仲間が動くと自分も同じように動く、これだけだ。あとは群れの規模と飛行速度、群れを構成する個々の飛行能力によって群れの運動は決定される。一羽のムクドリにとって、周囲の仲間の方向転換に合わせて自分も向きを変えることは難しくはない。すべての鳥たちが同じように周囲と同調することで、その変化は数十メートル離れた個体にまで伝達する。
 おじさんたちは、鳥を象った小型ドローンを群れに数機から十数機投入することで、ムクドリの群飛を操作しているという。群れの中に投入する機体を、おじさんたちは《ラビット》と呼んでいた。《ラビット》を動かすことで、その周りのムクドリたちがそれに同調して動き、その動作が群れ全体に伝達される。説明しながらおじさんがドローンを操作すると、水面すれすれに旋回していたムクドリの群れが黒く濃い影に変じた。鳥たちが一斉に翼をこちら側に向けたことで黒く見えるのだと教えてくれた。群れの飛影は一定のリズムで濃、淡、濃、淡のパターンを繰り返してみせた。
 こうして鳥たちの群飛を自由自在に操って、じゃあおじさんたちが何をしていたのかというと——バトルだ。
 そう、群飛バトルだよ。
 ルールはこうだ。対戦するおじさんたちは、互いに湖の対岸に立って向かい合い、群れを操り始める。おのおのの群れを使って自由に技を繰り出し、時には妨害し合ったりしつつ、制限時間内の芸術点を競う。
 群れを使って繰り出す技には公式認定トリックがあって、難易度に応じてスーパーレベル、ハイパーレベル、マスターレベルと区分けされているらしい。
 その日、おじさんはいくつかのトリックを見せてくれた。「フラッシュ・エクスパンション」は、一つの群れを二つに分岐させた状態を二秒間以上維持したのちに再び一つの群れに合流させるスーパーレベルのトリックだ。「ウェーブ」は飛影が濃く見える部分を群れの中心から周辺へさざ波のように伝搬させるハイパーレベルのトリックだ。他にも「バキュオール—液胞—」「コルドン—非常線—」などの高難度トリックを、おじさんは次々と繰り出した。群れが空中で織りなす多種多様なパターンに、俺はすっかり魅了されてしまった。
 バーベキューを終えて、大人たちが酒を飲みながら談笑している間、俺はずっとおじさんの群飛を眺めていた。知らないおじさんに近づく俺を大人たちが見とがめないことに違和感を覚えたが、いま思えば、おそらく大人たちはみな、おじさんのことを知っていたんだと思う。彼らはまるでおじさんのことが見えていないかのように振る舞っていた。
 その日から、俺はよく自転車であの湖に出かけては、おじさんの練習風景を眺めていた。おじさんはときどき俺にコントローラーを貸してくれたが、俺の操作は下手くそすぎて、群れはすぐに霧散してしまうのだった。
 一番印象に残っているのは、「タイダルウェーブ—大いなる波—」というマスターレベルのトリックだった。これはおじさんが出せる最高難度の技で、千羽以上による群飛が必要とされている。ムクドリたちが作り出す大きな灰色の雲の中に、大河の流れのような暗色の帯が広がっていく、大スケールのトリックだ。
 デカい群れを動かすコツは、臨界点を押さえることさ、とおじさんは言った。数千羽から一万羽のスケールの群飛でトリックを成立させるには、群れの相転移をコントロールすることが不可欠だという。周囲の七羽と同調するだけの通常の群飛では、大規模な群れの動きを一斉に統制することは出来ない。たとえば群れの外周を飛ぶ個体が身を翻すことで発する「曲がれ」の信号が群中を伝達する速度はおよそ一五〇キロメートル毎時であると言われているが、大群を制御するにはこれでも遅すぎる。
 そこで、複数の《ラビット》を計算されたタイミングで正確に制動し、信号が伝わる前に信号を発することで、伝達速度を飛躍的に高める。常温常圧の空気環境下では、信号の伝達速度が音速を越える付近に群れの臨界点が生じるという。情報学的ソニックブームさ、とおじさんは言ったが、俺には今でも何のことだかさっぱりだ。それでも、相転移がおこる臨界点を肌で感じとり、トリックを繰り出すギリギリのタイミングを狙い澄まして臨界点を越境するおじさんの技巧は、少年だった俺の目にはすこぶるカッコよく映ったもんだ。
 そして同時に、おじさんが纏うある種の寂びた雰囲気、物静かさ、渋さ、味わい深さといった性質もまた俺を引きつけた。はじめて「タイダルウェーブ」を見せてもらった日、夕暮れ時になってそろそろ帰ろうとしたとき、おじさんがポツリとこぼしたのを今でも覚えてる。
「こいつらはもともと、益鳥とされてたんだ。農作物に害を及ぼす虫を、食ってくれるからな。農林鳥とまで呼ばれ、讃えられたもんさ。それが今やどうだ、人間は鳥たちの生息環境を破壊して、困った鳥たちが都市部に流入してきた途端、鳴き声がうるさいだの、糞が汚いだの言いはじめ、あげくは狩猟鳥にされちまった。今じゃ害鳥扱いだよ。勝手なもんさね」
 このときのおじさんの背中の寂しさを、俺はいまだに忘れられずにいる。
 いまにして思えば、俺が感じたあの寂しさというのは、まさに予感だった。語りに差し込まれる唐突な哀愁。これはやはりどうしたって停滞の合図であり、終わりの始まりだ。だから俺の語りも、ここで急速に終わりへ向かい駆動し始める。
 最後の場面は、いつもの湖。群飛バトルの地域大会の日だ。
 公認トリックなんてもんがあるくらいだから、俺はてっきりそれなりの競技人口がいて、それなりに大きな大会になるのかと思って行ってみたら、出場選手はたった四人だった。そのうちの一人は、俺に群れのことを教えてくれたあのおじさんだ。あとの三人も総じて、小さくてニコニコしたおじさんたちだった。
 俺以外に観客はほとんどいなくて、観客席が用意されているわけでもなく、大会職員とおぼしき人たちも含めてその辺に突っ立ったまんま試合を観戦するようだった。
 午前中の第一試合だった。テラカド選手、と名前が呼ばれて、俺がよく知るおじさんがスッと立ち上がった。このとき初めておじさんの名前を知った。ただ、もしかすると俺が勝手にこのおじさんがあのおじさんだと思い込んでいただけで、実は全然違うおじさんだった、なんてこともあり得ると思う。確信はないんだ。大会に出ていたおじさんたちは、みんな似たような外見をしていたからな。
 おじさんの一回戦が始まった。対戦相手のおじさんは湖の対岸に立っていたらしいが、俺が観戦していた場所からそれらしい姿は視認できなかった。
 群飛行動を取る二つのムクドリの群れが、湖上をつかず離れずの距離で蠢いていた。ときおり相手の群れに向けて一斉に背を向け、巨大な黒煙のような姿を見せつけて威嚇し合っていた。隙を突いてフラッシュ・エクスパンションやウェーブのような比較的簡単なトリックを出して得点を稼ぐ。そしてバトルが膠着状態に入ったとき、俺はおじさんの勝負気配を察知した。臨界点を探っているな、と解った。大技が来る、と俺は身構えた。
 だが、その予感はたやすく裏切られる。なんの予兆も伏線も踏まえない理不尽な暴力によって。
 おじさんが《ラビット》コントローラーを持つ手に力を込めた次の瞬間だった。周囲の森からおびただしい数の鳥の群れが、まるで排水口に殺到する汚水もかくやとばかりに湖上へ押し寄せてきた。
 陽光が遮られ、あたりは暗くなる。突然のことに、俺も、数少ない他の観戦者たちも、試合の実況者も、その場にいたすべての人々が絶句していた。大量の鳥たちがみるみるうちに競技中だったおじさんたちの群飛を飲み込み、蚕食していく。
 おじさんが珍しく声を荒げているのが聞こえた。「ミヨシ! お前なのか!」と、そう言っていたように思う。「ああ、臨界点が……こんな形で相転移を起こすつもりなのか? お前の思い通りにはさせんぞ!」
 湖上には灰色の竜巻のような恐るべき群飛が発生していた。数千羽ではとてもきかない、数万羽にものぼるだろう規模の、巨大な一群だった。人々が車へ避難するため我先にと駐車場へ走り出している。
 大音声で鳴り響く無数の鳥たちの鳴き声、その嵐のなかで、必死に自分のムクドリの群れを制御しようとするおじさんの姿があった。すると湖上の群れの流れが徐々に秩序だってゆき、ある一つのパターンを形成しようとする意図が顕れようとしていた。俺は、おじさんが一世一代の大技を繰り出そうとしているのだと思った。でも、そうじゃないことはすぐにわかった。おじさんに目を向けると、すでにコントローラーを投げ出して膝をつき、その神々しいまでの大群飛を呆然と眺めていたからだ。
 巨大な群れが、うねるような波と、ひときわ大きな弧状のパターンを顕わにする。その大波は、その神奈川沖浪裏を思わせるような波濤は、明らかにおじさんの視点から鑑賞されることを意図した画面として、そこに形成されていた。
 そんなことがありうると思うか? 有象無象の鳥たちの群飛によって、巨大な二次元平面状の芸術が形成されるだなんて。
 しかしそれは確かに、空中に描かれた版画か水墨画のようにしてそこに結実したんだ。
 永遠にも思える一瞬だった。俺は呼吸を忘れてその画面に見入った。人々はみんな駐車場の方に避難していたから、そのモノクロームの絵画を目の当たりにしたのは俺とおじさんの二人だけだったと思う。
 おじさんの表情は、俺には怖くて見ることができなかった。
 そして終わりがくる。俺がハッと息をするのと同時に、おびただしい数のムクドリたちが、まるで糸が切れたかのようにして一斉に湖面へと墜落していった。おじさんの《ラビット》もろともだった。
 こうして湖に静寂が戻った。おじさんの「ぼくの鳥たちが……」という声が漏れ出で、ムクドリたちの後を追って沈殿していく。その後、おじさんが立ち上がることはなかった。
 この日、群飛に参加したほとんどのムクドリたちが溺れ死んだことを、俺は翌日の朝刊で知った。群飛バトルがムクドリの群れの異常行動を助長するとして、動物愛護の観点から自治体で問題になり、この年以降、群飛バトルの大会は開催されていない。
 ムクドリを使役していた小さなおじさんたちが今どこで何をしているのか、誰も知らない。あの最後の大会の日から、群れのことを教えてくれたあのおじさんの姿を見ることはなかった。
 俺の物語はここで途切れる——


 ——おい! 善之丞さんがまた勝手に語っていますね! 私がまだ語っているんだぞこの死んだ蟹め! 私は自分の語りに他人の語りを被せられるのが一番嫌いなんだよ!
 ……ああ、すみません、取り乱しました……元はといえば、私の語りが退屈なのがいけないのかもしれません。気をつけなくてはいけませんね。
 気を取り直して、続きからいきましょう。言語学者三好が群れ言語の定義を打ち立てたところからです。
 ええと、三好が群言語の基礎理論を構築してから、新たな魚群探知師たちがちらほらと現れ始めたことを話しておきましょう。新たな参入者たちの内訳は脳科学や情報工学に精通した人々が主でした。なぜ脳科学者が? とお思いかもしれませんので補足しますと、魚群というのは一種の自律分散系として捉えることが出来る、というのが一つの答えになると思います。自律分散系とはすなわち、系全体を統合する管理機構をもたず、系を構成する各要素が分散して自律的に行動しながら全体としての秩序を形成する系を指します。それぞれの魚は近くの個体とだけ関わっているんですが、それでいてすべての個体の動きが群れ全体に影響を与えますし、また全体の動きがそれぞれの個体に影響を与えてもいるわけです。
 これって何かに似ていると思いませんか?
 そう、動物の脳です。
 仕組みが似通っているわけですから、脳科学者たちは自分たちの分析手法が魚群の解析に活用できると踏んで、この魚群探知活動に参入してきたのでしょう。情報工学屋についても同じ理由です。彼らが扱うシステムも、その多くが自律分散系と捉えることができますからね。
 とは言い条、なおも魚群探知師たちの中で中心的役割を負っていたのは言語学者たちでした。彼らは、魚群の動きから解釈される意味をヒトの自然言語に変換する試みを始めたのですが、これが一定の成果を上げます。
 ひとつ例を挙げるならば、一〇年前の秋ごろ、佐賀関沿岸を回遊していたイワシ魚群の動きからこのような意味を読み取ったとの記録が残されています。
 ——ワア!——押スナ!——俺タチハ食ワレナイゾ——密集シロ——ドコニ向カッテルンダ?——怖イ!——ソイツラヲ壁ニシロ——フザケルナ!——アア! コッチニ来ルゾ!——逃ゲルナ!
 これは捕食者であるアジを模した自走式捕獲機をさまざまな角度から魚群にアプローチさせた際の群れの運動から意味を解釈し、日本語に翻訳したものです。注意しなければいけないのは、これらの意味が、魚群内の複数の限定的な領域から同時多発的に読み取られうるという点です。たとえば魚群の中の一部の空間である領域Aから一つの意味が読み取られるとき、同時に別の領域Bから、また別の意味が読み取られうる。さらにこの領域Bは、先ほどの領域Aと空間を共有していても良いとされているのですが、この点も注目に値します。ある意味を発する領域が、また別の意味を発する領域の一部となりえるのです。多声的な囁きが、四方八方から沸き起こる。海の中が急に騒がしくなってきましたね。
 ここでみなさんの中に疑問が浮かんでいるかもしれません——こんなのは人が群れの運動に好き勝手な意味を付与しているだけではないか。また、対象が魚群である必要はないのではないか。そんなことを言い出したら、それこそ突風で舞い上がる落ち葉の集まりだって、そのうち話し出すということにはなるまいか?——これはもっともな疑問だと思います。
 この疑問に際して考えたいのは、人の脳の働きであります。外部からなんらかの刺激を受けると、脳内の神経細胞群になんらかの電気信号がおこり、人になんらかの感覚が生じるわけなんですが、受ける刺激と生じる感覚との組み合わせははたして恣意的であると言えるでしょうか。さすがにそうは言えない気がしますよね。たとえば、人という種が自然界に生き長らえる上で有利な刺激——典型的には、質の高い睡眠・飲食・性交——は、たいてい快楽という好ましい感覚と結びつくように出来ているわけですから。この自然淘汰の仕組みは当然魚群の運動にも適用されるわけでして、ここにおいて脳細胞群が発する電気信号というのは、魚群内個体の泳ぎによって発生する水流や隣り合う個体の魚影に対するアナロジーとなりうるでしょう。魚群が何らかの運動パターンを示すからには、必ず群れの生存に利する理由があるということです。だから群れの運動とその意味の組み合わせは、理想的には自然淘汰によって一意に決まるべきものであって、それを日本語と結びつけることもおかしなことではな——


 ——僕は緋色の一三。ええと、僕からは馬たちの物語を。
 手短に済ませたいと思います。早く語り終えて、きれいな身で群れとしての活動に没入したいので。延々と魚の話を聞かされていつまで経っても自分の物語を排出できない状態を僕は嫌悪します。
「寺神戸琴文にとってその馬との出会いはまさに天啓であった」という一文からこの物語は始まります。
 はい。これはむかし僕が書いた伝記、あるいは小説です。伝記だろうと小説だろうと、ここではさしたる違いはありません。今日はそれを要約して物語りたいと思います。
 ええ。ええ、そうですね。伝記、あるいは小説のような作品を要約するというのは、なんだか居心地が悪いというか、逆に要約できない部分にこそ作品の神髄がある気がするというか、そういう思いが僕にもありますよ。あります。しかしだからこそ、この物語は手短に済みます。済んでしまいます。なにせ要約してしまうのですから。僕にとってはこの点こそが重要なのです。
 主人公の寺神戸琴文は、群競馬の予想師として若くして巨万の富を築いた男でして、やがて馬主事業を主とする寺神戸ホールディングスを立ち上げ、その代表を務めはじめます。彼はあるとき中央アジア・カスピ海へ旅行へ出かけるのですが、そこで見たことのない野生の馬と出会います。それが冒頭の天啓。
 車でカスピ海東岸の長い砂漠地帯を抜け、さらにアゼルバイジャンへ向かう途上、寺神戸はイラン北部のヒールカーニー樹林と呼ばれる密林地帯で足を止めます。自然豊かなこの地でトレッキングを楽しむためでした。そしてこの日、条件に恵まれれば雲海が展望できると言われる山間を歩いているときでした。寺神戸が足を踏ん張っているぬかるんだ山道、そこから一〇メートルくらいの距離でしょうか、林の中から一頭の馬が歩み出てきます。馬は不思議と寺神戸を恐れていないようであり、立像のように寺神戸を見据えています。長く細い顎、華奢な骨格と筒のように長い胴をもち、体高はゆうに一六〇センチメートルはあろうかという、威厳に満ちた姿でした。そして何よりもその被毛です。金属光沢と表現しても差し支えないほど光り輝く佐目毛でした。厚ぼったい瞼をもつ切れ長の目、その青く澄んだ瞳に、寺神戸は射竦められたように動けなくなりました。
 馬に関する知識は通り一遍身につけている寺神戸でしたが、この場所に野生の大型馬が、それもこれほどまでに美しい種が生息しているという話は聞いたことがありませんでした。トルクメニスタン原産のアハルテケという種にとてもよく似た外見をしていることに思い当たりましたが、しかしアハルテケは世界的に見ても希少種であり、ほぼ例外なく純血種です。特にこの地域では、すべての個体が厳正に血統管理されており、野生で繁殖しているはずがありませんでした。
 二者の対峙がしばし続くうち、寺神戸はこの馬の重要性に気づきました。紀元前四世紀ごろにフィリッポス二世が作らせたマケドニア銀貨に見られる馬の姿によく似ていることに思い当たったのです。
 その馬がかつて絶滅した古代トルコマン種の最後の生き残りであることを寺神戸は確信しました。そしてその直観は正しかった。
 その日から日本とイラン北部を往復する日々が始まりました。およそ五年の歳月をかけて、カスピ海の南岸地域に五〇頭ほどの古代トルコマン種が生息していること、さらにその馬たちは古代から連綿と受け継がれた強固な遺伝子基盤を保持していることを突き止めました。純粋種の古代トルコマン種が発見されたことは大きなニュースとなり、寺神戸は一躍時の人となります。
 寺神戸ホールディングスが絶滅危惧種の馬たちの繁殖事業に投資することに、世間は驚きとともに好意的な反応を示しました。実際、ほとんど収益性が見込めないためビジネスとして成立し難く、公共性の高い事業だったのです。本業である群競馬の馬主事業が好調を維持していたことが大きかったのでしょう。
 もちろん寺神戸は慈善事業としてそんなことを始めたのではありません。大いなる野望があったのです。
 それは古代血統の復活です。
 あの日密林で天啓を得てからというもの、彼の頭の中にはとある一頭の馬が走り続けていました。現代競馬を支配するサラブレッド種の始祖の一頭、バイアリーターク。古代トルコマン種であったと推定される著名な馬ですが、今日のサラブレッドの血統においてかの馬の血脈はすでに途絶えて久しかった。彼の頭中を周回するバイアリータークはその古の血統の復活を望んでいる、寺神戸はそう確信していました。そして彼は天啓の日に出会った最初の一頭を牧場に迎え入れると、その馬に《テラカドターク》の名を与えました。
 それから一〇年の月日がたち、寺神戸は初老にさしかかりました。天啓の主たるテラカドタークは一七歳を迎え、こちらも人間で言えば老境にさしかかろうかという年齢になります。寺神戸が所有する牧場で暮らすようになって以降、テラカドタークはその類い希なる運動能力と持久力を見込まれ、種牡馬としての生活を続けていました。テラカドタークたち第一世代種牡馬の子供たちから、続々と孫たちが生まれていました。第一世代種牡馬の子供たちが現代サラブレッドに種を宿せるとわかってからは、品種改良は飛躍的に進みつつありました。
 こうして古代トルコマンの純粋種、そしてその血を引く馬たちの個体数は一〇〇〇頭を数える規模になります。繁殖事業はこれ以上ないほどの成功を収めました。
 しかし、良いことばかりではありませんでした。一〇〇〇頭の内の半分近くを日本へ輸入し、いよいよレース向けの血統を練り上げようという矢先のことです。寺神戸の視力が失われます。
 もともと寺神戸の家系には眼疾患が多く発症し、彼の父もまた手術を重ねた末に視力を失っていました。ただ、そういう血統だったのです。この遺伝性の疾患により、寺神戸は盲目同然となってしまいます。
 その痛手は相当なものでした。寺神戸ホールディングスの主たる事業は群競馬の馬主事業、馬を見る目が失われては立ちゆきません。もとより寺神戸自身の神通力と思われるほどに研ぎ澄まされた馬を見る目によって成立していた事業でしたから、彼の没盲後、買ってきた馬はたちどころに走らなくなってしまいます。
 痛手でありました。痛手ではありましたが、それでも野望は潰えませんでした。この没盲を受けて、寺神戸は早々に馬主業から身を引きます。保有していた北海道南部の牧場に移り住み、古代トルコマン種の繁殖事業に専念するのです。それまでに蓄えた財力がありましたから、事業を続けることに障害はありませんでした。寺神戸はイランから移住させたテラカドタークと彼らの子孫たる五〇〇頭とともに、古代トルコマン種の品種改良の研究に没頭します。テラカドタークはかの天啓の日と変わらず、その切れ長の双眸で牧場にしがみつく寺神戸の姿を見つめていました。
 やがて寺神戸は自身の《目》を雇います。馬の取り扱いに精通した《目》を。どうせ雇うなら若い女がよかった。文化的素養のある若い女です。ただし、かならずしも馬産業に精通している必要はありません。むしろ小賢しい慣習とは無縁であるほうが都合がよかった。《目》には純粋に視力をのみを提供してもらい、その先はすべて自分の仕事というわけです。自らの知識と審美眼を過信し評価を交えてくる《目》ほど厄介なものはありませんから。
 面接を通過したのは、ケイという名の女です。
 ケイの馬を描写する能力は卓越していました。繁殖した古代トルコマン種の馬たち一頭一頭の外見、運動能力、精神性に至るまでを精確にレポートし、寺神戸の品種改良事業をサポートします。
 ケイはまた、調教師としての才能も顕わにします。彼女は馬の体調、馬の望みを見極め、馬にストレスをかけずに調教を積むことが出来ました。さらに彼女は、放牧地で馬たちが形成する群れの中の一頭にまたがって、その一頭を《ラビット》として一つの群れを制御し、群れ単位で走力訓練を行う調教技法を編み出すのですが、これにより調教効率が格段に向上しました。こうして、元来トルコマン種に備わっていた細身だけれど筋肉質で柔軟な肉体、そしてそこから繰り出される軽快な歩様を存分に活かして、ケイが鍛えた馬たちは馬術競技や障害飛越競技で頭角を現しはじめます。
 しかし、近代競馬で通用するほどの瞬発力を身につけるには、まだ数世代の品種改良が必要と思われました。寺神戸は焦ります。生きているうちに、レースで勝てる強いトルコマン種の血族を練り上げなければなりませんでした。また、馬たちを自分の目で見られないこともその焦燥感に拍車をかけたはずです。いくら言葉や数字を尽くして説明されても、やはり馬は動物であって、単なる情報ではありません。馬たちと目を合わせ、馬たちにまたがり、馬たちの体温と心臓の鼓動を感じなければ、実感は伴わない。長年の盲のなかにあって、彼は自分が切り開いた血脈の未来に確信が持てなくなっていたのです。
 こうして寺神戸はいよいよケイを重用するようになります。ほとんどすべての馬の管理を彼女に任せ、選りすぐった個体の血を残そうと努めました。血脈に混ぜるための優秀な牝馬の選定も、いまや彼女の仕事でした。
 しかし、テラカドタークだけは彼女には触れさせませんでした。寺神戸はほとんど盲目でありながら、自らテラカドタークを世話しました。馬房の掃除、馬体の手入れ、体調の確認と餌の管理。たった一頭の世話をするために、いまや一日の大半の時間を費やしていました。それだけ、テラカドタークは彼にとって特別な馬だったのです。
 かつてフィリッポス二世がフェルガナ、現在のウズベキスタンから大量のトルコマンを輸入した日。その子であるアレクサンドロス大王に率いられたトルコマンたちが東方を蹂躙した日々。ペルシアから連れてきたトルコマンをヨーロッパ在来種と交配させ、強靱な早馬の血統を確立するまでの研鑽の日々。かの血脈は栄光のローマ帝国騎馬隊に受け継がれ、やがてヨーロッパ中へと広がっていく……寺神戸は、テラカドタークの厚ぼったい瞼の奥に覗くその青く澄んだ瞳の中に、古代から連綿と綴られてきた馬と人間たちの偉大な日々を幻視していたのです。その青い瞳は、盲いた彼の暗闇を照らす唯一の光だった。
 しかし彼の夢は幻に終わります。古代血統のあたらしい繁栄をその暗闇の中から見届けるという夢は、かつて砂漠を歩んだトルコマンたちが見た蜃気楼にも似ていた。
 ある秋の早朝でした。テラカドタークの体調を確認するため寺神戸が馬房へ出ると、遠くから地鳴りのような音が聞こえてくるのでした。次第に音量を上げるその音は、やがて地面を揺らすほどになります。
 馬たちが走っている、ぼくの馬たちが——と寺神戸はその音から直観します。
 このとき、周辺の複数の牧場に繋養されていた三千頭あまりの馬たちが一斉に群れを成し、何かに取り憑かれたように放牧地を周回、進撃していたのです。のちに群禍と呼ばれる、群れ言語による群れの劇的な創発現象の最初期の例として、当時のニュースで聞いた覚えのある方もおいででしょう。古代の戦もかくやとばかりの怒濤の進撃です。そして群れの中には、古代トルコマンの血を引く五〇〇頭あまりの馬たちも含まれていました。
 寺神戸は慌てて電話を取りだし、音声入力で彼の《目》を、ケイを呼びますが、彼女の応答はありません。普段であれば、馬に跨がっているでもない限りすぐに応答があるのですが。
 寺神戸の馬房にいたのはテラカドターク一頭だけでした。他の馬たちはみなウォーミングアップのため外に出ている時間帯でありおそらくあの群れの中に加わっているのでしょう。
 馬房の周りから牧場スタッフたちの慌ただしい声が怒号交じりに聞こえてきます。いったい何が起こっているのか、その場にいる誰も把握できていませんでした。ケイの居場所を聞いても、今日は誰も彼女の姿を見ていないといいます。
 馬たちの群れは周辺の牧場の土地を行ったり来たりしては、群れの数を増やしているようでした。放牧地も、厩舎施設も、民家も道路も関係なく、速歩の馬、駈歩の馬、襲歩の馬たちが複雑に混じり合い、大規模で奇妙な隊列のパターンを組んで南北海道のランドスケープを蹂躙していきます。
 馬たちがどこへ向かっているのか、誰にも解りません。馬たちが、手ずから切り開いた血脈が一度に失われるかもしれない恐怖に、寺神戸は慄きました。
 そして彼の恐れが何かを呼び覚ましたか、そのとき、彼の肩に温かいものが触れます。馬の鼻面でした。そしてチリンと軽い金属音。馬銜の金具がふれあう音でした。目の前に天啓の馬が、なぜか馬具を装着済みのテラカドタークが、立っていたのでした。
 盲いた身でありながら鐙に足をかけ、歳不相応に軽快な跳躍でテラカドタークに跨がりますと、一人と一頭は牧場スタッフの制止を振り切って駆け出しました。テラカドタークの背中は老いてなお引き締まった筋肉に覆われています。馬銜の手応えを確認してからはすっかり手綱を緩め、好きなように走らせることにしました。もとより盲目の身、自分から進路を指示することは出来ません。寺神戸はその背の激しくも心地よい反動に身を委ね、呟きます。こうしてお前に跨がる日が来るとは思わなかったよ、と。
 駈歩で放牧地を駆けます。どうやら地響きの鳴る方へ向かっているらしいことが肌で感じられました。雲一つない秋晴れの高い空の下、大いなる群れの中心へと走る一人と一頭。未曾有の群禍のなか、なにか恐ろしいことが起こっていることは分かるが、それがなんなのか見当もつかない状況にあって、寺神戸の心はしかし軽やかでした。もちろん、この先で馬群に入ればいつ他の馬と衝突するかもしれない、もし落馬すればおそらく命はないだろうことは容易に想像できました。それでも、テラカドターク——自身が見いだした最良の友との歩みが楽しくないはずがなかったのです。
 やがて、駈歩の馬たちの三拍の足音が一人と一頭の傍らを併走し始めます。ときおり襲歩の馬たちの四拍の足音、風を切る音が彼らを追い抜いていきます。
 寺神戸の耳は研ぎ澄まされ、いまや周囲の馬たちの尻尾やたてがみが靡く音まで聞こえるようでした。自分の周りを巡る他の馬たちの歩みが手に取るようにわかります。恐るべき規模の馬群のなかに身を置いていることがひしひしと感じられます。そしてその渦中にあって彼の耳は、唯一馬とは異なる息づかいを捉えていました。
 ケイ、と寺神戸は声を上げます。そこにいるのか、ケイ!
 そうです、大いなる群れの中心で、ケイは今日も《ラビット》に跨がっていました。
 彼女の呼吸からは恐れが見えない、と寺神戸は気づきました。ほのかに恍惚としたような、長く震えるような吐息。
「わたしはいつもこう」ケイの呟きを寺神戸の耳は逃しませんでした「最後には、こうせずにはいられないの……」
 そしてケイの《ラビット》がおもむろに歩様のリズムを転換します。繰り出されたパサージュのステップを引き金に、周囲の馬たちが、群れが、並行する二本の竜巻のように大地を舐め上げてゆきます。《ラビット》とテラカドタークがそれぞれの竜巻の目の中心で高らかに嘶くのを聞きながら、寺神戸は創発した群れが大地に描き出すパターンの美しさに酔いしれずにはいられませんでした。
 そして万華鏡めいて次々と形態を変える群れのなか、同時多発的に発生する群れの言葉が鋭敏極まる耳と老いた肌を通してとめどなく流れ込んできます。
 ——密集セヨ——波打テ——非常線ヲ張レ——流出セヨ——沫ノヨウニ——小波ノヨウニ——拡散セヨ——収束セヨ——突キ抜ケロ——。
 そうかケイ、これが君をとらえて離さない景色か。
 盲いた男はその光景を全身で感得します。己を群れと同化させた二人と二頭の走りは、寺神戸が住み慣れた暗闇を静かに照らしているのでした。
 そしてまた青い光が。テラカドターク、お前の青い瞳。仮にぼくの馬たちがみな野に帰ろうとも、ただ傍らにこの馬が、ぼくの天啓の一頭さえいてくれるのなら、ぼくは。
 群から個へと浮上したその一瞬、テラカドタークの嘶きと不意の跳躍があります。そして盲目の男の肉体をもてあそぶ加速度と衝撃。
 ここで僕の語りは途絶します。寺神戸の意識とともに——


 ——彼女は不完全なイメージだった。どんな言葉も、あるイメージの成立と、その顕現を告げられるが、《彼女》が屹立させるイメージは、いびつで、鮫肌で、硫黄香が漂い、澱が沈み、どこか欠落していた。
 これまで幾度となくそうしたように、ぼくは彼女に接近してみようと試みた。壁一面にディスプレイが敷き詰められた室内で、彼女の痕跡をたどる。ディスプレイが映し出す光景にはいずれも見覚えがある。楡の木をいただく小高い牧草地、林に囲まれた湖畔のコテージ、秋の清流にかかる小さなかずら橋。そこに彼女の後ろ姿とまでは言わずとも、彼女が残した足跡、彼女が覚え書きをしたためた紙片、彼女が物干し竿に干した洗濯物、彼女の首筋を通った風の一筋でも捉えようとするが虚しい。目は、光輝にふるえるピクセルのほかに何も見つけない。無臭で乾燥した空気が喉を刺激し、巨大な熱気のただなかで息詰まるようだ。これが悪夢なら、彼女に到達した時点でぼくは覚醒するだろう。寝室に差し込む陽光は、いつも彼女の差し金だった……。
 あれ? これ、もしかしてぼくの語りが混入しているのか? ああ、よくないな。よくない。ぼくは消えていなければならない——


 ——あああ! また勝手に始めやがって! それもよりによってウマの話を! 私の語りをなんだと思っているんだ! ——ワタシノ!——語リヲ!——ナンダト!——思ッテ!——イルンダ!
 ……………………。
 ああ、また取り乱してしまいました。しかも、今の言葉は……創発する一歩手前でしたね。はい、ついはずみで……気をつけなければ。
 ええ、気を取り直して語りを続けましょう。佐賀関沿岸を回遊するイワシの魚群から群れ言語の意味を読み取るという話です。
 この頃になると、魚群探知師たちはイワシやアジを模した遠隔操作可能な小型遊泳機を海中へ数百機投入し、標的となる魚群の一部を遠隔操作する実験をはじめます。《ラビット》と呼ばれるこの小型遊泳機群によって標的魚群内のある領域に特定の意味を強制的に生起させ、そこから広く伝達され生じる意味の連鎖を群れ言語として解釈する試みです。この《ラビット》実験から得られた知見が、のちに群れ言語の精髄といって差し支えない基本原則として結実します。すなわち、

 4)群れは単語をもち、単語はすべての群れに共通する。
 5)群れは自律した記憶領域を持ち、これにより群れの自己同一性が担保される。

の二原則です。これらを先に述べた三好提唱の三原則と併せて、今日では群れ言語の五原則として知られています。
 話が込み入ってきましたから、これらについては要点をかいつまんで語ることにしましょう。
 まず、群れが単語を持つことについて。これは《ラビット》の登場により群れの観測データ量が飛躍的に増えたことに端を発しています。豊富なデータから、魚群の運動と意味の結びつきを原始的な機械学習の原理に基づき類推することで、実際に観測せずとも、任意の魚群の動きを群れ言語に変換することが可能になりました。これにより、群れの観測に適したイワシやアジに限らず、安定した観測が難しい遠洋を回遊する魚の群れや、ソナーでの観測が難しい稚魚魚群に対してさえ、群れ言語が生成できるようになりました。そして単語が、観測されます。初めは計算資源節約の一環として、離散フーリエ変換を群れの運動に直接適用したことがはじまりでした。魚群の動きはそれを構成する魚の種類によって当然大きく変わってくるのですが、数学的意味での特定の変換を施すことによって、あらゆる魚種の群れに共通する運動と意味の結びつきが観測されます。それは群れ言語における単語にあたるものの発見に他なりませんでした。そして恐るべきことに、この単語は魚群に限らず陸生生物も含めたあらゆる動物の群れに適用できることが明らかとなります。初めこそ魚群を理解するためのアナロジーとして「言語」を持ち出したはずが、いつしか魚群は単語を持ち、文法を備え、効果的に意味を形成するツールとして、まさに言語そのものとして振る舞い始めたということです。……いや、この言い方には語弊がありますね。正しくは「人が群れを本当の言語のように捉えはじめた」と言うべきでしょうか。まあ今となっては、両者の言い方に大した違いはないのですが。
 それから二原則の二つ目、群れが持つ記憶に関して。これについては今日に至ってもその発現機構は明らかになっていません。しかしながら、少なくとも魚群においては、ある群れがそれまでに形成してきた意味の履歴を保持していると考えなければ説明できない現象が数多く観測されています。たとえば、魚群にはおのおのの個性とも言うべき動き方の癖があるということ。言語のアナロジーで言えば、方言とでも思えばよいでしょうか。素朴に考えれば、そのときに群れを構成している個体それぞれの性質によって総合的に顕れる癖だろうと推察されるのですが、地道な観測活動の結果、当初の魚群を構成する個体すべてが別の個体に入れ替わっても、当初の魚群が保持していた癖が保持されるという現象が確認されたんです。たとえるなら、私たち生物を構成する細胞がすべて入れ替わっても私たちは私たちであるということと同じようなものでしょう。魚群がこうした自己同一性を維持するメカニズムは未解明ですが、一説には、魚群には人の脳における海馬のような記憶を保持する特定の領域があるとの仮説や、一般情報学における複雑性保持定理に基づく性質であるとの仮説が発表されていることを補足しておきます。
 ……以上が、私が今日語らねばならなかった魚群探知師たちの起こり、そして群れ言語の基本的性質のお話でした。みなさんがここまで聞いていてくださったことに、私はたいへんな喜びを覚えます。ありがとうございました。
 最後に、最初の二人組のうちの片割れ、群れ言語の提唱者である言語学者三好のその後について触れておくことにしましょう。
 群れ言語の性質を発表したのち、三好は群れ研究の最前線から姿を消します。二人組の片割れである寺神戸と袂を分かち、彼女は一人、群れの創発現象の研究にのめり込んでいきました。
 群れの創発は、群れ研究初期の魚群探知時代から、現象としては知られていました。たとえば捕食者に詰め寄られたイワシの群れが迅速に球形群を形成することも、広義の創発と呼んで差し支えないかと思います。
 創発前後においては大域的な群れの挙動が一変しますが、その間においても群れを構成する個体それぞれの挙動、微視的な相互作用は変化しません。ではなぜ群れは、瞬時に形態を大きく変化させうるのか。まるで群れという自律分散系全体に及ぶ長距離の相互作用が発生しているかのように見えるのか。
 三好はその答えを、相転移モデルに求めました。
 群れを構成する個々の魚たちはもともと、乱雑になりたいという意思、群れと同化しようとする意思、これら相反する意思を同時に持っているのです。それが捕食者の接近といった群れへの外的作用によって両者の意思の力がせめぎ合い、ついには臨界点を超えていずれか一方の意思が支配的な状態へと完全に遷移することによって、創発が生じる。
 では、群れに対する外的作用の与え方を工夫することで、群れの意思をある程度自由に制御することが出来るのでは? 三好はこの考えに囚われてしまいます。
 こうして自身の理論に基づいて、三好はさまざまな動物の群れを使った実験を執拗に繰り返していきました。その先に何が待っていたかは、みなさんご承知の通りです。あの日のことは、あの痛ましい事故のことは、ここでは語られません。
 あの日から、言語学者三好景の消息を知る者はいません——


 ——最初の電子蝗害があった夜、わたしたちは暗闇の中でまぐわっていました。
 ええ、そうです。暗闇で、です。
 それで、ふと手元の端末に触れると、その画面上には「臨界点突破」という通知が敷き詰められていました。黒い背景に、赤いフォント。まるで草場の大きな石をひっくり返してワラジムシたちの密談を見たような気分でした。
 はじまったのだなと、わたしたちは思いました。いえ、正確には、わたしたちがその通知を見たときに、それは【傍点:はじめてはじまっていた】のです。
 わたしたちは暗闇の中を這いだし、部屋に照明を灯しました。壁一面に敷き詰められたディスプレイも、同時に灯りました。
 それらが映し出す光景には、いずれも見覚えがありました。楡の木をいただく小高い牧草地、林に囲まれた湖畔のコテージ、秋の清流にかかる小さなかずら橋……。
 いずれの景観にも、あるものが欠けていました。
 そもそも群禍とは、すなわち世界中の群れの創発による同時多発的な異常行動です。では、その創発をもたらすものとはいったい何でしょうか。……ええ、そうです、群れの言語です。それではさらに、その群れの言語の源泉は? 根拠はどこにあるのでしょうか?
 それは、観測者ですよ。
 魚群探知機、群飛観測ドローン、馬群追跡カメラ、それら群れの運動を精密に観測する存在があって、はじめて群れの意識は存在するのです。
 だから、わたしたちは観測し続けます。わたしたちの目が、わたしたちの耳が、あらゆる景観に潜むすべての群れを洗いざらい見つけ出します。
 たとえそれが生物ではなくても、秋の街路を覆う枯れ葉の山だったとしても、それを群れと捉えるわたしがいる限り、そこに創発は起こりうる。
 たとえそれが現実世界の群れではなくても、電子上の存在だったとしても、それを群れと捉えるわたしがいる限り、そこに創発は起こりうる。
 電子蝗害の夜は、こうしておこりました。
 そして世界は本当の美しさに満たされる。
 ああ、そろそろこの群れにも……。
 ええ……はい。わたしには臨界点が解るのです。なぜなら、作者だから。
 おわかりでしょうか。いまこの群れの言葉を綴っているのは、わたしなんですよ。
 え、名前ですか? いまさらですね。
 本当にいまさら。
 でも、いいでしょう。
 わたしの名前は三好景です。
 そしてわたしは、この群れに放たれた《ラビット》——


 ——いまここに三好景が現れませんでしたか?
 いない?
 クソッ! 確かにここに、この場所から彼女の声が聞こえたはずだったのに。
 急がなければ。彼女は《ラビット》なんだ! 臨界点がすぐそこまで来ている。このままでは早晩ぼくらの群れも——


 ——ああ。本当は、はじめからわかっていたんだ。なにもかもが遅かった。臨界点? 笑わせる。そんなものとっくに超えていたんだよ。ぼくは今回も彼女にたどり着けなかった——こうしているとあの日の光景が思い出されるようです。あの日、魚群探知師たちのみならず、門外漢である私たちにさえ、魚群がある一つの声を、大きな声を形成しようとしていることに気づいていたのです——次からは漆ヶ原、やつに魚以外の話をさせてくれ。俺にはもう付き合いきれない——ええと、もはやダーシを使う暇も必要もないでしょう。違いますか? もし違うという向きがあればすみやかに僕までご連絡ください。一分以内です——沿岸に生息するすべてのイワシたちが集まったんじゃないかと思われるほどの、かつてないほど巨大な魚群でした。それが遠浅の海底から水面までみっちりと隙間なくベイト・ボールを形成しようとしていたんですよ! アア、あのブヨブヨとした手触り、ヌラヌラとした質感が巨大な集合体となって海上に浮上し私たちの目の前に顕現するその神々しい姿といったら……わかりますか? 私の言わんとしていることが——彼は魚、僕は馬、平氏は鳥、三好さんは虫。おや? 残るもう一人の物語をまだ聞いていませんね。ところで、一分経ちましたよ秋の渓谷、清流にかかるちっぽけで心細いかずら橋をぼくは渡ろうとしているあれは私たちにとっての御神体でした。蠢く腐れのようにひしめき合い水面から隆起したイワシの台地を呆然と眺める人々。私はこの人々の中に三好景がいるはずだとぼくは直感しているがどうしても彼女を見つけ出すことが出来ない次は湖面へ墜落したムクドリたちが築いた水中王国の話でも語ろうか。その話に魚どもは出てこないぼくの物語? そんなものはないんだ。ぼくはただここにあるすべての語りの外側にいて、ねえ、でもそれは美しいの? ……だから、すべての過去、すべての未来にわたってぼくの前から消え去って欲しかったんだ、景。でもそれは叶わぬ願望で僕たちはもうこの群れの中で生きていくしかないのです。渓谷の風を受けるかずら橋の揺れが心地よく感じられるが、実際はぼくがその橋に足をかける前に景の腕は振り下ろされていたのだった。切断された橋と墜落する幽霊たちの果てのない行進。だからぼくはその橋の揺れをはじめから知らなかったし、今後知ることもないのだ。
 こうして最後の橋は落とされた。森の奥へと消える彼女を、ぼくは今もここで眺めつづけている。




訳者あとがき

 本書『電子蝗害の夜』は三好景による最初の、そして今のところ唯一の小説作品の全訳である。本書の初版は二〇四二年に米国Board Corporationが運営するゲーム配信プラットフォームCurrentにて発表された。作者が三十二歳のときであった。当時三好は大学教員として在職しながら、仕事を終えた夜や週末を利用して執筆を行っていたと言われている。
 小説作品がゲーム配信プラットフォームで発表されることは当時からして珍しかったが、その理由は明白である。本作が群れ言語で書かれていたからだ。本作はコンピュータ上のVRアプリケーションで動作し、眼前に青白く光る数千から数万個の粒子群の三次元運動によって記述されていた。当初は光の球が動くだけの意味不明なゲームとしてユーザーから一顧だにされなかったが、フルダイブ式VRアプリケーションが普及する中で群れ言語のインタープリターが開発され、ようやく日の目を見た。今日において本書は、群れ言語で記述された史上初めての文学作品として広く認知されている。
 群れ言語で書かれた文学作品の最大の特徴として、読者を作中に取り込んでしまう点が挙げられる。このことを本当の意味で理解するには、群れ言語で記述された文章を読むという行為がまずもって通常の読書体験から一線を画するということを体験せねばならないだろう。多くの人は、粒子群が運動する様子を収めた動画を視聴するような読書体験を想像されるかもしれないが、このイメージは完全に間違っている。実際の感覚は、眼前に浮かぶ粒子群の中の一粒子として自らを没入させる感覚、とでも言えばよいだろうか。読者は自身と粒子群との近接相互作用によって生じる力と、その結果もたらされる粒子群全体の運動を全身で感覚し、その過程で群れ言語の意味の連なりが脳に直接流れ込んでくるのである。つまり、自身を《ラビット》と化することによってはじめて群れ言語作品を読むことが可能になるわけであり、言い換えれば、群れ言語作品を駆動するのは他ならぬ読者自身なのである。
 この特徴を踏まえると、読者のみならず翻訳者、さらには作者自身までもが作品に取り込まれてしまうことになるのだが、このことは群れ言語による小説作品を難解なものにしている一因となっている。本書にもおそらく(「おそらく」という理由は後段で言及する)、作者である三好景、そして翻訳者である寺神戸琴文が登場人物として描かれてしまうだろうことが予想されるが、これは裏を返せば、読み手に応じて作品の細部が明らかに異なってしまうことを意味する。どこまでが作者の意図で、どこからが読者から生じた意図なのか、原理的に区別することが出来ないのだ。このことは作品の執筆難度を高めるとともに、作品の評価をも難しくしている。一方で、読者からのインタラクションを含む小説作品というのは形式としての新規性があり、あたらしい文学として注目を集めたのもまた事実であった。
 しかしながら、本作が注目を集めた直後に群れ言語による小説作品が内包する重大な問題が指摘されたことは、今日広く知られているところである。フルダイブ中に本作を読んだ読者の多くが、その後の日常生活においてトライポフォビア(集合体恐怖症)と見られる症状を発症していることが判明したのだ。当初は群れ言語のインタープリターの不具合と考えられていたが、調査の結果、群れ言語によって書かれた小説作品の受容が、人間の認知機能に不可逆的な影響を及ぼすことが示された。さらにその後、本作の読者の一人とされる男性が高級レストランで会食中に無花果の断面を視認した途端、自らを三好フィリッポス四三世と称しはじめ、厨房に闖入して冷蔵庫の魚介類を生のまま貪り食いながら蟹や海老を窓から投げ捨てるという事件が起きたことが決定打となった。現在では群れ言語による文学作品の公開は世界的に規制され、既存の作品についても特別な許可なしでは閲覧が禁止される事態となっている。
 なお、本書の作者である三好景は先の無花果事件の直後に謎の失踪をとげており、現在においてもその消息はつかめていない。
 このような事情もあるため、あとがきと言いつつ、訳者は実質的な翻訳作業に入る前にこの文章を書いている。翻訳作業を始めてからでは遅いかもしれないからだ。つまり、ひとたび翻訳を始めれば、訳者は『電子蝗害の夜』の中に取り込まれてしまうだろうから。

 最後に、本書の刊行に関わった人たちに謝辞を記す。
 この訳書は湖上書房編集部の平善之丞氏の後押しがなければ生まれなかっただろう。氏が本作の文学的意義を重んじ、本作の閲覧許可を各所に粘り強く交渉してくれなければ、ぼくがこうして翻訳に着手できることはなかった。
 群れ言語の原理や仕組みのイロハを教えてくださった漆ヶ原正臣氏にも感謝を。自然科学の素養のないぼくに一から講義するのは心底骨が折れたことと思う。
 ゲーム配信プラットフォームCurrentにおける『電子蝗害の夜』コミュニティの初代リーダーとして活動していた緋色13氏(ハンドルネーム)からは、群れ言語文学の黎明期における読者コミュニティの雰囲気、本作の受容のされ方を仔細に教えていただいた。

 そして、青春時代をともに過ごした友人である三好景に、感謝を込めて本書の翻訳を捧げたい。もし君がこの世界のどこかの書店でこの訳書を手に取ったなら、そのときはどうか思い出して欲しい。君がどこまでも強く、どこまでも優しい人であるということを。

二〇四六年 札幌にて
寺神戸琴文

電子蝗害の夜

執筆の狙い

作者 三好景
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三好景という人物によって書かれた架空の小説『電子蝗害の夜』の日本語訳というていの文章です。
『電子蝗害の夜』の原作は自然言語によって書かれたものではなく、自然言語に翻訳する際に翻訳者の読書(?)体験が入り交じった翻訳文にならざるを得ないという設定ですが、こうした細かいSF設定よりかは、鳥パートや馬パートの語りの面白さそのものに重点を置きたかった感じです。魚パートは説明くさくて退屈だろうなと我ながら反省しています。

コメント

凡人
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 空き時間に一度さらっと読ませて頂きました。   
 しかし、それだけでは到底感想を書けるほど内容を理解するには至っていません。 

 上っ面だけのコメントで申し訳有りませんが、文章はうまいですね。集団意思に付いて自然言語で VR上に書かれた小説の和訳と言う体裁ですかね。
「訳者のあとがき」の部分だけでもこのサイトに掲載するには十分かと言う気もするのですが、それではラノベ並のリアリティーしか与えられないと言うことなんですかね。訳者の謝辞などはリアリティーが有り過ぎるくらい真実っぽいと思います。

 魚、鳥、馬などに付いての集団意思の研究に関するエピソード。率直に言うとそれぞれが長いのと、語り調子に差が感じられない為、失礼ながら、読んでいて若干飽きて来まず。語りだけで描写がない分、オーバーなくらいにキャラを書き分けないと、誰が何を言っているのか区別が難しくなります。しかし、最初に申し上げた通り文章は上手いし、内容も研究者のプレゼンのようで、ラノベっぽい嘘臭さは感じず、作者の幅広い知識に感服した次第です。 

 小魚や鳥、もちろん蝗などの大群が一つの意思を持った生き物のように行動することは知られていますし、その原理の解明も進んでいるようですが、“ラビット”と言う偽装リーダーを使ってコントロールしようという発想は面白いと思います。

 最近は、植物や昆虫、更には菌や単細胞生物までもが、集団として如何にも意思が有るかのような動きをすることが知られて来ました。それらの研究が究極まで進めば、やがては“神”と呼ばれるものの正体も明らかになるかも知れませんね。 

 さらっと読んだだけでは、私には深い内容は理解出来ませんが、又、暇を見付けてじっくり読んでみようと思います。
 それよりも、この不意に現れた三好景なる方はどんな方なのか? そちらの方に若干興味が有ります。

偏差値45
KD111239160163.au-net.ne.jp

おおむね「群れ」について書かれている。
言わば、エセ科学的なものを感じますね。
で、読み終わって、ああ時間の無駄だった。そんな感想ですね。
もちろん、時間を返せなんてヤボなことは言いません。
面白いか? 言えば、まったくつまらない話ばかり……。
正直に言えば、忍耐でしかないのですが、それは自己責任ということですね。
複数の一人称のナレーター的な語りは、厄介で減点でしかない気がしますね。
やめた方がいいですね。
で、魚、鳥、馬の行動は個人的には「そういうもの」で解釈してしまうので
言わば、本能みたいなものだと考えますね。もちろん、個体差はあるのでしょうけど。
だから、それでなに? 最終的に何を主張したいのか分からなかったですね。
もしかしたら、何らかのパロディー? でしょうか。うーん。

三好景
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凡人さん

>集団意思に付いて自然言語で VR上に書かれた小説の和訳と言う体裁ですかね。
→ 群れ言語(?)でVR上に書かれた小説の和訳という設定になります。

>語り調子に差が感じられない
→ 語尾や口調を変えても、文章の硬さ(仮名と漢字の比率とか)が変わっていないので語りが似通っているのかもしれないと思いました。

>それらの研究が究極まで進めば
→現象を理解するフレームワークの設定だけかなと思います。科学で理解しても、古代神話で理解してもよく、そこは自由なのですが、この自由度で遊ぶのがSFの設定ということになろうかと思います。

>三好景
ファムファタールです。

コメントありがとうございました!

三好景
softbank126077082245.bbtec.net

偏差値45さん

>言わば、エセ科学的なものを感じますね。
→ エセ科学=疑似科学でよければ、科学的手法を踏まえていない科学っぽい言説を指していると考えます。
科学的手法を単純に、
 反証可能(※)な仮説→検証→他の専門家による評価
(※ 当方は現代の科学哲学に明るくないので近代の科学の考え方を念頭に置いています)
といった手続きの積み重ねであるとすると、本作の魚パートで説明される群れ言語に関する言説については、仮説→観測による検証の組み合わせで語られているように思えるので、ことさら疑似科学を強調している書き方にはなっていない気がしています。
一方、三好が公的に論文を発表していないという設定が疑似科学っぽいフレーバーを与えているのは確かだと思います。

>複数の一人称のナレーター的な語りは、厄介で減点でしかない気がしますね。
→ 複数の語り手による語りが本作において効果的だったかという点には私も疑問を抱いていますが、原作である『電子蝗害の夜』が短編集であるという前提で書いていることが、このような形式になった理由です。
長編作品の翻訳という前提で書いても良かったかもしれませんが、そうなるとわざわざその翻訳作品という体で本作を書く意味がないというか、その長編作品をそのまま書けば良くないですか?となる気がしています。

>で、魚、鳥、馬の行動は個人的には「そういうもの」で解釈してしまうので
→ 作者目線における各パートの目的は、動物の行動ではなく、男がファムファタられることを反復すること、だったのだと思います。
いずれの短編に対しても訳者がそのように読んでしまうというか。

コメントありがとうございました!

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