作家でごはん!鍛練場
のべたん。

ワタシダケノセカイ

1.
 日比野真琴は、この世界が好きだ。
 だから彼女はいちばんはやくに教室に来ると、暗い水底で眠る蟹たちのように、正しく並ぶ机椅子との間をすり抜け、窓ガラスのロックを外し、朝露で冷たく濡れたアルミサッシの縦框に、そのほっそりとした指の先を引っかけ、がらがらと窓を開ける。すると、室内の重く淀んだ空気が吐き出され、代わりに、潮香の混じったひんやりするみどりの風が吹き込んで、水色のカーテンを揺らし、山の稜線から滲み出した、目の眩むほど赤い朝陽が射し込むと、細かい埃のひとつひとつがきらきらと輝きだし、蟹たちが目をさます。

 彼女の通う高校は、小高い丘のうえにあり、海に向かって扇状に拓かれた、ちいさな港町を一望することができる。
 朝の光が、家々の屋根に反射して、ぱちぱちと煌めきだし、港に繋がれた幾艘もの船の群れが、穏やかな波に揺れながら、長い影を海に落としている。その光景を、日比野は見つめていた。

「おはよ」栗色に染めた髪、短いスカート、化粧の濃い、いわゆるギャルが、気だるげな口調で教室に入ってくると、机の上へ学生鞄を投げ捨てるように置いて、席に腰かけた。
 ギャルを見て、日比野の表情がぱあっと明るくなる、ダッシュして、教壇に立ち、
「おはようございます! では早速、出席をとりますね。日比野真琴さん!」
 はーい! と笑顔で元気よく、自分で自分の名前を言って、右手をぱーにして高々とあげた。それからちらりと月島の顔を見たあとに、こほん、とひとつ咳払いしてから、
「月島煇夜さん!」
 すこし間の空いたあと、ギャルはだらしなく片手を上げ、「ふぁーい」と返事してから口を大きくあけ、欠伸した。
「えーと、一限目は現国です。月島さん、予習はやってきましたか?」
 月島はウェーブのかかった髪の毛の端を、指先にくるくると巻きつけながら、視線は窓のそと、東の空に流れる薄い雲に向けて、「ねぇ委員長」
 なんでしょうか。
「意味なくね、勉強」
「そんなぁ、勉強は大事ですよ」
「だってさぁ……」月島はぐるりと教室を見渡して、
「あたしと、委員長のふたりだけじゃん」
 ギャルの言う通り、教室には彼女と、牛乳瓶の底みたいにぶ厚いレンズの眼鏡をかけた、クラス委員長の二人、だけ。
 黒板の上の丸い壁時計は、ちょうど七時半を指していた。いつもなら、生徒たちのお喋りや笑い声、階段をかけ上る男子の上履き、読書好きの上原さんが文庫本のページをぱらりぱらりとめくる音、などなど、とにかく音が隙間なく満たされている、時間帯のはず、なのだが、いまは委員長とギャルのいる教室以外に人影を見いだすことは出来ない。グラウンドにも、保健室にも、図書室にも、誰もいない。職員室もがらんとしており、彼女たちの担任、小林先生の机のうえに置かれた陶器のコーヒーカップのなかでは、放置されて黒みの増した液体の表面に、天井の蛍光灯が写っていた。
 気配だけ残して、人が忽然といなくなってしまった。
 なので、二人のどちらか一方が音を出さなければ、不気味なほどの静寂に包まれてしまう。すると、それに耐えきれなくなったどちらか、主に日比野が無駄に元気な声を張り上げたりして、この静寂を切り裂く。元は地味で真面目なキャラだった日比野が急に大きな声をだしたり、授業の真似事をテンション高く行う姿は見ていて痛々しく、月島は日比野が少しずつ狂いはじめているのだろうと、考えていた。
 この時も、日比野は沈黙を破ろうと、ふかく息を吸い込んだ。そのとき、びゅう、と吹いた海風が、水色のカーテンをぶわり、と膨らませ、はくしゅ、と可愛らしいくしゃみの音がしたので、視線を向けると、月島が恥ずかしそうに鼻を啜っていた。
 あ、あ、ごめん。寒かったよね、窓閉めるね、言いながら日比野はパタパタと慌ただしく四箇所あるガラス窓をすべて閉めて教壇に戻ると、
「さ、授業をはじめましょう。月島さん、三十五ページを開いてください」
 月島は面倒くさそうに頬杖をつきながらも、引き出しから現国の教科書を取り出し、三十五ページを開く。それを見た日比野は満足げな表情のあと、す、と息を吸い、
「ある日の暮方の事である。一人の下人が、羅生門の下で雨やみを待っていた。広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗の剥げた、大きな円柱に、蟋蟀が一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路にある以上は、この男のほかにも、雨やみをする市女笠や揉烏帽子が、もう二三人はありそうなものである。それが、」ちら、と目線だけあげ月島の方を見ると、彼女はこっくりこっくりと舟を漕いでいた。
「月島さん!」

2.
「食べ物、失くなったらどうする?」
 午後の穏やかな日射しの降り注ぐ屋上で、日比野真琴のすべすべした白い膝を枕にしながら、月島は尋ねた。
 日比野は首を傾げ、すこし考えるような素振りをしたあとに、
「わたしを食べてもいいですよ」と言った。
「は、マジウケる」鼻で笑う月島に対し、委員長は何も言わずに微笑むと、やさしくギャルの髪を撫でた。そうして、そうだ、と思い出したように言うと、傍に置いていた学生カバンからSOYJOY(ブルーベリー味)をとり出して「食べますか」と聞いた。うん、と半身を起こした月島に、日比野はSOYJOYを約半分に割って差し出した。むっちりした食感のSOYJOYを、もちゃもちゃと食べながら、ふたりは、黙って薄青い十月の空を見上げていた。

 口内の乾きを覚えた委員長が『いろはす』を取り出して飲んでいると、視線を感じ、「飲みますか」と聞いてみたら、
 ちょうだい、と言われたので委員長は、すこし躊躇ったあと、飲みかけのいろはすを手渡した。
 月島は、つめたい氷砂糖のように潤んだ唇を、ペットボトルの飲み口につけてごくごくと、飲む。そんな彼女のしろい喉が、飲むのにあわせて動くのを、日比野は頬を仄かに赤らめて、見ていた。
 それからふたりは互いになにか、語り合うこともせず、一人はコンクリに生える黒い苔を意味も考えずにむしってみたり、片方は金網の向こうの海とかちいさな家とか動きのない車とかを見ていた。いつもなら、日比野の方が、沈黙に耐えられなくなって、急に大きな声を出してギャルを驚かせるのだが、この日は違った。
 ねぇ! と急に声をかけられたので、苔の裏側を覗いていた方がびっくりして、顔を上げると、海を見ていた方が振り返って、
「海、行こうよ」と言った。

「つ、月島さん! は、はやっ」
「喋ると舌噛むよ!」
 ふたりは長い下り坂を自転車にニケツして猛スピードでぎゅんぎゅんと下っていく。逆風がふたりを割って、左右に吹き抜けていく。バタバタとスカートが荒れた日の旗みたいに激しくはためき、ゴム臭いタイヤの回転数はますます上がっていく。学生たちから『つの字カーブ』と呼ばれている、ひしゃげたガードレール下に花束の置かれたその場所を、月島は手元のブレーキと地面に下ろした右足を巧みに操り、勢いそのままでコーナーを曲がる、と、遠心力で身体が離れそうになり、日比野は月島の腰にまわしている腕に、いっそう強く、力を込めた。密着させている身体同士が、さらに強く惹き付けあうと、ギャルは、自分の背骨につよく顔を押し付ける委員長の、黒縁眼鏡のフレームの固さを感じた。

 町に降りると都合よく見つけたバールのようなもので自販機を壊して溢れ出した缶やペットボトルのなかから、ギャルは午後の紅茶無糖を、委員長はカルピスウォーターを選んでチャリ籠にいれ、ニケツし、海に向かってペダルを漕ぎ出した。
 途中、コンビニに寄って生理用品や雑誌、菓子類などを、委員長のお尻の下に敷いていた学生カバンのなかに放り込んだりしながら、ギャルの漕ぐ自転車は、うす暗くてカビ臭い商店街のなかを、腐臭のする港の荷捌き場の前を、シンナーのにおいが強烈に臭う船揚場を、ふたりの乗る自転車は颯爽と走り抜けていく。

 やがて空が拓けていき、ひび割れたアスファルトの地面は急に途切れ、固い砂の地面に代わった。月島は自転車を降りて、酷使した脹脛を右手で揉みながら、彼女たちの眼前に広がる、黒い茂みのなかを伸びる一本の頼りない道を指差して、
「真っ直ぐ行けば、海」
「えー、知らなかったです」
「兄貴に教えてもらったんだー」
 彼女たちが藪道を進むと、胸くらいの高さの防波堤に突き当たり、それをうんしょ、と乗りこえると、ふたりの頬に風が触れ、髪が後ろになびいた。
 ススキの穂が強い風でいっせいに揺れたように、白波が、青黒く淀んだ海にいくつも、いくつも、見えた。
 ふたりは防波堤の上に並んで腰を降ろし、ぶらりと足を垂らした。風もあってすこし寒かったが、耐えられないほどでもなかった。ふと見た防波堤のしたの砂地には、ハマヒルガオが群生していた。期待して捜したが、花は咲いていなかった。
 日比野はカルピスウォーターを一口飲んだ。なんだかCMみたいだと思ったが、それを口にはしなかった。そしてちらりと横目を向けると、月島はぼんやり遠くの海を眺めていた、のではなく、どうやら白く霞んだその先を見ようと、じっと目を凝らしているようだった。
「なにか、考えごとですか」
 日比野の問いかけに、月島は、
 当てたらキスしてあげようか、と悪戯好きな子供のような顔をして、言った。
 日比野の顔が、じわっと赤く染まっていく。
「いや、そ、そんなっ! ……え、マジ。い、いいんですか! えっ、でも、ちょ、待ってくださいね、いま考えますから、でもどうせ当たらないですから、当たらないですから駄目元でいいますね、いやっ、月島さんとキ、キスがしたいとか、そんなんじゃないんです。あぁ、ごめんなさい、そういう意味じゃないんです。つまり、どうせ当たらないんだからっ! そう、どうせ当たらないんですから、だから言いますね、言いますね、これは絶対負けるゲームだと思って!」
 そして日比野は下を向き、なにかをごにょごにょと口ごもったが、風がつよくて聞こえないよ、と言われてしまったので、彼女は手をメガホンのかたちにし、月島の耳にもっていって、ちいさな声で、答えた。
 聞いた月島は、すこし驚いた顔をし、
「あたり」と言って、委員長の頬にキスをした。
「ほっぺでもいいでしょ」
「……ひゃい」
 顔を真っ赤にして、委員長は答えた。唇の触れたところが、火傷したところみたいにじんじんした。
「ねぇ、それより、なんで分かったの?」
「え、えっと、やっぱり、月島さんと、ずっと一緒にいたから、考えてることが分かった。じゃないですかね? ……たぶん」日比野は自信なさそうに、言った。
 ふーん、とあまり納得していない表情を見せたあと、ギャルは突然ぴょん、と浜辺に飛び降りた。ぼすん、と乾いた音がして、日比野が見下ろすと、月島の落ちたあとの砂は黒くなってい、日比野もそこをめがけて飛び降りた。お尻が汚れた。
 ふたりは穴だらけの流木や、異国の言語がプリントされたプラスチック容器、絡まってぐちゃぐちゃになった赤や緑の釣糸、錆びたルアーが散らばる浜辺を見て歩き、汚ないね、と口を揃え、ちいさく笑い合った。日比野は幸せだった。
 ざくざくと響くふたりの足音、打ち寄せる泡だった白い波、すこし強めの北風が、びゅうと、ふたりの間を抜けていった。
 遠くの空に視線を移す。と、翼を広げた一羽のしろい海鳥が、ゆるやかな弧を描きながら、砂浜に降りてくるのがみえた。月島はそれを指差して興奮気味に、
「ねぇ、あれ!」
「どうかしましたか?」
 日比野は額に左手をかざして目を細めた。
「あそこ、あの白いやつ」
「あ、鳥さんだ」
「うん、ふたりだけになってから、動物見るの、はじめてじゃん?」
 ギャルの問いかけに日比野は、そうですね、と頷いた。
「ちょっと希望かも」「希望」
「それより知ってる? あの白い鳥の名前」
「あれは、……うーん、カモメでしょうか」
「あれね、ウミネコて言うの」
「すごーい! なんで知っているんですか?」
「兄貴がね、鳥オタクなの」
「じ、じゃあ、あれは?」今度は日比野が草の生えた浜辺を、てててと小走りする、雀サイズで白黒基調の鳥を指差す。
「あれはセキレイだね」「すごい!」ぱちぱちとちいさな拍手をしながら、委員長はなんだかいまにも泣き出しそうな顔になって、「夢みたいです」と言った。
「なにが」
「月島さんと、こんなお話が出来るなんて」
「大袈裟だなぁ」
「でも、もし、もしですよ、このままずうっと、ふたりだけで暮らしていくとしたら、どうします?」
「えー、それは嫌だなぁ。帰りたいでしょ、普通にはやく」
 そうですよね、と言って日比野は、儚げに微笑んだ。
 月島は足元に転がっていた、いい感じの石ころに気がついて、しゃがんで拾い上げた。その石はつやつやした卵形で、手のひらにちょうど収まり、握り心地もよかったため、持って帰ろうと思い、スカートのポッケに入れたら重心のバランスが斜めにずれた。
「月島さん、私ね、どうしてこの世界にわたしと、月島さんのふたりだけしかいないんだろうって、考えてみたんだけど、もしかしたら、選ばれたんじゃないかって、神様みたいな存在に、わたしと、月島さん。だからなにか、なにか理由があるんじゃないかしら、今はまだ分からないけれど、いつかきっと、分かる日が来るって、わたしはそう思っているんです」
「ふぅーん、ま、勝手に信じてればいいんじゃない」興味無さそうに、ギャルは言った。

3.
 学校に帰ってきたふたりは、グラウンドの水飲み場で靴下を脱ぎ、足を洗っていた。ギャルは腰を降ろして、しなやかな脚を片方だけ伸ばし、足の指をひろげ、そのあいだに人差し指を突っ込み、指の腹で擦り付けるようにして、汚れをとっていた。
 なんだか見てはいけないものを見た気持ちになり、日比野は下を向いた。蛇口から流れ落ちる冷たい水が、足の甲にあたって飛散する。
 日比野は、しばらくなにも考えずに、それを見ていた。不意に意識がさっきのキスの瞬間に飛んで、はっ、として、わーっと叫びたくなったけれど、制服越しに腕を強く掴んでぎゅっとして、耐えた。

「お、犬だ」
 声を出した月島の視線の先に、痩せたしろい犬がいて、じっ、と二人を見ていた。「おいでー」と、アニマル好きのギャルはひらひら手を振って呼ぶ、が、ヒトに若干の警戒心でも抱いているのか、犬はダッシュすれば余裕で逃げられる距離を保ったまま、こちらの様子を伺っている。
 月島は、カバンから取り出した菓子パンの袋を開け、中身をちぎってぽーんと投げた。パンは放物線を描いて、犬とギャルとの中間くらいの位置に乾いた音をたてておちた。すると、白犬は腹が減っていたのか、と、と、と近寄って、濡れた鼻先ですんすん匂いを嗅いでから一口で食べた。ちぎって放り投げてやると、また食べた。
「危ないですよ」
「なにが」「……狂犬病とか」
「大丈夫っしょ」言いながらまたパンのちぎったのを、先程よりも近場に放った。それを何度か繰り返すうち、犬は彼女たちの方へじりじりと寄っていき、動物好きのギャルの匂いを感じとったのか、急にごろろんと地面に寝転び、毛の薄い桃色の腹を見せて、くねくねと尻尾をふりながら、媚びるように吠えた。
「おとこのこですね」恥部を見て日比野は断言した。彼女は犬に触れようとはせず、戯れるギャルと犬を物憂げな表情で眺めているだけだったが、しばらくして、ギャルの驚いたような声がしたので、彼女が近寄ると、月島は、 
「ねぇこれみてよ」と怒りのこもった声で、犬の首の毛を掻き分けた。赤い首輪が見えたが、それは犬のサイズからしてあまりに小さすぎるものだった。おそらく仔犬のときに巻かれたのだろう、首輪に沿って肉が盛り上がり、そこだけ紫色に変色していた。ギャルが首輪を外してやると、犬は高い声で鳴き、尻尾を千切れんばかりにぶんぶん振りながら、ギャルのまわりをぴょんぴょん跳ねまわった。
 白犬は、餌を与えてくれ、苦痛からも解き放ってくれたギャルによく懐き、離れようとしなかった。
「よし、飼おう」ギャルは言った。
 校庭の隅に植えられた一本のヤマモモの木に犬を繋げ、紙皿に水を入れて近くにおいた。エサは明日ギャルが持ってくるという。名残惜しそうに月島を見ている犬の頭を、彼女は撫でた。
「名前は明日、付けようね」

 自転車を押した月島と、校門の前まで並んで歩く。いつのまにか空は、真っ赤に染まっていた。長い影法師がふたつ、グラウンドに伸びている。
「月島さん。今日も家に帰るんですか」
「うん、帰るよ」
 ギャルは、あの日以来毎日、誰もいない家にひとりで帰っている。学校には毎日通っているが、もしかしたら、家族の誰かが家に帰ってきているんじゃないか、そんな思いが捨てきれずにいるから。
「そうですか」
「学校で暮らした方が楽なのも、分かるんだけどさ。まぁ、諦めついたら、そっち行くから」
「待っています」
「ありがと、じゃ、また明日」月島は手を振って、自転車に跨がり、ペダルに足をかけた。
「はい、また。あした……」
 日比野は胸のまえで、ちいさく手を振る。
 坂道を勢いよく下っていく自転車に乗った月島の後ろ姿は『つの字カーブ』を曲がって見えなくなった。
「……さて、と」日比野は視線を動かす。ヤマモモの木の根元に座っている犬は、延び放題の爪で耳のうらを搔いていた。既にヒトに対する警戒心を無くした犬に、日比野は他愛なく近寄ると、彼の目線にまで腰を下ろし、喉をやさしく掻いてあげながら、
「駄目ですよ、勝手に入って来ちゃあ」




4.
「起立」
 がたがたと机椅子の動く音と、生徒たちの黒い頭がいくつも動く。
 廊下側、一番奥にある日比野真琴の席、窓際の、前から最後にある月島の席、共に不在の机は、教室のいちばん後ろの位置にあった。
「礼」
 ありがとうございました、とハミング響いて一限目が終わり、若い数学教師が教室を出ていくとほぼ同時に、生徒たちのお喋りタイムがはじまった。ぱらりぱらりと上原さんが文庫本のページをめくり、男子生徒が階段を駆け上がって、保健体育の安田先生の怒鳴り声が響く。

「日比野さんと月島、どこいったんだろうね」「もう五日だっけ」「昨日家に警察来たよ」「え、マジ、どうだった」
「いや、別に。いなくなった日は学校でしか話してないし」
「もしかしてふたりしてカケオチ、とか」
「まっさかぁ!」
 女子グループのなかで、どっと笑いがまきおこる。そのとき、外を見ていたクラスの男子が、がらがらと窓ガラスを開けたので、冷たい風が教室に吹き込む。
「ねぇちょっと、マジ寒いんだけど」
「どうしたの」
「あれ」「なに?」「犬」
「は?」
「ホントだ、可愛い」
「小林先生出てきた」
「抱っこされてるー、かわいー」
「大人しいね、どっから入って来たんだろ」

 

ワタシダケノセカイ

執筆の狙い

作者 のべたん。
114-142-50-202.ppp.bbiq.jp

※月島煇夜(つきしまるな)と呼びます。

お世話になっております。
こつこつ書いていた小説が完成しました。
なにか気になった点など、ご意見いただければ、幸いです。
よろしくお願いいたします。

コメント

えんがわ
KD106154140110.au-net.ne.jp

うん……なんか浸ってしまいました。
好きですね。繊細な感じがして。

「セカイ系」とか一時期流行っていて、この作品もタイトルから意識していると思うのですけど。
んー、なんというか、青春期に抱く想像というか妄想というか、それが現実と近づこうとするファンタジー。
のような、なんか瑞々しい感性と、五感に訴える描写のミックスが、ほんと巧いです。上手いというよりも巧い!何言ってるか自分でもわからないけど。

反面、説明なしで描写だけで攻めたせいか、妙にくどいというか、分かりにくい部分もありました。
でも、全体からして気にならない程度ではあるんですが、それで、もったいなかったのが、冒頭もそれにあたるところです。
取っ掛かりがちょっと何言ってんだか不親切で……電波系? みたいな感じもして、損をしている気がします。
ここを抜ければ、一気に物語も進んで楽しくなるのに、冒頭でUターンさせてしまったら勿体ないなって。

自分は海が好きなので。海辺で二人が散歩している、それも綺麗すぎない現実的な海で、たわむれている。
このシーンがとても好きです。
ここ読んでて、夏の浜辺にこっちごとトリップしそうな、そういう臨場感のあるダイナミックな(ミニマムなんだけど、何といえばいいんだ)描写に、轢かれました。もとい惹かれました。

犬のシーンの、段階を踏みながら仲良くなるところとか、丁寧に描かれていると思います。

良いものを読ませていただき、ありがとです。

のべたん。
sp49-106-210-3.msf.spmode.ne.jp

えんがわ さん

感想ありがとうございます。

〉説明なしで描写だけで攻めたせいか、妙にくどいというか、分かりにくい部分もありました。

分かりにくい部分があった、とのご指摘、読み返してみて、確かに読み手に不親切だったかな、と思いました。
説明がくどいと作り物感が出てしまうし、説明があまりないと、なんやこれ、読むのやめよ、となってしまう、さじ加減が難しいです。精進します。

また、海のシーン、誉めていただき、ありがとうございます。

夜の雨
ai202110.d.west.v6connect.net

「ワタシダケノセカイ」読みました。

ああ、なるほど、この手がありましたか。
こちらの作品は「何が起こって二人だけの世界」もとい「ワタシダケノセカイ」の話になっているのかが、描かれていません。
しかし、不思議と説得力がある。
どうして、正体を隠した御作に説得力があるのかというと、「細部の描写がリアルで攻めてきている」のですよね。
つまり一つ一つのエピソードのなかの一つの描写を感じているだけでも、読み心地がよい。
嘘っぽくない。

何が起こっているのか、起こったのか、わからないが、登場人物の二人はたしかに、現在を生きている。
このあたりを読んでいるだけでも、楽しめるのが御作だと思います。

日比野真琴と月島煇夜のキャラクター―も、現実味と人間味を感じさせるしね。

それから御作の正体ですけれど。
ヒントは「犬」ですね。
この犬が二つの世界の架け橋をしている。

現実では二人のいない数学の授業が終わっており、周囲の生徒たちが噂をしている。
そして窓を開けると運動場には「犬」がいる。

これって、あのふたりが、いつ、帰ってきてもおかしくない世界だと思います。

または、二人の世界に、ほかの生徒や先生が戻っていてもおかしくないと思いますが。

ということで、結構説得力がありましたが、これって、しっかりとした

描写のなせる業だと思います。

作品を「感じさせる」という、狙いはよいのではないでしょうか。

それでは頑張ってください。


お疲れさまでした。

のべたん。
114-142-50-202.ppp.bbiq.jp

夜の雨さん

いつもお世話になっております。
感想ありがとうございます。


タイトルは、はじめ、『フタリダケノセカイ』にしようと思っていたのですが、この世界は誰にとって好ましいのか、と考えたときに、日比野、という存在が思い浮かんだので、『ワタシダケノセカイ』にしました。

どうしてこんな世界になってしまったのか、説明はしませんでした。
読んでくれた人が、各々想像してくれたら、それでいいのかな、と。
(それが上手くいったかどうかは、正直自信がないのですが。)

ありがとうございました。

macoリカ
178.150.159.133.rev.vmobile.jp

のべたん。さん こんにちは。

よかったです。
よくわかんないけど、わかんないままよかった。
とはいえ、ふだんは小説読んでて、意味とか解釈とかそんなに興味ないんだけど、この作品はああ、もうちょっと、知りたいって思った。そう思わせてくれる作品でした。
わかんなさ加減とわかりそう加減がうまくバランスが取れてる作品なんだろうな、きっと。

唯一これだけはもっと情報入れてくれよと思ったのは、犬の種類。
これだけ丁寧に書かれている作品なのだから、理由があって犬種が書いてないんだろうと思うけど、こちらはその理由を深読みするほど能動的な読者じゃないので、ふつうに、和犬か洋犬かも分からないのは、欲求不満。抱かれるのに、抱かれる映像が思い浮かべられないんだもの。視線を導いておきながらそりゃねーだろって。

逆に小林先生の見せ方とかはすごくうまいですよね。いないのに、いる。ラストとコーヒーがむっちゃ効いてる。というかそこしか言及されてないのに、その描写の向こうに小林先生が見える。視線が小林先生に誘導される。個人的には、小柄で地味なメガネの三十歳くらいの女性教師、活発な生徒から軽んじられがちだけどホントは温かい女性教師が思い浮かんでしまったのでした。

実在感という点では、ラストがある意味圧巻で、セリフだけのクラスメイトたちがセリフを言わせるためだけの存在になっていない。リアルな教室の風景。どうしてこんな書き方ができるの! いやもう4章によって「ワタシダケノセカイ」というハンコがちゃんと押される。なんていうかな、3章まででも日比野って、二人しかいないという状況設定のためでだけでなく、存在そのものがマンガっぽいというか記号っぽい気配がプンプンするんだけど、いよいよその存在があやうくなる……この作品の中で日比野だけが嘘の存在というか。

全体的なことをいえば、印象として丁寧で叙情的な作品なんだけど、中身は結構ごつごつしているというか、凪の海の向こうに荒れた海を感じさせられるというか、同じ人物であってもどんどん主語を変えてくるのは典型的だと思うんだけど、いちいちハッとさせられるんですよね。視点の置きどころの微調整を余儀なくさせられる。その違和感が心地いい。
いろいろなことについての情報量の多寡もすごく大胆というかほとんど歪で、たとえば羅生門をこんなに長く引用する理由は分からないけど、引用されたこの長さ、量そのものが心地いい。いろいろ提示される情報の深い意味はわからないけど、犬がオスであるとか、兄貴とか、情報そのものが気持ちいい、そんな感じ。それだけこちらがこの作品を知りたいって気にさせられてる証だと思う。

あと、人によって感覚ちがうだろうけど、高校生より中学生という設定の方がより作品にはまるというか、しまるかもしれないなと思った。いや、高校生だからダメとは全然思わなかったんだけど。あとからふとそう思ったので、いちおう伝えておきます。

のべたん。さんて、前、なにかユーチューブの動画に触発された作品書いてらした作者さんでしたっけ?
作品の方はごめんなさいよく覚えてないんだけど、紹介されてたユーチューブは印象に残りました。
その印象とこの作品はつながります。
海ってのが共通のベースの空気感なんだろうけど、孤独で、発光してて、小さく自由で、なんだろな、この感覚。好きだな。まさしく「ワタシダケノセカイ」という言葉がその感覚を言いえてるのかもしんない。

って、そもそも作者さんちがいだったら、おいなんじゃそらですけど。

凡人
sp49-97-13-155.msc.spmode.ne.jp

 読ませて頂きました。

 牛乳瓶の底みたいにぶ厚いレンズの眼鏡をかけたクラス委員長が日比野真琴なんですよね。そして、教室にいるのは月島煇夜と日比野真琴の二人だけ。

 コメントを付けている方々の反応を見ると、作者さんは相当な方らしいですし、確かに文章は巧みで、純文学のプロの作家の文章を思わせるところが有ります。

 しかし。正直言って分かりにくいんです。ろくに書けない駆け出しの私がこんなことを言うと、「読めて無いだけ」と片付けられるかも知れませんが、読み始めた時は日比野真琴は教師なのかと思い、その他に委員長が居るのかと思って、「えっ? なんで二人きり」? と分からなくなってしまい、戻って確認してやっと状況が掴めたと言う次第です。

 ひんしゅくを買うことを恐れずに申せば、装飾語が多過ぎるからだと思います。失礼ながら、表現力の巧みさに酔っているのではないかとさえ思ってしまいました。
 普通、説明文と描写文と分けると、私のような未熟者は、説明文が先行して描写文が不足してしまいがちです。しかし、描写文も装飾が多すぎると、装飾が多すぎて木が見えなくなってしまったクリスマスツリーのように、肝心の筋や関係が分かりにくくなってしまうと言う事ではないでしょうか? 生意気な事を言って申し訳有りません。

  次に「ギャル」と言う単語の連発が気になりました。
 失礼ながら、作風に現代的な雰囲気を盛り込もうとした狙いは失敗しているのではないかと思えてしまいます。
 巧みではあるが一昔前の純文学作家風の文体の中に、SOYJOY(ブルーベリー味)という固有名詞や、余りにも象徴的に使われ過ぎている「は、マジウケる」と言う台詞が浮き上がって見えてしまうのです。残念ながら、時代的センスを感じ取る事は出来ず、そこに無理矢理感を感じてしまいました。

 かなりご不快なコメントになってしまったであろうと言う自覚は有るのですが、正直な感想を書こうと思ったらこうなってしまいました。お許しください。

のべたん。
sp49-104-31-219.msf.spmode.ne.jp

macoリカ さん

感想ありがとうございます。

〉これだけ丁寧に書かれている作品なのだから、理由があって犬種が書いてないんだろう

犬の種類とか、大きさとか、記載していないのには、深い意味はなかったです。深読みさせてしまい、申し訳ありません。
おっしゃる通り、犬の種類等の情報は記載するべきですね、ありがとうございます。

あと、中学生にしたほうがよい、という指摘も、本当によく分かります。私も途中で、主人公が高校生にしては、幼い感じがしたので、中学生にしようか悩んだのですが、そうなると、羅生門朗読のくだりとか、カットしなければいけなくなるなぁ、と思い、そのままにしました。


※海の動画を見て、作品投稿したのは、私です。懐かしい!


ありがとうございました。

u
opt-211-132-65-253.client.pikara.ne.jp

久しぶりの感想ですwww
この作品は良いwww

なんでこういう状況? 具体的なことは語らずで読み手に委ねるwww
いいんじゃないかなwww 上手いと思うwww

2つの並行世界があって
それ自体は隔離しているのだけれど なぜか 多分 つながっている(犬)でwwwいいんじゃない

ただ その犬なんですが
彼の首にくいこんだ首輪のエピが気になったのよねwwwww
これが何を意味するのかがあたしにはワケワカメwww
この尺で終る物語ならばイランwwwかもね????
作者さんの意図を聞きたいかもねwww

他のかたの感想にあるように(ギャル)多発は不要かもwww

まあ いい作品でした

 

のべたん。
sp49-104-33-240.msf.spmode.ne.jp

凡人 さん


正直に書いていただき、ありがとうございます。ここは、互いに鍛練し合う場所だと思っているので、お世辞で持ち上げたりするほうが、作者にとっても悪影響だと思います。

指摘されていた、描写の件、装飾が多いと分かりにくくなる、のは当然そうなります。ので、ちょうどよい加減にしていかないといけないですね、

あと、ギャルの多用問題ですが、月島と
ギャルを使い分けているのは、ギャルという言葉が記号として頭に浮かびやすいから、でしたが、偏差値さんも言っていたように、使いすぎたかもしれません。

ありがとうございました。

のべたん。
114-142-50-202.ppp.bbiq.jp

u さん

お久しぶりです。
感想ありがとうございます。

犬の首にくいこんだ首輪のエピの意味、なのですが、意味は特にないですね、すみません。書きたかったから、書いた、という感じで。

私は特に意味とかを考えずに書いたのですが、(意味のあるシーンは後に繋がるように、意識して書きますけれど)そこになにか意味を見いだすのは、私ではなく、読み手だと思うので、それぞれの読み方で楽しんでくれたのなら、私はそれで充分です。


ありがとうございました。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内