作家でごはん!鍛練場
ドリーム

摩周湖に魅せられて

第一章
 私、東野陽子は一ヶ月前に失恋して人生のどん底に落とされました。人の失恋話はよく聞くけど所詮は他人事と思っていました。そして今いやと言うほど失恋の苦しみを味わっています。何もする気にもなりません。このままでは自分が駄目になると全てを忘れてしまいたいのです。
 失恋ってこんなに辛いものなのか、更に三ヶ月、未だに心に刻まれた寂しさが私を苦しめるのです。いったい私はどうすれば良いの? 仕事も手に付かず退職しても心は、もぬけの殻。一人っ子の私は家に居ても居場所がありません。いやでも両親とは顔を合わせます。救いは家でゴロゴロしている私を攻めません。それは有難いが心苦しい。
 人は失恋したら、どうやってその痛みから逃れられるでしょうか。
失恋したら貴方はその苦しみを忘れるために何をしますか。誰にも相談出来ず、ネットで調べて見ました。するといくつか案がありました。
①  じっと時が過ぎるのを待つ
②  友人に打ち明ける
③  元カレに戻って来てと、頼む
④  新しい恋人を作る
⑤  旅に出る
⑤ を除き、どれもありきたりな答えだった。特に③は死んでも嫌と思いました。
④そう簡単に心を入れ代えられたら苦労しない。でも気分転換するのが一番なら旅に出た方がいい。

私は旅に出ることを決意しました。季節は七月、北海道はㇻベンダーが咲き乱れる季節、自然と北海道を選びました。
哀愁が漂う摩周湖は失恋した私にピッタリだ。この代表曲に霧の摩周湖があります。もう四十年も昔にヒットした曲で私を含め若い人は知らないでしょう。私が生まれる前の歌ですから。でも私は母の影響で、母が時々口ずさむこの歌が好きでした。それが霧の摩周湖、一番好きなのはこの曲の第二節。いや好きと言うよりも今の自分の心境と同じだと思ったのです。

霧の摩周湖

♪ 霧にだかれて 静かに眠る
星も見えない 湖にひとり
ちぎれた愛の思い出さえも
映さぬ水に あふれる涙
霧にあなたの 名前を呼べば
こだませつない 摩周湖の夜

あなたが居れば楽しいはずの
旅路の空も 泣いている霧に
いつかあなたが 話してくれた
北のさいはて 摩周湖の夜♪

列車を乗り継いで摩周駅から路線バスに乗りました、流石にここではラベンダーは見られませんがダリアやヨツバヒヨドリの花が車窓から見えました。そして目的地の摩周湖。
しかし霧の摩周湖といわれるだけに湖は霧で霞んで見えるだけ。それでも悠然と時を忘れさせるように摩周湖は私の心を捉えました。
摩周湖を見ている内に何故か急に哀愁が漂って来たのです。歌詞にある『あなたが居れば楽しいはずの』その貴方が居ない寂しさは耐えられなくなりました。摩周湖の霧に心を奪われたのか、それとも魔性と呼べるその霧が私を呼ぶのか。つい私はフラフラと摩周湖の展望台にある柵を超えようと、前に一歩踏み出したのです。その時でした。誰かが私の腕を掴み抱き寄せたのです。それは驚いた事に家にいるはずの母でした。流石は母、私の全てをお見通しだったのです。失恋した事も会社を辞めた事も、しかし何故この北海道の摩周湖に立ち寄る事まで知っているとは驚きでした。娘の心まで読めるなんて母には予知能力があるのだろうか。
「おっお母さんどうして此処に……」
「バカな子ね、貴女は何を考えているの、数日前からおかしいのと思って後を追って来たのよ。失恋した気持ちは分からないでもない。でもそれくらいで死を選ぶなんて、人生はこれからよ。まだ若いしこれからも人との出会いが続いて行くのよ。しっかりしなさい」

止めようと思えば家を出た時に止められたはずなのに。何故この摩周湖まで来たのだろう。なぜ止めずに最果ての地まで来たのか。それは止めても無駄だろう、だから気のすむまで見守っていたのか。それだけに、この時の母の形相は凄かった。これは愛情の裏返し可愛い娘のへの愛の叱咤である。こっぴどく叱ったあと母はスッキリしたのか、その後は二人で摩周湖周辺を見て周り、あとは観光みたいになったが母も摩周湖が好きで一度来て見たかったのだろう。母は目的を果たして観光気分、だが私は複雑だった。
 私はフラフラと摩周湖の霧に飲み込まれるよう断崖絶壁から飛び降りようとした。その時の気分は魔法を掛けられたように、この湖は美しいが余りにも神秘的で人を引き付ける魔力を感じたのです。
「陽子、実は貴女が生まれる前にお父さんと摩周湖に来たのよ。霧の摩周湖の歌がヒットして憧れの場所なの。その時の摩周湖は晴れていて本当に綺麗だったわ。よく言われるけど晴れた摩周湖を見ると結婚出来ないとか婚期が遅れるとか言われるけど、あれは迷信ね。だって私達ちゃんと結婚出来たもの。今回、本当はお父さんと来たかったけど、仕事の都合がつかなくて」
「そうなの、お母さんには思い出の摩周湖ね」
「陽子もいつか新しい彼が出来たらくればいいよ。何も摩周湖が悪い訳じゃないでしょ」
「そうね、失恋の傷も此処に捨てて行くわ。そしていつの日か此処に来たい」

 家に帰ると父は鬼の形相で私を叱りました。それはもう怖かったです。父の説教は二時間にも及び私は素直に反省しました。父の怒りは、それはもう激しかったです。だが母は私が父に叱られた時、いつもフォローしてくれるのです。
「陽子、貴女には初めての失恋で辛いでしょうけど、世の中捨てたものじゃないわよ。自分の娘ではあるけど、長身でなかなかの美人よ。人前に出しても恥ずかしくない教養も身に着けているし、性格は強気であるけど機転も効くし私の娘としては申し分のない子よ。もっと自信を持って生きなさい。いいわね」
それから一ヶ月ほど監禁状態にさせられました。この時ばかりは父の叱咤も有難いと思いました。それから二週間後のこと。
「陽子、今日はお父さんと二人で親戚の法要に行かなければならないの。もう子供じゃないてんだから馬鹿な事はしないでね」
「ハイ分かっています。私もそろそろ働かないとね。いつまでも親に甘えていられないもの」
「そういう自覚があるなら、そうしなさい」
 そう言って両親は出かけて行った。勿論、もう自殺なんて考えても居ない。あの時だってそのつもりだった。いまでもあの時の自分の行動が分からない。今は元カレへの想いも断ち切り、まったくない……はず。あれは魔性の湖かも知れない。湖が私を吸いこもうとした感じがする。監禁状態も解かれ自由の身になったとは大袈裟だが、外へ出るのも久しぶりだった。近くのコンビニに足を運んだ。すると店先にアルバイト募集と張り紙が出されていた。そうか、家から近いし、とにかくバイトから初めて見よう。本格的な就職はそれからでも良い。

 アルバイトの仕事はその日のうちに決まった。翌日から早速仕事を始めた。最初の一日は品物の補充、公共料金の入金等やレジの打ち方など教わった。三日ほどである程度のコンビの仕事をマスター出来た。始めてみると忙しいが仕事が面白い。以外と自分に向いている仕事だと思う。歌にもあるが 探す物はなんですかフッフッフ~ 自分の中で何かを見つけたような気がする。
 それから一ヶ月が過ぎた頃、友人から誘いのメールが入った。車を買ったのでドライブに行こうという。その時は友人の誘いに乗りドライブに出かけた。そう言えば私はまだ車の免許もない。友人にどこで免許を取ったのと聞いたら地方の自動車学校の合宿なら二週間程度で取れると聞いた。
 このさい、車の免許を取るのも悪くないと思った。しかし入ったばかりで長期休暇を取れる訳もないし、とは言って半年も待てない。そこで店長に相談を持ち掛けた。
「なに? 合宿で車の免許を取りたいから二週間休ませてくれって」
「ハイ、誠に勝手で申し訳ありませんが、無理なら仕方がありません。辞めさせて頂きます」
「ちょっと待ってよ。強引だな。分かったよ。その代わり一週間待ってくれないか。臨時に短期アルバイトを頼んで見るよ」
「有難う御座います。帰って来たら精いっぱい働きますので」

 強引にお願いして自動車学校合宿をネットで調べたら二十万前後で二週間三食付きと格安の自動車学校を見つけた。但し二週間で取れない場合は延長料金を払い合宿を続けなければならない。一週間後、新潟の自動車学校に入る事になった。三食付きで八畳の部屋を四人で使う事になり、二段ベッドが左右にあり私は上の段を使う事になった。シングルで一人部屋もあるが一番安い部屋にした。翌日から講習が始まり五日目にして練習車で運転の基礎を学んだ。学校に入ってから一周間、初めての休みが取れた。
当然同じ部屋の人達とは仲良くなり三人の友人が出来て、新潟市内に遊びに出た。やはり海が目の前にあるだけに魚料理が豊富にあった。私達四人は地元の居酒屋に入り、酔った勢いで何故か身の上話に発展した。
 一人は横浜から来たという吉野統子、そして埼玉の大宮から来た沢田千絵、最後に私の住んで居る近くから来たと云う青木桃子は二十七才、ほぼ同年齢のためか意気投合した。気が許せる仲間だから四人とも悩み事を打ち明けた。統子は会社でパワハラに耐えきれず退職し、むしゃくしゃついでに車の免許を取る事にしたとか。千絵と桃子は私と同じく失恋らしい。共通している事は働く気力もうせて現在無職。私はバイトだが似たようなものだ。次は私、陽子の番よと迫られて、ありのまま話した。すると千絵と桃子は笑った。
「なぁんだ一緒じゃん。分るその気持ち。でも陽子には悪いけど安心した。仲間が増えたってね」
「だけど自殺をしては駄目よ」
「私も自殺するために摩周湖に向かった訳ではなく、あの霧が私をこちらへおいでと呼ぶような気がしたの」
「まさかぁ、でも神秘的だし行って見たいな」
「私、摩周湖で霧の缶詰を買って来たの。見る?」
「霧の缶詰? じゃあ中に霧が入っているの」
「霧が入っていたかも知れないけど、いつまでも霧は残らないし強いて言えば摩周湖の空気だけかな。缶詰だから開けたら終わりよ」

「じゃあインチキじゃない」
「ううん、そうでもないの。ほら缶詰に霧の摩周湖の写真が貼ってあるでしょう」
「それがどうしたの」
陽子は千絵に缶詰を渡して、缶詰を握りしめてと伝えた。すると霧の摩周湖の霧が取れて晴れ渡った摩周湖が現れた。
「うわーいったいどうなっているの」
「なんでも缶に特別な細工してあるらしいの」
みんなは盛り上がった。それなら私も行って見たいと皆が言った。

 失恋同盟? とても褒められた同盟ではないが確かに仲間が出来た事は間違いない。
 しかしパワハラにあった統子が気の毒でならない。
 「ねぇ統子、黙って辞めて悔しくない。退職したって会社に訴えを起こせば。このままほって置けば第二第三の被害者が出るわよ。相手は上司なの?」
 「そう、嫌な課長だった。でも今更そんな事をしてもどうにもならないわ、そりゃあ悔しいけど」
 「それなら仇を取りましょうよ。どうせ暇なのだから。任せて失恋同盟が付いているから」
 みんなはドッと笑った。確かに四人共むしゃくしゃしている。何かを見つけないと。
 それがきっかけで何かが見つかるかもしれない。
 それから一週間、四人とも無事卒業出来た。あとは最寄りの警察署で運転免許証を貰うだけだ。私達四人は再会を約束し、それぞれ帰宅した。
 私はまたコンビニのバイトに復帰した。それから更に一週間、パワハラ男の撃退作戦を開始した。ターゲットは統子が勤めていた某会社の課長、島幸輔五十一歳。
 統子は元同僚だった女性従業員、数名から島課長からパワハラを受けていなかったか聞き取り調査を行った。最初は渋っていたが徐々にそのパワハラの実態が明らかになって来た。
 
統子は元同僚にいざとなったら証言して欲しいと頼んだ。
「本当に訴えるつもり?  失敗したら私達会社に居られなくなるわ」
「大丈夫よ。これで私の他に三人が被害にあっているでしょう。物的証拠はないけど四人も被害を受けたと告発すれば会社も黙っていないでしょう。それとどうしても証拠が欲しいなら私の友人、……同盟が証拠を探ってくれるって」
 「なにその……同盟って?」
 「まぁ詳しくは話せないけど、力になってくれるって」
 その失恋同盟は、統子は島課長の写真を手に入れるように頼み、更に行動パターンを統子から私達三人に知らされた。メールには島課長の顏写真と、近日中に居酒屋に向かうことが書いてあった。
「するってぇと金曜日、夜七時頃、部下を連れて大衆居酒屋に行くのだね。分かった私たちは顔を知られていないし、何か情報を聞き出せるかもしれないわね」
 統子の話によると、この課長は自分を誇示する為に時々部下を連れて飲みに行くそうだ。奢ってやる変わりに自分の自慢話と自分がいかに優秀であるかを話とか、つまり自己満足の塊だ。こう言う人間に限って自分の上司には服従し、なんとか自分の地位を守っているだろう。その裏返しが部下虐めてうっぷん晴らししているのだろうと。
 早速、私こと陽子と千絵と桃子はボイスレコーダーを隠し持って居酒屋に出かけた。一個じゃ心配なので二個用意する念の入れようだ。すると丁度その島という男と部下四人が居酒屋に入って行った。私達三人も出来るだけ近くの席を陣取った。部下はいずれも若く二人が男で二人が女だった。
「よし今日は無礼講で俺のおごりだ。じゃんじゃん頼んでいいぞ」
「課長ごっつあんです」
 飲み会が始まり三十分が過ぎた頃、やがて酒も廻って来たか。次々と本音が飛び出す。酒が廻って来ると、島課長は部下の悪口を始めた。すると男子社員と女子社員は、また始まったと思った。しかし誰も止める事ができず、もはや課長の独壇場。
「近頃の若い奴は根性がなっとらん」
 すると若い女性二人が本音を吐いた。
 「そりゃあ課長、あれはやり過ぎでしょう。吉野統子さん大人しいから虐めやすかったですか、あれはパワハラですよ」  
「馬鹿野郎。ちょっと気合いを入れてやっただけだ。あれくらいで辞めるなら根性がない証拠だ」
「でも、役立たず。お前なんか給料泥棒だなんて言いすぎですよ」
慌てた男子社員は女性二人に向かって、止めろと首を振る。
だが女子社員も一歩も引かない。男子社員が割って入ろうとしたが課長も女子社員も止まらない。
「おまえら、人におごっておいてもらっているくせに。なんだ、その言い草は首にするぞ。上司に楯突くなんて百年早いんだよ」
「それって酷いじゃないですか。無礼講って言ったじゃないですか。本当の事を言われて怒るなんて。課長のパワハラは酷すぎます」
あわてて二人の男子社員が口を挟む。
「課長まぁまぁ、落ち着いて飲みましょうよ」
「五月蠅いおまえたちは口を挟むな。黙れ! 貴様等。課長の俺に向って云う言葉か。明日から来なくって良い。ついでに懲戒解雇にして退職金も出ないようにしてやる」
 この女性たちもストレスが溜まっていたのだろう。無礼講と言う言葉に乗せられ不満をぶちまけたのだ。

 こりゃあ、もはやとんでもない事態になった。二人の男性もあたふたするばかりだ。酒の席とは言え暴言の数々、私達三人はニンマリと笑った。もう聞き取り調査も必要ない、バッチリ録音してある。あの女子社員も鬱憤が溜まっていた事だろう。無礼講と言われ酒が入った事で怒りをぶちまけたようだ。二人は泣きながら居酒屋を飛びした。私達三人も慌てて二人の後を追った。
「すみません。ちょっとお待ちください。先程の話の意味を聞かせてくれませんか」
「誰。貴方たち?」
「私達、吉野統子さんの友人です。彼女の話を聞き黙っていられなくて、その島課長という人に制裁を加えてやろうかと。協力して貰いますか」 
 二人の表情はパッと明るくなった。
「酒の席だから本当の事を言ったのです。他の人達の代弁を買って出たのです。少しは止めてもらえるかと思ったのに。まさかクビ宣言までされるとは思わなかった」
「じゃあ訴えたらどうです。大丈夫、他にも数名パワハラ被害にあっているそうですから。それと失礼ながら先程の会話、録音させて貰いました。貴方たちの悪いようにはしません。どうか協力をお願います」
「本当ですか、もし上手く行ったら解雇されずに済むのですか」
「経営者が常識の分かる人ならね……それでも課長を庇うなら、むしろ価値のない会社でしょう。こちからクビにしてやれば済むのです」

 結局パワハラ被害にあった社員は十数名にのぼり社長に直談判した。
 だが会社は、多少は何処でもある事。そう簡単に役職にある者を罰したくない
 痺れを切らした陽子達は更なる聞き込みを行った。なんと男子社員も課長からパワハラを受けて居たことが判明した。そして陽子たちは、この会社の人達に『パワハラ被害にあった人達がこんなにいるのですよ』とリストを見せた。それならと社員達も団体交渉に出た。やっと会社も重い腰を上げたが島課長は、叱咤したのは鍛える為と全く反省の色を見せない。だが被害にあった社員達は被害を受けた人たちのリストを提出した。
 ここまで事が大きくなれば無視できない。ついに島課長は役員室に呼びだされ、最初はシラをきっていたが居酒屋での録音した事実が判明し課長は懲戒解雇が言い渡れた。それから数日後、吉野統子と他に三人がパワハラで退職していたが、社長は管理不行き届きを認め、全員復帰を認めた。その翌日、失恋同盟は居酒屋に集合し祝杯を挙げた。
「皆さんありがとう。みんなが動いてくれたから会社もパワハラ被害を認めてくれたの。正直諦めていたけど悔しくて眠れなかったの。本当にお礼を言います。あとは皆さんの失恋同盟が解散出来るようになれば、いいですね」
「それもそうね。失恋同盟なんてあまり大きな声で言えないし、でも私達四人の絆は永遠よ。何かを見つけないと。仕事も恋も若いんだし。私達四人が力を合わせればなんだって出来るわよね」
 失恋と無職だった四人は大きなものを見つけた。それは厚い友情。きっといつかは花を咲かせようと誓いあった。


(ここから掟破りですが一人称から三人称に切り替えます)

第二章

陽子は友人を救った事で気持ちの整理もついた、さらに四人の友情も深まって失恋同盟から、とりあえず四人同盟と改めた。吉野統子は復帰出来たが陽子と他の二人は無職、新しい仕事を見つける事が先決だ。陽子はせっかく無理を言って二週間の休暇を貰ったし簡単に辞める訳には行かない。
ともあれ一生懸命働いた。コンビニの仕事は予想以上に面白く、陽子自ら数々のアイデァを出して売り上げに貢献した。そのアイデァの一つはこのコンビニの場合午後十時に賞味期限切れる弁当類が沢山出る、会社の規則で賞味期限が過ぎた物は廃棄処分しなければならない。
 勿論コンビ二が割引なんて許される訳がない、そこで陽子は店長に訴えた。
「では店長、売れ残ったものは捨てるのですか」
「仕方が無いよ。規則なのだから」
「では割引も認められないのですね。廃棄処分料も払わなければならないし、馬鹿げた規則ですね」
どうもこの店長、気が弱いのだろうか、やや小太りで顏はふっくらとしている。それに加え煮え切らない部分がある。店長も分かっていた。割引しても完売した方が儲かる事を。陽子は納得いかないと、しつこく食い下がるものだから店長も重い腰をあげたが一人では心もとない。迷っていると陽子はヒントを出した。
「店長、一人じゃ相手にされないでしょうから、他の店長数人に声を掛けたらどうです」
そこで他の店長等に意見を求めたら、やはり同じ思いのようで賛成してくれた。彼等数人と本社に出向き掛け合った。驚く事に特別に許可を得た。元々廃棄処分は問題になっていたし良い機会と思っていたらしい。但し上手く行かない場合、従来通りにすると。
そこで陽子の提案で午後九時三十分に二割引で売った。これが噂になり午後九時三十分には人が集まり十時には全て売り切れてしまった。勿論それを見込んで弁当を増やしたが、客は弁当だけ目あてで来ないから他の商品も売れるようなった。廃棄となれば廃棄処分料まで取られるが二割引の効果は絶大だった。
自然と売り上げが伸びて、これまでの売り上げ一.三倍にまで伸びた。それから半年、更に売り上げが伸びて行った。コンビニはバイトの入れ替わりが早く知らぬ間に陽子は古株にとなり店長に次いで店を仕切るようになっていた。陽子は背が高く口は達者、言いだしたら引かない強気の性格は店長でさえ逆らえない。いまや陽子の天下だ。居心地は良いがやはりいつまでもバイトは出来ない。
ここまでくれば恩義も返したし、そろそろ本職を見つけようとしていた。そんな時、店長に声を掛けられた。

「東野さんのおかげで売り上げが伸びて本当に助かっているよ」
「そうですか、それは良かったです。でも私も余り若くないし、いつまでバイトしている訳にも行かず転職を考えている所なのですよ」
「それは困る、君には何度も助けられた。君みたいな優秀な人間を手放したら私が首になるよ。ここの店舗はフライチャズ店と違い本社直属の店舗で言わば模範となる店舗なのだよ」
「はぁそれは知りませんでした。まぁどちらにせよバイトと言う訳には行きません」
「それならどうかね、我が社の本社勤めは」
「ええ~~私がですか?」
「そうだよ。弁当の件だってそうだが君の後押しがなかったら本社にも掛け合ってくれなかった。君のアイデアは凄いよ。弁当だけでなく色んな事を提案してくれたじゃないか。本社でも誰がこんな企画を思いついたのかと、問い合わせがあってね。出来れば本社に来て欲しいそうだ」
 なんかおかしな方向に話が進んで行った。まぁ正社員になれるならと陽子は本社に赴いた。

 本社に行くと総務部に案内された。流石は日本でも有数の一流企業。貸しビルではなく自社ビルで三十階建て、いったい何千人の人が働いているか。こんな所に務めるのかと思うと武者震いがする。出迎えてくれたのが総務部長、あの店長とは違い貫録がある。普通の人なら萎縮してしまいそうだ。だが陽子は違う、元々物怖じしない強気の性格である。
 「やあ君が東野陽子さんか。店長から聞いているよ」
 「いいえ、特に褒められる様なことはしていません」
 「いやいや奇抜なアイデァを次々と生み出しているそうじゃないか」
 「それは光栄です、それで私の仕事はなんでしょうか」
 「そりゃあ営業部だよ。君の発想は面白い。是非力になって欲しい」
「お褒め頂き嬉しいのですが、私はバイトですかそれとも社員ですか」
 「そりゃあ当然社員さ。それと営業部は歩合制でね。売り上げに貢献すれば給料は何倍にも膨れ上がり、但し功績を上げなければ基本給しか支払われない厳しい部所でもあるが」
 それを聞いて陽子の表情が変わった。厳しい世界は当然のこと。性格は強気で言いだしたら一歩も引かない頑固な所があるから自分に向いている。望むところと意欲が湧いてきた。本社に招かれてもバイトか社員かと問う。意に合わなければ辞める覚悟が出来ている。あの失恋した時の情けなさは何処にもない。
やるからは徹底してやる。ただこれまでの割引は特例で通用しない。そもそも割引はコンビニではタブーであった。だが本社でも廃棄処分も問題があると思っていたが誰も文句を言えない。だが店長が勇気を出して規則よりも損得で考えて下さいと訴えたのだ。それを後押ししたのが陽子である。

コンビニエンスストア業界は商品を売るだけではなく、あらゆるサービスを提供して伸びて来た。チケット販売、役所の書類、支払い代行、運送業代行、銀行代行業務、おまけに冬場はおでんの販売、これをアルバイト従業員が担当するのだから業務は多忙である。そんな多忙な店舗に更なる仕事を増やすのも気が引ける。しかし売り上げを伸ばすには各店舗の売り上げが延びないと更なる成長がない。
張り切ってはいたが、いったい何があるかと考え込んだ。営業部は一日中デスクに座って仕事をしている訳ではない。因って外に飛び出すのも仕事のうちである。
数週間して陽子は色んなコンビ二を見て周った。共通しているのはたいがいの店舗は駐車場がある事だ。ただ都会のど真ん中は土地も高いし駐車場が無くても客はくるから問題台はない。陽子が目を付けたのは駐車場のスペースだ。平均して少なくても五台から七台は置ける。地方だと大型トラックも置けて三十台以上も置ける所もある。店舗の前に屋台小屋をおけば車一台ないし一台半のスペースがあれば充分だ。つまり小規模な居酒屋だ。客は酒と最低限ツマミがあればいい。仕事帰りにちょっと飲みたい客には受けるだろう。それに、おでんを置くのも良いと思った。元々冬場はコンビニでも出すから、それを回せば済む。これは奇抜なアイデァだ。企画書を書いても通るかどうか分からない。そこで四人同盟に意見を求めた。統子は以前の会社に復帰してバリバリ働いているようだ。千絵と桃子も仕事を見つけたらしく久し振り会う事になった。

「へぇー陽子は大手コンビニの本社勤めとは凄いわね」
「たまたまよ。ちょっとしたアイデアが受けてね。店長が本社に推薦してくれたのよ。せっかく本社に入れたのだからと、思いついた企画がこれよ」
陽子は思案中の企画書を見せた。㊙と書いてあるがこの三人は信頼できる友人、極秘書類を見せる代わり意見を求めた。
「なんだってコンビ二で居酒屋をやるって」
三人は企画書を見るなり笑った。だが少しすると統子が面白いかもと言ってくれた。
「良く考えると面白いかも。勿論本格的な居酒屋には及ばないけど。小さなスペースでやっている店は沢山あるじゃない」
「そうそう例えば新橋や有楽町のガード下など五-六人しか座れないけど繁盛しているじゃない」
最後にはみんなが賛同してくれた。
「流石ね、私がイメージした事を思い浮かべるなんて。何処と言う訳じゃないけど以外とコンビ二の近くには飲み屋が少ないのよね。ちょっと飲みたいなと思うに人には受けるかも」
気を良くした陽子は、何回も練り直して企画書を提出した。
最初は居酒屋風と言ったがコンビニとしては似合わない。そこで洋風的な洒落た感じに変更を加えてある。企画書を読んだ課長はニヤリとした。彼女のアイデアは突拍子もない事を考え出すと聞かされていたが今回も驚きの企画であった。勿論、人出を増やさなければならないが、せいぜい一人でいけるだろう。採算が取れれば問題ない。おでんやツマミを出す酒を提供するだけなら誰にでも出来る。ツマミが足りなければ目の前のコンビ二で買えるし一石二鳥だ。同じ店だから持ち込みにはならない。最低限でも酒を提供し飲む場所を提供すれば商売は成り立ちわけだ。

陽子を加えた企画会議が開かれた。誰もが度肝を抜く企画で驚きの声が上がる。
まだ採用された訳ではないが、反対する者は居なかった。そこでこの企画をどう成功されるかプロジェクトチームが決定された。そのリーダーは坂本一成と陽子を含む五人で結成された。そんなある日、坂本から声を掛けられた。
「君がこの企画書を提出したそうだね。課長から聞いているよ。面白い子が入ったと聞かされていたが、確かに面白い企画だね」
「はぁそう思って貰えれば嬉しいです」
坂本は三十二才、将来の有望株らしい。そんな人に目をかけて貰える事は嬉しい限りだ。
それとなかなかの男前、まぁ天下の美女と言われる私、陽子なら釣り合うかも知れない。
まぁそれは冗談だが、不気味な笑みを浮かべる陽子であった。
プロジェクトチームが発足されてから三週間が過ぎた。やっとゴーサインが出た。
リーダーの提案で今夜は成功を祝って飲み会が開かれた。飲み会と言うと思い出させるのが、あの日の事だった。酒に酔って箍(タガ)が外れてしまうのか、つい本音が出てしまうものだ。陽子に取って屈辱的な出来事だった。そう、以前付き合っていた元カレだ。なんとその飲み会で別な彼女が居る事が判明した。しかも目の前で一緒に飲んでいる。事もあろうに陽子と親しくしていた同僚であり友人だ。その元カレが二股掛けて居た事が分かった。陽子はもう飲み会どころじゃなかった。いきなり席を立ちと元カレの側にあったビールのコップを取り上げ頭から浴びせてやった。最後の決め台詞は『馬鹿にしないで、貴方とはこれっきりよ』陽子はこれで彼と友達を同時に失った。本当はビール瓶で頭を殴ってやりたかったが流石にためらった。そのまま家に帰り翌日に退職届を出した苦い経験がある。それがトラウマとなって蘇った。

それでも今日は陽子の企画が通った目出度い飲み会である。気を取り直して水を差してはいけないと明るく振る舞った。でも坂本だけは何かあると見抜いていた。
それから二次会という事になったが限界だった。今日はちょっとお酒が効き過ぎてと言って陽子は帰る事にした。そのまま駅に向かうと後ろから声を掛けられた。
「東野さん、大丈夫ですか」
「ああ坂本さん……いやリーダー気を使わせてありがとうございます」
「本当の事を言うとあんまり酔っていないでしょう。何かあったのですか」
「流石はリーダー見抜かれていましたか」
酔って居ないとは言え、あの時の事が脳裏に浮かび感情が抑えられなくなっていた。もう誤魔化せない、信頼しているリーダーに話を聞いて貰うのも悪くない。近くの居酒屋に一緒に入り、つい本当の事を打ち明かした。そう摩周湖の出来事まで話してしまった。だが坂本は親身になって訊いてくれた。嬉しかった。吹っ切れたつもりでいたがモヤモヤが残っていた。
「摩周湖だって! 驚いなぁ僕の故郷だよ。確かに摩周湖は美しいが、何故か地元では摩周湖をひっかけて魔性湖と言われている。つまりそれだけ神秘的な湖だね。勿論地元民が勝手に付けたのだから誰も知らないけど。これまでも年に数人が飛び込もうとした観光客があるそうだ」
「坂本さん北海道の方なのですか。驚いたなぁ」
「道産子だけど、ただ君が自殺する場所として摩周湖を選んだのは感心しないがね。地元の人間として、機会があったら北海道の魅力を教えてあげたいね」
「すみません。はい機会が御座いましたら、ぜひ北海道の魅力を教えて下さい」
その出来事がきっかけで時々会うようになっていた。

それから陽子の企画通りプロジェクトは動き出した。勿論、駐車場スペースが無い所は外し全国一斉に洋風居酒屋が展開して行った。とは言っても和風と洋風が入り混じったような感じだが、念入りに練った企画は大成功した。ついには新聞にも取り上げられた。
『ある一人の女性の発案でコンビ二が居酒屋を始めた』これは受けた。マスコミに取り上げられ珍しさもあってか行列まで出来るようになった。
まだ入社して一年が絶たないのに陽子は重要なポストが与えられた。同時に給料は歩合制と言っていたが破格の三倍にも膨れ上がった。更に社長賞も出るらしい。
更に一カ月後、陽子と坂本は親密な仲になっていた。
陽子は嬉しくて両親に報告した。会社で大きな仕事をやってのけた事。ただ坂本の事は内緒にしたままだ。報告する時は本当の恋人と呼べるようになってからでも良いと思っている。
「お父さん、お母さん聞いてくれる?」
「なんだい陽子、今日はいつになくご機嫌じゃないか」
いつもは厳格な父だが陽子が真面目に勤めるようになって安心していた。母も知っていた。大きな仕事をやってのけた事を。コンビ二が居酒屋を始めたと。営業部とは聞いていたが、まさか陽子が企画したとはまで知らなかった。
「今回の企画が大成功して給料が凄く上がったのよ。それと入社して一年未満なのに主任になったのよ」
「本当? 凄いわね。流石は私の娘」
すると父がゴホンと咳払いをする。母も分かっていて夫にやきもちを焼かせたかったから。
「ハッハハ私達の娘よ」
「これもお父さんとお母さんのおかげ。それで親孝行しようと思って」
「おいおい親孝行という言葉を知っていたのかハッハハ」
「二人でたまには旅行したら、そうそう北海道はどう。旅費とお小遣いも出すから」
父と母は北海道での自殺未遂の出来事は重く圧し掛かっている、それを敢えて陽子は口に出した事は、失恋の傷が吹っ切れたのだろうか思った。

更に報告したい仲間がいる。統子と千絵と桃子だ。一時は失恋同盟を結成したが今は夢のようだ。千絵も桃子も社員として働いている。互いに今は忙しく会う機会が少なくなったが三カ月に一度は会っている。そして今日がその日だ。
「みんな! 久しぶり。元気にしていた?」
統子が声を掛ける。陽子も千絵もそして桃子も何か話したくてウズウズしているようだ。
それを察した統子はニヤリとしてこう言った。
「ははぁ、三人とも彼氏が出来たでしょう。眼が輝いているもの」
「流石は統子、大当たり」
そう言ったのは千絵だった。
「それは良かったね。仕事に恋に、やっぱり青春はこうでなくちゃあ」
「ところで統子、余裕ね。じゃ統子も彼氏がいるの?」
「へっへへ、三ヶ月後に結婚披露宴の招待状を送るからね」
「はや!! もうそんな進んでいるの」
陽子は喜んだ。あの自動車学校で知り合い、その時は四人とも最悪の状態だったのに本当に良かったと心から思った。あとはもう四人とノロケ話で終わった。
陽子も今は仕事に恋に充実している。ただ喜んでばかりは居られない。異例の出世で主任になったからに、もっと頑張らないと。

これまで順調に仕事をこなしてきたが営業部として次の企画を考えなくては。今度は店舗に負担を掛ける企画じゃなく、どんな商品を仕入れるか、或いは開発するかと進める事になった。そうは言っても打ち出の小槌じゃあるまいし、振れば出てくると言うものじゃない。流石に困った陽子はリーダーであり恋人的存在でもある坂本に相談した。
「相談って何かな、君らしくもない」
「ここまでは偶然と言うか良いアイデァに恵まれましたが、流石に策が尽きた感じがして」
「確かに君の企画は驚くばかりだよ。期待されればプレッシャーを感じて当然だよ。悲観することはない。深く考えず少し頭の中を空っぽにしてはどうだ」
「空っぽ? それは良いかも。流石はリーダー」
「リーダーはよしてくれ二人きりの時は一成と呼んでくれ」
二人は親しい仲ではあるがまだ互いに下の名前で呼んだ事がない。
「それではカズナりさん……」
「なんだね、陽子」
二人は暫く無言だったが坂本は陽子の手を握った。陽子もそっとその手に力を込める。

 現在、陽子は家から会社に通っているが、二十八才にもなって親と同居と言うのもおかしい、ただ一年前自殺未遂があったから、親がなんと言うか。でも今は社員となり給料も大幅に上がり家にも月七万円を渡してある。そろそろ大人として認めて貰いたい。
家に帰りリビングを見たら、何か小さなおもちゃが置かれていた。小さい物だがかなり古い物だ。陽子は気になり夕飯を作っている母に訪ねた。
「お母さんこれなぁに、小さなおもちゃのようなもの」
「ああそれね、お父さんが子供の頃に集めていたお菓子のオマケよ」
「へぇーどうしてまた今頃、出して来たの」
「それがね、お父さんがスマホで調べたらプレミアが付いて高いのだと一万円もするそうよ。そのお菓子は当時六十円くらいかしら。現在の値段なら百二十円から百五十円くらいかしらね。その景品が一万円とは驚きでしょ」
「へぇこんなものがね。昭和の時代が平和だったのかな、ブリキのおもちゃが? こんなのが売れるなんて」
「時代は変わっても流行は繰り返すものよ」
「流行は繰り返し……それだぁ~お母さん、おかげで閃いたわよ」

陽子は翌日に、坂本に新しい企画を伝えた。オマケ付きのお菓子を売りたいと。
お菓子と言えば子供が中心となる。オマケがプラスチックとかゴムとか食べて害がある物は駄目だ。昔は通用したが今はうるさい。小さい子が口に入れたら大変。チヨコレートだと溶けてしまう。チョコの代わり固い飴細工にして、それをいま人気のキャラクター例えば鬼滅の刃やガンダム、ポケモン、スーパーカーとか色々使えば良い。お菓子のオマケは取って置く事も出来るし食べても飴だから問題ない。昨今は子供が飲み込み、危ないとメーカーに苦情も来たが飴なら問題ない。
昭和的でレトロだが子供に受けない訳がないと伝えた。
「流石、閃きの陽子。本領発揮だね」
「なにその閃きの陽子って」
「最近噂されているんだよ。君の閃きがいつ開くかと」
早速企画会議が開かれた。半分程度の人は古くないかと疑問を持つものがいたが五十代過ぎの課長クラス以上が懐かしさもあり面白いと言ってくれた。
企画が通りお菓子メーカーに製造を依頼し次にキャラクターの使用許可を取るために出版会社などと交渉に入った。我が社独自のお菓子のため他の会社では売る事が出来ない。つまり独占販売だ。あとは値段をいくらにするか最終段階に入った。
ところが陽子はお菓子の部分は二百円、オマケには三百円とし五百円で売ってはどうかと言った。本体のお菓子よりオマケに比重を置いた。
「いくらなんでも高すぎじゃないか。せいぜい二百円だろう。子供は手が出ないだろう」
だが陽子は一歩も引かない。
「安いと景品もそれなりに安い物になります。五百円なら立派な飴細工が出来ます。飾ってもおけるし食べるには勿体無いオマケです」
「じゃあターゲットは大人という事か」
「さぁそれは子供でも欲しいとなれば小遣いを節約しても買います。それだけ価値ある商品にしたいのです」

これまでにない高いオマケ付きのお菓子となったが子供は勿論、中高年にも受けた。
これが話題となり巷では、どんなキャラクターが入っているか楽しみだ。つい別なキャラクターが欲しくて二個も三個も買う人がいる。こうなれば売れる一方となり品切れ状態まで起きた。またしても陽子の企画は大当たりだ。五百円では高いと言ったのを押し切ったのだ。
陽子は特例で社長賞と特別ボーナスをもらうことになった。今や社では東野陽子の名前を知らない者は居ない。やがて休暇を申し出た。理由は頭を整理し次の企画に備えてリフレッシュしたいと。会社は簡単に許可してくれた。しかも特別有給休暇という名目で与えてくたれ。好きなだけ休んで頭を空っぽにして復帰してくれれば問題ない。なんたってヒットメーカーの陽子は超売れっ子歌手みたいな存在となった。
おまけと言う訳ではないが坂本も同じく有給休暇が認められた。会社でも二人の仲を知らない者が居ない。二人のコンビは新しく企画を生み出す安打製造機みたいなものだ。

陽子と坂本は北海道に向かった。あの一年前とは違い今回は本当の恋人と一緒だ。坂本は約束通り北海道の魅力を教えてくれるそうだ。
その前にやはり摩周湖の謎を解きたい。なぜ摩周湖は霧が多いのか。そして霧の中に秘密はあるのか。あの時、確かに陽子は霧に導かれるように断崖に向かった。それも自分の意志と関係なく。そんな事を思いつつ二人は摩周湖に向かった。
「陽子、君が行った展望台は第一展望台かい」
「えっ他にも展望台があるの」
「裏摩周湖展望台(第二展望台)と第三展望台があるんだよ。場所により景色が違ってくるから見応えがあるよ」
「そうなんだ。折角来たから全部周りましょうよ。一成さん、摩周湖よ。私は此処で吸い込まれるように導かれたような気がするの」
「君がそう思うなら試して御覧なさい。いざとなったら僕が支えてあげる」
「もう大丈夫、一成さんが付いているから」
「ではまず第三展望台から周ろうか次に第一展望台、最後に裏展望台ここは一旦摩周湖を離れて遠回りしなくてはならないけど、一番神秘的な場所だよ」
 既に二ヵ所の展望台を周ったが霧で覆われていた。陽子は展望台に立ったが何も起きなかった。本来は起きるはずがない。あの時は精神的におかしくなっていただけだ。
陽子は確信したようには霧に追われた摩周湖に立った。暫くして陽子はポチリと言った。
 「分かったような気がする、この霧は私に何かを与えてくれた。ひとつは勇気と知恵よ。その知恵で私は色んな事を企画し会社に貢献する事が出来た。そし時を経て摩周湖の霧は一成さんを引き合わせてくれた。霧に吸い込まれるように飛び込みそうになったのは過去を断ち切って生まれ変わらされる為……きっとそうよね一成さん」
 「君がそう思うならそうきっとそうだろう。君なりに納得出来たら、来た甲斐があっただろう」

やがて裏展望台に向かう。こちらは他の展望台と比べて殆ど人が居なかった。相変わらず霧に覆われていたが十分後あっという間に霧が消えて陽が差して来た。
「わぁ凄い、晴れた摩周湖、本当に綺麗ね」
「良かったね、霧の摩周湖も良いけどやはり晴れた摩周湖は最高だね」
確かに摩周湖は見る角度に違って景色が変わる。いやあの時の景色とは全く別だ。あの時の摩周湖は哀愁が漂っていた。今は摩周湖の美しさは幻想的と言うべきか、この霧がそして夕陽が私達を包み込んでくれる。
陽子は余りに嬉しくて眺めていたが周りに誰も居ないと。思わず陽子は一成に抱きついた。
「一成さん私、いま最高に幸せよ」
一成は少し驚いたが強く抱きしめた。陽子にとって最高に幸せな時間となった。そして一成はポケットから何やら取り出し、改めて陽子の顏を見る。
陽子はキョトンとしていると一成は真面目な顔をして。
「陽子さん僕と結婚してくれませんか」
 そう言って箱を開けると夕陽にキラリと光る指輪を取り出した。驚きの余り陽子は声も出ない。しかし陽子の心も、この摩周湖に着いた時、心は決まっていた」
「一成さんありがとう、こんな私で良かったら宜しくお願います」
更に演出が用意されていた。一成はホケットからスマホを取り出しと何やら曲が聞こえてくる。霧の摩周湖の曲がボリュームいっぱいに湖畔に流れた。なんと言う素晴らしい演出だろうか。陽子も年ごろの女性、ロマンチックな演出に酔った。摩周の湖に相応しい曲が静かに二人を包むように流れた。
 
♪霧にだかれて 静かに眠る
星も見えない 湖にひとり
ちぎれた愛の思い出さえも
映さぬ水に あふれる涙
霧にあなたの 名前を呼べば
こだませつない 摩周湖の夜

悲しい歌だけと恋人を思う哀愁が心を揺さぶる。陽子には生涯忘れられない日となった。
摩周湖に魅せられて、そして恋は実った。

 
 霧の摩周湖 布施明

https://www.youtube.com/watch?v=g82SjOPN0zA

摩周湖に魅せられて

執筆の狙い

作者 ドリーム
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これは恋愛小説でありながら、パワハラ被害にあった友人への敵討ち。更には突拍子もない企画を提案し成長し昇進して行く物語。主人公に力を与えたのは摩周湖の霧か?
最初は題名を(見つける事)でしたが、インパクトが足りないと(摩周湖に魅せられて)にしました。その企画がそんなに凄いことか? と突っ込まれるかも知れませんが(笑)
温かい慈悲の心で読んで頂ければ嬉しいです。
 

コメント

中小路昌宏
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 読みました。

 原稿用紙にして53枚、作家でごはんの作品にしてはちょっと長めで、ドリームさんとしては気合を入れて書かれたのだろうと思います。
 
 前にどなたかが言われていましたが、自分の書きたいように楽しんで書く場合と、読んで理解してもらうことを意識して書く場合とがあると思います。これは前者に相当するのではないでしょうか?

 私もこのようにハッピーエンドに終わる作品が好きなのですが、正直言って、やはりどうしても上手く行きすぎる、というか、そんなに、とんとん拍子に行くのかなあ?
 という印象がぬぐえません。

 もちろん、私自身は楽しく読ませて頂きました。特に初めの部分、1/3ぐらいまでの部分はとてもよく描けていると思います。
 私にやれと言われても出来ませんが、少し時間をおいてから、後半部分にもっと手を加えて物語を再構築したら素晴らしい作品に仕上がるような気がします。

 初心者の癖に生意気言ってすみません。ご苦労様でした。

凡人
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拙作に早々コメント頂きまして有難う御座いました。
 御作、読ませて頂きました。

セブン-イレブンでは19年秋から全国の加盟店を含む全約2万店で、販売期限の迫った弁当やおにぎりの実質的な値引きを始めた。
ファミリーマートは7月からフランチャイズチェーン(FC)加盟店に対し、消費期限が迫った商品を値引き販売する「エコ割」の導入を推奨する。これにより食品ロスの3割減を狙う。

と言う事で、元々値引きをすると加盟店より本部が損をすると言う理由で渋っていたコンビニ業界ですが、近年、SDGsの波に逆らえず方向性が変わってきたようですね。
 御作は、その切っ掛けを一人の女性が作ったと言う設定ですね。

 アンハッピーな結末の多い中で、ハッピーエンドの小説は目を引きますね。好景気時代には成功物語が量産されましたが、近年余り見掛けません。やはり、世相に人心が影響を受けるのでしょうかね。
 出だしは乙女チックな暗い物語かと思いましたが、一転して出来る女の物語ということですね。

 個別に指摘する事はしませんが、若干誤字脱字が多い気がしました。


 蛇足になると思いますが、歌詞は文章と同様に引用のルールに沿っていれば利用可能です。ただし、歌詞の一部の引用ではなく歌詞を丸ごと載せてしまうと、引用の範囲を外れる可能性が高いです。その場合、一般社団法人音楽著作権協会(JASRAC)などの著作権管理団体から許諾を取り、使用料を支払う必要が出てきたりもするので、ご注意を。ご参考までに。

ドリーム
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中小路さん、早々にありがとうございます。

 >私もこのようにハッピーエンドに終わる作品が好きなのですが、正直言って、やはりどうしても上手く行きすぎる、というか、そんなに、とんとん拍子に行くのかなあ?
 という印象がぬぐえません。

最初からハッピーエンドを想定しており、これを変更するとなるともっと長くなります。
今回は失恋の傷心、自動車学校で友人が出来、その友人の一人を救ってあげる。
そして自分のアイデァが開花して出世して行く。大きく三つのパターンになりました。
強いて言えば盛り込み過ぎかも知れませんね。

ありがとうございました。

ドリーム
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凡人さま

お読み頂きありがとうございます。

 >個別に指摘する事はしませんが、若干誤字脱字が多い気がしました。

何度も読み直したつもりですが、気付きませんでした。

>歌詞の一部の引用ではなく歌詞を丸ごと載せてしまうと、引用の範囲を外れる可能性が高いです。

えーーーそうなんですか。それは知りませんでした。
不味いですね、まぁど素人の下手な小説、笑って許してくれることを願うだけです。

ありがとうございました。

小次郎
58-190-89-29f1.hyg1.eonet.ne.jp

導入部が雰囲気出てて、没入できました。
導入部以降は、ほとんどが説明文で構成されていて、臨場感がなくて入っていけませんでした。
臨場感がなかったのは、五感がほとんど書かれてないせいかもしれません。五感以外にも、温度や、重さとか。心理描写も少ない印象です。こういうのを全部書き込むのは、難しいですが、この量ではもっといろんな種類の情報が書き込めると思います。ある程度の長さ書かれているのに、ほとんど説明文だけの構成はもったいないですよ。
では、では。

小次郎
58-190-89-29f1.hyg1.eonet.ne.jp

再訪問です。

例えば、

一成は少し驚いたが強く抱きしめた。

一成の匂い、温度、感触。こういうのを全部書く必要はないとは私も思います。でも、

一成は少し驚いたが強く抱きしめた。

だけだと、説明文になってしまいます。

夜の雨
ai200193.d.west.v6connect.net

「摩周湖に魅せられて」読みました。

ドリームさんはエンタメ調の作品を書かせたらうまいですね。
そこそこのボリュウムがある作品でしたが、飽きずに読み終えることができました。

導入部でヒロインの東野陽子が失恋で摩周湖うんぬんの話が展開していきますが、肝心の失恋のエピソードが描かれていなかったので、設定が甘いのではと思っていましたが、彼女の失恋話はコンビニの本社勤めでの、
>プロジェクトチームが発足されてから三週間が過ぎた。やっとゴーサインが出た。<
>リーダーの提案で今夜は成功を祝って飲み会が開かれた。<
ここで、当時の失恋のエピソードが書かれていました。
元彼が二股をかけていたとか。
そこそこ詳しく書いてあったので、なるほどと思いましたが。
このエピソードは導入部に挿入しておいた方が、先を読ませることになるのでよいかなとは思いました。
まあ、一応は納得しました。
本社勤めでの企画案とかの進行ですが、弁当の破棄を無くすのは「店舗時代」の話ですが、これって一般の食品スーパーではむかしからやっていたので、あまりアイデアとしては新鮮ではありませんでしたが。わりとふつうの入り方でした。
次の駐車場で居酒屋という案はよいですね。

コンビニは立地条件がよいので流行るかもしれません。
その次のおまけつきの景品ですが、飴で造るとは、面白いアイデアでした。
露店で飴細工モノはありますので、菓子メーカーが景品として計算して造れば、商品価値の高いものが造れるのではありませんかね。

陽子がコンビニにアルバイトで入った後に、自動車免許をとりに地方の教習所に入学するところで、仲間ができるエピソードがありますが、このあたりも、面白く読ませていただきました。
そのあと、パワハラの件で、4人が組んで某会社の課長に責任を取らせるエピソードなども、丁重に書かれていました。
途中で、天敵が現れたり、挫折を味わうというようなエピソードはありませんでしたが、このあたりはどうかなぁと思いますが。
読んでいてストレスはなかったので、これはこれでよいのかなと。

タイトルの「摩周湖に魅せられて」は、よいですね、インパクトがあります。

ということで、御作は軽めのエンタメでしたが、練りこんであり面白かったです。


それでは頑張ってください。


お疲れさまでした。

ドリーム
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小次郎さま

お読み頂きありがとうございます。

私は元々、心理描写が苦手で物語の進行優先で進めています。
まぁ長い目で考えれば心理描写も入れなくてはなりませんが。


ありがとうございました。

ドリーム
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夜の雨さま

いつもありがとうございます。

>このエピソードは導入部に挿入しておいた方が、先を読ませることになるのでよいかなとは思いました。

私もそう思ったのですが、いつまでも失恋話ではグダクダと、未練がましいと思われそうで先延ばしにしました。
単なる恋愛小説ならそれで良いのですが、これは友情、人助け、アイデァも入っていますので一旦飛ばしました。
自分でアイデァ出しておいてなんですが、洋風居酒屋コンビニで始めたら私は飲みに行きたくなります(笑)
まぁ願望も入っています。
摩周湖で始まり最後も摩周湖で閉めました。

摩周湖の霧の缶詰ですが、現地から切手を貼って送る事が出来るみたいですよ。
缶を握って3秒ほどて霧が晴れるのも本当です。

https://toko.ti-da.net/e586456.html

9月に北海道に行ったのですが、残念ながら摩周湖方面ではなく洞爺湖の方に行きました。
そこには洞爺湖サミット記念館があり、亡き安倍さんの写真が飾られていました。

ありがとうございました。

えんがわ
KD106154143211.au-net.ne.jp

ちょっと暗い話かなと思ってたのですが、途中から一転、サクセスストーリーへと変わっていく感じ…かな?

コンビニで居酒屋って、なんか合理的じゃないなとか。
物語としては強引な部分もあるような気がするのですが、それでも読ませますね。

リアリティのある部分もありました。
コンビニでの割引の導入や、おまけ菓子(チョコエッグとか? 一番くじとか?)あたりは、実際にありますし。

作り話っぽさは残りますが、「あんまり考えないで楽しい話を読みたいなっ」て気持ちを上手く満たしてくれる小説だと思います。
たぶんドキュメントというより、漫画っぽい作品に通じる部分があるのかなって。


自動車学校4人組でしたが、3人組でも良かったかもしれません……その方が各キャラが濃く書けたかも。
あと恋と仕事と軸がふらふらしている感じもします。どっちにウェイトを置きたいのか、曖昧なままで。


でも、悲しい想い出が楽しい想い出に、書き換えられるのは、ドラマチックですよね。
優しい作品だなと思いました。

ドリーム
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えんがわさん
お読み頂きありがとうございます


>ちょっと暗い話かなと思ってたのですが、途中から一転、サクセスストーリーへと変わっていく感じ…かな?

失恋、友情、敵討ち、アイデァ、昇進、恋愛と盛り込み過ぎましたかね(笑)

当初は恋愛小説にしようと思いましたが主人公の性格をを生かし、このようになりました。


これまでは私は、なんでも屋で詐欺師、人情物など、なんでもござれで書いて参りましたが
次回は超能力ものにしょうと思っています(笑)

ありがとうございました。

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