作家でごはん!鍛練場
タンブリンマン

黄昏

 アユレディ?ヘーヘイヘイヘーイヘイ、って俺はフィンガー5のアキラじゃない。元氣か?俺は相変わらず、北茨城市平潟町、ツマリ平潟港温泉の老舗温泉にて仲居や三助などをして健氣に生きておるよ。コロナは相変わらず収束しないのが痛いが、ありゃ某國の生物化學兵器なのではなかろうか。お前さんが憶えておるかどうかは知らないが、あの元極道ながらも天才的な板前である牧彦一板長。奴さんの料理が免疫力を強化しているのではないかと思っておる。体脂肪が減らないのは恐らく体質か遺伝の問題であるから仕方がない。

 休みを貰った時は、近くの五浦海岸にふらりと行く。なかなかの景勝地だ。俺はこの景勝地でよく当地出身が野口雨情の『七つの子』を口ずさむ。そうすると、捨てた東京、特に下落合の風景を想い出して思わず涙をちょちょぎらせてしまうのだ。だが、あのキング・コング女房も想い出に現れ、その瞬間、涙腺が干からびるのは云うまでもない。
 
 まえにお前さんが女房に<かのエリザベス・テーラーだってバツハチなんですから恥じることはないすよ>とオベンチャラを抜かしたら<あんな売女と一緒にしないでよ>と壮絶な暴行を受けたとの報告に俺は戦慄したが、この狂った世界でここ五浦海岸だけが唯一まともな場所なのだと思うのだ。であるから俺はここに来る。まあ聖なるこの地で世紀の美貌が持ち主であるリズ・テーラーが売女ならテメエはガマガエルじゃい、と呪詛を吐くのは御愛嬌。

 とある日、海岸を散策していたら声をかけられた。「おい、金の字じゃあねえか」
 振り返ると、お前さんが忘れていても構わないのだが常日頃から世話になっている、木下組の虎男親分がそこにいた。着流し姿、それも一人でだ。
「こ、これは虎男親分」俺は腰を折り深く首を垂れた。「云ってはナンですが、お一人で不用心では。虎男親分が刺されでもしたら、茨城に血の雨が降りますぜ」
「それでもいいじゃねえか」虎男親分は傳説の極道俳優・安藤昇に似た、不適な笑みを浮かべた。「NATO軍の9x19ミリ彈、通称パラ・ベラム。その意味は<汝平和を欲さば、戰への備えをせよ>って云うんだぜ。孫子も<戰わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり>と記しているしな」
 極道であるが旧帝大である東北大學出は伊達じゃない、博識過ぎる。俺が如く志望大學どころか滑り止めを総て落ち一浪、K士舘を二度留年し、行政書士取得に五年かかったアッパラパーとは大違いだ。意味が解らんのは云うまでもない。

 虎男親分から諭吉さん一枚を渡され<あすこの食糧店でラムネと食パンを賈って来てくんない。金の字は何でも好きなものを。釣りはとっとけ>と申しつけられたので俺はラムネ二本とワンカップ大関二缶に食パン一斤を賈い、虎男親分が座っているベンチに戻った。
 恐れながら虎男親分の隣に腰をおろし、ラムネを渡した。「親分もここがお好きなんですか?」
「ああ、ここでくたばれりゃいい」虎男親分はラムネをあおった。「大東亞戰時中はここから旧日本軍が戰果を本氣で期待してたとすれば阿呆としか云い様がないのだが、傳説の気球爆彈がここからアメリカへ向け飛ばされた」
「ツマリ風船爆彈ですか」俺もワンカップをあおった。「中學の時分に社会科のセンコーから教わりましたよ。竹槍でBー29を落とすが如く無謀な試みだったって」
「しかし、まったくの暴挙だったとは云えなかったらしい。一撥か二撥、實際に爆撥し被害を与えたとか。戰爭ってのは愚かな行為としか云い様がねえなあ。おれの一生が三分の二とおなしだ」
「マア親分の回顧も分かりますが」俺もワンカップをあおった。キホン極道ってのはミギだしな。「今後の戰爭が主役となるであろう、ドローンの先駆けじゃないですか。我が大日本帝國の軍亊技術開發は、まるっきし無駄じゃあなかったとは思いますがねえ。ま、平和的利用に限定してもらいたいモンですが」
「金の字が云う亊はもっともだ。一本どっこが暴力集團の親玉が抜かしても意味ねえが、はははは」
「いやその、ははは」
「ところが、だ」虎男親分はラムネを空にし、新たな瓶のビー玉を落とした。「無謀なる気球爆彈に乗って有人爆撃をかました變人がいたんだぜ」
「な、なんと!」俺はワンカップを落としちまった。「い、生きて帰れないこた分かってるじゃないですか!たれなんすかその阿呆は」
「その阿呆こそ」虎男親分はラムネをグビグビグビと一息で呑み干した。「おれのじいさんが弟、ツマリ大叔父だな。おれの生まれる前だからどんなお人だったかもよく知らねえが」
 俺は阿呆と云っちまった亊を後悔し、虎男親分からどつかれるのを覺悟した。

「いえそのあの」俺は新たなワンカップを袖口で磨き、蓋を開けるなり半分空けた。「そそ祖國たる我がニッポンに捧げた熱き血潮それは決して無駄ではなかったと思いますよ。ええきっとそうです、はい」
「おれを氣づかってやがるな金の字。ふふ」再び安藤昇似の笑みを俺に向けた虎男親分は、懐からハイライトを取り出し、一本抜き咥えるとマッチで火を点けた。「代々おれの一族には、酔狂の塊と云うかちょっとオツムのネジが吹っ飛んだ野郎がいてな」
「はあ」
「大叔父、猪史郎と云うのだが、常陸國始まって以來の神童と呼ばれたそうだがなあ」虎男親分は煙を吐き出した。「小學校の頃は火薬を詰めた手製ロケットに乗って空に舞い上がったりとか、旧制中學の頃はグライダーをひとりで組み立てここから翔んで二百メートルで落ちたが泳いでたどり着いたりとか、帝大の頃は車のエンジンを鉄で骨を組んだ凧につけ舞い上がって墜落し取っ捕まったとか、マア色々とやらかしたそうだ」
「ゆ、荒井由実ことユーミンの名曲『ひこうき雲』みたいですねえ」
「ああ、空に憧れていたのかもしれねえな」虎男親分は水平線を見つめた。「おれもあの唄が好きだ。LPの初版を、柄じゃあねえがおれは持ってるんだぜ。市場では二十万もする」
 マア<茨城一の神童>がどうして帝大から当時世界最高峰の頭脳集団であった理研ツマリ理化學研究所に入り、登戸にあった第九陸軍技術研究所の研究員兼、大日本帝國陸軍少尉となったのかは省くとする。俺とおなしく頓馬なお前さんにはむつかし過ぎるからな。北関東の命運を左右すると云っても過言ではなかろう虎男親分は、俺が賈った食パンをちぎり、笑顔で行き來するカモメに放りながら語っていたよ。

「かつては<辻斬り虎>と呼ばれいきがってたおれが抜かすのもナンだが<陸軍は精神主義の狂気集団で、海軍は合理主義のリベラルだった>との評を聴くと腹が立つ。海軍は水兵なんざボルト釘一本と見做してたのだが、陸軍は兵隊ひとりひとりを自分の兄弟と思い、兵隊が末期の際には上官が手を握り<俺の手をおっかさんの手だと思え>って見送り涙する、人情派が多かったんだぜ」
「ああ、それは分かります」俺は深く頷いた。「俺の爺さんも、もと帝國陸軍が軍曹でしたけど、くたばったときは大勢の戰友がいらして号泣してたし」
「おお、金の字が爺さまも陸軍か」虎男親分は破顔した。「おれの大叔父貴ともどっかで會ってたかもなあ」
「ソンな譯ありませんがな。俺の爺さんは乙種、関東軍で満洲に送られましたが大連から逃げ帰って來た闇市派ですし。インテリの大叔父さんとは面識があるはずがないですよ」
「そうか」
「聴く限りにおいてはかなりの秀才、ニッポンの敗戰なんて分かってたでしょう。何でカミカゼよろしく風船もとい気球爆彈の、敢えて抜かしますが無謀な有人攻撃なんて考えたんです?敗戦後、たとい戰犯として巣鴨プリズンにぶち込まれたとしても、大いに我がニッポンの経済復興に尽くされたんじゃないんですか」柄にもなく、俺は虎男親分にくってかかった。
「そこが奇人變人たる所以よ」虎男親分は食パンの塊を遠くのカモメに放り投げた。「昭和二十年二月二十八日の水曜、気球搭乗してそれっきり行方知れずだ。祖國だの何だの深い考えはなかったんじゃねえかな。ただ冒険したい、それだけの餓鬼みてえな理由にもならねえ思いで気球に乗ってった。戰果をあげただの遺骸が見つかっただのの報告はなかった。おれ以上の馬鹿な野郎さ。飛び立ったここで笑ってやるのが大叔父貴への供養だと、おれはちょくちょくここでカモメと戯れているんだ」
 突如、波がザブンと音を立てた。虎男親分の大叔父貴さんの返事じゃねえかと俺の背に寒気が走った。だったらあのキング・コングにも正義の雷を落としてくれりゃいいのになあ。

「さて、と」虎男親分は立ち上がった。「老いぼれの昔話に付き合ってくれてありがとうよ」
「いえいえ、俺も貴重な戦時中の秘話を聞けて良かったです」
「今夜は開帳日、関八洲から凄腕の博徒が來る。金の字、近在の旦那方衆には遠慮するよう傳えておいてくれや」
「わっかりました」俺は虎男親分からラムネの空き瓶を受け取った。「これでもポリ事情には精通してるつもりですから、官憲に何かしら動きがあったらお電話しますか」
「ははは、ヤクザはいずれは滅びる。おれたちに氣遣いは無用だぜ。じゃあな」
 虎男親分は粋な着流しにピンシャンとした背筋でここを去った。

 まあ單なる近況報告だが、大學の時分おなごにモテる爲に暗記した、かの梶井基次郎の小説を思い出したので記した次第だ。タイトル?それは次回までの宿題だ。また手紙を出すので、お前さんも報告を欠かすなよ。間違ってもあのキング・コング女房は宇野千代じゃあねえからな。

細川金太郎 拝

黄昏

執筆の狙い

作者 タンブリンマン
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タレモ望ンデハイナイデセウガ、何トナク朴訥トシタ馬鹿バナシヲ記シタク掲載シマシタ。ソレト、タレカガ私ヲタレカト勘違イシテマスガ、私ハワタシデス、ハイ。

コメント

偏差値45
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>また手紙を出すので、お前さんも報告を欠かすなよ

とあるので手紙文でしょうか。
そうなると、、、内容的には伝聞の伝聞になるので、距離感がありますね。
で、内容は与太話、あるいは武勇伝のような類かな。
語りはコミカルなんですが、ちょいと疲れますね。
面白いか? と言えば、そうでもないです。

この種の場合、より軽く読ませることが重要のような気がしますね。
どうでもいいことに文字数を投入しているので、
その分、損をしていると思いましたね。
それが面白いと評価されるといいんですけど、個人的にはNGかな。

ちなみに茨城県は、最近、行きましたね。
日本三名園の一つ。偕楽園を観てきましたよ。
他の二つの名園は既に訪問していたので、これですべてコンプリートしましたね。
>五浦海岸
ここはまだ、観ていないので機会があれば、訪れてみたいと思いましたね。
地下には、巨大ガス田があるらしい。
将来的には、面白い場所になるかもしれませんね。

上松 煌
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タンブリンマンさん、こんばんは

 あははは、これ、いい。
実にいい、あんたの3作の中で最も高評価できる、素晴らしい出来栄えでした。
うん、このような作品を書けるなら、あんたが例え、朝鮮人の『幡京ニッケル』だったとしても、おれはあんたを日本人として認める!
 
 日本人として大いにこのような作品を書いて欲しいと望む。
素晴らしく感動的なストーリーでした。
今は朝鮮人や中共、香港やトルコ人などの暴力団のみで、美しくも厳しい日本の任侠はみんな老いて亡くなってしまった。
作中の安藤昇という俳優がどんな人かは後で調べるとして、あんたの3シリーズの中で、これほど心にしっくり来る物語はなかった。
郷愁に駆られ、失われた時代に思いを馳せる珠玉のひと時を、あんたの小説で得ることができ、さらにあんたを日本人と認識した記念すべき一瞬の虹彩をあんたには想像できるだろうか?

997
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梶井基次郎といえば「檸檬」と「のんきな患者」かな・・けどたしか
「こんな美しい瞬間が、どうしてこんなに短いのだらう」って感傷的な一文がありましたね。
浜辺での名シーンは小津安次郎とか、北野武映画を思い浮かべますが、饒舌な笠智衆ってところですか、虎男親分は。
確かに作者さまがおっしゃるとおり「馬鹿話」かも知れませんが(失礼)久石譲のピアノがバックに流れてもいい、静かなる掌編でした。

凡人
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 エンタテイメントとして面白く読ませて頂きました。お上手ですね。

 茨城県のヤクザなり、伝説の侠客と言っても全く思い浮かばないのですが、この話の中では書かれていない背景を勝手に想像し楽しんでしまいました。

 戦後、それまで虐げられていた所謂第三国人達の一部が、報復と言う感じで無法を働き、GHQが大目に見ていたことも有って、日本の警察は殆ど手が出せなかった時期が有ったようですね。
 その頃、関西では田岡一雄、東京では尾津喜之助などのヤクザが彼らと対峙し、警察も彼らの力を頼っていたと知りました。
 しかし、時が経つとヤクザ組織は第三国人グルーブを取り込んでゆき、やがて彼の中から暴力団の幹部として頭角を現す者が増えて行ったようですね。「殺しの柳川組」として有名な柳川組を作った柳川次郎らもそうですね。

 脱線して申し訳有りません。
 描写の比喩として使われているだけですが、裏社会の革命児・元安藤組組長で後に俳優になった安藤昇。「バンバン」と口で言いながら銃撃シーンのリハーサルをしているところを昔の知り合いに見られて恥ずかしくなってやめたというエピソードの持ち主ですね。また、横井英樹銃撃事件を起こした人でもありますね。
 更に脱線して申し訳有りませんが、麻布中学から慶應高校と進みながら同時にヤクザにもなっていて、ヤクザでありながら日航のパーサー二にもなってしまったという、エリート坊っちゃんヤクザであり、後に作家になった安部譲二が出入りしていたなど、当時の安藤組は面白すぎて笑ってしまうエピソードが満載ですよね。

 そう言った時代背景をイメージしながら。虎男親分とか牧彦一板長とか主人公・辻斬り虎の過去などに想像を膨らませながら楽しく読ませて頂きました。  

 御作自体は落ち着いた描写で読ませる作品ですが、勝手にVシネマ的感想にしてしまいました。申し訳有りません。

タンブリンマン
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アリガトウゴザイマス。
作中「大日本帝国」トカ「帝国陸軍」トカ出テキマスガ、安倍晋三テキ「美しい日本」ト云フ
イデオロギーハ、私ノ価値観トハ無縁デス。在日・同和ノ方々ニ差別感情ヲ持ッタコトハ在リマセン。
マア「ヤガテハ滅ビル、ソレヲ覚悟シテイル人々」ニハ同情ヲ持ッテシマイマスガ。
北野武ノ名作「アノ夏、イチバン静カナ海。」デアルトカ「ソナチネ」ヲ意識シテ書イタノハ事実デス。
凡人サマガオッシャル通リ、安藤昇ハ「俺たちはゴレンジャーじゃねえ!鉄砲ごっこで気合い入るかい!」と、唐十郎監督「任侠外伝・玄界灘」デハ、モノホンノ拳銃ヲ使ッテシマッタ、ドコカ憎メナイ人デスガ、安藤組ッテ人気ハアリマシタガ軟派ナ組ダッタノデ、スグニ潰レタノガ実際デス、ハイ。

凡人
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ちょこっと再訪です。

>唐十郎監督「任侠外伝・玄界灘」デハ、モノホンノ拳銃ヲ使ッテシマッタ、

「使ってしまった」のではなく、宣伝のためわざとやったと言う説も有りますね。

>組長捕まってすぐ潰れましたね。任侠とか否定して、入れ墨と指詰めなどの慣習否定しましたね。元々、安藤昇自体三下修行した訳ではないので、ヤクザではなく愚連隊ですから、学生なんかも結構居て結束は強くなかつたんでしょうね。

「安藤組」っていうのはマスコミが面白がって言っただけで、実態は株式会社東興業という名の愚連隊の会社でしたからね。

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