作家でごはん!鍛練場
大丘 忍

おじいちゃんの歌

「わしは詩吟を習うことにする」
 四月のある日の夕食のときに、ぽつりとおじいちゃんが言った。
「詩吟いうと、あの大声で怒鳴る歌のようなもの?」
 母がお茶を入れながら聞き返した。
「そうや。鞭声粛々というあれのことや」
 そういえば中学の国語教師が授業でそんな歌のようなものをうなったことがある。
「さあ、おじいちゃんにできるかしら」
 母はあまり本気にしていないようだった。
 定年で現役を退いてからは、会社の嘱託でパート的な仕事を続けていたが、おばあちゃんが胃癌で入院してからは、その介護のために仕事を辞めている。
 おじいちゃんは医者好きで、退職後もせっせと医者に通って、健診などをまじめに受けていたが、おばあちゃんはとびきりの医者嫌いで健診など受けた事がなかった。だからおばあちゃんの胃癌が見つかったときは手遅れ状態で手術は出来ないということだった。
 仕事一筋の会社人間であったおじいちゃんには、これといった趣味はない。おばあちゃんが入院するまでは、定年後におばあちゃんに教えられて始めた庭いじりと、庭の花をデジカメで写すことが趣味といえば唯一の趣味であったかもしれない。カメラは若い頃すこしやったことがあるそうで、こちらはおじいちゃんがおばあちゃんに教えている。おばあちゃんはカメラにはあまり興味がないようだが、おじいちゃんが教えようとするので仕方なく付き合っている感じだった。デジカメで写した写真は、母に頼んでパソコンに取り込み、カラープリントして貰う。
「おじいちゃんもパソコンやインターネットをやったらどうやの」
 母に言われてパソコンに触れてみたがすぐに投げ出してしまった。だから、おじいちゃんの写真は写すだけである。
「そんな写し方ではあかん。おまえはセンスがないんやから」
 おじいちゃんに小言を言われる度に、おばあちゃんは私の方を向いてぺろりと舌を出していた。何でも自分の思うようにしなくては気が済まないおじいちゃんの性格をよく知っているので、文句を言われると、「はい、はい」と上手にあしらっていた。おじいちゃんがいくら偉そうにしても、おばあちゃんの手のひらの上で踊っているようなものだ。
 おばあちゃんが入院してからは、おじいちゃんは毎日病院に付きっ切りで世話をしていた。
「沙智子、キャラメルはどこで売ってるんや」
 ある日おじいちゃんが私に聞いた。おじいちゃんがキャラメル? 甘いものが嫌いなおじいちゃんなのに。
「キャラメルをどないするねん?」
「おばあちゃんがキャラメルを食べたい言うてな」
 食欲が全く無くて何も食べられないおばあちゃんが、おじいちゃんにキャラメルが食べたいと言ったのだ。そういえばおじいちゃんやおばあちゃんの子供時代の一番美味しいお菓子はキャラメルだったと言う話を聞いたことがある。その頃は戦争中で甘いものは貴重品だったのだ。
「コンビニで売ってるよ。病院の売店にもあると思うけどね」
 私が見舞いに行ったときおじいちゃんはキャラメルを食べさせようとしていた。
 おばあちゃんはキャラメルを一個か二個食べただけで首を振った。
「もっと食べなあかん」
 おじいちゃんは半分泣きそうな声で言っていたが、おばあちゃんは口を閉じたままで横を向いた。
 おばあちゃんの容態が急変したという知らせがあって、母と私が病院に駆けつけた時、おじいちゃんはおばあちゃんの手を握って、
「わしを置いて先に死んだらあかん言うて約束してたやんか」
 と涙を流しながらおばあちゃんに話しかけていた。
「ごめんね。おじいちゃん」
 おばあちゃんはうっすらと目をあけて、おじいちゃんの手を握り返した。
「昌江、おじいちゃんを頼んだよ」
 おばあちゃんは母の名を呼んで苦しそうな息をしながら言った。
 最後におばあちゃんは私の方を見ながら口を動かしたがもう言葉にはならなかった。きっと私にもおじいちゃんを頼んだよと言ったのだろう。
 だから、おばあちゃんが亡くなると、おじいちゃんはめっきりと元気がなくなってしまった。庭いじりもデジカメも止めてしまっている。あれほどおばあちゃんには口うるさく言っていた小言も、母に向かうことはほとんどない。自分の娘だから、もっと言いたいことを言えばいいのにと思うが、父と母の世話になっているという遠慮があるのだろうか。自分が建てた家に私たち親子が同居させて貰っているのだから、以前のようにもっと威張ってもよいと思うのだが。
 おばあちゃんに小言を言うのはおばあちゃんに甘えていたからだろう。
父は外国の支店に単身赴任しているので、おじいちゃんと一緒に暮らしているのは母と中学生の私の三人だけである。関東出身の父は、大阪に本社がある会社に就職したので、最初からおじいちゃんの家に厄介になっている。
 おじいちゃんは毎日仏壇の前に座って、ブツブツと口の中で何か言っている。仏壇に飾ってある写真に文句を言っているように見える。
きっと、「何でわしを残して先に死んでしもうたんや。約束がちがうやんか」と言っているに違いないと思う。
 健康維持のための散歩と、友愛クリニックに月に二回通院するだけが仕事のようなもので、ほとんどの時間、ぼんやりとテレビや新聞を眺めている姿を見ると、文句を言う相手というか、話し相手が居なくなったことは、私が思うより以上におじいちゃんには寂しいことのようだった。
 母は、このままではおじいちゃんがぼけてしまうのではないかと心配している。老人会に行って、ゲートボールや将棋をしたらどうかと勧めているが、他人との付き合いが下手なおじいちゃんには、そんなことをする気はまったく無いらしい。
 だから、おじいちゃんが詩吟をやると言い出したときは意外な感じがした。
「おじいちゃん、声が出せるの?」
「当たり前やろ。こうして話をしてるやんか」
「でも、おじいちゃんが歌うのを聞いたことはないなあ」
「そりゃあ、沙智子が歌うような歌は知らんけどな。子供のころはよう歌うたもんや」
 私は、今の中学生には珍しいだろうが、演歌がすきで、中でも美空ひばりの物まねが得意である。美空ひばりの歌のような演歌では、高音で小節の回った節回しができなければ歌えない。
 不器用なおじいちゃんに歌が歌えるのだろうか。
 私は疑わしそうにおじいちゃんの顔を見た。おじいちゃんは箸でテーブルを叩きながら歌い出した。
「箱根の山は天下の険……」
「わかったわ。詩吟が習いたいのなら習ったらええやないの」
 母に歌を遮られたのが気に入らなかったのか、むっとしたように母を睨んだ。
「詩吟はな、ただの歌とは違うんや」
 おじいちゃんはポケットから一枚のビラを取り出して、テーブルに広げた。
 会員募集のビラである。友愛吟詩会という名前で、「脳の活性化と健康維持のために詩吟を楽しみませんか」と書いてある。その下に音楽の五線譜と詩文が書いてあった。テキストの見本である。
「友愛クリニックの藤倉先生が教えてくれるんや」
 私は思わず、えー? と声をあげた。
「藤倉先生は詩吟もやるの?」
 私はあの先生が詩吟のような古くさいことをやっているとは想像も出来なかった。看護師さんからは、カラオケが上手だとは聞いていたが……。
「藤倉先生はな、鷹詠館明朋吟詩会の大範師で、三十年以上前からやっているんや」
 友愛クリニックの藤倉先生には、私の一家がお世話になっている。母はまだ中学生の頃から診て貰っており、結婚して私が生まれてからは、内科が専門だから子供の私は専門違いだが、私だけは幼稚園の頃から特別に診てくれていた。小さい頃、小児科に連れて行くと、玄関を入っただけで私が泣いて暴れるので、母は仕方なく藤倉先生に頼んだのである。藤倉先生は、決して注射をしない。高熱が出ても、注射などしなくて漢方薬を二日分だして、布団を被って寝ていなさいというだけである。その通りにすれば二日も経たないうちに熱が下がるので、藤倉先生は名医に違いないと思っていた。おじいちゃんは高血圧で通っている。先生は、年齢もおじいちゃんと同じくらいなので話が合うのかも知れない。
「詩吟はただの歌とは違う。漢詩の意味を考えて、漢詩を味わうことが大切なんや。脳の活性化に役立ってぼけ防止にもなる」
 おじいちゃんはビラを指差しながら言った。
「それに喉仏の動きを鍛えて肺炎の予防にもなるんやて」
「ええことやないの」
 母は身を乗り出してうなずいた。おじいちゃんが何か熱中するものを見付けた方が良いと思ったに違いない。私もそう思う。
 稽古日は毎週火曜日の午後四時半からであった。友愛クリニックの二階のロビーでお稽古をする。
 最初の稽古日に私が学校から帰ると、おじいちゃんはテーブルにテキストを広げてテープレコーダーを聞いていた。
「おじいちゃん、詩吟はどうやった?」
「なんか、難しいようやな」
 おじいちゃんにしては珍しく弱気な言葉だった。
「これがテキストやね」
 私は紙を取り上げて見た。五線譜にオタマジャクシが並んでおり、その並びの続きには線がミミズのように蛇行している。
「このテキストは鷹詠館明朋吟詩会の独特のテキストやて」
 おじいちゃんは五線譜テキストを眺めながら言った。
 詩吟には流派があって、流派毎にテキストが違うそうだ。普通は縦書にした漢文の文字の右横にミミズのような記号が書いてあるらしい。それを鷹詠館のテキストでは、基本的な音階を五線譜で表し、小節を回すところは手書きで五線譜に書き込まれている。
「おじいちゃん、音譜が読めるの?」
「読めるわけないやろ」
 おじいちゃんが小学生の頃は戦争中であり、音楽教育には力を入れなかったそうで、ドレミファも敵性語として使用が禁止されていたという。音階を示すのにはハニホヘトを使っていたそうだ。
 私は、もう一つの紙を取り上げた。十枚ほどが綴じられており、詩吟の基本がぎっしりとワープロでプリントされていた。藤倉先生の手製の解説書らしい。
「ここにテキストの見方が解説してあるやんか」
「それを読んでもようわからんのや」
 私は解説書を拾い読みしてみた。正確な音楽の知識がなくても、オタマジャクシが五線譜のどこにあるかを見るだけで良いらしい。
「詩吟は、平音、中音、上音、下音の四つの音階から構成されていると書いてあるやろ。だからオタマジャクシは、その音階のどれかを示しているだけやから、音楽を知らんでも構わんのよ」
 私はそう言ったけれど、どれだけおじいちゃんが理解したか怪しいもんだ。オタマジャクシは頭からわからないと思い込んでいるようだ。
 テープを廻すと藤倉先生の詩吟が聞こえてきた。片面十五分のテープに四つの詩吟が入っている。裏面にはテキストの読み方の解説が、いつもの藤倉先生らしい訥々とした言葉で説明され、肝心な部分は実際に吟じて見せている。藤倉先生が作って皆に配布したテープである。
テキストは一号から四号まで貰っている。テキストを見ながらテープを聞いてみると、大体の節回しは理解できた。
「習ったところをやってみたら?」
 おじいちゃんはテキストの一号を取り上げた。
「これは、石川丈山作の富士山や。有名な詩らしいな」
「なんか、難しい単語が並んでいるねえ」
 漢文はまだ学校では習っていない。意味の分らない単語ばかりだが、テキストの大意の解説を読むと、詩の意味は大体理解できる。富士山の勇壮な景色を歌った詩らしい。
「せんかくー、きたりあそぶー」
 おじいちゃんは真面目な顔をして一節を吟じた。調子外れの声だった。テキストを見ながら聞いているとかなり音階が違っている。私は何度かテープを聞いてみた。詩吟を知らない私が聞いても、先生の吟とはかなり違うことがわかる。
「やっぱりあかんわ。詩吟はやめや」
 おじいちゃんはテキストを放り投げた。
 せっかくやる気を出したのに、ここで止めたらもとの無気力なおじいちゃんに戻ってしまう。
「おじいちゃん、ここはこうするんと違うの?」
 私はテキストを見ながら一節を吟じてみた。おじいちゃんが目を丸くした。
「沙智子、おまえ、詩吟を習うたことがあるんか」
 詩吟を習ったことはないが、難しい演歌でも何度か聴けば、音譜無しでも節回しを覚えてしまう。詩吟入りの演歌もいくつか知っている。演歌で知っている詩吟と同じような節回しだ。詩吟の単純な節回しを覚えるだけなら、テキストを見ながら藤倉先生のテープを二、三度も聞けば十分である。
 おじいちゃんの詩吟を聞いてみると、オタマジャクシの位置が同じなのに、違う音階になってしまう。おじいちゃんは音痴かなと思ったが、それを言うと詩吟を習おうとする気分に水を差すような気がして黙っていることにした。
「テキストを見て、先生のテープを何回も聞いたらすぐに覚えるよ。誰でも始めはできないに決まってるやろ。他人より沢山練習したら早く上手になるよ」
 友愛吟詩会の弟子は十人も居るそうだ。みな同じような高齢者の人で、初心者ばかりである。
「そうやなあ」
「おじいちゃんは声が太いし、詩吟に向いてると思うよ」
「そうかなあ。それならもうちょっとやってみるか」
 おじいちゃんはやる気を出したらしい。
 それ以来、毎日熱心に稽古をしている。私が学校から帰るのを待ちかねて、
「沙智子、ちょっと聞いてくれ」
 という。確かに、音程の狂いは少なくなっていくようだった。
「おじいちゃん、上手になったね」
 私がおだてるように言うと真に受けて、
「そうか。沙智子もそう思うか」
 と嬉しそうに言った。
 私が学校から帰ると、必ずおじいちゃんは私を掴まえて詩吟を聞かせようとする。
「おじいちゃんの詩吟がうるさいんやけど、何とかならへんの?」
 ある日、私は母に苦情を言った。
「そう言わんと、付き合ってあげてよ。あれでも先生に褒められて一生懸命にやってるんやから」
 やめるといったのを、やるように励ましたのは私だし、詩吟がおじいちゃんのぼけ防止に役立つなら私も応援しなければならない。おじいちゃんにはもっと元気で長生きして欲しい。
 詩吟教室に通い始めて一ヶ月経った。
「だいぶ、上手になったと褒められたで」
 おじいちゃんが喜んで言った。
 私が聞いてみると、おじいちゃんの詩吟は、少しは形になっているが、褒められるほどではない。藤倉先生は褒めることでやる気を起こさせているのかも知れない。
「ほんとうに、上手になってるね」
 私も調子を合わせた。
 学校は夏休みに入った。
「沙智子も詩吟教室を覗いてみたらどうや」
 おじいちゃんが誘った。夏休みの間なら火曜日の四時半でも大丈夫だ。おじいちゃんは私の詩吟を皆に聞かせて自慢したいらしい。
 友愛クリニックは午後の外来診察を終えて、受付の事務員がカルテなどの整理をしていた。
「あら、さっちゃん、今日は詩吟のお稽古?」
 そこにいた女の薬剤師の先生が私に微笑んだ。その先生は母と同じくらいの歳だが、風邪などで外来に受診するたびに、薬の飲み方の説明をしてくれるのでよく知っている。
 おじいちゃんは壁の時計を見上げた。四時二十分だった。お稽古の時間にはまだ早い。
「もう皆さんはお揃いですよ」
 受付のおばさんが天井の方を指さした。二階という意味らしい。少し奥まった所にある階段を上ると広々とした部屋があった。私は外来に受診するだけであるから、二階に上がったのは初めてだった。まるでホテルのロビーのように絨毯が敷いてあり、広い部屋の、ソファーのような椅子にはすでに十人近くのお年寄りが座っていた。中に二人おばさんがいる。この部屋は、人間ドックに入所した人が検査待ちなどに使う部屋ということだった。
「暑いですなあ」
 とおじいちゃんは言葉を交わして、空いている椅子に並んで座った。椅子の前にはテーブルがあり、皆は紙袋からテキストを出して並べている。
「お孫さんですか」
 近くにいた頭の禿げたおじさんが興味深そうに私を見た。
「わしが教えてるんやけど、先生に見て貰おうと思ってね」
 おじいちゃんは自慢するように言った。
 四時半丁度に藤倉先生が、鞄のようなものと紙袋を持って姿を現わした。
 先生は鞄から楽器を取り出して机に置いた。詩吟に使うコンダクターである。
「さっちゃん、今日はお供ですか。そうか、今は夏休みやねえ」
 先生は、私がおじいちゃんと一緒に詩吟の練習をしていることを知っていた。おじいちゃんは、自分が教えたと吹聴しているが、本当は私がテープで勝手に覚えたのである。
「声馴らしに合吟をしましょう。今日は一号の富士山をやります」
 一号から四号までのテキストを何度も繰り返して、それが十分に出来るようになったら次のテキストに進むそうだ。おじいちゃんのテキストを見て気が付いたのだが、詩吟は同じ節回しの繰り返しが多い。これは詩文が変わっても同じ事である。だから一つか二つの漢詩がきちんと歌えれば、あとはその応用である。
 全員の合吟が終わると、一人一人が立ち上がって自分の好きな吟題で歌う。中には音を間違える人もいる。いつも先生のテープを聞いて覚えているから、間違えたらすぐにわかる。藤倉先生は、間違えたところがあれば、そこの練習を繰り返す。
 おじいちゃんの番が回ってきた。うまく歌えるのかしらと、はらはらしながら聞いた。
「ほう、よくできましたね」
 藤倉先生は褒めるのが上手だ。おじいちゃんは得意そうに座った。
 ひとわたり終わると先生は私の方を向いた。
「どうや。さっちゃんもやってみるか」
 私はドキドキした。人前で詩吟などやったことはない。
「いつもと同じようにやったらええんや」
 おじいちゃんが耳元で囁いた。私は仕方なく、富士山のテキストを持って立ち上がった。
「声は何本くらいかな。若いから高い声がでるやろ」
 何本と言われても私にはわからない。先生の解説書には、和楽では本数で音の高さを示すと書いてあった。本数が多い方が高い音である。
 私はおじいちゃんをふり返った。
「かなり高い声やと思いますけどね」
 おじいちゃんが自信なさそうに言った。
「それなら自分の声の高さで、荒城の月を歌ってごらん」
 荒城の月ならよく知っているが、それが何で詩吟と関係あるのか知らん。
 私は普通の声で荒城の月を歌った。少し高すぎたかな。
「ええ声やなあ」
 隣にいたおじさんが感心した。
「では九本でやってみましょう」
 先生がコンダクターで音を出す。コンダクターとはキーボタンがついている詩吟用の演奏楽器である。それに合わせて歌った。富士山なら何度も練習しているから、おじいちゃんより上手に歌える自信があった。
「きちんとできてるやんか。ええ声やなあ」
 皆が感心した。
「荒城の月は詩吟で使う高音から低音までの全部の音を含んでいるんや。だから荒城の月が歌えたらその音の高さで詩吟も出来るんや」
 先生はそう説明して、
「さっちゃんも友愛吟詩会に入会したらどうや。来年のコンクールに出たら、新人の部で優勝は間違い無しや」
「でも、学校があるから、四時半の練習には来られへんのやけど」
 藤倉先生は残念そうな顔をした。
「そうやな。けど練習だけはしといたらどうや。おじいちゃんに教えて貰うて」
 藤倉先生がウインクした。おじいちゃんが私を教えることにすれば、おじいちゃんのことだから、得意になって一生懸命に練習するに違いない。
 
「大山の落しは、木の葉がひらひら落ちるような感じでゆり落とすんや」
 おじいちゃんは私に教えているつもりらしい。藤倉先生に教えられた事の受け売りだ。偉そうに言うくせに、おじいちゃんは、自分ではできないので先生のテープを聞かせる。
「まあ、これは上級者の技術やけどな」
 難しいことをちょっと言ってみただけのことだ。
 夏休みが終わっても、学校から帰るとおじいちゃんは私を掴まえては詩吟をやらせる。自分では教えているつもりだろうが、おじいちゃんの下手な詩吟より先生の範吟テープを聞いた方がずっと参考になる。
「おじいちゃん、昼間も熱心にやってるようやね」
 おじいちゃんの部屋から漏れてくる声を聞きながら母に尋ねた。確かにかなり上手になっていることがわかる。
「毎日、一生懸命にやってはるで。おじいちゃんがあんなに熱中するとは思わんかったわ」
 詩吟を始めて、おじいちゃんが生き生きとしてきた事を母は喜んでいる。最近は、漢詩の作り方の本を買ってきて、漢詩を作っているようだった。
年を越して、三月になると鷹詠館の競吟大会が開かれる。友愛吟詩会からは、おじいちゃんを含めて三人が出場することになった。舞台に立って大勢の人の前で吟じるのである。数名の審査員がそれを聞いて点数をつける。体操競技の審査と同じやり方である。
「舞台に立って人前で詩吟をするなんてことができるの?」
 私はクラス会で発言するときにも緊張してドキドキするのだ。
「そうやなあ。会社にいるときは人前で話をしたことはあるけどな」
 会社で部下に訓示するのと、舞台で歌うのとは訳が違う。カラオケなどやらず、人前で歌ったことがないおじいちゃんにそんなことができるのかどうか心配だ。
 三月の競吟大会は日曜日だった。大阪市の此花会館で行われる。
 朝目覚めると、おじいちゃんの詩吟の声が聞こえてきた。
 朝食の時に、いつもなら詩吟の自慢をするのに、その日はむっつりとしている。
「沙智子も聞きに来てくれるか」
 おじいちゃんが不安そうに言った。いつものおじいちゃんなら、わしの上手なところを聞きに来いと偉そうに言うのにと思って可笑しくなった。
 この日は、めずらしく背広を着てネクタイをした。詩吟の大会に出るには背広を着てネクタイをしなければならないそうだ。おじいちゃんの背広姿を見るのは、退職してから何回くらいだろうか。背広を着るとおじいちゃんでもいかめしく見える。
 京阪電車枚方公園駅では、この日の競吟に出る佐々木さんと石井さんが待っていた。
「さっちゃんは応援ですか」
 佐々木さんが禿げた頭を光らせて声をかけた。まだ肌寒い季節なのに、佐々木さんはうっすらと汗ばんでいるようだった。競吟に出ることは、佐々木さんにとっても大変なことらしい。
 電車で坐ると、おじいちゃんはテキストを取り出して何度も読み返していた。競吟ではテキストを見ずにやらなければならない。詩文を忘れたら大変である。おじいちゃんは、おそらく、五十数年前の学生の頃、学校の試験で教科書を広げて直前まで暗記したことを思い出したに違いない。
 此花会館に着くと藤倉先生が受付のところにいた。
「ドキドキして当たり前。舞台やと思わずに、友愛クリニックのロビーやと思うたらええんや」
 藤倉先生は、三人の緊張を和らげるように言ったが、私を振り返って、
「でもなあ、僕でも初めてのときはドキドキして、口はカラカラ、足が震えたもんや」
 と、おじいちゃん達に聞こえないような小さい声で言った。
 プログラムは、初級者の部から始まる。佐々木さんが、五番目、石井さんが八番目、おじいちゃんは十番目だった。
 会が始まると、鷹詠館の副館長の先生が開会の挨拶をし、全員が起立して国歌を斉唱した。君が代を歌うなんて、詩吟大会は古臭いしきたりがあると思った。
 競吟が始まり、舞台の中央にあるマイクに最初の吟者が立った。舞台の横には、出吟待ちの吟者が四人ほど椅子に坐っている。友愛吟詩会の佐々木さんが一番左端に坐っていた。佐々木さんは、会場の私を見つけて、人にはわからないようにちょっとだけ、手を挙げた。
「佐々木さんは落ち着いているようやな」
 いつの間にか藤倉先生が傍に来ていた。
「おじいちゃんは大丈夫かしら」
「さあ、さっき廊下で見たらだいぶ緊張しているようやったな」
 舞台に上がるまでは廊下で待つ。私は廊下でおじいちゃんを探した。おじいちゃんはコップに水を汲んで口を潤していた。口がカラカラになるらしい。藤倉先生がさっき言ったことは本当だった。
「おじいちゃん、落ち着いてやったら大丈夫よ」
「そうやなあ」
 おじいちゃんはポケットから詩文のコピーを取り出して、何度も読み返している。いくら覚えたつもりでも安心できないらしい。
「間違わずにやったら入賞できる言うてはったで」
 初級者の部では、高等な技術はいらない。間違えずに正確にやれば、入賞するだろうと藤倉先生が言っていた。初級の部の出吟者は三十名ほどで、優勝、二位、三位までが上位入賞でカップが貰える。その他の五名は一般入賞で賞状だけである。三十名中の八名だから、それが厳しい競争なのか易しいのか私には分からないが、間違えずにやれば入賞できるのだから、おじいちゃんが練習の時と同じようにやれば入賞するかも知れない。
 おじいちゃんが舞台の椅子に行ったので私は会場の席にもどった。ちょうど佐々木さんの吟が始まるところだった。
 コンダクターの伴奏が始まった。最初の一節の声が上ずっているように聞こえた。落ち着いているように見えた佐々木さんでもかなりあがっているようだ。何となく上ずった声のまま佐々木さんの吟は終わった。詩文を間違えたり忘れたりしなかっただけでも良しとしなければならないのだろう。
 次の吟者がマイクに立った。舞台の椅子でおじいちゃんは天井を向いたり客席を見たり、時々舌で唇を舐めていた。こちらを見たので私が手を挙げて合図したのに全く気づかないようだった。舞台に上がると観客の顔が見えないという話を聞いたことがある。おそらく、おじいちゃんには私の顔も観客も見えていないのだと思う。
 石井さんは落ち着いて普段と同じようにできた。もしかすると入賞かも知れない。次の人がマイクに向かうと、おじいちゃんの表情が硬くなった。次がおじいちゃんの出番である。難しい顔をして盛んに唇を舐めている。口がカラカラになっている証拠だ。それにつられて私までドキドキしてしまう。
 順番が来ると、おじいちゃんはロボットのようにぎこちなく立ち上がり、マイクの前に立った。手でマイクの位置を調整している。
 前奏が流れた。おじいちゃんは大きく息を吸い込んで声を出した。
「せんかくー、きたりあそぶー」
 うまい。その調子だ。
「うんがいのいただきー」
 高いところの声がうまく乗っている。私が聞いた限りではいつもの稽古の時と同じ感じだ。
マイクを通している為か、普段よりずっと良い声に聞こえる。舞台に上がったとき、あれほど落ち着きが無いように見えたのに、いざとなると日頃の実力を出せるとは素晴らしいと思っておじいちゃんを見直した。
「いいやないか」
 藤倉先生が私の肩をつついた。私は藤倉先生が傍に来たことに気がつかなかった。
 おじいちゃんの吟が終わる頃、廊下に出ておじいちゃんが降りてくるのを待ち受けた。
「おじいちゃん、良かったで」
 私が声をかけると、
「まだ、足がガクガクしてるんや」
 おじいちゃんの声がすこし震えているようだった。あれだけ落ち着いてやったように見えても、やはり緊張していたのだ。どんなに緊張しても普段の実力が出せたおじいちゃんは偉いと思った。
 すべての競吟が終わって成績発表が行われた。
 初級の部の優勝は、三十代くらいの女性であった。私はその吟を聞いていたが、確かに高い声で、初級者の部では声の良さが目立っていた。二位、三位の上位入賞者の発表が終わり、一般入賞の発表に移る。四位、五位、六位と発表されたが友愛吟詩会は誰も入っていない。
「七位、石井さん。友愛吟詩会」
 おじいちゃんは悔しそうに石井さんの顔をみて、お義理で拍手した。
残るは一人。おじいちゃんが拳を握り締めた。
「八位、谷山さん、友愛吟詩会」
 おじいちゃんは両手を上げてガッツポーズをした。藤倉先生、佐々木さん、石井さんも大きい拍手をした。
 帰りの京阪電車では、老人達は座席に坐ったが、私と藤倉先生とはつり革につかまって立っていた。
「先生、二人も入賞してよかったね」
「そうや。谷山さんが入賞してよかったなあ。あれだけ熱心にやっていたんやからな。これもさっちゃんのお蔭や」
 私のお蔭とはオーバーな言い方だが悪い気はしない。
「おじいちゃんがあんなに頑張るとは思わんかったわ」
「そうや。高齢者にはなにか頑張ること、生甲斐になることが必要なんや。友愛吟詩会の人がみな熱心にやってくれるので、僕もやり甲斐があると思っている」
「おじいちゃんが詩吟に生甲斐を感じているのは確かですね。先生の生甲斐も、詩吟ですか」
 先生は、そうやなあ、と言った。
「でも、僕を頼りにしているお年寄が沢山いるからなあ。まだ、当分医者は辞められへんなあ」
 先生の生甲斐は詩吟だけではなく、いつまでも医者を続ける事かも知れない。
 私は先日おじいちゃんが言った言葉を思い出した。
「沙智子の結婚式には、わしが祝賀の詩を歌うからな。それが楽しみや」
 おじいちゃんには、私が結婚するまで元気でいてほしい。そして祝賀の詩吟を聞きたい。それはまだ十年も先のことになる。
 ふと、おばあちゃんが生きていたらと思った。
「おばあちゃんも詩吟を習えよ。わしが教えるから」
 おばあちゃんは「はいはい」と答える。そして私のほうを向いてぺろりと舌を出すだろう。
「先生、おじいちゃんのこと、頼みますよ」
「大丈夫や。谷山さんはもっと上手になるよ。来年は、上位入賞を目指せるね」
 先生は私の言葉を勘違いしたらしい。おじいちゃんが私の結婚式で祝賀の詩を歌えるように、おじいちゃんの健康管理を頼みますというつもりだったのだが……。
 家に帰ると、おばあちゃんの仏壇に賞状を供えた。
「おばあちゃん、入賞したんやで。沙智子の結婚式にもわしが祝賀の詩を歌うんやで」
 おじいちゃんは得意そうに仏前に報告した。

                  了

おじいちゃんの歌

執筆の狙い

作者 大丘 忍
p0197167-vcngn.oska.nt.ngn2.ppp.ocn.ne.jp

私は大阪の某流派の詩吟の上席大範師、つまり詩吟の大先生です。そこで詩吟を小道具に使った小説を書きました。

コメント

中小路昌宏
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 へええ、そんな趣味があったのですか?

 なんか、先生には似合わないような・・・・・

 仕事一筋に生きた人ほど、退職後はヒマをもて余すようですが、私はスキーやゴルフや、海外旅行、それと囲碁など、することはいくらでもあったので、退屈と思ったことはありません。
 しかし流石に70代も後半になるとゴルフをやめ、スキーも出来なくなり、コロナのため旅行も出来なくなり、今は下手くそな小説を書くのが唯一の趣味となりました。

 詩吟をやっている知人もいますが、ごめんなさい、いかにも年寄りくさくて、まだ、囲碁の方がマシかな、というところです。
 どんな道も、極めればそれなりに奥が深いということはわかります。私はこれから、作家道を邁進していきたいと思っています。

中小路昌宏
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 作品についての感想が遅れましたが、中学生の孫の優しさが伝わり、とてもよく書けていると思いました。

ドリーム
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拝読いたしました。

これまでにない大丘作品ですね。
大丘先生はエロぼっい小説が多かったですが、やはり若い人からすれば
「いい年して」なんて言われかねません(失礼)
年相応にあった小説が今回の作品ではないでしょうか。

>「わしを置いて先に死んだらあかん言うて約束してたやんか」


長年連れ添った妻が今、逝こうとしている時の台詞 感度的でした。
この一言は如何に妻を愛していたか伝わって来ます。
最愛の妻を亡くして生き甲斐を詩吟を習う事て見出す。

理解ある娘と孫に支えられて生きて行くその様は本当に幸せに思います。
この小説を読んで考えさせられました。
私達夫婦も、いつか別れの日が来るでしょう。
どちらが先に行くとしても人世は続きます。生き甲斐を見つけたいですね。

お疲れ様でした。

アン・カルネ
219-100-29-93.osa.wi-gate.net

とても良かったです!っていうか素晴らしい!って思いました。
読んでいて脳内補完をせずとも、おじいちゃんの人となりもおばあちゃんの人となりも、またこの夫婦のありようも実によく伝わってきます。娘や孫娘がおじいちゃんを気遣っているところもよく伝わります。
どこにでもいそうで実はどこにもいない、理想の家族っていう感じもしますが、この作品においては設定としてもそうである必要がありますしね。そして何気に義理息子の不在がこの家族をリアルにみせてもいます。
>おばあちゃんに小言を言うのはおばあちゃんに甘えていたからだろう
ほんとにそうですよね。この言葉には胸を突かれる思いがします。
詩吟という小道具もとても活きていたと思います。私も詩吟って言葉だけでしか知りませんでしたが、作品を読んでいて面白そうだなと思わされましたから。小説を読む醍醐味のひとつ、自分の知らない世界をリアルに見せてもらえたという満足感があります。
詩吟には李白の詩もあったりするのでしょうか。詩吟に漢詩なら知る人が聴けば恋の歌、知らない人が聴けばただ景色を謳う詩、そんな小技も仕掛けられそうですから、このおじいちゃんにはあっていそうで、いつかそんな詩を朗々と歌うところも想像してしまいました。でもまずは孫娘さんの結婚式ですねー。

大丘 忍
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中小路昌宏様

 読んで頂きありがとうございます。私は大阪の詩吟流派に所属して詩吟をやっておりました。私のクリニックで教室を作り、20人ほどの弟子を教えておりました。この小説のように高齢者が対象ですが、高齢者の健康維持に詩吟は非常に有効な趣味でしたね。
 本作は、その体験から、ある高齢者が詩吟お稽古に生き甲斐を感じ頑張っているところを描きました。
 熱心な方の中には漢詩を作る方もあります。漢詩は漢字を並べただけではなく、約束事があってむつかしいものですよ。高齢者のボケ防止には非常に良いことですね。

大丘 忍
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ドリーム様

 読んで頂き、感想をありがとうございます。70代の中頃50年連れ添った妻が亡くなるとき、「わしを置いて先に死んだらあかんと約束したやないか」と涙を流しました。それを思い出し、この言葉はぜひ入れなければならないと思っていました。
 残念ながら、私には孫がおりませんので、孫娘の沙智子を描くときはこんな孫娘がいたらなあ、と感慨深いものがありました。

大丘 忍
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アン・カルネ様

 読んで頂き、感想をありがとうございます。学生のころ卓球部の後輩が遠征先の旅館で、「先輩に捧げます」と言って吟じてくれた詩吟が心に残っており、一人前の医者になって詩吟を習い始めました。そして流派内では最高の、上席大範師になり、20名ほどの弟子(ほとんどが高齢者)を持っておりました。コロナ騒ぎで教室を閉鎖しましたが残念なことです。
 しっかり女房の尻に敷かれた亭主、という雰囲気で夫婦を描きましたが、これは私がそうであったためで、夫婦は女のほうが強いのが理想だと思いますね。女房や子供に暴力を振るう男は最低だと思っております。
 詩吟から引退しましたから、これからの老後の楽しみは小説書きということになります。私は女が好きですが、女房がいないので、小説のうえで楽しみたいと思っています。

夜の雨
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「おじいちゃんの歌」読みました。

ご近所の平和な家庭の老人とその孫が起こす話。
「詩吟」が取り持つコミュニケーション。
地域の医院から発した老人問題を、底の部分から考えた物語といったところでしょうか。
老人になると、やることなすこと億劫になり社会参加をしなくなるどころか、家庭内でも浮いてしまう。御作では、愛する妻を亡くした老人が、孫の沙智子に励まされて家庭内どころか外の生活へと踏み出す話が描かれてしました。

御作は、地域の医院である藤倉先生が老人に生きがいをと考えたのでしょうね。
その呼びかけが膨らんで主人公である沙智子の参加まで広がった。
もちろんこれには彼女の祖父である谷山さんの生きがい探しが関係しているのですけれど。

話はよくできていて、祖父の谷山が妻を亡くして人生前向きになれないところに孫である沙智子が寄り添っているうちに、彼女まで詩吟をやるようになった。
祖父を励ましているうちに藤倉先生の医院でやっている詩吟教室まで行くようになる。
最終的には此花会館での「鷹詠館の競吟大会」に祖父は出ることになり、将来は沙智子の結婚披露宴で詩吟を唄うぞと前向きになる。

中学生の沙智子の視点で描かれていて、祖父を温かい目で見ていたり、周囲の老人たちの雰囲気もよく描かれていて沙智子が溶け込んでいる様子などがよかった。

いままでの大丘さんの作品との違いは、中学生の沙智子の視点で描かれているところで、その描き方に違和感がなかったのが、凄い。

これからも頑張ってください。


お疲れさまでした。

大丘 忍
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夜の雨様

 おじいちゃんの歌を読んで頂き、感想をありがとうございます。これは私の作品の中では、エッチな点は全くない健康優良児的作品です。
 詩吟に関しては、私は詩吟の大先生ですからその知識や経験を利用して描写しました。実際に年寄りの弟子を教えておりましたので、その点では書きやすかったですね。
 孫娘を語り部としておりますが、それが話の進行を滑らかにしてよかったと思います。
 これは私の大好きな作品の一つです。

 またそのうち、セックス大好きな作品を上げますのでご期待を。

ラピス
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この作品の大きな魅力は、詩吟を知らない読者をその世界へ連れてゆき、習いたいと思わせる点ですね。普通は中々そこまでは書けませんです。
荒城の月で音域が分かるなんて知りませんでした。思わず歌った私です。
ちなみに70代の従兄が詩吟をやっており、親戚の結婚式などで聴かせて貰ってます。

大丘 忍
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ラピス様。 読んで頂き感想をありがとうございます。

 詩吟は、歌の一種ですから高音の部分や低音の部分がありますので、その音が出せる音域が必要です。それを調べる簡単な方法が「荒城の月」を歌ってみることです。私は詩吟の師範をしておりましたが、この方法でその人の音域を調べていました。これは簡単な方法ですから、試してみる必要がありますね。
 詩吟のコンクールでは、高音の方が有利ですから、できるだけ高音で歌うようにしております。
 詩吟は高齢でもできるので、高齢者の趣味としては非常にいいと思います。

通りすがり
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大丘忍さま。感動しました。
いつもは7,8面にいて、なくなる作品を読むのを優先してますが、
いい感想が集まっているので、拝読しました。
すっごく良い、です。読みやすく、面白く、登場人物がみな愛しくなる
感じの本当にいい作品でした。
感想は、8→7→6面とさかのぼり読みが追い付いたらにしようと
思っていたのですが、今朝、偶然ご近所から詩吟が聞こえてきたのです。
なんでだろう。たしなむ方が転居していらしたのか、聞かせるレベルに
なったと自負して窓を開けておいでだったのか?
ともかく「感想を差し上げろ」という天の声と思って、お邪魔します。

おじいちゃん、母、お孫ちゃん、教室の先生、仲間、大会で会う人たち、
先生との病院の仲間、それぞれもっとキャラと仲がいいとか悪いとか、を
深掘りしていったら、
一冊分の良作・快作になりますね。
映画ですと周防監督の「シャル・ウィ・ダンス」の
話運びやキャラ設定が参考になると思います。
あの映画は前評判がよく、早く観たかったので、
初日の最終回に仕事の後、ギリギリで間に合い、上映後
自発的にみんな拍手してました。あのカタルシスを思い出しました。
いまPCの前から、大丘先生に拍手をお送りいたしました。👏👏👏

一つ、二つ、単なるいちゃもんですが(失礼)、
唐突に、習うと「ぽつり」と言うのではなくて、
その前が欲しいです。
おじいちゃんに何か出来事があって「習う」と宣言する。
反対される、でも「やりたいんじゃ」と「ぽつり」という、とか、
あるいは、いきなり立ち上がって宣言。「やるったら、やる」など、
それに対する母娘の反応、心情もからめ、
全員の性格をくっきり出していくといいと思います。
「何か始めたい」→勢いで「詩吟」と言っちゃうとか。

もう一つ、入賞者が発表になるところも、じっくり、ねっちり、
ページをとって楽しませていただきたいです。
悔しそうな顔、だけでは性格が悪そうに見えて、損です。
「ボールルームへようこそ」という社交ダンスの漫画が
アニメにもなっていますが、これも、入賞者発表のシーン、
非常にたくみです。

教室のひとも、どうして始めたのか、うまいところ、残念なところ、
家庭とか、個性を出したら、どんどんよくなると思います。
なにかきっかけがあると、若い世代にも思わぬブームになるので、
詩吟ブーム、起こしましょう!
応募先は、集英社のすばる、それとも、昔からの名作のほかに、
良質な漫画、アニメやドラマのノベライズもしている大手の児童文学が
いいかなと、おせっかいな夢想にひたっています。
NHKの朝ドラから依頼がきたと想定して、長く、ふくらませていただきたいです。
カクヨム、なろう、アルファポリスとか、投稿小説サイトに全出ししておくと
いいかもしれませんね。そしたら、目に留めたどこかから声がかかる、
詩吟を題材にするときに、ご挨拶がくる、ありえると思います。
おつかれさまでした。夢がふくらむ作品をありがとうございます!!!

通りすがり
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追記です。
いまも開催しているかは調べていませんが、
10年くらい前でしたが、講談社が
応募者を60代以上に制限した、
シルバー文学賞をやっていたと記憶しています。
年齢を~才以上としたうえ、さらに枚数も
300枚以上となかなかハードな条件でした。
主宰側のメッセージとしては、
「豊富な人生経験、職業体験などが埋もれていくのは
惜しい。枚数を多くしたのは、それだけ書ける人は
言いたい思いがたくさんあり、引き出しがある。
我々編集者が、単なる長いものではなく、良い長いもの、
それを書ける人になるよう助力したい」でした。
長くして作風にあうものに応募しましょう!

大丘 忍
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とおりすがり様。

 読んで頂き、いろいろの有益なる提案を頂きありがとうございます。この作品は、63歳のころ、今から27年ほど昔の事ですが、はじめて小説を書き始めたころの作品でした。小説の書き方にも慣れていなくて、当時言われていた「説明より描写を」という原則を念頭に置いて書いたものです。
 その後、書いたものが小説になっているかどうかは、文学賞に応募して一次に通過することである。一次に通過すれば上手下手別として、一応は小説になっている聞いておりました。そこでおなじころ、「銀の雫文芸賞賞」というマイナーな賞に応募したところ最終選考に残ったことがあります。
 私は、会社勤めの経験もなく、飲みに出かけたこともなく、人付き合いもなかったので、狭い医療の範囲を描いたものが多かったのですが、腕試しの文学賞として、長さが適当であった北日本文学賞の応募を続けておりました。たいてい二次どまりでしたが、二次まで行くのは一応は小説にはなっていたのだと思っておりました。
 還暦過ぎから書きはじめ、著名作家の読書経験もあまりなく、自分が佐作家になることは考えておりませんので、小説を書くことを楽しみという方向でやっおります。時々若い性欲旺盛だったころを思いまし、オポルノも書いて楽しんおります。
 いつまで投稿できるか分かりませんがよろしくお願い致します。

通りすがり
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大丘さま、早速のお返事ありがとうございます。
昨日、聞こえてきたのは詩吟ではなく、
隣の隣の敷地の、地鎮祭の祝詞でした。
自分の無知に恥、苦笑です。
でも、日本の和事はいいですね。
YouTubeで詩吟探してみようと思います。
高校の古典漢文の時間に、五言律詩とか
先生が音声を流してくださいましたが、
当時は、みんなで肩を震わせて、笑いをこらえていました。
京都や奈良の神社仏閣のようなもので、
ある程度、年齢がいかないと良さ、凄みに気づけないかも
しれません。
銀の雫、おぼえがあります。北日本もなかなか
高レベルなコンクールですね。最終まで残るなら
筆力、語彙力は十分で、あとは、サービス精神、
山と谷をちりばめる、でしょうかね。

もう少しキャラとそれぞれの背景を克明にして、
長くして、大手の出版社の賞に挑めると思います。
だいたい原稿用紙10枚ごとに、プチ事件を起こして、
スランプになってみたり、同窓会に出て
詩吟仲間や、他のことで頑張ってる旧友たちに鼓舞
されたり、色々ふくらむと思います。
そんな初期作品とは思いませんでした。
ちゃんと世に出して、「冠」をつけましょう。こちらは。

官能小説も、面白いのはほんと良いですね。
そっちも、ベテランがずいぶん引退したり、
エンタメに移行したりで、
椅子がたくさんあいてると思います。

大丘 忍
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通りすがり様。再訪感謝。
詩吟はYouTubeでも聞けると思います。小説家への登竜門として太宰治賞がありますが、私の知人の小説志望者が、「太宰治賞の一次に通過したら死んでも悔いはない」と言っていたので、へー、そんなものかと思って一度だけ応募したことがあります。その時はその人も私も一次通過をしました。私は作家になろうという希望はなかったので、登竜門への挑戦はやめ、北日本文学賞に十回ほどの応募を続け、たいてい二次どまりでした。作家になろうというつもりはなかったので、あまりやきもきすることなく、創作を楽しんで投稿すという方針でやっております。
せっかく小説を書くなら活字の出版物として残すのがいいだろうと考えて、出版社の短編集に応募して二冊ほど私の小説が載っております。素人書き手としてはそれだけで満足ですね。
90歳ですから、あと何か月生きうるかわからない高齢の私は、作家になるという夢は必要なく、小説を書いて楽しむだけで十分だと思ております。
わかいころ女房と励んだセックスを思い出しながら官能小説を書くのも楽しみですね。

ふみゆう
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翻訳機かけて拝読しました。男女情愛一切無い文章は珍しい。あまりストーリー掴まらなかったから今回は評価できなくて申し訳ありません。

自分は漢語話者なのに漢詩を感情込めてちゃんと詠む事ありませんでした、周囲もそうしません 只々ひたすらに漢文対策をしました。少々国語の授業中に朗読名家の朗読動画を聞いたが、その朗読の感情が変なので最後まで聴けなかった。日本人の漢詩朗読の仕方も一切存じませんでした苦笑 そのまま訓読みでしょうか?それに、日本は詩吟さえも師範できますのこと...?

話がズレていますが、大丘様の官能小説(ごはんアクセス初日で俊夫と濡れ落ち葉のアレを読みました)...文体が1990過ぎて、リアルさも殆どなくて、読了直後とても困惑しました。あれはどんな時で書かれた作品でございますか?

今回の投稿ありがとうございました。

大丘 忍
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ふみゆう様

 読んで頂きありがとうございます。この小説は、おじいさんと孫娘の対話を中心として、おじいさんが詩吟を始めようとしたところを描いたものです。だから、殺人とか恋愛とか、官能的場面の描写はありません。
 詩吟は漢詩に節をつけて歌うことで、漢詩は李白とか杜甫の昔の人の作や現代人の作もありますが同じように吟じます。
 ぬれ落ち葉という作品は、不感症と言われていた女が、痴漢の手管によって官能を開発されたことを描いたものです。
 外国の方には少しわかりにくいかもしれませんね。

ふみゆう
103.152.112.147

ご返事ありがとうございます。

今日は初めて詩吟動画を視聴しました。少し長いから後で視聴再開しようと思います。漢詩の訓読みよくわかりません(聞き取れない)が、確かにその美しさを感じました。母国の吟詩は既にほぼ読み上げになりました。

濡れ落ち葉は割と読みやすくて翻訳機かけなくても読めるんですが、そのストーリーはどうしても理解できません。これも時代に制限されて、観念の違いなのかな...

「船井、お前なんでこうした????」と「全ての元凶、一番去勢+無理やりに性交強要されるべき俊夫」、「あの濡れ落ち葉はなんなん???」「この官能小説なんなん???」しか思えなかった。

ログ落ちた作品についてですが、僭越ながら失礼します。私小説は作者本人の影ありすぎて(私小説だからしょうがないだもん...)、雪山の作り物はストーリーが飛躍しすぎたから全く理解できなくて失笑しました。

通りすがり
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大丘さま。こんばんは。
海外の方が、翻訳かけてまでお読みになり、
詩吟の動画もご覧になられたという。
これは作品とキャラに魅力があるからです。
趣味にとどめず、長くして、応募しましょうと、
しつこく再度コメント差し上げました。

ふみゆう
103.152.112.147

通りすがり様へ

ありがとうございます。
漢語圏出身ですが、自分の地域はそんなに「伝統文化」を重視していません。漢詩もただの進学対策として授業をする。例えば伝統衣装を着て出掛けたら人に着物に間違われて殴られる・服を脱がされる可能性があります。

私の日本語レベルは日常会話が無難ですが、長文の場合はまだスラスラと読めません。文豪達の作品読むには辞書常備必要。

こゝろ読んだ直後毒気まだ抜けていないままで、ごはんアクセスした。初日の深夜では適当に気に入ったタイトルを見て、「ガラス工場の少女」を選んで 文体は古いから個人的には好きでした 大丘様のことを高校生だと思ったのにまさかの戦時生まれ。
(翻訳の許可頂いたのにまだ何もやっていません苦笑

支離滅裂な離題発言失礼しました。

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