作家でごはん!鍛練場
大丘 忍

雪の山小屋

 国道から外れて枝道に入ると積雪は益々深くなり、タイヤチェーンを巻いていてもスリップして、運転には細心の注意を要する。止んでいた雪は再び降り始め、風に舞ってヘッドライトの輪の中を横に流れる。この夜更けの長野県の山道では行き交う車も途絶えていた。
 男に貢ぐために会社の帳簿をごまかし、会社から盗用した金と、その穴を埋めようと借りたサラ金の金がつもり積もって一千万円を超えている。女事務員の給料で払える金ではない。間もなく会計監査があるので、使いこみが露見するのも時間の問題であろう。金の切れ目が縁の切れ目、男にも捨てられた。
 石倉千絵は、暴力団まがいのサラ金からの厳しい取り立てを逃れてやっと大阪から此処まで逃げのびてきたのである。逃げ回るのにも疲れはて、これがもう限界であった。所持金も底をついている。
 何気なくカーラジオのスイッチを入れてみると、先日起きた三人組の銀行強盗事件の犯人のその後を報じていた。そのうちの一人は逮捕されたが、その自白によると、逃走中の犯人は後鬼幸正という男で四十二才、身長百八十センチ、眉が太く、いがくり頭だそうだ。もう一人は、岡沢伸吾、五十七才、身長百六十センチ、半白髪で痩せ型。二人は一億二千五百万円を奪って車で長野県の山奥に逃走中である。

 道端に乗り捨ててある黒っぽい乗用車を避けて通り、やっと目指す山小屋に到着した。この山小屋は、夏の間に山林の番人が寝泊まりするのに使った廃屋である。昨年の夏に登山にきてこの廃屋があることは知っている。
 千絵は車を乗り捨てると、小屋の中に入りライターに点火してあたりを見回した。煤けたランプにまだ灯油が少し残っている。ランプに火をつけ、そのあたりに散らばっている廃材を集めて暖炉で燃やした。部屋が明るくなり、冷えきった体が少しは温まってくる。
 バッグからウイスキーのボトルを取り出して朽ちかけた机の上に置いた。ボトルには三分二ほどウイスキーが残っている。
 壊れかけた椅子に腰をおろし、物思いにふける。
「これしか方法はないわ」
 と呟いて、ウイスキーのボトルに手を伸ばした。
その時、急に冷たい風が吹き込んできた。千絵が入り口を振り返ると長身の男が中を窺っている。
 女一人と知って男は用心深く中に入ってきた。朽ちて閉りの悪い入り口から風と雪が舞い込んでランプの火が揺らめく。男は拳銃を構え、油断なく辺りに目を配った。
「ねえちゃん、お前ひとりか?」
 陰気な声で男が訊ねた。千絵は身を固くしてうなずいた。
 男はほっとしたように手にしていた大きな鞄を下ろし、その上に腰掛けた。拳銃は千絵を狙ったままである。
「あなたは銀行強盗の……」
「そうさ。おれが主犯の後鬼だ」
 男は立ち上がって肩に積もった雪を振り払った。
「この中にはな。一億二千万あるんだぜ。皆俺の金だ」
 男は鞄を少し開いて札束を見せ、太い眉を不気味に曲げて笑った。
「相棒の岡沢の奴、金を独り占めにしようとしやがった。だから今ではお陀仏さ。死体は絶対にわかりっこない所に始末したけどな」
 拳銃を千絵の胸にむけてゆっくり回した。
「どうしてそんなことを私に言うの」
「どうせ、ねえちゃんにはここで死んで貰うんじゃ。諦めな」
 千絵の恐怖を楽しむように、椅子から立ち上がって千絵の体を撫でまわす。
「なにも恐がることはない。この引金を引けば簡単に死ねるぜ」
 男は千絵の胸を掴んだ。
「なかなかいい胸をしてるじゃあないか」
「どうしても殺すなら、死ぬ前に私に極楽を味あわせてくれない?」
「ほう、抱かしてくれるんか。そりゃあありがたいな」
「抱く前にウイスキーで景気をつけてよ」
 男は拳銃を机に置いて、千絵が座っていた椅子にどっかと腰をおとした。ウイスキーのボトルに目をやる。
「おお、良いものがある。寒いときにはこれに限る」
ボトルの栓を抜き、一口ラッパ飲みをした。
「ああ、ぐっとこたえるぜ」
 また一口飲む。
「ところでねえちゃん、車で来てるんだろう。キーを出しな。お前にはもう車はいらんからな」
 千絵は恐る恐る車のキーを机に置いた。
「どうだ、ねえちゃんも付き合うかね」
 男はボトルを差しだした。
 慌てて首を振って男の手元を見つめる。
「もうすぐ殺されるんだ。なにも遠慮することはねえぞ」
「酔っ払ったらせっかくの男の極楽の味がわからなくなるでしょ」
「それもそうだな」
 男は薄ら笑いを浮かべてちびりちびり飲む。
「これを飲み終わったら極楽を味あわせてやるからな」
千絵は広がった瞳で男の口元とボトルの中身を見比べる。
「さあてと」
 男は最後の一口を飲み終わった。
「ねえちゃん、脱げよ」
男に促されて、震える手で千絵は上着のボタンを外そうとした。
「上からじゃあねえ。下を脱げ」
 ゆっくりと時間をかけてスカートを滑り落とした。
「パンツもだ」
 男が舌なめずりをする。下着を脱いだ千絵の裸の下半身にランプの炎が揺らめく。
「そこへ寝ろ」
「ちょっと待って。全部脱いでしまうから」
 ゆっくりと男をじらせるように上半身も脱いでいく。
「ほう、ヌードを見せてくれるんか。サービスがいいな」
 男は立ち上がろうとしてよろめいた。
「いけねえ。飲み過ぎたかな」
 空になったウイスキーの瓶に目をやる。
「これっぽちで酔っぱらう筈はないんだがな」
 男は二歩三歩千絵に近づこうとして机にもたれ掛かった。古い机が歪む。音を立てて男が床に崩れ落ちた。
「ねえちゃん……」
 伸ばした男の手が床を掃いて止まった。
 千絵はそれを見すまして大急ぎで衣服をつけた。男はだらしなく口を開けて眠り込んでいる。
 床に落ちた車のキーを拾い、側に寄って男を足でつついて見た。男はおおいびきをかいてびくともしない。
 男が持ってきた鞄を開けた。中にぎっしりと札束が詰まっている。急いでその札束を自分の車に運び込む。鞄の中には五百万円ほど札束を残しておいた。
「この寒さだ。ゆっくりお寝んねしてね。永久に」
 にやりと笑って自分のバッグから封筒を取り出した。
「馬鹿なやつだよ。睡眠薬入りのウイスキーを飲んで、代わりに死んでくれるなんて。これにはもう用はないわ」
 念のためウイスキーのボトルをハンカチで拭き、男の手に握らせた。
 遺書と書かれた封筒を暖炉に置いてライターで火をつける。燃えつきるのを確かめて、戸を開け放したまま部屋を出た。暖炉の火は既に消えており、戸口から窓に吹き抜ける雪が男の体に積み重っていく。
「馬鹿なやつ」
 もう一度呟いて千絵は車のエンジンを始動させた。

 翌日の夕方、一流ホテルの部屋で千絵はテレビのスイッチを入れた。
 アナウンサーの声が流れる。
「銀行強盗犯の一人、後鬼幸正は長野県山中の山小屋で死体となって発見されました。死に至るような外傷はなく、現場にはウイスキーの空き瓶があり、警察では後鬼はウイスキーを飲んで酔っぱらって寝込んだため凍死したものと断定しております。なお、発見された現金は五百万円のみで、残りの一億二千万円は共犯の岡沢伸吾が持って逃走中であると考えられ、警察は岡沢の行方を追及中であります」

                 了

雪の山小屋

執筆の狙い

作者 大丘 忍
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私が書くものは私小説が多いのですが、これは全くの作り物です。短いのですぐに読めます。

コメント

南の風
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読ませて頂きました。日頃の大丘様の作風とは異なる雰囲気ですが、読みやすく、最後まで引っ掛かりなく読めました。しかし逆に、もう少し引っかかりがあった方が良いとも思いました。「え?」と思うところがあると、その後の「おっ!」が生きてくるかもしれません。

私も同じ傾向なのですが、会話の場面になるとどうしても地の文が短くなりやすく、短い文になると行為の説明(〜した)が増えます。私はこの部分にも心理を入れたいと思っております。

私の場合、会話文だけで心理を描くのはなかなか難しいです。
参考にさせていただきました。有難うございました。

ドリーム
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拝読させていただきました。

これまでの大丘さんの作風と違い楽しめました。
私はこういう風なのが好きです。
出てくる登場人物は全て悪党ばかり。

だけど主人公の犯罪は横領、一方は銀行強盗に殺人。罪の重さが違うから、つい主人公に応援したくなる。
最大のピンチも睡眠薬入りのウイスキーを飲ませて逆襲。
最後に気になるのは主人公を襲ったのは後鬼だけですか、岡沢は別行動だったのでしょうか。
いずれにせよ楽しめる作品でした。

夜の雨
ai195219.d.west.v6connect.net

「雪の山小屋」読みました。

わかりやすいエンタメですね。
男に貢ぐために会社の金をごまかし、さらにサラ金それも悪徳業者から金を借りて返済できなくなり、ドロンとは。
雪山に逃げたところ、そこに銀行強盗犯が多額の金をもって登場。

このあとはだいたい流れはわかりますが、流ちょうな文章でラストへと。
自殺用に、ウイスキーに睡眠薬を入れておいたので、それが役に立ったようです。

● 設定でうまいと思ったのは、強盗犯のカバンに現金を500万残しておくところですね。

こちらの作品は以前読んで感想を書いた記憶がありますが、内容までは覚えていません。

それでは頑張ってください。


お疲れさまでした。

fj168.net112140023.thn.ne.jp

読みました。
私小説よりも読みごたえがありました。が、設定に無理がある気がします。もう少し文体を崩し、星新一のようなファンタジー風に仕上げるとよかったかなと思いました。

大丘 忍
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南の風様

 読んで頂きありがとうございます。私はまもなく90歳になろうという高齢で、いつまでここを覗けるかわからない状態です。昔書いたものを載せることを楽しみにしております。感想はありがたく拝読いたしました。

大丘 忍
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ドリーム様

 読んで頂き感想をありがとうございます。

 岡沢は金を独り占めにしようとして殺されております。会話で示しているはずですが。
この金をもとにして、女がいかに復讐するかを物語れば長編になるのですがね。

大丘 忍
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夜の雨様

 読んで頂き感想をありがとうございます。これはずっと以前に投稿した記憶があります。
逃走後を書き加えて、と思ったのですがこの歳では新たに書き加えることがしんどくてそのままの投稿になりました。
 こんな小説のほうが、私小説より面白いと思いますね。

大丘 忍
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凪様

 読んで頂き感想をありがとうございます。
 私は他の小説家の文体をまねることはできません。それほど他の小説家の小説を読んではおりませんし、この文体は高校時代の作文と同じようなものですね。
 他の読者ほど、小説家の小説を読んでおりませんので。

上松 煌
207.140.150.119.ap.yournet.ne.jp

大丘 忍さま、こんにちは

 おれは普段、あなたの作品など読まないのですが、感想をいただいてしまったので、飛んできました。
出来が良くないですね。
全体にやっつけ仕事的な粗さ、思いつき、ご都合主義が目立ち、初心者でもこの程度の作文は書きます。
2週間縛りがもったいなくて、急いで間に合わせた感があり、思ったとおり失望しかありませんでした。
が、感想返しを見ると、以前の作品だとか。
う~ん……。

 設定も内容も既視感ありあり、文章は事象を追うだけで、ここぞというハイライトも盛り上がりもなく、しょっぱなから、
「なにこれ? これじゃあ、山小屋じゃなくて、廃別荘か廃ドライブインでいいじゃん。第一、『夏の間に山林の番人が寝泊まりするのに使った廃屋』が車でいける道路っぱたにあるわけねぇじゃん。だって、この女自身、『登山』で見つけたんだろ。おまけに山小屋に暖炉ぉ? ゴージャス。いろりだろぉよ。また、ご都合よく周りに廃材が転がってること」
とアタマをかかえ、女の過去ももろ定型、犯人も同じく。
さらに睡眠薬入りのウイスキーでお寝んね、死亡……安易~。お笑いかよ!
時間の押してるTVドラマじゃねぇんだぜ。
もし、コレを本気で良しとしている読者がいるなら、おれは穴が開くほどソイツのツラを見てみたいですね。

 じゃあ、長さから言って、これはショート・ショートなんスかね?
だったら、シャレたくすぐり(エスプリ)、チクッとした社会批判(アイロニー)も欲しいし、やっぱりどこかに作者のモノの見方が入っていなければならない。
これでは初心者が冒しやすい「短い=ショート・ショート」となってしまう。
もちろん「掌編=ショート・ショート」ではないし、「ショート・ショート」は文学の一分野を確立したひとつの形態です。

 ま、敬老の日なのでこれくらいのお優しい感想にしておきますが、お互いにあんまり恥を残さないようにしたいものです。

 

大丘 忍
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上松様
 厳しい感想ですが、まあそんな見方も納得できますね。

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