伯爵邸の奇妙な客人たち
炎天の空に、誰かの叫ぶ声が聞こえた。
1932年 午後一時半のことである。
浜辺に数人の水死体が発見された。
どれも、湿った昆布や海藻をドレスのように纏い、肩には大きな爪痕を刻まれていた。
この死体は随分と昔のものであるらしく、身元は確認されていない。
一体、彼らはどこからやって来たのか。
暗い海の底から、昔の亡霊の手が現れて、再びあの悪夢を甦らせる――。
同じく1932年、初夏。
伯爵家が所有する海辺の別荘。
私が海岸に佇んでいると、羽根が真っ黒い、大きな鳥の群れがバサバサと飛び去っていった。
なだらかな曲線を描いた海岸に波が当たっては砕けていく。
水の透き通ったところが白く泡立てられる。
海辺一体は、まるで一面に雪を降り積もらせたようだった。
領地のトレードマークになりつつある真っ白い砂は、地元の人々によって瓶詰めにされ、近くの売店で旅行客へのお土産として売られている。
(本当に来ちゃったんだ)
遠くで小さな影となった船が揺れている。
暖かさに瞼が重くなっていく。
まだこんなにも日差しがきつくなかった頃。
私は長らく学校に行けておらず、母はクリニックやカウンセラーを探しては次々に訪ね回っていた。
何に疲れていたのか、自分でも分からないまま、心と身体が朽ちていった。
人の繋がりの濃さには驚くばかりだが――私の祖母は、この海辺を治めている伯爵夫人と親しい間柄にあったらしい。
そんな私たちを見ていた彼女は、せっかくの長期休暇に入ったことだし、リフレッシュも兼ねて海を眺めてきなさい、と申し出てくれた。
そして今、ここにいて、柔らかい波の響きを静かに聞いている。
『海なんていつ以来かしら』と母は久しぶりに微笑みを見せ、申し訳なさが胸の中で渦巻くのをどうしようもなかった。
すうっ、と息を吸いこんで深々と吐き出す。
田舎の、爽やかな混じり気のなさは、一陣の風となると体中を吹き抜けていった。
心地よさに思わず頬が緩む。
とにかくこの夏は、時間に囚われないゆったりとした時を過ごして、早く元気になれるよう努めよう――。
私の未来は、時を永遠に止めてしまった美しい絵画の中で、少しずつ、何かが変わり始めている気がした。
そう心に誓ったはずが、まさかこの、海と砂とお城だけが見える穏やかな場所で、あんなことが起こるとは思いもしなかったのだ。
エピソードI
「ラン!ドアの鍵を閉めるのを忘れずにね――!それからあまり遠くへ行き過ぎないこと!」
扉の向こうから、母の声が響いてくる。
私はまさに出かけるところだった。
母の言いつけに軽く相槌を打ちながらも、これからする遊びの計画について思いを巡らしていた。
心がふわふわと空を舞っている気がして、思わず微笑みが漏れた。
底の見えない鞄から、なんとか鍵リングを探し出し、あたふたとしながらドアの戸締まりをする。
私たちが伯爵夫人から借りている別荘だが、15ヘクタールは軽く超えており、広大という言葉がとても相応しく、部屋は30個備え付けられていた。
ひたすらに長い廊下を歩く。
歩き、突き当たりに出た所で、バドラーやメイド達のための裏口階段を見つける。螺旋階段を降りる。ひたすら降りる――。
裏の玄関から、身を投げ出すように外へ出た。
「やった!自由だ……。これで、ベッドでごろごろしてるお母さんに、いちいち物を運ばなくても済む!あの部屋、とっても可愛いけれど、どこか窮屈なのよね……」
この数日間、母は私にあれこれ指図していた。
執筆の狙い
夏のミステリーを書きたかったからです。 なるべく良い作品に仕上げたいのでアドバイスよろしくお願いします!