作家でごはん!鍛練場
小次郎

恩知らずノート

 普通に歩いていたら、絶望のドアが開いている。僕の人生はそんな感じだった。

 中学生の時、いじめを受けた。僕が善良な人間にも関わらずだ。

 僕はボランティア活動をいっぱいやっている。街の清掃を誰に言われた訳でもなくやっているし、僕より小さな子供達にお金を恵む事もあった。そうしている理由は福運を獲得する為である。福運で人生豊かになりたかった。

 どうして僕がいじめを受けたのかわからない。因果応報というものがあってもいいはずだ。善い事をしている僕に善い事が反ってくる。こんな希望に満ちた世界を僕は待ち望んでいる。いや、望みではない。福運を獲得する為に行動している僕はこれからの人生安泰である、きっと。人に何かをする時、自己利益の為にやると最終的に高次の存在に裏切られる。そう僕に講釈たれた奴がいるが、そんなのは間違っている。善い事をしたら、善い事が反ってくる。これが、人生の法則なのだ。

 いつものように通勤でバス停まで歩いていたら、その途中豪華なノートが落ちていた。

 煌びやかな青い宝石がノートに嵌め込まれていて、中を開くと恩知らずノートと書かれていた。紙の手触りはザラザラしている。一頁目にある使用方法に、僕は目を通した。

 このノートはあなたが恩を売った相手と、恩を売った内容が書かれています。このノートを見ながら恩を売った相手と具体的な与えた恩の内容を頭の中でイメージし、恩知らずめ返せと唱えると、あなたが与えた恩に見合ったものを回収出来ます。

 そんな、馬鹿な事はあるか。そう思い、次の頁を繰った。

 すると。

 人の名前と僕が与えた恩の内容が子供の頃から今までの分まで書かれていた。

 試しに僕が中学生だった時、子供に与えた百円が回収出来ないかと、本の通り子供の顔を思い浮かべ百円恵んだ事をイメージし、一目を憚らず恩知らずめ返せと唱えてみた。

 背後から、自転車のタイヤが道を踏んで走る音が聞こえてきたかと思うと、僕の横で自転車の操縦者が止まった。

「これあげます」

 差し出されたのは、飴玉の入った袋だった。それは、百円ぐらいの価値がすると思った。

 これは使える。みんなに因果応報をしらしめよう。そう思い、次々に全ての恩を回収し僕は潤った。

 と、思った。

 思ったのである。

 その時。

 僕の前からかつて友人だった者が現れ、僕が持っている装丁と同じノートを拡げたのである。

 かつて友人だった者は、恩知らずめ返せと唱えた。僕はこいつから、メロンをもらった事を思い出した。不思議な魔力にかられるように、僕はこいつに三千円を差し出した。

 次々に、恩知らずめ返せと唱える者が現れ返さざるをえなくなった。

 気がつくと、僕は無一文になってしまった。それなのに恩知らずめ返せという声が聞こえるのである。

 目玉を一つ売ればいいんだと思った。

 不思議な魔力に導かれるように、僕は歩き始めた。二日後、知る筈もない闇外科医の元へたどり着き、目玉を一つ摘出してもらった。その目玉を闇外科医に売って、現金に換えた。恩知らずめ返せと、唱えた者がどこにいるのか不思議とわかった。電車に乗り恩知らずめ返せと唱えた者の元へ行き十二円をうまい棒をもらった対価として手渡した。また、恩知らずめ返せという声が聞こえる。

 何度も。

 目玉を一つ売った現金を使い果たしてしまった。だから、臓器を一つ売った。

 また、恩知らずめ返せと聞こえた。

 売れる全ての臓器を売り尽くした。それでもなお、恩知らずめ返せという声が聞こえるのである。

 そして。

 鎌を持った骸骨の顔をした者が現れた。返せないのなら寿命を充てろと言われ、文字通り僕は全てを奪われたのである。

恩知らずノート

執筆の狙い

作者 小次郎
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達磨大師の無功徳の思想とは真逆の思想の持ち主どうかなと思い書きました。

コメント

夜の雨
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「恩知らずノート」読みました。

ネタ(アイデア)としては、かなり面白いです。
しかし、ネタを膨らまし切れていないのでは。

 >普通に歩いていたら、絶望のドアが開いている。僕の人生はそんな感じだった。<
導入部の一行目ですが、これだと、ふつうに情報を書いているだけです。
もっと情景を描いたほうがいいですね、御作の世界観を小説的に描写するという事です。
普通に歩いていたら、 ← どのように普通に歩いているのか、周囲を観察して描けばよいのでは。
絶望のドアが開いている。 ← どんなドア(世界)が開いているのか。

 中学生の時、いじめを受けた。僕が善良な人間にも関わらずだ。 ← この「いじめ」うんぬんの文書はいらないと思います。あとのエピソードを読むと「中学生のときのいじめ」などは、書いていない。


>僕はボランティア活動をいっぱいやっている。街の清掃を誰に言われた訳でもなくやっているし、僕より小さな子供達にお金を恵む事もあった。そうしている理由は福運を獲得する為である。福運で人生豊かになりたかった。<
>どうして僕がいじめを受けたのかわからない。因果応報というものがあってもいいはずだ。善い事をしている僕に善い事が反ってくる。こんな希望に満ちた世界を僕は待ち望んでいる。いや、望みではない。福運を獲得する為に行動している僕はこれからの人生安泰である、きっと。人に何かをする時、自己利益の為にやると最終的に高次の存在に裏切られる。そう僕に講釈たれた奴がいるが、そんなのは間違っている。善い事をしたら、善い事が反ってくる。これが、人生の法則なのだ。<

ふつう常識的に考えると、良いことばかりしていると、それが返ってくることになりますよね。周囲の者も同じようにしていれば、世界は平和になる。
ところが、世間では非常識な者がほとんどなので、自分がよいことばかりしていても、そのまんま、良いことが返されるという事はないと思います。今起きている戦争や世間で起きているニュース、個々の人間の社会経験などからも、非常識な人間がいかに多いかという事がわかります。


「恩知らずノート」を拾ってからの問題ですが、御作を読むと、主人公は結局、自分が得るモノよりも放出するする方が多いというわけでしょう。
という事は、恩を売った相手よりも、恩を得た相手のほうが多かった、という事になります。
だから主人公は目玉とか、臓器とかを売らなければならなくなり、最終的には死神に魂までも渡さなければならなくなる。

このあたりの矛盾に主人公が気づき、自分は相手に与えるよりも、与えられた側の人間だと気づかせればよかったのではないかと。

現状の世の中は自己中の集まりなので、正義とか常識などは通じないと思っていたほうがよさそうです。

御作は主人公が与えるよりも、与えられた側の人間だったようなので、そのあたりのことをうまくエピソードで描けば面白くなるのではありませんかね。

>鎌を持った骸骨の顔をした者が現れた。返せないのなら寿命を充てろと言われ、文字通り僕は全てを奪われたのである。<
このオチですが、ものは考えようで、目玉を奪われたり、臓器を取られたりで、かなり生きづらい人生になっているので、「死神が能書きを垂れた」ところで、主人公は「これで救われた(苦しみから)」と、思い、あちらの世界に旅立ったということにすればどうでしょうか。


それでは、頑張ってください。


お疲れさまでした。

小次郎
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夜の雨様。
お読みいただきありがとうございます。
絶望の部分描写を書き足しました。
普通に歩いていたらの主人公の感覚としては布施行為の事です。
あまり、主人公が気づくようには書きたくなくて。主人公が気づいてしまったら、説明っぽくなりそうです。私としては、人に何かをやる時見返りありきで行うのはどうかと思っています。見返りを求める主人公を裏切りたかったんです。

小次郎
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与えたものより与えられたものが多かった。そういうのを伝えたかったわけじゃなくて、見返り抜きで行動しないと、何かに裏切られれる。これがテーマでした。でも、力及ばず伝える事が出来ていなかったです。

夜の雨
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再訪です。

>普通に歩いていたらの主人公の感覚としては布施行為の事です。<
>あまり、主人公が気づくようには書きたくなくて。主人公が気づいてしまったら、説明っぽくなりそうです。私としては、人に何かをやる時見返りありきで行うのはどうかと思っています。見返りを求める主人公を裏切りたかったんです。<
>与えたものより与えられたものが多かった。そういうのを伝えたかったわけじゃなくて、見返り抜きで行動しないと、何かに裏切られれる。これがテーマでした。<

御作は「僕」の一人称視点で書くよりも、三人称視点で描くほうが、題材が伝わるのではないでしょうか。
客観的に物語が読み手に語られるので。

小次郎
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夜の雨様。
かもしれませんね。いえ、しれないではなくそうだと思います。
でも、三人称どうしても好きになれなくて。書くのも読むのも。
一人称のこだわりが強いんですよ、私。
効果的に伝えるよりも、好みを優先してしまいます。三人称で書いた小説もあるんですが、書き手として心が踊りません。自分が書いてて心踊るもの、これをどうしても優先してしまいます。
再訪問ありがとうございます。

小次郎
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あと、伝わらなかったのは三人称にしなかっただけではなく他にも問題があるのだと思います。材料、エピソードが足らない、或いは、オチがよくないとかかもです。

青井水脈
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「恩知らずノート」読ませていただきました。
最後まで読んで、わりと真面目な主人公なのに理不尽と思ったのが正直な感想です。飴を貰ったかと思いきや、友人に三千円を渡す。この辺りでは、わらしべ長者の逆みたいな展開になると予想しましたが。

一人称と三人称、それぞれの良さがあると思いますが、一人称で書くにしても、今作は他の登場人物との絡みを書かれたら良くなるかと。落ちていたノートを拾うと使用法が書かれているーー。これが例えば「デスノート」だったら、ノートを手にした月と死神リュークとやりとりがあってストーリーが進みますし。

偏差値45
KD111239161120.au-net.ne.jp

なんとなく伝統的な仏教批判にも読めて面白いですね。

簡単に言えば、「損得勘定」の世界。
一方で宗教は、「無償の愛」の世界。

本来は、宗教は後者であることが望ましい。
高額な印鑑や壺を売るなんておかしな話なのです。
高額なお布施や戒名代もいけないのです。
つまり、現金よりも気持ちが重要なのです。
ところが、ビジネス宗教は、前者の「損得勘定」のカテゴリーに入ります。
従ってそこに矛盾が生じるわけですね。
宗教に悪いイメージがあるのも、その理由でしょう。

さて、感想です。
御作の場合、主人公が「損得勘定」の世界を望んでいた。
しかし、実際、そのような世界を為し得たことで、
与えた分量よりも獲得した分量がはるかに多かったことが判明するわけですね。
実際の社会生活でも、そうかもしれませんね。

ネッコ・フィリックス
p2954005-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

 読ませていただきました。

 デスノート的な道具仕立てですが、ぼくの印象は世にも奇妙な物語の方が強いです。
 オムニバス形式のワンアイディア作品ならば、なんだかしっくりきます。あくまでも、ささやかな提案でしかないのですが、短編集を意識した連作を書いてみてはいかがでしょうか?
 ストーリーテラーのタモさんのような、超越者を一人登場させて、作品を外から眺めているような作りにすれば、即座に成立するかと思います。

 自身の人体売買の件は、チェーンソーマンの主人公を連想しました。第一話で、片方の睾丸を売ったという独白のようなシーンがあります。悪魔が出てくる話なので、当たらずとも遠からずと個人的には思います。今から、アニメ放送が楽しみです。

 ぼくは達磨大師に詳しい訳ではないのですが、座禅を組んで手足を腐らせた人というイメージが強いです。

 善と悪とまで申しませんが、どちらかの側になるためには何らかの代償が必要なのかなあ、と思いました。イニシエーションとでも申しましょうか。

 作品全体の感想は、不意に手にした幸運のようなものに結果的に溺れて、手の施しようがなくなったという、教訓のようなものがあったかと思います。ブラックユーモア満載の笑うセールスマン的とでも申しましょうか。

 拙い意見でしたが、少しでもなにかの足しになれば幸いです。 

小次郎
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青井水脈様。
お読みいただきありがとうございます。
うーむ。真面目に見えてしまうのですね、自己利益の為にやるのは、打算が入ると思うのですが。打算はよくないという戒めもいれています。この物語は。

小次郎
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偏差値45様。
ありがとうございます。
その損得勘定が間違っているとみて書きました。宗教も人間関係も維持するには、ある程度は損得勘定がいりますが、いきすぎるのはよくない。
無性の愛も必要ですよね。私はそう思います。

小次郎
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ネッコ・フィリックス様。
お読みいただきありがとうございます。
タモリみたいな存在ですか。思いつきませんでしたね。短編集として「出す時は」視野にいれたいですね。
達磨大師、実は私も詳しくないのですが、無功徳という思想には憧れています。
笑うセールスマンみたい。ですね。そう言われれば。この物語書き直してみました。書き直したものは、ノーマルエンドにしました。

南の風
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読ませていただきました。不思議な作品だなと感じました。何が不思議なのか……それは、いろいろと具体的な品物や行動が出てくるのですが、それが私にはしっくりこないのです。まあ、想像の上の物語でしょうから仕方がないことでもあるのですが、これほどまでに具体的に書かれているのに、どことなくふわふわしているのですね。もしそれが狙いで、そのように意識的に書いておられるのなら(そのように品を選び、行動を選んでいるのなら)すごいと思いました。まるで経典を読んでいるようでした。もう少し現実に引き戻して、思想に肉感があったらよいと感じました。有難うございました。

小次郎
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南の風様。
お読みいただきありがとうございます。
意図して狙ったわけではなくて、偶然そうなったのだと思います。
ふわふわなんですね。
そう言われたのは初めてです。
肉感出来たかどうかは、わかりませんが加筆修正いたしました。

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