作家でごはん!鍛練場
オウヅキ

月夜に咲く紅き百合

「この子が良いわ」
 机を挟んで右斜め前、金色の椅子に背もたれ、座る場所に赤色のクッション。王者が座るにふさわしい椅子に腰掛ける少女は、優雅に微笑みながら机の上にある一枚の写真を指差す。
「江月紅音《コウヅキ アカネ》さん、でよろしいでしょうか? 」
 そう聞くのは私の上司。この仕事を長く続けているベテランだ。彼はこれまでに何度も私たちの世界の人を贄人《にえびと》としてあちら側に渡してきた。私の姉も贄人となってしまった内の1人だ。
「ええ。その子が良いわ。出来るだけ早く渡してね」
 少女は「楽しみだわ」なんて言いながら両手の指を合わせ軽やかに笑う。その様子に私は怒りと恐怖を覚えた。私たちの理解が及ばないところにいる少女。それに相対する、私の上司である一人の人間。彼はどのような気持ちで彼女たちと接し、今また一人の人間の子供を差し出そうとしているのだろうか?
「分かりました。それではこれで」
「ええ。よろしくね」
 贄人決めが終わり、皆が席をたち出口に向かう。部屋から出る直前、少女の方をちらりと見た。
 腰まである、長く、下の方がヴェーブしたきれいな黒髪。美しく整った顔。理想的なスタイル。そして、真っ赤に光る目に口もとに見えている牙。
 明かりがあまりついていない薄暗い部屋にいる少女は、ぞっとするほどにきれいだった。

 
 ピンポーン
 軽快な音のチャイムが鳴った。リビングにいる紅音がテレビの左下を見ると、そこには二十一時と表示されている。こんな時間に誰が何の用だろう?
 おそらく同じことを思っているのであろう母親がとまどいながらインターホンにでる。紅音も父親も誰が来たのかと、インターホンの近くに寄る。
「はい。何のご用ですか? 」
「夜分に突然尋ねて申し訳ありません。私、政府で働いております、峰川光基《ミネガワ ミツキ》と申します」
「同じく、天崎春香《アマサキ ハルカ》と申します」
「警察官の山川と申します」
 政府で働いている、という人に警察手帳を見せる警察官。思いがけない来訪者に三人揃って息を呑む。
「政府の方に警察の方ですか?どうして家に……? 」
「江月紅音さんに用があって来たのですが、ご在宅でしょうか? 」
 峰川と名乗る男の言葉に驚きと少しの恐怖を覚える。何かしたっけ?そう考えてみれば思い当たるのは……。でも政府の人がここに来るのはどう考えてもおかしい。そう紅音が考えていると、母親が玄関前にいる人に向かって尋ねる。
「います、けど、一体なんのご用でしょう……?娘が何かしたのでしょうか?それとも……」
「ご安心ください。紅音さんが何かした、という訳ではありません。ただ……選ばれまして。」
 母親の問いに、峰川がそう答える。
「選ばれた、とは?」
「申し訳ないんですが、それについては紅音さんと私どもだけでお話しさせていただきたく存じます。そういう決まりですので。」
 不安に思うも、嫌だと言うわけにもいくまい。そう思い紅音は無言のまま玄関まで行き、扉を開ける。3月31日、年度がいよいよ変わろうとしている日。扉を開けて入ってくる風は、優しく、鋭く、紅音の身体を包む。
 画面越しに見ていた三人を直に見た時、何故だろうか、怖いと思った。風とは違う冷たさが、紅音の身体の中を駆け巡っていく。そんな紅音を知ってか知らずか、峰川は優しい笑顔を向け、話しかける。
「こんばんは。江月紅音ちゃん、だよね。さっきまでの話、聞いてたかな?」
「聞いてましたけど……。選ばれたって、一体?」
 そう紅音が尋ねると、峰川は駐車場の方を見る。
 大きいとは言えないマンションの、住人のための駐車場には、江月家の自動車も含めていくつかの車が止まっている。ここには来客者用の駐車場もあり、二台しか停めれないものの、このマンションの部屋がほとんど埋まっている理由の一つとなっている。その来客者用の駐車場に、立派な車が一台止まっている。紅音は車に詳しくないためどんな車かは分からないものの、高級車だということは容易に想像がついた。峰川が見ているのは、ちょうど高級車が止まっているあたりだ。
「突然きてろくに話もしないまま、申し訳ないんだけど、他の人には聞かれたくない話だから、車に乗って話させてもらっていいかな?というか正直なところ、君に拒否権ないんだよね。本当に申し訳ないけど」
 嫌だな、と思う。当たり前だ。突然きて政府の人間だ、警察だ、そんなこと言われたって、は?という言葉しか浮かんでこない。しかも車に乗れとか…。
 そう思うも、だからといって拒否権ないとはっきり言われた状態で、政府や警察の人に対し、嫌です。などと言えるはずがない。
「…………………分かりました」
 答えるまでの間が、せめてもの抵抗だ。
そんな紅音に対し、峰川は苦笑し、天崎は申し訳なさそうな表情をする。警察官はなにを考えているのかよくわからない。
「それじゃあ申し訳ないけど、車までついてきて。」
 紅音が頷くと、峰川は「天崎」と声をかける。
「おまえ、紅音ちゃんのお父さんとお母さんに事情説明しろ。もちろん最低限のことしか言うなよ。」
 天崎は軽く不貞腐れた表情をする。
「峰川さんより私の方が紅音ちゃんの緊張も和らぐと思いますけどね。それに上から目線発言」
「おまえなぁ」
 峰川はまったくおまえは。といいたそうな表情をする。
「日本は年齢序列で縦社会。俺たちは先に車行ってるから、おまえはちゃんと説明しとけよ。」
 まだ少し不貞腐れたように、天崎は「はぁ~い」と言う。
「仲、いいんですね」
 車に向かう途中、無言でいるのが気まずくなり、紅音は峰川にそう言う。
「天崎とってことか?そう見えるか?」
「はい。そう見えますけど、仲よくないんですか?」
「んー、どうだろうな。あいつ、俺のこと軽くみてるだけのような気がするけど。俺としてはあいつはかわいい後輩だし、嫌いじゃないけどな」
 少し話したら、すぐに駐車場に着く。
「さ、どうぞ」
 峰川にそう言われ紅音は車に乗り込む。警察官は運転席、峰川は助手席に座る。そうして1、2分だろうか?短い間待っていると、天崎が車に乗り込み、紅音の隣に座る。
「大丈夫だったか?」
 そう尋ねる峰川に対し、天崎は「大丈夫でした」そう答える。その声には、どこか釈然としない。そのような雰囲気が滲み出ていた。


 警察官が当たり前のように車を走らせる。
「どこに向かうのかお聞きしても?」
 誰にともなく紅音がそう聞くと、峰川がのんきに言う。
「ああ、悪い。そもそも車を出すってとこから話してなかったな」
「え、峰川さん話してなかったんですか?それ紅音ちゃん不安になるじゃないですか。」
 そう言うと天崎は紅音に向かって申し訳なさそうにする。
「ごめんね。峰川さん、面倒くさがりだから。私たちが来てただでさえ不安だろうに、その上何も聞かされずに車に乗せられ連れてかれるって相当怖いよね」
「あ、いえ」
 紅音はなんと言えばいいか分からず、そう答える。
「贄人」
 突如として峰川がなんとなく物騒そうな言葉を放つ。
「にえ、びと? なんですか、それ」
「紅音ちゃんが選ばれたものの名前だよ。吸血鬼に差し出す人間、生贄にする人、それを贄人とよんでる」
「は?」
 そう言葉が漏れる。吸血鬼?私が贄人に選ばれた?生贄?訳がわからない。何かの冗談?
「何の冗談ですか?吸血鬼なんている訳ないし、贄人って?」
 とまどいながらも出来るだけ軽くそう聞く紅音に対し、しかし誰も「冗談だよ」なんて返さない。
 警察官は相変わらずなにを考えているのか分からず、峰川は無表情で、天崎は苦々しい顔をしながら黙っている。その様子に、紅音の顔はどんどん曇っていく。
「あの……」
 なんで皆黙っているんですか?その言葉は紅音の口の中で消える。重苦しい車内には、車の走行音だけが響く。
「ごめんね」
 どれぐらい経っただろうか。数秒かもしれないし、数分かもしれない。天崎がぽつりとつぶやいた。
「私たちはこれから、紅音ちゃんのことを吸血鬼に渡さなければいけない。さっき峰川さんが言ったこと、冗談なんかじゃないよ」
「天崎。カーテン閉めろ」
 峰川の言葉に、天崎は無言で車につけてあるカーテンを閉めていき、外から入ってくる光は、前後の光だけになる。さらに薄暗くなった車内に、紅音は恐怖を覚えた。
 逃げなきゃ。
 そう紅音が思うと同時に、それを読んだかのように峰川が言う。
「逃げられないし、逃がさないよ」
「っ!」
 紅音は反射的に車のドアノブに手をかけ、出ようとする。今この車は道路を走っていて、一歩外に出れば命の危険すらある。そのことさえ、紅音の頭の中から消えていた。しかし、
「開かない……」
 ドアノブをどう動かそうとも、ドアは一向に開く気配がない。
「鍵をかけたんですか?」
 紅音が怒りと恐怖を含んだ声で言うも、峰川はすました顔を紅音の方に向け、「だったら?」とだけ答える。
「ごめん。ごめんね、紅音ちゃん」
 対象的に、天崎は紅音に対し謝り続ける。
「家に帰してください」
「無理」
「…………」
 峰川のあまりにも早い『無理』の言葉に、紅音は黙ることしかできない。
「家からある程度は離れたし、もうそろそろ話すよ。紅音ちゃんがこれからどうなるのかについて」
 

「贄人。それが紅音ちゃんの選ばれたものだっていうのはさっき言ったよな。吸血鬼に差し出すって話も。」
 紅音は軽く頷く。まだまだ混乱しているものの、扉が開けられない以上、逃げる事はできない。
 そう考えてふと思い出す。
 窓は試してない。試してみようか。
「なんか考えてそうだけど、逃げる算段とか立ててるなら無駄だからな?扉はもちろん、窓も開けれないし、俺も他の二人も武道はそれなりに学んでるから力勝負しかけてもおまえが負けるし」
「……別に、逃げようとは思ってませんよ。それで話の続きは?」
 少し顔をしかめながらさらりと嘘をつく。今はあまり警戒されない方が良いだろうと思ってのことだ。けれど峰川はそれが本当だろうが嘘だろうがどうでも良さそうに、続きを話す。
 「俺たちが暮らしているこことは別に、吸血鬼たちが暮らす場所があるんだ」
「別……?異世界的なことですか?」
「まぁそうだな。そこ突き詰めると魔法が、とかなんかいろいろ出てくるし、異世界の定義とは。ってとこにいくけど、重要なのはそこじゃないし、とりあえず吸血鬼たちが暮らす異世界があるって思っておいてくれれば良い。それで吸血鬼。吸血鬼は紅音ちゃんが思い浮かべるのとそんなには違わないはずだ」
 夜の世界でしか生きられない、血を吸う妖怪。そう思えば良いのだろう。あとはニンニクや十字架が弱点っていうのは一般的だけど……
「細かく言えば違うところもあるが、そこは置いとくとして。紅音ちゃんのことを渡すことになる吸血鬼は、王族の姫君だ」
「そこですよ。渡すってなんなんですか?私、物じゃないんですけど?」
 一度は多少なりとも和らいだ恐怖や怒りがまたふつふつと湧き上がる。
「吸血鬼がいるとかそういうのはとりあえずいいです。その辺は本当のことだとしましょう。でも、なんなんですか?渡すって。人権はどこに消えたんですか?冗談でも笑えないんですけど?」
 人と話したりするのは得意ではない紅音だが、今はそれどころじゃない。峰川たちに対し、まくしたてる。
「落ち着けないだろうけど落ち着けって。後で不平不満は聞くから今は俺の話を聞いとけ。それとも何も分かんないまま姫君と会うのか?」
「…………姫君って?」
 怒りも恐怖も収まらなく、苦々しい気持ちのまま聞き返す。
「向こうの世界もこっちの世界と同じようにいくつかの国に分かれていて、身分制度がある。紅音ちゃんを渡すのは、向こうの世界での日本にあたる国の、第二王女だ」
「日本にあたる国?」
「文化とかが似ている国ってことだ。俺たちが吸血鬼って呼んでるのは、妖怪のなれの果てっつったら言い方は悪いが、そういうものでな。化学の発展やらなんやらで妖怪の力が弱ってる、とか、見えなくなった、とか、そういうの小説とかで見たことないか?実際にそうなっててな。全体的に力が弱っていって、力を得る方法としてたどり着いたのが人間の血を飲むことだったみたいだ。身分が高い奴らは生粋の吸血鬼だって言われてるけど」
「向こうで日本にあたる国に住んでる吸血鬼は、元々は日本発祥の妖怪だから国の文化とかが似てるってことが言いたいんですか?」
「飲み込みが早いな。そういうことだ」
でもそれはつまり……
「吸血鬼は元々こっちの世界にいた妖怪ってことですか?じゃあなんで別の世界に?」
「それは姫君にでも聞いてみろ。今知っておいた方が良いような重要な話じゃないしな」
 私からしてみれば重要な話なんだけど。そう紅音が思うも、峰川は他のことを話しだす。
「あとは何で紅音ちゃんが選ばれたかだ」
「!」
 それは紅音が一番知りたいことだ。一応普通に生きてきたのに、なんで突然吸血鬼に引き渡されなければならないのか。もちろん、それが本当の話なのなら、だが。
「紅音ちゃんは選ばれたんだ。姫君に。最初に相性が良い、っていう条件でこっちと、向こうの選ぶ役職についてる吸血鬼とで候補者をある程度選んで、その中から吸血鬼自身に選んでもらう。それで姫君が紅音ちゃんが良いって言ったんだよ」
「姫君、に、私が選ばれた?なんで?それに相性が良いってどういうこと?」
「さあな。相性がなんで良いのかも、姫君が紅音ちゃんのこと選んだ理由も、俺は知らない。気になるなら姫君が選んだ理由の方は本人に聞いてみたらどうだ?」
 それっきり会話はなくなる。峰川は無表情で、天崎は暗い表情をしながら黙っている。それを横目に、紅音は何故自分が選ばれたのかを考えるも、分かるわけがない。峰川たちが言っていることは、あまりにも現実味に欠けていて、にわかには信じられることではない。同時に、作り話だとも思えない。これは本当の話なのか、本当だとして何故自分が選ばれたのか。逃げようと試みることなど頭から消えて、静かな車内の中、身動きもせずに考えていた。

「着いた」
 峰川が発したその声で我にかえる。
「ついた、って……。それは、」
 どこに?
 今までの話が本当だとするなら、それはきっと吸血鬼がいるところ。
 ありえない
 そう呟くも、怖い気持ちは収まらない。心臓の動きもどんどん早くなっていく。
 ふと、車内がわずかに明るくなったのに気がつく。光が差す方向を見ると、天崎がそっとカーテンを開けている。見えるようになった窓の向こう、そこには巨大な洋館があった。
 

「申し訳ないけど降りてもらっていい? もう来てるから」
 天崎の言葉に紅音は無言のまま降りる。誰が来ているのか。考えなくても分かる。姫君だ。
 本当のことじゃない。
 そう思うと同時に、どこかでこれが本当のことだと理解している自分がいた。月に照らされる洋館は、不気味でありながら、見るものを惹きつける魅力を持っている。紅音は魅了されたように洋館の扉の前に立つ。
 紅音が天崎と警察官と共に扉の前に行くと、先にそこにいた峰川は扉をノックし、扉の向こうに対し、声をかける。
「贄人管理会の峰川光基です。江月紅音を連れてきました」
 贄人管理会。その言葉に疑問を覚える。どこに対してだろう。そう思い、気づく。政府の人と言っていたのに、管理会。会だ。庄や庁じゃない。もしかしたら私が知らないだけで会というものもあるのかもしれないけど……。紅音がそう考えていると、音を立てて扉が開く。紅音の目に最初に入ってきたのは、とてもきれいな赤色の目。そして艶やかな黒髪。
「待っていたわ。私の可愛い贄人さん。」
 そう言って彼女は笑う。
「私の名前は桜ノ宮月夜《サクラノミヤ ツクヨ》。貴方と同い年よ」
 ほほ笑みながら自己紹介をする少女に、紅音は目を奪われた。テレビでも見たことない美しさだ。
「こっちに来て」
 そう声をかけられて、紅音は魔法でもかけられたかのように、ぼんやりしながら少女の前まで行く。席に座っている少女は紅音を引き寄せ、首筋に牙をたてる。一瞬痛みがきたあと、軽い快感が襲ってきた。
「!」
 咄嗟に少女から身を引く。少女はかすかに目を見開いたあと微笑む。
「怖がらなくても大丈夫よ? 牙を突き立てる瞬間はチクッとするみたいだけど、そのあとは気持ちよかったでしょう?」
「っ……そういう問題じゃないでしょ? 何を急に」
「だって」
 少女は不思議そうにする。
「貴女は私のものでしょう? だったら血を吸ったって何の問題もないじゃない?」
 身体が冷える感覚がした。恐怖が襲ってくると同時に、恐怖の大きさに逆に冷静になる。少女――月夜と名乗る彼女は、私がこれに納得していると思っているのだろうか?そんなことない。きっと分かってる。
 紅音は不自然にならない程度に辺りを見る。大きな玄関ホールの中、目と鼻の先の距離には桜ノ宮月夜、少し離れた左右それぞれに人外生物、だろうか?何人かいる。後ろには峰川、さんと天崎さん、警察官がいるはずだ。
「峰川さん」
 後ろを振り向き、いるのを確認してから声をかけたる。
「何だ?」
 紅音は峰川に近づきながら先程気になったことを聞く。
「さっき贄人管理会って言っていましたよね? 政府に贄人管理会なんてあるんですか?」
 峰川は紅音を警戒するそぶりを見せつつ、紅音の質問に答える。
「贄人、なんてもんが知られたら政府の信用はガタ落ちだ。絶対にバレるわけにはいかないから、表だっての設置はされてないんだよ。最後が「会」ってなってんのも、最悪の場合にトカゲの尻尾切りがしやすいようにしてんだ。関わってはいても政府内部の組織ではないってな。」
「でも本当は上には政府がいるんですね?」
「贄人管理会内には官僚とかはいないけどな。で、なんでそんなことを聞く?」
「いえ、別に。ちょっと気になっただけです」
 ちょっと気になったのと、扉に近づくためと。開いている扉の外を見て、紅音は言う。
「きれいですね。ここから見る空。外に出ても良いですか? もっとちゃんとみたいので」
 紅音の言葉に峰川は目で、桜ノ宮月夜に対し問いかける。
「構わないわよ。彼女がこちらの世界の星空を見ることができるのも、そう長くないもの」
「ありがとうございます」
 紅音は月夜にお礼を言い、すぐに外に出る。少し向こうには乗ってきた車がある。彼女が言っていた、こちらやそう長くないという言葉。きっとここはまだ元の世界のままだ。車に乗っていた時の感覚からして、ここはある程度高い山の上だろう。それでも歩いて降りれないほどではないはず。ただ車に乗れるならその方が良い。鍵はどうなっている?
「やっぱりこの車かっこいい!」
 そう言いながら車に近づき、後ろから見えないようにドアノブを引く。……鍵がかかっていた。当然といえば当然だろうけど。
「わざわざドアノブを引く意味は?」
 紅音の顔がこわばる。後ろを振り向くと、峰川が洋館から一歩出たところで紅音を見ている。
「ドアノブ? 車に近寄った時に触っちゃったのかな……?」
 誤魔化そうとするも、峰川は全て分かっている、とそう言いたそうな顔をする。
「車の中でも言ったけど、逃げらんないぞ」
「全てお見通しって感じの表情ですね」
 諦めたかのように笑った後、紅音はすぐに走りだす。車の中で話されたことは、本当のことなのだろう。逃げずにいたら、きっと後で後悔する。
 だけど、現実は当たり前のように甘くはない。
「その速度で本当に逃げられると思ったのか?」
 紅音は当然のように捕まる。時間にして20秒、といったところか。扉と車はそうは離れてない。それだけ逃げられただけでもたいしたものだ。そう思いながら弱々しく笑う。
「思ってはないですよ、別に。逃げられない可能性の方が高いんだろうなって、そう思いながらも、それでも逃げたいから逃げたんです。」
峰川は紅音の腕をつかみながら黙っている。天崎の感情は読みやすい。けれど、峰川の感情は全くと言っていいほどに読み取れない。
「峰川さん。私以外にも贄人に選ばれた人いるんですよね? 説明してた時の言い方からして。峰川さんは、私で何人目なんですか? 贄人を吸血鬼に渡すの」
「……それを聞いてどうする?」
「どうもしませんよ。ただ、何を考えているのかなって。峰川さんも人間って思っていいんですよね? 同じ人間を渡すっていうことに、罪悪感は覚えないんですか?」
「覚えてたらこの仕事はやっていけねぇよ。天崎は現場は今回が初めてだから、今にも泣きそうにしてるけどな」
 その言葉に扉付近を見てみると、天崎は確かに泣きそうになっている。警察官は無表情だ。そういえば警察官もいたっけ……。
「疲れた」
 そう呟いて紅音は、服が汚れるのも気にせずに座り込む。怖い気持ちはずっとあるものの、あまりにも現実味がないからだろうか。怖い気持ちよりも疲れた気持ちの方が大きい。
 峰川はそんな紅音を無理矢理立たせて、月夜の前に連れて行く。
「話は終わった?」
 相変わらずニコニコ微笑んでいる月夜に対して、紅音はまたも恐怖を覚え、顔を歪める。
「終わりました」
 峰川はそう言って紅音を離し、天崎と警察官のところへ向かう。
「帰るぞ」
警察官はすぐに車に向かうが、天崎は紅音の方を見る。本当に置いていっていいのか、と考えているように紅音には感じられた。先ほどまでの疲れが恐怖に塗り替えられていく。
助けて。そう思うも、なぜか口には出せない。プライド、だろうか?
 扉が閉まる音がして、紅音はハッ!と、自然に俯いていた顔を上げる。扉のところには峰川も天崎も警察官も、もういなくなっている。紅音は咄嗟に扉に向かう。
「っ天崎さん!? 峰川さん!? 待って! お願いだから置いていかないで!」
 扉を開けようと引いたり押したりしてみるも、どうやったって開く気配はない。足で蹴ってみても、体当たりしてみても結果は同じだ。
 扉は内開き式のため当然のことではあるものの、紅音の頭の中には内開きも外開きも、そんなこと頭になかった。とにかくここから出たい、その一心で扉を開けようと奮闘するも、扉は動く気配すら見せない。

「身体がぼろぼろね」
 何分もずっと扉を開けようとして、だけど開けられずにぐったりと座り込んだ紅音に、月夜は声をかける。
「気はすんだ?」
 答える気力もない紅音はただただ黙っている。顔には涙のあと、目は充血していて、身体には数えきれないほどの傷がついている。
「そう悲観しないで。何で私が貴方のことを選んだと思う?貴方と一緒に居たいと思ったからよ。悪いようにはしないわ。貴方のことを全て知っていて、それでも貴方がいいと思ったの。私なら貴方のことを愛してあげられる。いいところも悪いところも、全て、ね」
 月夜は紅音の顔を上げさせる。
「ただし、悪いようにしないというのは、逃げださなければ、の話ね。だから――」
 彼女はにっこりと笑う。
 「絶対に逃げ出さないでね?逃げ出したのなら私、貴方のこと殺さなければいけなくなっちゃう」
 

「殺さなくちゃならない?」
 ぽつりと呟くと、紅音はにっこりと笑ったまま言う。
「ええ。殺さなくちゃならない。そう決まっているの。それに、私貴方のこと大好きなのよ。だから貴方が私のものにならないなら、貴方を殺して手元に置いておきたいの」
「……狂ってる」
 狂ってると思うも、そこにはそれほどの恐怖も怒りもない。
 逃げられない。
 それが現実となって紅音にのしかかって、精神を蝕む。気力なんて持てない。
「というか私のことが大好きってなんで? 会ったことさえないでしょ?」
 気力はないにしろ、大好き、の部分は気になる。なんで会ったことすらない人のことが大好きなのか。
「さっき言ったでしょう? 貴方のことは全て知っているって」
「知っているって何を?」
「話してほしい?」
 言葉に詰まる。何を知っているのかは気になる。だけど、それを聞くのは怖い。
「知りたいけど知りたくない。そんな顔してる。」
 月夜は「ふふっ」と笑うと、紅音の手を引っ張り、立ち上がらせる。
「来て。早く済ませておかなければならないことがあるの」
そう言って月夜は少し歩き、壁に描いてある謎の魔法陣的な何かに手を触れる。
と、すぐに不思議なことは起こった。
「え何、どこ……?」
 瞬間、紅音と月夜は周りに木が生えている、どこかしらの場所に来ていた。木は一本の道に沿って生えている。
「ここは狭間。私たちの世界と貴方たちの世界のね」
「狭間……」
 そういう所があってそこにいる、そう納得しておけば良いのだろう。詳しく聞こうとしても、情報量はきっとそう変わらないだろうし、訳わからないことが多くて、もうわざわざ聞く気になれない。
 月夜は紅音の手を引き、一本しかない道を歩く。
 五分ぐらい歩いた頃だろうか?前方に教会のような建物が見え、生い茂っていた木が途絶える。小さな広場みたいな所で月夜は立ち止まった。今までと比べたらランプが付いていることもあり、だいぶ明るい場所だ。上を見上げると月や星がよく見える。
「ここが目的地?」
 紅音の問いに月夜は頷き言う。
「私たちが最初かしら?」
「最初?」
「ええ、今日他にも三組来る予定なの」
 訳の分からないことがどんどん増えていく。
「三組って? 吸血鬼と人間のペアがあと三組いて、その人たちが来るってこと?」
「頭の良い子は好きよ。貴方がバカになったとしても、貴方のことが好きなのは変わらないけどね」
「そうですか」
 吸血鬼に好きと言われても、どんな反応をすれば良いのかわからない。
「というか、なんで狭間? に来たの?」
 その声は途中から、ガサガサと草木がなる音にかき消される。
「やっと出れた……。ったく、勝手にどっか行かないでよ!」
「急にこんなことになって、逃げ出さない方がおかしいでしょ!? っていうかここどこなわけ!? 変な場所に連れてこないでよ!」
 言い合いをしている二人が現れる。二人は身体中に葉っぱをつけているが、よほど相手に不満をぶつけることが重要なんだろう。汚れていることは気にするそぶりもなく言い合いをしている。
 ふと、ケンカしている人たちの片方が月夜を見た。その目は見開かれ、慌てて跪く。
「っ大変お見苦しいところをお見せして申し訳ございません! 貴方さまがいらっしゃるとは知らず……!」
何も知らないのであろうもう片方の少女は、怪訝そうにする。
「何してんの? ……ってかあんたら誰?」
「月夜さまに対してその言い方はないで
しょ! 月夜さま、この子は何も知らないんです。どうかお許しを」
 跪いている方が吸血鬼、怪訝そうにしている方が人間なんだろう。人間であろう少女は訳が分からないという顔をしている。紅音でも
戸惑っているのだから、当然だろう。二人の人間の戸惑いをよそに、月夜は吸血鬼の方の少女に声をかける。
「別に構わないわ。それよりも早く葉っぱはらった方が良いんじゃないかしら?」
 人間の少女の言葉使いを実際に気にしてないことを願う。でないと、紅音も丁寧になんて話していないため、かなりまずいことをやっていることになってしまう。
「お見苦しい姿をお見せして申し訳ございません。少しの間失礼いたします」
 そう言うと、吸血鬼の方の少女は自分ともう一人の少女の葉っぱをはらう。
「なにこれ?」
 そう紅音が呟くと、人間の少女は目を輝かせる。
「もしかしてだけど、あなたも人間だったりする?」
「あ、うん。貴方も、だよね?」
「うん!私も人間。なんかめっちゃ感動する!」
 少女はぐいぐい迫ってきて、紅音の手を握る。紅音にとって嫌いではないにしろ、少し苦手な性格の人だ。
「私、永野リリ15歳。今年中学卒業して、明日からは高校生なんだ! そっちは?」
「江月紅音、同い年だよ」
「そうなんだ!え、めっちゃ嬉しい」
 きらきら目を輝かせているリリに合わせ、愛想笑いをする。人間に会えたのが嬉しいのは同じでも、わいわいやるノリは得意じゃない。
「あ」
 不意に近くから声が聞こえ、そちらを見る。
「あ」
 紅音の口からも声が漏れた。紅音の目の先には、四人の少女がいる。
「全員揃ったみたいね」
 月夜がどこか楽しそうに言う声に、新しく来た四人の内の二人が反応する。
「わぁ、月夜さまだ! お久しぶりです。わたしのこと覚えていらっしゃいます?」
「月夜様も今日でしたか。お目にかかれて光栄です」
 ピンク髪にピンク色の目の、ほわほわした可愛らしい女性に、紫色の髪に青目の、スタイルの良い美人の女性。
 月夜さま呼びと言葉から察するに、二人とも吸血鬼なんだろう。吸血鬼はカラフルな髪や目の色をしているのが普通なのだろうか?
 残りの二人はおそらく人間だろう。紅音とリリと同じく、黒髪に黒目をしている。
「皆さまお集まりですね」
 いつの間にか、すぐそばにシスターのような格好をした人物が立っていた。
「どうぞこちらへ」
 彼女はそう言って、教会のような建物の方へ紅音たちを案内する。ここには吸血鬼も来ている。なのに何故、教会らしき建物があったりシスターらしき人がいるのか。不思議に思いながら紅音は他の人間同様に戸惑いつつ、颯爽と前を歩く吸血鬼たちについていく。
 
 
 教会らしきところに入ると、数分の間待たされる。そのほんの僅かな間に事件は起こった。

 入ったらすぐに渡り廊下があった。その廊下から入るであろういくつかの部屋のうちの一部屋に、シスターらしき人は入っていく。紅音たちは玄関扉の前方、教会の中と同じようなつくりをしている部屋で待つように言われ、そこで待つ。その中に、前方には椅子が、後方、紅音たちのいる方には何人もの人が静かに眠っている。
 紅音には、何者かによって眠らされているように感じられた。そしてそれは当たっていて。
 
「何これ……?」
  リリが恐々と尋ねる。
「人間よ。何かあった時用のね。薬で眠らされているの」
「何かあった時用?」
 早くも感覚が麻痺してきているのか、あまり恐怖を感じないまま、紅音は月夜の言葉を復唱する。
「贄人が逃げたり死んだ時用の人間よ。私たちは一定量、人間の血を飲まないと生きていけないから。ここに来る吸血鬼には、専用の贄人がいない場合がほとんどなの。だから自分用の贄人を渡してもらってるのに、その贄人に逃げられたら困るでしょう?一時的な代用品として置いてあるの」
 月夜の説明と、人間を物としか見ていないような言い方に、リリが恐怖の声をもらし、他の人間の二人も顔をこわばらす。
「帰して」
 リリがペアである吸血鬼を睨みつける。
「出来ない」
「何で!?」
「あなたを返したら、生きてはいけるにしろ、力は相当に弱まる。それに私の一存で決められる訳ではないから」
 当然のように拒否されるが、リリはそれに納得がいかないようだ。無理だというのは分かっているのだろうけど、納得ができる状況では、きっとない。
「なんでそれなりに楽しく生きてきたのに、急にこんなことに巻き込まれなきゃいけないの!? あんたもたいして説明もせずに、そういうものだから納得しろって、ふざけないでよ!」
「まっ……!」
 ペアである吸血鬼を突き飛ばし、リリは建物の外に出ようとする。玄関の方に向かい、ドアノブに手をかける。
 ふ、と消えたように、紅音の目には映った。直後、人が倒れるような音がする。建物内も薄暗く、近くでなければ周りは見えづらいため、何が起きたか把握できず、紅音と他の人間二人は音のした方に恐る恐る向かう。リリがいたあたりの床に、何かがあることに気がついた紅音がそれを見てみると、そこにはリリが倒れていた。
「……っ!」
 驚きで声にならない悲鳴がでる。他の二人も気づいたようで息を呑む。
「え、これ……生きてる……?」
 髪を結んでいる方の人が呟くように聞く。
「……これは、多分、」
 ショートカットにしている方は、素早く息や動脈等を確認して、苦々しい顔をする。
「死んでいるわ」
 のんびりとした声が後ろから聞こえ振り向くと、吸血鬼たちが歩いてくる。月夜が、先程に続けて、だろう。どうでも良さそうに話す。
「簡単なことよ。逃げようとしたから死んだの。私の一存では決められない、ってちゃんと忠告していたのに」
 私たちとは違う。紅音はそう痛感する。人間のことなんてなんとも思ってないような言い方だ。
「一存では決められないって、そんなこと言われたって納得できるわけないでしょ」
 ショートカットの方が鋭く月夜を睨みつける。
「今までそれなりに普通に生きてきて、急に吸血鬼の餌になれ? 貴方たちはそれが納得できることだと思ってるの? 代用品として置かれている人間とか見せられたら、余計に逃げたくなるに決まってるし」
 月夜と紫髪の吸血鬼が冷たさを含んだ目で見ているのに対し、ピンク髪の吸血鬼はしゅんとした顔をする。
「そうだよね。その子もそうだし、律ちゃんも。ごめんね、こんなことになって」
 謝られたショートカットの人、律はなんともいえない表情をする。
「あんた、ずっとそんな感じだけどなんで? 他の吸血鬼見てるとあんたとは正反対って感じするけど」
「人間にいろんな人がいるように、吸血鬼にもいろんな吸血鬼がいるの。わたしは人間のこと大好きよ?」
 そう言って、純粋そうな笑顔を律に向ける。
 律がまたしてもなんとも言えない表情になるのを見た後、リリのペアの吸血鬼のことを思い出す。月夜の向かって右にいるその吸血鬼は、無表情で何を考えているのか分からない。相性がいい人を選んでいる、とそう言われたものの、リリたちのペアは仲良さそうには見えなく、リリもペアの吸血鬼に対して不満がありそうだった。リリのペアの吸血鬼は今、一体何を考えているのか。
「片付けさせてもらってもよろしいですか?」
 声が聞こえてきた右側を見ると、そこにはいつのまにか先程他の部屋に入っていっていたシスターらしき人がいた。その人は紅音たちの答えを聞かずに、リリを背負い、リリのペアと共にどこかに消えていった。

月夜に咲く紅き百合

執筆の狙い

作者 オウヅキ
softbank126124165014.bbtec.net

ダーク系百合ファンタジーものです。ここまでの話の中には百合要素ほとんどないと思いますが。
他のサイトに投稿しているものを今ある話全部まとめてコピペしたものです。
きちんと書くの(とここに投稿するの)はこの作品が初めてで、サイトに投稿している作品なものの、正直なところまだまだ納得できる文章ではありません。ですがこの作品を読んでくださる方も多いとは言えないと思いますがいらっしゃり、その方たちに少しでも良いものを届けるためにも、そして今後のためにも、他の方に評価してもらい改善点等を知りたいです。豆腐メンタルなので、できる限り優しい言葉でお願いしたいですが、率直な意見でないと意味がないので、率直な感想や改善点、あるなら良かったところ等を書いてくださると嬉しいです。長文すみませんでした。

コメント

莉音
218-228-138-173f1.osk3.eonet.ne.jp

読ませていただきました。

とても面白いですね。
私はこの話大好きです。
私はこの題名を読んだ時から、
レミリア・スカーレット
がずっと頭に浮かんでいましたが、実際に読んでみるとやはり似ていますね。
少し意識されましたか?
私はレミリア大好きなので楽しく読ませていただきました。
もし知らなければ調べてみてください。
貴方様のイメージにあっているかもしれません。
レミリアは黒髪ではないですが……

この話は続きがありますよね?
続きがとても楽しみです!
これから月夜と紅音はどうなるのかな……?
楽しみにしています!

お疲れ様でした。

オウヅキ
softbank126124165014.bbtec.net

莉音様、コメントありがとうございます。
レミリアについては(というか東方については)、多少は知っているものの詳しいとはいえなく、意識は特にしてませんでした。でも言われて
みればそんな感じあるかもしれません。もっと
キャラクターを魅力的に書くために、また単純に楽しみのために、レミリアや、その他フランとかについてももう少しきちんと調べたりしてみようと思います。

面白い、大好きという言葉、楽しみという
言葉、お疲れ様という言葉、とても嬉しいです。読んでくださり、同時に感想もくださり
ありがとうございました。今はありませんが、
おっしゃる通り話の続き書くつもりですので、また読んでくださると嬉しいです。

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