作家でごはん!鍛練場
辛澄菜澄

創作たこ焼き屋

 溜った鬱憤は爆発させるに限るので、この国一番と謳われるたこ焼き屋でサマーフロート味を注文したのだ。凍らせるか、それとも鍋の底に捨て置くか、鬱憤の殺害方法は多岐に渡る。やり方は自由だと思うけれど、兎も角アタシの場合鬱憤には支離滅裂な過程を経た上で爆発して頂くに限る。ただまあ、物理的に爆散させる訳にもいかないから厄介だ。鬱憤さんには実態が無い。実態が無いから都市伝説と同じで、火薬を仕込むどころか目に見ることすら難しい。鬱憤ちゃんは非常にめちゃめちゃ、厄介だ。
 だからこそ精神的な方法で彼には死んで貰う。
 溜った鬱憤は、精神的に爆発させる。つまりアタシの中でぶっ殺す。美味しいたこ焼きは、鬱憤さんにとって猛毒だと脳内で計算した。そして来た、この王国一番と謳われるたこ焼き屋に。更にオーダーした、サマーフロート味のたこ焼きを。
 だからと言って、鬱憤ではなくアタシの方の精神を殺しに来るとは思ってもみなかった。王国最高のたこ焼き屋の主人――大型犬くらいのスケールの少女は、アタシが弄っていたスマートフォンの上にサマーフロートたこ焼きを提供しやがった。

「一丁あがり」
「……アタシのスマホが」
「不満でも金は取るぞ、お客人」
「頼むから取らないと言ってくれ」
「無駄無駄、この国に秩序は無いぞ」
「あっそ。じゃあ訴えるからな」
「三権分立クソ喰らえ、この魔法の国に裁判なんて形骸化するのが目に見えてるクソダサシステムはないのだ! 君、旅人だろ? 自分の中に以前の常識があるならば今すぐ覆したまえ。これからは殻にこもる必要なんてない!」

 液晶を鉄板だと勘違いしているのか、収縮を繰り返す水色ボールはまだジュワッコジュワッコと熱を主張していた。さながら爆弾のような存在感を演出するたこ焼きの下敷きになったリズムゲームの譜面は「ゼロコンボ……」と悲哀たっぷりに鳴いている。そしてアタシの鬱憤は当然の如く、破竹の勢いで成長する。気に入らない。アタシは小さな主人を、生まれつきの三白眼でギロリンと睨めつけた。

「まだ滞在し始めて一週間に過ぎないが、この国に皿という概念は無いのか? それとも単純にアタシをおちょくってるの?」
「うーん。まあ、君は気分暗そうだったし、面白いことをしてやろうと思ったまでさ。元気になった?」
「お嬢ちゃん、アタシ、元気ないの、分かるの?」
「分かるとも! だからサプライズ!」
「だとしたら、専ら余計なお世話だよ」

 大型犬少女は身に纏った小袖を振りながらにこやかに首を傾げた。どうやら本当に善意でたこ焼きスマートフォンアタックをかましたらしい、とはにわかには信じ難い。アタシは少女に皿を要求すると、彼女は案外素直に店の奥へ下がっていった。六つの球が居座るスマホを木製テーブルに放り出し、アタシは硬い椅子に凭れ掛かる。十五秒かけて息を吐き出し、世界を呪い、アタシを憎み、大型犬少女を妬んだ。

「余りにも、この場所はアタシにとって広大過ぎる」

 魔法を研究する旅は只今をもって半年が過ぎようとしていた。たった一人の行軍は楽しいものになる筈だった、筈だったが、それは見当違い甚だしかったし、アタシの科学者としての威信も危ぶまれるほど計算違いだった。始めは二つ三つの魔法国を数週間周遊すれば十分データが集まると考えた。しかし、そんなお気楽小旅行程度の旅路で得られるものなど何もない。慌てたアタシは当初の予定を大幅に引き伸ばし、畢竟、長い期間故郷の外の、危険極まりない実験紀行に身を委ねる羽目になったのだ。
 そもそも科学者が旅など、お門違いだと思わなかったのか。
 科学に限界を感じたのはつい半年前のことだった。鬱憤が芽を出し、少し育ったかなと気付いた時には最早遅い、アタシは国唯一の科学者として魔法を科学に取り入れる悪魔的可能性に思い至った。そんなこと、有史以来誰も試したことなどない。国民の誇りが許さない。だが鬱憤がパトロンに付いた当時のアタシは無敵モード。手段を選ぶ理性もプライドも残っていなかった。そしてその結果、このザマだ。

「お待たせい。待った? ううん、今来たとこだ!」

 気の抜けた阿呆丸出しの声がして、暖簾の掛かった仕切り所から小袖姿の少女が戻ってきた。手には書道に使う筆を持ち、口調と態度は羽のように軽い。機嫌を悪くしているアタシに気付いたのか、少女はようやっとテーブルに駆け寄ってきた。ただそれだけに飽き足らず、彼女はアタシの真向かいの椅子に腰掛ける。艶やかな着物の癖に醜いゴキブリのようにそれはすばしこい仕草で、矛盾と違和感が背筋に流れ込んできて、途端、ちょっとだけ、気持ち悪くなった。
 そして、気付いた時にはスマートフォンの上の水色たこ焼きは綺麗さっぱり消失していた。まるで何事も無かった。全てはアタシの勘違いだったみたいで、バツの悪さが驟雨の如く降ってきて、やはり、もう一段階鬱憤レベルが引き上がった。王国一番のたこ焼き屋に来てからというもの、気分の悪い事ばかり起こっている気がする。不意にレトロな壁を確認したところ、アナログ時計は来店から八時間が経過したことを示していた。あれ可怪しいぞ、と思ってはいるけれど、霧のような何かに遮られて、半透明の遮蔽物が邪魔をして、思考の道筋を辿れない。でも眼の前の少女だけが、劣化しない笑顔の明るさでアタシの顔面を照らしている。一方此方の気分は陰ってくる。

「君は元気ないからな。話すまで、離しはしない」
「話すって何をだ?」
「この魔法の国の所感について。きっと思うところがあるんだろ。よし、今から導入を言うぞ! さあさ、溜った何かを吐き出してご覧?」
「ああ……この国で一番嫌いなのは間違いなくこのたこ焼き屋。なんでかって? ここにいると悪い夢を見ている気分になる。店員の接客態度は最低だし、肝心のたこ焼きの味は……覚えられないし」
「随分と幻想的な世界を見てるんだなぁ君は。科学の国って、そんなに理論詰めだったのーん? 凝り固まった世界観ってさぁ、小説でも脚本でもつまんないっしょう?」

 小袖少女は替えの水色たこ焼きを持ってきたようで、今度はキチンと皿に乗っている。ただし、その皿はノートから破いてすぐのような紙切れで出来ていた。

「君はそんな場所で、見たとこ二十年そこそこ生きてきたんだから、魔法の景色がフワンピフワンピに見え過ぎちゃうんだ!」

 アタシは一週間毎日訪れているたこ焼き屋のサワークリーム味を頬張った。サマーフロート味だった気もするけれど、どちらでも関係ない。味に拘っていては革新的アイデアなんて発明出来ない。科学者の内部に積み込むべきはひとえに炭水化物一択で、これが替えの効かない栄養素だ。究極、料理とは焼いて食べやすくしているだけで小麦粉を体内に入れるだけの行為に他ならないのだ。幸いにも、水はマイカーに詰めてしこたま運んできた。後で洗えば構わないから、たこ焼きは素手で食べても問題なかろう。

「美味しい。あっ、美味しくない。あー、美味しいなコレ。とっても不味い……うん、なんて美味なんだろう」
「フワンパフワンパだな。面白いことになってるんばぜ」
「フワンパって何? 新概念? 教えてほしいな……あれ、言ってなかったっけ。アタシ、科学の国のたった一人の科学者なんだ。わざわざ千マイルほど、マイカーに乗って旅して来た。けどもう国に科学者はアタシ以外残ってない。みんな死んだか殺された。研究して、紙に書いて、百年後、二百年後に残していけるの、アタシしかいないんだ。だから、魔法の事、沢山教えて欲しいな」
「あのねぇ君。取り返しは、つかないかも知れないけんどもさ、もうちっとな、淡く、緩く、生温く生きても良かったんじゃないかい? プレッシャーを飼い慣らせる人間なんていないんだぜ? 勿論君もそうなのだ」

 小袖少女の多少棘のある雰囲気に、心の隅の鬱憤が緩慢に振り向いた。理路整然、泰然自若がモットーのアタシを、国中の人間が嘲笑ったのはこの際許すが、たこ焼き屋のお嬢ちゃんまでアタシのやり方にケチを付けるのか。絶望した、アタシの国にもこの魔法の国にも小袖少女にも絶望した。いっそ溜った鬱憤とまとめて爆発させてこの世のどっかに葬り去って置き去りにしてやりたい衝動に駆られた。我慢のダムは軋む。軋むぞ。皮肉なことに、緩やかに、ゆったりと、軋んでゆくぞ。

「知ってたかい、枠に嵌まる必要なんて無かったんだよー! 記憶も、五感も、人柄も、全てをクリアする必要なんて、無かったんだよー! 出来てないとか主旨がズレてるとか、気にすることないんだ! 君は、君の好きなことだけしていれば良かったんだー! 例えばたこ焼き食べるとか、気楽に旅行するとか!」

 小袖少女はカウンターの奥に戻っていって、ボウルの中の吐瀉物色の液体を漆黒の鉄板にぶち撒けた。アタシは彼女の身も蓋もない、実も不断も無いそのボヤギボヤギとした言葉に救われつつあることを自覚していた。さっきまで不幸の底面に居たかと思っていたのに、こいつはとんだ収穫だった。この国一番のたこ焼き屋のサワークリーム味を食べに来て正解だった。数学と理科に塗れた生活をしていたから、証明とか、唯一とか、絶対とかの檻に閉じ込められていたけれど、なんだ……良いんじゃんか、常識破りに、好きな風に発明作ったって誰も意に介さないんだ。

「一丁、あがりんご!」
「すごい、後光が差している……コレ後光だよな?」

 プラスチックのテーブルにまた水色のたこ焼きがダイブしてきた。ダイブさせたのは案の定小袖少女で、片手には八色に眩く光り輝く毛筆を持っている。彼女はニヤチーと笑って、またアタシの真向かいの硬くて座り心地の悪い椅子に座った。硬くても大丈夫だった、小袖少女も私も自由なのだ、誰の命令を聞く必要もなく、意見の合わない取るに足らぬ人間と議論する意義も意味もなく、自分だけを信じて研究に没頭できる環境を手に入れようとしていることが兎に角めでたい。嬉しくて堪らない。その歓喜を表現しようと脳内辞書で語彙を検索したが、生憎出てこず、仕方なく、アタシは自分が座っていた硬い椅子を殴打した。手の甲から血が出て、ちょっと気持ちがいい。しかし破壊には至らなかったようだ、椅子はまだ生まれたままの姿を維持している。ナイスプロポーションだが、些か頑固な風貌だ。そこで、アタシはグッドな企画を思いついた。

「今から、このたこ焼き屋をこの手榴弾で爆破しようと思う。お嬢ちゃんは逃げてくれ。今は、すっごーく、何か硬いものをぶっ飛ばしたい気分になったんだ」

 そう言うと目の前から小袖少女が消えたので、アタシは遠慮なくポケットから自作の手榴弾を取り出し、躊躇なくピンを抜いて、ガスがあるだろうなと思った厨房辺りに投げ、火花、閃光、灼熱、周りの世界は瓦解した。今まで感じたことのないような多幸感が膨張し、アタシは笑いが止まらない。自由だ、自由だ、希望だ、希望だ、と叫び続けていた。

「気付きが、物語が、人生を変えることもある! 突拍子の無さ、脈絡の無さが人生を変える! 制限も何もあったって仕方がないじゃないか! 意見の違い!? 見解の相違!? 放っとけ、土壌も土俵も違うんだ! マスクの下で、アタシを見下すな!」

■■■

 アタシがはたと閉じていた目を開くと、周囲は何もない荒野だった。ガンガンと痛いくらい血の巡る頭を使って考えるが、結論は出ない。
 何をしていたか全く思い出せない。
 振り返るもやはり果てしなく広がる荒野だ。茶色い岩と砂、崖で支配された世界は、アタシの目には砂漠のようにも映った。砂漠にしては暑くも寒くもない。どこに何があるのか、全くの未知。側には幸いにも乗ってきたマイカーがあって、荷物の抜けもないようだった。取り敢えずこれまで何をしていたか思い出すのを試みながら、最初に目に飛び込んできた真っ直ぐの方向に走ってみることに決めた。
 暫く走っても、この荒野の海に果ては無いかに思われた。しかし、時間経過に伴って若干の変化は感じ取ることが出来た。地面の砂や岩から、普通ならありえない、夢のような代物が尽く突き出している。西洋剣が刺さっていたかと思えば大樹が刺さっていて、漫画の完結セットが刺さっていて、リトルグレイと宇宙船も刺さっていたし、着物も刺さっていて、ビルも逆さまになって刺さって、電車も刺さっていて、オムライスも刺さっていた。
 全てが地面から突き出していて、まるでみんながみんな「抜いてくれ、後悔はさせない」と懇願しているようにも思えた。

「……踏まないようにしないと。……罰当たり、かも」

 何時間か移動していると、一つだけ、地面に刺さっていても矛盾も違和感も無い存在と遭遇した。それは一本の白い花で、とても小さく儚い。周りには荒野にしては珍しく草が生い茂っていて、どこから水を得ているのだろうと思った。花は確かにあるが、その周りにもチーズケーキやコインランドリーなど、相変わらず沢山のアイデアが転がっていた。アイデア? そうだ、アタシは科学者だった。様々な物理的アイテムを掛け合わせて新しい発明を作り出す科学者。この色も性質も異なる無限の要素が、この星の地上全土からかき集めたみたいにこの荒野に刺さっている。タイムマシンが刺さっていて、ラブレターが刺さっていて、人工知能搭載人型ロボが刺さって、ホッチキスも、ティーカップも、体操服も、たこ焼き屋だって刺さっている。
 その中にぽつんと、白い花だった。
 アタシはマイカーを停めて、降りて、白い花の近くまで歩いていった。そっとしゃがみ込み、人差し指と中指の間で茎を撫でようとして、アタシはやっと分かった。

「これ、筆だ」

 無限の可能性を秘める毛筆はその白い毛先を晴れ渡る天に翳し、目一杯背伸びをして立っていた。周りに生えている草は、人の手でくしゃくしゃに丸めて捨てられたような、幾重にも積み上がる紙屑の束だった。
 アタシは立ち上がり、マイカーを含めた今までの道程を振り返ってみた。ようやく思い出した肩書だ、故郷最後の科学者として魔法の国へ技術偵察に行ったこと。そこでアタシは、朧気に覚えているだけだけれど、不思議な体験をした。その不思議な体験はメッセージを伴っているのだと、アタシは解釈させて貰った。この永遠の荒野もいずれ尽きる時は来るのだと思うけれど、多分、当分、果てない道なのだろうなと直感する。
 ちょっと歩いて、アタシは筆を追い越してみた。しかし、筆の花は一瞬の内にアタシの前に回り込んでしまった。こうなる内は科学を突き詰める魔法旅行は続きそうだなと思い、アタシは爽やかな笑みを抑えきれなかった。
 不意に素敵な企みを思いつき、アタシは革靴で足元の砂を掘った。その中に両足を突っ込み、しゃがんだ両手でもう一度砂を戻す。つまり、足を埋めた。そして声の限り叫ぶ。

「アタシだって世界の一部なんだーっ! 好き勝手研究させてもらうかんな!? そこんトコ、お覚悟ヨロシクーっ!!」

 背後に突き出る世界が揃いも揃って「お前は発明をしろ」と突っ込んでくれたような、痛快な気持ちがした。鬱憤な気持ちなら、きっとどこかで爆散粉砕されているだろう。ふと手を入れたポケットに手榴弾の感触が無いことが確固たる証拠だ。次の魔法国に、裁判所はあるのだろうか。
 水色の空に向かって辟易として、でも、苦笑も溢れた。
 ついでに、溜まった何かも一緒に溢れていく。

創作たこ焼き屋

執筆の狙い

作者 辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

幻想の世界と、現実に戻った後の述懐をかしこまって書いてみました。小説、創作の世界を理詰めにすることは、かくも無謀なことだと思うのです。

コメント

偏差値45
KD111239160248.au-net.ne.jp

これは厳しいですね。
方向性がつかみにくい。
主人公の歪んだ思考を通しての世界観。さらにやり過ぎた比喩。
ゆえに理解が困難ですね。
そんな作品に面白さは感じないかな。
もっとシンプルに書いてみてはいかがでしょうか?

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

偏差値45さん、コメントありがとうございます。

私も書いた身ではありますが、この作品を強いて理解はしなくていいと思います。単に「創作に枷を嵌める行為は愚かだ」というメッセージを比喩の奥に込めたつもりだったのですが、思っていたより世界観がふわっとしすぎてしまいました……今までは具体的で分かりやすい話を書いていたので、やはりそちらの方が向いているのかもしれません。

凛音
218-228-138-173f1.osk3.eonet.ne.jp

なんとなくやりたいことはわかりますが、比喩が複雑で、多く使われているため、内容が理解できません。
私は作品自体に面白いところはあると思いますよ。

辛澄菜澄
KD113148223125.ppp-bb.dion.ne.jp

凛音さん、コメントありがとうございます。

こんなに読みにくい話を読んで下さって感謝です。メッセージの選択は上手くいったようなので、あとはその調理方法の模索ですね……虚実入り交じる空間を描くのって、もしかしたら私はすごく苦手かもしれません。せっかく伝えたいことがあっても、読んでパッと分からないんじゃ意味ありませんよね。

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