作家でごはん!鍛練場
南の風

満月

 ジャングルの奥。
 ヤリのような木が二本、星空に伸びている。
 星々を背景に大きな満月が浮き出て見える。
 上半身裸の祈祷師が口上を述べる。
「二本の神聖な木の間に満月が昇ったぁー」
 人々はその口上に聞き入る。
「ただいまより、生け贄の儀式をおこなう」
 この部族にはまだ生け贄の風習が残っている。
 それはこうだ。
 ヤリのような二本の木の間に満月が昇ったとき、その年に生まれた子の中で3という数字に関係する子を神にささげるのだ。3の関することがらが多いと神が喜ぶとされている。
「今年のいけにえはー」
 母親たちは赤ん坊をしっかりと抱きしめている。特にまだ一歳になっていない子を持つ母親は気が気でない。
「この子だ!」
 指をさされた母親は子どもをしっかりと胸にだきながら泣き崩れた。
「今年のいけにえは神様も特にお喜びになるだろう。なぜなら、この子が生まれて今日でちょうど333日目だ。このような縁起のいい赤ん坊はめったにない。みんなぁー、今年は食べ物には困らないぞぉー」
 祈祷師がそう叫ぶと、人々の中から歓声が起こった。中には自分の子どもが選ばれなかったことで、まわりに笑顔を振りまく母親もいた。隣同士肩をたたき合う父 親もいた。年寄りたちは神様が喜んでくれることで食べ物には不自由しないことがわかって喜んだ。子どもたちは一年に一回のこの祭りに興奮している。
 ただひとり、子どもを抱いてうずくまる母親……
 この子が生まれたときから母親は今夜のことが気になっていた。それは今年子ども生んだすべての母親がもつ不安だった。しかし、この生け贄の儀式のことを口にすることは禁じられていた。神の罰を恐れたのだ。
 子ども生んだ若い夫婦はふたりきりになって儀式のことを口にした。中には二本の神聖な木の間に満月が上がる日を数えてみるものもいたが、 その日は誰にもわからなかった。なんとか自分の子どもだけは生け贄を避けなければならない。それが子ども生んだ若い夫婦の共通の思いだった。
 うずくまっている母親の胸の中で、生まれて333日目の子がすこやかに眠っている。
「お願いです。この子だけは……この子だけは。やっと生まれた子なんです……」
 母親が必死に周りにすがる。
 祈祷師がゆっくりと祭壇から下りてくる
 観衆は静まりかえっている。
 やがて祈祷師は母親に前に立つとすっと両手を差し出した。その手はもうすでに血でそまっていた。子どもの生け贄の前に、山羊を生け贄にしていた。その山羊の血が祈祷師の腕からすっと垂れた。
 祈祷師はだまって両腕を伸ばしたままだ。「その内、見ている人々から声が上がる」と祈祷師は思っている。例年そうだ。少し間をおいて観衆の奥の方から声が上がる、太い声……
「みんなのためだぁー。みんなを救うためだぁー」
 その声に呼応して、観衆が叫び出す。
「早くしろー、何をしているー」
 祈祷師だけが、だまって両手を差し出している。

 その時だ。
 上の方でなにやら音がしたかと思ったら、いままで満月で照らされて白く光っていた祭壇がにわかに暗くなった。
 観衆は何ごとが起こったのかと静まりかえった。
 祭壇を包み込んだ闇は次第に人びとをも飲み込もうとしている。
 静まりかえっていた人々が騒ぎ出した。
 まず母親に抱かれていた赤ん坊が異様な泣き声を出しはじめた。その泣き声を聞いて、子どもたちが家の方に走りはじめる。老人は何かぶつぶつ言いながら目をつぶる。青年だけがカッと目を開き、そのだんだんと大きくなる闇を見つめていた。
「この子だぁー」と名指しされた母親とその子だけは、しゃがんでいるために何が起こっているのかわからない様子だ。
 祈祷師が叫んだ。
「満月が、満月が……消えた……!」
 いままで、煌々と輝いていた満月が忽然と姿を消していた。
 人々はパニックとなり逃げまどうばかりだ。やがて広場にはうずくまった母親とその子だけが残った。


「もうだいじょうぶだよ」
 その母と子にやさしく声をかける男。
 父親だ!
 手には長いツタと椰子の葉でできた大きな傘を持っている。
「あの高い二本の木の間にツタを張って、その真ん中までいってこの椰子の葉の傘で満月を隠したんだ。この子を救うために頑張ったよ」
 父親はそう言うと、父と母は二本の高い木を見上げた。
 そこには満月が金色に輝いていた。
 母親に抱かれた子だけがすこやかに眠っている。

満月

執筆の狙い

作者 南の風
softbank060091003055.bbtec.net

以前、このサイトに何回か書いていました。
PCの奥のファイルに童話みたいなものを見つけたので、アップしてみます。
これから少しずつアップしていきます。よろしくお願いします。

コメント

中小路昌宏
124-241-080-111.pool.fctv.ne.jp

赤ちゃんの命が助かってよかったですね。
こんな悪習、早く無くさないといけませんね。
執筆ご苦労様でした。

南の風
softbank060091003055.bbtec.net

中小路昌宏様

コメント有り難うございます。PCのファイルにはいろいろな作品の断片があるので、またアップしてみます。
わかりやすくほっこりしたもので、もう少し長いものを書いてみます。
よろしくお願いします。

月長石 -THE MOONSTONE-
n219100086103.nct9.ne.jp

頭でっかち尻すぼみ。

最初は興味惹かれるんですけど、加速度的に退屈になってって(ごめん)、
斜め見になり・・

オチがつまらないってか、ずざん。

『こんなんで満月は絶対隠れない!』ってのがハッキリ分かる子供騙し茶番すぎるんで、
オチをなんとかしてください。。

ジャングルで満月。どれほど煌々と明るいのか、作者自身がカケラも想像〜シュミュレート出来ていないから、「こうなる」んだと思った。


アフリカの原住民とか、視力がとんでもなく良くて・・
望遠鏡でも見るの困難で、近年になってようやく発見された「とてつもなく見えにくい星」も、神話でしっかり語っている! という。(何百年も前から……)


あと、漫画家の今市子さんの人気シリーズ(オリエンタルファンタジー)に、「二つ目の月が夜空に輝くとき……」云々って伝承のハナシがあったんですが、
その「二つ目の月」のカラクリはキレイだった。


まあちょっと意識して「実際に満月を眺める」ことで、原稿は確実に良くなる。

月長石 -THE MOONSTONE-
n219100086103.nct9.ne.jp

訂正。。

「オチが杜撰」。

漢字変換してたんだけど、わざわざひらがなで打ち直しして、ミスったんですよ。



くそあっちぃ中、わざわざ訂正するほどのこっちゃないんだけど・・

南の風
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月長石 -THE MOONSTONE-さん、コメント有り難うございます。

>最初は興味惹かれるんですけど、加速度的に退屈になってって
>シュミュレート出来ていないから、「こうなる」んだと思った。
ご指摘の通りです。

>オチをなんとかしてください。
別の作品で、オチをなんとかしてみます。

夜の雨
ai203146.d.west.v6connect.net

「満月」読みました。

御作の文章は「わかりやすく」「流れも問題はないと思います」。
情報を伝えるのが中心の作風でしたが。
細部まで書き込むと臨場感が出るのではないかと思います。

御作に続きを書くと、違う世界が見えてくるのでは。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あの高い二本の木の間にツタを張って、その真ん中までいってこの椰子の葉の傘で満月を隠したんだ。この子を救うために頑張ったよ」
 父親はそう言うと、父と母は二本の高い木を見上げた。
 そこには満月が金色に輝いていた。
 母親に抱かれた子だけがすこやかに眠っている。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
このあと、
いけにえは神にささげられなかったが、この年は、豊作になった。
そして世界の果ての国から来たという、髪の毛と肌の色がちがう異人たちから文明といういろいろな情報と商品、それに宗教が与えられて、未開の地の民は、驚きと喜びの後、泥の中に沈んでいった。

こういった「オチ」があると、面白いのではないかと思いました。
ふつうは、
>このあと、いけにえは神にささげられなかったが、この年は、豊作になった。<
ここで、ラストにするとよいと思います。

そのあとの「文明人」が来るところからあとは、「いろいろな意味にとれるので、書き方しだいです」。

それでは、頑張ってください。

お疲れさまでした。

南の風
softbank060091003055.bbtec.net

夜の雨様、コメント有り難うございます。

>細部まで書き込むと臨場感が出るのではないかと思います。
ご指摘の通りですね。

それにしても、この作品を叩き台にしてみなさんがいろいろと創作していただけるのは有り難いです。
どの方のオチが一番面白いか……なんて、楽しみです。

浮離
KD111239129085.au-net.ne.jp

言いがかりみたいに受け止められてしまうならそれはそれで仕方がないんですけど、一つの物語を読むとき、書くときも同じく、という意味で言ってるんですけど、“オチ“というものはその瞬間に取ってつけたように作用させるためのものなんですかね。

伏線というものがあって、その先でままにおかず予想を裏切る回収という意味での“オチ“というものがある意味オーソドックスな見立てなのかもしれないんですけど、そればかりでもないものも含めて“オチ“というものはさまざまな形態をとるものがあって然るべきでしょう、と当たり前に考えるタチのものとして見るに、このお話から受ける“オチ“として見込めそうなカタチというのはどういったものなんだろう? っていう見立てはつまり、読む側の目線ですか? それとも書く側の目線ですか? ということなんですけれども、意味が伝わるでしょうか。

個人的には“オチ“よりも、もしかしたら“伏線“的な意味での構成なり材料なり設定の活かし方のようなことがよほど気になって、その上での“オチ“という話がちゃんなされていないんじゃないのかなあ? という違和感のようなものが当たり前に先立つものなわけなんですね。

例えば先の感想にある“シュミレート“とか、そうして見直しが必要とされる“オチ“という指摘について、書き手はちゃんと理解できているものなのか、はたから眺める者としては甚だ疑わしい印象を受けなくもない、なんて言ってしまうと腹を立てられてしまうかもしれないんですけど、 各感想に対する返信を見ていると、案外暖簾に腕押しなり柳に風なり、いずれにしろせっかくのこうした機会をあまり効果的に生かす意思を感じさせられない印象を勝手に受けていたりするんです。
どうでもいいでしょうしあくまでも感想を書かせてもらっている一個人の動機として察してもらえればそれでいいんですけど。

“シュミレート“するべきポイントとしてわかりやすい箇所はいくつかあると思うんですけど、指摘を受けて書き手はどの箇所に当て嵌まることだと理解したのか、個人的には気になるし、肝心はそこでしかない気がしていますし、

>ご指摘の通りです

とのことでしたらなおのこと、どういった改善が見込まれるべきと受け止められたのか、その認識を詳らかに返信に託してこその機会だと個人的には考えるものなんですけど、そのあたりについてどうお考えなのか、あるいはその答えそのものをお聞きしたいなあと個人的には感じさせられるわけなんです。
その結果、同じオチでもその書きようも意味合いも変わってくるはずだと当たり前に考えられるのがあるいは“読む“とか“書く“という双方に共通して作用させるべき“創作視点“というまったく基本的な観察の効かせ方、作品そのものの精度につながる“筆力“といった明らかな結果にこそつながるはずのものだと個人的には考えさせられるわけなんです。


そんな意味において、異人たちからの文明云々という指摘なり改案の提案は案外、本来踏まえるべき創作的視点を見損なった誤案内ではないのか、と個人的には考えさせられなくもないわけで、どうして異人なるものが現れて新しい文明を授けることが必要となるのか、それは

>そのあとの「文明人」が来るところからあとは、「いろいろな意味にとれるので、書き方しだいです」。

という根拠は甚だしく逆さまなはずで、異人が文明を伝えるべきに先んじて付随する“伏線“という例えば背景なり設定があってこその展開のはず、テーマこそ違ってしまうはずで

>そのあとの〜書き方次第です

という感覚はあまりにも杜撰な、まさに“蛇足“に濁すだけの悪手にこそ違いないはずで、伝わるかどうかわかりませんがそれは要するに、ここまでお話してきたつもりの“オチとはどういうものなのだろうか?“あるいは“シュミレート・オチ問題“というただの当たり前の話を一から付け足すだけの間抜けな話でしかないズレた指摘まがいでしかないはずだと個人的には感じさせられるわけなんです。

オチがオチとしてふさわしく機能させられない理由をどこに見るのか? ということを書き手はちゃんと理解した上で

>ご指摘の通りです

と返信したものなのか、あるいはこのサイトのタチの悪さを踏まえた上で“柳に風“的なあしらいに徹するのか、いずれにしてもわざわざ機会を片手間に見損なうらしい中途半端な手間の掛け方のように思えてしまうなあ、ということなんですね余計なお世話かとは思うんですけど。

オチをオチとして機能させるために、現状の書きぶりにおいて見直すべく観察するべき箇所はどこだと思いますか?
それはなぜだと思いますか?

そういったやりとりを効果的に活かせないのは、こういった機会を活かせていないだけのように感じさせられるわけです。
ただでさえ近頃のこの惨状において、なんて一個人のスレでそんなこと言っても仕方ないんですけど、余計な見栄ばかりで場を腐らせる馬鹿たちが居座って見苦しくて遠巻きに眺めるだけで触れたくも関わりたくもないような下卑た態度で嫌うより、遠ざけて相手にしないただの当たり前の関わり方として正当な目的に沿ったやりとりにこそ手間と意思をさいて場を満たすことの方がよほど健全だと個人的にはよくよく感じさせられるものなんですけど、迷惑かもしれないんですけど、この程度のやり取りで場を鈍らせることもまた効果的な態度とは思えないですよね、というのが一番の感想と言ってしまえば確かにそうでしかない気がしてしまう、ということなんです。

数える程度の決まりの面々しか書き込まない感想欄なんですけど、その面々の“読む“力、“観察“する力、“見極める“力の低さにはあたし程度から見てもちょっと呆れるしかない印象なんですよね実際。

感じ方、考え方はそれぞれであることを前提にもちろん言っているわけなんですけど、それ以前の“あらゆる力“があまりにも乏しすぎる、ということです。
このサイトの“クソ化“は、“低すぎる力“が何よりも起因するものと個人的には常々感じさせられているわけで、だからこそのさばって憚らずにいられる馬鹿どもの繁殖、というただのうわずみ程度でみくびるだけの間抜けな有り様を真に受ける、という馬鹿げた現状をのさばらせる結果こそを招くものなんだと感じさせられるわけなんです。


投稿される作品がミジメなほど少ないこの状況はむしろ絶好の好機なんですよ。
それをちゃんと理解して有効に活用しているように見えない印象であることは、なんだか勿体無いことだよなあと個人的には思わされずにはいられないわけなんです。


関係のないことに感じられたならすみませんでした。

>オチをオチとして機能させるために、現状の書きぶりにおいて見直すべく観察するべき箇所はどこだと思いますか?
それはなぜだと思いますか?

気を悪くされていなかったなら、是非お答えをお聞きしたい感じではあります。
大切な、基礎的であって当たり前のことだと思うんですよね個人的には。


お節介なことですみませんでした。

南の風
softbank060091003055.bbtec.net

浮離様、長文の感想をいただき有り難うございます。

 この作品はA4一枚という字数制限がある一般向けの情報誌に書いたもので、このサイトのみなさんの骨身を削る書き様に接する時、アップすべき作品ではなかったかもしれません。そのため、舌足らず尻切れトンボの醜態を晒し、杜撰の極みの指摘に首肯するしかなく、その結果の「ご指摘の通り」でありました。
 さて、この作品を本格的な小説として書くためにはまずは冒頭をどうするかです。周知のごとく小説は最初の原稿用紙半分で決まります。その部分に何を織り込むか……
 原稿用紙に書き込むのは文字であるわけで文字の認知は読者に委ねられます。ですが、書き手と読み手の両方に共有しやすい事柄もあります。私はその最たるものは五感だと思います。暑いのか寒いのか、目に映るものの色は、匂いは、波の音か滝の轟音か……そのような五感の響きが読者を物語の中に入りやすくすると思います。さらには巧みな五感の描写によって、読者の額にインド人の額の第三の目のように第六感を感じる目が開くならばもう読者は速度を伴いながら物語に中に入っていくでしょう。最初の原稿用紙半分に何を書き、その後に続く部分に何を描くか、何を捨てるかの決断こそ書き手の醍醐味でしょう。
 その後も続きます。人です。人間を書かなければなりません。人は何でできているのか、時間であり空間です。人から時空を削除したらそれはもうアバターでしかないでしょう。歴史、家族、村、場としての広さ、暗さ、明るさ……伏線をどこに張るのか、楽しみです。
 私はこの作品を推理小説仕立てにしてみたいのです。
 二週間という縛りがありますので、この作品を書き直してみたいと思います。技術論は理想論なので、拙い文になると思いますが、どうぞご期待ください。
 
 

偏差値45
KD111239161019.au-net.ne.jp

「いいね」というスイッチがあれば、
押したいところですね。

悪しき伝統文化ということでしょうか。
そういうものは廃止が望ましい。
現代社会においても困ったことに気がつかない人が多いですからね。

トリックもあり、うまいオチにはなってはいると思います。
しかし、大きな傘で本当に誤魔化せるか? というのは、疑問ですね。
そこまで祈祷師は頭が悪いのか? 住民の目が悪いのか?
そんなふうに思った次第ですね。

浮離
KD111239124054.au-net.ne.jp

ご返信いただいてありがとうございます。

いただいた内容はこちらからの質問に対するというよりは、基礎的な創作論についてお話しされていることのように受け止めています。
言われていることは元より理解するつもりなんですけど、どちらかといえばあたしが感じさせられることはそんな大袈裟な話ではなく、現状の書きぶりに対して観察が失われていること、自ら起こした設定について、その展開なりお話の趣旨がそれに基づく目的なりテーマに沿っているものだろうか? といったつまりは“オチ“について垣間見えるもの、という意図に沿ったものだったのですが、上手くお伝えすることができなかったらしく余計なお手間を取らせてしまったみたいで申し訳ありません。

そんなことについて、お答えをお聞きするまではこちらから一方的な感想を当てつけることは憚られる気がしたので、現状のような質問形式となってしまったわけなんですが、ある意味お答えをいただいたという経過を踏まえて、こちらからの印象という意味での感想をお伝えさせてもらいたいと思います。


>オチをオチとして機能させるために、現状の書きぶりにおいて見直すべく観察するべき箇所はどこだと思いますか?

というこちらからの問いについて、その意図となる箇所を端的に指摘するのであれば、

>「みんなのためだぁー。みんなを救うためだぁー」

というこの一行が、このお話の世界観を表すものだと個人的には受け止めるものなんです。
ということはつまり、どういう意味とお考えになりますか?

>それはなぜだと思いますか?

という問いも含めて、“オチ“というその物語の根拠を総括する仕組みについて、個人的にはその不適切さを感じさせられる、ということをお伝えさせてもらいたかったわけなのですが、伝わりますか。

読み物として訴え得る“五感“も“人を書く“ももちろんのことなんですけど、それ以前に物語としての設定なりメッセージとしての軸がブレていてはそもそもそんな意図すらも持ち得ないのではないのか、ということなんですね、キビシく聞こえてしまったならすみません。


>「みんなのためだぁー。みんなを救うためだぁー」

という一方的な都合と風習でまかり通るらしい舞台において、その結末としてもたらされるものが当事者の父が孤軍奮闘の知恵でその瞬間を一先ずはやり過ごした結果として、幼子の無事が叶いました、ということがもしこの物語のメッセージとしてふさわしいとするなら、一読者としてはその創作感性ないし視点の働きには明らかに“NO“を差し出すより他にない気がしてしまう、ということなんです。


>赤ちゃんの命が助かってよかったですね。
こんな悪習、早く無くさないといけませんね。

>悪しき伝統文化ということでしょうか。
そういうものは廃止が望ましい。
現代社会においても困ったことに気がつかない人が多いですからね。


といった衒いのない物語世界との付き合い方は個人的にはまったく推奨できない考えを持つもので、流行病やそれにまつわる手立て、あるいは一歩的な報道に基づく世界情勢の都合解釈同様、見たまま聞くままに思考を伴わせない目的を理解しない浅薄な許容の仕方を都合二転三転させて憚らないような思考の軸のなさには個人的にはまったく共感を思いつけないということなんですね。

はっきり言ってしまえば、そういった解釈なり共感の思いつき方が書き手としても明白に狙いとしてあったものであるなら、いちいち付き合わされる“読書“というその適性について、それは案外意味も価値もなさないものとは考えられないですか? という些か乱暴な言い草にはなってしまうものなんですけど、実際本音ではあるところなんですし、いかがお考えになられますか? というところでは明らかにあるわけなんです。

風習に疑いを持たない人々の中で一方的かつ不運なだけの境遇にさらされた家族たちが誰の手助けも同情も得られず、自らの苦肉の策で束の間の救いを得る。

かわいそうだ、気の毒だ、こんな風習は間違っている。幼子が助かってよかった。

それがこの物語のメッセージで受け止めてもらいたい意図であるつもりなら、個人的には“そんなこといちいち読まされなくたってただの感情として当たり前に知ってますけど“という甚だ迷惑みたいな、付き合わされた時間返せ、なんて言い方もないんですけど、そんなはずはないでしょう一々の創作とそれに付き合う“読書“という価値において、そんなありきたりの感情に訴えたいだけのものをいちいち書きたがる意図なり欲求なんて、そもそもあり得ますか? 価値ありますか意味ありますか? という当たり前の不甲斐なさを例えば先に引用した類の感想未満について正したくさせられずにはいられなくさせられるわけなんですけど、何か間違ったこと言ってますか。


>「みんなのためだぁー。みんなを救うためだぁー」

こういった舞台を当たり前として設定した世界において、それに呼応するなりの結末つまり“オチ“は書き手なりにふさわしいものとして描かれていますか? ということを個人的にはお聞きしたかったわけで、いただいたご返信を見るにあたっても不真面目な方ではなさそうなことも踏まえてお伝えさせていただくなら、通り一遍の見たままみたいな間抜けな解釈を解釈らしく付き合って目的なり作意が満たされたような誤解に留まることは、できればあって欲しくないものだなあ、とは当たり前に思わされるところではあるわけなんです。


設定したつもりの世界について、物語として価値を成すはずの最低限の運用がなされているとは思えない、というのが辛辣ではありますが個人的な一感想としてお伝えさせていただきたいことでした。

ご理解いただけなくてもいいんですけど、不愉快にさせてしまったならすみませんでした。

月長石 -THE MOONSTONE-
n219100086103.nct9.ne.jp

ここのサイト、「文系に偏った人間」ばっか! で……
だから、この手の話の「根本的にトンチキな瑕疵」に気づき難い……んだろうと、毎度毎度思ってる。

小・中学生のクラスに、コレ読までた場合、聡い〜理科のできる系の子供から必ずや上がってくる声が、
ここのサイトでは上がらない。


この話、大前提からしてアレで、、、


二本の木の間から満月が昇ったら生贄! だと、
【毎年その月には必ず生贄捧げてる】筈だし、


単純に「その月を隠せばOK」なんであれば、木の間に蔦なんか張って葉っぱで隠すなんてー、「猛烈馬鹿臭いだけで、無理なばっかの徒労」は、しねぇんですよ。

「精度の問題」で、物理的に不可能だし、
あんまりバカっぽいから。。




単純に「視差」と「視直径」の問題なんで、

小学生でもそこにツッコむ。


まあ簡単なIQテスト。



(馬鹿臭いんで、レスはいらない)

月長石 -THE MOONSTONE-
n219100086103.nct9.ne.jp

「二本の聖なる木の間から満月が昇る」問題のシーンからして、

もう根本的におかしい。

ありえない光景。



小・中学生の作文だと「日々、普通〜に世界に向き合っている」から、

こんなトンチキな状況設定には ならないし、

こんなアリエナイ状態には決して書かない。



ここのサイトで「月をネタに短編書いて来た人」で、月がまともに(問題なく、普通に)書けていた例を、

いまだ見ていない。。

南の風
softbank060091003055.bbtec.net

浮離様 更なる長文のご感想を頂き有り難うございます。

 まあ、そう上段に構えなくても言わんとしているところは理解できます。
 読ませていただいた後、ふと思い出したのは川端康成の『散りぬるを』です。私の中ではこの小説ほど「よーわからん」小説はありません。オチ……この作品にはそんなものはありません。オチなんて必要?
 一方「猿でも解る」は「付き合わされた時間返せ」であることも同意できます。
 で、いろいろを踏まえて次作を書き始めました。その行動こそ、ありきたりではない自分独自の結論かもしれません。表出しなれけばならないのは自分個人であり、世俗になんの未練がありましょう。

月長石 -THE MOONSTONE-
n219100086103.nct9.ne.jp

「毎年その月に、欠かさず生贄捧げてる」部族だとして、

「そうせざるをえない理由」(捧げないとどんな災厄に見舞われるのか)までしっかり設定・はっきり明記しとくのが、

こういう短編のお約束だし、

「その因習から逃れようとして、しくじった過去の事例」も絶対あった筈なんで、

書いとくべきだし、


【生贄と決まってたんだけど、すこぶる単純な理由で、それを逃れた人】もいた筈だし、


そこまで考えたら、

おのずと、【合理的なオチ】も出てくる・・んですよ。



作者、「思いつき」書くばっかで、つらつら思い巡らせるってことをしないから、

「すとんと腑におちるオチ」に至れない。

南の風
softbank060091003055.bbtec.net

月長石 -THE MOONSTONE-様 二度目のご感想を頂き有り難うございます。

>猛烈馬鹿臭いだけで、無理なばっかの徒労

この底の浅い短文のことは脇に置いて、「徒労への情熱」は日本文学の美点だな、とか思いました。

>月がまともに(問題なく、普通に)書けていた例を、いまだ見ていない。

あらら、自作の冒頭は三日月でした!

チエル
sp49-105-103-104.tck01.spmode.ne.jp

ハワイのカプ制度とか、日本の逸話とか実際の生贄に関する逸話を調べてみると良いかもね。

ちょうど良い例がここにも投稿されてますね。2頁目、渦という作品は生贄をなぜ止められないかその心理がはっきりと描かれていました。

ハワイでは宣教師が命がけで神ペレがいないことを示したからなくせましたが、今でもペレを信じている島民はいるわけで、そこらへん知っとくとリアリティ出せるかもです。

推理がメインの話になるにしても、心理描写が嘘くさいと機能しないかと。

チエル
sp49-105-103-104.tck01.spmode.ne.jp

》》星々を背景に大きな満月が浮き出て見える。

三日月だった??

南の風
softbank060091003055.bbtec.net

偏差値45様 ご感想をいただき有り難うございます。

>「いいね」というスイッチがあれば、押したいところですね。
暖かい心遣い、有り難うございます。また「いいね」をもらえるよう書いてみます。よろしくお願いします。

南の風
softbank060091003055.bbtec.net

チエル様

誤)自作→正)次作 
なんです。すみません。

南の風
softbank060091003055.bbtec.net

チエル様

>推理がメインの話になるにしても、心理描写が嘘くさいと機能しないかと。

なるほど、参考にさせていただきます。実は推理小説って書いたことがないのです。

京王J
p1165143-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

なんというか…

小説って作者が「本気で面白い」と思ったことしか基本的に書けないから、作者様にとって、この作品が「本気で面白いもの」なんです。

そこを踏まえていただかないで、「こんな月はありえない!」とか「書き手の姿勢としてどうなんだ!」と鼻息荒く作者様を「詰めて」も、意味ないです笑
いくら詰めても「そういうあなたの作品はどうなのかしら?笑」と心の中で嘲笑されるのがオチかと。

浮離様は、誹謗中傷していた頃のほうがいいですね。
誹謗中傷しなくなった浮離様は、ただ管巻いて他人に絡む感じが逆に際立ってしまったというか……
誹謗中傷の鎧は大事だったんだなと思います。
「無」の人にいくらコメント=手を差し伸べられても、毒にも薬にもならないというか。
浮離様は好きな作家は誰なのでしょうか?
ここまで偉そうに他人を詰めるなら、少しは自己開示してください笑。
ご自身の作品はいつも自分のモノローグですから、逆にどんな人なのか隠蔽されていますから。

関係ない話すみません。
この作品はたしかに欠点もあるけど、素晴らしい作品だと思います。ところどころに才気を感じます。
自作も楽しみです。

浮離
KD111239124054.au-net.ne.jp

上段に構えたことともそもそも思えないんですけど、一先ずはどんなつもりで書かれたのか、ということはわかりました。
その上での最初のご返信の内容ということだったんですね。
察しの悪いことですみませんでした。

その程度のことをいちいち書いて意味あるの? 面白いですかね?

というのは一個人の価値観の問題でしかないはずですし、言葉にすぎたと思います。
当たり前のこと、と個人的には相変わらず思うことに違いはありませんが、そうでもなさそうな人たちも多いみたいなので、ただの程度問題らしいことをちゃんと理解したいと思います。


何どもすみませんでした。

南の風
softbank060091003055.bbtec.net

京王J様 コメント有り難うございます。

無に勝るものはない……ナーガールジュナからチベット密教まで脈々と繋がる仏教の奥義。日本の文学にはこの宝珠が至るところに散らばっています。なるほど……小説を書くことを「無」に収斂することで、意外にも書くエネルギーが漏れ溢れてくるのを感じます。この境地を何と呼べばいいのだろう……ナルシス。

ドリーム
softbank126077101161.bbtec.net

父親にあっぱれですね。

私も生け贄の小説を書いたことがあります。
題して選ばれし者、川の氾濫を収める為に人身御供する物語。
結局はスケベ代官が生娘か゜欲しくて企んだのですが
こちらは見事に祈祷師の裏をかきましたね。
作者様にもあっぱれです。

田中蜜柑
p3716006-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

悪いところはないけど、良いところもない。
>その母と子にやさしく声をかける男。
>父親だ!

ここだけちょっとぶれてる。語り手は感情的にならなくてよい。

南の風
softbank060091003055.bbtec.net

ドリーム様 コメント有り難うございます。

まあ、これは童話みたいなものですので、次作はもう少し長編を書いてみますね。

南の風
softbank060091003055.bbtec.net

田中蜜柑さん、コメント有り難うございます。

この作品はあんまり良いところがないですね。次回から頑張ります。

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