作家でごはん!鍛練場
風のみた夢

 チューニングの合わないラジオのような、静かなノイズが響いていた。
「雨だ」
カーテンをめくると、濡れていく景色が見える。
「もう梅雨がくるのかな」
アスファルトや隣家の屋根が、湿った色に沈んでいく。
 そっちはどう、と受話器の向こうに聞いてみた。
「晴れてるわ」
だるそうな声が返ってくる。
「夏みたい」
彼女は暑さが苦手だった。そしてエアコンも苦手だ。扇風機が回る小さな部屋で、汗に濡れたシャツの胸元を、指で扇いでいた姿を思い出す。
「暑いの、大変だね」
と僕は言った。
 そうね、と彼女は言った。
 そして、僕らは沈黙した。
 手にした電話は、「洋子」の文字を画面に映す。向こう側にある退屈そうな顔が、ぼんやりと想像できた。その姿は、アクリルで何層にも隔てられているように感じた。
 僕は関東を離れてから、洋子との約束どおり、ときどき電話をかけるようにしていた。
 最初は週に一度、話をした。それが隔週になり、今日は一ヶ月ぶりに洋子のことを思い出して、連絡をした。今日あったこと。最近のこと。思いつくままに、話してみる。けれど話しのタネは、すぐに尽きてしまった。
「変わったことはない」と尋ねても、「別に」とそっけない答えが返ってくる。もう話したくないんだということを、洋子の声音が僕に伝えた。
 地元に帰って三ヶ月、目新しいことはたくさんあった。新しく始めた仕事のこと、そこでの人間関係。けれどそれは、説明するにはあまりに煩雑で、楽しい話題でもなかった。距離が離れたことで、共有できないものが増えていく。
 たぶん、彼女も同じようなものなのだろう。これ以上、話を続けても、お互いに疲れるだけだった。もう、電話をするのも、終わりにした方が良い。
 そんなことを、僕は考えた。
 片手でカーテンをもてあそびながら沈黙をやり過ごしていると、ベランダで濡れるガジュマルが、不意に目にとまった。

 ――

 洋子とは、森の中のコテージで出会った。
 東京での暮らしに馴染めず、人との関わりに悩んでいた僕は、心理相談所に通っていた。一年ほどカウンセリングを受けたものの、問題が改善することはなかった。カウンセラーの玲子さんは、グループ・カウンセリングを僕に提案してくる。
「あなたの悩んでること、あなただけが悩んでるわけではないと思う。誰かと話をする。誰かと悩みを共有する。それはあなたにとって、何かの助けになるかもしれないわ」
 グループ・カウンセリングのチラシを玲子さんから受け取り、読んでみた。山の宿泊施設で行われる七日間の合宿だった。
「どう。参加してみない」

 東京からの新幹線を一時間ほどで降り、隣のローカル線に乗り継ぐ。
 二両編成の列車は客をまばらに乗せ、山間の線路を走った。街から、日常から遠ざかり、僕を知らない場所へと連れていく。目を閉じまどろんでいると、ブレーキに揺られ、終点のアナウンスが流れた。
 無人の駅に降り、切符を車掌に手渡す。
「ミツオさん、こっちよ」
改札の向こうで、玲子さんが手を振っていた。
「早かったんですね」
僕は答えながら、玲子さんの方へ歩く。
 駅前の広場には参加者らしい人たちが、幾人か集まっていた。絞り染めのシャツを着た五十代くらいの坊主頭の男性、ジャージ姿の四十代くらいの女性、お洒落なブラウスとパンツを着た学生のような女性。広場のまわりを当て所なく歩き、時間をつぶす人もいた。年齢も格好も、まちまちだった。
「どうぞ、よろしくお願いします」
坊主頭が周りに挨拶し、ジャージの女性が応える。玲子さんは、ブラウスの子と話していた。
 僕は手持ちぶさたに、遠い山をながめる。
 しばらくすると、迎えの車が到着した。荷物を後部座席に乗せ、皆がワゴン車に乗り込む。
「皆さん、そろわれましたか」
初老の運転手が声をかけ、車を走らせる。タイヤが石をはじきながら、山沿いの道を進んだ。
 二十分ほど走り、車は雑木林のなかに停まる。そこから伸びる小道を、玲子さんに付いて歩く。小屋につながれた柴犬が、初老の運転手に尻尾を振った。
「レオ、元気そうね」
玲子さんは犬に声をかける。
「こんにちは。今日からよろしくお願いします」
 管理棟に玲子さんが呼びかけると、六十代くらいの女性が出てきた。かっぽう着で、にこやかに僕らを案内してくれる。
 コテージの玄関に通され、扉一つ開くと、明るいホールが広がっていた。樹々を透かした陽光が、奥から差し込んでいる。円形のホールを囲むように、部屋や洗面所が配置されていた。僕らは荷物を置き、設備や寝具の説明を受ける。
 一息ついた頃、僕らはホールに集められた。
 カーペットに十個の座椅子が丸く並べられており、玲子さんが腰掛けていた。
「どうぞ、好きな所に座ってください」
玲子さんにそう言われ、参加者はばらばらと席を埋めていく。顔見知りの人もいるようで、お互いに声をかける様子があった。僕は場違いなところに来たような気がして、座椅子で所在なく床を見つめる。
 参加者がそろうと、玲子さんが口を開いた。
「皆さん、参加していただき、ありがとうございます。ここに座っている皆さんが、いまから一週間、一緒に過ごし、体験を共にするメンバーになります。
 最初にいくつか、説明をさせてください。
 ここは皆さんにとって、安全な場所です。皆さんが、ありのままの自分で、安心して過ごせる場所にしたいと思っています。そのために、お願いしたいことがあります。
 私からエクササイズを提案し、体験をシェアしてもらうことがあります。他にも、いま感じていること、過去に体験したこと、自分のどんなことでも話してもらって構いません。そこで見たり聞いたりしたことは、他の場所では話さないようにしてください。
 それからもう一つ。皆さんと話をするなかで、色んな感情がわき起こってくることがあります。それを、フィードバックとして伝えることができます。そのときには、自分を主語にした、Iメッセージで話すようにしてください」
玲子さんが、ここでのルールを説明していく。これから一緒にやっていくこと、守るべきこと。
 概要を説明し終わると、「最初のエクササイズを始めてみましょう」と玲子さんは言った。
「まずは、隣の方とペアになって、自己紹介をしてみてください」
 僕は戸惑い、固まってしまう。隣を見ると、女の子と目が合った。
「一緒に、いいですか」と彼女は言った。うん、と僕は小さくうなずく。
 小さな女の子だった。えくぼをつくって笑う顔はあどけなく、高校生くらいに見えた。
「洋子って言います。二十五歳です」
へえ、と僕は言った。年上だった。あなたは、と洋子に聞かれ、「もう少しで、僕も二十五」と答える。
「なんだ、タメじゃん。敬語使って損しちゃった」と言って洋子は笑った。
 僕は東京で看護学生をやっていることを話す。
「この一年くらい、玲子さんのカウンセリングを受けてて。今回、玲子さんに、合宿に出てみないかって」
「へえ。玲子さんの」と洋子は興味深そうに聞いた。
「私も玲子さんのワークショップに出て、すごく良かったからこれにも参加したの。
 玲子さんってきれいでしょ。でも怒ると目が三角になって、怖いのよ」
言いながら洋子はくすくす笑った。
 自己紹介を聞いた相手を、代わりに皆へ紹介していく。そんなエクササイズを行って、その日のセッションは終了となった。
 夕飯のため、僕らは食堂のある建物まで移動する。管理人さんたちが、食事を用意してくれていた。玄米のご飯とサラダ、魚を皆で取り分け、お味噌汁を注いでいく。敷地の畑で採れた食材が、たくさん使われていた。
 ご飯を噛むと、もち、もちと鳴り、玄米の風味が広がる。野菜は瑞々しく、マッシュポテトはなめらかに口で溶けた。
「美味しいね」
皆が口々に言う。僕も頷く。思い思いに話をし、僕も一緒に笑いながら、穏やかに夕食を摂ることができた。
 翌日から僕らは、一人ひとりの抱える思いを話しはじめた。それは、子育てのことであったり、仕事のことであったり、生きづらさであったりした。それぞれが抱え、内面につかえている思いを、言葉にし、感情に表し、吐露する。他の者は、ただ見守り、共有した。
 電車が怖い、と洋子は言った。
「毎日、満員電車に乗るのが怖い。過呼吸を起こしそうになるの」
小さな体をすくめながら、洋子は話した。
 人が大勢いたり、逃げられない場所だったりすると、怖くて、動けなくなる。帰りの電車に乗ることを考えても怖い。そう言って、洋子は泣いた。
 座椅子にうずくまる洋子に、玲子さんが近づき背中に手を当てる。大丈夫、と言葉をかける。
 洋子は頷いた。
「もし良かったら、ここにいる皆に、手を当ててもらってもいいですか」
 うん、と涙でくぐもった声で洋子は言う。
 皆が、洋子の背に手を置いていく。僕も肩にそっと触れてみる。やせた、小さな身体が、浅い呼吸をくり返していた。
「みんなに、言葉をかけてもらっても、いいかな」。玲子さんの問いかけに、洋子はもう一度頷く。
「大丈夫」
「一緒にいるよ」
「平気だから」
それぞれが、静かに言葉をかけていく。洋子のこころの平穏を、祈っていた。
 しずかに時間が過ぎる。
 洋子は涙を拭き、玲子さんの方を見た。
「ここで、いったん終わっても大丈夫ですか」。玲子さんが問う。
 洋子は頷きながら「ありがとうございました」と皆に言った。

「僕は、どこにいても嫌われるんです」
合宿の四日目、僕は自分のことを話してみる。
「ひとと、付き合えない。何を話したらいいのか、分からない。初対面の人と頑張って話してみても、次に会うと、もう何を話したらいいか分からない。
 喋れない僕は、邪魔になって、皆に迷惑をかけてしまう。どうやっても、嫌われてしまう。僕なんか、いない方がいい」
そう言って僕は、膝に顔をうずめる。
 もう死にたい、と呟く。
 玲子さんが傍で見守り、皆が言葉をかけてくれる。
 大丈夫だよ。そのままでいいよ。あなたがいてくれるだけでうれしい。
 暖かい言葉だった。嬉しかった。
 僕は泣いたあと、くたびれて座椅子にもたれた。放射状の支柱に支えられた、多角形の天井をながめる。真ん中に天窓があり、木漏れ日が差し込んでいた。
「そのままで、いいんでしょうか」
ぼんやりと、誰にともなく呟く。
 玲子さんが「そのままで、良いんですよ」と、僕に繰り返した。見ると、皆が、静かにうなずいていた。
 合宿の最後の夜、僕らはホールに集まって過ごした。
 玲子さんが夫のことを話すと、洋子がその出会いについて聞き出そうとする。ジャージの主婦は、若い頃にフィンドボーンで過ごした体験を教えてくれた。坊主頭の男性は、ホールのピアノで「主よ、人の望みの喜びよ」を演奏してくれる。
 僕はそこで過ごしながら、皆との時間をただ楽しんでいた。
 七日間で、僕が変わるすべなど、見つかりはしなかった。それでも、人の優しさは、感じた。人のなかに、あたたかく、ここちのいい場所がある。そのことが、僕に記憶されていた。人への、信頼や、安心が、心の深くに、浸透していった。
 翌日、合宿が終わると、僕らは荷物を背負い、コテージを後にする。
 犬と管理人さんに手を振り、ワゴン車に乗り込む。駅に着き、初老の運転手に手を振って、改札をくぐる。参加者は皆、電車に乗り、やがて、てんでに降り、帰っていく。手を振り、扉が閉まる。そのたびに一人減り、二人減り、僕らは日常へと戻っていく。
「ねえ、帰りはどっち」。新幹線を降りて、洋子は言った。
 高円寺と答えると、「同じ方向ね」と僕の顔を見る。
「電車、一緒に乗ってよ」
いいよ、と僕は言った。良かった、と洋子は安心した顔で笑う。
「喉かわいちゃった」。新宿まで帰ってきたとき、洋子は言った。喫茶店に寄っていこうよ。上目遣いで見る洋子に、いいけど、と僕は答える。
 駅から出ると、外は雨が降っていた。僕は傘を持っておらず、そのまま歩きはじめる。
「待ってよ」と言って洋子は鞄を探り、折りたたみ傘を取り出した。
「入んな。濡れるよ」。傘を開きながら、洋子は言う。そして腕をいっぱいに伸ばし、僕の頭上に傘をかぶせようとした。
 いいよ、という僕に「持ってよ、もう」と怒ったように洋子は言った。
 僕は傘の柄をつかむ。けれどそれはあまりに小さくて、洋子を濡れさせないように僕が縮こまると、彼女と肩が触れた。
「相合傘ね」と言って、洋子は楽し気に僕を見た。
 喫茶店の席に荷物を置き、カウンターに並ぶ。僕はミックスジュースを、洋子はソイラテを頼んだ。
「帰ってきちゃったね。東京に」
目まぐるしく行きかう人を眺めながら、僕は言う。
「そうね」。気のない返事しながら、洋子はメモ帳を破っていた。そこに電話番号とメールアドレスを書いて、僕に差し出す。
「ミツオさんも、教えてよ」
言われて僕は、携帯電話を取り出した。普段、かける相手も、かかってくることもない電話だった。
「何番だったかな」。言いながら、自分の番号を確かめる。

 それから洋子はときどき、僕に電話をかけてくるようになった。
「こんど銀座のクラブで、友達が歌うことになったの」。深夜の着信に出ると、洋子はそう話し始める。
「学生の頃からの付き合いで、聴きに行ってあげたいんだよね。でも、電車に乗れる自信がなくて」
「ちょっと遠いね」。僕は彼女の家から銀座までの乗り換え経路を考えてみた。
「それでさ、ミツオさん。一緒に行ってくれない」と洋子は言う。
「僕が行くの。ライブに、洋子さんと」僕は驚いて答えた。女性とライブに行ったこともなければ、銀座のクラブに入ったこともない。
「電車に乗るための『お守り』みたいなものよ。来週の土曜日の夜、空いてるよね」。もう決まったことみたいに、洋子は話を進めた。
 銀座のクラブに女の子と行くには、どんな服を着て行ったらいいんだろう。僕は持ち合わせの衣類を全部並べて、悩んだ。そして、黒い服と黒いズボンを着て、黒い靴を履いて出かけた。
「変じゃない」待ち合わせ場所で洋子に聞くと「いいんじゃない。何でも」と言う。
 満員電車も地下鉄も、話しながら乗っていると、洋子はごく普通の女の子に見えた。なんでもない話を、いくらでも話してくれる。洋子の話を聞くのは、僕にとっても心地よかった。
 混みあう電車を銀座で降り、明かりの灯る街を歩き、ひとりだと絶対に入らない重い扉を開く。店員に案内され、座ったソファーは深く沈んだ。
「来てくれたんだ」
ドレスを着た女性が洋子に声をかけ、二人は話し込む。
「友達」
と洋子は僕を紹介し、僕は会釈をした。
 ドレスの彼女がライブのために準備を始めると、洋子は飲み物のメニューを僕に見せた。
「こんなお酒、飲んだことないよ」。洋酒、ワイン、カクテル。なにを選べばいいのか分からなかった。
「いいんじゃないの。大人の酒で酔っちゃえば」。洋子は注文しながら、薄くしてあげて、と店員に言い添える。
 琥珀色のお酒を飲み、つややかなジャズを聴く。
「バグダット・カフェで使われた曲よ。知ってるかしら」洋子に聞かれて、首を横に振る。砂漠の古い店に、流れ者が集まってくる話。今度、観てみて。
 酔いにぼやけた頭で、僕は頷いた。世界が、どこまでも広がっていくような気がした。
「ミツオさんは、どんな音楽聞くの」
 帰りの電車でそう聞かれて、僕はラジオで聞いたヴァイオリニストのことを話す。こんど渋谷でライブがあるんだ、と言ったら「一緒に行こう」と洋子は笑った。
「ここに行くにはどっちに行ったらいいですか」
ライブ会場の住所を見せながら、洋子は交番で尋ねる。
「向こうの、道玄坂の先だね。いかがわしい店がある方だから、気をつけて」と警察官が答えた。
「大丈夫よ、この人は」と言って洋子は笑い、こっちだってと僕の手を引いて点滅しはじめた信号に走った。
 地下のライブハウスに、美しくも悲しい音が響く。僕は目を閉じて聴き入り、曲の世界にうっとりと浸る。何曲か演奏が終わり、洋子に「どう」と尋ねた。
「よく分かんない」と答えながら、洋子はコロナビールを仰ぐ。
 次の曲を聴きながら、ふと隣を見ると、洋子は丸い目で僕の顔を見ながら、にこにこと笑っていた。
 ライブが終わると坂を下り、道沿いのロッテリアに入った。ハンバーガーとポテト、飲み物を買って食べながら、洋子は学生の頃、障がい者のボランティアをし、ベリダンスを習っていたことを聞かせてくれた。
「そろそろ終電じゃない」
時計を見て僕が言うと、「そうね。帰ろっか」と洋子は答えた。

 大学が三年になる頃、僕は病棟での実習が始まっていた。毎日病棟で患者やカルテから情報をとり、終わると図書館にこもる。終電で帰り、家で記録をまとめ、布団に入る頃には夜中の三時を回ていた。
 洋子とは会うことも、電話をすることも減っていった。
 深夜に帰宅し、消音にしていた携帯電話を見ると、着信履歴に洋子の名前が並んでいる。
夜十二時をまわっていたけれど、折り返しかけてみた。
「最近、不安が強くて」
洋子は泣いていた。
「駅までのバスに乗ることも、できなかった」
僕は聞くことしかできなかった。
 とても長い電話だった。
 先週、電車に乗り、過呼吸の発作が出て、途中で降り、そこから歩いて帰ってきたこと。閉ざされた空間を怖く感じること。遠隔ヒーリングをしてもらった女性に、ひどい対応をされたこと。誰にも、どこにも助けを求められないこと。テレビで見た過去生の話や、輪廻の話。生きることは試練でしかないこと、苦しい修行をして魂が磨かれていること。苦しみはいつか報われること、楽しそうな人よりも高い次元に行けること。
 明け方まで喋りつづけた洋子は、疲れ切ったように「もう寝るね」と言った。
 電話が切れたあと、僕は眠ることもできず、残っていた課題を進め、そのまま実習に向かった。
 四年生になり、卒業論文の研究を進め、国家試験の勉強をしていた。洋子と電話をすることは減り、メールでのやり取りになっていた。パニック障害がひどくなったようで、ほとんど家にこもりっきりになっている。
 一ヶ月ぶりに会う日を約束し、洋子の家まで行く。家から、近くの公園まで歩く。
「好きな人ができたの」と洋子は言った。
「え」と僕は言った。「僕らって、付き合ってたんじゃなかったの」
「あなたとはいい友達よ」と洋子は答える。
「だから別に、こうやって遊びに来てもいいのよ」
 公園の落ち葉を踏みながら、僕は訊ねる。
 恋の相手は鍼灸師らしい。
「片思いよ」
洋子はそんなふうに言うだけで、それ以上話すことはなかった。僕も聞いて楽しい気分ではなかったから、それが顔に出ていたのかもしれない。
 言葉少なく、僕らはブランコをこいだ。
 洋子のことが、よく分からなくなっていた。なんのために会いに来ているのか、苛立ちを感じもした。
 足元で落ち葉が乾いた音をたてる。夕暮れに照らされる洋子の影が、遠く、長く、伸びていた
「もう帰ろうか」。疲れたように、洋子は言う。
 大学を卒業すると、僕は神奈川で仕事をはじめた。
 もう電話をすることはなくなり、季節の変わり目に、思い出したようなメールが届くくらいだった。目を通し、その返事を考えても、気の利いた言葉が浮かばず、なおざりになっていった

 一年間勤めて、僕はそれ以上、仕事を続けることが無理になっていた。精神科でもらう薬は効かず、眠剤は日中の仕事を妨げ、ミスと事故を繰り返す。
 退職願を提出し、地元に帰ることにした。
「引っ越す前に、会いに来て」と洋子はメールをくれた。
 洋子の家で待ち合わせ、少し離れたお寺まで歩いていく。
 あたたかい日差しが境内を照らしていた。参道の桜がほころびはじめている。
「こんな場所があったんだね」と僕は言った。
「お蕎麦が美味しいのよ」。洋子は参道に並ぶ店を見ながら話す。土産物屋に入り、梟の置物や湯気のあがる饅頭を買って歩く。
「これ、かわいいじゃん。ミツオさんも買いなよ」。そう言われ、二人で麻の服を一着ずつ買った。
 増えた手荷物を降ろすために喫茶店に座る。ミックスジュースを頼み、僕は向かいに座った洋子を眺めた。
 とても、穏やかな顔をしていた。
「なんだか合宿で会った頃のことが、懐かしいよ」と僕は言った。
「あの頃は、まだ電車も乗れたのにね」。洋子は、遠い目をして話す。
「女の子とデートするのも、初めてだった」。僕が言うと、あれはデートだったのかしら、と洋子はからかうように笑った。
 そのあと、洋子はまじめな顔をして僕を見る。
「私、ミツオさんに助けられたのよ」。丸い目で、真っすぐに言う。「だから、感謝してる」
「なんにも、できなかったけど」。僕が言うと、洋子は静かに笑った。
「私のことなんか、そのうち忘れちゃうんでしょうね」
 忘れないよ、洋子は、僕にとって特別な人だから。そう僕は答えた。
 帰り際、洋子を送っていくと「ちょっと待ってて」と言って家に入る。もう一度、玄関から出てきた洋子の手には、袋がさげられていた。手渡され受け取ると、ずっしりと重い感触がある。
 なにこれ、と僕は訊ねた。
「ガジュマルよ」
見ると、植木鉢が入っている。
「私と別れても、その子は十年だって生きてるから。根が丸くなって、可愛くなるんだよ。
 絶対、枯らさないでね」
と洋子は言った。
 こんなもの、どうやって持って帰ればいいんだろう。内心、困りながらも僕は「ありがとう」と言う。
 満足気に笑う洋子は「愛媛に行っても、また電話して」と言った。

 ――

 通話時間は30分を越えていた。秒数が沈黙をカウントしていく。
「あのね」と僕は言った。「色々、ありがとう」
僕の言葉に、洋子は沈黙で応える。
「じゃあ」
またね、と言いかけて、僕はそれを飲み込んだ。
「元気でね」
言うと、洋子は、うん、と溜息をつくように答えた。
 間をおいて受話器が、ツー、ツー、ツー、と鳴る。その音が、洋子とのつながりの切れたことを僕に教える。
 雨は、窓の外を白くけぶらしていく。電話を握ったまま、僕は膝に顔をうずめた。水音が毛布のように包んで、僕を世界から切り離していく。
 一人きりの部屋、慣れ親しんだ孤独。それは、誰にもおびやかされない安息でもあった。
 熱をおびた電話機の向こう、暑い部屋で過ごす洋子も、また一人でいるのだろう。
 僕らは、ひとりだ。
 かすむ窓の外に目をやる。この世界のなかに、幾つもの孤独が隠されている。胸にしまった寂しさとともに、僕らは生きていく。
 ひとりなのは、一人じゃないよ。
 雨のガジュマルは、そう言っている気がした。

執筆の狙い

作者 風のみた夢
flh3-122-133-170-165.osk.mesh.ad.jp

二十代の頃、自分の感情を微分して、気持ちの変化を根拠に行動していた。四十代になると、過去の出来事を積分し、世話になっていた相手のことに気付く。もう連絡も取れない相手のことを思って、文章にしたためました。

コメント

偏差値45
KD111239160080.au-net.ne.jp

>「洋子って言います。二十五歳です」
へえ、と僕は言った。年上だった。あなたは、と洋子に聞かれ、「もう少しで、僕も二十五」と答える。
「なんだ、タメじゃん。敬語使って損しちゃった」と言って洋子は笑った。

>大学が三年になる頃、僕は病棟での実習が始まっていた。

25歳という認識から、大学三年生では年齢的に合致しないので、
どういうこと? って悩みますね。

で、感想です。
丁寧には書いてはある。内容も伝わる。
退屈にはならないけど、面白くはないかな。
セックスか、洋子の死か、ある程度の刺激は欲しいかな。

風のみた夢
flh3-122-133-232-25.osk.mesh.ad.jp

偏差値45様
読んでいただき、ありがとうございます。年齢と学年の不一致には、理由が必要でしたね。実際には、二浪して、大学を二回中退したからなんですけど。
刺激がないと、面白くないですね。実際には、セックスしなかったし、彼女は死ななかったですけど。
楽しめるフィクションが書けるよう、頑張ります。

中小路昌宏
124-241-080-236.pool.fctv.ne.jp

 拝読しました。

 細かい事を言えばキリがありませんが、全体的に、よく描けていると、思います。

 1泊だけでしたが、私も、山の中の個人の山荘を借りて、森林浴と気功を楽しむための合宿に参加したことがあります。
 その時のことを思い出しながら、楽しく読ませて頂きました。

月長石 -THE MOONSTONE-
n219100086103.nct9.ne.jp

画面見た感じ・・
とても村上春樹臭いんですよね。。

スノッブな大学生と、彼女との交流。メンタルの悩み。バッハの旋律。


タイトルが『雨』なのも・・
『ノルウェイの森』の、当初考えられていたタイトルは『雨の庭』だったってーハナシだから、
あの映画を強く想起させる。



ここのサイト、「大学生」設定だと、とてもアヤシイのが常! なんで、
コレも画面さっと傍観で、そこ(当該箇所)だけまず確認したんですが、、

主人公が「何学部に通ってるのか」が、さっぱり分からんかった。

3年で病院実習。
4年で国家資格。
新卒採用でほどなく退職〜。

なんだろ?
◯◯療法士とか、△△技師??
社会保険福祉士とか、介護系とか??
薬学部の4年コースとか???

想像つかん。


本筋に特に関係ないようなんで、「経済学部や法学部で、一般企業や公務員に就職」でも全然OKな気がする。


ハナシは・・
「>グループ・カウンセリングのチラシを玲子さんから受け取り、読んでみた。山の宿泊施設で行われる七日間の合宿」

が、どうも新興宗教系な臭いがして、画面傍観でやめてしまった。



グループカウンセリングって・・
うん十年前に大学生だったワタシの頃は「エンカウンター」って言ってたアレかな??
(ロジャースって学者が言い出したやつ)
それは、2週間にいっぺんぐらいの頻度で行われる感じで、合宿まではしないでしょう。
(合宿が何よりも無理! って人も多い訳なんで)

「アルコール、薬物依存、買い物依存症からの脱却」だったら、合宿もアリなんだろうけども。。

月長石 -THE MOONSTONE-
n219100086103.nct9.ne.jp

カウンセリングで合宿(7日間?缶詰め)だと・・

前世紀の『サナトリウム文学』臭が出て、
村上春樹『ノルウェイ』がまさにそれ! だった・・と思った。

映画いっぺん見ただけで、原作は読んでないんですが、
精神を病んだ直子は、高原のサナトリウムみたいな施設に長期入ってて、
主人公はそこへ訪ねてって、直子の壊れようを目の当たりにしてた。


この原稿、「なんのことわりもない」から、読者は「現在のハナシ」として読む訳なんだけど、
全体に全部「古い」んで、
『ノルウェイの森』の時代——《昭和60年代のハナシ》と明記して、

潔く「昭和」で書いた方が、破綻なくて安全だって気がする。



現代に落とし込むんだったら、
大学と精神医療のあたりを、もっとちゃんと調べる。

風のみた夢
flh3-125-196-136-91.osk.mesh.ad.jp

中小路昌宏様
ありがとうございます。読んでもらえるって、嬉しいです。細かい事は気になりますが、自分でよく精査してみます。
喧騒を離れて、ゆっくりと時間を使う山の合宿、良いですよね。
読者の記憶に重なるのも、ちょっと嬉しいです。

月長石様
「ノルウェイの森」、二十年前に読んだときは嫌いだったけど、今は少しわかる気がします。
昔の記憶がよみがえり、その当時とは違う意味付けがされていく感じ。影響を受けているかもしれません。
僕が行ったのは構成的なエンカウンターでしたが、ロジャーズの非構成的エンカウンターグループに、いつか参加してみたいです。
でも、ここでわけの分からない人たちにたくさん出会うのも、素敵なエンカウンターですね。
ありがとうございます。

アン・カルネ
219-100-28-84.osa.wi-gate.net

私もいつの時代の話なのかは読者に提示されていた方が良いのかな、と思いました。

タイトルは「ガジュマル」の方が合っていたのでは? と思わされました。
アリス・マンローの「イラクサ」とか篠田節子の「夜のジンファンデル」とかをふと思い出し、ガジュマルが良いのになあ、と思ったので。

私は基本、新潮のクレスト・ブックスが好きなので、そこに連なるような味わい、風合いのある作風は結構、好きです。
風の見た夢さんの文章が作り出す雰囲気が良いなあと思います。

で、内容に関してなのですが、正直なところセラピー? カウンセリング? このテのものをリアルな経験上では全く知らないのでそこはちょっと違和感を覚えました。アメリカドラマとか小説の中での出来事でしか知らないのですが、アメリカドラマとかアメリカ小説とかだと、そもそもキャサリンとかジョニーとかですから登場人物たちの行動も、そうね、欧米人とかはこういうリアクションするだろうな、とか、そういうものの見方や接し方をするものなのね、という具合に受け入れてしまうのですが、日本人が登場人物であった時は、果たしてそう素直に受け入れてしまうかと言えば、実はそこが結構、難しところではないのかなあ? と思ってしまうのです…。どうしても世間知経験知が働いてしまうというか…。
つまり、出会ったばかりの人達と車座になって座って、簡単な自己紹介をして食事してその翌日になったら
「翌日から僕らは、一人ひとりの抱える思いを話しはじめた。それは、子育てのことであったり、仕事のことであったり、生きづらさであったりした。それぞれが抱え、内面につかえている思いを、言葉にし、感情に表し、吐露する。他の者は、ただ見守り、共有した。電車が怖い、と洋子は言った。「毎日、満員電車に乗るのが怖い。過呼吸を起こしそうになるの」合宿も4日目には「僕は、どこにいても嫌われるんです」と心情吐露する。ここの部分のことを言っているんですけど…。
それこそ研修会の懇親会でも異業種交流会でも、およそアメリカ映画やアメリカドラマ的スマートさは皆無で、どこまでも泥臭いって言うか、合コン的ノリというか、パーティにおける赤の他人との距離の取り方についてはもはや未開地の人達よりも劣化してるんじゃないかとすら思う今日この頃なので、そう思ってしまうんですよね。
一応、ミツオ君も洋子ちゃんも対人関係で難ありな方々で、このグループセラピーなんだか、エンカウンターなんだかに集まってくる人たちも大なり小なり同様の方々なんだろうと思うと、僅か1日か2日で、こんなに簡単に打ち解け合い、自分の悩みをちゃんと相手に伝わるように話す事が出来、また話を聞いた者達も的確にそれを受け止め、互いの心情に共感し、更にそれをまた自分の言葉に置き換え、態度で共感と慰めをきちんと示す事が容易に出来ているように見えてしまうあたりで、そうなると、これなら、別に彼らは充分に学校なり職場なりでちゃんと対人関係を築いていけるのでは? と思えてくるんですよね…。で、違和感を覚えてしまうというか。それとも感受性が人より強いために大勢の人の中にいると生き辛い、そういう人達の集まりだから、そういう人達同士でいる分には非常によく機能している集団と言う事なのかしら。彼らは植物のように美しいと言ったのは中島先生だったかしら。中島先生と言えば「うるさい日本の私」の人。

作劇的な面で思った事。
まず狙いに「もう連絡も取れない相手のことを思って」とあるので多少オートフィクションよりであることに拘って書かれてあるのかもしれないな、とは思ったんですけど、それを脇に置いて作劇的に思った事です。
まず登場人物について。
彼女の年齢を聞いて自分も「もう少しで、僕も二十五」と言っているけどその後で「僕は東京で看護学生をやっていることを話す。」。これだと「もう少しで」は年上の女性への思いやりなのかな、とも思わせられます。それに引き換え「なんだ、タメじゃん。敬語使って損しちゃった」と言い、その後で看護学生と聞かされても、前述の言葉はミツオ君が自分に気を遣ってくれたんだなと思い至らない洋子さんって、実は鈍感なのかな、と思わされますが、しかしこの鈍感さは彼女のその後のミツオ君への振る舞い方に現れていて、それは言ってる事とやってる事が合っていて、彼女らしさに繋がっているのでいいのかな、とも思わされます。ただ、そういうずぼらさがあるにもかかわらず、「電車に乗れない」。そこのところにもう少し、人物の存在としてのリアリティが欲しいように思いました。彼女の根源的なところに関わる部分での何か、それは提示して欲しいように思うのです。
で、それが「作劇的に思った事」に繋がるのですけど、つまり、作劇的には洋子さんも実はミツオ君の事に恋愛感情はあった、というふうに作っておけば良いのになあ、と思ったってことです。

最初に「地元」と出てくるのですけどここは「愛媛」としておいた方が良いように思いました。それが後の布石にもなると思うので。

「好きな人ができたの」
「あなたとはいい友達よ」
「だから別に、こうやって遊びに来てもいいのよ」
「片思いよ」
「私、ミツオさんに助けられたのよ」。丸い目で、真っすぐに言う。「だから、感謝してる」
「私のことなんか、そのうち忘れちゃうんでしょうね」
「ガジュマルよ」
「私と別れても、その子は十年だって生きてるから。根が丸くなって、可愛くなるんだよ。絶対、枯らさないでね」
セリフは嘘をつく、というのがあって、作劇的セオリーであれば「私の事を忘れないで」とその依り代を相手に渡すっていうのは、実は好きであるってことを行動で伝えていることなんですよね。
で、もし作者さんもそういう意味でこのセリフ、シーンを作ってます、だからこそ「鍼灸師」って洋子さんの生活圏からはちょっと出て来なさそうな人、使ってみせました、というのであれば、良いんですが、そうではなく、ほんとに鍼灸師に絶賛片思い中の洋子さん設定です、というのであれば、作劇的には、いや、洋子さんも実はミツオ君の事好きなんだけど、明るく振舞って見せてはいてもホントの自分はそうじゃなくて、しかも年下君には重荷になるだろう存在になることは分かり切っているから、「いい友達」で別れてゆきましょうって、そういう気持ちでいるんだよって創っておいてくれた方が読者としての私は喜びます(笑)。

もう少し、どちらかに勇気があれば、幸福なふたりになれたかもしれないのになあ、と思わされた時に、雨をバックにガジュマルの映像が目に浮かぶシーンと言うのは絵になると思うし、雄弁に何かを語りかけてくると思うのです。多幸の木、ですから。
そんなことを思いました。

浮離
KD111239125118.au-net.ne.jp

お話の内容について触れるのはなかなかキビシイ気がしてしまうので他の方にお任せしたいと思います。

単純に文章能力という意味で、あるいは構成力、表現力なんて言い方はちょっと格好つけすぎのきらいがすぎる気がしてしまうのでもっと基礎的な意味においてということのような気がするんですけど、単純に観察できるいくつかのポイントがある気がするんですね個人的には。

まずは文章表現そのものについてなんですけど、書き出しと閉じ、それ以外、ということなんですけど、なんのことか伝わりますかね。
書き出しは始まりだから分かりにくいかもなんですけど、閉じの部分ではほとんど違和感に近いというか、その不自然さのせいだけでも読後感を必要以上に拙い印象に貶めてる気がするんですね。

なんとなく察してもらえればいいことなんですけど、文体とか、そん言い草も大層な気がしてしまうくらいには案外無邪気な感じというか、わかりやすいというのか、そもそもの筆力ということには違いない気がするんですけど、気取ってるんですね、書き出しと閉じだけ。

なんか、小説っぽい書き方したい感みたいのが書き出しと閉じだけ明白に意識されていて、その他にもパートは文章力的にも観察的にもかなり作文的というか、拙さがこれまた明白すぎる気がするんですね、気を悪くさせるつもりはないのでそのつもりで読んでもらえたら有難いんですけど。

時制に自信がないなら、時系列順に正確に書くことから始めた方がいいように感じさせられます。
あまり考えもなく書き出した故の回想形式なのかもしれないんですけど、要するにフラットに眺めてみてほしいんですけど、グループカウンセリング云々の場面からもうぐちゃぐちゃじゃないですか?
いってる意味がわからないならいうだけ酷なことかもしれないんですけど、改装って難しいんですよね、あくまでも基礎としてとはいえなんですけど。
回想で語るっていうことは便宜上様々な矛盾も生じてやむなしなことも多い書き方ではあるんですけど、その瑕疵なり齟齬なりをそれなりのものとして形式的にも馴染ませて許されるような書き方を企む視点なり表現なり許容の仕方っていうのは確かにあるはずで、とはいえ残念なことにこの作品の書き方っていうのはそれ以前の問題、つまりは基本的な意識から明らかに働いていないことが明白に読み取れますし観察できるんですね、これは個人的な感想とか感覚云々ということではなくてただの構成力とか形成力みたいなただのスタイリングの話なんですよね実際。

あんまり言うと書き手さんのみならずみてる人全員がムカムカしてくるらしいのでやめておくんですけど、つまりどんなことを指摘されているらしのかご自身でちゃんと自覚することは絶対的に必要で、それがただのイチャモンに思えたり腹が立つだけなり見過ごしてまかり通る気がするなら、この程度以上からの上達もはっきりと完全にありえないはずなので、やっぱり客観的に観察してみてできれば理解できた方がいいと思います。


お話そのものについても結局少しだけ触れちゃうんですけど、これもわかりずらい言い方かもなんですけど一読者としてあたしはミツオのことを何も知りません。
読み終えてみた結果、ミツオは何もしなかっただけに見えるし、何がどうしてこの世がそんなに辛いのか、ミツオは何も白状していないし戦ってもいないしもちろん何も変わってこそいないらしい、ってことなんですね。
なんでどこにいても嫌われる気がするのか、その自覚も反証すらも聞いた覚えがないし、その上でベソを掻くだけの二十五歳なんてなんだかただの世間知らずにしか見えない気がするし、そんな程度を口先ばかりの優しみで取り交わすカウンセリングだのエンカウンターだのなんて、読んでの通り甘っちょろくて気味が悪いだけに見えます。
優しくしてほしいだけの怠け者の集まりみたい。

そりゃ世間からはみ出すよそんな弱々しさばっか肥やしてばっかいればよ、なんて個人的にはかなり冷たいことしか思えないタチです性格サイアクには違いないはずなので。
関係ないですねそんなこと。
すみません。
事実だと決めつけるつもりでなんていってないですから、あくまでも“小説“の出来として備わりかねない印象という話をしてるだけですから、勘違いしないでほしいです。


洋子の洋子らしい性分として読み取れなくもない的読み方もあるみたいなことを言ってる人がいるんですけど、それは普通に小説的な自由度の話でまったくわかるんですけど、面倒なことを言ってしまえばこの書きぶりを程度として見るにはそういった自由度のある作用をそもそも意識して書かれているものではないことは明らかなはずで、なんなら書き手はそういった指摘をどこまである意味機能的な手筈として理解できるものなのか、個人的にはなかなか怪しいもののような気がしてしまいます。

言い方を変えるなら、洋子の偶発的人格形成は読み様の問題ではなく、書き用としての至らなさ、つまりは所詮何もせず仕舞いのミツオのせいで珍妙な動態なり言動なり思考の展開を読み手に誤解されざるを得ない状況にまんまと追い込まれた洋子の偶発的気の毒事故、なんて個人的にはほぼ当たり前の如く読み解きたくもなるわけで、要するに場面こそあっても中身がない、というのはあんまりな言い方なのかもしれないんですけど、各場面のあってないような印象の薄さ、淡白さというのはそのまま観察と筆力の丸出しには違いないはずで、単純にすごく作文っぽい、という範疇さながらに停滞している気がするんです。
優しくしてほしいだけの怠け者の集まりみたい、なのも単純に書き筋が思わせることという意味です。


筋で精一杯だから、表現に至らない。
精一杯のはずの筋ですら、時制表現からおぼつかない。

腹が立つなら仕方がないんですけど、たぶん事実のはずなんですよね、単純なレベル問題として。

その一番簡単な解決策というか、ステップアップの手段というのがたぶん、先に言った通りの時系列順に正確に書く、ということからしかない気がするんですね個人的には。
意識がないところからのこの構成で、このお話は単純な技術レベル的にそもそもから破綻してるということだと思うんです厳しい言い方になっちゃって申し訳ないんですけど、読み物って最低限のスタイリングは欠かせないはずなので、たぶんこれはお話の内容や表現云々以前の問題のような気がするんですね。

キビシイこと言ってすみません。
気を悪くしてなかったならがんばってください。

風のみた夢
flh3-60-236-79-69.osk.mesh.ad.jp

アン・カルネ様
読んでいただき、丁寧な感想をいただいて、ありがとうございます。

時代について意識していませんでしたが、確かに令和とは違いますね。
ガジュマルは「多幸の木」。……初めて知りました。
彼女の思いやりに鈍感だった自分を、今更ながら思い知ります。

グループセラピーの詳細に書くと、あまりに冗長になりすぎる気がして、書き流してしまいました。
ちゃんと書かないとダメした。
ファシリテーターが色々介入した上で成り立つ場です。加筆修正してみます。

「オートフィクション」という言葉、初めて知りました。勉強になります。
二十五歳は本当に二十五歳だったんです。でも、年下というもっていき方もありますね。
「思いやり」という受け止めは、女性的な感じがしました。鈍感な僕では思いつけません。
ずぼらな気質なのに「電車に乗れない」理由、抜け落ちていました。言われて思い出しました。ありがとう。
拠り所を求めながらも明言をしない「洋子」と、勝手に嫌われたと思って離れてしまった「僕」、というイメージでした。
もうちょっと上手に、優しくすればよかったなあ、という個人的な記憶です。
もう少し整理して、また書き直してみたいと思います。

風のみた夢
flh3-60-236-79-69.osk.mesh.ad.jp

浮離様

感想ありがとうございます。
作文的。よく言われます。「主婦の日記みたい」って言われます。
表現で読ませる文章書きたいですけど……もっと基本からちゃんとやれとのこと。
がんばります。

夜の雨
ai203146.d.west.v6connect.net

「雨」読みました。

文章がうまいですね、イメージが膨らむ文体でした。
主人公よりの視点で描かれていますが、ほかの登場人物、とくに「洋子」の世界へも入っていけました。
それから御作は文学として読める内容ですが、サイコとかホラーにもできるのではと思ったり、その逆にヒューマンや社会派のドラマに向けても書けると思いました。
現状の御作は主人公によりそって書かれていて、心情がよく伝わってきました。
洋子との関係も絶妙ですね。
これは洋子の世界が壊れかかっているところから、彼女が主人公へ寄ってくるのでかなり微妙なところがエピソードで書かれていると思いました。
洋子は、電車に一人で乗れなくなるときがあり、精神的に不安定になっているのですが、主人公とて、活動的な精神状態ではないところの、微妙なさじ加減がよかった。この洋子は精神が不安定になることが度々あるにもかかわらず、明るいところがあり面白い。また、読んでいて、キャラがブレているという事もありませんでした。

導入部を過ぎたあたりで、カウンセラーの玲子さんに、グループ・カウンセリングを提案されて、山の宿泊施設で七日間の合宿が行われますが、この内容は作品の構成としてはもっと書き込んだほうが参加者の内面を掘り下げることができるだろうと思いました。
ちなみに、この「山の宿泊施設で七日間の合宿」の描き方次第で、上に書いたサイコとかホラーにも展開できるなぁと思った次第です。
その逆にヒューマンや社会派のドラマとしても描ける。
カウンセリングの参加者以外の人物を登場させることで、いろいろな展開が可能だと思います。

全体では、各パートが短いなぁという感じでした。
一つ一つのパートをもっと書き込んでもよいかなぁ。


「第57回北日本文学賞」が2022年8月31日「締め切り」であります。
原稿用紙30枚ですが、挑戦してみてはいかがですか。
ネットで検索すれば情報が書かれています。

それでは、頑張ってください。

お疲れさまでした。

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