夢か……現実か
二千十六年の元旦の朝を迎えた。俺は甘い呼びかけで目覚めた。
「あなたぁ明けましておめでとう。朝食の用意が出来たわ。起きてください」
俺はベッドでその声を聞いた。カーテンの向こうから朝日が部屋に差し込んで来るのが分かる。しまった確か夜明け前に起きて初日の出を見に行くと約束していたはずだ。それなのに朝食の用意が出来たという。数年ぶりだろうか大雪だった。それで諦めたのか覚えていない。昨夜から降った雪が積もり太陽の光に反射して眩しい。ああ、とても気持ちの良い朝だ。外は真っ白な銀世界だ。
そうか、今日は元旦なのだ。夕べは飲みすぎて妻の膝で眠ったような気がする。
結婚して初めての大晦日だった。俺はガウンのままベッドから降りた。
隣のリビングから雑煮の美味しそうな匂いがして来た。
それと餅を焼いているのだろうか、香ばしい匂いがして来る。
嗚呼、幸せだ。生まれて最高の正月を迎えようとしている。
まだ酒が残っているのか頭が朦朧としている。
でも心地良い、いつまでもこんな日が続くように俺は祈った。
俺は寝室にあるオーデォのスイッチを入れる。
♪過ぎ去り日の夢 希望に満ちていた あの頃 永遠の愛を夢見て~~~
あの美声で知られる女性アーティストの歌だった。なんと素晴らしいメロディーと美声だろう。
俺は寝室を出てリビングのドアを開けた。
あの妻の美しい笑顔と、美味しい料理が俺を待っている……筈だ。
だがリビングがあるはずの部屋は消え、周りは原っぱだった。雪さえも消えている。
原っぱの向こうに見えるのは川、その川に朝日が反射して眩しく光る。
勿論、妻も居なければ振り返った寝室は、青いビニールハウスであった。
そしてガウンを着て居た姿は消え、三ヶ月も同じ物を着ている俺のこんな哀れな姿。
やはり夢だったのか……
夢と変わらないのは、元旦の朝の日差しだけである。
その夢は一年前に遡り昨年の自分の姿だった。仕事を追われ無職となった。それから働く気力さえ失せ、愛想をつかした妻は去って行った。たった一年で俺はすべてを失い、住まいもご覧の通り河川敷で暮らしている。
夢破れて、まさに歌詞と同じ事を歩む俺がいた。
でも、俺は這い上がる。今年こそきっと這い上がり夢を掴んでやる。
一月七日鏡開きも終り、世間はまだいつもと同じよう動き出す。俺の仕事初めは、まず
今日の食料を探し事から始まる。なんと情けない人生だ。その日に喰う物を確保する為だけの人生なんて真に情けない。 いつものようにゴミ箱を漁っていると、なにやら硬い包み紙があった。なんと札束がひとつ、その中身は百万円だった。神様が俺に与えてくれた最後のチャンスなのだろうか? いや落とし主がいるはずだ。交番に届けるか。いや今の俺には此処から這い上がる為に必要な金だ。心の葛藤はあったが俺は心を鬼にして自分の物にした。この金を元に儲けたら、いつかは返そう。そう心に決め勝負に出た。這い上がるか今のままの人生を歩むのか俺は自分の運を掛けた。十万円だけ競馬に注ぎ込んだ。今の俺なら十万あれば三ヶ月暮らせる。そんな貴重な金を己の運と人世に賭けたのだ。
一発勝負の大穴を狙ってだ。これが当たらぬなら、あとは慎ましく生きようと決めた。
だが的中した。やはり最後の賭けに俺は勝った。その金額は一千万円と膨れ上り俺はそれを元手に小さな商売を始めた。またそれも当たり俺は更に商売を拡大した。あれから一年、そうたった一年で俺は夢のような世界を手にした。百万円を拾って一年、俺はあの固い包み紙を取ってあった物に再び百万を入れて交番に届けた。巡査はキョトンとしていたが規定の用紙に書き込み帰って来た。心の中で一年遅れて申し訳ないと謝った。もし落とし主が現れず自分の物になろうと受け取らず寄付しようと思っている。
そして翌々年二千十八年の元旦の朝を迎えた。今年も外は銀世界に覆われている。
俺はまた甘い声で目覚めた。
「あなたぁ~~ご飯ですよ~起きてくださぁい」
あの時とまったく同じ状況だ。まさか一昨年の悪夢が甦るのか? だとすればあの雪が怪しい、あれは雪でなく雪の妖精? そして甘い夢からまた覚めるのか?
俺は寝室にあるオーデォのスイッチを入れようとして、ハッとなった。
嫌だ! また夢破れての歌詞が現実となるのは、俺はスイッチを入れるのを止めた。
俺はガウンのまま、リンビングのドアを開けようとしたが。ふっと躊躇う。
♪過ぎ去り日 夢 希望に満ちていた あの頃 永遠の愛を夢見て~~~
なんと! またあのメロディーが聴こえて来るではないか、しかも俺はオーディオの
スイッチを入れた覚えはない? 何故だ、何故聴こえる? また夢が覚めるのか……
いやその音は紛れもなく、リビングに備えてあるオーディオから聴こえた。
「あなたぁ、どうなさったの? さぁお食事の時間ですよ。席に着いて」
確かに妻の声だ。夢ではないのか? もし夢なら冷めないでくれ。
また青いビニールハウスなんて嫌だ。ふっと数カ月前の事が頭を過る。俺は儲けた金で家を買った。運とは続くもので得意先の女性と意気投合し一ヶ月前に結婚していた。間違いない夢ではないきっと。夢と現実の狭間で目覚めた。昨日は酒も飲んでいない? いや自信がない。
爽やかなメロディーと珈琲の匂い。そして香ばしいパンの焼けた匂い。
俺は恐れと期待が交差する中でドアをゆっくり開けた。其処には優しく微笑む妻の姿に「おはよう、いやおめでとう」そう応えて妻を抱き寄せた。
「貴方どうしたの? 汗でビッショリよ。ハハァまた怖い夢を見たのね。また夜中に少し飲んだでしょう。だから言ったでしょう。お酒は控えめにと」
「俺そんな夢にうなされているのかい」
「そうよ、余程怖い思いをしたの」
「そうだね。酒は美味いけど目覚めの良い朝を迎えたいよ」
「そうなさい。私も心配しなくて済むし」
それから酒はピタリとやめた。それ以来、悪夢を見る事はなかった。
了
執筆の狙い
2400字の掌編です。
皆さん怖い夢を見た時の気分はどうですか。
その辺を題材にした話です。
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