作家でごはん!鍛練場
えんがわ

送る

「それでは、足袋に草鞋を」
 兄は黙してゾウリのような草鞋を受け取り、棺へと向かい、母の足にそれを履かせる。その動きはゆるりとしながらスムーズで、滞りが無い。
「ついで、弟さんは、手甲を」
 手甲は、手の甲に付ける四角い布で、四方に凧のような紐が垂れている。それを母に付けさせる。腕が思ったよりも軽く、そして思っていた以上にひいやりと冷たかった。簡単な作業なのに、妙に定まらないというか、この位置で本当に良いのかと惑い、時間をかけてしまった。最後まで母に見せるのは不器用な息子の姿だ。
 次いでショートカットのおばさんが、何やら荷物箱をごそごそする。しばらくして、死に化粧の用意だとわかった。紅をひく。頬を塗る。所作は一筆書きのように早い。霞んでしまった顔に、見る間に色が宿る。
 兄は言う。
「綺麗です。生きている時みたいだ」
 僕の見ていた母は、家で化粧水もせずに、高い声で愚痴を言いながら、台所のテーブルを布巾で拭いている姿だ。だから、生きている、という形容が何か空しく聞こえた。生きているみたい、だけど、その生は母の生活とは離れたものだ。
 そうだ、母は死んだのだ。

 朝の台所は冷房がまだ行き届いていなく、熱がまだ滞っていた。
 兄の作った目玉焼きは、少し焦げている。我が家では何時も醤油をかけてたから、兄がそれに中濃ブルドックソースをかけているのが新鮮だった。
「お前も、これから家で一人なんだから、自炊に慣れなきゃいけないぞ」
「アニキ、俺でも、これくらいは作れるよ」
「んっ、何だ、こんなに太っちまって。食事管理、出来てないだろ。コンビニや惣菜じゃ、どんどんメタボになるぞ」
 東京に出て働いている兄は、現在の過食気味の食生活が、酷い拒食症の反動だということを知らない。
「親父も、糖尿だったし。おふくろも、年取ってからは。お前もこれからなんだから」
「んっ、んん」
「俺も中年さ。嫁さんから、これ以上服のサイズを上げたら、夕食作りストライキするからね、なんてな」
 兄は少し笑って、お腹をさする。驚いたことに、ずっと痩せ身だと思っていたそれが、ふっくらしている。
「家系なのかもしれないね」
 なんて答えた。
「娘にゃ、継いで欲しくないもんだ」
 和やかで、久しぶりだ。このような空気で食卓が続けば、母の入院後の、味もわからないで胃に詰め込んでいる毎日から、立ち直れるのかなと思った。兄は二日後に、東京に帰ってしまうけれど。

 通夜が始まった。
 家族葬とのことだったが、親戚が二十人ほど、それに農協か何かの役人が数人、土地の関係かどこかの建設会社の部長、とこじんまりとしたものだった。お経を唱える住職は、父の葬儀の時のそれは体調不良で出られず、隣の市から呼ばれた、随分と若い、それでも僕よりも一回りは積んでいるのだろうけど、肌の艶のいい坊さんだった。お経は低音で響きながら、芯と抑揚があり、時に泣きたくなるほどに高くなることもあり、時に漢字の連なりがゆるやかに沈み、会場全体を包んだ。
 坊さんって言うのは、歌手なんだなみたいな、鎮魂歌なんだなみたいな、自分の言葉にすると悔しいほどに軽くなってしまうけれど、お経は母を送る歌声に聞こえた。産声の対極にある、終わりを祝うような。ダメだ、自分が言うと、どんな思いも軽くなってしまう。
 焼香の所作。茶黒い香を摘み、額の高さまで持ちあげ、少し念じ、香炉の中に落とす。頭ではわかっていても、直ぐ前に兄が見本のようにきちんとしたのを真似ても、どうにもぎこちないものになってしまった。自分でも実感する。

 三十分。

 僕の太った足は悲鳴を上げ、これ以上は保ちそうもなかった。正座を崩し、あぐらへと変える。事前に正座の補助をする椅子を勧められ、「いーよ」と強がった結果が、これだ。兄も親戚も何も見なかったように、平然と葬儀を続ける。そのまま葬儀は滞りなく終わった。

 終わった後の宴会のような送別会のような宴で、礼儀良くそれでいて朗らかに酒を注ぎ、会話を運ぶ兄を、テーブルの隅でじっと見ていた。
 酔ったとき特有の場を考えない大きな声で、親戚のおじちゃんがこう言ったのを覚えている。
「しっかりしてるな、琢也兄ちゃんは。ほんとに、大したもんだ。母ちゃんも安心してるだろ。出世頭だし、孫の姿も見せたし、孝行息子ってなもんだ」

 葬儀から二日後、兄は家を出て行った。前日、色々と話した。東京でこれから会議だの、娘がお遊戯会で準主役だっただの、これで臨時の小遣いの余りが貯まってラッキーだなど。お前、しっかりやれよ。頼れるのは自分なんだからな。とそのまま慌ただしく玄関から仕事場へスーツ姿で向かっていった。

 誰もいない空間で、葬儀の、人が一人死ぬということの、欠けたものを短時間で埋めようとすることの、その忙しい時間が過ぎたあと、ちょっとした、考える時間ができた。
 これから、嫌というほどある時間だ。
 視界の端っこに、上に段ボールが積まれているピアノが映った。

 子供の頃、男の僕と兄に、ピアノ教室に通わせた母。きっと母も幼いころに、その流れる音色に憧れていたのだろう。だけど、やっぱ恥ずかしくて、小4で止めちゃったな。
 小学生の時、給料日にまぐろの赤みを沢山買って、お寿司を握ってくれた母。おにぎりみたいにでっかくて、ワサビの量は当たり外れってくらい、まちまちだった。だけど美味しかったな。
 その余ったまぐろのブツを猫にやっていて、その猫を本当に可愛がっていたっけ。愛猫と映った写真の顔は本当ににこやかで、富士山の入り口で撮った自慢のアルバムのトップのそれよりも、らしくて、僕は好きだった。コロと名付けられた彼も、いなくなったのはもう大分前だ。

 そんなことを思い。今までそんなことを思い出せず、死後の手続きや葬式と言う儀式に急かされていた自分。そんなことを、葬儀で親戚やこれまでの知人、兄にも語り合えなかったこと。そんなことが、何か悲しかった。母の死を、母への思い出で送ってやりたかった。いや、今からでも遅くないのだろうか。
 それは自分が背負っていって、少しずつ思い出したり忘れたりするものなのだろう。自然、軽くなっていくだろうそんな思いだけど、今はその重さが少し辛く、それでも何か、生きてきた重力を感じるのだった。
 母は、死んだのだ。これまで生きてきて、これからはそうではないのだ。ただ、その残り香のような響きを、自分の中に映して、そうして僕も生きていき、死んでいく。

 この夏を通して、6kg痩せた。

送る

執筆の狙い

作者 えんがわ
KD106154145085.au-net.ne.jp

こんばんわ。
また夏が来ますね。
よろしくお願いします。

コメント

偏差値45
KD111239161188.au-net.ne.jp

一般的に母の死は重いものですが、なんとなく軽く感じますね。
一つは主人公が次男?ということもあるかもしれない。
喪主の場合、なにかとやることが沢山あるように思えますからね。
大変ですね。なんで大変かと言えば、知らないからです。悩みます。
慣れて来て「余裕」なんですってあまり聞いたことがない。
もう一つは、母の死に方が良かった? 
簡単に言えば、満足できる死に方だった。そんな感じを受けます。
それなりにエピソードもあり、母の死を体験したことがない人にとっては
参考になるかもしれませんね。

ちなみに僕の母も他界しておりまして、
母は強欲でした。簡単に言えば、ケチだったわけです。
だから、思いっきり低予算の葬儀にしましたね。
総額、約23万5千円でしたね。とはいえ、数万円は自治体の補助があるので、
後日、返金されますので、もう少し安いですね。
そんなわけで親の血をしっかり受け継いでおります。
そういう意味では最期の親孝行というわけです。これって……小説に出来るかも?

えんがわ
KD106154145085.au-net.ne.jp

>偏差値さん

こんばんは。

>一般的に母の死は重いものですが、なんとなく軽く感じますね。

うん。主人公は立場的に「身内だけど傍観者」って感じになってしまい、そこで軽くなってしまったのかも。
まだ実感も沸いてないのでしょうし。
難しいですね。死って。
改めて思います。


>ちなみに僕の母も他界しておりまして、
>母は強欲でした。簡単に言えば、ケチだったわけです。
>だから、思いっきり低予算の葬儀にしましたね。

人それぞれの生があって、信条があって、死があるんですね……
それにしても葬儀代、安く切り込みましたな。住職さんにあげるお金も含めてですよね。安すぎて不安になりそうですけど。成仏できるのかしら。

でも偏差値さんが健康に今を生きているのだから、それが「らしい葬儀」だったのかな。
不謹慎にも、ケチケチな葬儀の話とか面白そうとか。
なんか葬儀の昼食がじゃぱん亭のカラアゲ弁当だったり。(それはないか)

ドリーム
softbank126077101161.bbtec.net

拝読させていただきました。

母の納棺の様子が細かく描かれており現実みが伝わって来ます。
私的な事ですが私の母が亡くなったのは3歳か4歳の頃覚えているのは
今日は何故か大勢の人が来ているなぁと思ってました。それが母の最期の思い出。
ましてや大人になって母の死は衝撃が大きかったでしょうね。
いつかはやって来る親の死、やはり辛いものです。

こういった小説は珍しいですが現実を改めて知らしめる小説ではないでしょうか。
お陰で私も家族や親戚、友人など大切な人達へ改めて寄り添って行きたいと思います。
お疲れ様でした。

月長石 -THE MOONSTONE-
n219100086103.nct9.ne.jp

画面で傍観して、文章が・・要所要所で「整合性取れてない」のが目立ちすぎて、
一々ひっかかる。

全体に浅いし、エッジがゆるいってのか、焦点がぴしっと定まっておらず、「余計ごと」の方にふらふら流れるもんで、ただ「軽く」なる。


もっと向き合って、作中世界に入り込んで、主人公の身になって「追体験しながら書く」ってことをしてる人だと、こういう筆致にはならんのですけど、、

「書く姿勢のモンダイ」なだけに、他人から指摘されても作者にはピンと来ないし、「直らない」。


一々具体的箇所を引っ張ってくるのも、手間がかかるし、面倒で厭なんだけど、


>葬儀から二日後、兄は家を出て行った。前日、色々と話した。東京でこれから会議だの、娘がお遊戯会で準主役だっただの、これで臨時の小遣いの余りが貯まってラッキーだなど。

↑ この軽佻浮薄原稿に付き合った、世間一般の読者は、ここで一様にズッコケるだろうし、
『この小説、やっぱダメだなー』と実感する。。


「とうの昔に家を出て、しっかり独立してる兄」だったじゃん??
そして、「これで臨時の小遣いの余りが貯まってラッキー」って、何のこっちゃ? どういうこと??



全体に・・

「母を送ること。どうしようもない喪失感、せつせつとした哀しみ」「母を想うこと」が一切まったく、おどろくほどな——んもなくて、

作中主人公は、ただ「自分自分自分……」で、食べ物のことだったり、小学生時分のことしか考えてない。

【この母の人生】ってどこにあったんだろう??


小学生男子の思考回路のまんま、中年になったバカ男の思考回路を、えんえん見させられてるだけの、
空虚で「上澄みだけなぞったような」軽すぎるものなんで、


「自分が出た身内の葬儀」をしっかり思い起こして書くべき。。


ワタシの歳になると、実父も舅もすでに送ってるから、余計にそう思う。


なんの先入観もなければ、『この原稿書いたん、中2病の男子中学生か??』って。


これは、そんな程度のレベル。

月長石 -THE MOONSTONE-
n219100086103.nct9.ne.jp

この母の人生が、、

「通夜の朝に兄がこしらえた目玉焼き。それにソースかけてること。にいまさら注視してるような、ぽっかーんとした息子育てたこと」に集約されてて・・

息子は「一人前にならんまんま」もう取り返しがつかない感じだし、


おかん、さみしい人生だったな。。


老人会の民謡サークルに入って、センターに抜擢されて祭りのステージで踊ったり、

孫の幼稚園行事の餅つきで、臼の中の餅を返す役で見事な手腕を発揮したり、

東京の兄ちゃん宅に泊まりに行って、孫とディズニーランド行ったり・・


そうした母ちゃんの具体的エピが、各人の口から語られ、それを聞くのが葬儀なんだけど、

この主人公はただ、自分自分自分・・



《自分だけの母ちゃん》で、ただ「中高年実家ひきこもり息子」で、、、


母ちゃんが気の毒。。

月長石 -THE MOONSTONE-
n219100086103.nct9.ne.jp

>「通夜の朝に兄がこしらえた目玉焼き。それにソースかけてること。にいまさら注視してるような、ぽっかーんとした息子


↑ 目玉焼きを書くな、って言ってるんじゃなく・・

その「兄が目玉焼きにソースかけてること」で、読者には「見えた」ものが、作者には見えていない! から、、、

わざわざ書いたんであれば、しっかり掘り下げましょうよ、と。。


「あまりにも鈍感すぎる自己中お子様主人公」は、この実直な兄がいてくれたおかげで、なんもせんでもご大義を終えることが出来たんだし。




作者も大概鈍感で、、
「この日の目玉焼きの意味するところ」に、自力では気づけない感じなのが、
読者の目について、幻滅。

京王J
p1165143-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

読みました。

えんがわさん、自信を持ってください。
この作品は素晴らしいです。

文章の整合性は、後から直せば大丈夫ですから、大した問題ではありません。

人間は、たとえ実の母親が死んでも、目玉焼きや臨時のお小遣いのことを考えてしまうものです。現実はそんなものでしょう。

しかし、物語として見ると、「実の母親が死んでいるのに、どうして主人公はこんなに呑気なんだろう?」と、疑問を抱く人もいますから、「たとえ親が死んでも、人間は明日の食べ物のことしか考えない。人間なんてそんなものでしょう?」としっかり書いて、作品をガードをしておく必要がありました。

きちんとガードしていなかったため、月婆様のような人にツッコミを入れられる口実を与えました。その点、失礼ながら作者のえんがわ様の責任です。

とはいえ、素晴らしい作品で私は好きですね。

夜の雨
ai200227.d.west.v6connect.net

「送る」読みました。

「母」の葬儀のことを語っているのに、肝心の母のことが語られていない。
そしてその母と関連した主人公のことが語られていない。

母  ← 彼女の人生はどんなだったのか。夫を顎で使っていたとか。その逆に夫に浮気されていて苦汁をなめていたとか。義母が母に冷たく当たっていたとか、または、その逆だったとか。
そして主人公は母の子供なのだが、よく面倒を見てくれていたとか、いないとか。

こういった母という人物のキャラクターが見えるように、それに対して息子の主人公は反発していたとか、いないとか。
長男の兄はどうだったとか。

そういったもろもろの母の人生と息子の主人公の人生をからめて書くとよいのでは。

近頃のニュースなどを見ていると、母と子供の関係もいろいろあると思うので。
母が亡くなって葬儀というお別れの場で、いろいろなことが頭をよぎるのが子供と母の関係だと思う。
ちなみに御作の兄ですけれど、「香典」を懐にたんまり放り込んで、東京にお帰りのようですね。
>これで臨時の小遣いの余りが貯まってラッキーだなど。<
腹の中で思っていても、弟に言うものではないと思いますが、それだけ、母も弟も兄からしたら、存在が薄い(どうでもよい)のかも。

それでは頑張ってください。

お疲れさまでした。

アン・カルネ
219-100-29-84.osa.wi-gate.net

あ、えんがわさんだ、えんがわさんだ、と思ってしまった(笑)。

最後の1行が効いてました。
そっかー、6キロ痩せたかー。大変だったんだね、と。

「兄は家を出て行った。」これは「兄は東京へ帰っていった。」の方が良いと思うかな。理由はその方が兄にとっての帰る場所は東京に築いた家庭であるということの証になるから。弟君にとっては「出て行った」かもしれないけど、兄にとっての帰るべき家はもう生まれ育った家では無いのよ。その方が兄の関心が「東京でこれから会議だの、娘がお遊戯会で準主役」だのとそういう方にあるという事とリンクすると思うし。
結婚するとね、自分の家族は親じゃなく、夫(妻)と子供になるからね。親は「過去」なんだよね。あとできれば相続の事にちょっと触れておくと良かったかな、とも思いました。例えば自分の家族の事ばかりを気にする兄、相続に関しても土地家屋とも名義はお前で良いよ、預貯金は綺麗に折半かな、おまえ、仕事どうしてんの? 固定資産税っていくらになってた? 相続情報一覧図を作ってから銀行に行った方が良いとか、他にも実際的な事ばかりを立て続けに語り、段取りを決め、台風の如く葬儀と共に去り行く兄と、まだ現実(母の死と母が死んだ家に取り残されるということ)感の乏しい弟との立ち位置の違い、そういうところでの兄弟の意識の距離感をもう少し明確に出せておくと後半の「母の死を、母への思い出で送ってやりたかった」が生きて来るんじゃないのかな、と思ったりしました。
あとは6キロ痩せたというところで介護とか看病とか実母を失う痛みとかそういうことと折り合いをつけようと格闘しながら弟君は拒食と過食の中で過ごしてきたんだろうな、と思わせられるんだけど、この一言「6キロ痩せた」へ向かう為の下地として前半に、ちょっと描いて欲しいところがあって、それは何もわざわざこれ見よがしのありふれたお涙頂戴の闘病中の母息子のやり取りの類ではなく、例えば入院後、それでも最期は自宅でと戻って来た家の中には、レンタルの医療用ベッドとか、ポータブルトイレの事とか、母のいない部屋にはまだそれらが残っていたというような類をちょっと触れておく、そういうのがあると良いのかな、と思わされたりはしました。
「愛猫と映った写真の顔は本当ににこやかで、富士山の入り口で撮った自慢のアルバムのトップのそれよりも、らしくて、僕は好きだった」
とあるので、これも遺影と絡めておくと良かったんじゃないかなあと思わされました。
私にはラストの「この夏を通して、6kg痩せた。」に母の闘病と二人三脚となった息子の痛み、焦燥感、悲しみの深さが出ているなあ、と思ったので、ちょっと万感の思いが込められた1行だね、と思えて良かったです。そしてもっと言えば、この先、兄の方は東京で自分の家族と未来に向かって日々を積み重ねてゆくことになるだろうけど、勿論、そこには思わぬ落とし穴もあるかもしれないけれど、でも、普通は将来への希望が土台となっている生活を送るもので、だからこそ、人は何とかやってゆけるものなんだけど、でも、弟君の方は、確実に父を見送り、母を見送り、両親から取り残された家で、言い換えれば死者と共にこの家に住む事になるんだよなあ、と思わされるので、それを思うとなんとも言えない気持ちになる。
私が弟君の友達ならこう言うわ。「お金になるなら家を売って、新たな生活を始める事。それが無理ならリフォームを。それが無理ならできる範囲で模様替えをして」と。「是が非でも、そうするのよ」と言っちゃうかな。死者の形見に囲まれて生活してはダメ、と。じゃなきゃ、段ボールを降ろして、ピアノを習う事かしらね。何かを始めることは生きる事、だからね。そう弟君に言ってしまうかな。
心に響く作品でした。

えんがわ
KD106154145053.au-net.ne.jp

>ドリームさん

こんにちわ。

>それが母の最期の思い出。
>いつかはやって来る親の死、やはり辛いものです。

>こういった小説は珍しいですが現実を改めて知らしめる小説ではないでしょうか。
>お陰で私も家族や親戚、友人など大切な人達へ改めて寄り添って行きたいと思います。

ドリームさんには悲しい想い出というか、悲しいとも違うのかな、辛い体験があったのですね。
無責任にそこをえぐってしまったのなら、申し訳ないのですけど、身内や友達との生活が何時か終わることを感じ、
それを知ることで、より大切に今を生きれるということなら、嬉しいです。
ドリームさんは、暗いお話を昇華して、前を歩いて生きていける人なのですね。

眩しいです。自分も太陽の方に歩いていきたいです。

ありがとうございました。

えんがわ
KD106154145053.au-net.ne.jp

>京王Jさん


>人間は、たとえ実の母親が死んでも、目玉焼きや臨時のお小遣いのことを考えてしまうものです。現実はそんなものでしょう。

はい。そんなような気が自分もします。

作品をガード、とか、余り考えてませんでした。
ノーガード♪ ノーライフ♪

京王さんが好感を持っていただいたのなら、それが幸せです。

えんがわ
KD106154145053.au-net.ne.jp

夜の雨さん

>こういった母という人物のキャラクターが見えるように、それに対して息子の主人公は反発していたとか、いないとか。
長男の兄はどうだったとか。

>そういったもろもろの母の人生と息子の主人公の人生をからめて書くとよいのでは。

確かにそうすると良くなりますね。ご指摘に納得です。

そうなるとページ数も多くなり、短編から長編の間を行く感じなると思うのですけど、ちょっと自分はこういう暗い話を書き続ける胆力が無いというか、どよーんとなってしまうので、書けそうにないです。ハハ……(泣


>近頃のニュースなどを見ていると、母と子供の関係もいろいろあると思うので。
>母が亡くなって葬儀というお別れの場で、いろいろなことが頭をよぎるのが子供と母の関係だと思う。

そうですね。最近は親子が家父長のような縦の繋がりというより、友人のような横の繋がりを濃くして生きているような気がします。
お互いに同じ目線で笑い合える。そんな感じ。
と思いつつ、思いっきりキツイ、くらーいニュースも飛び込んだりして、人それぞれ、家族の在り方がサザエさんのような固定したモノから、多様なものになっているなって。

久し振りに夜の雨さんからコメントをいただけて嬉しいです。
ありがとです。

えんがわ
KD106154145053.au-net.ne.jp

>アン・カルネさん

こんにゃちにゃんこそば。

>弟君にとっては「出て行った」かもしれないけど、兄にとっての帰るべき家はもう生まれ育った家では無いのよ。
>結婚するとね、自分の家族は親じゃなく、夫(妻)と子供になるからね。親は「過去」なんだよね。

おお。実感のこもったお言葉。そういう視点、忘れてたな、自分。
自分では何気ない一文でも、やっぱり色々と滲むんですね。勉強になった! うん。ありがとです。

>あとできれば相続の事にちょっと触れておくと良かったかな、とも思いました。

確かに。この兄ならテキパキと決めちゃって、弟さんはただ頷いているだけとか、浮かびます。
上手く書けるかな。書けそうにもないような気もしつつ。こういうの書けるようになりたいな。

>レンタルの医療用ベッドとか、ポータブルトイレの事とか、母のいない部屋にはまだそれらが残っていたというような類をちょっと触れておく、そういうのがあると良いのかな、と思わされたりはしました。

なるほど。こういうの書くと、夜の雨さんの言う「母のキャラクター」が立つのだろうな。
アンカルネさんは着眼点が凄く素敵だな。びゅんと的を射っているようで。


>私が弟君の友達ならこう言うわ。「お金になるなら家を売って、新たな生活を始める事。それが無理ならリフォームを。それが無理ならできる範囲で模様替えをして」と。「是が非でも、そうするのよ」と言っちゃうかな。死者の形見に囲まれて生活してはダメ、と。じゃなきゃ、段ボールを降ろして、ピアノを習う事かしらね。何かを始めることは生きる事、だからね。そう弟君に言ってしまうかな。

そこまで親身に考えていただいて、冥利に尽きます。
確かに作中の主人公は、どんよりと沈んだ生活をしそうですもんね。

自分もなんか料理を頑張ったり、部屋の掃除をしたり、少しでも環境を変えないとな。
とか思ったりして。

>でも、普通は将来への希望が土台となっている生活を送るもので、だからこそ、人は何とかやってゆけるものなんだ

いたっ、いたたたた……
自分の人生、どんなもんでっしゃろ。そんなに楽しく生きてられてるかな。

ノーフューチャー、ノーライフ。


まいど、アンさんにはお世話になってます。

ありがとでした。

月長石 -THE MOONSTONE-
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どうでもいいんですけど、「追記」。


個人的に、葬儀をメインに描く時は、「宗派」(と、いちおう「戒名も)設定してるワタクシです。

地方と「宗派」によって、葬儀はやり方が随分違うんで、
「そこ」は一言書いておかないと、
読者から『うちの方とは違うなー』と思われるだけなんで。


「孫もいる年齢の人の葬儀」と、
「まだ若い人の葬儀」とでは、
戒名も格式も異なるんで、

うちの地方の「実母を送るご大義」だと、
本作中のように「お坊さんが1人きりで読経」なんてことはナイ。

そんな簡素で粗末なんは「一周忌の法事」やねん。



【書く場所】がトンチキなんが、ここのサイトの弊害だと思ってて、

自分的には、【ここのサイト民が書く(そう持ってく)方向にはゆかずに書く】ようにしてるから、


ある意味とても参考になりますね。。


(人の失敗例から学ぶ)

月長石 -THE MOONSTONE-
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あとなー、この葬儀だったら、

【喪主は絶対、東京に出ている長男】だったでしょう??

それが日本の仏式葬儀のスタンダード。



となると、【兄ちゃんの会社からの弔電、花輪・生花、香典】は、

家族葬といえども来る。


「会社の慶弔規定」があるから、会社員と公務員なら、普通来る。



葬儀のハナシなのに、肝心の葬儀部分がなんも書いてなくて、スッカスカ。

見る場所なくて、


オチが「6キロ痩せた」って、

どこまでも自分自分自分・・でしかないし、


『痩せてよかったじゃん、引きこもり次男』としか思わん。

月長石 -THE MOONSTONE-
n219100086103.nct9.ne.jp

えんがわさんの原稿にも、毎回、

『ああ、そうか。ここのサイト民はこっち行くんだよなー。

自分はそっちには絶対行かない、

これとは別のところにスポット当てて、

丁寧に書くようにしよう』

と思わせてもらってる。




ここのサイト特有の「視野狭窄と、物語の萎縮、矮小化の呪縛」から

解き放たれて、

のびのび自然体で書くのがいいと思う。

えんがわ
KD106154142120.au-net.ne.jp

>運営に以下の内容をメールしました。


作家でごはんを利用している「えんがわ」と申します。

運営様にお願いがあって、連絡しました。

自作の「送る」内での、「月長石 -THE MOONSTONE-」さんのコメントにとても迷惑しています。
以前、誹謗中傷の件で削除(アク禁?)依頼をお願いした「月」さんらしき人物が、謝罪もせず、別のハンドルネームで何食わぬ顔でコメントを送り付けるのも不快なのですが。
それは主観的な問題だとして。


客観的には、「同一コンテンツへの連続書き込み。」に該当すると思います。
(その当人は自分の作品だけではなく、推敲もせず、読みながらコメントを投稿しているような感じで広く多くの作品に対して同じことをしているようです)

お手数なのですが、ご一考お願いします。

京王J
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えんがわ様

月氏のガイドライン違反として、えんがわ様への誹謗中傷、人格攻撃もあります。
また、他の方へも誹謗中傷、人格攻撃、同一コンテンツへの連投もあります。
しかも、上記のガイドライン違反行為を何度も繰り返していますね。
もはやユーザー同士の注意ぐらいでは、月氏の行為は止まりません。

客観的な月氏のガイドライン違反行為を指摘し、対応を依頼して行きましょう。

えんがわ
KD106154142120.au-net.ne.jp

京王Jさん

別に自分はサイトのことを考えてではなく、自分に迷惑が被ったから対応しただけです。
そういう全体の風紀、倫理などの扱いや論争は、ここでは控えていただけると嬉しいです。

とにかく、この欄で求めているのは、自分の未熟な文章にコメントを頂くことです。
今回は件の連投で、それが非常に難しい感じになってきたと思ったのも、運営さんに報告したきっかけの一つです。
これによってその真摯な率直な感想(いやある程度、TPOや空気を読むことを知ってるならいーかげんでてきとーでもいいんだけどね)を受けたいという目的がおざなりになっては、本末転倒なのです。

それでは。

京王J
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えんがわ様

なるほど。ごもっともなお話です。

ただ、私の意図としては、全体の倫理や風紀のお話でさなくて、月氏の客観的なガイドライン違反を指摘したほうが、えんがわ様のご要望が運営者様に理解され易くなるのではないかと考え、申し上げました。
(もちろん、えんがわ様のメールの内容で伝わると思いますが…)

ついつい余計なお世話をしてしまいして、お詫び申し上げます。

えんがわ
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>京王Jさん

メールをしたこととその旨をここに置いたことで、自分の中では半ば済んだことになりました。
今はすっきり気分です。もー、よくない? こういう話題。苦手です。

ではでは。

京王J
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ご自身がスッキリされたのならよかったです。

ただ、もうこれ以上の感想は他人はつけようがないと思いますが……
本当に皆様が素直で真摯な感想をつけてしまえば、また別の問題も起こりそうだと老婆心ながら次第です。

失礼いたしました。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

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