作家でごはん!鍛練場
馨雪

 後悔の念を石に変え、それで城塞を築く術(すべ)を知っていたなら、長年の想いを積み上げて、さだめし荘厳な城を築き上げることが出来るだろうにと、日照(にっしょう)は思った。見上げれば天まで高くそびえ、見渡せば地を覆い尽くすほど壮大な石造りの砦。そこには巨大な釣鐘(つりがね)を置こう。そうしてその中に、祭りのさなかに親とはぐれて道に迷った童子を真似て、外界の享楽(きょうらく)の一切を意固地に拒絶して、一人膝を抱えて嗚咽(おえつ)しながらこもりきって暮らせたら、どれだけ楽かと、日照はらちもないことを想像し、ひねもす、嘆く。毎日、毎日、飽きもせず、同じ思考を、賽(さい)の河原の幼子が親のことを想いながらするように、延々と重ね、そうして、積む。結局は逃げたいのだ。過去から。とりわけかつての自分から。古希を過ぎ、覚えておかなければならないこともしばしば忘れてしまうと、近隣の者からもからかわれてしまうような齢(よわい)になったが、一番忘れたい記憶は、皮肉なことに、いつまで経っても忘れることが出来ない。恨みつらみや憤り、それから嫉(そね)みや懊悩(おうのう)といった陰の感情は、耄碌(もうろく)という言葉の意味をついぞ知らないのかもしれない。夏の盛りの葛(くず)に似て総身に巻きからむ羞恥心も、底の見えない沼からぬうとあらわれ、鎌首をもたげてあぎとを開いて威嚇(いかく)する巨大なうわばみのような毒々しい罪悪感も、歳を重ねても鈍く摩耗(まもう)するどころか、むしろそれぞれが研ぎ澄まされて強さと鋭さをましていき、日照の精神を、そのはびこる蔓(かずら)と食い込む牙とで日に日に縛り上げ、噛み砕き、骨の髄まで、むしばんでいく。いつまで耐えられるだろうかと、日照は嘆く。これは罰だ。それだけのことをしたのだから仕方がない。そう苦吟(くぎん)する度に彼の記憶は浮き彫りになり、止まらぬ涙で身が削(そ)がれる。
 あの日あの場にいなければ。あの時、あの村に行かなければ――易さえやっていなければ。来る日も来る日も同じことばかりを考える。日を追うごとに彼の心は朽ちていく。往時はでっぷりと太っていた日照は、今ではその肉(しし)を失い、哀れなほどに痩せさらばえてしまった。今でも求められれば、銭儲けに腐心していた当時にこしらえた馬鹿に値が張る煤竹(すすだけ)の筮竹(ぜいちく)を捌(さば)いて易の卦(か)を立てるが、どんなに手間のかかる卜(うらない)をしても、今では誰からも、金は取らない。金のことを考えただけで胃の腑が絞まり、吐き気を催し、脂汗が流れ受け取ろうにも受け取れないので、仕方なく、米や野菜を見料(けんりょう)がわりに頂戴するが、占頼(せんらい)してくる人々は、それを知らない。そうして、歯がゆいことに、この易がまたよく当たる。欲がないから当たるのかもしれないと日照は思う。金を取らない上に当たるのだから、易者としての日照の評判はさらにあがる。評判があがればあがるほど、俺はそんな人間ではない、頼むから褒(ほ)めてくれるな、認めてくれるな、けなしてくれ、貶(おとし)めてくれと、ひとしきり過去の記憶にもだえ苦しむ。苦しんでまた痩せる。名が売れすぎたら出奔(しゅっぽん)する。そうして彼のことなど誰一人として知らぬ地に移り住み、しばらくは静かに暮らす。他に出来ることなどないから、食いっぱぐれかけたら、また生きるための売卜を始める。一々数えてはいられぬ程繰り返し、あの一件以来、とりあえず食うには事欠かない程度の実入りを維持しつつ、眞勢(ませ)日照は、苦悩の中に生きてきた。
 眞勢の名を戴いてはいても、本来の日照は、長いこと易占の世界で権勢をほしいままにしている眞勢派の出ではない。武士である父の姓がたまたま眞勢派の祖である中洲(ちゅうしゅう)と同じだっただけで、日照本人は、易占を始めたころは、より古易に近い新井流の易を好んでたしなんでいた。武家とはいっても、小藩の、さらに禄高の低い吹けば飛ぶような貧乏侍。家を継ぐことはおろか、新たな役職を目指すのもままならない冷や飯食いの次男坊が、自立する手段として、易占を始めたばかりの頃は、権勢著しい眞勢一門の偉い先生方に申し訳ないと感じながら、人から問われるにつけ、これこれこういうわけでございますと自ら種を明かし、名を名乗るだけで早合点されて敬われることのないよう、心がけてきた。そのうち、いちいち出自を説き明かすのが面倒になり、さらに自分自身も鷹揚(おうよう)な態度で易に臨(のぞ)めるようにもなったし、もともとの師の元を離れ、藩校時代の同士の伝手をたどり、眞勢の直弟子として名を成した鉄斎の下に改めて弟子入りし、範囲図と呼ばれる眞勢派の秘伝も、刀を売って作った金を積んで手に入れ、二年ほど学び、ある程度は使いこなせるようになったため、無頼の徒と蔑まれるより、中洲先生のお弟子の弟子のお偉い方と敬われる方が気が楽と、身を乗り出して肯定はしないまでも、否定もせずに生きてきた。名もなき売卜者(ばいぼくしゃ)の一人として、ひそやかに生きていたなら、あんなことに巻き込まれなどしなかっただろう。そもそも吉之助からも、相手にはされなかったはずだ――日照は、薄っぺらな名声に酔っていたかつての己が、たまらなく憎らしく思われてならなかった。

 吉之助は、藩の北端にある貧しい漁村の網元のせがれとして生まれた。半農半漁の村ということになってはいたが、海は波高く荒れ方々で渦を巻いているのが常であり、腕の劣った者がうかつに舟を漕いで出れば、潮に櫓(ろ)をとられ、岩に打ち付けられ、滅多なことでは済まないような厳しい所で、運よく海に出られる日でも、金になるようなめぼしい魚は獲れず、鯵(あじ)や飛魚(あご)などを細々と獲って干物にするのがせいぜいだった。火山質の白い土地は水を濾(こ)すにはちょうどいいが、なみなみと溜め置くのには向いてはおらず、滋味(じみ)にも欠けて痩せこけており、季節風に乗って吹く濃い潮風の作用もあいまって、蕎麦以外の作物は、あわひえの類を除いてまともに育たず、柿や枇杷(びわ)などの果樹も、軒々(のきのき)に形ばかりは植わってはいたが、どれも背は低く幹は細く、たわわに実をつけることはなかった。林はあっても灌木(かんぼく)ばかりが目につき、村人たちは薪(たきぎ)を集めるのにも苦労した。草鞋(わらじ)一つを作るのでさえ手間と面倒を重ねなければならないような土地柄だったので、村のものは、着物はおろか、履物さえも大事に扱い、一本の藁(わら)くずであっても、無駄に捨てることはしなかった。漁だけでも農だけでも食えないため、そういう身すぎを選ばざるを得ず、塩水と真水を混ぜて練ったそばがきでどうにか空き腹を誤魔化しながら、荒くれた海と痩せこけた耕地にしがみつくようにして、そこに住む誰しもが細々と生きてきたその村を、吉之助は腹の底から嫌っていた。なぜ俺はここに生まれた。どうして俺はここから離れられない――苦々しい思いは苛立ちをその酸度でただれさせ、自制のために必要な、心のくびきを腐らせた。漁にさえ出ればいいではないか。魚さえ多く獲り、網元としての務めを果たせば、それで俺のすべては赦(ゆる)される。そう言い張って、清廉高潔な人格で知られたふた親の朝な夕なのたしなめにも耳を貸さず、欲望の渦巻くままに生きてきた。
 他の村人と比べれば、食うもの着るものにさほど困らずに済んだ分恵まれてはいたにしろ、城下に出て抱く女を手当たり次第に選べるほどには裕福な家ではなかったし、そもそもが、若かった吉之助の天井を知らぬおごった目にかなうような磨き抜かれた玉の肌の女などいないも同然だったため、みすぼらしい形(なり)をしてはいたが、村の中で一番美しく、また同時に一番貧しかった双子の姉妹を特に選んで、己の欲を吐き出した。姉には俺と寝れば妹には手を出さないと嘘をつき、妹には、俺の相手をしてくれれば姉のことは放っておくと言葉を弄(ろう)した。二人を同時にもてあそび、長じて姉の方と結婚したが、今ではそれを後悔している。陰鬱(いんうつ)な石女(うまずめ)とののしりながら、旅の絵師が座興に描いた己の妻であるトラの姿絵(すがたえ)を、ことあるごとに忌々しげにねめつける。何も吉之助は妻のトラがかわいいからとその画を描かせたのではない。逆に、毒づき睨(にら)み倒すために貼っていた。何か気に入らないことがあれば、昼でも夜でも酒を片手に延々と絵の中の妻に向かってののしり続けた。この女はまるでこの地の化身のようだ。痩せ細った体、子を育めない無駄な腹。何もかもが忌々しい。世間様に申し訳が立たないと親が泣くため、しぶしぶトラと別れずにいるだけの吉之助にとって、置かれた身の上を否が応にも想起せざるを得ない女であるトラは、狂おしいほどおぞましい存在だった。そのうち親がみまかったらとっとと放り出そう、そう算段しながら生きていた。

 トラは、勇ましい名前に反して、大人しい性格をしていた。ただ、決して弱々しくはなかった。時に吉之助を睨みつける目など、彼の減らず口を閉じさせるのに十分な威厳があった。凛としたしたたかな骨を内に持っていて、その外側に静々しい肌を張り付けた、そんな、吉之助に言わせれば、甘やかし甲斐のない女だった。
 彼女は夫の吉之助から愛されてはいなかったが、それ以前にトラ自身吉之助のことを愛していなかったので、何ら気に病むことはなかった。三行半(みくだりはん)ならいつでもこちらからつきつけてやれる。何、砂地に三本半の線を引いて隣村の寺の中に逃げ込むだけのことだ。我が身一つで飛び出したなら、吉之助もわざわざ追ってはくるまい。何かと世話を焼いてくれた、吉之助の親たちにほだされて、ここに居続けているだけのこと。彼らを亡くせばこんな所に用はない。女一人の世すぎなど、どうにでもなる。寝ても沿うても子が宿せぬなら、それこそ好都合。何のためらいがあるだろう。どうせ侘(わび)しい人生だ。いざとなったら、はぐれ夜鷹に身をやつすのも一興だ。そのままのたれ死んでもいい――そう、覚悟を決めていた。正直なところ、トラは、自分の人生なぞ、どうでもよいとあきらめていた。
 トラが日ごろ気にかけているのは、妹のタツとその夫や子どものことくらいだった。貧しい家に生まれ育った双子の妹。これが侍の家なら畜生腹(ちくしょうはら)で縁起が悪いと嫌悪されただろうが、基本的に善人であったトラの両親は、双子として生まれてきた彼女と、妹のタツを、かえって稀有(けう)な授かりものだと喜んだ。跡取りの息子が生まれないことに対する葛藤はいくらかあったが、貧乏以外は別段継がせるものもない気ままな暮らし、家族仲良く暮らせればいいではないかと呑気に笑う父親を、トラはいつも頼もしく思っていた。その父親が他界したのは、トラ達姉妹が十三になって三月ほど経た頃だった。その歳はいたずらな長雨がもたらした不作のせいで、たくわえていた蕎麦やあわも底をつき、何より食うものがなければ生きていくにもままならぬと、トラ達の父は時化(しけ)で普段よりたいそう荒れた海に無理をおして出かけ、そもそも浮かんでいるのが不思議なくらいに傷みの激しかった木端船(こっぱぶね)とともに、波に沈んだ。波頭(はとう)の合間に浮き沈みする夫の頭を見つけ、それを助けることも目を逸らすことも出来ずにただ茫然と見ていた母親は、夫の野辺(のべ)送りをするどころの話ではなく、その日のうちに気の病で倒れ、間もなく体を壊し、その時の光景が焼き付いて離れないからと両の眼(まなこ)を自らつぶし、狂気にまみれて死んでいった。母が鬼籍に入ったのは、トラ達が十四を迎える四月も前のことだった。短い間に続けて親を失いはしたが、トラはそれでも自分と妹を不憫(ふびん)だとは思わなかった。苦しい生活には慣れていたし、ままならないことの方が多い世の中、おまんまをいただけるだけありがたいと、同情を隠さない吉之助の両親の好意に甘え、網元の家の奥の仕事を手伝いながら、妹と一緒に浜で拾った貝がらで作ったささやかな細工物や、海藻の切れ端を売って生きてきた。村を出て、渡り女中として生きていくことも考えたが、どんなに辛くても村を離れるのが怖い、村を離れることは許されない、それが先祖伝来のしきたりだと譲らない妹のことを想うと、そうすることはためらわれた。妹がいなければ、あたしの人生はどうなっていただろうと、トラは夢想する。妹のことは嫌いではない。二人きりの姉妹だもの。だが、だからといって、半分投げ捨てたようなものではあるにしろ、妹のために自分の人生をしいたげることはもうしたくないとも、トラは思った。夫の吉之助は、毎日のように出かけていく。糸の切れた凧さながらに。ふすまを細く開け、その背中を見やりながら、トラはそろそろと細く息を吐く。妹のことは恨めない。吉之助も恨む気はない。ただ、自分の体が恨めしい。子を成せぬ腹が。無意味な乳房が。懐に手を入れて、トラは自らの乳房を、爪を立ててひどくつかむ。野良仕事で日焼けを重ねた村の女がこぞってうらやむ、白いその肌に、うっすらと、あざが浮かぶ。湯浴(ゆあ)みのたびに、そのあざは思い出させる。妹が生んだ、お六のことを。

 お六は、自分が吉之助の娘であることを知らない。今年四つになるお六にとって、吉之助は、珍しいお菓子や美味しい茹でた卵や砂糖の欠片をくれる気前のいいよそのおじさんという認識でしかない。なぜ村で一番の権力を持つ人間が、自分に対してはすこぶる甘く応じるのかというようなことを不思議に思うようなませた歳でもないので、お六はただ漫然と、与えられるばかりの愛情を食(は)んでいた。吉之助の方も、面倒を増やすよりは気楽にかかわっていたいと、自分が実の父親だとは、お六に対して名乗る気はなかったが、ゆくゆくは養女として迎えて、婿を娶らせ、網元の家を継がせる腹積もりだった。周囲の誰をも、自らを活かすための使い捨ても辞さない道具としてしか受け止めていなかった吉之助だったが、なぜかお六に対してだけは、慈愛深く接した。男親としての本能でそうしたのかどうかは己でもわからない。吉之助本人も、お六に対峙した時に生まれる感情のうねりに、驚いていた。お六が生まれてしばらくの間は、赤子の首同様にどうにもすわりが悪く、彼女にかかわりがある場所にはてこでも寄り付きもしなかった彼だが、首がしっかりとしてきて、ああううという言葉にならぬ言葉を発するようになった頃、たまたま姉の所にあわを借りに来たタツの背に負われたままで彼を見たお六がとろけるような笑顔になったのを見て、凍てつく冬のさなかにのどかな日溜りに遇したよう、仙骨から総身に温かいしびれが満ちて、己が漁の時に使う木の浮きになった気がした。足元が浮ついて、姿勢を崩しても転ばずにふわふわと漂えそうな確信を抱き、なぜか知らぬが妙に心地よかった。今でも、お六が笑顔を見せるたびに、吉之助はその時と同様の心持になる。娘に会いに行くときは、いきおい足取りも軽くなる。吉之助は、お六のいとけない笑顔を見るにつけ、その喜びを自分のそれと同一視して、手を変え品を変え、お六が笑みをなくさないように心を尽くした。その甲斐あって、お六は吉之助になつき、吉之助もお六をこよなく大切に思った。お六は、吉之助が来ると声を立てて喜んだ。だから、お六は幼いながらも不思議でならなかった。吉之助の来訪を喜ばない母のタツの挙動が。

 姉のトラが吉之助のもとに嫁いだのと同じころ、妹のタツも、親族の薦めるままに、幼馴染の伝平という男と暮らすようになった。伝平は病がちな男で、何かにつけて不器用で、漁獲こそは少なかったが、タツは彼を好いていた。どこかしら、おっ父に似ている。優しい所も、遠慮深い所も、それから、船のあしらいが下手な所も。まるで、おっ父が三途の川を越えて帰ってきたみたいだと、伝平を海に見送るたびに、身を案じながらも、タツは笑んだ。そうするごとに、内面のささくれが綺麗に治っていく気がした。タツは、伝平と起居をともにするまでは、男と言えば飢えた山犬のような吉之助しか知らなかった。彼は荒々しくタツを扱い、時には冷たく打ち捨てた。そうして、毎度三文の金を投げてよこした。タツは、それを拾うたびに、指に氷柱(つらら)が刺さるような気がした。吐き捨てられて固体となった唾に手を伸ばすと同時に、手首を重い雪の槌で砕かれ、自分が人として使い物にならなくなるという考えにとらわれた。事の後、どれだけ指で涙をぬぐったか。ぬぐうそばから心の手先がみるみる荒れて、ぼろぼろと皮が向け、ひび割れるのを止めようがないのが、悔しかった。この手で、いつか吉之助の首を絞めよう。あの醜い男の首を絞めるのに、この醜い手ほどふさわしいものはない。まだ吉之助が望んでタツの体を求めていた、お六が生まれる前、そう呪いながら生きてきた。自分一人なら迷わずそうしたかもしれない。にやけた顔で服を脱ぎ、タツにも肌をあらわにすることを強いる吉之助が、疎ましくてならなかった。タツを抱くときはトラの話をし、トラと寝る時はタツの姿態(したい)を肴にするような男を、タツは、心底嫌っていた。あいつを殺してあたしも死にたい。だが、タツには姉がいた。タツと同じ仕打ちを受けながらも、耐えて生きている姉がいた。くわえて、その頃のタツには、お六より先に生まれた、もう一人の、吉之助との間に成した子がいた。お六の寝顔を見ていると、よくその子が小さかった頃の事を思い出す。寝相がまるで同じだから。彼女の兄の三吉と。

 三吉は、お六より十も年上のため、自分もお六も吉之助の子であることを知っている。だが、吉之助を父として慕ったことは一度もなかった。だからお六に、あの人が俺とお前の父親だよとは、決して、言わなかった。三吉にとって父親は無害な伝平だけだった。だから、伝平が五年前に海でふかに襲われて右足を失い、かろうじて命は取り留めたものの、漁にも出られず、家のことも出来ずにふさぎ込んでいるのを見るのが、辛かった。三吉は、お六が吉之助になつくのをうらやましいと思ったことはない。三吉にとって、吉之助は、母を苦しめるだけの人間だった。吉之助は、三吉に対しては、お六に対して持つ感情と同じものを、持つことが出来なかった。一つは、自分と三吉の顔が似すぎていたためだ。ある時、三吉は、水甕(みずがめ)を覗いた時の自分の顔が、あまりにも吉之助に似ていたので、うわあと叫んだことがある。にごった甕の底の水から、澱(おり)にまみれてぼうと抜け出して出てきた顔がおぞましく、恨めしく、たまらず彼は声をあげた。吉之助以上に、三吉は自分の顔が嫌いだった。潰せるものなら潰したい。消せるものなら綺麗に消したいと願った。その一方で、お六に対する愛情は、なみなみならぬものがあった。己を見るのも辛い、父を見るのも辛い。母を見るのも辛いから、三吉の愛はお六に主に注がれた。愛情をいくらそそいでもなお足りぬ、そう思いながらあやし、寝かせ、背に負いながら、網元の家から借りている、蕎麦を蒔くための畑の土を耕した。

 日照の記憶の中では、あくまでも網元の家に向かう道中、遠目に眺めただけだったが、三吉は、貧相な風体ながら、ひたすら真面目に働いていた。あいつはいささか鈍いから。そう村の他の若者達に馬鹿にされながらも、彼は必死に川と畑を何度も行き来し、蕎麦を無事に育てるために、ひたむきに水を撒いていた。舟は父が失ってしまっていたし、母がこれ以上危ないことをして自分を苦しめてくれるなと懇願するので、三吉は海には決して出なかった。村の男は一人前になれば誰もが海に出る。海に出ない男は半人前としかみなされない。お六の方が名前からして三吉の倍まっとうだ。同じ年頃の村の子ども達は、そう節をつけて残酷に囃しながら、三吉を貶めた。村の男は誰でも、蕎麦やあわを育ててはいたものの、代々、漁を主とし、農を従として暮らすことを潔しとしてきたので、三吉がいくら身を粉にして働こうと、どれだけ砂をかんで辛苦しようと、敬う者はいなかった。鈍いだけでなく間抜けだから。誰もがそう陰口を叩き、あんなに精を出して働いているのに、いげちない、と、村の不文律のことなど知らぬ日照をうんざりさせた。
 だいたいが、自分はここにいるべきではないのだ――その時の日照は、村を隅々まで見渡すふりをしながら、その実何も見てはいなかった。よくもまあこんな僻地に好んで住むものだと、傲慢にも、思った。前世の報いか、あるいは仏罰か神罰の類か、何しろこんな貧しい村に張り付くようにして住まねばならないとは、いずれにしてもまともな連中ではないと、はなから見下してかかった。後どれだけここにいなければならないのか、恨みます、お師さん、と、亡き師と兄弟子達を呪った。そもそもこの村に呼ばれたのは師の鉄斎である。もう半年以上も村には雨が降っていなかった。井戸などとうに涸れていた。村人に言わせれば、村の中を唯一流れている川も目に見えて細くなっていた。しかも、海に出ても不漁が続き、全くといっていいほどあがりがなかった。かろうじて獲れたわずかばかりの作物や魚は、腹を満たすより先に、年貢となって消えていく。誰も彼もが生きるのに必死になったが、必死になっても生きることだけで関の山という状況で、たまりかねた網元の吉之助が、もちろんそれはあくまでも己の保身のためだったのだが、とうの昔に隠居して、半ばほうけたような感じで、ほぼ一日中うつらうつらと過ごしている父親にどうするべきかと相談したところ、昔の話をきかされた。
 吉之助の父親の吉三郎も、似たような経験をしたことがあった。村の者が集まるたびに古老が伝える話で、吉之助も、村の者も、その話を知ってはいたが、今この時期がそれにあたるとは、信じたくないとかたくなになっていた。
――村の外れの岬の所に、誰が立てたか知らないが、竜神様の祠(ほこら)がある。その竜神は通り一編の供物では満足しない荒ぶる神で、およそ六十年に一度だけ、尋常ではない悪さをなさる。天の雲を散らし、雨の精を砕き、海の蓋をふさぎ、魚の道を遮る。そうなったら元も子もない。日照りと不漁が続き、村は飢える。いくらでも死人が出る。そういう時に限って、厳しい方がお代官になられる。年貢の取り立てのせいで、村人の首は嫌でも締まる。ひとしきり人々を苦しめた後、竜神様のご機嫌が直ったら、また雨は降り始め、魚も戻ってくる。だが、死んだ人間は戻っては来ない。だから、竜神様のご機嫌が悪くなったら、出来るだけ早くご機嫌を直すために、供物をささげる。供物といえば聞こえはいいが、その実神が求めるものは人柱であり、要は死者を手向けることで神の怒りを鎮めることには変わりない。
 人柱となるのは誰でもよいというわけではなく、年齢の上限が数えで六つの子どものみと定められていた。ある時期からその時代ごとの易の大家を招聘(しょうへい)して、その人物に、条件に合う人物が目通りを願い、筮竹と算木で決めてもらうという体裁をとっていた。要は他人に下駄を預けたのだろうと、吉之助はうがった見方をしている。自分の達の担うべき責を放棄し、何の務めも追わず、ただ淡々と従えば、恨む相手も限定される。吉之助はいつになく神妙に父親の話に耳を傾けた。今がその時か。吉之助は腹を据え、翌日さっそく使者を立て、村中にふれまわると同時に、それぞれの家から出せるだけの銭をかき集めて、二十里離れた城下へと送り出した。
 その使者は、近在の郷(さと)でもつとめて有名だった日照の師である、眞勢鉄斎の所をおとなったが、あいにく使者の到着を待たず、数日前に鉄斎は食にあたり、腹を下して弱りきり、あっけなく死んでしまっていた。もう何日か早ければ、こんなところに来ずによかったのにと苛立ちながら、日照は、初めて足を踏み入れた、周囲の家々よりは幾分立派な、網元の家の座敷に通されるやいなや、たまらず吉之助に訊ねた。
「なぜ、このようなわびしい村から、離れようとは考えぬのです」
 吉之助は、熊を思わせるいかつい体をすくませながら、こう答えた。
「それはもう――祟られますから」
「祟られる、と」
 村を出れば、死ぬまで竜神に祟られる。村を出た者も、それから出した者の家族も。そうして、今ある苦しみはいくらでも倍加する。吉之助は肩を落としてそう言った。
 迷信深いにもほどがある。大方どこぞの山師がその昔、面白がって妙な入れ知恵でもしたのだろう。今でこそ刀の代わりに筮竹をたばさんではいるが、幼いころから武家のたしなみとして四書五経を学び、怪力乱神を語らずとそらんじてきた日照は、呆れながら、答えた。
「祟られるのが怖いので、離れぬというわけですか」
「誰しも、死ぬのは嫌でございますので。この村に居続けるのは嫌ですが、手前は、死ぬのはもっと嫌にございます」
 たまらぬ、と、日照は思った。村からの使者の話を聴いた後、兄弟子たちはこぞって理由をつけて退散し、日照にこの不快な役目を押し付けた。もとより謝礼が多くはない。村中からなけなしの金を集めても、ようよう城下の大工の棟梁の手間賃程度である上に、占頼の内容が内容であったので、兄弟子たちは我先にと逃げ出した。まだ喪も明けぬ、藩校の教授も務めていた碩学(せきがく)の師の屋敷にあてがわれた弟子たちのための間に、一人残された日照は、涙を隠さず懇願し、お越しくださらなければこの場で首をくくりますと訴える使者をむげには出来なかった。とりあえず行くだけ行って、後のことはそちらで考えよう。そう己にいい聞かせ、旅支度をし、日照は、使者とともにこの村にやってきた。
 それにしても、人柱となる者を選ばねばならぬとは。
 日照としては、村で病や老いで先の短い人間がいるのであれば、形ばかりの立卦(りっか)をし、そこに白羽の矢を立てて、人身御供にどうかと進言するつもりでいた。明日をも知れぬ態(てい)であるなら好都合。むざむざ人を死に追い立てるのには違いなく、いささか気は重いにしても、務めを果たしたふりは出来る。そう安易に考えていたが、吉之助は、迎え入れた日照に対し、あいさつもそこそこに、こう告げた。
「手前どもも――年端もいかぬ子らの中から生贄を選ぶのは、気が引けるのではございますが」
 瞬間、日照の意識が暗転した。そんな話は聴いていないと、やにわに振り返り、首をすくめて目をそらす使者をきつく睨みつけた。
 子らとは何だ。なぜそんな大切なことを先に言わぬ――そんな日照の苛立ちをよそに、吉之助は下にも置かぬ丁重な扱いで彼を迎えた。何しろ、こんな片田舎では滅多に拝めぬ、易の大先生がいらっしゃったと、普段なら代官所の使いの役人にも出さないようなとっておきの酒を出し、挽(ひ)いたばかりの粉で蕎麦を打ち、出来る限りの歓待をした。吉之助は、傲岸ではあるが、小心な男だった。普段は神をも恐れぬという態度で暮らしているが、漁に出ている時に一端稲光が走れば尻をまくって我先に逃げ出したし、少しでも体熱が上がればすぐに神仏に願をかけ、日も夜も明けず祈り通した。早々に帰りたがった日照だったが、吉之助含め数人にかきくどかれ、なだめすかされ、しょうことなしに吉之助の差し出す酒を呑んだ。

 吉之助にとってトラが忌々しい妻であった以上に、トラにとって、吉之助は滑稽な夫だった。その滑稽な男が功を焦って連れてきた得体のしれない易者を、トラはいつものようにふすまの陰から冷やかに見つめた。彼奴(きゃつ)は何をしにこんな所に来たのだろう。訝しみながら酒宴の支度を手伝った。宴といっても貧しい漁村の網元のこと。城下で師の下で豪奢(ごうしゃ)な生活をしていた日照にとっては、取るに足りないようなささやかなものだったが、おだてもちあげ、我から幇間(たいこもち)の真似事までする吉之助の態度には、幾分気を良くせざるをえなかった。トラはそれを見て舌を鳴らした。この男がすることは、心底、いやらしい。またこのいやらしい男にいいようにのせられるとは、彼奴もまた輪をかけていやらしい。ああいやだ。いやだいやだいやだ。トラがふすまの陰で舌打ちをするたびに、伯母の所に遊びに来ていた三吉とお六は、困って顔を見合わせた。

 お六は、数えではもう四つになるが、師走の晦(つごもり)の生まれであるため、まだ言葉を満足に話せない。三吉が不思議そうに伯母のことを見やるお六の頭を撫でながら、お六坊、そろそろ寝ようと耳元でささやいた。もともと吉之助が家に招いたのはお六だけだったが、お六がむずかるので、吉之助は三吉もともに家に止まるのを許した。もちろん三吉に対しての関心からではない。単純に、お六のためにそうした。三吉は、いささかも気にかけず、妹とそろって蚊帳の中に入り、薄い布団の中に仲良く収まって、お六が好む子守唄を歌ってやった。

 到着した翌日、日照は吉之助に連れられ、村中を歩いて回った。頼みの綱の井戸は桶を吊るす縄の芯までからからに涸れ、ただでさえ細かった川も筋のようにはかなくなった中、汗を流して水を汲み、蕎麦にかけてまわる村の大人達と、それを手伝う子ども達を一通り認め、日照は、途方にくれた。子らはこれだけか。病の子はいないのかと吉之助に問うたが、吉之助はかぶりを振るばかりだった。
 さて、どうしたものか。日照は考えあぐねて、吉之助に、子らの名前をしたためさせて、その中から易で選ぼうと考えた。顔を直接見ずに、名前だけで選べば、情をかけようもないだろうと苦慮してのことだった。
「名、ですか。すぐにでも」
 先代の網元を除けば、村で唯一字を書くことが出来る吉之助が、たどたどしい平仮名で村の子ども達の名前を記した紙を恭しく差し出すのを、タツは忌々しげに見ていた。お六の名前など、そこには書かれていないに決まっている。タツは字を読むことは出来なかったが、吉之助の心を読むことには長けていた。トラの睨んだ通り、吉之助は、意図的に娘の名前を省いていた。トラとて、妹の子であるお六が可愛くないわけではないが、吉之助の態度がお六に対しての愛情を濁らせた。いかに幼いとはいえ、どうしてこんな男になつくと、いらだった。それに、生きるには犠牲が伴うということは、自身の経験から、トラは嫌でも知悉(ちしつ)していた。お六が選ばれても、それを真っ向から受け止めようと、三吉が野良仕事のために帰った今も一人で吉之助の家に留まるお六を迎えに行く時に、妹に言い聞かせた。臥せった伝平に体はどうかと声をかけ、それは困る、お六を失っては困ると泣く妹の肩をいたわり、背を撫でてやり、わけがわからぬといった表情で困惑するばかりのお六と、何かを察して緊張した面持ちでいる三吉とを連れ、家に戻った。
「子らの数は、十二でございます」
 これがすべてでございますと、問われてもいないのに、吉之助は重ねた。背中を汗が幾筋も伝った。日照は重々しくうなずき、海水で水垢離(みずごり)をし、潔斎を済ませ、あてがわれた部屋に入ると、瞑目ししばし呼吸を深めた後で、十二人それぞれに卦(か)を立てた。
(どうも、いかぬ。この中には――いない)
 吉之助は、日照に対しての自らの虚(きょ)に耐えられなかったのか、お六を伴い、夕涼みがてら散歩に出ていた。とっておきの黒砂糖を入れて甘くしたそば団子を、たらふく食べさせてもらい、満足したお六は、吉之助の大きな後背に負われ、あまりに熱心に遊びすぎて、ぐるりの紙のはがれかけたデンデン太鼓を無邪気に鳴らしながら、真ん丸な月を目で追っていた。
「もし、主(あるじ)」
 部屋のふすまを開けて、声を上げると、幾分経って、申し訳なさそうな表情を作って、トラがやってきた。
「まことにあいすみませんが、主人は只今姪と夕涼みに出かけております」
 吉之助によると、六歳未満の十二人の子らの中で、女は三人だけだった。日照は覚えに記してあった三人の名を一つずつ順に思い出す。
「姪御というと」
 日照の言葉に、トラは冷ややかな目で言葉をつないだ。
「お六、にございます」
「お六……」
 そのような名は主から頂戴した覚えには記されてはおりませなんだが――
 日照の言葉に、トラはため息をついただけで、無言で踵(きびす)を返した。廊下の端までしずしずとすり足で歩いていき、角を曲がるときに、日照の方へ向き直り、きっとよろしくお願い申し上げますと、深く頭を下げた。
 タツのその態度に、言い知れぬ含みを感じた日照は、改めて部屋に座し、筮竹をケロクから取り上げ、さばいた。
 初爻から、老陰、老陰、老陰、老陽、老陽、老陽。
 得卦(とくか)は、天地否(てんちひ)の、地天泰(ちてんたい)に之(ゆ)く。
 六爻尽動(ろくこうじんどう)とは、何とも麟角鳳嘴(りんかくほうし)――日照は、並べた算木を前にして、全身に汗をにじませて、吉之助にどう伝えようかと思案した。
 間違いない、人柱となるべきは、あなたの姪御だ。そう淀みなく口に出来れば、どれだけ良いか。
 思案に暮れている間に、ふすまの向こうから声がかかった。
「もし、先生。お邪魔してもよろしゅうございましょうか」
 いつの間に戻ってきたのか、まぎれもなく、吉之助の声だった。
「お構いなく」
 ようやく口にすることが出来たのは、その程度の言葉だった。
「いかがでございましょう――その……その、ご首尾は」
 揉み手をしながら上目づかいで問うてくる吉之助を見やり、日照は首を振りながら、仕方なしに答えた。
「この覚えの中にはおりませぬ」
「そんなはずは――」
「これで、この村の子は、すべてですかな」
 見抜かれている、と、吉之助は焦った。いえ、それが、そのように申されましても、と、しどろもどろになっているところに、お六がとたとたと廊下をかけながら、吉之助の元にやってきて、その背中に抱きついた。
「この娘御は、どちらの」
 詰問するようなきつい口調で、日照は言った。
「名は何と申される」
「いや」
 何ゆえ、とは言えなかった。とにかく、お六のことを話したくはなかった。
 日照は、様子を見ながら、言葉尻が原因で、トラが折檻(せっかん)にでもあえば寝覚めが悪いと、肝心なことは話さず、続けた。
「頂いた覚えの中には、人柱となるべき御子はおりませなんだ。それが訝しく、卦を立てましたら、火天(かてん)の不変を得ました。火天大有(かてんたいゆう)は乾(けん)の卦が兌(だ)を包む象。それが不変で動かぬ。つまり男が幼女を隠し通して事を阻む義がござる。くわえて大有は所有の卦。もしやこちらのご血筋に子があるかと、改めてその子のことを筮しましたら、天地否の地天泰を得ました。ことごとく逆しまになった天地の理(ことわり)が、まったく元に戻る象。疑うべくもございません。人柱となるのは――」
 数秒の沈黙の後、日照はぽつりと言った。
「――この御子に、相違ない」
 吉之助はしばらく放心した後で、日照をののしった。この出来そこないの似非(えせ)易者が。何が大先生だ。ふざけるのもたいがいにしろ。
 ひとしきり暴れ、騒いだ後で、吉之助の激高ぶりに怯えて泣くお六を抱いて、今度は自分もさめざめと泣きだして、どうか先生、お助けください、お見逃しくださいと、逆捩(さかねじ)を食らわせた直前の態度とは打って変わって、今度は下から日照に攻め入った。
「拙(せつ)がどうするということでもない」
 苦々しく日照は答える。そもそも、俺は子どもの命を奪うための筮など取りたくはない、内心そう思いながら、日照は、吉之助に、声をかけた。
「人柱を取りやめることは、出来ぬのですか」
「それは――」
 吉之助は言葉に詰まった。怒りに狂う竜神の姿が目に浮かぶ。猛りに猛る竜神のするどい爪でかぎ裂きにされるお六の着物は流した血で赤く染まり、飛び散る肉片が妄想の中で吉之助の額に張り付き、彼は狂ったように頭を振った。
「どうか――どうか」
 何の言い逃れもできない。何のことわけも言えない。ただただ、怖い。ただただ、おそろしい。お六の手を取って逃げるのも怖い。祟られるのが怖い。お六と一緒にいるのも怖い。ともに死ぬのも怖い。自分だけ死ぬのも厭だ。お六とともに生き延びたい。一緒に生きて生きて生き抜きたい――
 その夜は、吉之助はまんじりともしなかった。お六を傍に寝かせて離さず、夜中手水(ちょうず)に行くときも彼女を背負って行った。
 明日になれば村人が集まってくる。子を持つ者、持たぬ者、すべての村の大人たちが、日照の占託を求めてやって来る。あれほど見逃してくれと頼んだにも関わらず、あの易者、明日になれば村人に言わずにはいられないとぬかしやがった。あんな易者のことなんか信じるか。誰がお六を人柱になぞするものか。
 吉之助は、一晩中、日照をののしり、竜神に懇願し、朝までの時間を、たまらない気持で、過ごした。

 翌日、朝の仕事を済ませた午(うま)二つに、村の大人たちが三々五々と吉之助の家に集まってきた。吉之助の妻のトラもその場にいたが、お六の母であるタツは姿を現さなかった。どうせお六が人柱に選ばれたら、トラがそうと教えてくれる。わざわざ自分で厭(いや)なお告げを聴くまでもないと、伝平のために枯れた野の原の草の中から薬効のあるものを丹念に選り分けて持って帰り、土瓶で煎じ、欠け湯呑に注ぎ、支えながら飲ませているところだった。吉之助は悄然とした様子で板張りの座間に陣取り、居住まいを正す村人たちの顔を、力なく見つめた。日照は、村人たちの集まりに顔を出したくはなかったが、是非にと譲らないトラに急かされ、仕方なく身支度を整え、村人たちの前に出た。
 村人たちが恭(うやうや)しく頭を下げる中、吉之助だけが、日照の顔を見ず、ただむっつりと押し黙って、トラに話を進めるように、顎で促した。トラは昨晩吉之助が帰ってくると同時に外に出て、ぼんやり海を眺めていたので、日照と吉之助のやり取りを知らない。そのため、吉之助が何に腹を立てているのか皆目見当がつかずに、促されるままに、村人達の前で日照を紹介した。
 偉い易の先生が、誰が人柱になれば竜神様を鎮められるか、教えてくださる――
 それぞれ何のために日照がこの村にやってきたのか知ってはいたが、トラの言葉を受け、村人たちは改めて居住まいをただし、日照の言葉を、待った。
 日照は、力なく微笑んだ後、仰々しく、告げた。
「この度は、これまでのようにはいかぬ」
 トラも、村人たちも、それから吉之助ですら、怪訝(けげん)さをそれぞれの顔に浮き彫りにして、彼の口元がどう動くのかを見つめた。
 日照の喉から出る声が、周囲の困惑に充ちた空気を、さらにはりつめさせるように、かきまぜた。
「此度(こたび)の不作不漁の原因は、確かに竜神様のお怒りによるものだが、どのように卦を立てても、幼子の犠牲でそれが鎮まるとは、思えぬ」
 村人の一人が、たまらず、言った。
「先生、どういうことでございましょう」
「神々の御心は易では捉えられぬ。だが、人の行いの是非善悪は、乾為天(けんいてん)から火水未済(かすいびさい)まで、易の六十四卦にすべてあらわれる。人柱になる資格を持つ、六つまでの子十三人について、それぞれ卦を立ててみたが、誰を人柱にささげてもこの村の窮状を救うことは出来ぬと出た」
 村人たちは互いに顔を見合わせ、そうして、吉之助の方を見た。
「では――どのように」
 吉之助は、想定していなかった日照の託宣に驚くと同時に、ありがたみを覚え、良かった、良かったと人目もはばからずに泣いた。村人たちは、さらにいぶかりながら、日照の方に視線を戻した。
 日照は吉之助の姿を見てうなずくと、こう続けた。
「気になることがあって、別に卦を立ててみたら、誰か竜神様の祠で悪さをしたものがいると出た。そのせいで竜神様がお怒りなので、その者が誠心誠意竜神様にお詫びをすれば、もろもろの蹇難(けんなん)はすみやかに雲散するであろう」
 仰々しい日照の言い回しに、村人たちは首を傾げながら午後の仕事のためにそれぞれの家に戻っていった。トラはそれを見送った後、妹の所に日照の話を伝えるために、出かけて行った。
 とりあえずは、時間が稼げた。日照はそう考えていた。そうして、頭を床にこすりつけて謝意を表す吉之助に、告げた。
「実はあの後、別に筮しましてな。お六以外に人柱になれる者はいないかと」
 お六の父親は、いかがかな。
 吉之助は、虚を突かれて、固まった。
「父親と申しますと――」
「先ほど女房殿に伺った話によると、お六坊には、長患いしている父親がおるとのこと。再度筮して、『お六坊と血を分けたいずれかの者であれば、お役目を替わることは可』と出ました。聞けば父親は長く臥せって家の者も相当苦労している様子。まだ幼い娘を失うよりは、母親としてもいくらか心が晴れましょう」
 ああ、この先生はお六の出生については気付いてはいないのだな。易の大家といっても他愛もない。さてはトラめが事情を恥じて隠したか。いずれにしても都合がよい。そう思いながら、吉之助は、一人謀(はかりごと)をした。

 日照と差し向かいで昼餉(ひるげ)を摂った後、吉之助は午睡していたお六を背負ってタツの所に出かけて行った。トラはすでに自宅の方に戻っていた。丁度三吉も野良仕事の合間、あまりに喉が渇くので、湯をもらいに自宅に寄って休んでいたところだった。寝入ったままのお六を背中から下ろし、そのままかけはぎだらけのせんべい布団に寝かせてから、吉之助は三吉に声をかけ、蕎麦畑までの道をともに歩いた。
 何で俺と語りたがる――
 三吉が、不審に思いながら、吉之助の後をついて歩くのを見送りながら、母親のタツは、不安に駆られた。何があったのだろう。人柱になる子は選ばれなかったのだと姉から聴いたが。誰ぞが悪さしたせいとのこと。まさか三吉が――。
 タツの不安を見抜いてか、お六が寝ながらむずかった。
 吉之助は、三吉の方を振り向きもせず、歩きながら後方の彼に声をかけた。
「なあ、三吉」
「はい」
「お前、お六のことは好きか」
「そりゃあ、妹だから」
「では、おっ母やおっ父のことは好きか」
「そりゃあ、ふた親だから」
「……そうか」
 そういって、吉之助はふいに振り返って、三吉の両の肩に、手を置いた。
「三吉、頼みがある」
「はい」
「一生の頼みだ」
 そうして、何のためらいもなく、彼に、言った。
「お六の代わりに、死んでくれ」
 最初、三吉は、吉之助の発した言葉の意味を、飲み込めずにいた。いきなり死ねと言われても困る。俺が死んだら皆困る。おっ父も、おっ母も、お六も、皆がそれぞれに困る。それに、俺も困る。そう簡単に死にたくない。揺れる三吉の心情を見抜いて、吉之助は、続けた。
 お前が人柱にならなかったら、お六か、おっ母が、竜神様の岬から身を投げることになる。
 そう言われて、吉之助は、思案した。お六が死ねばおっ母がかわいそうだ。おっ母が死ねばお六がかわいそうだ。俺が死んでもおっ母は悲しむ。お六も悲しむだろう。でも悲しむだけで死ぬわけでしない。生きていれば何かいい目があるだろう。
「俺が死んだら、おっ母とおっ父と、お六の面倒は誰が見ます」
 そう吉之助に訊ねたら、間髪を入れずに彼は答えた。
「もちろん、俺が見る」
 自らが死にたくない、また、お六をむざむざ死なせたくないというだけの虚勢であったが、三吉は、その断言を、彼の信念と受け止めた。
 少なくとも、この男なら、己が子であるお六を粗末にすることはあるまい。三吉はそう考えて、不承不承、うなずいた。

 その日、三吉は、畑の畦(あぜ)にある石の上に座って、仕事もしないで、ぼんやりと過ごした。強い日差しで頭がくらくらしたが、そんなこと、どうということもなかった。汗も出た。涙も出た。着物をぬらしながら、吉之助に言われたことを、皆に足りぬと言われる頭で、必死に考えた。やはり俺が死ぬのが一番だ。おっ父の世話をするには、おっ母が必要。おっ母を食わすには、忌々しいが網元が必要。網元に暮らし向きを支えるという約束を守らせるには、お六が必要。お六が生きていくためにも、おっ母は必要。結局、俺が一番要らぬ。
 三吉は、涙にむせびながら、これまでのことを思い出した。まだお六が生まれる前、父親の伝平は、不自由な体を引きずり、吉之助がタツを抱きに来る時は、三吉の肩にもたれ、外に出てともに虫の音を聞いたり、星や蛍を眺めたりした。まだ幼かった三吉にとって、伝平の気持ちを汲むことは出来なかったが、寡黙(かもく)で、争いごとを好まない伝平が、無言で空を見上げて泣いているのに気付くと、胸が苦しくなった。おっ父、何か辛いことがあったか。そう訊ねても、伝平は無言だった。物言わぬまま、三吉の方から顔をそむけ、代わりに手を握り、優しく、さすってくれた。そうこうしているうちに、お六が生まれた。お六が生まれてからは、吉之助は興ざめしたのか、タツを抱くとこはなかったから、伝平と三吉がともに夜中に出かけることも無くなった。
 三吉にとって、生まれたばかりのお六は、たまらないくらい愛らしかった。おっ母や伯母さんに似ている。俺には似てないと、目を細めながら三吉はあやした。
 三吉一家の暮らしはつつましく、辛いことも多かったが、時には、腹の底から嬉しいとか楽しいと思えることもあった。三吉の一番の思い出は、その頃はまだ両の足があった父と、まだお六を身ごもる前の母と、三人で、山菜を求めて山手の方に、そばとひえを混ぜた団子を持って出かけた時のことだった。かなりの遠出をし、隣村との際(きわ)まで行って、蕨(わらび)やぜんまいをしたたか摘んだ帰り、足が痛い、もう動けないと、三吉が立ち止まると、父は自分の採った蕨が詰まった包みを母に渡して、黙って三吉を背負ってくれた。決してたくましいとは言えない、細く骨ばった父の背だったが、揺られながら頭を預け、ぬくもりを頬に感じることが出来たのが、山菜を思いの外たくさん持ち帰れたこととあいまって、忘れられない思い出となった。
 三吉は、村の子ども達の中でも賢い方ではなかったし、むしろ人より鈍い所も多分にあったけれども、父や母を好いていた。父が脛(すね)から下を食われた時、命をつなぐ努力をしなければ、どんな薬も効を奏さぬと医者から言われ、母は夜も日も介抱し、疲れ果てていた。三吉は自分から蕎麦の畑を耕す仕事を請け負った。村には牛も馬もいなかったが、牛より働く俺がいると勝気に言い張り、漁に出ないかわりに、畑に毎日欠かさず出て、こまめに世話を焼き、わずか二年目には村一番と言っていいほど多くの蕎麦の花を咲かせた。あいにく花の数に比べて、実に成ったのは少なかったけれど、ふさぎがちだった父も母も、見事に白い花の広がる畑を見て、涙を浮かべて誉めてくれた。その当時も、今でも、父や母が誉めてくれる、幼いお六が舌足らずにしゅごいしゅごいと称えてくれる、そういうことがある度に、三吉は、自分が自分であることを誇らしく感じた。
 三吉が、自分の実の父は伝平ではないということを確信したのは、しばらく前にトラからその旨を聴かされたからだった。性に対する知識はなく、顔が似ているということだけを取り上げて、うすうすそうではないかと感づいてはいたが、トラが、お前もそろそろ大人だからねと、お六と三吉が泊まりに来た時に、添い寝しがてらしてくれた話を聴いて、吉之助の横暴な振る舞いと、その結果として生まれたことを知った。不思議なことに、憎し吉之助と思うよりもまず、母をこれまで以上に恋しく感じた。話の中では、トラもタツも若かった。美しかった。今でも十分に美しいと思う三吉だが、トラの話を聴きながら、俺ももっと大人になったら、おっ母や伯母さんみたいに綺麗な人と夫婦になりたいと真面目に言うので、三吉が望むなら、夜通し吉之助の悪口でも言いあおうかと考えていたトラは、当てが外れて、可笑しくてたまらなかった。 
三吉がトラから聴いた話によると、トラも、タツと同様に、幼馴染だった伝平のことを気にかけていたが、妹のためを思い、吉之助の元に嫁いだのだった。トラとしては、自分が身を挺して吉之助の妻となったにも関わらず、意に添わず夫婦となってからは、吉之助はタツの体ばかりを追うようになったので、妹を不憫と思うと同時に、伝平にも申し訳がなかった。元気だった頃も、網元が許さなければ、伝平は漁に出ることが出来なかった。また、片足を失ってからは、簡単な野良仕事も思うようにはできず、結局は、吉之助の言いなりとなり、三吉が一人前の働き手になるまでは、タツを抱くたびに残す三文のはした金で食いつながなければならなかったから、どんなに厭でも、どんなに受け入れがたくても、妹家族のために、自分を殺した。
 思えば、幼いお六と自分以外は、皆それぞれが互いを救うために自らを殺していたのだと、三吉は思った。父と自分を生かすために母は己を殺し、母と父を生かすために伯母も同じことをし、自分と母を生かすために、父もおそらく迷いながらもそうした。
 結局、皆、人柱だ。俺だけ逃げて隠れてどうする。おっ父と、おっ母と、お六と生きていくために、俺が今度は己を殺そう。
「竜神様、俺のこと食っても、うまいとは思わんだろうなあ」
 最後にたどり着いた答えは、それだった。三吉は、家に帰らず、そのまま岬の方までかけていき、祠の中の鏡をのぞいた。そこには、あの嫌な男にそっくりな顔が浮かんでいた。こんな顔、金輪際、消してしまおう。いっそせいせいするだろう。三吉は、確かにここから飛び降りたという証とするため、草鞋を脱いで岬の突端に揃えて置き、風で飛ばないようにそこらの石を重石にすると、ためらうことなく、眼下の渦巻く潮の中に、身を投げた。着物のすそがはためいている。それが、岩に頭蓋を砕かれる寸前の、三吉の、最後の記憶だった。

 日隠れになっても帰らない三吉の身を案じ、タツは伝平にお六を任せて、月明かりの中駆け足で姉の元に走った。何かがいけない。何かが起きたのだ。気ばかり急いて、戸惑いながら夜着で応対する姉をしり目に、ずかずかと上り込み、吉之助にくってかかった。
 三吉は、三吉はどこに――
 声を荒げ、不安と恐怖で泣き叫ぶタツの姿に気圧されしながら、吉之助は、トラとタツに告げた。
 今回の不作不漁の原因は、村の誰かが竜神様の祠に悪さをしたせいだと、昼間易の先生はおっしゃったが、あれは方便だ。本当は、お六が人柱になる必要があった。あまりにひどい話だから、誰か代わりになる人間はいないのかと先生にお訊ね申し上げたら、代わりになるのは兄の三吉だけだと言われ、そのことを話しにいったんだ。そうしたら、いろいろ悩んだ挙句、村のためになるのであれば、お六のためになるのであればと、三吉は、俺が死ぬと言ってくれた。あいつは男だ。やはり俺の子だ――
 タツはおろか、いつもなら吉之助の嘘を見抜けるトラですらも、よほどタツの動転が伝染していたのか、吉之助の言葉のほころびを見抜けなかった。だがこのことは易者先生と俺たちだけの秘密にしておかないとまずい。村のしきたりをないがしろにしたことがばれれば、皆が身の置き所をなくすことになる。それでは三吉も浮かばれない。三吉には、申し訳ないが、悪者になってもらおう。嫌がるタツをかきくどき、何とか納得させた。
 吉之助は、タツの憤りが落ち着いてから、日照の滞在している部屋に向かった。もとより日照の方でも、タツの泣き叫ぶ声が聴こえていたので、何かあったなということは解ってはいたが、だいたいが見回りの時に顔を知ったばかりで、名前までは思い当らず、吉之助と伝平の双方を取り違えたまま、さてはお六の父が腹を決めたかと思って聴いていた。
 日照の滞在していた部屋に入った吉之助は、最初に唾をのんだ後、息もつかずにこう言った。
「手前がお六の父親の所に人柱の件を告げに参りましたら、それを陰で聴いていた甥の三吉が、矢も楯もたまらず飛び出していきました。今となっても帰らぬ所、親の代わりに望んで犠牲になったものと思われます」
 嘘を重ねる気おくれのせいか、伏し目がちに吉之助はため息をついた。
 日照は、初日に目にした働き者の少年を想い、瞳を曇らせた。何ということだ。先の知れている父親が犠牲になるならまだしも、あのような若い者が人柱になるとは――
 結果としては、その嘘が日照を追い詰めた。日照はいたたまれなさから吉之助を前にしていそいそと荷物をまとめ、これにてご免こうむりたいと言い、差し出された礼金を受け取らずに、脚絆(きゃはん)を巻いた。
「その金で、せめてあの子に相応の弔いをしてやってもらいたい」
 日照が別れ際に言い残した言葉である。村はずれまでの道中を、提灯(ちょうちん)を片手に無言で見送りをした吉之助は、確かにと、がえんじた。日照は出来るだけ早く一人になりたかった。ここから先は一本道、月明かりで十分と言い張る日照を頭を下げて見送り、吉之助は岬の方へ小走りに向かい、突端に残された草鞋を見つけた。三吉の草鞋は、お六のそれより倍以上大きかったが、吉之助が履くものよりはずいぶんと小さく、頼りなく、石の重みにぜいぜいと喘(あえ)いでいるように見えた。主の足から離れ、人肌の温もりを失った一対の草鞋を手にして、吉之助は家に戻った。草鞋を渡すと、タツはそのまま気を失い。トラは岬の方に向かって居住まいを正し、両手を合わせて念仏を唱え続けた。

 悪者になってもらうという言葉の通り、三吉の葬儀の折に、村人たちには騒動の顛末(てんまつ)が、次のように、語られた。
 三吉に話を聴いた限りでは、詳しいことはわからないが、竜神の祠の近くで、何か粗相(そそう)をしたらしい。そのせいで日照りと不漁が続いているということを知った三吉は、涙ながらに謝りながら、村の皆に申し訳ないと伝えてくれと言い残し、岬から飛び降りた。亡骸はまだ見つかっていない――
 村人たちの中には、怒りはなかった。ただ、それぞれが疲れていた。倦んでいた。三吉を馬鹿にし、嘲笑っていた村の子ども連中は、しおらしくうなだれていたが、その親たちは、一方で安堵していた。竜神様に祟られたのが、うちの子達でなくてよかった、人柱になるのが、自分の所の子でなくよかった、と。
 村人総出で三吉の葬儀はしめやかに行われた。吉之助は、トラが意外に思うほど、秘蔵の酒を惜しまずに村の大人全員にふるまった。この男も、心の中では三吉に本心から手を合わせているのだろう。自分の子として認めたわけではないだろうが、一人の男の生き様として、その行為を認めたのだろうと、枯れぬ涙を流し続ける妹の背を右手で撫でながら、我勝ちに思った。
 もしあたしが――もしタツではなくこのあたしが、子を成して、その子が三吉のように死を選んだらどのような気持ちになるのかと、読経の最中、トラは考えた。果たしてあたしに耐えられるのか。それを受け入れられるのか。産んだ子を天命にむしりとられることと、産みたいのに子を産めず石女とさげすまれることと、どちらが果たして辛いのか。壊れかけたタツを見つつ、トラは、胸に刻んだあざをそっと着物の上から左手で押さえた。

 タツは、滂沱(ぼうだ)の涙を流しながら、お六を胸に抱いていた。もう何も考えられぬ。もう何も受け入れられぬ。全身でそう語り、決して村人の輪に入ることはしなかった。

 伝平は、そんな妻のことを見やりながら、どうしてもっと三吉のことを可愛がってやらなかったのかと、自分を責めていた。虐げたことはなかったが、三吉が満足できるほどに愛したことはなかったのではないかと、伝平は思った。だから、吉之助が妻を抱くために夜這いに来るとき、火をつけた薪一つ持たずに、三吉と外に出た。思えば、足があった頃も、二人きりで昼日中連れだって表に出たという記憶は、あまりない。三吉は、吉之助に似ていたから。吉之助を見るにつけ、嫌でも三吉を思い、三吉の手を引くごとに、吉之助の脂下(やにさ)がった顔が目に浮かんだ。だから昼間は見たがらなかった。見つめられれば、むげには出来ないと思いつつも、抗えず、闇の中でも、顔をそらした。伝平には、トラの口から、吉之助が彼女についた嘘がそのまま伝えられた。トラは粛々と語った。伝平は足よりも大切なものを失った気がした。三吉よ、妹のために死んだのか。偉いぞ。お前は、こんなおっ父より、大分、偉い。こんな自分にも邪気なく手向けてくれたと、幼い時分の三吉の笑顔を想って、伝平は、静かに、泣いた。

 どこぞで厄払いをしようと、途中の町に宿を取り、数日深酒を重ねた日照は、そこを発ち、帰路にある別の海沿いの町で、まだ若い男の亡骸が上がったという話を聴いた。おそるおそる野次馬の群れをかき分けて、役所の命を受け、腑分(ふわ)けの準備をしている町医者の背後からそっと覗くと、見覚えのある古びた着物が濡れていた。飛び込む前に、腹をくくるためか、帯をきつく締めていたのだろう。着物は逆巻く波にはぐられもせず、したたかに岩に打ち付けられて骨まで砕けた顔以外は、綺麗な姿のままだった。このつぶれ具合では、身元はすぐにはわからんでしょうなあと、医者の方から日照に向けて話を振ってきたので、日照は、何とかうなずくことだけをして、後ずさりしながら、そこを離れた。

 つばめが低く飛んでいた。空の棺で形ばかりの埋葬を済ませてから、二日が経った。暑さが急に和らいだと感じて、ある村人が畑に水を撒く手を休め、祠の彼方の空を仰いだ。厚みのある黒雲が、海の方から風にのって広がり始めているのが見えた。

執筆の狙い

作者 馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

 初投稿です。馨雪(こうせつ)と申します。よろしくお願い申し上げます。先日再刊行した電子書籍に収録した作品を宣伝がてら投稿いたします。もともと九州芸術祭文学賞目当てに佐賀県文学賞に応募したものですが、結果は秀作止まり。応募時の枚数の都合で、チャプターを設けておりませんので、投稿時に改行を入れております。括弧書きのルビはWordからコピペしたため。最初の方で登場人物を次々変えているのは、タイトルでもある「渦」のイメージ。

 それ自体がテーマではないのですけれど、男性から女性への性的虐待を扱った描写や、「石女」などの差別表現が出てきますので、あらかじめご注意ください。差別が差別として認識されずにいた時代背景や、登場人物の野卑さを表現するためのもので、他意はありません。


【あらすじ】

 不作不漁が続き貧困にあえぐ寒村の住民から、竜神への生贄とする子を選ぶための占託を求め担ぎ出された市井の易者、真勢日照。唾棄すべき悪習よと呆れながらも、しょうことなしと筮を執り、結果、人生が瓦解するような手痛い経験をする。

コメント

田毎の月。
n219100086103.nct9.ne.jp

見た目にも文章整っていて、「不足なく書けている」感じする。
(だから佳作に残ってる訳で)

のっけから書式がつめつめで、改行がないのは、「応募規定枚数に押し込むため」なんだろうか??

そうでないのであれば(特に枚数タイトじゃなければ)、もうちょっと改行入れて、「章立て」もして、「文章のかたまり」を見やすくしてくれた方がいい・・ように思う。

「章立て」した場合、章と章の間のアキ行は、現状の「全部1行アキのみ」ではなくなるから・・
文章のかたまり(話の切れ目、場面の切り替え)が見やすくなる。




  (冒頭原文ママ)


 後悔の念を石に変え、それで城塞を築く術(すべ)を知っていたなら、長年の想いを積み上げて、さだめし荘厳な城を築き上げることが出来るだろうにと、日照(にっしょう)は思った。見上げれば天まで高くそびえ、見渡せば地を覆い尽くすほど壮大な石造りの砦。そこには巨大な釣鐘(つりがね)を置こう。そうしてその中に、祭りのさなかに親とはぐれて道に迷った童子を真似て、外界の享楽(きょうらく)の一切を意固地に拒絶して、一人膝を抱えて嗚咽(おえつ)しながらこもりきって暮らせたら、どれだけ楽かと、日照はらちもないことを想像し、ひねもす、嘆く。毎日、毎日、飽きもせず、同じ思考を、賽(さい)の河原の幼子が親のことを想いながらするように、延々と重ね、そうして、積む。結局は逃げたいのだ。過去から。とりわけかつての自分から。古希を過ぎ、覚えておかなければならないこともしばしば忘れてしまうと、近隣の者からもからかわれてしまうような齢(よわい)になったが、一番忘れたい記憶は、皮肉なことに、いつまで経っても忘れることが出来ない。



  (テキトーに改行。と、リーダー使用 してみた例)


 後悔の念を石に変え、それで城塞を築く術(すべ)を知っていたなら……。
 長年の想いを積み上げて、さだめし荘厳な城を築き上げることが出来るだろうに——と、日照(にっしょう)は思った。
 見上げれば天まで高くそびえ、見渡せば地を覆い尽くすほど壮大な石造りの砦。そこには巨大な釣鐘(つりがね)を置こう。そうしてその中に、祭りのさなかに親とはぐれて道に迷った童子を真似て、外界の享楽(きょうらく)の一切を意固地に拒絶して、一人膝を抱えて嗚咽(おえつ)しながらこもりきって暮らせたら、どれだけ楽か。
 と日照はらちもないことを想像し、ひねもす、嘆く。毎日、毎日、飽きもせず、同じ思考を、賽(さい)の河原の幼子が親のことを想いながらするように……延々と重ね、そうして、積む。
 結局は逃げたいのだ。過去から。とりわけかつての自分から。
 古希を過ぎ、覚えておかなければならないこともしばしば忘れてしまうと、近隣の者からもからかわれてしまうような齢(よわい)になったが、一番忘れたい記憶は、皮肉なことに、いつまで経っても忘れることが出来ない。



↑ 『原文ママの方が、格調あってはるかにいい』って意見もあるかと思うんですが、
「冒頭っから重たい」と疲れるもんで、私的にはこのぐらい改行入れるのが常。。
(あくまで私は)



ストーリー内容については、読んだ人の感想を待ってください。



(このコメントにレスは不要です)

田毎の月。
n219100086103.nct9.ne.jp

ぼーっと画面傍観してたんですが・・


文章は全体にとてもきれいで、品がある。
手抜きや齟齬、迂闊な綻びもなさそうで、クオリティ高く整っている。


なんだけど・・

「九州の人は誰もが知ってる常識」なのかもだけど、日照って人が「いつぐらいの年代の、どこの人」なのか、ワタシ(を含め、一般読者)は知らない。

『ググればいい』と、ここの外野はワタシの不明を謗るのだろうが、「普通、いちいちネット検索してまで読まん」ので、
要所要所に簡潔に説明記載は必要。


たとえば・・

ワタシがここで、いきなり《良寛と、貞心尼が交わした和歌 の話》をおっぱじめたとして、
良寛ほどのビッグネームでも、九州の人は即座に「いつ・どこのハナシなのか」ピンとは来ないでしょう??

(良寛マニアは結構存在してるんで、主さんがワタシより詳しい可能性もあるんだけど、さ)



いつぐらいの時代のハナシなのか、
どこの地方・どのへんのハナシなのか・・
は、序盤ではっきり提示して欲しい。

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

コメントありがとうございます。読みづらいのは……おっしゃる通りです。私もたまに読み返すと読みづらいなあと思います。修正するかどうか延々と迷っています。なんか先に踏み出せなくて。

日照は周易の眞勢派ということにしていますが、あくまでも架空の人物で、モデルもいません。徹頭徹尾フィクションで、時代も場所も固定していないんですよ。これも修正するかずっと思案中。

取り急ぎ。

田毎の月。
n219100086103.nct9.ne.jp

「架空の人物」な可能性と、「時代と場所をあえて特定せず、ぼかして書いている」可能性も、
画面見た直後に検討したんです。

で、「その判断」のために昨日「ラストを確認」した。


>役所の命を受け、腑分(ふわ)けの準備をしている町医者の背後からそっと覗くと、見覚えのある古びた着物が濡れていた。


↑ 「役所」「腑分け」「町医者」で、余計に『???』になってしまった。(江戸末期なんか、明治なんか分からない)
「見覚えのある古びた着物」で、『どんな着物やねん??』って思ってしまった。



「全部架空」でも全然いいんですけど・・

なんの予備知識もなく見る側からしたら、夢枕獏『空海』(映画で見た)とか、漫画の『銀魂』や『ゴールデンカムイ』(どっちも序盤は見た…)のようなやり方が、入りやすく・盛り上がりやすくて歓迎なんです。

『空海』の主人公は、若き弘法大師で、唐に渡って「楊貴妃の死の謎」にせまる・・んだけど、「李白」や「阿倍仲麻呂」といったビッグネームが登場する瞬間の キター!! が醍醐味。

『ゴールデンカムイ』も、「網走に土方歳三がいる!」ってだけで、もうワクテカ。


普段歴史小説読んでない層にとっては、そうしたビッグネームが1人いることは、作品世界の重要なメルクマール?ですし、
ある程度時代を固定(範囲を絞る)して書いてくれた方が、
〔読者が かなりつきあった後で、『?? 思ってたのと違う……』って当惑する懸念〕が減ると思う。

そうげん
182-166-172-59f1.shg1.eonet.ne.jp

文章がねっとりしている印象がありました。わたしがさいきん高橋和巳を読んでいる影響があるのかもしれませんが、この「渦」、文章の進みゆくテンポが一定なのですよね。抜けとかアキみたいなのがなく、常に粘質ある空間をゆたりゆたりとのろのろ進むような独特の停滞感を覚えながらの読みになってしまう。ひねもす(終日)と毎日毎日を近い距離でつかっていたり、費やされる文章量と、展開の進むスピードが一致していないからこそ覚える停滞感なのか。

《他の村人と比べれば、食うもの着るものにさほど困らずに済んだ分恵まれてはいたにしろ、》あたりで読むのをやめてしまいました。

考え抜いて書かれたのだと思うのですが、前述の高橋和巳さんの「捨子物語」の再読にあたりたくて、これ以上は読むのに時間を割けないなと思ってしまった次第です。

田毎の月。
n219100086103.nct9.ne.jp

>他の村人と比べれば、食うもの着るものにさほど困らずに済んだ分恵まれてはいたにしろ、城下に出て抱く女を手当たり次第に選べるほどには裕福な家ではなかったし、そもそもが、若かった吉之助の天井を知らぬおごった目にかなうような磨き抜かれた玉の肌の女などいないも同然だったため、みすぼらしい形(なり)をしてはいたが、村の中で一番美しく、また同時に一番貧しかった双子の姉妹を特に選んで、己の欲を吐き出した。

↑ ここはねー、

画面スクロールでも 目について(気になって)、
午前に上のコメント書いたあと、しばし「添削」してみてた箇所。

(自粛して、コメ上げるのはやめた)



その削除コメに書いてたことは、

〔当該箇所、たぶん筆が乗ってたか・力が入ってたか……。“そうなると、途端に一文が長くなり・持って回った言い方になってしまう”、それが癖なんかなー??〕 だった。

「そう」だったとしても、そのぐらいなら、自覚して推敲すれば、すぐ直せる。



まだ通読はしてないせいか、「文章がねっとりしてる」とは、思わなかったです。

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

>>そうげんさま

コメントありがとうございます。お時間を割かせてしまって申し訳ないです。
夏をイメージした気怠い倦んだ文体で書きたかったので、ねっとりという評価は、正当かもしれません。


>>田毎の月さま

いろいろとご指摘ありがとうございます。今後の参考にいたします。

町医者は江戸時代の無資格の開業医のことですし、役所も江戸時代には存在しております(御役所と書いた方が良かったかも)が、よく考えたら市井の医者に腑分けの依頼をするかな? という疑問はありますね……。真勢中州の孫弟子という設定ですので、あえて時代背景を漠然とでも確定するなら江戸後期かなあ。

胡麻味噌
KD106180007074.au-net.ne.jp

ドキュメンタリーのような迫力ある小説でした。
貧しい村のおぞましい風習(人身御供)を軸に、
登場人物たちの思慮がまさに渦巻く様が鮮明に
事細かく描かれていたと思います。
確かな読書経験に裏打ちされたであろう文章力。
読者を否応なく読ませる力があるなぁと圧倒されました。
アマチュアなのですか? 
凄いひとがいるなぁと
ただただ、感心するばかりです。


上の方々の書く、コメントにもなるほどな、と感じる点も
ありました。
例えば時代設定。
読んでいて、「大体、この時代かな」なんて読み進めて
いました。私は呆れる程に歴史に疎いので(それでも興味深く読めましたが)、
玄人だと
もしかしたら「ん?」と感じる点もあったのかなとも、思いました。
私なんかはすみません、勝手に、吉村昭の破船の時代設定かな、と思いました。
違っていたらすみません。そして、違うぞ馬鹿と言っていただけたらと
思います(泣)。

破綻のない文章で、読むこちらも気を引き締めて読まねば、
と思わず身構えます。それはいいことだし、作者の力量を
感じたいし、作者は読ませる文章を書くので問題なしなのですが・・・。
やっぱりどこかに、息次ぎが欲しかったかなと思います。
文字数も限られて余計な文章を剥ぎ取った結果と分かるのですが、
ぷはぁっと、どこかで休みたかったなと。
上の、田毎の月。様も、書いていますが、改行とかがあれば、
も少し、風通しのよい文章に変化するのかなと・・・。
それにはあえて、どうでも良いような(かつそうでもないような?) 会話とかが入れば、
それ程凝り固またらず、強靭で柔らかい文にもなるのではないかなと、
思いました。

気になったのは、
吉之助の実の息子である筈の三吉の、
自分がお六の身代わりになる迄が、少し美談めいてみえます。
大人の策略に巻き込まれたとはいえ、気が付かなかったとはいえ、
「でも悲しむだけで死ぬわけでしない。
生きていれば何かいい目があるだろう」
三吉の物分かりが良すぎる気がします。
また、三吉が、渦巻く潮に向き合う場面。三吉の視界に入った
空や海や足場の感触や、彼自身の
絶望を通り越して死に向き合う様(生への諦め、
遺す家族の幸せを願う様?)をも少し詳しく書いてほしかったなと
思いました。

作者様が描きたかったものは、当方が
うだうだ書いている感想とはまた、かけ離れた所にあるかもしれません。
それがちゃんと理解できず、自分自身にもどかしさを感じて
しまいます。

読んでみてとても、勉強になりました。到底手の届かない実力者
だとわかりつつ刺激になりました。
是非、他の小説も読みたくなります。
ありがとうございました。

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

>>胡麻味噌さま

有難いお言葉、恐れ入ります。この話を書いたのは八年前なのですが、私生活でいろいろあったもので、手を入れようとすると、その時のことがフラッシュバックするんですよ。本当は八十枚くらいだったのを、規定に合わせるためにかなり削っていて、後日元に戻そうかとも考えたんですけれど、ファイルを開くだけでも気がめいってダメでした。こういう場所で虫干しをすれば、ある程度距離が取れるかなと考えての投稿でしたが、全然(´・ω・`)

コメントありがとうございました。向き合う気力が出たら、いろいろと修正するつもりです。

京王J
sp1-75-228-89.msc.spmode.ne.jp

読みました。

文章は整っていました。

すみません。お話の中身はいささか退屈でした。

作者様の趣味的世界を延々と見せられているような気がして、普通の読者を物語の世界へ引っ張ってくれるフックがありませんでした。
取材もされたのでしょうから、得た知識を、読者にもっと安売りしてほしかったです。

冒頭の日照の描写は切ったほうがいいかもしれません。
その後、続く村の人物紹介も、ひとりひとり丁寧に紹介してもらってますが、もっと別の紹介の仕方もあるような気がしないでもありません。

私が気になったのは、吉之助は龍神様のことを信じていたのかな?ってことでした。

日照はもちろん信じていないし、村のリーダーの吉之助も半信半疑である、となれば、別に日照に占いを頼みに行く必要ないのでは?と思ってしまいました。

やはり吉之助も、本気で龍神様を信じていないと成り立たないのではないかと思います。 

龍神様のお話は後半になって唐突に出てきます。だからなんだか取ってつけたような気がします。

龍神様が村の人々の生活の中に息づいており、第三者から見ても、「これはもう龍神様の存在を信じないわけにはいかないな」と思わせるものが必要だと思います。

日照でさえ「もしかしたら本当に龍神様がいるかもしれない…」と思わせるような空気がないと、若者が命まで投げ捨てる悲劇を成立させる説得力がありません。

あと、日照が自分のことばかり考えいて、村の人々に対する同情がないのも気になりました。
日照とはそういう人物として作ったのでしょうか?
身勝手さを描きたかったのなら狙い通りだと思います。

とはいえ、素晴らしい作品でした。

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

>>京王Jさま

仕事の休憩中ですが(w)一週間のコメント義務期間があるということなので、頻繁に覗いております。コメントありがとうございます。

もともとこの話は「業」という短編群の一つで、テーマがあるとすれば、やはり人間の業、ですかねえ。日照は下級とはいえ武家育ちの若者由来の傲慢さが業。吉之助は、傲岸不遜なわりに周囲の状況に慌てふためき右往左往する陳腐な小物として書きたかったというのがあります。

作品全体のテーマとしては、迷信に振り回されるという業、かな。三吉は、あくまでもお六の身代わりなんですよね。お六を死なすわけにはいかないという吉之助の思惑と、三吉の短慮な愛情が合致したから、彼は身を投げた。そこに人を死に向かわせるだけの理拠があるかと言われれば、多分ない。江戸から明治は、土俗的なものであっても、宗教に関して、現代的な信じる信じないという感覚をはるかに超越した受け止め方がされていた頃ですので、まあ、こういう世界観もありかなと気楽に考えておりました。多分書いた私が脳内で補完している部分が多々あると思います。正直、執筆の意図に関しても、人物造型にしても、そこまで深くは考えてないです。もともと、人間の心の動きや揺らぎにしか興味がないせいで、情景描写とか、時代設定とかも、まるで真剣に考えない。プロットすら立てないのは、致命的な部分だと自分でも思います。

ちなみに、取材は一切していないので、周易――特に真勢派の方からは怒られるかも。

読んだくださっただけで感謝です(´;ω;`)

京王J
sp1-75-228-89.msc.spmode.ne.jp

>> 江戸から明治は、土俗的なものであっても、宗教に関して、現代的な信じる信じないという感覚をはるかに超越した受け止め方がされていた頃ですので、まあ、こういう世界観もありかなと気楽に考えておりました。

なるほど。作者様の意図は理解しました。
事実として、そのようには書かれていなかったので、少なくとも私はわかりませんでした。
失礼いたしました。

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

>>京王Jさま

これまで書いたものの中で、確実に一番癖が強い話なので、なんかもう、申し訳ないとしか言いようがないです(◞‸◟)

おしゃべりでしょ
KD111239113009.au-net.ne.jp

プロット立てないでこれだけ読者は知るだけ、考えなくていいだけの要領でお話を進められるのはすごいですよ。
創作する上でその世界を立案する面積は優秀だと感じさせられるし、その上で

>正直、執筆の意図に関しても、人物造型にしても、そこまで深くは考えてないです。

と、まったく印象通りのことをちゃんと白状できる自覚なり客観が働くのはむしろ立派とすら言いたいですし、とはいえそんな褒め称え方からの急転直下みたいで申し訳ないですけど、ついでにジャンルとしてなり体裁のようなことをどう考えているものなのか、なんてことも白状してほしかった気がします。

ねっとりしてるなり、願わくは改行するべきなりといろいろ意見もあるみたいなんですけど、つまりリズムなんですかね、とはいえリズムって一口にも一体何なんですかね? ってことなんですけどそもそも問題はそんなことじゃないとか、わからないですけど要はジャンルとしてなりそれに付き合わせる体裁なりの理解とかそんなつもりのことだと思うんですけど、例えばこの手のつまり“作り話“の世界に付き合わせるなりの引力とでも言うんですか、読者に読み進めさせる力っていう当たり前の話に違いないはずなんですけど、それを面白いつまんないとかアイデアなり構成の妙なりとか、個人的にはそんな面倒やら生意気なようなことを言いたいんではなくてただ単に、“小説としてとりあえず“みたいなことのような気がしているんですけど伝わるかどうか、またしても例えばなんですけど、このすぐ下にある“虹で絶つ“っていう作品ですか、全然人気ないし評判も良さそうではないし、世界なり感情なりもそれなりに幼げっていうか失礼だけど実際面白くもないんですけど、とりわけ“小説としてとりあえず“っていうそんな強引かつ極端な切り分けに預けたなら、個人的には件の作の方がその機能なり役割なり効果なりっていうただの基本以前に振る舞うべき“小説“的要領みたいなことは分かっているんじゃないのかなあ、っていうつまりは読み進めてほしいなりの含ませ方なりやっぱり体裁とかそんな言い方になってしまうんですけど、無意識であったとしてもっていうかむしろそういうことをセンスだとかコツだとかっていうんだろうかなんて勝手に思うところではあるんですけどつまり、“小説“っていうとりあえずみたいな前提はわかっているなり付き合っているものなんじゃないのかなあ、ってことなんですね。

これってただの個人の考えなので、腹立てたりすることないですし、自分以下のクソみたいな読者がなんかのぼせたこと言ってら、なんて思う方が普通にこの世界の常識らしいことは散々当てつけられてるので、そんなつもりであることも含めて勘弁してもらっていいですか。

この世界の基準がちっとも好きじゃない程度の人が感じたことです所詮。
おともだちらしい朱蓮はあたしのこと大嫌いだってことももちろん付け加えておきますね。
そんな人が言ってるだけ、ってことです。

気に障ったならすみませんでした。

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

>>おしゃべりでしょさま

なんだかんだで読んでくださったんですね(´;ω;`)ウル

正直、プロットを立てるの苦手なんですよね。昔はそれらしきことを試していましたが、どうしても逸脱してしまって、立てても無駄じゃない? と。結局行き当たりばったりで書くくせがついてしまいました。緻密に計算して書ける人こそ本当にすごい人です。

それと、多方面からお叱りを受けるかもしれませんが、私の場合、自分が小説を書いているという意識も感覚もまったくないんですよね。私にとって、文章を書くのは、人生の優先順位の三番目くらい。仕事をしながら副業として工芸品の製作もやっておりますので、今はそれらが優先。昔はもっと書くという行為に飢えていたのですけど、年齢を重ねたせいか、今はそこまでの思い入れがない。もちろん書きたくないという意味ではなく、気持ちはあっても煮え立たない状態。何かのきっかけで書きたいという気持ちが沸点に達したときに、思いつくまま一気に書いて、出せるようなら地味な地元の文学賞に出すという体たらくなので、小説第一で気合を入れて書いている人たち、特に若さがそのまま武器となる世代の人たちには、まず訴求性という点では、及びもしないと自覚しております。小説作法をそもそも語る資格がないのです。

それともう一つ、私のコミュニケーション手段は文章が主で、昔から会話が苦手なんですよ。短時間だったり日常的な話題ならいいのですが、自分の専門分野であっても、細かい話を重ねているうちにだんだん思考が混乱して、文章の半分も伝えられなくなる。それを引きずって、地の文の方に注力して、会話がなおざりになっているというのはあります。リズム云々に関しては、その影響もありそう。なおざりというより会話を連ねての表現がどうしても無理と書いた方がいいのかな。能力的に。

投稿を機に、いろいろな考えが渦巻いていて、まだ頭が整理できていない状況なので、このくらいで。コメントありがとうございました。

瀬尾辰治
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こうせつさん、ちょっと読んだけど、佐賀県文学賞の選考の人って、頭は大丈夫ですか? そんなふうにしか思えませんでした。

 後悔/の/念/を/石/に/変え/、それ~
『それ』とは、何をさしているんですか? 普通やったら、名詞とか、書き方で名詞化させたり、『それ』←一つの意味で書くと思いますが。
~石に変え、←石とは、どんな石ですか? 普通やったら修飾語を書かないことには分からないと思います。
どんな石かが分かる選考の人って、凄すぎだと思います。
後悔の念←先にも、すぐ後にも、後悔の念に至った状態を書いていないので、~、『それで』←と書いても意味が分からないです。

たんなる考えの助詞と、行動の助詞。←選考の人は分かっているんでしょうか?
(わかりにくく、難しく書けば、選考に通るんですかね?)

『さしずめ』←この意味は、
 後悔の~知っていたなら、←ここまでが『さしずめ』の意味じゃないんですか? 二度書きみたいですね。

城塞から、~荘厳な城? 荘厳な城だと、敵の兵士たちは、弁当を食べたり、観光気分て一服したりしませんかね?
戦のことは書いていませんが、イメージだと、そんな感じでした。

~日照は思った。見上げれば~
考えと、行動は、視点が違うと思いますよ。見上げれば←行動そのものですね。

壮大な石造りの砦。←石造りの壮大な砦、じゃないんですか? 
荘厳な城と、砦。←改行なしに続けて書いていますが、選考の方の頭は、書籍化して大丈夫なんかね? と思いました。

こうせつさんの文章が、どうこうではないですよ。
書籍化って、佐賀県文学賞の選考の人の頭を疑うってことです。
そんな感想でした。

京王J
sp1-75-228-89.msc.spmode.ne.jp

瀬尾さん、嫉妬は良くないですよ。

いつも人の助詞の使い方にケチつけてますね笑

田毎の月。
n219100086103.nct9.ne.jp

>~石に変え、←石とは、どんな石ですか? 普通やったら修飾語を書かないことには分からないと思います。
>どんな石かが分かる選考の人って、凄すぎだと思います。


ふふふふふ。



そのトンチキ屁理屈で言うと、


「『他山の石とする』ってどんな石やねん!! 安山岩か花崗岩か閃緑岩か? 言うてみぃ!」(おいでやす小田の声で…)とか、

「『璧を完うする』ってどんな璧やねん! 分かるかぁー!!」(これもおいでやす小田の声で…)ってことに、、、

なるなー。(笑)



タイヘンだね。

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

>>瀬尾さま

コメントありがとうございます。

この話は作品集には収録はされておりませんよ(´・ω・`) あくまでも秀作。それも八年前。県の作品集に収録されるのは一席から三席までで、秀作はその下。九州芸術祭文学賞の作品集の方は、各地区一席のみ。

修辞の癖が強い私のことは別にどう表現されてもかまいませんが、審査員の方のことをあしざまにおっしゃるのはちょっと……。

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

>>瀬尾さま

Ctrl+Fで検索しましたけど、「さしずめ」という表現は、一切使っていませんね。「さだめし」のことでしょうか?

瀬尾辰治
sp49-98-50-10.mse.spmode.ne.jp

こうせつさん、選考の人のことまで書くのは、私のいきすぎでした。
すみませんでした。

瀬尾辰治
sp49-98-50-10.mse.spmode.ne.jp

こうせつさん、私の書き間違いです。

京王J
p1165143-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

瀬尾さん
謝るくらいなら最初から書かないほうがいいですよ。

チエル
sp49-97-24-152.msc.spmode.ne.jp

京王さん言い過ぎだしめっちゃブーメラン(☉。☉)!→

京王J
p1165143-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

チエルさん

はい。ブーメランすぎました笑

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

瀬尾さまは多分、完璧な文章を追求される真面目な方なんでしょうね。私はしばしば瑕疵を個性と混同して放置するいい加減な面があるので、反省しないといけません……

皆様もフォローありがとうございます。

明日は外出しますので寝ますw

瀬尾辰治
sp49-98-50-10.mse.spmode.ne.jp

こうせつさん、コメントも読みました。なるほどでしたよ。

石の箇所、月氏は私に教えてくれってことなんですかね。
ずっと前にも、他の方のコメント欄で、当人の方と私がやり取りしているとき、月氏がそれは違う、って割りこんできたんで、そのとき月氏に意味は近づけて書く。って適当に教えてあげたんですけどね。
『石』は被修飾語ですから、その前に修飾語を“並べて”書くといいと思います。
長い修飾語もありますよ。
『城塞を築く』これが修飾語ですから、書き方の順序を間違えると、一つの意味にとれなくなるかもですね。

『城塞を築く石』←月氏は書き順も読めず、変なことをコメントに書いていたけど、書き順は分かったんかなあ。

私は、作法は完璧を求めていますが、書いている内容は、超ふざけた系です😊
しかし、名詞文ひとつにしても、書き方はいろいろあって、覚えるのに大変です。
まあ、覚えていくのはお互いにぼちぼちですね。ではこれで。

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

>>瀬尾さま

おはようございます。普段使っている言葉だからこそ、正しい日本語からかけ離れた表現をしてしまうことが多々あり、指摘を受けて赤面することもしばしばです。何かございましたら、またご教示ください。

(●´ω`●)

田毎の月。
n219100086103.nct9.ne.jp

男瀬尾氏ぃー、

最新コメ欄のヘッダーだけ目に入ったけど、

あれ見て「教えてもらいたがっているのだ」とか解釈する人、【いない】から。。



授業で小学生に説くやり方で、「気づかせよう」としてるだけなのと、

「瀬尾コメで凍りつき・硬直した空気に、外野向けにワンクッション入れた」だけだな。



男瀬尾の放言は、「地方文学賞の審査員先生に対して、あまりに失礼」で、、、

地方文学賞の授賞式に参加したことある人なら、誰もがムカつくこと必定。

それほどのトンデモナイ暴言で誹謗中傷だった。


そんでも、『はなはだ世間知らずだから、仕方がないんだろうなー』と流して、ああなった。



(レス要らないから。絶対いらないから。

今日、ワクチン接種3回目だし、そのあと寝込む予定だから!)

田毎の月。
n219100086103.nct9.ne.jp

助詞助詞助詞・・


書くにあたって、ほぼ意識してないけど、

「格助詞」とか「終助詞」とか、単語だけは覚えがある。

んで、「副助詞」が想起されて、

『副助詞ってなんだったっけ?』とちょっと考えて、

《副える助詞》かー、と理解。「漢字そのまま」だな。



「助詞」も、漢字の意味は《たすける品詞》なのだ。


それをもって(ヘンテコな武器にして)人を糾弾するためのものではなく。




あと・・

助詞にこだわりまくる瀬尾は、『助動詞についてはどうなんだろう??』と、

これまでここで《助詞の解釈?を根拠に、多くの書き手をひたすら攻撃してきた瀬尾》の、

「現場に居合わせたほとんどの人が疑問に思ってること」

じゃないか? と思う。


個人的には「完全にどうでもいい」んですが。



そんで、またぞろ「完全に横で、無駄なコメ」で、欄を見苦しくしてすいませんでした。。

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

>>田毎の月さま

3回目かなりきつかったですよ(´;ω;`) 二回目までは出なかった知り合いも、三回目には発熱してカロナールのお世話になっていました。お大事に。

持病の関係で、来月末に四回目の接種をしないといけないので、戦々恐々。

瀬尾辰治
sp49-98-50-10.mse.spmode.ne.jp

こうせつさん、こんばんは。
私は、違うサイトで初めて指摘されたとき、指摘されて気がつくのは、照れくさいもんですね。←こんなコメントを返しましたよ😊
このサイトに来たころ、技術的なことを指摘されたときには、なるほどと思いましたね。
格助詞と助詞ですが、小説の決まり事にも関係していることがあるので、こうせつさん自身が調べるしかないですね。

以前、伊集院静氏の本を手にしたことがありましたが、読点ばかりで読み辛いので、買うのを止めたことがあります。
こうせつさんの書き方も、読点が多いですね。ル形とタ形を加えると、読みやすくなるんじゃないのかなー。 

本文にちょっと目を通しただけですが、
~ない。←動詞と形容詞の違いを調べるといいと思います。他の書き方でも意味違いで書いているのがあるかもです。
ではこれで。

馨雪
gate235.hagakure.ne.jp

>>瀬尾さま

いろいろとご指摘ありがとうございます。図書館を覗いて、いろいろと見繕って、よさそうな本があれば、Amazonで注文して勉強してみますね。

>>ALL

まだ投稿から一週間は経過していませんが、昨夜から体調を崩しているため、本日にてお暇いたします。運営には連絡済みです。皆さまから頂戴したご意見を参考にして、たまにですけれど、創作に励みたいと思います。ありがとうございました('ω')ノ

瀬尾辰治
sp49-98-50-10.mse.spmode.ne.jp

こうせつさん、こんばんは。
私が参考にした本は、
東野圭吾さんの、眠りの森。
最初は短い地の文の順序を入れ替えて、目的語=主語、目的語=修飾語、主語=修飾語。いろいろわかりました。
修飾語と同じ役割の”副詞“などもです。
 ころりんと犬が寝そべった。
 犬がころりんと寝そべった。話し言葉に近い感じですね。

②松本清張の、点と線。
22ページからだと、土地の紹介の仕方の助詞などが、よく分かると思います。

③藤沢周平の、漆黒の霧の中で。
最初から分かりよいです。
②③では、あれ、これ、それ……調べよいと思います。
10冊買ったけど、全てこれで分かると思います。
三人称です。参考までに、です。

瀬尾辰治
sp49-98-50-10.mse.spmode.ne.jp

コメントしていて、気づけたことがありました。
ありがとうございました。

金木犀
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こうせつさん、作品を拝読させていただきました。

偶然なのですが、私が初めて書いた作品のチョイキャラで三吉という名前を使ったことがあり、親近感がわきました。その三吉が死んじゃうところは、もう悲しすぎて……。
なんやろうな。すごくやるせない気持ちになりましたね。
家族の中では自分が一番必要ない存在……。それで死を選ぶって悲しすぎますよね。


私は、小説において一番大事なのは、作者の世界観だと思います。文法とかよりも、意味の方が大事だと思います。
事細かな文法を勉強したとて、それは作文の良しあしでしかなく、小説の良しあしではないと考えます。
こうせつさんは、その点、心情迫る描写で物語をしっかりとつむげていたと僕は思います。

大変勉強になる作品でした。投稿していただいて感謝です。
また病状が良くなったとき、作品を投稿していただければ幸いです。

あ、一つだけ。

・お前が人柱にならなかったら、お六か、おっ母が、竜神様の岬から身を投げることになる。
 そう言われて、【吉之助は、思案した。】お六が死ねばおっ母がかわいそうだ。おっ母が死ねばお六がかわいそうだ。俺が死んでもおっ母は悲しむ。お六も悲しむだろう。でも悲しむだけで死ぬわけでしない。生きていれば何かいい目があるだろう。

 ここは吉之助ではなく、三吉ではないでしょうか。
 少し混乱してしまった箇所でした。

 なお、このコメントに返信は不要です。投稿お疲れさまでした。

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