作家でごはん!鍛練場
ワカメ

判決

「昨日も一人居なくなりました」
 目が覚めると、僕は小さな小屋の中みたいなところにいて、黒いレインコートを着た男、か女か、よくわからない人が窓際で頭を垂らして椅子に座っていた。

 大きなフードで顔はよくわからないし、裾は千切れているし、なんだか不吉な感じがしたけれど、外の景色はそれと対になるように明るかった。
 眩しいぐらいに緑の葉を茂らせた木が何本も遠くの方に見えて、その奥には頭のてっぺんに雪を被った山が木々の上で寝そべっていた。

 僕はベットから起き上がって、夢なのか現実なのか良くわからない景色にただ茫然として、部屋の隅にあったもう一つの椅子に座った。

 「明日も多分、一人居なくなります」
 黒い人物が何を話しているのか、居なくなるとはどういう意味なのか、さっぱり分からなかったけれど、それが何なのか聞くことも、なんだか恐ろしくてできなかった。

 「今、何月なんですか?」
 男は何も答えないで、ただ窓の外を眺めるばかりだった。

 もう時間がないんだよ、と足元で小さな子供が、僕の着ていたワイシャツの袖を引っ張った。
 「早く学校に行こう」
 学校、学校に行くような歳でもないんだけれど、というより先に、男の子は、まるで綱引きでもしているように力づくで僕を家の外に引っ張り出そうとしていた。それならそれでもいいような気がして、僕は引っ張られるがまま、小屋の外に引きずり出された。

 外には数匹のステゴサウルスが草を食んでいた。
 骨でしか見たことがなかったから、あんな色の肌をしていたのだとなんだか新鮮な気持ちになって、前を見ると、そこには目覚まし時計みたいな小さな時計を持った猫が一匹、袖のないジャケットを着て突っ立っていた。

 「遅いよ、何やってたんだよ」
 もう五分も遅刻だ、と起用に前足の指で時計の長針を指さして怒鳴り散らすと、挨拶もせずに道端で草を食むパキケファロサウルスの下を潜って一瞬で遠く走り去った。

 だから言ったじゃん、とイライラした感じで自分の耳を引っ張りながら、男の子は僕の手を引っ張ったまま走り出した。
 僕はまるで、空気の抜けた風船みたいにその子に引きずられて走った。

 僕には世の中が良くわからない。良くわからないのは悪いことだ、と先生から教わったような気がする。
 悪い奴の存在に気付かずにそのままにしていることは悪いことらしい。
 ナチスドイツがその昔、ユダヤ人を虐殺していることをホントかウソか分からないまま暮らしていた国民は、ナチスと同じぐらい悪いと、確かそんなような感じで説教された気がする。
 逆らったら殺されるのに、正直ではいられないし、何がいけないんだと思ったけれど、スピノサウルスに食い殺されているイグアノドンを見ていて、なんだかかわいそうな気がして、でもそれは、自然の摂理だしな、と思っていると、目の前に、教会みたいな学校が見えてきた。

 僕はそこでようやく手を離されて、息も絶え絶え、校舎の上に聳え立つ、鐘のついた塔を見上げた。
 塔は真っ黒に高く佇んでいた。背中に背負った太陽の光が塔の両脇から漏れ出している。
 校舎の中に入っていく男の子の後を追おうとしたとき、肩を大きな手で掴まれた。

 「手荷物の検査はしたのか」
 見ると、フランケンシュタインみたいな男が立っていた。黒いネクタイに、黒いスーツを着て、僕の細い首なんかいともたやすくへし折れるんじゃないかというくらい、太い腕をした大男だった。

 しぶしぶ、僕はポケットに何かが入っているような感じがしたので、それを引っ張り出した。
 きれいな装飾の施された、小さなナイフだった。無言のまま、ひゅうと風が吹いて、何かのスイッチが入ったみたいに、男は震える声で言った。

 「このナイフで何をするつもりだった?」
 僕も入れた覚えがない。僕はこんなもの持ってくるつもりはなかったと言いたかったけれど、証明する人は誰もいない。
 知らないよ、とボソッと呟いた瞬間、今度は叫ぶようにもう一度同じことを聞かれた。口を半開きにしながら、どぎまぎして、咄嗟に反対側のポケットを探ると、彫りかけの木像みたいなものが出てきた。
 マリア様みたいな、観音様みたいな、手のひらぐらいの、彫りかけの木像だった。何をもってして、僕はこんなものを彫ろうとしていたのか、まったく記憶がないし、もしかしたら本当に殺意があってナイフを持ってきたのかもしれないけれど、何一つ記憶がない。

 これを彫りたかったんです、というと、男は僕を見下ろしながら、身動き一つしなかった。まるでさっき見上げた校舎の塔みたいに、真っ黒く太陽を背にしていた。


 僕は社会科室に連れていかれた。
 大人しく席に座ると、朝見た黒いローブみたいなものを着た人が、地球儀の横でせっせとテストに赤ペンで丸を付けたり、バツをつけたりしていた。

 頭の上にはひっちゃかめっちゃかになった年代表が張られていった。氷河期だったと思ったらいきなり平安時代になったり、戦国時代だと思ったらいきなり縄文時代に戻ったり、そんな不可思議な年表を見上げていると、ひっ連れてきた男が黒い人の前にナイフと彫りかけの木像を置いた。

 「厳正な処置をお願いします」
 冷たい声で言い放って、男は出ていった。そもそも僕は学校などとうに卒業したつもりになっていたけれど、なんでまたここに来たんだろうと、そこからおかしな話なのに、手荷物でこんな目に合うとは、怒られに学校に戻ってきたみたいだとうなだれていると、二三枚テストの採点を終えた黒い人が、静かに言った。
 「もう少しで、君も居なくなるんだよ」

 絶対に怒られると思っていた僕は、ビクビクしながら赤ペンの走る音にただ耳を傾けていた。
 黒い人は手を止め、うつむいたまましばらく動かなかった。
 カーテンの隙間から差し込む光が、黒い人と、その上を漂っている埃を照らしていた。

 「居なくなる前に、一つ、聞いておきたいことがあるんだ」
 鞘からナイフを取り出した黒い人は、徐に刃を自分の方に向けて、持つ方を僕に差し出した。
 恐る恐る、僕はそれを握る。
 その瞬間、まるで電気が流れていた銅線が千切れてスパークが起こったみたいに一瞬で僕の記憶が連続写真みたいに頭の中に映し出された。

 それが無数に見えたかと思うと、目の前が真っ白になって、白黒映画のワンシーンみたいに、色のない視界の中に、汚れたレインコートにフードを目深にかぶった中年の男が一人、雨の中突っ立っていた。

 何かにぶつかった後みたいな、ぐにゃりと歪んだ自転車が、海岸に打ち上げられて死んでいる深海魚みたいに倒れている、路地裏、みたいなところなのか、僕には全く分からないかったけれど、男にはなんとなく見覚えがあった。輪郭が、どことなく、僕に似ている、というか、僕が何十年かしたら、こういう感じの顔になっているんじゃないか、そんな感じの顔をしていて、その男が、ゆっくりこっちに歩み寄ってくる。

 「僕、あんまり遅い時間まで出歩いちゃだめだよ、それおいて、早く帰りな」

 無数に伸びた電線と、ぼんやりと白く光る街頭、その視界の中に、そのフードで顔の全く見えなくなったおじさんが入ってきたとき、目が覚めた。

 「君が殺したのかもしれない、他の誰かが殺したのかもしれない、でもどっちにしろ、昨日、そのおじさんは、殺されたんだ」

 僕は、電気ショックを受けた後みたいに、しばらく茫然としていたけれど、直ぐ我に返った。
 「違います、僕じゃないです、僕はあの後、直ぐ家に帰りました」
 言い終わらない内に、黒い人は言った。
 「これが、普通の世界に見えるか」

 道端で恐竜が草を食んでいて、猫が学校に通い、へんてこな年表が張られているような学校に、とうに学校なんか卒業している歳のお前がここに引っ張り出されているこんな世の中が、本当の世の中に見える、見えてるんだ君には。

 「夢の中とか、そういう場所なんですかね」
 「いや、現実だよ。今まで君が、夢の中にいたんじゃないか?」

 そんなバカな話があるか、とつぶやいて立ち上がり、廊下に出ると、僕は一目散に、非常ベルの赤く光るランプの隣にある階段を、駆け下りていった。十数段の階段を駆け下りて踊り場を曲がり、また十数段の階段を下りる、それを何回か繰り返して、まったく同じ景色が続いているのに気が付いて、思わず足を止める。
 ずいぶん走ったけれど、出口が全く見つからない。
 踊り場で、壁に手をついて、それから崩れるようにその場に座り込むと、階段の上で男の子が立っていて、僕を見下ろしていた。

 「早く逃げないと、あいつが来るよ」
 「君はここにいちゃいけない」
 汗だらだら、プールの中から這い出てきたような見てくれになりながら、僕は見上げて言った。
 「君は、多分関係ないんだ、信じちゃくれないかもしれないけれど、君は、関係ないんだよ、ほんとに、」


 言いかけたところで、目が覚めた。

「昨日も一人居なくなりました」
 目が覚めると、僕は小さな小屋の中みたいなところにいて、黒いレインコートを着た男、か女か、よくわからない人が窓際で頭を垂らして椅子に座っていた。

判決

執筆の狙い

作者 ワカメ
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趣味で短編小説を書いています。

物語はすべてフィクションです。実際の事柄とは一切関係ありません。

コメント

エンストコケしたでしょ(恥)
KD111239112198.au-net.ne.jp

小説っぽく小説っぽい感じに見せかけているだけでその実、小説と言い張るにはパフォーマンスが低すぎるというか、そもそもわかっていないんじゃなかろうかな、というのが率直な感想でしかもそれって多分個人的な気まぐれ的感覚でもなはずなんだよなあ、というのがちょっと意地悪めいた強めの感想かも知れないってことなんですよね。

いろいろ書いてあるんですけど、多分意味ないはずなんです。
表明した通り、意地悪な言い方をしてしまうならどうでもいいってことのはずなんですけど、言い方ばかり鵜呑みにしてむかつかないで欲しいんですけど、わからない人には難しいことではあるのかも知れないですよね。

まともに読もうとすればするほど、全然入ってこない。
何でだろ? って考えるなりにも答えは簡単で、書き手は語り方というただの効果にとても無頓着というか、そもそも意識にないことは明らかなような気がするんですね。

恐竜が跋扈しようがポケットのナイフが自走して謎めこうが、書き手はその効果に最適な語りという時制、つまりは操る上での語り口っていう意識あるいは感度にまったく警戒も感度も働かせていない印象を個人的には早速感じさせられて、例えばなんですけど“このお話に付き合ってくれるオチはない“なんて、つまりは読み進めながら成立するはずもない予感ばかりが目の先にツルツルと滑って要するに、全然入ってこない。

そうした結果、どんな閉じに書き手は落とし込んだのか。
ただその有り様だけが個人的には当然ともいうべき退屈たる納得で、恐竜がUFOに吸い上げられて内臓抜かれて夏休みの子供達向けのミュージアムの剥製にされちゃったってオチでも全然構わないような、ってつまりわかりますかね? 散々小説っぽいような書きぶりなりぶっ込みかたなりにも所詮全部丸投げすっとぼけじゃん無意識丸出しの予定調和のごとく、って口悪いかもなんですけどつまりそんな感じがしなくもないのはこのお話としての出来の話ではなくて、そもそもこの舞台を語る上で、僕はどこにいていつ眺めて感じたことを話してんの? っていうその全てにおいて締まりのない身の入りの浅い観察の態度、つまりはやっぱ書きぶりっていうその感度こその油断をまずは拭わないと、その当たり前の企みを見過ごさない意欲を当たり前に察することができないと、こういう突飛な舞台には少なくとも相応しくない感度に気付けないまま、面白くないままのような気がしてしまうわけなんですね。

あなたが書きたいつもりで書いたらしい世界について、あなたは臨場感を感じてますか? ってそんな言い方は気障なんですかね。
書き手自身が誰よりもこのお話を他人事のように眺めているような感触を思いつかされるんですよね、なんとなくなんですけど。

ゲーム実況ばっか見すぎて観察感度とか現象らしく眺める前提からバグってる人みたい、なんて言い方じゃ余計にわかんないですよね。
あたしこそ誰よりも言語感覚バグってるタチなので上手く言えなくてすみません。
察してくれたら嬉しい、とかそのくらいの意図らしく受け流してみてくれたら嬉しいですとかそんな感じですすみませんでした。

夜の雨
ai203118.d.west.v6connect.net

「判決」読みました。

主人公は自分の未来(おじさん)を殺したために、無限ループのおかしな世界に迷い込んだ。
「おかしな世界」とは、「ダリ」の絵画のような世界で時間と空間がゆがんでいた。
だから恐竜がいたり、猫がしゃべったり、不思議なことがいろいろと起こった。

タイトルが「判決」なので、主人公はその世界で「判決」をうけて、同じことを繰り返さなければならなくなった。
「同じことを繰り返えす」ということは、かなりつらいことなので、ある意味、地獄である。

作者さんは、なかなか空想力が豊なようですが、御作の世界にはリアルティーがありません。
それは、描き方が薄っぺらいからです。
こういったファンタジー風の味付けには臨場感をもたして、読み手がその世界を目の前に感じるようにしないと、嘘っぽく見えてしまいます。
逆に言うと、御作に臨場感があると、本物っぽくなりますので、当然面白くなる。
臨場感を出すには、どうするのかというと、必要なところは細部まで描く。
「五感」で感じるように描く。
●現実の世界(私たちが今いる世界)と御作を「どこかで」からませる。そうすることにより、基礎(判断)の部分がわかるので、「御作の不思議な世界が、どういったモノなのかがわかる」。
現実の世界で「夢を見ている」のが「御作の世界」というようなありふれた設定にすると、面白くないので、このあたりは深く考えたほうがよいですね。
「判決」というタイトルになっているのであるいは「死んでいて」地獄のようなところにいるのかもしれませんが、御作と地獄とは、描かれている風景がつながりません。

●私が、御作で感じるのは、「主人公が何かをしでかして」、その罪を問われて、ある世界に来ているのだろうと思います。
たとえば大人の主人公が仕事もなく毎日を途方もなくぶらぶらとしていたところを「絵画」のなかに引っ張り込まれたとか。
その絵画を誰が書いていたのかというと「ダリ」だったりして。
上に書いたのはただの一例で、名もなきド素人の絵描きでもよいし、夢心地の少年(または大人の主人公)が描いている世界でもよい。
主人公の年齢を重ねた「おじさん」のような人物が殺されているので、それを関連させて現実の世界とからませるとよい。
自分が描いている絵が認められないとか、認められなくてもよいが、現実世界が生きづらくて閉じこもっているとか。そこには、自分の家庭環境があるとか。就職がうまくいかないとか。
家庭環境=親と不協和音。
すでに彼女がいるとか、妻がいるとかで懐妊していて、仕事がないので追い詰められているとか。それで妻のおなかを撫でているうちに、「妻に不思議な話を聞かされて」主人公の不思議な世界に入ってしまったとか。
背景は、想像力を膨らますといろいろなことが設定可能になります。
とにかく、御作のように不思議なお話というか世界は、そのままだと絵空事になるので、臨場感を出して、それに現実と結び付けて背景を描くことで、リアルティーがでて、面白くなると思いますが。

それでは、頑張ってください。

お疲れさまでした。

えんがわ
KD106155001056.au-net.ne.jp

ふわふわっとして、足の着くところが無くて、最初は気持ちいいんだけど、途中から酔ってしまって辛くなっちゃった感じかな。自分の読書体験としては。

でもそのフワフワコースターは何か味があるし、もう一つ学校に行ってから恐竜が出るくらいのインパクトあるふわふわ体験があったら、面白かったかもしれない。

反対にこの文章をもっと煮詰めたり、言ってしまえば、社会科室に入る前に切っておけば、切れ味が増したふわっコースターとして面白かったかもしれない。

とかなんとか、いーかげんに、フィーリングで言ってしまってごめんなさいやじん。
無責任人生万歳!

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