作家でごはん!鍛練場
森嶋

超キュートな奇形ねこちゃん兵器

 んでもって思考が最高速度に達して、俺の脳の回路が高速で回転しだす。
 電撃のように頭に走ったのは、新たなメロディーの構成だった。主役となる美麗で繊細で儚いメロディーを支えるように、複数のメロディーが頭の中で組み立てられる。
 んでもって俺の指がピアノの鍵盤を流れるように動いて、美しいメロディーがピアノから生み出される。白目を剥いて涎が垂れそうなほど、我ながらよく出来た繊細な曲だった。  
 んで、俺の恋人である咲がウイスキーの瓶を傷だらけのピアノに叩きつけた。彼女によって刻まれたピアノの板に穴が開いて、粉砕したボウモアの十二年の液体が飛び散って俺の顔にかかった。海辺で浴びた飛沫のような感触に、俺は目をつぶって笑みを浮かべてしまう。  
 これって最高な人生だって思えるほど、俺は自分が生み出したメロディーに鳥肌が立つ。 
 脳の回路がぶっ壊れそうになりそうなほどの速度で回ってやがるし、板の破片が俺の額に刺さって血が出るしで、もう最高だぜ。
 んで咲は腹を抱えて笑っていたかと思うと、床にこぼれた琥珀色のボウモアをその長い舌で舐め取って、板の欠片ごと飲み込んだ。
「あんたの作るメロディーって最高!」
「そんなの当然じゃん」
 自慢げに鼻を鳴らす俺の背中に、咲の蹴りが叩き込まれる。
 咲は自画自賛するのに、他人が自慢してくるのは許せない性格なのだ。親にも褒められた経験のない餓鬼が、いつも自分を褒めて欲しそうにしてるように、咲は自分が称賛されることに常に飢えている。 
 んで咲は新しいボウモアの封を開けて、中身を一気飲みして、口の端から垂れる琥珀色の液を袖でぬぐった。んで咲はアル中状態になって目を回してゲロを吐いた。
 んでもって加速、してんで俺は手に大量の汗をかいて、鍵盤に染みついた俺の汗が潤滑油になって指先がすべりまくり。んでもう心臓が早鐘を打って、最高に楽しい人生ってこれだ、と僕ちゃん確信したね。
 んでパソコンにUSBで接続されたマイクで、今のメロディーを録音した。琥珀に閉じ込められた昆虫のように、俺はメロディーをパソコンに封じ込めた。
 俺が打ち込みで曲を作らないのは、生の音で奏でられる呼吸と絶妙な雰囲気に勝るものは無いと知っているからだ。これは教えられたわけではなく、音楽ソフトで試行錯誤してる内に自然に身についたってわけ。
 んで床に寝転がってる咲の口から色とりどりのゲロがあふれ出てるし、んで白目を剥いてるからヤバイと思って救急車を呼んだ。したら咲がしばらく入院すると病院から連絡があったので、見舞いの品にボウモアを持っていってやった。三百五十ミリほどあるボウモアを一気に飲んで、目を回して俺の事が好きなのだとつぶやいたが、彼女はしらふでは決して俺を好きだと言わない。今の言葉はただアルコールが脳にまで回った高揚感で口にした刹那的なものに過ぎない。
 彼女の痩せ細った腕から伸びたチューブは、点滴ボトルに繋がれている。パジャマ姿の咲にほんの一瞬だけ同情しそうになる。
 んでもって咲が退屈しないように持ってきた本を渡すと、彼女はそれをすべて破り捨てた。
「最悪っ、こんなのゴミよゴミ」
 本なんて娯楽としては最底辺だというのが彼女の弁、んでもって俺はそれに反論する。文学の硬質な感触はクラシックに通じるものがあり、今でも文学は高尚なものであるから、などという自分でもよく分からないご高説を垂れまくり。んで俺は一回死んだほうが良いのかもしれない、っ自覚する。んで破壊、破壊、嘘、虚構、などという言葉が頭の中で回転してる俺はもう何度も人生が糞だと思って自殺しかけた、ってのは冗談で今は最高に楽しい。
 んで咲はスマホで動画を見まくって俺の存在は忘れているらしい。
 俺はメロディーが頭に浮かんだので、家に帰って作曲したくなって病院を出た。
 糞みたいな雌豚である咲に付き合ってたら時間を浪費するだけで得られるものは何も無い。美しいメロディーというのは素晴らしい芸術作品に大量に触れた者だけが作り出せるものなのだ、っていう俺のゴミみたいな持論を頭の中で展開するが、もちろん聞いてる人間は誰もいやしねぇ。そんな考えに頭を浸していると、咲が走ってきて俺に飛び蹴りを食らわせた。脳震盪しそうなほどの衝撃に僕ちゃんアゴが溶け落ちそうな気分になっちゃって、最高に気持ち悪くなったところで、腹に次の衝撃が来た。ジムで鍛えた筋力により繰り出される拳で、俺の腹を殴りつけた咲ちゃんご満悦でタバコを取り出し一服キメてる。
 彼女の腕からはチューブに繋がれたはずの注射針が伸びている。
 そんな彼女は有名な女優の俳優の映画スターだった。
 んでもって地面にうずくまっている俺は映画専門の作曲家で、ビヤ樽のような腹をしている中年の糞男。
 んで人生って最高に最高で最高に最高だ。
 んでもって俺は彼女に足をかけて転ばせてから馬乗りになると、その顔面に拳を叩き込んだ。これって愛のあるコミュニケーションだから、ただのDVじゃないね、実際さ。
 んで最高速度に達した思考のせいで、俺の脳細胞が破壊されそうだ。この場合の脳細胞はブレーキの役割を果たしてるってわけ。んでもう胸の中で暴れる魂が、出口を探して口から這い出てきそうだ。
 そんな隙をつくった瞬間に咲の膝が俺の股間に直撃して、俺ちゃん口から泡を吹いて白目を剥いて仰向けに倒れる。咲は俺の両足をつかむと股間に足の裏で衝撃を加えた。んで更なる痛みに俺の意識は遠のいていきそうになって、何とか意識を保って、でも保てなくて、気絶しそうになりながらも俺は咲の拘束から逃れた。
 立ち上がると世界が回転してるかのように、二日酔いみたいにぐわんぐわんに揺れてやがるし、もう最低な気分だぜ。んで咲に頼まれた酒の数々を酒屋で買って、それをバッグに入れて奴の病室に持っていった後で、俺は自宅で作曲する。
 “超キュートな奇形ねこちゃん兵器”と名づけた、フレームの欠けた愛用のピアノを奏でる。欠けた部分が、左右の大きさが違う猫の耳みたいに見えるから、そう名付けたんだ。
 ピアノから生み出さる音を脳に焼きつけるように記憶した後で、まっさらな楽譜に音符を書き込んでいき、作曲なんていう高尚だかそうじゃないんだか分からない行為をする。
 んで作曲すると俺の心臓が激しく鼓動して、最高にテンションが上がる。俺は鍵盤に指を走らせて、いま思いついた曲を何度も何度も演奏して悦に浸る。
 俺より美しくて繊細な曲を作れる者は今の時代にはいない、という確信があるし、俺はバッハよりもはるかに美麗な音色を思いつける、という自負がある。でも本当は、本当は心の奥底でバッハを尊敬、ってか崇めてる。
 けれど俺は自分の才能の限界や果てを今はまったく感じていない。どこまでも行けそうな新幹線なみに思考が最高速度に達している。
 作曲するといつも気分がオルガズムに達するような感覚になって、思わず射精しちまいそうだ。射精といえば、咲の身体は胸がでかく、腰はくびれて、巨大な尻で俺の性欲をそそってくるので、いつも俺は獣みたいなセックスをキメて、一発やった後にはタバコを数本吸いまくる。んで、今はピアノを弾きながらそのセックスの感覚を思い出して勃起している。
 んで次の日、また咲の入院している病室に行ったらもぬけの殻だった。というのは正確ではなく、彼女の私物はあるのに彼女の姿はなかった。
 一階にある喫煙スペースにいるのかと思ってそこに行っても、咲は予想通りいなかった。  
 んで俺の知り合いであるミュージシャンの竜一に電話をかけると今、咲とセックスの最中、との事だ。だから俺は奴の住む高級マンションまで赴いて、鍵のされてない無用心なドアから身体を滑り込ませて、音を殺して寝室まで行った。
 んで俺の目に飛び込んできたのは、竜一の上で激しく腰を振る咲の姿だった。彼女は涎を垂らしながら、ぼんやりと電灯に視線をやって、忙しなく腰を動かしている。床には二、三本のボウモアの空ビンが転がってやがるし、竜一はニヤケ面で咲に卑語を言わせようとしているものの、咲には奴の言葉など届いていないようだった。ただ咲は獣のような脳みそで快感を貪っているだけなのだ。
 こんな馬鹿で快感の奴隷である咲は、立派な映画女優なのだ。今は珍しく仕事が入っていないオフなので、こうして人生を謳歌してるってわけだ。
 ピアニストの端くれである俺は指を大切にしていないので、咲の側頭部に拳を叩きつけて遊んだ。そしたら竜一のチンポコがすっぽ抜けて、咲はふっ飛んで窓に頭から突っ込んだ。血まみれになりながらも咲は雄たけびを上げて俺に飛び掛ってきたから、俺は足をかけて彼女を転ばせて、その艶やかな額を踏みつけた。勃起したままベッドの上で呆けている竜一の頭に俺はイスを叩きつけて、その痛みで意識を鮮明にさせてやった。したら竜一は血を濁流のように垂らしながら、意識を失って真っ白いベッドの上に倒れた。
 咲が俺の左足にしがみついて腹に噛みついて来たので、その頬に張り手をくらわすと、俺はズボンを下着ごと脱いで、そそり立ったチンポコを咲のオマンコに入れた。すぐに快感に支配された咲は、俺の上半身に両足を巻きつけて俺を逃れられないようにした後で、首に噛みついてきた。けれど肉を食らうような勢いではなく、甘噛みする程度だ。
 んでもって俺はそのままチンコをオマンコに出し入れする。早漏の俺はすぐに射精して、脳みその中が真っ白になるような快感に支配されて、また頭にメロディーが降り注いできたので、すぐにスマホの録音ソフトで鼻歌を吹き込む。
 家に帰っていま思いついたメロディーをピアノで弾いて作曲して、最高の気分になって生ビールを飲みまくるつもりだ。
 けれどまだ絶頂に達していない咲が俺の身体を離そうとしないので、彼女を無理やり引き剥がす。んで気絶している竜一の上に乗せてやると、彼女は竜一のチンコをしごいて勃起させて、彼が気絶してるのもお構いなしにセックスをおっ始めた。
 そんな咲など放っておいて、俺は家に帰って作曲をしまくりで脳みそ踊りまくって気持ちいいね、実際さ。んで様々なメロディーが頭に降り注いできたので、早速パソコンを起動させて、コンデンサーマイクというボーカルやアコースティックギターを録音するためのマイクでピアノの音を録音して、最高に気分が高揚して失禁しそうだぜ。
 んで生ビールをジョッキに注いで豪快にあおりまくると、頭の中でヒヨコちゃんがダンスしてやがるし、アルコールが脳にまでたどり着いて、目が回って景色が歪んで、俺は自分が酔っ払ってるって気づいたってわけ。
 んで編集ソフトでノイズを極限までそぎ落として、ややこもり気味だった音を鮮明にさせる。
 いま録ったメロディーが一つの曲でいう中盤の部分なので、残る半分のメロディーを思いついて、最初から最後まで演奏したデータを渡せば今回の依頼は果たせる。んで印税が入りまくりの金が入りまくりで、最高級の生ビールを注文しまくって、最高に酔っ払える。
 今日は仕事終わりの一杯を飲みながら、パソコンから流れる自分で作った曲を聴いて悦に浸りまくる。
 俺は天才で天才の最高に最高な馬鹿ヤロウで、酒の中では生ビールが一番好きだって、可愛いところもある男だ。
 んで咲の奴は俺の才能に嫉妬して、他の男と寝たりピアノにボウモアを叩きつけてストレスを解消しようとしている虚しい女なんだ、って決めつける俺は少し気が狂っているのかもしれない。んで部屋の中を乱反射しているメロディーが俺の耳に入り込んで、脳の皺に染み込んで、俺が酔っ払うまで五秒前ってとこだ。んで次の瓶ビールの蓋を開けてグラスに注いで、その琥珀色の液体越しに部屋の様子を眺める。
 スタジオと化した防音の効いてるこの部屋にある一台のパソコンに、様々な機材が接続されていて、少し歩けば足をつっかえて転んでしまいそうなほど膨大な種類の音響機器がある。そのほとんどが衝動買いした高価なもので、明らかに俺の手にあまる代物ってやつで、いつも使っている物は本当にごく一部だ。
 ふいにドアが開いて咲が現れて、機材を持ち上げて床やパソコンに叩きつけた。彼女がこのような行為に及ぶのは初めてではなく、何度も酔っ払っては俺の機材を壊した経験がある。んでもって俺は彼女にとび蹴りを食らわそうとするが、軽々と避けられて俺ちゃん壁に激突して壁に穴を開けた。痛みで頭ん中で星がぐるぐるぐるぐる回転してやがるし、白目剥いちゃって涎たらしちゃっててマジ無様、んで咲を殺したくなった。
 咲は高価な機材を俺に向けて投げつてくる。それを何とかかわしながら、咲ご自慢の鼻に拳を叩きつけた。鼻血が弧を描いて俺の目に入り込んで、俺は目を開けていられなくなって、ふらついた足取りで踊って、イスに身体を打ちつけて転んだ。服の袖で顔面にこびり付いた血を何とか落とす。咲の奴も床にすっ転んで、したたかに尻を打ちつけたと思ったら、尻の間に機材が挟まって、その痛みによりまた飛び上がった。天井にある電灯に頭をぶつけてしまいそうなほど高く飛び上がって、着地を失敗して足をくじいた。最高に無様なその姿に俺は腹を抱えて爆笑して、床を手で何度も叩いた。マジで腹がイテェ。んで咲の奴は痛みが引いてきた頃に、俺の顔面に蹴りを入れてきた。俺の鼻から血が噴出して今度は俺が無様に床を転がる番だ。
 んで俺は痛みのあるうちにピアノをめちゃくちゃに弾きまくった。指の爪が取れるほど激しく弾いて、最後には鍵盤に頭をぶつけて轟音を奏でた。支離滅裂なそのメロディーが気に入ったのか、咲は両手を広げて部屋中を回った。けど直ぐに機材に足をぶつけて転んで顔面から床に突っ込んだ。
 俺は悠々とした足取りで彼女の元まで行くと、その茶色に染めた頭を踏んだ。怒り狂った彼女が勢いよく立ち上がり、彼女の頭に足を乗っけていた俺はその拍子にすっ転んでしまう。咲は飛び上がると、仰向けに倒れた俺の腹に全体重を乗せて膝蹴りをしてきた。さっきしこたま飲んだ生ビールが胃から逆流してきて、口からあふれ出そうになるが、俺は口を塞いで何とかゲロが出ないようにする。
 このスタジオでゲロをぶちまけてしまえば、なかなか臭いが取れなくなってしまうので俺は必死だった。ゲロと格闘している俺の腹に、咲はもう一度、膝を叩き込んだ。俺の口から盛大に放出されたゲロが咲の顔にかかった。
 咲は俺の頭を抱えて無理やり口付けをすると、ゲロで異様な臭いを放っているのもお構いなしに、舌を入れて俺の舌に自分のものを絡めてきた。愛情と情熱のこもったその口付けに答えるように、俺も彼女の舌を舐めまわした。んで散々くちづけして唾液とゲロを交換しあった後で、俺は咲と一緒にシャワーを浴びた。
 風呂嫌いで暴れる彼女を無理やり風呂場に入れて、服をひん剥いてシャワーを浴びさせる。その間にもジムで鍛えた筋力から繰り出される拳が、俺の腹や顔面に突き刺さる。鏡を見てみたら赤く腫れていたので咲に足をかけて転ばせると、その顔面にションベンを浴びせた。最高に気持ちがいいこの開放感に包まれた俺は、両手を広げて天井に顔を向けた。天井に四角く縁取られたガラス窓からは、強烈な輝きを放つ星々が見えてテンションが上がる。飲まないと殺す、と脅すと咲は口を開けて舌を伸ばして俺のションベンを、その可愛らしいお口で受け止めた。けれど飲み込むのに抵抗のある味なのか、咲は眉間に皺を寄せながら何度も飲み込もうとしているのに、飲み込めないで結局、琥珀色に煌く俺の聖水を吐き出した。
 俺はお仕置として称して彼女の脇腹に何度も何度も蹴りを入れた。すると咲は俺の足首をつかみ、太ももの一部を噛み千切った。あまりにも鋭い痛みに俺の絶叫が風呂場に反響して、俺は不様にタイル張りの床を転げまわった。水と混じりあった鮮やかな色の血液が、川のように流れながら排水溝に吸い込まれていく。
 んで咲もヤバイと思ったのか、救急車を呼んだっぽい。痛みでもがいている俺は担架で運ばれていく。んで凄まじい速度で救急車が街中を進んでいき、まもなく病院に着いて俺は足を四針縫った。俺の身体中には咲に傷つけられた大小の無数の傷がある。今回の怪我によってまた一つ傷が増えた。
 んで病院のベッドの上で真っ白な天井を見上げていると、頭に美しいメロディーが降ってきた。今は録音機器や、スマホも無いので鼻歌を吹き込めないため、俺はそのメロディーを何度も何度も適当な歌詞をつけて歌いまくった。これで何とか家に帰る頃までにこの旋律を記憶しておけるだろう。
 んで翌日には退院できた。家に帰ったら俺の部屋のリビングで咲が、自分が出演しているテレビ番組を、馬鹿でかい音量で観ているところだった。法律を扱う番組で、お笑い芸人が司会者で、咲をしきりに弄って番組を盛り上げている。
「他の女優なんてみんな糞、私が一番すさまじい演技をする」
 って自慢を撒き散らしている咲のせいで番組の空気が悪くなるが、司会者が何とか流れを変えようと様々な冗談を飛ばしている。そのおかげもあって、番組は中断せずに進行しているらしく、咲の隣や後ろの席に座っている芸能人たちも笑い声を上げている。
 んで番組の最後になって咲が、主演の映画の宣伝をして番組は終わる。連続殺人犯を演じている咲の演技は映画界からは好評で、もう何本もの賞を取っているし、咲も主演女優賞をもらっている。
 んで俺の見に行った授賞式のスピーチでは、咲がまたも自分の演技を自画自賛しまくって、他の俳優や記者を閉口させている。自慢だけならいいが、授賞式という場で他の俳優や同じ時期に放映されている映画をけなしまくっているという糞ぶりだ。そんな咲は俺の恋人でマジもんの糞女だ。だから俺が咲の頭にとび蹴りを食らわせると、咲は弧を描きながらテーブルを巻き込んでぶっ倒れた。
「なにすんのよ、このゴミ男がぁっ」
「お前の方がゴミだよ、この糞女が。本当に愛してる」
 これは俺と咲の可愛らしくも過剰なコミュニケーションだから、決してDVじゃないし、何度も殴りつけてるが、咲は俺を訴える気は微塵もないらしい。俺は心置きなく彼女の顔以外に拳や蹴りを叩き込めるから、マジで気分が爽快だ。女を理不尽に殴るってマジで気持ちが良いから、世界中の男にやってほしいね。
 んで額から血を流した咲が台所から包丁を持ってきて俺に突きつけてきた。俺がその一撃をかわすと、次の一撃が頬をかすった。頬が熱くなる感触がしたので、手を触れてみると鮮血が俺の手に付着した。何時までもこいつの相手をしていたら作曲が進まないので、イスを彼女の頭に叩きつけて気絶させると、俺はスタジオと化した部屋にこもった。
 メロディーが洪水のように俺の頭に押し寄せてくる。その勢いに任せるがままに傷だらけのピアノを演奏して、そのデータをマイクを通してパソコンに取り込む。俺の指が鍵盤の上を踊ると、美麗なメロディーがピアノから生み出される。後はオーケストラ用に楽譜を書き下ろすために、音符、音符、連符、休符、反復記号、などを楽譜に書き込んでいく。   
 勢いよく書く込んでいくと、シャーペンの芯が折れて回転しながら何処かに飛んでいった。と思ったらスタジオのドアが開いて、イスを抱えた咲が怒りに満ちた形相でこちらを睨んでくる。
「あんたって本当に最低ね、いつもいつも女に暴力ふるって」
 そんな抗議をしてくる彼女が可愛らしいと思った俺は、彼女の手からイスを取って床に下ろし、腰を抱き寄せて熱いくちづけをした。
 そのまま唾液を彼女の口に流し込むと、お返しに酒臭い唾液を俺の口に流し込んでくれた。
 んで俺は勃起したまま高級車に乗って、映画監督の西村に会いに行った。
 ほぼ完成の見えた俺の曲の数々が、彼の作る映画の雰囲気に合致するか試しに聴いてもらいに行くのだ。
 この寒い季節に窓を全開にして、俺は全裸で街中を蛇行しまくった。風が俺の肌を撫でるのが気持ち良くて奇声を発してしまう。
 今、西村監督が作ってる“灰色のピアニスト”って映画の曲を俺が手がけてるのだ。んで咲が、俺の曲が出来るのを楽しみに待ってるらしい。咲は俺というよりも俺の半端じゃない才能に愛憎入り混じった感情を抱いてるって俺は踏んでる。
 まぁそんな事はどうでも良くて些末でウンコみたいなもんだから、俺はアクセルを深く踏み込んで、凄まじい速度で街中を駆け巡ると、まもなく目的地に到着した。
 服を着て高層ビルの二十階あたりに位置する西村監督の部屋に行って、パソコンにデータを取り込んで曲を聴かせると、気に入らないのか眉間に皺を寄せてアゴに手をやって考え込んだ。
「もっとやりたい放題やってもいいんだぞ」
 今回、撮影した映画の雰囲気に合うように大人しめの曲を作ったのお気に召さなかったらしく、ありがたいありがたい助言をいただく。彼は俺が数年前にロックバンドを組んでいた時のような、荒々しい楽曲を所望していると、俺は気づいちゃったね。もちろんその時、俺はキーボードを担当していた。
「次は凄まじい曲を作ってくるからな」
って捨てゼリフを発して部屋を出ようとすると、彼に腕を掴まれた。そして俺の股間をさすりながら甘い声で囁く。
「今夜、予定が無いなら、良い酒が入ってるから飲んで行かないか?」
「やだね」  
 映画業界でも有名なこのホモ野郎に尻を掘られるのが嫌なので、その皺だらけの手をふり払って俺はこいつの住むマンションを出た。奴は古臭いフランス映画の影響を強く受けた素晴らしい色彩鮮やかな映画を撮るのだが、同性愛ってのが玉に瑕だ。まぁ、人間なんて嫌な部分があったほうが人間らしいけどな、ってどっかの映画かドラマに出てきたセリフが頭に浮かんだ。
 んでもって帰りも全裸で運転して、最高の高揚感が胸に満ちた俺は、鳥肌が立ちまくって目をくるくると回しながら危険な運転キメる。途中で民家の塀に激突して、車がへこむのもお構いなしで最高速度に達してマジで脳の回路がヤバイ。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 運転席、助手席、後部座席の窓を全開にして、俺は叫びながら身体を揺らしてあまりの気持ちよさに失禁する。頭の中で人類全員に全裸で制限速度を越えるのは楽しいぞ、ってメッセージを送るが誰も受信しちゃくれない。
 んで家に帰ってスマホのLINEで咲を呼び出して、車である場所に向かった。
 潮の香りがする浜辺の前で車から降りて、二人とも互いの服を脱がしあって全裸になると海に向かって走り出した。
 咲ははしゃぎながら、俺の方は大声で支離滅裂な言葉を発しながら、海に飛び込んだ。飛沫が舞って、ひんやりとした海の水が肌から染み込んでくる。
 楽しい、楽しい、楽しい、などという感情が胸に満ちて、俺は咲に足をかけて転ばせると、彼女は仕返しに俺の顔面を海水に押し付けて窒息させようとしてくる。息苦しくなって手足をバタつかせる動作が面白かったのか、咲は腹を抱えて笑い転げて海の中に沈んで行った。咲は数秒のあいだ海中で泳いでいたかと思うと、突然俺の目の前に水をかき分けて現れた。そして俺の首を絞めながら口付けをして、その勢いのまま俺は背後に倒れて、二人は海の中に潜りながらもキスをし続けた。海水が鼻から入って息苦しくなっているというのに、咲は俺の顔を両手で抱えて情熱的なくちづけを続ける。俺は鼻から大量の泡を吹き出して、咲の手を引き剥がそうと不様にもがく。あとわずかで窒息して俺の魂が天に召される直前に、咲は俺を解放した。俺ちゃん手足を必死に動かして海面に向かっていくものの、ジムで鍛えたり発声練習をしているため俺よりはるかに肺活量のある咲が、俺の足を掴んで逃げられないようにする。
 んで俺の視界がゆっくり白くなっていき、目の前に天使の幻が見えた、かと思うと俺は気絶した。
 んで目が覚めると、必死に俺に心臓マッサージをしている咲の姿が見えた。月の光を浴びて淡く輝く彼女の姿がさっき見た天使にも見えたって錯覚して少し吐き気がして、心臓への衝撃により、俺は胃の中にある海水を盛大に吐き出した。そのゲロが咲の顔面にもろにかかったのが楽しくて、いま息を吹き返したばかりだというのに、俺は大笑いしてしまった。呆けたような咲の表情が面白くて、俺は腹を抱えて爆笑して笑いすぎてまた窒息しそうになる。
 んでもって身体も拭かずに車に乗り込む。んで海水が座席のシートに染み込む。そんな事はお構いなしに、俺らは最高速度で車をぶっ飛ばす。

 スタジオに到着すると、待ち合わせていたレコーディングエンジニアと映画監督の西村とバイオリニストに挨拶した。早速俺が作曲したものを聴いてもらい、バイオリニストである島崎に楽譜を渡した。んで彼が俺の要望どおりにその曲を弾いてくれると、バイオリンのやかましい音がスタジオの中に響きわたる。やたらと混沌とした構成の高音の曲で、しばらく聴いてると耳が痛くなるが、これは俺の目論見どおりだ。メインのメロディーは俺がピアノで演奏して、バイオリンの音は少し音量を落として、ピアノの演奏を引き立てるための道具にしかしない。
「素晴らしい。やはり君は天才だ」
 ってのがめちゃくちゃなバイオリンの音が気に入ったらしい西村監督の感想。今日、このホモ野郎と相談して、新しく曲を書き下ろそうとしたが止めた。こんなクラシックに興味もない下らない男と相談しても、ろくな曲が出来ないのは目に見えてる。
 彼にとってはピアノの旋律など、どうでもよくて映画の世界観に合っていれば俺じゃない作曲家でもいいのだ。まぁ俺は与えられた仕事だから映画の世界観を損なわないように曲を作るが、監督の奴隷になるのは御免だ。残りの曲はわざと世界観に合わないように作曲してやろうと思う。
 俺としては、このゴミみたいな曲の聴きどころはバイオリンではなくピアノなのに、この洋楽好きの糞野郎はバイオリンが奏でる騒音が好みらしい。んでバイオリンの音をもう少し大きくしてくれないかと頼まれたから即断った。これで仕事がこなくなってもどうでも良いし、俺はいつ死んでもいい刹那的な生き方をしてるし、焼肉は食いたいし、ビールは飲みたいし、十分金は稼いでるし、作曲なんて結局のところ面倒臭いしで苛立っていた。けれど殴ってストレス解消する相手が西村かバイオリニストかエンジニアしかいないから、俺は拳を出すわけにはいかなかった。俺だって警察に逮捕されちゃうのは少しだけ、ほんの少しだけ嫌なのだ。サンドバッグである咲がいればすぐに奴の腹に拳を叩き込んでやるのに、と俺は苛立ちまじりに考えていた。
 んで何テイクかバイオリンの音を録音した後で、今度は俺がピアノを弾く番になった。昨日、西村にもっとやりたい放題やってもいいと言われたので、勢いよく指を鍵盤に叩きつけた。激しくて速くて情熱的なメロディーを弾いたあとで、少し大人めのメロディーを挟み、一転して指が鍵盤の上を跳ね回るように弾く。俺の頭の中ではネズミが鍵盤の上を飛び跳ねている映像が浮かんだ。
「いやぁ良いじゃないか良いじゃないか。こんなに素晴らしい曲を聴くのは初めてだよ」
 西村が俺を褒めちぎって、追加の曲を作曲してもらおうという意図がありありと透けて見えたので、俺は鼻を鳴らした。
「こんな曲ゴミみたいなもんだね。前に依頼を受けた山下監督の方がはるかに耳が肥えてたな」
 って昔の仕事を引き合いに出して、この小太りの男を挑発すると、こいつは虚空を眺めながら口を金魚のように開閉させた後で沈黙した。西村の自尊心ってやつをくすぐって満足した俺は、ビールを飲んでアルコールを脳にキメたくなった。
 んでスタジオに来る前に買っておいて缶ビールを一気に三本空けて、脳にアルコールが辿りついて景色が少し回るようになった頃に、俺は激しくピアノを弾いた。アルコールで良い気分になってると、より感情的な演奏が出来るから、俺は自分が演奏する時には必ず酒を用意している。飲むか飲まないかはその時の気分によるが、大抵はアルコールをキメて演奏する。
 んで後はエンジニアによる音量調節や音質の調整に口だしまくって、相手を嫌な気持ちにさせて、彼の険しい表情をおかずに一杯やって、凄まじく酒臭いままタクシーに乗って家に帰る。
 すると咲が下らないインディーズバンドのギタリストと裸で絡み合っていたので、ギタリストにお馴染の飛び蹴りをくらわすと、咲の頬を引っ叩いた。ギタリストは壁に頭を打ちつけて目を回し、咲は泣き出すという何時もと違う反応をしたから、俺ちゃんそれが演技だと見破ってさらにもう一方の頬に張り手をくらわす。迫真の泣き顔を演じる咲は、さすがいま最前線で活躍する有名な女優だ。
「お前は何時も何時もどうして才能の欠片もない下らない男とばかり寝るんだ?」
 核心を突いた質問をすると、咲は泣きじゃくるという演技をしながら俺を睨みつけてきた。
「分かってる癖に!」
 呪詛みたいな言葉をひねり出している咲の心情は、才能では俺とは凄まじい隔たりがあるって事と、半端じゃない努力をして初めて俺と同じ立場にいられるって事だ。つまり彼女は努力で今までの地位を築き上げてきたが、俺は大した努力もせず遊び呆けているというのに素晴らしい曲の数々を作曲できる。だから俺の才能に嫉妬した咲はわざと俺に見せつけるようなタイミングで、才能の欠片もない下らない男と寝てるってわけだ。
 んで咲に顔面を殴りつけられた俺は、ギタリストと同じくふっ飛んで冷蔵庫にぶつかり、新品の冷蔵庫を凹ました。だが俺の胸には怒りの感情など欠片もなく、咲に対する憐れみの感情だけがあった。
「ここであんたを殺してやるっ」
 凄まじい形相で台所から包丁を持ってきた咲は、以前のように俺に向けてそれを突き出してくる。俺の顔面に切っ先が触れようとした瞬間、俺は何とかその一撃をかわして、俺の大切な恋人である咲ちゃんの腹に膝蹴りを入れた。身体をくの字に曲げて包丁を落とすと、彼女は痛みに膝を突いて、胎児がいるはずの腹を守るように抱える。
 といっても誰の精子で孕んだのか分からないから、俺はそれが可笑しくて、わざとビールを口に含んで笑いを堪えて最終的にビールを吹き出す、という遊びをしてしまう。琥珀色の液体が咲の頭にかかると、彼女は額から垂れ落ちるその液体を指先でぬぐって口に運んだ。
 んで咲が性欲抜きで愛しているのは俺だけだって自覚してるから、こっちは強い態度にも出れるし、思う存分暴力も振るえるのだ。そんな俺は小心者の臆病者の卑怯者のクズのゴミの異常者だから、咲のおマンコにチンポコを突っ込んだ後で、愛液を潤滑油にしてアナルを掘った。最高に気持ちがよくなってテンションが最高潮に達した俺は咲の腸に精液をぶちまけた。んでもちろん咲はもう何度目か分からない中絶手術をした。

 んでもって咲がいびきをかいて寝てる横でビールをあおって一服していると、スマホがけたたましく鳴り響いた。スマホを手に取って画面を見ると、そこには山下監督という名前が表示されている。んでスマホを耳に当てると、監督独特の低く鈍い声が聞こえてきた。
「映画撮るんだが、またBGM担当しないか?」
 って前置きもなく発した第一声がそんな言葉だ。他の作曲家ならば戸惑うだろうが、俺も慣れたもんで即座に返事をした。
「良いよ」
「まだ撮ってないんだが、これから馬野咲を主演女優にして撮るつもりだから、映像が出来上がったらまた連絡する」
 俺のベッドで寝ている馬野咲なる人物を、俺は二度見してしまう。まだ咲には連絡していないのだろう、もし連絡が行っていれば咲は自慢げに喋りまくるような嫌な人物だから、とっくに俺の耳に入っている筈だ。
「何の冗談だ?」
 確かに咲は演技は上手いけど、それは血の滲むような努力の上に成り立っているものだ。咲はいわいる個性派俳優を好む山下監督がカメラに収めるような強烈な輝きを放つ人物ではない。俺は訝しげな表情をこしらえて、怪訝な声でそう質問してしまった。
「冗談じゃない。真面目も真面目で大真面目だ」
 いわくこの前、咲が演じた大量殺人犯が主人公の映画を見て、面白い女優だと思ったらしい。確かに俺もあの映画の中で生き生きと演じている咲を見て、めずらしく彼女を褒めてしまった。調子に乗った咲は自画自賛して、他の俳優をこき下ろして、自分が一番素晴らしい女優だと言い放った。俺が嘲笑すると、彼女は美男子である俺の顔面に華麗な蹴りを放った。といっても美男子というのは大嘘だから、俺は自分の顔面がどれだけ崩壊しよう構わなかった。さっきもセックス中に咲に殴られた頬や胸がひどく痛み、毎回このような仕打ちを受けてセックでの快感を得るんじゃ、割に合わないと考えてた。
 山下監督は直接、俳優を褒めることはないが、本人のいない所では良い俳優は結構、絶賛するから、今もスマホからは咲を褒め千切る言葉が聞こえてくる。その咲本人はというと、大きないびきをかきながら爆睡している。監督が話した内容を彼女が知ったら嬉しさに飛び上がるだろうが、俺は咲にこの通話の内容を伝える気は微塵もない。
んでもって次の瞬間には咲のスマホに着信があって、スマホを耳に当ててる咲の表情が怪訝な顔から喜びに変わっていく。寝起きの電話など誰に対しても不機嫌に対応する咲なのに、この時は話が進んでいくにつれ猫なで声に変わっていく。その様子を見て、山下監督の映画の依頼に関するマネージャーからの電話なのだと分かる。
 電話を終えた咲が部屋の中を踊るように回りながら、テレビや本棚にぶつかりながらも俺に抱き着いてきた。そして俺を抱擁して熱烈なキスをすると、パジャマのままマンションから出て行った。俺が窓から下を覗くと通行人に咲が抱き着いて、これまた熱い口づけをしている。相手は女だけど、もし男相手に同じような事をしていたら咲に飛び蹴りをくらわして、腹に拳を叩き込んでいるだろう。そう思っていたら新たな通行人である浮浪者みたいな男に話しかけて、二人はそのまま路地裏へとしけ込んで行ったので、俺は急いでマンションから出て、咲と男に飛び蹴りを食らわせた。

 んで山下監督の軍事訓練のような映画の撮影が始まり、始まり、開幕、開幕。
「貴様は何でそんな下らねぇ演技しかできねぇんだ。首吊って死んで来い!」
 撮影現場では山下監督が、咲に向かって怒声を上げている。うつむいて肩を震わせている恋人の姿を、ビール片手に鑑賞するのは本当に気持ちがよくて、普段のストレスが吹っ飛んでいきそうだ。
 俺は現場の生々しい空気を感じて、より作品に沿うような音楽を作りたくて現場にいるのを許可してもらったのだ。決して決して、鬼教官のような監督に怒鳴られている咲の姿を見たくてこの場にいるわけではない。あのプライドの高い咲が思う存分、糞みそにけなされているのを見られたのは、思わぬ収穫だった。
 監督に現場に立ち会わせてもらうように頼んだ自分を、心の中で褒めまくった。
「だから何度言ったら分かるんだ、銃の構え方が違う!」
 銃を構えるのが一瞬遅くて、構える角度も少し違う、と怒声を浴びせてくる監督に咲は何も言い返せずにいる。どうやら山下監督は映画の撮影になると、いつもの穏やかな人格はなりを潜めて、鬼のような人物になるらしい。
 咲が言い返さないのも、暴力という手段に出ないのも、監督に従っていれば良い映画が撮れるし、画面の中で自分が強烈に光輝くと確信しているからだろう。
「でも今のところは葛藤がある場面だから……」
 たまに震え声でそんな発言をする咲の肩に、監督は何度も拳を叩き込む。お前の考え方は間違っていると理論的に監督は説明して、咲の弱々しい映画理論を論破する。
「葛藤があるから二秒遅くなるんだろうが、テメェのは一秒早いんだよ!」
 優雅に二本目のビールを空けながら、イスに腰かけて足を組んでいる俺の方を何度か見ながら、また咲はまた演技に戻る。
 今、彼女の胸の中に渦巻いている感情が、羞恥と行き場のない怒りなのだと、俺ちゃんは手に取るように分かる。
 ようやく撮影がひと段落する頃には、夕方近くになっていた。咲が怒鳴られる姿を見たら素晴らしいメロディーの数々が思いついたので、ご機嫌な俺はすぐにスマホに鼻歌を吹き込んだ。
 今回、撮ってる映画は、咲が演じる自衛隊員がキャバ嬢を撃ち殺して、日本中を逃げ回るといった内容の映画だ。
 んでもって丸一日を使って、呑み込みの悪い咲が、元モデルの池田瞳が演じるキャバ嬢を撃つシーンを何とか撮影していた。この後、咲には監督じきじきの演技指導が待っているので、俺が一人で帰ろうとしたところ、声を掛けられた。
「佐々木宗一さんですよね?」
 そうだけど、と言葉を返すと、俺に声を掛けてきた池田瞳が目を輝かせながら飛び上がった、というのは比喩で、目も輝いてないし飛び上がってもいない。けれど彼女の表情のは明らかに喜びの感情があった。
「私、宗一さんのファンなんですっ! 以前に発売した牛の骨のサウンドトラックを聴いてから好きになっちゃって」
 牛の骨とは、俺がかなり前に担当した映画で、確かにその時のBGMは会心の出来だった。
「そうなんだ。じゃあ飲みにでも行って音楽や映画の話でもしない?」
 下心丸出しで即そんな誘いをする俺の内心を見透かしてか、池田瞳は曖昧な笑みを浮かべる。
「えーどうしよっかなぁー」
 曖昧な態度を取る池田に、ここで押せばセックスまで行けると確信した俺は、さりげなくかつ強引に迫る。
「ほら、俺の作曲の苦労話とかしたいし、瞳ちゃんが前に出たショットグラスって映画あったじゃん、あの時の瞳ちゃんの役がハマっててさ」
 俺がゆいいつ知ってる池田瞳の出演映画を言葉にして、適当に褒めると今度こそ池田は表情を輝かせた。俺が撒いた安物の餌に飛びついてきた池田をここで離す手はないから、俺は彼女を強引に飲みに誘った。
 んで、撮影現場から大して離れていない居酒屋で、俺は何杯か大好物のビールを飲んで良い気分になって、自慢げに自分の音楽理論をぶちまけると、池田は嫌そうな顔一つ見せずに俺の話にいちいち頷いている。
「電子ピアノだと強弱が付けにくいし、生々しいグランドピアノの音色を再現できないからさ、俺はいつもグランドピアノをマイクで録音するんだ」
「そうなんだ、すごーいそんなに違いがあるんだ」
 池田は俺を落とそうとしているのか、カルアミルクを少しずつ飲みながら、まるで本物のやり手キャバ嬢のように俺を褒めてくれる。俺ちゃん、そんな大した事のない褒め言葉でも、こんなに美人の口から言われると有頂天になっちまう。
 んで俺も彼女を褒めるのを忘れない。池田は映画に深い知識があるわけじゃない俺の褒め言葉にも大げさに喜んでくれて、マジ良い気分でビールがぐいぐい進む。
 次第に俺らは距離をつめていき、互いに肩を触れさせる。んで俺は彼女の少し震える手を握った。
「ダメですよぅ」
 口では拒みつつも彼女は俺の手を握り返してくるから、俺は密かに勃起して、もうラブホテルでどんな風に行為にふけるか妄想してる。
 と、個室の扉が開いて、咲が鬼のような形相で立っている姿が俺の目に飛び込んできた。
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 奇声を発しながら彼女が繰り出した拳が俺の顔面に叩き込まれる。俺はテーブルに置かれたビールやつまみを巻き込みながらぶっ倒れた。池田の悲鳴が個室に響き渡り、店員が慌てながら咲を止めようとするものの、彼女はそれを振り払って俺の顔面を殴りまくった。んでもって俺は警察は呼ばなくていいから救急車を呼んでくれと店員に頼むと、すぐに連絡してくれた。警察を呼んで咲が逮捕されて彼女が出演する映画が観られなくなってしまうのは俺も嫌だった。
 んで入院してしばらく漫画を読みながらビールを隠れて飲んで、入院生活を満喫していると、池田が雑誌や高級そうな果物を持ってきてくれた。といっても俺は果物が嫌いだからすべて腐らせた後でゴミ箱に捨てるつもりだ。
「宗一さん、大丈夫ですか? 咲さんって酷い人ですね」
 俺と咲が付き合っているのはもうマスコミを通して世間には知られているのに、俺を誘惑したこの女の方が咲より酷いと思う。けど俺は池田とセックスが出来なくなるのが嫌だから、お前の方がよっぽど酷い、などというセリフが口から出かかったのを飲み込んだ。
 とりあえず俺は言葉巧みに一緒にトイレで行為にしけこむように誘導した。トイレの中で池田のおマンコに自分のチンコを出し入れしている最中に、突然ドアが開いて咲があらわれた。
「やぁ咲。気分はどうだ?」
 俺は腰を動かしながら右手を上げて、この状況に陥っても冷静でいられるって意図を表した。
「とりあえず殺すから」
 咲ちゃんの口からそんな物騒な言葉が出た、次の瞬間に彼女の蹴りが俺の脇腹をとらえた。んで池田の口から甲高い悲鳴が上がり、その声を聞いた看護師や他の部屋の患者が、何事かと俺の病室に押し合いへし合いしながら入ってきた。下半身にたれ下がる自慢のチンポコを見られた俺は必死こいてパンツを穿いた。半裸の池田も羞恥に頬を染めながら急いで服を着ようとしていたので、他の患者の視線から池田の姿を全身でさえぎった。この豊満な体つきを他の男に見せるのは惜しい、という独占欲が働いたのだ。
「落ち着け、とりあえず落ち着け、咲。これは厳密には浮気じゃない」
 怒り狂う咲の肩に何とか手をやって、心ではなく身体だけの関係だから決して浮気ではないのだ、と苦し紛れに言い訳すると、咲の拳が俺の鼻に叩き込まれた。俺ご自慢の鷲鼻がへこみそうな衝撃に鼻血が宙を舞った。俺はその場にしゃがみ込んで鼻を押さえて涙目にりながらも、咲に言い訳しようと口を開くと、間抜けに開いた口の中に咲のつま先が突っ込んできた。靴が口に入ってもがいている俺の隙だらけの腹に、さらなる咲の蹴りが突き刺さる。土と犬の糞が混ざり合ったかのような異様な味に、マジで吐き気がしそうだ。俺は咲をなだめるのに失敗しながらも、看護師に警察にだけは通報するのは止めて欲しい、と口にしていた。
 んで入院中だというのに、俺は病院を抜け出して映画の撮影現場に赴いていた。まだ咲に拳と蹴りを叩き込まれた腹や顔などが痛むけど、俺は今回の撮影に興味があったので、撮影現場に自由に立ち会わせて貰うのを監督に許可してもらっていた。今回は咲が演じる自衛官が警察に追い詰められながらも、何とか逃げ切るシーンだ。
「だから、何で逃げてんのにそんな余裕そうな表情なんだよ。必死で逃げてるんだからもっと苦しそうな顔をしろよ!」
 リアリティを出すために息が切れるまでそこら辺を走ってこい、という監督の命令に従って、咲は苦々しい表情で走りだす。だから俺ちゃん咲にちょっかいを出すために、彼女の横に並んで咲を挑発するような言葉をかける。
「監督にいびられてる気分はどうでちゅかー咲ちゃん」
 調子に乗って咲の肩を自分の肩で押すと、彼女は俺の頬を引っ張り、腹に拳を叩き込もうとしてきたが、俺は何とかその一撃をかわした。
「池田瞳の方が遥かに良い演技するんじゃないのぉー?」
 冒頭の場面で撃ち殺されたキャバ嬢を演じる池田を引き合いに出して、更に挑発すると、俺の脇腹に蹴りを放ってきた。その蹴りをかわし切れなかった俺ちゃんは無様に尻餅ついちゃって、慢性的な痔になってる肛門に衝撃が走ってマジで苦しんだ。
「馬野ぉぉぉぉ、遊んでんじゃねぇぞ。テメェ今回の役降ろすぞコラ」
 そんな監督の怒声を浴びて何とも言えない表情になってる咲を見て、俺の肛門の痛みが少し引いた気がした。
 んで散々走らされた咲が、目に涙を浮かべながらその場に寝転んで荒く息をしているところへ、監督が追い打ちをかけるように言った。
「それじゃあすぐに演技に移れ」
 イスの上でふんぞり返っている山下監督を、恨みがまし気に睨みながら咲は何とか立ち上がるとカメラの前に歩いて行った。んで演技を再開すると、俺の目から見ても面白いほど演技に臨場感があり、生々しくなっていた。んで咲の演技にようやく満足したらしい監督が、ほんの少しだけ彼女を労わるような言葉をかけていた。咲も今の演技をカメラのモニターで見て、自分の演技の変化に驚いている様だった。んで周りのスタッフに、自分は素晴らしい女優なのだと自慢げに言って、スタッフを閉口させていた。そんな咲を目撃した監督が彼女の頭を軽く小突くが、咲は少しも怒らないで監督に尊敬のこもった眼差しを向けていた。俺はこの時の咲の気持ちが手に取るように分かって、ほんの少し、ほんの少しだけ焦ってしまった。んでしばらく撮影は続いていき、ようやく最後の場面を撮る日が来た。
「もう無理。私はここで終わりなんだ……」
 彼氏をキャバ嬢に取られそうになって、嫉妬心に支配され、キャバ嬢を待ち伏せて撃ち殺してしまった咲の演じる役が自殺するシーンだ。
 咲が銃口をくわえて引き金を引くと、銃から破裂音が響き渡って、白い煙が出て撮影は終わった。
 監督やスタッフが咲に拍手すると、咲は調子に乗って頭に血のりが付いているのも構わず、色々なポーズをキメる。そして監督がどこからか花束を取り出して彼女に渡した。共演者にも他のスタッフから花束が与えられると、再び拍手が撮影現場に鳴り渡った。
 んで咲にたまには一緒に帰って飲みに行かないか、と誘うと曖昧な返事ではぐらかされたので、怪しいと思い後をつけていった。
「何してるんですかぁ」
 曲がり角の陰に隠れていると、花束を持った池田瞳が話しかけてきた。俺が返事をする前に、前方を歩いている咲の姿を見て池田は言葉をこぼした。
「咲さんと監督って最近怪しいですよね」
 どうやら俺以外にも気づいている者がいたらしい。池田はニヤケ面で咲の顔と俺の顔を見比べたあとで笑った。こんな嫌な性格だと思っていなかったので、俺は内心で池田に対する評価をめちゃくちゃ下げた。そんな池田を無視して咲の尾行を再開すると、池田も俺の背後から付いてきた。手を振ってどこかへ行けという意図を表すと、それを無視して池田は俺の背中に身体をくっつけるほど近づけて歩きだした。どうやら人の色恋沙汰に首をつっ込んで、どういう結果になるのか、映画を鑑賞するように最後まで見届けるつもりらしい。咲を見失いそうだったので、仕方なく池田を無視して尾行を続けた。
 咲は花束をコンビニのゴミ箱に捨てて、周囲を警戒しながら俺と池田が前に行った居酒屋に入っていった。咲の姿が消えると、俺と池田はすぐに走り出して居酒屋に入り、適当な個室を取って咲を探した。聞き覚えのあるガサツな笑い声がどこからか聞こえてきたので、声のする方にいくと咲と山下監督の話し声がした。ふすまを少し開けて池田と一緒に中を覗き込むと、二人は他愛無い会話をしながら酒をあおっていた。ただ酒を飲むだけなのに俺の目を盗んで監督と会っているという事は浮気の可能性が高いけど、今は決定的な証拠がないから指をくわえながら二人を眺めているしかない。たた一つ納得がいかないのは、今まで俺には見せつけるように他の男と寝ていたのに、山下監督と逢引するときだけ隠れて会っていという点が不審すぎる。といっても何故こんなふうに俺に隠れて逢引しているのかは、本心では理解してしまっている。
 咲は俺に惚れているのと同じように、山下監督に惚れてしまっているのだ。といっても監督には妻も子供もいるから、あっちからしたらただの浮気相手で終わってしまうだろう。
 俺は何かを喋ろうとする池田の口をキスで塞いでホテルに行かないか、と直球に誘うと、彼女は俺の身体を押し返した。
「今日は止めときます。セックスするよりも面白い物が見られたんで」
 んで池田は二人の姿をスマホで撮影すると、スキップするようなか軽やかな動きでこの場から去って行った。んで取り残された俺ちゃんはマジで情けなくて無様で憐れで可哀想な子羊ちゃんだ。
 んでもってしこたま酒を飲んだ咲が監督に腕を回して、奴の髭面に口づけをしていた。そんな姿を呆然と眺めている俺を、廊下を通過する他の客や店員が怪訝そうに見てきたので、あやうくぶん殴って八つ当たりしてしまうところだった。
 んでそれから一時間ぐらい棒立ちになっていると、咲と監督が個室から出てきて会計をした。他の男が相手だったら蹴りをお見舞いしているが、俺が思わず隠れてしまったのは、咲が山下監督に完全に惚れてしまったのだ、と直感で理解してしまっているからだ。何も注文していないシラフもシラフの俺は、肩を落として情けなくも二人の後を付いていった。予想どおり二人はホテルに入った、その瞬間、俺の隣からシャッターを切るような軽快な音がした。振り向いたら、池田が心底から楽しそうな表情で、ホテルに入る瞬間の咲と監督の姿をスマホで撮影していた。
 震えた指先でホテルのとある一室の窓を指さして、セックスにでもふけるか、という意図を表すと、池田は俺を無視してスキップしながらこの場から去って行った。
 俺の感情が悲しみから怒りに変わるのに大した時間はかからなかった。俺は怒りに顔を歪ませながらラブホテルに入り、何とか二人を見失わないぎりぎりの距離で付いていき、二人が部屋に入ったところで、ドアに手をかけて俺も室内に侵入した。
「宗一っ! これはその、違うのよ……」
 俺ちゃんの華麗な登場に明らかに目を泳がせながら、どもりながらも咲は言い訳をしようとうする。
「そ、そうだぞ、これはだな。その次の作品にも出演してもらおうと思ってだな、その相談をするためにだな、そのだな」
 監督も身振り手振りを加えて、早口でまくし立てるように言い訳を始めた。その滑稽な姿を見て少し、ほんの少しだけ気が晴れて冷静になれた俺は、咲をベッドに押し倒した。
「おあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 俺は奇声を発して、咲の服を無理やり脱がして、下着も取るとそそり立った自慢のチンポコを咲のオマンコにぶち込んだ。
「ちょっと何すんのよ、激しっ。いやっ!」
 口では嫌がっていても無理やりやられると濡れる咲のおマンコは、俺のを迎え入れる準備が完全に整っていた。というか簡単に言うとつまり咲は濡れていた。
「俺とこいつどっちが良いかセックスで決めてやる! 監督さんよぉ、俺の後で咲とやれ」
「こ、恋人同士でも無理やりやるのは駄目だぞ、佐々木」
 俺の肩をつかんで咲から引きはがそうとしたので、俺は咲にチンコをぶちこんだまま監督を蹴った。監督は足をふらつかせて後ずさりした、かと思うと背中から冷蔵庫の方に倒れて冷蔵庫の角に頭を打ち付けて気絶した。
「あ、いま救急車呼びますね」
 いつの間にか部の中にいた池田が、ぶっ倒れた監督とまぐわっている俺と咲を交互にスマホで撮影しながら、冷静な声で言った。俺と咲は撮影しまくる池田の姿と泡を吹いて倒れている監督の姿に視線を行き来させながら、救急車が来るまで下半身で繋がったまま呆然としていた。
 んで示談という形で山下監督に高額な示談金を払って、逮捕されなかった俺はともかく、池田が出版社に俺と咲と監督がラブホテルの一室にいる姿の写真を売って、映画の前評判はだだ下がり。いくら世界的に有名な山下監督が撮った映画だとしても、不倫をした芸能人に対する世間の目は厳しくて、映画が酷評されるのは目に見えている。池田の知能は赤子並みなのか、自分が出演している映画の評判よりも目先の金を取るという愚かな行動に出やがったのだ。
 といっても皮肉にもあの有名な女優である馬野咲と、国内外でも有名な山下監督が不倫関係にあったという話を聞きつけた客が、どんな映画なのだろうかと好奇心満々で映画を観に行ったために、評判に反して動員数はかなりの数に上った。んでこれまた皮肉にも興行収入がランキング一位にまでなったし、俺は世間には不倫の被害者と思われているために大した損害はなかった。だが咲の方はワイドショーにも頻繁に取り上げられて名前に傷がついて、彼女を使いたがる映画会社や監督はかなり減ったと思われる。
 マスコミのインタビューから逃れるために、咲は俺の家に入りびたり状態で、酒を飲みまくりだ。
 俺は咲を慰めるために、セックスをしたり、高い酒や金を与えたりなど色々な方法を試した。酒を飲んでいる時やセックスをしている最中は咲も多少を気が紛れるらしく、快感に満ちた表情をするものの、行為が終わったり酔いが冷めると虚ろな目でただただ壁を何時間も眺めていた。彼女は俺の忠告も聞かずにネット上での今回の映画に対する酷評を見まくって勝手に落ち込んでいるんだ。
 俺は愛用のピアノである“超キュートな奇形ねこちゃん兵器”で演奏して咲の気分を紛らわそうとする。スタジオのドアとリビングのドアを開け放って、咲の耳にも俺の演奏した音色が届くようにする。最初は咲の気持ちに沿うよな物悲しい旋律で始まり、次第にリズムが早くなって来て、最後は情熱的な激しい曲を演奏すると、咲がうるさいと怒鳴りつけてきた。これで少しは気分が晴れたかと思ったがリビングに戻ると、咲は空中をぼんやりと眺めた恰好のまま、まったく動いていなかった。

 んでもって俺は咲を元気づけるために、サントリーニ島にとまる豪華客船を予約した。 
 サントリーニ島はホモ野郎である西村監督が昔、映画を撮影した場所で、もちろん内容は糞だったが、相変わらず映像だけは美しい映画だった。鮮烈な青を前面に押し出した映画で、主役の女優が病弱だっていう何のひねりもないゴミ映画なのに、ただただその映像美に俺の視線は釘付けになった。
 一度行ってみたいと思っていたし、咲にも実物を見せてやりたいと思っていたので丁度いいタイミングだ。
 咲はこの映画に出演している俳優をすべてこき下し、ゴミだと言い切ったけれど、確かに風景だけは美しいと珍しく素直に認めていたのだ。あの場所に行けばその鮮やかな青い光景に深く感動して、咲の気分も晴れて、彼女がまた人生をやり直す糧にもなるだろう、なんて安易な考えを持ってしまう俺は大馬鹿ヤロウなのかもしれない。
 んで死人のように虚ろな目で空中を眺めている咲の横で、俺は旅行鞄に彼女の下着や服やお気に入りのCDやCDプレイヤーを詰めていく。
 んで咲の垂れ下がった細い腕を引いて家を出た。
 まず成田空港から飛行機でベニスまで行って、ベニスから船に乗り込んでイタリアやギリシャを旅するってわけ。んでベニスって都市がイタリアにあるって初めて知った俺は愚かで馬鹿でゴミでゴキブリだから死んだ方がいいかもしれない。とにかくベニスの景色は、美しいというちんけな感想しか湧かないほど本当に本当に美しいのだ。
 焼いたパンみたいにこげ茶色のレンガ造りの町並みが透き通った湖とよく合っていて、俺はまた目的地であるサントリーニ島も着いてないのに涙が出そうなほど感動してしまったが、やはり涙は出なかった。
 んで俺が手を広げるっていう映画みたいな身振りで爽やかな風を全身で浴びている横で、咲は俯きながらひとり言つぶやいてるっていう根暗ぶりを発揮してやがる。後頭部を小突いてやっても何の反応もしねぇ、っていうやる気のない姿を見せやがるからマジでつまらねぇし、こんな女抱く価値もないと思ってしまった。
 んで夕食にパスタとピザいうイタリアお決まりの夕食を取って、素材の味を活かした海鮮のパスタに舌鼓を打つ、ってのは冗談で、日本の料理の方がぜんぜん美味い気がしたのは俺の舌が腐っていたからだろうか。
 んで美味くも不味くもないイタリア料理を食べ残したあとで、ホテルに爆睡しに行く。ホテルの外観は良いのに、内装はなにか趣味の悪い模様が壁全体に貼られていて落ち着かない。といっても旅行一日目だというのに、久しぶりの旅に疲れちゃってる俺はすぐに眠ってしまう。
 咲はCDプレイヤーでthe smithsのCDを聴きながら模様だらけの壁を眺めている。俺が起きた時も同じ恰好のまま、まったく動いてなかったので、まさか朝までスミスを聴いていた訳じゃないよな、とほんの少しだけ心配になる。
 んでようやく船に乗る時間になったので、俺はマジで豪華客船の巨大な船体に興奮しまくってスマホで写真を撮りまくりだ。
 パンフレットにはプールもあり、ダンスフロアもあり、レストランも幾つかの国の料理を提供していると載っていた。んで実際に乗り込むとその煌びやかな内装にぶったまげてまたテンションが上がって酒をキメたくなる。
 肝心の咲はというと、虚ろな表情な中にも少し興奮の色が混じっていた。
 廊下にはイタリアの芸術家が書いた落書きみたいな絵画があって面白いし、螺旋状の階段も豪華な装飾が施されていて興味深い。
 んで船が出航する前に避難訓練という心底から面倒なイベントがあった。俺らは集合場所に集まって、オレンジ色のライフジャケットという浮輪みたいなもんを身につける。部屋に籠りたがっていた咲に、無理やりライフジャケットを持たせて腕を引っ張っていくのがマジでかったるかったから、ブチ殺してやろうかと三十回ぐらい思った。んで何を喋ってんだか分からない船員からの外国語の説明があって、俺ちゃん頭にクエスチョンマークが浮かびそうな勢いだ。船旅をしている時に何かあったら何も分からない俺と咲は、荒れ狂う海に飲まれて死んじまうんじゃないか、って妄想が頭に浮かぶ。
 んで、とりあえず部屋に戻ると、咲は即CDプレイヤーで音楽鑑賞にしようとしたので、腹を蹴って転ばせると服をひん剝いてやたらと布地の少ないエロい水着を着せて、プールまで腕をつかんで連れて行った。いつもなら追い詰められた獣のように凄まじい抵抗をみせる咲も、今はウサギみたいに大人しいもんだ。
 んでプールではしゃぎまくる俺を、咲はプールサイドで体育座りして冷ややかな目で見ている。俺が咲の気を引こうとしてプールの中でおちゃらけようが、無駄にはしゃぎ回ろうが、彼女は無表情で空をぼんやりと眺めているだけだった。
 んでプールで良い汗をかいた後は、着替えてバーに行ってワイルドターキー八年をしこたま飲んで、脳みそに行き着いたアルコールのおかげでマジで良い気分だ。普段なら生ビールを注文するのに、煌びやかな内装のバーではウイスキーが合うと思った俺は、ターキーちゃんなんてアルコール度数の強烈な酒を注文しちまった。肝心の咲はというと、俺の横で憂いを秘めた目で、整った顔のバーテンダーを見つめながら、カクテルなんていう餓鬼が飲むような気取った酒を、少しずつ少しずつ飲んでやがる。咲がふだん愛飲しているボウモアを注文して、彼女の目の前にグラスを置いても見向きもしやがらねぇ。
 んで俺ちゃんが最終手段に用意していたのはカジノだ。咲をカジノまで引っ張っていて、客に渡されている金の役割を果たすクルーズカードを出して、大量のチップを頂くと咲にほとんど手渡した。これで元気にならなかったら、俺がいくら奮闘しようが咲の気分を晴らすことは出来ないだろう。
 んで手始めにブラックジャックをやらせて、俺の方は船員に声をかけてウイスキーを貰った。ブラックジャックぐらいやった経験があるだろうに、咲はことごとく二十一を超えるブタというカードの組み合わせを引いてしまう。彼女は十八や十九などの強い数字が出ても勝負に出ないで、更にカードを引いてしまうのだ。
 んで酒を飲みほした俺が咲の隣に着き、ゲームに参加して強いカードを引いて勝ちまくる横で咲はブタを出しまくる。彼女が狙ってるのは恐らく二十一ぴったりのブラックジャックだろうと容易に想像ができる。何度も、何度も、強い組み合わせが出てもその組み合わせならディーラーに勝てるのに、咲はなぜか執拗にブラックジャックを狙う。
 そしてとうとうキングの絵札とエースが来てブラックジャックが来たかと思うと、ディーラー側のカードもブラックジャックで引き分けて、賭けたチップがそのまま戻ってきただけだ。咲は明らかに不機嫌になり、席を立って船員に酒を頼みに行った。俺が彼女の後を追って機嫌を直すように言葉を掛けたら膝蹴りをくらって無様に尻餅ついた。助け起こしくれる船員に俺は気取りながらチップを彼のポケットに突っ込んだが、彼は冷静にそれを俺の手に握らせた。
 んで次はバカラで遊びまくりの騒ぎまくり。
 テーブルにはPLAYERとBANKERと引き分けに賭けられる表示がある。どうやらバカラとはPLAYERとBANKERどちらが勝つか予想して賭けるゲームらしい。んでPLAYERとBANKERどちらが九に近いかで勝敗を決めるようだ。
 んで咲は少額のチップを賭ければ良いのに、いきなり百ドルのチップを賭けるっていう強気っぷりだ。んで咲はそのチップをPLAYERの方に賭けるけれど、PLAYERは七、BANKERは八で咲の負けだ。彼女は悔しそうに顔を歪ませながら次はBANKERに賭ける。んでカードの合計値はBANKERが六、PLAYERが九でまた咲の負け。んで咲は歯ぎしりしそうなほど凄まじい形相でBANKERの表示を睨みつけている。
 バカラはカードの合計値が十以上の場合、その数字からマイナス十を引いた数で勝負するって決まってるんだ、ってゲームを見ていて分かった。
 ルールを理解した俺ちゃんの横で咲が再びPLAYERに賭けてる。しかも百ドルチップを重ね賭けしてやがる。んでPLAYERは八が出たってのに何とBANKERの合計値が九でまたまた負け。んで咲を尻目に俺は連続でBANKERに賭けて二回目で大勝利だ。でも小心者の俺は十ドルしか賭けてないから戻ってきたチップも大した額じゃねぇ。でもバカラをやって初めて買った喜びに興奮して咲の肩をゆすった。
「やっば、俺やばくね? マジ凄くねぇ?」
 んで咲の拳が俺の顔面にめり込んで俺はイスからすっ転んだ。やたらと整ったツラをしている船員が冷静に俺の手を取って助け起こしてくれる。んで何事もなかったかのようにバカラは続く。
 んで咲はPLAYERとBANKERに交互に賭けて負け続けて、最終的に引き分けの表示に大量のチップを賭けて、大損してテーブルを叩くと不機嫌そうに去って行った。俺はその後を追って自分がどれだけ勝ったか、どれだけ運に恵まれてるかって自慢したら、足をかけて転ばされたところで脇腹に蹴りを入れられた。
 俺は豪華客船に初めて乗るのが楽しくて、当初の目的である咲を元気づけるっていう目的をすっかり忘れてはしゃいでいたのだ。
 んで負け続けてイラついてる咲は、ルーレットがあるテーブルに勢いよく腰かけた。んでそこらを歩いてる船員に酒を持ってくるよう頼んでるのを見て、今日は飲みすぎだから止めとけ、って忠告すると腹に拳を叩き込まれて強制的に黙らされた。
 咲はディーラーにルーレット専用チップと普通のチップを交換してもらうと、さっそく大勝負に出た。咲の大好きな一、という数字に大量のチップを賭けたのだ。俺は心の中で外れろ、外れろ、外れと願ったが、願わなくても咲の賭けた数字にボールは入らなかっただろう。軽快に回転するボールは一、ではなく二十五に入った。んで咲は歯を食いしばってもう一遍、大勝負に出る。咲の二番目に好きな数字である七にチップを百ドル賭けた。ボールは咲をあざ笑うかのように円盤の上を何回転もして、吸い込まれるように八に入った。
 さり気なく纏まった十二個の数字に賭けていた俺は、勝利して掛け金が増え手元に戻ってきた。喜んでいる俺を見た咲が苛立ちまじりに船員を呼んで、また酒を持ってこさせた。んで咲はウイスキーを一口で豪快にあおって今度は彼女の年齢と同じ数字である二十四に賭けた。んでもちろん大負けの負けの負けで、咲は鬼のような形相で勢いよく立ち上がる。アルコールが脳にまで回ってるのか、ふらついた足取りで何処かへ向かった。
 んで咲が最後に目を付けたのがスロットマシンらしい。けれど見た感じパチンコ屋にあるスロットマシンとは趣向が違ってるみたいで俺の興味を強くそそる。
 んで俺は咲の真横に座って鼻歌を歌いながらご機嫌にスロットを初めた。咲は眉間に皺を寄せるものの、酔っぱらって面倒なのだろう、特に文句は言ってこなかった。このスロットマシンは賭けるラインを決めて、それをボタンで指定した後で、PLAYボタンを押すだけで、日本のスロットマシンのように一々、三つのボタンを押して絵柄を止めていくっていう作業はない。
 咲は船内での金の役割を果たすクルーズカードを挿す部分に、自分のカードを挿した。んでゲームの始まり、始まり、んで資金が底を尽きる可能性のある危険なゲームを最高に楽しもうぜ。
 んで咲がスロットを回しまくりの外しまくり。鈴やチェリー、数字やアルファベットなどの絵柄が揃いそうで揃わない、っていう生殺しにそろそろ彼女の堪忍袋の緒が切れそうだって、様子を見てれば手に取るように分かる。
 ここまであらゆるゲームは彼女の期待をことごとく裏切ってきたんだ。今回も裏切るだろう、って俺ちゃんの予想はもちろん当たるに決まってる。んで絵柄や数字が今までのゲームと同じように彼女の期待を裏切っていく。つまりは全然揃わないってわけ。俺の方もなかなか揃わないけど、俺はカジノで稼ぐのが目的じゃなくて遊ぶのが目的だから揃わないのすら楽しんで大はしゃぎだ。ニヤケ面でご機嫌にスロットを回している俺を落ちぶれた元大女優の咲ちゃんが睨みつけてくる。大人げないねって思って、んで実際に言葉にすると足を蹴られちゃった。でも気分爽快な俺は仕返しなんて子供じみた真似はしないでスロットに夢中。ぜんぜん絵柄は揃わねぇけどマジで楽しいね。んで絵柄がちょっと揃うごとに興奮しちゃって脳から大量のドーパミンが出やがる。
 んで船員に酒を頼んでアルコールをたんまり脳にキメまくって、これが最高の刺激じゃね、って思うほど興奮してスロットを回しまくりで俺の目も回りそうだぜ。
 んで横をチラ見すると咲の奴がアホ面さらしてスロットの画面を見てる。何かと思って俺もこいつがやってるスロットを覗き込むと、絵柄が揃って画面にJACKPOTという文字が表示されてる。その画面のままスロットはうんともすんとも言わねぇ。故障かと思って船員に声をかけると、オーウ、ジャックポット! って言って大げさな身振りで驚いてやがる。つまりこれってば大当たりじゃね、って俺ちゃんピンと来ちゃったね。
「多分これ大当たりだぞ、やったな咲!」
 まだ固まってる咲の脇腹を小突いて正気づかせてやると、ようやく理性が戻ったのか、俺の顔と船員の顔とスロットマシーンの画面を交互に見る。と思ったら一気にテンションが上がってその場で飛び上がりまくるっていうウザい喜び方をしたから、ぶっ飛ばしてやろうかと思ったけど止めた。博打で大当たりしてるやつに当たり散らしたりしても、ただの嫉妬としか思われなくて俺が惨めになっちゃうからだ。もちろん俺の内心など理解できるはずのない咲はおおはしゃぎで船員の頬にキスをしまくってる。んで舌を出して頬を舐めたかと思うと舌を船員の口元まで這わせていった。俺が咲にタックルをかまして、ふっ飛ばさなかったら、危うく咲は船員と濃厚なディープキスをかましていただろう。
「あんた私が大当たりしたから嫉妬してんでしょ?」
 俺を見上げながらニヤケ面でそんな挑発をしてきたから、まだ残っていた酒を咲の頭にぶっかけた。こいつはそんな仕打ちを受けたら、いつもは俺を半殺しにしちゃうのに、この時は微笑みながらスロットの画面を眺めているだけだった。
 心の中では苛立ちまくってた俺だが、頭のすみではこれで咲を元気づけるっていう当初の目的は果たせた、と考えていた。俺は何て優しくて紳士的な良い奴なんだと内心で自画自賛しまくる。
 俺は言葉には出さないが誰よりも自分が天才だと思ってる最高にイカれてるしイカしてる男だ。咲の中途半端な才能なんて目じゃないから、咲に対する苛立ちもすぐに萎んでく。こいつは俺の恋人でありペットみたいなもんだから、何時までも怒ってたらカッコ悪い、つまりはダセェってやつじゃね。山下監督ていどの器じゃこいつを飼い慣らせないんだ。この女には俺がうってつけな様に、俺にもこの自称大女優の自尊心の塊である糞女がうってつけなのかもしれねぇ。だってこいつが相手なら気兼ねなく好き放題できるし、いくら暴力ふるったって警察呼ばねぇんだもん。
「ねぇ、いくら当たったの? 一億? もしかして三億?」
 顔を輝かせながらって馬鹿らしい表現が似合う表情をしている咲に、さっきまで英語を話していた船員が冷静に告げる。
「七百一ドルなんで、約八万円ですね」
 冷徹ともいえるその言葉を耳にした咲は、さっきスロットの画面をアホ面をさらにしながら眺めていたのと同じように船員の整ったお顔を見つめていた。でも船員の顔にはJACKPOTって文字は書かれてねぇし、絵柄や数字も書かれてねぇ。ただただハンサムな顔に極上の微笑みを浮かべて、欧米人がやるように肩をすくめている。
 咲はマヌケに口を開閉させて、八万円、八万円ってセリフを何度もつぶやいてる。
 咲が打ちひしがれている無様な姿を見て、不謹慎にも俺の心の中には彼女に対する同情心よりも、喜びの感情のが勝っていた。後で落ち込んでるこいつと無理やりセックスして、いつもより激しくして、喘ぎ声を響かせてやって、慰めてやるか、って思った俺は誰よりも優しい紳士的な男の中の男だ。
 余りのショックで、呆然としたツラをしながら失禁をしてる咲をつまみに、ウイスキーを一口飲んで悦に浸る。やれやれ、彼女には常にオムツが必要だな、って考えながらゲップをしてさっき船員がやったように肩をすくめるっていう仕草をしてみた。その格好をした俺は誰よりも様になってるイカした男なんだろう。そういやこのウイスキーって何の銘柄だっけっ、て利き酒をしてことごとく銘柄を外した恥ずかしい経験のある俺は、この酒はマッカランだよね、って気取りながら船員の肩に馴れ馴れしく手を乗せて言った。
「それはエヴァン・ウィリアムスですね」
 ってさっき俺が注文した女の船員が通りがかりに教えてくれて、俺ちゃん赤面しちゃう。だってマッカランとエヴァン・ウィリアムスには結構な値段の違いがあるし、味も香りもまったく違うから間違えるなんて恥ずかしすぎる。
 このとき俺の頭には一気アルコールが回って、足が踊るほど酔いが回ってきていた。生ビールで少しずつ酔っぱらうのとは違い、ウイスキーはある一定の量を飲むと一気に酔いが押し寄せてくるんだ。ウイスキーでの酔い方が苦手な俺は、生ビールでも頼んどけば良かったって今さらになって後悔した。
 したたかに酔っぱらった俺は、船員の肩に乗せた手をはねのけられただけで盛大に尻餅を突く。足は踊っているし、目に映る景色はぐるぐる回ってるし、吐き気がこみ上げてきたしで、散々な状態だった。俺と咲はそれぞれ船員に肩を貸してもらいながら、カジノから出た、というよりもこれって追い払われたってやつじゃね? ってか日本語が話せるなら最初から話せ、って文句を口にしようとしてもろれつなが回らなくて言葉になりゃしねぇ。
 んで俺はよく磨かれて光を反射している白い便器に、大量のゲロをぶちまけまくった。このまま吐き続けると便器からはみ出しちゃうんじゃねぇの、って勢いでゲロが出るわ出るわで、吐くってのは最高に気持ちいい行為だね。
 んで胃の中の固形物がなくなる頃になると、俺はかつてないほど晴れやかな気持ちになっていた。
 こんなにアルコール度数の高い酒を飲んだもの久しぶりだし、ここまでへべれけに酔っぱらったのも初めてだ。やっぱウイスキーなんかよりもビールや酎ハイが好きな俺は、ハードボイルドの映画なんて似合わないしょぼい男なのかもしれなって一瞬だけ錯覚しちまって、でも次の瞬間には俺より最高でイカした男は存在しねぇって思い直す。
 だって俺って誰にも真似できない曲を思いついちゃう天才的なピアニストだからだ。咲や山下監督ていどのしょぼい才能なんか俺の足下にも及ばないんだって知ってるし、俺はどんな天才すら凌駕する天才の中の天才なんだって自覚してる。つまり一言で表すのなら鬼才っ言葉がこの俺にはうってつけじゃん。
 なんてトイレで黄色い胃液を吐き出しながら考えることじゃねぇなって思って、これは何処よりも落ち着ける自分の部屋で考えるべきなんだって気づく。
 んで部屋に戻るとベッドに腰かけている咲が何か聞き取れない言葉をつぶやいてるから、俺は彼女の服をひん剥いて下着姿にすると、パンツ履いてるのもお構いなしに勃起したチンポコを突っ込んでやった。俺が獣みたいに激しくチンポコを出し入れしても、咲ちゃんは無反応で喘ぎ声ひとつ漏らさねぇし、まったく濡れねぇから何かつまんなくて俺はすぐに彼女の中で果てた。
 んで大事な大事なチンポちゃんを引き抜いて、愛するチンポコにくっついた精液をティッシュで拭って綺麗にしてやる。けどベッドで大の字になってる咲のオマンコを掃除してやるっていう優しさを発揮したりはしねぇ。甲斐甲斐しく事後の処理をしてやらなくても、彼女をこの客船に連れてきた時点で俺は素晴らしく優しい心の持ち主なんだ。
 んで魂が抜けたみたいに放心状態の咲を置いて部屋を出ると、海を見渡せる場所に行って何処までも続いていそうな海を眺める。
 心地いい波音をBGMにして、誰もいねぇのに気取りながらタバコをくわえて火を点す。口の中一杯に煙を吸い込み、舌を蠢かしてそれを十分に味わうと、おちょぼ口にして煙を吐き出す。大量の煙のせいで俺の視界がかすんで、少しだけ現実感が無くなる。でも異国の海にいるってんだから、ちょっとくらい現実感が無くなったってぜんぜん不思議じゃねぇ。
 ただデッキから空を見上げると、星々が煌く夜空が視界を満たしてる。んで潮風を全身で感じると、先ほどまでの強烈な酔いは覚めていき、次第に頭が冷静になっていく。
 咲と一緒にこの景色を見るのも悪くはねぇのに、虚無感に支配されたあの女は部屋で呆けてるだけなんだ。無理やりここに連れてきても、この素晴らしい夜空を見上げるのすら今の彼女にはおっくうなのだろう。
 俺は一人でこの景色とゆったりとした波の音を楽しみながら、またタバコを一口吸い込んだ。んで煙を吐き出すと、白い煙は渦を巻きながら空へと消えてった。
 んで俺は何故だかほんのちょっと、ほんのちょっとだけセンチメンタルな気分になっちゃって、涙が出そうになっちゃった。けどそんな気持ちはすぐに吹き飛んでいく。んで俺はただ強烈な刺激を味わいながら生きていたいんだって強く思った。
 今の咲みたいにどん底に突き落とされたとしても、わずかな楽しみを探しながら生きていくんじゃないのか、って考えてる俺はやっぱ苦労知らずの楽天的な人間だ。俺とは違い、咲はデビュー前もデビューした後も頂点に上りつめた後でさえ苦労しっぱなしだって、ずっと横で見ていた俺には良く分かる。
 もっと優しくしてやるか、って何度目かの決心をしながらタバコを海に放り投げると俺はデッキから去る。もちろんポケットに手を入れて気取りながら歩いて行った。
 んでしばらく豪華客船での生活を満喫していると、あっという間に目的地であるサントリーニ島に着いた。港でサントリーニ島をガイドする案内人の前に人が集まってる後ろで、俺は息を殺しながら、咲と手を繋いでその場から逃走かました。俺が全力疾走しようとしても、咲はまったく走る気配がないので、尻餅を突いてる彼女を引きずっていくような形になった。俺の目的の場所は西村監督の映画でしか見た覚えのない青く澄んだ海だ。白を基調とした町並みを眺めながら俺と咲は下り坂を歩いていった。咲を引きずるのに疲れた俺は、彼女を背負って亀のような歩みで坂を下っていく。いつもはタクシーを使って移動してる俺だから、この程度歩いただけでも息切れしちゃってちょっと辛い。引き返そうかと思った瞬間に、あの感動するほど美しい海の一部が視界に飛び込んできた。俺は咲をお姫さま抱っこすると、奇声を上げながら全速力で浜辺へと走っていく。ようやく目的地である海に着いた俺は、砂浜に転がって肩で息をしていた。咲はあぐらをかきながら首を垂れて海ではなく砂を眺めていた。さすがに瞬時に怒りが沸点に達しちゃった俺は、彼女の髪をつかんで顔を海の方に向けた。
「ほらっ、すげぇだろ、昔一緒に観た映画に出てきた景色だぞ!」
 咲の目を見ていると、最初は焦点が合ってないような虚ろな瞳だったのが徐々にその目に光が宿っていくような気がした。んで大きなお目々を見開いて、彼女はしぼり出すように言葉を発した。
「うん、すごく綺麗……」
 彼女は自分の膝を抱いて、微笑みながら濃い青色の海を眺めていた。
 咲と出会ってからそんな穏やかな表情を見た記憶がない俺は、その顔を見て驚いちまった。でもその表情は俺ではなく目の前に広がる海に向けられたものだ。これから先、いつまで彼女と付き合っていても、そんなあどけない表情を俺には向けてくれないだろうって瞬時に悟って、俺はかつてないほど胸が苦しくなった。彼女に対する恋愛感情よりも友情の念の方がはるかに上回ってんだ、って今さらになって気付いて、俺は何だか胸に空洞が開いて、そこに風が吹き込んだみたいな虚しい気持ちになった。俺は恋愛感情なんかより、友情の気持ちの方がずっと純粋な感情だと確信してるんだ。
 俺らは心地いい波の音を聞きながら、余りにも美しい海を眺めつづけていた。
 
 んで長旅は終わって、俺と咲は退屈なんだか刺激的なんだかよく分からねぇ日常の中に戻っていた。咲は旅行前よりも明らかに元気になっていて、女優業を再開する気満々だった。どんな仕事でもいいから早く演技がしたい、って彼女は電話でマネージャーに話していた。咲を元気づけるって俺の役目が終わった俺は、ひとつ安堵すると、ビールを飲みながら彼女の話し声を聞いていた。
 俺と咲の関係が変わってきたのもこの頃からだ。俺は咲を挑発しなくなったし、咲は俺に恩を感じてんのか、自慢話もあまりしなくなった。この時から咲との二人暮らしが何だか窮屈になっていって、家ん中で顔を突き合わせる度に互いに気を遣うようになった。俺は恋愛感情よりも友情を大切にする良い男なんだ。今や咲は俺の恋人ではなく友達に格上げになった。
 咲はマネージャーが苦労して取ってきた仕事にのめり込んでいたし、俺は元々仕事が忙しいしですれ違うようになっていく。
「私がソープで働いてるから嫌いになったんでしょう?」
 風俗嬢という役を貰ったらしい咲が、演技の練習をする声が彼女の部屋から響いてくる。何で彼女が演じる役を知ってるのかっていうと、リビングのテーブルにあった台本を何気なく読んだからだ。彼女がしゃべるセリフの部分には赤いペンで線が引かれていたから、どんな役なのかすぐに分かった。俺ちゃんビールを優雅に飲みながら、足を組っていう気取った態勢で台本を最後まで読んだのだ。
 汚れ役を自ら演じる彼女は、前と違ってくだらねぇプライドなんて丸めて捨てたんだって分かって、俺は彼女に対して初めて尊敬の念を抱いた。だが尊敬の念で好きになった女と付き合うと、ことごとく関係が破綻すると知っていた俺は、彼女が俺から離れていくんじゃねぇのか、っていう嫌な予感がしていた。
 どちらにせよ俺はプライドを捨てられる人間を素晴らしい存在だって思ってるんだ。世の中の大多数の人間は下らねぇプライドで凝り固まって生きてるんだ、って今までの人生で嫌でも理解してる俺は、プライドを捨てられるような人間には可愛らしい小動物に対するような愛情を感じちまう。そんな相手を抱いたりしたくねぇから、俺たちは段々セックスレスになっていった。
「あんたをここで殺して私も死んでやるっ!」
 もう一本ビールを空けた頃には、彼女の演技は激しさを増していた。俺は練習をするごとに少しずつ、でも確実に演技力が上がっていく咲に心の中で拍手を送った。
「なぁ咲、お前の努力は俺がちゃんと知ってるよ」
 誰もいないリビングで思わず俺はひとり言を漏らしてしまった。
 んでもって珍しく咲の演技に付き合って、俺も台本を読んでセリフを喋る。俺はふざけたりしないで、真剣に演じてみた。つっても演じるなんて素人の俺にはおこがましい言葉だ。
「お前は何でいつもいつも自分の事しか考えてねぇんだ」
 大げさな身振り手振りで下手糞な演技をする俺を、ちゃかしたり馬鹿にしたりしないで、咲は真剣に自分のセリフを口にする。
「自分の事しか考えてないのはあんたの方でしょ。私あんたが浮気してるの知ってるんだからね」
 日々の努力により鍛え上げられた咲の演技は鬼気迫るものがあった。ちなみに今回、咲がヒロインを演じるこの台本は糞つまらなかった。表紙に書いてある脚本家の名前は聞いた事のない名前だったから、駆け出しの脚本家なのかもしれない。それにしても話の筋がつまらなくてつまらなくて、セリフの内容も吐き気がしそうなものだった。これなら俺でも書けるんじゃねぇのって思うけど、俺だったらこんなちんけな内容の話は思いついても恥ずかしくて書かないだろう。けど余りにも咲が真剣に演技をするので、俺は内心でうんざりしながらも彼女の練習に付き合った。
やがて演技の練習が終わる頃になると、俺の演技はちっとも上達しねぇのに、咲の演技はほぼ完璧にまでなっていた。
「咲の演技力はすげぇな、俺、一緒に演じてみてお前の演技に飲み込まれそうになっちまったよ」
 って素直に人を褒められる俺ちゃんが咲を絶賛すると、彼女はいつもの自画自賛はしないで、照れ臭そうな表情をするだけだった。咲は俺に遠慮してるけど、心の中じゃそんなの当たり前じゃん、って言いたくて仕方ねぇんだってその顔を見てれば分かる。そんな彼女を見た俺は吹き出しそうになって、何とかそれを抑えた。
 んで月日は経過して俺たちは互いに遠慮がちな生活を送っていた。咲の演じる映画が上映する頃になると、俺は試写会に呼ばれて映画をただ見出来るっていうわけだ。
 んでまだ暗くなってない館内でスクリーンの前に、今回出演する俳優や監督が集まる。
 報道陣がカメラで彼らを撮影しまくって、カメラの光を浴びてる監督たちはまぶしさに目を細めている。監督の顔は初めて見るツラなのに、出演する俳優は咲を含めて有名な奴ばかりなので、あんなつまらねぇ台本の映画にこんだけ金がかかってるんだって驚いちまった。だってあの台本ってSF的な展開もあるから、CGを作る費用もかなりかかってる筈なんだ。けどあんな話の筋じゃ退屈すぎて、最初は話題になっても映画を観た奴らの酷評がすごそうだ。つまりはそれってコケるって奴じゃんって、俺はポップコーンを食べながら考えていた。やっぱ塩味よりキャラメル味のが美味いよな、って早くも映画を観るのがどうでも良くなった俺は、ポップコーンの味に思考がぶっ飛んでいた。
 んで舞台挨拶が咲の番になって、彼女は胸を反らしながら自慢げに何時もの自画自賛をぶちまける。
「この映画は私がいるから成り立ってるようなもん。この役は私以外の誰にもまともに演じられない」
 んで周りの俳優たちや監督は閉口っていう表現がぴったりな表情をして、客席にも重苦しい沈黙が流れた。俺がポップコーンを食べる音だけが館内に響いてた。
 んで他の俳優陣も何の印象に残らない挨拶をしていって、最後に監督の番になる。
「この映画は暗い内容なんですが、そう感じさせないくらいコミカルに撮ったつもりです。つまり原作の小説に忠実な内容といえると思います」
 ここで俺は頭に雷が落ちてくるくらい衝撃を受けちまった。だってあんなつまらねぇ台本に原作の小説があるんだってのは、マジで驚きもんだからだ。原作もあの台本と同じくらいつまらんぇんだろうか、それとも面白いんだろうか、いや監督が原作に忠実に撮ったっていうくらいなんだから心底からつまらねぇ小説なんだろうな。
 俺は逆に小説に興味がわいちまって、帰りに本屋で買ってくかって密かに思った。
 でも映画の方はマジで退屈だから、俺は開始三分くらいで眠っちまった。俺は寝るとき凄まじいイビキをかく人間だから、そりゃもう周りの迷惑になっていただろう。
 んで目が覚めるとスクリーンには何も映し出されてなくて、館内も俺以外の人間がいなかった。たっぷり二時間も寝ちゃった俺は、一つ伸びをするとポップコーンを口に放り込んで、ぬるくなったビールで喉に流し込んだ。

 んである日、音楽スタジオから帰ってくると、咲が忙しそうに段ボールに物を詰めている姿が目に飛び込んできた。咲ちゃん何してんのって尋ねると、冷静な声で一言、言い放った。
「私引っ越すから、今までありがとう」
 俺は咲が演じた映画に原作小説があるって分かったとき以上の衝撃を受けた、って訳じゃねぇ。実際には頭の中は冷静に彼女の言った言葉を理解していた。
 んで俺に返せるセリフは情けなくも一つだけだった。
「俺が嫌になったのか?」
「違うから。この前の映画で纏まったお金が出来たから。それに元々ひとり暮らししたいって思ってたし」
 事務的な口調でとても淡々とした物言いだが、その内容は俺を気遣って言葉を選んでるようだった。咲との関係性が変わってから、この家は彼女にとって居心地のいい場所じゃなくて、心底から気を遣ってしまう場所に変わってちまったんだって、俺は薄々気づいてたから、何も言葉を返せなかった。駄々をこねて彼女を引き止めるべきかって一瞬思ったけど、そんな不様な姿をさらすのは余りプライドの無い俺ちゃんでも嫌だった。
 ただ俺は彼女が荷造りしていく様子をぼんやりと眺めていた。

 彼女がいなくなった最初の頃はけっこう余裕で日々を楽しんでいた。けど俺は少しずつ、ほんの少しずつ胸に穴が開いたみぇな虚しさに支配されて酒に溺れた。これじゃ昔の咲みたいだって感じて、酒を止めようとしても全然止められねぇ。俺ってアル中じゃね? って自覚するほど酒を飲みまくった。生ビールと咲が好んで飲んでた潮の香りがするボウモアって酒を特に好んで飲んだ。あれから咲とは連絡を取ってない。ってのは電話やLINEなんかしても、絶対に彼女に気を遣わせちまうってのが目に見えてるからだ。
 んでそんな廃れた生活とは対照的に、音楽活動の方は波に乗っていた。素晴らしいメロディーの数々が俺の頭の中に降り注いでくる。思いついたメロディーをピアノを通して生み出し、パソコンに膨大な量の旋律を録音する。俺が今まで思いついたどのメロディーより、凄まじく美しくて儚いような曲調のメロディーが脳からあふれ出まくって、作曲してる時はもう堪らない気分で酒をキメられた。つまりは咲の事なんか忘れちまうほど、作曲してるときはその行為に没頭できたのだ。
 けど作曲してない時はあまりにも退屈だった。昔のように咲と接することが出来たら退屈とは無縁な生活を送れるのに、って考えてほんのちょっぴりセンチメンタルな気分になっちゃう。一人寂しくビールを飲みながら、咲が昔出演した映画のDVDを借りてそれを夜が明けるまで見続けていた。一つ映画に出演するごとに確実に演技力が上達していく彼女の姿が画面から見て取れる。
 俺ちゃん女にはモテまくるけど、男の友人が一人もいないから、心を許せる相手がいねぇんだ。咲とは恋人というよりも友達みてぇな付き合い方をしてたから、他のセフレなんかよりもずっとずっと彼女を大切にしてたんだな、って今さらになって気付く。行動では彼女を悪戯に痛めつけていながら、心の中では彼女に友情を感じていたんだ。他の下らねぇ女よりかは遥かに付き合っていて退屈せずに済んだ。もうこの先、彼女よりも付き合っていて楽しめるような人物には出会えないだろう。それって退屈で、ゴミみてぇで、最悪な人生じゃね。
 んで俺がいつも仕事で世話になってる音楽プロデューサーに、このまえ浮かんだ曲が完成したからデモ音源が入ったUSBメモリを渡した。
「素晴らしい出来じゃないか。これ販売しないか?」
 どうやら俺が生み落とした数々の曲がお気に召したらしく、即返事が返ってきた。んでその日から音楽スタジオにこもってピアノをかき鳴らしまくりの録音しまくりで、いくら飲んでも酒が足りねぇ足りねぇ。んで脳にアルコールが行き着いて、泥酔寸前の状態で鍵盤に指を走らせる。やっぱ酔ってた方が曲に感情を乗せやすいが、つまらねぇミスも増えちゃって、俺は曲を何テイクも録り直すはめになった。俺が酔っぱらって演奏するのはいつもの事だって理解してくれてるエンジニアは、俺が間違えずに曲を演奏するまで、なんの文句も言わずに付き合ってくれた。
 んでゲロ吐くまで飲んで、もう演奏できないくらい泥酔すると、そこでレコーディングは終了して次の日に持ち越しになる。
 一旦、家に帰ってたっぷり十二時間の睡眠を取ると、目を覚ました俺ちゃんは冷蔵庫から冷えたビールを取り出して、喉を鳴らしながら一気飲みした。やっぱ目覚めた直後に飲むビールはマジで美味い。そんな爽快な気分だった俺は次の瞬間テーブルの上にあるウイスキーが目に留まり、咲の存在を思い出した。あれから彼女からの連絡は一切ねぇから、俺を思い出す暇もないほど仕事に没頭してるのかもしれない。彼女が置いてった空のボウモアの瓶を眺めながら俺は一つため息をついた。あれはまだ捨てねぇ、ってのは咲が確かに俺に家にいた証ってのをまだ残しておきたかったからだ。俺ちゃんってば、なんて繊細で傷つきやすい健気な男なんだろうって、生ビールをまた一口飲みながら、気兼ねなく愚痴を言える友人のいない俺は、ひとり憂鬱な気分になっちゃってる。
んでもって俺が作曲したピアノソロのCDは飛ぶように売れて、印税が入りまくりで酒をキメながらタバコも吸い放題ってのは最初からだし、元々俺は金に困っちゃいねぇ。咲と暮らしてた時はかなり生活費がかかってたけど、一人暮らしでいると大した金はかからねぇ。俺は咲みたいに浪費家ではないし、派手な生活を好む愚かな人間でもない。ただ彼女がいなくなってから酒とタバコの量はけっこう増えて、趣向品にまぁまぁ金がかかる。といっても俺が稼いでる額からするとこの程度の消費は大した額じゃねぇ。
 んでCDを制作した俺の次の仕事はコンサートだ。今回はピアノソロのCDを発売したけど、俺一人の演奏だけじゃつまらねぇのか、プロデューサーの指示でオーケストラを呼んで一緒に演奏することいなった。
 んで他の演奏者とは違ってただっ広い楽屋が俺一人にあてがわれた。俺が今日のコンサートの開始時間が目前に迫ってる俺は、より感情的な演奏をするために生ビールを飲んでいた。やっぱコンサートの前にはアルコールを脳にキメねぇと始まらねぇ。俺は大好きな大好きなビールを豪快に飲みまくった。
 んでみんなそれぞれコンサートの舞台に楽器とイスが設置され、チューニングを始める。超キュートな奇形ねこちゃん兵器と名づけた俺のピアノはちょっとばかしチューニングが狂ってるけど、それが逆に良い味を出してる。何ていうか根本的に面倒クセェから調律はしてねぇ。
 んで客席を眺めるとチケットは完売だから席がすべて埋まってる。俺は良い気分でイスに腰かけてピアノに指先を触れさせてた。もちろん音は出さねぇ、ただの俺と愛するピアノちゃんとのコミュニケーションだ。咲にもチケットを贈ったが、彼女は観に来てんのか、って期待して客の顔をひとりひとり見てくが、すぐに面倒になって止めた。来てても来てなくてもどっちでも良いって、もう俺は彼女にたいして半ば投げやりな気持ちになっていた。
 んで最後に指揮者がやってきて、俺以外の奴が立ち上がって客席に向かって礼をする。そんな下らねぇ儀式に興味のねぇ俺は、頭を掻きながらあくびをした。んで客どもの拍手が響き渡ると、俺は一人ほくそ笑んだ。
 指揮者がタクトをかかげると、他の奏者たちは顔を引き締めて各々の楽器に触れる。次の瞬間、指揮者がタクトを振って演奏が始まる。
 メインの奏者は俺だから、他の奴らは俺の演奏を引き立てるための道具にすぎねぇ。
 俺は勢いよく鍵盤に指を叩きつけて、流れるようにピアノを弾いた。最初は大人しい曲調だが、途中でそれが一転して俺は激しくピアノを弾いた。
 いい具合に酔いが回ってきてるから、よりピアノに密接に感情を乗せられる。
 んでヴァイオリンやトランペットの演奏が入り、俺の曲はさらに激しく情熱的になる。俺は身体をのけ反らして鍵盤も見ないで演奏する。ピアノの上で猫とネズミが追っかけっこしてる映像が俺の頭の中に浮かんでるんだ。指先が鍵盤を跳ねて、跳ねて、跳ね回る。   
 俺は曲と自分が同化しちまいそうな感覚に白目を剥いた。んで涎も出そうになるし、失禁もしそうになるから、やはりピアノを演奏してる時は何物にも代えがたい快感が得られる。
 んでフルートの音が入り、一旦暗い曲調になる。でも次の瞬間には俺のピアノから繊細で美しく儚いメロディーが奏でられる。
 んで優しげな曲が終わった瞬間に、凄まじい速さで鍵盤に指を走らせる。今度は攻撃的でテンポの速い曲だ。他の奏者が追いつけなくなるほど指先が加速して加速して加速しまくる。ちょっと演奏をミスっても気にしないで、俺はピアノを弾きまくる。他の奏者が俺に付いてこれねぇのもお構いなしに、俺はこの超キュートな奇形ねこちゃん兵器と遊びまくる。     
 他の楽器の音なんて気にしねぇ気にしねぇ気にならねぇ!
 俺はこのピアノと一緒にどこまでも加速して行きてぇんだ。
 咲はこの演奏を聴いてるだろうか、そうじゃなくても俺は今を最高に楽しんでる最高にイカれた男だ。
 この曲を頭のイカれた最高の友人である咲に捧げる。

超キュートな奇形ねこちゃん兵器

執筆の狙い

作者 森嶋
om126253176088.31.openmobile.ne.jp

スランプ中で上手く文章が書けないので、昔に投稿したものを再掲しました。金魚屋新人賞最終選考まで行きましたが、そのまま再掲したわけではなく読点を増やして息継ぎできる個所をかなり増やしました。この鍛練場で感想を下さった人たちのおかげで少しずつマシな作品が書けるようになっている気がします。新作も書いていますが、いまいち自分の納得できる文章が書けなくて悩んでます。

コメント

neo
203.78.230.253

neoです。 読みました。
(尊敬の眼差し)
長いのが書けることが羨ましいです。

上松煌
111.85.0.110.ap.yournet.ne.jp

森嶋さん、こんばんは

 拝見しました。
猫様好きのおれは「超キュートな奇形ねこちゃん兵器」という魅惑的な題名に引かれて読んだわけですが、そうですね、この手法・テーマはあなたの中ですでに固定化している。
あなたが書いていていち番気持ちよく、心踊り、満足の行く題材であるわけで、しばらくこれに固執してみるのもいいでしょう。
読者に伝わり、読者が気持ちイイか、そして読んで良かったと思えるのか? といった基本はひとまず置いておいて、筆の向くままに書いてみるのもひとつの方法かと思います。


 おれも初期のものと現在の作品では、文体も目指すところも随分違って来ているので、それを成長と捕らえるか、退歩と認識するかは人それぞれですから、あなたにもそうした変化がいづれやって来る気がします。
それが楽しみでもあるわけですから、あなたはあなた自身に導かれることに吝(やぶさ)かであってはいけないということです。
書き続ける事ですね。
 
 あなたの良い特徴は、軽快でユーモラスな表現が、陰惨で暴力的で狂気的グロな内容を上手く非現実化して、あまり反社会性を感じさせないところにあります。
ある意味、女性でも読めてしまうかも?
マァ、それでも万人受けするものではないことを念頭に精進してみればいいと思いますよ。

森嶋
om126253184048.31.openmobile.ne.jp

neoさん

長いのを書けたのはなるべくたくさん読書をしてるからかもしれません。
この作品、小さな出版社に持ち込んだところ、出版しないかと言われたんですが、100パージ加筆してくれと注文されて諦めました。100ページも加筆できないです(汗)

森嶋
om126253184048.31.openmobile.ne.jp

上松煌さん

こんばんは。
さっそく感想を頂けてとても嬉しいです。ですがこのような長い文章を読ませてしまい申し訳ない気持もあります。

題名については、毎回、印象的なタイトルになるように努力しています。でもタイトルじゃなくて中身で努力しなくちゃダメですよね。

エンタメを書くと、どうしても『んでもって』の多用や狂気じみた内容の作品になってしまいます。つまり上松さんのご指摘どおり手法が固定化していますね。拙作を書くときは書いていて気持ちよかったですね。
 
当面は自分が書いていて満足できるような作品を書きたいですが、このままでは読み手を置いてきぼりにしていると自覚しています(汗)そこが悩みどころなのですが……。大衆受けするような作品は現状では書けないんですが、この方向性で受賞を目指したいです。

変化に関しては、今書いている作品も狂気にユーモアをおり交ぜたようなものを書いてます。成長していないと言われればそれまでなのですが、自分が書いていて楽しめる事と、読み手が楽しめる事の境界線を見定めてぎりぎりのところで文章化するべきではないか、とも思ってます。
 
反社会性のある作品は読み手にあまり受け入れられないですよね。ユーモアで包めばいいのかな、と安易に考えてしまってます。
万人受けじゃなくてもいいから受賞したいです。ですがもし仮に書籍化が実現したとしても、売れないのではないか、と自分でも危惧してます。一作目が売れなかったら、次のオファーは来ないし、一発屋で終わってしまうと思うので……。

この作品は僕の中では何とか大衆受けするように書いてみたのですが、まだまだ一般向けの作品を書くにはかたよった読書をしているよです。もっと世間で売れてるような色々な小説を読んで勉強してみます。

ありがとうございました!

ボボう・げよ
bb220-255-183-173.singnet.com.sg

 読み進めるうちに立ちあらわれてくる、なにかが軋む感じ。借り物感(文面からにじみ出る自立しきれていない思考)と古めかしさ(ワパニーズが増殖し続ける昨今にあってこのアメリカ礼賛的な投げやりさ)か。とはいえ眼も当てられぬ美辞麗句との落差あるドタバタ劇の思い切りのよさ。ユニークなピアノの造形には、森島さんの愛がこもってる。
 物語を流れる時間に関して、映画的なものを追いすぎているように見受けられる。これをいってよければ、作者がそれを信じ切っている節さえ、読者には感じられる。結果作品への信頼まで読者から奪ってしまうのはもったいない。ほんとうにそれだけでいいのか、書き手は絶えず迷う必要がありはしないか。読者の時間をまったく完全にゆがめることは、資本主義社会への抵抗のひとつであるとぼくは考える。スカートを何枚か重ね着したり、ポケットのなかで石ころを幾つかころがしてみたり、なんでもない数を六十で割ってみたりするような、ありがちな(酒と女とカジノと暴力と)展開を裏切るものが見たい。
 作曲についてはそれっぽさは必要はないけれど、書き手はもっとじっさい的な部分まで知っておかなければならないとおもうが、どうか。打ち込みを嫌うメロディー先行型の作曲家なのに、ぱっとあたまに思い浮かぶのがバッハとか、素人の目にもちぐはぐしてます。

ボボう・げよ
bb220-255-183-173.singnet.com.sg

森嶋さんすみません、お名前を間違えてしまいました。

ボボう・げよ
bb220-255-183-173.singnet.com.sg

 訂正させてください。
 愛と簡単に書きましたが、ちょっとちがいますね(汗)。ぼくの印象を森嶋さんの細胞からしぼりとったようなモノと、言い換えてもいいでしょうか。
 また、以下の迷えなどの一方的な忠告はそれこそ前時代的で、ぜんぶ無いものとお考えください。
 がんばってください。

森嶋
om126253165200.31.openmobile.ne.jp

ボボう・げよさん

愛がこもっているとおっしゃられると何だか照れてしまいます。
借り物感は、たぶん僕が舞城王太郎と大間九朗とバロウズの影響を強く受けてるから、ボボう・げよさんには既視感があったあのだと思います。文面からにじみ出る自立し切れてなさは、僕がニートだからです。ちなみに趣味は美少女ゲームです、とどうでも良い事を書いてみます(笑)
古めかしさに関しては、最近の文学もロクに読まずに、古臭い外国文学ばかり読んでるから、古めかしく感じられたのだと思います。

映画女優が出てくるから映画的なものを書きたかったんですが、映像的すぎて小説ならではの楽しさが欠けてるのかもしれません。
迷いについては、拙作はプロットも立てずに頭の中に浮かんだ映像を文章化しただけなので、僕ももっと迷いは必要じゃないかと感じます。ボボう・げよさんの忠告はぜんぜん前時代的じゃないですよ。今のままだとただ勢い任せの作品なので、もっと綿密にプロットを練り上げてから書くべきでした。


確かに酒と女とカジノと暴力はもう古い作品でやり尽くされていますよね。複線を張ったり、どんでん返しを用意しとけばもっとエンタメとしては読み手を楽しませられそうです。

僕はクラシックに関しては素人です。バッハとシューベルトとストラビンスキーくらいしか聞いたことないです。そして頭にパッと思い浮かんだのが良く聴いてるバッハのゴルトベルク変奏曲と平均律でした。平均律は結構メロディアスな曲が多いと思ってましたが、もっとメロディアスなクラシックを探してみたいです。
バッハ以外のクラシックはもちろん、ジャズに関しても作品内で言及するべきでした。

京王J
sp49-97-106-174.msc.spmode.ne.jp

読みました。

たしかに既視感はとても強いですね。
ゼロ年代の文学でよく見た感じがします。
語ろうとする意思があまり感じられないのです。物語を語ろうとする意志を持った主体が不在というか。申し訳ないですが、この手の語ろうとする意思を希薄にする戦略は使い古させれているように思います。
(この意思の不在は森嶋さんがニートであることと関係があるかもしれません。)

舞城を模倣しているということは、森嶋さんって30代か40代でしょうか。ゼロ年代に文学やサブカルが好きだった人がいかにも書きそうな作品に感じました。美少女ゲームとか流行ったのもゼロ年代ですよね…
こういう作品を書きたい気持ちはわかるんですけど、やっぱり古いし既視感バリバリだし模倣するワナビーもたくさんいるから、評価はどうしても厳しくなってしまいます…

この作品は、ボボ様の言う「資本主義への抵抗」とはまったく逆で、むしろ資本主義に全く抵抗せずに、資本主義にどんどん乗っていくスタイルです。資本主義に徹底的に順応していくのが「ラディカル」だと思い込んでいるように見えます。それが前衛的だと思い込んでいる人が書いていると推測します…

とはいえ、個人的には好きな作品です。

森嶋
om126253168154.31.openmobile.ne.jp

京王Jさん

ゼロ年代の文学は舞城以外あまり読んだことがないんですが、ありふれた作品でしたか。意思の不在は僕が就職すらして来なかったことと関係してそうですね。大学を中退して、漫画家と小説家を目指しながらアルバイトを9年くらいしてました。その後はニートです。

僕は35歳です。ですがもう努力をすることはないと思います。美少女ゲームをやってるだけで幸せなので、趣味に生きようと思います。読書するのも最近面倒に感じるようになりました。どん底にいたんですが、失うものはプライドだけだと思い、プライドを捨てたら楽になりましたね。自分がどう楽に生きられるかを優先するので、もうワナビーに固執はしてません。

既視感に関しては、最近の作風は舞城に似ないように書いてます。ですが他人と似ないようにすると、やたらと装飾的な文体になってしまうんですよね。文体については迷走中ですが、物語の内容は比較的簡単に変えられると思うので、別の作風の物語も書いてみたいんですが、やはり暴力と酒とセックスを書くのが書きやすいですね。

資本主義については、作曲をしてその商品を売るという主人公の設定のため、確かに資本主義に抵抗せずに乗っかっていますね。

ですがもう僕は努力なんてクソだ、と思ってるので小説を書くのも面倒臭くなっています。
20代の頃のようなギラギラした、絶対に小説家になってやるぞ! という気概は消えてしまいました。
承認欲求もなくなって来てるのでワナビーは止めるかもしれません。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内