作家でごはん!鍛練場
おでん鬼

痴漢魔

持ち主のわからぬ掌が私の尻を弄んでいる。断罪する気も失せるほどに退屈な愛撫であった。
もちろん今すぐにその手首を引っ捕らえて、卑劣な行為を白日の元に晒し制裁を加えてもよかったのだけれど、目的地まではあと一駅で、あいにくその代償として支払う時間に余裕がなかった。

痴漢魔というのはある働きに欠けている。模範的な男というのは性欲を原動力にし、よく働き、相手を敬い、認められた上で尻を触る。だから罪悪感を持たずさっぱりとしている。一方で痴漢魔といえば面と向かっては女と口も聞けぬくせして、心中では相手を見下し、恐る恐る尻を触る。女は尻を触られたから嫌うのではない、その陰湿な精神を嫌うのである。

私は多少なり予定に遅れてでもそんな男が罰を受ける姿を見たくなった。
しかし考えれば私の方にも隙があったのではないかと思えてきた。これだけ人が乗っていれば尻などいくらでもぶら下がっているのにも関わらず私が標的になったのはなぜだろうか。私の尻は魅惑と言うほど豊かでもなければ、容姿も十人並みであるのだから素直に性欲に従うのであればもっと良い尻があるだろう、もっとも一番近かったので手当たり次第に、と言ってしまえばそれまでだが。

私はしばし考え込んだ。意図せず、うーむと、声が漏れた。すると愛撫の手が止まり、離れたのである。その手つきからはまるで十字架を突きつけられた吸血鬼のような怯えが感ぜられた。
痴漢魔は私を今までオブジェクト、つまり物として見ていたに違いない。それが声を上げたのだから痴漢魔は驚く。社会的失墜も恐ろしいだろうが、何より意志を持った女というのは痴漢魔の天敵であり、性欲の対象から外れるのだろう。

駅に着き扉が開くと若い頑強そうな若者が、ひょろりとした醜い禿頭のサラリーマンらしき男に詰め寄り、連れ出そうとしていた。若者はなにやら私を呼び止めていたが、ここで止まってしまっては耐えた意味がなくなってしまうので振り返らずにその場を後にした。

痴漢魔

執筆の狙い

作者 おでん鬼
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友人の話を元に痴漢の哀れさ、情けなさを考えました。

コメント

胡麻味噌
KD106180006250.au-net.ne.jp

とても気になったのは、痴漢行為の犯人が、
「ひょろりとした醜い禿頭のサラリーマン」だと思われる箇所。
そして、男に詰め寄っていて連れ出そうとしていたのが「若い頑強そうな若者」。
ここだけだと、
世間一般的な偏見に拠りかかっているように感じます。
痴漢するのは醜い禿頭で、助けるのは健康的な若者だ、という偏見です。
(ご友人の話を元に、とありましたので、実際ご友人は、その醜い禿頭に触られたのかと
も思えますが)

痴漢についての考察も、少々ありきたりな印象を受けます。

独特だな、と感じたのは、冒頭で語り部が、痴漢行為を「退屈な愛撫」と
感じているところ。痴漢行為を、「愛撫」と表現しているわけですから
何かひと癖ありそうな語り部は、面白い哲学を繰り広げそうな気がします。
この語り部の年齢とかひととなりも、気になるところです。

次作を楽しみにしております。

飼い猫ちゃりりん
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おでん鬼様

 胡麻味噌様のコメントと被ってしまうのですが、何のヒネリも無い差別と偏見に満ちた作品でしょーも無いなぁと思いました。

 ただ小説は道徳の教科書じゃないから、差別と偏見に満ちていても良いのです。

 問題はストーリーが差別と偏見に拘束されていて、なんの意外性も躍動感も面白みも無いことです。

 どうせ差別するなら、もっと楽しく悪辣で、躍動感のある差別をして読者を楽しませて欲しいと思います。

 例えば、相当劇場型ですが、こんなストーリーはどうですか?


 実は真犯人はその若者。
 若者は二枚目なのに熟女好きで若い女じゃアレも役に立たない。
 主人公(熟女で悪女)も実は真犯人を知っている。知っていて痴漢を続けさせている。
 ところがハゲ親父が妙な正義感で余計なお節介。ハゲは若者の手首を掴む。
 屈強な若者は逆にハゲ親父を捕まえて犯人だと声を上げる。
 見た目からは、誰がどー見てもハゲ親父が犯人。
 なんと主人公(熟女悪女)もハゲ親父が犯人と主張して警察に突き出す。
 ところが主人公は、翌日のバスの中で、今度は若者を脅迫して自分のセフレに調教していく。
 あとは悪行の限りを尽くして、善良な読者をコケにしてやって下さい。笑
 

ボボう・げよ
bb220-255-183-173.singnet.com.sg

内容のほとんどを無視して記号や数式のつもりで読んでみると、バランスの取れた文章であることにおどろく。ただし小説は新聞などと異なり遊びの利く部分があるのだから、むしろそこが肝とさえいえるのだから、もうすこし無駄なおしゃべりがあってもおもしろいかもしれません。三度読んで三度目に一番わらいました。

おでん鬼
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胡麻味噌さん、ありがとうございます。

犯人のディテールと助けてくれた若者は友人の証言の通りに書きました。

犯人の心情についてはもう少し突き詰めて考えた方が良いですね…。

おでん鬼
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飼い猫ちゃりりんさん、ありがとうございます。

たしかにありきたりといえばその通りですね。私自身あまりに露悪的なのは好きでは無いのですが、もう少し振り切ってもよかったのかなと思います。

おでん鬼
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ボボう・げよさん、ありがとうございます。

堅い言葉遣いのために面白味の欠ける文章になってしまったのかもしれません。たしかにセリフが一文もない…。

よろしければどこで笑ってくださったのか教えていただけると嬉しく思います。

neo
203.78.230.231

痴漢って怖い…
私まだ中学生なのでそこら辺はあまり分からないのですが…
なんというか…おでん鬼さんが言ってたみたいに…
痴漢する人って………

情けないですね……………
怖い…

neo

yume
203.78.230.237

neoさんに同意見です。
痴漢って、偏見ですけどみんなヤバい人っていうイメージがあります。

ボボう・げよ
bb220-255-183-173.singnet.com.sg

「しばし考え込んだ。意図せず、うーむ」です。一番わらった部分。しばし考えている場合なのか、と。そこで畳み掛けるように愛撫の手が止まるという予想外な展開。しかも十字架の吸血鬼ときた。妥当かつ保たれた連鎖の飛距離。
 うーむという男性的な、あるいは理知的な音(正確にはきっと鼻音に近いのだろう)が、ある意味生物としてもっとも危機的な(相手に背後をとられている)状況にそぐわない。にもかかわらず読者はこれに違和感を覚えない。読者がなまくらなのか? 必ずしもそうじゃない。仮にこの箇所のみを読んでいたら、ありえないの一言で読むのを止めてしまったことだろう。読ませたのは流れだ。音楽でいうドミナント的な緊張のある流れ。それを打ち破る、「うーむ」というぼくらの肉体におけるヘルニアのような“はみ出し方”が、このお話を魅力ある小説たらしめているのかもしれない、なんてのが昨日思いついたことです。すぐに返事をと思っていたのですが考えてしまい、返信が遅くなりました。

「退屈な愛撫」というのもおもしろかったなあ。なんか、状況やら力関係やらが手にとるように想像できて(しかもその力関係は当事者である痴漢魔よりはるかに的確だ)、ここで小心者のぼくの優越感が刺戟されたためかもしれません(けれど多くの女性読者はこの明瞭さが逆に不快だろうと想像する)が、そこを離れてもよい出来でした。
 手そのものの動きは具体的な描写もなく一見投げやりなのだけれど、それぞれの経験に応じてイメージするのを利用して物語にはいりこませるのだから、かなり効率的だ。やはり書かれたものには骨組みのようなのがあって、それはなにを書こうとどんな字面にも存在する。
 余計なことばかり書いてしまい、おでん鬼さんの参考にならなかったらすみません。

おでん鬼
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ボボう・げよさん、ありがとうございます。

長文の感想が純粋に嬉しいです。
この掌編は被害者を圧倒的に精神的優位に置きたいという着想をもとに書いたのでそう言ったディテールを誉めていただけたのは嬉しいです。

友人から聞いたのは「禿げたおっさんから痴漢にあってムキムキの若者が助けてくれた。」という部分だけなので、この主人公のような人間は幻想の生き物かも知れません。

また痴漢というのはデリケートな題材だと思うので不快な気分になった方があれば、申し訳ございません。

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