作家でごはん!鍛練場
大丘 忍

四宮教授の優雅な性生活

 益代が四宮欣造と知り合ったのは大学に入ってまもなくであった。だからこれは四十数年の昔になる。
 高校時代からテニス、バレーボール、水泳、陸上競技と万能スポーツ選手であった益代は、大学では卓球をやることにした。
 国立K大学の卓球練習場は、京都市の東山通りを隔てた西部構内の体育館を使用しないで、少し南に下ったところにある旧学生集会所の二階のフロアを使っている。ここには卓球台を六台は十分に置ける広さがあり、卓球部の練習以外には使われていない。
 女子部員は数名しかいないので、一つか二つの台を使うだけで済む。
 益代が女子の新入部員同志で球を打ち合っている時、長身でほっそりした男子学生が入ってきた。しばらく眺めていたが、益代の手を止めた。
「グリップが間違っている」
 学生は益代の手を掴み、ラケットを握り直させた。この当時の日本ではペンホールダーというグリップが主流だった。
「最初はしっくりせんけどな。正しいグリップでないと上達せんのやで」
 その学生が四宮欣造で、文学部の二年先輩であった。あまり練習には顔をださず、気まぐれに現れては益代など女子部員相手に二、三十分ほど打ち合っては姿を消していく。時折鋭い打球を見せることがあるが、大抵は打ちやすい球を返してくれた。欣造の華麗なフォームは並々ならぬ技術を思わせた。
 益代の相手をするようになって、欣造は練習場に姿を現すことが増えた。そして主に益代を相手にラリーを続ける。
 益代は欣造が練習に現れるのを心待ちするようになった。言葉を交わすこともなく、ただ球を打ち合うだけである。それでも欣造の優しそうな目を見ると心が躍るのを感じていた。
 秋の関西学連のリーグ戦を控えて、男子チームの正選手が二人故障した。一人は自転車で転倒して腕を骨折し、一人は練習中に足を捻挫している。どちらも試合までに回復する事は不可能であった。一人は補欠を当てるとしても、もう一人の選手が足りない。K大学は関西学連のリーグ戦で二部に留まるか、三部に転落するかの瀬戸際に立たされていたのだ。これまで先輩達が守り続けてきた二部をここで落とすわけにはいかない。
 主将は部員を集めて善後策を図った。いろいろの意見が出されるがなかなかまとまらない。選手の候補が次々と挙げられても不思議と四宮欣造の名前がない。
「四宮さんに出て貰ったらどうですか?」
 益代がおそるおそる提案した。
「あいつが出てくれたら助かるんやけどな。言うても出てくれんやろ。臍まがりやからな」
「真面目に練習せん奴を試合に出すのは筋違いや」
 ほかの部員からも反対された。四宮欣造はたしかに変わり者という感じがするが悪い人のようには思えない。
「四宮さんはどうして真面目に練習しないんですか?」
「あいつ、前の主将と衝突したんや」
 新入生の時、欣造と一緒に卓球部に入った部員のなかに、九州の県から国体に出場した選手がいた。骨折で欠場することになった脇村である。全国屈指の超難関国立大学であるK大学では、国体選手が入学することは希有のことである。激しい受験勉強をしなければ入れないので、一流の運動選手ではまず入ることは難しい。脇村が高校二年で九州の県から国体に出たことを知って主将は驚喜した。欣造と試合をすれば欣造の方が強かったにもかかわらず、国体選手というブランドの魅力に抗し難く、当時の主将は欣造ではなく脇村を選手に抜てきした。脇村は高校二年の国体出場以後は受験勉強のために卓球をやめており、一浪して入学するまで丸二年以上も練習をしていない。高校三年の終わりまで練習を続け、現役で入った欣造の方が実力は上だったが、卓球では無名の進学校から入ってきた欣造より、主将は国体選手というブランドに魅力を感じたらしい。
「現時点では、僕の方が脇村君より実力は上だと思うんですがね」
 欣造が正選手から外されたとき主将に抗議したが、
「脇村は国体選手やからな」
「国体選手といっても、いまは脇村君と試合したらいつも僕が勝っていますが」
「これから練習すれば、脇村はもっと強くなるやろう。何しろ国体選手やからな」
 それ以来、欣造はまじめに練習しなくなったそうである。
 今の主将になって、選手に復帰するよう欣造を説得したが断わられたという。
「たしかにあいつは、今でも強いけど頑固者やからな。頼んでもあかんやろ」
「これで三部に転落やなあ」
 誰かがため息をついた。
「私が頼んでみます」
 益代は思わず言ってしまって後悔した。
 主将は益代の顔を見つめた。
「君は四宮と親しいんか?」
「いいえ」
 益代は顔が赤くなるのを感じた。親しいことはない。ときどき練習の相手をして貰っているだけだ。でも、何となく自分の頼みなら聞いて貰えそうな気がしていた。偏屈者と思われているが、根は優しい人だろうと感じていた。
「四宮の説得は頼むで。君だけが頼りや」
 主将は大仰に手を合わせて益代を拝む真似をした。
 次に欣造が練習に来たとき、益代が試合に出るように頼んだ。
「主将に頼まれたんか」
「いいえ、私が言い出したんです」
 欣造はいたずらっ子のような目で益代をのぞき込んだ。
「えらいおせっかい焼きなんやな」
 欣造の言葉で益代が笑った。
「君、笑い顔がとってもかわいいね」
「そんなことより、試合には出て貰えますか」
「わしは出ない」
「それでは私が困るんですけど」
「わしが出なければどうして君が困るんや」
 益代は唇を突き出した。
「私が頼んでみると言ってしまったんです」
「あほやな、君は。勝手にそんな安請合いして」
「私が言えば聞いて貰えるかと思って」
「何で君が頼めばわしが言うことを聞くと思うたんや」
「だって、四宮先輩は、本当は優しい人だと思ってたから」
「えらい買いかぶりやな。そこまで言われたらしかたない。出ることにするよ」
「ほんとうですか」
 益代の顔がほころんだ。
「わしが出なきゃあ君が困るんやろう」
 その通りだ。欣造が試合に出てくれれば益代の顔が立つということだ。
 益代は大きくうなずいた。
「その代わり、条件がある。君の言う事をおれがきくんやから、お返しにおれの言うことを君は何でもきくんやで」
「ききます。だから出てください」
「はっきり言うとくけど、何でもやで」
「はい」
 欣造を試合に出したい一心で何も考えずに約束をしてしまった。

「あと一本。四宮さん、頑張って」
 女子部員が声をあげて応援する。
 大阪のD大学との団体戦。チームで最後の試合である。これで勝った方が二部の残留が決まるのだ。欣造の相手はD大学の切り札、関西学連リーグのランキング選手だった。セットオールで、カウントは十五対十五。当時は二十一点先取三セットマッチのルールであったから接戦である。ランキングプレヤー相手に欣造の粘りは驚異的ともいえる。欣造の取り柄はドライブによる打ち合いでも、カットによる守備でもできるオールラウンドプレーヤーであることだ。この日は特別にカットが冴えていた。よく切れたカットを打ちあぐねてゆるい球が帰ってくるとバックハンドで反撃する。この日はこれがよく決まっている。まるで益代の執念が乗り移ったのではないかと感じたほどだった。じりじりと差を広げついに欣造のバックハンドの反撃が試合に終止符を打った。
 欣造が益代に微笑みかけたように思った。
 益代は走り寄って欣造に抱きついた。
「約束を忘れてないやろうな」
 益代の耳に欣造がそう呟いたように聞こえた。
 試合は終わった。K大学の二部残留が決まった。

 次の年になった。あの試合以来益代は欣造と親しくなって時々下宿を訪ねるようになっている。
 欣造は卒業を控えて卒論に忙殺されていた。ある時、夜食を作って欣造の下宿を訪れた益代に欣造が真面目な顔で言った。
「次に来たときはセックスしてもらうからな」
 唐突な言葉だった。唖然として益代は欣造に視線を固定した。欣造の目が優しく光った。
「えっ、セックスを?」
「わしが言うことは、なんでもする約束やったやろ」
「でも、セックスなんて」
「君は何でも言うことを聞くと約束したはずや。だから次に来た時にセックスをするんや」
「でもなんで私とセックスするの」
「わしは以前から君とセックスしたいと思っていたんや」
「でも、セックスなんて……」
「嫁さんになればセックスするのは当たり前やろ」
「それ、プロポーズのつもり?」
「そうや。プロポーズや」
 欣造の顔に笑みが戻った。
「何だか騙されたみたい。考えさせて貰う、という返事では駄目かしら?」
「そら構わん。大事なことやからな。でもいやや言うたら君がわしを騙したことになるんやで」
「でもこんな私のどこが気に入ったの?」
 益代は自分が美人であるとは思っていない。
「君は良く笑うやろ。君の笑顔はとても可愛い」
「でも他にも笑う人は一杯いるでしょ」
「それに……」
 欣造は含み笑いをした。
「君のお尻が素晴らしい。きっと抱き心地がいいやろ」
「おしり?」
 益代は思わず腰に手をやった。中学の頃からヒップが大きくなったのを気にしていたのだ。自分ではウエストに比べるとヒップが大きすぎると思っていた。高校時代から多くのスポーツをやって、全体の皮下脂肪は絞られてきたが、ウエストが細くなっただけで、臀筋が発達してヒップの大きさが目立つようになっている。骨盤自体が大きいので仕方がないと諦めていた。背中から後ろに反りあがったような大きい尻にコンプレックスを感じていたのに、それが好まれるなんて想像もしていなかった。
「もし、わしと結婚したら、お金とセックスでは絶対不自由させへんからな」
 欣造は大阪で手広く事業をしている資産家の長男である。家業は腹違いの弟に譲って、自分は気ままな学者稼業をするつもりで京都のK大学に来たという。
 資産家の息子だから金に不自由しないのは分かるが、セックスに不自由させないとはどんなことだろうか。セックスの経験のない益代にはよくわからなかった。
 欣造と一年付き合って、益代は欣造に好意を持っていた。だから欣造と結婚することは嫌ではないが、何分にも突然の事でどうして良いのかわからない。
 欣造に試合出場を頼みに行ったとき、出てくれれば何でも言うことを聞くとは約束したが、その何でもの中にまさかセックスまで含まれるとは思っても見なかった。
「イエスなら来てくれ。ノーならもう来んでええからな」
 帰るとき言った欣造の言葉が耳に焼き付いている。次ぎに来たときはセックスを要求されることは想像ができる。欣造の言うことは何でもすると約束したのだから今更あとに引くことはできない。
 益代は一週間迷った。この間にいろいろ考えて決心した。親に相談しても反対はしないだろう。資産家の息子だし、K大学卒業の秀才である。
 結婚するにしてもまだまだ先のことだと思っていたが、女も二十才ともなれば、結婚を意識した交際をしても不思議はない。セックスは初めての体験だが、いずれは誰かとセックスをすることになるのは間違いない。それが少し早くなるだけだと思った。
「イエスということやな」
 部屋に入るといきなり欣造が言った。
「長崎屋のカステラ買って来たんやけど」
 益代は欣造の顔から目を外らせてカステラの箱を置いた。欣造はその箱を脇へよけて、益代を抱きしめた。益代は息が詰まるかと思って身を固くした。欣造は大丈夫だよと言いながら益代の下着を剥していく。欣造は剥き出しになった益代の尻を満足そうに撫でた。欣造の暖かい手のひらから電波が発信されているように感じた。
「あんたはセックスが初めてやから、わしのするとおりにしとったらええんや」
 欣造の柔らかい手のひらが益代の乳房を揉み、内股の奥をゆっくりと這い回る。欣三の手のひらから快感電波が発せられ、股間に伝わったように感じる。布団の上に横たわった裸の益代のそばに欣造も裸で横たわった。
「そんならいくで。体を楽にしてたらえんや」
 途轍もなく固いものが股間の肉を引き裂き、痛みに耐えながら、これで女になったんだなと思った。

 それ以来益代は毎日のように欣造の部屋を訪れている。欣造の部屋の壁にカレンダーが貼ってあり、生理の期間は赤線を引き、次の生理の予定日との間に何日か黒線が引いてある。
「この黒線はなに?」
「荻野式で計算した危険日や。この期間はコンドームを使おう。コンドームを買ってきてんか」
「私が買うの?」
「そうや。薬局に売ってるからな。次の危険日までに買ってきてよ」
「コンドーム買うなんて恥ずかしいわ」 
「嫌なら買わんでもええ。そのかわり妊娠したら子供を生むんやで」
「いま妊娠したら困るわ」
「それやったら買うしかないやろ」
「あんた買ってきてよ」
「わしかて恥ずかしいわ」
 妊娠したら困るのは益代の方である。市電に乗って離れたところにある薬局に入った。店の中をきょろきょろしていると白衣を来た男が寄ってきた。
「何をお探しですか?」
「あの……」
 益代は顔を火照らせた。
「コンドームですか?」
 薬剤師は事務的に言った。若い女がもじもじするのはコンドームであることを知っているらしい。
「いろいろとありますが」
 陳列棚から箱をいくつか取り出してガラス台の上に並べた。
「サイズは? LとMがありますが、どちらにします?」
 コンドームにLやMのサイズがあることは知らなかったし、欣造がLなのかMなのかもわからない。初めてのとき、ずいぶん大きいものが入ってきたような気がしたが、それがLかMかはわからない。欣造は長身で手足が長い。手足の長い男はあそこも長いのではないか。
「L……」
 蚊の鳴くような声で言った。
「次にお求めの時は黙ってこのカードを見せて下さい」
 薬剤師は箱を手際よく包装し、一枚のカードを添えた。そのカードさえ見せれば、コンドームと言わなくても買えるという仕組みである。
「へー、LとMとサイズがあるんか」
 欣造はコンドームの包装を開けて珍しそうにゴムをつまんだ。
「大きさが合うかな」
 ズボンを抜いでコンドームを装着してみる。ぎんぎんに勃起しているので大きさはぴったりであった。
「良さそうやな。ちょっと試してみようか」
「えー、いまするの?」
「そうや」
「それやったらそのゴム外してよ。今日は危険日と違うでしょ」
「危険日やないからテストするんや。危険日に破れたらあかんやろ」
 ゴムの感触が感じられた。いつもの欣造のものとは微妙な違いがある。
「どうや。感じは」
 欣造はゆっくり腰を動かした。
「ちょっと感じが違う。いつものようにぴったりしてないわ」
「そうやなあ。もうひとつやなあ」
 終わって抜いたコンドームを見ると白い粘液がどっぷりと溜っていた。
「こんなに沢山でるの?」
 益代は精液を見るのは初めてであった。こんな物が大量に自分の体の中に注入されていたとは思ってもみなかった。
「どうや。コンドームの使用感は」
「あんまり良くないわ。なるべく使いたくない」
 入ってきても、欣造のものとは別のような気がして、噴出した精液が子宮頚を打つ快感もない。
「そうやな。わしもあんまりええとは思わんな」
 それからは射精の直前にコンドームをはめることにした。高まっていく途中で抜かれるのは興覚めであったが仕方がない。
 夏の終わり頃、山中越えをして琵琶湖に遊びに行った。琵琶湖で貸しヨットに乗るのである。欣造は友だちと何度もヨットに乗っており、ヨットの操縦はお手のものであった。
 ヨットはゆるやかな風を受けて湖面を滑り出した。湖面の光の中のあちこちに帆が白く浮かんでいる。ヨットの群れから離れて沖へ進んだ。風が凪いできた。
「あかんなあ、風が止まってしもうた」
「どうなるの? 帰れるの?」
「もう少ししたら風がでる筈や」
 益代は湖面を見渡した。大津のヨットハーバーははるか彼方に霞んでいるように見える。周りにも他のヨットはいない。
「ほんとに帰れるんかしら」
「当たり前やろ。わしを信じてたらええんや」
 その通りだと思った。飄々として頼りないように見える欣造が、いざという時には頼もしい男であることを知っている。欣造にまかしておけば安心だ。
「わしなあ。大学院を卒業したらヨーロッパへ留学しようと思うてるんや。その時は君も一緒に来るんやで。会社は弟に譲って、わしはフランス文学をやりたいんや」
 欣造の実家は大阪で会社経営をしている資産家である。その会社を長男である自分が継がずに弟に譲るという。益代には言うべき言葉はなかった。それは欣造が決めるべきことで、益代はただ欣造に従っていればいいのだ。大学に残って学者になるとすれば経済的には会社経営ほどは恵まれないだろう。それでも大学教師であれば経済的に困ることもないし、何かあれば実家が助けてくれるだろう。
 欣造は大学院に進んでいる。欣造は益代が来るたびに抱いている。益代は結婚を約束した男女が会えば抱き合うのは当然だと思っていた。
 益代が卒業するころ妊娠していることがわかった。何度かコンドームの装着が間に合わなくて中で射精したことがある。これでは妊娠するのは当然である。
「妊娠したんか。ええやんか」
 欣造はかえって喜んだ。妊娠をきっかけに婚姻届をだし、欣造は新しい家に移り住むことにした。
 欣造は大学院を卒業すると文学部の助手になり、フランスに三年、ロンドンに二年留学した。フランス各地の見聞記やロンドン便りが話題を呼び、エッセイストとしても知られるようになった。帰国後は講師となり、四十代の中ごろにはK大の文学部教授となった。
 その間に益代は次々と四人の子供を産み専業主婦となっている。そして四宮教授との優雅な性生活は年老いても続いている。

 その日、妻の益代は朝から落ち着かなかった。
 日本では最多の発行部数を誇る週刊日本という雑誌社からインタビューに来ることになっているのだ。
 文学博士、四宮欣造。十年ほど前の春、六十四才で京都の国立K大学教授を定年退官し、名誉教授となっているので厳密にはもと教授であるが、いまでも教授と呼ばれて親しまれている。専門はフランス文学で、エッセイストとしても名を知られており、これまで何度かテレビに出たことがある。歯に衣を着せぬ発言が好評で人気があるが、妻の益代にしてみればどんな暴言が飛び出すか気が気ではない。
 その日の取材は『定年後の生き甲斐探し』というテーマであった。定年後は好きなゴルフに熱中している。おそらくは、ゴルフ談義が弾むことだろう。
 四宮欣造の自宅は閑静な住宅街にある。応接室の窓から見渡せる手入れの行き届いた庭には、初夏の風がつつじの花を散らせていた。
「わしの生き甲斐は女房を抱くことや」
 冷たい麦茶を運んできた益代の耳に、この言葉が飛びこんできた。思わず足をとめて部屋を覗き込む。
 インタビューをしている女性記者は一瞬ぽかんとし、欣造の顔を見つめていた。
「すると教授は今でも奥さんを……」
「当り前やろ」
 欣造は、助けを出すように質問を発した男性記者に、じろりと流し目をくれた。
「人間、性欲を失うたらあかん。性欲は生きている証拠や」
 男性記者は女性記者と顔を見合わせた。
 先生の生き甲斐は何ですか、という質問に対する答えがこんなことになろうとは予想もしなかったのだろう。
 血色の良い欣造の顔が輝きを増す。
「時には奥さんではなく、若い女性を抱きたいと思うことはありませんか?」
「ないな。わしは女房が一番ええ」
 記者の疑わしそうな顔を見て欣造がにやりとした。
「若い女を抱きたいと思うのはな。古女房ではその気にならへんからやろ。女房を悦ばせることをしないで、惰性で抱いてきたからあかんようになるんや。だから男は浮気をする。わしは女房が一番ええ。女房はな。若い頃わしが一番好きになって抱きたいと思った女や。その女を今も抱いてるんや。第一、女房やったら抱きたいときいつでも抱けるやろ。金もいらんし、よけいな気兼ねせんでもええ。病気が染る心配もないやろ」
 そして欣造はにやりとして付け加えた。
「わしの女房は今でも濡れるし、あそこの締りもええしな」
 この時、益代は咳払いをして部屋に足を踏み入れた。冷たい麦茶をテーブルに置く。益代は記者に笑顔を見せて麦茶をすすめた。二人の記者の目は益代の胸や腰に注がれる。
「奥さんはお若いですなあ」
 男性記者が感嘆したように言った。頭に白髪が少し交じってはいるが、背筋はまっすぐに伸びており自慢の肌は滑らかで、体の張りは七十才を越えているようには見えない筈だ。
 麦茶を一口すすって、欣造の口が滑らかになる。
「高齢者に性欲が無いと思うのは大間違いや。歳をとっても性欲はちゃんとあるんやで。これは女も同じことや。そうやろ、益代」
 最後の言葉は益代に向けられる。
 若い二人の記者はうなずきながらちらりと視線を益代に走らせた。
「まあ、それはそうやけど」
なにも他人にそこまで言わなくてもいいのにと思ったが、益代はそう答えて一礼し姿を消した。
「だいたい、今の若い者は性欲が乏しすぎる。日本人の性交回数は世界で最低や。これが少子化の原因やろう。情けないことや」
「なぜだと思われますか」
「それはわしより、若い君らに聞きたいことや。なんでなんや?」
「それは、まあ、ストレスなど色々ありますから。仕事で疲れることもあるでしょうし」
「疲れたときは、セックスするのが一番の回復になると思うで」
 若い記者は顔を見合わせて黙り込んだ。
 欣造がうなずいて、
「今度新しい年号が令和になったがね。これがちょっと問題やと言う人がいる」
記者が意外な顔をした。
「令和がどうして問題なのですか」
 欣造はにやりと笑って言った。
「君らは教育勅語を知っているか」
「話に聞いたことはあります。戦後は廃止されたそうですが」
「そうじゃ。戦時中までは学校で毎年何度も聞かされたらしい。ここには『夫婦相和し』とはっきり書かれている。相和すとは、夫婦はもっと抱き合えという意味じゃ。産めよ増やせよの時代じゃからのう」
「それと今度の年号の令和とどんな関係があるんですか」
「平成の前の年号は昭和だと知っておるじゃろう。それが令和になったんじゃ。これをどう思う?」
「昭和が令和になると何か不都合でもあるんですか」
 欣造はまたにやりと笑った。
「少が零になる。教育勅語でも夫婦相和しと、つまり夫婦はもっと性交をしろと言ってるじゃろう。ところが、昭和では、ショウワ、つまり少ない和じゃ。この場合の和とは教育勅語で言う和だから夫婦は抱き合えということじゃが、昭和では、少和、つまり夫婦はあまり抱き合うなということになる。だから日本人の性交回数が減ってしまったんじゃ。これが今度から令和になった。これはもっとひどいね。少和ではなくて、令和つまり零和、少がゼロになるんじゃから、夫婦はセックスをするなという事になる。これでは少子化は改善できんのう」
 記者たちは唖然として欣造の顔を見た。欣造は自分の屁理屈に満足したようにニヤニヤしていた。
「だからじゃ。わしはこう考えるのじゃ。令和のレイはゼロではなくて、励和、つまり抱き合うことを奨励する、毎日抱き合えと解釈すればよいことじゃ」
「はあ?」
 記者たちは一瞬キョトンとして聞いていたが、気を取り直したように質問した。
「では先生は七十六歳の今でも奥さんと」
「もちろん、ほとんど毎日抱き合っているよ。たまに抜けることはあるが」
「そんな、毎日できますか」
「歳を取ってからは、若い時のように毎日射精するわけにはいかん。結合しただけで十分なんじゃ。昔、江戸時代の学者が接して洩らさずを勧めていたそうじゃがのう。これがセックスの極意なんじゃ」
「射精しなくても満足できますか」
「女が更年期以後では射精に何の意味がある? 射精とは子供を作る作用じゃろう。更年期以後は射精そのものには何の意味もないんじゃ。それと、この歳になると性交で腰を動かすことは良い運動にもなるんじゃ」
 記者は頷いた。
「先生は今でも性欲はあるんですね」
「当たり前じゃ。性欲が無くなったら女房を抱くわけにはいかんやろ」
「では奥さんも満足されているのでしょうね」
「もちろんや。歳を取ると女は干からびると思うやろ。そんなことあらへん。幾つになっても女は女や。ちゃんとしてやればなんぼでも感じるもんや。ただな、この歳でのセックスは若い頃のように射精すれば終わりと言うのと違うけどな。肌を接して愛撫しあうだけでもセックスになるんや」
 欣造は若い時と年を取った時の違いを何度も強調している。少し耳が遠くなったせいか欣造の声は大きい。台所まで声は筒抜けである。益代は顔がほてるのを感じた。閨房の秘事を臆面もなく話すところがいかにも欣造らしい。
「高齢になっても性欲はあるし、快感もあるということですか」
「もちろんじゃ。快感はあるから高齢者ほど性欲を大事にしてやらなあかんのや。ええ歳して、いうて我慢してるやろ。これがボケるもとや」
「すると性欲はボケ防止に役立つんですか」
「その通りや。ボケ老人の男と女を同じ部屋に入れて見い。ボケは軽くなるで」
 定年退職後の趣味と生き甲斐というテーマのインタビューがとんでもない方向に逸れてしまった。二人の記者は欣造の性欲談義を拝聴して早々に引き上げていった。
「あんた、あんなこと言っていいの?」
「なんや、聞いてたんか」
「あんな大きな声で喋ってたら何ぼでも聞こえますがな」
「かまへんやないか。本当のことを言うたんやから」
「まるで私が性欲に貪欲な女のように聞こえるやないの」
「お前、性欲旺盛やろ。抱いてくれ言うのはいつもお前の方からやないか」
「そらそうやけど、なにも他人に言わなくてもええやんか」
「性欲があって、なにが恥ずかしいんや。人間として当然のことやないか」
 益代は黙り込んだ。欣造が言うことは正しい。欣造に抱かれて快感があることも確かである。だから毎日求めて抱いてもらっている。でも人前で私は性交渉が好きですなんて言えることではない。
 益代は、自分が性欲の強い女かどうか知らない。若いときから欣造の求めにはいつでも応じており、性交渉は快感の絶頂に達するのが当然だと思っていた。
 四十歳台になっても欣造とは毎日のように交わっていた。欣造は、若いときのように毎回射精するとは限らない。益代が満足すると終わりにすることもある。
「射精しなくても良いの?」
「接して洩らさず。これがセックスの極意や。これなら毎日できるからな」
 と欣造が嘯いているが、さすがに毎回射精する元気は衰えたのだろう。でも挿入だけでも益代は満足している。欣造がそれで満足するなら射精してもらわなくてもいい。
 世の夫婦もそんなものかと思っていた。女同士の気安さからか、友達との話し合いの中に夫婦生活が話題になることがある。
 益代は何気なく毎日性交していると言って友人に驚かれた。
「えー、毎日? すごいねえ。私の所はよくあっても月に一回位やけどね。痛いだけで苦痛やわ」
 ほとんどの夫婦は交渉がないか、せいぜい月に一度か、二、三ヶ月に一度であることを聞いて驚いた。しかも性交渉が煩わしく、快感を感じないというのが半数はいる。回数が少ないのは妻が拒否するか、夫が勃起しないためである。欣造のように毎日勃起するのは極端としても、せめて週に一度、二度は普通だと思っていた。
 欣造が好色なのか精力絶倫なのか知らないが、それにしては他の女に手を出して騒動を起こしたことは一度もない。もっぱら益代だけの一穴主義を守っているようである。欣造は、性欲が壮んなのは性交渉を絶やさないからだと言う。
 歳を取ってからは皮膚や性器を中心とする愛撫に重点を移している。挿入して射精するセックスは若いものがすることだという。益代もそれは実感している。欣造に愛撫してもらうだけで満足することも多い。
「あんた、年取ってきたらいつまで抱いてもらえるの?」
「わしのが立つ限り抱いてやるで」
「立たん様になったらどうするの」
 欣造は薬袋を出して見せた。
「これや。大岡先生に頼んで手に入れてきたんや」
「その錠剤がどうかしたの」
「これが今アメリカで開発された勃起薬のバイアグラや」
 益代には勃起薬と言われてもその意味がからない。不思議そうに錠剤を眺めていると、
「これを飲むとピンピンに立つんや」
 欣造は股間を押さえた。
「わしはまだ使うてえへんで」
「そらそうやろ。あんたは特別精力絶倫なんやから」
「そら、お前がセックス上手やし、締りがあってええ体してるからや」
 益代は錠剤を手にとって言った。
「もしあんたが歳とって立たん様になったらこれが効くんやね」
「ものすごうよう効くらしいで」
「それで安心したわ」
「お前何歳までセックスしたいんや」
「さあ、あと十年は今までの様にしたいなあ。本当のことを言うと死ぬまでしたいわ」
「好きな女やなあ」
「こんな女にしたのは一体誰の責任なんや」
 確かにそういわれると、益代をセックス大好き女に仕立てたのは欣造に違いない。
 
 再び週刊誌からインタビューにやってきた。
「今日は高齢者の性生活についてお話を伺いたいと思います」
「ほう、方針が変わったのかね」
「先日のお話を編集長に話したところ、えらく興味を持たれまして、もっと詳しく伺って来いということになりました」 「それで、何を喋ればいいんや」
「まず、教授ご自身の性生活の様子から」
「そんなこと喋ったら益代に叱られますがな」
 記者は後ろを振り返った。益代はすばやく身を隠した。
「奥さんはおられないようですから」
「まあええか。本当のことを言うんやからな」
 欣造はもう一度戸口に目をやって話し始めた。
「若い頃は精力が壮んやからええけど、中年からは中だるみになることが多い」
「そんなものですか」
 若い記者にはピンとこないらしい。
「三日に一回が週に一回になり、段々遠のいてくるんや」
「やはり、体力の衰えということですね」
「それもあるし、仕事で神経を使いすぎることもある。要するにストレスやな。それにマンネリもあるやろな」
 欣造はコップの麦茶を飲み干した。調子に乗ってしゃべるときの癖である。
「先生もやはりそうでしたか」
「わしは別や」
 欣造がにやりとした。
 記者は驚いたように声をあげた。
「なにか特別な秘策でもあるんですか」
「半分は相手の女によると思うな」
「というと?」
「うちの益代はセックス好きの女でね。毎日求めてくる」
「ほう、それで先生は可能なわけですか」
「わしも歳やからな。時には立ちにくいこともある。それを益代は手や口を使って上手く立たせてくれるんや」
「フェラチオとか」
「まあ、益代ほどフェラチオのうまい女はあまりいないやろうね」
「先生は高齢者のセックスをどう思われますか」
「だから、高齢者でもどんどんセックスした方がいいと思っているし、それでわしもやってるんや」
「もし先生がしなかったら奥さんは不満を言われますか」
「益代はそんなことを言う女やない。じっと我慢する女や。わしはそこで気がついたんや。夫婦にとってセックスは何やろうかとね」
不仲の夫婦ではあまり性交渉はないであろう。頻繁に性交渉がある夫婦で離婚や別居をすることがあるだろうか。
「セックスは子供を作るだけのものやない。そうは思わんか」
「思います」
 欣造は大きく頷いた。
「ここが大事なところや」
 欣造の口調は学生に講義しているようであった。若い記者は神妙に聞いている。
「自然界では、子孫を残すためにのみ性交渉が行われる。だから、生殖能力を失った生物は速やかに死滅して、子孫の生存のために食料を残さねばならない。人間の性交渉は子孫を残すためだけではないんや。動物には発情期があり、限られた期間だけに性交渉を行うやろ。人間だけに発情期がないのは、単に子孫を残すためだけではないことの証拠や。人間の性交渉は、精神的な繋がりを、肉体的な繋がりで裏打ちすることであるとわしは思うね」
「愛情に裏打ちされたセックスですね。いや、セックスに裏打ちされた愛情ですか」
「男は相手が誰であろうと、挿入して射精すれば快感が得られる。しかし、夫婦のセックスは、妻に喜びを与えるものでなければならない。男の一方的な射精では女の方は煩わしいと感じるだけや」
 若い男性記者は神妙に聞いている。
 益代は物陰からそっと覗いてみた。若い女性記者がテープレコーダを操作しながらメモをとっている。その頬は紅潮しているように見えた。
 結婚した当初から、夜は裸で寝ることを欣造は要求した。当初は恥ずかしさを感じたが、欣造の愛撫をうけるとつい興奮して恥ずかしさを忘れてしまう。年を取った今でも裸の肌と肌を接して眠る。後に、健康雑誌に下着無し健康法というのが載っているのを発見して、欣造が「それ見ろ」と得意がったことがある。これは下着が健康を害するという理論で、その真偽のほどは分からないが、金もかからないし、実害はなく、衰えがちな夫婦生活を活性化するのに役立つのは確かである。つまり頻回に性交することが健康のもとになるのかもしれない。
 欣造の話は続く。
「性器を結合させるだけがセックスではない。皮膚の表面、つまり肌を接して体の温もりを感じることも広い意味でセックスになる。肌を接することは人間の愛情の表現やろ。握手する。抱擁する。肌を接することの究極的な表現が粘膜の接触であり、それがキス、性器結合や」
「でも歳を取ると性器結合は不可能になるのでは?」
「そうなったら、裸で抱き合うだけでいいやんか」
「それで満足できますか?」
「若い時は不満やろうな。でも歳をとったらそれでも充分やということがわかるようになる。でもわしはまだまだ大丈夫やで」
「なにかコツでもあるのですか」
「立即入。これが高齢者のセックスのコツや」
「リッソクニュウ? 何のことですか」
「立てば即ち入れる。要するに立ったときすぐに入れることや。入れるだけで良い。歳をとってくると性器を結合して、相手の存在を粘膜で確認することに喜びを感じるようになる。女の快感が自分の快感になる。だから必ずしもその度に射精する必要はない。射精したいときだけ射精すれば良い。それが高齢者のセックスや」
「そんなものですかねえ」
 若い記者は不思議そうな顔をした。
「これはわしが信頼している大岡医師が言っていたことだがね。大岡先生は八十歳になるけど、まだ時々奥さんとやってるらしいで」
「へー、八十歳で」
 記者が悲鳴のような声を出した。
「先生も時にはバイアグラという勃起薬を使うこともあるらしいけど、年寄りの性交渉は射精に拘る必要はないんや。結合することに意義があるといっているが、わしもそうやと思うね。大岡先生はわしに高齢者のセックスについていろいろアドバイスしてくれているがね。これは皆も知っておく必要があるね」
「どんなことでしょう」
「更年期を過ぎたころ多くの女性は、濡れなくなり挿入されると痛みを感じる。だから性行為を嫌がるようになるんだがね。若い頃から頻回に性交をしていると粘膜の萎縮はあまり起こらないがね。うちの益代は若い人並みの粘膜やいうて婦人科検診で医者が驚いたそうや」
「粘膜の萎縮が起きたらどうするんですか」
「普段から前戯を十分にして常に潤うようにしておけばこの問題はなんとかなるが、ダメな場合には潤滑ゼリーを使えばよい」
「潤滑ゼリーとは?」
「薬局で売っているただのゼリーや。これを立った時の先っぽに塗るんや。そうすると痛みがなくてつるりと入るそうや」
「先生もゼリーをお使いですか」
「わしはゼリーを使う必要はない。益代の濡れ方は若い時のままやからな」
「奥さんはどうしてその歳で濡れるんですか」
「そりゃあ毎日セックスをしているからや。だから粘膜の萎縮がないからね」
 記者は頷いた。
「それで教授は現在の性生活で満足ですか?」
 欣造は天井に目をやって、ふーと息を吐いた。
「満足やなあ。妻を抱いている時は本当に生きていると感じるなあ」
「これからもそのような性生活を続けるおつもりですか」
 欣造は目を光らせた。
「もちろんや。わしと益代が生きている限り続けるに決まってるやろ。イザというときには勃起薬もあるしね」
「いいですねえ」
 若い記者はため息をついた。
「このことを、君達の週刊誌で大いに啓蒙して欲しいんや。日本の高齢者の幸せのためにな」
 益代はこの話を物陰で聞いて思った。高齢になってからのセックスの醍醐味は、若い記者にはとても理解出来ないだろう。そしてそれ以上に多くの高齢者も、その事を知らずに一生を終わっているのではなかろうか。
 自分と同年輩の友人の話と比べて、欣造が異常に性欲が強い人だと思ったのは間違いのようだ。欣造は益代を愛し、益代を愛することに生き甲斐を感じているのだと思う。
 欣造は若いときから夫婦の性生活を大切にしてきた。外国に留学した時も益代を離さなかったし、子供が生まれてからも、夫婦の寝室には子供は入ってはならないと躾けてきた。これは子供に煩わされることなくセックスに没頭できるようにとの欣造の配慮であった。夫婦の性生活こそ夫婦愛の中心でなければならない。この欣造の信念は今でも変わってはいないだろう。
 若い頃のような激しい絶頂感を求めたいとは思わないが、この歳になっても、欣造に抱かれて安らぎを感じるのは性愛が夫婦の絆をより強固にする証拠である。
記者が取材に来た夜、益代は欣造に手を伸ばさなかった。自分がとてもセックス好きの淫乱女のように思えたからだ。確かに欣造が言うように、セックスは大好きであるし、若い頃から二人とも真裸で抱き合って寝ていたから性器の結合は当然だと思っていた。歳を取った現在でも裸で抱き合い、たいていは挿入して貰っている。それが普通の夫婦だと思っていたが、どうやら常識はずれのことらしい。欣造に抱いてもらわずに我慢できるのか。
「どうした。今夜はせんのか」
 手を伸ばして来ない益代に、欣造が不思議そうに尋ねた。
「今夜は止めてみようと思ってるんや」
「どうした。どこか調子が悪いんか」
 欣造は益代の股間を手で探った。
「いつものように濡れてるやんか。むりに我慢せんでもええで」
「今夜は我慢してみる。我慢できるかどうか試してみたいんや」
「しとうなったらいつでもしてええからな。無理に我慢せんでもええんやで」
「あんた、私が淫乱女やと思うてる?」
「まあ、好き者やとは思うが淫乱というほどではないやろ。わしも好きなほうやけど、一時、調子が悪い時があったなあ」
 外国留学から帰国して暫くした頃に長男が生まれ、次々に子供が生まれた。益代は育児に忙殺され、欣造は教授を目指して研究に熱中する。夫婦生活が少し疎遠になったのはその頃であった。
 その時、益代は若い頃のめくるめくような性生活を懐かしく思った。このまま、年老いて朽ち果てるのか。何ともやるせない気持ちであった。欣造の同僚の夫人が駆け落ち事件を起こしたのもその頃である。世間は夫人を淫らな女と噂したが、益代には夫人の気持ちが分かるような気がした。このとき以来、欣造はセックス評論家として知られるようになった。
 夜中に益代は体を摺り寄せた。
「やっぱり抱いて頂戴」
「そうやろう。それでええんや」
 励造はいつものように益代を抱いた。
                    
                    了

四宮教授の優雅な性生活

執筆の狙い

作者 大丘 忍
p4183129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

以前に同じ題で投稿したことがありますが、その拡張版です。

コメント

臼井愛華
zz20214010616AB4EEE1.userreverse.dion.ne.jp

とてもいいと思います。でも、題名を前回とは変えた方がいいのでは?

大丘 忍
p0251258-vcngn.oska.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

読んでいただきありがとうございます。題名は変えてもいいのですが、今回も性科学者四宮博士の性教育の話ですから同じにしました。内容的にはかなり違っておりますが。

夜の雨
ai194107.d.west.v6connect.net

「四宮教授の優雅な性生活」読みました。

性理論を夫婦生活という愛情物語に絡ませて描いたような作品でした。
前半部分が益代が四宮欣造という男と出会うエピソードでつづられているのですが、大学時代での卓球クラブの話から入っています。
この出会いやら益代が四宮欣造に惹かれていくエピソードや四宮欣造が益代に惹かれていくエピソードが具体的でわかりやすいです。
小説はエピソードで構成して書き進めれば読んでいてわかりやすいのですが、つい説明調で書き進め、小説を読んでいるのか説明文を読んでいるのかわからないような作品が多々あります。
御作の場合は重要なところはすべてエピソードで描かれているので、内容が具体的でわかりよい。

後半は雑誌社の取材からですが、四宮欣造がしゃべるわしゃべるわ(笑)、このシーンは雑誌社の記者ではありませんが、思わずにやりとしますし、編集長が興味を持ち、もう一度取材をしてこいというのもうなずけます。
二回目の取材は「高齢者の性生活」について、さらに突っ込んだ話になります。
老後になっても妻との性生活は重要で、それが愛情表現になっていることはもちろんで、夫婦の性生活にまつわるいろいろなエピソードや知恵が次から次へと出てくるところが面白い。
まさに性理論を持ち合わせた、性評論家の四宮欣造教授でありました。

性生活にまつわる話を具体的に書かれているので説得力がありました。
主要登場人物が益代と四宮欣造のふたりなので、作品の中身が二人中心に描かれていて深いところまで書かれていたのではないかと思いましたが。

あと、御作を読んでいて思ったのですが、作者の大丘さんはこちらの作品を冷静に見つめて書いておられることが細部から伝わってきました。

お疲れさまでした。

大丘 忍
p4183129-ipoe.ipoe.ocn.ne.jp

 夜の雨様「四宮教授の優雅な性生活」を読んでいただき感想を有難うございます。私の小説は、具体的な行動描写から入るのが多く、観念的理論から入るのが苦手なのでその様になると思います。また、そのほうが読者にも理解しやすいように思いますので。
 私の青春時代から老年までの体験として、夫婦愛というものはその性生活に大いに影響されると思っております。夫婦は愛し合っているからこそ性生活を楽しむのではないかと。
 私の小説は、具体的体験を基にしたのが多く、卓球は高校、大学と卓球部の選手を続けていましたのでその様にしました。実際の女房との出会いは卓球ではなく、寄宿舎の劇に出場してくれた女子学生なんですがそれは他の作品に流用しております。
 年老いての性生活は非常に大切なものと自分の体験を通じて実感しております。四宮教授を通じてその一端を披露しました。
 高校の頃、尻の大きい女は安産型だから嫁にするなら尻の大きい女を選べと言った母の言葉が耳に残っており、私の作品の女性は、また、実際の女房もその様になってしまいました。
 男女が仲良くセックスを楽しむと言う小説は書いていても楽しく、老化防止に効果がありますね。読者の皆様もその様に楽しい人生でありますようにと祈っております。

ご利用のブラウザの言語モードを「日本語(ja, ja-JP)」に設定して頂くことで書き込みが可能です。

テクニカルサポート

3,000字以内