作家でごはん!鍛練場
久方ゆずる

『アイネクライネナハトムジーク』

 今日もオーヒラ探偵事務所には依頼人が一人も来ない。

 僕はコンロの一つに鉄製のフライパンを載せ、弱い火を掛ける。
 鉄製のフライパンの中には乾燥した小さめのトウモロコシの粒が沢山入っていて、フライパンを火に近づけたり火から遠ざけたりする度に、一粒ずつ花のように開いていくのが面白い。

 パンパンと音を立てて、五粒目のトウモロコシが花になった時、後ろのテーブルで椅子に腰をかけてるオーヒラが「うーん」と伸びをする声が聞こえた。

「ポップコーンはもう出来そうか?」

 オーヒラが涙声で言って、僕は、

「そうだね。後五分ってところかな?」

 と答えた。

 僕、こと、ジェス=マーティンは、オーヒラ探偵事務所唯一の探偵、つまり、経営者である大平真(おおひらまこと)の助手であり、二年前の二十歳にこの国に渡ってきた頃、道端で手描きのポストカードを売っているところをオーヒラにスカウトされたのである。

 スカウトの理由は知らない。

 オーヒラが手に持っていた新聞紙を四つにたたんだら、電話のベルが鳴った。

「誰だろう?」
「オレが出る」

 オーヒラが椅子を立って、部屋の隅のミニテーブルに置いてある古い電話の受話器を取った。

「もしもし」

 それからオーヒラの表情が変わって、相手が依頼人である事がすぐに分かった。

「分かりました。すぐに向かいます」

「事件なの?」

 オーヒラが受話器を乱暴気味に置いて、僕はいつもの質問をした。
 オーヒラはこちらを振り返って、低い声で、

「殺人事件だ」

 と言った。


 事件現場は、アガサ家という屋敷だった。

 その長女の誕生日パーティーで、その長女が突然、死亡したという事だった。
 オーヒラが長女の父親に話を聞いている。僕は、その横で、被疑者である長女の取り巻き男性陣を一人ずつ観察した。

 人数は五人。

 一人目は、向かって一番左に立っている。金髪のマッシュルームカットの男性。長女の夫らしい。
 ヘラヘラと笑っている。

 二人目は。その一人右隣の男性。この屋敷のパティシエだそうだ。
 ビクビクと脅えている様子。

 三人目。黒髪の男性。ハンサムで女性に好まれそうな雰囲気。
 長女の幼馴染みらしい。泣いているのかもしれない。

 四人目。無邪気そうな男の子。
 なにやら、不思議な表情をしている。

 五人目、背の高い細い青年。
 芸術家っぽいかなあ。表情は読めない。

「お話は了解致しました」

 オーヒラが長女の父親にそう言って、皆がオーヒラを見た。

 オーヒラは背が高い。黒のスーツを着た男だ。少し光沢のあるスーツに、フリルのついた白のシャツブラウス。黒いリボンタイが彼のトレードマークだ。

 僕は、普段着の上にコートを着ているだけだ。

「警察沙汰にはしたくない。だから、あんた達に頼んだんだ。ちゃんと解決してくれるんだろうね?」
「大丈夫です。きっと、解決してみせます」

 長女の父親にそう答えたオーヒラに、僕は目で、「大丈夫?」と聞いてみた。
 オーヒラは、明後日を向いて、僕は、「これは怪しい事になったなあ」とひっそりとため息を吐いた。

「死亡女性の死因は不明。顔色から見ておそらく毒によるものだと思われます。それがどこから摂取されたか? 死亡当時の状況をお話頂けませんか?」

 オーヒラの言葉に、パティシエが怖ず怖ずと右手を上げた。
 逡巡した様子で、ぽつりぽつりと話し始める。

「ええと、彼女のご主人がお作りになったクッキを召し上がったすぐ後に、苦しそうにテーブルに伏せられて、そのまま……」
「ほう、では、そのクッキーが疑わしいですね」
「はい……」

 パティシエは、恐ろしそうに、長女の夫を横目で見た。
 夫は不気味な笑顔を見せて、何を思っているのか。

「僕」

 横から、無邪気そうだった男の子が泣きそうな表情で入ってきた。

「僕、その前にハンドクリームをプレゼントしたんです。彼女、そのクリームを手に塗って……もしかして、僕が犯人とかじゃないですよね? それなら、自首しようかしらん!」

「本当ですか。ちょっとそのハンドクリームを見せて下さい」
「はい。これです」

 男の子からハンドクリームを受け取ったオーヒラは、裏の成分一覧を真剣な目で見つめた。

「ふうん。確かに、毒素のある成分が含まれていますね。しかし、このハンドクリーム一本丸ごと飲みでもしない限り、致死量には届かないんじゃないかなあ?」
「本当に!」

 オーヒラは、「失礼します」と言って、ハンドクリームの蓋を開けた。
 もちろん、両手には手袋をしている。

 チューブの穴からクリームを少しだけ出して、匂いを嗅ぐ。

「うん。大丈夫そうだ。でも、一応、預かっておきます」
「はい。大丈夫かなあ」

 オーヒラはそのハンドクリームを自分のコートを一緒に僕に預けた。
 ハンドクリームのチューブには、花のイラストと、『Thank you!』の文字が悲しく踊っている。
 
「テーブルを拝見すると、二種類のクッキーがありますね。どちらを召し上ったのでしょうか?」
「こちらです。中心にドライチェリーのついた絞り型の方です」

 また、パティシエが恐ろしそうに、右の銀のトレーを指し示した。
 まだ、六枚、同じ様なクッキーが残っている。

「このクッキーを作られたのは貴方ですね? 奥様は一枚目で……?」
「へへ。そうだよ。彼女、欲張りだからねえ」
 夫が言った。

「どういう意味ですか?」
「さあ。ふふ」

 夫は、ずっと笑っていたが、一瞬、普通の表情になって、
「もっと欲張りだったら、死なずにすんだのかもな」
 とつぶやいた。

 オーヒラはそれには答えず、左の銀のトレーを見た。

「チョコレートとバニラのクッキーです。この方と私が一緒に作りました」

 パティシエはそう言って、黒髪の幼馴染みと紹介された男性を見た。
 黒髪の男性はハッと顔を上げ、オーヒラ、それから、僕を見た。
 そうして、そっぽを向いて、「そうです」と答えた。

「このクッキーは、召し上がったのですか?」

 チョコレートとバニラで出来た格子柄のクッキーは七枚残っている。

「召し上がれていません。ご主人が先に食べるよう仰ったのですが、奥様はドライチェリーが好きだからと言って……」


 後日。

 オーヒラ探偵事務所の食堂で寛(くつろ)ぐ僕達の元に、夕刊が届いた。
 オーヒラがその夕刊を拾い上げ、一面を見つめた。

「何か事件ある?」
「いや、特には」

 オーヒラがその新聞を持って、テーブルの自分の椅子に座った。
 三面の社会面を開く。

 かさかさという新聞紙をめくる独特の音がして、オーヒラの表情が曇った。
 
「『アガサ家の惨事! 婿養子の嫉妬は大きい方に』か……」
「ああ、あの事件、載っちゃったんだ」

 結局、あれは、幼馴染みと不倫をした妻を夫が毒殺したという結末だった。
 夫は、一番大きなドライチェリーに猛毒を仕込み、それを一番最初に食べた妻が死亡したというものであった。

 夫は事前に、浮気相手の妻の幼馴染みに、毒を仕込む事を伝えていた。
 幼馴染みはそれを聞いて頷いたそうだ。

「で。幼馴染みのクッキーには解毒剤が入っていたの?」
「調べてみたが、幼馴染みの作った方のクッキーにはどれも薬のような物は仕込まれていなかった。ただ……」

「ただ……何?」
「夫のクッキーの一番小さなドライチェリーには解毒剤が仕込まれていた」

「それは」

 オーヒラは、新聞紙を四つにたたんで、テーブルのミルクティーのカップに左手を伸ばした。

 その時、音楽家志望の青年が歌った、自作詞の『アイネクライネナハトムジーク』が空しく脳裏に浮かんだ。


 ――本当に、私を愛していたは誰?――


END

『アイネクライネナハトムジーク』

執筆の狙い

作者 久方ゆずる
240.133.31.150.dy.iij4u.or.jp

久しぶりに書いたミステリー的な何かです。
拙くてスミマセン。
短いです。感想を頂けると嬉しいです!!

コメント

久方ゆずる
240.133.31.150.dy.iij4u.or.jp

×オーヒラはそのハンドクリームを自分のコートを一緒に僕に預けた。
○オーヒラはそのハンドクリームを自分のコートと一緒に僕に預けた。

夜の雨
ai227164.d.west.v6connect.net

『アイネクライネナハトムジーク』読みました。

外枠の構成は探偵物のような形になっていましたが、エピソードがしっかりと練りこまれていないですね。

ここでいう「外枠の構成」は、探偵事務所に依頼人が来ない、という導入部から始まり、コンロの上で鉄製のフライパンにトウモロコシがというくだりで、いかにも暇そうな探偵事務所での助手の主人公。
そこに依頼の電話が入り、殺人事件の現場へ。
現場ではアガサ家の長女が誕生パーティで殺されていた。
容疑者は五人いて。
というような展開で、ラストはオーヒラ探偵が見事に解決したのかどうかわからない設定で終わりました。

要するに、外枠の構成はまだしも、中身のエピソードが作りこまれていないので、毒殺がどうなっているのかが、わかりにくい。
またキャラクターも練りこまれていないので面白みに欠けます。

お疲れさまでした。

偏差値45
KD106154138106.au-net.ne.jp

うーん、ちょっと明確には分からなかったですね。
より深く読み込めば正解が見えたかもしれませんね。
ミステリー、、、シャーロックホームズは好きで読んだことがありますが、
最後に「なるほど」で終わるので爽快感があるわけですね。
そういうものが欲しいですね。
とはいえ、トリックは自分は作れないので難易度はとても高いのかな、
とは思いますね。

えんがわ
KD106155001068.au-net.ne.jp

推理小説らしいので、紹介欄から自分は犯人をパティシエと予想しました。

やはり毒を盛りやすいというのがあるのと、ビクビクと怯えているらしいので。


それで予想は大外れなんですけど、なんか動機が、こう、取ってつけたというか。
殺害方法も、あれ、そんなにこの人じゃないと出来ないものなのかなとか。
アリバイとか。あれ?

なんかあんまり釈然としないのが残りました。

もうちょっと濃くないと、こういうジャンルはミステリとして楽しめないのかなと思います。

貧乏探偵とかは、けっこう使い古されたテーマですけど、味はありますよね。ロマンはありますよね。

確かに出だしはワクワクしましたので、後半に自分が感じた失速が痛いんですけど、それでも捨てがたいなー。この雰囲気。

久方ゆずる
240.133.31.150.dy.iij4u.or.jp

皆さん、ご感想をありがとうございます。

ミステリー……本当に難しいです。
実は結構短い時間で書き上げてしまったので、ドラマもトリックも中途半端な仕上がりになってしまったな……と今では感じています……。

ぶっちゃけ、不倫しておられる方にブチ切れられて……。
もっと、心情に寄り添えた描写を出来たらなあ、と猛省しております。

毒の種類とかもきちんと書けなかったですし。そこも気になります。

このキャラクター達は初なので、また、どこかでお目に掛かれると嬉しく存じます。
ありがとうございました。

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