作家でごはん!鍛練場
大丘 忍

五十年前の約束

 小説家の山崎幸三は還暦を迎えた時に、七十歳で死のうと思った。身体はきわめて壮健とまでは言えないが、死に至る病を持っているわけではない。六十歳が近づくと夜間頻尿、物忘れをするという年齢相応の衰えを少々は感じている。
 ことの発端は妻の育代が胃の内視鏡を薦められたことにある。胃内視鏡をするとなれば、てっきり胃ガンだと思った。
 夫婦で受けた市民検診で、幸三は血圧がやや高い程度で問題はなかったが、妻の育代は胃のレントゲン検査の結果で内視鏡による精査を薦められたのだ。
「ガンですか?」
 幸三は顔色を変えた。育代も緊張して医者の顔を見つめている。
「さあ、それをはっきりさせるために胃内視鏡検査が必要なのです」
 医者はシャアカステンに掛けたレントゲンフイルムに赤鉛筆で印をつけた。そこにガンがあるのだろう。
 妻がガンで死ぬかもしれない。
 妻が死んで、あとに一人だけ残された自分を想像してみる。考えても見なかった恐ろしいことだった。四十年、何の疑いも無く連れ添って、夫婦がいずれは死に別れをするとは、理屈ではわかっていても、実感を伴わなかった。幸三は妻の死に耐えられないと思った。死に別れはまだ先のことだと思っていたのに、還暦にもなると案外近づいているのかもしれない。妻との死に別れという苦痛を免れるためには妻より先に自分が死ねばいいわけだ。そのためには、妻が生きている間に自分が死ぬという事を決めておかなければならない。
 幸い、妻の胃内視鏡検査の結果では胃ガンの所見は認められなかった。二人とも現在の健康状態からすれば、あと十年、つまり幸三が七十歳までは生きるだろう。その先は分からない。
 六十歳までの十年間と、六十歳を過ぎてからの十年間とが同じだとは思えない。体力、気力の衰えは歳とともに深まっており、何よりも創作意欲が衰えたことを実感している。七十歳を過ぎればその衰えはさらに進行しているだろう。
 この調子では、七十歳までは何とか創作ができるかもしれない。七十歳を過ぎても活発な創作活動を続けている作家は沢山いるが、自分には果たしてこれまでのような活動が七十歳を過ぎてもできるだろうか。多分、できないと思う。七十歳を過ぎて日本人の平均寿命の、つまり八十歳頃まで生きたとしても、それはマイナスの人生に違いないだろう。社会のお荷物になるだけだ。体調の衰えを気にしながら、何もできずに、ただ生きているだけという生き方に価値があるだろうか。人間が生きる価値とは、活動的であり、社会に貢献できることにあるのではないか。
 夕食のときに幸三は育代にこのことを話した。
「俺は七十歳で死ぬことに決めたからな」
「何をあほなことを言うてんの。どこも悪いところがないのに」
 京都で生まれ育った育代は、ときどき関西弁を使う。
「だから七十歳の誕生日に死ぬつもりだ」
「あんた、自殺するの?」
「そういうことになる」
「あほらし」
 育代は冗談だと思って笑いながら後片付けを始めた。
「俺が死んだらお前はどうする」
 いつになく真剣な表情を見て、育代が片付けの手を止めて食卓に坐った。
「あんた本当に自殺するつもり?」
「そうだ」
 育代は大きく目を見開いて幸三を見つめた。育代のふっくらとした頬は、さすがに僅かに皺が目立つがまだ若い頃の面影を残している。
 この女が先に死ぬことは俺には耐えられない。幸三は改めてそれを実感した。死別には女の方が強いはずだ。
「そりゃあ、いつかは死に別れることになるけど、なにも七十歳で死ななくても……」
「ぐずぐずしていて、お前に先に死なれたら大変だからな」
「私はまだ大丈夫ですよ」
「死ななくても、寝たきりになったりぼけたりしたらどうする。そうならないという保証があるか」
 育代の父親は六十代で脳卒中となり、数年の寝たきりを経て死んだ。父を看病していた母は、父の死後、七十歳過ぎで認知症になっている。幸三はそのことを言っているのだ。
 育代はうつむいた。
「あなたが七十歳で死ぬなら……」
 育代は顔を上げて続けた。
「その時に私も一緒に死にます」
「なにも、お前まで死ななくていい。俺を看取ってくれるだけでいいんだ」
「あなたが居ないのに生きていてもつまらないし、私が後に残って、寝たきりや認知症になったら子供達に迷惑をかけるだけでしょう」
 幸三は妻を道連れにするつもりはなかった。しかし、育代の言うとおり、自分が死んだあとに残された育代のことを考えると、一緒に死ぬのがいいかもしれないと思った。
「そうだな。二人で一緒に死ぬか」
 まだ十年先のことである。育代には実感が湧いてこないらしい。
「それがいいわ。そうしましょう。あの時の約束ですからね」
幸三は育代が言うあの時の約束を思い出した。

 幸三が大学工学部の学生の時だった。戦争は敗色が濃厚となり、多くの若者が特攻隊として戦場に散って行った。幸三は工学部に在学していたために応召の猶予を得ていた。
 育代と知り合ったのはこの頃である。育代は幸三が下宿している家の大家の娘だった。育代の父は退役軍人で、いくつかの借家を持っている。京都はまだ戦災を受けていない閑静な住宅街であった。
 いつしか育代との間に愛が芽生え、人目を偲んで逢瀬を続けていた。
「私、妊娠しているらしい」
 ある日、幸三の部屋で抱き合ったあとで育代が呟いた。夏に入ったばかりの暑い日だった。
 妊娠には気をつけていたはずであった。将来は育代と結婚するつもりだったから、妊娠したとすれば、結婚を急がねばならない。
「では、ご両親に打ち明けて結婚の手続きをしなければ」
「あなたと結婚はできないの」
 思いがけない言葉である。
「どうして? 僕が若すぎるから?」
「私には婚約者がいるの」
「婚約者がいながら僕と付き合っていたのか」
 育代が二股をかけるような淫らな女とは思えない。幸三は育代を問い詰めて事情を聞いて納得した。それは突然に降りかかった災難とも言えるだろう。
 育代の兄は陸軍少尉で、陸軍士官学校を出た職業軍人である。一ヶ月前に帰宅した兄から、兄の先輩の陸軍中尉と結婚するように言われた。中尉は陸軍士官学校を首席で卒業して、将来を嘱望されている青年士官だった。父や兄が乗り気になったのは当然である。
 幸三との関係は両親にも兄にも伏せてある。男女七歳にして席を同じうせずという教えが浸透していた時代であるから、男女の自由恋愛が許される筈はなかった。ましてや、嫁入り前の娘が肉体関係を結ぶのはもってのほかの国賊的行為である。
 あまりにも突然の結婚話に育代は反対したが、中尉は長身で凛々しい軍人である。父や兄に反対する理由の説明ができなかった。そうこうするうちに話はすすみ、夏の終わりに結婚することが育代の意思とは無関係に決められてしまっていた。
 育代が妊娠している事が分かったのはそんな時である。
 処女でないことを隠して、しかも妊娠していることを隠して陸軍中尉と結婚することはできない。ましてや、その事実を暴露して結婚を断ることは、兄の立場を考えるとなおさらできないことだった。
「どうするつもりだ」
「どうしようもないの。私が生きているかぎり……。私は死ぬしかないの」
 生めよ殖やせよが国策の時代で、妊娠中絶は法度だった。中絶したところで、口をぬぐって中尉と結婚することは育代にはできないだろう。
 幸三は育代の悩みがどれだけ深刻であるかを知った。最後の手段として、二人で駆け落ちをすることを考えみた。しかし、これは不可能である。徴兵猶予とはいいながら、学徒動員はその範囲を拡大し、技術系学部にも及んでいた。幸三にもいつ召集令状が来るかもわからない。召集期日までに出頭しなければ、前線離脱、徴兵忌避として銃殺刑となる。憲兵は日本の隅々まで探して、その探索から逃れるすべはない。
 徴兵されれば、生還できる可能性は極めて低い。家族から絶縁され、父親の無い子を妊娠した育代が生きていける場は国内にはなかった。
 こみ上げてくる衝動にかられて幸三は育代の肩を抱いた。
「だめ、あなたは関係ないの。死ぬのは私だけでいい」
 死ぬしか方法がない育代を見捨てることはできない。
「君だけを死なせるわけにはいかない。僕も同罪だ」
「許して……」
 育代は幸三に縋り付いて泣いた。
 翌日、幸三は大学の前に立って時計台を見上げた。見慣れた時計台をしっかりと網膜に焼き付けようとした。京都大学の前を通り過ぎて吉田山に向かう。麓の中西屋書店を覗いてみた。何人かの学生が専門書を手にしていた。希望に燃えて入学したとき、この中西屋書店で教科書を買ったことが思い出される。吉田山の中腹から京都の街並みを眺めてみた。戦争を知らないかのごとく平和な街だった。
 懐かしい京都の街も大学もこれで見納めかと思う。吉田山を下りながら涙が流れ落ちた。
 翌日二人は大阪城公園のベンチに坐って空を眺めていた。大阪の多くの街は空襲で焼き尽くされていたが、大阪城の周辺の一部は戦災を免れている。
「本当に死んでもいいのか」
 育代は顔をこわばらせて頷いた。
「死ぬのは怖くないのか」
「怖い。死にたくない。でも仕方がないの」
 育代は肩を震わせた。
 幸三も死ぬのが怖くないといえば嘘になる。しかし、戦線に狩り出された学友の幾人かはすでに戦死している。最前線に赴いた学生の殆ども、いずれは戦死することになろう。幸三が応召されるのも時間の問題と考えていい。いずれにしても、死を免れる可能性は少ない。それなら戦線で国のために戦って死ぬか、育代との愛を貫くために死ぬか。幸三に迷いは無かった。人々は幸三や育代を国賊と言うかもしれないが。
 遠くでサイレンが断続的に鳴り始めた。
「警戒警報発令」
 拡声器から流れて来る音を二人は夢の中のでき事のように聞いた。
 突然サイレンが連続音に音色を変えた。
「空襲警報発令」
 拡声器がヒステリックにわめきたてる。周りから人影が消えた。
「そこの二人、早く避難しろ」
 警防団の男が声をかけて走りすぎた。
 暫くして米軍機の群れが上空をかすめて行く。
 タタタタという竹を叩くような音が土煙を上げて二人の傍を掠めて通りぬけた。米軍機の機銃掃射である。二人は抱き合って身を縮めた。
 米軍機が去って二人は顔を見合わせた。幸三は機銃掃射が二人の上を通ってくれなかったことを恨んだ。
 死のうと決意したものの、若い二人にはそれを実行に移すことが容易ではないのに気がついた。死なねばならぬという必然性は、若い二人の生命力の前には無力であった。健康で若い命は死を本能的に拒絶する。
 二人は死のうとして死にきれず、さらに死に場所を求めてさまよった。ある日、とうとう自殺の名所と言われる断崖の上に立った。数十メートルの崖下には、岩を洗う白波が、牙のように光って待ち受けている。育代は断崖から下をのぞき込んでそのあまりの深さに怖気づいたのか、足を震わせ、断崖の上に座り込んで動かなかった。
「飛び込むのは怖い!」
 育代が震える声で泣きながら叫んだ。
「思い切って飛べばすべてが終わりだよ」
「わかってる。わかってるけど怖いの!」
「さあ、一緒に飛び込もう」
 幸三は育代の肩を抱いて宥めるように言った。豊満であった育代の躰は、つわりと連日の死への恐怖でやせ衰えていた。
 育代は震える足に力をこめてやっと立ち上がった。おそるおそる崖を覗いては幸三にしがみつく。
「やっぱり駄目。怖い」
 育代は凍り付いたような顔で座りこむ。
 どれくらい時間が経っただろうか。夏の陽射しが弱くなり、日は暮れかけている。
「私は駄目。自分では死ねない。私の首を絞めて殺して頂戴」
 育代は断崖から少し離れた所に座った。育代の手が細かく震えている。
 幸三は育代の後ろから首に手をかけた。育代は目をつむって合掌した。
 首にかけた幸三の手から力が抜けていった。
「どうしたの? 早く殺して、早く楽にして」
 いつまでも動かない幸三をいぶかったように、育代が振り向いた。幸三は育代を抱きしめて鳴咽した。
 その夜、二人は悄然と旅館まで帰ってきた。
「今日も死ねなかったね」
 力なく幸三が呟いた。
 幸三は育代の躰を求め、二人は激しく抱き合った。死の恐怖がいっそう二人を興奮させるようであった。残された僅かの命をむさぼり尽くすように交わった。
「死ぬこともできない、いくじなしだ」
 育代を離して幸三が自嘲した。
「私、死にたくない」
 育代が腹を擦りながら言った。
「死ぬしかないと言ったじゃあないか」
「あの時はそう思ったの。でも……」
「仕方ないんだよ。やっぱり二人一緒に死ぬしかない」
「でも……」
「僕は間もなく招集されて前線に送られる。多分生きては帰れない。君は父無し子を生んだ淫らな女として世に受け入れられないだろう。もう召集令状が来ているかもしれない。そうなると僕は前線離脱で死刑になる」
 育代は沈んだ表情でうつむいた。
「死ぬしかないな」  幸三は諦めたように言う。
 育代は畳につっぷし、身をよじるようにして泣いた。
 長い間泣いたあと、
「死ぬときは一緒に死にましょう。約束するわ。でもそれは今ではないの。この子が大きくなって、私達が必要でなくなってから」
 育代はもう一度腹をいとおしそうに撫でて息をはずませた。
「もし僕が戦死したらどうする」
「私一人でこの子を育てます。死んだつもりで……。この子が私を必要としなくなったらすぐにでも貴方の後を追って死にます。喜んで死にます。だから今は命を助けて。お願い。私はどんな事をしてもこの子を育てますから」
 幸三は顔を歪めて首を振った。
「駄目だ。君一人で子供を育てられるはずは無い。明日もう一度断崖に行ってみよう。明日は必ず飛び込むんだよ」
「断崖はいや。それならここで首を絞めて殺してちょうだい」
 幸三の手で育代を絞め殺すことはできなかった。明日は育代を抱えてでも飛び込もうと思った。
 翌日、八月十五日の正午、旅館のラジオから重大放送が流れた。
「戦争に負けたのかしら」
 旅館から出ようとして、何気なく耳を傾けていた育代が振り返った。
 戦争が終わった。今の日本軍の戦況ではあり得ることだと思った。放送を聴いていた土地の人たちが拳を握り締めてうつむいている。
「どんな放送だったのですか」
 念のため旅館の主人に尋ねてみた。
 主人は目を真っ赤にして、
「日本が負けたらしい」
 と涙声で言った。
 幸三と育代は顔を見合わせた。
 戦争が終わったなら、幸三が戦地に取られることはなくなる。もし既に召集令状が来ていたとしても、逃亡罪で処罰されることもないだろう。
 二人はどちらとも無く部屋に引き返した。今日こそ断崖から飛び込む積りで出かけようとしていたのだ。
 二人は放心したように、抱き合ったまま部屋で坐っていた。
 生きているという実感が身体に突き上がってきた。
 もしこの放送を聴かなければ、今頃は崖から飛び降りているかもしれない。
「私たち、生きていてもいいのかしら」
 育代がすがるような目つきで言った。
「もし放送が本当だとすれば」
 断崖から飛び降りるのは慌てることは無い。この放送の真偽を確かめてからでも遅くは無い。敗戦が本当なら生きる道が残されていると思った。

 数週間後、幸三と育代は東京の郊外に居た。
 終戦直後の荒廃した東京で必要なものは先ず食料であった。幸三は農村から食料を運ぶ手伝いをしていた。闇の運び屋である。育代は農作業の手伝いをした。東京郊外でひっそり暮らしている二人に注目する者は居なかった。
 育代は無事に男の子を出産した。二人の生活は何とか安定し、数年が過ぎた。幸三は闇屋、進駐軍の通訳、進駐軍相手の娼婦のラブレター代書、金になることは何でもやった。
 仕事を転々としながら幸三は小説を書いていた。死に場所を求めてさ迷い歩いたときの経験を描いた「断崖」という作品が小説の新人賞を受けたことで幸三の生活が一変した。受賞後の第二作も雑誌に掲載され、小説家としての足場を築くことができた。
 幸三が新人賞をもらった作品では、強制された死、死にたくないと叫びながらの死が、いかに残酷なことであるかが克明に描写されている。
 幾多の若者が、どんな気持ちで戦死していったかを思うと幸三の心は重くなる。死にたくないと思いながら死ぬからこそ、死の恐怖、死の苦痛があるのではないか。断崖で叫んだ育代の悲痛な声が未だ耳に残っている。
 歳をとってくると、死に対する恐怖が薄れ、いかに上手に死ぬかに関心が移ってくる。
 死後に心配を残す必要のない幸三は、還暦を迎えたとき、今なら死ねると思った。別にすぐに死にたいとは思っていないが、いつ死んでも悔いはない自信があった。本当は二十歳で死ななければならない命であった。
 七十歳で死ぬと決めた時、七十歳ならむしろ喜んで死ねるのではないかと思った。育代と一緒に死ぬことで、夫婦が死に別れると言う悲しみを避けることが出来る。そのような死に方をぜひとも試してみたいという誘惑を抑えることはできなかった。七十歳で死ぬとき、果して平静な心で喜んで死ねるかどうか、これは作家としての幸三の興味をかき立てるテーマであった。
 七十歳まであと十年ある。十年と限ることによって、この命を有意義に使うことができる。幸三と育代は毎年人間ドックに入って精密検査をした。病気で死んでしまってはこの素晴らしい計画が台無しになる。二人とも、大した病気がないことを確認すると、食事の注意、運動を心掛けて健康を維持することを最大の課題とした。
 一番の問題点は死ぬ方法であった。
「痛いのや苦しいのは嫌ですよ」
 育代は何回も念を押している。
 刃物は駄目だ。考えただけでもぞっとする。毒薬はどうか? 推理小説では簡単に手に入ることにしているが、現実にはそれは難しい。また苦しみが大きいかも知れない。色々の自殺手段があるが、楽に死ねる方法はあまりなさそうである。
 幸三は、自分らのように今後の人生に未練はなく、楽に死にたいと思っている高齢者の為に、国が安楽死施設を作るべきだと思っていた。高齢者社会とはいいながら、日本ではあまりにも高齢者が多すぎる。もはや社会に貢献できず、マイナスの人生しか送れない人は、自分の意思で安楽に生涯を閉じることができるようにした施設があってもよい。ここに入れば、国家の手によって安楽に死ぬことができるようにする。こうすれば、高齢者にかかる膨大な医療費も節減できて、日本のこれからの財政安定化に貢献できるのではないか。もしこのようなことを、政治家が発言したなら、命の尊さを盾にとっては反対政党や文化人から猛烈な反発を受けるだろうが。
 老人が老人を介護し、介護に疲れ果てて殺したり、心中を図る事件が後を絶たない。高齢者が病気になった場合、治癒するまで病院に置いてもらうことは難しい。病状が固定すれば、退院して家庭で看護することになる。本来は国家がなすべき高齢者のケアを民衆の手に投げ出しているのだ。これで福祉国家といえるのか。高額な費用を要する介護施設に入所できる人は良い。そのような経済力のない庶民はどうするのか。
 このように考えると、現在の日本の見せかけだけの福祉行政には腹が立ってくる。このような現状に目を瞑って、何が人命の尊重かと言いたかった。高齢者が不安なく死ねてこそ生きる喜びがあるのではなかろうか。少なくとも、自分はそんな悲惨な状態にいたるまでに、自分で人生を閉じたいと思っている。だから、政府が安楽死施設を作らない以上、死に方は自分で選ばねばならない。
「やはり断崖から飛び込むのが一番良いかな」
 と、幸三が呟いた。
「いやよ。ぞーとするわ」
 育代は身震いした。あのときの恐怖の記憶が蘇ったらしい。
「もっと楽な方法がある筈よ」
 二人は毎日知恵を絞って死ぬ方法を考えた。
「ねえ、あなた、雪の中で眠り込んだ酔っぱらいが凍死した事件があったでしょ」
 育代が以前にニュースで見たという。
「眠っている間の凍死って楽ではないかしら?」
「それは名案かも知れない」
 幸三も賛成した。
 色々検討してやっと決まった方法は、冬に何処かの雪原で睡眠薬をやや多めに飲むことであった。あまり多く飲めば嘔吐して効果は薄いと言う。飲む量は調べておかなければならない。少し寒いのを我慢すれば、すぐに眠りに落ちるだろう。雪原で眠ってしまえば、凍死することは確実である。眠っているうちに死ぬのであるから、これは楽でしかも発見されて救助されない限り失敗することはない。幸いにも幸三は二月生まれであるから誕生日は酷寒の季節だ。
「睡眠薬を飲んで眠くなったら、効果を確実にするために裸で抱き合おう」
「あなた、まさか……、裸で死ぬなんて、発見された時に恥ずかしいじゃあないの」
 育代はあきれ顔で幸三を睨む。
「死んでいるんだから関係ないよ」
「そういえばそうだけど」
「よし、決めた。そうしよう」
 それから二人の生活は一変した。死ぬ日が決まれば、生きている時間の貴重さが実感される。幸三の作家としての活動が精気を取り戻し、大作が次々と発表された。これまでの作品と違って生と死を扱ったテーマが多く、鬼気迫る感動を与えた。
 育代との愛情が細やかになり、遠のきつつあった夫婦生活も活気を取り戻した。夫婦で国内はもとより、外国の各地を旅行して回った。
 六十九歳の誕生日、幸三と育代は北海道のひなびた旅館にいた。窓から見渡すと広大な雪原が広がっている。
「あの辺りが良いだろう」
 幸三は、窓から見えるこんもりとした丘を指さした。
「あなた、本気で死ぬつもりですか」
 幸三は育代を振り返った。
「当り前じゃあないか」
 育代の顔がこわばっている。
「どうした、死にたくないのか?」
 育代はかすかに首を振った。
 幸三は窓から離れて育代の側に座った。
「まさか、冗談じゃあないでしょうね。その場になって、あれは冗談だったなんてことは……」
 目が笑っていない。幸三を見据えている。
「俺は初めから本気だよ」
「でも、あなたも私もまだ元気でしょ。この調子ならあと五年や十年は生きられるかも知れませんよ」 「そりゃあそうだが」
 と、幸三は育代をいたわるように言う。
「どうせ人間は何時か必ず死ぬんだ。それなら五年や十年早くなってもどうってことはないじゃあないか」
「そうですね」
 育代がうなずく。
「若いときの五年や十年なら値打があるが、この歳では、もしぐずぐずして寝たきりにでもなったら大変だからね。本人が苦しいだけでなく、子供に迷惑をかけることになる」
 幸三はさらに続ける。
「俺はやりたいことはすべてやったし、残された課題はどれだけ上手に死ぬかということだけだ。お前が死にたくなかったら、無理に俺に付き合わなくても良いんだよ」
「あなたが死ぬ時は私も一緒に死にますよ。死に別れなんて御免だわ」
 育代の顔に笑みが戻った。
「来年ここに来ることにしよう。それまでに心の準備だけはしておくことだな」
「準備ならとうにできています。あなたの体の方は大丈夫?」
「体?」
「だって、裸で抱き合って死ぬのでしょ」
 育代の言葉で幸三が噴出した。
「まさか、抱き合うと言ったって、若いときと違ってそこまではしなくていいよ。身体を密着させるだけだよ」
「密着だけではつまらないでしょう。どうせ抱き合うのやったら、いつものようにしたらどうやの」
「できればね」
「だから、出来るようにこれからも訓練するのよ」
 幸三が七十歳になる年、息子夫婦と娘夫婦は幸三の家で正月を過ごした。これは最後の別れを惜しむ為であった。この正月は、幸三夫婦はとても上機嫌であった。
 正月が終わって幸三夫婦はまた旅に出た。
 誕生日のその日は晴天であった。夕方、二人は雪原にいた。白一色の原野に毛布をしいて座った。
「いよいよですね」
「うん、いよいよだね。今なら取りやめにすることはできるが」
「せっかくそのつもりになったのに。やめることはないでしょ」
 二人は顔を見合わせて微笑んだ。鋭い寒気が肌を刺す。
「ねえ、死ぬってどんなことでしょう」
「さあ、俺にもわからないな。これから体験するんだから」
「死んでからも私たち一緒かしら」
「そりゃあ、そうだろう。その為に抱き合うんだ」
「なんだか、楽しみですね」
 二人は用意してあった睡眠薬とウイスキーを飲んだ。
 五十年前に死に場所を求めてさまよってから、今またここに死に場所を求めている。心は平静だった。五十年前のような死の恐怖はない。むしろそれは喜びですらある。これからは、夫婦が死別する悲しみにおびえる必要もないし、苦痛に満ちた病死の恐怖もなくなる。夫婦が同時に安らかに死ねることこそ、人生最大の至福ではなかろうか。
「幸せな一生でした」
 と言いながら育代が幸三の手を握った。
「怖くないか?」
「ちっとも……、こんなに安らかに死ねるとは思いませんでした。これでやっと五十年前の約束が果たせますね」
 育代はにこやかに微笑んだ。二人はじっと目を見つめ合った。残された数分間の命をじっくりと味わうようであった。
「そろそろ眠くなったね」
 幸三はそう言うと服を脱ぎ始めた。育代もいつもの様に裸になって毛布の上に横たわった。幸三は育代を寒さから庇うように静かに躰を重ねた。育代がいつもの様に股を開いた。
 睡眠薬が効いてきた。
 寒さは感じない。

 発見された時、しっかりと抱き合っていた二人の死に顔は、男女交合のクライマックスに見せる喜悦の表情であったという。

               了

五十年前の約束

執筆の狙い

作者 大丘 忍
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これは以前に投稿したことがありますが、何度も読み返して手を入れております。このネタの一部は以前に「最後の絵葉書」で使用したことがあります。

コメント

夜の雨
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「五十年前の約束」読みました。

自殺へと向かう二人を描いた作品ですが、ご主人の山崎幸三は死に取り付かれたような人物ですね。
ただ話はユーモラスに描かれているので、作品内で死へと迫っていくにも関わらず、死の恐怖感はありません。
このあたりは作者の大丘さんの人柄かなと思いますが。
導入部で幸三は還暦という年代なので、たぶん妻の育代も同じようなお年だと思います。

還暦でなおかつ健康な体となると、まだまだ死を意識しないと思いますが、この幸三という人物は戦争時代体験者で、当時愛し合っていた育代が妊娠していたり、彼女が結婚を迫られていたりで、自分もいつ召集令状が来るかもしれぬという立場だったので、「死を身近なもの」として感じていたのかもしれません。
まあ、戦死と自殺とは違いますが。
愛し合っている二人が引き裂かれて妻が苦労するのがわかっているのだから、それなら二人で自殺しょうと思うのもうなずけます。
そういった死への意識が現在につながっているところが「五十年前の約束」というタイトルがらみになっている。
二つの時代を越えて、死とか自殺とかに話がつながりました。

しかし、まじかに死を意識すると、なかなか死ねないものだと思いますが。
ちょうど終戦と重なり二人は生き残る。
そして現代の話に戻り、70歳の誕生日を迎える幸三、いよいよという事になります。
一年前に下見までするとは、この念の入れようはさすがに小説家です。

御作を読んで気が付いたのは「死」とか「自殺」という話よりも、「幸三」と「育代」の『夫婦愛』が、最初からラストまで延々と書かれていました。
このあたりに、御作が死をテーマにしているにも関わらず、ユーモアが見え隠れしていて、読んでいても、不愉快や、いやな感じがしない原因ではないかと思いました。

中盤で国の高齢者政策のことがかなりしっかりと書かれていましたが、これは確かに言えますね。高齢者が高齢者を介護するとかしないとかで、ニュースでは、介護疲れで長年連れ添った妻や夫を殺したりしていますが、政治の世界ではタブーになっているのか、安楽死施設とかの話は出てきませんね。
政治をつかさどっているのは与野党を見ても高齢者がかなりの数を占めていますが、真剣な話し合いはなされていない。
このあたり、こちらの作品を読んでいて、突っ込んだ政策まで書かれていると、感心しました。

いろいろな意味で、高齢者の立場に立った御作でした。

それでは今年もよろしくお願いします。

ドリーム
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明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

さて御作ですが、死をテーマにした小説は初めて読みました。
私はこれまで自分の死なんて考えた事もありませんでした。
ところが昨年暮れ16年も飼っていた愛犬がなくなりました。
人間で言えば85才、私も覚悟して居ましたが亡くなる一ヶ月前ほどから
食事を殆ど食べなくなり動物病院の診断では肝臓機能が駄目になり時間も問題と言われました。
こうなるとどうにもなりません。最後は歩くのもやっとでした。
最後に吠えたのは孫達が遊びに来たとき余程嬉しかったのか一時だけワンと吠えたました。
最後は眠るように息を引き取りました。
現在お骨はリビングに置いてあります。私が亡くなったら一緒にお骨入れてあげようと思います。
御作を読んで死の在り方を改めて考えさせられました。
しかし主人公も70才と何故死のうと考えたのでしょう。
50年前の約束とは言え奥さんもまで連れて行くとは少し寂し過ぎます。
確かに病気で寝たきりとか痴呆症とかなら生きてなんの意味があるのかは分かりますが
人世100年時代という昨今、70才なら若造でしかないのに。
そう言えば今日のニュース国内最高齢119才、凄いですね。
悲しい物語でしたか、死を真正面から捉えた小説で素晴らしい夫婦愛だと思います。

えんがわ
KD106154143182.au-net.ne.jp

明けおめです。

読み応えがある作品でした。
老いる前に死を、と言う価値観は自分には新鮮でしたし、70になるまでセックスと言う性を強く持っているのも新鮮でした。
その新鮮さは、時に違和感となり、「自分は……」と言いたいところもあるのですけど、そこは価値観の違いなのかなと思います。

そういう意味で、やはり大丘さんの哲学と言うか、視点と言うか、そういうのを楽しんだ感じです。


物語は「現代」→「過去(追想)」→「現代(未来)」へと進む三段構造ですけど、
これはちょっともったいないなとも思いました。

過去編で、二人は結ばれるのか、それとも連れだって自殺するのか、と言うのが物語の緊迫した導線であるはずなんですけど、それがあらかじめその後の健やかな夫婦の日常を見ているもんだから、どうせこうなるんだろうと言うハッピーエンドを知っている気分であんまり緊迫感を感じませんでした。
これは作中で見どころをネタバレしてしまっているような、そんな気分のような。

ただそれでも過去編で読むのが止まらなかったのは、戦中の自分では体験したことのない様々な思いや心や、これもまた当時の価値観みたいなものが魅力になっていたからです。


物語として良く構成できている、いや出来過ぎてしまってるくらい、作者の作為を感じすぎるくらいの塩梅だと自分は思うのですが、これが大丘さんの持つストーリーかくあるべき、なんでしょうね。

ちょっと自分の好みとは合わなかったんですけど、流麗な流れや達観した死生観など、まだまだ自分は大丘さんの域には行けないな、むしろ違うところを目指さねば、大丘さんのようなオーラを作れないなと、新年早々、気が引き締まりました。

やっぱ自分の文章は甘い!
大丘さんのような渋みには程遠い!

大丘 忍
p0251258-vcngn.oska.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

夜の雨様。読んでいただきありがとうございます。正月早々から自殺の話ですから縁起でもないと思います、山崎幸三氏の自殺は自ら望んで、喜んで死ぬのですから通常の自殺ではなく悲壮感はありません。むしろ自殺を楽しむということですね。こんなことが実際にあるかどうかは知りませんが、私はあってもいいのではないかと考えております。
私は今年、あと二ケ月ほどで満89歳を迎えます。妻が亡くなって十数年になります、この間、妻がなく一人で暮らすことがいかにわびしいことかを体験してきました。さりとて自殺したい気持ちは全くありませんでいた。長年、大勢の高齢者を診ておりましたが、「なかなかお迎えが参りませんねん」と愚痴をこぼす高齢者がたくさんおりました。私もその高齢者の一員になってその気持ちはわかりますね。
山崎氏の70歳は少し早すぎますが、生きている以上はこの世に役立つ生き方でなければならない。ただ生きているだけでは社会のお荷物になるだけであまり意味はないという考え方なら70歳もありうると思いました。
現実に、90歳近くまで生きてきた私には、山崎氏の気持ちはよくわかります。だからこそ。この小説を書いたのですが。
私もまもなく死ぬでしょうが、他人の迷惑にだけはなりたくありません。うまくコロリと死ぬことを望んでおります、山崎氏のように自殺までは考えてはおりませんが。
これまで書き溜めた小説、中には私の好きな官能小説もまだいくつもありますので、これを投稿し終わるまでは何とか生きておりたいと思っております。

大丘 忍
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 ドリーム様。読んでいただきありがとうございます。私はあまり「死」というものを扱うのは好きでなく、そんな作品も少ないのですが、この山崎幸三氏の話は、老人医療の問題として取り上げたいと思いました。私が言いたいことは人間、長く生きること自体、それはある意味においては価値あることでしょうが、漫然とと生きるのではなく、長生きすることで何をしたかによると思いますね。
 山崎氏は、70歳を超えると何もできないだろうと考えて死を決意します。ところで読者は、何も70歳で死ななくてもと思われるでしょう。私もそう思います。
現実の世の中を見ると、若い人たちが、いとも簡単に自殺をしております。
 この小説で、70歳という歳に限ったのは、若いひとたちよ。何を死に急ぐんだという警告を含めたいと思ったこともあります。
 妻を道連れにするのは妻が決めたことですね、仲の良い愛し合っていた配偶者を失ったことのつらさを私は経験しております。妻がそれを感じて一緒に、といった気持ちは理解できます。妻にとってはそのほうが幸せでしょう。
 こんな深刻な話題は私には苦手で、やはり妻と仲良くセックスを楽しむ小説を書きたいと思います。それによって若かったころを思い出すのが小説を書く楽しみになります。

大丘 忍
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えんがわ様
読んでいただき、感想をありがとうございます。年老いて動けず、寝たきりで食事,排泄、呼吸管理までやってもらう。これでは生きている価値はありませんね。
私は89歳ですから、今の若い方とは死生観に多少の違いがあるのは当然だと思います。
私は戦時中を知っており、敗戦の混乱の中から日本が立ち直っていく様を見て過ごしました。死生観や男女間のいろいろな思惑は今の若い方とは違っていて当然だと思っております。それを文中から読み取っていくのも面白いかのしれませんね。
70歳でセックス。あり得ますよ。私は妻が70台の中頃病死するまで、週に2,3回は妻を抱いておりました。これは若いころから妻とのセックスが好きであったからできたことです。いまは妻がいないことが寂しくてたまりません。妻とのセックスを思い出し官能小説を書くことを楽しみにしております。

飼い猫ちゃりりん
dw49-106-192-165.m-zone.jp

大丘忍様
よく書けているとは思いますが……
本当に奥さんを深く愛しているなら、奥さんと一緒に可能な限り長生きをして、奥さんが死んだらその後を追って死んだほうがお得じゃないですかね? なんて思ったりしました。
 あれ? 奥さんの婚約はどうやって解消されたんですか? 戦争で青年将校は死んだんでしたっけ?
 猫に読解力は無し。苦笑

大丘 忍
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飼い猫ちゃりりん様

 仲の良い夫婦なら、年を取って妻が先に死ぬことがいかにショックかがわかります。この小説では検診で妻が胃カメラを勧められ、てっきりがんで死ぬと思ったところから始まります。
 ある意味では、若い人にはわからない心理だと思いますが。私は、妻が70代半ばで病死しており、それを痛切に感じました。
 戦時中のその時、妻の婚約解除なんてできる状態ではありませんから、当然二人で死ぬつもりで家出して死に場所を探しておりました。8月15日の終戦を知り生き延びました。

 読んでいただきありがとうございます。

飼い猫ちゃりりん
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大丘忍様
 分かったような口を聞いてしまい、申し訳ありません。

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