作家でごはん!鍛練場
日乃万里永

その指に、触れて、欲しくて

                                               



(菜花)

 乾杯のグラスを掲げる貴哉《たかや》の指は、男性にしては白く、長く細く伸びた指の節々が男性のそれと違い、中性的でさえあった。
 中学の頃に一度だけ、菜花《なばな》は指と指が触れたことがあったが、その瞬間鼓動は激しく音を立て、貴哉に聴かれてしまうのではないかと焦るほどだった――。
 
 乾杯の後、アルコールが得意ではない菜花であったが、親友の朱里《しゅり》のために、祝福の意味を込めて一気に飲み干した。
 しばらくすると、顔が火照り、少々頭がくらっとした。
――やっぱり合わないなぁ、お酒は。
 披露宴の際、途中からソフトドリンクに切り替えたが、今回もやはりそうしようと思った。
 グラスで冷えた手で、火照った頬を冷ましていると、朱里と同じく中学時代の親友、寧々が囁いた。
「朱里のドレス、似合ってるよね。あのデザインいいと思わない?」
 朱里はこの日、胸の大きく開いた、藍色一色のマーメードタイプのドレスに身に纏っていた。
 彼女はその名のように見た目も華やかで、人目を引く顔立ちだが、昔からあまり派手な服装を好まず、落ち着いた色合いのものばかり着ていた。
 かつてそのことについて尋ねたことがあったが、
「私みたいに、顔がうるさいのが派手な色の服なんて着たら、暑苦しいでしょ」
 と笑っていたのを思い出す。
 藍色は、朱里の華やかさを上品に引き立てていた。
 朱里の横に立つのは、同じく中学時代の同級生である神谷陽平であった。
 二十歳の同窓会で再開し、五年越しの愛を実らせ、この日を迎えたのだ。
 中学時代、朱里と陽平とはただのクラスメイトだったが、二人とも、他の誰よりも一際垢ぬけて同窓会デビューし、再開した途端に惹かれあい、愛を育んでいったのだ。
 結婚式の二次会は、地元、横浜の駅近くにあるレストランの一角を貸切って行われた。
 店内は、ライトブラウンの壁に、所々設置された間接照明が控えめにフロアを照らしていた。
 寧々は、店内をぐるっと見渡すと、
「このレストラン、いいよね~。私もここにしよっかな~」
 目をうっとりさせた。
「寧々、そういう相手いるの?」
 問うと、
「う~ん、今のところは……」
 と煮え切らない返事をした。そして、
「菜花は、どうなの?」
 逆に問われた。
「私も、今のところは……」
 菜花も同じように返した。
 菜花はいまだ良い出会いに恵まれていなかった。一年程前、友人に紹介された男性とそういう話になったが、なんとなく自然消滅してしまった。
 二つ年上の姉は現在シングルマザーで五歳になる娘がいるが、菜花の両親は、姉のこともあり、急いで結婚することはないと言った。
 また、菜花の周りにも、寧々のように独り身が多く、そんな環境の中で、結婚に対しては今のところ特に焦る気持ちはなかった。
 店内は立食形式になっており、テーブルの上は、色とりどりに趣向の凝らされたフィンガーフードが並んでいた。菜花は目を奪われつつ、取り敢えず目を引くものから皿に取り分けていると寧々が、
「ねえ菜花、あそこのテーブル行ってみない?」
 貴哉のいる、男同士で歓談しているグループを指差した。
 菜花はドキッとしつつ、頷いて後を付いて行った。
 
 彼らは披露宴の時からすでにかなり飲んでいる様子だったが、今もグラスを片手に、顔を真っ赤にしながら陽気に語り合っていた。
 貴哉も少々顔を赤らめ、昔からそれほど表情豊かなほうではないが、時折歯を見せて笑ったりしている。
寧々が、
「もうみんな、すっかり出来上がってるじゃない」
 呆れ半分に話し掛けると、同じくかつての同級生、仲井が、
「今日はおれ達の親友の、一生に一度のめでたい日なんだから、盛り上がらなきゃな」
 ほか数人の意見を代弁するかのように言った。
「ふ~ん、でもさ、そうやって飲んでる場合じゃないんじゃないの? 男だけで固まっちゃって。むさくるしいよ」
 寧々が、もっと周りを見渡すように言い添えると、
「それじゃあ、おまえが誰か連れて来いよ」
 などと言う。
「だから来てあげたんじゃない。私と、菜花が」
 そこで寧々にぐいっと腕を引き寄せられた。
「おまえたちはどっかいけ」
 無下に断られ、寧々が、
「そ、じゃ、いこっか菜花」
 背中を向けようとすると、
「いいよ、折角来たんだし、ここにいろよ」
 そう言うと仲井は、
「あ、いや、やっぱり、誰か連れて来い」
 そんなことを言うので思わず寧々と顔を見合わせて呆れてしまった。
 だが呼びに行くまでもなく、寧々と菜花の姿を見て、ほかの同級生が集まって来た。
 仲井はそれでも、朱里の大学時代の友人のほうが気になるらしく、そちらをチラチラ気にしていたが、その度に寧々に、
「声掛けてみればいいじゃない」
 と言うが、なかなかその度胸はないようで、きっかけを探っているようだった。仲井は昔から口ばっかり大きくて、行動がともなわないところは変わっていない。
 菜花は近くにいる貴哉を見上げた。
「ねえ、藤崎くん」
「ん?」
「藤崎くんも、狙ってる子がいるの?」
 単刀直入にきくと、
「いや、おれは別に」
 言葉を濁された。
「それじゃあ、もしかして、今はそんな必要ない……とか?」
 問うと、
「う~ん、どうかな」
 またまた煮え切らない返事だった。
 貴哉は昔からはっきりものを言わず、いつも、なにを考えているのかわからないところがあった。
 ふと、その指に目が行ってしまう。
「ねえ、藤崎くん。まだあの曲、弾ける?」
「あの曲って?」
「中学の時、音楽室で聴かせてくれたじゃない。CМで有名な、あの」
「ああ、あれか」
 中学校の音楽室で、休み時間に貴哉がその曲を弾いたことがあったのだ。当時、良くテレビのCМで耳にしており、菜花も家のピアノで弾くことがあった。
 貴哉がその曲を弾いているのを見掛けた時、ピアノを習っていた菜花はすぐに近寄って行き、声を掛けた。
「その曲、私も好きなの。どこで習ったの?」
 問うと、
「ただの耳コピ」
 あっさりそう言った。
「え? うそ、聴いただけで弾けちゃうの?」
「昔ちょっと習ってたから」
「そうなんだ」
「どうして辞めちゃったの?」
「なんか、楽譜読むのとか、めんどいし」
「ふ~ん」
 貴哉らしいと思いながら、その時は納得したことを思い出す。
 すると貴哉のほうから、
「相沢は? ピアノ、あれからも続けてんの?」
 珍しく問い掛けてきた。
「うん、今、ヤ○ハで教えてる」
「そっか」
 答えてグラスを口に運んだ。
 相変わらずその指に目が行ってしまう。
 比べて菜花の指は、ピアノ指導者と思えないほどずんぐりむっくりで、出来ることなら取り換えて欲しいと心から願うほどだった。
その指に、かつて一度だけ触れたのは中学の時、授業中に消しゴムを落としてしまい、それが貴哉の机の近くであったからで、取りに行くと先に拾っていてくれて、手渡された時に一瞬だけ触れたのだ。
 貴哉にとってはなんでもないことだと思うが、菜花はそれだけで動揺してしまい、平静を装って「ありがと」というのが精一杯だった。 
 そんなことを思い出していると、朱里と陽平がやって来た。
 陽平が早速、男性陣にもみくちゃにされている。
 陽平は昔からムードメーカーで、芸人の真似事や、いつも奇想天外なことばかりして、人を笑わせていた。
 菜花も、何度陽平に笑わせられたかわからない。
 朱里は、こちらに近付いて来ると、
「今日は来てくれてありがとう」
 しっとり微笑んだ。
「こちらこそ、呼んでくれてありがとう」
 菜花が答えると、
「新居が落ち着いたら、是非二人で遊びに来てね」
 菜花と隣の寧々に向かってそう言った。
 その言葉に、寧々が、
「行く行くっ、絶対に行くからね!」
 子どもっぽい口調でそう言った。
 三人の中で一番月齢が若い寧々は、朱里の前だと急に甘えモードに変わる。朱里は、
「寧々、飲み過ぎてない? 」
 心配そうに見つめた。
「大丈夫、心配しないで」そして、「もう、送ってくれる人は見つけたから」と言った。
 菜花は、
「え? いつの間に?」
 驚いていると寧々は、
「それはこれから」
 と意気込んだ。
 朱里は、
「もう、寧々は相変わらずだね」
 と呆れていた。
 
 二次会が終了し、皆で新郎新婦を見送ると、寧々はあれから目を付けた男性と、早速急接近し、本当にその人に送ってもらうことになった。
「ごめんね菜花、そういうことで」
 と、寧々は今日知り合ったばかりの男性と、腕を組んで街中に消えてしまった。
 同級生のうち何人かは三次会に行くと言い、菜花も声を掛けられた。そこに貴哉が参加すると言うので、付いて行くことにした。
 なんとなくこのまま帰りたくはなかった。
 三次会は、居酒屋の座敷を借り、二十名ほどが残った。
 菜花は近くに座った友人たちと、この日の結婚式のことなど、他愛のない話をしていたが、斜め向こうに座る貴哉が気になってしかたがなかった。
 男友達なら良いが、見知らぬ女性と話しこんでいるのだ。多分招待客の一人だと思うが、確実に貴哉狙いだとわかる。
 菜花は二人の距離が近くなる度、気が気でなかったが、貴哉が「ちょっと、トイレ」と言って立ち上がった後、少し経ってから菜花も部屋を出た。
 トイレは、男性と女性用が隣り合わせに並んでいて、菜花は女性用トイレを待つ振りをしてドアの前に立った。
 しばらくしてトイレから出て来た貴哉が、
「トイレ待ち?」
 と声を掛けてきた。
「え? あ、うん」
 菜花は曖昧に答え、意を決して、「あのね、藤崎くん」顔を上げた。
「ん?」
「ちょっと、話したいことがあって」
 切り出すと貴哉は、
「なに?」
 正面に向き直った。
「私、ずっと言いたいことがあって」
 菜花が言い掛けると貴哉は、
「場所、変えよっか」
 後ろから人が来たからかそう言った。菜花は慌てて、
「やっぱり、後でいい。帰る時にでも」
 そう言うと、
「それなら俺、もうそろそろ帰ろうかと思ってたとこだけど」
 と言われ、その言葉に菜花は、
「じゃあ、私も、藤崎くんが帰ったらすぐに帰る」
 即答した。
 

 二人で抜けると言うと、貴哉を狙っていた女性は、菜花を思い切り睨んできた。
 店を出ると貴哉は、
「俺、きつい香水の匂い、苦手なんだよな」
 ぼそっと言い、菜花はぎくっとした。
 自分も強い香水の香りは好きではなく、香るとすれば多分、柔軟剤の香りくらいだが、それさえも少し、気になってきた。
 駅までの道のりを並んで歩き、駅前のプロムナードまでやって来ると、街頭に照らされたベンチに二人で腰を下ろした。
 梅雨間近の夜空は月が雲隠れし、星は見られなかった。
 貴哉が空を見上げながら、
「まさか、あの二人が結婚するなんて、今でも考えられないよな」
 つぶやくように言った。
「そうだね。でもすごくお似合いだったね」
 菜花が言うと貴哉は頷き、こちらに目を向けた。
「ところで、話って?」
 問われて、菜花は咄嗟に言葉が出なかった。
 だが深く息を吐いて心を落ち着かせ、静かに声を発した。
「なんだかね、寂しいなと思って」 
「ん?」
「だって、朱里は結婚するし、寧々は今日知り合ったばかりの人と上手く言っちゃったみたいだし、私一人、置き去りにされたみたいで」
 そこまで言うと貴哉は、
「そうか……」
 相槌を打ち、足を組み替えた。
「私もね、ついさっきまで、それほど結婚に焦る気持ちはなかったんだけど、だけど今日、あの二人を見てたら、なんとなく、影響されちゃったというか……」
「…………」
「このまま、帰りたくないなって」
「え?」
 貴哉と目が合った。
「だって、このまま別れたら、藤崎くんとはきっとそれきりでしょ」
 貴哉は、
「ま、まあ、そうかもしれないけど」
 言葉を濁す。
「だから今日は……もう、今日しかチャンスがないなら、勇気を出そうって思ったの」
「勇気って?」
「あのね私」
 菜花は顔を上げ、貴哉を正面から見つめた。
 普段飲まないアルコールと、暗闇にほんのり光る街頭の明かりが、自分を後押ししてくれるようだった。
 もし素面だったら、これが輝く太陽の下だったら、とても言えなかったかもしれない。 
 菜花は意を決して打ち明けた。
「藤崎くんの、指が欲しいの」
 瞬間、貴哉の目が点になった。
「ど、どういうこと?」
 不審がるのも当然だ。
 菜花は、貴哉が自分のことなどなんとも思っていないことはわかっていた。告白したところで、速攻で振られるだろうということは。だから、叶えられそうな願いに絞った。それが結果、なんだかそういう、へんてこな言いかたになってしまった。
「あ、ごめん、変な言いかたして、その、えっと、その指に……触れたいなってずっと思ってたの」
 菜花はそう、言い直した。
 それは、中学の頃から密かに願っていたことだった。ピアノを叩くその指の動きを見た時から、
その指に触れたいと、触れて欲しいと、願ってやまなかった。
 菜花の真剣な眼差しに、貴哉は、
「ああ、なんか、驚いたよ。まさか、指そのものが欲しいのかと思って焦った」
 そう言って笑った。
「ごめんね、変な言いかたして。でも、藤崎くんが嫌ならいいの。無理に望まないから」
 菜花の言葉に、貴哉はすっと右手を差し出した。
「指だけってのは、ちょっと無理だけど」
「いいの?」
 菜花は恐る恐る両手を伸ばし、その指に触れた。
 想像していた通り、しなやかで、滑らかで、それでいて節々はしっかりしていて、まさに理想そのものの指だった。
 この時が、永遠に続けばよいのに、と、貴哉の手をなかなか離せずにいると、
「相沢……」
 耳元で名を呼ばれ、菜花はゆっくりと顔を上げた。
 意図せず、涙が頬を伝って流れ落ちた。
「藤崎く……」
「泣いてるの?」
 菜花は首を横に振った。
「泣くつもりなんて、なかったんだけど」
 目元を拭うと、貴哉はなにも言わずに菜花の手を握り返した。
 菜花が驚いていると、貴哉はそのまま菜花の手を引き、立ち上がった。


 
 相鉄線沿線の駅で、昼前に寧々と待ち合せた菜花は、駅ビルの地下で手土産を買うと、朱里のマンションへ向かった。
 ちなみに寧々は、あの日知り合った彼とは一ヶ月ももたずに別れたということだった。
 歩道を歩いていると、街路樹のイチョウや桜の木が、少しずつ葉を落としはじめていた。
 歩いて五分も掛からない場所にある、レンガ風の壁が特徴的な八階建てのマンションは、一階部分に花屋や薬局、美容室などがあった。
 五階でエレベーターを降り、部屋番号を探しながら進むと、廊下の中程に朱里の新居があった。
 インターホンを押すと、「はーい」と朱里の明るい声が聞こえた。しばらくしてドアが開き、赤いニットのセーターを着た朱里が顔を出した。
「いらっしゃい。今日は来てくれてありがとう」
 菜花は朱里の顔よりもそのセーターに目が行き、
「朱里、どうしたのそのセーター」
 挨拶よりも先に、言葉が勝手に出てしまった。以前の朱里なら、絶対にありえない色を身に着けているからだ。
「これね、陽平に買ってもらったの」
 朱里は目の前でくるりと回った。
「珍しいね。朱里がそんな明るい色のセーターなんて」
 掘りの深い顔立ちなので、色に負けていない。濃い色の服はうるさくなるからと言っていたが全然そんなことはなく、朱里を引き立てていた。 
「陽平が絶対似合うからってこのセーターをプレゼントしてくれたの。ちょっと抵抗あったけど、着てみると割と悪くないなって思って」
「似合ってるよ、すごく」
 心からそう言うと、寧々も、
「うん、いい感じ。結婚してから変わったね、朱里」
 そう言い、菜花も頷いた。
 結婚というものは、いともあっさりと、長年のこだわりを払拭させてしまうらしい。
 リビングはスッキリと片付けられており、真白い壁には結婚式の写真がいくつか飾られ、窓際には観葉植物のパキラが、レースのカーテン越しに陽を浴びていた。
 食卓テーブルには、手作りと思われるキッシュとアボカドのサラダ、トッピングの豊富なカナッペが並んでいた。思わず、
「これ全部、朱里が作ったの?」
 問うと、
「そう。昨日の夜から下拵えしてね。頑張っちゃった」
 寧々も、
「凄いじゃない! 美味しそう!」
 舌なめずりした。
「二人とも座って。今飲み物淹れるね」
 朱里が言い、菜花と寧々は近くにある椅子に座った。
 寧々が辺りを見渡し、
「神谷くんは、今日も仕事?」
 きくと、
「そう、休日こそ稼ぎ時だからね」
 朱里はコーヒーメーカーに豆をセットしながら答えた。
 美容師をしている陽平は、この日は当然のようにいなかった。
「旦那と休みが合わないと、寂しくない?」
 テーブルに両肘をつきながら、寧々が尋ねる。すると朱里は、
「実はね、今日言おうと思ってたんだけど、私、仕事変えたんだ」
 食器棚からカップを取り出しながらサラっと言った。
「ええ? 」
 寧々とほぼ同時に驚きの声が出た。
「どうして?」
 尋ねたのは菜花だった。
 朱里はカップを洗いながら、
「やっぱり、二人で過ごす時間って大事だなって思って。休みが合わせやすい、パートにしたの」
 朱里は大学を出てから、横浜市内の会社のОLをしていた。だが結婚して半年も満たない間にその仕事を辞め、パートに切り替えるなど、その潔さは相変わらずだった。
「そうなんだ。結婚すると、いろいろと変わるんだね」
 そう言うと寧々が、
「それにしてもさ、まさか朱里が神谷くんと結婚するなんて、中学の頃は考えられなかったよね」
 しみじみそう言った。
 菜花も頷くと、朱里は、
「そうだね~。私も考えられなかったよ」
 コーヒーをカップに注ぎながら微笑んだ。寧々は、
「だって、朱里はあの頃、藤崎くんと仲良かったじゃない」
 そのひと言に、菜花はドキっとした。
 朱里と貴哉は同じ剣道部ということもあって、二人でいる姿を菜花もよく見掛けることがあった。
 特に付き合っているというわけではなかったが、貴哉と話しをしている時の朱里は、他の男子生徒と話ている時とはどこか違っていた。
 だから今でも、もし朱里に告白したのが陽平ではなく貴哉だったら、朱里はもしかして……と思うことがある。
 朱里はコーヒーカップを乗せた盆をテーブルに置くと、
「さあね。藤崎くんって、なに考えてるのかわからない人だったからね」
 そう言って、朱里と菜花の前に、湯気の立つコーヒーを置いた。 
 菜花は「ありがとう」と言いながら、そっとお腹に手を触れた。
 先ほど朱里が、「二人とも、コーヒーでいい?」ときいた時、自分だけ違うものを、と言えなかった。
 言えばなぜかと訊かれるだろうし、嘘が得意でない菜花は、上手に誤魔化せそうになかったからだ。
 もう、早や、五か月に入っていた――。
 つわりの時期に、誘われたらどうしようかと思っていたが、今は落ち着き、お腹の子も順調に育っていた。
 この日は、二人に気付かれないよう、お腹の辺りに広がりのある服を選んだ。
 あの日、まさか貴哉があのような行為に及ぶとは思わなかったが、貴哉には避妊しているからと嘘をついてしまった。
彼は、冷たい、指をしていた。まるで心通わない人形のような……。
 貴哉もまさか、妊娠のリスクがあるというのに、菜花がわざわざ嘘をつくとは思わなかったのだろう。
 あの日、貴哉の指に触れた時、ふと、同じ指を持つ子どもが欲しいという思いが頭をかすめ、咄嗟に出た嘘だった。  
 出来ても出来なくても、どちらでもいいと思った。
 出来なければそれまでだし、もし出来たなら、一人で育てる覚悟だった。
 だから今は、朱里にも寧々にも妊娠していることを明かすことなど出来なかった。
 
 朱里が淹れてくれたコーヒーを、菜花が一口飲んだきり、中々手を付けずにいると、
「なにか、違うのが良かった?」
 と、ハーブティに切り替えてくれた。  
 その日、妊娠していることを堂々と二人に報告できない自分が情けなくて、折角の料理を、味わうことが出来なかった。


 
 平成最後の年が明け、段々お腹が目立ち始めてくると、菜花は仕事を辞め、住んでいたアパートを引き払った。
 普通に結婚し、子どもを授かったなら、誰もが祝福してくれただろうが、未婚で妊娠した女に、世間の目は思ったよりも厳しかった。
 人の目に耐えきれず、菜花は実家に身を寄せた。
 実家に戻ると、両親は非情に驚き、そして嘆いた。
 長女は結婚してシングルマザーになったならまだしも、次女に至っては、結婚もせずにシングルマザーの道を選んだのだ。
 本来なら、孫が出来たなら、両親とも素直に喜んでくれたのだろうと思うが、そうはいかなかった。
 当然、父親は誰かと訊かれたが、本当のことなど言えず、その日限りで知り合った男性で、名前も知らないと答えた。
 平手が飛んで来るかと思ったが、お腹の大きい娘に、父もそこまではしなかった。
 父は、今も録に口をきいてくれないが、母は数日経って腹を決めたようで、
「ここまできたらもう、前に進むしかないわよね。後戻りなんてできないんだから」
 と、仕方なくだが、受け入れてくれた。
 
 お腹がせり出して来ると、段々体を動かすことが億劫になってきた。
 だが医者から、適度に体を動かすように言われており、この日も朝食後、しばらくしてから近くの公園までぶらっと散歩に出掛けた。
 外気は冷たいが日差しが暖かく降り注ぎ、公園へ続く小道には、水仙やジキタリスなどの葉が伸びていた。
 公園では小さい子どもたちが、砂場や滑り台などで遊んでおり、傍らでは母親たちが見守っていた。
 数か月後には自分も、ベビーカーを押しながらここに子どもを連れてくるのだろうと思うと、もう遠くないその日が待ち遠しく思えた。
 少しベンチで体を休めてからしばらくして帰宅すると、家の玄関に男性物の茶色いフラットシューズがあった。
 誰が来ているのだろうと思いつつ、靴を脱いで揃えていると、玄関を入ってすぐ右横にある客間から、お茶かなにかを運んだのだろう盆を手に、母が出て来た。
「菜花にお客さんよ。藤崎さんってかた」
「藤崎くん?」
 菜花は驚いて声をあげた。
 いつかは気付かれてしまうのでは思っていたが、このタイミングでとは思わなかった。
 菜花は気持ちを落ち着かせるべく一旦洗面所へ行き、手を洗いうがいを済ませると、鏡の前で髪を直し、呼吸を整えた。
 貴哉になにを言われても、彼の子どもではないと言い張る覚悟であった。
 客間のドアを開けると、窓際のグランドピアノの手前にあるソファーに貴哉が腰を下ろしていた。
「藤崎くん……」
 名を呼ぶと、貴哉は視線をこちらに向けた。貴哉はすぐに菜花のお腹に目をやり、
「やっぱり……そうだったんだ」
 予め知っていたかのようにそう言った。
「やっぱりって?」
「仲井がさ、相沢がもしかしたら妊娠してるんじゃないかって言ってたんだよ。同じ中学だった知り合いが産院で見掛けたらしくて」
「そう……なんだ」
 同級生などそこら中にいるだろう。隠したところで無駄だとは思っていた。
「今、何か月?」
 問われて、
「七か月に入ったところ」
 正直に言うと、
「そっか。それじゃ」
 次に言い掛けた言葉を遮るように、
「違うの」
 菜花はそう言うと、客間の戸を閉め、向かいのソファーに座った。
「藤崎くんの子どもじゃないの」
 訴えかけるように言うと、
「どういうこと?」
 表情ひとつ変えず、貴哉は菜花の目を見つめた。
 菜花は両親に言ったことと同じことを貴哉にも告げた。だが貴哉は、
「そうなんだ。でも、俺の子どもって可能性だったあるわけだよね。時期的には」
 そう言われるとなにも言い返せず、ほかの言い訳を探していると、
「それならさ、その人の名前は? それくらい知ってるんだろ?」
 問われて、
「知らないの、名前も。その日に会ってすぐに別れたから」
 答えると、貴哉は菜花の目の奥を探るように見つめ、
「嘘、なんだろ?」
 冷静に言った。
「え?」
「わかるよ、それくらい」
「どうして?」
「俺と関わりたくないから、そんなこと言うんだろ?」
 関わりたくないのではなく、関わりたくてもそれが出来なかったのだが、もうなにを言おうと見抜かれそうで、なにも言い返せなかった。
 下を向いて押し黙る菜花に、貴哉は言葉を続けた。
「仲井から、相沢が妊娠してるみたいだってきいた時、もしそれが本当なら、なんで俺に言いに来ないのかって思ったよ。真っ先に相談に来るべきだろうって。だけど、もしそれが本当だとして、俺に会いに来ないのは、あの時言ってた指が欲しいっての? まさかと思ったけど、冗談じゃなかったのかと思ってさ」
「…………」
「あれからさ、気になって何度か連絡しようかと思ったこともあったんだけど、お互い連絡先も知らないし、相沢からもなにも言ってこないしさ、おれには興味がないのかって思ってた……」
 黙って俯いている菜花に、貴哉は言葉を重ねた。
「遺伝子なんて確率の問題だろ? 俺の指に似た子どもが生まれるかなんてわかんないし。ただそれでも、賭けに出たのかなとか、思ったりしてさ」
 貴哉の言うことは、間違いではない。貴哉の指と同じ形をした子どもが欲しかったのは事実だ。たとえ自分の指に似た子どもだとしても、貴哉の子どもであることに違いはない。
 ただ、貴哉に興味がないわけでばなく、貴哉が自分に対して興味がないことがわかっているから、こういう形で引き留めたくなかっただけだ。
 菜花は顔を上げた。
「そう。その通り。藤崎くんの指に似た子が欲しかったの」
 そう言うと貴哉は、
「指……だけ……か」
 ひと言呟くように言い、目の前の茶を飲み干した。
「私、子どもの頃から自分の指にコンプレックスがあって、すらっとした長い指に憧れてたの。それで……中学の時、ピアノを弾く藤崎くんを見て、羨ましいなってずっと思ってて」
「それで?」
「そう、私自身はその指にはなれないけど、もし、藤崎くんと同じ指をした子どもがいたらと思って」
 そう思ったのは事実だった。
 貴哉が自分の物にならないなら、子どもだけでも欲しいと思ったのだ。
 だが本当のことは言えなかった。
 貴哉は組み合わせた指をテーブルの上に乗せ、俯いたまましばらく黙り込んでいたが、やがて顔を上げた。
「責任、とるよ」
 はっきりと、迷いのない口調であった。
「いいの、そんなこと、してくれなくても」
 慌ててそう言うと、
「そうはいかないよ。俺の子どもでもあるんだし」
 そうかもしれないが、こういう形で貴哉を縛りつけたくはない。
「でも、避妊してるって嘘ついたのは私だし、藤崎くんに責任なんてないから」
 そう言うと、
「いや、そう言われようと、避妊すべきだったのは俺のほうだし、やっぱり無関係じゃいられないよ」
 貴哉の言葉に、菜花は、
「本当にいいの。これきりもう、関わらないで欲しいの」
 強い口調で言い放つと、
「関わらないで……か。やっぱりそういうことだったんだ」
 声を落とした。だが再び口を開き、
「だけど、せめて、俺に出来る限りのことはさせてくれないか?」
 そう言った。
 素直に、差し伸べられた手に縋りつくことが出来たらならどれほど幸せだろうと思ったが、菜花には出来なかった。
「ごめんなさい」
 頭を下げると、貴哉は、
「そう……か」
 首を垂れた。
「それから」
 菜花は言葉を続けた。
「この子の父親だって、誰にも言わないで欲しいの」
 そう願うと、貴哉は顔を上げ、
「わかった……よ」
 力なく答えた。



(朱里)

 出産祝いを携え、寧々と産婦人科を訪れた朱里は、受付で見舞いの手続きを済ませると、菜花が入院している病室へと向かった。
 エレベーターを三階で降り、三〇二号室を探すと、廊下の一番奥から二番目の個室に、菜花の名が書かれたプレートがあった。
 ノックをして扉を開けると、菜花は丁度、授乳中であった。
 実際に菜花の顔を見るまではどうしても信じ切れずにいたのだが、目の前の菜花は紛れもなく、一人の母親であった。
 愛し気に赤ん坊を腕に抱く姿に、朱里は胸がきゅうと苦しくなった。
 仲井が広めた噂は陽平の耳にも届き、流れで朱里の耳にも入り、驚いて菜花に連絡した。
 菜花は、妊娠しているのは事実だが、会いに来るのは生まれてからにして欲しいと言った。
 朱里は、会いに行けば、あれこれ詮索してしまうのは目に見えているので、デリケートな問題なだけに、了承した。
 無事に生まれたと報告を受け、寧々と待ち合せて見舞いに訪れたのだが、実際に赤ん坊を抱く菜花を目の前にすると、尋ねたいことが次から次へと溢れ、なにから口にしてよいかわからなくなってしまった。
 けれど真っ先に口から出た言葉は、「おめでとう」だった。
 菜花はこちらを向くと、
「ありがとう。ごめんね、黙ってて」
 そう謝った。朱里が口を開きかけると、寧々が、
「そうだよ菜花。どういうこと? 説明してよね」
 寧々も同じことを考えていたのだろう。まるで代弁するかのように言った。
 去年の冬、三人で会った時には既に妊娠していたはずなのに、そのことについてひと言も言わなかったばかりか、父親についても頑なに言おうとしないのだ。
 偶然知り合った男性と、一夜限りの関係だったなどと言うが、信じられるはずがない。
 それに一番気に掛かるのは、自分と陽平の結婚式の日、その三次会の最中で、菜花と貴哉がほぼ同時に帰ったということだ。
 二人並んで歩く姿を目撃したという人もいるという。
 時期的にそうであってもおかしくはなく、貴哉が父親である可能性は高い。
 もしそうなら、なぜ二人は……。
 とにかく朱里は、本当のことが知りたかった。
 菜花は赤ん坊の寝顔を見つめながら寧々の問いに答えた。
「この子に……父親はいないの。この子がお腹にいるってわかった時、一人で育てるって決めたの」
 そう言うと、こちらに向き直った。寧々は、
「一人でって、そんなに簡単な問題じゃないでしょ。父親は? 行きずりの関係だとかおかしなこと言って、本当はちゃんといるんでしょ?」
 正面から質問を投げ掛けた。朱里も正しく、そう言いたかったことだった。
 菜花は目を臥せ、
「本当に……そうなの。あの頃は、なんだか自暴自棄になってて、朱里にも寧々にも、置いてかれたような気がして……あの時は誰でも、良かったの」
 その言葉に、寧々は押し黙った。
 朱里は、
「ねえ、赤ちゃん、見せてくれる?」
 そう言って、近付いて行った。
 すやすやと眠る赤ん坊は、目や鼻の感じがどことなく貴哉を思わせた。
 生まれたての状態で、まだはっきりとはわからないが、ここに貴哉がいて、彼の子どもだと言っても、誰もが否定はしないだろうと思った。
 寧々は赤ん坊を見るなり、
「かわいい! 抱っこしてみてもいい?」
 と横に座った。
菜花に抱きかたを教わり、恐る恐る慎重に赤ん坊を抱く寧々は、
「なんか、緊張する。生まれたての赤ちゃんなんて、初めて抱っこするから」
 声まで少し、震えていた。
 だが、赤ん坊が顔を歪め、泣き出したのですぐに菜花に引き渡した。
 赤ん坊は母親の腕の中で、またすぐにすやすやと眠りについた。
「さすが、ママだね。赤ちゃんもやっぱりしっくりくるみたい」
 寧々が感心したように言う。
 朱里も抱かせてもらいな、と寧々に言われ、赤ん坊を抱かせてもらうと、不安定でなかなか難しく、寧々の言うことがよくわかった。と同時に、朱里自身が、こうして抱いてあげることが出来なかった我が子を思った。
 結婚してまもなく授かった子どもは、順調に育たず流れてしまった。もし生まれていたら、この子と同じ年齢になっていただろう。だがこのことは二人には知らせてはいない。
 いつかまた自然に授かるだろうと思っていたが、なかなかその日はやって来なかった。
「名前は決まったの?」
 問うと菜花は、
「うん、愛の花って書いて、まなかっていうの」
 答えると、赤ん坊がまるで返事をするように大きな欠伸をした。
 すかさず寧々が、
「いい名前じゃない! 愛花ちゃんもわかってるみたい」
 そして早速、「まなちゃん」と愛称で呼び掛けていた。
 それにしても本当に、一体、誰と愛の花を咲かせたのだろうとききたくなるが、いくらきいても菜花は頑なに真実を明かそうとはしないだろうと思い、思うだけに留めた。きっと貴哉の名前を出しても、違うと言い張るだろう。
 代わりに、
「これから、大変だと思うけど、こうして私たちがいつでも力になるから、遠慮なく頼ってね。もう、黙ってるなんて、なしだよ」
 そう言うと、菜花は、
「うん、わかった。ありがとう」
 きっと口だけで、本当に頼っては来ないのだと思う。だが、菜花は続けて、
「今日は、来てくれて本当に嬉しかった。一人じゃないんだって思えるだけで、こんなに心強いんだなって思ったよ」
 朱里と寧々を交互に見つめながら言った。
 その眼差しに、その言葉だけは嘘ではない気がした。
 菜花は昔からなんでも一人で溜め込み、たった一人で解決する性格だった。今回のことも、誰にも相談せずにいたのだろう。
 これからもきっと、菜花のほうからこちらに助けを呼ぶことはないかもしれない。だからこうして、寧々と二人で、積極的に菜花を支えて行こうと思った。



(菜花)

 二か月も経つと、授乳も少しは楽になり、愛花は、夜間であれば七時間近く寝てくれるようになった。 
 愛花が生まれた時、その日のうちに貴哉にも知らせたが、面会には来ないで欲しいと言った。
 写真だけはスマホで送ったが、実際に会うのは、頃合いをみてからと告げていた。

 昨夜から降り始めた雨が、日付を越えても降りやまぬこの日、父と姉は仕事で、母は友人と久しぶりに芝居を観に行っており、家には菜花と娘しかいなかった。
 今日くらいしか、なかなか会う機会はないだろうと事前に告げると、平日にも関わらず、貴哉は仕事を休んでまで会いに来た。
 余程会いたかったのか、貴哉は部屋に通すなり、すぐさまベビーベットへと近付いて行った。
 愛花は先程授乳を終え、すやすやと眠っていた。
「やっと……会えた……」 
 貴哉は、眠っている愛花の顔を愛し気に見つめた。
 菜花が、愛花をそっと抱き上げ、
「抱いてみる?」
 貴哉の腕にそっと預けると、
「なんだか、こわいな。まだこんなに小さくて、か弱くてさ……」
 始めは戸惑っていたが、貴哉はしばらくしてゆっくり近くの椅子に腰を下ろした。
「あまり、私に似てないって言われるの」  
 愛花の顔を眺めながら言うと、
「そうかな。まだ良くわからないけど、どっちにも似てるような気がするよ」
 貴哉はそう言うが、もしほかに誰か人がいたなら、きっと父親似だと言うだろうと思った。
 それに愛花の指は、菜花よりも細く長い気がした。
 以前、母親にそれを言うと、
「まだ赤ちゃんのうちなんて、この先どうなるかなんてわからないわよ」
 と言われてしまった。
 姉は父に似て形の良い指をしているが、菜花はどちらかというと、母親の指の形に似ている。 
「指の形はね……」
「ん?」
「まだ、大きくならないと、わからないって」
「そう……」
 貴哉はそれしか言わなかった。
 愛花は慣れない抱きかたをされたりすると、顔を歪めて泣き出したりするのだが、慣れているはずの菜花が抱くよりも落ち着いた様子で、穏やかに寝息を立てていた。
 こうして三人でいると、この時間が永遠に続いて欲しいと思ってしまう。
 だがもし、貴哉と自分が愛し合う関係であったなら、普通に親子として暮らして行くことが出来るのだろうが、貴哉の心の中に自分はいない。
 たとえ二人の間に子どもがいるからといって、心通わぬ相手と生活を共にすることなど、菜花にはできなかった。
「ねえ、藤崎くん」
 呼び掛けると、貴哉はゆっくりと顔を上げた。
「ん?」
「あのね。藤崎くんが、愛花に会いたいっていってくれるなら、こうして時間を作るけど、だけど、無理に私と愛花に関わろうとしなくてもいいから。私が産みたくて愛花を産んだんだし、藤崎くんが、責任を感じることなんてないんだから。それに、藤崎くんはこの先、好きな人が出来たら普通にその人と一緒になって。私も、そんな人が現れたら、遠慮なくその人と一緒になるつもりだから」
 そう言うと、
「わかってるよ。でも俺は俺で、血を分けた娘を、たった一人の掛け替えのない存在だと思ってるんだ。それだけはわかって欲しい。相沢がこの先、誰かと結婚することになっても、俺は父親として、相沢の妨げにならない範囲で、愛花を見守りたいと思ってる」
 貴哉は菜花を真っ直ぐに見つめながら言った。
「うん、わかった」
 菜花はその偽りのない言葉を、素直に受け入れた――。



(朱里)

 陽平から、貴哉の住むアパートを教えてもらった朱里は、どうしても気持ちを抑えきれず、その日、一人で貴哉の家を訪ねて行った。
 先日、陽平と共に再び菜花を訪ねたのだが、どうしても菜花の娘、愛花の顔が貴哉を思わせるのだ。 
 それについては陽平も同じことを感じたようで、冗談半分で、貴哉の子どもではないかと菜花にきいていたが、菜花は即座に否定した。
 陽平も気になって、後で貴哉に確認したそうだが、やはり認めなかったという。
 だが二人の間にはなにか秘密がありそうで、朱里は直接、貴哉に確かめに行くことにしたのだ。
 本当になにも関係がないならそれで良いが、もしそうでないなら、その理由が知りたかった。

 貴哉のアパートは、駅前の商店街を抜け、住宅街との境にあった。
 クリーム色の外観はまだそれほど古くはなく、二階建ての建物は、上下合わせて十軒程が入居できるようになっていた。
 階段を上がり、廊下の中程まで歩くと、表札が掲げてあった。
 初夏といえど、少し歩いただけでも汗が滲む。朱里は玄関の前で一呼吸すると、ハンカチで汗を拭った。
 インターホンを鳴らすと、ほどなくして貴哉が玄関の戸を開けた。
「ごめんね。今日はお休みの日なのに、押しかけて来ちゃって」
 まず謝ると、
「いや、今日はなにも予定ないし、別にいいけど。でもわざわざここまで来なくても、俺のほうからそっちに行ったのに」
 貴哉はそう言うと、「暑かっただろ」と、朱里を招き入れた。
 どこか、違う場所で会うことも考えたのだが、誰もいない場所で二人きりで話したかった。
 貴哉を朱里の家へ招くことも考えたが、用があるのはこちらなのに、この暑い中、わざわざ足を運ばせるのは忍びなかった。
 部屋は縦に長いワンルームで、部屋の隅々まで冷房が効いており玄関まで涼しかった。
 南向きの窓に面した部屋には、ローテーブルに箪笥が二つくらいしかなく、すっきり片付いていた。
「綺麗に片付いてるね。うちの人とは大違い」
 そう言うと、
「いや、上のロフトに全部押し込んだから、いつもはこんなんじゃないよ」
 ロフト、と聞いて見上げると、窓の向かい側にそれはあり、梯子がかかった先には、布団や寝間着と思われる物や、いろいろなものが散乱していた。
 朱里は、貴哉が慌てた様子で部屋の物をロフトに放り上げる様を想像し、
「ごめんね、気を使わせちゃったみたい」
 肩を竦めた。 
 貴哉が氷の入ったグラスとペットボトルのお茶をテーブルに置き、グラスに注ぐと、朱里もテーブルの向かい側に座った。
 茶をすすめられ、乾いた喉を潤すと、
「ありがとう。もう、暑くて喉がからからだったから、生き返る」
 半分ほど飲むと、グラスを置いた。
「二人きりで話したいって言うから、なにか、深刻な話でもあるのかと思って昨日はなかなか眠れなかったよ」
 貴哉は心なしか、疲れたような目をしていた。
「ごめんね。どうしても直接訊きたいことがあって、居ても立っても居られなくて」
 朱里はそう前置きすると思い切って、
「あのね。菜花のことなんだけど……」
 と切り出した。
「相沢の?」
「そう。子どもが生まれたの、知ってるでしょ?」
「ああ、この間、陽平からきいたよ」
 その答えに若干引っ掛かりを覚えたが、
「実はね。子どもの父親って、藤崎くんなんじゃないかと思ったの」
 単刀直入に言うと、貴哉は、
「それは……違うよ。陽平にも言われたけど」
 否定するが、朱里はそれで納得できるわけがなかった。
「でも、似てるのよ、藤崎くんに。菜花の赤ちゃん、あなたによく似てるの。それにね、私の結婚式の日、三次会の後で藤崎くんと菜花が、二人で一緒に帰ったところを多くの人が見てるの」
 そこまで言うと、貴哉はなにも言い返さず下を向いた。
 ストレートのミディアムヘアは、うつむくと横顔が半分見えなくなる。
 朱里は続けて言った。
「ねえ、本当はそうなんじゃない? 菜花は、赤ちゃんの父親のことを訊いても、名前も知らない、その日出会っただけの相手だとか言ってるけど、そんなの私、信じられない。だって菜花がそんなことするわけないもの。だって菜花は」
 そこまで言って、朱里は言葉を飲み込んだ。
 中学の頃、朱里と菜花は同時に貴哉に想いを寄せ、お互いそれを隠していた。
 菜花も、朱里の気持ちには気付いていたのだと思うが、卒業するまでお互い自分の気持ちは明かさなかった。
 朱里も菜花との関係を壊したくなくて、ずっと言わずにいたのだ。
 それに、そもそも貴哉は、いつもなにを考えているかわからず、朱里にも菜花にも、誰にも興味がないように見えた。
 成人式の時、中学を卒業して五年目の再開だったが、やはり貴哉は掴みどころがなく、話し掛けても脈なしという感じだった。
 陽平と結婚したことを、今でも後悔してはいないが、もし菜花が貴哉の子どもを産んだのだとしたら、どうしても思うことがあった。
 もし、成人式のあの日、自分が思い切って気持ちを打ち明けていたら、貴哉は振り向いてくれていたのだろうかと。
 だが朱里は、言い掛けたこととは違う言葉を選んだ。。
「ううん。なんでもない。とにかく、本当に菜花とはなんの関係もないのね?」
 再び問うと、貴哉は小さく首を縦に振った。
「信じてもいいの?」 
 念を押すと、貴哉は、
「そうだよ」
 とだけ答えた。
 貴哉は膝の上に乗せた指を固く握り閉めている。
 朱里は、貴哉がなぜか本当のことを言えずにいるような気がしたが、それ以上問い詰めたところで頑なに否定するだけだと思い、次に言い掛けた言葉を止めた。
 だが、先ほどから一切目を合わせようとしない貴哉の態度は、もう既に父親だと認めているようなものだった。 
 


(菜花)
 
 愛花は、良く笑う子だった。
 半年を過ぎると離乳食も良く食べるようになり、丸々としていた。それに、愛嬌たっぷりで人見知りもあまりなかった。
 それはまるで菜花の性格とは違っており、貴哉もそういうタイプではなく不思議に思ったが、愛花の笑顔はまるで、これから一人ですべてを抱え込もうとする菜花を勇気づけ、励ましてくれているようで、そういうところはやはり、父親である貴哉に似ているように感じた。
 新しい仕事先を見つけた菜花は、その近くにアパートを借りた。愛花は、職場に近い無認可保育園に預けることにした。
 実家の両親は、そのままここにいればいいと言ってくれたのだが、すでに姉と姪が暮らしており、妹の自分までが、子どもとともに居座るわけにはいかないと思った。
 明日から初出勤という日、愛花と二人きり家でゆっくりしていると、インターホンが鳴った。
 モニターを見ると、陽平と、その奥に貴哉が立っていた。
「え? どうして」
 事前に連絡はなく、また朱里の姿はなく、不思議に思いながら玄関の戸を開けると、
「よ!」
 陽平は軽く手を上げると、スーパーの袋を大量に差し出した。「オムツとかミルクとかいろいろと買って来たよ。後は、まなちゃんの食べれそうなおやつとかな」
「あ……ありがとう」
 見ると、沢山の袋に、オムツやミルク、離乳食や赤ちゃん用のおやつが溢れるほどにあった。
「こんなにもらっていいの? 嬉しいけど、もうしわけないよ」
 恐縮していると、
「いいんだよ。こんなことしか出来ないからさ」
 陽平はそう言うと、「貴哉も連れて来たんだ。荷物運ぶの手伝ってくれってな。相沢の赤ちゃんも見たいって言ってたし」
 後ろを振り返った。貴哉は、
「突然押しかけてごめん。今日、いきなり、陽平に誘われてさ。すぐに帰るから」
 陽平の手前、こちらに連絡出来なかったのか、申しわけなさそうな顔をしていた。
「ううん。来てくれて嬉しい。ありがとう」
 実は、引っ越しを終えた頃、貴哉はすぐに訪ねて来てくれていたのだが、今の状況で、そんな素振りは見せなかった。
 二人に家に上がってもらうと、愛花はベビーサークルの中で、ぬいぐるみ相手に一人遊びしていた。
 陽平が近寄り、愛花を抱き上げた。
「まなちゃん、随分大きくなったなあ。この間来た時は、まだ首も座ってなかったのにな」
 愛花はキョトンとした顔で陽平を見つめている。だが陽平がおちゃらけた表情であやすと、キャッキャと笑った。
 菜花が、
「神谷くんは、赤ちゃんの扱いが上手いね。愛花も喜んでる」
 お茶を用意しながら言うと、
「あ、なにもしなくていいよ。すぐに帰るから」
 陽平はそう言うと、愛花を膝に置いて座り、
「ただちょっと、確かめたいことがあってさ。それだけちょっと時間くれないかと思ってるんだけど」 
 と菜花のほうを見た。
「確かめたいこと?」
 菜花はとにかくお茶を用意すると、テーブルに置き、その場に座った。
 貴哉も首を傾げながら陽平の近くに腰を下ろした。
 陽平は、
「実はさ、この頃、朱里が変なんだよ」
 そう、話を切り出した。
「朱里が、どうしたの?」
 朱里は先日、寧々とともに引っ越しを手伝ってくれたが、その時はなにも変わりはないように見えた。 
 陽平は貴哉を見ると、
「夏にさ、朱里がおまえんとこ、行ったろ? その時は、なにも特別な話はしてないって言ってたよな」
 そう言い、貴哉は、
「ああ、そうだけど」
 と答えた。陽平はまたこちらに向き直り、
「だけどそれからなんだよ。なんとなく、態度がぎこちないっていうか、二人で話してても、上の空って感じでさ」
 そこまで言うと、愛花をサークルの中にそっと戻した。愛花は目に付くまま、サークルの中の遊具へ手を伸ばす。
 陽平はその姿を見届けた後で、こちらへ向き直った。
「朱里にきいても、貴哉と同じで、特になにも答えないしさ。だから今日、貴哉をここに連れて来たんだ」
 菜花は、なんとなくその意図がわかり、身構えていると、
「なあ、本当は、まなちゃん、おまえたちの子どもなんだろ?」
 陽平は断定するかのように言った。菜花が、
「だからそれは違うって、何度も」
 そう言うと、
「もう……知ってるんだよ」
 陽平は再び貴哉のほうを向いた。
「今日さ、本当は悪いと思ったんだけど、おまえがトイレ行ってる間に、スマホ、盗み見した」
 その言葉に貴哉は動揺を見せた。
 菜花も同様に、とっさに取り繕う言葉も見つからず、貴哉と顔を見合わせた。
「相沢とのライン、見せてもらった。あれはただの同級生のやり取りじゃないよな」
 陽平は口調を強めた。貴哉も菜花も下を向き、なにも答えられずにいると、
「なあ、二人してなんで隠すんだ? 子どものためにもさっさと一緒になればいいじゃねえか。それが出来ない理由でもあるのか?」
 陽平は理解出来ないといった様子で問い詰めた。
 先に、口を開いたのは菜花だった。
「それは……私たち、別に、愛し合ってるわけじゃないから」
 呟くように言うと、
「じゃあ、一応認めるんだな」
 陽平はそう言って、大きく息を吐いた。
 だがすぐに、「いや、だけど、愛し合ってるわけじゃないって? どういうことだ?」
 納得できない様子で菜花と貴哉を交互に見た。
 貴哉はうつむいたままなにも答える様子がなく、菜花がその問いに答えた。
「神谷くんと朱里の結婚式の日、三次会の後で、あの日はふたりとも酔ってたし、なんとなくそんな雰囲気になって……。だから、別に、それきりのはずだったんだけど……」
 答えになっていないかもしれないが、それだけ言うと陽平が、
「そう……か……だけどさ、だけど、二人の気持ちはとにかくさ、まなちゃんのためにもさ、両親は揃ってたほうがいいんじゃないか? 相沢と貴哉の関係がどうか知らないけどさ、三人で暮らしてたら、そのうちお互いの気持ちだって変わってくるかもしれねえじゃん」
 まったくの正論だった。だが菜花が話そうとする前に、貴哉が言った。
「相沢は、おれのこと、別に好きなわけじゃないんだ。興味があるのは、おれの指、だって」
 陽平が目を見開き、
「は? 指?」
 わけがわからないといったように、菜花を見た。
「指ってなんだよ」
「あ……私、昔から自分の指にコンプレックスがあって、ずっと藤崎くんの指の形に憧れてたの。だからあの時、酔った勢いで、藤崎くんの指が欲しいって言って……」
「なんだそれ、わけわかんねえ」
 陽平は両手で髪をくしゃくしゃにした。
 菜花は、
「だから、子どもが出来たってわかった時、一人で産んで育てようって決めたの。堕ろすなんて、これっぽっちも考えなかった。生まれて来る子どもが、藤崎くんによく似た指だったらいいなって思ったりして」
 愛花は、うつ伏せの状態でこちらにおしりを向け、興味のあるおもちゃのところまで、体を動しながら一生懸命移動しようとしている。
 愛くるしいその姿を見ていると、本当に生まれて来てくれたことを、今でも感謝せずにいられない。
 貴哉もその姿を見守っていたが、ふと沈黙を破った。
「おれさ……」
 菜花と陽平が同時に顔を向けると、
「誰にも話したことないんだけど……」
 そこまで言うと、しばらく言葉を探しているかのように押し黙り、やがて話しだした。
「俺の母親って、俺が小さい頃に離婚して、今の父親と再婚したんだ」
「「え?」」
 陽平と同時に声が出てしまった。
「新しい父親は、それなりにいい人なんだけど、七つ下に弟が生まれてから、家族の雰囲気が変わってさ、母親は弟ばかり可愛がって、おれのことはあまりかまってくれなくなって、段々、家に、俺の居場所がなくなっていったんだ」
 菜花はおろか、陽平もそのことは知らなかったようで、
「そんなの、俺、全然知らなかったよ。普通の家族だと思ってた。貴哉のお袋さんも、全然そんな感じしなかったし」 
 そう言うと、
「お袋は人前じゃ、そんな素振り見せないよ」
 貴哉はつと立ち上がると、愛花のもとへ行き、そっと抱き上げた。
 愛花は貴哉の顔を見上げ、「あー、うー」とまるで話し変かけるかのように声を発している。
 貴哉はその言葉に答えるように、
「愛花……」
 と名を呟くと、ゆっくりこちらを向いた。
「俺さ……まさかこんなかたちで自分に子どもが出来るなんて思いもしなかったけど、今は本当に相沢には感謝してるんだ。愛花を産んでくれたことを。愛花が生まれて来てくれたことを。なんか、もう、独りじゃない気がしてさ、家族にはなれないけど、どこにいても愛花のことを思うだけで幸せになれるっていうか。だから俺、愛花のためなら、なんでもしてやりたいって思ってるんだ」
「藤崎くん……」
 菜花は、貴哉の過去にそんなことがあったなど、まったく知らなかった。
 中学の頃、伏し目がちであまり感情を表に出さず、なにを考えているのかよくわからないところがあったが、まさかそんな背景があったとは……。
 いわば、母親から見捨てられてしまったような彼が、女性に対して不信感を抱くのは当然だっだのだ。
 深入りして裏切られ、傷つくくらいなら、初めから深く関わらなければいいと……。
 朱里の結婚式の日、なぜ貴哉が自分を抱いたのか、菜花にはわかっていたが、なぜ貴哉が朱里に思いを告げることが出来なかったのか、その理由までは知らなかった。 
 貴哉が愛花を想ってくれる気持ちは、申しわけないが正直に嬉しく思う。
 実際貴哉は愛花のために通帳を用意し、毎月振り込んでくれている。菜花はそれを受け取ることまでは拒否したが、この先、愛花本人が物事を理解出来るようになった際には直接、本人に渡して欲しいと告げていた。
 日々の生活費に関しては、一銭も受け取るつもりはないが、先日、引っ越し祝いだといいながら、貴哉はかなりの額を置いて行った。
 祝い金だと言われて、返すのも憚られたが、今後そういった負担をかけないためにも、金銭的に余裕を持った生活をしていかなければならないと思っていた。
 菜花は……朱里にすべてを話さなければならないと思った。
 中学の頃、菜花は朱里と同じく、貴哉を好きになってしまった。だが、貴哉は誰に対しても興味を示さず、菜花は叶わぬ恋と諦めていたが、多分朱里も同じだったのだろうと思う。
 寧々がしょっちゅう彼氏をとっかえひっかえしている中、朱里と菜花だけは、好きな人について表面的にはアイドルの名前を挙げていたりしたが、菜花は朱里の気持ちに気付いていたし、それは多分朱里も同じだと思っていた。
 そして菜花は、その頃から貴哉が好意を寄せているのは朱里だということも気付いていた……。
 朱里に貴哉の事情を話せば、陽平が、朱里の様子がおかしいということの原因も、もしかしたら解決できるかもしれない。
 菜花は朱里に、すべてを包み隠さず告げようと思った――。



(朱里)

 その日夕食を作り終えた朱里は、堪らなくなって衝動的に家を飛び出した。
 昼過ぎに菜花が子どもを連れて訪ねてきたのだ。
 そこで貴哉の家庭の事情を聞き、考えれば考えるほどに居ても立っても居られなくなってしまった。
 陽平には、すぐに帰りますと書置きを残しておいた。
 朱里は真っ直ぐに貴哉の家へと向かった。
 クリーム色の外壁が見えてくると、朱里の胸は高鳴った。
 階段を駆け上がりインターフォンを押すと、やがて現れた貴哉は、風呂上りなのか、髪が少し濡れたままだった。
 朱里は堪えきれず、貴哉に抱き付いた。
 貴哉は驚いた様子で、
「え? 筧? いや、神谷か、え?」
 しどろもどろになっていた。
 朱里は顔を上げ、
「私、ずっと、藤崎くんのことが、好きだったの」
 正直に想いを告げた。
 貴哉は、そっと朱里を体から離すと、
「筧には、陽平がいるだろ?」
 冷静に言い放った。
「陽平とは別れる。もう決めたの。私、もう、自分の気持ちに嘘はつけない」
 瞳に湧き上がる涙をそのままに、朱里は潤む目で貴哉を見上げた。
 貴哉は、
「ごめん。俺には、その気持ちに応えられない」
 顔を背け、朱里を両手で引き離した。
「藤崎くん……」
 その時、二階の住人が階段を上がってくる音が聞こえ、貴哉は朱里の手を引き、家の中に入れた。
 朱里は涙声で、
「それは……愛花ちゃんがいるから? でも菜花は、あなたのことなんとも思ってないのよ。菜花はいつか、好きな人が出来たらその人と一緒になる。だからいくら待とうと、あなたは菜花とは一緒にはなれないの。愛花ちゃんと一緒に暮らすことも出来ないの。だからあなたは、あの二人のことは諦めて、自分の幸せを見つけるべきなのよ。それを、菜花も望んでるんだから」
 訴えかけると、貴哉は目を合わせることなく答えた。
「それは、わかってるよ。相沢はいつか誰かと一緒になるだろうし、俺だって、そういう人が現れたら、遠慮なく一緒になるつもりだよ」
「それなら」
「でもそれは、筧じゃない」
「どうして? だって菜花が、あなたが好きなのは私だって……」
「それは……確かに、昔そんな感情を抱いたことはあった。でも今は、そんな気持ちは……ないよ」
「嘘、そんなの嘘。そんなこと言われても、私、諦めるなんてできない。絶対に出来ないっ」
 朱里はそう言い放つと、家の中へと入って行った。
 部屋の奥に座り込むと、貴哉は困った様子で言った。
「筧、いや、神谷さん」
「朱里でいい」
「いや、そういうわけにはいかないよ」
「じゃあ、どうせよ陽平とは別れるんだから、筧でいい」
「…………」
 貴哉は黙ってスマホを取り出した。
 朱里が、
「なにしてるの?」
 問うと、しばらくして、
「今、ラインで、陽平がすぐにここに来るって。とにかく、二人で話し合ったほうがいい」
 そう言った。
「いや、陽平にはもう会わない」
「そんなわけにいかないだろ?」
「だって、会わせる顔がないもの」
「……まあ、そうかもしれないけど、でも、陽平だってこのままじゃ、納得しないだろ?」
 とにかく……と貴哉は簡単にコーヒーを淹れると、朱里に手渡した。
 一口飲んで、少しだけ冷静を取り戻した朱里は、
「私を、好きだったことがあるって言っといて、どうして今は違うの?」
 納得できず貴哉を見上げた。
「中学の頃、憧れてたよ。っていうか、クラスのほとんどが朱里のこと、狙ってたし。俺も陽平もそうだった。ただあの頃は俺、家のこともあって、異性に対して深入りするのが怖くて、なにも、出来なかった」
「でも、今は、もうあの頃とは違うのよ。 私、藤崎くんを裏切ったりしない。絶対に。昔は、藤崎くんの家庭の事情がわからなかったから、藤崎くんの気持ちがわからなくて、なにも言えなかったけど、もしあなたが、私のことをもう一度好きになってくれたら、絶対にあなたを幸せにする自信がある。本当よ」
 力を込めて言うと、
「その言葉はありがたいと思うけど、でも、やっぱり、その想いには応えられない」
 貴哉は先ほどの言葉を繰り返した。
「どうして?」
「どうしても」
「やっぱり、菜花と愛花ちゃんのことがあるから?」
「それは違うよ」
 朱里は押し黙った。
 貴哉はそう言うが、本心ではその通りなのだと思った。
「わかった」
 朱里はそう言うと立ち上がり、陽平を待たずに静かに部屋を出て行った。



(菜花)

 仕事を終え、保育園に愛花を迎えに行った菜花は、途中で買い物を済ませ、駅を降りて自宅へと向かった。
 街路樹はほとんど葉を落とし、風に運ばれた落ち葉が歩道の隅に溜まっている。
 ベビーカーを押しながらアパートまで歩くと、玄関の前に人が立っていた。
 誰だろうと思い、近付くと陽平であった。
「神谷くん?」
 声を掛けると、陽平は力なく顔を上げた。
「ああ、相沢。ごめん、ちょっと話がしたくて、待ってたんだ」
菜花は愛花をベビーカーから下ろすと、
「ちょっと、愛花を抱いててくれる?」
 と陽平に渡し、ベビーカーを畳み玄関を開け、家の中へ入れた。
そのまま先に家の中にはいり、窓を開けて少しだけ空気を入れ替えると、
「どうぞ、はいって」
 と陽平を招き入れた。
 陽平は力なく玄関で靴を脱ぎ、リビングの床に腰を落とした。
 菜花は、湯を沸かしながら、お茶の用意をしつつ、
「ねえ、神谷くん、どうしたの?」
 台所から語り掛けた。
 陽平は、暗い表情で呟くように言った。
「あのさ、この頃、朱里のヤツ、まともに話もしてくれないんだ」
「朱里が?」
「ああ、なんだかいつも上の空って感じで、なにか話し掛けても、ああ、とかうんとかしか言わねえし」
 菜花はその言葉に、思わず茶葉の入った缶を落としてしまった。
 床に茶葉が零れ、急いでかき集める。
 陽平が慌ててやって来て、
「大丈夫か? これ、一応拾うけど、まだ、使えるか? 」
 台所は一応掃除はしているが、茶葉は細かいチリなどに紛れてしまった。
「洗えば、なんとか使えるかもしれないけど、でも、やっぱりダメかも」
 声を落とす菜花に、陽平は、
「ごめんな、俺がへんなこと言ったから」
 謝られ、
「いいの、私がうっかりして零しちゃったんだから」
 茶葉をかき集めながら、菜花は、朱里を思った。
 自分のせいで……。
 菜花は、あることを決意した。



 菜花はあれから、結婚相談所に登録したり、母親からの紹介で見合いをしたりと、とにかく結婚相手を探すべく、積極的に行動を起こしていた。
 とにかく、早く結婚したかった。
 自分が誰かと結婚しさえすれば、貴哉と朱里は一緒になれる。そう信じて疑わなかった。
 だが、中々そう、良い相手に巡り合えずにいたのだが、代わりに陽平が、ほとんど毎日のように菜花と愛花のもとを訪れるようになった。
 仕事で忙しい貴哉は休日くらいにしか来られないが、陽平は、店が終わるとすぐに連絡を寄越し、菜花が断らない限りすぐにやってきて、愛花を風呂に入れたり、菜花が食事の支度をしている時に愛花をあやしてくれたりと、まるで父親のように、面倒をみてくれるのだった。
 朱里のことが気に掛かるが、陽平は、朱里との仲は冷え切り、もう顔を合わせたくないのだと言い、そう言われると、菜花はなにも言えず、陽平を受け入れるしかなかった。
 そういう日々が続いたある日、陽平はぽつりと、まるで、
「今日、ちょっと、いつもと違うことしようぜ」
 みたいなノリで、
「なあ、俺、愛花の父親になっちゃだめか?」
 と言った。
 菜花は一瞬どういう意味かわからなかったが、すぐに、
「え? なに? どういうこと?」
 と誤魔化しながら、動揺していた。
 陽平は、
「俺と、結婚してくれないか?」 
 はっきりと口にした。
 菜花は咄嗟に断ることが出来なかった。
 いつしか、自分でも不思議なほどに、陽平の来訪を心待ちにするようになっていた。
「私で……いい……の?」
 震える声で問うと、陽平は、
「朱里と別れる。話はそれからになるけど、俺のほうこそ、お前、俺で、いいのか?」
 問われて菜花は、こくんと頭を縦に振った。
 
十一

 朱里
 
 朱里は今のこの状況が、夢ではないかと疑っていた。
 陽平と暮らした家の、ダイニングテーブルに陽平、その隣に菜花が座っている。
 娘の愛花は菜花の実家に預けてきたと言っていた。
 その向かいに自分が座り、その横にはなんと、貴哉がいる。
 陽平の声が、どこか遠くに感じる。
 夢? これは夢だ、そうに違いない。
 ぼうっとしていると、左肩を小突かれた。顔を向けると、貴哉がこちらを見ながらなにか言っている。
「え? なに? 聞こえない、なにを言ってるの?」
 問うと、向かいに座る陽平が、 
「聞いてなかったのか? おれたち別れようって言ってるんだよ」。貴哉の声も聞こえないのか?
 そんなことを言う。
「え? どうして?」
 応えながらも、それに関してはしかたがないと思っていた。
 この頃、録に陽平と口をきいていない。陽平が帰宅するのはいつも深夜で、最近ではいつ帰ってきて、いつ出勤しているのかさえわからなかった。
 離婚を切り出されても仕方がない。
 朱里が押し黙ると、陽平が一枚の紙を突き出して来た。
 離婚届だ。
 約一年前、婚姻届けを提出したばかりだというのに……。
 一体なんで、こんなことになってしまったのか。
 一年前、貴哉への気持ちを永遠に封印し、陽平との明るい未来を選らんだ。
 陽平といると、笑いが耐えなかったし、常に笑顔でいられた。
 幸せな未来が、そこにはあるはずだった。
 それなのに……なぜ。
 まさか菜花が、貴哉の子どもを産むなど、考えもしなかった。
 成人式のあの日、もし自分が陽平ではなく貴哉を選び、菜花と同じ行動をしていたなら、今、
自分は貴哉と一緒に暮らせていたのだろうか。
 朱里は貴哉を見た。
 陽平は続けて言う。
「俺たちが離婚したら、朱里、お前はもう自由だ。誰と一緒になったっていいんだよ。貴哉とだって」
 そう言うと貴哉は、
「え? 俺?」
 動揺を見せた。そして続けざまに、
「俺は、誰とも結婚する気はないよ」
 はっきりとそう口にした。
 陽平が、
「へ? なんでだよ。お前昔、朱里のこと……」
 言い掛けると、貴哉は、
「俺はたとえ、筧が独り身になっても、結婚を申し込んだりはしない。もう、結婚自体に、関心がないんだ」
 そう、声を落とした。
 菜花が口を挟む。
「なんで? 藤崎くん、愛花のことはもう、神谷くんが面倒見てくれるし、私も仕事続けるつもりだし、なにも心配しなくてもいいんだって。藤崎くんは、朱里と結婚して、幸せになって。私もそれを望んでるから」
 そう言うと、貴哉は、
「俺の幸せは、俺が決めるよ」
 そう言い切った。
 朱里は耐えきれず、声を発した。
「どうして? 藤崎くん。どうして、私じゃいけないの? 」
 問い詰めると、貴哉は、
「筧だからってわけじゃない。もう二度と、傷つきたくないんだ」
 そう声を落とした。
「私は決してあなたを裏切らない。あなただけを愛するわ。本当よ」
 陽平と菜花の前であることを、もう構いもせず、本心からそう告げると、
「自信が……ないんだ。悪い」
 貴哉はそう言うと立ち上がり、なにも言わずに立ち去って行った。
「藤崎くんっ」
 朱里が後を追い掛けるが、貴哉は朱里の手を振り切り、振り返りもせずに玄関の向こうへと姿を消した。
 直後、朱里は大声を出したのがいけなかったのか、頭がくらっとし、その場に倒れ込んだ。
「朱里っ」
 陽平と菜花が同時に自分の名を呼ぶが、応える力もなかった。

十二

 目を開けた朱里は、一瞬、どこにいるのか解らなかった。
 だが、次第に開けていく視界、薬品の匂いにどうやらどこかの病室のベッドに横たわっているのだとわかった。
「朱里……」
 陽平の声がした。
 うっすらと目を開け、ゆっくりそちらへ顔を向けると、
「大丈夫か? 気分はどうだ?」
 応えようとすると、寧々の声がした。
「寧々だよ。朱里が倒れたって菜花からきいて、飛んで来たんだからね」
 寧々は心配そうにこちらを覗き込む。
「私……記憶がなく……て」
 呟くと、寧々が、
「栄養失調だったんだって。ずっと、録になにも食べてなかったんでしょ?」
 そう言われると確かに、陽平の帰りが遅くなった頃から、夕食も真面目に作らなくなり、適当に済ませるようになってしまっていた。
「そう……なんだ」
 点滴を打たれた手を軽く握りしめる。少し、皮膚がつれたように感じ、若干痛みを感じた。
 寧々は、
「みんな心配で、朱里が目を覚ますのを待ってたんだよ。あ、お母さんは、なんだか御雑炊作って来るって言ってた。朱里の大好物の。それでちょっと遅くなるって」
「お……母さん」
 朱里の母親は料理上手で、作る料理は料亭並みに美味しかった。
 朱里が体調を崩した時など、出汁にたくさん栄養を含ませ、雑炊を作ってくれたのだ。
 病院食があるというのに、わざわざそれを作って来てくれるというところが、なんとも母らしい。
 足のほうに目をやると、菜花や、帰ったはずの貴哉までがこちらを覗き込んでいる。
 そしてすぐそばには陽平がいる。
 陽平……。
 いとも簡単に、自分を、今までとは違う世界へといざなってくれた。
 派手な顔だちだったために、敢えて地味な色の服ばかり選んで着ていたのだが、陽平は目の覚めるような赤いセーターをプレゼントしてくれた。
 始めは似合わないだろうと思い、着ることを躊躇っていたが、陽平にそっとあてがわれると決してうるさい感じではなく、むしろその色が、自らの気分を高揚させてくれるような気がした……。
 だが瞬間、過去の封印が脳裏に蘇った。
 朱里は幼い頃、母手作りの朱色のワンピースが大のお気に入りだった。
 それは、朱里の掘りの深い顔立ちを引き立てるかのように似合っていた。
 だが、その服を着て友だちと遊んでいると、翌日には友だちは一人、二人と減って行き、とうとう独りぼっちになってしまったのだ。
 それでも男の友だちは増えて行き、朱里はそのせいで、かなり男勝りに育ったのだが、 当時は、なぜ同性の友だちが離れて行くのか、その理由がわからずにいたが、それが同性からの嫉妬であるとわかったのは、かなり年を重ねてからであった。
 その理由を知ってから、朱里は敢えて地味目な服を選んで着るようになった。
 結果、同性の友だちが少しづつ増えていき、菜花と寧々という、かけがえのない親友に巡り合えた。
 そして陽平からプレゼントされた赤いセーターを身に纏った時、一瞬不安に襲われたのだが、それで今更、菜花や寧々が離れてはいかないことがわかっていたため、堂々とそれから赤いセーターに袖を通すことが出来たのだった。
 そのきっかけを与えてくれた陽平には、感謝してもしきれないほどだ。
 また陽平は、朱里が風邪で寝込んだ時、わざわざ母に雑炊の作り方を習い、懸命に作ってくれたのだった。
 その愛は深く、今思うと、朱里はなぜ、その愛を受け止め切れなかったのか、後悔の念は深まるばかりであった。 
 朱里はひと言、
「陽平、あなたと二人きりで、話がしたいの」
 と言った――。

十三
 
 菜花

 夕食後、愛花の湯冷ましを作っていた菜花は、やがて風呂の辺りから、ふわっと石鹸の匂いがし、
「愛花、上がるよ」
 という声を聞いた。
 脱衣所へ向かい、棚からバスタオルを取り出すと、それを大きく広げ、こちらに向かって手を伸ばす愛花をそっと包み込む。
 そのまま抱き上げてリビングに寝かせ、濡れた体を拭き取ると、すばやく寝間着に着替えさせた。
 そっと起き上がらせ、湯冷ましを与えると、しばらくして風呂から上がって来たのは、陽平ではなく貴哉であった。
 陽平はあれから、朱里とやり直すことになった。
 すると貴哉が、頻繁に菜花の家に訪れるようになった。 
 貴哉は、仕事が終わるとすぐにやって来て、愛花の面倒を見てくれるようになった。
 やがて風呂からあがった貴哉は、
「それじゃあ、帰るよ」
 濡れた髪をざっと乾かした状態で、そう言った。
 菜花は、
「あ、ありがとう」
 そう言うと、立ち上がった。
 玄関まで見送ると、貴哉は振り返った。
「あのさ」
「ん?」
 菜花が首を傾げると、貴哉は言葉を続けた。
「朱里に聞いたんだけどさ」
 そう言って、右手で鼻を掻いた。
「相沢の好きな人って……俺?」
「え?」
 菜花は言葉が出なかった。「どうして、そんなこと言うの」
「朱里が、教えてくれたんだ。でも、違うなら、今の言葉忘れてくれ」
 菜花は、
「もし、そうだって言ったら、あなたはどうするの?
 問うと、貴哉はいきなり菜花を抱きしめた。
 壊れるくらい、強く、強く、抱きしめた。 
「藤崎……くん」
 菜花の目から一筋の涙が零れ落ちた。
 足元に、愛花が菜花と貴哉の足を掴んで立ち上がった。
 初めてつかまりだちをのだ。
 貴哉が愛花を抱き上げる。
「愛花、おれが、お前たちを一生守り続けるっ」
 菜花は、きょとんとする愛花に頬ずりした。
 貴哉は、愛花を下に下ろすと、菜花を再び強く抱きしめ、熱い、熱い、口づけを交わした。
 

その指に、触れて、欲しくて

執筆の狙い

作者 日乃万里永
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ご意見、ご感想を、どうぞよろしくお願いいたします。

コメント

10月はたそがれの国
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読みやすかったんで、ささーっと流し読めてしまいましたが・・


>朱里が押し黙ると、陽平が一枚の紙を突き出して来た。
 離婚届だ。
 約一年前、婚姻届けを提出したばかりだというのに……。
 一体なんで、こんなことになってしまったのか。
 一年前、貴哉への気持ちを永遠に封印し、陽平との明るい未来を選らんだ。

↑ ここで『???』、
「物語中の時間の流れ」を、頭の中で整理する必要が生じた。

朱里の結婚式で愛花を授かって……
その愛花は「首がすわって離乳食ぐらい」だったような??(流し読みだったので、脳内補完かもしれませんが……)

「約1年前」と「約」だから、、年単位でいったら間違ってないんだけど……
朱里の子供が流れてたり、あんまりかちゃかちゃ忙しないから、
『1年??』って、びっくりしてしまった。


陽平がすんごい唐突。朱里も唐突だけど、陽平は奇行の域(だとしか……)。

冒頭が「結婚式」だし、彼も中学同級生だったようなんで、そこで「陽平の人となり」と「中学時代のエピ」は、入れといてもいいのじゃないでしょうか??


途中で消えて空気になる「寧々」にしても、
読みながら、『寧々が昔、藤崎のこと好きだったんだったりして??』な線も考慮に入れて、「昼ドラ的女の友情のもつれ」で身構えただけに、
姿の見えないまま「空気」にされて、『この子、何のために出て来たん??』って。。


赤子の愛花も「空気」だし。。

夜泣き、黄昏泣き、かんしゃく、発熱、
1カ月検診〜3カ月検診、予防接種予防接種予防接種……
ミルクミルクミルク、おむつおむつおむつ、せんたくせんたく、
メリーさん、おしゃぶり、よだれかけ、ドーナツ枕……
そういったものが何もなかった。


藤崎が何の仕事してんのかが分からずじまいだったし。(どこかに書いてあったのかもしれませんが……)

全体に、あまりにも駆け足・書きとばし、「説明台詞に頼りきり進行」で、
もったいない。



読みやすいし、面白かったんだけど、
個人的に菜花というヒロインが【好かん】。

終始『なんて迷惑な女……』ってうんざりしてしゃあなかった(ごめんね……)ので、
菜花の「良さ」「健気さ」を描いて、「共感」できるようにしてくれたらなー、と。


「中学の時に告白できなかった事情を、もうちょい掘り下げて設定する」とか、
藤崎が「結婚式の際に、ある理由から自暴自棄になってたのだ……設定にする」とか、
「陽平と藤崎の関係」
「寧々のキャラクターと現在の仕事、朱里との関係」とか、
主人公の「ヤマハ講師という仕事を軽く説明」とか。。



そもそものきっかけはピアノだった筈で、ヒロインは「藤崎のピアノを弾く指に惹かれた」。
「当時CMで流れていたあの曲」。

その曲って、何だろう??
久石譲のサントリーウィスキーの曲か?
坂本龍一のリゲインか??
ショパン『別れの曲』とか??
そこは「分かる人には分かるように書いといてもいい」と思うし、ワタシだったら省かず書く。

しまいまで読んだら、「その曲」が聴こえるようになるのか・・と期待もしてたんだけど、
結局、何の曲なのか、分からずじまい。

10月はたそがれの国
n219100086103.nct9.ne.jp

>朱里が押し黙ると、陽平が一枚の紙を突き出して来た。
 離婚届だ。
 約一年前、婚姻届けを提出したばかりだというのに……。
 一体なんで、こんなことになってしまったのか。
 一年前、貴哉への気持ちを永遠に封印し、陽平との明るい未来を選らんだ。


↑ 『1年じゃないように思う〜』と 引っかかったのは、

朱里が「貴哉への気持ちを永遠に封印し、陽平との明るい未来を選んだ」のは、
「披露宴後:婚姻届提出した時点」ではなく、
普通に考えて
《挙式すると決めて、打ち合わせ始めた時には、すでに選んでいた》訳なんで、
「陽平を選んだのが1年前」じゃない。
「陽平との結婚生活が1年」。

日乃万里永
KD106160080156.ppp-bb.dion.ne.jp

10月はたそがれの国様

ご感想下さいまして、ありがとうございました。

一年前というのは間違っておりました。
朱里が結婚を決めた時はもっと遡って二年前位になるので、ご指摘いただけて良かったです。ありがとうございます。

指に関しても、始まりと終わりでしめくくらなければならないですね。

曲は、チョップスティックに変えました。

貴哉の仕事は、大手メーカーの社員です。

寧々は仲井と付き合ったことになっております。

ヤマハの仕事にも触れ、陽平のエピソードにも触れたいと思います。

気付かないことばかりでしたので、本当に助かりました。

本当に、心からお礼申し上げます。

日常莉来
203.78.230.245

初めまして。日常莉来です。
最初に読ませていただきました。
大人な恋愛を描いてある、いい作品でした。
菜花さんのお相手も、最後の方であっちに行ったりこっちに行ったりしながらも、面白くまとまって、最後の一行でとても満足感がありました。
結婚式の場面で、雰囲気や中の様子がとても伝わって、書き方、表現が上手だなと思いました。
とても面白い、いい作品でした。読ませていただいてありがとうございました。

日乃万里永
KD106160080156.ppp-bb.dion.ne.jp

日常莉来様

お読み下さいまして、ありがとうございました。

面白いと言っていただけて、とても嬉しく思います。

本当に、ありがとうございました。

なめくじ
p0163482-vcngn.ttri.nt.ngn.ppp.ocn.ne.jp

日乃万里永さま

読ませて頂きました。
面白いかと思えば、正直いって、さほどではなかったです。というか、男には向かない話だったように思います。
まず冒頭にごちゃごちゃと登場人物が現れて、さほどの印象も残さず次に移るので、誰が誰か私はひたすら混乱でした。映画なら人間の顔があるので問題ないですが、文字だけになれば何か強烈なエピソードを入れないと、AでもBでも何でもよくなってしまします。
 花子、美子、和歌子とか昔風の名前ならまだしも、キラキラネーム風なのがごそっと出れば、オヤジには太刀打ちできません。
それでも読み進めたのは、菜花の指に関するエピソード。そして指を欲しいといい、指のために子供をほしがる、これはとってもよかったです。というかそれだけで読み進めることができました。これはかなり面白い物になるな、と思ったのですが、後に関係ないことがあまりに多くてがっくりしました。

貴哉の子というのは読者はもう知っています。知っていることを友だちたちは必死に探して問い詰める。それが面白いでしょうか。実は、別の男の子だった、とかいうオチでもあれば納得ですが、貴哉で間違いないのですから、途中の父探しの部分は起伏もなく、しかも退屈を越えて、いらいらしてしまいます。
それでも読んだのは、指のせいでした。

おおむねは、私も月さんのコメントに賛成でした。貴哉の引いた曲の名は絶対必要です。そういう細部こそ小説には大切と思うのです。
私の知り合いが小説を書いて、食事の場面がありました。そこで、夕食はどれもおいしかった。久しぶりにこんな美味しいものを食べたと、花子は感じた。みたいな文があったので、メニューは必要じゃないか、といったら、だって小説だもの、でスルーされてしました。
唖然としましたが、そういうどうでもいい細部が、小説ではどうでもよくはないので、やはり曲名は必要かと。
チョップスティックスが適切かどうかは私にはわかりませんが、その名を入れたら貴哉の感じはわかりますね。

で、私なら、と余計なお世話風に書くと、御作で格別いいと思うのは、何度も書きますが、指へのこだわりです。すでにどっかにあるのでしょうか。その指が欲しくて子供を望む、というのが。
前例がないとしたら、これはすごいアイデアに思えるのですが、すべて、あまりに平凡な朱里たちのせいで、光らなくなっているように思うのです。菜花の一人称にして、余計な女友だちは適当にして、貴哉との徹底した心理的バトルに撤する。短編になるでしょうが、そうすれば緊迫した話になるし、ちょっと怖い話でしょうが、きっと素敵な短編になるだろう、と思うのです。なのに、作者さんの目線が女同士の友情だか、昼ドラ風というのか、そういう所に向かって折角のアイデアが脇にやられた気がして残念に思えてしまいます。
あくまで、私の妄想ですけどね。ひどいこと書いて失礼しました。でも、すごくもったいないと個人的には思いました。

日乃万里永
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なめくじ様

お読み下さいまして、ありがとうございました。

小説の登場人物は、少なければ少ないほど良いと思います。それは私も感じます。

推理小説など、沢山登場人物が出て来るものなど、何度も読み返しながら確認しなければなりませんし、外国の小説になると、もう、それだけで読む気が失せてしまいます。
人物相関図などがあればよいですが……。

この話にでてくる登場人物は、どうしても欠かせない人物たちでした。

二視点にしたのは、話しの流れを追っていく過程で、そうせざるを得なかったからです。

この話は、男の方は好まれないのですね。
すべてのかたに読んでいただけるという期待はしておりませんし、それでも、指 というキーワードで読み進めていただけたのはとても嬉しく思います。

一人称にして、貴哉との心理的バトルにするということですが、私には少し、難しいかもしれません。

お読み下さいまして、ありがとうございました。

せめてものお礼に、御作に感想をよせさせていただきたいのですが、あなた様のペンネームがみあたりませんでした。

ご感想をくださったのにすみません。

ありがとうございました。
心から、お礼申し上げます。

ラピス
sp49-106-202-39.msf.spmode.ne.jp

徹底して指に拘る菜花が特徴的で、私は興味を惹かれました。(その割には凡庸な言動を続けていき、結末で失望したのですが)
朱里などは、独立して劇にするほどキャラが立ちませんでした。(最初はカッコ良かったのに、どんどん馬鹿になっていく)作者の駒。
貴哉、性格から無骨らしい髪型を想像してたのに、途中で(ミディアムストレートだっけ?)違って愕然としました。外見描写は早目にお願いします。

なんか主役の菜花に好感が持てなかったのは、赤ちゃんを盾に同情を引く立ち位置だったからでしょうか、、、。朱里の夫をたやすく部屋に入れるあたり、友情を裏切ってるし、甘えが見えて反感しかありません。
そんな流れでも、そこに至る心理を丁寧に描いてあれば納得できたかも知れません。後半を書き急いでいたのでは?

色々書きましたが読みやすく、ドラマを描こうとした姿勢は良く、見応えがありました。
自分を棚上げし、上から目線で失礼します。汗。

日乃万里永
KD106160080156.ppp-bb.dion.ne.jp

ラピス様

お読み下さいまして、ありがとうございました。

菜花の性格ってどうにも受け入れられない方が多いのだなと思いました。

赤ちゃんを盾に同情を引いたわけではないのですが、そう思われるような書き方をしてしまったのだと思います。

これ以上、私としては書き直すつもりはなく、受け入れられないのなら、それまでと思っております。

ご感想くださいまして、ありがとうございました。

u
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読みました
話としては面白かったww

でも 作者様
なんだかキャスト全員(メインは4名)もてあそびすぎちゃいますのwwww
ミタイナあたし感想www

作者さん女性だろうけど
(指)をクローズUP
ここは素晴らしい―
女性ならではないかな

日乃万里永
KD106160080156.ppp-bb.dion.ne.jp

u様

お読み下さいまして、ありがとうございます。

面白いと言っていただけて、ほっとしました。


キャストは全員、自分で動き出した感じです。
設定した時点で、それぞれが自分の人生を生き始めていたようです。

設定も、始めはいろいろと考えましたが、とにかく、自分を追い詰める形で書き上げました。

ご感想くださいまして、ありがとうございました。

夜の雨
ai202167.d.west.v6connect.net

四、まで読みました。

なかなか面白い、文章もすらすら読めるし内容も頭に入ってきます。
恋愛感情から同級生だった彼と一夜の関係で子供ができてと、物語を作りすぎの展開だとは思いますが、エンタメで先を読ませるための設定と考えると、問題はないと思います。
登場人物のキャラクターもそれぞれ嫌味なくてよかったです。
描かれている世界の登場人物の友情はなかなか良いものですね。

現時点で気になっているのは主人公の菜花は貴哉の子供が欲しかったので、運よくできてうれしいかもしれませんが、産まれてきた子供の愛花ちゃんへの責任はどうするのかという事ですね。
菜花一人で育てるって言っても、片親だといろいろとハンディがあると思います。
菜花ではなくて、愛花ちゃんに片親というハンディがあるということです。
そのあたりの考え方が、現在までの御作では描かれていないので、母親の菜花がどう考えているのだろうかと、疑問でした。

「その指に……触れたい」という発想は、エンタメというよりも文学的な発想だと思います。
菜花の内面を掘り下げることができるからです。
菜花と貴哉とのやり取りでは、表面上の描き方のように思いました。
わりとさらりと描かれていたもので。このあと、どう描かれるのかはまだ読んでいないのでわかりませんが。

それでは25日中にラストまで読んで全体の感想を書きます。

よろしく。

日乃万里永
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 夜の雨様

 お読み下さいまして、ありがとうございました。

 シングルマザーの件ですが、菜花の両親は、強く、菜花が娘を連れて実家を離れることを止めました。
 両親と姉と娘、そして菜花と娘との六人暮らしが、もう当たり前のように感じていて、そのために家を増築することまで考えていました。
 また、その過程で、娘二人に好きな相手が出来て実家を離れることになったなら、それはそれで良いと。

 ですので、実家を離れたのは、菜花の意地のようなものです。
 本当に頑固で、人に迷惑を掛けるのが嫌だったのです。
 それが例え肉親でも。
 ただ、アパートで暮らしたなら、貴哉が尋ねてくるという計算もあったと思います。

 面白いと言っていただけて、とても嬉しく思います。ありがとうございます。
 とても励みになりました。

夜の雨
ai201207.d.west.v6connect.net

「その指に、触れて、欲しくて」読了しました。

エンタメのドラマとしては面白かったです。
かなり回転が早かったですが、この内容だと倍以上の量は書く必要があったかもしれませんね。
一応エピソードで話が進んでいたので、ついていけましたが。
こちらの作品は掘り下げて書き込むと「20代向けのテレビドラマ」になりうるような作品ではなかったかと思いました。

十三まであるので、テレビドラマで13回の放送のつもりで一回一回作りこむとよいかも。

「3人の女友達の友情と男たちの物語」といったところでしょうか。

菜花、朱里、寧々の3人の女友達。の友情。(と、恋愛)

貴哉、陽平という男たちが深くかかわってくる。


話としては作者さんのそれぞれのネタ作りというか、流れはよかったのではないかと思いました。
しかし描かれている内容はそれぞれ中途半端のような気がします。
具体的には。
菜花と愛花の関係で、前の感想でも書きましたが、菜花が愛花ちゃんを一人で育てるって言っても、片親だといろいろとハンディがある。
これを菜花の立場から見ると、「なんのこれしき」ということで頑張れるかもしれないですが、愛花ちゃんの立場からすると、父親がいないというのは育つ段階で明らかにハンディがあると思います。
そのことを菜花は考えていない。
御作で描かれている世界は「3人の女友達の友情と(恋愛)、男たちの物語」であり、その家族の物語までは含まれていない。菜花の場合は、説明程度に家族との関係が書かれている。まあ、家族のことまで、書く必要がないので、書かないだけかもしれませんが。
●ただ、ラストまで読んでみると、途中で「陽平」が「菜花」と結婚するという話になったりで、愛花ちゃんに父親ができるという流れになっている。まあ、「陽平」が「菜花」と結婚するという構成はかなり展開が早く無理があると思いますが。
最終的には、「菜花」と「貴哉」が結ばれて万々歳でラストを迎えました。
これだと愛花ちゃんも実の両親が揃って、幸せになれるしね。

朱里と陽平もかなりな生き方ですよね、この二人はもっとエピソードを書き込むとよいのではありませんか。
まあ、作品全体に内容を掘り下げてエピソードも書き込む必要はあると思いますが、なにわともあれ、ここまで話が動く物語はちょっとやそっとで書けないので、これからも物語づくりに励むと新しい世界が開けるかも。

それでは、作品作りを楽しんでください。

日乃万里永
KD106160080156.ppp-bb.dion.ne.jp

夜の雨様

最後まで読んでくださいまして、ありがとうございます。

物語を書く際、常に自分を追い込むことを心がけました。

障害につぐ障害。

それを登場人物たちがどう乗り越えるのか。

同時進行で一人一人がそれぞれ動きだしているので、そこをおさえながら、物語が進行していくのを、見守りました。

菜花が母方の田舎に移住するという選択肢などもありましたが、陽平が放っておかないと思い、このような展開になりました。

一人一人掘り下げて……ということですが、私が長編を書くと、どうしてもこのくらいの長さになってしまいます。

後は、このような小説投稿サイトに投稿させていただき、細部にわたってご指摘いただいたことに説明を加えたり、必要なことを書き加えたりするばかりです。

この度、夜の雨さまに比較的好意的な感想をいただけたこと、本当に嬉しく思います。

心より、お礼申し上げます。
ありがとうございました。

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