作家でごはん!鍛練場
井坂

childhood mixer(チャイルドフッド ミクサー)


「音楽には人の能力を促進させる効果があるらしい」
「なにそれ、聞いたことないんだけど」
 放課後の教室、室内には俺と幼稚園からの幼馴染であるつむぎの二人だけが残っていた。
西日が眩しく光り、つむぎの黒髪に反射する。

 一週間後に迫った体育祭の、クラス対抗仮面舞踏走の代表ペアとして居残りで、俺たちは特訓をしていた。
「俺が入手した情報には、競技中に流れる曲のリストがある。この曲に合わせて踊ればダンスも覚えられるし完璧だ、一位もあり得る」
「あのさ、翔平ってそんなに体育祭に熱心だったっけ」つむぎは過去の体育祭を思い出すためか、指折り数えだす。
「あの時は誰かさんが貸すのを渋ってたからだろ。それに今年は高校生最後の体育祭だ。最後に思い出作りしないとな」俺は思わずニヤける。
「似合わなっ。てかキモっ」つむぎは頬をこわばらせた。
 つむぎとの出会いは古く、お互いに乳歯が残っている頃からの付き合いで、その付き合いは当然、永久歯よりも長い。

 中学を卒業したら別々の高校へ進むものだと思っていたが、つむぎが、『私も同じ高校受けるから』と突然宣言したのが入試の前日だったものだから驚いた。

「しゃにむに頑張るんだよ。最後なんだから」
「いや、だからそれが翔平らしくなくてキモいんだって」
「俺らしいとは」長年の付き合いの中で、何度かつむぎのそのセリフを聞いたことがあった。
確かな記憶じゃないが、呆れていたような様子が頭の中でぼんやりと浮かんだ。
「覚えてないの? 林間学校のとき」
「林間学校? 学校なら小学校と中学校にしか通った覚えがない」
「あんた、あのとき本当にサイテーだった」とぼけたフリをしたとて、つむぎは話を続けた。
 俺が覚えていないなど、これっぽっちも思っていないような素振りだった。
「最低じゃない。むしろ最高だろ。つむぎにそんな鮮明な思い出として残ってんなら」
 あれは中学二年の夏だった。長野県の八ヶ岳への林間学校で行った時のお話だ。

「二泊三日で八ヶ岳に行ったよね。朝早かったし私は着くまでバスで寝てた」
「同じく」俺は大きく首を縦に揺すった。
「お昼前には着いたけど、私バスに酔って部屋で一人休んでた」つむぎは目頭を押さえるようにして当時の辛さを再現してみせていた。
 昔からそうなのだ、つむぎは乗り物に弱い。
「俺は三半規管が強いからな、なんてことなかった」当時、俺たちはクラスが別だったため乗り込んだバスも別々だった。
 少なからず、吐くなよとは後方のバスから念を送っていた。
「ほんと、あの期間は憂鬱だった。調子悪かったし」
「健康体のつむぎが珍しく、ずっと寝込んでたもんな」確かに稀にみる絶不調なつむぎに、当時の俺は不安を感じていた。
 クラスは違えど幼馴染であるつむぎと何かしらの思い出を刻んでやろうとは思っていたものだから、林間学校のプログラムが進むにつれて、思い出つくりに残された猶予の心配が、頭を過ぎりはじめていた。
「だいぶ調子が戻りはじめたのが、みんなが夕食終わった後だった」
「あれは夕食の後か」と俺はぼやく。
 確かに腹が膨れすぎて、つむぎたちのクラスが寝泊まりする宿に着くまでには、横っ腹が痛み始めていたのを思い出す。
「突然よ、突然。仮にも女子生徒が寝泊まりする部屋にフツー上がってくる?」堂々たる侮蔑の視線を、つむぎは俺へと向けた。
「あの時は多大なひんしゅくを買いそうだった」そうなのだ、中学二年と言えばせいぜいお年玉で欲しかったゲーム機を買うくらいが関の山だったが、あのときの俺は後世に残るほどの大変に大きな買い物をするとこだった。
 それはさぞかし立派な墓石となっていたであろう。
「部屋のみんなは入浴の準備してたからね」
「つむぎが他の女子を説得してくれてなかったら、先生に突き出されてた」
「私が私じゃなかったら長野県警に突き出してたわよ」つむぎは意味不明なことを口に出す。あの頃からか、俺が他の女子を見ていると、「まだ執行猶予中ですけど」とくぎを刺すほどだった。
「そんなの丸く収まったんだからいいじゃねーかよ。そんな昔話されても俺にはきょーみがないんだよ」
「お前とフォークダンスのペア組むぞって、体調の悪い私に云ってくるかフツー?」
「そんなこと言ったか? まぁいつまでも布団に潜ってたって、体調は良くならないだろうと思ってよ」
「あのときは生理だった。貧血気味でフラフラだったし」つむぎは校庭を眺めるように顔を窓の方へ向けた。
 沈みかけた夕陽に染まる彼女の顔が、少し眩しく見える。
「ちっ、それならフォークダンスよりもフラダンスの方が良かったな」
「そういうセンスのない所もサイテーだよね」つむぎの顔がまた俺に向けられたとき、いつものあどけない笑顔がそこにあった。

 その後、約束通りに俺はつむぎとフォークダンスを踊ることとなった。フォークダンスの定番音楽と言えばオクラホマミクサーだ。
 つむぎが、体調が本調子でないことを担任に話しキャンプファイヤーの周りで踊ることを辞退はしたが、少し離れた所で移動することなく踊りたいと、やや強引な論法を使い、許しを得た。
「幼馴染というのは、学校内でもそれなりの効力を発揮するもんだな」
「なんだおまえら、そういう関係だったのか。って言われたしね」つむぎがふてぶてしく言う。「さもいかがわしいみたいな言い方が癪に障るんだよねアイツ」
「担任の小金井か。俺もアイツから話聞かされた時はビビった。どうしてもつむぎがお前と踊りたいらしい、って言われてよ」
「事情の説明が下手糞なんだ。許してやってよ」出来の悪い生徒をかばうような優しさを、つむぎは見せた。
「本当は何て言ったんだよアイツに」
「キャンプファイヤーの前でそれらしいことしたいから、幼馴染の翔平と踊りたいって、それだけだよ」
「どうしてもか?」
「どうしても踊りたかっただけ。翔平に至ってはおまけ」
「おまけとは何だ、おまけとは。一緒に踊ってる最中にそのおまけに、つむぎは助けてもらったんだろ」
「だから言ったじゃん、生理中だって。私貧血ひどかったんだから」
「だったら大人しくしてた方が良かっただろ」俺は呆れた。


「だったら大人しくしてた方が良かっただろ」と翔平はそっぽを向いた。
 その言葉に、私の言葉は詰まらされた。満員電車のように押しても引いても身動きの取れない、行き詰った感覚。
 翔平からの折角の誘いを棒に振ることは、私にはできなかった。野球でいう所のピンチヒッター、チャンスに訪れる代打の神様のような気分だった。
 あのときの本音を言うなら、私はまだ本調子じゃなかった。翔平の言ったとおりにキャンプファイヤーのときも横になっているつもりだった。そこへ急にあいつが来たものだから、部屋にいた他の女子も色めき立った。

 これは自慢ではない。
 翔平は頭こそ出来は良くなかったがその他の、十代の共通認識としてある、人に好かれる要素を兼ね備えた男だった。
 顔よし、声よし、ルックスよし、スポーツ万能、それでいて相手がどんな人でも接し方は変えなかった。
 当然のように、翔平の周りには人の輪ができ、いつも明るい声が絶えなかった。
 そんな翔平に恋する女子は少なからずいた。
 あのときの部屋の中にも。
 私が翔平と仲が良かったことは、突然の来訪の非難を取り消すには力が及ばなかった。
 むしろそれは逆効果で、私目あてで翔平が来たことに怒りを買ったとさえ思った。
 それをあいつは。

「あ、悪ぃ。いちおう万が一のために避難経路の確認したくて。片っぱしから部屋の確認してたんだわ。何かあればここに逃げ込むのが一番良さそうだな」と言ってのけた。
 私はすかさず、「じゃあ今ここで、ここに逃げ込むことが一番危険だってこと、教えてあげようか」と返した。
 庇うつもりも慣れ合うつもりでもない私の声のトーンに、周囲は静まり返った。
 周りの女子は私と翔平は付き合っていると思い込んでいたようだが、それは違った。
 私はそのことに対して焦りを感じていた。

 こんなに近い存在でありながら、歳を重ねるごとに、翔平だけに光が当たっていることに、私は不安に感じる日々だった。
 ステージに立つアイドルのような、スポットライトを浴び歓声を受け、その一挙手一投足まで見逃すまいと、周りの女の子が見つめていたのを、私は何人も見てきた。
 普段のような制服姿や体操着姿とは違う、この日のために購入したであろうパジャマに着替えた他の女子は、翔平の眼にどんな風に映ったのか、私は知る由もない。
「ここはひとまず退散、だな。つむぎ、お前いつまでも寝てねーでキャンプファイヤーのときいっしょに踊れよ」と言い残して去っていった。
 一緒にとは、いったい誰をさして言ったことだったのか。みんな? それとも……

「結局、踊ってる最中だってフラフラしてたしな。あれは間違いなくフラダンスだったな」翔平はすっかり当時のことを思い出していた。
「最初は覚えていないようなふりしといてさ、ちゃんと覚えてるじゃん。私の足がおぼつかなかったことも」
「よたって俺に倒れ込んだこともな。あのときめっちゃ恥ずかしそうにしてたよな、つむぎ」
「自分だって、『あ、悪ぃ』とか勝手に謝ってきてたじゃん。下心あったから謝ったんでしょ」
「あれは俺のスッテプがだな、ちょっと早くてつまづいたんじゃないかと思ってだな」翔平は必死に否定を繰り返す。
 いつのまにか自分に非があるように仕向けてくるから、最低なのだ。
長年のそういったやり取りに埋もれてきた、頭の中で思い描いた数々の告白の言葉は、拾い集めたらキリのないほど散らばっていた。
 振りかぶって投げられたボールを、私は見事に見逃して、ボールはいつの間にかキャッチャーミットに収まっている。
 バットを振ることなく、チャンスを棒に振る。いや、棒すら振っていないのだから、知らんぷりも同然だ。
「てゆうかそろそろ本題に入んない?」私は日の暮れ始めた空を眺める。
 翔平が西を向き、私は東を向いてお互いに向き合っていた。
 彼の顔に沈みゆく太陽の日が当たる、少しまぶしそうな顔を、今だけは私が独り占めしている。

 翔平は高校に入っても相変わらず人気者だった。
 入学早々にクラスにとけ込み友人を増やしていった。
 私といえば、翔平とは別々のクラスに振り分けられたせいか、引っ込み思案もこうじてなかなか友達を作ることができず、いつの間にか七月に突入していた高校一年の夏。
 夏休みまであと一か月とない期末試験を控えた一週間前に、翔平が私を試験勉強の助っ人として招集した。
「翔平の家、久しぶりかも」懐かしい風景につい口も緩む。「中二が最後だったかな、この部屋に来たの」
「よく覚えてんのな。あ、適当に座ってて。お茶持って来るわ」翔平はカバンをベッドに放り投げ、足早に一階へと降りていった。
 部屋に取り残された私はローテーブルが置かれたカーペットの上に立って室内を見渡した。
 そう、よく覚えていた。
 高校へ進学し、お互いに微妙な距離感を保ちつつ過ごしていた中で遠巻きに耳にしていたことが、翔平は同級生を家に招いていた、という話だった。
 どっちがというよりも、周りが異性を気にしだして、互いになんとなく一緒にいる時間が減り始めてきた中二の後半。
 誤解を招くことが怖く、翔平の家に足を踏み入れることを止めた。
「まーだ座ってねーのかよ」翔平はコップ二つを右手に、麦茶のペットボトル左脇に抱えて帰ってきた。
「なんか、落ち着かなくって」
「クソか?」
「年頃の女の子に向かって、良くもそんな下品なこと言えるよね」
「ジョーダンだよ。良いから座れよ」
「失礼します」私は膝を折りたたみ、スカートのすそを挟んで座った。
 翔平は水滴のついた麦茶のボトルを、ドンとテーブルの上に置いた。
 コップの一つを私の前に置くと、ボトルのキャップを外し麦茶を注いだ。
 ありがと、と伝えると緊張のためか口がカラカラに乾いていたので、私は直ぐに口を付けた。
「なんだよ、緊張してんのか」翔平は自分のコップにも麦茶を注いだ。
「緊張するようなことがこれから起こるわけ?」
「じゃあ本題に入るとすっか」翔平はワイシャツのボタンを一つ外し麦茶を煽った。
 気合を入れるためなのか、一気にコップ一杯分の麦茶を飲み干しコップを静かにテーブルに戻す。
 これはヤバい、この展開は私の人生でいちばん大変なことが起きる、そう確信した。
「お前なんで今の高校受けた」
「え?」
 私は戸惑った。


「言葉通りだろ、どうしてわかんねーんだよ」
 俺はどうしても真意を確かめたかった。
 空になったコップをつかむ手に、無意識に力が入った。
 俺にはなにも教えてくれなかった進路を、入試の直前に打ち明けてきたのはどうしてなのか。
 つむぎの学力があればもっといい公立の進学校へ行けるのに、どうしてそっちに進まなかったのか、俺が行けるくらいの公立校などつむぎにとっては屁でもなかったはずだ。
「べつに、良いじゃん。そんなの私の勝手だし」戸惑いの色がつむぎの表情を包んだ。
「勝手じゃねーよ。お前、中間テスト抜群成績だったらしいじゃんか。今の高校じゃどう考えてもレベル低すぎんだろ。なんで奈田高を受けなかったんだよ」
「岡戸高にいたって、勉強はできるし」
「いまの高校にいたら、いつかつむぎは腐る」
「腐るって、私が生モノみたいな言い方しないでよ」つぐみは頬を膨らませ少し笑ってみせたが、俺の真剣な表情に気付いたのか、笑うのを止めた。
「頼むから、編入してくれ」
「どうしてそんなこと言われなきゃなんないわけ? 私に何のメリットがあるの」
「もっと人生が豊かになる」
「それマジで受ける」と今度は本気でつむぎは笑った。「今の私ってそんなに不幸そうに見えるんだね。あー確かに、友達もいないし中学校のメンツにも連絡取ってないな。ずっと一人で毎日過ごしてるようなもんだから、寂しいよねぇ」
「ちがう、俺が言いたいのはそんなことじゃない」
「そうだよ、翔平にとってはそんなことで片付いちゃうんだよ、私の悩みなんてさ。クラスに馴染めなくて勉強だけに集中してればそれで十分だった。でも翔平、あんたは違う。クラスのみんなとも仲良くて翔平の周りだけがいつも明るくて、眩しくて、それがたまらなく悔しい」
 そのまま泣き出してしまうんじゃないかと心配になるほど、つむぎは切羽詰まった様子だった。
 彼女がそこまで思い詰めていたことを、俺は何も知らなかった。ただただレベルを下げてまで今の高校へやってきたことへの不信感で、俺はモヤモヤしていたからだ。
「イジメ、られてんのか」
「ううん」つむぎは静かに首を振る。
「じゃあなんで」
「幼馴染ってさ、ときに残酷だよね。近すぎるから見たくもない一面が見えたりすると、感情が抑えきれなくなる。林間学校の時からずっと意識してた。あの日からずっと、翔平だけを見てきた。だから、もっとそばに居たい、ずっと一緒に居たいから同じ高校を選んだんだよ」
「そんなことで」とまた口が滑りそうになったのを、なんとか耐えた。
 どの道に進もうが自分たちはずっと一緒だ。
 そばに居なくても心は通じ合っていると俺は思っていたが、つむぎは違っていたらしい。
 こんなにもハッキリと、つむぎが俺への好意を示したのは初めてだった。
 うすうす感じていた、遠巻きにつむぎの視線が俺へ注がれていたこと。

 それは勘違いではない、高校へ進学して間もないころ、別々のクラスに分かれて俺がクラスメイトと輪を作り話をしていたとき、廊下の向こうでこちらを見ていた事も知ってる。
 もちろん、俺以外の誰かを見ていた可能性はあるが、名前も知らない人と話すような奴じゃないことも、もちろん知っていた。俺が知るかぎりにおいては、つむぎと親しくしてる奴は、うちの高校にはいない。
 そう断言した直後、俺の中で何かが弾けた。気付けば俺は、つむぎの肩を引き寄せ、唇を重ね合わせていた。
 驚きで見開かれた瞳は、まるで捨てられた子犬のように震えていた。
「なにすんのよ!」つむぎは俺の身体を跳ねのけ口を拭った。
「なんだよ、そんなに嫌だったのかよ」不快感が駆け巡る。
 ついさっきまで自分に対しての好意を口にしていたつむぎが、まるで嫌いな相手に無理やりキスされたような、まるでその通りのようなリアクションを取ったことで、俺は怒りを感じた。
「どういうつもりで、私に、キス、したの?」戸惑い混乱のはざまに迷い込んでしまったのか、辛そうにしてつむぎは言葉を発した。
「つむぎは俺のことが好きなんだろ、見てれば分るよ」俺は顎をしゃくり強がって見せた。
「好きだよ、ずっと好きだよ。好きだったらなんなの、いきなりキスしてもいいわけ? 私は翔平の気持ちすら聞いてないのに、いきなりキスしても怒らないような女だって、思ってたわけ?」小刻みに震える身体と共鳴したのか、つむぎの声も震えていた。明らかに怒り、そして悲しみの涙をこぼしていた。「もう帰る」
 つむぎは床に置いていたカバンを乱暴に掴み、一階へ駆け足で下って行った。
 カギが外れる音が小さく鳴り、ドアが開いた、そして数秒して、静かにドアは閉まった。
 その間、俺は身動きすらできなかった。
 つむぎを目で追うことも、呼び止めることも、できなかった。
 つむぎの正直な気持ちを聞いてしまった。
 そして自分の正直な気持ちにも気づいてしまった。
 俺は誰よりもつむぎのことが好きだった。
 入試前日に同じ高校を受けると聞かされて、内心嬉しかったりもした。
 なんとなく離れがたい雰囲気をつむぎは見せていたからだ。
 中学では思春期特有の、『誰と誰が付き合ってる』という話題に上がらないために、女子とはそれなりに距離を保っていた。
 変に噂を立てられ、それがつむぎの耳に入ることが嫌だったからだ。
 もちろん、結局幼馴染とできてるんだ、と同級生にからかわれることも嫌だった。
 それにも対処するために、なんとなくつむぎとも距離を置くようになっていた。
 この微妙な距離感が、目に見えない溝を掘っていたことにいまさらになって気づいた。
「幼馴染だから許されるなんて、俺はなにバカなこと考えてたんだろ」
 幼馴染だからこそ、ハッキリと告白をしないとダメだった。
 例えば林間学校でのフォークダンスの時に、素直に気持ちを伝えていれば良かったんだ……


 お互いに素直じゃなかった。
 認めてしまえばこんなこじれた事態を引き起こさずに済んだのに。
 私はほとほと自分が嫌になる。
 素直に自分から翔平へ告白してしまえば、いまごろ小洒落たカフェでデートでもしていたかもしれない。
 翔平が私に勧めてきたように、お互い別々の高校に通いながら恋愛を成就させていたかもしれない。
 あんな突然の、ムードもプロセスもあったもんじゃないキスを、しなくて済んだかもしれない。
 七月の暑い空気が私にまとわりつく。
 否応なしに、粘り気のある嫌な空気だ。
 私は、ふと唇に触れた。
 自分の指先よりも柔らかな感触だったそれを思い出し、また泣きそうになる。
 翔平の胸に泣きすがれたらなんて甘い考えが浮かぶから、私はまたへこむ。
「本当に、最低だ」それは翔平ではなく、自分に向けた、刃のような言葉だった。

 その日以来、翔平から私に話し掛けてくることが、一切なくなった。
 付き合ってもないのに自然消滅、幼馴染解消と言った方がしっくりくるような感覚だった。
 学校の廊下ですれ違えど目も合さずに通り過ぎていくだけ。
 期末試験は雑念を払しょくできたせいか、学年で一番を取った。
 もともとはレベルを下げて入学した学校だったからそれほど難しいことでもなかった。
 馴染めなかったクラスも優等生の称号を得たおかげで友達もいくらかできた。
 夏休みも友達と遊びに出掛け、髪を初めて染めた。ピアスも空けた。
 ひと皮むけるとはこのことだろう。
 何か抑制されていたものから解放されて、私は生まれ変わったような気分を味わえた。
  たまたま近くのショッピングモールで翔平を見かけたことがあった。
 恐らく私に気が付いたに違いない。
 唖然とした表情で通り過ぎる私を目で追いかけていた。
 その視線に、「気付かないフリ」をして、私は夏を終えた。
 いくら髪を染めピアスを空けたとしても、勉強だけはしっかりやると決めていた。
 外見は変えられても、中身までは変えられない。
 真面目な部分が大樹の幹のようにしっかりと根付いていた。

 始業日の教室内の話題と言えば、卒業の話で持ちきりだった。校長から、卒業おめでとう、と有難く証書を貰う式典のことじゃない。
 初エッチがうんぬんかんぬんだ。
 クラスメイトにもちらほら卒業をした人がいた。
 それが羨ましいとかまったく思わなかった。
 そもそもの恋人がほしいという気持ちさえ芽生えていなかったからだ。
 「渋谷でナンパされた人と」「部活の先輩と」など、彼氏かどうかも分からない相手が卒業の相手だったと、恥ずかしげもなく披露していた。
 恋人が初めての相手じゃないと、恥ずかしいことなの? と図らずも自問してしまった。
 翔平の家で起きた一件以来、私のファーストキスはほろ苦い経験として胸に刺さっていた。
 この傷を癒すには、いったいどんな人が恋人であればいいんだろう。
 不意に翔平の顔が思い浮かぶ。
 傷つけられた相手の顔が真っ先に浮かぶなんて、私も相当重症だわ。
 それから季節は秋に移りかわっていった。
 ただただ平凡な日常が過ぎていき、校内では体育祭がその話題の中心へと切り替わっていた。
「わたし走るの苦手だよ。チョーやだ」「障害物とか、なんでそんな恥さらさなきゃならないんだろ」
 クラスの女子が口々に不満を漏らす。
 この高校はスポーツ強豪校でもなければ進学校でもない。
 みんな各々でそれなりの高校生生活を楽しんでる。
 体育祭というイベントすら幼稚園のお遊戯同然に、やらされている感が強いらしい。

風の噂によれば、翔平は体育祭実行委員の委員になったらしい。
 どういった風の吹きまわしなのか。
 あるいは前期の成績が振るわなかったために、その補てんとして委員を買って出たのかもしれない。
「つむぎはなんの競技に出る」クラスメイトが私にたずねてきた。
「私も運動苦手だから、簡単にすぐ終わるやつにしようかな」私は翔平と違って運動は得意じゃない。見ている分には構わないが、やるには気が引ける。
「あーわかるそれ、でもそういうやつに限って競争率高いんだよね」とクラスメイトは分析をした。
 お世辞にも頭がいいとは言えないその友人の口から、競争率という言葉が出てきたので私は思わず笑ってしまった。
「そういえばさ、一組の翔平君、実行委員やるらしいじゃん。なんかスポーツマンって感じしない? つむぎ同中だったんでしょ」
「へーそうなんだ」
「え、知らなかったの? 翔平君とつむぎって幼馴染らしいじゃん。高校まで一緒てなんか運命的じゃない」
「止めて、幼馴染だからって単純に仲がいいとか決めつけないで」
「なんでムキになるの? 翔平君って優しいしカッコいいし嫌いになる人なんて絶対いないって」と友人は笑った。
 現に嫌いになった人が目の前にいるにも関わらず、彼女は翔平についてその持っている知識を私に披露した。
 その全てが、私の持っている翔平の情報に遠く及ばないものばかりで、私はうんざりする。
「でもさ、彼女いないっていうからさ、わたしコクってみようかな」
「辞めときなって、残酷な結果になるから」申し訳ないが、翔平はきっとこの子には一切振り向いたりしない。
 私には分っていた。
 中学二年の頃を思い出す。
 今の翔平は、あきらかに女子と距離を置いていて、なにかに対して遠慮していることを、私は知っていた。

 体育祭当日、天気は無情にも晴れ、秋晴れの快晴がどこまでも続いていくような清々しさが私を包んだ。
 私は一番無難な50m走を選びさっさとその役目を終え、体育祭が終わるのを大人しく自分の席に座り、待っていた。
 プログラムには滞りなく、次は一年生男子の種目、借り物競争へと進んだ。

 それは遠目から見ても分かった。赤いハチマキをした見慣れたシルエット。
 入念な屈伸と腕を伸ばす仕草。
 周りの女子が発する色めきの歓声。
 あいつが借り物競争に現れた。
 快晴の空に、『パーン』と乾いた音が鳴り響く。
 競技中の音楽はなぜかオクラホマミクサーが流れ、その音楽の緩さからか、観客も気楽に競技を眺めていた。
 各レーンの男子がスタートの先にある机目がけて駆け出した。
 机には借り物が記された紙が置かれ、それを掴むと選手たちは四方へと散らばっていった。
 私の視線は、周りの女子同様に、一人の男子に注がれていた、机に置かれた紙をジッと見つめ、何事か考えている様子だった。
 意を決したのか、ポケットへ紙を突っこみ、ゆっくりと歩を進めだす。彼の紙にはいったい何が書かれていたのだろう。
 その歩みが、迷うことなくこちらに向かっていると気付いたのは、いつからだったんだろう。
 もうひどく昔からのような気がしてならない。
 オクラホマミクサーという場違いな音楽が、それをさらに強く際立たせる。
 あのとき、掴み損ねた願いが叶うような気がしてならない。
 いつの間にか、彼は私たちのクラスの前までやってきていた。
 周りの女子同様、私も心臓が飛び跳ねるほど高ぶっていた。周りのクラスメイト以上に、だ。
「つむぎ、一緒に来い」翔平が私の名を呼ぶ。
 あの日、翔平の家で呼ばれて以来だった。
 そのあと一度も呼ばれていなかった私の名前を、翔平は口にした。
  フラフラと、呼ばれるままに、周りの女子の冷ややかな視線を受けながら、私は翔平のところへ向かった。
 彼は何も言わず、私の手をつかみゴールへ歩き出した。
 とても一番を狙うような歩みではなく、あせらずゆっくりと地道に足場をふみ固めて歩むような、堂々としたものだった。
 彼の借り物とは、いったいなんだ。
 そんな考えも浮かんでは来るが、この場で聞けるような雰囲気でもなかった。
 彼の横顔に決意がみなぎっている。
 林間学校のフォークダンスのときのような、ぎこちない笑顔はもうない。
 すでに他の選手はゴールし終わって残すのは翔平と私のみだった。
 翔平はポケットに手を入れ、借り物が書かれた紙を取り出す。
 その紙には何と書かれているの?
「さあ、いま最後の選手がゴールしました! 果たして紙には何と書かれていたんでしょうか!」放送部の実況担当が声をあげる。
 こういったとき決まって最後の人をいじって煽るのが体育祭の常だ。
 ゴール担当に係が翔平から紙を受け取り、爆笑する。
 その紙を手に放送席へと駆け出す。
「えー、いま係りの者から紙を受けとりました。あーっと! なんと借り物は、『恋人』です!」実況に全校生徒から歓声が沸いた。
 その歓声を浴び、翔平は握りこぶしを空に突き上げた。
 心の中で私は、オクラホマミクサーの音楽とともに胸躍らせていた。


「ほんとサイテーだよね。全校生徒の前で恋人宣言するとか」つむぎは、言葉のわりには上機嫌なように見えた。「あのとき紙すり替えてたでしょ」
「なぜバレたし」俺は特に驚いたわけでもなく、得意げに種を明かした。
「全部私と仲直りするために仕組んだってことね」
「ずっと好きだったからな」
「好きにしてはやることが強引でキモいんだって。おかげでこっちは女子グループからハブかれたし」
「悪いと思ってる」
「絶対思ってないって、その顔は」つむぎはいたずらっぽく笑う。その笑顔は、とても愛らしく見えた。
「なあ、キスしてもいいか」
「ここ教室ですけど」
「誰もいない教室だ」
「本気で言ってるの?」
「もう自分の気持ちに、嘘はつきたくないからな」

つむぎはちいさなため息を一つ漏らし、ややあって、観念したように目をつむった。

childhood mixer(チャイルドフッド ミクサー)

執筆の狙い

作者 井坂
pl63980.ag2525.nttpc.ne.jp

初めまして。作家でごはんに失礼いたします。
この小説では、二人の高校生を題材にして描きました。
★を翔平パート
☆をつむぎパートとして書いてあります。

よろしかったらご感想をください。

コメント

青井水脈
om126179240120.19.openmobile.ne.jp

はじめまして、読ませていただきました。
一言でいうと、ラブコメですね。キャラの設定やストーリー展開に目新しさは特にないですが、楽しんで書かれた感じが伝わりました。
長さを気にせず一気に読めて、なぜかオクラホマミキサーが流れるところで笑えたり、楽しませていただきました。

井坂
KD119105000073.ppp-bb.dion.ne.jp

青井水脈さん

ご感想ありがとうございます。
一気に読んでいただけて光栄です。
なるべく読んでくれる人の思考を止めない表現で、小説を書くことを意識していたので非常に嬉しいお言葉でした!

ありがとうございました!

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